陽が沈み始めた公園通りの散歩道。木陰から僅かに挿し込む西日の光に、穏やかな表情に端正な顔立ちをした長躯の男の白い夏用のワイシャツがほんのりじわりと汗で滲む。夏も終わりが近付き、気候的にも時間的にも涼しいと感じる日こそ増えてきたものの、まだまだこの暑さが完全に和らぐことはない。
…………もっともこの男の場合、暑さの原因はそれだけではないのだが。
「……雛菜、いい加減離れたら?」
赤茶色のショートヘアに前髪をヘアピンで止め、垂れ目気味な童顔に泣きボクロが特徴的な少女『樋口円香』は、男の左隣を付かず離れずの距離感を保ち歩を進めながらも、反対側の腕を完全に捉えて離そうとしない少女に向けて歎息交じりに悪態をつく。
「あは~♪ 円香先輩、ひょっとして嫉妬してるの~?」
ぎゅーっと、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるかの如く男の右腕に身体を押し当て円香を煽るように、ブロンドカラーのゆるふわヘアーを揺らす『市川雛菜』は天真爛漫を装い悪戯に笑いながら男の占有権を主張する。
「ひ、雛菜ちゃん! ダメだよ、煽っちゃ!」
その雛菜の数歩後ろ。わたわたと慌てた面相で腕と黒髪のおさげを振りながら、精一杯の大声で雛菜を叱責する小柄な少女『福丸小糸』の声は、残念ながら当人には届いていない。
「ふふっ。大変そうだね、プロデューサー」
そんな男の数歩前を歩く、モーヴシルバーのショートヘアに、裾元も紫色のグラデーションを施した、誰もが目を惹く、美のつく容姿にミステリアスな魅力を秘めた少女『浅倉透』はその様子を楽しそうに眺めている。助ける気は、ないらしい。
「はは……」
4人の少女に取り囲まれ、力なく笑うこの男はアイドル事務所283プロダクションのプロデューサーで、彼女達はそんな彼が担当をしている青春系幼馴染アイドルユニット”ノクチル”のメンバーだ。最初の頃は大きな騒動を起こし仕事にも恵まれなかったが、最近になり徐々に人気と評判を集め、今では同事務所のアンティーカや放課後クライマックスガールズ等と同じくらい忙しない毎日を送っている。
だが、アイドルとして忙しい日々を送る彼女達も、元をただせば青春真っ只中の女子高生でしかない。それぞれのプライベートを楽しむ時間も必要だろう。この4人は今日休みだった者もいれば、仕事帰りの者もいる。中々まとまった休みが取れず、今まで当たり前だった幼馴染での遊びの場を設けられずにいた男は内心、申し訳なさでいっぱいだった。
だからこそ、たまたまとはいえ4人揃い、幼馴染同士の場が出来上がったことで男は退散し、残り少ないながらも夏休みの最後に楽しく遊んでもらおうと画策していた。
…………はず、だったのだが。
「雛菜。離れて。見ているだけで暑くなってくる」
「え~? 雛菜、別に暑くないも~ん」
「ひ、雛菜ちゃんも円香ちゃんも、ぷ、プロデューサーさん、困っているから!」
「あー……ねえ。樋口、こっちであっているっけ? 道」
…………どうしてだろう。気が付けば、円の中心に取り囲まれているような。
彼女達はアイドルであり、男もまた彼女達の担当プロデューサーだ。こんな場面を誰かにでも見られようものなら最悪、スキャンダルになりかねない。樋口円香や福丸小糸のように、サングラスや帽子などで気持ち程度の変装を行っているものいるが、市川雛菜と浅倉透は自然体そのもので正体を隠そうともしない。夕刻時の公園通りということもあり、人の気がほとんど無いのが幸いだろう。
そもそも、なぜこんなことになってしまっているのか。
――ことの発端は、283プロダクションプロデューサーの休日という、慌しい日々の始まりまで遡るのだった。
アイドルマスターシャイニーカラーズノクチル短篇物語~à la carte de noctiluca~