【ムー昭和オカルト回顧録】エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末
さて、前回も解説したとおり、70年代なかばの「コックリさん」ブームは全国の小中学校を直撃した。もちろん僕の小学校も同様で、休み時間のたびにあちこちの席で各グループが「コックリさん」にうつつを抜かす日々が続き、案の定、ほどなくして担任から「コックリさん禁止令」が厳しく言い渡された。
ちなみに、少なくとも当時の僕の周辺では「コックリさん」をめぐる怪異などはまったく起こっていない。というより、僕らが「コックリさん」による「降霊」に成功したことなどただの一度もなく、硬貨が動く場合も明らかに誰かが意図的に動かしているのはミエミエだった。ブーム勃発から一週間ほどで、特に男子のほとんどは早くも「つまんねぇなぁ……」みたいなテンションになっていたのを覚えている。
ごくごく最初のうちは、儀式の途中で硬貨から指を離してはいけないとか、文字盤はすぐに捨てるとか、10円玉はその日のうちに使うとか、お約束の各種タブーを侵さないように気を使っていたが(これを破ると「コックリさん」が「憑く」とされていた)、最後の方はみんなシラケてきて、そういうことにもまったく配慮しなくなった。なかにはわざと10円玉から指を離して「こら、コックリ! いるなら呪ってみろ!」などと、恐れ知らずの挑発をして笑いをとるヤツなどもいたのだ。
なので、担任から「今後いっさいコックリさんをやってはいけません!」と「禁止令」を出されたときも、特に反発もなく、「もうどうでもいいよ」という感じだった。大人たちが問題にしはじめた時点で、すでにみんなすっかり飽きていたのだ。
このあたりの時系列はちょっとウロ覚えだが、もう僕らの好奇心は徐々に過熱しはじめていた「スーパーカー」ブーム(『サーキットの狼』!)などの方に吸い寄せられていたのではなかったかと思う。
オカルト女子たちの奇妙なレジスタンス
ところが! 女の子たちの場合はまったく事情が違っていたらしいのである。「占い」や「おまじない」に対する関心は昔も今も男子よりも女子のほうが圧倒的に強い、ということなのかも知れないが、「禁止令」発令後も彼女たちは監視の目をかいくぐり、休み時間や放課後にコソコソと飽きもせずに「コックリさん」を続けていたのだ。
そもそも「コックリさん」を教室に持ち込んだのは女子たちで、当初はオカルティックな「降霊術」というより、あくまで「よく当たる恋占い」みたいなものとして流行しはじめたのだが、この期に及んでも、彼女たちは「クラスの◯◯くんは誰が好きですか?」とか「◯○ちゃんと◯◯くんはつきあってますか?」とか、たわいもない「恋占い」をやめようとしなかった。なんだか一種の中毒になっていたようで、彼女たちにとっての「コックリさん禁止令」は、今でいうと急に「スマホ所持禁止令」が発令された、みたない状態に近かったのかも知れない。もちろん多くの子が先生にみつかり、職員室へ呼び出されたり、親への「連絡帳」に「私は禁止されているコックリさんをやってしまいました」などと間抜けな反省文を書かされたりしていた。
さらに先生たちの弾圧が厳しくなってくると、彼女たちは不可思議な発想によって妙な抜け道を「発明」する。それが「コックリさん亜種」、つまり「コックリさん」だけど「コックリさん」ではないと言い抜けることのできる「脱法コックリさん」である。
最初に流行ったのが「キューピッドさん」、続いて「エンゼルさん」と称するものが流行した。先生に見つかって「あっ! またあんたたち、コックリさんやってるのね!」などと怒鳴られても、彼女たちは平然と「いいえ、これはコックリさんではありません。キューピッドさんです。キューピッドさんは人を呪ったりしないので大丈夫なんです!」などと意味不明の言い訳を真顔でするので、担任の先生も困り果てていた。
70年代っ子たちの恐るべき「口コミ」ネットワーク
ウチのクラスの女の子たちが行う「脱法コックリさん」にはさまざまなバリエーションがあったが、これらの多くは当時の小学生女子たちに全国レベルで共有されていたようだ。同じ名称の「儀式」でも地域によってルールに多少の違いがあったようだが、各種「脱法コックリさん」は同時多発的に起こった全国共通のブームだったのだ。
70年代の子ども文化のこういう側面を見るたびに、僕はいつも驚いてしまう。本家「コックリさん」の流行にもメディアを介在しない「口コミ」が大きな役割を果たしたのだとは思うが、女子たちの「脱法コックリさん」については、少なくとも70年代末までは(『マイバースディ』などの少女向け「占い・おまじない誌」の登場までは)、雑誌などに取りあげられることはほとんどなかったはずだ。にもかかわらず、誰かが開発した「新儀式」は次々と瞬時に全国へ拡散していったのである。
男の子文化においても、当時のメディアがいっさい取りあげなかった「スーパーカー消しゴム」の各種改造方法などがまたたく間に全国に普及したが、こうした「口コミ」による情報共有の速さと網羅する範囲の広さは驚異的だ。
一説には70年代の子どもたちの「口コミ」ネットワークは、「塾通い」の習慣が小学生の間で一般化したことで格段に強化されたといわれている。女子たちの「脱法コックリさん」のブームについても、塾や習いごと教室を媒介にした他校のカルチャーの流入・流出が、かなり大きく貢献していたのだと思う。
「キューピッドさん」の謎
当時の「脱法コックリさん」は、僕が覚えているものだけでも「キューピッドさん」「エンゼルさん」「ラブさま」などなど、無数のバリエーションがあったが、なかでも最初に流行した「キューピッドさん」は「脱法コックリさん」の元祖であり、代名詞的存在だ。
で、僕はこの「キューピッドさん」について、以前から非常に気になっていることがある。僕が記憶している「キューピッドさん」と、現在語り継がれている「キューピッドさん」は、どうもまったく別物のような気がするのだ。
まぁ、小学生時代の女子たちのカルチャーなどは男子には完全に謎で、彼女たちの間で次々に勃発する各種ブーム、たとえば「匂い玉」「リリアン」「紙せっけん」「香りつきティッシュ」……などなども、横目では見ていたものの、なにがおもしろいのかさっぱりわからなかったし、彼女たちがそれらをどのように楽しんでいるのかも知らなかった。興味もないのでわざわざ聞いてみることもなかったし、考えてみれば女子文化というものは、同世代の男子にも完全なブラックボックスだ。なので、「キューピッドさん」に関する僕の記憶などもまったく曖昧ではあるのだが……。
現在ネット上などで継承されている「キューピッドさん」は、ほぼ「コックリさん」と同じ「文字盤」を使用する、ということになっている。鳥居の代わりにハートの絵(もしくは矢が刺さったハート)を描き、「はい/いいえ」の表記を「Yes/No」に変えただけだ。やはりコインを使うか、もしくは二人で握った鉛筆で文字を追っていく。
しかし、ウチのクラスの女子たちが夢中になっていた「キューピッドさん」は、これとはまったく違っていたはずなのだ。いわゆる「文字盤」に類するものは使用しない。赤鉛筆で大きなハートをひとつだけ描いた紙を用意し、その上に二人で1本の鉛筆(色鉛筆やマーカーなどを使うこともあった)を握って身構え、なにやら呪文を唱えた後、ハートの絵を鉛筆でひたすら何度も何度もなぞっていく。どういうルールに従っていたのかはさっぱりわからないし、文字をいっさい使わず、ただひたすらハートを重ね描きしていくことで、なにをどうやって占っていたのかは知る由もないが、ときどき「憑依」が起こったことだけはよく覚えている。といっても、あくまで本人たちが「憑いた、憑いた!」と騒いでいただけなのだが。
「憑依」がはじまると、鉛筆を握った二人の腕の動きが徐々に早くなり、そのうちにメチャメチャな勢いでハートの絵の上に鉛筆を走らせ、しまいには紙の上がグシャグシャになって破けたりもするのだが、それでも彼女たちはやめない、というか、やめられないらしいのだ。で、「止まらないっ! 止まらないよーっ!」などと悲痛な声で助けを求めたりするのである。すると「識者」みたいな立場の女の子(オカルトマスター的存在)が慌ててやってきて、「大丈夫! 落ち着いて! 鉛筆は離しちゃダメよ!」などと言いながら動き続ける二人の手をギュッと握り、「キューピッドさま、お帰りください、どうかお帰りください…」などと何度も唱えつつ、二人の腕の「暴走」を止めるのである。
もちろん僕ら男子は、こうしたしょーもない茶番劇を冷たく眺めながら、「バカか、あいつら!」などと笑っていたのは言うまでもない。
以前にも、この記憶のなかの「キューピッドさん」について原稿を書こうとしたことがあったのだが、現在一般的にいわれている「キューピッドさん」とはあまりにも内容が違っているので、もしかしたらウチのクラスだけで流行した超ローカルな占いだったのか? ……とも考えて断念した。しかし先ごろ、この儀式についての長年の謎がようやく解明されたのだ(まぁ、解明されたところでなんのメリットもないんだけど)。
次回は、この「止まらないよーっ!」の儀式はいったいなんだったのか、さらには当時の女子たちが夢中になった各種「脱法コックリさん」について、主要なものを具体的に紹介しながら回顧していきたい。
初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」
◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」
◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢
◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」
◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜
◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界
◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」
◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」
◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」
◆第3回 70年代こどもオカルトの源流
◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2
◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1
関連リンク
初見健一「東京レトロスペクティブ」
文=初見健一
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