スクイノカタチ
……誰かを"救い"出すことの難しさは、それを行った本人にしか分からない。
……足元を"掬い"取られることの悔しさは、経験しなければ分からない。
……心に"巣食い"たいと思う気持ちは、正しい感情なのかは分からない。
人の数だけ"スクイ"があり、その"カタチ"を意志や言葉と共に変えてゆく。
プロデューサーにも、樋口円香にも。或いは他の誰にでも――人が人である以上、それぞれの"スクイ"の形がある。
――あなたの"スクイ"は、どんな『カタチ』ですか。
そして、もう一つの物語―― novel/16708918
※こちらはR-18要素を含んでおりますのでご注意ください。
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焼けるように朱い夕日が落ち、空に点々と星が輝き始めようとする時刻。陽の赫から夜の蒼へと染まりつつある事務所に、ソファーに座った若い男のすすり泣く声が響き渡る。
整っていることがトレードマークでさえもあった白のワイシャツは、まるで今の男の状態を表すかのようにしわくちゃで、自暴自棄になりながら両手で掻き乱した黒の短髪の荒れ具合はさながら寝起きの様相。
私には──どうすればいいのか分からなかった。
余りにも惨めで悲壮な姿のあの人に、隣に座る私は何も出来ずにいた。
私を大切に思ってくれているこの人に、何も出来ない無力な自分。私はただ心の中で強がりせせら笑う。でも、積もり積もるのはどこまでも虚しさだけ。
二人だけの事務所って、こんなにも息苦しいものだったっけ。記憶の頁を辿っても、該当する場面は見当たらない。だから、答えが見つからない。
──〝アイドル〟としては、ダメ。
当たり前のことで、あの人と私がこの関係でい続けられる理由。
──でも……私自身なら。
私は首を何回か横に振ると、未だにソファーで俯いたままのあの人の前に立つ。一言二言、言葉を紡ぐ。あの人の耳にはきっと、届いていない。でも……それでもいい。
私はその場で少し俯いてすぐ床に両膝を落とし、あの人の首元へと腕を伸ばした。普段のあの人ならきっと、この時点で注意或いは拒絶していたはずだ。でも今日は何の反応もない。……私はそのまま、自分の肩の方へとそっと優しくあの人を抱き寄せた。
………………──
あの人はもう終わりを見ている。なら私も、覚悟を決めよう。
〝アイドル〟と〝プロデューサー〟の、越えてはいけない最後の一線。ここを越えればもう、私達の関係に明日はない。
なら──いっそこのまま、終わってしまってもいい。
私があの人を抱き寄せる腕を肩に回し更に引き寄せると、耳元に響くあの人の慟哭をより近くで実感する。そこにあるのは、あの人が今まで見せて来た〝アイドル〟の成長の姿を見る度に流してきた、喜びの涙じゃない。
──あなたにその涙は似合わない。
けれども今は、見せてほしい。知りたかったけど、出来れば知らないままでいたかった、あなたのその表情を。心の奥底に生まれている、この仄暗い感情も抑える必要はどこにもない。この無音の事務所には今、私とあなたの二人だけ。
どうか今だけでも、あなたを……独占させて。
あなたのココロ──
〝スクワセテ〟