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スター・ウォーズの世界史―なぜ「帝国」は悪役なのか?―


世界史講師のいとうびんです。

いきなりですが、みなさんは映画『スター・ウォーズ』シリーズはご存知でしょうか。

何といってもSF映画の金字塔、下手をすれば聞いたことすらない人を探す方が難しいかもしれません。

私も大好きな映画シリーズです。


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さて、シリーズの旧3部作(エピソード4、5、6)には、共通して出てくる敵役がいます。

それが「帝国(銀河帝国 the Galactic Empire)」です。

強大な軍にものを言わせ、皇帝パルパティーンが恐怖で独裁を敷く、まさに圧政の象徴のような存在です。

…と、なぜ今回はスター・ウォーズの敵役を持ち出したのか、というと、

みなさんは「帝国」と聞くとなんだか独裁や圧政といった専制国家を、なんとなくイメージしませんか?

実際に、ゲームや小説、映画に登場する帝国は、このスター・ウォーズの「(銀河)帝国」のような専制国家であることが少なくないと思います。

なぜ帝国は悪役なのか? 今回のテーマは、ここを少し掘り下げていきます。



A long time ago in a galaxy far, far away....                                              遠い昔、はるか彼方の銀河で....

1.そもそも「帝国」とは?

さて、世界史で「帝国」といえば、古代の「世界帝国」を指します。

世界帝国」は、広域を支配し、様々な住民を統治する国家のことです。

今日風に端的に言えば「多民族国家」ということですね。 ここでポイントなのが、帝国という言葉は本来は君主制かどうかは関係がない、ということです。皇帝がいるとかいないとかは関係がないのです。

試しに、ケンブリッジ英語辞書で調べてみると、

a group of countries that is ruled by one person or government

「単一の人間あるいは政府によって統治される国家群」と書かれています。この点からも明らかです。

ただ、西洋世界で「帝国」といえば、必然的にあるひとつの国家を指します。

それが……ローマ帝国です。


このローマ帝国こそ、「帝国」の根源なのです。



2.ローマ帝国―共和政から帝政へ

というわけで、ここではローマ帝国について簡単に触れます。

ローマは紀元前8世紀頃に、現在のローマ市に建設された都市国家で、

初期は王がいましたが、前509年より共和政となりました。

この共和政ローマの最高決定機関が元老院です。終身の議員からなる元老院は名望家の集まりであり、ローマはこの元老院の主導で発展を遂げていきます。

ローマが帝国になり始めるのが、紀元前3世紀にはじまるポエニ戦争です。この戦争でローマは、カルタゴというライバル国家を滅ぼし、地中海の広域を支配する帝国へと変貌します。

その象徴が、属州の設置です。イタリアをホームとするローマは、イタリアの外の領土を属州とし、元老院議員を総督(レガートゥス)として派遣することで統治しました。

英語のempireは、この属州への本国の命令権(支配権)を意味するインぺリウムimperiumに由来します。

この共和政ローマの帝国化は、ローマという国家に大きな変貌をもたらしました。まずそれまで軍の中心であった中小農民(古代ヨーロッパ世界では成人男子は戦士として従軍しないと参政権がもらえない=市民になれない)が没落して無産市民となり、

一方で元老院議員らは属州での搾取で一財産をもうけ、本国イタリアに帰国しては中小農民が棄てた土地を接収して大土地経営をし私腹を肥やしました。こうして元老院議員の質が低下し、彼らは私利私欲を優先させる利権集団へと堕落していったのです。

こうした元老院の腐敗が、共和政の末期に「内乱の一世紀」と呼ばれる混乱の時代を招きました。

この「内乱の一世紀」を一気に収束させたのが、終身独裁官となったカエサルです。しかし、カエサルのあまりにも急速な権力集中は警戒され、最後に彼は暗殺されます。

カエサルの遺志は、彼の養子オクタウィアヌスに受け継がれ、このオクタウィアヌスは前27年に元老院より「アウグストゥス(尊厳なるもの)」の称号を授かり、事実上ローマの君主となります。

これをもってオクタウィアヌスが皇帝に即位したとみなし、ローマは名実ともに帝国となったのです。

さて、この過程をスター・ウォーズに当てはめると、、、

※以下ネタバレ注意








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スター・ウォーズも新3部作(エピソード1、2、3:ストーリーの時系列では旧3部作の30~20年前)では銀河共和国があり、その最高決定機関は元老院です。

その元老院議長であったパルパティーンは、独裁権を握り、オーダー66でジェダイらを粛正して銀河帝国の皇帝に即位します。

ここまで見ればお判りでしょうが、スター・ウォーズの皇帝パルパティーンは、ローマのカエサルとオクタウィアヌスを合わせた人物なのです。

しかし、カエサルやオクタウィアヌスはパルパティーンとは異なり恐怖政治家というイメージは強くはありません。

このギャップはどこから来たのか?

その謎はローマ帝国の滅亡後のローマ史の歴史に隠されているのです。


3.ヨーロッパの文化人とローマ帝国

ローマ帝国は395年に東西に分裂し、西側の西ローマ帝国は間もなく滅亡、

東側の東ローマ帝国(世界史ではビザンツ帝国ともいいます)はその後1000年にわたり命脈を保ちますが、最終的に15世紀に滅亡します。

この東ローマ帝国の滅亡とほぼ同時期に、西ヨーロッパではある文化運動が盛んになっていました。

それがルネサンスです。

ルネサンスとは「再生、復興」という意味です。何が再生、復興するのかというと、「古代ギリシアやローマ文化」の再生、復興です。

ざっくりいえば古典ブームということです。

このルネサンス古典ブームの発祥地がイタリアだったのです。かつてローマ帝国の「本国」でしたね。

ルネサンス期にはローマの歴史も詳しく研究されました。とりわけこうした知識人たちにとって、共和政の時代のローマはある種の理想的な国家として崇められていたようです。

『君主論』などで有名なマキァヴェリも、共和政ローマを崇める一方、カエサルのような独裁者をあからさまに毛嫌いしています

このルネサンスの思想は、17~18世紀の啓蒙思想に受け継がれます。

啓蒙思想といわれてもピンとこない方には、「アメリカ合衆国の独立やフランス革命の原動力となった思想」といえばその重要性がわかるでしょう。

この啓蒙思想の時代に、ローマ帝国研究の大家がいました。

その歴史家は、イギリスのエドワード・ギボン(1737~94)です。

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ギボンは大著『ローマ帝国衰亡史』を著し、この著作は近現代のローマ史の権威とまでされていました。

しかし、現代だから言えるのですが、この本は言ってみればギボンの主観が非常に強く、また文章自体も非常に優れていたことから、ギボンが理想とするローマ帝国の在り方がそのまま多くの読者に受け容れられてしまったのです。

ギボンが理想視したローマとは、元首政とくに五賢帝時代(96~180)と呼ばれた5人の優れた皇帝の治世です。元首政とは、皇帝と元老院とが協調体制のもとで政治を敷いていた体制を言います。実際、五賢帝時代はローマ帝国の全盛期でもありました。

一方、後期のローマ帝国では専制君主政といい、皇帝が権力を集中させ独裁体制を敷きます。この専制君主制が、今日の「帝国」のイメージにかなり近いのです。ギボンはこの専制君主政をとりわけ嫌い、ローマ帝国の衰退の原因は皇帝独裁にあるかのように主張していたのです。

こうしたヨーロッパの歴史における「ローマ史観」が、今日の「帝国」のイメージを形作っていったのです。


4.今なお生きる「帝国」

ヨーロッパのこうした思想史は、現在の西洋世界に与える影響は何も映画に限ったことではありません。

例えば、アメリカやフランスの上院はそれぞれthe Senate, Sénatといい、これはラテン語のsenatusに語源を持ちます。senatusは「元老院」という意味です。

また、アメリカでは上院=元老院と権限を分担し協調することで、政策を展開する行政の長がいます。そう、大統領ですね。

アメリカ合衆国の政治体制は、まさにギボンが理想とした元首政期ローマ帝国そのものです。ギボンが生きた時代が、ちょうどアメリカ独立戦争と重なっていたこともこのことを裏付けてくれます。

この他にも、アメリカ合衆国は様々な形でローマ帝国の後継者・継承国家であることを主張し続けています。


ローマ帝国は、今なお西洋世界において「理想郷」であり続けているのです。

「永遠の都ローマ」、その言葉は本物です。







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伊藤 敏《世界史講師》

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予備校で世界史を教えている講師です。世界史の「学び」を深める話題を中心に、フワッと学術チックな文体でわかりやすく記事にしていきます。 授業実践や教材公開なども随時、発信しております。
スター・ウォーズの世界史―なぜ「帝国」は悪役なのか?―|伊藤 敏《世界史講師》