昨年のM-1グランプリ敗者復活戦でお茶の間を大いに沸かせ、数々の人気コンビを押さえ2位に躍り出た新進気鋭の若手コンビ・令和ロマン。そのボケを担当し、自他ともに認める「お笑いオタク」の髙比良くるまが、その鋭い観察眼と分析力で「漫才」について考え尽くします
【番外編・M-1決勝直前インタビュー】「現時点でネタはとりあえず4本ぐらいに絞ってます」
史上最多8540組がエントリーしたM-1グランプリ2023。本連載で昨年のM-1や漫才についてを過剰に考察し、主観客観さまざまな視点から鋭い分析を見せてくれた髙比良くるまのコンビ・令和ロマンがついに決勝の舞台に躍り出た。芸人である以前にM-1の大ファンでもあるくるまに、決勝を控えた今、何を“考察”しているのか話を聞いた。
取材・文 斎藤岬
――『M-1グランプリ』決勝初進出おめでとうございます。今回は連載番外編として決勝前の準備について聞かせてください。準決勝から決勝までは2週間程度空いていますが、この時期は何をしているんでしょう?(本取材は12月14日に実施)
決勝はファーストラウンドと最終決戦で2本のネタをやらないといけないんで、どれをどういう順番でやるかを今は考えてます。単純にいうと「このネタを観た後にこっちのネタを観たら、どういう気持ちになるか」を考えなきゃいけないじゃないですか。だから今、劇場で10分出番をいただけたら4分ネタを2本やって、そこでいろいろ試してます。それも自分たちがやろうかと思っている2本の組み合わせじゃなくて、自分たちのネタの中でさや香さんっぽいネタを1本目にやってみて、その後に俺らの準決のネタをやったらどうなるか、真空(ジェシカ)さんっぽいネタをやった後ならどうなるか……って勝手にシュミレーションしてますね。初めての決勝だからわからないことだらけで考えすぎているところもあるんですけど、2本やるとなると今までの何十倍もの作業が必要になってきてびっくりしてます。
――決勝でかけるネタを仕上げていく時期というイメージだったんですが、それよりもネタ選びに焦点を当てているんですね。
はい。正直、『M-1』決勝という場を考えると細部をそんなに突き詰めるのも違うのかなって。やっぱりテレビ番組なんで、後ろのセットがキラキラしていたり事前のVTRがあったり審査員がいたりして、お客さんが見たときに“劇場”として100%の超良い空間ではないと思うんですよ。なので、マイムみたいな細部を進化させてもあの場においては伝わらない可能性が高いと俺は思ってます。カメラのスイッチングもあってテレビ中継として全部見えていないことも多いだろうから、それよりは全体の流れのほうがウエイトがでかいのかなと。
そもそも俺らは決勝に行ったことがないから“仕上げる”って作業自体ができないんですよ。ファイナリスト経験がある人は『M-1』の舞台を知ってるから仕上げ方をわかっていると思います。「決勝の空気はこうだから、このボケよりこっちがいいんじゃないか」みたいに考えられるから今それをやっているんでしょうけど、俺は実際にはあの場所を知らないので。だから自分たちに関して何かするよりも、他者だったり全体的なことだったりを予測するほうが正しい努力かなと勝手に思って、過去の『M-1』を見返したりしてます。スマホでWikipedia見ながら再生して「ここで点数がこうだったのか」「なんでここまで爆発が起きなかったんだろう」って考えてますね。
――2本のネタの組み合わせという点で、自分たちにとって特に参考になりそうな組はいましたか?
その年の最若手というところで2018年の霜降り(明星)さんがいちばん自分たちに近いから、優勝する可能性を考えるなら参考にするべきだと思って見てました。霜降りさんは1本目が「豪華客船」のネタで、2本目が「小学校の思い出」のネタだったじゃないですか。あれって順番でいうと2本目のほうが先にできていて『ABCお笑いグランプリ』も獲ったネタで、「豪華客船」はその続編みたいな感じなんですよね。
粗品さんがどれくらい意図的にやったのかわからないけど、2本が似た構造になっているんですよ。「豪華客船」では「キッズダンサーの笑顔」、「小学校」では「負けてもプロ」って同じような動きボケを入れている。それで2本の統一感があるんですけど、普通は先に「小学校」のほうをやりたくなると思うんです。だってそっちが先にできていたわけだし、「豪華客船」のほうがお笑い度が高くてちょっと繰ったボケだから。でもそれをあえて1本目にやったことで、最終決戦で「小学校」をやって優勝できているのがすごい。安心感という意味で、あれが2本目だったのが良かったんだろうなと思います。
――なるほど。
でもこれは結果論なんですよ。ファーストラウンドが1位通過だったのが良く働いたと思うんです。2,3位だった場合は最終決戦で1番手2番手でネタをやって、ファーストラウンド1位の組をまくらなきゃいけないじゃないですか。もしそうなっていたら、「小学校」のネタより一個先のことを言っている「豪華客船」が2本目のほうが良かったと思う。でも1位で通過して最後に出てきて横綱相撲をとれたから、むしろ安心感があるのが強かった。結果的に和牛さんと良いスタイルウォーズになったと思います。あのときの和牛さんの「オレオレ詐欺」のネタは2023年現在でも未だに最新の漫才ですよ。セリフなく睨み合って終わるって、すごすぎる。その新しさに対して同じ新しさでぶつかるんじゃなくて、安定感という別の軸で勝負できたのが勝因だったんだろうなと勝手に思ってます。
僕らも決勝初進出で最若手で僕だけ20代っていうのもあって、お客さんを不安にさせないことが本当に大事だと思うんで、1本目で新しさを見せて勝てたらその後はどっしりしたものを用意できたらいいですよね。でも1本目で1位じゃなかったらさらにのびしろが必要だからもっともっと広がっていくようなネタにしたい。……みたいなことを考えていると、本当に無限に準備をしなきゃいけないんですよ!
――楽しそうですね(笑)。
むちゃくちゃ楽しいですね。とにかく今年を“最高の決勝”にしたいんです。2019年(ミルクボーイが歴代最高得点となる681点を叩き出した年)を超えたい。歴代最高得点が出るような大会にしたい。それが俺らじゃなくてもいいんですけど、点数のインフレを起こしたくて。理想をいうなら、さや香さんがあの年のかまいたちさんみたいに2番手で出るのがいちばんいいと思ってます。そうしたら絶対インフレするから。というか、トップバッターがマユリカさんで2番手さや香さんがいい。今なぜか芸人がみんな「マユリカがトップバッターなんじゃないか」って勝手に言ってるんですよ。だってなんか、すごい想像つきません?(笑)
――たしかに、なぜか想像できるし盛り上がりそうです。
最初に笑神籤で引かれて、阪本さんがむっちゃふてくされながらスタジオに移動してたらめっちゃウケそうじゃないですか。「意味ないやん」「優勝とかないやん」とかブツブツ言ってそう(笑)。ダンビラ(ムーチョ)さんから始まったらどうなるか、ヤーレンズさんで幕を開けたらどうなるか……とか、マジでほぼ全部のパターンを想像しました。「こうなったらこういう流れになるだろうな」って妄想がはかどりますね。1ファンとして楽しみすぎる。
――自分たちがトップバッターのパターンはどう想定してますか?
これはある種の言い訳的に先に言っておきたいのかもしれないけど、そうなったらめっちゃ変なネタをやりたいです。それは勝つためにって意味で。今年の『キングオブコント』ではカゲヤマさんがトップバッターで最終決戦に残ったじゃないですか。あれって『KOC』においてかなり歴史的なことで、要は1番手でインパクトを与えて後ろの組にダメージを与えるっていう勝ち方だった。もちろんあのネタがカゲヤマさんのスタイルだから、そこを狙ってやったわけじゃないですけど、後に続くコントがパワーダウンして見えるかのようなアナーキーさとパワフルさがありました。僕らもなるべく突飛なネタをやって違和感を残らせるようにしたいなと思いますね。
――現時点でネタ候補はどれくらい絞っているんですか?
ちょうど昨日、考えました。序盤だったらフラットなネタ、そこまで爆発がないまま4〜6番手で出番が来た場合はちゃんとピークをつくれるようなパワー系、爆発が来て波が去った後だとエアポケットになりやすいから空気が重いことを前提にして確実なネタ……とかいろいろ考えて、とりあえず4本ぐらいに絞ってます。
今回、漫才コントの人が多いですよね。決勝をひとつのライブとして盛り上げたい気持ちがある中で、同じスタイルのものはやっぱり見せたくないんです。漫才コントが続いた後ならそうじゃないネタをやったほうがいいと思うし、さや香さんより先の出番になったら俺らがしゃべくりをやると全体のバランスがいいと思うし。そうすると漫才コント組としゃべくり組とシステム漫才組のバランスがなんとなくとれて、最終決戦も盛り上がるかなと。特に今年は敗者復活戦に芸人審査員が入ったから、トリッキーな人が上がってくる可能性が高いんじゃないかと思ってるんです。そう考えると、俺らはもうちょっとちゃんとした感じで出てきてもいいな、とか。
――2020年のマヂカルラブリーさんが「つり革」と「フレンチレストラン」をどの順番でやるかギリギリまで悩んで、放送中のCMの間に決めたエピソードは語り草になっています。それくらい土壇場まで固めないのはオーソドックスなんでしょうか。
多分みんなは固めたいと思うんですけど、僕はなるべく固めずにいきたいですね。流れがあるから。それこそ去年のウエストランドさんがファーストラウンドで3位に食い込めたのは、中盤の流れとまったく逆だったからだと思うんですよね。4番手のロングコートダディさんと6番手の男性ブランコさんのセンス系の流れがあって、その間に5番手のさや香さんが王道でパンっといって、その後で最後に出てきてノーセンス系というか“市民がわかる悪口”で逆をとれた。2021年も、真空さんとオズワルドさんが真ん中でしっかりウケた後だったから、真逆のアホな元気系で錦鯉さんやインディアンスさんが終盤にウケた。そういうふうに、流れと逆のスタンスをとったほうが勝ち上がりやすいと考えてます。
――本当に考察に余念がないですね。そこまでシミュレートして臨む人は少ないのでは?
誰もやってないからいいと思うんですよね。というか、ほかのファイナリストには考えないでほしいんです。漫才師として「これが自分たちの中でいちばん面白い」って漫才を信じてやり切っていただきたい。その邪魔には絶対にならないようにしつつ、自分は流れの中でウケているものの逆をやろうと思ってます。こういうことを言うと戦略的だとか思われるし胡散臭いでしょうけど、そういう部分が自分の強みで実際本当にやりたいことなんです。信じてもらえないかもしれないけど、どうあがいてもそうだから。
それに、大会全体が盛り上がれば自分たちも盛り上がるんですよ。俺らはそもそも一個のスタイルがあるわけじゃないし、中盤で真空さんとヤーレンズさんがハネたらみんな漫才コントはお腹いっぱいになってるわけで、そこで俺らが自己満足で漫才コントをやったって誰も喜ばないから勝てもしない。もしくはさや香さんがハネて漫才コント勢がその煽りを食らってそんなにウケてないんだったら、俺らが最後に希望を賭けて漫才コントで挑んだほうが熱いし楽しいじゃないですか。だから人のことを考えすぎているわけじゃなくて、結果的には全部自分たちが勝つための施策になってるんです。やりたいことと気持ちが一致してるから、これで全然いいと思ってます。
――以前に「誰よりも近くでいっぱい『M-1』を観るために勝ちたい。決勝までいったら全部生で観れるから」(2020年12月17日「月刊芸人」掲載)と言っていたのがすごく印象に残っているんですが、ファイナリストになった結果、出る前からすでに『M-1』の見方が一段と深まってますね。
そうなんですよね。嬉しいですよ。やっぱり毎年出てみるもんですね。決勝に行けたからわかることがいっぱいある。レポートを早くお届けしたいです。誰が勝つのか、本当に楽しみです。
※本稿で記述したネタタイトルは便宜的表記
髙比良くるま
写真・北原千恵美