レフちゃん~前編
昨日のことのようにはっきりと覚えている。あれは僕が小学生だったころのことだ。
学校から帰ってお菓子を食べているとタンスの物陰から物ほしそうにこちらをみつめる目に気が付いた。
そいつ…実装石は、母に好かれていないことをわかっているのか、母がいるときはいつも気配を消しているのに、僕一人のときには少しずつ顔をみせるようになっていた。
食べていたお菓子を1粒投げてやったのはほんの気まぐれからだった。
そいつはすかさず飛びつき、お菓子をキャッチした。
そいつはお菓子を大事そうに抱えこむと、一目散に物陰に逃げ出した。それまで抱えていた小さな妹を放り出して。
ほうりだされたイモムシのような妹は必死の様子で体をくねらせながら姉の後を追う。
僕は興味をそそられ、そのイモムシを摘み上げた。
今の自分なら想像しただけで鳥肌が立つが、このころの小学生の男の子のごたぶんに漏れず普段からアゲハの幼虫を手づかみしていた「昆虫博士」にはこれくらい全くどうということはなかった。
机の上に置いて観察しようとしてみるとひどく怯えて震えていた。姉がお菓子をあれほど大事そうにしていたのをみると、こいつもお菓子が好きかもしれない。そう思って秘蔵のお菓子箱から小さなチョコの粒をやってみると、あっという間に機嫌が直り大層うれしそうな様子になった。
そこから慣れるのは早かった。僕は昆虫とは比較にならない遊びのできるこいつに夢中になった。
机の引き出しに空き箱に入れてしまっておいて、学校から帰ってくると取り出しては遊ぶのが秘密の日課となり、レフレフと鳴くこいつをいつのまにか自然と「レフちゃん」と呼ぶようになっていた。レフちゃんも毎日の日課を楽しみにしていたのか机の中では静かにしていた。
それから何日たったころか、いつものようにレフちゃんと遊んでいると物陰から3匹の実装石が現れた。
レフちゃんの反応から3匹が姉らしいことがわかった。1匹が進み出てテチテチと僕に話しかける。リンガルはおろかテレビさえも全ての家庭にある時代ではない。無論意味はわからなかった。しかしレフちゃんの待遇をどこかから観察していて、自分たちもきっと歓迎してくれるに違いないと思って出てきたのだろうことは想像に難くなかった。たぶんテチテチと元気よく自己主張の強そうなのが前にお菓子を投げてやったやつ。慎重そうに成り行きを見つめるのがもう一匹。その後ろに隠れてもじもじしてるのが一匹。
それから母がパートから帰ってくるまでのレフちゃんとの遊びの時間になると3匹が物陰から現れ、4匹で遊ぶようになった。それはレフちゃん一匹とのときとは比べ物にならないくらい面白かった。遊ばなくなっていたおもちゃが4匹のおかげでイキイキと蘇った。
この日課を繰り返すうちに
それでもどこか慎重姿勢を崩さない1匹を長女、
ノリノリで遊ぶ楽天的な1匹を次女(たぶんお菓子を投げてやったやつ)、
遊びにどこかついていけなくてちょっと離れて見てばかりいる1匹を三女
というようになった。
積み木は中でも僕も実装石たちもお気に入りだった。積み木などとうに卒業していたおもちゃだったが、こいつらがいるとそれがまるでほんものの城や建物のようにみえてくるから不思議だった。
やがて4匹との遊びも日課として定着してくると、三女の協調性のなさが気になりだした。
今にしたら全くお笑いだが「協調性のなさ」は僕自身が担任教師に通信簿に書かれていたことだった。
にも関わらず、お菓子は毎日もらっているのに遊びに積極的に参加してこない三女を腹立たしくさえ思い始めた。
そこでふっと思いついて、三女をつまみあげた。
僕はつまみあげた三女を積み木の城のてっぺんに置いた。三女には根性がない。こうやって勇気を鍛えたほうがいいんだ。そんなことをいっていたように思う。
足元が狭くぐらぐらと不安定な積み木の上で三女はひどく怯えていた。長女だけが慌てた様子で僕にテチテチ話しかける。他の2匹は楽しそうに見上げていた。
長女以外…僕を含め…全員がこれから起きるだろうことをまるで考えていなかった。
ほどなくぐらぐらとしていた積み木がバランスを崩し、三女もろとも落下した。
三女が落ちたところには積み木があり、その角に三女はしたたかに腹をうちつけた。
更に不運なことには遅れて落ちてきた大き目の積み木の1つが三女の背中に当たった。
三女の体はほとんどまっぷたつになっていた。わずか30cm落ちたくらいで…僕は慌てた。
僕は罪悪感を感じていた。しかし自分にはどうすることもできそうになかった。そのときすぐさまに頭に浮かんだのは母だった。母は実装石を好いてはいないようだったが動物好きで(そのころの自分的には)詳しく、よく傷ついた動物を助けてやったりもしていた。
しかし僕がこいつらと遊んでいたことは隠したかった。母が実装石をあまり好ましく思っていないこともあったが、それよりもなにか男の子が隠れてママゴト遊びをしていたような後ろめたさがあったのだ。
僕のとった方法は偽装だった。レフちゃんをいつもの箱にいれ机にしまうと、三女を持って急いで庭に行った。母が帰ってくるまであとわずかしか時間がない。
庭に三女を置いておき、母の帰りを待つ。そして今気づいたように言えばきっと母ならなんとかしてくれるに違いない。そう思った。子供部屋からは姉妹たちが心配そうに成り行きを見守っていた。
母が帰ってきたので、僕の手引きで三女を見せた。母がそのへんの枝切れで三女をこづくと死んだように動かなかった三女は少しだけ声を上げた。
「やっぱりまだ生きてる。こいつらはしぶといのよ」
母は僕の意図どおりには動かなかった。
母は最近実装石が家に住み着いて、食べ物を荒らしたり糞を撒いて部屋を汚したりしてほとほと困っていたといいながら、ビニール袋に三女を放り込むとそこになんのためらいもなく水を注ぎ始めた。
「薬なんか使わなくてもこうやるのが一番汚さずに確実に殺せるのよ」
今にしてみれば家を預かる母にしては当然だとわかるが、母は実装石を好いていないどころではなかった。ドブネズミやゴキブリと同列としかみていなかったのだ。
意図しなかった方向へどんどん進んでいく事態を僕はただただ見守るしかなかった。
そのとき半開きの玄関から三女の危機を救おうというのか次女が飛び出してきた。
次女は必死の形相で母の足を叩いたが、効果があろうはずもない。
「あら2匹も。助かるわー」
そういう母にあっさりと捕まってしまった。
掴まれた次女が母の手に噛み付こうとしているのを僕がハラハラしながらみていると
「こいつらはね、たいした武器はもってないけど、歯だけはちょっと気をつけないと」
母はおちついた様子でそういいながらそのへんの石ころを拾い上げた。
「パキ」「パリン」そんな音を立てて次女の歯を砕き折りながら母は拾い上げた石ころを容赦なく次々と次女の口にねじ込む。
母は詰め込まれた石ころで顔が変形するほどになった次女を三女と同じビニール袋にほうりこみ、また水を注ぎ込みはじめた。
次女は必死に流れ込んでくる水をどうにかしようとするが、どうにもなろうはずがない。
「こいつらどういうわけか全然ワナにひっかからなくてね。それがこれで退治できたんならめっけもの」
母は満足そうに微笑みながらビニール袋に水を入れ続けた。
水はすっかりビニール袋にいっぱいになり口を縛られ庭に放置された。三女は元々ほとんど死に掛けていたのでもう死体同然だ。次女は今は暴れているがものの数分ともたないだろう。
もう2匹は助からない、と思ったのだろう。子供部屋からみていた長女がさっと身を隠した。
僕は長女に何か言わなくてはならない気がして急いで子供部屋に戻った。
子供部屋に戻ると、長女は部屋の隅に半身を隠しながらこちらをじっとみていた。
そしてテチテチテチテチと色のついた涙を流しながら僕に何かを言い続けた。
何を言っていたのかはわからなかったが、その様子から僕のことを責めているのだと僕は思った。
なぜ妹たちを助けてくれなかったのか、と。
母に何も言えなかった弱い自分は自分でもイヤだった。しかしそれをこんな小さな生き物に責められるのは悔しく、無性に腹が立った。
僕はカッとして机の上にあった鉛筆立てを掴むと長女に向かって投げつけた。
鉛筆立ては長女に当たらなかったが、運悪く中にはいっていたコンパスが長女の耳に突き立った。
それに気づいた長女は聞いたこともないような叫び声をあげ、脱糞した。賢い長女が脱糞するのを見たのはこれが初めてだった。それほどまでに恐怖を感じたのだろう。
そこまでする気はさらさらなかった僕は、しまったと思って謝りながら長女に近づいてコンパスを取ってやろうとした。
しかし長女は激しく僕を恐れ脱糞を続け、獣の顔で威嚇の声をあげた。
長女は自らの力で耳を引きちぎり、物陰に逃走した。
僕は長女に完全に敵と思われたことを理解した。
僕はただ見送るしかなかった。
庭に戻ってみるともうビニール袋は元の場所にはなかった。
あちこち探してみると、焼却炉に水を抜かれた2匹のはいった袋が無造作に捨ててあった。
前編あとがき
前編はここまでです。スクに挿絵という形式ではなく、画像に補足文章(画像でわかることはできるだけ文章には書かない)というような形式を目指してみました。
タイトルはレフちゃんなのに前編はレフちゃんの出番が少ないです。
もしよかったら後編もごらんいただけるとうれしいです。
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