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undefined 注:関係者以外立ち入り禁止です。


注2:これはリーフのHPで夏休み限定で公開された小説です。
私個人が読む用に保管してあります。読んじゃダメですよ?(たてまえ)

画像と文だけ保存していたので画像の配置場所など若干違和感があるかもしれませんね(独り言)


 夏ということで、それにちなんだ企画ものをやってみようと思います。
 もの自体は、ずいぶん前に書いたものを手直ししたものです。
 最近流行の田舎による癒し系ですね。
 夏休み、ふたりこんな出会いをした、と、ただ、それだけの内容です。
 気持ちをリラックスさせて読んでみてください。


  作:高橋龍也
  挿し絵:水無月徹
  (彩色:ねのつきゆきしろ)




 真夏の午後だった。
 陽射しは強く、見上げるとそのまま白い光にとけ込んでしまいそうな眩しさだった。
 暑い、といっても都会のいやな暑さとは違う。
 カラッとした清々しい風が吹いていた。
 ざっと辺りを見渡すと、白や灰色より圧倒的に緑が多い。
 いまさらながら田舎に来たことを実感し、胸が躍った。
 向こうには山が見える。
 真っ直ぐ延びた道は、500メートルほど向こうから緩やかな傾斜になって、鮮やかな緑へと続いていた。
 海も近い。
 電車の窓からはずっと青い海が広がりを見せていた。
 自転車を借りて川を下っていけば、10分ほどで着くだろう。
 山と海、どっちへ行こうか。
 決まってる、どっちもだ。
 夕暮れまでにはまだたっぷりと時間がある。
 とにかくせっかく田舎に来たのだから、普段味わえないことを満喫したい。
 見知らぬ土地でひとりきり。
 不思議と寂しさは感じなかった。
 それどころか、どこかなつかしいものさえ感じていた。

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 焼けたアスファルトに最初の一歩を踏み出したとき、
「よう」
 突然、見知らぬ少年に声をかけられた。

 日に焼けた肌、短い髪。
 真っ白なTシャツにジーンズのショートパンツ、素足にシューズ。
 Tシャツの白が陽射しにまぶしかった。
 誰だろう、地元の子だろうか。
「お前、コーイチだろ?」
 いきなりなんだ、と思ったが、なによりもまず『なめられてたまるか』という気持ちが先に立った。
「だったらなんだよ?」
 耕一は真っ直ぐ相手をにらんで答えた。
 年下……だと思う。
 体はこっちのほうが大きいが、向こうはそれを気にしてる様子はない。
 運動神経が良さそうで、なんとなくケンカ慣れしてる感じがする。
 とにかく、生意気だと思った。
「出かけんのか?」
 馴れ馴れしさにムッとしつつも、耕一は、
「ああ」
 と、素っ気なく答えるだけは答えた。
「どこ行くんだ?」
「あの山」
「歩いてか?」
「ああ」
「へえ」
 少年はにんまり笑った。
 小馬鹿にしたような、やっぱり生意気な笑い方だった。
 ふん。
 おかしなやつにつきあってる暇はない。
 耕一は無視して先を急ぐことにした。
「待てよ」
 少年がそれを呼び止めた。
「歩くと結構時間かかるぜ。見た目より遠いんだ。チャリで行けよ、貸してやっから」
 言うと、少年は当然のように柏木家の門をくぐり、中へ入っていく。
「……お前、もしかして、この家の者(もん)か?」
「そうだよ」
 なんだ。
 ってことは、こいつも俺のいとこなのか。
 初めて知った。
 へえ、こんな年の近いヤツがいたんだ。
 父はあまりこっちの家のことを話さない。
 この少年のことも、さっき紹介されたふたりの女の子たちのことも、ここへ来て初めて知った。
 下の女の子たちはまだ小さくて、耕一の遊び相手としては不釣り合いだった。
 でも年が近いこいつとなら──まあ、生意気なのはちょっと問題だが──もしかしたら仲良くなれるかもしれない。
 少年は、門の内側に置かれている自転車のうち一台を指差して言った。
「これ貸してやるよ。おれの」
 銀色の自転車だった。
 普段の扱いが乱暴なのか所々痛んではいたが、まあ、ぜいたくは言えない。
「さんきゅ」
 礼を言い、耕一はハンドルを握った。
 見ると、自転車の前かごに小さなリールのついた釣り竿が入っている。
「この竿……」
「ああ。それ、てきとーに置いといていいよ」
「魚、釣れるのか? この辺」
「そりゃ釣れるさ。海でも川でも」
「へえ……」
 釣り竿を握る耕一を見て、少年は、にっ、と笑った。
「お前、釣りしたことあるか?」
「あるよ」
 あるにはあるが、ずいぶん昔だ。
 まだ小さいころ、父親に連れていってもらったことがある。
 そのとき一回きりだが、釣りをした経験があるのは事実だ。
「なに釣った?」
「え? ……魚」
「ハハハ、そりゃ魚に決まってるだろ、バーカ」
 カチンときた。
 だが少年は悪びれたふうもなく微笑むと、
「釣りしたい?」
 耕一の顔をのぞき込んでそう言った。
 無邪気な笑顔だった。
「え? あ、まあ……」
 正直、胸が高鳴った。
「じゃあ、させてやる」
 少年はガレージの中からもう一本の釣り竿を持ってきて、白い自転車のかごに放り込んだ。
 足もとに転がっていたプラスチック製のバケツを取り、取っ手をハンドルに通す。
「ついてこいよ」
 少年はペダルに足をかけ、自転車にまたがった。
 大きめの自転車を器用にこいで、アスファルトの路上に滑り出す。
 耕一も銀色の自転車にまたがり、ペダルを蹴った。

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 道は徐々に勾配がきつくなり、途中からは未舗装のジャリ道になった。
 道の横には流れの速い川が流れている。
 黄色いショベルカーが止められていた辺りで、
「こっからは歩いてこう」
 少年が自転車を降りて言った。
「自転車、盗られないか?」
「鍵かければ大丈夫。盗るやつなんかいないよ」
 自転車の鍵を掛け、釣り竿とバケツを持つと、少年はさっさと上流へと向かって歩き出した。
 耕一も続く。
 少年の足は速かった。
 まるでどんどん加速していくかのように、ひょいひょいと先へ進んでいく。
「どの辺まで行くんだ?」
「水門のもっと上」
「ここじゃ釣れないのか」
「釣れるけどこの辺はフナばっかだ。たまにコイもいるけど」
「フナじゃダメなのか」
「フナなんか誰も喜ばないぜ。マズイし」
「食うのか?」
「オレはあんまり食わないけど、父さんは食うよ」
「焼いて?」
「甘く煮る。でもうまくない。ヤマメは焼くよ。ヤマメはうまいってさ」
「ヤマメは、上にいるのか?」
「ああ。おとついも二匹釣った」
「へえ」
 耕一はヤマメがどんな魚か知らなかった。
 だがそんなことはどうでもよかった。
 それよりも。
 自分で釣った魚を、焼いて食う。
 なによりも以前から憧れていたことだった。

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 川沿いの道を歩く。
 陽射しを浴びた水面がまぶしく輝いていた。
 流れる水は澄んでいて、底まではっきり見える。
 そのまま飲んでも良さそうなほどだ。
 しばらく歩いた辺りで、少年が脇道の林の中を指さし、言った。
「おい、見ろよ、あそこ」
 耕一は見た。
 だが、普通に木があるだけだ。
「なんだ?」
 少年は一本の木に歩み寄り、その上を指差した。
「クワがいるだろ?」
「クワ?」
 木を見上げ、目を凝らして、わかった。
 クワガタだ。
「ほんとだ、すげえ」
 店で売ってる以外のクワガタを耕一は初めて見た。
「ノコだぜ、大物だ」
 おそらくノコギリクワガタのことだろう。
 耕一の一番好きなクワガタだ。
「捕まえるか?」
 耕一が言うと、
「………」
 少年は見上げたまま少し考えて、
「無理だ、上すぎる。『たも』があっても届かねーよ」
 残念そうに言った。
 耕一も『たも』が網のことだというくらいは知っていた。
「くっそ~、もったいね~」
「………」
 わずかに悩んで、耕一は、
「よし」
 決心した。
「あ、おい」
 耕一は木を登り始めた。
 木登りはわりと得意なほうだった。
 足場もあるし、そう登りにくい木でもない、いける。
 耕一は登った。
 純粋にクワガタを捕まえたいという気持ちと、それ以上に自分の力を少年に見せておきたいという気持ちがあった。
「落ちんなよ!」
 少年の声がずいぶん下から聞こえる。
 だが、振り向かない。
 気がつけば、手の届く距離にクワガタがいた。
 耕一は手を伸ばした。
 その瞬間。
 ブブブ──。
 クワガタは羽を広げて飛んでいってしまった。
「ちくしょう!」
 一瞬、木から飛んで捕まえそうになり、慌てて思いなおした。
 こんなとこから落ちたらひとたまりもない。
「しょうがねーよ、降りてこい」
 見ると、少年の姿は遙か下にあった。
 夢中だったとはいえ、自分の登った高さに驚いた。
「ゆっくり降りろよ」
「わかってる」
 登ったときの倍以上の時間を掛けて、耕一はゆっくりと木を降りた。
 胸はどきどきしていたが、顔は、さもなんでもないふうを装った。
「お前、すげーな」
「何メートルぐらい登った、俺?」
「う~ん、5メートルぐらい」
 感覚的には10メートルぐらい登ったような気がしたが、まあ、実際はそんなものかも知れない。
 でもすごいことだ、我ながら思った。
「俺、都会のやつはもっと弱いと思ってた。でもお前はすげーな」
「このくらいなんでもないさ。でもおしかった。もう少しで捕まえれたのに」
「しょうがねーよ。今度『たも』持ってきて、捕まえようぜ」
「おう」
「行こうぜ、コーイチ。もうちょいだ」
 少年が歩き始め、耕一も続いた。
「なあ」
「うん?」
「ところでお前、名前なんていうんだ?」
「おれか? 梓(あずさ)」
「かっこいいな」
「そうか?」
 ふたりの間にちょっとした友情が芽生えていた。

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 水門を越え、川の上流までやってきた。
 道らしい道もなくなり、ふたりは河原の石の上を飛び移って進んだ。
「コケんなよ、血が出るぞ」
「おう」
 ときどき危なっかしい耕一を振り返りながら、梓が言った。
 梓の身軽さに、耕一は一生懸命ついていった。
 運動神経は耕一だってさほど悪くない。
 要は慣れと度胸だ……度胸だ。
「水門より上は危ないからって、楓と初音は連れてこないんだ」
「ふーん」
 楓と初音は例の女の子たちの名前だ。
 ふたりともまだ小学校の低学年だ、たしかにここは危なすぎる。
「ところで、コーイチ。お前、何年?」
「五年。お前は?」
「三年」
「なんだ、二年も下じゃないか」
 聞いた途端、耕一の声がおっきくなった。
 いままで対等だった関係が、わずかに優位になった気がした。
「気をつけろ、梓。ケガすんなよ」
「はあ? しねーよ」
 とたんに兄貴風を吹かし始める耕一だった。

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梓の言う穴場とやらで、ふたりは釣りの準備をした。
「エサはどうすんだ」
「その辺の石とかどかせばいるだろ」
「石?」
「ほら、それとか」
 そう言って、梓は大きめの石をひっくり返した。
 その裏にいたミミズを捕まえ、
「ほら」
 耕一に差し出した。
 うねうね動くミミズ。

 正直、気持ち悪いと思いつつも、それを受け取ると、梓をまねて針に通した。
 針が刺さってもミミズは平気で動いていた。
「いいか。ヤマメはすぐ逃げるから、音立てんなよ」
「わかった」
 水面にふたつの銀糸が垂れた。

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 じーじーじーじー……。
 アブラゼミがうるさく鳴いている。
 都会ではうっとうしいその声も、いまはなんの抵抗もなく受け入れられた。
 強い陽射し。
 それを全身に浴びていた。
 都会ならいやな汗が背中を伝っているはずだ。
 だがふたりとも汗をかいてはいない。
 木の葉を揺らして通り過ぎる風がさわやかだからだ。
 どこからともなく緑の葉っぱが落ちてきて、輝く水面に落ち、流れていった。
 ふたりは静かに銀糸を見守っている。
 都会の生活とはまったく違う時間の中に、耕一はいた。
 力強く、穏やかな、生命の息吹を感じていた。

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 結局、梓は3匹、耕一は2回根掛かりした後、最後にようやく1匹だけ釣り上げた。
 耕一が釣ったヤマメは一番小さかったが一番元気があった。
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 家に帰ってきても、父はまだ伯父夫婦とむずかしい話を続けていた。
 下の妹ふたりは、梓が耕一を独り占めしてたことを知ってふくれていた。
 いつのまにやらこっちの空気になじんでいた耕一は、気持ちにも余裕が出て来たのか、明日みんなで海に行くことを約束した。
 女の子ふたりはうれしそうにはしゃいでいた。
 しばらくして、一番上の姉が帰ってきた。
 耕一より三つ年上の中学生で、きれいで優しそうな女の人だった。
 頭をなでられ、優しく微笑まれたとき、耕一はドキドキし、息苦しくなり、思わずその手を払いのけてしまった。
 そして、逃げるように奥へ引っ込んだ。
 生意気ざかりの耕一は、子供扱いされるのがたまらなく嫌だった。
 そして、高鳴る鼓動を気付かれたくもなかった。

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 食事の前に汗を流そうと、耕一は梓と一緒に風呂に入った。
 耕一たちが住んでいるマンションと比べると、ずいぶん広くて立派な浴室だった。
「お前の姉ちゃん、美人だなあ」
 湯船につかりながら、耕一が言った。
「千鶴姉ちゃん? そうか?」
 梓は洗い場で体を洗っている。
「うん、美人だ」
 梓の前だからか、お湯で気持ちがゆるんだからか、耕一は自然と本心を口にしていた。
「それに優しそうだしさ」
「うそだ、全然優しくねーよ。オニだぜ、オニ」
「うそつけ」
「本当だって、すげー怖ぇーぞ」
 耕一は湯煙のなか、ぼんやりと梓を見つめていた。
 日焼けした肌に、石鹸の泡の白さが浮かんで見えた。
「それにしても、お前、よく焼けてるなあ」
「しょっちゅうプール行ってるからな」
「プール、あんの?」
「学校のな。生徒しか入れないから、お前は駄目だぜ」
「なーんだ。ふん、いいよ、海行くからさ」
 そのとき、ふと気がついた。
 梓の日焼けのあとが……変だ。
 パンツの形ではなく、女の子の水着の形に色が残っている。

「あ、梓、お前──」
「なんだよ?」
 体を洗い終わった梓が耕一の前に立った。
 耕一は、じーっと見た。
 あそこを確認する。
「なんだよ、スケベ」
 隠そうともせず梓は言った。
「お、お前、女……?」
「はあん? なんだよ、男だと思ってたのか、バーカ」
 にんまり笑って梓は湯船に飛び込んだ。
 滝のようにお湯が流れた。
「お、女……!?」
「見てんじゃねーよ、スケベー」

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 夕飯のテーブルには、梓と耕一が釣ったヤマメの塩焼きがならんだ。
 それは、耕一がいままで食べたどんな魚よりもおいしいものだった。
 その夜、耕一は都会でひとり留守番している母親に電話した。
 そして、今日体験した出来事を思い出し、ふたたび興奮しながら、熱く語って聞かせたのだった。

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 いかがでしたでしょうか。
 機会があったらまた、こういうものをやっていきたいと思います。
 感想などが有りましたらメールでお願いします。

 2000年7月 高橋龍也