魔法少女と黄金の獣 (クリフォト・バチカル)
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【序 章】転生前
01:プロローグ
「ああ…………」
『座』すら砕け散った万象の欠片…………煌く星々のような輝きに包まれて、男が漂う。
その身は下半身も両腕も消失し頭部と胴体のみ。
その胴体すら深く切れ目が入り、首すら千切れかけている。
どう控えめに見ても死の淵、今この瞬間に死んでいないことが不思議なくらいの有り様だ。
「やはり、こうなってしまったか」
ファウスト、パラケルスス、サン・ジェルマン、カリオストロ、カール・エルンスト・クラフト、メルクリウス……
数多の名をもつその男……否、それは写し身の名でしかない。
今ここで死に瀕しているのは本体、世界の法則を定める『座』に居す双蛇だ。
「違うのだよ、ハイドリヒ…………私とおまえが争ったところで既知は晴れん。
ここが私の、これが私の回帰点だ。何も成せず、成そうとせず、己が自滅の因子と食い合い、消える。それが気に食わぬと言ってまた同じことを繰り返す。
何度やっても、懲りんものだ。予感は、あったのだがな…………」
神とも呼ぶべき存在がこのような無残な姿を晒しているのは、その口から洩れた名の主によるもの。
ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。
聖槍十三騎士団黒円卓第1位にして首領。髑髏の軍勢をその身に飲み込んだ墓の王。
愛すべからざる光、忌むべき黄金、黄金の獣、破壊公とも呼ばれたその友との激突によるものだ。
しかし、周囲にその姿は無い。
「馬鹿馬鹿しい」
男は自嘲する。
「なぜなら今が、私の流出の起点なのだ」
『流出』、エイヴィヒカイトの第四位階にして『座』に到達する手段。自身の渇望を溢れ出させ、世界を塗り替える神の所業。
男の渇望は「やり直したい」。
この結末が気に食わぬから、やり直したいと渇望している。その狂おしい思いが消えぬ限り、永劫回帰は終わらない。
「諦めることが出来れば、よいのだがな…………」
自身でも無理だと思っていることを口に出す。
「もう一度、あと一度だけでも…………」
その愚かな思いを捨てられない。
「口惜しいのだ。次こそはという妄執を切り離せん」
ゆえにこれより、都合何度目になるか分からぬ流出が始まる。この結末を回避するため、再度母の胎内に還るのだろう。既知の毒に苛まれながら…………
『座』には時間の概念が存在しない。流出した己がその果てに流出が行うという矛盾すら認められる。
鶏が先か卵が先か、そんな論争はここでは意味を為さない。
「ふふ、ふふふふふ…………」
諦観と共に男は自嘲する。
いや、それを諦観と呼んでいいものか。
何故なら男は「諦められない」からこそ自嘲しているのだから。
いい加減に擦り切れればいい。
いい加減に目を閉じればいい・。
ああ、あるいは、自分と同じく今もこの場を漂っているだろう盟友と、永劫戯れ続けるのも一興ではないか。
「何処にいる、ハイドリヒ。今のうちに私を殺さねば、元の木阿弥だぞ。
私を破壊するのだろう。破壊してくれよ。自分では死ねない。
私はつまらぬ男なのだ。行く道が地獄と知りながら歩を止められん。
ゆえに、なあ、頼む友よ。早く私を…………」
無意味な問い掛けと薄々気付きながらも姿の見えない友であり殺しあった存在へと呼び掛ける。
しかし、この境地へ至って漸く思い出した記憶は残酷な答えを返す。
その言葉は叶わない。叶わないからこそ男は何度も繰り返してきたのだ。
この苦しみから救ってほしいと思いながらも、しかし流出は始まりかけている。真実の渇望は呆れ返るほど頑迷で、さらなるやり直しを止められない。
「無為か…………では万年を数度越えた先でまた逢おう。
私はおまえを見つけ出す。ゆえにおまえも私に気付いてくれ。
次に我が望みが外れたとき、今度こそは殺してくれよ」
そう、願いながら…………
「許されよ、愛しの女神…………次こそは…………」
砕け散る身体と共に、目を閉じようとした瞬間だった。
「まぁ待て、カール」
そんな言葉と共に黄金の槍が男の身体に突き刺さる。
流れ広がろうとする男の身体を、その一突きが止めていた。
槍の柄を握るのはたなびく鬣の様な黄金の髪と黄金の眼を持つ美貌の男、ラインハルト・ハイドリヒ。
その身は双蛇と同じく傷付いており、纏っていた黒の外套もボロボロの状態だが、変わらぬ威圧感を放っている。
「───────っ!?」
瞠目する。何が起きたのか理解できない。なぜならこんな展開は知らないのだ。
「ぁ、…………ぉ………………ぁ………………」
漏れる声は言葉にならない。痛みではなく驚愕故に。
「ふむ……卿の女神でなくて済まないな。しかし、構うまい?
こうして止められることは卿も心の半ばで望んだことであろう」
「それは……そうだが、いや……しかし……」
漸く言葉を発することが出来るようになった双蛇。
しかし、未だに混乱は著しく口籠るばかり。
彼を知る者が見れば常にないその姿に目を見張るだろう。
「流石の卿も戸惑うか。しかし、生憎と時間がない。
卿には選択してもらう」
「選択?」
「そうだ。かねてよりの定めにより私はこれから新たな領域へと旅立つ。
その旅路に卿も着いて来てもらいたいのだ、カール。
なに、退屈はさせんよ。我らを待つのは全く新しい世界、未知なる世界だ」
「未知なる世界?そのようなものが……」
『座』に在るということは世界の全ての礎であるということ。
この世界の何処にも、そして過去から未来の何れにも双蛇にとって未知など存在しない。
それを知る筈の黄金はしかし……
「あるとも」
ハッキリと断言する。
「信じ難いのも理解出来るが、卿の知る『世界』は数多の中の一でしかない。
この世界の外には更なる世界が存在する」
「………………………………」
信じ難い。信じられない。しかし、目の前の友が嘘を述べる様な者でないことも重々承知している。
ならば、未知なる世界というのも本当なのかも知れない。
しかし、それを信じるとしても今度は彼の未練がそれを良しとしない。
自分はかの女神を……
そう返そうとして目の前の友に目を向けた彼はその美貌を見て思わず言葉を飲み込む。
「なぁ、カール……我が友よ。もう良いではないか。
擦り切れるほど座に在り続け繰り返して来たのだろう?
この世界の『座』は卿の女神に委ね、私と共に来い」
穏やかな微笑は黄金の良く見る表情であるが、その時の笑みは決定的に異なっていた。
真摯なそれに双蛇は思わず最愛の女神の微笑を幻視する。
「ああ、貴方は最高の友だよ、獣殿。ゆえに幕を下ろして共に行こう」
微笑んで、永劫の永劫倍『座』に在り続けた道化師は──
「
──黄金の獣に飲み込まれた。
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02:戦争への誘い
「……………………………………………………?」
光のない、上も下も分からない世界で唐突に目を覚ました。
「ここは……?」
誰に問うでもなく、言葉を漏らす。
取り合えず、辺りを見回してみようとしたその時、背後から声が掛けられる。
「気が付いたようですね」
「!?」
気配もなく突然掛けられた声に対し、バッと振り返りそちらを見る。
するとそこには、ノースリーブの黒いゴシックロリータを纏った少女が立っていた。
自然にはあり得ない紫銀の髪を膝まで伸ばした、人間とは思えない程美しい顔立ちをした少女だ。
「君は……?」
「混乱しているとは思いますが、単刀直入に言います。
貴方は死にました。そしてこれから転生してもらいます」
【side ??? ??】
「……は?」
問い掛けを無視し返された言葉に呆然とする。
死んだ? 転生? 何を言っている?
「とは言え、貴方の転生は一般的な輪廻転生とは違います。
貴方にはとある世界で行われる『戦争』に参加して欲しいのです」
『戦争』だと?
「何故そんなことをしなければならない?拒否権は?そもそも何故俺なんだ?」
「選ばれたことに特に理由はありません。ランダムに偶々選ばれた、というだけです。
拒否することは可能ですが生き返ることは出来ませんので、
結局は何処かの世界に転生することになります。
転生先はランダムですが、逆に言えば保障がないとも言えます。
また、その場合は通常の輪廻に戻る形になりますので、記憶も残りません。
現在の様に名前のみの消去ではなく、全ての記憶を消します」
「名前の消去?」
何故かその言葉に凄まじい悪寒を感じて問い返す。
「はい。今の貴方は名前が消去された状態です。
現に思い出せない筈です、自身の名前を」
名前? 名前が思い出せないってそんな馬鹿な。
俺の……俺の名前は……!?
何故だ!? 出てこない!
これまでの人生の記憶はあるのに、読んだ本や聴いた音楽の内容すら思い出せるのに、
自分の名前やそれに繋がることだけが思い出せない。
「何故こんなことをした!?」
「転生先に馴染む為には必要な処置です。
前世の自分を完全に記憶したままでは色々と齟齬が生じますから」
確かに前世の自分を記憶していたら違う名前で呼ばれても自分のことと認識出来ないかも知れない。
他にも思い付くこととして弊害は多そうだ。
しかし、だからと言って……。
「さて、それでは話を続けます。
『戦争』──私達は『ラグナロク』と呼んでますが──に参加する場合は、
このカードの中から1枚選択してもらいます」
言い放つと同時に手を振るうと目の前に7枚のカードが出現する。
セイバー (剣の騎士)
ランサー (槍の騎士)
ライダー (騎乗兵)
バーサーカー(狂戦士)
アサシン (暗殺者)
残り2枚は裏面となっているが、アーチャー(弓の騎士)とキャスター(魔術師)だろう。
見覚えのある柄に思わず呟く。
「聖杯戦争?」
ゲーム『fate/stay night』において「万能の釜」や「願望機」とも呼ばれる手にする者の望みを実現させる力を持った存在、聖杯。これを手に入れるための争奪戦が聖杯戦争。冬木の地で行われるそれは、聖杯によって選ばれた七人のマスターが歴史上の英雄をサーヴァントと呼ばれる特殊な使い魔として召喚・使役して戦い合うもの。目の前のカードはサーヴァントの能力を当て嵌め魔術師にも召喚出来る様に削ぎ落とすための
「参考にはしましたが、あれとは異なります。
そもそも、聖杯などありませんし、サーヴァントを召喚するのではなく、
7人の転生者自身が与えられた特典を用いて戦う形になります」
「特典?」
「ええ、力、能力、武器、なんでも構いません。
それらの特典と生まれる年代と場所を選択してもらいます。
ああ、そうそう。言い忘れていましたが、
戦場として選ばれたのは『魔法少女リリカルなのは』の世界です」
「何でわざわざそんな世界を戦場に……?」
げんなりして項垂れる。
「それも特に理由はありません。ランダムに偶々今回は選ばれた、というだけです。
と言うか、分かるんですね。リリカル」
「ほっとけ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「幾つか質問したいんだが……」
気を取り直して会話を、否、情報収集を再開する。
「ええ、どうぞ」
「聖杯がないなら、何を目的に戦うんだ?
何か戦うことのメリット、あるいは戦わないことによるデメリットはあるのか?」
目の前の少女、そして姿は見えないがその仲間は転生者達を殺し合わせたがっている。
ならば、転生者が戦う事を拒否してしまっては意味がない。
そうさせないために、殺し合いを強制させる飴や鞭がある筈だ。
「まず戦わないデメリットについてお答えします。
定められた時点までに3人以上の転生者が生き残っていた場合、
強制的に何もない異世界に飛ばされます。
そこに飛ばされたが最後、生存者1名になるまでは帰還出来ません。
なおリミットは新暦76年4月28日……機動六課の解散までです。
尤も、そこまでの展開次第で機動六課自体が存在していないこともあり得ますが、
その場合でも同日まででタイムオーバーとします」
「タイムオーバーの条件は3人以上なのか?2人以上ではなく?」
「2人で生き残る可能性を許容しないと同盟等を組む余地が無くなりますので、
ペナルティ回避については残り2人まで勝ち抜くことにしました」
つまり、2人で生き抜くことを目標とするものが居たら、
何としても自分達以外の5人に脱落してもらう必要があるわけだ。
3人以上残ってしまったら、残存1名になるまでの強制バトルロワイヤルになるわけだからな。
「なお、デメリットの回避は2人でも可能ですが、
メリットを享受出来るのは単独優勝者のみになります。
誰か1人が勝ち残った場合のみ、
この『ラグナロク』の賞品として戦場でもあるリリカル世界の管理権が与えられます」
「世界の管理権?まるで神様だな」
「我々の定義では世界の管理を行うものを『神』と呼びますので、あながち間違いではありません。
とは言え、世界の外側から管理する我々と比べれば、
世界の内部の管理者は1段落ちる存在ではありますが」
転生とか言ってる時点で薄々気付いていたが、目の前の少女は矢張り神様みたいな存在か。
それにしても新たな神を生み出す儀式の名称が『ラグナロク』──神々の黄昏とは皮肉にも程がある。
「次の質問だが、特典に制限はあるのか?」
先程は何でも構わないと言っていたが、言葉の綾で限界はあるだろうと思い聞いてみる。
「大まかに3つ制約があります。
一つ目は『選んだクラスに纏わるものでなければならない』ことです。
この7枚のカードからクラスを選択し、それに関する特典を選択してもらいます。
例えばセイバーのカードを選んで斬魄刀を特典としたり、等です」
「その例からして、他のフィクションからも選べるってことか。
ところで、裏になっている2枚は既に選択されたものか?」
「はい、その通りです。
クラスの重複は禁止のため、既に選択されているアーチャーとキャスターは選べません」
と言う事は、俺で3人目というわけか。
裏返しの2枚は矢張りアーチャーとキャスターで合ってたな。
イレギュラークラスはなしと言う事になる。
真っ先に選ばれていることから選んだ特典も大体想像出来るな。
アーチャーは「無限の剣製」か「王の財宝」でほぼ間違いないだろう。
逆にキャスターはfateではなく他の能力。
転生先を考えれば魔導師としての才能が最も可能性が高いな。
まぁ、強力な魔法の力なんて様々だから断言は出来ないが……頭の回る相手なら世界に合ったものを選ぶだろう。
問題は残り5枚の中から何を選ぶかだが、他の制約を聞かないと決められないな。
「次に二つ目の制約ですが、『人間か人間から成ったモノの力しか取得出来ない』というものです。
人間以外の種族まで含めてしまうと神の力なども範囲に入ってしまいますし、
際限がなくなりますので制約とさせて頂きます。
これも例示を挙げるならば、真祖の吸血鬼の空想具現化などは選べません。
そもそもクラスに該当しないと思いますが。
他にも、王の財宝は不可、無限の剣製は可となります」
「英雄王は半人半神の生まれ、アーチャーは英霊になったとは言え元人間だからか」
「Exactly.」
逆に言えば、人間から成ったモノであれば人外も範疇に含まれると言う事になるか……考慮しておくべきだな。
待てよ? その条件であれば……
「最後は『直接攻撃以外の力は自身と同レベルの相手には半減、10レベル上の相手には無効となる』です。
「レベル? ゲームの中に出てくるような、あれか?」
「概ねその認識で良いのですが、
一般的なゲームのそれと違いレベルが上がれば強くなると言ったものではなく、
得た強さに応じてこちらが認定するという形になります。
また、レベルシステムの対象は転生者だけでなく、その世界の住人も対象です。
参考までに、一般的な成人でレベル3~5、魔導師ランクAでレベル15、
Sランクでレベル30程になります」
レベルと言うよりはランクと言った感じだな。
しかし……
「Sランクでレベル30? 随分と低いな。
その基準では、レベル50を超えるものなど存在しないことになると思うが」
「あの世界の基準で言えばレベル50どころかレベル40で次元世界最強クラスとなるでしょうね。
しかし、転生者は選んだ特典次第でこれを超えることもあり得ると予測しています。
なお、転生者は特典なしの状態でも魔導師ランクAに相当する才能をデフォルトで与えられますので、最弱でもレベル15以上になれます」
「成程」
「最初に戻りますが、このレベルシステムで同レベルの相手に対しては直接攻撃以外の能力は50%程の効果になります。
更に1レベル差が開くごとに5%上下しますので10レベル上の相手には完全無効、
逆に10レベル下の相手には100%の効果を発揮します。
攻撃魔法や物理攻撃等の直接相手にダメージを与えるものを除き、
負の影響を齎すもの全てが対象ですので、即死から能力低下まで全て対象になります。
ですので、例えばアサシンのカードでデスノートを取得することは可能ですが、
それによって殺害出来る可能性がある相手は9レベル上の相手まで、
10レベル上の相手には効果がありません。
逆に、10レベル下の相手は100%殺害出来ます。
なお、回復等は負の影響ではないため対象外となりレベル差に関係なく効果を発揮します」
「概ね理解出来たが、レベルはどうやって上がる?
それと、どうすれば自分や相手のレベルを知ることが出来る?」
「レベル認定は戦闘力の増加に対してオートで行われますし、特に知らせ等はありません。
そのため、常に気を配っておくことをオススメします。
なお、転生者には視認することで対象の名前とレベルを見ることの出来る能力が与えられます。
レベルはそれで確認して下さい。ちなみに、ON/OFFは可能です」
つまり圧倒的な強さを持っていれば、搦め手に足元を掬われることもないわけだ。
考え付く限りの最強となる選択肢を採るべきだな。
であれば、矢張り……
「なお、転生者は特典の他に『生まれる場所』と『生まれる年代』を選択できます。
但し、前者は大まかな場所までしか選べません。
『日本』は選択できても『海鳴市』は選択できません。
後者については戦場となる世界の主人公である『高町なのは』を基準に年単位で前後を指定してもらいます。
+1年であれば『高町なのは』の1年年下になることになります。
注意点としては年単位であり年度ではありません。
そのため、±0年を指定しても同学年とは限らなくなります。
また、当然ですが+20年以上は選択できません。
『ラグナロク』のタイムリミットを超えますので」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「さて、これまでの問答でほぼ確定だとは思いますが、改めて宣言してもらいます。
私達の主催する『ラグナロク』に参加してもらえますか?」
射る様な視線でこちらを見つめてくる少女。
回答は……決まっている。
「参加しよう」
ここで断っても全ての記憶を消されてランダムに転生させられるだけ。
名前を消されただけでも恐怖を感じるのに、
これ以上記憶を消されるのは御免だった。
例え、その先に待っているのが殺し合いであったとしても。
「Good. それでは、クラスカードを1枚選んで下さい」
5枚のカードが目の前まで移動してくる。
先程考えたカードを視界に収め、手を伸ばしながら問い掛ける。
「念のための確認だが、選んだ特典は誕生直後ではなく一定の年齢になったときに取得・発現するように調整できるか?」
「勿論可能です。
それを不可にすると、武器などを選択した場合に母親の胎内から持っていて惨事になりますし。
特典の取得を定めた時点までの生存や特典を確実に得られることも運命付けられるためにほぼ確実です。
ただし、この運命付けは転生者には通用しませんので、
転生者に妨害されれば特典を手に入れる前に斃されることもあり得ますので注意して下さい」
「そうか。いや、問題ない」
言いながら、カードを掴み取る。
裏返し、少女に見せる様にかざしながら宣言する。
「選ぶのはランサーだ」
「意外ですね。次に選ばれるのはセイバーだと思ってましたが。
まあ良いです。それでは次に特典を決めて下さい」
「特典は『dies iraeのラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの能力、才能、容姿、魂』だ」
「……は?」
一貫して無表情だった少女がポカンと口を開けて呆然とした姿を見せる。
どうやらかなり予想外な選択だったようだ。
我ながら意地が悪いと思うが、少し溜飲の下がる思いだ。
ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。
ゲーム『dies irae』に登場するナチスドイツの闇に巣食った魔人の集団、聖槍十三騎士団・黒円卓第一位であり首領。
「愛すべからざる光」「破壊公」「黄金の獣」と呼ばれており、腰まである金髪と金色の眼を持った魔人。殺したものの魂を喰らって強化するエイヴィヒカイトにより幾百万以上の魂を喰らい、またその源である聖遺物『聖約・運命の神槍』の力により殺した相手や聖痕を刻んだ相手を自らのレギオンとして使役する。最終決戦時においてはエイヴィヒカイトの最高位階である『流出』に至り、世界法則の書き換えが可能な覇道神と成り得る超越者だ。
考え得る最強の選択をしたのだが、答えが返ってこないので念のためにもう一度告げる。
「望む特典は『dies iraeのラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの能力、才能、容姿、魂』」
「Pardon?」
聞き返されるが、よくよく見るといつの間にか冷や汗を流している。
「だから『dies iraeのラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの能力、才能、容姿、魂』だ。
能力は『座』における水銀との最終決戦時のものを。
なお、聖遺物である『聖約・運命の神槍』は20歳になった時に取得し能力発現もその時点で行われるようにしてもらいたい。
才能や容姿は途中で変わるとおかしいので、生まれた時からで頼む」
「やはり聞き間違えではないようですね。
しかし、それは……」
「ルール通りだし、問題ない筈だ。
能力の源である聖遺物は『槍』だし、ランサーのカードにも合う。
神に等しい領域になるが、誕生時に人間であったことも間違いない」
「そ、それは……そうですが」
「それとも、特典が強力過ぎると何か問題でもあるのか?」
「……………………………………………………」
押し黙る少女は強過ぎる力を与えることを躊躇しているように見える。
「分かりました」
受け入れた?
反応を見る為に少々無茶を言ってみたつもりだったが、許容範囲だったのだろうか。
それとも、強過ぎる力を与えることの問題はそこまで大事ではないということか。
読めないな……まぁいい、意図は追々考えよう。
「特典は『dies iraeのラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの最終決戦時の能力、才能、容姿、魂』。
20歳に成った際に聖遺物『聖約・運命の神槍』を手に入れ、能力を取り戻す形とします」
手に持ったランサーのカードが光の粒子になり飛び込んでくる。
衝撃を予想し思わず目を閉じるが特に何も感じなかったため、目を開く。
すると、ランサーのカードはもちろん、
そこに一瞬前まで存在していた他のカードもいつの間にか姿を消していた。
「特典が決まりましたので、次は『生まれる場所』と『生まれる年代』を指定して下さい」
『生まれる場所』と『生まれる年代』。
特典のついでのように扱われているが、こちらも負けず劣らず重要な選択だ。
戦場がその世界で行われるだけで、所謂「原作」に関わることは強制的ではない。
少なくとも、これまでの情報でそれを強いられる要素は無かった。
しかし、『生まれる場所』と『生まれる年代』次第では関わりたくなくても関わる羽目になることや、逆に関わりたくても関われないことも大いにあり得る。
そして、最も気を付けなければいけないことは『時空管理局』との接し方だ。
魔法少女リリカルなのはの世界において最大組織である時空管理局。
数多に存在する次元世界を管理する治安維持組織だが、魔法至上主義に染まり独善的な面もある。
力があれば幼かろうが犯罪者であろうが組織に組み込もうとする面もあり、
転生者の力は間違いなく目を引くだろう。
勧誘を受ければ組織の駒に成り下がり、しかし拒めば最悪全次元世界から追われる羽目になる。
関わらずに居られれば最も良いが、強力な力を持った者が互いに相争うこの『ラグナロク』は最後まで秘匿するのは不可能だろう。
「『生まれる場所』は古代ベルカのガレア王国。
『生まれる年代』は高町なのはの誕生する1000年前だ」
「1000年前!? それでは『ラグナロク』への参加が…………ああ、成程。
確かに貴方の選んだ特典ならば可能ですね」
「そういうことだ」
聖遺物を兵器として武装化して超常の力を行使するエイヴィヒカイト、
それを修得した者は聖遺物の加護ある限り不老となる。
但し、幾ら身体が不老となっても精神や魂はその限りではなく、
100年も経てば精神も魂も死を求める……通常の人間であれば。
特典に魂まで含めたのはそのためだ。
黄金の獣の精神力と魂であれば、1000年や2000年で摩耗することはないだろう。
退屈しない限り。
『万軍を凌駕する単騎』、そんな力を得られたとしても矢張り組織というのは厄介だ。
ましてや『ラグナロク』の敵は別に居り、管理局は横槍を入れてくる立場にある。
そんな状況で巨大組織に対抗するためには、矢張りこちらも組織が必要となる。
聖槍十三騎士団だけでは足りない。
原作開始までの1000年、未だ管理局の黎明すら見えないその時期からであれば、
管理局に対抗し得る組織も立ち上げられるだろう。
古代ベルカにしたのは武力を以って上に立つのに最も都合が良いと思われるため。
幾つか存在する国からガレア王国を選択したのは、
ラインハルト・ハイドリヒの持つ力と類似したものがその国にあるためだ。
ガレア王国の冥府の炎王が持つ屍兵器マリアージュは黄金の獣の髑髏の軍勢と近しいものを感じる。
「さて、これで全ての選択が決まりました。
これから貴方を新たな世界に送ります」
少女が片手を此方に向けながら言う。
「それでは、ご武運を」
その言葉と共に、自分の身体が光の粒子となって拡散していく。
完全に消える直前に、少女の呟きが耳に入る。
「とは言え、そこまで到達するのにどれだけ掛かるかが問題ですが」
そんな言葉と同時に意識が途絶えた。
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03:準備転生
【side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】
あの時の少女──いや、外なる神と呼ぶべきか──によって転生させられてから10年が経った。
現在は西暦1914年。先日オーストリアの皇太子がサラエボで暗殺、それを引き金に第一次世界大戦が勃発した。
そう、今私が居るのは20世紀のドイツ帝国。
リリカルなのはの世界の古代ベルカに生まれる筈だった私は、西暦1904年のドイツ帝国プロイセン王国に誕生したのだ。
記憶を持った転生故か母親の胎内ですら自我を持っていた私は、外界から聴こえてくる言葉からここが予想していた世界と異なることに気付いた。
想定外のことに生まれる後まで混乱していたが、耳に入ってきた自身に名付けられた名前によって事態を把握した。
ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ
そう、私が特典に選んだ人物の名だ。
この名を聞いて、原因を推測することが出来た。
確かに、特典を与えるとは言われたものの、『与え方』については聞いていない。
おそらくは『これ』が特典の与え方なのだろう。
機会は与えるから自力で習得しろ、といったところか。
騙されたと怒っても良い場面かとも思ったが、不思議と怒りが湧いてこなかったのは、全てに鬱屈しているラインハルト・ハイドリヒの精神性もあるが、一番の理由は納得してしまったことだろう。
私が選んだ特典は『dies iraeのラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの能力、才能、容姿、魂』。
そう『魂』だ。
それを抜きにしても、能力であるエイヴィヒカイトはその人物の魂と渇望に密接に関わっている。
別の人物にその能力だけを植え付けようとしても、不可能だろう。
例えば『無限の剣製』を収得しようとすれば、エミヤシロウと同じ心象風景を描いている必要がある。
そう言えば、此度の『ラグナロク』においても『無限の剣製』を望んだ転生者が居る可能性が高いのだったな。
私の予測が当たっていれば、今頃エミヤシロウの人生をトレースさせられている頃だろう。
ご都合主義の働かない現実において精神や魂に関する能力を手に入れようと思えば、その者と同じものを見、同じものを聞き、同じものを感じて、それでも得られるかどうかは分からない。それくらいの不可能事だ。
道理だ。全くもって道理に忠実で文句の付けどころがない。説明くらいはあっても良かった気もするが。
しかし、考えようによっては好都合とも言える。
いきなり能力を植え付けられて使いこなせと言うよりは、こちらの方が有難い。
修行のための猶予期間を与えられたと思えばいい。
この世界において万全な準備を整えて『ラグナロク』に臨めるなら優位性も上がる。
などと考えてしまうのも、ラインハルト・ハイドリヒの魂の影響か。
この世界に転生する前の『私』は生き残るための安全策を採り漁夫の利を狙うつもりでいた筈だが、今の私は勝利のため『ラグナロク』に積極的に参戦する方に気持ちが流れている。
今の私はラインハルト・ハイドリヒの魂と転生者としての『私』の魂が融合した、そんな状態だ。
その証拠に、あらゆる事柄に既知感を感じる。だが同時に未知も感じる。前者はラインハルトの魂が、後者は転生者としての『私』の魂が感じているものだとすれば理屈に合う。
既知感故に何をしても達成感を感じず、またその能力故に全力を出せない鬱屈が溜まる生。原作のラインハルトが人外への歩みを進めたのも頷ける。
しかし、転生者としての『私』の魂が混じっているせいか、はたまた未知を感じることが出来るせいか、多少なりとも苛烈さや冷酷さは緩和されているようだ。
いずれにしても、この世界でエイヴィヒカイトを身に付け、メルクリウスと最低でも五分の戦いが出来るようにならなければならない。
転機は1939年。アドルフ・ヒトラーの暗殺事件後、ゲシュタポの牢内で出会うであろうメルクリウスとの邂逅。
そこを目指し、まずは6年後に右翼義勇軍に参加するか。
そうして私は海軍で順調に出世し、提督として第二次世界大戦の最中に艦と運命を共にした。
【side ラインハルト(2周目)】
「……?」
暗い、しかし不思議と温かみを感じる世界で意識を取り戻す。
どこかで覚えがある感覚に、記憶を思い巡らす。
ああ、そうか。この世界に送り込まれた最初にも同じ感触を感じていた。
ここは母親の胎内か。
思考以外にすることがないので、これまでの経緯を思い返す。
外界から薄らと聴こえる声から判断する限り、前回と同様に20世紀のドイツに誕生したらしい。
つまり、『やり直し』のようだ。
『dies iraeのラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒの最終決戦時の能力、才能、容姿、魂』、それを得られなかったため振り出しに戻ったのだろう。
どうやら、成功するまでループすることが運命付けられているらしい。
先の長い話になりそうで嘆息する。呼吸が出来ないので心の中でだが。
そこまで考えて思う。
何故、失敗した?
メルクリウスと互角どころか、出会いさえしなかった。そもそもゲシュタポに所属すらしていない。
原作のラインハルト・ハイドリヒと同じスペックの筈なのに、何故だ?
ああ、そうか。
スペックが同じなのだから、同じにならない原因は『私』の精神と魂以外にあり得ない。
思えば、ラインハルト・ハイドリヒがゲシュタポ長官に任命されたのはその有能さもあるが、職務に私情を交えない精神が為すところが大きい。
『私』が混ざったが故に、その非情さが薄れたのがゲシュタポに呼ばれなかった原因だろう。
実際、海軍において私情を交えることが無かったかと言われると自信が無い。
成功に至るためには、よりラインハルトに近しくならなければならない。
より非情に、より効率良く、自らを振り返らずただただ職務を推し進めるのだ。
結局、2周目もゲシュタポ入りすることなく生涯を終えた。
【side ラインハルト(3周目)】
3度目にして漸くゲシュタポの長官になり、牢内でメルクリウスと邂逅した。
どうやら、メルクリウスは自身の自滅因子である私の変化に特段の違和感は抱いていないようだ。
クリスマスイヴに黒円卓の黎明の刻を迎える。
そして、ヒムラーからの暗殺を防げず死亡した。
【side ラインハルト(4周目)】
いつ、どの様に狙われるか知っていたため、暗殺は問題なく回避した。
初めてエイヴィヒカイトを習得したが、本来のラインハルトとは異なる創造になってしまった。
どうやら、渇望に差があるらしい。
【side ラインハルト(30周目)】
繰り返す中で未知は次第に失われ、既知によって精神が摩耗していくのを感じる。
そのせいか、周回を増すごとに自身の精神と魂がよりラインハルト・ハイドリヒに近くなっていることを……感じない。
これまでは感じていたが、それはつまり『私』と『ラインハルト・ハイドリヒ』が別の存在であると心の何処かで思っていたことの証明。
それを今や感じない。
いつの間にか、『私』=『ラインハルト・ハイドリヒ』と受け入れていた様だ。
それが功を成したか、正史と同じ創造を会得した。
しかし、ベルリン崩壊においてシュライバーが暴走。
連合国軍を先に壊滅させてしまい、スワスチカの完成が不可能になった。
【side ラインハルト(43周目)】
ベルリン崩壊においては私と3人の大隊長、そして『城』を永劫回帰のはざまに飛ばすためにスワスチカを完成させる必要がある。
ベルリンの要所8か所を戦場と化し、大量の魂を散華させることでスワスチカは成る。
それらの場所を戦場とするため、連合国軍は殺し過ぎても殺さな過ぎてもいけない。
調整に手間取り何度も繰り返すことになったが何とかスワスチカを完成し、『城』ごと永劫回帰のはざまに飛んだ。
61年後、極東のシャンバラにおいて儀式が行われるが、ツァラトゥストラの完成度が低く興味を惹かれなかった。
クリストフが何やら企んでいたようだが、ツァラトゥストラに斃されたらしい。
【side ラインハルト(56周目)】
ツァラトゥストラの完成度がこれまでより高く、多少は興味を惹かれたためクリストフに任せず言葉を交わす。
スワスチカも7つまで完成し、『城』と共に現世に舞い戻る。
しかし、ツァラトゥストラは第5位の空席を埋めた娘を選び、カールの女神の加護を失う。
とんだ興醒めに一度は落胆したが、その後の思わぬ奮闘には少し興味を惹かれた。
結局、ツァラトゥストラとその仲間はカールの悪戯もあり城から逃走、
スワスチカをカールが握り潰したため、『城』ごと永劫回帰のはざまに戻った。
ツァラトゥストラとの再戦を心待ちにしていたが、期限が到来したのか意識が途絶えた。
【side ラインハルト(78周目)】
ツァラトゥストラがカールの女神と縁を深め、流出位階へと到達する。
全力での攻撃を防がれ、思わず笑い声を上げてしまった。
全力を行使しても容易ならざる事態、望んでいたその瞬間に歓喜する。
シュライバーとマキナの創造を用いての不可避かつ絶対死の一撃すら、世界の開闢という規格外の力で防がれた。
私とツァラトゥストラの激突は次元に穴を開け、黄昏の海岸に落ちる。
最後の激突は私の敗北に終わったものの悔いはない。
ツァラトゥストラの勝利を称え、虚空に消えた。
【side ラインハルト(79周目)】
前回の闘争が忘れられない。
あの歓喜をもう一度。
【side ラインハルト(80周目)】
もう一度。もう一度だ。
【side ラインハルト(92周目)】
ツァラトゥストラとその友が共に過ごしたであろう学び舎の屋上で殴り合う。
その様を見て胸が躍ると共に大切なことを思い出す。
そうだ。繰り返しの中で忘れ掛けていた。
私の相手は代替ではない。あれを相手にしても意味がない。
100回近い繰り返しの中、初めてカールに挑んだ。
超新星爆発によって焼き尽くされる。
【side ラインハルト(307周目)】
200回以上挑み、初めて超新星爆発を凌ぎ切った。
そして、グレート・アトラクターによって総軍ごと潰された。
【side ラインハルト(???周目)】
周回も3桁の後半辺りから面倒になり、数えることを止めた。
繰り返し繰り返し、ひたすらカールに挑む。
物量差に押し潰されることを繰り返しながらも、僅かずつではあるが差が縮まってきた。
『やり直し』には蓄えた魂は持ち越せない。戻るのは私自身の魂のみだ。聖遺物も初期化されている。
故に、差が縮まってきたのは魂の量ではなく、質の問題。
集める魂の質と量は頭打ちでこれ以上は望めないが、私自身の魂の質は繰り返しの度にその因果の全てを重ね増していく。
【side ラインハルト(????周目)】
そうして、数多の繰り返しの果て、私はカールを打倒した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
光のない世界で目を覚ます。
予想通り、目の前には私を転生させた少女が立っていた。
以前に会った時には何の力も無かったため気付かなかったが、こうして力を手に入れて改めて見ると相手の化物振りが良く分かった。
今や数十億の魂を内包する私やカールだが、目の前の少女は我らを遥かに凌ぐ力を持っている。
「おめでとうございます。時間は掛かりましたが、見事特典を習得出来たようですね。
まさか、水銀を相手に相討ちではなく打倒し、かつ取り込んでしまうとは思いませんでしたが」
「祝辞、感謝しよう。
時間が掛かったのは、まぁ仕方あるまい。
何度繰り返したのか、そしてどれだけの時を過ごしたのか、私自身すら忘れてしまったが」
「こことあそこでは時間の流れが違いますので、私の主観では3時間程です」
「ほう」
世界が異なれば時間の流れが異なってもおかしくはないが、あちらの世界の万を超えるであろう年月が此方の世界ではたったの数時間とは少々驚いた。
「ところで、1つ尋ねても良いかな?」
「何ですか?」
「他の者も私と同じように特典を手に入れるための転生を経験しているのかね?」
「他にも居ますが、全員ではありません。
『準備転生』が必要なのは、戦場となる世界に存在しない能力などを特典に選んだ場合のみです。
また、準備転生を経験した転生者の中でも、貴方は飛び抜けて多くの時間を費やしています。
他の転生者達はループなどしていませんから」
他の転生者も同じように長い時を過ごしていたのなら此方の優位も無いかと思ったが、そうでもないらしい。
「成程、他の世界の能力は単純に与えることは出来ないということか。
能力というものは魂と密接に関わるためと考えているが、相違無いか?」
「はい。魂というものは神の領域の力を有していても自由には出来ないものです。
グラスに入った液体をイメージして貰えれば理解し易いと思います。
中身を抜き出すことも別の器に移すことも他の液体と混ぜることも出来ますが、
ジュースを牛乳にすることは出来ません」
「操作は出来るが加工は出来ない。
故に魂に左右される能力はそうなるような環境に生まれさせることで習得する以外にないわけか。
能力だけを都合良く切り貼りは出来ない、と」
「その通りです」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「他に質問がなければそろそろ転生して頂きます。
勿論、今度は戦場となるリリカル世界への旅立ちになります」
「ああ、構わんよ」
前回と同様、少女が片手を此方に向けながら言う。
「それでは、今度こそご武運を」
その言葉と共に、自分の身体が光の粒子となって拡散していく。
「ああ、楽しみにしているといい」
我が愛は破壊の慕情。数千数万の繰り返しの中、壊せぬものを見つけるまで壊し続けた。
結局繰り返しの中では見い出せなかったが何のことはない、壊せぬものなら繰り返す以前に既に見付けていたのだ。
目の前の少女の姿をした神──私やカールの様な世界の内側の管理者ではなく、外なる神とでも呼ぶべき存在。
今の私よりも遥かに大きな力を有している、壊し得ぬ存在。
壊せぬものは見付けた。ならば次にすることは壊せるようになるまで自身を高めることだ。
まずは、此度の戦場で力を蓄えるとしよう。
(後書き)
少女はしばらく光の粒子となって消失した男の居た場所を見つめていたが、しばらくして踵を返すと扉を開けて隣の部屋に足を踏み入れる。
その部屋は大きな円卓が置かれており、7つの椅子のうち6つに様々な姿をした『存在』が腰を下している。
6柱は最後の一人である少女の方に視線を向けた。
「随分と遅かったな」
6柱の内の1柱が彼女に話しかける。
唯一つ空いている席に歩みを向けながら、少女は答える。
「ええ、準備転生に手間取りました」
「ほう? 余程難易度が高い特典を選んだみたいだな。
早く見せてくれよ」
「今、入力します」
席に座り、中空に浮かぶモニタに指を向ける。
一瞬光が灯ったかと思うと、席に着いていた6柱の前にモニタが出現し、少女の入力した内容が表示される。
「「「「「「ぶは…ッ!?」」」」」」
そして、次の瞬間、6柱は揃って噴き出した。
「「「「「「ちょっと待て!!」」」」」」
<準備転生のループ条件>
下記の何れかに該当した場合、ループします。
但し、①ないし②の場合、特典内容を満たしていればループ終了。
①本人の死亡
②原作時期の終了(例外あり)
③望んだ特典を得られないことが確定
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【第1章】古代ベルカ~原作前
04:再臨
【side ラインハルト】Dies Irae "Mephistopheles"(dies irae)
【side イクスヴェリア】
煌びやかな玉座の間に普段よりも遥かに大勢の人が集まっている。
部屋の中央には真っ赤な絨毯が入口から玉座まで敷かれており、それを囲むように重臣や貴族達が整列している。
今日は戴冠の儀、ガレア王国に新たな王が誕生する日だ。
今日、新たに王になるのは私の兄様。第一王子のラインハルト兄様だ。
ガレアで最も強く、最も賢く、そして最も美しい私の兄様。
私は6歳年上のこの兄様のことが大好きであり、兄様が王に即位することも嬉しく、そして誇らしく思っていた。
王族の来場を告げるラッパの音が響き渡り、大扉が開かれる。
そこに立つのは黄金の髪に碧の眼、長身に純白の儀式服を纏った兄様。
部屋に居る全ての人の視線が兄様に向けられるが、まるで緊張することのない自然体で逆に部屋を軽く見渡している。
その眼に当てられたものは、思わず息を飲み冷や汗を流す。
持って生まれた圧倒的な支配者としての威圧感に、国を率いる重臣達ですら萎縮してしまっているのだ。
兄様が部屋に足を踏み入れると同時に大扉が閉じられる。
兄様は赤絨毯の上をゆっくりと歩き玉座の前の階段まで進むと跪いた。
儀式は進み、いよいよ最後の戴冠の刻がやってくる。
現国王である父様が玉座から立ち上がり、階段を下りてくる。
後は父様が兄様にガレアの王位の証を授けマントを羽織らせれば、戴冠の儀は終了となり王権は兄様のものとなる。
王位の証、それはガレア王国の建国以来変わることなく玉座の横に刃を下に突き立っている黄金の聖槍だ。
玉座の横に槍が立っているというより、槍の立っている横に玉座を設けたと言った方が正確かも知れない。
王位の証となる槍ではあるが、伝承では建国以来誰一人としてその槍を持つことが出来た者は居ないという禁忌の代物。
それを手にすればあらゆるものを支配出来ると伝わっているが、資格無きものは触れるだけでその手を焼かれるという。
私も決して触るなと厳しく言い付けられている。
そんな触れ得ざる槍であるから、戴冠の儀で授けられるのも本物のそれではなく模して造られたレプリカだ。
レプリカとは言えど、こちらも建国以来の品であり黄金を惜し気なく用いて作られた国宝だ。
階段を下り兄様の前に立つ父様がレプリカの聖槍を横に捧げ持ち兄様へと渡すその瞬間……
入口の大扉が大きな音を立て開かれた。
あれは……エーリヒ叔父様!?
兄様と私に次ぐ第3位王位継承権者である、エーリヒ叔父様。
私はこの叔父様のことが正直あまり好きではない。
父様の実の弟であるとはとても思えない肥満体の容姿、そして王族であることを鼻に掛け周囲に傲慢に接する性格。
兄様の王位継承に反対し、この継承の儀にも異例の欠席をしていた叔父様がどうしてここに?
父様も兄様も重臣も、誰もが入口に立つ叔父様を見やる。
すると、叔父様の後ろから剣や槍を携えた兵士が約30人、玉座の間に雪崩れ込んできた。
およそ20人程が重臣に武器を向けて威嚇し、残りの10人が中央の父様と兄様を囲み武器を向けた。
「エーリヒ!これは何の真似だ!?」
父様がこれを画策したであろう叔父様へと叫ぶ。
流石は王であると思ってしまう威圧感に、自分に向けられたわけではないのに思わず身が竦んでしまう。
しかし、自身の優位を確信しているのか叔父様は威圧を気にすることなく答える。
「見て分かりませんか、兄上。王位を頂きに参ったのですよ」
「簒奪だと?正気か!?」
「ええ、若輩のラインハルトよりも私の方が王位に相応しい。
何ども申し上げていたのですが受け入れて貰えませんでしたので、こうして実力行使に出たのです」
信じられない!
誰が考えても叔父様より兄様の方が王として相応しいと断言出来る。
叔父様の言葉には何の根拠もない、ただの思い込みだ。
そんなことでこんな大それたことを起こすなんて!
「ええい!衛兵達は何をしている!?」
叔父様と会話しても埒が明かないと思ったのか、父様が入口の方に向かって声を荒げる。
確かに、こんなことを起こして兵士達が駆けつけてこないのはおかしい。
この玉座の間の周囲だけでも大勢の兵士が歩哨を行っている筈なのに。
「フッフッフ……衛兵なら、それ、兄上の周りに居るではないですか」
まさか……叔父様に従っている兵士が玉座の間の周りに居る筈の衛兵!?
「な……っ!? 近衛まで抱き込んだのか!」
国王を直近で守る近衛は信頼篤い者ばかりである筈なのに……一体どうやって味方に付けたのか。
王になるために相当周到に準備していたことが窺える。
「しかし、こんな形で王位を得たとて臣も民も認めるものか!」
「地方貴族は概ね、私に賛同してくれていますよ。
民については力で抑えつければ問題ありません」
最低!
「2人にはここで死んでもらいましょう。
ああ、ご心配なく。
イクスヴェリアは私の愛妾として生かしておいてあげますよ」
叔父様がそう言いながら横目で私の方を見る。
醜悪なその笑みと舐め回すような視線に感じるこれ以上ない程の気色悪さに思わず背筋が凍った。
「貴様!」
激昂した父様が持っていたレプリカの聖槍を掲げると、叔父様……いや、エーリヒに向かって吶喊する。
エーリヒの前に立つ3人の兵士に対して最初の一人の胸に突きを放つ。そのまま怯む右側の兵士に向かって槍を薙ぐ。
あっと言う間に2人を倒した父様が最後の一人に対して槍を振り下ろす。
しかし、2人が倒される間に落ち着きを取り戻した3人目は、振り下ろされる槍を手に持った剣で受け止めた。
攻撃を受け止められたことを見て取った父様は振り切るべく槍に力を籠める。
しかし、父様は頭に血が上るあまり周囲が見えていなかった。
父様と兄様を囲んでいた兵士は10人。そのうち5人は未だ兄様に武器を向けているが残りの2人は自由に動ける。
剣で槍を受け止めた兵士を切り伏せようと槍に力を籠める父様の右後ろから槍が突き出される。
咄嗟に半身をずらして避ける父様だが、かわしきれずに右脇腹に傷を負ってしまう。
更に左後方からもう1人の兵士が剣を父様に向かって振り下ろした。
突然の出来事に硬直していた私が我に返った時、既に父様は背後から切り伏せられ倒れ掛かっていた。
「いやーーーっ!? 父様!!」
目の前で起こった惨劇に私が絶叫する中、父様は床へと倒れる。
手に持っていた黄金の槍が床を転がっていく。
「フフ、ハハハ、アハハハハハハーーーーー!
いい気味だ! 素直に私に王位を譲らないからこうなるのだ!」
エーリヒが哄笑する。
何故!?自分の兄弟に対してどうしてこんなことが出来るの!?
どうしてそんなに喜んでいるの!?
そんなに王位が欲しいの!?
「さて、これで残るはあと1人だ」
笑うのを止めたエーリヒが玉座の間の中央に立つ兄様に
兄様は目の前で父様が殺されたにも拘らず、何の表情も浮かべずにただ佇んでいる。
怒りも恐怖も悲しみも、喜びも。
「諦めたか? フフ、それでいい」
勝ち誇るエーリヒだが、それに反するように兄様は身を屈めると足元に手を伸ばす。
そこに在ったのは先程まで父様が振るっていたレプリカの聖槍だ。
父様から受け渡される筈だったそれは、誰も予想していなかった形で兄様の手に渡る。
その仕草にエーリヒは顔を顰めると8人の兵士に命令する。
「殺せ!」
先程の父様の様に、兄様も殺されてしまう!
やめて!
無駄だと分かりつつもそう叫ぼうとした私を止めたのは、次の瞬間に目の前で起こった光景だった。
それは唯の一薙ぎだった。
特殊な魔法も技でもない、それどころか身体強化の魔力すら感じられない、単に自身の腕力のみで振るわれただけの一撃。
その一撃で兄様を囲み武器を振り下ろそうとしていた8名の兵士の上半身が消し飛んだ。
「…………………………え?」
「…………………………は?」
命を下したエーリヒが呆然とし棒立ちになる。
「バ、バカな!? 8人の兵士を一撃で!」
エーリヒが喚き立てるが、兄様はそちらに見向きすらもせず自身の持つレプリカの槍を見詰めている。
「ふむ……矢張り形だけ似せたレプリカでは玩具も同然。
トバルカインの偽槍とすら比べ物にならんな」
見ると、黄金の槍は兄様が握っていた部分から折れ曲がってしまっている。
もしかして兄様の握力に耐え切れず折れた?
いや、でも、いくらなんでも金属の槍を身体強化もなしに素手で圧し折るなんて出来る筈が……。
って言うか、国宝が……。
「お、お前達! 何をしている! 私を守らんか!」
エーリヒが重臣達を牽制していた残りの20人に呼び掛ける。
呼ばれた兵士達は状況に付いていけず困惑しているが、命令に従いエーリヒの周囲に駆け寄る。
兄様はそんな様にすら興味を持たず、折れ曲がった槍をまるでゴミの様に放り捨てると玉座に向かって階段を昇り始める。
「き、貴様! 何処に行く!?」
玉座に向かう兄様にエーリヒが叫ぶ。
王位を求めてクーデターを起こした彼に取っては、無視されることも兄様が玉座に歩を進めることも許せないのだろう。
しかし、兄様は玉座も素通りして横に立つ聖槍の前に立つ。
「ハッハハハ! その槍を手にする気か?
無駄だ! その槍は誰にも触れられん!
私も以前試したが、触れただけで腕を焼かれたのだ!
貴様の様な若造が持てる筈がない!」
嘲笑するエーリヒを一瞥することなく、兄様は聖槍に手を伸ばす。
僅かの躊躇すらなく兄様の手が床に突き立った黄金の槍の柄を掴み、引き抜いた。
その瞬間、凄まじい魔力の本流が兄様から立ち昇った。
「兄様!?」
兄様はガレア王国でもトップクラスの強い魔力を保持している。
しかし、これはそんなレベルではない。
莫大という言葉が小さく思える様な天文学的な規模、そんな力が玉座の前の兄様から発せられている。
喚いていたエーリヒも、それに従う兵士達も、重臣達も、そして私も。
爆発的に膨れ上がった兄様の威圧感にその場の誰もが気圧されて一言も発せない。
空気が重くなり、室内の温度が一気に数度下がった様にすら感じる。
ふと、カチカチと言う音が鳴っているのに気付く。
それが自身の歯から聞こえる音であることに気付いて初めて、自分が震えていることを理解した。
いや、私だけではない。
誰もが震えている。
理屈ではなく、圧倒的強者を前にし魂が勝手に脅威を感じ震えているのだ。
森羅万象あまねく全てを破壊する絶対者に。
室内の誰もが注目する中、背を向けていた兄様が振り返る。
その眼は、碧色をしていた筈の眼は黄金に染まっていた。
【side ラインハルト】
聖槍を手にし、失われていた契約が復活する。
しばしの間、手放していた力が自身の元に戻ってくるのを感じる。
その中に我が友や爪牙達の存在を感じ、思わず微笑みを浮かべたくなる。
20年。
特典を手に入れるための何万年に及ぶ繰り返しと比べれば一瞬と言っていい時間ではあるが、休息としては十分であったと言えよう。
しかし、それも終わりだ。
約束通り20歳になって手元に戻ってきたこの聖槍、そして力。
足りない。外なる神を壊すためには全く以って足りない。
壊せない存在を壊すため、より強い力を手に入れなければならない。
そのために世界を飲み込もう。
しかし『ラグナロク』の前に舞台を壊すことは彼奴らも望まぬ筈、まず間違いなく妨害されて終わるだろう。
故に先ずは『ラグナロク』を片づける。転生者を倒し、管理局を滅ぼそう。
今は古代ベルカ時代、時空管理局は未だ影も形も存在しない。
しかし、何れ未来に設立されるその組織は数多の世界を支配する。
その組織に対抗するためにはこちらも組織を、否、国を創る必要がある。
まぁ、私一人でも十分片付けられる気もするが、それは流石に無粋だろう。
この『ラグナロク』を眺め悦に入っている者を退屈させぬためにも演出は必要だ。
今は未だ届かぬのだから、余計な手出しをされてはかなわない。
振り返り、眼下の者達を見渡す。
すると、硬直していた者たちは一斉に跪く。
立っているのは王位簒奪を企てた者たち、そして今生で出来た妹のみ。
正史など情報源の一つとしてしか興味はないが、期せずして限定的とは言え介入してしまっているようだ。
私が王位に就く以上、イクスヴェリアが冥府の炎王と呼ばれることも屍兵器マリアージュのコアプラントとなることもないだろうし、機能不全で1000年の眠りに就くこともない。
聖槍の形成を解きながら、玉座に腰掛け片肘を付く。
「ふ、ふざけるな! あの槍が受け入れただと!?
私よりも奴が王に相応しいというのか?!
そんなことがあってたまるか! 私が、私こそが王になるべきなのだ!
その玉座を明け渡せーーーーー!」
この世界の叔父に当たる人物が叫んでいる。
どうやら、まだ事態を理解出来ていない様だ。
哀れみを感じながら、私は一言呟く。
「ザミエル」
「jawohl,mein Herr!」
右前に顕現した赤騎士が命に応え、火砲を放つ。
城を吹き飛ばさぬ様に手加減されたそれは本来の100分の1にも満たない威力ではあったが、
王位簒奪を企てた者達を全員纏めて消し飛ばした。
私自身が生身のせいか、流出位階に達したせいか、スワスチカ無しでも形成位階に達した魂であれば顕現が可能なようだ。
黒円卓の騎士たちは全員が表に出られることになる。ああ、イザークは無理だが。
しかし、『城』を永続展開させるには矢張りスワスチカを築く必要がある。
イザークではなく私自身がやれば話は別だが、それをやるとふとした拍子に流出を行ってしまいかねない。
全てを飲み込むにはまだ早い。
幸いにして戦乱の世であればスワスチカの構築は容易いだろう。
怒りの日までは遠いが、まずはこの古代ベルカの戦乱を愉しみながら備えをするとしよう。
【side out】
その年、ベルカの5強の一角であるガレア王国の支配者が代替わりした。
新たに支配者となった王子ラインハルトは王位簒奪を企てた叔父エーリヒに従った地方貴族を瞬く間に粛清し、強力な中央集権体制を整える。
権力の基盤を安定させた新王ラインハルトは王制から帝制に移行、国名をガレア帝国と改号。
初代皇帝となる自らもラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒと名を改める。
後にガレアの冥王として畏れられ続ける帝王の誕生した瞬間だった。
(後書き)
この時点でリリカル世界は終わりました。
詰んでます。
獣殿が槍に触れる前に何とかすることが唯一の道でした。
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05:聖槍十三騎士団
突如帝制への移行を宣言したガレア帝国であるが、その民はさほど混乱を起こすことは無かった。
名目上は国家体制の改変とは言え、支配者は元々王位を継ぐことが予定されていたラインハルトであり、それ以外の国家運営も現時点では大幅な変更はない。
税にしても増税等は行われておらず、むしろ多くの封建貴族が粛清され皇帝直轄領となることで、本来定められた税率以上に搾取されていた者達にとっては、実質的な減税とも言えた。
民からすれば、何ら変わらない。むしろ生活がラクになったものも多く、歓迎していた。
一方、重臣や貴族達にとっては急激な中央集権化・専制化は望むべきところではなかったが、継承の儀に臨席し恐怖を目の当たりにした者たちにとっては新帝に逆らうことなど考えるべくもないことであった。その場に居なかった者達は反 旗を翻す者も居たが、瞬く間に粛清されることになる。
地方貴族や反旗を翻した者達の粛清に携わったのは新帝ラインハルト・ハイドリヒが即位直後に組織した直轄部隊、聖槍十三騎士団だった。
出自も経歴も不明な、突如現れたとしか思えないその者らは、黒衣の軍服を纏い文字通りの一騎当千として皇帝の命令を忠実に遂行し、屍山血河を築き上げた。
如何なる攻撃もその身を傷付けることは無く、逆にその腕の一振りで人体を軽く引き千切る、人間とは思えぬその力に戦場は恐慌状態となった。
王位簒奪を狙ったエーリヒに同調していた者達が平定されるまでに掛かった時間は僅かに1カ月程であった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
黒円卓の間、ガレアの王城の地下に新たに設けられたその部屋はその名に相応しく部屋の半ば以上を漆黒の円卓が占めていた。
円卓に用意された椅子は13、それぞれの椅子の後には通路と扉が設けられている。
聖槍十三騎士団の再臨から1ヶ月、粛清のためガレア帝国の各地へと散っていた騎士団員がその任を終え集結していた。
Ⅰの椅子の後にある扉が開き、ラインハルトが姿を見せる。
「総員、起立!」
Ⅸの椅子に座っていた赤騎士エレオノーレが号令を掛けると、座していた者達が一斉に起立し主の来場を迎える。
ラインハルトはそのままⅠの椅子へと足を進め、腰を下ろすと片肘を付く。
「ご苦労、掛けるがいい」
主の許しを得て、騎士団員達が着席する。
ラインハルトは黒円卓に座す騎士団員達を左から右へと見渡していく。
転生者の能力として視認した対象の名とレベルを見ることが出来るため、改めて各員のレベルを確認する。
Ⅱの席にはトバルカイン。レベルは42。
聖槍十三騎士団の象徴でもある聖槍ロンギヌス、そのレプリカである「黒円卓の聖槍」に魂を吸われた意志なき死体。
バビロンに使役される存在ではあるが、幹部を除けば騎士団員の中でも最強クラスの強さを誇る。
Ⅲの席にはヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン。レベルは14。
ラインハルトが永劫回帰の果てへ旅立った際に抜け殻となった肉体を下賜し、留守を任せた首領代行。
なのだが、現在の彼は魂から具現化した状態であり、本来の神父の姿となっている。
「……ん?」
ラインハルトはふと疑問の声を上げる。
妙にレベルが低いことに気付いたためだ。
「クリストフ、卿は今どのような状態になっている?」
「どのような状態と仰いますと?」
「聖餐杯を返上し聖遺物がない状態で、エイヴィヒカイトの恩恵も無いのではないか?」
「あ……」
クリストフは今になって気付いたのか絶句する。
「まぁ、それについては考えがある。早い内に対処するとしよう」
Ⅳの席にはヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。レベルは39。
白髪白貌の吸血鬼。
獰猛な笑みを浮かべ、次なる殺戮を望んでいる。
Ⅴの席には……
「あの~、ハイドリヒ卿? 私達、どうすれば宜しいでしょうか?」
Ⅴの席は空いており、その左右に少女が立っている。
左に立つのはベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン=ヴァルキュリア。レベルは37。
右に立つのは櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。レベルが34。
本来黒円卓の第五位はベアトリスの地位だが、極東での儀式の前に命を落としたために空席を埋めるためにクリストフが選んだのが櫻井螢。
結局、魂がトバルカインの内に保管されていたためにベアトリスはこうしてラインハルトの爪牙として存在しているが、そのせいで第五位の人員が重複してしまう事態になっている。
「そう言えば、第五位は2人いたな……。
まぁ、予備ということで良かろう。
取り合えず、今はイザークの席を借りておけ」
「jawohl!」
ベアトリスは敬礼すると、螢にⅤの席を譲り自らは席の後ろを通ってⅥの席に腰を下ろす。
イザークの席を借りるのであれば、逆の選択はあり得ない。
櫻井螢はイザークから英雄の資格無しと見做されているため、螢がその席に座ることをイザークは決して許容しないであろう。
Ⅵの席にはたった今ベアトリスが座ったが、本来は空席である。
第六位はイザーク=ゾーネンキントの予約席だが、イザークは『城』の核たる存在故に『城』以外の場所では顕現出来ない。
Ⅶの席にはゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。レベルは50。
黒円卓の幹部である3人の大隊長の1人にして、五色の一角である黒化の枠を埋める黒騎士。
文字通りの鋼の肉体を持つ寡黙な男だ。
「カールとの決着後に解放する筈が、直後に転生が始まってしまったせいでそのまま連れてきてしまったか。
マキナとは改めて話をしなくてはなるまい。
今の彼が何を望むか……あの世界のヴァルハラでなければ意味がないかも知れんしな」
Ⅷの席にはルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。レベルは36。
その容貌は幼いが、黒円卓の中でも副首領を除けば最年長に当たる。
無邪気な態度に反して、狡猾で拷問好きという凶悪な一面を持つ。
Ⅸの席にはエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。レベルは51。
ベルリッヒンゲンと並ぶ大隊長の1人にして、赤化の枠を埋める赤騎士。
半身に火傷を負いながらも鋭い美貌は些かも失われていない。
厳格にして苛烈な性格で、ラインハルトへの忠義において彼女の右に出るものはない。
Ⅹの席にはロート・シュピーネ。レベルは29。
優生学を重んじたドイツ帝国に起源を有する黒円卓は容姿も優れた者が占めているが、彼は正直美形とは程遠い。
爬虫類を思わせる造形もさることながら、その身から滲み出る卑屈さがそれを増幅させている。
現に今も黒円卓の席に付きながらも過剰に怯え、ラインハルトやメルクリウス、大隊長達の幹部とは決して目を合わせようとしない。
まぁ、双首領や大隊長が現世に還って来ない様に画策し粛清された身としては寧ろ当然ともいえる。
「……と言うか、何故居る?」
ラインハルトは思わず呟く。
英雄の資格無しと断じた筈だが、まだ席に居るシュピーネに内心で首を傾げる。
思えば、カールとの決戦においても居たか。
まぁ、こうして存在している以上、もう一度チャンスをくれてやっても良いだろう。
それにシュピーネの得意分野は戦闘ではなく諜報。
やがて来る『ラグナロク』においては何かの役に立つかも知れない。
シュピーネは相も変わらず怯えている。
XIの席にはリザ・ブレンナー=バビロン・マグダレナ。レベルは26。
泣き黒子が目を惹く妖艶な女性。
黒円卓の中では比較的穏やかな性格であり、クリストフが首領代行を務めていた際にはその補佐役としていた。
尤も、他の面々がそういった役目にそぐわない者達ばかりというだけかも知れないが。
XⅡの席にはウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。レベルは52。
3人の大隊長の最後の1人であり、白化の枠を埋める白騎士。
一見すると少女と見紛う幼い少年だが、その性格は凶悪極まる。
殺しにおいて他の追随を許さぬ殺人狂、黒円卓の面々は須らく殺人者ではあるが、その中でも最も多くの人間を直接その手に掛けている。
そして、最後のXⅢの席にはカール・エルンスト・クラフト=メルクリウス。レベルは984。
黒円卓の副首領にして生みの親、数多の名を持つ影絵の男。
ラインハルトにとって唯一無二の友であるその男の正体はかつての世界において『座』に在った水銀の端末。
ラインハルトに敗北して取り込まれたとはいえ、その力は何一つ衰えてはいない。
一通り騎士団員達を見渡すと、ラインハルトは話を始めた。
「さて……先ずは任務ご苦労であった」
【side ルサルカ】
黒円卓の間に座り、左前に座すハイドリヒ卿の言葉に耳を傾ける。
今の私はハイドリヒ卿の一部であり、形成によって魂から肉体を具現化させている状態だ。
以前の私はハイドリヒ卿に喰われることを忌避していたが、いざ成ってみると案外悪くない。
ハイドリヒ卿の一部とは言え意志は独立しており、彼がそう望まない限りは自由意志を阻害されることもない。
更にはハイドリヒ卿が滅びない限り永遠の命を約束されていると言っていい。
「さて……先ずは任務ご苦労であった」
ハイドリヒ卿の言葉に、この一ヶ月の間就いていた任務を思い返す。
任務は粛清、帝位に就いたハイドリヒ卿に対する不穏分子である地方貴族達を一族や私兵諸共に虐殺すること。
粛清自体はドイツ帝国時代にも何度も行っていたから目新しいものではないが、規模が違った。
この一月で私達聖槍十三騎士団が殺害した人数はおよそ20万、全員が参加したわけでもないため一人頭およそ2~3万。
この数字は私が前の世界で60年掛けた殺害数の約3分の1に当たる。
一月で行われたことを考えれば驚異的な数字と言って良いだろう。
ベイやシュライバーも嬉々として殺し回っていたし、私としても個人的な趣向にも合っていて不満は無かったが。
しかし、この世界の存在は驚嘆に値する。
私がこの世界において意識を取り戻したのは1ヶ月前。
記憶にある姿よりも少し若返ったハイドリヒ卿により、この世界に顕現させられた。
一応、その際に記憶を付与されているらしく大まかな事情については把握しているつもりだ。
曰く、ハイドリヒ卿は別の世界からの転生者であったらしい。
曰く、ハイドリヒ卿を転生させた外なる神は転生者同士の殺し合いを望んでいるらしい。
曰く、その戦場に選ばれたのが私が今居る世界で、ハイドリヒ卿の知るアニメの世界を元にしているらしい。
ハイドリヒ卿を超える存在とか想像出来ないとか、ハイドリヒ卿と敵対することになる他の転生者が哀れでならないとか、アニメを観賞しているハイドリヒ卿とかシュール過ぎて逆に笑えないとか色々思うことはあるが、藪蛇になりかねないので口に出すことは止めておくことにした。
思えば、黒円卓の黎明の刻に抱いた何故あのような存在がこの世界に居るのかという思いは全く以って正しかった。ハイドリヒ卿もメルクリウスも、人の眼に触れる場所に居ること自体が異常な存在だ。
「これからの事に関してだが、既に大まかな事情は把握している前提として具体的な面について説明しよう。
この世界の正史において舞台となる事件が開始されるまで、我らの当面の目標はこの国をより強大にすること。
事件は我らの知る地球において起こるためいずれはそちらに介入するつもりだが、それは数百年は先の話。
また、いずれ起こる『ラグナロク』に備え、虚数空間内への『城』の永久展開を行う。
その為にはスワスチカの構築が必要だ」
スワスチカ、それは黄金練成の練成陣でありゾーネンキントの疑似流出における媒介である。
鉤十字の形を描くように点在している八つの箇所において、一定の質・量の魂を捧げられることで開かれる。
生贄を捧げる方法は単純に殺すことでも可能だが、闘争によって為される方が良質になる。
国を強大にする、そしてスワスチカを開く。
それらは詰まる所、周辺国家に片っ端から喧嘩を売り殺戮の限りを尽くすと言うことを意味する。
その言葉を聞いて殺人狂2人が凶悪な笑みを浮かべているのを横目で確認する。
「それともう1つ、卿らにはこの世界に存在する『魔法』を身に付けてもらう」
そう、この世界に来て驚いたもう1つが『魔法』という存在だ。
私は元々黒円卓への加入以前から『魔導』に踏み込んでいたが、私の知る『魔導』とこの世界の『魔法』はかなり事情を異にする。
粛清の際にも『魔法』を使う騎士を自称する者達を見掛けたが、デバイスと言う機械を用いて一定の式によって結果を表出させるそれは、私が見る限り神秘の類と言うよりは魔力を動力源としているものの科学の要素がとても強い。
ふと気付くと、私の前に3センチ程の鉤十字の形をしたペンダントが置かれていた。
周りを見渡すと、他の騎士団員達の前にも同じものが置かれている。
「このベルカ文明においては武器型のアームドデバイスの方が主流であるが、卿らは既に武器として聖遺物を持っているためストレージ型とした。
形態変化の機能は組み込んでいない。銘は外装そのままではあるが『ハーケンクロイツ』。
騎士甲冑は卿らが今纏っている聖槍十三騎士団の制服。
格納空間もそれなりのスペースを備えている。
他にも射撃、砲撃、防御、拘束、結界、飛行、転移、強化、回復と思い当たる魔法を全て登録済だ。
まぁ、全てを習得せよとは言わんが、最低でも飛行と転移は覚えておけ」
その言葉に少し震えながらそのデバイスを手に取る。
ハイドリヒ卿は簡単に言ったが、用意されたデバイスはおそらく現時点で考え得る最上の品なのだろう。
思わぬ下賜に少し興奮が湧くが、隣で歓喜のあまり滂沱の涙を流しているエレオノーレを見て気分が冷めてしまう。
て言うか、かなり引いた。
「この世界の人間はリンカーコアという器官を持ち、それにより世界に満ちた魔力素を取り込み魔力に変換する。
この世界の人間として転生した私と異なり卿らはリンカーコアを持たんが、要は魔力が使用出来れば良い。
聖遺物があれば魔法は使えるだろう」
確かに、聖遺物の持つ魔力で魔法の運用は出来る。
でも、私はメルクリウスを除けば黒円卓で唯一エイヴィヒカイトを知る前から魔導に足を踏み入れていた。
私なら、聖遺物を使うまでもなく魔法を使用出来る筈だ。
創造と魔導の合成こそ私のスタイル。
ならばこの世界の魔法も習得し組み合わせ、私の渇望をより高みへと届かせて見せる。
「1月後、隣国に宣戦布告を行う。
卿ら、それまでに戦支度を整えておけ」
【side ラインハルト】
騎士団員達への命を下し、玉座の間へと戻る。
それぞれ魔法を習得するべく散って行ったが、カールだけは私と共に玉座の間へと着いてきた。
玉座に腰掛ける私の横にカールが佇む。
「さて、カール。 卿には聞きたいことと頼みたいことがある」
「何かな、獣殿」
お互いに向き合うこともなく、視線も合わせずに会話を始める。
「まずは聞きたいことだが、卿、この世界の『座』がどのような状態か分かるか」
この世界に来るに当たって最大の懸念事項であったこと。
前の世界の『座』と同じ仕組みがこの世界に存在するのか、存在するのであれば現在は誰がそこに居るか。
「獣殿も感じておられると思うが、前の世界の『座』に相当する空間の存在を私は確かに感じている。
複数の世界を内包するこの世界においても同じような場が存在することは間違いない。
しかし、先任者が居るのであれば今この時、何の反応も示さないのは不自然と言えよう。
貴方や私の様な世界を踏み抜きかねない規格外の魂が現れれば放ってはおけぬ筈。
よって、私の結論としては『座』というシステムはあるが空席というものだ。
先任者が居ない以上、流出を行えば容易く書き換えが出来るだろう」
『座』の状態については概ね同感だ。
この世界で流出が行えるのは私とカールだけだろうから、当面空席のままにしておいても問題ない。
「彼奴らの介入を避けるため私は当分流出を行うつもりはないが、卿がやるか?」
「いや、やめておこう。それでは元の木阿弥だ」
「まぁ、それが賢明だろう。
ところで、『座』が空席の場合に死した魂はどうなる?」
「生憎私も初めての経験ゆえ推測の域を出ないのだがね。
魂と言うのは移ろい易いもの、『座』による干渉が無ければ肉体から解き放たれた途端に霧散するでしょう。
そして霧散した魂のエネルギーはやがて寄り集まり新たな魂が生み出され、肉体に宿る」
「成程な、それが本来の自然な循環か」
輪廻転生と異なり、一度霧散した魂は新たに生み出されるそれとは完全に別物と見るべきだろう。
『座』のエゴによって左右されない、魂が本来辿る自然なサイクル。
霧散した魂から新たに魂が生み出されるまで、相当な時間が掛かることだろう。
「それと、先程言った頼みたいことだが2つある。
クリストフの肉体への移し替えとスワスチカの候補地選定から基盤の構築だ」
クリストフは本来の肉体から抜け殻となった私の身体に魂を移し替え、私の肉体を聖遺物としてエイヴィヒカイトを行使していた。
しかし、現在のクリストフは肉体から抜け出した魂のまま形成によって具現化している。
他の騎士団員達は魂に紐付く形で聖遺物を有しているが、クリストフのみは例外となる。
現在のクリストフは聖遺物もなく、エイヴィヒカイトも使えぬ状態だ。
「スワスチカの件は良いとして、クリストフの肉体はどうするおつもりかな。
以前は魂を蓄えるための旅路に不要だった肉体を下げ渡しましたが、
今の貴方には永劫回帰の彼方で魂を蓄える必要などありますまい。
そもそも、この世界では魂の回帰自体が起こるか分からぬことであるし」
回帰させていたのは卿だろうに。
そんなことを思うが、目の前のこの男はそんなことは承知の上で言っているので敢えて言及しない。
「無論、そのような非効率なことをするつもりはない。
今更それを行ったところで、魂の総量からすれば微々たるものにしかならなかろう。
クリストフの肉体については、私の遺伝子からクローンを作って使用させるつもりだ。
この世界は一見元の世界の中世に近く見えるが、一部の技術については20世紀の地球を凌いでいる。
魂を持たない複製としてではあるが、クローンの生成技術が確立されていることは確認済だ。
無論、クローンの肉体では物質的には兎も角、霊的な強度など存在しないであろうが、
なに、器さえ耐え得るのであれば魂は流し込んでしまえば良かろう」
「なるほど、試す価値はありそうだ。
複製とは言え獣殿の肉体、霊的な要素は複製されなくとも複数の魂を収める器としては最適だろう。
流石に今の獣殿の内包する魂の総量は複製では耐えられんだろうが、数百万程度であれば十分可能な筈。
かつての聖餐杯と同等に持っていくことが出来るかも知れないな。
了承した。肉体の準備が整えば、魂の移し替えは私が執り行おう」
「ああ、頼む」
返事を返すと、カールはそのまま入口へと歩いていく。
入口に辿り着くと衛兵によって大扉が開かれるが、その際に扉の向こうに居る人影に気付く。
茶色の髪を腰まで伸ばした少女、この世界での妹に当たるイクスヴェリアがそこに居た。
王制から帝制に移行し、私が皇帝になったことにより、イクスヴェリアも王女から皇女へと身分が変っている。
玉座の間を訪れようとしていた様だが、心の準備が整う前に開いてしまった扉に硬直している。
「おや? これはこれは皇女殿下、ご機嫌麗しく。
陛下にご用事ですかな」
「え、ええ……」
カールがにこやかに話しかけるが、ボロボロの外套を羽織った胡散臭い影絵の様な男に、イクスヴェリアはどう答えていいか分からず、曖昧な返事を返す。
「ご兄妹同士、色々と話すこともありましょう。
それでは、邪魔者はこれにて退散させて頂きますよ」
そう言うと去っていくカール。
イクスヴェリアはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、カールが角を曲がって見えなくなった辺りで振り返ると部屋に入り玉座の方へと歩いてくる。
階段の下まで来ると跪き、頭を垂れる。
「兄……いえ、陛下。ご機嫌麗しく」
一瞬、兄と呼ぼうとして言い直す。
帝位に就いたため、これまで通りの呼び方ではいけないと気付いたのだろう。
「頭を上げよ。
それと、公式の場と言うわけでもない。今まで通りの呼び方で構わんよ、イクス」
そう言うと、ホッと安堵した表情で頭を上げるイクスヴェリア。
「あの、その、兄様……お聞きしたいことがあるのですが……」
躊躇いながらも話出すイクスヴェリアの姿にこの少女をどう扱うか考える。
この世界での妹に当たるとはいえ、肉親としての情は感じていない。
父が死んでも叔父を殺しても特段感じ得ることはなかった。
とは言え、懐いてくるものを撥ね退ける気も起きない。
求められれば与える、元より私はそのような性質だ。
「あの者達、兄様が任じられた聖槍十三騎士団と言う者達は何者ですか?」
イクスヴェリアは継承の儀でザミエルが顕現するところを見ている。
薄々はあの者達がどのような存在か察しているのだろう。
「卿も見ていただろう、槍に封じられていた私の爪牙達だ。
そもそも、あの聖槍は王位の証などではなく、私の本来の力を封じた半身。
この世界に誕生したその時から封じられていた私の力と爪牙が、聖槍との再契約によって復活した。
つまるところ、そういうことだ」
真実をそのまま話したところで理解出来ないであろうから、嘘ではないが曖昧な答えを返しておく。
「あの槍が兄様の半身?
兄様は……兄様は何者なのですか?」
まぁ、当然の疑問だろう。
しかし、何処まで話したものか。
「聖槍十三騎士団第一位首領にしてガレア帝国皇帝、では不服か?」
納得の行く答えではないだろうが、イクスヴェリアは俯きしばらく黙るとこちらを真っ直ぐに見据えてくる。
「……分かりました。最後にもう1つだけ教えて下さい。
兄様、これからこの国で何を為さるおつもりなのですか?」
イクスヴェリアが戦争を忌避する性格であることは分かっている。
この問いへの答えで訣別が訪れるかも知れんが、私は他の答えを持たない。
「私は総てを愛している。それが何者であれ差別はなく平等に。
私の愛は破壊である。ゆえにそれしか知らぬし、それしか出来ん。そしてそれこそ我が覇道なり。
全て壊す。天国も地獄も神も悪魔も、森羅万象、三千大千世界の悉くを」
真っ直ぐとこちらを見据えるイクスヴェリアにこちらも真っ直ぐとその碧眼を見据える。
「それで、卿はどうするのだ。イクス……いや、イクスヴェリア・ハイドリヒよ。
私に反旗を翻すというならそれも良かろう」
そう言ってやると、一瞬泣きそうな顔をして俯く。
しばらく黙りこくっていたイクスヴェリアだが、やがてぽつりと言葉を言葉を漏らす。
「私は……」
「ん?」
「私は、戦争は嫌いです」
まぁ、予想通りの答えと言えよう。
それを以って訣別の宣言と見做し、会談を打ち切ろうとするが。
「でも……」
続いた言葉に気を惹かれ、向き直る。
「でも!それでも私は兄様が好きだから!
兄様とずっと一緒に居たいです!」
涙を流しながらも再び私を見据え、叫ぶイクスヴェリア。
その内容に、少々の意外さを感じた。
懐かれていると言う自覚はあったが、思っていたそれよりも強い感情であったようだ。
「私と共に歩むと?
戦争が嫌いなのだろう?
私の楽土は鉄風雷火の三千世界、私と共に来るということは即ちそこが卿の道になるということだ」
反駁するが、イクスヴェリアは涙を袖で拭いキッパリと宣言する。
「それでも、です」
「物好きだな。まぁ良かろう、好きにするがいい。
力が欲しいなら、それも与えよう」
「はい!」
求められれば与える、元より私はそのような性質。
私と共に来たいと言うのであれば、否はない。
黒円卓の席に空席は無いが、番外を設けても問題は無い。
聖遺物も用意せねばならんな。
(後書き)
レベル設定は魔導師ランクとの関係で下記のイメージで考えております。
A :15
AA :20
AAA:25
S :30
SS :35
SSS:40
EX :50
なお、レベルが倍=強さが倍ではありません。
50でEXなら3桁の水銀は何か? バグです。
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06:聖櫃創造
ベルカと言う世界は数多ある次元世界の1つに過ぎない。更にはその1つの世界も統一されてはおらず、数多の国が乱立する戦乱の時代となっている。しかし、その一方でその武力は他の次元世界を圧倒し、周辺の多くの世界を植民世界としていた。
ベルカの各国は戦乱を勝ち抜くため、植民世界から人材や資源を吸い上げそれを武力へと変えてベルカ世界内への戦争へと投入、周辺世界への侵略とベルカにおける戦乱は加速するように激化の一途を辿っていた。
【side ラインハルト】
「ユリウス・エーベルヴァイン?
ああ、この前請われて魔力石を貸し与えた科学者だったか」
「ハ!」
エレオノーレが軍の人間に命じて人探しをしているという話を聞き、呼び出して説明を求める。
聖槍十三騎士団の団員には軍の指揮権限を与えているため、それ自体は問題ない。
だが、忠誠心の高いエレオノーレが敢えて私に報告することを避ける様にしてそのような行動に出たことに違和感を感じた。
エレオノーレが探していた男は究極の兵器を創るための支援を私に請うてきた科学者だったが、宝物庫にあった魔力を宿す石に契約してパスを繋ぎ、私の力をほんの一部とは言え使用出来るようにして貸し与えた。
貸し与えたことも単なる魔力石に永遠結晶エグザミアなどと大仰な名を付けたこともその者の名に思うところがあったが故の行動だったが、少なくとも私から魔力を供給すれば無限に等しい力を振るえるため全くの嘘と言うわけでもない。
私が居なければ何処から何を調達したのか少々気に掛かったが、今となっては永遠に解決しない疑問だろう。
「それで、その科学者が行方を眩ませたと?」
「ハ! 恐れ多くもハイドリヒ卿に支援を賜りながら下賜された魔力石を持ち逃げした大罪人。
誅を下すべく捜索を行っていた次第であります!」
結局、ユリウス・エーベルヴァインは永遠結晶エグザミアを持ち逃げし、行方を眩ませたか。
最初からそのつもりだったのか途中で心変わりしたのかは不明だが、こちらとしては予想の範疇の行動だ。
「よい、放っておけ」
「しかし、ハイドリヒ卿!」
罪人を見逃せと言う私の言動に納得出来ぬのか、エレオノーレが抗議の声を上げる。
他のことであれば私の意向に否を言うことはない彼女だが、掛かっているのが私の身や面子だとこの様に反対することもある。
「よい、私にとってあれは予定通りの行動に過ぎん。
貸し与えたものは何れ回収するが、それはしばし先のことになる。
播いた種が実を付けるまでは泳がせておけ」
「……分かりました。
軍に下した命も取り下げておきます」
納得したのか、エレオノーレは敬礼をすると退出していった。
「獣殿、よろしいか」
エレオノーレが退室するのと入れ替わりでカールが玉座の間に訪れた。
「スワスチカの候補地選定が済んだか」
クリストフの身体はまだ用意が出来ていないため、話があるとしたらそれだろう。
「ああ、しかし少々問題がある。
どうもこのベルカという世界は我々が知る世界と比べて地脈の力が弱い。
『城』の永続展開のためにはシャンバラより大きな陣を広範囲で敷く必要がある。
強行すれば、このベルカは人の住めない世界になるでしょうな」
「構わん」
元よりベルカは正史でも滅びる運命の世界。
死滅するくらいならば私の『城』で永遠に生き続ける方が良いのではないか。
「それで、候補地は国内外のどちらだ?」
問い掛けにカールは空間ディスプレイに地図を表示する。
流石と言うべきか、早くもこの世界の技術や魔法を使いこなしているらしい。
「ふむ、東か」
ガレア帝国から見て東の広大な地域にスワスチカの光点が表示され線で結ばれている。
カールの言葉通り、シャンバラに開いたスワスチカと比較して数百倍の規模となっている。
ガレア帝国はその陣から外れてはいるものの、これだけ広大な範囲で土地が汚染されれば影響は免れないだろう。
計画上『城』とは別に国は必須、植民世界の何れかに遷都が必要になるな。
おそらく、他の主要国家も同じ選択をすることになるだろう。
ならば戦争は終わるか? 否、そんなことはあり得ない。
元より競い合っていたのは次元世界の覇者の座、これまではベルカの覇者が即ち次元世界の覇者となるためにベルカが戦場となっていただけのこと。
しかし、各国の本拠地がそれぞれの植民世界に遷ることでそれが変わる。
ベルカ世界のみを戦場とする時代が終わり、世界を超えた群雄割拠の時代となる。
「スワスチカの術式基盤を構築するのにどれ位掛かる?」
「基盤なら先程構築してきたところだよ、獣殿」
世界を1つ滅ぼすという決定にもカールは何の反応も示さない。
それどころか、私がそうすると知っていて既に準備を進めている。
尤も、私自身も特段感じるものはないため、カールのことをとやかく言えないが。
「流石に仕事が早いな、カール。
では、当初の計画通りの期日に宣戦布告と行こう。
クリストフの肉体もそれまでには用意出来そうだ」
「それは重畳。
では、私はそちらの準備が整うまで待機かな」
「いや、一仕事終えたばかりですまないが、もう1つ頼まれて貰いたい」
「……………………………………」
「……………………………………」
ジッと此方を見据えてくるカールに、私の方も見詰め返す。
「……獣殿、私をとことん扱き使おうとか思っていないかね」
「まさか。60年も行方をくらまして好き勝手していたのだからその分働かせよう。
─などとは思っておらん、微塵もな」
「……………………………………」
「……………………………………」
再びお互いに見詰め合うが、今度は暫くしてカールの方が目を逸らす。
一応、多少なりとも気にはしていた様だ。
この男にそんなことを感じる機能があることに少々驚いた。言葉にも顔にも出しはしないが。
「それに、頼みたいのはイクスヴェリアの聖遺物生成だ。
卿にしか出来ん」
「妹君に聖遺物を?」
「私と共に来たいそうだ、物好きなことだが」
私の言葉にカールが微笑みながら此方を見る。
その様に何やらイヤな予感を感じた。
「すみに置けませんな、相も変わらずおもてになる」
「下種な勘繰りはやめよ。相手は妹であるし、私にそういった感情を抱いているわけでもあるまい。
継承の儀の際に父と叔父を失っているからな。唯一の血縁である私に依存しているだけだろう」
「まぁ、貴方がそう仰るのであればそういうことにしておきましょう」
「随分と引っ掛かる物言いをするな」
カールが浮かべているのはいつも通りの微笑みだが、何となくニヤついている様に思えてしまうのはこちらの心情によるものか。
まぁ、そこまで含めていつも通りと言えばいつも通りかも知れない。
「他意はないよ、獣殿。
それで、聖遺物を用意するのは構わないが、黒円卓に加えるおつもりか。
空席はなく、それどころか予備が既に1名居る状況だが」
「席については番外を設けても問題あるまい、元より溢れているのならそれが1人でも2人でも変わらん」
「まぁ、それならそれで構いませんが……それで、聖遺物の素体は何を用いるつもりかな?
生憎と以前に蒐集したものは全て前の世界に置いてきてしまったので、この世界で新たに探す必要があるが」
聖遺物の素体は人の想念を吸い続けたことで意思を獲得した器物であり、必ずしも『聖なる』物とは限らない。
『餌』としたのが信仰心であれ怨念であれ、力あるアイテムならば聖遺物にカテゴライズされる。
現在騎士団員が用いている聖遺物は大戦中にナチスドイツのアーネンエルベ局が世界中から掻き集めたものが殆どである。
ベルリン崩壊後に使用しなかった物については一括してクリストフに預けられていた筈だが、転生の際にこちらの世界に持ち越せたものは魂とその付随物のみ。騎士団員が契約している聖遺物は魂と結び付いているために此方の世界に持ち越せたが、聖遺物の素体は置き去りとなってしまっている。
「これならどうだ?」
そう言いながら私は懐から直径5cm程の翠色の球体を取り出し、カールへとかざして見せる。
「それは?」
「マリアージュ・コアのプラントだ。女の胎内に埋め込むことにより、屍兵器マリアージュのコアを無限に生み出す。
本来であればイクスヴェリアに埋め込まれる予定だったものだ。
ガレア王国はマリアージュを用いて戦力とし、幾多の戦場を血に染めてきた。これは其の元凶なれば、聖遺物の素体にするには十分であろう」
「成程、バビロンと同様の使役系の事象展開型か。
元々体躯に埋め込まれる予定であれば聖遺物との適合も問題ない。
しかし……よろしいのか、獣殿。 止めておられたのだろう?」
私の言葉にカールが問い返す。
確かに、私はイクスヴェリアにマリアージュ・コアプラントが埋め込まれるのを止めていた。
私が居ることで戦力が足りていたというのがその理由だが、他意が無かったかと言われると何故か少し言葉に詰まる。
「……アレの望んだことだ、是非もなかろう。
それに元々は生み出すだけでコントロール出来ない欠陥品だが、聖遺物としてエイヴィヒカイトを介して用いるならばそれも解消される。
バビロンの蒼褪めた死面と異なり、複数の対象を使役し、かつ使役するものが殺害した魂も吸収出来る。
代わりに精緻な操作は出来ないだろうが、殲滅戦においては有力な手段となる」
そもそも、自爆特攻を視野に入れたマリアージュは殲滅戦にしか有用でない。
「恐ろしい御方だ。戦争を嫌う妹君をよりにもよって鏖殺に用いるとは」
揶揄するような口調で私を弄うカール。
「2度言わせるな、アレの望んだことだ。
私と共に来ると言うことはそう言うことだと知った上でイクスヴェリアはそれを選んだ。
それにそもそも黒円卓の戦場は須らく同じようなものだろう」
「確かに。
委細承知した。聖遺物の生成については責任持って行いましょう」
そう言うと、カールはマリアージュ・コアプラントを受取り玉座の間から立ち去った。
誰も居なくなった玉座の間で独り言ちる。
「無限の軍団を生み出す乙女。
ゾーネンキントは不在だが翠化の枠もこれで埋まる。
他の準備は全て整った。後はスワスチカを開くのみ」
【side 聖王連合】
「またか! これで3度目だ! 奴等は一体何を考えている!?」
広い会議場で集まった重臣達が為された報告に騒然となる。
重臣のうち1人が机を強く叩き忌々しそうに叫ぶ。
為された報告は近年になって勢いを増したとある国の侵攻だ。
「気持ちは分かるが落ち着け。陛下の御前だぞ」
激昂する者に対し、隣に座っていた者が諌める。
「し、失礼しました」
激昂していた男はハッとなり、上座に座る人物に向かい頭を下げ謝罪する。
上座に座る壮年の男性はこの連合を統べるゼーゲブレヒト王家の当主であり、聖王と呼ばれている。
「よい。興奮するのも無理はない。
彼の帝国の意図の読めぬ侵攻、それに加えて侵攻を受けた箇所から広がる魔力素汚染。
我ら連合が直接に侵略を受けたわけではないとは言え、これは国の存亡に関わる事態だ」
半年前、王位継承と同時に帝制へと移行したその国──ガレア帝国は僅か1ヶ月で国内の不穏分子を粛清し、更に翌月に隣国に対して宣戦を布告。凄まじい勢いで蹂躙を繰り広げていた。
それだけであればこの戦乱の時代、異例ではあっても異常ではなかったが、侵攻が勢力範囲を広げる意図に沿わない箇所を標的としており、かつその侵攻を受けた場所から魔力素汚染が広がるとなれば異常な事態と言う他ない。
通常、勢力範囲を広げるのであれば主要都市を落とし、支配域を広げていくのが定石だ。しかし、彼らは最初の襲撃地から直線状にその侵攻を行っている。他の方角に主要都市があってもお構いなしだ。その直線状に侵攻を受けた国の首都があるのであればまだ電撃戦の一種として理解は出来るが、それもない。
魔力素汚染が発生するのも3ヶ所目、こんな状態ではかの帝国とて支配域を広げるどころか、自国への被害も発生する筈。
聖王連合の支配する土地は未だ侵攻の対象にはなっていないが、魔力素汚染の範囲は広く国の一部がその被害を受けている。
汚染の影響下では人も動物も生息することは難しく、短期間でも身体や精神を失調し、無理に長居すれば命を落としかねない。
「グラシア卿」
聖王が右前に座る金髪の男性に声を掛ける。
「『預言者の著書』で何か出てはいないか?」
問い掛けられた男性は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、中央に埋め込まれたディスプレイに内容を映し出す。
そこに映し出されたのは4節からなる詩文、グラシア家のレアスキル『預言者の著書』によって書き出された預言だ。
『預言者の著書』は半年から数年後までの出来事を預言する。
この預言は聖王連合内でも重視されており、新たな預言が行われる度に王家に対し報告が為されている。
しかし、預言の内容が難解であり解読できないままにその事柄が発生してしまうことも多々あり、後付けに突き合わせる羽目になることも多々ある。
「解読が出来ていなかった預言のうち直近10年分のものを確認しましたが、昨年のものについて現状と一致する箇所が見受けられます」
『戦乱の続く大地に黄金の獣が降り立つ
彼の者 13の爪牙を以って全てを引き裂くものなり
8つの瘴気が鉤の十字を描くとき
人々は城へと召し上げられ 大地は無人となる』
「『戦乱の続く大地』はこのベルカの世界を意味すると思われます。
『黄金の獣』と『13の爪牙』というのが何を意味するのか預言が為された時は分かりかねましたが、
現状からすれば『13の爪牙』とはガレアの聖槍十三騎士団のことで間違いないでしょう。
ならば『黄金の獣』はガレア帝国を指す言葉であり、
『全てを引き裂く』とは現在行われている侵攻を預言したものと考えられます」
「成程、確かに符合する部分が多い。
しかし、そうだとすると詩文の後半部分にある『瘴気』とは現在起きている魔力素汚染か」
グラシア卿の説明に周囲の重臣達も納得の表情で頷き合う。
「確かにあの魔力素汚染は瘴気という表現が相応しいな。 しかし、8つだと?
現在の魔力素汚染は3ヶ所だが、これが8ヶ所まで引き起こされると言うことか!?
それに、鉤の十字を描くとはどういうことだ」
「現在発生している3ヶ所の魔力素汚染は直線状に位置しています。
これを一辺とする正方形の頂点と中点を線で結べば鉤十字の形になります。
おそらくは何らかの儀式のための陣となるのではないかと……」
グラシア卿がディスプレイを操作すると、画面が分割されベルカの世界地図が表示される。
そこには3つの光点が表示されており、更に操作をすると残りの5か所の光点が新たに表示され、それらが線によって結ばれ鉤十字の紋様を示す。
「それでは最後の一節は?」
「『城』というのが何を示しているかはまだ分かりません。
しかし、最後の『大地は無人となる』という部分は……ベルカの滅亡を預言していると思われます」
グラシア卿の言葉に会議場の中が静まりかえる。
「ベルカの滅亡だと!?」
「馬鹿な!?」
「そんなことがあってたまるか!」
破滅の言葉が浸透すると、たちまちに周囲の重臣から罵倒に近い言葉がグラシア卿に投げ掛けられる。
しかし、グラシア卿はそれらの声に動じることなく、真っ直ぐに聖王を見据えていた。
「静まれ!!」
聖王の覇気を伴う一喝に、騒然となっていた者たちは一気に我へと返る。
「侵攻を止めることは出来ぬのか」
「難しいと思われます。
侵攻を受けているのが我が国であれば全力を挙げて迎撃するのですが、現在の標的は他国。
我が国がそこに軍を差し向けようとすれば、我らはガレアとその侵攻を受ける国の双方を敵に回しかねません」
聖王の問い掛けに、宰相が答える。
「侵攻を受けている国と同盟を結ぶことは?」
「侵攻を受けている国は一国ではありません。
複数の国と同盟を結ぶには時間が掛かります。後手に回ってしまうでしょう」
「ガレアの本国を攻めては如何か?」
「彼の帝国は我が国と国境を接してはいません。
本国に侵攻するために、我らは途中の多くの国を攻め落とさねばなりません。
また、首尾よく本国を落とせても、侵攻中の軍勢が止まるとも限りません」
「……………………………………」
「……………………………………」
重苦しい沈黙が会議場内を支配する。
破滅の預言にそれが分かっていながら打つ手のない現状、絶望感が際限無く膨れ上がる。
「陛下」
宰相の呼び掛けに聖王はそちらを向いて先を促す。
齎されるであろう提案については推測が付いており正直あまり聞きたい内容ではないが、選択肢はなかった。
「遷都を提言致します」
【side out】
スワスチカの交点となる中心地、広大な荒野が広がるその地の上空に大勢の人影が浮かんでいる。
中心に居るのは6人、聖槍十三騎士団の双首領と大隊長、そして番外でありながら首領の妹であるために特別な位置に存在するイクスヴェリア。
他の団員が見守る中、6人は詠唱を開始する。
練成によって行われる擬似的な流出。本格的な流出の前段階としての「異界の永続展開」を行うための詠唱を。
その日、ベルカ世界に中心地に住まう全ての人間が忽然と姿を消した。
主要国家のうち幾つかは既にスワスチカによる汚染から逃れるべく植民世界に遷都をしていたが、全ての国がそれを決断したわけでもなく、また遷都した国においても全ての民が移っていたわけではない。
その時ベルカ世界に残っていた人口はおよそ10億。その6割が一夜にして消失したのだ
残った4億人は恐慌状態となり、暴動によって被害を広げながらも遷都先の世界へと逃げ込んだ。
ベルカ世界の人口は皆無となり、滅亡の時を迎えた。
その様をヴェヴェルスブルグ城の玉座から黄金の獣が静かに微笑みながら見守っていた。
(後書き)
どのみち滅ぶ運命ならば、獣殿の総軍に参加し永遠となることは寧ろ救済か。
なお、今回獣殿はベルリンの時と異なり旅立ってません。
『城』を虚数空間上に展開しただけです。
しかも、『城』はスワスチカなしでは動かせませんが、個々人の行き来は可能。
dies世界では不可能な所業ですが、次元干渉の魔力があれば虚数空間への穴を空けられるリリカル世界ならではの荒業です。
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07:冥王のゆりかご
ベルカ世界の崩壊と共に、主要国家はそれぞれの植民世界へ遷都を敢行し、そこを主世界として複数の世界を統べるといった形態を採った。
唐突な移転は当然ながら各国家に大きな混乱を齎したが、皮肉にもその混乱故に国家間や世界間の戦争が行われることはなく、一時的とは言え次元世界規模で言えば平和な時が訪れていた。
各国家が安定するまでの間、最も警戒されたのは当然の如くベルカ世界崩壊の元凶であるガレア帝国だった。
自身が原因である故に、最も混乱少なく遷都を終えたガレア帝国。各国の混乱が収まらない内に彼の国が侵攻を開始すれば、然したる苦も無く次元世界は統一が果たされていただろう。
しかし、各国の予想を裏切る形でガレア帝国は大規模な侵攻を行うことなく、沈黙を保っていた。
時折、聖槍十三騎士団の内の数人が周辺世界に散発的な攻撃を仕掛けることはあったが国家として対外的な行動を一切しないその様に、各国は不気味さを感じるとともに態勢を整えることを急いだ。
そして、10年程が経過するとそれぞれの世界も安定し、余所へと目を向ける余裕が出て来る。
新たな火種が生まれたのはそんな時。切っ掛けが何であったかは最早不明だが、2つの世界間で始まった戦争は他の世界にあっという間に広まり、一時停止していた戦乱の時が再びその針を進め始めた。
再び始まった戦乱は以前のそれと異なり世界を跨いだものとなっていた。
各国がそれぞれ別の世界に拠点を構えているのだから、それも当然と言えよう。
本来であれば別の世界で生きる者達なのだから争う理由は無い筈だが、人の欲と憎悪は次元を隔てても抑えることが出来なかった。
戦場の規模が段違いに肥大化した戦乱は終焉を迎える気配も無く、長きに渡って続いた。
戦乱が収まらない要因は幾つかあったが、その1つに件の国──ガレア帝国の影があった。
2国が争うに当たって全くの互角ということは稀であり当然ながら優劣は現れる。
ガレア帝国はその内の不利な方に対し、資金、資源、武器、兵器、それらの提供から相手国への聖槍十三騎士団の襲撃まで様々な支援を行ったのだ。
弱きを助け強きを挫く、と言えば聞こえは良いが各国の有識者はその行動に途方もない悪意を感じていた。
つまりは、戦乱の長期化を狙ってのバランス調整であると。
それが真実であるか否かは誰にも分からなかったが。
数百年に渡って延々と続く戦乱。
国家と言う個人の意志が届かぬそれによって続けられるそれを忌むものも数多く、戦乱に終焉を齎すために様々な者達がその力や知識を以ってそれを試みた。
それは強い力や兵器で敵国を壊滅させることによって戦乱を終わらせるというものであったが、多くの場合において逆に戦乱をより激化させる要素になっていた。
繰り返される愚行の中、争う各国の間でも抜きん出た国である聖王連合は1つの決断を下す。
聖王のゆりかご。
それは聖王連合に伝わる切り札であり、次元空間内ですら戦闘を可能とする巨大な次元航行艦である。
強大な戦闘力を有しているがその使用条件は厳しく、魔力の強い適合者を玉座の王として半ば生贄に等しい状態にするという非人道的なシステムとなっている。
しかし、延々と続く戦乱の中ではそれを否と言う倫理は容易く撥ね退けられ、聖王連合はゆりかごの起動を決定する。
玉座の王として選ばれたのは生まれた当初は魔力値が基準に達していないとして隣接国家へと留学と言う名の人質として出されていた王女だった。
玉座の王となったものはゆりかごの玉座で自我もなくゆりかごを操縦する鍵となる。
死んだも同然の状態になることを求められても、その王女──オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはそれが戦乱の終焉に繋がるのであればと自主的にそれを受け入れる。
止めようとする幼馴染と訣別し、自身の生まれた場所でもあるゆりかごへと立ち戻ったオリヴィエだが、玉座の間へと入ると同時に背後から強打され意識を失った。
【Side オリヴィエ】
「………………………………ん……」
黒く染まっていた意識が覚醒する。
目を醒ましたらいつも通り侍女を呼び、就寝中は外している義手を付けて貰わなければならない。
そう思って目を開けようとした時、頬に触れるものの硬さに大きな違和感を感じた。
そこにはお気に入りの柔らかい枕に載せている感覚はなく、ただ硬さのみを感じる。いや、顔だけではなく身体全体が普段寝ているベッドではなくまるで床に直接突っ伏している様な……!?
そこまで考えて、唐突に意識が覚醒する。
そうだ、私はゆりかごの玉座の王としてこの身を捧げる為に本国に戻りゆりかごへと帰還した筈。
しかし、ゆりかご内の玉座の間に入った直後、背後からの衝撃に意識を失った。
一体何が……?
そう思い、目を開けてうつ伏せの状態から身体を起こそうとして義手が無いことに気付く。
玉座の間に入った時には確かに身に付けていた筈の義手が無いことに猛烈な危機感を感じつつ、仕方がないので身体の反動で身を起そうと背筋に力を込めて跳ね起きようとする。
が、首を後ろから強打され、顔面から床に叩き付けられる。
「うぶ!?」
腕が無いせいで受け身も取れずに叩きつけられたため、鼻に激痛を感じる。出血もしてしまっているようだ。
背後には何の気配も感じなかった筈なのに一体誰が……。
そう思って身体を捩って背後を確認しようとした時、視界に鎖が映った。
その鎖は床に刺さっている杭から私の首まで伸びている。
見ることが出来ないが私の首には首輪が付けられ、鎖はその首輪に繋がっている様だ。
先程身を起こそうとした際には背後から首を強打されたと思ったが、実際はこの戒めによるものであったようだ。
鎖は短く、立ち上がることどころか身を起こすことも出来そうにない。
犬の様に突っ伏した姿勢を強制されるこの状況に屈辱を感じるが、現状どうにもならない。
「目を醒ましたか」
状況を確認している私に、前方の壇上に据え付けられた玉座から声が掛けられる。
起き上がることが出来ないため、首だけを起こしてそちらへと目を向ける。
そこには黄金が居た。
長い黄金の髪に金色の眼、白い軍服に黒の外套を羽織ったその男は玉座に片肘を付き、鷹揚にこちらを見据えていた。
性別を超えてこれまで会った誰よりも美しい容姿、しかし私はその男を見た瞬間背筋が凍った。
別に何をされたわけでもない。ただ、絶対に敵わない相手に本能が委縮してしまった。
恐怖に心を塗り潰されそうになり、それに抵抗すべく声を張り上げる。
「誰です!? 私を聖王家に連なる者と知っての狼藉ですか!?」
腕も無く、鎖に繋がれ、鼻血を流しているこの有り様では滑稽でしかないかも知れないが、気持ちで負けては終わりと虚勢を張る。
何よりも、このような真似をされて怒りを覚えないほど温厚というわけでもない。
しかし、魔力を高めての威圧もまるで意に介さず、目の前の黄金は静かに微笑んでいる。
「2つ目の問いから先に答えよう。
無論知っているとも、聖王女オリヴィエよ」
ここがゆりかごの玉座の間である以上は私の素性を知らない筈もなく、予想通りの答えが返される。
「王族にこのような仕打ち、許されると思っているのですか?
今なら不問にしますから、この鎖を外して下さい」
大人しくここで態度を改めるのであれば大事にならないようにすることは吝かではない。
元より、私はゆりかごの生贄になるために戻ってきたのだから、今更権威などというものを気にする必要がない。
しかし、そう説得しつつも、これで戒めを解いてくれるようなら最初からこのようなことは起こす筈もなく、無碍に断られると推測していた。
「ふむ、良かろう」
男はあっさりとそう言うと、私に向かって手をかざす。
玉座から立ち上がりもせずに何をしているのかと思いながら見ていると、かざされた手から途方もない魔力が放出される。
魔力スフィアもなく弾丸も見えなかったが確かに何かが放出されるのを感じた次の瞬間、鎖は中点から千切れ飛んだ。
首輪は嵌まったままだったが、鎖が無くなることで取り合えず身を起こすことが出来る様になった。
私は男から目を離さない様にして警戒しながら、先程行おうとしたように跳ね起きて立ち上がった。
「何を考えているのですか?」
「ん?」
拘束が解かれることは予想していなかったため、解放されたことに戸惑う。
自由を取り戻したものの、相手の意図が読めないことに不安感は逆に増した。
「わざわざ拘束しておきながらあっさり解放して、一体どういうつもりですか?」
「元々、鎖で繋いだのは部下の独断に過ぎん。
繋いでおく必要も特に感じないのだから、解放しても問題あるまい」
淡々と返された答えに苛立ちを感じるが、努めて怒りを抑える。
「……もういいです、分かりました。
それで、私の義手は何処ですか?」
目の前の男を倒すにしてもここから脱出するにしても、エレミアの腕がないと困難だ。
勿論、鎖を解いてもらえたとは言えど、武装と言っていい義手を返してもらえるとは思わないが、在り処さえ分かれば隙を見て取り返すことが……。
「義手なら、そこに転がっている」
……もういいです。
警戒している私が間抜けに思えるくらい目の前の男は無頓着で、気力が大きく削がれる。
男の視線の先に確かに私の義手が無造作に転がっているのを確認し、魔力で操作して自分の元へと引き寄せ装着する。
普段であればこのような乱暴な付け方はしないが、この場には付けてくれる人が居ないため仕方ない。
先程からの様子であれば頼めば目の前の男は付けてくれたかも知れないが、これ以上気力を削がれたくなかったため止めておいた。
いずれにせよ、義手があれば戦うことが出来る。
幾多の戦場を駆け巡ってきた私の経験が目の前の黄金とは戦うなと最大級の危険信号を鳴らしているが、現状で戦闘を避けることは難しいだろう。
警戒しながら嵌まっていた首輪を圧し折って外す私に男はどこからか大きな布を取り出し、こちらへと投げ渡す。
何かの攻撃でしょうか?
そう思って身構えるが、どうみてもただの布であり危険は全く感じられない。
「使うがいい」
使う?何に?……と思いましたが、そう言えば鼻血を出したままでした。
私は鼻から血を流しながら先程のような会話をしていたのですか。
恥ずかしさに顔が紅潮するのを感じながら慌てて貰った布で顔を拭う。
それにしても、渡された布はバスタオル位の大きさで少し拭きにくい。
鼻血を拭うためだけならもっと小さな布を渡してくれれば良いのに……。
かなり強く打ち付けてしまったせいか、拭っても新たな血が垂れてくる。
仕方なく、拭うのではなく鼻を押さえる様にして出血が止まるまで待つ。
暫く待って血が止まったことを感じる。
汚してしまった布の扱いに迷うが、男が手を振ると布は男の手元に引き寄せられ、取り出された時と同じように何処かへと消えた。
「その、一応感謝しますが、最初の質問に未だ答えて頂いてませんよ。
貴方は何者ですか?」
先程この男は部下と言った。
つまり個人ではなく集団が動いていることになる。
しかし、聖王連合内でこのような行動を起こすものは居ない筈だ。
勿論、聖王連合も決して一枚岩とは言えないが、私がゆりかごの聖王になることを妨害することで得をするものは国内には居ない。
損得抜きで私の身を案じて妨害しようとする人達がいる可能性もないこともないが、そんな人達であれば私を鎖で繋いだりは決してしないであろう。
そもそも、目の前の黄金の男が聖王連合内に居れば絶対に噂が私の耳に入る筈だ。
ならば可能性としては国外の者か。
「ああ、そう言えばまだ名乗っていなかったな。
私はラインハルト。聖槍十三騎士団黒円卓第1位破壊公ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。
卿にはガレア帝国皇帝と言った方が分かり易いかも知れんがな」
……今、この男は何と言った?
がれあていこくこうてい?
耳に入った筈の言葉が理解出来るまで迂闊にも数秒の時を要してしまう。
ガレア帝国皇帝?
脳がそれを認識した瞬間、親切を受けて多少なりとも下がっていた警戒心が限界まで振り切れる。
ガレア帝国皇帝!
ベルカ世界崩壊の元凶であり、その後の戦乱を背後から操る黒幕とも言うべき国、ガレア帝国。
目の前の黄金の男が決して表舞台に出てくることのなかった彼の国の皇帝だと言うのか。
しかも、彼の口にした名はガレア帝国の初代皇帝の名、歴史の教科書にすら載っている名前だ。
数百年前の人物だ、まさか本人の筈がない。
初代皇帝の名を受け継いでいるのだろうか?王家であればそれほど可笑しいことではないが……。
そこまで考えた所で、ガレア帝国の恐怖の象徴である聖槍十三騎士団のことを思い出す。
ベルカの崩壊から今に至るまで度々各国を襲ったその集団は、常に同じ容姿をしていることでも知られている。
不老不死の怪物達、その長に当たる人物であれば、歳を取っていなくても不思議ではないのかも知れない。
「どうやって……いえ、何故ここに!? わ、私をどうするつもりですか!?」
声が震えるが、仕方ない。
ガレア帝国が行動を起こすたび、世界には様々な災厄が振り撒かれてきた。
目の前の男がその首魁であるなら、こうして表に出てきたことは最大の災厄の前兆とも言える。
加えて、彼自身の威圧感も世界を覆い尽くす様にさえ感じられる。
この男が自分と同じ人間だということが信じられない。いや、信じたくない。
「どうもせんよ。 用があるのは卿ではなく、このゆりかごだ」
「な!?」
最悪の答えだ。
私自身が目的ならば、元よりゆりかごに捧げるつもりのこの身、どうされようと覚悟は出来ていた。
例え凌辱され殺されたとしても、国に与える損害は殆どない。
しかし、ゆりかごの奪取が目的となると最悪の場合国を滅ぼされる恐れすらある。
そして、現時点でゆりかごは既に奪取されつつある……ここに彼が居ること自体がその証明だ。
ゆりかご内部は既に制圧され、外部はそれに気付いていないかあるいは気付いていても奪還の手が打てていないのだろう。
「ゆりかごを奪い、聖王連合を攻めるつもりですか!?」
「否、私は単に卿のやろうとしていたことを代わりにするだけのこと。
この後の筋書きはこうだ。
ベルカ世界崩壊後数百年に渡って続いた戦乱、それに幕を下ろすために聖王連合はゆりかごの起動を決断する。
復活したゆりかごの力は凄まじく、1年と経たぬうちに次元世界の大半を平定する。
圧倒的な力を振るうゆりかごだが、その代償は大きく制圧を半ばに聖王はその力を失ってしまう。
しかし、その力が再び振るわれることを警戒したガレア帝国は聖王連合と和議を結び、戦乱は終結する」
「ッ!?…………………………ぁ…………ぅ…………」
声が出ない。
目の前の男の言っていることが理解出来ない。
「な、何なんですか!?
一体何を言っているんですか!?」
「聖王家にはガレアを除く次元世界を統一して戦乱を終結して貰わねばならん。
しかし、『ガレアを除いて』という部分が問題でな。
そのように結果を調整するためには多少なりとも茶番が必要になる。
ゆりかごを手中に収めたのはそのためだ。
操縦も一定以上の魔力があれば聖王家の血筋でなくても使用可能であることは分かっている」
言い含める様に説明されるが、理屈は分かっても理由は分からない。
そんなことをして何のメリットがあると言うのだろうか。
自国が統一すると言うのなら兎も角、他国に統一させて何の得がある。
「そんな訳の分からないことのためにこんなことを起こしたと言うのですか?」
「卿に理解は求めんよ。
卿はただ戦乱が終わるまでこのゆりかごで大人しくしていればいい。
望むなら、その後は死んだことにして別の人生を用意しよう」
「……お断りです!
貴方が何故そのようなことをしようとするのか分かりませんが、それが善意によるものでないことだけは分かります。
だから止めます、今ここで! 力尽くでも!!」
構えを取り、戦闘態勢を整える。
しかし、皇帝は玉座に悠然と腰掛けたまま、構えを取るどころか立ち上がろうとすらしない。
見下されていることに腹が立つが、そちらがそのつもりなら寧ろ好都合。
騎士としてはあるまじきことだが、目の前の巨悪を討つためなら無防備なところに攻撃を加えることも厭わない。
魔力を高め拳を引く……奴はまだ動かない。
床を全力で蹴り、真っ直ぐに飛びかかる……まだ動かない。
奴の目の前で渾身の力を籠めて拳を振り下ろす……まだ動かない。
「ハッ!!!」
そしてそのまま、彼の顔面に叩き付けた。
私の全力の拳は大岩でも砕けるだけの威力がある。
人間の顔を殴れば、首から上が吹き飛んでも不思議ではない。
だと言うのに、目の前の男はそんな私の拳をまともに受けて小揺るぎすらしていない。
血を流すどころか、皮膚を凹ませることすら出来ていない。
その結果に驚愕するとと同時に心の何処かで納得する。
相手は如何なる攻撃も通じないと伝えられる聖槍十三騎士団の長、この程度で倒せる筈がない。
おそらくは私の聖王の鎧と同じフィールド系の防御、であるならその防御力を超える攻撃ならばダメージを与えられる筈。
一撃で通じないなら通じるまで何度でも叩き込むまで!
「ハァァァーーーー!!!」
左右の鉄腕を振るい、ラインハルトの頭部や胸、肩へと連撃を叩き込む。
最初の一撃と異なり助走を付けることは出来ないが、代わりに推進に使っていた魔力も全て拳に籠めて振るう。
10、20、30と打ち込むが、防いだり避けるどころか身じろぎすらせずに全ての攻撃が受けられる。
「矢張り40程度ではダメージを貰うことも出来んか。
予想通りとは言え、詰まらぬゲームになりそうだな」
全力全開の攻撃を全く意に介さずにその金色の眼で真っ直ぐに見詰めるラインハルト。
間近で見たそこにあるのは怒りや嘲りではなく、愛しさと憐憫。
幼子に向ける様な微笑みを向けられ、その不可解さに背筋が凍り顔が青褪める。
「イヤァァァーーーーー!!!」
半ば恐慌状態となり、更なる連撃を叩き込む。
40、50、60……。
ひとたび攻撃を止めてしまえば恐怖で二度と拳を向けられなくなると感じ必死で拳を振るい続ける。
70、80、90……。
全力で攻撃し続けているために体内の魔力が湯水の様に減っていく。
喉がカラカラに乾き、止め処なく汗が流れる。全力稼働のリンカーコアと聖王核は過熱し、痛みを感じる。
3桁を超えた辺りで魔力も体力も完全に尽き立っていることも出来ずに、そのまま斜めに倒れ伏してしまう。
「気は済んだかね?」
私の全てを受け切って眉1つ動かさなかった怪物が間近に倒れ伏した私を見降ろしながら問うて来る。
気が済んだか? 済む筈がない。 私はまだ何も為せていない。
しかし、もはや指一本を動かす力すら残っていない。
身を起こすことも出来ないが、視線だけでも怨敵に向け一言呟く。
「……化け物」
「よく言われるよ。悪魔と呼ばれることもあるがね」
そんな言葉を聞きながら、私の意識は混濁しそのまま途絶えた。
【Side out】
ベルカ古代史より。
復活したゆりかごの力は凄まじく、1年と経たぬうちに次元世界の大半を平定する。
圧倒的な力を振るうゆりかごだが、その代償は大きく制圧を半ばにゆりかごはその力を失ってしまう。
しかし、その力が再び振るわれることを警戒したガレア帝国は聖王連合と和議を結び、戦乱は終結した。
ゆりかごを起動し動かしたとされる聖王女、いや最後の聖王オリヴィエは戦乱終結を待たずに表舞台から去り、ゆりかごはその役目を終え、とある世界へと封印処理を受ける。
ゆりかごが役目を終えると共に、その運用を担っていた聖王家は衰退していった。
ゆりかごの玉座に聖王以外の人物が座っていた事実は誰も知らない。
(後書き)
オリヴィエさん、南無……。
しかし、周囲の認識ではガレア帝国と互角に渡り合ったことに。
マッチポンプ要素が強くなってきました。
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08:ガレアとミットチルダ
聖王連合と和睦を結び戦乱を終結させたガレア帝国は周辺世界への攻勢を止め、ほぼ鎖国状態となった。
現在のガレア帝国は28の次元世界を統べる一大勢力となっており、主世界であるガレア──遷都後、改名──に政府を置き、残りの世界を統べる形態を取っている。
帝政国家であり、軍部と文官の頂点には皇帝自身が立っている。
軍務においては元帥を兼務する皇帝の下に将、佐、尉、曹、士の階級が設けられており、将官を提督とする艦隊によって構成されている。
27の駐留艦隊と8の国境艦隊、そして中央艦隊と近衛艦隊が存在し、駐留艦隊は傘下の27の世界に1部隊ずつ展開し治安維持が主任務、国境艦隊は各国境に配置され哨戒と迎撃を行う。中央艦隊は主世界であるガレアの防衛部隊であり5個の艦隊から構成される複合艦隊、最後の近衛艦隊は皇帝ラインハルトの直衛である。
近衛艦隊を除き各艦隊は旗艦1隻に戦艦5隻、巡洋艦7隻、駆逐艦26隻の計39隻からなっているが、近衛艦隊は皇帝専用艦1隻に大型戦艦13隻からなる。
近衛艦隊の大型戦艦は皇帝専用艦を1番艦と見做して2番艦から14番艦と番号を振られており、聖槍十三騎士団黒円卓の騎士団員12名と番外のイクスヴェリアの専用艦となっている。
それぞれの艦は各団員の魔名を元に名付けられている。
1番艦:メフィストフェレス
2番艦:トバルカイン
3番艦:ローエングリン
4番艦:カズィクルベイ
5番艦:ヴァルキュリア
6番艦:ゾーネンキント
7番艦:ベルリッヒンゲン
8番艦:マレフィカム
9番艦:ザミエル
10番艦:シュピーネ
11番艦:マグダレナ
12番艦:フローズヴィトニル
13番艦:メルクリウス
14番艦:マリアージュ
それぞれの艦には聖槍十三騎士団の騎士団員が1名ずつ搭乗するが、第2位のトバルカインは操作するバビロンから離れられないため11番艦に乗り、第5位は2名居る為に2人が搭乗、第6位は搭乗者が不在のため2番艦と同様に艦隊として動く際には搭乗員のみで操縦することになる。
なお、聖槍十三騎士団黒円卓の騎士団員は皇帝直属であり、将官待遇となっている。特に幹部以上は有事の際に皇帝の代理として動くことを許され、他の艦隊への指揮権限を委譲されることもある。
しかし、団員内では帝国の階級とは関係ない独自の階級で呼び合うこともあり、非常に混同し易い。
文官は皇帝の直下に宰相として皇妹イクスヴェリア・ハイドリヒが就いている。その配下として内務省、外務省、国土省、経済省、神聖省の5つの省が設置されている。宰相が兼任する神聖省を除き、それぞれの省には統括する大臣が任命されている。これらの全ての機関は主世界ガレアに設置され、各世界は中央政府の配下とされる。各世界の執政官は宰相の直下に位置付けられているため名目上は各大臣と同格だが、その執務において各省庁の意向を違えた場合は最悪反逆と見做されるため、実質的には大臣の下に位置付けられる。
貴族制は一応残っているものの形骸化しており、実質的には廃止されている。軍部においても文官においても人材登用は全て実力主義によって成り立っており、世襲制は認められていない。そんな中、皇帝と宰相、そして聖槍十三騎士団については一切の世代交代が存在せず、ラインハルトの即位から数百年同じ者がその座に就いている。一切歳を取らない彼らに疑問を投げかけるものは当初こそ居たものの、神聖省による教育が浸透してからはそれを指摘する者も居なくなって久しい。
曰く、皇帝陛下は神の化身であり不滅の存在である。
曰く、皇帝陛下はこの世界を導くために降臨された。
曰く、皇帝陛下の為に戦い抜いた者は死後召し上げられ永遠を得られる。
皇帝を神聖化し絶対恭順を是とする神聖省の教育は最初こそ多少の反発があったものの、100年を数える頃には当然のこととして受け入れられていた。幼いころからそう教えられてきた者達ばかりなのだから当然とも言えるが、言うは易し行うは難し。数百年に渡って初志から一切外れることが無く洗脳に等しい教育を施し続けてきたのは、皇帝に対し狂信とも言える親愛と忠誠を抱く皇妹イクスヴェリアと赤騎士エレオノーレの執念による。尤も、2人とも当然のことを言っているだけという認識であったし、流出位階に到達したラインハルトは神の化身どころか神そのものと言っても誤りではない。
神聖化すると共にラインハルトは主世界ガレアから姿を消し、基本的にあまり表に露出しないようになっていた。彼が居たのはベルカ世界の崩壊と引き換えに虚数空間内に展開した『城』──ヴェヴェルスブルグ城である。ラインハルト・ハイドリヒの内に存する総軍を具現化させた屍の城は、彼の保有する魂の数が跳ね上がっているために以前の数百倍の規模に達していた。便宜上は『城』と呼称していたものの、既に1つの建築物ではなく世界そのものとなっている。虚数空間内は魔法が使用出来ない空間だがエイヴィヒカイトの運用は可能なようで、『城』の展開に支障は無かった。また、『城』の外では使用出来ない魔法も『城』の中では問題なく使用することが出来た。
武を尊び、皇帝に絶対の忠誠を誓い、死後の祝福を受けるため命を惜しまずに戦い続ける軍事大国。その領土は聖王連合と比して3分の1程度でしかないが、軍事力では圧倒していた。加えて皇帝直属の聖槍十三騎士団の存在。如何なる攻撃も効かず単独で次元航行艦を破壊し得る攻撃力、次元空間内でも行動可能な上に不老不死である彼らの存在はそれだけで世界を破壊せしめるだけの戦力であった。
一方の聖王連合。
聖王のゆりかごを用い次元世界の大半を平定、ガレア帝国と和睦を結ぶことで戦乱を終結させたことにより名実共に次元世界の覇者と言っていい国家となったが、早くも翳りがその兆しを見せる。最大の要因はゆりかごの操主となる役目を終えたと共に連合を統べる聖王家が衰退し断絶してしまったことだろう。強力な指導者が不在の中、他の加盟者が合議制により国家運営を行うが、それぞれの意見に折り合いが付かずに各世界は独立独歩の動きを見せる。名目上は1つの国家となっているために戦争と銘打たれることはなかったが、実質的には戦争と変わらない内戦が頻発することになる。
この頃の大きな事柄として聖王教会の樹立とミッドチルダの台頭が挙げられる。
聖王教会とは戦乱を終わらせた聖王家の偉業を称え信仰の対象とする宗教団体であり、初代教皇となる青年トリスメギストスの呼び掛けにより聖王連合の古参の名家達が集い設立された。宗教団体であるが騎士団を抱え、1世界の軍と同等の戦力を有している。信仰の中央に据えているのは聖王家であるが、ベルカ文化の継承を重視し他の王についても崇拝の対象としている。和睦を結んだガレア帝国との関係悪化を恐れたため、ガレア皇帝ラインハルトもその崇拝の対象となっていた。
ミッドチルダの台頭については魔法技術の発展が大きな要因となった。これまでの魔法は近接戦闘を主力としていたが、遠距離戦闘を主軸とした新たな術式体系が開発されたのだ。区別の為にこれまでの魔法体系をベルカ式、新たにミッドチルダで提唱されたものをミッドチルダ式と呼ぶようになり、前者の使い手は騎士、後者の使い手を魔導師と呼称するようになる。前者は近接戦闘が主となるために魔法技術だけでなく武術の鍛錬を必要とし、騎士となるためには最低10年の修錬が必要と言われていた。必然として狭き門となり、戦力は容易には増やせない。一方でミッドチルダ式は遠距離の射撃・砲撃を主としており、魔法資質さえあれば即席でも一定以上の戦力とすることが出来た。騎士と魔導師が1対1で相対すれば騎士の方が圧倒するが、多勢に無勢となればその結果は逆転する。そして、ミッドチルダ式はあっという間に広まり多勢となっていた。
聖王連合の自然消滅により治安の悪化や紛争が起こる中、力を伸ばしてきたミッドチルダが危険な質量兵器の断絶と次元世界の交流と平和を旗印に平和組織──次元世界平和連盟を設立する。
後の時空管理局の前身である。
彼らは物量を以って次元世界に対し勢力を広げていった。
聖王教会もそれに協力し、代わりにミッドチルダを始めとする各管轄世界にベルカ自治区を設立し布教に努めた。
ミッドチルダの勢力拡大の根底にあったのは平和を目的としたものであったが、いつしか自分達が次元世界を統一・管理しなければならないという強迫観念に近いものになっていく。
それに伴い、その行動も相手世界に自身のルールに協調することを要求し、受け入れられなければ武力介入を行うと言った乱暴な手段を採る様になっていった。
ミッドチルダとガレア帝国、正史では交わらなかった2者が相対したのはそんな時期であった。
【Side ギルバート】
次元航行艦7隻からなる制圧艦隊を指揮しながら、私は内心の興奮を抑え切れずにいた。
先んじてガレア帝国に送った使者による次元世界平和連盟への加盟要求はにべもなく拒否され、連盟は武力介入による現状打破を決定、私が制圧艦隊の指揮官に任命された。
ガレア帝国は聖王連合を除けば古代ベルカの戦乱後唯一残った多世界国家であり、連盟に次ぐ勢力を誇っている。
数百年に渡って鎖国状態が続いているため謎が多く、国内の情報は一切外部に伝わって来ない。
ベルカ文化の継承を謳う聖王教会には多少なりとも情報がある筈だが、古代ベルカの諸王を崇拝対象とする聖王教会はガレア帝国への侵攻に反発し、情報の提供を拒否した。
しかし、所詮は時代遅れのベルカ式の騎士を主力とした国家、個人戦力には優れていても戦略レベルの戦力は大したことは無い筈だ。
これだけの戦力を以ってすれば容易く制圧が出来る筈…………これは連盟の共通認識であり私も同じだった。
そして、ガレア帝国を制圧すれば一気に28もの世界を平和連盟の傘下に加えることが出来る。
この侵攻を成功させれば私は他の誰にも負けることのない最高の功績を得ることになる、次期の最高指導者も夢ではないだろう。
バラ色の将来を夢想しつつ、ガレア帝国の宙域に転移した次の瞬間、私は凍り付いた。
いや、私だけではない。
艦橋に居た全ての人間が目の前の光景を信じることが出来ずに唖然とする。
そこには50隻を超す次元航行艦が勢揃いし、艦砲をこちらへと向けていた。
特に中央に位置する13隻の戦艦は他の倍以上の大きさを誇り、その威容を見せ付けている。
「て、提督! 前方の艦隊より通信が入っております!」
オペレータが振り返り、報告する。
その様子は恐怖に引き攣っているが、私も同じ心地だ。
話が違うと喚き散らしたいところだが、事態はそんな暇を与えてくれない。
「……繋いでくれ」
7隻と50隻では相手にならない。
それは向こうも承知しているだろうから、降伏勧告でもしてくるつもりなのだろう。
忸怩たる思いを抱くが、ここで拒絶しても一方的に鏖にされるだけ。
姿勢を正し、通信に備える。
艦橋の前方に大型の通信ディスプレイが開かれる。
そこに映っていたのは黒い軍服を身に纏った栗色の髪の少女だった。
将来が楽しみな端正な顔立ちだが、こちらを見据える視線は地に這う虫けらを見るように冷たい。
しかし、若い。若すぎる。どうみてもミドルティーン、下手をすればローティーンではないか。
普通であれば場にそぐわない筈だが、画面越しですら感じる威圧感故か軍服を纏い艦橋に立つその姿に違和感は無い。
それどころか思わず跪きたくなるようなカリスマを感じ、こちらの艦橋の誰もが息を飲む。
「ごきげんよう、招かれざるお客人。
私はイクスヴェリア・ハイドリヒ。ガレア帝国宰相であり、此度の迎撃艦隊の総指揮を陛下に任されています」
宰相!?
目の前の少女がガレア帝国の宰相だと言うのか!?
嘘だと叫びたくなるが、努めて冷静になるように気を静める。
宰相であると言うのが本当か否かは兎も角、こうして通信に現れるだけの立場にあることは確実だ。
下手なことをすれば、こちらの命が無い。
「次元世界平和連盟・治安維持局提督ギルバート・アスプリウスだ。
この度の来訪について説明させて欲しい」
「必要ありません。武装した次元航行艦7隻による無断侵入。まさかこれで話合いをしよう等と言うこともないでしょう。
先の使者の身の程知らずな要求と併せてガレア帝国への武力制圧を試みたことは明白です。
我々は先程の転移を以って次元世界平和連盟の宣戦布告と判断し、迎撃と報復攻撃を決定しています」
こちらの言葉は切って捨てられ、死刑宣告に等しい言葉を投げ掛けられる。
元より青褪めた顔から更に血の気が引くのを感じる。
「ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ!」
「問題無用です。降伏勧告などもしません。
兄様に逆らった愚かさを次元空間に散って後悔しなさい」
形振り構わず引き止めようとするが、微塵の容赦もなく切って捨てられ通信が切られる。
焦りの余りどうしていいか分からずに纏まらない思考を何とか纏めようとする。
しかし、相手はそんな時間すら与えてはくれなかった。
「ぜ、前方より高エネルギー反応! こちらに一直線に向かってきます!」
「シールドを張れ!最大出力だ!!」
反射的にオペレータに指示を出す。
この艦のシールドは最新式であり、最大出力であれば同型の次元航行艦の主砲すら防ぎ切る程の防御力を誇る。
あちらの艦の攻撃が如何に強力であろうと、しばらくは持ちこたえることが出来るだろう。
その間に何としても再度通信を繋ぎ交渉を取り付けなければならない。
次の瞬間、13隻の大型戦艦の内の1隻から放たれた猛火の砲撃がシールドを紙の如く引き裂いて旗艦の艦橋へと直撃し、私は灼熱地獄の中で消し飛ばされた。
【Side イクスヴェリア】
私が通信を切った次の瞬間、9番艦から砲撃が平和連盟の旗艦に向けて放たれた。
元より通信途絶後に攻撃を仕掛ける様に指示は出していましたが、こうも早く撃つとは思ってませんでした。
しかも、あの砲撃……9番艦から放たれましたが次元航行艦の主砲ではなく、エレオノーレの聖遺物『狩りの魔王』ですね。
タイミングからして予め艦の外に出て機を窺ってましたか、余程我慢の限界だったのでしょう。
元より使者の要求の時点で激昂していましたから無理もありません。
ザミエルの号砲を合図に、騎士団員達による虐殺が開始される。
4番艦から飛び出したベイがその身から何百何千と言う杭を射出し、敵艦を針鼠に変える。
唯の杭ではなく、触れた相手の生気、魔力、エネルギーを略奪する『闇の賜物』。
艦の中の敵兵が全てミイラになるのも時間の問題だろう。
5番艦からは雷と炎になったベアトリスと蛍が真っ直ぐに突き進み、それぞれ敵艦を貫通する。
切り返しながら四方八方から執拗に貫通する2本の攻撃に2隻の戦艦が瞬く間に穴だらけとなる。
8番艦から巨大な影が伸びて残り3隻の内の1隻をその影に捉える。
ルサルカの『拷問城の食人影』に捉えられた艦は動きを止め、そこから牙の生えたおぞましい口腔にじわじわと喰われていく。
11番艦と12番艦からは屍兵と狂獣が敵艦に大穴を開け、内部に突入する。
どちらも加減も容赦も概念からして存在しない2人ですから、今頃内部では阿鼻叫喚が繰り広げられていることでしょう。
昔の私であればこの惨劇を否定したかも知れませんが、今の私は無辜の民なら兎も角攻め込んできた敵兵に同情することはありません。
「……国境艦隊の出番が全くありませんでしたね」
と言うか、近衛艦隊も艦としては攻撃には加わっていないため聖槍十三騎士団だけで十分でした。
まぁ、彼らの出番はこの後の報復攻撃にあるので良いでしょう。
騎士団員にも適度にガス抜きをさせないと白いの2名とかが暴走しかねないので迎撃戦は騎士団員の好きにさせましたが、兄様から聖槍十三騎士団の力を平和連盟の宙域内で見せ過ぎるなと言われていますし、この後の報復攻撃は艦隊による攻撃が主となります。
騎士団員が大人しくしているとは思えませんが……。
「ハァ……先が思い遣られますね」
暴れる騎士団員を止めるために奔走する未来の自分を想像し、頭が痛くなる。
エイヴィヒカイトを修めて不老不死となり病や毒も効かない身体になったが、心労だけはどうにもならない。
「まぁ、そう言うな。
久方振りの戦だ、気が逸るのも無理はあるまい」
!?
背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に慌てて振り返る。
すると、指揮を執るために立ち上がっていた私の艦長席に兄様がいつもの様に片肘を付いて座っていた。
皇帝である兄様が突如として現れたことに艦橋が一瞬騒然となる。
近衛艦隊の搭乗員と言っても殆どの人間が兄様を直接見るのは初めてなのだから仕方がないだろう。
映像や写真、銅像等でしか見ることの出来ない筈の最上位の人間が目の前に居るのだから。
「に、兄様!? どうしてここに!?」
此度の戦争は私に総指揮権を委譲されていたため、兄様の出番は無い筈。
そのため、皇帝専用艦はガレアに置いたまま残りの黒円卓専用艦だけを出撃させたのだ。
慌てるあまり、つい人前で兄様と呼んでしまった。
「なに、妹の晴れ舞台を見学に来ただけだ」
そんな言葉に顔が紅潮するのを感じる。
が、次の瞬間あることに思い当り青褪める。
「あ、あの……付かぬことを伺いますが、いつからご覧になっていたのですか?」
まさか、先程の敵艦との通信も途中から聞かれたりしていたのだろうか。
冷徹なキャラ作りをして真面目に相対したつもりだが、兄様に見られていたとなると逆にとても気恥かしい。
「ふむ……『ごきげんよう』辺りかな」
「最初からじゃないですか!?」
「中々勇ましかったぞ?」
背伸びする幼児を見る様な目で言われても恥ずかしさが増すばかりで、私は床に両手と膝を付き落ち込んだ。
「うぅ……穴があったら入りたいです」
「まぁ、半分は冗談だ。
見学に来たこともあるが、侵攻予定に挙がっている世界に1つ興味を惹かれたところがあったのだ」
ひとしきりからかい満足されたのか、兄様が本題を告げる。
それにしても……。
「兄様が興味を惹かれる世界……ですか?」
そんな世界があっただろうか?
私は侵攻対象に挙がっていた世界を思い返すが、どの世界のどんな所に兄様が惹かれたか全く分からなかった。
しかし、兄様が興味を持たれているのであれば、侵攻対象から外さなければいけないか。
「ああ、侵攻対象から外す必要はないぞ。
私は本物の竜と言うものを見てみたいだけだ。世界に侵攻するついでに狩りに勤しむのも一興」
成程、確かに竜の多数生息する世界が対象に入っていたと記憶している。
狩り……騎士団員総出の狩りになるでしょうからその世界から竜が絶滅しそうですね。
兄様と一緒に狩りとか、エレオノーレ辺りがとても張り切りそうですし。
まぁ、元より攻め込む予定の世界なのだから、原生動物が1種滅びるくらいはどうでもいいことです。
「分かりました。その世界は3番目に当たりますので、それまでは私の艦でお寛ぎ下さい。
それとも、皇帝専用艦を呼び寄せますか?」
「いや、そこまでするほどのこともあるまい。
邪魔でなければここで構わんよ」
「に、兄様が邪魔などと!? 滅相もございません!」
兄様がとんでもないことを仰ったため、慌ててしまった。
叫んだりなどとはしたない、気を付けなければ。
咳払いをして、軽く誤魔化す。
「こほん! そ、それでは早速に艦隊を帝国外の宙域に転移させます」
兄様から向き直り、艦橋のオペレータ達に指示を飛ばす。
「総員、傾注!
これよりガレア帝国近衛艦隊及び第1国境艦隊は侵攻を企てた次元世界平和連盟への報復攻撃を開始します!
総艦、軍規に従い順に転移を開始せよ!」
艦隊が転移を行う際、さほど揺れるわけでもないが安全のためにシートに着席するのが常識だ。
指示を出し、転移に備える為に私もシートに座ろうと思って振り返り……本来私が座るべき艦長席には兄様が座っていることを思い出し硬直した。
そう言えば、私は何処に座れば良いのでしょう。
まさか兄様に退けとも言えませんし。
悩む私に兄様が手招きをする。
「何ですか、兄様?」
首を傾げながら近付いていくと、両手で腰を掴まれたと思った瞬間に身体が反転し、気付いた時には兄様の膝の上に座らされていた。
「ちょ!? 兄様!?」
「何を慌てる? いつものことであろう?」
確かに番外である私には黒円卓の席が無いため、騎士団員が集う際には兄様の膝の上に座らされている。
最初は恥ずかしかったし騎士団員も微妙な目で見ていたが、数百年も経てばいい加減に私も他の騎士団員も慣れた。
しかし、騎士団員以外の、それも部下に当たる者達の前でこの行為はもはや羞恥責めに等しい。
私は兄様の膝の上に座ることに至福を感じながらも、羞恥で顔を俯かせ針のむしろの様に感じる視線の中で早く転移が済むことを祈った。
尤も、私が祈る相手は兄様しかいないのだから本末転倒だったが。
【Side out】
次元世界平和連盟のガレア帝国に対する侵攻は失敗に終わり、連盟の保有する次元航行艦の5分の1を費やした制圧艦隊は全滅の憂き目を見る。
これだけでも大損害であったが、平和連盟の苦難は続く。
制圧艦隊を迎撃したガレア帝国は侵攻に対する報復として、近衛艦隊の13隻と第1国境艦隊39隻を平和連盟の傘下となった世界へと差し向けたのだ。
その戦力は艦隻数だけ取っても連盟の残存艦数の約2倍に当たり、連盟傘下の世界は抵抗虚しく次々と戦火に包まれた。
勢力範囲で劣る帝国がまさか自分達の数倍の戦力を保有しているなどとは、連盟にとって青天の霹靂であっただろう。
この戦力差はひとえにガレア帝国の教育に拠るものだ。ガレア帝国の国民は須らく皇帝のために働き戦うことを至高と思うように教育されている。帝国内で課される税は他の世界よりも高い水準にあり、他の世界でそれを行えば暴動が起きかねないものとなっているが、帝国民はそれを苦に思わず不満に感じることも無い。加えて、国家予算に占める軍事費の割合も平和連盟におけるそれの数倍に相当する。これは戦いに関すること以外では無駄を好まないラインハルトの意向で各予算が必要最小限となっているためだ。通常の帝政国家では高い比率を占める皇族の遊興費など、申し訳程度の予算しか積まれていない。まぁ、皇族と言っても現存するのは皇帝であるラインハルトと妹のイクスヴェリアしかおらず、前者はヴェヴェルスブルグ城に引き籠り表に出て来ず、後者は宰相の任に就いているため必要がないと言うのが正しい。
ここにきて漸く眠れる獅子を起こしてしまったことに気付いた平和連盟首脳部は慌てて帝国に和議を申し立てようとするが、侵攻艦隊とガレア帝国本国共に通信すら黙殺される。
しかし、大混乱に陥る平和連盟を余所に侵攻される世界が2桁に達した時、連盟に福音となる報せが齎される。
ガレア帝国への侵攻に反発し不参加を決め込んでいた聖王教会が和議の仲介を申し出てきたのだ。
藁にも縋る思いでその申し出に飛び付いた平和連盟に対してガレア帝国との間で和議の約束を取り付けることが出来たと第2報があり、帝国の侵攻は一時的に中断された。
和議が開かれたのはミッドチルダとガレア帝国領域の中間座標に存在する世界のベルカ自治区。
聖王教会の枢機卿を仲介人として争う両者が協議の席に付いた。
次元世界平和連盟からは事務方の最高職である3名が、ガレア帝国からは宰相イクスヴェリア・ハイドリヒと赤騎士エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ、そして国境艦隊の提督の3名が参加し、交渉を開始する。
和議交渉は終始ガレア帝国の有利に進んだ。それも当然であろう、一方的に侵攻を企てながら返り討ちに遭い、以降は敗戦に次ぐ敗戦が続いていたのだから。非は全て平和連盟側に在り、かつこのまま交渉が決裂し侵攻が再開されれば平和連盟の破滅は確実、無理難題も唯々諾々と受け入れる以外に道は無い。
ガレア帝国から平和連盟に突き付けられた要求は概ね下記の4点だった。
・10年に1度の停戦保証金の支払い
・帝国領有域への平和連盟関係者の立入禁止
・帝国市民権を有する者の平和連盟内での治外法権
・ミッドチルダにおけるガレア帝国軍の駐留
非常に重い条項であるが、不思議なことに平和連盟側が最も恐れていた領有世界の割譲は挙げられなかった。
10もの世界を攻め落としておきながら和睦が成立すればそこからも去ると言う内容なのだから、疑問に思うのも無理は無い。
それでも平和連盟側は抵抗したが、唯一ミッドチルダへの駐留を撤回させたにとどまり、逆に代償として停戦保証金の金額を引き上げられる結果となる。
なお、平和連盟側は知る由もないが、ガレア帝国側が和睦の最低条件としていたのは立入禁止と治外法権のみであり、停戦保証金は単なる嫌がらせ、ミッドチルダへの駐留は最初から行うつもりのない見せ札であった。また、侵攻世界の割譲については徹底して滅ぼしてしまっているために復興に掛かる手間を忌避するために要求しなかった。領土を渡さずに済んだと安堵している平和連盟はガレア帝国の撤退後に侵攻された世界の被害状況を確認し愕然とするだろう。
(後書き)
管理局(前身)との邂逅。
嗚呼、イクスがすっかり歪んでる……
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09:二つの組織
1942年5月27日、1人の男が暗殺された。
男の名前はラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ、ナチス・ドイツの秘密国家警察ゲシュタポ長官にして裏では首切り役人と称された男だ。
暗殺を行ったのは表向きイギリスとチェコ亡命政府によって差し向けられた暗殺部隊であるとされたが、その実はラインハルト・ハイドリヒの権力増大を恐れた上官ハインリヒ・ヒムラー。
しかし、襲撃を受けた場所にあったのは乗っていた車の残骸と大量の血痕のみであり、死体は終ぞ見付かることはなかった。
「ふむ、不思議な気分だな。異世界とはいえ自分の死体を見下ろすのは」
暗がりに1人の男が佇んでいた。
男の足元には1人の男が致命傷を負って倒れており既に息絶えている。
死体を見下ろす男と男に見下ろされる死体、両者の容姿は双子の様に酷似していた。
「そもそも異世界であると言うのに、容貌といい地位といいここまで同じになること自体が不思議と言えば不思議か。
まぁ安心するといい、『私』よ。国とお前の名は私が代わりに拾い上げよう」
そう言うと、男は振り返ると姿を消した。
後に残った死体は伸びてきた影に飲まれて跡形もなくなった。
そして約3年後の1945年5月1日。
首都ベルリンが陥落寸前となり総統アドルフ・ヒトラーを始めとして高官達が自害して果てる中、死んだと思われていた1人の男が姿を現す。
【Side ラインハルト】
「懐かしい光景であろう、我が爪牙達よ」
端から戦火に包まれつつあるベルリンを上空から見下ろしながら、騎士団員に話しかける。
「嘗て私はこの火を贄に永劫回帰の果てへと旅立った。しかし、此度はそれも不要。
故に……卿ら、思うところを為すがいい。遠慮は要らん」
その言葉を告げた途端、背後に居た騎士団員達は四方八方に散っていく。
世界が違えどここは故国、それが連合国に攻め落とされ様としている様には無関心で居られないのも無理はない。
特にヴァルキュリア──ベアトリスは気迫が違った。
内側に向けて広がっていた戦火が止まり、逆に外側へと広がり始める。
早くも騎士団員達が前線に辿り着き、連合国軍の蹂躙を始めたのだろう。
さて、頃合いだ。
「親愛なるドイツ国民諸君。
私はラインハルト。秘密国家警察ゲシュタポ長官ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。
殺されたことになっていた男だ」
魔力で声を強化し、ベルリン市街全てに対して語りかける。
「さて、知っての通り現在ベルリンは連合国軍に攻め落とされようとしている。
私の部下が抵抗しているが多勢に無勢、突破を防ぐのは難しいだろう。
………………………………それで、卿らはどうする?」
姿が見えるのは一部だが、誰もが困惑しているのを感じる。
「座して死を待つか? 嬲られ殺され死後も貶められる、屈辱的な死をただ待つか?」
困惑が少しずつ納まり、静けさが広がっていく。
市街の外周で起こる爆音や銃声が、静寂の中で良く響いた。
「救いの神は訪れない。ならば諦めて死を受け入れるか?」
言葉は聞こえない、しかし私には確かに聞こえた。
力で捩じ伏せられようとしながらも、それに対して「否」と告げる魂の叫びが。
「否と言うなら──戦え。
戦い勝って運命を乗り越えてみせよ。
その手で己の、愛する家族の、親しい友の命を守れ。
殺した敵兵の数だけ、それらの命が守られる。
殺されたくなければ──殺せ」
ベルリン市街のいたる所から戦気が立ち昇り、うねりとなる。
心地よいそれに身を任せながら、私は最後の号令を掛ける。
「さぁ、各々の欲する処を為すがいい!卿らにはその力を与える!
広場に集え!武器はそこにある!
その手で勝利を掴め、ジークハイル・ヴィクトーリア!」
ベルリンの人口はおよそ300万人。
武器を持てぬ幼子や老人を除いても200万人以上は居るだろう。
勿論、その殆どが訓練などを受けたことのない一般市民であり、技量など在る筈もない。
故に用意したのはパンツァーファウスト、それも外装こそ地球のドイツ製に似せてあるが中身はガレア帝国製で誘導性付き。
500万丁のパンツァーファウストによる砲撃、例え撃つのが素人であってもベルリンを囲む連合国軍を壊滅させるに十分な物量だろう。
「突破を防ぐのは難しい、とは思ってもいないことを仰る。
騎士団員達だけで事足りるのではないかな?」
扇動を終え魔力の拡声を止めた私に背後から声が掛けられる。
「嘘ではない、私は無勢の方が突破されるとは言っておらん。
それと、連合国軍を壊滅させるだけであれば騎士団員だけで十分だろうが、あまり注目が集まり過ぎても困る。
『謎の人物達に助けられた』よりは『危機に陥った市民が国を救うために立ち上がった』の方が耳触りも良かろう」
「成程、確かに」
振り返ると、そこには暫くの間直接顔を合わせることのなかった友人が居た。
「久しいな、カール」
「ああ、久方振りだ。獣殿」
久し振りに顔を合わせたが、カールの様子は以前と全く変わらない。
黒円卓の制服ではなく、以前の世界で纏っていた様な黒のローブを着ている。
「今回も不参加かと思ったぞ」
「これは汗顔の至り。しかし、ご容赦願いたい。
貴方からの頼まれごとで手が離せぬ故に」
苦笑しながら言葉を返すカール。
「仕事を頼んだのは確かに私だが、200年近く一度も顔を見せんとは思わなかったぞ」
「…………………………………………………………」
詰問に対し、カールは沈黙し目を逸らす。
「時に……宜しいのですかな?」
「何がだ?」
話を逸らして誤魔化そうという意図が透けて見えるが、言葉の内容に気に掛かったために問い返す。
「確か、貴方はなるべく流れを変えたくないと仰っていた筈。
この戦争でドイツ帝国を勝利させることは、その方針に反するのでは?」
成程、確かに。
私は正史の流れを変えることを望んではいない。
別段、正史を神聖化しているわけではないが、流れ通りに進んでくれた方が情報源と出来る故に有難い。
とはいえ……
「構わんよ。
確かに流れ通りに進むことが計画上望ましいが、必須ではない。
やりたいと思ったことを捨ててまで遵守すべきことではない」
そう、正史の流れなどそうなれば手間が省ける程度の価値しかない。
ならば、この欲求を優先すべきだ。
それに元々そろそろ地球に基盤を築いておく必要があったのだから、その意味でもここでの選択はこれしかない。
「ならば、ご随意に」
「ああ、まずは連合国を捩じ伏せるとしよう」
【Side out】
第二次世界大戦末期、ドイツは死に体であり誰もが連合国軍の勝利を確信していた。
首都ベルリンまで攻め込まれ瀕死と言っていい状態であったドイツは、しかし1人の男の復活と共に不死鳥の如く蘇る。
国民総てが戦場に立ち、攻め寄せる連合国軍に対して苛烈と称すべき飽和攻撃を開始、逆に壊滅させてしまう。
武器弾薬が枯渇しつつあったドイツがどうやってそのような数の兵器を用意したかは不明である。
ベルリンを包囲する連合国軍が滅んだ後、死んだと思われていた元ゲシュタポ長官ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒは高官達が自害し空隙が生じていたドイツの権力を掌握、散り散りになっていた軍を再編成し反撃を開始した。
新生したドイツ帝国軍は豊富な物資と的確な指揮のもと、次々と戦果を上げていった。
フランスに止めを刺し、ソヴィエトを蹂躙し、イギリスを攻め落とす。
ドイツのこの反攻に焦ったアメリカは、かねてより開発していた新型兵器『原子爆弾』を脅迫の意味も込め、ドイツの同盟国である日本に投下することを決定する。
なお、ドイツ自体を狙わなかったことは、人種の問題が大きな要素となっていたと推測される。
しかし、広島・長崎に原爆を投下すべく飛び立ったエノラ・ゲイとボックスカーは何れも標的を視界におさめることもなく、国籍不明機に撃墜され太平洋の藻屑となった。
1945年8月9日、ワシントンD.C.とニューヨークにドイツ空軍の空襲が開始される。
そして6日後、アメリカ合衆国はドイツに対し降伏、第二次世界大戦は正史とは逆の結果で終結した。
皮肉にもその日は8月15日、正史のポツダム宣言と同日であった。
連合国を打倒したラインハルト・ハイドリヒは国際連盟に代わる新たな共同体の設立を提唱、1945年10月24日にドイツ国、大日本帝国、イタリア社会共和国、ハンガリー王国、タイ王国の5ヶ国を常任理事国として地球連合が設立された。
ラインハルト・ハイドリヒは事務総長の座に就くことを求められるがこれを辞退、加えて軍部からも引退を宣言する。
掛け値なしに救国の英雄として目された彼の引退宣言に多くの者が惜しみ引き止めようとするが、結局ラインハルトは軍を辞め、企業を設立する。
彼の設立した企業──ゲルマニア社は兵器産業を主として営み、世界を制したドイツの軍部に圧倒的な影響力を持つラインハルトの下、一気にシェアNo.1を獲得。
その資金力を元に他の分野の企業を買収あるいは設立し瞬く間に巨大コングロマリットに成長したゲルマニアグループは、世界を経済面から動かせるだけの力を有するようになる。
一方、遠い次元世界の果てでは次元世界平和連盟からその治安維持局が独立分離し新たな組織となる。
時空管理局と名を変えたその組織は最高評議会三名の元、次元世界の治安維持を任とする本局と発祥の地であるミッドチルダを守る地上本部で構成され、次元世界を次々と開拓し腑分けをしていく。
管理局によって世界は幾つかの種類に分類された。
1つ目は管理世界。管理局の管轄であり、一定レベル以上の魔法文明が条件となる世界。
2つ目は管理外世界。文明が存在するが魔法技術が発展しておらず、管轄外となる世界。
3つ目は無人世界。文明が存在しない世界。
4つ目は観測指定世界。管理世界ではないが特定の理由により、観測対象とする世界。
そして最後に隔離世界。世界規模の感染兵器や伝染病による汚染などの事情により立ち入ること自体を禁止する世界。
およそ半世紀前、かつての平和連盟に大打撃を与えたガレア帝国の傘下である28の世界は、第1~28の隔離世界と位置付けられた。
和睦の条件によって立入が禁止されていることもあるが、それ以上に時空管理局にとってガレア帝国に対する敗北は抹消したい過去であるため、彼の国が半鎖国状態であることを良いことにその事実を隠蔽する方針を採ったのだ。
機密資料と無限書庫の情報を除き、ガレアの名はあらゆる媒体から抹消され、表ではその名を口にすることも禁忌となる。
無論、二桁に及ぶ世界が攻め落とされた大惨劇は情報媒体から取り除いても人の記憶には残っていたが、数十年も経てばそれも大分薄れるのは自然な成り行きだった。
しかし、結果として10年に1度の停戦保証金の支払いは表の予算に載せることが出来なくなり、巨額の使途不明金を設けることになる。
そして、その行為は管理局の暗部を助長する結果となった。
情報の隠蔽と言ってもそれは一般人や下位や中位の局員の話であり、上層部はガレア帝国の存在とその国との間で起こったことを知らされている。
しかし、人々の記憶からガレア帝国の存在が薄れるだけの時間が経つと言うことは、管理局の上層部もその危険性を正しく認識出来なくなるということでもある。
半世紀の間に旧平和連盟の要職に在った者は一部を除き世代交代を迎えており、当時の恐怖を記憶している者たちは殆どが現役から退いている。
現在の管理局上層部は和睦後の再成長の時期に要職に就いた者達である。
およそ数十年に渡って次元世界の最大勢力として覇権を手にしてきたと自負する者たちが、停戦保証金の支払いを始めとする屈辱的な条約を唯々諾々として許容出来るわけもなく、大いに不満を抱えることになる。
最上位の最高評議会は彼の国の事を鮮明に記憶していたが、同時に自分達が次元世界を管理するべき存在であると自任する彼らはあるいは部下達以上に帝国に屈している現状を認められなかった。
故にそれは必定であったのだろう。
第二次ガレア征伐艦隊の派遣、管理局の創設からおよそ20年後にそれは開始された。
暴走、暴発と呼ぶべき行為であったが、管理局とて勝算もなくそのような暴挙に出たわけではない。
その勝算の根拠となったのはここ数年で管理局が開発したとある兵器だった。
【Side イクスヴェリア】
「アルカンシェル、ですか?」
『城』に呼ばれて管理局が再侵攻を企てているという情報と共に聞かされた名前に私は首を傾げる。
「ああ、管理局が新たに開発した空間歪曲と反応消滅で対象を殲滅する魔導砲だ。
諜報局によれば、その効果範囲は発動地点を中心に百数十キロに及ぶらしい」
成程、あれだけの大敗北を喫しておきながら良く再侵攻などする気になったと思ったが、新兵器の威力に勝算を抱いたのであれば納得がいく。
確かに、半径百数十キロを壊滅させる砲撃を複数の艦船から放てば、こちらがどれだけ艦隊を集結させても一網打尽になってしまう。
砲撃の威力だけであればエレオノーレの『狩りの魔王』の方が上だが、こちらは単発なのに対しあちらは集中砲火、真っ向から撃ち合えば結果は見えている。
加えて言えば、それだけの威力・範囲を持った砲撃であれば通常兵器の効かない騎士団員をも殺傷可能だろう。
直撃すれば平団員であれば死を免れず、幹部クラスであっても重傷を負うことになる筈だ。
ならば、前回採ったこちらの宙域に艦隊を集めて待ち伏せすると言う作戦は採れない。
しかし、他に良い案も思い付かない。
兄様やメルクリウスであれば単騎でも壊滅出来るかも知れないが、わざわざ私が呼ばれた以上はそれをする気はなく私に何とかしてみろ、と言うことなのだろう。
兄様の期待に応えなければ、そう焦りながら必死に考える。
撃たれれば壊滅必至なのだから、必要なのは撃たせないための方策だ。
撃たれる前の奇襲攻撃?
Nein、相手の編成規模にもよるが前回より少ないことはないだろう。
初撃で全滅させるのは難しく反撃を免れまい。
超遠距離からの殲滅戦?
Nein、効果範囲が百数十キロに及ぶのであれば、射程距離はそれを超える筈。
それだけの距離を超えて一方的に攻撃する兵器はこちらにも無い。
機動兵器による接近戦?
Nein、確かに近付けば撃てない類の兵器だが、そこまで近付くことが出来る確実性はない。
加えて、機動兵器のみで数十隻の艦隊を沈めるのは現実的ではない。
有効な作戦が思い付かずに頭を悩ます私に兄様が助言をしてくれる。
「撃たせたくないのならば、撃てない場所で戦えば良かろう」
撃てない場所?
そうか! 魔導砲である以上は魔力素の存在しない虚数空間内ではまず間違いなく使用出来ない。また不安定な空間である次元空間内でも役に立たない可能性が高い。
それらの場所では管理局側はほぼ無力だがこちらには使用出来る戦力がある……黒円卓の騎士団員だ。
虚数空間に奴らの艦隊を引き摺り込むのは難しいが次元空間は通り道、そこで待ち伏せして騎士団員によって叩く。
これがベストの作戦だろう。
しかし、強いて問題を挙げるとすると……。
「次元空間での騎士団員による迎撃、これがベストかと思いますが……宜しいですか?
こちらが次元空間内で戦闘可能と言う札を明かしてしまうことになりますが……」
「構わん。
対策の模索に10年、捜索に20年、修復に10年、そして『鍵』の製造に10年と見れば頃合いだろう。
我らが居ない世界で何に使用するつもりだったのかは知らんがな」
? 兄様が何かを納得しているが、理解が出来ない。
「あの……?」
「ああ、すまん。こちらの話だ。
先程も言った通り、その程度の札は見せても構わんよ。
ザミエルにマキナ、シュライバーとベイを連れていくがいい」
思い出した様に告げる兄様に疑問が残るが、続いて告げられた言葉に気を取り直す。
三騎士と吸血鬼、それだけの戦力があれば攻めてくる艦隊を全滅させるのに十分だろう。
「承りました」
頭を下げて玉座の間を退出する。
4人は『城』の何処かに居る筈だ。
早く探して出撃の準備を整えなければならない。
奴らがこちらの宙域に転移する前に襲撃しなければならないのだから。
【Side 最高評議会】
「馬鹿な! 全滅だと!?」
暗い空間に突き立つ三本のシリンダーに浮かぶ脳髄のうちの一つから叫びが上がる。
彼らは時空管理局最高評議会、平和連盟時代からの指導者であり肉体の寿命から解放されるため脳髄のみとなってなお管理局を支配する3人の絶対権力者だ。
征伐艦隊からほぼリアルタイムで届けられる情報を受け取った彼らは、凶報に絶句する。
「全艦にアルカンシェルを搭載した15隻の艦隊だぞ!?
奴らの戦力が100隻あっても勝てる戦力だった筈だ!」
絶対の勝算を持って送り出した戦力が報告の間もなく消息を絶ったことに失った背筋が凍る。
原因を探るべく情報を更に分析し、真実を明るみに出そうとする。
「次元空間内で反応が消えただと?
災害か? それとも奴らの仕掛けた罠に掛かったか?」
「災害の可能性は低いだろう。
こんなタイミングで起こるとも思えぬし、仮に起こったとしてもそうそう全滅はしない筈だ」
少しだけだが冷静さを取り戻し、情報分析の結果から推測し議論を交わす。
「ならば可能性としては、罠に掛かったか奴らの襲撃を受けたか。
いずれにしても、帝国は次元空間内で行使出来る戦力を保持していることになるな」
「確かに……。しかしそれでは、アルカンシェルも役に立たぬな」
一撃で艦隊すら全滅させ得るアルカンシェルだが、次元空間内では撃つこと自体が出来ない。
帝国打倒の切り札であった兵器が最初から使用することすら出来ないという事実に衝撃を受けるが、落胆ばかりしてもいられない。
「こちらも次元空間内で行使可能な戦力を備えなければならぬな」
「うむ、暗部も動員して有効策を探るとしよう」
当面の方針が纏まるが、最初から一言も発していない評議長がここで重々しく口を開く。
「今後の方針はそれで良いとして……今回の一件をどう収める?」
そう、今回の後始末をしなければならない。
大きいのは失った艦隊の扱いとガレア帝国への釈明だ。
「征伐艦隊の存在自体が極秘裏のものだ、敗北を広めるわけにはいくまい」
ガレア帝国の存在自体を一般局員には知らせていないため、征伐艦隊の派遣も表には出していない。
しかし、次元航行艦15隻の損失は表沙汰にせずに処理するには大きすぎた。
「そうだな。
隔離世界への調査団の派遣、しかし事故により壊滅した。
そんなところか」
「うむ、それでよかろう」
結果、犠牲となった局員は戦死ではなく事故死として扱われる。
遺族に対する補償もそれに従うため最小限のものとなるが、彼らにとっては瑣末なことに過ぎない。
「あとは、ガレア帝国か」
「ああ、奴らの報復攻撃が始まる前に釈明をせねばならん」
半世紀前の侵攻では報復によって10もの世界が滅ぼされた。
ここで同じ轍を踏むわけにはいかない。
「此度の侵攻は管理局の総意ではなく一部の局員の暴発、それで収められぬか」
「こちらの主張はそれで良いとしても、それだけで納得はせんだろう。
停戦保証金の引き上げと幾つか条約の条件を増やすくらいは必要になるな」
「忌々しいが、やむを得ん。
対策を取るにも数十年は掛かる。今全面戦争となってはこちらの敗北は必至だ」
苦渋の決断だが、全面戦争よりはマシだ。
臥薪嘗胆の志で今は耐え忍ぶしかない。
「では、その方向で交渉をさせるとしよう」
「「異議なし」」
評議長の宣言に書記と評議員が賛同し、議論は締め括られた。
【Side out】
二度目のガレア征伐艦隊派遣は前回同様に壊滅的な被害を出し失敗に終わった。
しかし、今回は前回とは異なり報復攻撃は行われず、その前に交渉が執り行われた。
最高評議会から交渉団に任命されたレオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベルの3名の提督を待っていたのは聖槍十三騎士団の三騎士と下記の要求だった。
1:停戦保証金の支払間隔を10年に1度から5年に1度へ短縮すること。
2:管理世界を除く世界への優先行動権をガレア帝国が有すること。
3:管理局はガレア帝国に戦力の報告義務を負うこと。
4:管理局が管理世界を拡大する際にはガレア帝国の許可を得ること。
5:第1管理世界ミッドチルダ、および時空管理局本局におけるガレア帝国軍の駐留を認めること。
6:時空管理局最高評議会の過半数をガレア帝国から派遣された人員とすること。
あからさまに足元を見た要求に、交渉団の顔が青褪める。
加えて相手方の交渉の席に着いている3名の内の1人、白騎士ウォルフガング・シュライバーの放つ殺気に3名共が冷や汗が止まらなかった。
外見だけ見れば幼く中性的な容姿の美少年だが、騎士団員中で最も直接多くの人間を殺した殺人狂。
隣でこれまた圧倒的な覇気を放つ巌の様な男が抑え付けていなければ、とっくの昔に襲いかかって来ていただろう。
3名からなる帝国側の交渉団だが、ただただ殺気を振り撒く狂人とそれを抑える鎖役で2名は交渉には関与せず、実質赤騎士1人が交渉相手だった。
なお、交渉の様子をモニタ越しに見ていた最高評議会の面々は赤騎士の容貌にくぎ付けになっていた。
別段、その美貌に見惚れていたわけでも、半身を覆う火傷に目を顰めていたわけでもない。
その姿が半世紀前の和睦の席に姿を見せたものと全く変わっていなかったからだ。
聖槍十三騎士団の騎士団員が歳を取らないという噂はあったものの、実際にそれを目の当たりにしては驚愕を隠せない。
特に、最高評議会の面々は延命のために自らの肉体を捨てた者達、しかしモニタの向こうの騎士達はそれを嘲笑うかのような若々しさを維持している。
その秘密を何とかして突き止めたい最高評議会だが、現状ではそんな要求を出せる訳もなく歯噛みをして見ていることしかできない。
内心では殺気に震えながらも表には出さず毅然と交渉する3名の提督は、何とか条件の一部を撤回、あるいは緩和させることに成功する。
帝国軍への駐留と最高評議会への参画はなくなり、管理世界の拡大も許可を取る必要はなく報告のみとなる。
代わりに停戦保証金の支払間隔は3年に1度になり、金額は据え置きのため約3倍の負担となった。
交渉団も管理局の財政状況から何とか負担増を避けようとしたが、それと引き換えとしても撤回させねばならない条件があったためやむを得ない様子であった。
この負担は管理局の財政を圧迫し、そのしわ寄せは地上本部にまで及ぶことになる。
(後書き)
マイルド獣殿によるベアトリス救済回、あと懲りない管理局。
なお、WWⅡIFについてはあまり深く踏み込むつもりはありません。
半世紀の間にせっせと軌道修正を掛けるでしょう……神父さんが。
派手に歴史に介入した獣殿の存在も、インターネットも普及していない戦後から権力と財力を持った存在が隠蔽に掛かれば情報を秘匿出来る筈です。
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10:秒読み
新暦60年。
正史のP・T事件が始まるまで5年に迫ったこの時、第97管理外世界地球の海鳴市は表面上は概ね正史通りの様相となっていた。
しかし、その裏では様々なことが正史からずれ始めていた。
大きな差異としては正史には存在しない建物が2つ存在している。
1つはゲルマニアグループの第二本部であるビル群、駅前の一等地に聳えるそれは海鳴市だけでなく日本全体の経済を掌握している。
もう1つは海鳴教会、50年以上の歴史を持つプロテスタント系のその教会は郊外の小高い丘の上にあり、昼間は信者がそれなりに集まるが夜は辺りも含めて人気が無い場所となっている。。
この2つの建物は双方ともガレア帝国の聖槍十三騎士団の海鳴市における拠点として機能していた。
前者にはラインハルト・ハイドリヒ、ベアトリス・キルヒアイゼン、櫻井蛍の3名が待機し、グループの仕事に従事している。
後者はヴァレリア・トリファとリザ・ブレンナーが担当している。また、操主であるリザ・ブレンナーがいるため、トバルカインも教会地下にて待機となっている。
ちなみに、ヴィルヘルム、イザーク、マキナ、ルサルカ、エレオノーレ、そしてシュライバーの6名は『城』に待機。
シュピーネとメルクリウスは別任務で不在、番外のイクスヴェリアは宰相の仕事があるためガレア帝国の本国待機となっている。
2つの建物は何れもメルクリウス謹製の強固な結界で守られており、完璧な隠蔽を行っていた。
また物質面での防備も完璧であり、一国の軍を相手に出来るだけの装備や防備がたった2つの建物に凝縮されている。
それ以外の差異は目に見えることではなく気付く者は存在しなかったが、現在の海鳴市はラインハルトが散布させたナノマシンとサーチャーが大量に浮遊していた。
機械と魔導の両面をカバーするべく用意されたそれらは実に5000万機という狂気的な数が使用されており、海鳴市内のありとあらゆる情報をゲルマニア第二本部ビルと海鳴教会へと送っていた。
勿論、それだけの大量のデータを処理するためにはビルの1フロアを全て使い切る形で設置されたスーパーコンピュータが必要になったが、特定のキーワードに掛かったデータは即座に報告が発せられる仕組みを構築している。
無論、情報収集の対象は海鳴市だけではない。
ラインハルトが最も重視しているのは正史における主要人物の動向と転生者の情報だ。
情報の内容からして主な情報収集範囲は海鳴市の他にミッドチルダとなる。
正史における主要人物は大抵がそのどちらかにおり、また転生者もその近くに存在することを望む可能性が高いためだ。
しかし、正史の主要人物の動向は兎も角、転生者の情報は思うように集まってはいなかった。
【Side ラインハルト】
「ふむ、現時点で転生者と思しき者は2名のみか」
ゲルマニア第二本部ビルの最上階に設けた執務室で集積した情報を閲覧しながら呟く。
手元に空間ディスプレイで表示しているのは転生者と思しき対象のプロフィールだ。
とは言え、自身を除いて6人存在する筈の転生者の内、特定が出来ているのは僅か2名に過ぎない。
1人目は高町まどか。
名字から分かる通り高町家の娘であり、正史における主人公である高町なのはの双子の姉に当たる。
正史に存在しない高町家の次女が存在する時点で転生者の可能性が非常に高い。
無論、正史とのズレにより生まれただけと言う可能性もあるが、年齢に見合わぬ言動が端々に見受けられることから転生者と断定して問題ないと思われる。
正史の主要人物の身内に生まれたのは偶然とは思えず、何らかの特典の結果と思われる。
2人目はテスラ・フレイトライナー。
管理局の高官の娘であり、8歳に入局後わずか1年で執務官試験に合格し史上最年少の執務官となった少女だ。
正史での史上最年少の執務官はクロノ・ハラオウンだった筈であり、正史には存在しなかった人物であることは間違いない。
わずか9歳にしてSランクオーバーの実力を持っていると見做されており、本局のエースとして活躍している。
魔導における才能が非常に高いことから、おそらくキャスターのカードを選択した転生者であり、転生特典は魔法の才能と推測される。
上記の2人はそれぞれ特徴的で目立ったために転生者として断定し易かったが、それ以外の者については特定が難しい。
ミッドチルダにおいては管理局において目立った活躍をしているものと、聖王教会でレアスキルの認定を受けたものを重点的にチェックしているが、現時点では前述のフレイトライナー執務官のみが見付かっただけで他には目ぼしい人物が見当たらない。
地球においては海鳴市を中心的に満遍なく情報収集を行っているが、考えてみれば転生時に選択することが出来るのは国までであり、市までは特定出来ない。
転生先に地球を選択する転生者が1人しかいないというのは考え難いため、おそらくは別の土地に誕生しているものと思われる。
正史への介入を目論む転生者であれば海鳴市を訪れる可能性も高いと考えたが、高町なのはとの年齢差を15年以上で指定していなければ現在は未成年ということになる。親に養われている人間であれば、介入を目的としていたとしても自由に住処を変えることは出来ないだろう。
まぁ、介入目的の転生者であればジュエルシードが海鳴市に落下する時にはここを訪れるであろうから、今はそれを待つ以外にあるまい。
現時点におけるこれ以上の情報を諦め、デスクから一枚の紙を取り出し眺める。
【Side ベアトリス】
ノックをしてハイドリヒ卿の執務室に入室すると、ハイドリヒ卿は空間ディスプレイやPCの画面ではなく1枚の紙を眺めていた。
それ自体が珍しい光景だが、それ以上に珍しいことに何かを悩んでおられる様に見えた。
「あの、ハイドリヒ卿?」
「ん? ああ、ヴァルキュリアか」
入室許可は貰っていたがおざなりだったらしく、声を掛けて始めてこちらに気付いたようだった。
「何をご覧になっているのですか?」
常になく集中している様に、彼の持つ紙の内容が気に掛かり思わず問い掛けてしまう。
「ああ、これは……そうだな、卿でよいか」
「は?」
質問に答えて頂けるのかと思いきや、突然何かを納得した様子で手に持っていた紙を折り畳んでポケットにしまい立ち上がるハイドリヒ卿。
そのまま外套を羽織り部屋の入り口へと向かうところを見ると、どうやら外出されるつもりらしい。
「何をしている。 行くぞ?」
「え? あ? え?」
突然声を掛けられ、戸惑ってしまう。
何故か私も着いていくことになっているらしいが、何処に行くかすら聞かされていない。
しかし、聞く間もなくハイドリヒ卿は既に部屋を出ようとしており、慌てて追い掛ける。
廊下を少し先まで進んでいた上官に小走りで追い付き問い掛ける。
「あ、あの~、何処に行かれるのですか?」
「行けば分かる。何、すぐそこだ」
答えになっていない応えを返し、そのままとスタスタとエレベータに向かう黄金の獣。
身長が高く歩幅が違うため、着いていこうとするとどうしても小走りになってしまう。
会長室直通の専用エレベータに乗り、1階へと降りる。
周りの視線を集めながらも、ハイドリヒ卿は気にすることなく正面玄関から外に出る。
車は使わないようなので駅に向かうのかと思いきや、逆に向かい10数メートル先の店の入口をくぐった。
「へ?」
すぐ後ろを付いて行っていたためにつられて入口をくぐってからその事実に気付く。
入った店はこじんまりとした喫茶店だった。
昼過ぎの時間のためか、店内はそれほど混んでいなかった。
「いらっしゃいませ。 店内をご利用ですか?」
栗色の長い髪をした若い女性店員が問い掛けてくる。
「ああ、2名で頼む」
「承知致しました。 こちらの席にどうぞ」
窓際の4人掛けのテーブル席に案内され、お冷が入ったグラスが2つ置かれる。
「お決まりになりましたら、お声掛け下さい」
頭を下げて入口の方へと戻る店員を尻目に、ハイドリヒ卿は早くも席に座り置いてあったメニューに目を通している。
立っているのも間抜けかと思いハイドリヒ卿の正面に座ると、既にメニューを決められたのか持っていたメニューを渡される。
「あの、ここが目的地ですか?」
「無論、その通りだが?」
その答えに思わず肩を落とす。
「先程執務室でご覧になっていた紙は?」
「この店の出店案内のチラシだ」
肩を落とすだけでは足りず、思わずテーブルに突っ伏してしまった。
悩んでいたら突然外出しだすので何処に連れて行かれるかと戦々恐々としていたら、行き先は喫茶店。
擦り減った私の精神を補填して欲しい。
「……何で私を連れて来られたんですか?」
「一押しで宣伝されているシュークリームに興味があったのだが、1人で訪れ甘味を頼むのも絵的にどうかと思ってな。
丁度いい所に卿が来たから付き合って貰った」
確かにいい歳した男性が喫茶店で1人で甘い物を頼み難いというのは分からなくもないですが、何故私が。
と言うか、この人がそんな真っ当な感性を持ち合わせていたことがまず驚きです。
「それで、注文は決まったか?」
「ええと、ハイドリヒ卿……じゃなかった、会長は何を頼まれるんですか?」
人目があることを思い出し、呼び方を改める。
現在ここに居るのは聖槍十三騎士団の首領と第5位ではなく、ゲルマニアグループの会長と秘書だ。
「シュークリームとコーヒーだな」
「では、私もそれで」
先程の話ではシュークリームがウリらしいから頼んでおいて損はあるまい。
私も甘いものは嫌いではない、むしろ好きだ。
どちらかと言えば紅茶派の私だが、このお店のカウンターを見る限りではコーヒーが充実してそうなので、飲み物はそちらにする。
「そうか」
ハイドリヒ卿は頷くと、手を挙げて店員を呼ぶ。
先程の女性店員がメモを片手に寄ってくる。
「お決まりでしょうか?」
「ああ。 シュークリームを6個とコーヒーを2つ頼む」
6個!?
不意打ちで告げられた予想以上の数に愕然とする私の前で注文はそのまま受けられてしまう。
「シュークリーム6個とコーヒーが2つですね。 かしこまりました。
シュークリームは全て店内でお召し上がりですか?」
「ああ」
この場にはハイドリヒ卿と私の2人しか居ないわけで、6個のシュークリームを2人で片付けなければならない。
つまり1人頭3個になるわけで……私も3個も食べなきゃダメってことですか?
しかも、ショーウィンドウにあるシュークリームを見る限り、結構大きい。
そりゃエイヴィヒカイトを習得しているから体重とかの心配はないですが、単純に物理的にキツいんですけど。
ジト目で見る私に気付いたハイドリヒ卿が一言。
「ん? 3個では足りないか?」
思わず頭を抱えた。
この人、悪意の欠片もなく3個くらいは食べて当然って思ってる。
「いえ、十分です。 十分過ぎます」
「遠慮することはないぞ。
無論、卿に支払わせるつもりもない」
そういうことではないんですけど、まぁ奢りに関しては有り難く受取っておきます。
「これ以上食べると夕食が入らなくなりますよ」
「む、それもそうか」
納得して貰えたのか、追加注文は回避出来た。
そもそも3個の時点で夕食が食べられるか既に微妙ですが……。
席に置かれていたお冷に口を付けながらふと現状を思い返して考えてみれば、ハイドリヒ卿と2人きりで喫茶店でお茶をしているこの状況は傍から見ればデートにしか見えないことに気付く。
そこまで考えて思わず青褪めた。
私、もしかして絶体絶命のピンチなのでは?
このことが『城』のヴィッテンブルグ少佐や本国に居るイクスヴェリア殿下に知られたら、ハイドリヒ卿に恋愛感情混じりの崇拝を捧げている彼女たちの事だ、一体何をされることか。
魔砲でこんがり焼かれたり人形に袋叩きにされる未来が脳裏に浮かび戦慄する。
「お待たせ致しました。 ご注文の品をお持ち致しました」
悪い方に転がっていく私の思考を断ち切る形で店員さんがトレイに注文の品を載せて運んできた。
そしてシュークリームの載った皿とコーヒーをそれぞれの前に置く。
コーヒーの良い香りが漂ってきて落ち込みそうになっていた気分が戻る。
こうなったら開き直り役得と思って味を楽しむとしよう。
どのみち、今から逃げても無礼を働いたと逆効果になるだけだから手遅れだ。
「いただきます」
シュークリームを1つ手に取り、齧る。
サクッとした食感の衣に包まれた濃厚なクリームの味が口の中に広がり多幸感に包まれる。
期待していた以上の味に頬が緩む。
ついつい2口3口と進んでしまい、あっと言う間に1つ食べ終えてしまう。
甘さが残る口に一息つく為にコーヒーに手を伸ばして口元に運ぶと先程から感じていた良い香りが鼻腔に広がる。
ブラックは苦手であまり飲まないが、この香りにミルクを混ぜることに気が引けたため、そのまま口にする。
程良い苦みのそれはブラックのままでも飲み易く、シュークリームとの相性も抜群だった。
ふと対面を見ると、ハイドリヒ卿は既に2つめのシュークリームに手を伸ばしている。
表情に浮かぶのは普段と変わらない薄い微笑みだが、心なしか嬉しそうに見える。
先程の注文の際にも思ったが、この人、実は結構な甘党みたいだ。
こうしてシュークリームを頬張っている姿を見ると、髑髏の軍勢を率いる墓の王であることも世界を超える帝国を統べる皇帝であることも信じられない。
ついでに言えば、改めて間近で見るととんでもない美形である。
まばらとは言え客は何人か居るが大半が女性であり、その全ての視線がハイドリヒ卿に集中している。
一緒に居る私の方にも時折嫉妬混じりの視線がぶつけられており、少し鬱陶しい。
「ベアトリス」
外であるから魔名ではなく本名の方で呼ばれたのだろうが、いきなりファーストネームを呼び捨てにされてドキッとしてしまう。
顔が赤くなっていないか、ちょっと気になる。
「何ですか、会長?」
「この店、営業に支障が無い様に支援しておけ」
何を言われるかと期待していたところにそんな言葉を貰いまたしてもガクッと肩を落とす。
まぁ、この方を相手に色気のある展開なんてあるわけないと薄々分かっていましたし、そんな展開になったらなったで困りますが。
それにしても、見事な程に私的流用な指示ですね。
余程気に入られたのでしょう。まぁ、美味しいのは確かですが。
「了解です」
私としても当たりのお店が続いてくれるのは望むところなので変な指摘はせずに乗っておく。
ふと気付けば、お互いに最後の1つを飲み込むところだった。
3個とか絶対多いと思っていたが、いざ食べ始めるとあっさりと食べ尽くしてしまった。
……予想通り夕食が入らない程に満腹ですけど。
「ふむ、満足だ」
そう言うと、何故か再度手を挙げて店員を呼ぶハイドリヒ卿。
「お呼びでしょうか」
「ああ。シュークリームを20個、持ち帰りで頼めるか」
持ち帰りで追加注文!?
しかも20個!?
「かしこまりました。
お会計の際にお渡し致します」
伝票を重ねて置き、店員が下がっていく。
「ま、まだ召し上がるのですか?」
恐る恐る尋ねる私に、不思議そうな顔が向けられる。
「食べはするが……主目的は土産だ。
イクスにザミエル、マレウス、バビロン、レオンハルト辺りに配ってやれ」
私が配るんですか!?
思わず口から出そうになる叫びを必死に抑える。
そもそも、その女性陣5人のうち3人はこの世界にすら居ないんですけど。
転移して配って回れと仰います?
ああ、もう分かりましたよ。配ればいいんでしょ、配れば。
「さて、出るとするか」
伝票を持ち入口へと向かうハイドリヒ卿の後ろを肩を落としながらトボトボと私は着いていくのだった。
【Side out】
海鳴市の駅前にある喫茶店「翠屋」はこの数ヵ月後にマスターが重傷を負って入院してしまい、経営の危機となる。
しかし、ゲルマニアグループ会長秘書の名刺を持つ金髪の女性が支援を申し出、選択肢の無かったパティシエ高町桃子は藁にも縋る思いでその申し出を受ける。
資金面と経営コンサルタントの派遣の両面からの支援を受け、翠屋は経営を持ち直し高町家の生活も安定するのだった。
なお、全治数ヶ月は掛かると診断されていた高町士郎は予想以上の回復力で1ヶ月ほどで全快し退院した。
それが青髪のシスターが見舞いに訪れたことと結び付けるものは居なかった。
また、その背後には気に入ったコーヒーが飲めないことが不満だった黄金の獣が居ることなど誰も知らない。
(後書き)
たまには日常回、ここまでを以って第1章は完了です。
次話より原作開始のため、章を変えて第2章になります。
ちなみに原作キャラの家族に転生するケースは時折見掛けますが、本作ではルール上直接指定は出来ません。
それと、マイルド獣殿のマイルド要素を幾つか挙げておきます。
①女性に優しい
②甘い物が好き
③ネコ好き
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【第2章】無印
11:崩れる物語
【同 夕刻以降】Jenzelts(dies irae)
Caution! 残酷描写注意
夜の森の中、黒い大きな毛玉の様な生き物が紅い眼を光らせ唸り声をあげながら茂みから姿を見せる。
その視線の先に居た民族衣装を着た少年金髪の少年が身体から血を流しながらも紅い宝玉を持った手を翳す。
翳した手を中心に翠色の円形の陣が広がる。
一方黒い獣は猛スピードで疾走し、少年へと迫る。
「妙なる響き光となれ 許されざるものを封印の輪に!
ジュエルシード封印!」
飛びかかってきた黒い獣はしばらく拮抗するも少年の手から発する光に吹き飛ばされ、血肉が飛び散る。
傷付いたそれは、身体を引き摺るようにして逃げていった。
「逃がしちゃった……追いかけ……なきゃ……」
しかし、少年は力尽きたのかその場に倒れ込む。
倒れた少年は翠色の光を放ちながらその姿を変えていく。
「誰か僕の声を聞いて……力を貸して……魔法のち」
映像はそこでテレビを切る様に唐突に途切れた。
【Side 高町まどか】
目覚まし代わりにしている携帯の音に目を醒ます。
「今の夢……そう、始まったんだ」
私、高町まどか。
私立聖祥大付属小学校に通う小学三年生。 ここ高町家においては4人兄弟の次女に当たります。
上に大学生の兄1人と高校生の姉1人、そして双子の妹が居ます。
そんなことより、重要なのは今の夢。
ユーノ・スクライアがジュエルシードの暴走体と戦って傷付き倒れる姿。
つまり正史の通りにここ海鳴市にジュエルシードがばら撒かれたことを意味する。
何故そんなことが分かるかと言えば、私が転生者と呼ぶべき存在だからだ。
この世界で起きることがフィクションとして作品化されている世界から、神によって送り込まれた転生者。
私を含め7人の転生者がこの世界に生まれ、そしてルールに従えば殺し合わなければならない。
正直殺し合いとか絶対にお断りなのだが、かと言って断れば記憶を持ったまま転生することは出来なかった。
記憶を全て初期化されるなど死んだも同然であり、選べる選択肢は他に無かった。
転生する時には7枚のカードからクラスとそれにまつわる特典を選べと言われた為、私はセイバーのカードを選択し特典に「御神の剣士の力」を選択した。
加えて主人公高町なのはとの年齢差は0年、生まれる場所は地球の日本を選択した。
結果、必然として私は父高町士郎と母高町桃子の間になのはの双子の姉として誕生した。
御神の剣士の家系は高町家を除けば香港に居る御神美沙斗のみなので、日本でと限定した時点で高町家に生まれることが確定していた。
加えて年齢差0年であれば高い確率で双子となる。
そうして私は、将来的にオーバーSランクになり得る魔法の才能と近接戦闘の才能、そしてこれからの事件に介入出来る立場を手に入れた。
一卵性双生児であるため、当然の様に私となのはは外見上そっくりだ。
学校の制服を着ていると更に見分けが付かないため、ツインテールのなのはに対し私はポニーテールにしている。
なのはは運動が苦手だが、私は4歳の頃から毎朝ジョギングをし2年前に小学校に入学してからは御神流の稽古を付けて貰っている。
なのはの運動音痴は覚醒していないリンカーコアが運動神経を阻害しているためだろう。
はっきり言って、古流武術の使い手の家系に生まれたなのはの身体能力が低いのは不自然だ。
私は早い内から体内のリンカーコアを自覚し魔力操作が出来る様になっていたため、本来の身体能力を発揮出来ている。
なのはも本来であれば私と同等のスペックを有している筈だ。
なのはにもそのことを教えてあげたいが、流石にいきなり魔法とか言い出すわけにもいかず、話せなくて困っている。
なお、魔力を操作することは出来ても術式も分からなければデバイスもないため本当に操作出来るだけで魔法は一切使えない。
ユーノ・スクライアが持っているレイジングハートはなのはに譲らなければならないから、正史通りであれば訪れる筈のアースラが来たら量産物でも良いのでデバイスを借りようと考えている。
そこまでは、レイジングハートに登録されている術式を教えて貰いデバイスなしで何とか凌ぐしかない。
御神流の奥義は使えないものの基本技は3つとも習得しているので、魔法による身体強化が出来ればある程度前衛で戦えると踏んでいる。
欲を言えばユーノがレイジングハート以外に使っていないデバイスを持っていてくれたりすると嬉しいが、流石にそれは高望みし過ぎだろう。
そう言えば、ユーノと言えばさっき見た夢の不自然な終わり方が少し気になった。
言葉の途中でスイッチを切る様に遮断されたようだったからだ。
まぁ、実際には夢ではなく広域かつ無作為の念話が夢として見えただけだから、途中で魔力が途切れでもしたのだろうか。
後でユーノを確保したら、聞いてみるとしよう。
この後の流れは学校帰りの塾に向かう途中でフェレット姿で倒れているユーノを見付けて動物病院に運び、夜中に念話で呼び出されてなのはがレイジングハートと契約して魔法少女となりジュエルシードを封印する。
そう言えば、私の名前がまどかだから魔法少女とか言うと別の作品を思い浮かべてしまい複雑な気分になる。
似非マスコットが登場したら容赦なく排除しよう。
魔法少女まどか☆マギカ 始まり……ません。
それは兎も角、なのはが魔法少女になるのを邪魔する気は無いが、正史とズレがあって怪我を負ったりしないか心配なため、夜中の動物病院には私もこっそりと追い掛けることにしよう。
正直、ジュエルシードの暴走体だけであればなのはの魔力とレイジングハートがあればまず問題ないとは思うが、もう1つ厄介な問題がある……転生者だ。
『ラグナロク』に積極的な転生者が介入してくる恐れもあるし、あるいはなのは達に良からぬ思いを抱く変質者が転生者となっている可能性もある。
うん、やっぱり心配だから着いていくので確定。
現在の時刻は朝5:00。
一時間ほどジョギングをしてから姉さんと一緒に御神流の早朝特訓が待っている。
これからは力を振るう場面が出てくるのだから、鍛錬はしっかりとしつつもコンディションを保っておかなければならない。
「お姉ちゃん、美由紀お姉ちゃん、お兄ちゃん、朝ごはんだよ~」
2時間後、ジャージを着て姉さんと一緒に木刀を振るっていた私達を制服を着たなのはが呼びにくる。
転生者の共通能力で対象の名前とレベルを知ることが出来るが、なのはのレベルは魔法に未覚醒なためかレベル2だった。
なお、大抵の人間は2~4の範囲に収まっており、これがこの世界の標準レベルの様だ。
なのだが、御神流を修めている父さんや兄さん、姉さんのレベルは10台後半から20台前半で、魔法の使えない人間としてはかなり規格外の値だった。
て言うかこの人たち、陸戦に限定すればジュエルシードの暴走体を倒せちゃうのでは……。
軽くシャワーを浴びて制服を着るとリビングで朝食となる。
父さんと母さんも兄さんと姉さんもいつも通り桃色の空間を作っており、少し居辛い。
ちなみに、6人居ると大抵は父さんと母さん、兄さんと姉さん、私となのはという組み合わせになる。
なのはは私にべったりであり、可愛く思いつつも正史とのズレに複雑な気持ちになる。
正史のなのはは父さんの事故で入院した時に家族に構って貰えず孤独を味わいトラウマとなっていた。
その結果が他人を頼ろうとしない姿勢、そして他人の役に立つ「いい子」でなければならないという強迫観念だ。
しかし、この世界には私が居た為になのはは1人きりではなかった。
年齢的に同じ立場となっていた私だが、転生者故の精神年齢の高さからなのはの面倒を見るくらいの気持ちで甘やかしていた。
結果、依存されてしまいました。
幸いと言うべきか、ゲルマニアグループの会長秘書と言う人が支援を申し出てくれたおかげで生活はそれなりに安定していたし、父さんの怪我も結果的にはそこまで重傷ではなく、2ヶ月ほどで元の生活を取り戻した。
しかし、三つ子の魂百までと言うべきか、私にべったりとなったなのはは戻らず、何処へ行くにも私の後を付いてくるようになってしまった。
父さんや母さんはこのことに気付いており複雑そうだが、自分の事故や忙しさでそんな状況になったことの罪悪感があるようで、あまり口出し出来ない様だ。
ゲルマニアグループと言えば、この世界の歴史は小学校に入ってから簡単なレベルで習っただけだが元の世界との差異に少し驚いた。
まさか第二次世界大戦でドイツが勝利して国際連合の代わりに地球連合が出来ているなんて想像も出来なかった。
正史ではその世界の歴史など明らかになっていないから、そんな裏話があったとしても不思議ではないが。
そのドイツの救国の英雄が創設したと言われるゲルマニアグループは世界経済を動かす怪物企業だ。
何気にうちが営んでいる翠屋はゲルマニアグループ第二本部ビルのすぐ近くでご近所様かつお得意様だったりする。
何でそんな超大企業が唯の喫茶店であるうちを支援してくれたのかは未だに分からない。
当初はゲルマニアグループの上層部に転生者が居て、支援に付け込んで母さんや姉さんあるいはなのはや私に何かしようとしているのではないかと疑い警戒していたが、数年経った今もそんな様子は見えないためどうやら杞憂であったらしい。
会長秘書の人にも私は会ったことはないが、父さんや母さんの話では若い女性であるとのことなのでそういう心配はないのだろう。
朝食を食べ終わると鞄を背負いなのはと一緒にバス停へと向かう。
しばらく待つと、聖祥大付属小学校の送迎バスがやってきて私となのはは乗り込んだ。
すると、最後部から私達に声が掛けられる。
「まどかちゃん、なのはちゃん」
「まどか~、なのは~、こっちこっち~」
そこに居たのはアリサ・バニングスと月村すずかの2人。
正史のなのはの親友であり、この世界は私を含めて親友となっている。
挨拶を交わして私達も最後部のシートに座る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「将来かぁ……」
授業で将来の職業について上がったためか、屋上で集まってお弁当を食べていたところでなのはは空を見上げながら呟いた。
アリサもすずかもある程度将来が固まっているらしく、なのはは自分だけ決まっていないと嘆く。
その際に放った自虐的な言葉がお気に召さなかったらしく、なのははアリサに頬を引っ張られながら言い訳していた。
何の取り柄もないと言う部分に妙に感情が籠っている気がして少し気になったが、それ以上に将来の事を考えて私も思わず空を見上げてしまう。
私となのはの将来は管理局に入局する以外に道は無いんでしょうね。
年齢1桁でAAAランク、ゆくゆくはオーバーSの魔導師になり得る才能を前に、選択肢など用意されないだろう。
局内での仕事は選べるだろうが、入局自体はほぼ強制に等しい筈だ。
そんな思いをして1人黄昏れていた私だが、我関せずの態度でいたところをアリサに目を付けられて怒られた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あ、こっちこっち。
ここを通ると塾に行くのに近道なんだ」
「え、そうなの?」
「ちょっと道悪いけどね」
アリサの先導で公園の抜け道を歩き塾に向かう私達4人。
もう少しでユーノからの念話で呼ばれる筈、そう思って周囲に気を配っていた私だが一向にその様子がない。
おかしい……このままでは公園を抜けてしまう。
そう思っていると、前方に人だかりが出来ていた。
警官が脇道への入り口の前に立ってテープを敷き、その前に野次馬が集まっているらしい。
「子供が死んでいたんだって?」
「変な民族衣装を着た子供が頭を潰されて死んでるって」
「頭を潰されるって……熊でも出たのか?」
野次馬の話から大まかな状況を聞き取り、その内容に思わず真っ青になる。
民族衣装を着た子供、かつこの場所、最早1人しか思い浮かばない。
ユーノが死んだ? 何で? 暴走体にやられてしまったのか?
でも昨日の夢の中では暴走体は逃げていった筈。
そう言えば、念話が不自然なところで途切れていたのが気になったんだった。
あの時、誰かに襲われたのだろうか?
立てていた未来予想図が一気に白紙に返った現状に、頭が真っ白になって思考が纏まらない。
ユーノが居なくなるとどうなる?
動物病院になのはが呼ばれることもなくなり、レイジングハートとの契約も……そうだ、レイジングハートだ。
レイジングハートはどうなった?
ユーノが倒れた時、レイジングハートも近くに落ちていた筈。
ユーノの遺体と共に証拠物品として警察に押収されてしまったか?
それとも、ユーノを襲った何者かが持ち去ったか?
もし前者であればどうしようもない。
後者であれば、犯人は転生者である可能性が限りなく高いが、やっぱりどうしようもない。
レイジングハートが無ければなのはは魔法少女として覚醒しない。
フェイトとの衝突で次元震が起こることもないから、下手をすると管理局が来ない可能性がある。
フェイトが全てのジュエルシードを集めてしまえば、21個のジュエルシードを使ったプレシアが次元断層をあっさり引き起こしてアルハザードへと旅立つだろう。
そしてその場合、地球は巻き込まれて滅びる。
フェレット1匹とデバイス1個が無いだけでそんな行く末が浮かび上がってしまう。
しかも、可能性としてはかなり高いだけに笑えない。
取り合えず、今は警察が現場検証中だから立ち入ることは出来そうにない。
塾に行って一旦時間を置いてからここにきて念のためにレイジングハートが見付からないか探してみよう。
いや、遅い時間になるから懐中電灯がないと無理か。
塾から一度家に帰って、夜中に抜け出すしかない。
色々と絶望的な状況に涙が出てしまいそうだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
5時間後、私は公園に戻って来ていた。
既に警察も現場検証を終えて撤収したらしく、辺りには誰も居ない。
辺りは暗く、足元すら良く見えない。
前世を合わせれば成人を超えているため暗がりを怖がるほど子供ではないが……。
嘘です、ごめんなさい。 これだけ暗いとやっぱり結構怖いです。
しかし、これでレイジングハートが見付からなければ地球崩壊へ直行コースだ。
何としても見付けなければならない。
1時間が経過。
しかし、レイジングハートは見付からない。
2時間が経過。
手足は泥で汚れ、枝に引っ掛けたせいで所々から血が出ている。
3時間が経過。
そもそも警察に回収された可能性と犯人に持ち去られた可能性があるため、ここに100%存在する保証があるわけではない。
そう考えると精神的な疲労が重くなった気がした。
……なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
打算的な事を考えたから罰でも当たったのか。
4時間が経過……。
足元を照らしながらひたすら歩きまわったが、一向に見付からない。
「あ~もう! 一体どこにいったの!?」
自棄になって近くにあった樹を蹴り飛ばしてしまった。
八つ当たりだと分かってはいるが、感情を抑えられなかった。
既に日付が変わる時間となっており、かなり眠い。
肉体的にはあくまで9歳児なのだから、それも当然だろう。
今夜は諦めて明日明るい内に探すことにしようか、そう思って視線と一緒に懐中電灯の先を足元から蹴り飛ばした樹に向けた時、視界の端に一瞬赤い光が映った。
「……あ」
改めてそちらを照らすと、樹の枝にぶら下がっている紅い宝玉が見付かった。
「あった……」
何時間も探していたものを見付けたが、信じられずに呆然としてしまう。
既に諦めかけていたのだから、それも仕方ないだろう。
そもそも、何故こんなところにぶら下がっているのだろう?
枝も細いし誰かが意図的にぶら下げたと言うよりは偶々引っ掛かっていた様だ。
とは言え、襲われたユーノが手放した結果で引っ掛かる程低くもない。
考え付く所としては誰かが放り捨てた時に引っ掛かったといったところだが、そうだとすると有力なのは犯人だ。
しかし、重要なアイテムであるレイジングハートを放り捨てる転生者が居るだろうか。
まぁ、考えていても仕方ない。
何が起こったかはレイジングハートに聞けば判明するだろう。
そう思って手を伸ばし宝玉を掴む私だが、その時異常に気付く。
「このヒビは……?」
そう、レイジングハートは所々ヒビが入っており弱弱しく明滅していた。
取り合えず、修復しないことには話を聞くことも出来そうにない。
私はデバイスの修復など出来ないが、レイジングハートには自己修復機能があったはず。
魔力さえ籠めれば、ある程度の傷は自身で修復してくれるだろう。
契約は結ばずとも魔力を流すだけなら可能だ。
傷付いているレイジングハートにこれ以上損壊を与えないよう、慎重に握りながら魔力を流し込む。
≪Thank you≫
レイジングハートがお礼を言って修復を開始する。
しかし、そこまで大きな傷ではないとは言え数分で直るものでもなく、しばらく掛かりそうだ。
このまま家に帰って寝て、話は明日と言うことになりそうだ。
そう思いながら、私は帰路に付いた。
なお、夜中に抜け出したことはなのは以外の家族全員にしっかりとバレており、家に帰るなり大目玉を喰らう羽目になった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、学校から家に帰ってくるなり部屋に入って鍵を閉めた。
勉強机の引出しにしまっておいたレイジングハートを取り出すと、どうやら修復が完了していたらしくヒビ一つない状態に戻っていた。
「はじめまして。私の名前は高町まどか。
貴方はAIが積まれてるんでしょ?
名前を教えて貰える?」
勿論、彼女の名前を知ってはいるが、いきなり呼んでは色々と誤解を受ける可能性があるため、正式なステップを踏んでおく。
≪Hello,Madoka. My name is Raising Heart. Nice to meet you.≫
「レイジングハートね、よろしく。
それで、レイジングハート。 昨日の夜、あの森で何が起こったのか教えてくれる?
茶色い髪の男の子が黒い獣と戦っていた所は夢で見たけど、それ以降は分からないのよ」
取り合えず、一番気になっていることを聞く。
まずはユーノを殺した相手の情報を得ないと何をすることも出来ない。
≪I see.≫
レイジングハートは了承すると、空間ディスプレイを表示し始めた。
どうやら、その時の様子を録画しているらしい。ビジュアルで確認出来るのは非常に有難い。
暗い森の中、ユーノが封印魔法を使用してジュエルシードの暴走体を迎え撃つ。
しかし、魔力が足りないのか封印し切ることが出来ず、暴走体はそのまま身体を引き摺る様にして逃走する。
「逃がしちゃった……追いかけ……なきゃ……」
しかし、ユーノは力尽きてしまったらしくその場に倒れる込む。
そして翠色の光を放ちながらその姿をフェレットの容に変えていく。
レイジングハートはユーノのすぐ傍の草むらに落ちたらしく、その一部始終を間近で映し出している。
「誰か僕の声を聞いて……力を貸して……魔法のち」
そこまで言った時、突然黒い壁が付き立ち、グシャっという音と共にフェレットになったユーノの頭が潰された。
いや、アップになっていたせいで見え辛かったが、どうやらこの黒い壁は人の足だ。
何者かが踏み潰したのだ。
「ひ……っ!?」
その様子をクッキリと見てしまった私は思わずくぐもった悲鳴を上げてしまう。
頭を踏み潰されて息絶えたユーノはそのせいで変身魔法が解けたらしく人間の姿に戻った……頭部を潰された状態のまま。
「う……うぷ……!」
その光景に吐き気を堪え切れなくなり、口元を押さえたまま部屋を飛び出しトイレに駆け込む。
「おげぇぇぇええええ……っ!」
そのまま便器に向かって吐いた。
ユーノが殺される場面を見ることは覚悟していたが、まさかあんな残酷な映像を見ることになるとは思ってなかった。
しばらく吐き続けて胃の中の物を全て出してしまい、ようやく吐き気が収まった。
洗面所で手を洗ってから口の中を何度もゆすいで落ち着いた。
部屋に戻るとレイジングハートは映像を止めて居た。
その静止画がスプラッタな映像ではなく森の様子なのは気を遣ってくれたのだろうか。
「ごめんなさい、レイジングハート。 続きを見せて貰える?」
≪No problem.≫
そして、映像の続きが再生される。
「へぇ、くたばると人間に戻んのか」
白い髪に赤い瞳、黒い軍服を纏った男がそこに立っていた。
男は屈んでこちらに手を伸ばしてくる。
レイジングハートを拾ったらしく、画面にはユーノを踏み潰した男の顔が大写しになる。
白いのは髪だけではなく、その肌も異様なほど白く病的な印象を受けた。
端正な顔立ちだが、それ以上に感じる野生の獣のような雰囲気に映像越しだと言うのに背筋が凍った。
「さ、出しな」
≪…………………………。≫
レイジングハートに何かを出せと男が命じるが、レイジングハートは応えない。
「ジュエルシードとかいう宝石だ、中に入ってんだろ? さっさと出しやがれ」
≪…………………………。≫
ジュエルシード目当て!?
ユーノを殺したのもそのため?
そもそも、この男は転生者なのだろうか。
「チッ、壊して取り出したっていいんだぜ? こんな風によ」
無視を続けるレイジングハートに苛立ったのか、男が親指と中指でレイジングハートを摘まむと力を籠める。
ピシッと言う音と共に画面にヒビが入り、映像にノイズが走る。
≪…………………………Put out.≫
男の本気を悟ったのか、レイジングハートが格納領域のジュエルシードを取り出す。
「ハッ、それでいいんだよ」
男は嘲笑うと放出されたジュエルシードを掴み取り、そしてレイジングハートを無造作に放り捨てた。
投げ捨てられたレイジングハートは数メートル飛ぶと樹の枝に引っ掛かって止まる。
角度の問題か映像には男の姿は見えず、また損傷のせいかノイズも段々と大きくなってくる。
「ベイ~、そっちはどうだった~?」
その時、第三者の声がその場に響いた。
姿は見えないが、声の感じからして若い少女のものに思える。
「おぉ、こっちも手に入れたぜ、マレウス。
1個しかなかったけどよ」
「まぁ、この世界に来たばっかみたいだし、仕様が無いんじゃない?
いきなり2個手に入っただけでも十分幸先いいでしょ」
「だな。気ぃ取り直して次を探すとするか」
映像はそこで途切れた。
最悪だ。
ジュエルシード狙いで人の命を奪っても気にも留めない危険人物が最低2人。
ベイと呼ばれていた男とマレウスと呼ばれていた少女、彼らの会話から察するに積極的にジュエルシードを集めて回るつもりらしい。
私やなのはがジュエルシード集めに参加したら鉢合わせになる可能性が非常に高い。
それにしても彼らは2人とも転生者なのだろうか。
一応、ルール上は2人までであれば同時に生き残る可能性があるため、2人で組むことは選択肢としてないわけではない。
状況的にも両者とも転生者であるというのが一番可能性が高いが、少なくとも先程の映像においてはそうと断定できる発言は無かった。
いや、転生者であろうとなかろうと危険な存在には変わりない。
この街で起こる事件の危険度が跳ね上がったことを感じながら、今後のことを考える。
ユーノが居らずレイジングハートがここにある以上、なのはを魔法に引き合わせるのであれば私が何らかの行動をしなければならないわけだが、先程の映像を見てその選択を本当に取って良いのか迷ってしまった。
正史においてなのはが主人公なのだから魔法の力に目覚めない選択肢など考えていなかったが、あんな危険人物達が関与していることを考えると、そんな所に大切な妹を巻き込んでいいのかと思ってしまう。
「お姉ちゃん?」
「───っ!?」
そんな思考に没頭していたところ、部屋の入り口から聞き覚えのある声が掛けられる。
意表を突かれて驚愕しながらも振り返ると、部屋の扉を少し開きそこからなのはが顔を覗かせていた。
しまった、さっきトイレで吐いた後に鍵を閉め忘れてた!?
「あ、その、トイレに駆け込んでたりしたから大丈夫かなって思って……あの……それ、何?」
なのはが指を差した先にあるのは空間ディスプレイを表示しているレイジングハート。
ぐ……ダメだ。完全に見られた。誤魔化せない。
まだなのはを関わらせるべきか悩んでいる最中だったが、少なくとも魔法については話すしかなさそうだ。
魔法の事だけを話してジュエルシードの事は伏せておくか?
しかし、それにはレイジングハートと口裏を合わせておく必要があるが、そんな隙はなさそうだ。
矢張りダメなのか。関わらせるしかないのか……。
【Side 高町なのは】
「私も手伝うの」
突然部屋から飛び出してトイレに駆け込んだりしていたお姉ちゃんの様子が気になってドアから覗き込んで見ると、机に置かれた赤い玉から空中に映像が映し出されている不思議な光景が広がっていた。
私が声を掛けるとお姉ちゃんは驚いていたけど、何度も聞いたら渋々と話してくれた。
あの赤い玉は魔法の道具で、ジュエルシードっていう危険な宝石を探しに来た人が落としたものを拾ったんだって。探しに来た人は怪我をして動けない状態なので、代わりに誰かがその宝石を集めなきゃいけないんだけど、魔法の才能がないとダメなんだって。
で、ビックリ。
お姉ちゃんと私には魔法の凄い才能があるって赤い玉──レイジングハートっていうみたい──が教えてくれた。
お姉ちゃんは自分だけで探すつもりだったらしいけれど、私も誰かの役に立てるならお手伝いしたい。
「さっきも言ったでしょ?
ジュエルシード自体も危ないけれど、それを狙う悪者が居るって。
危ないから、なのはは家に居なさい」
「……やだ」
「え?」
「やだ! 危ないのはお姉ちゃんだって一緒なの!
それに2人の方が探すのも楽になるの。
役に立てる力があるなら、私は手伝いたい」
ずっと思ってた。
私には取り柄が無くて、誰の役にも立てないって。
そんな私に特別な力があって誰かの役に立てるなら、私はそれを無駄にしたくはない。
しかし、そんな私のお願いにもお姉ちゃんは首を振る。
「やっぱり、だめよ」
「どうして!?」
「どうしてって、さっきも言った通り危ないからよ」
ムカッとした私は思わずお姉ちゃんの髪に掴み掛かった。
大人に言われるなら分かるけれど、同い年のお姉ちゃんが良くて私が駄目な理由が分からない。
「ちょ!? 痛い、痛いってば!」
髪を引っ張る私にお姉ちゃんは私の顔を押し退けようと手を突き出してきた。
そのまま引っ掻いたり抓ったりとしばらく取っ組み合いになったが、結局お姉ちゃんが折れて私はジュエルシード探しを手伝えることになった。
レイジングハートは私が使っていいって、お姉ちゃんが身体強化と防御魔法の術式だけ確認してから渡してくれた。
そっか……要らないんだ……。
(後書き)
大方の予想と期待を裏切り、円環の理とは無関係でした。
なら何故「まどか」か。
「なのは」と同じ平仮名3文字で母音も同一、姉妹の名付けとしてそんなに不自然ではないと思うのです。
あ、バーボンハウスの入り口開けておきます。
チートな能力よりも人脈優先の選択をしたまどかさん、計算高さのせいか微妙に腹黒キャラっぽくなってしまった……。
なお、
そして、ユーノ……。
原作キャラ死亡ありのタグの犠牲となってしまいました。
一応念のために言っておくと、私は別に彼が嫌いなわけでも悪意があるわけでもありません。
ただ、吸血鬼や魔女の狩場になっている海鳴市で無差別念話は迂闊過ぎました。
加えて、何故わざわざ小動物になったのか……。
ちなみに、彼がこの扱いになっているのは「要らない子」だからではなく、むしろ逆です。
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12:魔法少女と正義の味方
【side 高町まどか】溢れるパワー・無敵の勇気(nanoha)
I am the bone of my sword.
身体は剣で出来ている
Steel is my body, and fire is my blood.
血潮は鉄で 心は硝子
I have created over a thousand blades.
幾度の戦場を越えてなお 不敗
Unknown to Death.
ただ一度の敗走もなく
Nor known to Life.
ただの一度も理解はされない
Have withstood pain to create many weapons.
その男は一人剣の丘で勝利に酔う
Yet, those hands will never hold anything.
故にその生涯に意味はなく
So as I pray, unlimited blade works.
その身体はきっと無限の剣で出来ていた
【side 松田優介】
俺の名前は松田優介。前世の名前は衛宮士郎。その前の名前は忘れてしまった。
転生者同士の戦争『ラグナロク』のコマに選ばれ、アーチャーのカードを選んで「無限の剣製」を特典として望んだ。
チートな能力と原作知識を駆使してリリカルなのはの世界でハーレムを……そんなことを思って浮かれていた。
どうせこの世界の人間はアニメのキャラクターなんだからオリ主の俺は好きにする権利がある……そう思っていた。
……第四次聖杯戦争で冬木の大火災に巻き込まれるまでは。
同じ日本だから気付いていなかったが、俺が転生した世界はリリカルなのはの世界ではなくFateの世界だった。
後から知ったが、特典に選んだ「無限の剣製」を習得するために準備転生として送り込まれたのだ。
自分の住んでいる町が冬木市であることも、名字は違えど名前が士郎であることも、選んだ特典に合わせて与えられたサービスみたいなものだと思っていた。
日本地図に海鳴市が見付からなかったのも、単なる見落としだと思っていた。
Fateの世界とリリカルなのはの世界、どちらの世界も元の世界から見ればフィクションの世界だ。
でも、例えフィクションの世界であっても、そこに生きている人達は確固とした人間だ。
そんな当たり前のことを、目の前で多くの人が焼け死ぬまで気付けなかった。
猛火に焙られ、呻きや断末魔を聞き、肉の焦げる嫌な臭いを嗅ぎ、声を挙げることも出来ずに呆然と立ち尽くして、漸く気付いた。
俺は……馬鹿だった。
生きる価値なんてない大馬鹿野郎だ。
人を人と思わぬ下衆なのに、そんな俺だけが生き残ってしまった。
正史通り衛宮切継に助けられ、命を繋いだ。
本来の衛宮士郎はその時の安堵した切継の顔に憧れ、自分もそうなりたいと願ったから正義の味方になることを目指した。
しかし、俺はそんな風には思えなかった。
俺みたいな屑を助けるくらいならその分他の人を助ければいいのに……そう思った。
それでも俺は正義の味方を目指した。
助かるべきではない俺が助かり、他の助かるべき人達が死んでしまった。
ならばこの命は誰かを助ける為に使わなければならない、そうだろう?
俺は正義の味方になりたいわけではない、正義の味方にならなければ許されないだけだ。
第五次聖杯戦争では最初からセイバーを召喚した。
魔術回路は決して多くは無いが、最初から自覚して全ての回路を使用出来るし、正規の手段で召喚を行ったためにパスもきちんと繋がっている。
学校の校庭でアーチャーとランサーが戦闘しているところを横からエクスカリバーで薙ぎ払わせた。
セイバーはかなり不満そうではあったが、これは決闘ではなく戦争だと言って何とか納得させた。
バーサーカーは真っ向勝負で倒すのは難しいため、セイバーに足止めさせた上でイリヤスフィールを投影したゲイボルグで狙い撃ちした。真名解放こそしなかったため心臓には当たらなかったものの、彼女の命を奪うには十分だった。
ライダーは間桐邸ごとエクスカリバーで吹き飛ばし、アサシンも柳洞寺の山門と運命を共にして貰った。
キャスターはセイバーの抗魔力があれば敵ではない。
イリヤスフィールや間桐桜の命を奪うのは心が痛んだが、彼女らは聖杯となり得る器でありこの世総ての悪が生み出す可能性を考えれば他に選択肢は無かった。
イリヤスフィールの心臓が聖杯と化し、孔が開き始める。
そんな光景を背に、黄金の英雄王が降臨する。
バーサーカー以上に真っ向勝負で倒すのが難しい相手だが、セイバーと俺が揃っている状態であれば話は別だ。
セイバーに守りに徹しさせて時間を稼いでいる間に詠唱を終え、令呪1画をサーヴァントへの命令ではなく純粋魔力に変えて「無限の剣製」を解放する。
ゲートオブバビロンによる宝具の雨を贋作で迎え撃つ間にセイバーを吶喊させる。
乖離剣を抜かせる間など当然与えはしない。
接近戦になれば英雄王はアーチャー程には戦えないため、10合もしない内に決着が着いた。
「無限の剣製」が砕け、元の空間に戻る。
孔から溢れ始めていたこの世総ての悪をセイバーに令呪2画を用いて聖杯ごとエクスカリバーで吹き飛ばさせる。
説明をしていなかったため、怨嗟の声を上げながらセイバーは消滅した。
第五次聖杯戦争は最小限の被害でその幕を下ろしたのだ。
その直後、俺は背後から刺された。
「lasst!」
続けて放たれたその言葉で左胸を刺した剣から魔力が放出され、俺は心臓を抉り取られた。
地面にうつ伏せに倒れ伏す俺の視界に俺を刺した遠坂が入る。
アーチャーとランサーは倒した時には巻き込まない様にさせたため、生きていたことには驚かない。
しかし何故俺を……そう思ったが、よくよく考えれば当然か。
聖杯を確実に破壊するためだったとは言え、間桐桜を殺した俺は彼女にとっては妹の仇に当たるわけだ。
俺は既に心臓を失っているため、あと1分も持たずに死ぬだろう。
本来であれば10年前に死ぬべきだったのだから、別に悔いは無い。
ただ、妹の仇を取った筈なのに泣きそうな顔をしている遠坂のことが気になった。
「気に……するな」
俺の言葉に遠坂はハッとなるとこちらを睨み、叫ぶ。
「何で、何であんたは!」
何で、か。
そうしなければならなかったからなんだが、それを説明している時間も無さそうだ。
そうして俺は、そのまま何も話せずに息絶えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺を転生させた神様と邂逅し、再度転生する。
こんどはリリカル世界で間違いなく、隣の県に海鳴市も存在した。
以前の俺なら歓喜しているところだが、今の俺に感動は無い。
こうして生まれた以上、俺は正義の味方として人を助けなければならない。
幸いにして、魔術回路の機能に不備は無い。
この世界には災厄や悲劇が多い。
全てを救えるなどと思い上がってはいないが、俺の命が続く限り1人でも多くの人を救おう。
『ラグナロク』の件もあるが、そちらは後回しだ。
元より、俺に誰かを殺してまで生き延びるだけの価値は無い。
ジュエルシードが海鳴市に落ちる正確な日付を知らないため、頃合いを見計らって何度も往復することになった。
今の俺は9歳児なので、隣の県まで出向くのは簡単ではない。
物心が付いてから貯めたなけなしのお年玉を削って交通費としているが、一ヶ月往復したら無くなってしまう程度しか余裕はない。
最初の2回は空振りだったが、3回目の往復で帰る途中にユーノの念話を受信することが出来た。
正史ではなのはが夢で見る形になっていたが、起きていたら今の俺と同じ様に念話として聞けていたのだろう。
何れにしても、この念話が発された以上は明晩に動物病院が暴走体に襲われる筈だ。
確か槙原動物病院と言う名前だったから事前に調べて待機しよう。
なのはとユーノを手伝って、少しでも被害が小さくなるようにしよう。そして、今後の協力も約束すればいい。
そう思って終電間際まで待機していたが、一向にジュエルシードの暴走体は現れなかった。
「……なんでさ」
仕方なく諦めて家に帰ることにした。
家に帰ってから何気なしに親父の新聞を見ると、海鳴市での猟奇殺人事件が記事に書かれていた。
民族衣装を着た10歳前後の少年が頭を潰されて公園で死亡していたとされている。
「……………………は?」
民族衣装? 10歳前後の少年? 海鳴市の公園?
あらゆる特徴が符合する、どう考えても殺されたのはユーノとしか思えない。
理解出来ない。何でユーノが殺されているんだ。
それに一体誰が……まさか、他の転生者の仕業か?
「それしか考えられないな」
この世界の人間ですらないユーノ・スクライアに殺されなければならないような利害関係は無い筈だ。
ジュエルシードの暴走体との戦闘で死亡した可能性も無くはないが、獣の様な暴走体に殺されたのなら「殺人事件」として扱われる様な状態になるとは思えない。
それにしても、これからどうしたものか。
ユーノが死んでしまったとしたら、なのはは魔法の力に覚醒しない。
そうしたら、海鳴市に落ちたジュエルシードはどうなる?
しばらくしたらフェイトが海鳴市に来て集め始めるだろうが、それまでにどれだけの被害が齎されることか。
それに、フェイトが手に入れると言うことは最終的にプレシアの手に渡ることを意味する。
地球への被害など考えずに次元断層を生み出そうとするプレシアに、そんな危険物を渡すわけにはいかない。
「やっぱり、俺が集めないと……」
交通費が少々厳しいが、放課後や休日は海鳴市に行きジュエルシードを探そう。
少しでも被害を減らすために、俺がやらないと……。
【side 高町まどか】
「ど、どうしたの? 2人とも……」
レイジングハートからユーノに起きた悲劇を見せられた翌日、登校する私となのはに対してアリサからそんな言葉が投げ掛けられた。
その隣ですずかも呆然としている。
まぁ、2人とも顔に幾つも絆創膏を貼っているから無理もない。
2人して顔を傷だらけにしている理由は、昨日のジュエルシード探しに関わりたいなのはと関わらせたくない私の押し問答が取っ組み合いの喧嘩に発展したからだ。
最終的に頑固ななのはに根負けする形で一緒にジュエルシード探しをすることになってしまったが。
ちなみに、喧嘩したことは当然の様に家族にもバレてしまったけど、理由を話せなかったので適当に誤魔化すしかなかった。
「ちょっと意見の食い違いで喧嘩しただけよ」
「あ、うん。そうなの」
苦笑しながらアリサとすずかにも同じように誤魔化すことにする。
「ふ~ん、普段べったりのあんたたちが喧嘩するなんてね」
「確かに、珍しいよね」
確かに、なのはは私にべったりの状態だったので、今まで喧嘩らしい喧嘩はしたことがない。
アリサやすずかが珍しいと感じるのも無理はない。
「で、喧嘩の理由は何なの?」
う、やっぱり聞かれるわよね、それ。
「プライベートなことなので黙秘します」
「も、もくひします」
「………………………………」
「………………………………」
黙秘権を行使する私に、ひらがなっぽい口調でなのはが続く。絶対意味分からないまま言ってるわね、あれ。
2人からジト目で見られて、私もなのはも冷や汗を掻きながら明後日の方向を向く。
「はぁ、まあいいわよ。聞かなきゃいいんでしょ。
それで、もう喧嘩は収まったってことでいいのよね」
良かった、諦めてくれた。
隠し事をされることを嫌がるアリサだが、面と向かって言いたくないと言ったことを無理に聞き出そうとする娘じゃない。
「ええ、頑固ななのはに私が折れた形だけど」
「お、お姉ちゃん!?」
「事実でしょうが」
昨日のなのはは本当にしつこかった。
何度ダメだと言っても、私も手伝うの一点張り。
ちなみに、喧嘩も手を出してきたのはなのはの方。
いきなり引っ叩かれたので、私もついついムキになってやり返してしまった。
勿論、御神流を2年程とは言え学んでいる私が本気でやり合えばなのはに大怪我をさせてしまいかねないため、当然ながらかなり手加減をしなければならなかった。
しかし、こっちは下手に傷付けないように苦労しているのに、なのはの方は何の遠慮もなく本気で叩いてくるものだから結果的に互角になってしまった。
なお、喧嘩の後に私となのはは父さんや母さん、兄さん、姉さん……つまり家族全員から怒られたが、御神流を学んでいる私はなのはが解放されてからも父さんや兄さんからお説教の延長戦が待っていた。
理不尽だ。
「あはは、なのはは頑固だもんね」
「ふふふ」
「ひ、ひどいよ~」
笑う2人になのはが涙目になって抗議するその姿を横目に、私は今後のことを考える。
正史通りであれば、数日中に神社で子犬を取り込んだジュエルシードの暴走体が出現する筈。
ユーノが初っ端から死亡しており正史通りの展開など既に期待が出来ないが、少なくともジュエルシードに関してはユーノが殺される前に落下しているから影響は無いだろう。
気になるのはユーノを殺した2人組だが、何も情報が無い以上は避けようが無いし、遭遇しない様に気を付けながらジュエルシード探しを進める他ないだろう。
彼らもジュエルシードを探している以上はいずれ接触は避けられないが、だからこそ場所の分かっているジュエルシードは確実に押さえておきたい。
何せ、本来なのはが手にしていた筈の2個が既に彼らの手に落ちているのだから、これ以上奪われることは何としても避けたい。
取り合えず、今日の放課後はなのはを誘って神社に行こう。
ジュエルシードがあれば良し、無ければ無いで神社の境内で魔法の練習をしよう。
あまり人が居ない場所だったと思うから、丁度いい。
なのははレイジングハートがあるからある程度はプロテクションで防げる。
一方私はデバイスも無ければバリアジャケットも展開出来ないので下手をすれば暴走体の突進だけで死にかねない。
最低限、身体強化魔法と防御魔法を使いこなせなければまともに戦えない。
一応、レイジングハートに登録されていた術式は幾つか見せて貰ったが、なのはと同等の演算能力のためか一度で覚えられたし、使用も問題なさそうだと思う。
しかし、見ただけで一度も使っていないため流石にぶっつけ本番は避けたい。
「……と思ってたこともありました」
神社の境内へ向かう階段を駆け上がりながら、呟く。
神社に向かう途中で何かが弾ける様なそんな感覚がしたため、ジュエルシードの暴走が始まったと確信する。
正確な場所は分からないが、向かっていた方向のためおそらく神社のジュエルシードで間違い無いだろう。
ちなみに、なのはに走るペースを合わせなければならないため、私からすると結構余裕のあるスピードだったりする。
階段の頂点が近付いてきたところで、なのはに指示をだす。
「なのは! レイジングハートを起動して、バリアジャケットを展開して!」
「えぇ!? 起動ってどうやるの?」
そんな言葉を返してくるなのは。
そう言えば、動物病院の件が無かったため、これが初起動になるんだった。
「『レイジングハート、セットアップ』とか言えば、後はレイジングハートがやってくれるでしょ。
レイジングハート、起動パスワード無しでも大丈夫よね?」
我、使命を受けし者なり……なんてやってる暇はないので、そうでないと困る。
そもそも、暗記なんてしてないので、必要だと言われた時点でアウトだ。
まぁ、起動パスワードなんて他のデバイスは誰もいちいち言っていなかったと思うので、本来は不要なのではないか。
レイジングハートだって必要なのは初回だけだった筈だし。
≪…………No problem.≫
微妙に回答までに時間があったのが気になるが、大丈夫なようだ。
「じゃ、じゃあ……レイジングハート、セットアップ!」
≪Stand by Ready……Set Up.≫
なのはの掛け声と共に掲げられたレイジングハートが光を発し、同時になのはから桃色の強い光が立ち昇る。
やはり、なのはの才能は本物だ。AAAランクの魔力量に、改めてそう感じる。
双子だから私も魔力量としては同じだったりするけど。
……て、ちょっと待った。
光が立ち昇るだけで一向にセットアップが始まらないんですけど。
もしかして、初回起動だから杖とバリアジャケットのデザインを設定しないといけないの!?
当然、そんな目立つことをしているなのはに暴走体が気付かない筈もなく、巨大な狼の様な姿をした暴走体がこちらを睨んで唸り声を上げながら、こちらに突進してくる。
「Gaaahhhーーーーー!!!」
く、ダメだ。間に合わない。
変身中は攻撃しないのがお約束でしょうが!と思うが、アニメの中なら兎も角現実ではそんな都合は汲んでくれない。
ぶっつけ本番は避けたかったが仕方が無い、か。
脇にある藪から木刀代わりに使えそうなサイズの木の枝を拾って正眼に構える。
精神を集中し、昨日レイジングハートに見せて貰った身体強化魔法を発動させる。
発動は成功し、身体が軽くなった様に感じる。
「なのは! 時間を稼ぐからその間にセットアップを済ませて!」
「そんな!? 危ないよ、お姉ちゃん!
それに、セットアップってどうすればいいの!?」
答える前に突進してくる暴走体に向かってこちらも吶喊する。
鋭い牙で噛み付きを仕掛けてくるが、強化した脚力で直前で横に跳びながら手にした簡易木刀で横薙ぎに胴体を打ちすえる。
数百kgはありそうな巨体だが、予想以上に威力があったらしく横に吹き飛ばすことに成功する。
しかし、同時に私が持っていた木の枝も木端微塵に砕け散ってしまう。
暴走体は大したダメージもなく身を起こすが、こちらを睨みながら警戒して唸っている。
出来ればこのまま警戒して動かないでいて欲しい。
木刀代わりの枝が無くなってしまったため、もう一度突進を受けると防げる保証が無い。
新しい枝を拾ってくる程のヒマも与えては貰えないだろう。
来るなよ~と内心思って睨みあいながら、なのはに追加のアドバイスを送る。
「魔法を制御する杖と身を守る防御服をイメージするのよ!」
「そ、そんな……急に言われても……えーと、えーと……取り合えずこれで!」
気の抜ける台詞だがイメージは正しく出来たらしく、レイジングハートが杖に形に変形し、なのはの服が聖祥の制服に似たバリアジャケットへと変わる。
が、同時に暴走体が本能的に脅威を感じたのか矛先をなのはに変えて襲いかかる。
「Guahhhーーーーー!!!」
「ひ!?」
突然襲いかかってきた暴走体に、なのはは恐怖でその場に立ち尽くす。
意表を突かれたせいで私も咄嗟に動くことが出来ずに、出遅れてしまう。
「なのはーーーっ!?」
「────
そんな言葉と共に、へたり込むなのはの前に現れた赤毛の少年が黒と白の双剣を交差させて暴走体の突進を防いだ。
私達と同じくらいの年齢に見えるその少年は、暴走体の勢いに圧されながらも何とか突進を止め、力を籠めて私が居るのと逆の方向に跳ね飛ばした。
あの呪文、それにあの双剣は干将と莫耶……この世界には存在しない筈の能力、間違いなく転生者だ。
咄嗟に目を凝らして情報を読み取る。
松田優介……レベルは31!? Sランク並みじゃない!
転生者と言う時点で敵対する可能性が非常に高いが、少なくとも彼はなのはを庇ったので私は兎も角としてなのはとは敵対する気が無いことは間違いない。
ならば、なのはの姉妹である私もいきなり敵対される可能性は低い……と思いたい。
どのみち、今はジュエルシードが優先だ。
私は彼の横に並びながら話しかける。
「悪いけど、私にも剣を作ってくれないかしら。 出来れば日本刀で」
彼はいきなり隣に並んだ私に、と言うか私の顔に驚いた様子で問い掛けてくる。
「君は……!? な、なのはが2人?
ええと、刀だよな……
「ありがとう」
お礼を言いながら、投影された刀を受け取る。
ってこれ、教科書で見たことあるんですけど。
確か童子切安綱……天下五剣の一本で国宝じゃない!?
ま、まぁ良い刀である分には害はないからいいけど。
「なのは、早く立ちなさい。
私と彼がアイツを抑えるからその間に封印魔法を使ってジュエルシードを封印して」
「ええ!? 封印魔法って、そんな突然言われても!」
「心を澄まして、浮かんでくる呪文を唱えなさい。
大丈夫、あなたなら出来る筈だから」
「お姉ちゃん……分かった、やってみる」
覚悟を決めたなのはに微笑みながら、アーチャー(仮)に話掛ける。
「そう言うわけだから、抑え役一緒にやってくれる?」
「ああ、分かった」
勝手に決めるな、とか言われるかとも思ったけど、あっさり了解されて拍子抜けする。
「1、2の3で同時に行くわよ! 1、2の」
「「3!!!」」」
2人で声を合わせながら、暴走体に向かって左右から走り込む。
全く同時に飛び掛かった私達に、暴走体は虚を突かれたのか動きを止める。
その隙に彼は右から、私は左から、それぞれ暴走体に斬り付ける。
「Gyaahhhーーーーー!!!」
傷付けられた痛みに暴走体が怯み、叫びを上げながら後ろに下がろうとする。
「今よ、なのは!」「今だ!」
私と転生者の彼は左右に分かれて道を開けながら、なのはに合図を送る。
なのははレイジングハートを突き出し、封印魔法を発動させる。
「リリカルマジカル! ジュエルシード……シリアル16、封印!」
≪Sealing.≫
レイジングハートからピンク色の紐状の光が幾つも伸び、暴走体を包み込む。
暴走体の額にジュエルシードのシリアル番号が浮き出て、そして光と共に暴走体は姿を消した。
後に残っていたのは宙に浮かぶ蒼い宝石と倒れ伏す小さな子犬が一匹のみ。
「なのは、レイジングハートでジュエルシードに触れて」
「分かったの」
なのはがかざしたレイジングハートのコア部分に封印されたジュエルシードが格納される。
「ほっ……」「にゃ~……」「ふぅ……」
ひと段落着き三者三様の溜息を漏らす。
しかし、これからもう1つこなさなければいけない……目の前の転生者である彼との話し合いだ。
「さて、自己紹介とか聞きたいこと話したいことと色々あるけど……取り合えずまずは場所を変えない?
ここは危険だから」
「危険ってどういうことさ。
取り合えず、俺はこの街の事はあまり良く知らないから場所はそっちで決めてくれ」
「分かったわ。近くに公園があるから、そこに移動しましょう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「え~と、高町なのはです。私立聖祥大付属小学校の3年生です」
「同じく高町まどか。見て分かると思うけど、なのはの双子の姉よ」
「松田優介だ。隣の県に住んでるけど、君たちと同じ3年生だ」
公園へと場所を移し、まずはそれぞれ自己紹介を行う。
「って、隣の県からわざわざ来たの?」
「ああ、助けてって言う念話を受信したから、放課後にこの街に来て色々探し回ってたんだ」
正史のことを抜きに話そうとするとそう言う理由になるのは分かるが、彼の調子だと仮にそれが無くても頼まれたら同じことをしそうだ。
「それだけで?」
「それだけって……助けてって頼まれたら助けるだろ?」
至極当然の様に返されて思わず絶句してしまう。
「俺は正義の味方を目指しているから」
「正義の味方……」
なのはが感動した様に目をキラキラさせている。
それにしても正義の味方……本気で言っているのかしら。
それとも、Fateの衛宮士郎に成り切っている?
でも、彼の雰囲気は演技している様にはとても見えないけど……少し試してみようかな。
「正義の味方、ね。
なら、私達が助けてって言ったら助けてくれるの?」
「ああ、勿論助けるさ」
またもや至極当然の様に即答されて再度絶句してしまう。
純心な2人に挟まれていると、自分の心が酷く汚れたように感じてしまう。
打算的な女でごめんなさい。
取り合えず、彼ともう少し踏み込んだ話をしたい。
転生者や『ラグナロク』のことはなのはには話せないから、先に帰って貰うしかないな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ふう、疲れた」
30分後、ごねるなのはを何とか宥めすかし、半分脅しも混ぜながら帰らせることに成功した私はため息を1つ付く。
それにしても、何であんなに強硬に反発したんだろ。
「良かったのか? なんか半泣きになってたけど」
「あまり良くないけど、仕方ないでしょ。
転生者のことを話すわけにはいかないんだから」
そう言うと、彼の目が真剣なものになり、こちらを真っ直ぐに見据えてくる。
しかし、そこには敵意の様なものは感じられなかった。
「そういうからにはやっぱり君は……」
「お察しの通り、転生者よ。まぁ、正史に居なかったなのはの双子の姉妹が居たら丸分かりよね。
で、あなたも転生者なんでしょ?」
そう、私の存在自体が見る者が見れば転生者だと丸分かりの環境だ。
それ自体には隠すだけの価値がない。
「ああ、俺も転生者だよ」
彼も隠すつもりは無かったらしく、あっさりと肯定する。
まぁ、彼の場合はその能力が有名過ぎて矢張り隠す意味があまり無いから当然か。
さて、正念場はここからだ。
「それで……単刀直入に聞きたいんだけど、あなたと私の間に敵対しない道を選ぶ余地はあるかしら?」
『ラグナロク』はバトルロワイヤル、普通に考えれば他の転生者は全て敵だ。
しかし、報酬を諦めれば2人までは生き残る余地があるから、単独優勝を狙っていない相手であれば同盟を結べる可能性はゼロではない。
「敵対って……何でだよ?
俺は最初から高町と戦う気なんて無いぞ」
「………………………………」
あたま痛い。
道理やら理屈やらを無視した回答に頭痛がした。
ま、まぁ敵対する意志が無いならそれでいい……のかな。
「そ、そう……それならいいんだけど。
それで、あなたは何処まで状況を把握しているの?」
「ユーノ・スクライアが殺されたってのは新聞で見た。
それで高町なのはが魔法の力に目覚めないと思ったから、俺がジュエルシードを集めなければいけないと海鳴市に来たらさっきの状況だった」
そう言えば、ユーノの事件は全国紙にも載っていたようね。
被害者が身元不明と言うのと、殺され方が特殊だから注目されたみたい。
「成程ね。私はユーノが殺された公園で探し回ってレイジングハートを何とか見付けたの。
なのはに渡すかどうかは迷ったんだけど、迷っている間にレイジングハートが空間ディスプレイを写しているところを見られちゃって。
仕方なく魔法とジュエルシードの事を話したら私も手伝うの一点張り……喧嘩した上で最終的にこっちが折れて一緒に探すことになったわ」
説明しているうちにここ数日の苦労を思い出して、思わずため息が出てしまう。
「ユーノを殺したのは誰なんだ?」
「レイジングハートに映像があったから顔は分かるけど、何者かは分からないわ。
殺した理由はジュエルシード目当てだったみたい。
正史で起きていないことが起きている以上、転生者の可能性が高いんだけど……」
そこまで言って言い淀んでしまう。
「何か気になることがあるのか?」
そう、言い淀んだのは違和感を感じていたからだ。
「奴らがレイジングハートを放置していたのが気になってて。
転生者で正史の事を知っていれば、レイジングハートが重要な意味を持っていることは誰でも分かるでしょう?」
そう、正史の知識があればどんなスタンスであれレイジングハートを放置したりしない筈だ。
正史通りになることを望むのであればなのはに渡そうとするだろうし、逆に敵対するのであれば破壊するのが自然だ。
まぁ、正史通りになることを望むのであればユーノを殺したりなんかしない筈だから前者はあり得ないけど。
いずれにしても、彼らは転生者でないか転生者であっても正史の知識を持っていない可能性が考えられる。
「確かに……」
「まぁ、現時点では情報が少な過ぎて良く分からないし、取り得る手段もあまりないわ。
奴らもジュエルシードを集めている以上いずれ接触は避けられないと思うけど、なるべく遭遇しない様に警戒しながらジュエルシード探しをするしかないわね」
「そうだな、俺もそれに賛成だ」
「取り合えず、これからよろしくね。
ああ、そうそう。 高町だとなのはと被るし、仲間になるんだからまどかでいいわよ」
手を差しのべながらそう言うと、彼も笑いながら手を差し出してきた。
「分かった、俺も優介でいい。 これからよろしく」
そう言うと、私達は固く握手をした。
【Side 高町なのは】
「お姉ちゃん達、何話してるんだろう……」
お姉ちゃんに追い返されて、私はトボトボと家に向かって歩いていた。
危ない所を助けてくれた男の子ともっとお話したかったのに……。
あの男の子とお姉ちゃんがどんな話をしているか、何故だか凄く気になった。
「正義の味方、かぁ」
彼は正義の味方を目指しているって言っていた。
その言葉の響きに、凄く心を惹かれる。
きっと困っている人や弱い人を助けたり、悪い人を懲らしめたりするんだろう。
誰かの役に立つことにずっと憧れていた。
少し前までは私には出来ることなんてないと思ってたけど、今の私には魔法の力がある。
この力があれば、誰かの役に立つことが出来る筈だ。
(後書き)
みんな大好き踏み台オレ主。
チートな能力と原作知識で原作キャラハーレムを……あれ?
読めてた展開かも知れませんが、人格改造済で登場でした。
なお、彼の使う投影宝具は聖杯戦争中に戦った相手の持つもの以外はギル様の財宝を見てコピーした原典ベースのため、本家アーチャーとは細部が異なる可能性があります。
<彼の固有結界の中身>
・カリバーン…セイバーとのパスによる夢の中で視認
・干将、莫耶…ランサーと戦闘中のアーチャーが使用しているところを視認
・ローアイアス…ランサーと戦闘中のアーチャーが使用しているところを視認
・ゲイボルグ…アーチャーと戦闘中のランサーが使用しているところを視認
・ヘラクレスの斧剣…バーサーカー戦で視認
・ルールブレイカ―…キャスター戦で視認
・カラドボルグ(偽)…転生後に原典ベースでこつこつ改造
・原典宝具(色々)…ギル様からのお恵み
関係ありませんが、ふと気付くと黒円卓勢が出て来ない話は最初の説明回以来初めてですね。
暫くは平和にリリカルする筈。
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13:遭遇戦
【Side ラインハルト】
「3人目、か」
ゲルマニア第二支部ビルの地下には広大な空間が広がっており、ヴェヴェルスブルグ城の玉座の間を模した空間が存在する。
その玉座に腰掛けながら、海鳴市に散布されたサーチャーの情報を集積した結果を空間ディスプレイに表示し確認する。
そこには高町まどかと邂逅した新たな転生者、松田優介の姿が表示されている。
姿を確認した時点で直ちに彼に関する各種の情報が集められる。
名前、生年月日、住所、家族構成、経歴……およそ情報として集められるものは全て手に入る。
政治、軍事、経済に密接に関わっているゲルマニアグループの情報網を前に、この国において集められない情報などまず存在しない。
「能力は『無限の剣製』……アーチャーのカードを選んだ者か。
至極読み通りの選択で詰まらんな」
『ラグナロク』のルールを聞いた時にアーチャーのカードがキャスターと並んで真っ先に選択されていたことから、既に予想していた内容そのままだった。
「それにしても固有結界か。
ならば、恐らくは準備転生も経験しているはず」
固有結界とは心象風景を具現化する能力、その能力だけを切り離して習得することなど出来ない。
習得するためには衛宮士郎と同じ心象風景を有している必要がある。
私がそうであったように、彼はFate世界に衛宮士郎として放り込まれて衛宮士郎と同じものを見、同じものを感じて生きて死んだのだろう。
集めた情報でも未だこの世界に生まれて9年にも関わらず、まるで取り憑かれたかのように誰かを助ける為に奔走している様が記録されている。
『正義の味方』にならなければならないという強迫観念に囚われている松田優介と、人に迷惑を掛けない『いい子』でなければならないという強迫観念に囚われている高町なのは。
似合いの2人と見るべきか、それとも逆に相性が悪いと見るべきか。
まぁ、そんなことはいい。
無限の剣製を十全に使いこなしているという前提に戦力評価を行おう。
衛宮と同等ならばエクスカリバーは使用出来ないだろうが、それに準ずる宝具までなら複製出来るだろう。
また、憑依経験により近接戦闘については限定条件付きで英霊クラスの戦闘力を発揮出来る。
転生者である以上最低限Aランクのリンカーコアを有しているが、デバイスを所持したり術式に触れたりはしていないため現状では魔法は使用出来ない。
そのため、飛行も不可。
「以上を踏まえての松田優介の戦力評価…………陸戦S~S+。
加齢による成長や鍛錬、この世界の魔法を習得など更なる成長の要素はあるが、それを踏まえても幹部を除いた団員達で十分対処可能なレベルだな」
手を振ると、更に5つの空間ディスプレイが表示される。
しかし、その内3つは映像が表示されずに暗闇が映し出される。
映像が表示されている3つのディスプレイにはそれぞれの上部に被さる様に文字が表示された。
Saber :高町まどか
Archer:松田優介
Caster:テスラ・フレイトライナー
それぞれのディスプレイにはそこに名が掲げられた人物がリアルタイムで表示される。
3人の人間はディスプレイに映し出されていることに気付いている様子は無く、明らかに密かに撮影している監視映像のものと見て取れた。
「高町まどかは松田優介と協力してジュエルシード探し。
テスラ・フレイトライナーはP・T事件に関与する様子はなし」
残りの3人、Rider、Berserker、Assassinは未だ見付からない。
フェイト・テスタロッサに協力しているか、あるいはP・T事件に関与する気が無い可能性もある。
しかし、正史と比較して高町なのはの周囲に戦力が集まり過ぎているな。
仮にフェイト・テスタロッサの陣営に転生者が居ない場合は一方的な展開になることもあり得る。
「まぁ、無理にバランスを取る必要も無い。
騎士団員への指示は当初のまま継続で良かろう」
現在、海鳴市には元々居たクリストフにバビロン、カイン、ヴァルキュリア、レオンハルトに加え、新たにベイ、マレウスの7名が逗留している。
とは言え、元から海鳴に居た5名はそれぞれ表の業務があるため、介入は主にベイとマレウスの2人のみ。
その2人に私が下した命令は至極単純なこと……「ジュエルシードを8個集めよ」というものだ。
それさえ達成すれば敵の生死は問わんし、他にどのような被害が出ても構わない。
まぁ、いきなりユーノ・スクライアを殺してしまうとは思わなかったが、問題はない。
試しに一度ぶつけてみるのも一興か。
「これは前哨戦ですらない、単なる予兆。
この程度で死ぬのならば、最初から参戦の資格など無かったということ」
【Side 高町まどか】
「ええ、基本的には足で探すしかないわね。
ただし、全くのノーヒントというわけでもないわ。
記憶している限りでは、4番目と5番目のジュエルシードは確か学校とプールで発動したと思うわ。
詳しく描写されてなくて、ダイジェストみたいな感じだったからちょっと自信ないけど」
夕食後、部屋で電話越しに夕方にあった彼と今後の方針について打合せを行う。
夕方には細かい部分まで相談出来なかったので、取り合えず携帯電話の番号だけ交換して別れた。
「ヒントがあるだけ先に動けるから、うまくすれば危険人物達が察知する前にジュエルシードを回収してその場を離れられるわ。
神社で現れなかったことを見ると、そこまで感知能力は高くないと思うし」
希望的観測ではあるけれど。
そうでも思わない限り、何も出来ない。
『じゃあ、4番目と5番目のジュエルシードはそれで良いとして……街中に出現する大樹はどうするんだ?』
優介の言葉に、思わず悩む。
6番目は父さんがコーチをしている翠屋JFCの試合の日、キーパーをしている少年が発動させる。
正史ではなのはが気付きながらも見逃してしまい、街に被害を出してしまったことに悔いて決意を新たにする重要な分岐点だ。
それまでは友人の落とし物探しを手伝っていただけのなのはが街を守るために方針を変更することになる。
『先に言っておくけど、俺は止めるつもりだぞ。』
悩んでいる私に、優介が更に自身の決意を表明する。
まぁ、彼の場合はそうだろう。街に被害が出ると分かっていて黙っていられる性格じゃないのは会って間もない私でも分かる。
「ええ、私もそのつもりよ」
『……いいのか?』
彼の念押しも分からなくは無い。
正史を歪ませる選択をして良いのか、と言いたいのだろう。
しかし……
「今更でしょ。
確かに正史では『ユーノの手伝い』から『街の守護』に目的が変わる大事な場面だけど、
この世界ではユーノはなのはに会う前に殺されてしまっているから、なのはの目的は最初から街を守ることよ」
『あ、そっか。』
「ただ、問題は事前に止めるのも難しいってことなのよね。
ジュエルシードが危険ってことも話せないし、その宝石をくれって言っても納得して貰えないと思うんだけど」
いくら拾っただけのものと言っても、いきなりその宝石を寄越せって言われて素直に渡す人間が居るとは思えない。
せめて私達の物であると言えればまだ良いんだけど、そもそもジュエルシードは私達のものじゃないし。
『う……確かにそうだな。』
「まぁ、まだ時間があるから何か良い方法がないか考えてみましょ。
最悪、発動自体を止めるのは諦めて発動したら即封印って手もあるし」
そこまで考えてなかったっていう反応を示す優介に対し、対処方法は保留にしてお互い考えることにする。
発動後に止めるのはかなり強引な手段なので、出来れば最後の手段にしたい。
『そうだな、俺も考えてみるよ。』
「ええ、よろしくね。
さて……方針も纏まったことだし、そろそろ切るわよ。おやすみなさい」
『ああ、おやすみ。』
Sランク相当の転生者が味方に回ってくれることに心強く思いながら、打合せを終えて電話を切る。
ユーノを殺した2人組とやり合うことになっても、なのはも合わせて3対2なら何とかなるかもしれない。
奴らがフェイトと組んでいたりすると流石に厳しいけど、勘だが多分奴らは別口だと思う。
少なくとも正史を見る限りではフェイトは殺人を望む性格ではないから相容れない筈。
この世界での性格が一緒という保証はないが、多分そこまで大きく変わることはない。
「お姉ちゃん?」
つらつらと考え事をしていた私に、聞き覚えのある声が掛けられる。
そもそも、私を姉と呼ぶのは1人しかいないけど。
「なのは?」
部屋の入り口からこちらを覗きこんでいたなのはと目が合う。
? 何だろう。 いつもの明るさが感じられない。
夕方に優介との話をするために追い返したことを根に持っているのだろうか。
「お姉ちゃん……その……誰と電話してたの?」
「今の電話? 今日会った優介と今後のジュエルシード集めの打合せをしていただけよ」
電話していたことが気になっていたのか、そう思って返事をしたがそれを聞いたなのはは更に俯いてしまう。
「…………………………そう…………なんだ…………」
「……なのは?」
その反応に怪訝に思って問い返すが、答えは無かった。
「……ごめんね、変なこと聞いて。
遅いから、私もう寝るね。 おやすみなさい」
「あ、ちょっと……!?」
止める間もなく、扉を閉めて立ち去るなのは。
慌てて追い掛けて扉を開けて廊下に出るが、同時に隣のなのはの部屋の扉が閉められる。
何となく追い掛けても無駄な予感がした為、諦めて部屋に戻る。
「何なのかしら……?」
考えても分からないため保留にし、眠ることにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「で、結局いい案は出ないままなのよね」
「……そうだな」
あれから、4番目と5番目のジュエルシードについては無事に回収出来た。
なのはの様子もあの夜以降おかしなところはない。
しかし、街中に現れる大樹については対策が思い付かないまま、サッカーの試合の当日になってしまった。
「こうなったら、発動直後に対処するしかないわね」
「やっぱり、それしかないか」
河川敷の上からサッカーコートを見下ろしながら、優介と頭を抱えて話し合う。
コートでは翠屋JFCが優勢に試合を進め、なのはにアリサにすずかの3人はコートの脇で応援をしている。
翠屋JFCで一番活躍しているのはキャプテンでもあるキーパーの少年。
彼が今回問題のジュエルシードを持っている筈だ。
試合と打上げが終わって、キーパーの少年はマネージャーの少女と一緒に帰路に着いていた。
私と優介はその後を気付かれない様に追い掛ける。
2人は交差点の所で立ち止まると何かを話している。
「そろそろね」
少年がポケットからジュエルシードを取り出し、少女にプレゼントしようとする。
しかし、少女が触れた瞬間にジュエルシードは強烈な光を放ち始める。
「発動した! 封印を……」
発動したジュエルシードから大樹が生み出される前に、今日のために何とか覚えた封印魔法を放とうと手を翳す。
このタイミングなら、街に被害を出さずに止められる!
「危ない!」
隣に居た優介に突き飛ばされて私は横倒しに道路上に倒れ込んだ。
次の瞬間、さっきまで私が立っていた場所に何かが飛び込み、コンクリートが砕かれ3メートル程の大穴が空いた。
粉塵が立ち昇る中、飛び込んできた奴が立ち上がりその姿を現す。
黒い軍服に白髪、サングラスを掛けているが間違いない、ユーノを殺した犯人だ。
私は慌てて立ち上がると、突然攻撃を仕掛けてきた男に警戒している優介の隣に並び男に対して警戒態勢を取る。
「まどか、大丈夫か」
「ええ、ありがと。命拾いしたわ。
それより、気を付けて。 あいつがユーノを殺した奴よ」
「!? あいつが……」
男の背後で発動していたジュエルシードから大樹が生え、街に広がり被害を出していく。
く、止められなかった……。こうなったらなるべく早く封印して被害を抑えたいが、前に立ちはだかる男がそれを許してくれるとは思えない。
「
優介が投影魔術で干将・莫耶と童子切安綱を創り出し、安綱を私に渡して自身は双剣を構える。
「へぇ」
男が興味を持った様に優介を見て、笑みを浮かべる。
笑みと言っても正の要素はなく、まるで獣が獲物を前に舌舐めずりしているような錯覚を覚えた。
「成程、それが転生者の能力って奴か」
『転生者』! 今確かにそう言ったわね。
少なくとも『ラグナロク』の関係者であるのはこれで確定した。
でも、自分自身が転生者であるなら少し言い回しがおかしかったようにも思える。
「突然攻撃してきて、一体何者なの!? 名乗りなさい!」
「ハッ! 人に名乗れと言うなら、まず手前等から名乗るのが礼儀だろうが」
む、仕方ないか。
こんな危険人物にこちらの情報を渡したくはないけど、ここは相手の情報を得ることが優先だ。
それに、御神流で名乗るのに偽名など以ての外だ。
「永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術 初伝 高町まどか」
「流派なんてないけど……松田優介、正義の味方だ」
私に続いて優介も名乗りを上げる。
「フン、まあいい。
聖槍十三騎士団黒円卓第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」
「聖槍十三騎士団!?
そう言えば、確かにその姿……」
優介は奴の名乗りに心当たりがあるらしく、驚愕している。
知っている相手だったのだろうか。
そこまで考えて、私はふと忘れていたことを思い出して目を凝らして情報を読み取る。
ヴィルヘルム・エーレンブルグ……レベルは40!?
拙い、SSランク以上の敵じゃ幾ら2人掛かりと言っても勝ち目は薄い。
「オラ、いくぜぇぇーーーッ!!」
「ぐぅ……っ!?」
考えている間も無く、ヴィルヘルムが拳打を打ち込んでくる。
優介が干将と莫耶を交差させて防御するが、止まったのは一瞬でピンボールの様に弾き飛ばされる。
「優介!?」
「他人の心配してる場合じゃねぇだろうが!」
思わず、優介が吹き飛んだ方向に視線を向けてしまうが、その隙にヴィルヘルムは私に手刀を振り下ろしてきた。
反射的に身を捩って交わすが、風圧だけで頬が切れる。
運が良かった。何とか交わせたのは私の身体が子供だったからだ。
身長差が大きすぎて振り下ろす攻撃しか出来ず、相手の攻撃が届くまでに僅かな時間があったために何とか交わせた。
もし私の身長がヴィルヘルムと同じ高さだったら今頃顔面に風穴が空いていたかもしれない。
何れにしても、これは唯一無二のチャンスだ。
「斬!」
至近距離で攻撃を交わされ無防備になっているヴィルヘルムに、私は右手に持った安綱を抜刀しながら全力で叩き付ける。
やった! この距離じゃ絶対に交わせない筈。
そう思った次の瞬間、私は凍り付いた。
「やってくれんじゃねぇか」
私の渾身の斬撃はヴィルヘルムの右腕に防がれていた。
真剣を素手で防がれた上に傷一つないという事実に呆然となり棒立ちとなってしまう。
「死ねや」
そんな簡素な呟きと共に、人間の頭など吹き飛ばしそうな回し蹴りが私の顔面に迫る。
ああ……死んじゃったかな、これは。
「
「ガッ!?」
死を覚悟した瞬間、聞き覚えのある声と共に閃光がヴィルヘルムに突き刺さった。
咄嗟に腕で防いだようだが、蹴りのために片足を地面から離していた状態では抑え切れなかったらしく、ヴィルヘルムは数メートル吹き飛びながら地面を叩いて両足で着地した。
「まどか、無事か!?」
吹き飛ばされていた優介が復帰し、私の横に並ぶ。
「何とかね」
死に掛けた恐怖で背中が冷や汗で一杯だが、取り合えず無傷だし戦闘に支障はない。
優介と一緒に数メートル先に立つヴィルヘルムを見るが、あちらはこっちを見ずに何やら自分の右手を見ている。
見ると、私の斬撃では傷が付かなかった腕に僅かだが紅く血が滲んでいる。
「……カカッ! クハハハハハッ!!
面白ぇ、まさか俺の身体に傷を付けるたぁな!!
ちったぁ楽しめそうじゃねぇか!!」
傷を受けたことに怯むどころか寧ろ嬉々として凄まじい殺気を放ってくる。
「ぐ……っ……」
「うぁ…………」
物理的な圧力さえ伴う殺気に圧され、私と優介は思わず呻き声を上げる。
「さぁ、続きといこうじゃねぇか」
その言葉に、何とか殺気による圧を振り切って刀を構える私と優介。
「その辺にしときなさいよ、ベイ。
こっちはもう片付いたわよ」
一触即発の空気が漂っていたそこに、私達にとって前方、ヴィルヘルムにとっては後方から声が掛けられる。
声の元に居たのはピンクの髪をした少女。
今の私達よりは年上だがどうみてもティーンエイジャー、しかし纏っているのはヴィルヘルムのものと同じ様な黒い軍服だ。
その右手には……ジュエルシード!?
そう言えば、気付けばいつの間にか街を覆っていた大樹が消えている。
あちこちに大穴が空いてはいるが、既にジュエルシードの発動は止まっているようだ。
「邪魔すんじゃねぇよ、マレウス」
「私だって邪魔したくなんかないけどね、本来の目的を忘れてはしゃいでたアンタが悪いんでしょうが」
味方同士の筈なのにお互いに殺気を飛ばして睨み合う2人。
隙だらけの筈だが、その空気に手が出せずに背後から見ていることしか出来なかった。
「チッ、興が醒めちまった。先に帰るぜ」
根負けしたのか、ヴィルヘルムが構えを解き殺気を減じさせると立ち去っていく。
「あ、ちょっと!?」
「待て!!」
逃がすまいと呼び止める私達にヴィルヘルムは顔だけ振り返ると、一瞬だけ凄まじい殺気を飛ばしてくる。
先程浴びせられたものを遥かに超える殺気に足が竦んで動かなくなる。
全身に鳥肌が立ち、喉がカラカラに乾く。
「焦んじゃねぇよ、そのうちまた相手してやらぁ。
解ってんだろ、このまま続ければ自分が死んでたってことくれぇよ」
そう言うと、殺気を解き転移して姿を消していった。
殺気から解放されて思い出したかのように全身から冷や汗が吹き出した。
このままへたり込みたいところだが、まだそうするわけにはいかない。
何せ、目の前にはもう1人の危険人物が残っているのだから。
「はぁ、相変わらず勝手よね~。
少しはフォローするこっちの身にもなりなさいよ」
言動や気配、そして容姿からは、先程立ち去ったヴィルヘルムよりも危険性は少なく見える。
しかし、あの男と対等に話していたことから油断は出来ない。
加えて、目を凝らして見えた彼女のステータス……ルサルカ・シュヴェーゲリン、レベル39。
ヴィルヘルムよりは多少低いもののこちらもSSSランク並だ。
「ねぇ、貴方達もそう思わない?」
独り言を言っている様に思っていた少女から急に話が振られる。
同時に視線がこっちに向き、眼が合った。
ヴィルヘルムの様な殺気はないが、心を探る様な視線に怖気が走る。
「ふふ、恐がらなくてもいいわよ。
今日はもう戦うつもりはないから」
見下す様な言葉にカッとなりそうになるが、必死に抑える。
ここで挑発に乗ったら相手の思う壺だ。
「あれ、怒っちゃった?」
小首を傾げながら問われるが、その眼は明らかに此方を嘲笑しているのが見て取れた。
ダメだ、やっぱり我慢出来ない!
「…………なのよ……………………たち」
「ん? どうしたの?」
「なんなのよ、あんたたちって言ってるのよ!
いきなり襲い掛かってきたり勝手に立ち去っていったり。
一体何者なのよ、何がしたいのよ!?」
「お、おい……まどか!?」
私の激昂に隣の優介が慌てているが、今はそれを気にしてられない。
街に被害を出さないようにと考えていた私達の行為を妨害され、殺され掛け、その上で殺す価値もないと言う様に放り出される。
私の余り大きくない堪忍袋は既に破裂寸前だった。
「何者って言われてもねぇ。
まぁ、ベイも名乗ってたことだし、私も名乗っとこうかな」
私の激昂や突き付けられた安綱など何処吹く風と言わんばかりに少女の態度は変わらない。
「聖槍十三騎士団黒円卓第八位ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカムよ。
よろしくね、まどかちゃんに優介君?」
ヴィルヘルムとのやり取りは聞かれていたらしく、こちらの名前は知られているようだ。
しかし、聖槍十三騎士団黒円卓とは何を差すのか。
それにヴィルヘルムが第四位で目の前の少女……ルサルカが第八位。
それはつまり、SSランク以上の実力を持っている人間が最低8人、下手をすれば13人居ると言うことだろうか?
「やっぱり……聖槍十三騎士団……」
ヴィルヘルムが名乗った時にも心当たりがある様な反応をしていた優介が呟いている。
「へぇ、優介君の方は私達の事を知ってるようね。
まどかちゃんは知らないみたいだけど、後で優介君から教えて貰ってね。
それじゃ、私も帰るから。 じゃあね~」
手を振りながら、転移で姿を消すルサルカ。
止める間もなく行われた逃走にハッと気付いた時には既にこの場に居るのは私達2人だけだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「それで、優介。 あなたはあいつらの事知っているみたいだったけど」
場所を公園に移して優介と話合いを行う。
ルサルカの言うことに従うのは癪だが、優介に心当たりがありそうなのも事実だ。
「ああ。でも何であんな奴らがこの世界に居るかは分からないんだけど」
優介から『dies irae』というゲーム、そしてそこに登場する聖槍十三騎士団のことを説明して貰う。
「ゲームのキャラクター、か。
普通に考えれば転生者が特典でそのキャラクターの力を容姿も含めて望んだってところだけど……」
「ああ、一人ならそれで説明が付くんだけど……」
「同じ作品の同じ集団からキャラクターを選択した転生者が2人、かつ意気投合して手を組んでいる。
ゼロとは言えないけど、可能性としてはかなり低いわよね」
そう、ヴィルヘルムとルサルカ。どちらか1人だけなら転生特典に拠るもので説明が付くが、2人も同じ様な選択をしているとは思えない。
加えて、2人の言動からは転生者の事は知っている様子が見て取れたが、自身が転生者であるというニュアンスは無かった。
「そうすると、残る可能性としては2つかしら」
「2つ?」
「ええ、1つはあの2人は転生者の能力で産み出された存在であるということ。もう1つは転生者とは無関係にこの世界が『リリカルなのは』とその『dies irae』というゲームの世界観が混ざった世界であるということ」
2人が転生者で無いと言う前提だとそれくらいしか思い付かない。
「2つ目の方は無いんじゃないか?
『転生者』のこと知っているみたいだったし」
「知っているだけで関係無いって可能性はあるでしょ?」
「あ、そうか」
まぁ、あくまで推測の域を出ない。
それよりも問題なのは連中の戦力だ。
「エイヴィヒカイト……か」
「俺もそこまで詳しく知っているわけではないけど、厄介だよな」
優介から概要を聞いた連中の能力、エイヴィヒカイト。
聖遺物と呼ばれる魔導具を用いて殺した人間の魂を糧として扱う技術。
集めた魂の数に比例して身体能力が向上し、霊的装甲を纏うことで通常兵器では傷一つ付かない。
また、エイヴィヒカイトを習得した者は不老となる。
加えて、一定の位階に達した者は固有結界の様な特殊能力も扱うことが出来るとか。
件の2人はどちらもその位階に達しており、ヴィルヘルムが自身の能力向上と他人の力を吸収する結界、ルサルカが触れたものを動けなくする影。
特にルサルカの方は初見殺しのために事前に能力を知れたのは僥倖だが、それでも厄介であることは変わらない。
「私が一撃入れても無傷だったのは、そのせいか……。
まぁ、元々あれで倒せる相手だとは思ってなかったし、人殺しになる覚悟はまだ無いから斬れちゃっても困ったんだけど。
そう言えば、優介の攻撃は効いていたわよね」
「
多分、攻撃の威力よりも規模が重要なんだと思う。
対人宝具ではA++ランクでも無効だけど、対軍宝具はB~Cランクでも効果があるって感じで。
霊的装甲だから、威力の強さじゃなくて概念こそが重要ってことか。
「成程、規模の大きさね。
そうするとディバインシューターは無効、ディバインバスターは半減、スターライトブレーカーなら有効って感じかしら」
あくまでイメージによるものだが、ディバインシューターは対人宝具、ディバインバスターは対軍宝具、スターライトブレーカーは対城宝具に相当すると考えて良いだろう。
「多分。
俺の使える宝具だと、効果がありそうなのは
「私はデバイスが無いから打つ手なしね。
巻き込みたくはないけど、相手が2人居ることを考えるとなのはと優介に1人ずつ相手して貰って私は補助に回るしかないかな」
かなり厳しいが、管理局が到着するまではそれで凌ぐしかない。
管理局の戦力が加われば大分ラクになるだろう……と思いたい。
「それにしても、あのヴィルヘルムが第四位ってことは、全員居るなら少なくともそれより強いのが3人は居るってことになるのかしら。
姿を見せている2人相手でもかなり厳しいのに……」
「あ、いや……黒円卓の順位は強さ順じゃないらしいから、別にヴィルヘルムが4番目に強いってわけじゃないんだ」
「あ、そうなの?
じゃあ、ヴィルヘルムより強いのは何人なの?」
「双首領と大隊長3人は確実だから、最低5人……」
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
「そう言えば、ちょっと気になったんだけど……」
急に話を変えて優介が問い掛けてきた。
「どうしたの?」
「俺達が戦っている間、なのはって何してたんだろう?」
「あ……」
【Side 高町なのは】
お父さんがコーチをしているサッカーチームのキーバーの男の子が持っていたのがジュエルシードに見えたけど確証が持てなくて、そのままにしていたら突然街のあちこちから大きな樹が出現した。
やっぱり、あれはジュエルシードだったんだ。
私がちゃんと見て居れば、こんなことにはならなかったと後悔しながらも、今は兎に角ジュエルシードの暴走を止めないとと思ってレイジングハートをセットアップした。
お姉ちゃんも優介君も気付いたら居なくて心細かったけれど、私が失敗したんだから自分で何とかしなくちゃダメだ。
「ジュエルシード、封印!」
近くの樹の根に封印魔法を叩き付ける。
当たった樹の根は消えて無くなった……が、それだけだった。
街中に出現した他の樹の根は何ともなく、一本が消えただけだった。
「そんな……」
まさか、この全てを封印しなくちゃいけないんだろうか。
「ううん、迷ってる暇なんかない。
私のせいなんだから、やりとげないと」
そうして、私は近くにある樹の根に片っ端から封印魔法を当てていった。
「はぁ……はぁ……」
20分後、私の体力は既に限界を迎えていた。
突き出てくる樹の根を避けながら封印魔法を当てていったけど、多分全体の3分の1も減っていない。
それどころか、新たに出現する樹の根により数は寧ろ増えている様に見える。
しかし、私は既にレイジングハートを持ち上げる力もなく、地面に突いて何とか身体を支えている状態だ。
「どうすれば…どうすればいいの」
為す術無く立ち尽くす私の前で、突然樹の根が消滅した。
「あ……」
目の前の光景に茫然としてしまう。
何が起こったのか分からないけれど、私が全然役に立てなくて、誰かが解決してしまったことだけは何となく分かった。
お姉ちゃんが探しに来るまで、私は悔しさで溢れてくる涙を抑えられずに泣き続けた。
(後書き)
前話後書きで「しばらくは平和にリリカル」と言ったんですが……獣殿の戯れにより強制イベントが発動しました。
なお、優介はdies iraeの知識がありますが、まどかはありません。
しかも、情報不足で相手が転生者かどうか確信持てません。
なお、騎士団員のレベルについては獣殿の総軍取込みの時点で魂の収奪による向上は無くなる前提にしているため、自身の魂の強度の向上か、戦闘技術の向上のみで上がる設定としています。
戦闘技術の向上と言っても頭打ちだと思いますので、実質この世界の魔法技術習得分しか上がってません。
中尉は魔法の習得を殆どサボってました。
また、黒円卓騎士団員の霊的装甲は纏った魂の数に応じて「その人数を殺せない攻撃を遮断・軽減」するという概念装甲と解釈しています。
聖遺物での攻撃が効くのは籠められた魂の数が考慮されるため、と言う設定です。
どちらも独自解釈を孕んでいますが、今のところ原作で否定要素は出てない……と思いたい。
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14:運命の少女、そして黄金の代行
【side 月村忍】"Lohengrin"(dies irae)
「フェイト・テスタロッサの周囲に転生者の姿は見当らないか」
ゲルマニア第二支部ビル地下の玉座の間で空間ディスプレイに表示された3人の少女を眺めながら黄金の獣が呟く。
画面中央に映っているのは何処かの森の中、周囲の樹よりも大きい猫とその上に立つ白いバリアジャケットの少女の姿だった。
更に巨大仔猫の前には庇う様に立つ少女が居り、それに相対する様に黒いレオタードの様なバリアジャケットの少女が木の上に立っていた。
「まぁ、失踪して行方を眩ませているプレシア・テスタロッサに接触するのは容易ではないから、居なくて当然かも知れんな」
真面目に分析している様に見えて、ラインハルトの視線は巨大仔猫にのみ注がれ3人の少女は殆ど視界に入っていなかった。
黄金の獣が巨大仔猫に集中している間に、3人の少女は戦闘を開始していた。
『バルディッシュ! フォトンランサー!』
≪Photon Lancer.≫
黒い鎌型デバイスを持った金髪の少女、フェイトがフォトンランサーを巨大仔猫となのはに向けて撃つが、なのはのワイドエリアプロテクションに防がれる。
『ハッ!』
その隙にもう一人の少女、高町まどかが伸縮式の特殊警棒を伸ばして身体強化魔法を駆使して樹上のフェイトの高さまで一足跳びに跳び上がり、斬り掛かる。
跳び上がって斬り掛かってきたことにフェイトが一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに冷静になってソニックムーブで回避する。
まどかは一瞬前までフェイトが立っていた枝の上に立つと振り返り、警棒を構える。
そこに、バルディッシュでフェイトが斬り込むが警棒と鍔迫り合いになる。
しかし、飛行魔法で推進力を得ているフェイトと足場があるものの樹上で安定しないまどかでは拮抗せず、徐々にフェイトが押し込んでいく。
『ぐ、くぅ……。』
『…………………………。』
更に力を籠めるフェイトだが、背後に魔力の高まりを感じて直感的に鍔迫り合いを止めて回避する。
次の瞬間先程までフェイトが居た位置に桃色の弾丸が幾つも通過する。
思わず冷や汗を流しながら射撃魔法の飛んできた先を見ると、なのはがシューティングモードに変形したレイジングハートを構えていた。
『ディバイーーン、バスターーーー!!!』
≪Divine Buster.≫
放たれようとしている砲撃魔法にフェイトは一瞬で様々な思考を巡らした。
ディフェンサーで防御……却下。防ぎ切れるか自信が無い。
上下左右に回避……却下。避けることは出来るだろうが、もう一人の少女に隙を見せることになる。
後に回避……却下。そもそも後に下がっても避けたことにならない。
前に移動……採用。
マルチタスクを駆使して方針を瞬時に決めると、フェイトは飛行魔法でなのはに向けて空中を疾走した。
途中、放たれた砲撃を身を捩ることでギリギリのところで交わそうと試みる。
僅かに掠ったせいで右肩のマントが破けるが、ほぼ無傷で交わすことに成功する。
無理な機動のせいで内臓を圧迫され骨が軋む様な痛みが走るが、フェイトは構わずに前に進む。
そのまま砲撃魔法を撃った態勢のままで硬直しているなのは目掛けてバルディッシュを振り下ろす。
≪Protection.≫
レイジングハートがオートで防御魔法を発動させるが、フェイトは構わずに鎌を振り下ろした。
砲撃の直後で十分な魔力が籠められていなかったせいか、一瞬の拮抗の後にプロテクションは粉々に砕け散り、魔力刃はそのままなのはに叩き付けられる。
直撃を受けたなのはは猫の上から地面に叩き落とされて意識を失ってしまった。
『なのは……!?』
砲撃魔法に向かっていくと言うフェイトの行動に呆気に取られて動けなかったまどかはその結果に驚愕し、妹の名を叫ぶ。
しかし、そんなまどかに返されたのは妹の返事ではなく、金の閃光だった。
『フォトンランサー・フルオートファイア』
≪Photon Lancer Full Auto≫
フェイトの周囲に現れた4つのスフィアから直射型の射撃魔法が放たれる。
それは最初になのはに向かって撃たれたものと同じだったが、その時は単発だったのにたいし今回は連射だった。
最初の4発を樹上から飛び降りることで交わすまどかだが、飛び降りた直後に先読みされたように後発のランサーが降り掛かる。
着地直後で咄嗟に動けないまどかは右手に持つ警棒で斬り払おうとする。
『あぐ!?』
しかし、最初の1発を斬り払った瞬間、走った激痛に硬直してしまう。
フェイトの電気変換資質によって放たれたランサーは電気を帯びており、警棒で射撃魔法自体は斬り払ったが電撃は金属製の警棒を伝わりまどかを襲ったのだった。
硬直してしまって無防備なまどかに残ったランサーが降り注ぐ。
交わすことも出来ずに計7発のランサーをその身に受け、まどかは地面に倒れ伏して意識を失った。
『……ごめんね。』
唇を噛締めてそう呟くと、振り切る様にバルディッシュをシーリングモードに切り替えて巨大仔猫に向き直る。
『ジュエルシード、封印!!』
バルディッシュから金色の帯が幾条も伸び、巨大仔猫を拘束する。
『ミギャアアァァァーーー!?』
電気変換資質のせいで通常の封印と異なり電撃を浴びる苦痛を味わう羽目になった仔猫が悲鳴を上げる。
「む……」
しかし、フェイトは罪悪感に目を逸らしながらも手を止めることなく封印のフェイズを進める。
やがて、巨大仔猫は本来の大きさに戻り、その上空には蒼い宝石が出現する。
ジュエルシードは封印したフェイトの元に引き寄せられ、バルディッシュの格納領域に収容された。
『ふぅ…………うぐぅ!?』
ジュエルシードを無事封印し安堵の溜息をついたフェイトだが、次の瞬間何かに後頭部を強打され悲鳴を上げる。
あまりの激痛に頭を押さえて蹲るフェイトの眼前に、頭に当たった犯人──拳大の石──が落下する。
慌てて立ち上がり周囲を見渡すが、気絶している2人の少女以外に人の姿はない。
『???』
しばらく警戒していたフェイトだが、やがて諦めたのか首を傾げながらもその場を後にした。
涙目になりながら後頭部に出来てしまったこぶをさするフェイトだが、もしもこの時もっと冷静であれば重要なことに気付けたかも知れない……すなわち、バルディッシュの自動防御を超えて石がぶつかったという異常に。
高機能なインテリジェントデバイスの探知を一切気付かれない様にジャミングしながら、遠隔発動の転移魔法で地面に落ちていた石をフェイトの頭部に落下する様な位置に転送、そんな神業的な方法で攻撃されたと知れば今の様に通常の速度で飛ばずに全速力で離脱していたことだろう。
何せもう少し大きな石を転送したり、あるいは刃物などや爆発物などを用いていれば容易く殺されていたということなのだから。
尤もそのことを知ったとしても、それだけの技術を使用しながらこぶが出来る程度の石を当てるだけで済ませた実行者の意図を図るのは極めて困難だったろう。
まさか、仔猫を虐めたことが傍観者の気に障ったとは夢にも思うまい。
「ふむ」
年齢一桁の幼女の後頭部に石をぶつけると言う暴挙に出た張本人は、一応の溜飲は下げたのかそれ以上に干渉することは無かった。
「それにしても、ユーノ・スクライアが居ないことの弊害がここで出たか」
戦闘の様子を写していたサーチャーは特別な処置など施していない一般的なものだったが、支障なく戦闘の様子を見ることが出来ていた。
それはつまり、彼女達が結界を張ることなく戦っていたということに他ならない。
高町なのはは……そもそも結界魔法が使えなかった。
正史でもその方面については完全にユーノあるいは酷い場合は敵にすら頼りきりだった彼女は、それらの魔法を習得していない。
双子の姉妹である高町まどかも魔法の適正としては似たようなものである上、そもそもデバイスが無い為にそこまで高度な魔法の行使は不可能だ。
フェイト・テスタロッサは結界魔法が使えるが、未熟とは言えAAAランクの魔力を持っている魔導師2人相手に戦うためには結界に手を割くわけにはいかなかったようだ。
結果として、屋敷の敷地内で体長数メートルの仔猫が闊歩し3人の少女が空を飛び光弾や光線を撃ち合う姿は、監視カメラ越しに屋敷の住人や訪れていた高町恭也にしっかりと目撃された。
幸いと言うべきか、年上の兄弟達の配慮により月村すずかとアリサ・バニングスの2人は戦闘音が聞こえた時点で奥まった部屋に避難させられたため、起こったことは知らずにただ高町姉妹のことを心配するだけに終わった。
「月村家と高町家についてはフォローさせておくか」
呟くと、黄金の獣は何処かへと通信を始めた。
【Side 月村忍】
ピンポーン!
恭也と昼過ぎに庭で起こっていた出来事について頭を悩ませていた所、来客のチャイムが鳴った。
はて? 今日は恭也達以外に来客は無い筈なんだけど……?
ノエルが応対に向かうのを確認し、先程までの思考の続きに戻る。
「あれって、どう見ても魔法としか言いようがないわよね」
通常であれば戯言としか思えない単語だが、監視カメラ越しとは言えこの目で見てしまった以上は否定出来ない。
月村家は元々その事情柄故に裏の世界に通じている家系だし、HGSやら妖怪なんて言う存在も知っている以上は魔法が存在してもおかしくは無いのかも知れないが、映っていた光景はそう思おうとしても容易に受け入れられない程ファンタジーだった。
周囲の樹よりも大きくなった仔猫に、ファンシーなコスチュームを着ながら空を飛び光線を撃ち合う3人の少女達。
そう言う意味ではファンタジーの世界の住人3名の内2人の実の兄である恭也の方が深刻で、現実が受け入れられないのか先程から固まってしまって一言も発さない。
「お嬢様。先程の御来客ですが……」
戻ってきたノエルが何処か困惑しながら訪れた客について報告に来て私に耳打ちする。
「はぁ?」
数分後、応接室に恭也と二人で客を迎えることになった。
本来恭也は月村家の客人を迎えられる立場にはない筈だが、相手が同席を要望してきた。
この時点でかなり不自然だ。
そもそも、今日恭也がうちに来ていることを把握してなければ、そんな要望を出すことは出来ないだろうし。
「初めまして。私、海鳴教会の神父を務めておりますヴァレリア・トリファと申します」
190cm以上の長身だが、人懐こい穏やかな雰囲気の神父はそう名乗った。
「初めまして。月村家当主の月村忍、こちらは私の婚約者の高町恭也です。
裏に関わる重要なお話があるということでしたが……」
「ええ、少々信じられない話になるかと思いますが、まずは最後までお聞き下さい。
私の所属する海鳴教会は裏の世界において世界統一魔術教会の日本支部と言う顔も持っており、分不相応ながら私はその支部長という肩書も持っています」
そこまで聞いた時点で思わず制止して叫びたくなるのを必死に抑える。
私が知らない裏の組織が存在することとそんな組織の支部が月村家が裏を管理する海鳴市にいつの間にか作られていたこと、許容し難いが取り合えず話を最後まで聞くこととする。
「世界統一魔術協会と言う組織は地球連合の直属であり、その任務は地球全土における魔導技術の管理と秘匿です」
「な!?」
「う、うそ!?」
地球連合直属!?
想像以上に大きな話に流石に黙っていられない程驚愕する。
裏の世界に関わるものとはいえ、それは最早国家レベルを超える組織と言うことを意味する。
「そして、こちらを訪問させて頂いたのは、先刻こちらの敷地内で大きな魔力を感知した為です」
大きな魔力……心当たりのあり過ぎる事実に内心で頭を抱える。
なのはちゃん達が使っていた魔法としか形容の仕様が無いものと魔力、関連性があり過ぎる。
「どうやらお心当たりがおありの様ですね。
何があったか、教えて頂けますか?」
こちらの表情から推測したのか、トリファ神父はそう言ってくる。
しかし、正直に話して良いものか。
まどかちゃんやなのはちゃんのことを話した時に、この神父や背後の組織が2人にどう関与してくるかが分からない以上、気軽に情報を与えることは出来ない。
「仮にその魔導技術と言うものを使っている人間が居たとして、あんた達はその人間をどうするつもりなんだ?」
私と同じ懸念を持ったのか、恭也が神父に対して警戒心を露わにしながら問い掛ける。
「魔導技術を用いて犯罪行為を行っているなら兎も角、そうでなければ私達がその人に何かすることはありませんよ。
せいぜいが管理対象として登録して頂き、魔導技術を秘匿するためのレクチャーを受けて頂く程度です」
魔導技術の管理と秘匿が主任務と言っていたし、それくらいは当然か。
恭也とアイコンタクトを交わし頷き合う。
「分かりました、お話します……。
と言っても、私達にも正直何が起こっていたのか分からない部分が多いので、監視カメラの映像を見て頂けますか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふむ、成程……」
ビデオを一通り確認したトリファ神父は一言呟くと何かを考え込み始めた。
「あの……」
「ああ、これは失礼。少し考え事をしておりました。
しかし、これは少々厄介なことになりましたね……」
え? 厄介?
どういうことかしら。
「世界統一魔術協会は魔導技術を管理・秘匿する組織ですが、一口に魔導技術と言っても西洋のウィッチクラフトからこの国の陰陽術まで多岐に渡ります。
しかし、彼女達3人が映像の中で用いていたのはそのどれにも該当しないものです」
該当しない?
新しい、未知の技術と言うことだろうか。
「どういうことですか?」
「これは更に信じられない話になるかも知れませんが、彼女らの用いている魔導技術はミッドチルダ式魔法と言い、異世界の技術なのです」
は? 異世界?
「異世界ですって? そんなものが本当にあるのですか?」
「それに、どうしてまどかやなのはがそんな異世界の技術なんか……」
異世界なんて突然言われても信じ難いけど……神父の様子からして冗談を言っている気配は無い。
魔法なんてものを家族も知らない内に覚えていただけじゃなくて、異世界と繋がりがあるとか……あの子たちは一体何をしているの!?
「異世界の存在自体は既に確認済で、行き来をする方法も確立されています。
しかし、基本的にそれらについては一部の者だけが知ることであり、一般には一切公開されていません。
そのため、妹さん達がどうやってミッドチルダ式魔法を覚えたのかは分かりかねますが、
これでは当初の予定通り管理登録や秘匿についての説明で済ませる訳にはいかなくなってしまいました」
「そ、そんな!?」
「どういうことですか!?」
突然の掌返しに思わず非難するような声を上げてしまった。
しかし、2人に害はないと言ったから映像を見せたのに、これでは話が違う。
「ああ、落ち着いて下さい。
別にお2人に何か危害を加えるとか拘束するわけではありません。
ただ、世界統一魔術協会や地球の魔導技術の存在をお2人に教えるわけにはいかなくなったのです」
取り合えず、即座に問題があるわけではなさそうなので、興奮を抑えて呼吸を整える。
「取り乱してすみませんでした」
軽く頭を下げると、隣に座る恭也もそれに倣う。
「いえいえ、ご家族のことですから当然の事かと。
私も言葉が足りず不安にさせてしまって申し訳ございません」
「それで、何故異世界の魔法を使っていると貴方の組織のことを話せないのですか?」
魔導技術の管理と秘匿を旨としているなら、それはかなり不自然なことだろう。
「端的に言ってしまうと、異世界の人間に地球の魔導技術や我々の協会のことを知られたくないのですよ。
ミッドチルダ式の魔法を使っていることからお2人は何らかの形で異世界の人間とコンタクトを取った、あるいは取っていることは確実です。
彼女達が地球の魔導技術や我々の協会のことを知れば、そこから異世界の人間に伝わってしまうかも知れない。
私は、いえ私達協会はそれを懸念しているのです」
「何故、そこまで異世界の人間に知られることを警戒するのですか?」
疚しいことがあるのではないか、そんな疑念を言葉に載せないように気を付けながら問い掛ける。
「異世界、特に彼女達が接触したと思われるミッドチルダを始めとする幾つかの世界は厄介な思想を持ってましてね。
曰く、魔導技術を持つ世界は我々が管理し導いてやらなければならない、だそうです。
恐らく、彼らがこの世界の真実を知れば傘下に加わるよう要求してくるでしょう。
しかし、彼らの魔法至上主義に基づく支配体制はこの世界に当て嵌めることは難しく、地球にその要求を受け入れる余地はありません。
そうなれば、最悪の場合には世界間での戦争が勃発することもあり得ます」
「な……っ!?」
「嘘でしょう!?」
せ、戦争……!?
いきなり大きな、かつ物騒な話に繋がって驚愕してしまう。
そもそも、その世界は何でそんなに上から目線なの?
神様にでもなったつもりなのかしら。
「そうならない様に、情報漏洩については細心の注意を払う必要があります。
これは彼女達のためでもあるんですよ。
彼女達が情報を渡してしまったせいで戦争が勃発、なんてことになったら大変でしょう?
ちなみに、この国の刑法では外患誘致は死刑以外の刑罰がない最大の犯罪です。
勿論、年齢的な問題や異世界・魔導技術と言う事情から表の刑法で罰せられることにはならないでしょうが、
裏においてはそんな言い訳は通りません」
確かに2人の情報によって戦争が始まってしまったら、そういうことになるのかも知れない。
けど、だからって2人はまだ10歳にもならない子供なのに、死刑だなんて酷過ぎる。
「そんなこと、させてたまるか!」
恭也が立ち上がり神父を睨みながら叫ぶ。
しかし、神父は顔色一つ変えない。
「落ち着いて下さい。
あくまで私達が彼女達と接触したらそうなるかも知れない、というだけの事です。
私達とてそのようなことになることは望んでおりませんので、そうならない様にすれば良いのです」
穏やかに諭されて落ち着きを取り戻したのか、恭也が気まずそうに腰を下ろす。
「そうならない様にするためには、どうすれば良いですか?」
私の質問に、トリファ神父は少し考えた後に話し始めた。
「そうですねぇ……先程お話したとおり私達の協会からは接触しない様にすることは確定として、
少しでも可能性を減らすためには貴方がたも魔法のことを知ったことを彼女達に知られない様にした方が良いと思います。
貴方達から協会のことが彼女達や異世界の者に知られてしまったら、接触を避けた意味が無いですからね」
彼が言っていることは分からなくは無い。
情報漏洩を防ぐならば出来る限り情報を知るものを少なくするのが鉄則だ。
しかし、その場合大きな問題がある。
「でもそうすると、2人が危険なことをしているのを止められないことになりませんか?」
「そ、そうだ。あんな危険なことを続けさせるわけには!」
私の質問に恭也もそのことに気付いたのか、追随する。
「残念ながら、彼女達を止めることは難しいでしょう。
実はここ最近、この街で何件か似たような事件が起こっており、私達もその調査や後始末に奔走しておりました。
記憶に新しい所で言えば先日街中に出現した大樹などがそうですが、おそらく先程の映像で出てきた蒼い石が原因なのでしょう。
金髪の少女が迷いなく対処していることから、あの蒼い石は彼女達の世界から持ち込まれた厄介事と思われます。
つまりは、対処法を知っているのは彼女達だけ、ということです」
「しかし!」
「私達は表に出るわけにはいかなくなりましたので、止める場合は貴方がたが彼女達の代わりに対処することになりますが、実際問題として貴方がたに何が出来ます?
高町恭也さん、貴方の剣士としての腕前は相当なものとお聞きしますが、貴方の剣であの蒼い石を封印することが出来ますか?」
「そ、それは……」
役立たずと言わんばかりの辛辣な言葉だが、言っていることは至極真っ当なため恭也も反論できずに押し黙る。
確かに、マフィアや強盗と違って剣を振りまわしてどうにかなる問題ではないことは否定出来ない。
「暴言を許して頂きたい。しかし、どうか我々協会を信じて下さい。
先程申し上げた通り表に出ることは出来ませんが、妹さん達が大怪我をしたりしない様に陰ながら動くことは出来ます」
「………………………………」
「………………………………」
真っ直ぐにこちらを見詰めてくる神父の碧眼を黙って見返す恭也。
数秒、あるいは数分か、経過する時間が分からなくなる程に重苦しい空気が流れた後に恭也が頭を下げた。
「…………分かりました。2人のこと、よろしくお願いします」
神父の言い分を受け入れて妹2人を任せた恭也だが、血が出そうな程に拳を握り締めており、その悔しさが全身から滲み出ていた。
「ええ、承りました。
陰ながらではありますが、全力でサポートさせて頂きます」
(後書き)
口八丁で煙に巻くならこの人の出番です。
高町家と月村家の介入を口先1つで回避してのけました。
……介入があった所で別に黒円卓陣営が困るわけではありませんが。
なお、世界統一魔術協会は存在しません。
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15:家族旅行と傍観者
Caution! 直接表現はありませんが性描写を想像させるシーン、及びインセスト・タブーに抵触する表現があります。
「さて、次の舞台は確か温泉だったな」
高町家と月村家へのフォローの結果についてクリストフから報告を受け、ひと段落着いた所でこの先の事を考える。
「ベイやマレウスは街中に居るだろうから、また出遅れるであろうな」
黒円卓の騎士団員は戦闘能力という面においては非常に高く、半ば非戦闘員のリザ・ブレンナーでさえAAAランクの魔導師くらいは打倒出来る。
しかし、逆に戦闘以外の面については基本的に疎く、探知や捜索などは本来彼らの得意分野ではない。
ルサルカはまだそれなりに多彩な魔法が使用出来るが、ヴィルヘルムは探知魔法など最初から覚えていない。
加えて、ラインハルトは正史の知識をメルクリウスを除いた騎士団員に与えていない。
故に、これまでのジュエルシードの争奪戦においては殆どの場合においてなのはやフェイトに先を越されている。
黒円卓陣営が手に入れたのはユーノが所持していた1つとユーノを襲った暴走体、そして大樹の3つのみ。
最初の2つについてはユーノが無差別の念話を送った時に偶然近くに居た為に手に入れることが出来た。
一方、大樹についてはラインハルトが騎士団員を転生者にぶつけてみようと軽い気持ちで情報をリークしたために起きた遭遇戦。
黒円卓の2人が自力でジュエルシードを探り当てたことは、実は現時点で一度も無い。
戦えば勝利はほぼ確実な黒円卓陣営ではあるが、そもそも戦闘を行う状況までに持っていくことが出来ていなかった。
「まぁよい、今回はそこまで介入の必要があるわけではない」
そんな状況を理解していながら、黒円卓の首領である黄金の獣は何も手を打とうとしない。
所詮、ここでの行動が大勢に影響はしないと理解しているからだ。
「ふむ……それにしても温泉か」
ラインハルトはしばらく考えると、何処かへと連絡を始めた。
【Side イクスヴェリア】
「………………………………は?」
兄様から突然の通信があったかと思ったら、告げられた言葉に思わず硬直してしまった。
慌てて聞き返そうとしたが、時遅く通信は既に切れてしまっていた。
告げられた内容を端的に言えば、着替えを持って地球に来い、と言う内容だ。
着替えを持って……と言うことは泊まりになるということだろうが、これはひょっとしてそういうことなのだろうか。
千年越しの恋が実る時が来たかも知れないと思うと、顔が紅潮し口元が勝手に緩んでしまうのを感じた。
が、こうしては居られないと慌てて侍女に身を清める準備をさせる。
準備が整ったら呼ぶように頼み、それまでの間に衣装室に籠って服を選ぶ。
手持ちの中で最も趣味の良い服と……そして少々過激な下着を選んだ辺りで侍女が呼びに来た為に浴室へと向かう。
湯上りには不自然でない程度の化粧をし、先程選んだ服を身に纏う。
少し時間が掛かってしまったが、兄様の前で恥をかくよりはマシだろう。
通信の際に送られてきた座標をデバイスのハーケンクロイツにセットすると転移魔法を使用する。
高なる鼓動を抑えながら目を開けると、そこは明りを消した寝室で月明かりで兄様の姿が……居ることは無く、木々の間から日差しの差し込む森の中だった。
「いきなり野外ですか!?」
正直この時点で薄々私の早とちりであったことに気付いていたが、諦め切れなかったためそんなことを言ってみる。
「うん? 転移先が屋外でも別にそんな驚くことはなかろう」
私の叫びに答える聞き覚えのある美声が背後から聞こえてきた。
振り返ると予想通り兄様がそこに立っていたが、視界に入ったその姿に思わず目を奪われる。
普段の格好と異なり、黒いスラックスに薄紫の長袖シャツを少し肌蹴させた姿に強烈な色香を感じて目が離せない。
「そ、それで兄様……私は何故呼ばれたのでしょう?」
黙り込んだ私に不思議そうな表情を向ける兄様の姿に誤魔化す様に呼ばれた理由を問い掛ける。
「ん? 言っていなかったか?」
「聞いてません」
この人本気で言ってるんだろうか?
そう思うが、多分本気なんだろうなと即座に自答する。
それを教えて貰えなかったせいで私がとんだ早とちりで恥をかく羽目になったことを理解して欲しい。
しかし、墓穴を掘ることになるため、そんなことは言えるわけもない。
「そうか。まぁ端的に言えば家族旅行だ。
この国では大型連休には家族で温泉旅行に行くのが慣わしらしい」
「か、家族旅行ですか?
温泉って……そう言えばここは……」
「海鳴市近郊の海鳴温泉、その近くの森の中だ。
この辺りで一番評判の良い宿を既に予約してある」
兄様と2人きりで温泉旅行……当初期待していたものとは異なりますが、全然ありです。
それに、2人きりの家族旅行で別室ということもないでしょうから万が一ってことも……。
「さて、それでは行くぞ?」
「はい!」
そう勢い良く返事をしながら振り返って歩き出した兄様の左腕に抱き付く。
兄様は私が腕を掴んだことに不思議そうな顔をするが、別に良いと思われたのかそのまま歩き出した。
兄様と生きて約1000年が経ったが、その私の結論としては兄様には恋愛感情と呼べる感情そのものが存在しない。
厳密には全てを愛する王の愛が前提に在るために、特定の誰かに感情を向けることが苦手という印象だ。
勿論、妹である私の事はそれなりに優遇して貰っている自覚はあるし、騎士団員についてもその他大勢とは別扱いだ。
でも、それは感情ではなくてそうあるべきだと考えてそうしているだけと、ある時に感じてしまった。
そんな兄様だから、未だかつて正妃も側室も居たためしが無い。
勿論、皇帝である以上はあっても不思議ではない後宮なんてものも作られていない。
帝政になる前のガレア王国においては後宮が設けられるのは当たり前だったが、兄様が即位した直後に前王であるお父様の後宮は解散させられ(これは普通のこと)、その後に兄様の後宮が作られると思いきや内装が全て取り壊されて皇族と騎士団員専用の訓練施設にされてしまった。
勿論、皇帝として圧倒的な権力を持っている上に容姿、知能、実力、全てに置いて秀でた兄様に取り入ろうとする女性は多い。
しかし、どんな令嬢も貴婦人も一夜の相手以上になれたことはない。
本来であれば、こんなことは許されはしない。
王族や皇族であれば、世継ぎを生むことは責務だ。
しかし、ガレア帝国においてだけはその常識が通用しない。
何故なら、皇帝である兄様が不老の存在であり代替わりと言う概念が存在しないからだ。
勿論、兄様は不老であっても不死ではないため、万が一……いや、億が一ということがないとは言えない。
そう考えて正妃や側室を置くことを進言した者も居なかったわけではないが、激昂したどこぞの赤騎士に蒸発させられてしまった。
「ハイドリヒ卿は至高の存在であり不滅、その様なことを考えること自体が不忠の証」という主張だったが、どちらかと言えば結婚を勧めたことの方が癪に障ったのではないかと私は思っている。
と言うか、兄様に正妃も側室も居ない理由の大半がエレオノーレの妨害のせいに思えてきました。
まぁ、何はともあれ重要なのは兄様の隣は空いていると言うことです。
ならば誰に憚ることもありません。
そうして向かった温泉に家族風呂なんて素晴らしいものがあるとは……その、最高でした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
温泉から上がって部屋で山の幸を味わった後、兄様と自分用にお茶を淹れて一服していた時だった。
普段飲んでいる紅茶とは違って苦味が強いがこれはこれで味わいが……などと考えてた私はふと近くで魔力が弾けるのを感じた。
「!? 今のは……」
「ジュエルシードの発動だろうな。
多少離れているとはいえ、この付近も落下予想地の範囲内だ」
兄様は空間ディスプレイを展開すると、サーチャーから送られてくる映像を映し出した。
魔力の発動を感じる前からサーチャーを展開していたことに疑問を感じるが、今はそれどころではない。
「これが……ですか。
ベイ達に命じて集められていると伺ってますが、確保しないで良いのですか?
何でしたら、私が行ってきますが」
「要らんよ。
家族旅行の最中に無粋なことをする必要もあるまい。
それに、今はまだ私も卿も彼らの前に姿を見せるつもりはない」
彼ら? そう疑問に思って兄様の視線の先にあるディスプレイを見ると、そこでは数人の少年少女が対峙していた。
金髪で黒いレオタードの様なバリアジャケットを纏った少女と、野性的なオレンジ髪の犬耳を生やした女性。
それに相対するのは白いバリアジャケットのツインテールの少女と、その少女にそっくりなポニーテールのジャージ姿の少女、そして黒と白の双剣を構えた茶髪の少年だ。
バリアジャケットを纏った少女2人が空中に飛び上がり、射撃魔法の撃ち合いを始める。
それと同時に、オレンジ髪の女性がその姿を狼へと変えて残りの2人に飛び掛かった。
「彼らがこの世界の重要人物と転生者ですか」
「ああ、空中で撃ち合っているのがこの世界の重要人物で、狼はその守護獣。
残りの2人が転生者だ」
その言葉に思わず私は2人の転生者を空間ディスプレイ越しに睨み付ける。
何れ必ず兄様と敵対する存在。
見た所、今の時点であれば全員纏めても私1人で十分相手出来る程度の力量でしかない、ならばいっそこの場で……。
そう思った直後、私は身体が浮き上がる様な感覚を感じると、次の瞬間には兄様の足の上に抱えられていた。
「ふぇ?」
現状が理解出来ず、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「に、兄様!?」
兄様の膝の上に乗せられるのは初めてではないが、普段とは異なり乗せられると言うより抱え込まれると言った方が相応しい姿勢、更に今の私達は湯上りの為に備え付けられていた浴衣を羽織っているだけの格好であり、いつもとは違う密着感に食事を挟むことで漸く下がってくれた血がもう一度顔に集まるのを感じた。
鏡が無いので分からないが、おそらく今の私は耳まで真っ赤になっていることが想像出来る。
「家族旅行の最中に無粋な真似は要らんと言ったぞ」
そんな真っ赤になっているであろう私の耳元で兄様が囁く。
脳を直撃するその声に腰砕けにされてしまい、声を出すことも出来ずに必死に頷いた。
「それに、見ての通り彼らは未だ発展途上。
この先何処まで力を伸ばせるか、もしかすると思いの外楽しませてくれるかも知れん」
そう言いながら、兄様の右手は私の浴衣の合わせ目から左手は裾から侵入してくる。
「───────ッ!?」
望んでいた展開ではあるものの、心の何処かで準備が足りていなかった為にパニック状態になり声にならない悲鳴を上げる。
「まぁ、私やカールに対抗出来る様になるかと言えば流石に望み薄だが、少なくともザミエル達とやり合えるくらいには成長して欲しいものだ」
前に抱え込まれている為に兄様の顔は見えないが、声の感じからして私ではなくディスプレイの方を見ていることは分かった。
脳が沸騰しそうになっている私とは正反対に、兄様は淡々としている。
その声にも興奮の色は全くなく、それがどうしようもなく悔しいと感じた。
しかし、そんなことを考えていられたのも最初の数分だけで、ディスプレイ越しに少年少女の戦いを観戦する兄様に手慰みに弄られ生殺しの生き地獄を味わわされた私はすぐに意識を保つのが精一杯な状態にされてしまった。
もしかしてこれ、家族旅行中に無粋なことを考えたことへのお仕置きですか?
30分程経って魔法少女達の戦闘が金色の方の勝利で終わるころには息絶え絶えになってぐったりとしていた。
空間ディスプレイを消して漸く私の方へと意識を向けた兄様は私を抱え上げると、用意されている布団の方へと足を進めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「昨日の続きなのですが……」
翌日、立てないので布団にうつ伏せになりながら私は座椅子に座ってお茶を飲んでる兄様に問い掛けた。
「転生者に攻撃を仕掛けないことについては分かりました。
しかし、この世界の重要人物と時空管理局についてはどうなさるのですか?」
「どちらも今のところ何もする気は無い。
この世界の重要人物は未だ殆どが10にも満たぬ幼子。何をする気にもならないし、必要もない。
干渉はベイとマレウスのみで成り行きに任せれば良い」
確かに、昨日の映像を見る限りでは双方とも小娘で、年齢的にも実力的にも相手をするようなレベルではない。
兄様は勿論、騎士団員と比較しても大分落ちる。
「ベイやマレウスが殺してしまう可能性もありますが?」
「そうなったらそうなったで、別に構わん。
所詮はその程度の存在だったということ、流れについては世界が勝手に補うだろう」
微塵の躊躇も無い回答に、思わず頷くしかなかった。
尤も、兄様の決められた方針に逆らう気は最初から無いですが。
「それでは管理局の方は如何ですか?
ロストロギアがばら撒かれている以上、何れはこの世界にやってくるでしょう。
こちらが何もしなくても、ジュエルシードを保持している以上はベイ達と衝突する可能性が高いと思われますが」
はち合わせたら間違いなく戦闘になるだろう。
特にベイは絶対に喧嘩を売る。
「この世界に来るとしたら本局の次元航空艦だろう。
向こうでは我々ガレア帝国のことは秘匿されているようだが、提督クラスであれば知らされていると聞いている。
賢い者であれば、向こうから衝突は避けるであろう」
「……賢い者でなかったら?」
私の問いに無言のまま微笑む兄様の姿に、時空管理局の選択次第で起こり得る惨劇が想像出来てしまう。
確かに賢い者であれば衝突は避けられるかも知れませんが、彼らが過去に二度も愚かな選択をしていることを思い出して暗澹とした気持ちになります。
私はベイやシュライバーと違って戦争が好きと言うわけではありません。
勿論、攻めてくる愚か者達には容赦する気はありませんが、避けられる戦いなら避けたいです。
願わくは、派遣されてくるのが賢い者達であって欲しいものです。
(後書き)
マイルド獣殿とはいえ問題回。
ただ、獣殿は基本的に来るもの拒まずのスタンスだと思われます。
それと、忘れられがちですが彼等は古代帝国の皇族に分類されます。
問題あると思ったら修正するかも知れません。
なお、『城』から動けないイザークには後日海鳴温泉まんじゅうが届けられました。
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16:時空管理局と交渉人
【アースラ艦内】Noil me Tangere(dies irae)
その日、世界が震撼した。
比喩表現ではない、物理的に揺れたのだ。
それも、大地がではなく空間そのものが。
引き起こしたのはジュエルシードと言う蒼い宝石。
うずらの卵程度のちっぽけな石が引き起こした災害は世界中に原因不明の揺れを齎した。
【Side 高町まどか】
夕暮れの街中に暗雲が立ち込め雷が降り注ぐ。
私は空を飛べるなのはを先行させ、優介と共にジュエルシードが発動した場所へと急いでいた。
「拙い……拙過ぎるわ!」
焦りが浮かぶが、一刻も早く戦場に着くようにと走る以外出来ることは無い。
「正史の通りとは言え……止められなかったか……」
「正史の通りじゃ……ない! 違う点が2つ。
その2つの違いが……致命的に拙いのよ!」
走りながら喋るのは苦しいが、正直叫ばないと気持ちが焦る一方で耐えられなかった。
「2つって?」
「1つ目はユーノが居ないこと。
広域結界を張る人間が居ないから、次元震の被害が直接この世界に降り掛かるわ」
そう、すずかの家や温泉宿では気付いていなかったが、ユーノが居ないせいで結界を張る人間が居ない。
魔法の秘匿の面でも周囲の被害と言う面でも非常に拙い。
しかし、なのはは適性の問題か結界魔法の習得が遅々として進まないし、私や優介はデバイスが無い為結界魔法の行使は厳しい。
早く来なさいよ、管理局!
「そ、そんなことさせるか!」
「だから焦ってるの。
いいから……もっと早く走りなさい!」
とは言いつつも、正直優介が御神流の修行で鍛えている私と同じペースで走れることに驚いた。
正義の味方を目指して鍛えていたのだろうか。
「ああ、一刻も早く止めないと。
それで……もう1つの違う点って?」
「正史と違って……厄介な奴らがいるでしょ。
あんな目立つことしたら……襲ってくるわよ」
「聖槍十三騎士団か!」
すずかの家や温泉宿の時は姿を見せなかったが、恐らく探査能力が低い為だろう。
そうでなければ、ジュエルシードを目的としている以上必ず襲ってきたはずだ。
今回は街中で、しかもわざわざ相手に合図を送っているのも同然の状態となってしまっている。
「早く行かないと……フェイトとアルフが殺されるわ!」
そうしてジュエルシードの暴走現場に着いた瞬間、蒼い光が放たれ世界が震えた。
見ると、光を放つジュエルシードをなのはのレイジングハートとフェイトのバルディッシュが挟み込む様に交差しているところだった。
放たれる凄まじい魔力に2つのデバイスに罅が入り、なのはが弾き飛ばされた。
「きゃあああぁぁぁ!!」
「ぐ……!?」
「なのは!?」
ちょうど私達の方に飛ばされてきたなのはを、優介と一緒に何とか受け止める。
フェイトは何とかその場に止まり耐え凌ごうとしていたが、やがてなのは程ではないにしろ後方に弾き飛ばされた。
ジュエルシードは不気味に脈動している。
フェイトは傷付いたバルディッシュを待機状態に戻し、暴走を始めようとしたジュエルシードを直接封印しようと駆け寄る。
しかし、その瞬間脈動していたジュエルシードは再度強い光を放ち周囲へと衝撃が走る。
「うあああああぁぁぁ!!」
「フェイト!!」
近付いていたフェイトはたまらず吹き飛ばされ、人型へと変身したアルフに受け止められる。
正史よりも暴走が激しい。
正史ではフェイトがジュエルシードを素手で掴み傷を負いながらも封印した筈だが、近付く前に吹き飛ばされてしまった。
ジュエルシードは脈動を激しくし、その度に断続的に衝撃波が放たれてとても近付けない。
「拙い、このままだと周囲に被害が!?
下手をしたら街が吹き飛ぶかも知れない!」
「そ、そんな……」
「ここから宝具で撃ち抜いたらダメか?」
「今のあの状態で下手に衝撃を与えたらどうなるか分からないわよ!?
封印魔法なら兎も角、攻撃は当てないで!」
私の言葉になのはと優介が青褪める。
おそらく、私の顔も血の気が引いているだろう。
感覚的にだが、このまま暴走が続けば世界まではいかないものの街どころかこの国ぐらいは滅ぶだけの力を感じる。
何とか近付いて直接封印しようと試みるが、衝撃波が強力でなかなか近付けない。
反対側でフェイトとアルフも必死の形相で何とか近付こうとするが、その度に弾き飛ばされている。
駄目か……。
「あ~あ、見てらんないわね~」
そんな暢気な言葉が私達の後から放たれた。
聞き覚えのある声に慌てて振り返ると、そこには予想通りのピンク色の髪の少女が黒い軍服を纏って立っていた。
口元に手を当てて嘆息しているその姿に腹が立つが、余所見をしてた間に放たれた衝撃波をもろに受けてしまいたたらを踏む。
「ほらほら、余所見してないでちゃんと構えてないと危ないわよ~」
誰のせいだと思ってる!
そう怒鳴りたい気持ちで一杯だったが、必死に抑え込む。
危険人物に背を向けるのは本意ではないが、暴走するジュエルシードからも目を離しては居られない。
「そうそう、その調子その調子~」
こんなに腹が立ったのは初めてかも知れない。
しかし、怒りに震える私を無視するように、少女──ルサルカはすたすたと私達の横を素通りしジュエルシードへと歩みを進める。
「な、ちょっと……!?」
「危ない!」
「駄目だ! 近付くな!」
断続的に衝撃波を放っているジュエルシードに向かっていく彼女に、私達3人は思わず叫ぶ。
私は兎も角、残り2人のお人好しは心配の要素が強い様だが。
しかし、そんな2人の心配を余所に、ルサルカは衝撃波などまるで存在しないかのように歩みを変えることなく進んでいた。
反対側に居るフェイトとアルフもジュエルシードに近付くのを止めて、信じられないものを見る様に彼女を見ている。
結局ルサルカは何事も無いかのようにジュエルシードの元まで近付き、そのまま掴んだ。
「ほ~ら、良い子にしてなさいよ~」
そんな気の抜ける台詞と三角のテンプレートと共に、あれだけ猛っていたジュエルシードはその魔力を…………止めた。
「な、一瞬で!?」
「デバイス無しでジュエルシードを封印した!?」
フェイトとアルフが呆然としている。
こちらもなのはは同じ様に呆然としている。
しかし、私と優介は別の事に気付いて先程以上に顔を真っ青にしていた。
今ルサルカが使った封印魔法はこの世界の魔法だ。
三角のテンプレートが見えたことから、ミッドチルダ式ではなくベルカ式である様だが、重要なのはルサルカ・シュヴェーゲリンと言う人物がこの世界の魔法を使用したことだ。
私や優介の推測では彼女達はこの世界に元々居た存在ではなく、何らかの転生特典によって存在している可能性が一番高い。
その場合、彼女がこの世界の魔法を使えるのは後付けによるものだろうが、それは即ち本来のルサルカ・シュヴェーゲリンよりも強くなっていることを意味する。
前回の遭遇戦でヴィルヘルムに攻撃がまともに効かなかったことから、彼らがエイヴィヒカイトと言う力をそのままにこの世界に存在していることは分かっていた。
しかし、どうやらそれに加えて更にこの世界の魔法を習得し強化された状態であるらしい。
ただでさえ強力な相手の戦力が想定していたよりも更に上であると言う事実に頭が痛くなる。
「さて、私はもう帰るわね。 またね~」
そんなことを考えていると、ルサルカは前回同様に手を振りながら転移していく。
「な!? 待って!」
「く! ジュエルシードが!?」
ジュエルシードを持ち去られたことにフェイトとアルフが慌てて止めようとするが、時遅くルサルカは姿を消していた。
後に残されたフェイト達と私達はしばらく睨み合っていたが、やがてフェイトとアルフは飛び去っていった。
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翌日、木のお化けの様な暴走体をフェイト達と協力して封印しようとしていた。
アルフが結界を張り、私と優介が襲ってくる根っこをそれぞれ剣で斬り伏せる。
そして出来た隙に2人の魔法少女が砲撃を放つ。
「撃ち抜いて! ディバインバスター!」
「貫け轟雷! サンダースマッシャー!」
「「ジュエルシード、シリアルVII……封印!」」
ジュエルシードは封印され、暴走体は姿を消した。
しかし、なのはにとっても私達にとっても今回の暴走体は前座に過ぎない。
なのはにとってはフェイトと話をするという目的が、そして私と優介にとってはこの後現れる管理局との交渉があるからだ。
宙に浮かぶジュエルシードから離れて、2人の魔法少女が対峙する。
「ジュエルシードには衝撃を与えたらいけないみたいだ」
「うん、夕べみたいなことになったら私のレイジングハートもフェイトちゃんのバルディッシュも可哀相だもんね」
「だけど……譲れないから」
「私はフェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど……私が勝ったら、ただの甘ったれた子じゃないって分かってくれたら、お話聞いてくれる?」
2人の少女がデバイスを構え同時に相手に向かって飛ぶ。
良く考えたら、鎌を振るうフェイトは兎も角としても、なんでなのはは杖で殴りかかろうとしているんだろう。
そんな疑問が脳裏に浮かぶが、気にしないこととした。
2人のデバイスが交差する直前、彼は姿を現した。
「ストップだ! ここでの戦闘は危険すぎる!」
そんな台詞と共に、なのはとフェイトのデバイスを両手で掴んで止める少年。
黒髪に方に棘が付いた黒いバリアジャケット、間違いない。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ! 詳しい事情を聞かせて貰おうか」
しかし、現れたのは彼だけではなかった。
同時に現れ、ノーマークだったジュエルシードを掴み取った少女、そして白髪の男。
クロノと同様の黒い装いだが、そこに籠められた意味合いは全く逆。
「ハッ! 面白いことになってるみてぇじゃねぇか」
「私達の為にわざわざ封印してくれてありがとね~」
聖槍十三騎士団のヴィルヘルムとルサルカの2人だ。
ヴィルヘルムは強烈な殺気を当たり構わず放っている。
隣に居るルサルカはそんな殺気の中でも自然体で、逆にまるで戦う気を見せていない。
この状況ではどちらかと言えばルサルカの態度の方が不気味に思える。
「あんた達!」
「ジュエルシードを渡して!」
フェイトとアルフは管理局の登場に一瞬警戒を向けたが、ジュエルシードを優先して聖槍十三騎士団の2人に矛先を向けた。
2人掛かりでフォトンランサーを放つが、ヴィルヘルムは動こうとせず棒立ちのままそれを受ける。
「……で、今何かしたか?」
首をゴキゴキとならしながら、何事も無かったかの様にヴィルヘルムが嘲笑う。
「そ、そんな……」
「嘘だろ、効いてないっての?」
自分達の攻撃が全くダメージを与えられないことに、フェイトとアルフは真っ青になる。
「そんな豆鉄砲じゃ幾ら撃っても俺ぁ殺れねえよ。
そら、お返し行くぜ!」
「く……」
「フェイト、逃げて!」
自分達の攻撃を無防備で受けて全く意に介さない相手が攻勢に出ることに2人は怯む。
「待て! 戦闘行為を止めるんだ!」
「あぁん?」
そんなヴィルヘルムを止めたのはもう一人の黒衣。
クロノが青い魔力光でバインドを放ち、ヴィルヘルムの胴体と右腕を固定する。
「今だ、逃げるよフェイト!」
「で、でも……ジュエルシードが!」
「今はそれどころじゃないよ!」
ヴィルヘルムの攻撃が止まった隙にフェイトとアルフは離脱していく。
「あ、待て!」
クロノが逃げる2人を制止しようとするが、ヴィルヘルムにバインドを掛けた直後の隙を突かれた為にワンテンポ遅れてしまっていた。
それでも2人を止めようと意識を向けるクロノだが、それはこの状況で絶対にしてはいけないことだった。
「余所見してんじゃねぇよ」
バインドを一瞬で力尽くで破壊し、ヴィルヘルムはクロノの所まで飛び上がると拳を振り下ろす。
反応の遅れたクロノは何とかデバイスで受け止める……が。
「甘ぇんだよ!」
「ぐあああぁぁぁ!?」
クロノのデバイスは一瞬で砕かれ、拳はそのままクロノの身体へと叩き付けられた。
デバイスで一瞬とは言え受け止めたせいか、威力と方向を逸らしたために顔面に風穴を空ける筈だった拳は肩を叩くだけに止まった。
しかし、鎖骨を折るボキッと言う音がここまで聞こえてきたため、クロノの右腕はしばらく使いものにならないだろう。
空中でヴィルヘルムの拳を受けたクロノは弾き飛ばされるように地面へと叩き落とされる。
あれだけの攻撃を受けた上に地面に叩き付けられたら命に関わる!
「く……!?」
「間に合え!」
私と優介はクロノの方へと飛び出すと、何とか地面すれすれのところで受け止める。
同じくなのはもクロノの傍へと掛け寄り、レイジングハートを空中に留まるヴィルヘルムへと向ける。
「次行くぜ」
そう宣言すると、眼下の私達へと腕を向ける。
その腕から見えないが何かが放たれたのを感じる。
直感だが、あれを喰らったら拙い。
「なのは!」
「プロテクション!」
ドーム状に展開した障壁に、ヴィルヘルムから放たれた何かが降り注ぐ。
強固な筈のなのはのプロテクションにみるみるうちに罅が入っていく。
「下がるわよ!」
優介がクロノを、私がなのはを抱えて後方へと跳ぶ。
次の瞬間、なのはのプロテクションは完全に破壊され、先程まで私達が居た所に破壊の雨が降り注いだ。
地面は穴だらけになり、あのままあそこに居たら私達もあの地面の様に穴だらけになっていたと戦慄する。
「ハッ! 上手く逃げるじゃねぇか」
嘲笑すると、ヴィルヘルムは地面に降りた。
「待て! 僕は管理局の執務官だと言った筈だぞ!
管理局に逆らうつもりか!?」
クロノが肩を押さえながら、叫ぶ。
「『逆らう』だぁ?
まるで手前等劣等が俺らより上みたいな口振りじゃねぇか」
「何だと!?
時空管理局は次元世界の平和と秩序を守る組織だぞ!
貴様の行為は公務執行妨害に当たるぞ!」
「阿呆が、お呼びじゃねぇんだよ!」
そう怒鳴ると再び攻勢に出ようとするヴィルヘルムだったが、出鼻を挫く様に彼と私達の間に空間ディスプレイが展開される。
『待ちなさい!』
そこに映っていたのは緑の長い髪をした女性だった。
おそらく、彼女がアースラ艦長のリンディ・ハラオウンなのだろう。
『戦闘行為を止めなさい!
管理外世界での許可の無い魔法行使は管理局法に抵触します!』
表情は険しく、言葉遣いも荒れている。
おそらくは息子を傷付けられたことへの怒りを感じているのだろう。
「あん? 手前も管理局員か?」
『時空管理局提督リンディ・ハラオウンです』
「ハッ! 提督と来たか。
こんな辺境までわざわざ船寄越して、ご苦労なこったな。
で? 許可? 管理局法に抵触?
馬鹿が! 手前等の許可なんざ要らねぇんだよ!」
「ベイの言うとおりね~。
私達に命令する権利なんて、貴方達にあるわけないじゃない」
空間ディスプレイ越しにリンディ提督と話すヴィルヘルムに、静観していたルサルカが加わる。
『魔法を使っていたし管理局のことを知っている以上は管理世界の住人なのでしょう?
それならば、管理局法に従う義務があります』
管理局員に対して真っ向から否定するヴィルヘルムとルサルカの態度に、多少冷静になったのか訝しげに問い掛ける。
しかし、ヴィルヘルムとルサルカは馬鹿にする様に笑い合った。
「ククク……」
「アハハハハハッ!」
『何がおかしいのですか?』
「提督クラスなら知ってる筈なんだけどね~。
尤も知らなかったで済む話でもないんだけど。
まぁ、仕方ないから特別に名乗ってあげましょうか」
そう告げると、辺りを静寂が包み緊張感が高まる。
そうして、彼女らは致命的な言葉を口にする。
「聖槍十三騎士団黒円卓第八位ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルムよ」
「同じく、第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」
反応は劇的だった。
一瞬、呆けたようになったリンディ提督は驚愕に顔を歪めると真っ青になる。
『な!? ま、まさかあの……』
「状況が飲み込めた様ね。
それで? 管理局法違反……だったかしら?」
『く……っ!』
嬲る様に嘲笑いながらからかうルサルカに、リンディ提督は唇を噛み締めると悔しそうに押し黙る。
状況が読めないが、どうやらヴィルヘルムやルサルカは管理局の権力が及ばない立場にあるらしい。
正直これは私達にとっても予想外であり、また不利な情報だ。
管理局が到着すれば彼らの動きも抑えられると期待していたが、そう簡単にはいかないようだ。
「分かったのなら、さっさと尻尾を巻いて逃げ帰りなさいな。
私達に優先行動権がある以上、貴方達の出る幕は無いわ」
『しかし! この世界で次元震が発生している以上、放っておくわけにはいきません!』
「ふ~ん。まあいいけど……さっきも言った通り優先行動権は私達にあるから、せいぜい私達が現場に着くまでに事を収められるように頑張ることね」
そう言うと、ルサルカとヴィルヘルムはジュエルシードを持ったまま転移魔法を展開する。
「な! 待て!?」
『やめなさい、クロノ!!』
立ち去ろうとする2人にクロノが慌てて制止しようとするが、その行為はリンディ提督に止められる。
「母さ……いえ、艦長! どうして止めるんですか!?」
『彼らに対して敵対することは認められません』
「な!? 母さん!?」
母親であり上官でもあるリンディ提督の信じられない言葉に、裏切られた様な表情を見せるクロノ。
『それより、そちらの方々から詳しい話を聞きたいので、アースラへ招待して頂戴』
「……分かりました」
ここで怒鳴っても望んだ答えは得られないと見て、遣り場の無い怒りを無理やり抑えるとクロノは頷いた。
肩を押さえたまま振り返ると、こちらに話し掛けてくる。
「そう言うわけだから、済まないが僕に着いてきてくれないか」
「え、ええと、その……」
「分かったわ」
「分かった」
なのはは混乱していたが、私と優介は即答する。
元々そのつもりであったのだから迷うまでもない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔法と言うファンタジーなイメージと正反対な近未来的な戦艦の廊下をクロノに案内されながら着いていく。
しばらく行くと、クロノは扉の前でインターフォンを押した。
「艦長、お連れしました」
『入って頂戴』
入室許可を得て自動扉を開けて中に入るクロノに続い、私達3人もリンディ提督の私室であろう部屋へと入室する。
次の瞬間に視界に入ってきた光景に、知っていたが思わず嘆息する。
畳にししおどし、外人の間違った日本贔屓の代表例のような部屋であったからだ。
「時空管理局提督、そしてこの次元航行艦アースラの艦長リンディ・ハラオウンです」
緑色の長い髪をした、中学生くらいの子供が居るとは思えない若々しさを保った女性が抹茶の道具を持ちながらそこに正座していた。
「高町まどかです」
「松田優介です」
「えと、高町なのはです」
「まずは、貴方達にはお礼を言わないといけないわね。
私の息子を助けてくれて、ありがとうございました」
そう言うと、私達に向かって頭を下げるリンディ提督。
「あ……済まない。僕もお礼を言うのを忘れていた。
さっきはありがとう。おかげで命拾いしたよ」
リンディ提督の言葉を受け、思い出したようにクロノも慌てて頭を下げる。
「いえ、当然のことをしたまでです。
それよりも、クロノ執務官は治療をした方が良いのでは?
その肩、完全に骨折しているでしょう」
「確かに折れてるけど、医務室に行くのは話が済んでからにするよ。
話は聞いておきたいし、あまり得意ではないとはいえ治癒魔法も使えるから治療しながら聞かせて貰う」
「ならいいけど……」
骨折で痛むだろうに真面目だな、と思わず感心する。
「それでは、話を聞かせて貰えるかしら」
「成程、ジュエルシードを発掘した少年からの念話で……」
「拾ったデバイスの言葉では、発掘者の少年はユーノ・スクライアと言う名前だそうです。
残念ながら、先程の白髪の男ヴィルヘルムに既に殺されてしまってます」
「そう……」
「そうか……」
既に死者が出ていることに、2人が沈鬱な表情となる。
一方、発掘者の少年が死んでいることを知らなかったなのはは真っ青になっている。
「それで、貴方達が代わりに集めていたのね」
「放っておいたら街中が危険だし、かと言って頼れる相手も居なかったから、自分達で集めるしかありませんでした」
クロノは一般人が関わっていたことに不満気だが、他に選択肢が無かったことも理解したのか特に何も言ってはこなかった。
「分かりました。では、これよりロストロギア……ジュエルシードの回収については時空管理局が全権を持ちます」
「え?」
リンディ提督の言葉になのはが呆けたような声を上げる。
「君たちは今回のことは忘れて元の生活に戻るといい」
「でも、そんな……」
クロノが関わらない様にと言うが、納得がいかないのか、なのはがおずおずと食い下がろうとする。
「これは次元干渉に関わる事件だ。民間人が出る話じゃない」
そうね。
その通りでしょう。
……この後に出てくるであろう言葉が無ければだけど。
「まあ、急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう。
今夜一晩ゆっくり考えて、三人で話し合って、それから改めてもう一度お話をしましょう」
「いえ、その必要はありません。
お話は分かりました。先程勧めて頂いた通り私達は今回のことは忘れて元の生活に戻ることにします」
「え?」
「そんな!?」
私の言葉にリンディ提督となのはが疑問の声を上げる。
クロノは当然と思っているため特に驚いてはおらず、優介は最初から打合せ済みだから疑問はない。
「さて、なのは。優介。そうと決まったらさっさと帰りましょ」
そう言って2人を促すと、私は立ち上がって入口の方へと向かう。
「待って下さい!」
「……艦長?」
慌てて止めようとするリンディ提督に、クロノが不思議そうな表情をする。
「あれ? 何故止めるんです?
民間人が出る話じゃないんでしょう? それともまさか……」
目を細めて出来る限り冷たい視線をし、口元に僅かに歪ませて振り返る。
「……『手伝わせて下さい』と言わせる筈が当てが外れたせいじゃないですよね?」
「な!?」
「君は一体何を!?」
人手不足の管理局は私達の手助けが喉から手が出る程欲しい。
しかし、治安維持組織である彼らが一般人……それも子供相手に協力を要請するのは体裁が悪い。
加えて協力依頼という形を採ると報酬についても問題となる。
ならば、相手の方から「協力させて欲しい」と志願させれば、体裁も保たれ報酬も要らず、万が一の場合にも責任を取る必要が無い。
「私達にとってみれば身近に発生している災害、自分達が何とかする力があれば何とかしたいと思うのが当然よね。
突き放せば必ず私達の方から『協力させて欲しい』と言い出す……そう言う計算かしら」
良く言われるリンディ誘導説だが、目の前で青褪めているところを見るに図星だったのだろう。
なお、責める様な口調で話しているが、実際のところ私は別にそれが悪いとは思っていない。
組織の責任者としては仕方ない部分があるし、そもそも私達は管理局に協力してジュエルシード集めをするつもりだったので、別にそのまま乗っても良かった。
ただ、2点だけ交渉で呑ませたい条件があったので、先制攻撃をさせて貰っただけだ。
1つ目はデバイス。
私や優介はデバイスが無い為に飛行魔法を行使しながら戦うことが出来ない。
これまで何度かフェイトと衝突したが、戦闘域が空中になってしまうと傍観するしかなくなってしまっていた。
単なる協力者でもデバイスくらいは貸してくれるかも知れないが、今後のことを考えると矢張り専用デバイスが欲しい。
勿論、今回の事件には間に合わないだろうから取り合えずは武装隊の標準デバイスでも仕方ないと思うが、報酬として作って貰うことを条件としたい。
2つ目は命令の拒否権。
正史通りであれば海上で複数のジュエルシードを起動させ危機に陥るフェイトを助けることになるが、その後にリンディ提督から叱責される。
放置すれば地球の危機だと言うのに、悠長に眺めているのが最善と言う彼らは優先順位を間違えているか私達とは相容れない優先順位を持っている。
一応は善人みたいだから前者だとは思うけど、どちらにせよ個人的に納得いかないので予め潰しておきたい。
そんな思惑を表情に出さずに、こちらを直視出来ずに俯いているリンディ提督を見据える。
隣に居るクロノは最初こちらの言葉に反発していたが、リンディ提督の態度を見てまさかと言いたげな表情で固まっている。
しばらく、無言で気まずい時間が流れるがやがてリンディ提督が床に手を付いて頭を下げた。
「ごめんなさい。
貴方の言う通り、人手不足を補うために誘導しようとしました。
本当にごめんなさい」
「そう。それでどうするのですか?」
「改めてお願いします。私達管理局に協力して頂けませんか?
報酬に関しても可能な限りのことはします」
態度を変えて、真摯に頼み込んでくるリンディ提督。
さて、ここからが交渉開始となる。
「はい、お手伝いたぁ!?」
ふぅ、危ない危ない。
いきなり交渉をぶち壊そうとしてくれた愚妹の脳天にチョップを当てて黙らせる。
なのはは頭を押さえて涙目になりながらこちらを睨んでくるが、無視する。
「条件次第で協力しても良いです」
「条件……ですか?」
先程責めたせいでかなり警戒されてるらしく、リンディ提督の表情が険しくなる。
「1つ目は、先程対峙していた金髪の魔導師について。
彼女が姿を見せた場合はなるべくなのはに相手をさせる様にして下さい」
睨んでいたなのはだが、私の言葉を聞いて喜色を浮かべる。
「フェイトと呼ばれていた女の子のことね。
それについては可能だけど、理由を聞かせて貰っても良いかしら?」
「なのはが話をしたいそうですから」
「そう……いいわ、分かりました。
状況次第で必ずとは約束出来ませんが、なるべく考慮します」
まぁ、これについては管理局側に不利益どころか利益になる話なので、別に断られることはないと確信していた。
「2つ目ですが、私と優介に専用デバイスが欲しいです。
ただ、これは流石にすぐに用意出来るものではないと思いますので、それまでは標準的なものを貸して頂ければと思います」
「専用デバイス……性能次第では高く付くわね」
「AAAランクの魔導師を囲い込むためなら、喜んで予算を回してくれるんじゃないですか?」
軽い皮肉を混ぜてそう言うと、リンディ提督はぐぅの音も出ずに押し黙る。
「分かりました、それについても何とかします。
今のところは武装隊の標準ストレージデバイスを貸し出しますのでそれを使って下さい」
「ありがとうございます。
それで3つ目、これが最後ですが命令に対する拒否権が欲しいです」
これまでの2つの条件は大して難しいことでもないため殆ど議論もせずに通っていたが、最後に挙げたこの条件は流石に厳しいらしく、リンディ提督の顔があからさまに曇った。
「流石にそれは難しいです。指揮系統が保てなくなり、円滑な行動が出来なくなります」
「まぁ、そうでしょうね」
あっさりと言う私に、リンディ提督は呆けたような表情になる。
「なので、条件を限定します。
私達自身や家族・友人、この街やこの世界、それらに被害を齎す命令に関しては拒否権を下さい」
「私達はこの世界に被害を齎す様な命令は出すつもりはありません!」
不本意だとリンディ提督が声を荒げる。
でも、本当にそうかしら?
他の世界に被害を齎す事態にこの世界を犠牲にすれば止められるとなれば、実行するんじゃないかしら。
「ならば拒否権を貰っても良いですよね?
そう言った命令が出されなければ別に何も変わらないわけですし」
「……分かりました、良いでしょう。
貴方達や周囲に被害を齎す命令は拒否して構いません」
「交渉成立ですね。
内容は後で契約書に起こして下さい」
そう言って手を差し出す私に、リンディ提督は一瞬絶句するが苦笑しながら手を伸ばす。
交渉成立の握手をしながら、私は周囲の視線が自分に集中していることに気付く。
話しの中心に居たから注目されるのは当然かも知れないが、向けられているのは呆れや疑念の色が強い。
「それにしても、まるで大人と交渉しているみたいだったわ。
貴方、本当に9歳なの?」
ぎくっ、転生者である私は前の世界の分を合わせれば軽く成人を超えた年齢となる。
思い返してみれば、年相応の態度からかなり掛け離れていたことに気付く。
交渉となればやむを得ない部分はあるが、転生者のことを気取られたくは無い。
「え、え~と……テレビの真似してみただけですよ」
……結局、出来たのはそんな苦しい言い訳だけだった。
「ところで、私達の知ってることは話しましたが、こちらから質問しても良いですか?」
私の問い掛けに、リンディ提督は多少警戒しながらも頷く。
そんな危険人物に向けるような視線を向けないで下さい。
「ヴィルヘルムとルサルカ……何故彼らを見逃す様な真似をしたんですか?
聖槍十三騎士団……彼らがそう名乗った途端に貴方の態度が変わりましたよね」
私の言葉にクロノも思い出したようにリンディ提督に喰ってかかる。
「そ、そうだ……艦長、何故彼らを追うのを止めたのですか!?
聖槍十三騎士団とはどういう集団なのですか?」
「済まないけど、その質問には答えられないわ。
彼らの存在は極秘事項であり、本局の将官以上でないと教えてはいけないことになっています」
「な!?」
将官以上!?
提督クラスでないと教えられないって、どれだけ極秘扱いになっているの?
「ただ、少なくとも言えることは……彼らとの敵対は徹底して避ける必要があります。
未回収のジュエルシードが幾つあるかは不明ですが、彼らが姿を見せるまでに回収する速攻戦法が望ましいです。
もしも彼らが現れた場合は即撤退を厳守して下さい。
また、彼らが既に保持しているジュエルシードについては、諦めるしかないでしょうね」
「しかし!」
リンディ提督の言葉が納得出来ないのか、クロノが喰って掛かる。
しかし、リンディ提督はそんなクロノの言葉を切って捨てた。
「これは命令です、クロノ執務官」
「……分かり……ました」
不承不承ながらクロノが受け入れ、その場はお開きとなった。
【Side リンディ・ハラオウン】
「………………はぁ」
まさか、管理局上層部で禁忌とされている者達とこんな辺境の管理外世界で遭遇することになるとは思わなかった。
ガレア帝国……そして、その尖兵たる聖槍十三騎士団。
二度に渡って管理局が敗北し、屈辱的な条約を結ばされている相手。
絶対に関わりたくない相手だが、同時にロストロギアがこの世界にばら撒かれている以上は何もせずに撤退も出来ない。
彼等が関わっている以上、本局に増援を要請しても無駄だろう。
接触後に増援を要請することは、下手をすれば帝国を刺激しかねない。
対処に動けるのはこの世界に来ているアースラクルーだけだ。
そんな中、独自にロストロギア──ジュエルシードを探索していた現地の少年少女。
「高町まどかさん、か」
私は先程まで話していた少女──高町まどかさんのことを考える。
拙いところは多々あれど、10歳にも満たない年齢でありながら堂々と交渉してみせた。
正直、年齢詐称を疑いたくなるレベルだが……そんな少し調べれば分かるところで嘘は付かないだろう。
それに交渉力を評価するとしてもあくまで
先の交渉は彼女の要求をほぼ全て飲んだ形になったが、内容としてはこちらにとっても悪くはない。
拒否権など発動する機会はないだろうし、黒いバリアジャケットの少女の相手を積極的に請負ってくれるのも好都合。
管理外世界の住民である彼等にデバイスのメンテナンスは不可能、デバイス・マイスターにコネも無いだろうから、デバイスを渡しておけば必然的に私達管理局に頼らざるを得ず、勧誘の機会は幾らでもある。
「尤も、勧誘の機会についてはこの事件を乗り越えられたらの話だけど。
矢張り、ガレア帝国が一番の問題ね」
現場でかち合ったら即撤退の方針を採るとはいえ、接触の可能性をゼロには出来ない。
戦力としても勿論脅威だけど、それ以上に条約に抵触して帝国との戦争が再開されてしまうことが何よりも大きいリスクだ。
それを考えると、現地住民の3人は非常に貴重で有用な存在であると言える。
管理局員と異なり、管理外世界の住民である彼女達は帝国との間で結ばれた条約には無関係に動く事が出来る。
協力者となっているところはグレーと言えばグレーだが、言い逃れが可能な範囲だろう。
「あんな幼い子達をこんなことに利用するのは心苦しいけれど……」
罪悪感が胸を刺すが、管理局員として提督として、私には部下を守り任務を遂行する義務がある。
故に、多少の出費を払っても、彼女達を手放すわけにはいかない。
勿論、優れた資質を持つであろう彼女達が最終的に管理局に入局してくれれば言うことなしであり、約束した報酬についてはきちんと支払うつもりだ。
「だから今は、彼女達が無事にこの事件を乗り越えられることを祈りましょう」
(後書き)
すっかり迂闊な子が定着しつつある腹黒まどかの交渉回……と見せ掛けて、上には上が居るというお話。
それと、祝・クロノ生還。
味方が居るって素晴らしいことですね。(厳密にはあの時点では味方でもないですが……)
1人だったら彼の命は無かったことでしょう。
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17:戦力増強、そして海上
【海上】Deus Vult(dies irae)
アースラの訓練室で2人の魔導師が対峙していた。
年若く10歳前後に見えるが張り詰めた気迫はとても子供の放つものとは思えず、モニタ越しに見学する者達も思わず呼吸を忘れて見詰めていた。
1人は蒼いドレスに甲冑を合わせた様なバリアジャケットを纏った栗色の髪の少女で、杖状のデバイスを2本それぞれの手に持っていた。
もう1人は紅いバリアジャケットを纏った赤茶髪の少年、こちらも2本の杖型デバイスを持っている。
しばらく無言で睨み合っていた2人は、しかしその場に居たもう一人の少女が息を飲む音を切っ掛けに飛び出し、互いに両手に持った杖を叩き付けた。
【Side クロノ・ハラオウン】
目の前の光景に、思わず目を奪われた。
高町まどか、そして松田優介の2人に武装隊で標準として使用しているデバイスを貸し出し、その試しと彼らのデータ測定を兼ねて訓練室で模擬戦を行うことになったのだが、2人の力は僕の想像を超えていた。
2本のデバイスを互いに打ち込み合い、止まることの無い剣戟が始まった。
まさか2人とも2本ずつデバイスを使用するとは思わなかったが、元々双剣を想定した鍛錬をしていたらしい。
これが専用デバイスであれば1つのデバイスの変形で2本の剣とすることも出来るが、標準デバイスにモードチェンジ機能など付いていないため、この様な手段しかなかった。
繰り返される剣戟は全く互角であり、地上での衝突から始まったそれは飛行魔法を駆使して3次元のものへと推移していく。
とても彼らが僕より5つも年下とは信じられない。
勿論、1対1で模擬戦をすれば彼らに負けるつもりはないが、接近戦に限定すれば正直勝ち目は薄いと思う。
何十合か切り合った彼女達は鍔迫り合いから弾かれる様に距離を取った。
『ディバインシューター!』
まどかが左手に持ったデバイスを待機状態に戻して、右手のデバイスを優介に向けて6発の射撃魔法を放つ。
優介はソニックムーブで回避するが、誘導性能を持ったまどかのシューターは回避した優介に向けて方向転換し襲い掛かる。
『ハッ! セイ!』
気合を籠めた声と共に、両手に持ったデバイスでシューターを撃ち落とす。
しかし、まどかは既にシューターの制御から手を離し、次の手の為に動き始めていた。
飛行魔法を解除し地面に降り立ち、スフィアを発生させながらデバイスを両手で持ち頭上に大きく振り被る。
『げ!? まさか……。』
『セイバーって言ったらやっぱりこれでしょ?
本家よりは大分見劣りするかも知れないけどね。』
そう言うと、凄まじい魔力を集中させる。
剣を振り被るような動作をしているが、その様はまるで砲撃魔法を放とうとしている様に見えた。
そこまで考えて自分の思い違いに気付く。
『まるで』じゃない、あれは砲撃だ。
『
振り下ろすと同時にデバイスから砲撃が放たれ、斬撃の形で優介の方へと向かっていく。
砲撃魔法を振り回すとか非常識な!?
高出力のために慎重な運用が求められる砲撃をあんな使い方する人間は初めて見たよ。
しかし、攻撃の効果としては想像以上に高い。
弧を描く形での砲撃は回避するのが非常に難しいだろう。
『く……っ!』
優介も回避が間に合わないことに気付いたのか、苦しげな声を上げる。
そうすると、デバイスの片方を待機状態に戻した。
一体何故?
『I am the bone of my sword.』
優介が不思議な詠唱を行うと、右腕を迫りくる斬撃へと伸ばした。
『
優介の右腕を中心に花弁の様な障壁が展開される。
何だ、あれは?
ミッドチルダ式の術式じゃないし、そもそもスフィアすら出ていない。
まどかの斬撃は花弁を2枚消滅させたところで勢いを無くし消滅した。
『ちょっと、それは反則でしょ!?
デバイスのテストにならないじゃない!!』
まどかが優介に抗議している。
デバイスのテストにならない、と言うことはあれは優介がデバイスなしで発生させたということか?
この世界の固有魔法?
いやでも、この世界は管理外世界だから固有の魔法なんて無い筈だ。
だったら、レアスキルか?
『し、仕方ないだろ。
お前があんな非常識で凶悪な攻撃魔法使うから、反射的に使っちゃったんだよ!』
『きょ、凶悪って失礼な!』
『誰が見ても凶悪だろ!
砲撃魔法振り回すとか、普通やらないぞ!』
全面的に同意するよ、優介。
『ぐす……。』
そう思ったが、次の瞬間目に映った光景に呆然とする。
てっきり言い返すと思ったまどかは目元に涙を浮かべると、顔を両手で覆ってしまう。
な、泣いてる!?
怒鳴るような形ではあったが、でもあれだけのことで?
僕以上に焦ったのは言葉を投げ掛けた優介で慌てて空中から降りてまどかに近寄ろうとする。
『え、あ、ちょ……何も泣かなくても!』
が、泣いていたと思っていたまどかは手を降ろすと、晴れ晴れとした笑顔を向けた。
その笑顔がどうしようもなく黒いものに見えたのは僕の気のせいだろうか。
『……なんてね。』
『へ?』
次の瞬間、糸状の魔力が優介を縛り上げ、蓑虫状態にする。
さっきの砲撃でばら撒いた魔力か!
弧を描く砲撃など無駄な魔力を使い過ぎる方法だと思っていたら、こんなことを!
『なぁ!?』
優介が一変した事態に驚愕するが、もう遅かった。
まどかの右手に持つデバイスが真っ直ぐに優介へと向けられる。
『振り回すのがお気に召さないなら、真っ直ぐのをあげるわよ。』
イイ笑顔のまま、先程と同等の魔力がデバイスの先端に集まりスフィアが形成される。
『ちょ、待った……!』
『問答無用♪』
真っ青になる優介が痛ましく、見ていられずに僕は目を閉じて顔を背けた。
『ぎゃあああぁぁぁっ!!!』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ねぇ、いい加減機嫌直してよ」
模擬戦終了後、訓練室に隣接するモニタールームに戻ってきたまどかと優介だが、優介の方はぶすっとしてあからさまに不機嫌な表情をしている。
まぁ、無理もないと思うけど。
「俺には『デバイスのテストにならない』とか言っておきながら、泣き真似で油断させて罠に掛けるとかどうなんだよ」
「いや、ごめんごめん。まさかあそこまで簡単に引っ掛かると思わなくて」
「単純で悪かったな」
まどかの発言にますますぶすっとする優介。
て言うか、まどか。それはフォローどころか追い打ちにしかなってないぞ。
「……………………れ以上……影を…………局の前…………せな………………良………………思った…………ある…………けど…………」
まどかが優介に近付き何かを耳打ちするが小声だったため殆ど聞き取れなかった。
優介はまどかの耳打ちにハッとなると、黙り込む。
良く分からないが、どうやら機嫌は直ったらしい。
「優介、1つ聞いてもいいか」
2人の間で和解が為された様なので、僕は模擬戦中に気になったことを聞いてみることにする。
モニタに、まどかの非常識砲撃を優介が防いだ時の映像を表示する。
「この防御魔法、ミッドチルダ式魔法とは違うみたいだけど、これは君のレアスキルか?」
「ええと……
レアスキルの定義が良く分からないんだけど」
「魔術? この世界の固有魔法か?」
管理外世界なのに固有魔法があるのか?
いや、でも管理局で把握出来ていないだけの可能性もあるか。
「いや、俺がそう呼んでるだけで、この世界に他に使える人は居ないと思うけど」
成程、やはりこの世界の固有魔法ではなく優介個人のみが使える能力の様だ。
正式には聖王教会で認定を受けないと駄目だが、レアスキルに分類して良いのだろう。
「君にしか使えないならレアスキルと言って良さそうだな。
ただ、そう名乗るのなら認定を受ける必要があるが」
「そうなのか、まぁ考えておくよ」
「そうしてくれ」
「さて、次はなのはの能力測定だが……なのは?」
「…………………………………………」
しかし、なのはからは返答がなく俯いて黙り込んでいる。
どうしたんだ?
「なのは?」
「ふぇ!? あ、ご、ごめんクロノ君。何かな?」
少し強めに呼び掛けるとハッと気付くと慌てて問い掛けてくる。
「いや、次は君の能力測定のために模擬戦をしたいんだが、大丈夫か?調子が悪いなら時間を置いても……」
「だ、大丈夫! 元気だよ!」
「そうか、それならいいんだが」
先程の反応が少し気になるが、本人が大丈夫と言うのならまぁ良いだろう。
実際、体調が悪いわけではなさそうだ。
「じゃあ、隣に行って始めようか」
なお、この後行われた模擬戦については弾幕と凶悪な砲撃魔法に冷や汗をかきながらも、バインドとシールドを駆使して何とか体面を保つことが出来たとだけ言っておく。
この姉妹の砲撃適性は色々と理不尽だと痛感したのは言うまでもない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕達管理局と金色の魔導師と聖槍十三騎士団が接触したあの日から幾つかのジュエルシードが発見された。
こちらが対応する前に金色の魔導師──フェイト・テスタロッサに奪われたものもあれば、対処中に聖槍十三騎士団の2人がやってきて横から掻っ攫われたものもあった。
ジュエルシードの探索が残り6個を残して停滞していた時、それは起こった。
「な、なんてことしてんの、あの子達!?」
そう叫んだのは僕の補佐官をしてくれているエイミィだ。
モニタに映っているのはフェイト・テスタロッサ。
海上で大規模な儀式魔法で海に電撃魔法を撃ち込もうとしている。
確かに、地上のジュエルシードはあれから見付かる気配がない。
電撃魔法を撃ち込んでジュエルシードを励起させて見付けると言う意図は分からなくはない。
しかし、これは……。
「何とも呆れた無茶をする子だわ」
「無謀ですね、間違いなく自滅します。
あれは個人が出せる魔力の限界を超えている」
艦長の言葉に感想を告げる。
そう、彼女は年齢を考えれば破格と言っていい魔力量だが、それでもあれは無理だ。
「フェイトちゃん!?」
扉が開き、艦橋になのはが掛け込んでくる。
その後ろにはまどかと優介も続いていた。
「あの、私急いで現場に……」
艦長席へと続く階段を昇りながら、なのはが艦長へと話し掛ける。
「その必要はないよ。
放っておけばあの子は自滅する」
そんななのはに僕は努めて表情を出さないようにして言葉を挟む。
「仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たした所で叩けばいい」
今あの場に言っても暴走するジュエルシードの対処とフェイト・テスタロッサへの対応を同時に行わなければならない。
僕達の任務遂行のために出来る最善は決着を待ってから彼女を捕えてジュエルシードを対処することだ。
「でも……」
「今の内に捕獲の準備を……」
「了解!」
泣きそうな声を上げるなのはに心が少々痛むが、無視して武装隊へと指示を出す。
「私達は常に最善の選択をしないといけないわ。
残酷に見えるかも知れないけど、これが現実……」
艦長の言葉になのはが更に悲しげな表情をする。
「でも……」
「拒否権を発動します」
「え?」
そこへ割り込んだ声に、艦橋中の人間の視線が集まる。
声を上げたのはなのはの姉であるまどかだった。
なのはの後に立って、艦長を真っ直ぐに見据えている。
「契約に基づき、待機命令に対して拒否権を発動。
高町なのは、高町まどか、松田優介の3人を速やかに現場に転送して下さい。
万が一これを拒否する場合、拉致監禁として扱います」
「何ですって!?」
まどかのあまりの言葉に、艦長が立ち上がって振り返る。
「『私達自身や家族・友人、この街やこの世界、それらに被害を齎す命令に関しては拒否権を有する』……最初の約束通りですよね」
「被害を出す命令なんて……!?」
そこまで言い募ってハッと艦長はモニタを振り返る。
そうか、そう言うことか……。
「6個のジュエルシードの暴走という放置すれば次元震や次元断層で世界が滅びかねない事態、だと言うのに何もせずに傍観し出される待機命令。この世界に被害を齎す命令であるのは疑い様の無い事実ですよね」
「……………………………………………………」
「『最善の選択』でしたっけ?
管理外世界の安全より容疑者の捕縛の方が優先度高いなら、そうかも知れませんね」
痛烈な皮肉に艦長は言葉も出ない。
確かに、この世界のことを考えれば一刻も早くジュエルシードを対処するのが当然だ。
管理外世界だからって見下すような人間も管理局や管理世界には居るが、僕はそんなことは良くないと思っていたし自分でもそんな考えはしていないつもりだった。
だが、心の何処かでそんな意識があったのかも知れない。
これが仮にミッドチルダで起きたことであれば、艦長も僕も即座に部隊を派遣して次元震の発生阻止を優先させた筈だ。
拳を握りしめ唇を噛み締める。
自分の情けなさに嗚咽が漏れてしまいそうだったからだ。
「さて、現場に行くわよ。2人とも」
「あ、ああ……」
「う、うん……」
まどかが残りの2人に声を掛けるが、2人は引き攣った顔をして生返事を返す。
若干、腰が引けている様に見えるのは現場に行くのが恐ろしいからではなく、まどかの言動に引いているからなんだろうな。
「待て、3人とも」
そんな3人に僕は声を掛ける。
これが正しいことかは分からない。
しかし、正しいと信じたいことではある。
「何? これ以上問答している時間が惜しいんだけど」
「僕も行く」
冷たい言葉を投げ掛けてくるまどかに、こちらの要望を端的に告げる。
まどかは一瞬驚いた表情をした後、輝くような笑顔になる。
その笑顔に思わず見惚れそうになったが、それを誤魔化す様に僕は艦長に向かって言葉を投げる。
「艦長、前言を撤回します。
第97管理外世界の安全のため、速やかにジュエルシードの対処を行います。
出撃許可を」
「……許可します。
但し、
僕達4人は転送でアースラから嵐となっている結界内へと跳んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結界内で飛び掛ってきた使い魔──アルフをいなすと、フェイト・テスタロッサになのはが協力を持ち掛ける。
フェイトは混乱していたが、なのはに魔力を分け与えられて一時休戦を受け入れる。
さて、どう対処するか。
暴走しているジュエルシードは6つで、こちらは6人。
ならば1人1つずつ対処……といきたいところだが、6人の内で砲撃が撃てるのは4人。
動植物なら優介やアルフも対処出来たかも知れないが、水竜巻では砲撃魔法で散らさないと難しいだろう。
2人には砲撃を放つ僕らをシールドで守って貰うとして、残り2つをどうすべきか……。
そう思っていると、水竜巻の内2つに数百に及ぶ無色の射撃とピンク色の射撃が撃ち込まれる。
飛んできた元に目を遣ると、これまでも何度か見かけた黒い軍服、聖槍十三騎士団の2人が居た。
まずい、彼らが来たら撤退しろと艦長から厳命されている。
しかし、そうなると6個ものジュエルシードを持っていかれてしまうことになる。
悔しいが奴らの戦闘能力は非常に高い。
何の躊躇いもなくジュエルシードに向かっていったことから、おそらく対処出来る自信があるのだろう。
幸いにして、まだお互いに声を掛けていない。
ならば、気付かなかったことにしてジュエルシードを処理、可能な限り確保して撤退するしかない。
「まどか、なのは、そしてフェイト・テスタロッサ。1人1つずつ、ジュエルシードを封印してくれ。
優介はシールド、アルフはバインドを頼む」
他の5人も聖槍十三騎士団の2人に気付いていたが、それを無視するかのようなこちらの指示に怪訝そうにしながらも、今はジュエルシードの対処が優先と指示に従ってくれた。
「I am the bone of my sword……
優介の右腕からピンク色の花弁が広がり僕達6人を包み込み、周囲の嵐や雷撃から防御する。
あの時のまどかの砲撃を防いでいたところを見た時にも思ったけど、このシールドは本当に凄い。
おそらくオーバーSランクの砲撃魔法でも防げるんじゃないか。
僕とまどか、なのはとフェイトの4人は砲撃の態勢を整える。
「チェーンバインド!」
アルフの足元からオレンジ色の鎖が4本の竜巻を縛り上げる。
「あまり長くは抑えてられないよ!」
「ああ、いくぞ! 3人とも!」
僕の合図で、優介のシールドが消えるのと同時に4つの砲撃が同時に発射される。
「ブレイズキャノン!!!」
「ディバインバスターー!!!」
「サンダーーーレイジ!!!」
「
……って、まどか。
それは止めろって言ったのに!
まぁ、今は非常時だからいいか。
4つの砲撃はそれぞれのジュエルシードに当たり、それぞれを封印する。
聖槍十三騎士団の2人が対処していた2つもほぼ同時に封印され、嵐は唐突に止んだ。
光が差し込んでくる中でなのはとフェイトの2人は向かい合い見詰め合っている。
なのはが何かを言っている様だが、僕には聞こえなかった。
そこに突然、紫色の雷が海に落ちる。
まさか、次元跳躍魔法!?
SSランクの魔法だぞ!?
フェイトが呆然と雷が落ちてきた空を見上げる。
「母さん……?」
続く雷は棒立ちとなっているフェイトの頭上に落ちてきた。
「
優介がフェイトを庇う位置に立ち、先程と同じくシールドを展開する。
雷撃は止まず、何度も打ち付けられる。
花弁が次々と破裂する様に消え、4枚のうち3枚があっという間に破壊される。
「ぐ……あああああぁぁぁぁ!!」
裂帛の気合と共に、何とか優介は雷撃を凌ぎ切った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
空中を睨みながら荒い息を上げる優介、呆然と立ち竦んでいるフェイト。
なのはは雷撃と優介のシールドが衝突する衝撃に吹き飛ばされそうになった所をまどかに支えられている。
全員の意識が突然襲い掛かってきた次元跳躍魔法に向けられていたその瞬間、アルフが動いた。
人型に変身すると、フェイトを抱え、皆の意識から外れていたジュエルシードへと手を……させるか!
僕は飛行魔法でアルフの進路を塞ぐ位置に飛ぶと、その手をデバイスで止める。
同時に左手で後ろ手にジュエルシードを確保しようとする。
「邪魔……するなーー!」
「うわあああぁぁーー!」
ジュエルシードに気を取られていたせいで、アルフの手から発せられた魔力を防げず吹き飛ばされてしまう。
何とか海の上で魔力で滑る様に態勢を整え、沈まない様にする。
「2つしかない!?」
アルフの声に、何とか過半数を確保出来たかと手の中のジュエルシードを確認しようとするが……感触からして随分少ないような?
「って、こっちも2つしかない!?」
馬鹿な!?
ジュエルシードは6つあった筈、残りの2つは何処に行った?
「お探しものはこれかしら~?」
辺りを見回して残り2つのジュエルシードを探す僕達の耳に、そんなからかう様な言葉が入ってくる。
声が聞こえた方を見ると、そこにはピンク色の髪をした少女──聖槍十三騎士団のルサルカが空中に三角のスフィアを展開して立ち2つのジュエルシードを弄んでいた。
一体どうやって!?
「私達が封印したのは2つだから、取り分としては間違ってないわよね」
「取り分としてはそうでも、その後に奪い合うのは別だよなぁ?」
もう1人の白髪の青年──ヴィルヘルムがルサルカの展開したスフィアに降り立ち、凶悪な笑みを浮かべながら殺気を振り撒く。
拙い、早く撤退しないと!
「ああああぁぁぁーーー!!!」
同じ様に感じたのか、アルフが魔力弾を海に放ち水飛沫を上げる。
今だ!
「エイミィ! 転送を!」
『了解!』
そうして、僕達4人は何とかアースラへと撤退した。
【Side リンディ・ハラオウン】
撤退するクロノ達の姿を見届けて、私は内心で大きく安堵の溜息をついた。
フェイト・テスタロッサは確保出来ず、ジュエルシードも3分の1しか確保出来ていない状況だが、最悪を考えれば遥かに良い結果だ。
聖槍十三騎士団と戦闘に入り掛けた時は本当に焦った。
「無事に済んだから良かったものの、クロノにはお説教が必要ね」
「艦長?」
「なんでもないわ、エイミィ」
現地住民の3人だけなら兎も角自分まで出撃したところ、それと聖槍十三騎士団が姿を見せた時の命令違反。
内部不和を引き起こしかねなかったため黙認せざるを得なかったが、今後はしっかりと自重させなくてはいけない。
若さから来る正義感も大事ではあるけれど、何れ私やあの人の後を継いで提督を目指すならばそれだけでは駄目だ。
「あんな派手な事をしていれば彼等に嗅ぎ付けられるのは当然だと言うのに……。
介入を躊躇った理由を完全に履き違えていた様ね」
あの子もまだまだ甘い、そう評価せざるを得ないだろう。
それについては、現地住民の3人についても同じだ。
「こんなことになるなら拒否権なんて認めるべきじゃなかったわね」
課された条件からまさか行使されるとは思っていなかった拒否権、それについての後始末も頭が痛い。
管理局に個人が拒否権を発動したなんて、公の記録に残せる筈もない。
報告については誤魔化す方向で進めるしかないだろう。
それにしても、あの子は交渉時点からこうなることを見越していたと言うのだろうか。
そうでなければ、あの条件を提示したのは不自然だ。
しかし彼女は歳不相応に頭は回るものの、何もかも見通す様な策略家という感じでもない。
実際、彼女の立場に立ったとしても、今回は様子を見る方に回って必要なタイミングで一瞬だけ介入した方が良かった筈だ。
ガレア帝国と対峙するリスクを正確には把握してはいないだろうが、表に出てきた2人だけでも危険であることは肌で感じている筈。
どうにも印象がチグハグだ……情報が足りていない。
「さて……兎に角彼女達とは話をしなければいけないわね。
エイミィ、あの子達が戻ってきたら会議室に来る様に伝えて頂戴」
「あ、はい。 了解しました、艦長」
(後書き)
双剣スタイルを得意とするまどかと優介ですが、専用デバイスが無いので汎用杖型デバイス二刀流。
無茶するな……。
なお、
威力はディバインバスターと同程度。
後半の海上における管理局勢の対応については、原作で疑問に思ったところです。
最善の選択……これはいいです、組織として当たり前。
フェイトを見捨てる……これもいいです、彼等は別に彼女を助けに来たわけではないですし。
暴走するジュエルシード放置……ここが分かりません。ロストロギア対策は管理局において優先事項では……地球の被害は管理外世界だから置いておくとしても、臨界超えて他の世界にまで影響出たらどうするのでしょう。
まぁ、今回は黒円卓との衝突を懸念したと言う理由があるので、様子見の方が正解だったのですが……クロノが逸りました。
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18:魂の決闘、魂の在り処
【後半】Cathedrale(dies irae)
虚数空間のヴェヴェルスブルグ城の謁見の間にて、黄金の獣が常の如く玉座に片肘を付いて腰掛けていた。
その視線の先には黒円卓の騎士団員──ヴィルヘルムとルサルカの2人が跪いていた。
周囲には騎士団員の殆どが並び立っている。
居ないのは、メルクリウスとトバルカイン、そしてイザークのみ。
「ただいま戻りました、ハイドリヒ卿」
「ご要望の品もここに」
ルサルカが傍らに置いていた台を前へと差し出す。
その上には蒼い宝石、ジュエルシードが8つ載っていた。
差し出されたジュエルシードを王の下へと運ぼうとエレオノーレが前に出るが、ラインハルトはそれを手で制してジュエルシードへと手を向ける。
8つの宝石は浮かび上がると、ラインハルトの下へと吸い寄せられるように移動する。
傍らへと浮かべたジュエルシードの内1つを手に取りしげしげと眺める黄金の獣。
しばらくそうすると、手に持っていたジュエルシードを他の7つと同じ様に宙に浮かべて眼下の2人へと目を向ける。
「確かに受け取った。
ベイ、マレウス。ご苦労だった、卿らの働き見事なり」
「「ハッ!!」」
称賛の言葉に2人は頭を下げると他の団員と同じ様に列へと並ぶ。
「しかし、ハイドリヒ卿。
このジュエルシードという遺物、全部で21存在すると聞いております。
残り13個については宜しいのですか?」
命があれば自分が残りの回収を……そんな思いを滲ませながらエレオノーレが問い掛ける。
ヴィルヘルムやルサルカが敬愛する主から称賛の言葉を賜ったことへの嫉妬の念がそこにはあった。
「構わんよ、必要なのは8個だけだ。
次元干渉型の魔力の塊が8つ、その意味……卿らなら分かるであろう」
「成程……承知致しました」
「まぁ、使用する場面は当分先の話だ。
それまで預けておくぞ、カール」
玉座の横、ジュエルシードが浮かんでいた辺りにいつの間にか影絵の様な男が立っていた。
「ああ、承ったよ、獣殿。
陣もこれを前提に組んでおきましょう」
「ああ、頼む」
8つのジュエルシードはメルクリウスの右手に吸い寄せられるとその姿を消した。
「ところで、獣殿。
黒円卓の騎士団員全員を招集したのは何故ですかな?」
「なに、面白い見世物を全員で見物しようと思ってな」
ラインハルトが手を振ると、彼から見て正面に大型の空間ディスプレイが展開される。
騎士団員の視線がディスプレイに集中する。
そこに映し出されていたのは、空中で対峙する2人の少女。
1人は白いバリアジャケットを纏った栗色の髪の少女、もう1人は黒いバリアジャケットを纏った金髪の少女だった。
魔人達の目の前でモニタ越しに戦闘……いや決闘が開始される。
互いにデバイスを打ち付け合った2人は離れると射撃魔法を撃ち合う。
なのはは誘導型、フェイトは直射型、互いに撃ち合ったシューターはぶつかり合うことなく交差し狙った相手へと飛んでいく。
なのはは飛行魔法で機敏に動きギリギリのところでかわす。一方フェイトは弧を描く様に飛んで避けようとするが、誘導型のシューターを振り切ることが出来ずにディフェンサーでやむなく防いだ。
彼女達の戦い振りは年齢を考えれば破格だが、黒円卓の魔人達から見れば稚拙なものだ。
なのはは魔法に触れてから1ヶ月程でしかないし、フェイトは訓練を受けているとは言え実戦経験はそれほど多くない。
そんな未熟な彼女達だが、その決闘を見下す者はこの場に居ない。
誰もが感じているからだ、彼女達がその信念を賭けて戦っていることを。
魂の強度を拠り所とするエイヴィヒカイトの使い手からすれば、戦闘技術の練度などよりも魂の密度の方が遥かに重要だ。
その意味において、画面の中で繰り広げられている決闘は確かに魂のぶつかり合いを魅せていた。
射撃魔法の撃ち合いが落ち着くと、互いのデバイスでの撃ち合いへと移行する。
その間にも、相手の背後から誘導弾による狙い撃ちや、自身の背後からの追い抜く形での直射弾など、互いに持てる技量の全てを相手へとぶつけ合う。
最初こそ拙かった技量は同等の相手と切磋琢磨することで加速的に向上を見せていた。
それに比例するように、互いの想いも何処までも研ぎ澄まされていく。
黒円卓の面々は言葉には出さずとも、昂揚を露わにしていた。
遥かに格下とは言え、確かに存在する決闘の空気はモニタ越しに彼らの戦意を刺激する。
特にベイとシュライバーは唯一絶対の主の前でなければ、とっくに誰彼構わず戦いを吹っ掛けていただろう程に殺気を振り撒いている。
距離を離して乱れた呼吸を整えていた2人だが、ここでフェイトが勝負に出る。
遠距離発動のライトニングバインドでなのはを磔にすると、切り札を展開する。
フォトンランサー・ファランクスシフト、38基のスフィアから放つ合計1064発ものそれは、余さずバインドで回避出来ないなのはへと叩き込まれる。
更に残ったスフィアを掲げた腕に集めてトドメを放とうとするフェイトの前方で、煙が晴れていく。
そこに居たのは感電しながらもファランクスシフトを耐え抜いたなのはの姿があった。
今度はこっちの番だと言わんばかりに放たれるディバインバスターがフェイトの放ったトドメの一撃を飲み込み、フェイトへと迫る。
必死で展開したシールドでボロボロになりながらも何とか凌いだフェイトに対し、上空から最後の一撃が降り注ぐ。
スターライトブレイカ─、収束砲撃魔法と呼ばれるそれは術者や周囲の魔導師が使用しばら撒かれた魔力を集め、一気に放出する攻撃魔法。
先程の意趣返しと言わんばかりにバインドに捕われ身動きが取れないフェイトに対し、容赦なく叩き付けられたそれは一瞬にしてフェイトの意識を刈り取った。
海へと落下するフェイトを救おうと、なのはがその後を追った。
パンパンパンっと手が打ち鳴らされる音に、モニタに見入っていた騎士団員が玉座の方へと目を向ける。
そこでは、黄金の獣が微笑みながら拍手をしていた。
「素晴らしい語らいであった。
互いの想いをぶつけ合うこの様は、何とも胸を打つ。
かつてのツァラトゥストラとその親友の語らいにも匹敵しよう」
「確かに、私も思わず見入ってしまったよ。
なるほど獣殿が皆を集めただけのことはある」
「この世界に愛されし彼女らに祝福を。
そして願わくはいずれ成長し戦場で相見えんことを」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
騎士団員が退出した玉座の間では、黄金の獣と水銀の2人が佇んでいた。
「ところで、獣殿。
私にだけ残れと仰ったのは何故かな」
「なに、卿の意見が聞きたくてな」
先程と同じ様に空間ディスプレイを展開するラインハルト。
そこに映っていたのは先程と異なり、近未来的な施設の中だった。
固定されて動かないその映像はアースラの艦橋を写す監視カメラの映像だった。
「管理局の次元航空艦の映像かな。
彼らもまさかこちらに筒抜けになっているとは思わないでしょうな」
「外に対して如何に堅固であろうと、内部からは容易く崩せるものだ」
艦橋にはディスプレイが展開され、時の庭園に乗り込んだ武装隊の姿を映している。
大扉を抜け、玉座に腰掛けるプレシア・テスタロッサに対し、武装隊が投降を呼び掛ける。
プレシアを取り囲むのと同時に、横にある扉を抜けて数名の武装隊員が奥へと進む。
そこに在ったのは生体ポットに浮かぶ金髪の少女の姿だった。
『私のアリシアに近寄らないで!』
玉座に居た筈のプレシア・テスタロッサがいつの間にか生体ポットの前に立ち、武装隊員を鎧袖一触に薙ぎ払う。
武装隊員は艦長であるリンディの指示で転送で収容される。
『もう駄目ね、時間が無いわ。
たった6個のロストロギアでは、アルハザードに辿り着けるかどうかは分からないけど。』
生体ポットへ縋りつくように、語り出すプレシア。
サーチャー越しに管理局……いや、管理局に捕われた娘へと声を投げ掛ける。
『でも、もういいわ。終わりにする。
この子を無くしてからの暗欝な時間も、この子の身代りの人形を娘扱いするのも』
その言葉に身を竦めるフェイト。
『聞いていて? 貴女の事よ、フェイト。
折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。
役立たずでちっとも使えない、私のお人形。』
この言葉に隠しきれないと悟ったのか、オペレータのエイミィが背景を語る。
『最初の事故の時にね、プレシアは実の娘……アリシア・テスタロッサを亡くしているの。
彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる使い魔を超える人造生命の生成、そして死者蘇生の秘術。
フェイトって名前は、当時彼女の研究に付けられた開発コードなの。』
『良く調べたわね、そうよその通り。
だけど駄目ね、ちっとも上手くいかなかった。
造り物の命は所詮造り物、失った物の代わりにはならないわ。』
再び、生体ポットに浮かぶ娘へと縋るプレシア。
『アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。
アリシアは時々我儘も言ったけど、私の言うことをとても良く聞いてくれた。
アリシアはいつでも私に優しかった……。』
陶酔する様な声、過去を思い出し優しい表情を浮かべるプレシア。
しかし次の瞬間には同一人物とは思えない程冷たい目で、これまで娘と呼んでいたフェイトを睨む。
『フェイト、やっぱり貴女はアリシアの偽物よ。
折角あげたアリシアの記憶も、貴女じゃ駄目だった。
アリシアを蘇らせるまでの間に私が慰みに使うだけのお人形。
だから貴女はもう要らないわ……何処へなりと消えなさい!』
突き放す仕草と共に、彼女はフェイトを捨てた。
そして、更に暗い笑みを浮かべながら決定的な言葉を放つ。
『良いことを教えてあげるわ、フェイト。
貴女を創り出してからずっとね、私は貴女が……大嫌いだったのよ!』
トドメとなる言葉に、フェイトはデバイスを取り落とし崩れ落ち、なのはやまどかに支えられた。
その目に光は無く、ただただ絶望だけが浮かんでいた。
ジュエルシードが暴走し、中規模次元震が発生する。
対処に奔走する管理局員達を、モニタ越しに傍観する聖槍十三騎士団の2人の魔神。
「で、どう思うかね、カール?」
プレシア・テスタロッサと管理局、そしてフェイトの遣り取りを一通り見届けたラインハルトは、傍らに立つメルクリウスへと問い掛ける。
「先程の遣り取りかな?
いや、悲劇としては中々に胸を打つものであったよ」
「それはどうでもよい。
それよりも……フェイト・テスタロッサ、あの娘の魂はどうなっている?」
その言葉に、微笑みを浮かべていたメルクリウスの表情が真剣なものになる。
「成程、そう言うことか。
確かに、興味深い」
「人造でありながら、あの娘には確かに魂が存在している。
この世界の『座』は空席であり、魂は自然な循環しかしない。
命を落とせば魂は拡散してエネルギーとなり、生命が創造されれば新たに魂として宿る。
それがこの世界の法則……人造生命は自然な生命の創造と異なり魂が宿る余地はない」
「ですが、事実として彼女には魂が宿っている。
であるなら、答えは1つのみ。
あれはアリシア・テスタロッサの魂の複製、肉体の複製時に合わせて魂も複製したのだろう。
勿論、それを行った当人は魂の存在すら知らぬ様子故、偶然の産物であろうがね」
魂の複製、それは加工よりは難易度が低い。
とは言え、誰にでも為せると言うものでもない。
意図的に行える者は、この世界においてはこの場に佇む2人、そしてイザークの3人だけだろう。
本来であれば魂の存在を認識し、それを操るエイヴィヒカイトの高位階を修めなければ不可能な筈の偉業を成し遂げたのは、娘の蘇生に掛けるプレシアの執念の賜物と言える。
「魂が複製されているなら、何故プレシア・テスタロッサはフェイト・テスタロッサが娘ではないと断じている?」
「魂が瓜二つでも、人格が一緒とは限らぬよ。
ペルソナ、確かそんな風に呼んでいた学者が居たな。
アリシア・テスタロッサと言うペルソナとフェイト・テスタロッサと言うペルソナ、彼女の感じている差異などその程度のものでしかない」
もしもメルクリウスの言が正しいとしたら、プレシアは娘と全く同一の肉体と魂を持つ存在でありながら人格のみを見て拒絶したことになる。
それは何と悲劇であり、何と愚かなことか。
「所詮は表層でしか判断出来ない者の短慮か、ならばいっそ外見のみで満足していれば幸福だったろうにな。
しかし、疑問は残るな。
そもそもフェイト・テスタロッサが生み出されたのはアリシア・テスタロッサの死後数年経ってからだ。
魂を複製しようにも、とっくに拡散してしまっている筈ではないか」
プレシア・テスタロッサがプロジェクトFの研究を始めたのはアリシアの死後。
そして、技術の確立までに数年掛かっている。
「ふむ……これは推論になるが、『座』が空席であるために死しても魂はしばらく拡散せずに留まっているのではないかな。
以前の世界であれば死ねば即座に魂は肉体から離れたが、この世界では死んでも肉体と魂の繋がりが途切れるだけで魂は肉体から離れず、肉体が腐敗等で原型を止めない程に崩れて初めて魂が解放され拡散するのだろう」
「卿の言が正しいとするなら、肉体を保存してあれば魂の拡散を防げる、と言うことになるな」
「逆に、保存されている肉体に魂が宿ったままであれば、推論が正しいと証明されるかと」
ラインハルトはその言葉に、先程の遣り取りで映っていたアリシア・テスタロッサの映像を再度ディスプレイに表示させる。
「……流石に、映像では魂の有無までは判断出来んか。
生きて動いているなら兎も角、死体ではな」
「如何に我々でも、それは流石に。
直接見れば分かると思うがね」
「今更あそこに乱入する気はない、カール。
まぁ、検証する機会は今後幾らでもあろう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ディスプレイの光だけが灯った暗い部屋で、1人の少女が立ち上がる。
共に歩んだ相棒に支えられ、絶望に砕けた心を掻き集め、このまま終わりたくないと願い。
『私達の全てはまだ始まってもいない。』
傷付いたデバイスを魔力で復元し、フェイトは黒いバリアジャケットを身に纏う。
『だから、本当の自分を始めるために……今までの自分を終わらせよう。』
そして少女は戦場へと向かう。
その様を、黄金の獣はただ沈黙して見詰めていた。
(後書き)
観戦モード獣殿……と言うか、目的を果たして撤退モード?
ちょ、獣殿!? まだリリカル終わってませんよ、引っ込まないで!(苦笑)
魂云々の件は色々と見解がありそうです。
尤も重要なのは結論の方なのですが……正直無印の最後は大体予想が付きそうですね。
ちなみに、作中では殆ど表現していませんが、今回の殊勲賞はシュピーネさんです。
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19:閉じる宿命、開く運命
【中盤】崩れゆく世界(nanoha)
【後半】やすらぎ(nanoha)
【Side 高町まどか】
私となのは、優介とクロノの4人は転送で時の庭園へと乗り込んでいた。
走りながら、先程のサーチャー越しに行われた会話を思い出す。
フェイトの心を砕くプレシアの拒絶、正史で知る内容そのままだったと言うのに思い出しても気分が悪くなる。
彼女にとって必要なことだと思って止めなかったことを、今では後悔している。
思えば、私はこの世界に転生して9年も経ちながら、未だにこの世界のことを現実と受け止められて居なかったのかも知れない。
アニメの1シーンとして物事を捉え、それがどういうことなのかを実感出来ていなかった。
正門の前に辿り着くと、十体を超える傀儡兵が待ち受けていた。
「クロノ君、この子たちって……?」
「近くの相手を攻撃するだけのただの機械だよ」
「そっか、なら安心だ」
なのはの疑問にクロノが答える。
中に人が乗っていないと知って、遠慮は無用とレイジングハートを構える。
しかし、それをクロノが手で制して前に出ようとする。
「この程度の相手に無駄弾は必要無いよ」
「え?」
そもそもなのはは先程までフェイトと戦って魔力をかなり消費している。
多少時間が経って回復しては居るだろうが、万全には程遠い。
だから魔力を温存させるために代わりに前に出るつもりだろうが……。
「魔力の温存なら貴方も下がってた方がいいわ、クロノ」
「どういうことだ?」
クロノを止めて、優介と前に出る。
バリアジャケットを維持したままデバイスは待機モードに戻し、優介が投影で造った童子切安綱を両手に構える。
そう左右の手に1本ずつ。
御神流は小太刀二刀流であるため、優介に安綱を改造して貰いサイズを小太刀と同じくらいにして二本用意して貰ったのだ。
既に原型を止めておらず、これを安綱と呼んでいいものか疑問な代物だけど。
隣の優介はアーチャーの聖骸布を模したバリアジャケットに、いつもの如く干将と莫耶を構えている。
「私達なら魔力消費は最小限で戦えるわ」
「陸戦で接近戦なら得意分野だしな、任せてくれ」
「……分かったよ」
私達の言葉が正しいと感じたのか、クロノは引き下がる。
「さ、行くわよ!」
「ああ!」
優介の返事と共に、私達は同時に前へと駆け出した。
相手の傀儡兵も数体が此方に向けて槍を突き出しながら疾走し始めた。
私は前に突き出された槍先を右手に持った安綱で切り落とし、そのまま相手の左側面へと走り込む。
傀儡兵は槍を振り回すが、切り落とされている為に私には届かない。
そうして出来た隙に頭部を左の安綱で切り落とす。
機能停止する1体目を尻目に、すぐ後ろに居た2体目に切り掛かる。
いくら童子切安綱が名刀でも、鋼鉄の塊である傀儡兵は斬れないし下手をすれば刃毀れするだろう。
しかし、私は魔力で安綱を強化しているため、まるで熱したナイフでバターを切るかの様に抵抗なく斬り伏せることが出来た。
こちらに向かって来ていた数体を優介と半分ずつ斬り伏せて、奥に待機していた残り十数体に向けて疾走する。
全ての傀儡兵を片付けるのに、3分も掛からなかった。
「君達の近接戦闘力は相変わらず理不尽だな」
「陸戦で相手が生物じゃない時だけよ。
空だと足運びが役に立たないし、相手が無機物じゃないと非殺傷設定に出来ない攻撃は気軽に使えないでしょ」
今回は傀儡兵が相手だったから遠慮なく使わせて貰ったが、人間相手に凶器を振るうのは拙いだろう。
「……って、それ非殺傷に出来ないのか!?」
「近接武器で非殺傷なんて魔力刃じゃないと出来ないわよ」
鉄の塊を振り回しているのに非殺傷など出来るわけがない。
なのはやクロノだって、射撃や砲撃は非殺傷設定だろうがデバイスで殴りかかっている時には単なる打撃だ。
杖で殴るのに非殺傷も何もないし、当たり所が悪ければ死ぬこともあるだろう。
そう言ってやると、クロノが気拙そうに顔を背けた。
正門を突破し、長い廊下を走る。
廊下はところどころに穴の様なものが出来ており、私達はそこを避けながら走ることを余儀なくされた。
「その穴、黒い空間がある場所は気を付けて」
クロノが私達3人に向かって注意を促す。
「虚数空間、あらゆる魔法が一切発動しなくなる空間なんだ。
飛行魔法もデリートされる。もしも落ちたら重力の底まで落下する、二度と上がって来れないよ」
正史の知識として知っては居たが、想像するとゾッとする。
底と言ったが、ぱっと見た感じでは何処までも暗い空間が広がっていて底などある様には思えない。
永久に落下し続けることになるのでは、そんなことを考えてしまう。
廊下を抜けると、大広間に無数の傀儡兵がひしめいていた。
奥に階段があり、上と下の階に続いていた。
「ここから二手に分かれる。
駆動炉は最上階に設置されているし、プレシアは下層に居る筈だ」
確かに、ここからは分かれ道だ。
ならばチーム分けは……。
「4人居るから、2人ずつね。
なら、優介となのはは駆動炉に向かって封印して。
私はクロノとプレシアの所に行くわ」
「ちょ、勝手に……!?」
私の発言に、クロノが咎め立てする。
「バランスを考えればこれがベストのチーム分けの筈よ。
近接戦闘の得意な私と優介、中・遠距離が得意ななのはとクロノは1人ずつで割り振るべきだから」
「組み合わせについては?」
確かに、先程の理由であれば優介・クロノ、私・なのはであっても問題は無い。
実際、それでも構わないと言えば構わないのだが。
「あら、かよわい女の子2人で危険地帯を行かせるつもり?」
「「……かよわい?」」
「何か不満でも?」
優介とクロノが呟いた言葉が耳に入ったため、笑顔で睨み付けると顔を青褪めさせて押し黙った。
「と、兎に角こうしている時間も惜しい。
そのチーム分けで構わないから、先に進もう」
「あ、ああ、そうしよう」
動揺した2人が慌てて先を促す。
微妙に釈然としないが、ここで無為に時間を過ごすわけにはいかないことも事実だ。
「なら、まずは道を作らないとね」
「ああ、今度は僕がやろう」
そう言って、クロノは前に踏み出すとデバイスS2Uを構える。
「ブレイズキャノン!」
青白い魔力光の砲撃が放たれ、階段までの間に居た傀儡兵数体を吹き飛ばす。
「今だ!」
クロノの砲撃で階段までは道が出来ているが、この部屋に傀儡兵はまだまだ沢山居る。
出来た道も数秒後には塞がれてしまうだろう。
私と優介が両脇を固めて一気に走り抜ける。
2~3体の傀儡兵が攻撃を仕掛けてくるが、走りながら斬り付けてそれを防いだ。
倒せては居ないが今はそれで構わない。
重要なのは傀儡兵を倒すことではなく先に進むことだ。
「お姉ちゃん、クロノ君。気を付けてね!」
「駆動炉は俺達に任せてくれ」
優介となのはが飛行魔法で階段を上に抜けていく。
「ああ、君達も気を付けてくれ!」
「怪我しないようにね!」
私とクロノは下層へと向かうべく階段を下りずに飛び降りた。
階段を連続して飛び降りながら、最下層を目指す私とクロノ。
階段にも傀儡兵が何体か待ち構えていたが、対処は最小限にして先を目指すことを優先する。
最下層が近付き、扉越しにプレシアの声が聞こえてくる。
誰かと通信で話している様だ。
「そうよ、私は取り戻す。
私とアリシアの過去と未来を!
こんなはずじゃなかった世界の全てを!」
それを聞いたクロノが目の前の扉を砲撃で吹き飛ばし、最下層へと踏み入った。
最下層は岩が剥き出しになっていて、その上既に大部分が崩壊し極彩色の虚数空間が姿を見せている。
「世界はいつだってこんな筈じゃないことばっかりだよ!
ずっと昔からいつだって誰だってそうなんだ!」
クロノが啖呵を切った時、上空からフェイトとアルフが降りてくる。
プレシアはその2人を見て、僅かに動揺する。
「こんな筈じゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうは個人の自由だ。
だけど、自分の勝手な悲しみに無関係な人間を巻き込んでいい権利は何処の誰にもありはしない!」
クロノの言葉に暫く黙り込んでいたプレシアだったが、突然咳き込むと血を吐き出す。
「母さん!」
母親の苦しむ姿にフェイトが堪らず駆け寄ろうとする。
「何をしに来たの?
消えなさい、もう貴女に用は無いわ」
しかし、プレシアはそんなフェイトを睨み付け、吐き捨てる。
フェイトは立ち止まると、プレシアを見据えた。
「貴女に言いたいことがあって来ました」
全員が固唾を飲んで見詰める中、フェイトは静かに目を閉じると話し始めた。
「私は……私はアリシア・テスタロッサじゃありません。
貴女が造ったただの人形なのかも知れません」
その言葉に、僅かにプレシアが動揺する。
フェイトは目を開き、決意を込めて言葉を進める。
「だけど、私は……フェイト・テスタロッサは貴女に生み出して貰って、育てて貰った貴女の娘です」
「だから何? 今更貴女を娘と思えと言うの?」
嘲笑するプレシアにも怯まず、フェイトは真っ直ぐにプレシアを見詰めている。
「貴女がそれを望むなら……それを望むなら私は世界中の誰からもどんな出来事からも貴女を守る。
私が貴女の娘だからじゃない、貴女が私の母さんだから!」
そう言うと、フェイトはプレシアに向かって手を差し伸べる。
プレシアは呆然とそれを見ていたが、やがて微笑みを浮かべると……。
「……下らないわ」
自身の全てを掛けた言葉に返されたプレシアの言葉にショックを受けるフェイト。
そんなフェイトを見詰めながら、プレシアは杖を地面へと突き立てる。
巨大なスフィアが展開し、庭園の崩壊が加速する。
私はその瞬間、身体強化を最大にしてプレシアに向けて掛け出した。
「な!? まどか、何を!?」
背後でクロノが驚愕しているが、構っている暇は無い。
このままでは正史通りにプレシアは虚数空間に落下するだろう……そうはさせない!
正史には存在しない私がここに居る意味があるとしたら、それは悲劇の結末を変えることだと信じている。
『クロノ君、早く脱出して!崩壊までもう時間がないの!』
「了解した! まどか! フェイト・テスタロッサ!」
エイミィの通信にクロノが私とフェイトに撤退を促す。
しかし、私はプレシアに向かって駆けているし、フェイトも動かない。
「私は向かう……アルハザードへ。
そして全てを取り戻す!
過去も、未来も、そしてたった一つの幸福も!」
プレシアの足元に罅が入る。
崩壊し落下するまで残り数秒……でも私が届く方が早い!
フェイトの横を走り抜け、プレシアに手を伸ばす。
しかし、その時フェイトの頭上が砕け大岩が落ちてきた。
「くっ……!?」
一瞬迷うが、プレシアを掴もうとしていた手を止めて、フェイトを抱き抱えて横飛びに跳ぶ。
同時に、プレシアの足元が崩壊し彼女と生体ポットが落下した。
「母さん!?」
自身の事を顧みることなく、ただただ母親を案ずるフェイトの前でプレシアは虚数空間に落ちていった。
私がプレシアを救おうとしたタイミングで、まるで図った様に落下してきた大岩。
やはり正史での悲劇は変えられないの……?
後悔と落胆で黒く染まる思考を追いやりながら、私はアルフと一緒にフェイトを抱えて庭園を脱出した。
【Side プレシア・テスタロッサ】
足元が砕け、アリシアの入った生体ポットと一緒に極彩色の空間へと落ちていく。
薄々気付いてはいた、次元の狭間にあるアルハザードに辿り着くのは困難であること。
例え辿り着けても、アルハザードにアリシアを蘇生する術が存在するかは分からない。
例えかつてのアルハザードにその術が存在していても、それが残っているかは分からない。
例えその術が残っていても、私がそれを使えるかは分からない。
例え私がそれを使えるだけの能力があっても、寿命が持つかは分からない。
いえ、最後だけは確実に不可能だと断言出来る。
無理をして魔法を使ったせいで私の命は完全に尽きている。
気力で何とか持たせていただけで、今意識を失ったら二度と目覚めないだろう。
「一緒に行きましょう、アリシア……今度はもう、離れない様に……」
私と一緒に落下する生体ポットの中のアリシアに向けて呟くと、目を閉じた。
一緒に生きることはもう出来そうもないけれど、一緒に眠ることは出来る。
意識が白く薄れていく……。
身体の感覚が薄れ、落下していることも分からなくなってきた。
「ふむ、まさかここに落ちてくるとはな。
これも縁と呼ぶべきか」
?
もう目を開ける力も残っていないけれど、誰かの声が耳に入ってきて途絶える筈だった意識が僅かに留まる。
「そちらの娘も確かに魂がある……カールの推論通りと言うことか」
声?
ここには私とアリシアしか居ない筈。
虚数空間に落下したのに、他の人間が居る筈が無い。
「まぁ、良かろう。
偶然に助けられたとは言え自力でここに辿り着いた執念、そしてその献上品を以って卿らの登城を認めよう」
閉じた視界だが強い黄金の輝きが私を、いえ私達を照らすのを感じた。
「私の中で母娘共に生きるが良い。
卿の望んだ形とは違うかも知れんが、な」
何かが身体を貫くのを感じ、意識が途絶えた。
(後書き)
スーパークロノタイムが……っ!?(苦笑)
作中に書いていますが、非殺傷設定についてはどうなのでしょう。
少なくともアームドデバイスでどつき合う古代ベルカ式で非殺傷が可能とは思えないのですが……。
ヴィータのハンマーとかで頑固な沁みにされて非殺傷とか言われても。
時代的にも戦争やってた時にそんな発想出て来ないと思いますし。
なお、作中でまどかが「悲劇は変えられないのか」と言ってますが、そんなことはありません。
フェイトを見捨ててプレシアを救うことは出来ましたし、落ちてくる岩を対処することが出来れば2人とも助ける余地はありました。
あとは単純に選択と実力の問題です。
名前を呼び合うのは割愛しますので、無印本編はここまで。
幕間に1話挟んで第3章のA's編に移ります。
(追記)
そう言えば、結果的にベイとマレウスはジュエルシード8個も集める必要無かったってことに……。
まぁ、結果論ですので仕方ないかも知れませんが。
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20:次なる舞台へ
【Side テスラ・フレイトライナー】
「随分とふざけた状態になっている様ね……」
空間ディスプレイに表示された報告書を閲覧していた私は、その内容に呆れて思わず声を上げた。
読んでいた報告書はP・T事件のものだ。
三佐待遇の執務官である私は事件のほぼ全ての情報を閲覧する権限を持っている。
にも関わらず、この報告書で閲覧出来ない部分があることがまず異常だが、見ることが出来た部分だけでも十分に原作から外れていることが分かった。
そう、この報告書と原作の違いが分かる私は転生者だ。
神を名乗る者に7枚のカードからクラスを選択して与えられた特典と共に、この世界に転生させられた。
『ラグナロク』……彼らがそう呼ぶ戦いの参加者として。
私が選んだのは魔術師のカード……SSSランク魔導師の才能だ。
この世界は魔法の力が強い程、権力と言う力を手に出来る。
第一管理世界ミッドチルダへ転生することを選んだ私は管理局高官の両親の間に生まれ、幼い頃から天才と呼ばれて順風満帆な人生を歩んできた。
8歳で管理局に入局し、9歳で史上最年少で執務官となった。
今では「海」のエースオブエースなどと呼ばれ管理世界中の名声を集めている。
将来を約束された私は、このまま行けば全てに恵まれた人生を歩んでいける。
その為にも、この『ラグナロク』を乗り切らなければならない。
P・T事件は敢えて介入せず、情報収集に専念することにした。
管理局の執務官である私は待っているだけでアースラが集めた情報を見ることが出来るのだから、何も難しいことは無い。
「と思っていたのだけど、まさか初っ端から狂ってるとはね」
ユーノ・スクライアが真っ先に死ぬなど予想外にも程がある。
おそらく転生者によるものだと思うが報告書には犯人について書かれていない、いや書かれているが閲覧出来ない。
出だしから狂ってる割にはプレシア・テスタロッサやフェイト・テスタロッサの結末については概ね正史と変わっていない様に見えるが、協力者として表彰されているのは3人。
高町なのはは良いとしても、問題な残りの2人。
高町まどかと松田優介、この2人はどう見ても転生者よね。
分かり易くて助かると言えば助かるけど、長生き出来ないタイプね……って私も分かり易さで言えば同じか。
「それにしても、何なのかしらこの閲覧制限は。
佐官権限でも見られないなんて……」
閲覧制限が掛かること自体は珍しいことではないが、佐官クラスでも閲覧出来ないと言うのはあまり見ない。
こう言う場合は大抵において管理局上層部の意志が絡んでいる場合が殆どだ。
もしかして管理局上層部に他の転生者が居て、そいつがユーノを殺した?
あり得ない話ではないが、何故ユーノを殺す必要があったのかが不明だ。
まぁ、ユーノは淫獣とか呼ばれて嫌う人間は嫌っていたキャラだから、その可能性は無いとは言えないか。
それにしても、佐官クラスにすら情報制限を掛けられる程の上層部に転生者が潜んでいるとしたらゾッとしない。
私は目立ち過ぎているから、そいつには既に転生者だと知られているだろう。
これまで動きを見せていないことからまだ大丈夫だと思いたいが、いつ任務に見せ掛けて始末されるか分かったものじゃない。
おそらく、今まで私が殺されていないのは私が管理局に有益な存在であるため、不自然に始末すれば周囲から疑念を抱かれるからだろう。
「いずれにしても、情報を制限される可能性がある以上は私も前線に出向くしかないか」
待っているだけで全ての情報を得られると思っていたが、今後も閲覧制限を掛けられる可能性がある以上はそうも行かない。
「闇の書事件は半年後か。
アースラへの転属願、今出しておけば間に合うわね」
前線で直接に情報を得ていれば閲覧制限に邪魔されることも無い。
直接得た情報と閲覧制限の対象を比較すれば、隠蔽を図った相手の事を探るヒントも得られるだろう。
狙うのは上層部に潜んだ転生者の在否の確認、居るとしたらその尻尾を掴むこと。
主人公の周囲に居る転生者2人にも死んで貰うつもりだが、私のキャリアに傷を付けるのは拙いから直接的に手を下すわけにはいかない。
理想は上手く指示を出して死に追いやることだ。
【Side 高町まどか】
「それで、闇の書事件はどうする?」
夕食後、携帯電話で優介と連絡を取り、今後の打合せを行う。
『どうすると言われても……どんな選択肢があるんだ?』
「1つ目は正史通り。
八神家は無事だけどリィンフォースは消滅して心に傷を残すし、蒐集で被害は出る」
簡単に言っているけど、まずこれが難しい。
私達の様なイレギュラーが居るから正史通りの展開になる可能性が低い。
加えて、最後には八神はやてが夜天の魔導書を制御できるか否か次第になってしまう。
優介は電話の向こうで黙って考え込んで居る様なので、続いての選択肢を話すことにする。
「2つ目は事件自体の阻止。
あなたが
蒐集の被害は出ないし八神はやては助かるけど、ヴォルケンリッターは八神家とは無関係になるし、
闇の書自体も問題の先送りで解決しない」
その為だけに使い魔契約をしたりしたら、フェイトやアルフに物凄く怒られそうね。
八神家を監視しているであろう猫姉妹なら試しても……いや、ギル・グレアムに目を付けられるから駄目か。
『それは駄目だろ。
闇の書は今後も被害を出し続けるし、ヴォルケンリッターが居ないと10年後のJ・S事件が解決出来なくなるかも知れない』
それもそうか。
唯でさえジェイル・スカリエッティや戦闘機人が居るのに、下手をすれば転生者が敵側で登場する可能性もある。
戦力は少しでも多い方がいい。
「3つ目は基本的に正史通りに進めながら、リィンフォースを救う手立てを探すこと。
但し、具体的な方法は今の所思い付かないし、蒐集の被害は出てしまう。
この3つくらいかな、今思い付くのは」
そんな方法が存在するのかどうかすら分からないけれど、見付かればこれが理想的だ。
蒐集の被害は出てしまうけれど、ヴォルケンリッター込みで八神家を救う為には闇の書の完成が必須なので、この2つは両立し得ない。
『蒐集の被害だけど、死人は出ないんだよな』
「正史通りであれば、だけどね。
でも、干渉しなければそうなる可能性が高いと思う」
『なら、最後の案かな。
リィンフォースを探す手立てを探して、駄目だった場合でも正史通りの結末になるように動く』
簡単に言ってくれるわね。
「その方法を探すのも困難だし、正史通りも結構ハードルが高いけどね……。
まぁ、方針については私も同意するし、それで行きましょうか。
あ、あと1つだけ注意点が」
『? 注意点?』
「ええ、貴方は絶対に蒐集されない様に気を付けること。
……例えその為に私やなのはを見捨てることになってもね」
これは必須条件だ。
しかし、私達を身捨てろと言う部分について、優介は納得しなかったらしく電話越しに不満そうな雰囲気を感じる。
『……なんでさ?』
機嫌を損ねたのか、少々固い声で問い掛けが返ってくる。
「闇の書が完成した時、蒐集した魔法を使うリィンフォースと戦わなければいけないのよ。
原理が違うから大丈夫だと思いたいけど、もし貴方の投影魔術をリィンフォースが使えるようになってしまったら手が付けられなくなるわ」
666頁分の魔力を用いて降り注ぐ宝具の雨……想像するだけでゾッとする。
『た、確かに……分かった、気を付ける』
優介も同じ様な想像をしたのか、納得してくれた様だ。
「それで、リィンフォースを救う手立てなんだけど、具体的な案は何も無いけど可能性があるとしたら2つだと思う」
『2つって言うと?』
「1つは無限書庫。正史では結局見付かってないけれど、夜天の魔導書のオリジナルデータが見付かれば修復出来ると思うし」
あらゆる情報が集まるという話だし、正史よりも早い段階で無限書庫の調査を行えば、もしかしたら……。
「もう1つは転生者の特典。元々この世界に存在しないものだからこの世界の力で出来ないことでも出来る可能性がある。
ただ、こちらについては他力本願だから、あまり期待できないわ」
『そうだな。だとすると、俺達が出来ることは無限書庫の調査か』
「ええ、デバイスの件で本局に行く予定だし、その時にでもクロノ経由で無限書庫の入室許可を申し出てみましょう」
『分かった、それで行こう』
『……そう言えばデバイスで思い出したけど、レイジングハートってどうなったんだ?
元々、ユーノの持ち物だった筈だけど』
「まあね、クロノ経由でスクライア一族に連絡してなのはに持たせる許可を貰っているところよ。
レイジングハート本人もそれを望んでいるし、これまで誰も出来なかったマスター認証がされている。それに、ユーノの遺志を継いで事件解決に貢献したことを伝えれば、彼らの性格上まず断られることはないだろうって」
『そっか。
まぁ、ユーノが生きていても死蔵するより役立てることを望んだと思うし……』
「今後の事件解決にも、レイジングハートがあるとないでは大違いだからね」
【Side ラインハルト】
『城』の玉座の間にて、空間ディスプレイを表示する。
6つのディスプレイが表示されるが、映像が映っているのはその内半分の3つのみ。
Saber :高町まどか
Archer:松田優介
Caster:テスラ・フレイトライナー
「結局、P・T事件での脱落者は無しか。
まぁ、悪い話ではないが」
私が本番としているのは10年後のJ・S事件だ。
P・T事件は予兆に過ぎんし、この後起こるであろう闇の書事件も前哨戦に過ぎない。
そう言う意味では、この段階で早々に脱落されては拍子抜けと言うものだ。
「それにしても、転生者の情報は中々集まらんな」
7人居る筈の転生者の内、所在が判明しているのは私を含めて4人。
残りの3人については全く情報が存在しない。
P・T事件に介入してくる人間がここまで少ないのも予想外だ。
介入しなかったのか出来なかったのか分からんが、『ラグナロク』に強制的な決着が予定されていて逃れられない以上は、逃げ回ることに利は無い筈。
あるいは情報収集のために陰に潜んだ可能性もあるが、次の闇の書事件を過ぎれば舞台はミッドチルダへと移る。
仮に地球に転生した者がまだ居る場合、闇の書事件に介入しなければそれ以降の関与も難しくなる筈だ。
であれば、闇の書事件には確実に介入がある筈……『ラグナロク』への参加を拒絶していない限りはだが。
「いや、その可能性もあり得るか……?」
『ラグナロク』は終了時点で2人以下になっていなければ、最後の1人まで潰し合うバトルロイヤルと化す。
逆に言えば2人までであれば生き残るチャンスがあると言うことであり、それが同盟の根拠にもなっている。
しかし、もし最初から単独勝利を諦めて2位の生存を狙って潜伏する参加者が居たのなら……。
「闇の書事件で地球人の介入者が増えない場合は、一度この国を虱潰しに調べた方が良いか」
幸いにして、転生者は最低Aランクの魔導資質を有していることが分かっている。
ミッドチルダであれば捜索は困難を極めるが、地球においてはそれだけの魔導資質を持つ者は殆ど居ない。
魔導資質の持ち主を洗い出し条件を絞っていけば、手間は掛かるが必ず付き止められる筈だ。
「失礼致します」
そこまで考えた所で、部屋の入り口から声が掛かる。
開け放たれた大扉の前に、エレオノーレが直立していた。
「ああ、入りたまえ」
「ハッ!」
律儀にも扉の前で待機していた赤騎士は声を掛けると、玉座の下の階段前まで進み出る。
「命を受け推参致しました、ハイドリヒ卿」
「ああ、ご苦労」
エレオノーレを真っ直ぐに見据えながら言の葉を紡ぐ。
「卿に1つの任務を任せたい」
「なんなりとご命令を」
打てば響く様に即答が返ってくる。
「永遠結晶エグザミア……覚えているかね」
「ハイドリヒ卿がとある男に貸し与えた魔力石であったと記憶しております。
しかし、この男……恐れ多くも持ち逃げし行方を眩ませたかと」
およそ数百年前、請われて貸し与えた魔力石。
ユリウス・エーベルヴァインと言う科学者に下賜したそれは、持ち逃げされ行方は分からなくなっていた。
「そうだ。
あの時、『貸し与えたものは何れ回収する』と言ったな」
「それでは……」
空間ディスプレイを表示し、記録映像を幾つか再生する。
中央の一番大きな映像にはベルカの剣十字が表紙に付いた茶色の書物が表示されている。
「ロストロギア、闇の書。
無限の再生と転生を繰り返し、魔導師のリンカーコアを蒐集し力を蓄えて無差別破壊を引き起こす呪いの魔導書だ。
貸し与えた魔力石で造られたモノはこの中に封印されている様だ」
「この中に……でありますか」
「正確には、闇の書が暴走する原因である防衛プログラムの中にだ。
尤も、暴走するプログラムの中にあると言うよりは、あれが中にあるせいで暴走すると言った方が正しいか。
無限再生や無限転生の原因も同じだろう」
過剰なエネルギーが暴走の原因であり、それらのエネルギーを用いているため再生や転生が行われる。
勿論、過去の改変も無関係ではないが、それらを支えるエネルギー源はあの魔力石だ。
「卿に任せる任務は魔力石の回収の準備だ。
あれを取り出すには闇の書を完成させる必要がある故、闇の書の蒐集を進めて貰いたい」
「魔導師を狩ってリンカーコアを蒐集させよ、と言うことでしょうか」
「ああ。
但し、蒐集自体は放っておけばオプションである守護騎士プログラムが勝手にやるだろう。
卿はその妨げになるであろう管理局の相手をしていれば良い」
八神はやての周囲に転生者らしき存在は見当たらない。
正史よりも管理局側の戦力が上がっている以上、テコ入れしないとバランスが崩れるのは必至。
あまりに管理局側が有利だと、下手をすれば闇の書が完成しないまま事件が収束してしまう恐れがある。
「ベイとマレウスを付ける。
また、有事の際には海鳴市に待機中の騎士団員を使って構わん」
「jawohl,mein Herr!」
胸の前で水平に翳した腕を真っ直ぐに斜め前に伸ばし敬礼すると、エレオノーレは退出する。
「呪われた闇の書に選ばれた少女と守護騎士、管理局勢に転生者、加えて復讐を目論む過去の英雄。
前哨戦の第二幕は前幕と異なり命懸けとなるだろうが……卿ら、私を失望させてくれるな」
(後書き)
勘違い 嗚呼勘違い 勘違い
情報規制のおかげでテスラさん、すっかり誤解してます。
そしてA'sにはザミエル卿が投下。
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【第3章】A's
21:新たなる戦端
Deus Vult(dies irae)
【Side クロノ・ハラオウン】
「第97管理外世界に封鎖結界が展開されています!」
「解析を開始します!」
オペレータの声がアースラの艦橋に響き渡る。
アレックスが解析を開始した結界の術式がモニタに表示される。
しかし、そこに表示された術式は僕達が馴染みのあるそれとは大幅に異なっていた。
「術式が違う……ミッドチルダ式の結界じゃないな」
「そうなんだよ……どこの魔法だろ、これ?」
僕の声に答えてエイミィが疑問の声を上げる。
「これはベルカ式ね、それもミッドチルダ式でエミュレートした近代のものじゃない……正真正銘のエンシェント・ベルカ」
僕の背後から涼やかな声が聞こえてきた。
振り返ると、いつの間に艦橋に入ってきたのか1人の少女が立っていた。
腰まで伸ばした水色の髪に赤い瞳の絶世と言っていい美少女だが、気位の高さが見て取れる顔立ちでその雰囲気は周囲を威圧する。
テスラ・フレイトライナー執務官……僕と同い年だが、執務官としての経歴は先輩に当たる。
9歳にして史上最年少で執務官資格を習得した正真正銘の天才、SSSランクのエースオブエース。
何故か数ヶ月前にアースラへの転属願を提出し、アースラ付きの執務官となっていた。
通常であれば執務官は1隻の艦隊に1人がせいぜいだが、現在のアースラには僕と彼女の2人が在籍している。
普通に考えればあり得ないその状態は彼女の要望によって叶えられた。
若くして英雄と見做されている彼女の発言力は海の中においてかなり大きく、多少の人事は融通が利くらしい。
「古代ベルカ式……」
「かつてミッドチルダ式と覇権を争った古代ベルカの魔法。
射撃や砲撃の中遠距離をある程度度外視して近接戦闘に特化した魔法形態で、優れた使い手は騎士と呼ばれたそうよ。
今ではレアスキルに分類される程使い手の居ない魔法の筈なんだけど……」
「海鳴市に結界!? なのはは……なのはとまどかは無事なんですか!?」
フレイトライナー執務官の説明に割り込む形でフェイトが入口から飛び込んできた
艦内放送で事態を知ったらしく、血相を変えている。
まぁ、友人達が何か事件に巻き込まれている可能性が高いと知ったら不安になって当然だろうけど。
「落ち着きなさい、フェイト」
「フ、フレイトライナー執務官!?
し、失礼しました!」
焦りで周囲が見えない状態になっていたフェイトだが、フレイトライナー執務官が諌めるとハッと気付いて謝罪する。
緊張で冷や汗を流すその様は怯えている様にしか見えない。
アースラに赴任してきたフレイトライナー執務官は僕やフェイトとこれまでに何度か訓練のための模擬戦を行っている。
今の所、僕もフェイトも全戦全敗で天才の名に恥じない彼女の実力を見せ付けられていた。
何しろ、フェイトのファランクスシフトの様な本来であれば大規模儀式魔法で放つ様な攻撃を溜めなしで普通に放ってくるのだから、その規格外振りが良く分かる。
ちなみに、僕はシールドで防ごうとして途中で破られて何発か喰らってしまったが、フェイトは持ち前の速さで回避することに成功した。
が、そのせいで2発目に今度はバインドで指一本動かせない状態にされてから全弾叩き込まれる羽目になった。
軽くトラウマになったらしく、あれ以来フレイトライナー執務官の前では畏まる様になっていた。
「でも、解析まで時間が掛かりそうね。
ハラオウン提督、転送で直接現地に向かうべきかと思いますが」
「そうね。フレイトライナー執務官、お願い出来ますか」
「了解しました」
フレイトライナー執務官が現場に急行することを艦長に提案し、許可を得る。
「あの、私も……私も行かせて下さい!」
フェイトがフレイトライナー執務官に頼み込むが、フレイトライナー執務官は直接答えず黙ったまま艦長に目線で伺いを立てる。
「そうね、フェイトさんとアルフさんも彼女に付いて現地へと向かって下さい。
クロノ執務官はアースラに待機していて」
「「「了解しました」」」
【Side 高町まどか】
「……来た!」
唐突に展開された封鎖結界に、私は闇の書事件の始まりを悟った。
優介と方針を決めてから何度かデバイスの作成のために時空管理局本局に行き、その度に無限書庫で資料を探していた。
しかし、優介も私もこの方法に正直なところ諦めを抱いている。
想像を絶する量の情報に私達2人だけではマルチタスクと読書魔法を駆使しても目的の情報を得るまでに数年がかりの時間が掛かることを最初の1日で悟った。
最大の誤算はユーノ・スクライアの死……彼の司書としての才能は百年に1人の逸材だったのだと思い知らされた。
私達2人掛かりでも闇の書事件の僅かな間に情報を集めることは出来そうにないが、彼はそれを1人で、しかもデバイスの補助すら無しにやってのけたのだ。
P・T事件でユーノが死んでしまったことがこんなところに影響を及ぼすとは想像もしていなかった。
夜天の魔導書のオリジナルデータを探すどころか、正史でユーノが探し当てたのと同等の情報を得ることすら難しいと私達は感じていた。
周りに協力を要請して人海戦術でやれば何とかなるかもしれないが、闇の書のことを話せば何故そんなことを知っているのかと必ず聞かれるだろう。
正史のことを話せない以上、その問いに答えることは至難と言っていい。
悪用すれば世界を引っ繰り返すことも出来てしまう知識のため、明かすとしても信頼出来る相手に限定しなければならない。
クロノやリンディ辺りなら話すことも出来るかも知れないし検討したが、結局のところ彼らが人を動かす際に納得の行く説明を求められることに変わりは無い。
結果、私達は僅かな可能性に掛けながら資料探しを続けつつも、正史通りの決着も視野に入れながら闇の書事件を待つことにした。
「お姉ちゃん!」
隣の部屋からなのはが駆け込んでくる。
「貴女も気付いた?
私達は結界に閉じ込められてしまったみたいね」
「誰がこんなことを……?」
「分からないけれど、取り合えずここを出ましょう。
もっと見晴らしのいい場所でないと、身動きが取れないわ。
それと、何が起こるか分からないからバリアジャケットを展開しておきなさい」
「う、うん……レイジングハート、お願い!」
聖祥大付属小学校の制服に似たバリアジャケット姿になるなのは、それに続く様に私もデバイスを起動させてバリアジャケットを展開する。
なお、私のバリアジャケットはFateのセイバーの甲冑を模したデザインとなっている。
防護服を初めて構築する際に浮かんだイメージがそれだったからだが、周りを見ても掛け離れたデザインではないのでそのまま採用しておいた。
ただ、優介が複雑そうな表情をしていたのが印象的だった。
聞くところによると、転生させられてすぐにこの世界に生まれた私と異なり、彼はFateの世界で衛宮士郎として一生を過ごしてからこの世界に転生してきたらしい。
だとすれば、本物のセイバーと出会い、共に戦い、もしかしたら愛し合ってきたことになる。
そんな彼が私の格好に色々と思うところがあるのは当然で申し訳ないとは思うが、だからと言って今からデザインを変更するのもそれはそれで気を遣わせたと思われてしまいそうだから、気付かなかったことにした。
なお、私のデバイスは依然として借り受けている標準的なストレージデバイスだ。
専用デバイスもP・T事件の際の契約で製作を進めて貰っているが、色々と注文を付けたせいで半年経っても完成していなかった。
と言っても、事件後2ヶ月程はフェイトの裁判の準備でクロノ達が殆ど時間が取れていなかったため、製作開始自体がしばらく経ってからだったことも原因だが。
もうすぐ完成すると聞かされているし、もしかしたら闇の書事件に間に合うかとも期待したのだが、生憎とそう都合良くは行かなかった様だ。
デバイスを起動しバリアジャケットを展開し、なのはと2人で近くのビルの屋上へと昇る。
しばらく、その場で周囲を警戒していると、レイジングハートが警戒の声を上げた。
≪It comes.≫
その声に身構え、同時に感じた魔力に上空を見詰める。
そこには白熱した拳大の球体が私達の方に向かって飛んで来ていた。
≪Homing bullet.≫
レイジングハートの追加情報に、回避をしても無駄だと判断してその場で対処をすることに決める。
「なのは、防御お願い!」
「分かった!」
なのはが突き出した手の先で障壁が展開され、誘導弾がそこに衝突する。
誘導弾の対処はなのはに任せ、私は続く攻撃に対しての備えに集中する。
「テートリヒ・シュラーク!」
案の定、赤いバリアジャケット……いや騎士甲冑を身に纏ったオレンジ髪のおさげの少女がハンマーを振りかぶり叩き付けてくる。
私は両手に持った杖型デバイスを交差させて彼女──ヴィータのグラーフアイゼンを受け止めると用意していた2つの魔法を発動させる。
「リングバインド!ディバインシューター!」
リング状のバインドでグラーフアイゼンを固定し、続く射撃魔法をゼロ距離で撃ち込む。
「チッ!」
ヴィータは舌打ちすると障壁を展開して私のシューターを防いだ。
通常であれば拘束された武器を手放し距離を取って回避する場面だが、魔導師や騎士にとってデバイスを手放すことは戦闘継続を困難にするため、彼女の選択は正しい。
シューターを防いだヴィータは腕に力を込めるとデバイスに巻き付いている私のバインドを破壊しに掛かる。
罅が入っていくバインドを見て持ちそうにないと悟った私は、破壊される前に自分からバインドを解除した。
「うわ!?」
破壊しようと力を込めていたバインドが急に解除されたせいで、ヴィータがつんのめる形になり態勢を崩す。
その隙に私は右手のデバイスを叩きつけようとするが、間一髪のところでグラーフアイゼンで防がれることになった。
「ディバインシューター!」
「な!? うわあぁぁぁぁーーー!!」
私と鍔迫り合いをしていたヴィータの背後から、誘導弾を防ぎ切ったなのはが射撃魔法を叩き込んだ。
完全に無防備だった背後からの攻撃に少なくないダメージを受け仰け反るヴィータ。
「隙あり! 斬!」
「うぐっ!!」
仰け反ったために鍔迫り合いの力が緩んだ瞬間、好機と見て取った私は右手のデバイスに力を込めて振り抜き、グラーフアイゼンを押し切った。
加えて、そのまま左手で持つもう一本のデバイスで斬撃を叩き込む。
ヴィータは防ぐことも出来ずに吹き飛び、ビルの屋上の縁にあるフェンスに叩き付けられることになった。
「いきなり襲い掛かられる覚えは無いんだけど、何処の子? 何でこんなことするの?」
フェンスから身を起して態勢を整えるヴィータに対して、デバイスを向けながら問い掛けるなのは。
確かに襲い掛かってきたのは向こうだが、2人掛かりで叩きのめしてから言う台詞ではない気もする。
ふと思い出して、目を凝らしてヴィータを見る……レベル28、私と同等か。
正史ではカートリッジシステムを用いたヴィータに及ばず敗北するなのはだが、この世界においては私と2人掛かりだったこともあって敗北せずに済みそうだ。
正史の流れを変えることになるが、ここでなのはが蒐集を受けることによってプラスになる要素が思い付かなかったため阻止することにした。
妹が苦しむところなんて見たくない、必然性が無いなら尚更に。
「くそっ……てめぇら!」
ヴィータは依然として戦意を失わず、やる気の様だ。
2対1を不利と見てここで引いてくれたらと期待したが、叶わないようだ。
加えて、双方の陣営に援軍が到着した。
「無事か、ヴィータ?」
「手強い相手の様だな」
「シグナム……ザフィーラ……」
ピンクのポニーテールの剣士と白髪で犬耳の青年がヴィータの前に降り立った。
「なのは! まどか!」
「無事かい!?」
「…………………………………………」
「フェイトちゃん、アルフさん!?」
私達の前にもフェイトとアルフ、そして会ったことの無い水色髪の少女が転移してくる。
フェイト達と一緒に来た以上は味方だと思うんだけど、正史では出て来なかった人物の登場に警戒心を上げる。
「時空管理局執務官テスラ・フレイトライナーです。
管理外世界での魔法使用、及び民間人への魔法攻撃の容疑で貴方達を逮捕します。
抵抗しなければ弁護の機会があります。
武装を解除して投降しなさい」
冷たい声で投降を命ずる彼女を目を凝らしてみる。
その瞬間、驚愕に声が出てしまいそうになるのを必死に抑えた。
レベル39!? SSS並みじゃない!
正史で居なかった筈のイレギュラーだし……転生者の可能性が高いわね。
何とか声を出さずに済んだ私は続けて周囲の人間のレベルを確認する。
シグナムは31、ザフィーラは27。
ついでにフェイトは26で、アルフは24、なのはは27か。
レベルだけ見ればシグナムはちょっと厳しいけどヴィータやザフィーラとは互角に戦えそう。
だけど、ヴィータはカートリッジのブーストを込みで考えれば実質Sランクと見るべきね。
「生憎だが、それは出来ん」
フレイトライナー執務官の投降命令を拒絶し、シグナムがレヴァンティンを構える。
ヴィータとザフィーラもシグナムに続いて戦闘態勢を取る。
必勝を考えればシグナムにフレイトライナー執務官、ヴィータとザフィーラに2人ずつで当たるのが確実だ。
しかし、転生者である可能性を考えるとフレイトライナー執務官を全面的に信じるのは危険すぎる。
管理局の人間であれば転生者であってもいきなり敵対することはないと思うけど……。
だが、そんな私の目算は次の瞬間に粉々に砕け散った。
「へぇ、盛り上がってるみてぇじゃねぇか」
「だったら、私達がもっと盛り上げてあげるべきかしら」
私達が対峙しているビルにあった貯水塔の上に、いつの間に現れたのか2人の人物が私達を見下ろしていた。
忘れもしないその姿に全身に鳥肌が立つ。
白髪の男ヴィルヘルムとピンク髪の少女ルサルカ……聖槍十三騎士団の2人だ。
これで確信した……矢張り奴らは転生者の関係者だ。
前回のP・T事件だけならまだジュエルシード狙いで『ラグナロク』とは無関係という可能性もあったが、闇の書事件にも介入してきた以上は最早偶然とは思えない。
「な、何なの!? あんた達は!」
シグナム達とは毅然とした態度で相対していたフレイトライナー執務官だが、ヴィルヘルム達が姿を現した途端に動揺を見せる。
あの態度は演技には見えない……少なくとも聖槍十三騎士団を送り込んできた転生者は彼女では無さそうだ。
それにしても、彼女は何故あそこまで動揺しているのだろう。
転生者であるならイレギュラーの発生を予測している筈だし、転生者でないなら居る筈の無い人間が居ることなど意識出来ない筈なのに。
……ああ分かった、レベルね。
ヴィルヘルムもルサルカも彼女以上のレベルの持ち主、彼女はそれに気付いたから余裕を無くしたのね。
それはつまり矢張り彼女も転生者であり、レベルを確認する力を持っていると言うことなのだろう。
ヴォルケンリッターは新たに姿を見せたヴィルヘルム達に警戒しているが、ヴィルヘルム達はヴォルケンリッターには目もくれずに私達に向けて殺気を放っている。
背後に居る転生者の意図か彼ら自身の考えかは分からないが、完全に私達に的を絞っている様だ。
それにしても、彼らの意図が読めない。
この場に介入してくるのは分かるとしても、何故ヴォルケンリッターには敵意を向けずに私達だけを狙うのか。
転生者を標的にしているのかとも思ったが、前回のP・T事件の時にはジュエルシードを優先していてそこまでこちらを狙ってくる様子は見られなかったし、その線も薄い。
八神はやてやヴォルケンリッターに協力しているにしては、ヴォルケンリッターも不審そうにしており初対面の様だ。
第三者でヴォルケンリッターに味方する勢力……まさかギル・グレアムが彼らの背後に居るの?
いやでも、管理局とは敵対関係にあるみたいだし……駄目だ、情報が足りな過ぎて推測も出来ない。
その時、唐突に莫大と言う言葉でも足りない程の魔力と熱量を感じて全員が上空を見上げる。
「避けて!」
私は咄嗟に叫ぶと、なのはを抱え、足に魔力を籠めて全力で横に跳んだ。
一瞬遅れてフェイト達3人もその場を全力で離れる。
先程まで私達が居た場所に小型の太陽とも呼ぶべき灼熱が叩き付けられた。
離れていても感じられる熱量に、あのままあそこに居たら跡形もなく蒸発していたこと悟らされ、私は思わず青褪める。
ヴォルケンリッター達は元々居た場所から殆ど動いていないが、今の攻撃……いや砲撃によってダメージは受けていない様だ。
完全に私達だけを狙い撃ちしていた。
一体誰が……そう思って炎の出所を探るが砲撃を撃った人物の姿を見付けることは出来なかった。
辛うじて全員かわすことが出来たが、代償として私となのはを除いて全員バラバラの位置取りとなってしまった。
おそらくだが、先程の砲撃の射手はこの状況を狙っていたのだろう。
「オラ、いくぜぇぇーーーッ!!」
「く……この!」
ヴィルヘルムが真っ先に反応し、フレイトライナー執務官に突撃する。
「ん~、私はまどかちゃんと遊ぼうかな~」
加えて、ルサルカが私の方に向かってくる。
ルサルカはヴィルヘルムとほぼ同等のレベル、そしてヴィルヘルムはP・T事件の時に私と優介が2人掛かりでも勝てなかった相手だ。
そんなルサルカと真っ向から1対1で勝負になるとは思えないが、なのは達にはヴォルケンリッターの相手をして貰わなくてはならない以上、私1人でどうにかするしかない。
唯一救いがあるとしたら、正史では戦闘不能状態だったなのはが健在で居ることだ。
戦闘方法からすればなのははヴィータ、フェイトはシグナム、アルフはザフィーラとほぼ正史通りのマッチングになるだろうが、フェイトはシグナム相手では分が悪いし防御に長けたザフィーラをアルフが倒すには時間が掛かる。
突破口があるとすればなのはとヴィータの組み合わせだろう。
なのはがヴィータを倒すまで時間稼ぎに徹する、それしかないわね。
「なのは! 貴女はさっきの赤い服の子の相手をお願い!」
言い放つと私はなのはから離れて、ルサルカと対峙する。
彼女の姿を見るのはP・T事件以来なので約半年振りだが、相も変わらず緊張感の無い自然体だ。
「は~い、まどかちゃん。お久しぶり~」
そのまま戦闘に入るのかと思ったが、彼女は普通に話し掛けてくる。
時間稼ぎがしたいこちらとしては好都合なので、そのまま応対することにする。
「ええ、久し振りね。 ルサルカ……だったかしら?」
「覚えててくれたのね、感激~」
ふざけた態度にイラつくが、表情に出さない様に努める。
「ところで、1つ聞いても良いかしら?」
「なになに? 何でも聞いて。
お姉さんが優しく教えてあげるから」
「貴女達の目的は何? どうしてヴォルケンリッターの味方をするの?」
「う~ん……」
先程までと打って変わって、何か考え込むルサルカ。
「何でも教えてくれるんじゃなかったのかしら?」
「教えてあげたいのは山々なんだけど、生憎と私も分からないのよね」
分からない?
どういうことだろう……彼女の考えていることは態度からは読みにくいが、正直嘘を言っている様にも見えない。
「私達はただ守護騎士達を援護して闇の書を完成させろって言われてやってるだけだから、何でとか聞かれても知らないのよ。
命令にしたって直接聞いたわけでもないし」
つまり、彼女達の背後に居るであろう転生者が闇の書の完成を望んでいるってこと?
しかし何のために? 主でもない者が闇の書の完成で得られるメリットが思い当たらない。
「質問タイムはもう終わりで良いかしら?
それじゃ、そろそろ始め……いえ、終わりにしましょ」
ルサルカの不自然な言い回しに疑問を覚えたのも束の間、彼女の足元から私の立っている場所に伸びている影が視界に入り一瞬で総毛立つ。
とっさに後に向かって飛び退く……つもりが、私の足は全く動こうとしない。
いや、足だけではなく、指一本動かせないことに私はここでようやく気付いた。
しまった!
優介から聞いていたルサルカの創造……触れたものの動きを止める影。
知っていた筈なのに、話に集中してしまい油断した隙を突かれた。
今が夜で影が見え難かったのも気付かなかった要因だろう。
優介の話が正しければルサルカは見た目に反して残酷な性格で、この影で動きを止めた相手を拷問するのが好きらしい。
緊張と恐怖に顔から血の気が引き、喉がカラカラに乾く。
何とか振り解こうと全身に力を籠めようとするが、全く動く気配が無い。
拘束されているというより神経の伝達自体をカットされていると言った方が良く、どれほどの力を籠めても身体を動かすことは不可能なようだ。
他の仲間達が相手を倒して助けに来てくれることを期待するしかないが、そもそも顔を動かせないため状況を見ることすら出来ない。
次にどんな攻撃が来るかと戦々恐々とするが、予想に反してルサルカは明後日の方向を見て黙り込んでいる。
一体何故……? そう考えたが次の瞬間胸の辺りに異様な感触を感じて否応なしに状況を理解させられた。
辛うじて視界の下の方に映っているそこには、女性の腕が私の胸元から突き出ておりその掌の先には光る球体が浮かんでいた。
シャマルの旅の扉!? 球体は私のリンカーコア!?
さっきのは念話でシャマルに蒐集を指示していたのか!
ヴォルケンリッターと聖槍十三騎士団は味方同士ではない様だが、蒐集のチャンスを逃すくらいなら指示に従うと言うことか。
「きゃあああぁぁぁぁ!!!!」
全身を絞り上げられる様な激痛に思わず悲鳴を上げる。
しかし、声を上げることは出来ても相変わらず身体は指一本動かず、痛みに身を捩ることすら出来なかった。
マルチタスクの大半が激痛で思考停止に陥っているが、残りの思考で身体が動かないのに口だけは動かせることに疑問を覚えた。
その疑問に最悪の形で解が齎されたのは次の瞬間だった。
「お姉ちゃん!?」
「まどか!?」
なのはとフェイトが私の悲鳴を聞いてこちらの状況に気付き、驚きの声を上げる。
2人は戦闘の相手であるシグナムやヴィータを振り切って、こちらに駆け付けてくる。
その行為が引き起こす事態に私は気付いて、激痛を堪えながら声を張り上げる。
(来ちゃだめ!)
しかし、先程まで動いた口がその瞬間に固まってしまい、私の叫びは心中のみで響くことになった。
視界の真ん中でルサルカが笑顔で手を振っている……。
そしてなのはとフェイトは私を助ける為にビルの屋上に着地した……そう、ルサルカの影で覆われたビルの屋上に。
「な!? 身体が……?」
「動けない!? どうして!」
最初に私の口を塞がなかったのは悲鳴を上げさせ仲間をおびき寄せるためだ。
悪魔の様な狡猾さに絶望を感じながら、私の意識は蒐集の完了と共に途絶えた。
(後書き)
迂闊な子 ああ迂闊な子 迂闊な子
……って、前話と後書きの書き出しが一緒になってしまいました。
折角事前に能力を教えて貰ってたのに。
まぁ、夜に足元の影を避けろと言うのは結構ハードル高いから仕方ないかも知れませんが。
黒円卓勢が何だか仮面の男の立ち位置に。
なお、優先行動権は帝国側にありますが、相手側から直接攻撃を仕掛けてきた場合の応戦は抵触しない想定です。
そもそも、権利なので帝国側が行使しなければ問題にならないですし。
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22:新たなる力
性格は概ね同意ではありますが…そんな彼女に少し共感してもらうため30秒程お時間頂戴したく。
想像してみて下さい。
「強くてニューゲームで難易度「NORMAL」選んでヌルゲー状態で無双、
余裕かましてセーブしないで進めてたらバグで突然難易度が「VERY HARD」に切り替わり、
しかも戻せない」
まぁ、彼女は気付いていないだけで実際の難易度は「NIGHTMARE」なのですが。
推奨BGM:疑念(nanoha)
【Side 高町まどか】
「ん…………」
意識が浮上する。
ぼやける視界に天井が映るが、私の部屋の天井じゃない。
一体ここは……。 私はどうして……?
その瞬間、電撃的に記憶が蘇った。
ヴィータに襲われる私となのは、駆け付けてきたフェイトとアルフ、それから新たな転生者、介入してきた聖槍十三騎士団、そしてシャマルに蒐集される私。
「……そうだ! あれからどう……!?」
ガバッと身を起こすが、その勢いのせいか視界が黒く染まって起こった眩暈に私は姿勢を保てずそのまま横に頭を倒した。横向きになった視界に映画の様に機械が飛び交う景色が映る。
何度か見たことのあるこの光景に私は自分が居る場所が時空管理局の本局であることに気付いた。
少なくとも、私は蒐集を受けて気絶して本局に運び込まれたのだろう。
残っている最後の記憶では、なのはとフェイトが私を助けようとしてルサルカの創造に捉われてしまっていた。
加えて、あの2人が行動出来ない状態と言うことはそれぞれが相手をしていたヴィータとシグナムがフリーになっていたことを意味する。
そうなると、アルフやフレイトライナー執務官はそれぞれ2人ずつを相手にしなければいけないことになる。
全滅……想像に浮かぶ最悪の状況に血の気が引く。
こうしては居られないと私は眩暈をこらえながらベッドから降りて立ち上がり、仲間達の安否を確認するために部屋を出ようとする。
が、ドアの前で自分の格好にふと気付く。
今の私の格好は入院着の様な姿で、このままで歩き回るのはあまり宜しくない格好だ。
辺りを見回すと、ベッドの横に置かれている椅子の上に私が元々着ていた洋服が畳まれて置いてあった。
部屋を出る前に着替えた方が良いか、そう思うと私は上着に手を掛けた。
「まどか! 大丈夫か!?」
シュッという音と共にドアが開き、部屋に優介が叫びながら飛び込んでくる。
「…………え?」
そして、次の瞬間固まった。
一方、私は上着を脱いだ状態で同じく固まっていた。
来ていたのは入院着の様なもので、当然下には何も着ていない。
つまり……。
「ご、ごめん!」
慌てて部屋の外に出てドアを閉める優介を尻目に私はへたり込む。
「見られた……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「え~と、さっきは……その……」
取り合えず、着替えを済ませてベッドに戻ると部屋の外に居る優介を呼び寄せた。
お互いに気拙いため、目線を合わせられない。
外見年齢は9歳のため見られたって別に構わないと頭では思うが、意識は前世の分もあるため矢張り恥ずかしいものは恥ずかしい。
「記憶から消しなさい。あなたは何も見ていない、そうよね?」
「イ、イエスマム!」
笑顔を向けながら命令すると、優介は冷や汗を流しながら敬礼を返してきた。
「と、ところで身体は大丈夫なのか?」
「ええ、さっきまで眩暈が酷かったけど、今は大丈夫よ。
元々怪我もしてないしね。
ただ、魔法はしばらく使えそうにないかな」
眩暈が無くなったのは裸を見られたショックのせいなんだけど、藪蛇になるので言わないでおく。
「そっか、無事とは言い難いけど大事にならなくて良かったよ」
「ありがと。
ところで、なのはとフェイトや他の人達がどうなったか分かる?」
先程は部屋を出て他の人の安否を確認しようとしたが、優介が報せを受けてここに居るならある程度情報を聞いているだろう。
外に出ても何処に行けば良いか分からないので、取り合えず優介から話を聞かせて貰うことにした。
「なのはとフェイトならこの部屋の隣で入院しているって聞いてる。
この後で行ってみるつもりだけど」
「そう……やっぱり2人とも蒐集を受けてしまったのね。
他の人は?」
あの2人については私に残っている記憶の時点で行動不能にされてしまっていたから、それはあり得ることだと覚悟していた。
私が捕まったせいで2人が蒐集を受けてしまったことに罪悪感が湧き起こる。
正史よりも悪い結果になってしまったことについても頭を抱えたくなる。
「クロノから聞いた話では入院しているのは3人だけって話だったけど」
つまり、アルフとフレイトライナー執務官は無事ということだろうか。
あの状況でどうやって乗り切ったか分からないが、少しほっとした。
ああ、そうだ。フレイトライナー執務官のことと聖槍十三騎士団のことを優介にも話しておかないと。
「アルフとフレイトライナー執務官は無事ってことね。
優介はフレイトライナー執務官にもう会った?」
「いや、会ってないと言うか……そもそも誰だか分からないんだけど?」
「多分、キャスターのクラスを選んだ転生者」
「なっ!? 他の転生者に会ったのか!?」
私の言葉に優介が驚愕している。
まぁ、転生者は基本的に敵同士だから無理も無い。
勝者の権利を捨てたとしても生き残ることが出来るのは2人まで、3人居ればその時点で最低1人は死が確定する。
執務官であることを考えると彼女はP・T事件の情報を見ている筈だし、私と優介が転生者であることも同盟関係であることも知っている可能性が高い。
同盟の余地が2人までである以上、3人目の彼女とは確実に敵対することになるし、向こうもそれを理解しているだろう。
先の戦闘時にはお互いに敵への対処で余裕が無かったために結局言葉も交わしていないが、今後については警戒が必要だ。
「彼女のレベルは39だったわ。
正直、私とあなたの2人掛かりでも勝てるかどうかは難しいところね。
まぁ、向こうも管理局員としての立場があるだろうから今すぐに真っ向からぶつかることは無いと思うんだけど……」
「そうか……何れは戦うことになるのか。
何とか回避出来ないかな?」
「難しいでしょうね。
そもそも『ラグナロク』のルール上、2人までしか生き残れないことになってるし。
私とあなたは2人で同盟を組んでる以上、他の転生者とは最初から敵対が決定しているわ。
向こうだって、既にそう認識していると思う」
「………………………………そうか」
何かを考え込む優介の表情に、何となく嫌な予感を感じる。
付き合いはそこまで長くないが、彼の性格は最初に会った時からすぐに把握出来ていた。
度外れたお人好し、自分よりも他人を優先するその性格、誰かに似ていると思ったが考えてみれば簡単なことだった。
彼は今生の私の双子の妹、なのはと考え方が良く似ているのだ。
しかし、比較すると彼の方が重症に思える。
「変なこと考えてないでしょうね?」
「何だよ、変なことって?」
「……自分が犠牲になれば1人の命が助かる、とか馬鹿なこと考えていないかってことよ」
「!?」
優介の表情が劇的に変わる。
私はその表情で図星を突いたことを悟ると、思わず額を抑えた。
「やめてよね。
そんなことしたって誰も喜ばないわよ」
「……………………………………でも」
「デモもストも無し。
あなたが死んだらなのはが悲しむわよ。ああ、勿論私もだけど」
「…………………………え?」
優介は口をポカンと開け、間抜けな表情を晒す。
「え?ってあなたねぇ……。
ああもう、兎に角! 自己犠牲的な考えは捨てなさい」
とことん自分の存在が低い彼にこれ以上言っても納得はしてくれそうにない。
いざとなったらなのはと2人掛かりで力尽くで止めよう。
「それともう1つ、P・T事件で襲ってきた聖槍十三騎士団の2人が今回も介入してきたわ……それもヴォルケンリッターに味方する形で。
私が蒐集を受けてしまったのもそのせいよ。
2度目である以上偶然とは思えない……少なくとも彼らの背後に転生者が居るのは確実だと思う」
「! あいつらが……。
ヴォルケンリッターの味方ってことは、背後の転生者が八神はやての身内とかなのかな?」
「ヴォルケンリッターと面識は無さそうだったからそれは無いと思うけど……」
尤も、あれが演技でない証拠はないから決め付けることは出来ない。
ただ、私の勘ではその可能性は少ない。
「前回は結局、ジュエルシードだけ集めて最後は出て来なかったから何処に行ったかと思ってたけど」
「彼らに持ってかれた分についてはリンディ提督も回収を断念したからね。
フェイトが集めた分はプレシアと一緒に虚数空間の中だし、結局管理局が回収出来たのは7個だけ。
これが今後どう影響してくるか分からないし、そもそも彼らが何のためにジュエルシードを集めていたのかも不明なままだけど」
ジュエルシードは全部で21個。
正史ではフェイトが集めた9個が虚数空間に落ち、残り12個が管理局に回収された。
しかし、この世界では管理局が7個、聖槍十三騎士団が8個、そして虚数空間に落ちたのが6個だ。
確か、管理局が回収した分は紛失してジェイル・スカリエッティの手元に渡る筈。
スカリエッティの目的は使うことではなく研究だから12個が7個に減っても影響はないと思うけど、聖槍十三騎士団に渡った8個がどうなるか全く分からない。
結局、リンディ提督から彼らの情報は得られなかったし、管理局内のデータベースでも完全に隠蔽されていて見ることは出来なかった。
管理局の公式記録ではジュエルシードは発掘された時点で13個だったことにされ、聖槍十三騎士団の回収した8個については最初から存在しなかったことにされた。
「転生者を有無を言わさず殺しに掛かるって感じでも無かったけど、殺さない様にしているって様子でもなかったな。
ジュエルシード集めがメインで、ついでだから襲ったって印象だった」
「そうね。
なのはとフェイトの決闘の時にも姿を見せなかったし、時の庭園に乗り込んだ時も出て来なかった。
彼らの目的はジュエルシードだけだったと思って間違いは無いでしょ」
「ロストロギアを集めているのかな?
そうだとすると……今回は闇の書か。
でも、主以外には使えない筈じゃなかったっけ?」
「ええ、主以外が干渉しようとすると主を取り込んで暴走して転生してしまう筈よ。
でも、もしかすると彼らはそのことを知らない可能性もあるわ。
前回のジュエルシードの時も、中途半端に知識を与えられているみたいだったし。
今回も闇の書を完成させろと命令されているだけで、彼ら自身はその目的も知らない様子だったわ」
でも、主を取り込んで暴走・転生させてもメリットなど無い筈。
あるいは、闇の書の力を手に入れる方法を持っているということだろうか。
「普通は」不可能だが、転生者ならば特典でそんな手段を持っている可能性はゼロでは無い。
「背後の転生者の狙いが闇の書に関連していることだけは確かみたいだな。
詳細は分からないけど……」
「少なくとも、強力な戦力が敵側に居ることだけは確かよ。
SSSクラスの敵が最低2人……いえ、3人。
姿は見せなかったけど、砲撃を撃ち込んできた奴が他に居る筈」
「砲撃?」
「炎属性の砲撃が私達に向かって撃ち込まれたのよ。
撃たれたのはその一撃だけで、それ以降は参戦してこなかったわ。
おそらく、私達を分散させるためだったんだと思う。
威力はそこそこだったけど範囲は狭かったしそこまで強力な攻撃じゃなかった……とその時は思っていたんだけど」
それほど離れていたわけではないヴォルケンリッターもダメージは受けていなかったし、範囲は狭かった。
威力が軽いわけではないが、ビルを破壊する程でも無かった。
だからそこまで強力な一撃ではなかったと、あの時はそう思った。
「何か気になることがあるのか?」
「撃ち込まれたのが結界の中なら見付けることが出来た筈。
でも、全く見当たらなかった。と言うことは……」
「結界の外から撃ち込んだってことか!?
そんなこと出来るのか?」
「少なくとも、私には出来ないわ。
なのはがスターライト・ブレイカ─を使ってようやく貫ける強力な結界を軽々と貫通する威力、上手く分散させる様に私達の居た中心点に撃ち込む精密さ、更にヴォルケンリッターには一切ダメージを与えない威力制御。
加えて、結界は維持されたままだったから一点集中で最小限の穴を空けたってことだと思う。
人間業じゃないわ」
砲撃に特化しているなのはでも同じことは出来ないだろう。
「それにしても炎の砲撃か……まさか!?」
「心当たりがあるの?」
「……ああ、ひょっとすると最悪かも知れない。
大隊長クラスがいる可能性がある」
大隊長……。
その言葉に以前に優介から聞いた情報を思い返す。
「前に言っていた、ヴィルヘルムより強い5人の内の1人ね。
って言うか、ヴィルヘルムでも既にSSSクラスなんだけど……。
取り合えず、そいつの特徴や能力を教えてくれる?
……いえ、この際だから全員について教えて貰えないかしら」
「ああ、分かった。
俺もそこまで詳しいわけじゃないから、正確でないところがあるかも知れないけれど……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「首領のラインハルトに副首領メルクリウス、それに3人の大隊長か。
炎の砲撃は大隊長の1人、赤騎士エレオノーレってわけね」
「ああ、確証はないけれど他に該当する奴は居ないと思うから消去法でそうなる」
「列車砲の砲撃に標的を捉えるまで広がり続ける爆心……1人で戦争が出来るわね。
まったく、ヴィルヘルムとルサルカだけでも厄介だってのに……」
本当に頭が痛い。
更にそれと同じレベルの相手が2人、加えてそれ以上の力の持ち主が2人。
平団員でもSSSクラスが数人と考えたら楽観出来る相手ではない。
正直、真っ向からぶつかったら管理局の総力でも勝てない様に思える。
「もし全員出てきたら管理局自体も危ないわね。
一部の騎士団員だけ再現する能力で全員は居ないと期待したいところだけど」
「ラインハルトとメルクリウスの力は他の者とは隔絶してる。
ヴィルヘルムであれなら、どちらも1人で管理局の全軍を相手にしてもあっさり勝てるくらいだと思う。
どちらか片方でも存在したら、もう俺達がどうにか出来るレベルの話じゃない」
「そこまでの相手なのね……。
まぁ、考えてもどうにも出来ないから居ないことを祈って、今は表に出てきている3人の対処を考えましょう」
「ああ、と言ってもその3人だけでも厳しい相手だけど。
戦力増強しないと勝ち目はないだろ」
確かに、ヴィルヘルムにルサルカ、それに赤騎士の3人だけでもかなりの戦力だ。
なのは達はヴォルケンリッターの相手があるから、私達だけで何とかしなければいけない。
フレイトライナー執務官と敵対せずに一時的な共闘関係を築けたとして、3対3。
彼女のレベルであればヴィルヘルムやルサルカと互角に戦える筈だけど、私や優介は正直厳しい。
赤騎士が出て来なければ、フレイトライナー執務官に1人相手して貰って残りの1人に2人掛かりで戦えば何とかなる。
しかし、赤騎士が出て来た瞬間に戦力は覆る。
「戦力増強と言えば、私や優介のデバイスが完成すれば状況も改善するかな。
カートリッジシステムを最初から組み込んでるから、格上にも多少は対抗出来るでしょ」
「ああ、そう言えばクロノから聞いたけど俺達のデバイスなら完成したらしいぞ。
お見舞いが済んだら受取ってくるつもりだったんだ」
「あ、ホントに?
それは朗報ね。私も一緒に行くわ」
「大丈夫なのか? 寝てなくて」
「大丈夫よ。 魔法はしばらく使えそうにないけれど体調は殆ど戻ってきたから。
まぁ、デバイスを受取っても今は起動も出来ないけど、早く見たいのよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
優介と一緒に右隣のフェイトの入院している部屋に向かったが、部屋には誰も居なかった。
首を傾げながら左隣のなのはの部屋のドアを空ける……が、即座に閉める。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「まぁ、趣味は人それぞれよね」
「そうだな」
妹が女の子と抱き合っている場面に遭遇した場合、どのような態度を取れば良いか切に教えて欲しい。
取り合えず、ここは後回しにしてデバイスを受け取ってこよう。
「にゃぁ~~~~~!!!」
「ちょ、待って! まどか、優介! 違うの、これは違うの……!」
部屋の中から悲鳴が上がり、慌てた2人が飛び出してきて私達は立ち去る前に捕まってしまった。
「落ち着いたかしら」
「う、うん……」
「何とか……」
パニックに陥った2人を何とか宥めて、落ち着かせることが出来たのはなのはの部屋に来てから10分程経ってからだった。
遅ればせながら、お互いが大きな怪我を負わなかったことを喜び合うが、矢張り先の敗北が尾を引いており雰囲気は暗い。
「取り合えず2人とも、まずは謝っておくわね。
私が捕まったせいで2人まで被害を受けてしまった。
本当にごめんなさい」
そう言いながら、私はなのはとフェイトに向かって深く頭を下げる。
「そ、そんな……お姉ちゃんのせいじゃないよ!」
「そ、そうだよ! あれは私達が不注意だっただけで!」
2人が慰めてくれるが、ルサルカの能力を知りながら捕えられた私に責任があるのは間違いない。
しかし、転生者のことを話さない前提だと、私に非があったことを説明することは難しい。
いっそ話してしまおうかとも思うし、これまでも何度か話そうと思ったことはあるのだが反応が怖くて言い出せなかった。
前世の記憶を持って、この世界の人間の腹を借りる形で生まれてくる人間。
転生者と言うのはカッコウの托卵の様なものだと思う。
家族の中に紛れ込まされている異物。
勿論、今の家族はそれでも私の事を家族だと思ってくれるとは思うが、でも、もしかしたらと思ってしまうと怖くて踏み出せない。
「ありがと……」
2人に、いやここには居ない家族に対しても騙している罪悪感を抱えながら、やっとそれだけ口にすることが出来た。
「取り合えず、2人とも魔法は使えなくても体調の方は大丈夫みたいだな。
俺達は完成したデバイスを受け取りにデバイスルームへ行くけど」
「あ、私達も行くよ」
「うん、レイジングハートの事も気になるし……」
正史とは異なり、なのはとフェイトはルサルカの創造で動きを止められて蒐集を受けてしまったが、代わりにレイジングハートやバルディッシュは損傷を負っていない。
ただ、報告のためのデータの抽出とついでに行うメンテナンスのため、デバイスルームに預けたそうだ。
……あれ? 今気付いたけど、この流れだとカートリッジシステムを搭載する理由が無い?
正史では打ち合いで破壊されたレイジングハートとバルディッシュが更なる力を望んで自らカートリッジシステムを求めた。
しかし、この世界ではルサルカの罠に嵌まっただけでデバイスは損傷すらしていないから更なる力を求める必要が無い。
「じゃあ、皆で行きましょうか」
内心で冷や汗を掻きつつ、全員でデバイスルームに向かうことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あ、みんな!」
「ああ、気付いたのか」
デバイスルームに入ると、人間形態のアルフとクロノがそこには居た。
「アルフ、ここに居たんだ」
「クロノくん、久し振りだね」
部屋にはもう1人、白衣を着た女性が奥の方でデバイスを前にモニタを操作していた。
「優介とまどかは知っているけど、なのはは初めてだから紹介するよ。
彼女が2人のデバイスの製作やレイジングハートやバルディッシュのメンテナンスを担当して貰ったデバイスマイスターのマリエル・アテンザだ」
「マリエル・アテンザです。
なのはちゃん、よろしくね」
「あ、高町なのはです。よろしくお願いします!」
私や優介は何度かデバイスの作成のために本局を訪れていたためマリエルさんと面識があったが、なのはは初対面だ。
「丁度良かったわ。
なのはちゃんとフェイトちゃんに相談したいことがあったの」
「え?」
「私達に?」
接点が無かった筈のマリエルさんの言葉になのはが不思議そうに首を傾げる。
フェイトも心当たりが無い様で同じく首を傾げている。
「ええ、レイジングハートとバルディッシュのメンテナンスをしていたんだけど、ちょっと想定外のエラーが発生してて」
「ええ!?」
「そ、そんな!? 大丈夫なんですか!?」
「ああ、ごめんなさい。別に異常があるわけじゃないの。
ただ、2機の方から部品が足りないって主張しているの」
あれ、この流れって……カートリッジシステムの話?
破壊されたわけでもないのに、同じ流れになるの……?
好都合と言えば好都合だけど。
「部品が?」
「あの、それって大丈夫じゃないんじゃ……?」
「足りないと言うか、追加してくれって要望ね。
2機が欲しがっている部品はCVK-792……ベルカ式カートリッジシステムよ」
やっぱり。
レイジングハート達がそう考えた切っ掛けは不明だけど、これで懸念は解消された。
「ベルカ式?」
「あの、それって……?」
「ベルカ式と言うのはかつてミッドチルダ式と2分した魔法体系だよ。
遠距離戦闘をある程度度外視して近接戦闘に特化した術式で、優れた術者は「騎士」と呼ばれるんだ。
特徴的なのが今話に挙がったカートリッジシステム……魔力の込められた弾丸を消費することで、一時的に爆発的な破壊力を出すことが出来る危険で物騒な代物だ。
昨日の戦いで剣士とハンマー使いの2人が使っていたのがそれだよ」
何のことだか分からないなのはとフェイトにクロノが説明をしてくれる。
でも、管理外世界出身のなのはは兎も角、英才教育を受けてる筈のフェイトは知っててもいい気がするんだけど。
「そう言えば、銃の弾みたいなの撃ち出したら魔力が上がってた!」
「でも、どうしてバルディッシュ達がそんなもの……」
「多分、このままじゃ勝てないって思ったんじゃないかな。
それに、優介君やまどかちゃんのデバイスは要望を受けて最初からカートリッジシステムを搭載しているから、それを知って羨ましくなったとか」
うわっ!? もしかして切っ掛けは私達のせい?
しかも、そこで私達を話題に挙げないで欲しかった。
マリエルさんが余計なことを言ったせいで、部屋の全員の視線が私と優介に集中し、思わずたじろぐ。
「どういうこと、お姉ちゃん?」
「ベルカ式の事、知ってたの?」
「でなきゃ、要望なんて出せないよねぇ?」
「そもそも、管理外世界出身の君達がそんな事を知る機会は無い筈なんだが……」
当然の様に湧き上がる疑惑に、4人が睨んでくる。
「え、え~と……」
優介は何と答えていいか分からず戸惑っているが、私はカートリッジの搭載を依頼した時点でいずれは問い詰められることを予測していた。
当然ながら、切り返しについても万端だ。
「ベルカ式の事なら知ってたわよ。前にデバイスの作成でここに来た時に無限書庫で色々調べてたから。
あの時はデバイスの作成に役立つ資料がないか探してたんだけど、ベルカ式カートリッジシステムについてはすぐに出て来たわよ。
私も優介も近接戦闘がメインだから、ベルカ式と相性も良いしね」
「そう……なんだ」
「ちょっと怪しいけど……」
なのはとフェイトは一応納得した様子ではあるが、微妙にこちらを疑いの眼差しで見ていた。
ここで目を逸らすと負けなので、まっすぐに見返しておく。
「ところで、マリエルさん。
レイジングハート達がカートリッジシステムを追加して欲しいって言ってるのは分かったんだけど、相談って?」
取り合えず疑いは収めることにしたのか、なのはがマリエルさんの方に向き直って質問をする。
「そのリクエストを許可するか却下するかを決めて欲しいの。
カートリッジシステムは確かに強力だけど、本来術者が使える以上の魔力を無理矢理使うものだからデバイスにも魔導師にも負担が大きいの。
使い過ぎると身体を壊す可能性があるし、デバイスも大破してしまうかも知れない危険性があるわ。
だから、良く考えてから決めてね」
「「分かりました」」
素直に頷いているが、2人ともいざ搭載されたら躊躇なしに濫発するんだろうな。
一応、後で私からも釘を刺しておいた方がいいかも知れない。
あまり効果はなさそうだけど。
「それと、優介君、まどかちゃん。
あなた達のデバイス、完成したわ」
マリエルさんはそう言うと、部屋の奥の台に置かれていた2機のデバイスを私達に差し出してくる。
蒼い宝石型のデバイスと、紅い三角形の宝石型のデバイスだ。
「蒼い宝石の方がまどかちゃんのデバイス。
なのはちゃんのレイジングハートと色違いのデザインにしてあるわ。
紅いピック型の宝石が優介君のね。
頼まれた通りのデザインになっていると思うけど」
私は待機状態のデザインはお任せにしたが、優介は結構細かく指定したらしい。
あの紅い三角形の宝石……遠坂凛の切り札の宝石と同じデザインにしたのね。
「ありがとうございます」
「ああ、デザイン通りだ。
ありがとう、マリエルさん」
デバイスを渡されたが、残念ながら今の私は起動することが出来ない。
しかし、会話をするくらいなら待機状態のままでも可能だ。
私は渡されたデバイスに話しかけようとして、名称を知らない事に気付く。
「この子の名前はもう決まってるんですか?」
「いえ、まだ決まってないわ。
あなた達が付けてあげて」
そう言われてしばしの間悩んで名称を決めた。
「そうね、レイジングハートの姉妹機だから……『ライジングソウル』でどうかしら」
≪All right,my master. My name is "Rising Soul". Nice to meet you.≫
「こちらこそ、これから宜しくね」
新たな相棒との言葉を交わす。
隣では同じ様に優介がデバイスに話し掛けていた。
「お前の名前は『Moon Light』だ、よろしくな」
≪Yes,Sir. I'm "Moon Light". Pleased to meet you.≫
Moon Light……月の光?
何で優介がそんな名前をデバイスに付けたかは分からないけど、何か意味があるんでしょう。
「デバイスのモードについて説明しますね。
2人のデバイスは3つのモードがあります。
まずは両方のデバイスに共通しているダブルソードモード。
実体剣2本で構成される接近戦向けのモードです」
マリエルさんが空間ディスプレイを出して説明をしてくれる。
ディスプレイにはライジングソウルとムーンライトのダブルソードモードが表示されている。
「次に遠距離向けのモードですけど、まどかちゃんのライジングソウルはシューティングモード。
杖型で射撃や砲撃向けのモードです。
優介君のムーンライトはアーチャーモード。
弓の形に変形して魔力で構成した矢を撃つモードです」
ディスプレイの表示が切り替わり遠距離向けのモードが表示される。
私のライジングソウルはレイジングハートと似た形になっている。
優介のムーンライトはまんま和弓の形だ。
「最後にフルドライブ。
ライジングソウルは両手剣のバスタードモード、ムーンライトはソーサーモード。
これについても2人の要望通りに組み込まれています」
「分かりました」
「ありがとう、マリエルさん」
こうして私達は新たな力と相棒を手に入れた。
(後書き)
嗚呼、2007年版知識が蔓延していく……。
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23:舌は禍の根 ■挿絵あり■
貫咲賢希様よりテスラのイラストを頂きました。
後書きに載せてありますので、是非ご覧下さい。
推奨BGM:【Side 高町まどか】重圧(nanoha)
【Side ルサルカ】対峙(nanoha)
【Side 高町まどか】
ドアの前に立ち、一呼吸置いてからインターホンを押す。
「…………入りなさい」
カメラで此方を確認したのか、少し間を置いて入室許可が出された。
自動ドアが開き、私は優介と一緒に室内へと歩を進める。
その部屋は一度入ったことがあるクロノの執務室よりも一回り大きく、部屋の主に対する管理局からの期待度を示しているかの様だった。
私と優介は無言でデスクの前まで進み、執務椅子に腰掛けた少女──フレイトライナー執務官を真っ直ぐと見据えた。
「民間協力者が執務官と話す為に来た……わけではなさそうね」
「ええ、単刀直入に言うわ。
闇の書事件が片付くまで同盟を組みましょう、キャスター」
「何のことかしら?
……と言うのは無駄の様ね、セイバー」
多少なりとも動揺するかと思って放った先制は、即答で切り返された。
互いに無言になり、重苦しい緊張感の中で睨み合う。
永遠に続きそうな睨み合いは、双方同時に肩の力を抜くことによって終わりを迎える。
「まぁ、分かり易過ぎなのは認めましょう」
「ええ、お互いにね」
正史には存在しなかったSSSランクの執務官と、正史には存在しなかった主人公の双子の姉。
見る者が見れば転生者であることも選んだクラスも一目瞭然だろう。
「それで、2人掛かりで脅しているつもりなのかしら?
だとしたら私を過小評価し過ぎだと思うわね」
「私達2人掛かりでも勝てる可能性はあまり高くないことぐらいは分かっているわ。
脅迫とかじゃなくて、普通に交渉するつもりよ」
「交渉の余地が無いことも分かっていて良さそうなものだと思うけど。
貴女達は2人で組んでいるのでしょう?
この『ラグナロク』のルール上、同盟を結べるのは2人まで。
同時に生き残る可能性があるのが2人である以上、3人以上の同盟は成り立たない」
彼女の言っていることは正論で、優勝賞品を捨てたとしても生き残れるのはルール上2人まで。
3人で同盟を組んでいても最後には殺し合う羽目になる為、心を許して同盟を結ぶのは不可能だろう。
「恒久的な同盟なら、貴女の言う通りね。
でも、強力な敵に対抗するために期間限定で手を組む余地はあるんじゃない?」
「強力な敵……それはこの前の戦闘で乱入してきた黒い軍服の2人のことかしら?」
「ええ、2人とも貴女と同等のレベルだし、明確に敵対してきている。
それに、炎の砲撃を撃ち込んできた奴が居るから最低でも他に1人は同等以上の敵が居るわ。
ハッキリ言って、私達が協力して立ち向かっても勝てるかどうか分からないくらいの勢力よ。
いがみ合っている場合じゃないことは確かでしょう」
「そこまで言うからには、前回の様な無様は晒さないのでしょうね。
最低限、ピンク髪の女の方は抑えて貰わないと話にならないわ」
痛いところを突かれる。
期間限定の同盟も私達にそれだけの価値が無いと話にならない。
前回の私のミスのせいで説得力を減じている。
「そのつもりよ。
正直1対1では厳しい相手だけど、私と優介の2人掛かりなら対等にやり合える筈よ」
「………………………………いいでしょう、闇の書事件が解決するまでの間、お互いに攻撃を仕掛けないことを誓いましょう」
「交渉成立、ね」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ところで」
「え?」
話がひと段落した所で、フレイトライナー執務官が何かを思い出したように尋ねてくる。
「乱入してきた2人組……初対面ではないようだったけれど?」
「ああ、聖槍十三騎士団のヴィルヘルムとルサルカね。
前回のP・T事件の時も乱入してきた2人だから初対面ではないわ」
そう答えながら、私は何処まで話すべきかを迷う。
目の前の彼女は彼らの元になったゲームは知らないようだ。
闇の書事件の解決に万全を期すなら私達の知る情報は全て開示した方が良い。
しかし、それは同時に彼女へのアドバンテージを失うことになる。
「聖槍十三騎士団?」
「本人達がそう名乗ったのよ。
リンディ提督は心当たりがある様だったけど、教えて貰えなかったわ。
それも、将官以上でないと教えられない極秘事項だって」
「!? そう……。
情報規制はそのためだったのね」
彼女の表情が一瞬驚愕で固まると、何かを考えだした。
その反応が少々気に掛かったので、聞いてみることにした。
「貴女は心当たりはないの?」
「残念ながら知らないわ。
私は准佐待遇の執務官だから、将官特秘の閲覧権限は無いから」
反応を見る限り、嘘ではないようだ。
管理局との間で何らかの因縁があるのは確実の筈だが、厳重に隠蔽されているらしい。
私達が知ろうと思ったら、矢張りリンディ提督から聞き出すしかなさそうだ。
他に将官クラスの知り合いなんて居ないし、今後もそう簡単に知り合えるとは思えない。
強いて挙げれば、今後出世するであろうクロノや未だ面識は無いがカリム・グラシアくらいか。
「管理局と過去にどんな因縁があるかは分からないけれど、転生者絡みの存在だと私達は考えているわ」
「転生者絡み?
転生者自身ではないということかしら?」
「確証があるわけではないけれど、彼らの言動からそう考えているわ。
特典によって生み出された存在だと思う」
「そう……まぁ、どちらにせよ戦うしかないことに変わりは無いわ」
「そうね」
【side ルサルカ】
「ほんと世話が焼けるわね~」
空中に展開したスフィアの上で眼下に展開された結界を観察しながら呟く。
「まったくだぜ、あっさり囲まれやがって。
尻拭いするこっちの身にもなりやがれ」
目の前に展開された結界はミッドチルダ式、管理局の魔導師によるものだ。
結界の中ではヴォルケンリッターの2人、鉄槌の騎士と盾の守護獣が包囲されている。
そして今、烈火の将が結界に穴を空けて突入していった。
「何をぼさっとしている、任務遂行に遅滞は許さんぞ」
仲間を助けに行く騎士を眺めながらだらけていた私達に更に上空から咎める声が掛けられる。
そこに居たのは紅い髪をした顔に火傷を負った軍人女性だった。
「はいはい、分かってるから急かさないでよ、ザミエル」
「言われなくても行ってやらぁ」
「フン、分かっていればいい。
穴は開けてやるから、さっさと飛び込め」
そう言うと、ザミエルの背後に巨大な魔法陣が展開し、そこから業火が飛び出して結界に叩き付けられた。
炎が直撃した結界には穴が空くが、少しずつ修復され穴は小さくなっていく。
「さて、それじゃ行きましょうか、ベイ」
「ハッ、遅れんじゃねぇぞ、マレウス」
穴が閉じる前にベイと結界の中に飛び込んだ。
結界内でもう一度スフィアを展開してその上に着地して眼下の戦場の状況を探る。
ヴォルケンリッターは3人。
それに相対するのは以前の事件で私達に絡んできた黒いバリアジャケットの管理局員。
しかし、少し離れたビルの上に残りの面子もデバイスを構えて立っていた。
この前遊んだ少女にその妹と金色の髪の少女、それから前回の事件の時にも居た転生者の少年。
最後の1人はこの前ベイとやりあった水色髪の管理局員の少女だ。
結界内に侵入した私達に気付いたのか、水色髪の管理局員と転生者の2人がこちらへと意識を向ける。
おそらく、水色髪の管理局員も転生者なのだろう。
「どうやら私達をご指名みたいよ、ベイ」
「ハッ、上等じゃねえか。
前回は逃げられたからな、今回はきっちりカタ付けてやる」
そう言うと、私とベイはスフィアを蹴って左右に離れて互いの相手を待ち受ける。
ベイには水色髪の管理局員、私にはまどかちゃんと優介君が向かってきた。
ふと2人が持っている双剣のデバイスに目が止まる。
「前の時には持ってなかったわよね、それ。
新しい武器ってところかしら?」
問い掛けるが答えの代わりに優介君の斬撃が飛んでくる。
余裕で避けるが、時間差でまどかちゃんが斬り掛かってくる。
「ちょっとちょっと、問答無用って酷くない?」
飛行魔法でそれも回避すると空中に留まる。
目の前の2人はそれぞれ双剣を構えると、こちらの隙を窺っている。
「ぶ~、良いわよ良いわよ。
そっちがそのつもりなら、こっちだって」
そう言うと、ナハツェーラーを2人に向かって伸ばす。
2人は瞬時に左右に分かれて影を避ける。
「流石に2番煎じは通じないか。
ま、当然よね」
これで捕まってくれたらラクだったんだけど、そうもいかないみたいだ。
仕方ない、まともに相手をするしかないか。
「それじゃ、これはどうかしら?」
左右の手に魔力を集め、右手でスフィアを展開し射撃魔法を、左手で『血の伯爵夫人』から鋲付きの鎖を形成し放つ。
優介君は手に持つデバイスで打ち払うことを選択し、まどかちゃんの方は防御魔法で防ぐことを選んだ。
が、どちらも甘い。
「くっ!?」
「あぐぅ!?」
射撃魔法は優介君に打ち落されたが、鎖は打ち落とそうとしたデバイスに絡み付いて動きを封じる。
まどかちゃんのバリアも、射撃魔法は防いだようだが鎖によって一瞬で砕け散り薙ぎ払われる。
10メートルほど吹き飛ぶが、ビルの屋上に手を付いて態勢を整える。
鋲が抉ったのか、鎖が当たった腹部からは血が流れている。
「まどか、大丈夫か!?」
「……大丈夫、そんなに深い傷じゃないわ」
「他人の心配している場合じゃないわよ~」
私はそう一声かけると、優介君のデバイスに絡み付いている鎖に力を籠める。
「ん~……よいしょ~っと!!」
「な……うわぁ!?」
「ちょ!?」
私が振り回す鎖によって優介君は一瞬だけ抵抗するがなすすべなく、振り回されビルの屋上に居たまどかちゃんに衝突する。
「痛っつ~~!!」
「ご、ごめん」
避けられないタイミングではなかったが、受け止めることを選択したまどかちゃんは優介君の下敷きになっている。
優介君は謝ると慌ててまどかちゃんの上から退こうとする。
「「っ!?」」
ラブコメ染みた空気を醸し出していた2人だが、地面を見た瞬間慌てて飛び下がる。
「惜しい惜しい」
隙を突いて差し向けたナハツェーラーには気付かれてしまったが、形成とベルカ式魔法だけでも圧倒出来ている。
多少の余裕が出来た私は鎖で牽制しながら、少し離れた所でぶつかり合っているベイの方に意識を向ける。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そらどうした!?
逃げ回るしか能がないのか!執務官サマはよ!」
「く、調子に乗って!」
ベイが放つ杭の連射を高速機動で避ける水色髪の少女。
時折水色の魔力光の射撃魔法を撃ち込んでいるが、ベイは避けることすらせずに当たるに任せて掃討戦を続ける。
少女は堪らずバリアを張って杭を防ぐが、それは悪手だった。
「オラァ!!」
バリアを張る代わりにその場から動けなくなった執務官に向かって、ベイが左の手刀を撃ち込む。
バリアを紙切れの様に切り裂くと、心臓に向かってベイの手が伸びる。
回避は不可能で絶体絶命、傍から見ている私もそう思ったが、次の瞬間ベイの手が止まる。
「なにぃ!?」
ベイを止めたのは水色をした鎖状の魔力、チェーンバインドだ。
「掛かったわね」
目の前で拘束され無防備な姿を晒すベイに、勝ち誇ったように笑うと少女は杖型のデバイスをベイの胴体に突き付け魔力を集中する。
零距離で砲撃魔法を叩き込むつもりだろう。
「終わりよ、墜ちなさい」
水色の砲撃が放たれ、ベイが一瞬で飲み込まれる。
そのままビルを一棟飲み込んで半壊させ、瓦礫の中に叩き付ける。
「やった!?」
「す、凄い……」
私と対峙しながらも向こうの様子を窺っていたのか、まどかちゃんと優介君も歓喜の声を上げる。
だが、肝心の少女は先程までの勝ち誇った様子ではなく、左腕を抑えてその場を動かない。
「ぐぅ……っ!」
抑えた左腕からは血が溢れバリアジャケットを真っ赤に染める。
砲撃に飲み込まれる瞬間、バインドが壊れると同時にベイは防御も回避も度外視して攻撃を選択した。
常人には理解出来ぬ思考で動く戦闘狂に打算や安全策と言った言葉は通用しない。
まぁ尤も、あの程度の砲撃ではダメージはあっても致命傷にはならないと言う自信があることも含まれているだろうが。
ベイが激突した半壊したビルの瓦礫が内側から吹き飛び、半壊が全壊へと変わる。
飛散する瓦礫と共にベイが少女に吶喊する。
その身体には先程までと異なり、赤黒い杭が何本も生えている。
「流石のベイでも活動位階じゃ勝てないって悟ったみたいね」
形成位階。
契約した聖遺物を物体として具現化させることの出来る位階。
エイヴィヒカイトは第2位階である形成位階に到達することで初期位階である活動位階と比べて遥かに戦闘力が増す。
位階に到達することによるレベルアップは勿論存在するが、それを抜きにしても形成を発動することでパワーもスピードも段違いとなる。
その証拠に、先程までは回避主体とは言え渡り合えていた少女が今では圧倒的に劣勢となっている。
ベイの身体から生える杭は聖遺物『闇の賜物』によるもの、触れるだけで相手の血も精気も魔力も略奪する吸血鬼の牙だ。
バリアジャケットで軽減されているため五体満足だが、それがなければとっくにミイラになっていただろう。
それに、軽減されているとはいえバリアジャケット自体が魔力で出来ているため掠るだけで削られていく。
直撃は何とか避けている様だが、既に何か所も切り裂かれて血を流している。
体力も魔力も削られて、このまま続けば力尽きるのは時間の問題だろう。
「く……!」
「ムーンライト、アーチャーモード!」
同じ様に考えたのか、まどかちゃんと優介君がデバイスのモードを切り替えてそれぞれ杖と弓を持つ。
苦戦している彼女に援護をするつもりだろうけど、私はそんなことを許す程甘くはない。
「余所見していていいのかしら?」
優介君に車輪を、まどかちゃんには鋼鉄の処女を形成し牽制を放つ。
2人は何とかかわすが、遠距離モードに変えたデバイスで行使しようとしていた魔法は霧散する。
「しまった!」
「くっ、これじゃ援護出来ない!」
2人からの援護を受けられない執務官は秒読みで追い詰められていく。
「く……!?」
「オラ、ちんたら踊ってんじゃねぇぞ!
串刺しになっちまうぜ?」
「ふざけないで!」
ベイの速さに追い付けなくなっていた執務官が魔法を放つ余裕も無く魔力を放出する。
技術も何もなく力任せに放たれたそれは、彼女の膨大な魔力故に攻撃魔法と同等の効果を持ってベイを弾き飛ばす。
ダメージにはなっていないようだが、一時だけ距離を離すことに成功した執務官は一息を付く。
一方のベイは空中で態勢を立て直し、ビルの屋上へと着地する。
「答えなさい! 貴方達は何が目的なの?
何故ヴォルケンリッターに味方するの?」
「理由なんざ、知らねぇよ。
俺達はただあの人の命令に従うだけだ」
また攻防が始まるかと思ったが女執務官が声を張り上げてベイに問い掛ける。
前回の時にまどかちゃんには言ったんだけど、伝わってないのかしら。
「……あの人?
貴方達を動かす黒幕が居るのね!
それは何者なの!?」
「我らが首「止めなさい、ベイ」」
執務官の質問に答えようとするベイを私は止めた。
特に口止めはされていないが、みだりにハイドリヒ卿のことを言い触らすのは拙いだろう。
ハイドリヒ卿自身は全く気に留めないだろうが、あの人に不利なことをすればザミエルが黙っていない。
「あの方の情報を話すことは許可されていないわ。
迂闊な真似は止めなさい」
「チッ、分かった」
渋々と引き下がるベイに私は安堵する。
しかし、次の瞬間致命的な言葉が戦場に投下された。
「名前を知られるのも怖がるなんて、
「テメェ……」
執務官の嘲笑うような言葉にベイが先程までとは桁違いの殺気を放つ。
粗野な態度を取るベイだがハイドリヒ卿には真の忠誠を捧げている。
怒りと殺意、そして迸る魔力で周囲の空間が歪んでいく。
しかし、次の瞬間ベイの殺気が消えた……否、かき消された。
ベイの放つ殺気を遥かに凌駕する殺気が結界の外から放たれたせいだ。
その殺気は真っ直ぐにハイドリヒ卿を侮辱した執務官の女に叩き付けられる。
「ザミエルに聞かれちゃったみたいね」
「ああ、死んだなアイツ」
この覚えのある殺気はザミエルのもので間違いないだろう。
ハイドリヒ卿に対する侮辱を、彼女は絶対に許しはしない。
結界越しだというのにここまでの殺気、どうやら彼女は完全にキレているらしい。
激怒しかけたベイだが、ザミエルの殺気に当てられて逆に冷静さを取り戻していた。
気が付けば戦場の誰もが戦いの手を止めて、硬直している。
直接向けられたわけでもないただの余波に過ぎないそれに、私やベイですら鳥肌が立っている。
戦場を渡り歩いてきた守護騎士達は兎も角、殺し合いの経験が薄い子供達は耐えられないだろう。
実際、まどかちゃん、なのはちゃんやフェイトちゃんは呼吸すら出来ずに震えている。
優介君はまだマシみたいだが……。
余波ですらその状態であり、殺気の向けられた中心に居る執務官の顔は真っ白になる程に血の気が引いている。
情報を引き出すための挑発のつもりだったのだろうが、発言とタイミングが最悪だった。
「逃げた方が良いわね。
この殺気、下手をすれば私達も『狩猟の魔王』に巻き込まれるわよ」
「だな、どうやら完全にブチ切れてるみたいだしな」
私はベイと示し合わせると、結界の際に向かって飛行する。
私達が結界の中心部から離れた直後、業火が結界を卵の殻か何かの様に容易く割ると中央に直撃した。
結界の機能が完全には消えてなかったから良いものの、一歩間違えば現実世界で大惨事になるところだ。
「ふ~、間一髪ってところね。
って言うか、私達が避難するの確認すらしないで撃ったわね、アイツ」
振り返ってみると、空中に居た執務官はビルの屋上に叩き落とされて気絶している。
バリアジャケットはあちこち焦げてあられもない姿を晒しているが、五体満足だし命に別条は無さそうだ。
「意外ね。殺さなかったんだ、ザミエル?」
背後を振り返りながら問い掛ける。
そこには、予想通り騎士団服に身を包んだザミエルが佇んでいる。
「直前まで殺すつもりだったがな。
闇の書の完成を優先しろとのご命令があった。
口惜しいが、ハイドリヒ卿のご命令が最優先だ」
「成程、道理でね」
「あの女はまだ蒐集を受けていないからな。
闇の書の完成を優先するなら蒐集前に殺すわけにはいかん」
闇の書の蒐集は1人に1度しか行えない。
高ランクの魔導師は餌としての価値が高いから、蒐集対象から外すのは確かに勿体無い。
「じゃあ、丁度気絶しているみたいだし、守護騎士に蒐集しろって言っとく?」
「そうしたいのは山々だがな。
生憎と私が結界を破壊した直後に早々と撤退してしまったようだ」
その言葉に改めて戦場であった空間を見ると、確かに居るのは管理局勢だけでヴォルケンリッターが居ない。
「あらら、ホントだ」
「逃げ足の速ぇ奴らだな」
私達の目的は闇の書の完成であり、ヴォルケンリッターが居なくなってしまった戦場には用が無い。
「やむを得ん、我らも撤退するぞ」
「はいは~い」
「りょ~かい」
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24:変革
【Side クロノ・ハラオウン】運命(nanoha)
【Side シグナム】夜天の主(nanoha)
【Side テスラ・フレイトライナー】
「ここは……?」
ぼやける視界の中、私は身を起こし周囲を見回した。
見覚えの無い部屋だが、窓の外の光景に本局の中であることは分かった。
また、部屋に置かれている調度品から病室であることも見て取れた。
「私は……どうして……」
そこまで呟いた時、意識を失う直前の光景がフラッシュバックする。
それは地獄の様な業火に覆い尽くされる悪夢の様な光景だった。
「いやあああぁぁぁぁーーーーっ!!!」
記憶の中に刻み付けられた炎の熱さと自分の身体が焦げる臭いが蘇り、私はパニックに陥った。
私の悲鳴を聞き付けたのか、医者が駆け付け無針注射器を私の首筋に打ち込んだ。
鎮静剤が効いたのか薄れていく意識の中で私は自身が生きていたことを自覚し、安堵した。
数時間後、再度目が覚めた時は既に状況が分かっていた為にパニックに陥らずに済んだ。
今度は身を起こすことなく天井を見ながら思考にふける。
時間的に既に昨晩になるが、ベイと呼ばれていた男と対峙していた際に挑発して情報を引き出そうとした直後に身の凍るような気配を感じたかと思ったら、次の瞬間には業火に焼かれていた。
何故トドメを刺されなかったのかは分からないが、相手が殺す気だったら確実に死んでいたと思い返しながら身震いする。
この世界に転生してから今まで、私は誰にも負けたことがなかった。
SSSランクの魔導師の才能を貰って生まれて来たのだから当然と言えば当然だ。
物心着いた時から自分の上には誰も存在せず、全ての人間は私より劣っていた。
戦えば負けないし全て私の思い通りになる……そんな私の自信をあの焔の砲撃は完璧に打ち砕いた。
怖い。
もしも次に狙われたら死ぬかも知れない。
いや、あの焔の砲撃は確実に私だけを狙い撃ちしていた。
「狙われたら」ではなく、間違いなく「狙われる」。
撃ってきたのは高町まどかが言っていた「もう1人」だと思うが、私が挑発のために奴等の主を侮辱したことが狙われた理由だろう。
戦場に出ればまた奴等と遭遇することになるかも知れない……いや、高確率でなるだろう。
出撃しないで済めば命を狙われずに済むが、最高戦力である私が理由もなしに出撃したくないと言っても通るとは思えない。
「何とか……何とかしないと……」
ヴォルケンリッターを支援していることから奴等の目的が闇の書の完成であることは間違いないだろう。
ヴォルケンリッターとの戦闘が発生すれば出撃しないわけにはいかなくなるのだから、出撃をしないで済むようにするためには戦闘が発生しないようにしなければならない。
ヴォルケンリッターを戦闘なしで抑え込む方法……困難に思えるが1つだけ手段がある。
この方法を採れば、高町まどか、松田優介の2人との一時的な同盟も恐らく破棄されることになる。
しかし、昨晩の戦闘の状況を見ても、あの2人が味方の立ち位置であっても戦力としては奴等に勝てない。
であるなら、同盟に固執するよりも戦闘回避を優先すべきだ。
私は戦闘回避の方法を実行すべく、通信を開いた。
「ハラオウン執務官、今良いですか?」
『フレイトライナー執務官!? 目が覚めたのですか?』
モニタの向こうで黒髪黒服の少年が驚いて問い掛けて来た。
「ええ、心配掛けてすみません。
それより、今回の事件について1つ頼みがあるのですが……」
『何でしょう?』
「昨日の戦闘、撃墜されてしまいましたがヴォルケンリッターの1人にサーチャーを付けることに成功しました。
オートになっていたため、私が落とされた後も追跡は継続されています」
『な!本当ですか!?
それなら……』
勿論、嘘だ。
サーチャーは確かに放ったが、昨夜にヴォルケンリッターに付けたわけではなく、第97管理外世界に着いてすぐに闇の書の主である八神はやてを探すために放ったものだ。
住んでいる街、一戸建てであること、名字が分かっていたので見つけ出すことは難しくはなかった。
提督でなく執務官に直接連絡をしたのは経験豊富な提督と直接話すと嘘がバレる恐れがあったためだ。
「ええ、彼らの本拠を捉えましたので、座標を転送します。
私はまだ動けないので、貴方が武装隊員を指揮して彼らと主、そして闇の書を確保して下さい」
『! 了解しました!』
クロノの表情が決意に染まる。
彼からすれば父親の仇である因縁のあるロストロギア、意気軒昂も当然だろう。
「時間を掛ければまた邪魔が入ってしまうでしょうし、一度取り逃がしたら再度捕捉するのは難しくなるでしょう。
電撃作戦を心掛けて下さい」
『ハッ、了解しました!』
そう言って敬礼すると、通信は切断された。
上手くすればこれで八神はやてを押さえることが出来る。
彼女を手中に収めればヴォルケンリッターは下手に敵対は出来なくなる。
闇の書完成前に彼女を捕まえると原作通りの展開は見込めず、八神はやては死に、闇の書は呪われたまま転生することになるだろう。
しかし、問題はない。
重要なのは私が生き延びることと私の名声に傷が付かないことだ。
その為であれば原作キャラが死のうが、知ったことではない。
【Side クロノ・ハラオウン】
「ここか……」
海鳴市の拠点でフレイトライナー執務官から送られてきた座標にサーチャーを飛ばして空間ディスプレイに表示する。
映し出されているのは普通の一軒家だが、魔導師としてすぐに異常に気付いた。
「これは……防御結界が張られている?
どうやら本当に奴等の拠点みたいだな」
追跡を撒く為だけの場所であればわざわざ結界など張らないだろう。
既にこの世界で2度交戦してその度に別の次元世界へと逃走していたが、あれは追手を撒くためであり幾つかの次元世界を経由して戻って来ていたのだろう。
「エイミィ、まどか達は連絡が付きそうか?」
「連絡は付くと思うけど、みんなまだ学校の筈だからすぐに合流するのは無理じゃないかな」
「そうか……仕方ない。僕らだけで突入しよう。
武装隊員を集めてくれ」
「了解。でも大丈夫なの?」
「仕方ない。時間を掛ければ掛ける程に彼らの妨害が入る可能性が高くなる。
サーチャーに気付かれたら逃げられる可能性もあるし、ここは時間を最優先に行動すべきだ」
数分後、集められた30名の武装隊員の前で指示を出す。
「今回の目標は第一級捜索指定ロストロギア『闇の書』とその主の確保だ。
守護騎士による抵抗が想定されるが、彼らについては撃破よりも足止めを優先とする。
10名ずつの3チームに分かれ、1チームが結界の展開と維持、もう1チームが守護騎士の足止め。
最後のチームは僕と一緒に『闇の書』と主を確保する!」
長年に渡って次元世界を脅かしてきた悪名高いロストロギアの名に武装隊員達も無言ながら目が鋭くなり気勢が高まっているのを感じる。
「もう1つ、今回の事件には既に2度に渡って妨害が入っている。
今回も時間を掛ければ同じことが起こる可能性がある。
可能な限り迅速に目標を確保し、妨害が入る前に撤退することを心掛けてくれ」
「「「了解!」」」
「さぁ、作戦開始だ!」
そうして僕達は標的の上空へと転送された。
転送の直後に結界チームが標的の家の周囲に半径100メートル程の結界を展開する。
残った2チームは結界の中で標的の家を見詰めて待機する。
予想通り、結界展開から10秒程で2つの人影が飛び出してきた。
剣を持った桃髪の女性とハンマーを持った赤髪の少女、守護騎士ヴォルケンリッターの前衛2人だ。
残りの2人はおそらく主の傍に付いているのだろう。
全員出て来てくれれば最良だったが、仕方がない。
「頼む」
対守護騎士チームに後を任せて10名の武装隊員を率いて家へと突撃する。
「な!?」
「ま、待ちやがれ!」
守護騎士2人が慌てて僕らを止めようとするが、対守護騎士チームがそれを妨害する。
1対1では圧倒的に守護騎士の方が上手だが、流石に1人に対して5人で対応すればそう簡単に抜かれはしない。
「スティンガーブレイド!」
僕は武装隊員と一気に標的に家へと近付き、射撃魔法を放つ。
放たれた10本ほどの魔力の剣がリビングルームに繋がっているであろうガラス戸を粉々に砕く。
暴挙ではあるが、魔導師襲撃事件の黒幕逮捕なのだからやむを得ない。
それに、封時結界内であるから結界を解除すれば元通りに戻る。
砕かれたガラス戸を通ってリビングルームに土足で踏み込んだ僕達を待っていたのは、守護騎士の残り2人と車椅子に乗ったまどかやフェイト達と同じくらいの栗色髪の少女だった。
予想外の正体だが、守護騎士達に守られている様子からして彼女が闇の書の主なのだろう。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ!
君には第一級捜索指定ロストロギアの不法所持、および連続魔導師襲撃事件の犯人の容疑が掛かっている。
抵抗を止めて大人しく投降すれば危害は加えない」
「は? え、あの……?」
突然やってきた僕達に闇の書の主と思しき少女は見るからにパニックになっており、まともに受け答えが出来そうにない。
しかし、守護騎士の方は焦ってはいても状況を正確に把握しているらしく取り乱す様子は無い。
「く、矢張り管理局か」
「シグナムとヴィータちゃんも外で足止めされててこっちには来れそうにないみたい!」
「シャマル?ザフィーラ?
どういうことなん!?」
守護騎士達が状況に対応出来ていることから、事情を知ってそうだと悟ったらしく問い詰める少女。
この様子だと、彼女は闇の書の主であっても守護騎士達に蒐集を命じていないのか?
しかし、彼女が闇の書の主である以上はどちらであっても確保はしなくてはならない。
「さあ、大人しく……うわ!?」
更に投降を呼び掛けようとした次の瞬間、横から放たれた蹴撃に何とか対応する。
前回も同じことがあり、その時は対応出来ずにまともに喰らい吹き飛ばされてしまった。
今回は2度目だから対処が出来たが、予想以上に早い妨害に焦りを感じる。
闇の書の主と守護騎士達も視界に収めるように気を付けながら、妨害者達に視線を向ける。
そこには、予想と異なり白い仮面を着けた男が2人立っていた。
2人の仮面の男はこれまで姿を見せた妨害者の軍服とは似ても似つかない格好だ。
聖槍十三騎士団じゃない?
僕を攻撃した男ではない方の仮面の男がカードをかざすと魔法を放つ。
反射的に放ったバリアで僕は防ぐことに成功したが、僕以外の武装隊員達は全員がリングバインドによって拘束されてしまう。
「撤退しろ」
仮面の男から僕達ではなく、守護騎士達に対して命令が投げ掛けられる。
「な、させるか!」
その発言に止めようと射撃魔法を放とうとするが、最初に攻撃してきた方の仮面の男が拳を打ち付けてきたためにキャンセルし、何とかデバイスで捌く。
「さっさと引け」
困惑し動こうとしない守護騎士達に苛立ったのか更に仮面の男が急かす。
「く、引くぞシャマル!」
「分かったわ!」
「主、失礼します」
ザフィーラと呼ばれた使い魔が闇の書の主が乗った車椅子ごと抱え上げる。
「ちょ、ザフィーラ……ってキャアァァーー!?」
いきなり宙に持ち上げられたことに堪らず悲鳴を上げる少女。
「しっかりと掴まっていて下さい」
「先に言ってぇな!
ああもう、何がどうなっとんのか後でちゃんと説明してもらうで!」
「ハッ!」
「はやてちゃん。
ちゃんと説明しますから、今は一緒に逃げて下さい!」
そう言うとはやてと呼ばれた少女を抱え、守護騎士達2人は砕かれているガラス戸を通って外へと飛び出そうとする。
「待て!!」
僕は止めようとするが、仮面の男が間に割り込みそれを妨害する。
その間に3人は外へと飛び出し、一目散に逃げてしまう。
「くっ!? エイミィ、闇の書の主と守護騎士が外に逃げた!
逃がさない様に捕捉してくれ!!
……エイミィ?
おい、エイミィ!?
どうしたんだ、応答してくれ!!」
追撃を掛けられるように探知システムで捕捉するようにバックアップのエイミィに連絡するが、何故か応答が無い。
このままでは逃がしてしまうが、対処が出来ない。
ならばせめて、目の前の2人の仮面の男を確保しなくては。
「く、闇の書の主と守護騎士への幇助の罪で君達を逮捕する。
大人しく投降しろ!」
呼び掛けるが、返答は拳と射撃魔法だった。
只でさえ格上の相手に2対1では対処がし切れず、何とか攻撃を交わすのが精一杯になってしまう。
数分後、魔力と体力の消費でデバイスを地面に突き立てて荒い息を立てる僕を尻目に、彼らは転移で逃げていった。
元々、闇の書の主達が撤退するための足止めだったらしく、そこには何の迷いもなかった。
「くそぅ……っ!」
結局、アースラに所属する武装隊員の全員を注ぎ込んだ闇の書捕獲作戦は、対守護騎士チームから重傷2人、軽傷5人の被害を出しつつも成果無しに終わった。
自身の無力さと悔しさに僕は涙をこぼした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やっぱり追跡は出来なかったか」
「ごめん、クロノ君。
クロノ君達が出撃してすぐにこの拠点にハッキングが仕掛けられたの。
アースラ並みの防壁構えてたのにあっという間に突破されかけて何とかシャットダウンしてシステムを掌握されることは防いだんだけど、探知も通信も出来なくなっちゃって……」
デバイスから吸い出した映像を表示させていた手を止め、俯きながら謝るエイミィ。
「いや、エイミィには非は無いよ。
そもそも、妨害が入らなければ追跡するまでもなく闇の書の主を確保できた筈なんだ。
あんなに早く妨害が入ったのが想定外だったよ」
「そうだよね。
妨害が入らない様にするための電撃作戦だったのに……。
これじゃまるで……」
エイミィが言い憚る様に言葉を濁す。
どうやら彼女も僕と同じ想像をした様だ。
「まるで、管理局内に内通者が居るみたいだ……かな」
「クロノ君!?」
「僕も同じことを考えていた。
今回の仮面の男達の対応は早過ぎる……まるで僕達の襲撃を事前に察していたように。
勿論、あの家を見張っていたと言う可能性もあるけれど、彼らの出現と前後して仕掛けられたハッキングが偶然とは思えない」
「そうだよね……。
それに、管理局のシステムの防壁を簡単に突破出来たのも、内通者が居れば説明は付くよ」
「ああ、断定は出来ないけれど注意しておくべきだろう。
母さ……提督にも伝えておこう」
【Side シグナム】
「で、説明してくれるんやろうな、みんな」
管理局員の襲撃から何とか撤退した私達は次元転送で無人世界へと転移していた。
この世界は今でこそ無人世界となっているが元々人が住んでいた世界の様で、廃墟ではあるが建物が存在している。
目に付く範囲で一番形を保っているビルの中に主を連れて入る。
大分埃が酷いが、背に腹は代えられない。
シャマルが結界を張り一息ついた所で、主が恐れていた質問を投げ掛けて来た。
いや、どちらにせよ闇の書が完成したら発覚していたことだ。
ならば、多少早くなっただけで必然だったのだろう。
この質問には守護騎士の将であり蒐集しないと騎士として誓った私が答えなくてはならない。
私は主の前に跪き、頭を上げながら謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ありません、主はやて。
私達は騎士の誓いを破り、蒐集を行ってました」
「!? …………っ!」
薄々は察していたのか、私の言葉に主は涙を浮かべて何かを叫ぼうとして、その直前で言葉を飲み込んだ。
おそらくだが、私達が理由もなく誓いを破ったりしないと信じてくれ、非難の言葉を止めたのだろう。
「なんでなん?
蒐集はせんって、人に迷惑は掛けないって言うたやんか……」
涙声で問い掛ける主の声に胸が締め付けられる。
おそらく、他の騎士達も同じ様に感じているだろう。
しかし、私は……いや私達はこの選択を悔いてはいない。
「私達は今まで戦場ばかりを渡り歩いてきました。
血と硝煙に塗れた、そんな戦場ばかりを……」
問い掛けに対して一見関係無いことを話し始めた私だが、主はジッと此方を見据えて聞き入った。
「歴代の主達は私達を道具として扱い、私達もそれを当然と考えていました。
そんな中、主は私達を家族として扱い、これまで一度として存在しなかった『普通』の暮らしを与えて下さった。
最初は戸惑うことも多くありましたが、いつしか私達もこの平穏が続くことを心の底から願っていました」
「シグナム……」
主が穏やかな微笑みを浮かべて私を見る。
いつかの誓いを立てた日の様な微笑みを。
「だから主が蒐集を止めた時、蒐集を行い闇の書を完成させるために存在する私達ですが、それを受け入れ誓いを立てました。
その時の気持ちに嘘はありません」
「ほんならどうして……?」
「その後、主の病状が悪化した時に私達は気付いてしまいました。
主の身体を蝕んでいるのは病気ではなく……闇の書による浸食です。
あの世界の病院で原因が特定出来ないのも当然でした」
「な!? ホンマなん?」
「ええ……闇の書の主として真の覚醒を迎えていない主に対して闇の書の負荷は重すぎるのです。
このままでは……長くは持たないでしょう」
「そんな……」
主に対して死の宣告に等しい言葉を放つのは心苦しい。
しかし、この状況になってしまった以上は隠し通すことは出来ない。
「蒐集を行い闇の書を完成させれば、主は真の覚醒を迎え浸食は止まる筈。
私は……私達は貴方を失いたくないのです!
そのために例え騎士の誓いを破ることに、誇りを捨てることになろうと構わないと決めた!」
「そうだよ、はやて!
はやてが死んじゃうなんて、絶対嫌だ!」
「主……!」
「はやてちゃん!」
私の言葉に、背後に居た騎士達も主へと訴えかける。
「以上が私達が蒐集を行った理由です。
理由は兎も角、誓いを破ったことに違いはありません。
何なりと処罰はお受け致します」
「ずるいで、シグナム。
そんなん聞いたら叱れないやんか……」
「主はやて……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ほんで、これからどうするん?」
しばらくお互いに涙を流していた私達だが、落ち着いたところで改めて主が問い掛けて来た。
「闇の書の蒐集については、これまでどおり周辺世界の魔法生物を標的として続けます。
問題はその間の主の居場所ですが……」
そこまで言うが口籠ってしまった。
この様な廃墟では衛生上の問題もあり主を置いてはおけない。
これについては無人世界はどこも大差はないだろう、寧ろここはマシな方だ。
かと言って、管理世界では管理局に発見される可能性が高くこれも採用し得ない。
残るは、管理外世界だが……主の病状を考えると医療機関の発達した世界であることが必要になる。
勿論、闇の書の浸食を管理外世界の医療機関でどうこうすることは出来ないが、対症療法は可能だし必要だ。
医療が発展しているのは管理世界に多く、魔導技術がない管理外世界ではあまり望めない。
その点において第97管理外世界は希少な、そして我々にとって非常に都合が良い世界であったと言えよう。
果たして同等以上の条件の世界をこれから見付けることが出来るだろうか。
「秘密裏に第97管理外世界『地球』へと戻り潜伏するのが最善だと思われます」
「でも、シグナム……あの世界は管理局に監視されてるんじゃないかしら?」
私の提案にシャマルから疑問の声が挙げられる。
確かに、既に3度に渡って発見され戦闘に至っているのだから当然の疑問だろう。
「確かに注視されているようだが、管理世界と異なり世界の全てを網羅出来ているわけではなく、あの街周辺のみの局所的な監視の筈だ。
ならば敢えて同じ世界に潜むことによって、逆に心理的に見付かり難くすることが可能だろう。
主の体調面からしてもあの世界と同等以上の医療技術が望まれる、総合的に判断すればこれがベストだ」
「成程……そうね。
はやてちゃんの身体のことも考えれば、設備の整った病院が近くにないとね」
先程私が候補として考えた様なことをシャマルも思ったのだろう。
設備の整った病院が存在する管理外世界をこれから探すのは困難だし、そんな世界は大抵において戸籍等もしっかりと管理されていて潜伏は難しい。
「ああ。
流石に海鳴大学病院だと発覚する恐れが高過ぎる為、転院する必要はあるが……」
「分かった、シグナム達がそれが一番や言うなら、信じるわ。
石田先生とお別れになってまうのが残念やけど……」
「すみません、主はやて」
馴染みの医師であり気に掛けてくれる相手と一時的とは言え離れなければならないことに主が寂しそうな顔をする。
「ううん、ええんよ。
細かいことは説明出来んけど、きっと石田先生も分かってくれるわ」
「闇の書が完成すれば、管理局の目を気にすることも無くなり潜伏する必要もなくなります。
主には不自由をお掛けしますが、それまでの辛抱です」
「私は大丈夫や。
だからみんなも怪我とかせぇへんように気を付けてな」
「はい、主はやて」
(後書き)
テスラさん、恐怖のあまり暴走。
結果八神家にとばっちりが……。
いや、管理局員としては闇の書の主の所在を突き止めたら捕縛するのが正しい姿なのですが。
その意味においては、何も悪いことはしてません。
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25:暗躍する者達
【Side エレオノーレ】Juggernaut(dies irae)
「どういうことなの!?」
バンッと力強く執務机が叩かれ、怒声が上がる。
ここは先日の戦闘で重傷を負いながらも復帰したフレイトライナー執務官の執務室であり、問い詰められているのはその本人だ。
怒声を上げたのは民間協力者の高町まどかだ。
声を上げては居ないが、同じく民間協力者の松田優介も一緒であり、まどか同様に怒りを抱いている。
怒りを顕わにするまどかに対し、フレイトライナー執務官は何処吹く風と言った様相だ。
「何のことかしら?」
「惚けないで!
八神はやてを狙わせたのは貴女でしょう!?」
「クロノからあんたが居場所を教えて捕縛を指示したと聞いた」
そう、高町まどかが憤っているのはクロノ達が八神はやてに対して捕縛作戦を展開したことを知ったためだ。
結果的に八神はやてや守護騎士達は仮面の男の横槍もあり難を逃れたが、八神はやては第97管理外世界『地球』に居られなくなったし、ヴォルケンリッター達が蒐集をしていたことも知ってしまうだろう。
これにより正史と同じ展開を望めなくなる可能性がある。
「ああ、そのことですか。
確かに指示しましたが、闇の書の主を確保するのは管理局員として当然のことでしょう。
何か問題でも?」
「……! あくまで惚けるつもり?
ここには私達3人しか居ないわ、本音で話しましょう。
貴女は正史の流れを否定するつもりなの?」
白を切ろうとするが食い下がるまどかに、フレイトライナー執務官は諦めたのか溜息をつくと嘲笑を浮かべる。
「当然でしょう?
原作の流れはあれはあれでその時々の最善を尽くした結果かも知れないけれど、無事に終わったのは所詮ご都合主義の結果に過ぎないわ。
リスクの大きさを考えれば、先手を打つのは当然のことよ」
正史においては世界は滅びず、闇の書の闇は消滅し被害は止まった。
リインフォースの消滅と言う悲劇はあったが、概ねは無事だったと言っていいだろう。
しかし、そこに至るまでの道程は綱渡りと言っていいだろう。
「でも、このままじゃはやては……!」
「良くて犯罪者として捕縛、悪ければ死亡でしょうね。
どちらの場合でも、闇の書は呪いから解放されずに再度転生する」
「それが分かってるのにどうして!?」
冷たく言い放つフレイトライナー執務官にまどかは更に苛立ちの声を上げる。
実際、既に八神はやては闇の書の主として管理局に認識され追手を掛けられている状況だ。
闇の書の完成前に管理局に捕捉されれば、それ以上の蒐集は出来なくなる。
八神はやては闇の書の浸食によって命を落とし、闇の書は転生する。
勿論、管理局も彼女の命を救うために処置はするだろうがそれが上手くいく保証はなく、仮に上手くいってもそれは彼女と闇の書を切り離す類の方法になるだろう。
彼女はヴォルケンリッターを失い、残るのは自身の命欲しさに襲撃を行わせたと言う罪だけだ。
尤も、彼女の魔法の資質は健在なため、管理局で働くことで罪は大幅に軽減されるかも知れないが。
「だったら貴女は八神はやてを救うために第97管理外世界や周辺の世界を賭けろと言うのかしら?
彼女1人に100億を超える命を危機に晒すだけの価値があるとでも?」
「そ、それは……!?」
それもまた正論だ。
八神はやてと夜天の魔導書が救われるためには、幾つもの障害がある。
八神はやてが取り込まれた際に夜天の魔導書を制御出来なかったら?
制御出来ても、そのタイミングで外部から魔力ダメージを与えることが出来なかったら?
魔力ダメージを与えて切り離すことに成功しても、闇の書の闇……ナハトヴァールを倒せなかったら?
それぞれ難易度は高く、1つでも失敗すれば世界が滅ぶのだ。
分の悪い賭けにも程があるだろう。
「『原作では上手くいったんだから』なんて楽観視、私には出来ないわ。
貴女達は違うのかしら?」
「うぅ……」
「ぐ……」
痛い所を突かれ、2人の民間協力者は反論の声を上げられなかった。
2人とも薄々感じつつも目を逸らしていたことだから尚更に。
結局のところ、正史の通りの展開を望めば最後は八神はやて個人の精神力に頼らざるを得ないのだ。
世界中の人間の命を賭けるのに他人任せと言う身勝手な選択となる。
勿論、正史においてはご都合主義的な面はあるとは言えど、その時々の最善を尽くして結果的にそういう流れになった。
それを否定することは誰にも出来ないだろう。
だが、この世界においては違う。
転生者と呼ばれる正史の流れ──この世界における『未来』を知る者達が居り、誰も知らない筈の闇の書の主の名を知っていた。
それでも敢えて正史の流れを是として知っている情報を隠蔽したのなら、それは果たして『最善』と言って良いのだろうか。
「答えられないなら、さっさと出ていって貰えるかしら?
貴女達と違って、
「「………………ッ!」」
辛辣な言葉に2人は睨み付けるが、結局のところ何も言葉を発することは無く執務室を退室していった。
「ふぅ、やっと行ったわね。
たかだかアニメキャラに入れ込んで、本当にバカな奴等」
2人が部屋を出た瞬間、溜息をついて悪態を付く執務官。
「それにしても、クロノも使えないわね。
あれだけの戦力を投入して何1つ成果なしなんて……。
いえ、これは形振り構わず妨害に出たギル・グレアムの執念を褒めるべきかしら」
極秘の電撃作戦をハッキングを行ってまでの妨害。
これでは、内部に犯人が居ると教えている様なものだ。
おそらくリンディ提督もクロノ執務官も裏切り者の存在までは気付いたことだろう。
おそらくはギル・グレアムもそれは理解しつつも、ここで八神はやてを押さえられるわけにはいかないため強硬手段に出たのだろう。
「八神はやての確保に失敗した以上、闇の書の完成を阻止することは困難になった。
しかし、守護騎士達はこれまで以上に慎重に行動するようになるだろうから、完成前の交戦の可能性もまた減った筈」
そう、全ては想定の範疇。
八神はやてを確保し交戦の可能性をゼロに出来れば一番良かったが、それが無理でも交戦の可能性を極小化出来る。
交戦した直後に住居を付き止められた以上は、守護騎士達も今後の交戦を避ける方向で考えるだろう。
慎重に行動した結果、闇の書の完成が間に合わずに八神はやてが死亡する可能性もあるが、それならそれでテスラは構わない。
彼女にとって後の問題は完成後だ。
知らない所で完成し暴走し転送してくれれば良いが、仮に完成後に管理局が察知してしまった場合には原作の様に完成した闇の書を相手取る必要が発生する。
しかし、その辺りは高町なのはやその周囲の人間に任せて、彼女は最後に闇の書の闇と対峙するところだけ参加すればいい。
原作のクロノもそうだったし、それで執務官としての面子は立つ筈だ。
その段階であれば、介入してきた黒い軍服の連中も周りに人間が多過ぎて手が出せない筈。
炎の砲撃を放ってきた奴を合わせて3人掛かりでも、管理局勢にヴォルケンリッターを合わせれば対処は出来る筈だ。
「一時はどうなることかと思ったけど、何とかなりそうね。
生き延びられるし、闇の書の被害を防いだという手柄も手に入れられる。
結果としては上々ね」
【Side ギル・グレアム】
「そうか、はやて君達が捕われることは何とか防げたか」
『はい、お父様』
『かなり、際どいところでしたけど。
まったく、一体どうやってあの場所を突き止めたんだか……』
通信で娘達の報告を受け、思わず安堵した。
クロノ達による闇の書の主の捕縛作戦が展開されると聞いた時はかなり焦ったが、何とか逃がすことが出来た。
管理局拠点へのハッキング等かなり危ない橋を渡る羽目になったが、はやて君や闇の書を押さえられては計画は完全に破綻するため、やむを得ない対応だった。
はやて君の居場所を突き止めたのはフレイトライナー執務官と聞く。
この前の戦闘では聖槍十三騎士団員に撃墜されたそうだが、今回の情報は海のエースオブエースの面目躍如と言ったところか。
「それで、彼女達の新たな拠点は見付かりそうかね。
潜伏されたまま闇の書が完成してしまうと、対処が間に合わなくなる可能性があるが……」
『それなら大丈夫です』
『あの子の車椅子に発信器を取り付けておいたので、居場所は分かります。
その反応を元に調べましたが、彼女達は第97管理外世界に戻ってきて潜伏しています』
「同じ世界に戻ってきたのかね? 成程、裏を掻く為か」
『それもあるでしょうけど、あの子の身体を考えると医療技術がある程度発展した世界でないとダメですから。
幸い設備の整った大病院が偶々空いていたためスムーズに入院出来た様です』
「そうか……」
幼い少女がその身を蝕まれていることに心は痛むが、そんな資格は最初から私にはないと思い直した。
そうなると分かっていて放置していたのは私なのだから。
それに、そんな彼女を忌まわしきロストロギアごと凍結封印しようとしている。
罪深いことだと理解してはいるが、それでも私は自分を止めることが出来なかった。
「闇の書の完成までは後どれくらい掛かりそうかね?」
『捕縛作戦後は慎重に行動しているみたいでペースが落ちてるけど、それでもクリスマス頃には完成しそうです。
当初の予定に戻った形ですね』
「そうか……。
分かった、引き続き監視を続けてくれ」
『『はい、お父様』』
通信が切れ、執務室に静寂が戻る。
私はデスクに仕舞っていた写真立てを取り出し、眺める。
そこには、かつての部下であり息子の様に思っていた青年が写っていた。
「もう少し、もう少しだ。
10年掛けた計画もあと僅かで成就する」
理由は分からないが、かの聖槍十三騎士団も娘達と同じ様に守護騎士達を支援しているらしい。
何かを企んでいるのは確実で油断は出来ないが、彼らがその行動を起こす前に闇の書を封印してしまえばいい。
「クライド、君はこの行動を咎めるだろうか……」
【Side エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルク】
「命を受け推参致しました、ハイドリヒ卿」
ここはヴェヴェルスブルグ城ではなく海鳴市のゲルマニアグループのビルの地下に作られた謁見の間。
玉座に座すのは勿論、我が君であるハイドリヒ卿だ。
私は玉座の前の段下に直立し敬礼をする。
「良く来た、ザミエル。
任務中に済まないな」
「いえ、御用とあらば当然のことです」
そう、ハイドリヒ卿のお呼び出しであれば全てに優先して登城するのが当然のことだ。
「卿を呼び立てたのは今後の行動についての連絡のためだ。
闇の書の完成は近い、完成後の行動について事前に決めておかねばなるまい」
「成程。して、我らは如何にすれば宜しいのでしょうか」
ハイドリヒ卿のお言葉に、このタイミングで呼び出しを受けたことに納得する。
確かにオプションのプログラム体を助けて闇の書の完成を支援しているが、ハイドリヒ卿の目的は闇の書の中に封印されている魔力石の回収であり、闇の書の完成など途中過程に過ぎない。
闇の書を完成させる様にと命を受けたが、その後については指示を頂いていない。
「目的を達成する為には防衛プログラムを切り離し、更にそこからコアを取り出す必要がある。
順当に行けばここまでの過程は管理局がやってくれるかも知れんがな」
「それでは彼奴等がそれを行う様であれば放置し、行わない様であれば我らの手で実行すると」
「そうなるな。
防衛プログラムの切り離し自体は闇の書の主しか行えん故、コアの取り出しのみだが。
コアが露出すれば回収自体は私が行う」
「な!?
わざわざご足労頂く訳には……」
魔力石の回収などと言う些事にハイドリヒ卿の手を煩わせる訳にはいかん。
そう思いお止めしようとするが、ご意志は変わらない様だった。
「生憎、これは私にしか出来ん。
卿らの力を過小評価するわけではないが、力の大小ではなく権限の問題だ」
「……承知致しました。
我儘を申し上げました、申し訳ございません」
「構わんよ、卿の忠義は嬉しく思う」
「光栄です」
思わぬお言葉に、思わず頬が緩みそうになるが必死に外面を取り繕う。
「しかし、ハイドリヒ卿。
1つ宜しいでしょうか」
「ん? 何かね」
「ハイドリヒ卿がコアの回収を行われることは承知致しましたが、
コアの取り出しまで管理局が実行した場合、我らは何をすれば宜しいのでしょうか」
その瞬間、ツァラトゥストラが居ないにも関わらず時が止まった。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「………………特にないな」
ガーンと側頭部を金槌で殴られた様な衝撃を受けた。
期待に反して私の力は不要と言う言葉にショックは大きい。
しかし、であれば先日の心残りを晴らすための好機であるとも言える。
「ならば、1つ言上したき儀が御座います」
「許す、申せ」
「恐れ多くもハイドリヒ卿を侮辱した愚か者がおります。
先日は闇の書の完成を優先せよとのご命令により見逃しましたが、闇の書が完成すれば最早生かしておく理由は無くなるかと」
私の言にハイドリヒ卿はしばし考え込むが、すぐに結論を下された。
「あの程度の言を私は気にしておらぬのだがな。
この段階で積極的に減らすつもりはなかったが……1人位なら構わんか。
よかろう、卿の好きな様にするが良い」
「ハッ、有難き幸せ」
許可は得た、忌々しい劣等の小娘は塵一つ残さず消滅させてやろう。
(後書き)
逃げ出した八神家はこっそり地球に舞い戻り、黒円卓の支援で早まっていた蒐集はテスラの妨害で遅れてプラマイゼロ。
「何故か原作沿い」の元に、これで概ね元通りでしょうか。
闇の書事件で八神はやてを助けるか否か……少なくともこの瞬間の地球に限定すれば、テスラの方が正しいでしょう。
数十億人と1人では天秤が偏り過ぎてます。
ただ、未来のことまで考えると微妙な線であるのも事実。
闇の書は転生して被害を出し続けますし、管理世界がスカリエッティの手に落ちる可能性も出てきます。
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26:闇の胎動 ■挿絵あり■
貫咲賢希様より転生者の2名、まどかと優介のイラストを頂きました。
後書きに載せてありますので、是非ご覧下さい。
推奨BGM:黒き覚醒(nanoha)
絶対たる力(nanoha)
その日、大阪市の病院の屋上にて絶望が開幕した。
黒い三角の魔力スフィアの上で少女は声にならない絶叫を上げる。
周囲には衣服が不自然に落ちている……まるで着ていた人間が消滅したかのように。
いや、実際に消滅したのだ。
人間ではないが彼女が家族と思っていた者達が彼女の目の前で闇の書にその身を喰われて消滅した。
その光景は幼い少女の心を砕くに十分であり、彼女の絶望と同時に闇の書は完成した。
≪
少女の身体が成熟した女性のものへと成長し、銀色の髪が腰まで伸び、黒い翼が生える。
その四肢は拘束具に包まれ、紅い模様が浮かび上がる。
「また、全てが終わってしまった。
一体幾度こんな哀しみを繰り返せばいい」
涙を流しながら翳した手の先に巨大な暗黒球が生み出される。
「我は闇の書。我が力の全ては主の願いのそのままに……」
主を乗っ取った闇の書の管制人格は、ただただ心を閉ざした少女の絶望に従い破壊を振り撒く。
「闇に染まれ……デアボリック・エミッション」
暗黒球が放たれ闇が爆発的に広がった。
放たれた広域空間破壊魔法の威力は凄まじく、半径100メートル以内の建造物を消滅させた。
八神はやてに絶望を与えて闇の書を起動させた仮面の男達が結界を張っていなかったら、1000を超える死者が出ていただろう。
実際には封時結界内のため被害は出ていない、無人の世界で無意味な破壊が撒き散らされただけだ。
彼女は特定の誰かを狙っているわけではなく、主が否定した世界そのものを破壊しようと広域殲滅魔法を次々に撃ち出している。
しかし、次々に闇を放っていた闇の書の管制人格は途中で手を止め、上空に視線を向けた。
そこにはバリアジャケットを纏った5人の少年少女の姿があった。
【Side 高町まどか】
「あれは……?」
「魔導師、なの?」
「闇の書の主よ。闇の書も手元に浮かんでいるし」
「で、でも映像で見たのと姿が違うよ!」
「正確には闇の書が主を乗っ取った状態だ。あの姿は管制人格のものが顕れているんだろう」
戸惑うなのはやフェイト、アルフに対して私と優介は苦々しいものは感じているが何とか落ち着いて3人に答えることが出来た。
尤も、管理局勢の中で誰よりも事情を把握しているのだから当然だろう。
「やっぱりこうなったか」というのが私達の表情を苦いものにしている理由だ。
事情を事前に知りながら、結局のところ正史と同様の流れになってしまっていることに対して、無力感が湧き上がる。
無限書庫での調査も結局は無駄に終わり、八神はやての精神力に頼るしかない他力本願な案に縋る以外に無かった。
いや、現状だけで考えれば確かに正史の流れと大差はないが、内実を考えれば状況は更に悪く不安要素は多い。
一番の問題は、現時点で八神はやてとなのは達の間には全く面識が無いことだ。
フレイトライナー執務官の仕掛けた捕縛作戦のせいではやて達は行方を眩ませてしまった為、出会うことがなかったのだ。
しかも追い立てられたことで、守護騎士どころかはやてまで管理局に対して隔意を抱いてしまっている可能性もある。
上手いこと闇の書の闇を切り離せたとしても、初対面の相手……しかも自分を追い回した者の仲間と一緒に戦うことになる。
連携に支障が出ないと言う保証は無く、闇の書の闇の対処が出来るかについても賭けになってしまった。
とは言え、今は目の前の事態の対処を優先しなくてはならない。
「それで、どうすればいいの。お姉ちゃん」
「無限書庫で見付かった情報だと、このまま放っておけば闇の書は暴走を始めて世界を破壊してしまう。
止められるのは今はあの中で眠っている主だけ。
私達に出来るのは眠っている主を叩き起こすことよ」
展開に追い付けず、情報を事前に説明出来なかった為、要点だけを絞って伝える。
正直、闇の書の完成を察知して暴走前に駆け付けることが出来たことさえ運が良かったとしか言いようがない。
守護騎士達が何故同じ世界に戻って潜伏していたかは分からないが、これが別の世界であればおそらく感知できなかっただろう。
「叩き起こすって……どうやるの? まどか」
「呼び掛けてダメなら実力行使ね。まぁ、ほぼ間違いなく後者になると思うけど。
魔力ダメージでぶっ飛ばすのよ、手加減抜きで」
「ハッ、分かり易くていいじゃないか!」
死んでしまったユーノの代わりに作戦を提示するが、反応したのはなのはではなくアルフ。
その事実に、変わってしまった流れを想い一抹の寂寥感を感じてしまう。
「魔力ダメージだと俺はあまり役に立てないな」
「アレは使える?」
「ああ、大丈夫だけど……」
「じゃあ準備をお願い。最後のトドメは砲撃で行くけど、そこまでの時間を稼ぐ必要があるわ」
「分かった」
優介の返答を受けて、作戦を組み立てる。
闇の書の管制人格は今は突然現れた私達に警戒して動きを止めているが、それも時間の問題だろう。
「なのは、フェイト、アルフ!私達は優介が切り札を使うまで闇の書の管制人格を押さえるわ。
私とアルフが前衛で押さえるから、フェイトは中距離、なのはは遠距離で攻撃!
優介が切り札を使ったらその間に砲撃魔法のチャージに入りなさい。
アルフは砲撃を確実に当てる為にバインドの準備をして」
「切り札って?」
「まぁ、見ていれば分かるわ」
なのはが興味を刺激された様子だが、説明している時間はない。
百聞は一見に如かずとも言うし、見て貰った方が早い。
「さあ、まずは呼び掛けてみましょ……八神はやてさん! 聞こえてる!?」
私は半ば無駄と思いつつも呼び掛けるが、返答は広域殲滅魔法だった。
「く、有無を言わさずって感じね」
「初撃はこっちで引き受ける!
I am the bone of my sword……
優介が前に出て花弁の盾を展開する。
「アルフ! 相手の魔法が止まったら突撃するわよ!
準備はいい?」
「こっちはいつでも大丈夫だよ!」
管制人格のデアボリック・エミッションは優介の
「今!」
私は叫びながらライジング・ソウルを双剣モードにして管制人格へと切り掛かった。
「……盾」
切り掛かった私に対し、管制人格は障壁を展開し受け止める。
しかし、この状況でそれは悪手だ。
「うおおおぉぉぉぉーーーー!」
私は一歩下がると入れ替わりでアルフが障壁に対して拳をぶつける。
バリア・ブレイクが得意なアルフによる攻撃は数瞬拮抗すると障壁を粉々に打ち砕く。
その瞬間、私は再度切り掛かった。
「ハッ!」
管制人格は障壁の再展開が間に合わないと察したのか、翼を羽ばたかせると上空に回避する。
「ハーケンセイバー!」
しかし、避けた先に今度はフェイトのバルディッシュから魔力刃が撃ち出されて回転しながら管制人格に迫る。
体勢が崩れており回避は間に合わないタイミング、管制人格は右手を迫る魔力刃に向けて翳すとバリアを張る。
「ディバイーーン……バスターーーー!!」
フェイトの魔力刃を防ぐために動きが止まった管制人格に対して、遠距離からなのはが砲撃を放つ。
管制人格は右手で魔力刃を防ぎながら、左手を砲撃に向けてもう1つのバリアを張る。
砲撃はなのはが撃ち続けているため拮抗しているが、魔力刃は既にフェイトから離れているためこれ以上の出力は出ない。
フェイトの魔力刃は回転が止まると同時に消滅し、管制人格は用済みとなった右手のバリアを消して代わりに紅い魔力刃を創り出す。
「穿て、ブラッディ・ダガー」
「避けなさい!」
私は叫ぶと足元に作ったスフィアを蹴ってその場を退避する。
緊急避難は飛行魔法よりもこちらの方が早い。
次の瞬間、10を超える魔力刃がさっきまで私が居た場所を貫いた。
回避した先にも3本程向かってきたが、両手に持ったライジング・ソウルの双剣で切り落とす。
「みんな、無事!?」
「うん、大丈夫」
「何とか、危なかったけど」
「一発喰らったけど、これくらいヘッチャラだよ!」
私の問い掛けにそれぞれから回答がある。
アルフはかわしきれなかった様だが、軽傷で済んだ様だ。
私はふと、返答が無かった優介の方を窺う。
優介は円盤の様なものの上に立ち、詠唱を続けていた。
デバイスの製作を一緒に行っていたから分かるが、あれは優介のデバイス──ムーンライトのフルドライブ、ソーサーモードだ。
通常、フルドライブは効率を度外視した攻撃力の高いモードが多いが、優介のソーサーモードは一切の攻撃手段を持たない。
ミッドチルダ式魔法に拠らない攻撃手段を持つ優介だからこそ役に立つ、飛行と回避に特化したモードだ。
主目的は優介の切り札使用のための補助だ。
詠唱が終わる。
「……So as I pray, 『unlimited blade works』. 」
炎が走り、世界が書き換わった。
無数の剣の突き刺さった赤い荒野が広がる。
遠くには巨大な歯車が音を立てて回転し、ふいごの熱気が充満する。
ここは練鉄の英霊が抱いた心象風景……固有結界『無限の剣製』。
「ええぇぇぇ!?」
「な、これは……?」
「何だいコレ!?」
展開された固有結界になのは達が驚愕しているが、事前に知っていた私と違い、いきなり世界が変わったら驚くのも当然だろう。
しかし、状況を考えれば驚いてばかりいられても困る。
「なのは、フェイト!
驚くのは後にして砲撃の準備をしなさい!
アルフはバインド!」
私の声に、3人は戸惑いつつもそれぞれの魔法の準備に取り掛かる。
私もデバイスを杖にモードチェンジし、先端に魔力を集中する。
「行くぞ、闇の書。魔法の貯蔵は十分か」
どこぞの英雄王に対峙した衛宮士郎の台詞を捩って、優介が闇の書の管制人格に対して攻撃を開始する。
固有結界の中において、優介が剣製可能な刀剣は全てその世界に最初から存在しておりタイムラグなしに攻撃が可能だ。
それこそ、英雄王と同等以上の宝具の雨を降らすことも可能となる。
東洋西洋問わずにありとあらゆる刀剣が荒野から浮かび上がり闇の書の管制人格に迫る。
管制人格はバリアを張り宝具の雨を防ごうとしたが、贋作と言えど宝具の攻撃は並大抵ではなく、数秒の均衡の後に障壁は砕け散り、宝具の雨は管制人格へと降り注いだ。
しかし、彼女は障壁での防御が追い付かないと悟った瞬間、防御を迎撃に切り替え無数の紅い魔力刃を形成し、宝具の雨へとぶつけた。
「ブラッディ・ダガー、ジェノサイドシフト」
百を超える魔力刃が撃ち出され、宝具へのぶつかっていく。
それも一度ではなく、連弾で次々と撃ち出されては宝具を迎撃する。
勿論、ランクは様々とは言え宝具は宝具、魔力刃の1つや2つで対抗出来るものでもない。
しかし、数十を超える魔力刃がぶつけられれば話は別だ。
管制人格は質より量の作戦に出て、魔力刃を次々と生み出しながら宝具へとぶつけていった。
宝具の雨を凌がれていることに優介は驚いているが、元々彼の役目は砲撃の準備が整うまでの足止めだ。
その意味において、優介は自身の役目をキッチリと果たしてくれている。
≪優介! 固有結界が解けるまで後どれくらい!?≫
この作戦はタイミングが重要だ。
折角時間を稼いで砲撃魔法を撃っても、避けられたり防がれたりしたら意味が無い。
固有結界が消滅する瞬間に間髪入れずに攻撃を仕掛けなければならないのだ。
≪後10秒!≫
≪了解……みんな、もうすぐ優介の結界が消えるからバインドで動きを止めて砲撃を叩き込むわよ!
5……4……3……2……1……今!≫
カウントダウンが終わった瞬間、固有結界が粉々に砕け散り元の世界に戻る。
管制人格はその急激な変化に対して反応出来ずに硬直した。
「チェーンバインド!」
動きが止まった管制人格にアルフのバインドが絡み付き拘束する。
おそらく数秒でバインドブレイクされてしまうが、それだけあれば十分。
「ディバイーーンバスターーーー!!」
「サンダーースマッシャーーーー!!」
「ライジングキャノンーーーーー!!」
3方向からの砲撃が狙い違わずに管制人格を飲み込んで突き抜ける。
非殺傷設定のため傷にはならないが、魔力ダメージによる衝撃は相当なものの筈。
このショックで八神はやてが目を醒ましていてくれれば……。
立ちこめる爆煙が徐々に晴れていくのを固唾を飲んで見守る。
そこには、不自然に硬直したまま動かない管制人格の姿があった。
アルフのバインドは既に解けているが、管制人格は動こうとしない。
宙に浮いているし気絶しているわけでも無さそうだが、意識が身体に伝わっていない。
おそらくは、内側で八神はやてが目を醒まし、管制人格……いやリインフォースと話し合っているのだろう。
であれば、そろそろ……。
≪外の方! 管理局の方!
こちら、そこの子の保護者、八神はやてです!≫
来た!
念話ではやてからの呼び掛けが私達の元に届く。
「八神はやてさん! 民間協力者の高町まどかです!
単刀直入に聞きますが、闇の書……いえ、夜天の魔導書は制御出来そうですか?」
≪魔導書本体からはコントロールを切り離したんやけど、自動行動の防御プログラムが走っていて管理者権限が使えないんです!
すみません、何とかその子を止めて貰えませんか?≫
「分かったわ、すぐに出してあげるからちょっと待っていて。
なのは、フェイト! もう一発行くわよ!」
「分かった、お姉ちゃん!
レイジングハート! エクセリオンモード!」
≪All Right.≫
「了解、まどか!
バルディッシュ! ザンバーモード、行くよ!」
≪Yes,Sir.≫
私の呼び掛けになのはとフェイトがそれぞれのフルドライブモードを解禁する。
「ライジングソウル、こっちもバスタードモード使うわよ!」
≪Roger!≫
私も両手剣に変形させたデバイスを後に振りかぶり、魔力を集中する。
「エクセリオン」
「スプライト」
「
先程の砲撃以上の魔力を籠めて、再度の集中砲火が放たれる。
「バスターーー!!!」
「ザンバーーー!!!」
「
動かない闇の書の管制人格……いや、その姿をした防御プログラムに放たれた3つの極光は外れることなく彼女を直撃した。
【Side out】
時は僅かに遡り、時空管理局本局の執務室で5人の男女が対峙していた。
1人はギル・グレアム提督、この執務室の主であり管理局の顧問官を務める英雄とまで言われた初老の男性だ。
その背後に寄り添い立つのは猫の耳が生えた少女が2人、グレアム提督の使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアの姉妹だ。
3人に対しているのは2人の執務官、クロノ・ハラオウンとテスラ・フレイトライナーだ。
2人は変身魔法を駆使して仮面の男として暗躍していたリーゼロッテとリーゼアリアの2人を捕え、この執務室を訪れていた。
「リーゼ達の行動は貴方の指示ですね、グレアム提督」
「違う、クロノ!」
「あたし達の独断だ、父様は関係ない!」
クロノの詰問にリーゼ姉妹が反論する。
しかし、それを止めたのは詰問されたギル・グレアムの方だった。
「ロッテ、アリア、いいんだ……。
クロノはもう、粗方の事を掴んでいる。
違うかい?」
最後の問い掛けに対し、クロノはしばし俯くと決心した様に顔を上げて自身の調査結果と推理を話しだした。
「11年前の闇の書事件以降、提督は独自に闇の書の転生先を探していましたね。
そして発見した……闇の書の在り処と現在の主、八神はやてを。
しかし、完成前の闇の書と主を押さえてもあまり意味が無い。
主を捕えようと闇の書を破壊しようとすぐに転生してしまうから。
だから、監視をしながら闇の書の完成を待った」
クロノは一度言葉を切ると、グレアムに対して真っ直ぐに見詰めて問い掛ける。
「見付けたんですね、闇の書の永久封印の方法を……」
真っ直ぐに見詰めるクロノに対して、グレアムは少し逡巡するが目を逸らしながら罪を告白する。
「両親に死なれ、身体を悪くしていたあの子を見て心は痛んだが……。
運命だとも思った、孤独な子であればそれだけ悲しむ人は少なくなる」
封筒と写真……おそらくは八神はやてから保護者であるグレアムに対して届けられたそれを提示しながらクロノは更に問い詰める。
「あの子の父の友人を騙って生活の援助をしていたのも、提督ですね」
「永遠の眠りに着く前くらい、せめて幸せにしてあげたかった……偽善だな」
「封印の方法は闇の書を主ごと凍結させて次元の狭間か氷結世界に閉じ込める……そんなところですね」
「そう、それならば闇の書の転生機能は働かない」
クロノの問い詰めに、我慢が出来なくなったのかリーゼ姉妹が叫ぶ。
「これまでの闇の書の主だって、アルカンシェルで蒸発させたりしてんだ。
それと何にも変わんない!」
「クロノ、今からでも遅くない……あたし達を解放して!
凍結を掛けられるのは暴走が始まる瞬間の数分だけなんだ」
しかし、クロノは表情を変えずにそれを拒絶する。
「その時点ではまだ闇の書の主は永久凍結をされるような犯罪者じゃない……違法だ」
「そのせいで! そんな決まりのせいで悲劇が繰り返されてんだ、クライド君だって……」
「管理局は……」
それまで一言も発していなかった少女が唐突に言葉を挟む。
その声は決して大きな声ではなかったが、不思議と響き部屋にいた4人の注目を集めた。
「管理局の大義は治安と秩序の維持、人命を守ることは重要ではあるが絶対ではない。
多数の安寧のために少数を犠牲にすることは肯定されるわ」
「フレイトライナー執務官!?」
隣に座る少女の大胆な発言にクロノが疑問に声を上げる。
「たった1人の少女の人生と第97管理外世界に住まう数十億人の生命、秤に掛けるまでもないわね。
ましてや、今後において闇の書が出し続ける被害を考えれば尚更に。
その点において……ギル・グレアム、貴方の採ろうとした方法を私は肯定しましょう」
「な!? 本気ですか?」
「君は何を……」
突然の掌返しにクロノだけでなくグレアム一派も戸惑いを見せる。
クロノの態度を見るに示し合わせての行動ではなさそうだが、一緒になって捕えておきながら一体何のつもりか。
「ああ、勘違いしないで欲しいわね。
私が肯定すると言ったのは『方法』であって『計画』じゃないわ、グレアム『元』提督。
貴方達は既に犯罪者であり、私は貴方達に味方する気なんて微塵もない」
上げて落とす彼女の言葉にグレアムは僅かに顔を顰めた。
後に立つリーゼ姉妹は無礼な言動に目を吊り上げて怒りを露わにしている。
なお、実際には彼女の言は正しくない。
グレアム一派の行動はアースラの関係者の範囲でしか知られておらず、公になっていないため犯罪者にはなっていない。
提督としての地位も顧問官の権力もそのままだ、少なくとも現時点においては。
「ただ一つだけ聞きたいの。
貴方の採ろうとした方法は管理局上層部にとっても受け入れられる余地は多分にあった筈。
英雄とまで言われた貴方が提唱するなら尚のこと。
ハラオウン執務官の言う通り個人が行えば違法行為だけど、管理局の作戦行動として承認を受ければその限りじゃないわ。
このことは貴方も考えたと思うのだけど、どうしてそうしなかったのかしら?」
「そ、それは……」
「答えられないのなら代わりに答えてあげましょうか?
貴方は結局復讐がしたかっただけ。
闇の書の悲劇を終わらせるとかそういうことはどうでもよくて、ただただ自分の手で憎いロストロギアを破壊したかったのよね」
「ち、違……!?」
「結果だけを求めているならさっき言った通り管理局としての行動で構わなかった筈でしょう。
いいえ、そちらの方が危ない橋を渡る必要も無いし蒐集だってスムーズにいったと思うわ。
『自分の手で』と言う部分に拘らなければ、全ての点でそちらの方が良かった筈よ」
浴びせられる正論に、グレアムは顔を真っ青にして俯いた。
「……確かに」
しばらくの沈黙の後、グレアムはポツリと言葉を発した。
「確かに、そう言われても否定出来ない部分があるのは理解している。
闇の書を憎んでいるのも事実、自分の手でと思ったことも間違いない。
しかしそれでも……闇の書の悲劇を終わらせたいと思った気持ちもまた嘘ではない」
「そう……まあいいでしょう。
どちらにせよ貴方の計画は御破算よ」
「分かっている、ここまできて悪足掻きはせんよ」
そう言うと、グレアムはクロノに自らの計画の肝であった特注のデバイスを託した。
(後書き)
獣殿やザミエル卿の降臨を予想されていた方々、すみません。
間に一話挟みました。
いえ、別に焦らしてるわけではなく……かなり間を飛ばしているとはいえ、この回まで飛ばすとあまりにも唐突になりますので。
Q:この子、何でグレアムおじさん苛めてるの?
A:戦場に行くのを少しでも遅らせたいから、会話で時間稼ぎ。
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
<高町まどか>
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<松田優介>
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27:闇の終焉と黄金の片鱗
Dies Irae "Mephistopheles"(dies irae)
封時結界の内側は終末の世界の様相を呈していた。
あちらこちらから溶岩が噴出し、火の手が上がる。
建物は崩壊し、地面には大きな地割れが走る。
海の上ではその原因である巨大な半球型の闇の塊が胎動している。
上空では12人の男女がその闇を見詰めていた。
管理局勢からは執務官であるクロノ・ハラオウンとテスラ・フレイトライナー、そして嘱託魔導師フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフ。
加えて、民間協力者として高町姉妹に松田優介。
一方、夜天の魔導書関係で八神はやてと4人の守護騎士。
「作戦の確認をしましょう」
「「ああ」」
高町まどかの呼び掛けに、クロノ・ハラオウンと松田優介の2人が応える。
「防衛プログラムのバリアは魔力と物理の複合4層式、まずはそれを破る」
夜天の主がこれから対する敵の情報提供と共に手順を話し出す。
「バリアを抜いたら本体に向けて私達の一斉砲撃でコアを露出」
金の閃光が決意を籠めて手に持つ大剣型デバイスを握り締めながら続ける。
「そしたらテスラさんとアルフさんの強制転送魔法でアースラの前に転送」
白の魔法少女がそれを受け、想像するようにアースラが待機しているであろう上空を見上げる。
≪あとはアルカンシェルで蒸発、と≫
≪上手くいけば、これがベストですね≫
アースラで待つ艦長と執務官補佐がそれを受け、締め括る。
突破口を見付けた彼らの表情に絶望は無く、未来を切り開く希望と覚悟に満ちていた。
そんな彼らの感情を察知したのか、胎動していた闇が急速にその蠢きを加速させる。
「始まる……」
「夜天の魔導書を呪われた魔導書と呼ばせたプログラム……闇の書の闇」
はやての呟きに答える様に凝縮した闇が割れ、中からは大型の獣の集合体の様な暴走体の姿が現れた。
「チェーンバインド!」
「縛れ!鋼の軛!」
先手必勝とばかりに、使い魔2人がバインドを放ち防衛プログラムを拘束する。
しかし、拘束力が足りずに防衛プログラムを完全に抑え込むことは出来ず、枷を外そうと身じろぎする。
抑え切れなくなるのも時間の問題だが、それを待たずに2人の少女が攻撃の手を加える。
「ちゃんと合わせろよ、高町なのは!」
「ヴィータちゃんもね!」
何度も戦って諍いがあった2人だが、口調は挑発的なもののまるでこれまでも共に戦ってきた戦友の様に息を合わせ、大技を放つ。
「鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン!」
≪Gigantform!≫
主の呼び掛けに応え、ハンマー型のデバイスがカートリッジを炸裂させフォームを変える。
振り被る動作に合わせ、ハンマーヘッドが一気にその体積を増す。
「轟天爆砕!ギガントシュラーク!」
防衛プログラムと同等の大きさまで拡大したハンマーが脳天に落ち、一番外側を為していた物理防御の障壁を打ち砕いた。
「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン……いきます!」
≪Load cartridge≫
対抗するようにカートリッジを炸裂させると、杖の先からまるで鳥が羽ばたく様な形状の魔力光が形成される。
「エクセリオンバスター!」
≪Barrel shot≫
レイジングハートから衝撃波が放たれ、防衛プログラムの周囲を守る様に囲んでいた触手を吹き飛ばす。
しかし、これで終わりではない。
「ブレイクシューーート!!!」
なのはの叫びと共に桃色の閃光が放たれ、2層目の魔力防御障壁が砕け散る。
「次、シグナムとテスタロッサさん!」
シャマルの呼び掛けにヴォルケンリッターの将がその剣を鞘から抜き放つ。
「剣の騎士シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン。
刃と連結靭に続くもう一つの姿」
≪Bogenform!≫
右手に持つ剣と左手に持つ鞘を柄越しに合わせると、デバイスはその姿を弓の形に変え、魔力で造られた弦と矢が添えられる。
「駆けよ隼!」
≪Sturmfalken!≫
放たれた矢は3層に位置する物理防御障壁を貫いた。
残りは1層。
「フェイト・テスタロッサ、バルディッシュ・ザンバー……いきます!」
金の魔力刃を伸ばした大剣を構えながら、フェイトは叫んだ。
天高く翳した大剣に雷が落ちる。
「打ち抜け、雷刃!」
≪JetZamber≫
振り下ろすと同時に大剣が際限なく伸び最後の障壁を切り裂き、防衛プログラムの巨体に大きな傷を負わせた。
全ての障壁を破壊された防衛プログラムが反撃の為に周囲に触手を生やし、その先に魔力を集める。
しかし、黙ってそれを見過ごす様では守護騎士は名乗れない。
「盾の守護獣ザフィーラ!攻撃なんぞ撃たせん!」
戦端を切り開いた白い拘束魔法が再度放たれ、砲塔である触手を貫き砲撃の発射を妨害する。
「同時に行くわよ、優介」
「ああ、任せてくれ」
まどかと優介の転生組は優介のデバイスである円盤の上に立ち、それぞれの武器を構える。
まどかが持つのはデバイス、ライジングソウルのフルドライブモードであるバスタードモード。
一方、優介が持つのはデバイスではなく投影魔法で作成した黄金の剣だ。
武器は大きく異なるが、放たれるのは共に誇り高き騎士王が持つ技だ。
「
「
大きく振り被られた2本の剣が振り下ろされ、極光が合わさり防衛プログラムを飲み込んだ。
「はやてちゃん!」
畳み掛けるために、シャマルは幼い主の名を呼ぶ。
「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて撃ち貫け。
石化の槍!ミストルティン!」
三角状の魔法陣から白い光の矢が放たれ防衛プログラムに突き刺さる。
それだけに留まらず、刺さった箇所が石と化しその面積を広げていく。
大きく傷付けられた防衛プログラムは傷付いた箇所や石化された部分を切り捨てその体躯を再構成する。
様々な生物の身体がグロテスクに蠢きより合わされ、その姿をより禍々しいものへと変えた。
「わ、わぁ!?」
「なんかすごいことに・・・」
≪やっぱり並の攻撃じゃ通じない!
ダメージ入れたそばから再生されちゃう!≫
その光景に悲鳴を上げるアルフとシャマル、エイミィ。
「だが、攻撃は通ってる。プラン変更は無しだ!
いくぞ、デュランダル」
≪ok,boss≫
クロノが恩師から受け継いだ新たなデバイスを構え、
これまでは上手く制御が出来なかった魔法、だがこのデバイスなら可能だと何故か確信できた。
「単なる攻撃よりも石化とか氷結させた方が有効みたいね。
私も便乗させて貰うわ」
同じ執務官である転生者がクロノに合わせてデバイスを構える。
氷結特化のデバイスを持っているわけでもないのに、何1つ気負う様子のないその姿は管理局最強と噂されるが故の自負か。
「「悠久なる凍土、凍てつく棺の内にて永遠の眠りを与えよ。
凍てつけ!」」
≪EternalCoffin≫
氷結魔法が同時に放たれ、防衛プログラムの巨体を一瞬にして氷漬けにする。
それどころか、半径数百メートルに渡って内海が凍り付いた。
防衛プログラムは魔力の塊であり無限に再生する機能を持っている。
例え氷漬けにしたところで、止められるのは僅かな時間でありすぐに再生しその呪縛から脱するだろう。
しかし、僅かな時間があれば切り札を用いるのには十分。
「いくわよ!なのは!フェイト!はやてさん!」
「「「うん!」」」
まどかの呼び掛けに3人の少女が応えると4方の上空から氷漬いたままの防衛プログラムを囲む。
「昇れ曙の光!サンライト……」
「全力全開!スターライト……」
「雷光一閃!プラズマザンバー……」
「ごめんな……お休みな……。
響け終焉の笛……ラグナロク……」
「「「ブレイカーーーーー!!!!」」」
4筋の極光が防衛プログラムの身を削り塵へと変えていく。
「本体コア露出……捕まえ、た!」
ダウジングチェーンの型をしたデバイスで円形を作り、防衛プログラムの本体コアを捜索していたシャマルが捕捉を成功させる。
「長距離転送!」
「目標軌道上!」
「「「転、送!」」」
アルフ、テスラ、シャマルの3人で転送魔法を展開、露出した本体コアを軌道上へと送り込む。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「コアの転送、来ます!」
「転送されながら生体部品を修復中!凄い速さです!」
「アルカンシェル、バレル展開!」
転送されてくるコアの情報を受け、エイミィが凄まじい勢いで端末を操作しアルカンシェルの発射準備を整える。
アースラの正面から発射用のスフィアが展開される。
「ファイアリングロックシステム、オープン!
命中確認後、反応前に安全距離まで退避します、準備を!」
「「了解!」」
タイミングを見計らい、リンディはアルカンシェルの発射キーを差し込み捻る。
「アルカンシェル、発射「目標付近に転移反応!」なんですって!?」
あり得る筈の無いエイミィからの報告に発射操作を行ったリンディが眼を剥く。
慌ててモニタを見ると、深海魚の様な姿になった闇の書の闇のコアの近くにローブを羽織った人物が浮いている。
「そんな……宇宙空間なのに人が!?」
「アルカンシェル、緊急停止して!」
「無理です!システム上一度発射したら止められません!!」
「そんな!?」
アルカンシェルの発射操作は既に為されており止めることは最早出来ず、あの場に居る人(?)物の命は絶望的だ。
「いやーーーーー!!!」
エイミィが次に起こる悲劇を想像して悲鳴を上げるが、アルカンシェルは無情にも発射されてしまう。
しかし、真に絶望的な光景は彼らの予想しない形でその場に現れた。
そこは宇宙空間、媒介する空気も無く声は伝わらない。
それでなくとも、数百kmの距離がある上に次元航空艦の外と中だ。声など聞こえる筈が無い。
にも関わらず、その声はアースラに居た全乗組員に届いた。
『
ローブの人物の右手に黄金の槍が顕れる。
その槍は神々しく輝き、その様を見た全ての人間はそこから目を離せなくなった。
目に見えない波動がローブの人物と槍から放たれ、アースラが微震する。
それが宇宙を覆い尽くす程の莫大な魔力が揺らいだことによるものであることに気付いたのは、ほんの一握りだった。
『
その言葉と共に振り下ろされた槍から金の閃光が放たれ眼前に迫っていたアルカンシェルによる砲撃を切り裂き飲み込む。
それどころか、その先に居たアースラに常時展開されているフィールドを瞬時に破壊し直撃する。
正面の映像を映した大型モニタを除き、全てのモニタがエマージェンシーのアラートで真っ赤に染まる。
「直撃しました!」
「被害状況は!?」
リンディの問い掛けに対して、各所からの報告をオペレータが次々に読み上げる。
「第1区画、損傷ありません!」
「第2区画、損傷ありません!」
「第3区画は半壊です! 火災が発生!」
「第4区画は壊滅的です! 重軽傷者多数!」
「第5区画、損傷ありません!」
「第6区画、損傷ありません!」
「機関部の損傷はありません!」
「バレル、消滅しました! アルカンシェル、使用出来ません!」
金色の閃光はアースラに対して正面から直進し、発射の為に展開されていたアルカンシェルのバレルを消し飛ばすとアースラ正面の下部に直撃した。
アルカンシェルを相殺しフィールドと破壊し、威力を削がれながらもアースラの4分の1を潰した砲撃。
これがもし何もない状態で撃たれていたら、アースラは一撃で撃沈されていた可能性すらある。
「ディストーション・フィールドを最大出力で展開、追撃に備えて!
第4区画を隔離! 第3区画の火災の鎮火には武装隊員を派遣しなさい!」
リンディの言葉に反射的に対応しながらもオペレータ達は顔を青褪めさせた。
そう、まだアースラの正面にはあの謎のローブの人物が居るのだ。
先程と同じだけの攻撃が間髪入れずにもう一撃来ていたらアースラは跡形も無く消し飛ばされていただろう。
とは言え、彼らに出来ることは少ない。
次元航空艦の戦力はアルカンシェル以外には乗っている魔導師しか存在しない。
基本的に彼らの想定している戦場は犯罪者の捕縛であり次元航空艦同士の艦隊戦など想定していないからだ。
勿論、魔導師である武装隊は居るが宇宙空間には派遣出来ない。
ローブの人物がどうして無事なのかは分からないが、如何にバリアジャケットを纏う魔導師であっても宇宙服も無しに宇宙空間で生きることは不可能だ。
故に、アルカンシェルを潰されれば、後はディストーション・フィールドで防御を固めるくらいしか出来ない。
そうしてやることが無くなると、今更に恐怖が湧き上がってくる。
なんだあれは?
アルカンシェルは空間歪曲と反応消滅で対象を殲滅する魔導砲、管理局の艦船武装の中でも屈指の殲滅力を誇る。
管理局の虎の子であり、複数の次元航空艦から集中的に撃ち込めば1つの世界の文明を滅ぼすことも可能な最終兵器だ。
撃ち込む相手として想定されているのは世界や国家、あるいは闇の書の様な世界を滅ぼしかねない危険なロストロギア…………断じて、個人に対して撃つものではない。
それがあろうことか、1人の人間が放つ砲撃であっさりと迎撃された。
こんなことがある筈が無い……いや、あっていい筈が無い。
何故ならば、何故ならばだ。
管理局の最大攻撃を個人で撃ち破られた、それはすなわちあのローブの人物1人で管理局を滅ぼせてしまうことを意味してしまうではないか。
何かの間違いだ!誰もがそう望み思い込もうとするが、事実は重い。
しかし、恐慌寸前となったアースラには興味が無いのか、ローブの人物はあっさりと槍を消すと闇の書の闇のコアの方へと向き直った。
追撃の様子が無いことにそこかしこで安堵の溜息が漏れる。
しかし、次に起こったことにアースラスタッフは再び凍り付くことになった。
ローブの人物がその右手を闇の書の闇のコアに向けて翳すと、周囲のものを吸収し膨張しつつあったコアが逆に凝縮しその姿を有機物の集合から黒い光を放つ闇の塊へと変える。
闇の塊は誘導される様に掌の上へと移動し、その動きを止めた。
「コ、コアの再生が止まりました! これは……制御しているのか!?」
「そんな……!?」
「ありえないわ! 闇の書の主でもないのに!
それにあれは暴走していた防御プログラムの大本、あれを制御するなんて闇の書の主でも出来ない筈!」
驚愕するアースラのスタッフ達を尻目に、ローブの人物は闇の塊を掌上に浮かべたまま、アースラを一瞥することもなく転移で姿を消した。
「転移先は!?」
「駄目です! 先程の攻撃でサーチ機能が沈黙しています! 転移先、追えません!」
「……………………そう」
リンディが慌ててエイミィに行方を尋ねるが、追跡は出来ずに見失ったと言う報告に落胆し艦長席に深く座り込んだ。
「今起きたことについては緘口令を引きます。口外しないように」
「いいんですか、艦長?」
「アルカンシェルを個人に防がれたなんて公開したら大騒ぎになるわ」
「それは……そうですね」
それにあんな規格外、奴等以外に居る訳ないじゃない。
続く言葉を飲み込み、リンディは思考する。
ローブの人物が持っていた黄金の槍、あれからはヴィルヘルムやルサルカと似た雰囲気を感じた。
おそらくあの人物も聖槍十三騎士団なのだろう。
ヴィルヘルムもルサルカも規格外だとは思っていたが、管理局の総力を挙げれば倒せない相手ではないと思っていた。
SSSランクの魔導師に相当する彼らの力は管理局の水準でも最強クラスだが、所詮は個人の力。
数の暴力の前では被害は大きいだろうが打倒できる、そう思っていた。
しかし、甘かった。
先程目にした人物の力はヴィルヘルムやルサルカと比較しても桁が、いや次元が違う。
「防衛プログラムのコア、一体どうするつもりなの……」
「そんな……艦長!!」
答えの無い問いを呟いていたリンディに、悲鳴染みたエイミィの叫びが聞こえる。
「どうしたの、エイミィ!?」
尋常ではないエイミィの剣幕に慌てて尋ねるリンディだが、目を向けた先にあった正面モニタに映る光景に釘付けになる。
【Side テスラ・フレイトライナー】
「エイミィ……おい、エイミィ!どうした!?」
アースラに必死に呼び掛けるクロノの声が海上に響き渡る。
闇の書の闇を倒してコアを軌道上に転送して私達の役目は終わり、後はアルカンシェルで消滅させたことを報告を聞くだけと思っていたが、いつまで経ってもアースラからの通信が来ない。
それどころかクロノがこちらから通信を行っても通じないと言う有り様。
一体何故?
こんな展開、無かった筈なのに……。
「……はやて!? はやて!」
ヴィータの悲鳴に思わず目を向けると、八神はやてが意識を失いシグナムに抱き抱えられていた。
慣れない魔法行使によるものだろうが、守護騎士達は気絶した主の周りを囲み必死に呼び掛けている。
集まった者達はみんなアースラに呼び掛けるクロノか倒れたはやての周囲に集まっている。
私はどちらに加わる気にもなれず、少し離れた位置からそれを見下ろしていた。
「
私の眼の前で、黒い何かが広がり集まっていた2組をその範囲に収める。
必死に声を上げていたクロノもヴィータも唐突にその呼び掛けを止めた。
……いや、これは動き自体が止まっている?
そうだ、この影……以前に戦った時に奴等が使っていたものだ。
戦いが終わった直後の気が抜ける瞬間を狙って襲ってきたのか。
しかし、私は影には掴まっていない。
どうやら、全員を捉えることには失敗したらしい。
詰めの甘さを鼻で笑って対処しようとしたが、次の瞬間には別の意味で硬直してしまう。
ルサルカの影に触れたわけではない、触れたのは記憶に新しい殺気。
以前にもぶつけられたそれは変わらぬ鋭さで私の身を貫き、全身から冷や汗を流させる。
喉がカラカラに乾き、膝が勝手に笑う。
見たくない気持ちとそれでも見ずには居られない気持ちとで綯交ぜになりながら、恐る恐る殺気が飛んできた方を振り向く。
私から見て後方の上空に当たるそこには、黒い軍服を纏った赤い長髪を後で括った女性が空中から私を見下していた。
端正な顔立ちだがその半分を醜い火傷が覆っている、その口には煙草が咥えられ腕を組み、まるで虫けらを見る様な目で私を見ていた。
間違いない、以前炎の砲撃を撃ち込んできたのは目の前の女だ。
反射的に目を凝らし……すぐに後悔した。
レベル53、SSSランクの私よりも10以上も高い絶望的な数値。
無理だ、勝てるわけがない。
「ひっ!?」
反射的に逃げようとするが、私が飛ぼうとした先に炎の砲撃が撃ち込まれる。
「きゃああぁあぁーー!!」
直撃させると言うより逃げ場を塞ぐ意味で放たれたそれは当たらなかったものの膨大な熱量を周囲に振り撒いた。
余波で10メートルほど吹き飛ばされて、何とか飛行魔法を制御して態勢を整える。
「逃がすとでも思ったか? バカめ」
冷たい、それでいて激情を孕んだ声が私にぶつけられる。
「ハイドリヒ卿を侮辱したその罪、命で購え。
塵一つ残さず消し飛ばしてくれる」
軍服女の上空に巨大な魔法陣が描かれる。
ミッドチルダ式魔法とは全く様相を異にするそれは、術式は全く分からなかったが意味は分かった。
あれは砲台だ、そこから獄炎を撃ち出し私を焼き尽くす為の砲台だ。
殺される……っ!
「待って! 謝る、謝りますから!
お願い……殺さないで!」
恐怖に押し潰され、恥も外聞も捨てて懇願する。
しかし、返答は無言で放たれる炎の砲撃だった。
「イヤァァァァァーーー!!!」
地獄の業火に焼き尽くされる激痛に視界と意識が黒く塗り潰されていく。
一体何がいけなかったのだろう。
彼らの主を侮辱したことか。
上層部に転生者が居ると勘違いして原作への介入を決めたことか。
管理局に入局して執務官になったことか。
それとも、そもそも転生なんて話を引き受けたことか。
今更何が悪かったのかなど分からないけど、思うことは1つ。
こんなはずじゃなかったのに……
【Side out】
こうして、闇の書事件は集結した。
百年以上に渡って災厄を撒き散らしてきた魔導書の呪いは祓われ、悲劇は終わりを迎えたのだ。
しかし、関わった者達にとっては後味の悪い終わり方だった。
英雄と呼ばれた顧問官は裏切っていた。
闇の書の闇は滅ぶのではなく持ち去られた。
管理局のエースオブエースと言われた少女は惨殺された。
2度目の事件に至って初めての脱落者が発生した『ラグナロク』はここからが本番となる。
(後書き)
A's名物フルボッコ回
原作沿い原作沿い……あれ?
獣殿は降臨するも、顔も見せずにクリスマスプレゼントだけ持って帰りました。
獣殿のレベルについてはまだまだ焦らします。
リインフォースについては閑話の中で触れますので、これにてA's編は完結と相成ります。
空白期については短編連作の形を取る予定です。
内容としては主に下記の4つです。
①本編に直接関係しない閑話的な話
②Strikersに繋がる準備話
③これまで名前しか登場していない黒円卓メンバーに焦点を当てた話。(時系列無視も)
④恋愛(?)話
話の長さは様々で、短い話では1000字程度の回も存在します。
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【第4章】空白期(短編連作)
28:エーベルヴァインの娘 【本編】
金色の魔力光で形成される三角の魔法陣が浮かび上がり、ヴェヴェルスブルグ城の玉座に黄金が姿を現す。
常であれば片肘を突き気だるげな微笑みを浮かべるその男だが、今は右手の掌上に浮かべた暗黒の球体をしげしげと眺めていた。
「お帰りなさいませ、兄様」
「ああ。今戻った、イクス」
最初に迎えたのは長い栗色髪を後ろで纏めたミドルティーンの少女。
普段であれば皇帝と宰相と言う立場を明確にすることが多いイクスヴェリアだが、現在は兄と妹として話をしていた。
兄の今回の行動が国家として皇帝としてのものではなく、個人的なものであることを理解していたからだ。
「お帰りなさい、ハイドリヒ卿」
「…………………………………………」
加えて黒円卓の幹部である3人の大隊長のうちの2人が主の帰参を寿ぐ。
白騎士、ヴォルフガング・シュライバー
黒騎士、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン
「ああ、久しいな。2人とも」
しばらく経つと、謁見の間に新たな人影が現れる。
「ただ今戻りました、ハイドリヒ卿」
現れたのは赤騎士、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルク。
大隊長3人がここに揃った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ところで、それが兄様が回収されようとしていた魔力石ですか?」
「正確には、それを動力源として構築された装置だ」
そう言うと、右手を前へと差し向ける。
黒い球体は玉座の段下に並ぶ4人の後方に10メートル程の距離に浮遊すると、急激に力強く光を放ち始める。
「「「「っ!?」」」」
「さぁ、目覚めるが良い。紫天の書よ」
主の言葉を受け、闇の書の闇に隠され続けたシステムU-Dが起動を始める。
≪
黒い光がその勢いを減じさせた時、その場にはいつの間にか5人の少女の姿が現れていた。
(? 5人?)
内心で首を傾げるラインハルトの眼前で、黒き光は止まり少女達の姿がハッキリと見えるようになる。
現れたのは何れも10歳前後の少女だった。
1人目は紫色のバリアジャケットを纏っていた茶色のショートカットの少女。
2人目は赤い甲冑を纏った1人目と同じ顔立ちをしたロングヘアーの少女。
3人目はレオタードに似たバリアジャケットを纏ったツインテールの青髪の少女。
4人目は黒い羽根を3対生やした銀髪のショートカットの少女。
5人目は上下に分かれた白い衣を纏ったウェーブ状の金髪の少女。
(1人多いな……容姿からして高町まどかを元にしている様だが……)
目を凝らして情報を読み取るラインハルトの視界に映ったのは下記の文字。
陽光の殲滅者ゾーネ・ザ・デストラクター、レベル25。
正史に加えて蒐集対象となった高町まどかを元にしたマテリアルだった。
「まぁ、1人増えても別に問題はあるまい」
【Side ユーリ・エーベルヴァイン】
闇の中で眠っていた私の意識が急速に現実へと引き起こされる。
あまりの落差にパニックになった私だが、次の瞬間激しい光に目が眩んでしまう。
眩しさに目を押さえて慣れるのを待つ。
しばらくして漸く目が慣れて周囲が見えるようになる。
そこはまるで御伽噺に出てくるようなお城の様だった。
「ここは……私は一体……?」
ここが何処だか分からない。
どうして目が醒めたのか分からない。
それ以前に、何故闇の中で眠っていたのかも……そうだ、私は。
「私はシステムU-D……あらゆるものを破壊する災厄。
どうして……私は目覚めてはいけないのに……」
「ん……」
ふと近くで声が上がり、思わずそちらに目を向ける。
そこに居たのは銀髪の少女、見たことの無い姿だが私の中の何かが彼女の正体を教えてくれる。
「……ディアーチェ? ディアーチェですか?」
「? そうだが、貴様は………………なっ!?
砕け得ぬ闇だと!?」
「ええ、私はシステムU-D……。
目覚めてはいけない災厄である私が何故目覚めてしまったのか、心当たりはありますか?」
「生憎と、我も目覚めたばかりだ。
シュテル、レヴィ、ゾーネ。貴様らは何か分かるか?」
ディアーチェが周囲に居た3人の少女へと問い掛ける。
「残念ながら、私も状況を把握出来ていません」
「ん~、ボクも分かんない」
「わ、分からないですけど、あそこの人達に聞いてみたらどうですか?」
あそこの人達?
ゾーネの言葉に疑問に思い、彼女の視線の先……私から見れば後方に振り向く。
そこには4人の黒い軍服を着た人達が佇み、無言で私達を睨み付けている。
彼らの視線に怯みながら、ふと彼らの後方にもう1人居ることに気付く。
段上に据えられた玉座に座る男性。
長い金髪に黄金の眼、整った顔立ちに白い軍服と黒い外套を羽織っている。
何でしょう……この感じ……。
視線を外すことが出来ない。
初めて見る筈なのに、どこか懐かしさを感じてしまう。
彼に傅くことがあるべき姿だと私の中の何かが訴える。
彼の前にあることに心の底から安らぎを覚える。
安らぎ……?
そう言えば、不思議なことに今の私は非常に安定している。
内包する力が強過ぎて不安定になり破壊を振り撒いてしまう私が、今は暴走の気配も感じない。
力が無くなったわけではない、寧ろ嘗て封印された時以上の力を感じている。
だと言うのに、一体何故……?
理由は分からない、分からないが少なくとも玉座に座す彼が無関係ではないと直感する。
「貴方は……「何だ貴様ら!? 一体何者だ、名を名乗れ!」
ちょ!? ダメです、ディアーチェ!」
私が話し掛ける前にディアーチェが険悪な態度で叫んでしまう。
慌てて止めようとするが、私の声が届くよりも早くディアーチェ達はデバイスを構えて敵対の姿勢を取ってしまう。
私達に味方など居たことがないから仕方ないのかも知れないけれど、こんな態度を示せば相手がどう取るか。
「どうやら、まずは教育が必要な様だな」
「ええ、同感です。エレオノーレ」
「アハハハ、元気な子達だね~」
「…………………………………………」
黒い軍服を着た4人の男女はディアーチェの言葉と彼女らの態度を見て前に進み出て来た。
その手にデバイスは無いが、発言といい感じる敵意といい、戦闘態勢と言っていい状態になってしまっている。
「ま、待って下さ「ハッ、やる気の様だな。よかろう。身の程を教えてやるわ、塵芥ども!」ああぁぁぁ~……」
もう無理です。
あんなこと言ったら、友好的な対応は最早望めません。
「身の程を知るのは貴女の方です」
「ガッ!?」
「ディアーチェ!?」
茶色の髪をした少女が一瞬で近付くと、ディアーチェを蹴り飛ばす。
ディアーチェは防御も出来ずに数十メートルも吹き飛んでしまう。
少女はそんなディアーチェに対して、追撃するためか一足飛びに近付いていく。
「王!? パイロシューター!」
シュテルがディアーチェを助けるべく、追撃を仕掛ける少女に向かって10発の炎弾を放つ。
しかし、10発の炎弾は少女に届くことは無く、上空から降り注ぐ炎に相殺されてしまう。
「なっ!?」
「貴様の相手はこの私だ」
炎は赤い髪を後ろに縛った火傷顔の女性が放ったものらしく、言葉と共にシュテルに向かって更に炎が降り注ぐ。
「クッ!」
シュテルは後方に飛行し炎を回避する。
赤髪の女性はそれを追いながら更に炎を放つ。
「ん~、僕の相手は君かな?」
「む、ボクは力のマテリアルなんだ、お前なんかに負けないぞ!」
レヴィは白い髪の男の子……いや、女の子かな?
兎に角その子と戦い始めてしまう。
2人は物凄い速さで攻防を繰り返しながらこの場を離れていく。
「え、あれ? え~と……」
「………………………………」
状況に着いていけずに戸惑っていたゾーネに、黒い大きな男性が無言で拳を振り下ろす。
「きゃあああぁぁぁ~~~!」
自身の顔と同じくらいの拳が凄まじい勢いで振り下ろされることに恐怖して、ゾーネは悲鳴を上げながら逃げ出す。
しかし、男性はそれに対して追い縋りながら更に拳を放つ。
紙一重のところで転げ回る様に避けるゾーネと、無言でそれを追う男性。
4組の戦いはそれぞれこの広い広間の四方で繰り広げられている。
私はどうすれば良いか分からずに途方に暮れていた。
止めなければいけないんでしょうけど、誰からどう止めればいいのか全く分からない。
「ふむ、さっそく仲良くなれたようで微笑ましい限りだ。
そう思わないかね」
1人取り残された私に対し、玉座に座る男の人が話し掛けてくる。
言葉通りに微笑んでいるが、あれを『仲良く』と称する感覚は私には共感出来ない。
「あ、あの……ええと……」
「ああ、慌てなくてよい。
近くに寄るがいい」
「あ、はい……」
促されて私は階段を上がり玉座の前まで進み出る。
頭の中の冷静な部分がこんなことをしている場合ではなくみんなを止めなければと訴えるが、彼の言葉で命じられてしまうと逆らえない。
「あの……」
「ん? どうした」
「貴方は……誰ですか」
「ふむ……」
私の問い掛けに男性は少し考え込む。
「色々と肩書きが多いのでな、さて何と答えたものか。
卿の求める回答を推測するなら、卿の所有者で主と言ったところかな」
「所有者……ですか」
「卿の力の源である魔力石エグザミアは私が創ったもの。
私に繋がり私の力の一端を引き出す私の端末だ」
ああ……彼の言葉が私の身体に染み込んでいく。
分かる。彼の言葉に嘘は無い。
私は目の前の御方の所有物であり一部。
「マスター……と呼べばいいですか?」
「呼び方など好きにして構わんよ」
「分かりました。
それで……マスターは私をどうするつもりですか?」
「どうする、とは?」
「私を使って、破壊を振り撒くつもりですか?」
問いながらも、私の中に諦観が満ちる。
私は居るだけで破壊を齎す存在、私を起こしたのが目の前の人ならそれを使う目的は破壊以外には考えられない。
「破壊は嫌いかね?」
「……嫌いです。でも私は意志に関わらず振り撒いてしまいます」
「それは私も嘗て通った道だ。
兎角この世は繊細に過ぎる。本当は抱きしめてやりたいのに柔肌を撫でるだけで壊れてしまう。
ならば我が愛は破壊の慕情。
私は総てを愛している、故に全て壊す。それこそが私の愛の証明だ」
彼は何を言っているのだろう?
破壊が愛?
そんなの……
「……そんなの間違ってます」
「愛することは悪ではあるまい。その結果が破壊であるというならば、それもまた悪ではない」
そうなのだろうか?
でも……でも……。
「あるいは、私にもいずれは壊さずに愛せるものが見付かるかも知れん。
それを見付けるまで、私は壊し続けるのだ」
私もいつかは破壊を振り撒かずに居られる様になるのだろうか。
もし、そんな時が来るのならそれは……。
「まぁ、見付けたとしても次はそれを壊せる様になることを目指すのだがな……?」
「あの……?」
「いや、なんでもない……まぁ、結論を急ぐ必要はあるまい。
卿は誤解しているようだが、特に私が卿に望むことはない。
手放したものを見付けたから回収したまでのことだ。
卿らはこの城で好きな様に過ごすが良かろう。
いずれ何かを任せることがあるかも知れんが、当分先の話だ」
「あ……分かりました」
良かった、すぐに戦う必要はないみたい。
ディアーチェ達と話し合って、これからどうするか決めよう。
……ディアーチェ達?
「って、そうだ……みんな!?」
振り返った段下では既に四方で行われていた戦闘は終わっており、黒い軍服の4人は最初と同じ様にならんでいた。
但し、先程と異なって彼らの前には山が出来ていた、ディアーチェ達を無造作に積み重ねた山が。
「ディアーチェ!? シュテル!? レヴィ!? ゾーネ!?」
「「「「きゅ~~~」」」」
……取り合えず、生きているみたいですね。
(後書き)
……幼女ハーレム?
まぁ、彼女達の性格上あまり出番を作り難いのですが。
なお、1人増えているのは作中通りまどかの蒐集によるものですが、彼女も「理」のマテリアルで重複しています。
ベースが双子だったため、誤作動起こしています。
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29:ルーザー達 【閑話】
【Side 高町まどか】
「…………………」
『…………………』
デバイス経由で通信を繋げたものの何から話していいか分からずにお互いに無言になってしまう。
「取り合えず、状況を整理しましょうか」
『…そうだな』
いつまでも黙っていても仕方ない為、溜息を1つ付くと無理矢理話を進めることにする。
「結局、闇の書…いえ、夜天の魔導書とリインフォースは消滅しなかった」
『ああ、それ自体はいいことだと思うんだけど』
「そうね、でも問題は理由の方。
正史通りの作戦で防御プログラムのコアを露出、転送させてアルカンシェルを発射…ここまでは問題なかったんだけど、問題はその後。
突然現れた謎のローブの人物がアルカンシェルを迎撃、アースラに被害を与えて防御プログラムのコアを強奪していった」
リンディ提督はその事実を私達に話すことを渋ったけれど、その時点でコアが消滅していないことをリインフォースが感知していたために誤魔化しは効かなかった。
結局コアは僅かに時間差を置いて破壊されたらしいが、何故か防衛プログラムが再生される気配がなくリインフォースが消滅する必要はなくなった。
本人が言うには、無限再生のための動力源が何故か停止したとの話だったが。
『見せて貰った映像ではローブで顔は分からなかったけど、振るってた槍には見覚えがある。
あれは聖槍十三騎士団の首領ラインハルト・ハイドリヒの聖遺物、ロンギヌスの槍だ』
「!? じゃああれが…」
『ラインハルト・ハイドリヒなんだと思う。
居ないことを願ってたけど、やっぱりそう甘くはないみたいだな』
前に聖槍十三騎士団について優介から聞いた時にも、双首領が居たら管理局全軍でも勝てないと言う話だった。
その時は大袈裟に感じていたけど、確かに今回見せられた力の片鱗はその言葉を証明していた。
「そう…。
それにしても話には聞いていたけど、規格外にも程があるわね。
個人の砲撃でアルカンシェルに打ち勝つなんて…」
『真っ向からやりあったら絶対に勝てないな』
「ええ、あまり積極的に参戦してこないことが唯一の救いね」
『そうか? 配下の騎士団員は2回とも介入してきてるけど』
「それでも、何が何でも転生者を殺せって感じじゃないでしょ?
防御プログラムを倒した後も、その気になれば私や貴方を殺すことは簡単だった筈よ。
なのに、殺されたのはフレイトライナー執務官だけ。
積極的な参戦とは言えないんじゃない?」
『そう…だな。
確かにあの時、俺達は殺されても不思議じゃなかった』
その時の光景を思わず思い出してしまい、顔を顰める。
優介も同じ様な表情をしている。
『フレイトライナー執務官、か…』
「高慢だし勝手にはやてを捕まえようとしたり正直あまり好きになれない相手だったけど、
それでも目の前であんな殺され方をすると…ね」
『ああ…そうだな』
『管理局では今回の件、どうする方針か聞いてるか?』
「リンディ提督は言葉を濁していたけれど、追求は出来ない様子よ。
任務中の事故死として扱われることになる様ね……」
赤騎士の宣言通り、彼女は塵一つ残さず消し飛ばされた。
命乞いをしたにも関わらず、容赦の欠片もなく…彼女らの主を侮辱した、ただそれだけのことで。
「転生者絡みなら、いずれ戦うことになるのね……」
『ああ、今の俺達じゃ奴等には敵わないけれど、必ず止めてみせる』
「今回も消極的だったことを考えると、恐らく大きく動くのは10年後のJ・S事件かしら」
P・T事件、闇の書事件については、幾つか差異はあれど結末は概ね正史通りになった。
ヴォルケンリッターの蒐集を容認したことになっているはやての立場が危ぶまれたが、結局は正史通り保護観察処分として管理局で働くらしい。
リンディ提督やクロノ、グレアム提督達が庇ったらしいが、他の将官からも口添えがあったらしい。
もしかしたら保護観察の期間が変わっているのかも知れないが、正史での期間が分からない為比較が出来ない。
しかし、正史通りに管理局に入る以上は、彼女がいずれ機動六課を設立してJ・S事件に立ち向かうことになる可能性は高い。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ところで、今後のことについて相談したいんだけど」
『今後のこと?』
「これから起こる悲劇を私達は事前に知っている。
それなら対処が出来ることもあるんじゃないかしら。
なのはの撃墜、戦闘機人事件、エリオ・モンディアルが両親から引き離されること、ティーダ・ランスターの殉職、
ヴァイス・グランセニックの妹の失明、空港火災、キャロ・ル・ルシエの追放…パッと思い付くのはこれくらいかしら。
あとはそもそもJ・S事件の発生自体を防いだりとか」
空白期と呼ばれる闇の書事件とJ・S事件の間の期間に起きたと言われている悲劇を思い付く限りで挙げてみる。
ものによっては下手に防ぐと機動六課の戦力が下がったりする可能性があるけど…。
『…出来れば、防げるだけ防ぎたい』
「そう言うと思ったわ。
まぁ、私も協力するわよ」
私としてもなのはの撃墜は絶対に防ぎたいので、正史を絶対遵守と言うつもりは無かった。
勿論、知識が役に立たなくなっても困るので基本の流れは出来るだけ変えたくない思いもあり、バランスが難しいのだが。
『ああ、頼む!』
「とは言え、なのはの撃墜は兎も角としても他の事件はどれも防ぐのが難しいわね。
戦闘機人事件は管理局の秘密作戦だから手が出し難いわ。
エリオもキャロも引き離されたり追放されたり自体は防ぎようがないから、出来るのは早目に保護してあげるくらい。
ティーダ・ランスターとヴァイス・グランセニックの件は時期が分からないし、管理局員になって知り合えれば何とか介入可能かもってところね。
空港火災も原因が分からないから、せいぜい近くで待機して早期救出を目指す形になるかな」
『確かに防ごうと思っても難しいことばっかりだな。
J・S事件の発生自体を防ぐってのは?』
「ジェイル・スカリエッティを事前に捕まえるのが一番確実ね。
それ以外だと、聖王のゆりかごとかヴィヴィオを事前に押さえるとかかしら」
『どれも難しいな…。
それに下手をすれば管理局自体を敵に回すことになりそうだ』
「…そうね。
J・S事件が起こるまではスカリエッティは最高評議会の手駒。
ゆりかごがミッドチルダにあって見付からなかったのは最高評議会の手が入ってそうだし、
搬送中のヴィヴィオを襲撃していたから生み出したのはスカリエッティではない筈だけど、聖骸布を手に入れたのがドゥーエである以上は無関係ではない筈。
管理局の命令で聖骸布を盗み出した可能性が高いわね。
どの方法も最高評議会と敵対する恐れが大きいか…やっぱり無理かな」
『事前の対処が難しい以上、事件は起こる前提で対処できる様に俺達自身が強くならないと』
「ええ。後は他の転生者探しかな。
完全な同盟は難しくても、対聖槍十三騎士団という条件で手を組める可能性はあると思うし」
『そうだな、それで行こう』
(後書き)
ルーザー(敗北者)と言うのは闇の書事件においてです。
2人は状況に流されるだけで殆ど何も出来ませんでした。
まぁ、テスラに振り回された結果とも言えますが……
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30:知略の矛先 【閑話】
『海の英雄、管理外世界でロストロギアを不正使用!?』
先日、解決が報道された第一級捜索指定ロストロギア「闇の書」にまつわる事件において、管理局高官がその存在を知りながら隠匿していたことが本誌の調査で明らかとなった。
問題となる行動を行っていたのは英雄とすら称される時空管理局顧問官のギル・グレアム提督。
彼は闇の書の主である少女の保護責任者となり、その存在を知りながら管理局に報告せずに密かに監視していた。
闇の書が起動した後も、守護騎士プログラムが管理局員を襲っていること等について全てを知りながら黙認していたとの話である。
また、彼の使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリアの2名に命じ、捜査を行っていた管理局員に対して襲撃やハッキングなど様々な妨害行為を行っていたとの情報もある。
これが事実であれば管理局に対する明確な反逆行為であり、彼が闇の書の力に傾倒しその力を得ようとしていたことは明白である。
なお、今回の闇の書事件を担当した次元航行艦アースラの艦長、リンディ・ハラオウン提督はギル・グレアム提督の行為を知りながら管理局への報告を行わずに隠匿しようとした。
ギル・グレアム提督の行為は重大な次元犯罪であり数百年の封印刑に相当する重罪だが、彼は現在まで罰されることなく引退を表明している。
これは許されるべきではない背信行為である。
ギル・グレアム提督は11年前の前回の闇の書事件において、部下である故クラウド・ハラオウン提督を次元航行艦エスティアごとアルカンシェルで攻撃し死亡させている。
故クライド・ハラオウン提督と今回情報を隠匿しようとしたリンディ・ハラオウン提督は夫婦の関係であり、リンディ・ハラオウン提督にとってギル・グレアム提督は夫の仇と呼ぶことも出来る関係だが、事件後も非常に親密であったと言う。
本誌では、ギル・グレアム提督とリンディ・ハラオウン提督の間には事件当時から不倫の関係があったのではないかと見ている。
また、11年前の故クライド・ハラオウン提督の死亡の原因となった闇の書の暴走にもギル・グレアム提督が何らかの形で関与(*)していたのではいかと推測し、調査中である。
(*)11年前の闇の書事件において、闇の書は封印した筈にも関わらず何故か搬送中の次元航行艦エスティア内において暴走した。
当時の事件を知る者の間では何者かが封印を解除した疑いがあると噂されている。
(第1管理世界ミッドチルダ報道誌より)
【Side クロノ・ハラオウン】
ベキッと言う破壊音に思わず目を向ける。
見ると、母さんが持っていた筈の湯呑みが砕け残骸となり、中身の緑白色の液体が飛び散っている。
「か、母さん!?」
慌てて駆け寄ろうとするが、ふと母さんの様子がおかしいことに気付く。
手を拭うでもなく、表示した空間ディスプレイを睨み続けている。
しかも、かなり鬼気迫る表情である。
気になって、横から母さんが凝視しているディスプレイを覗き込む。
「な、何だこれは!?」
そこに表示されていたのはミッドチルダのありふれた報道誌だったが、内容が到底看過しえないものだった。
慌てて自身のデバイスで同じ記事を探し表示して改めて読み込む。
そこに記されていたのは今回の闇の書事件でグレアム提督が行った背信行為と母さんの隠蔽に対する告発記事だった。
今回の事件についての記述は限りなく事実に近いが、前回の闇の書事件については半ば以上捏造であり悪意に満ちている。
しかし、なまじ今回の事件について確信を突いているだけに過去の事件についてもそれなりの信憑性を持ってしまうだろう内容になっている。
勿論、グレアム提督の背信行為は私情が含まれているとは言え闇の書の悲劇を終わらせるためであったわけだが、封印について未遂で終わった以上その証拠は無い。
行為だけを客観的に見れば、闇の書の力を得る為だと言われても反論は難しい。
守護騎士に加担し蒐集を手伝った理由など、通常それ以外に説明が付かないのだから。
「エイミィ!」
通信回線を開いてエイミィを呼び出す。
『ク、クロノ君!? 突然どうしたの?』
「大変なんだ、大至急この記事について調べてくれ!」
依頼すると同時に、デバイスから該当の記事を転送する。
『こ、これって!?』
通信の向こうで記事を読んだのかエイミィが驚愕している声が聞こえてくる。
『分かった、すぐに調べるから。』
「ああ、頼む」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「完全に作為的な情報漏洩だね、これ。
主要な管理世界の殆どで似た様な記事が同時に掲載されているよ。
何処の報道も匿名で証拠映像付きの告発文書が送られてきたって言ってる」
1時間後、エイミィから調べた内容の報告を受ける。
しかし、その発言には聞き捨てならない単語がふくまれていた。
「証拠映像?」
今回の闇の書事件の証拠映像など、保持しているのはアースラくらいの筈なのに……。
「グレアム提督の執務室の映像で、リーゼ達に指示している場面やクロノ君の告発も映っていたって。
告発の方はグレアム提督が事件後に拘束されてないから、隠蔽があった証拠として扱われたみたい」
「なんでそんな映像が……?
グレアム提督の対立派閥が仕掛けたのか?」
管理局も一枚岩ではなく、内部では幾つかの派閥が出来て対立している。
陸と海の関係もそうだが、海の中でも同じことが言える。
大きなところでは穏健派と強硬派がそうだ。
穏健派は各世界の自主性を重んじることを主張する派閥で、非魔導師や管理外世界出身者、または管理世界でも辺境の世界出身の者達が多く所属している。
グレアム提督は穏健派の中心人物であり、僕や母さんもここに属している。
一方、強硬派は管理局の管理があって世界の秩序や平和が保たれるという信念で行動する派閥であり、管理世界の拡充を主張している。
魔法至上主義が強いのもこの派閥だ。
「そこまでは分からないけど……。
でも、どうするの?
ここまで広い範囲で報道されていると、今更情報統制も効かないし」
「分かってる。
ここまで大事になったら本局も動かざるを得ないだろう。
今は指示を待つしかないな」
「でも、この内容じゃグレアム提督だけじゃなくて艦長も……」
確かに、記事には母さんの隠蔽行為も告発対象として上がっている。
大事になってしまっている以上、無罪放免とは行かず何らかの処分は間違いない。
「流石に無事とは行かないだろうな。
刑罰とまでは行かないだろうけど、提督資格の剥奪くらいはあり得る」
「それにしても、一体誰がこんなこと……」
「グレアム提督も艦長も穏健派に所属しているから強硬派からは敵視されているけど、
あんな記事が広まったことは穏健派と言うより管理局そのものの権威に関わる。
強硬派の連中も流石にそんなことは望んでいないと思うんだが……」
管理局の力を下げてでもグレアム提督を追い落としたかった?
しかし、そもそもグレアム提督は引退を表明していたのだから、放っておけば影響力は薄くなった筈だ。
勿論、告発された方が穏健派としては大打撃だが、そこまでするほどのメリットが強硬派に生じるとは思えない。
「じゃあ、反管理局の世界とか組織とか?」
管理局の威信を失墜させると言う意味ではそれも考えた。
しかし、それは別の理由で考え難い。
「それも無いだろう。
そんな連中が本局のグレアム提督の執務室に盗撮など仕掛けられるとは思えない」
「そっか、そうだよね」
管理局の内部の人間でなければ手に入れられない証拠だが、内部の人間には告発のメリットが無い。
「お手上げだよ。誰が何のためにやったのか、まるで分からない」
「取り合えず、私はもうちょっと調べてみるね」
「そうだな、頼む」
【Side out】
「何故、わざわざあんなことをしたのかね。獣殿」
「いや、少々予定があってな。
まさか、リンディ・ハラオウンが左遷されるとは思わなかったがな」
「想像出来た結果だと思うがね……しかし、よろしいのか?」
「何がだ、カール?」
「後見人が居なくなっては、機動六課とやらが設立されなくなるのではないかな?」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………戻せないか?」
「………………いや、無理だろう」
(後書き)
原作においては穏便に引退しているギル・グレアムですが、あれは裁判を受けた上での話なのでしょうか。
如何に功績があっても、やらかしたことを考えればとてもそれで済むとは思えませんので、隠蔽された結果なのかなと思っています。
原作でなのはが有名人ならば、リンディさんも同じかそれ以上に有名でもおかしくないと思います。容姿、役職、家柄的に。
それだけにスキャンダルの的にもなり易い。
まぁ、重要なのは原因や過程ではなく結果の方なのですが……。
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31:って、その人は駄目だって 【金の恋】
副題:金の恋シリーズ第1話「金の出逢い」
【Side フェイト・テスタロッサ】
「いらっしゃいませ……あら、フェイトちゃん」
カランカランと音を立てて開いた扉の向こうで、桃子さんが声を上げた。
リンディ提督達が本局に行ってしまっていて1人のため、翠屋でお昼ごはんを食べようと思ってきたのだけど、少し遅い時間なのに席は全部埋まってしまっている。
「こんにちは、桃子さん。
あの、1人なんですけど……」
「ええと……今満席なのよ。
ちょっと待っててね、相席頼んでみるから」
「え、あ、あの……」
慌てて止めようとするが、桃子さんは既に相席を頼みに行ってしまった。
知らない人と同じ席に座るのはちょっと緊張してしまうし、少しくらいなら待つつもりだったのに……。
「あの、申し訳ございません。相席でも宜しいですか?」
「ふむ、私は構わんよ」
「ありがとうございます」
桃子さんが相席を頼んでくれて、相手の了承を得て私を手招きする。
相手の人はよりにもよって男の人みたいだ。
内心で緊張しながらも私は軽く小走りでその席まで行くと、頭を下げて席に座ろうとする。
席に近付いたことで先程まで観葉植物の陰になって見えなかった相手の姿が視界に入る。
流れる様な金色の髪
これまで見てきた誰よりも綺麗な貌
上品な黒いスーツに包まれた均整の取れた体格
そして全てを見通すような深い深い黄金の双眼
思わず呼吸を忘れ、座り掛けた中途半端な状態のままその男の人の顔に見惚れてしまう。
「どうかしたかね?」
固まっている私に気付いたのか、問い掛けられてハッと我に返る。
初対面の人の顔を凝視していたことに気付いて、恥かしくなる。
顔が熱い、鏡が無いから分からないけれどきっと真っ赤になってる。
「ご、ごめんなさい。何でもないです」
「ふむ?」
幸いにして大して興味がなかったのか、男の人は食事に戻る。
「フェイトちゃん、何にする?」
桃子さんが水の入ったグラスを私の前に置きながら問い掛けてくる。
目の前の人に気を取られていて、メニューを何も考えてなかった。
咄嗟に男の人が食べているメニューを見て決める。
「えっと……Aランチでお願いします」
「分かったわ、ちょっと待っててね」
頼んだメニューが来るまでの間、手持無沙汰になってしまう。
いけないと分かっているのに、どうしても目の前の綺麗な人が気になってチラチラと見てしまった。
変な子だと思われたくないからこっそりとだけど……。
男の人は静かに食事を続けている。
「お待たせ、フェイトちゃん」
しばらくして桃子さんがトレーを持って来てくれる。
私は食事を開始したが、正直全く味が分からなかった。
男の人は食後の紅茶をゆっくりと味わう様に飲んでいる。
とても絵になる光景に思わず嘆息が漏れそうになって、慌てて飲み込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
食事を終えて席を立つ男の人を思わず目で追ってしまう。
何とか私も食べ終えてお会計を済ますとマンションへと帰る。
帰る道でも頭がぼーっとしてしまい、世界がふわふわとしていた。
マンションの自室に戻ってからも、目を閉じるとあの金色の人の姿が浮かんでくる。
何だか恥ずかしくなって意味も無くベッドの上で転がってしまう。
「また、会えるかな」
(後書き)
嗚呼、惹かれてはいけない人に……。
しかし、3人娘で彼女が一番惹かれてはいけない人に惹かれそうなイメージがあります。
まぁ、年齢的に先は長いですが。
獣殿は総てを愛している⇒誰かが獣殿に想いを寄せれば両思い。
……しかし何故でしょう、「恋愛」が「恋愛(?)」にしかならないように思えるのは。
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32:てふてふの唄をもう一度3人で 【城にて】
【Side 櫻井螢】
「…………………………………………」
目の前の巨体は無言のまま佇んでいる。
2メートルを超す体躯、潰され縫い付けられた眼。
何もが遠い暖かい記憶と異なり、そして取り戻そうとしていた時と同じ。
私はその巨体の胴に頭を押し付け、目を閉じる。
嘗ては硬くとも暖かかったそれは、冷たい硬さを以って私に応える。
「どうして、戻って来てくれないの。 兄さん」
「…………………………………………」
彼を取り戻したくて、黒円卓に入り戦い続けてきた。
失った物を取り戻したかった私はそれを否定する藤井君が憎らしくて、彼が大切なものを失った時に暗い気持ちを抑え切れず酷い言葉を投げ掛けた。
その行為が英雄の資格なしと断じられ、私は殺され第五のスワスチカとされてしまった。
ハイドリヒ卿がメルクリウスと戦った時には元凶である相手への恨みを晴らすつもりで一太刀入れたけど、あまり効果は無かった。
思えばあの時一瞬だけ、兄さんと肩を並べることが出来た筈だった。
それなのに、この世界に来た時には兄さんは再びカインに戻ってしまっていた。
あの時元に戻ることが出来た筈なのだから、その気になれば戻ることは出来る筈だ。
ベアトリスにも相談したけれど、兄さんが自分の意志でカインの中に閉じ籠っていると言っていた。
それはおそらく……私の為。
メルクリウスによって黒円卓の面々に課されていた呪いは彼を打倒することで消えた。
しかし、偽槍の呪いだけはメルクリウスによるものではない。
偽槍の呪いは消えていない。
今は兄さんがカインとして抑え込んでいるけれど、それが無くなれば再び櫻井の血筋を狙うだろう。
だから兄さんは敢えてカインのままでいる……それは分かっている。
「それでも……逢いたいのよ」
「…………………………………………」
英雄の資格なしと断じられた私だが、ハイドリヒ卿の気紛れにより何故か第五位の席に座ったままでいる。
元々、人種も年齢も違う私にとって黒円卓は居心地の悪い場所だったが、登城後は更にそれが顕著になった。
いっそ逃げ出してしまいたくなることもあるけれど、兄さんを置いていくわけにもいかない。
いつか逢えることを願って、ただ唯々諾々と命令に従ってきた。
唯一の救いとしてはベアトリスの存在だ。
彼女が居てくれなかったら、きっと耐えられなかった。
「ベアトリスも……待ってるよ?」
「…………………………………………」
彼女は決して口には出さないけれど、私は知っている。
私や兄さんの処遇を少しでも良い様にするために、ザミエル卿やハイドリヒ卿に掛け合ってくれていたことを。
無言で佇む兄さんを見上げて、声も涙も出さずに心の中で泣いていたことを。
「だから兄さん……お願いだから……」
「…………………………………………」
相変わらず兄さんは応えてくれない。
身動き一つせずに佇んだままだ。
私はしばらくそうして無言の兄さんに触れていたが、意を決して姿勢を正す。
いつの間にか流れていた涙を乱暴に手で拭うと、踵を返す。
「また来るわ、兄さん」
「…………………………………………」
扉が閉まる瞬間、声が聞こえた気がした。
『待ってるよ、螢』
私はハッとなって振り返り閉じた扉をもう一度開けようとするが、ドアノブを握ったところで止まる。
そんな筈はない、今のは私の希望によって生み出された都合のいい幻聴だ。
ここで扉を開けても、待っているのは希望から突き落された絶望だけ。
私は結局、扉を開けずにその場を離れた。
(後書き)
トバルカイン(戒兄さん)と螢の回でした。
トバルカインの呪いについてはどうなのでしょうね。
ザミエルが自分がやった様な示唆をしてましたし、メルクリウスが直接関わった描写は無かったと記憶してますが……獣殿の発言と矛盾します。
ここではまだ偽槍の呪いは機能している前提です。
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33:いまはただ、この陽だまりに 【城にて】
【Side プレシア・テスタロッサ】
目を向けた先でアリシアが楽しそうに笑っていた。
積み木でお城を作って、その頂上にフェレットを乗っけていた。
すぐに崩してしまいそうだが、フェレットは器用にバランスを取って見せている。
その様にアリシアは手を叩いて喜んでいた。
アリシアの周りでは2匹の猫が差し込む陽の光の元、丸くなって昼寝をしている。
私はその様子を眺めながら紅茶を一口啜った。
嘗ての事故によって失われたもの。
こんな筈じゃなかった未来。
望んでいた方法とはまるで違ったけれど、望んでいた結果は今、確かに私の前にある。
生き返ったわけではないけれど、見て、触れて、話せる。
何よりも、嘗ての様に笑い掛けてくれる。
だから今の私達が死者であることなど、どうでもいい。
私は確かに今、幸せだと断言出来る。
チクリと僅かな痛みを感じた。
魂のみで存在している今の私に病は存在しない。
だからこれは、物理的な痛みではなく心に刺さった棘によるもの。
時の庭園で拒絶した、1人の少女の姿が何故か脳裏に過ぎる。
「考え事?」
掛けられた声に私はハッと我に返る。
「ええ、ちょっとね……」
テーブルの反対側で私と同じ様に紅茶を飲んでいる穏やかな表情をした女性。
長い髪と泣きボクロが特徴的な彼女は何処か見透かす様、それでいて穏やかな笑みでこちらを見詰めていた。
聖槍十三騎士団黒円卓第十一位リザ・ブレンナー=バビロン・マグダレア。
私がこの城に来て以来、恐らくは最も仲の良い相手と言って良いだろう。
と言うより、他の者達とはあまり交流が無い。
正直、まともに会話が出来ない相手やアリシアの教育に悪そうな者達ばかりで、交流する気も起きなかった。
ベアトリスとか言う娘はまだ話が通じそうだが、騒がしいのは好きではないし、それに彼女を見ていると何だか心がざわめいて落ち着かない。
リザは今、海鳴市に本拠を置いているが、たまに城に戻ってくる。
そういう時には、こうして共に紅茶を飲むのが習慣になっていた。
「娘さんのこと?」
「あ、あんなの私の娘じゃ……!」
先程脳裏に浮かんだ少女のことを思い浮かべて思わず声を荒げるが、すぐにハッと気付く。
彼女はフェイトの事は知らず、私の娘=アリシアと認識しているのだった。
つまり、今の娘さんと言うのはアリシアのことのつもりで言っていたのだろう。
現に、私の反応を見て少々驚いた顔を見せている。
「あんなの……と言うのはアリシアちゃんのことじゃないみたいね」
「……………………ええ」
私は気まずくなりながら、渋々と答えた。
「色々と事情がありそうね。
良かったら話して貰えないかしら」
私は戸惑ったが、やがてポツリポツリとこの城に来る前のことを話し始めた。
正直軽蔑されるかも知れないと思ったけれど、それで失われる友人関係なら尚更早目に話しておいた方がいいかも知れない。
しかし、私の予想に反してリザの目に軽蔑の色は無く、真剣に私の話を聞いている。
長い話を終え、私は紅茶を口にするがすっかり冷めてしまっていた。
「倫理とかで言えば責められる内容なのかも知れないけれど、正直私にその資格はないわね」
長い沈黙の後、リザが最初に口にしたのはそんな言葉だった。
「それで……貴女はそのフェイトって子のこと、どう思っているの?」
私がフェイトのことを?
「そんなもの……役に立たない人形よ
あの子はアリシアじゃない。
こうしてアリシアが笑ってくれる以上、要らない存在だわ」
「それは嘘ね」
何故かキッパリと告げられた言葉に私は動揺する。
「嘘? 何故そう思うのかしら?」
「何故って……今の貴女の顔を見れば誰でもそう思うわよ。
本当にそんな風に思っているのなら、悩んだりそんな辛そうな顔をしたりしないでしょ」
リザの指摘に私は思わず顔に手を当てる。
この部屋には鏡が無いので、自分がどんな顔をしているかは分からない。
「ねえ、プレシア。
私には嘗て双子の息子が居たの」
初めて聞く話に思わず興味を惹かれた。
「そして私は2人の内の片方を愛して、片方を捨てたわ」
「──────っ!?」
心臓が止まる様な衝撃を感じた。
目の前の穏やかそうな女性がそんなことを?
とても信じられずに、私は愕然とする。
「私が捨ててしまったその子は、今もこの城の心臓部で1人佇んでいる。
それは避けられないことだったのかも知れないけれど……だからと言って私があの子を愛せなかった理由にはならない。
私はねプレシア、ずっと後悔して生きてきたの……どうしてあの子を抱き締めてあげられなかったんだろうって」
彼女は在らぬ方を見ながら、そう口にした。
視線の先には何もない……が、おそらくその方向にこの城の心臓部があるのだろう。
「貴女の心に後悔はない?」
そんなもの……と口にしようとした私を再びチクリとした胸の痛みが襲い、哀しげな表情をしたフェイトの顔が浮かんだ。
「別に今すぐ結論を出す必要はないわ、ゆっくり考えてみて欲しいの」
そう言うと、リザは空いた私のカップに新しく紅茶を入れてくれた。
私は無言のまま、フェレットと戯れるアリシアの姿を眺める。
脳裏にもう1人の娘の姿を思い浮かべながら……。
【Side out】
「………………………………。」
『城』の心臓部、イザークは1人静かに佇んでいた。
(後書き)
出番の補完としては色々詰め込んだ回。
数話前のうっかり獣殿の目的とも微妙に繋がっていたり。
シスターとプレシアさんは色々と重なる部分も多い様に感じています。
凄く仲良くなるか凄く仲悪くなるかの2択でしたが、仲良くしてみました。
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34:るーるはぜったいです 【城にて】
推奨BGM:L∴D∴O(dies irae)
「…………………………は?」
その男が間抜けな声を出して固まる状況、知る者が見れば驚愕に値する光景だった。
「いや、だからさー、僕はどうでもいいんだけどハイドリヒ卿がねー、
『カールも一応騎士団員なのだから仲間に入れてやってくれ』ってさ」
「いや、私は別に……」
「言っとくけど、拒否権はないからね。
騎士団員は強制参加だよ。
で、どれがいい?」
ヴェヴェルスブルグ城の一室、珍しく城に立ち寄っていたメルクリウスはシュライバーに捕まっていた。
常にない程困惑する彼の前で、シュライバーは楽しそうに目の前に広げたものを見せる。
そこにあったのは楽器、楽器、楽器の山。
オーケストラに使用される様々な楽器が一通り揃えられていた。
「いや、どれが良いと言われても……」
「折角人員増えてきたから3管編成にしようって話になっててね、
一度は人員足りたんだけど管楽器でもいいよ」
「私は指揮……」
「あ、指揮者はマキナだから駄目だよ」
唯一の逃げ道が塞がれ、メルクリウスは肩を落とした。
そんなメルクリウスにシュライバーが無邪気に微笑みかける。
「あ、ちなみにだけど真面目にやった方がいいと思うよ?
下手な奴は最下層の髑髏行きだし、本番で演奏ミスしたら楽器になっちゃうから。
これは皆同じ条件だからね、副首領だからって例外はないよ」
「なぁ!?」
まさかかつての世界で『座』に居た自分がそんな扱いになるとは思わずメルクリウスは驚愕する。
仮にも親友に対して容赦ない対応に、黄金の獣の演奏に対する本気度が窺える。
『獣殿、この世界に来てから私の扱いが酷くなっていないかね?』
『私は総てを愛している、差別はなく平等に。
卿だけ仲間外れにするわけにはいくまい』
脳裏に描いた言葉に幻聴が返ってきた。
と言うか、この件に関しては仲間外れのままの方が嬉しかった……。
ちなみに、メルクリウスはかつての世界で悠久を生き、端末を通じてありとあらゆる知識を吸収している。
当然、楽譜の読み方など完璧だし、様々な時代の曲を記憶している。
……が、知識があるということと芸術センスがあるかということは別問題だ。
そもそも、聴くことはあっても弾くことなど、如何に永い時を生きていても殆どなかったのだ。
「で、どれにするの?
僕のオススメはパーカッションかな。
メルクリウスにはシンバルとか似合うと思うんだよね」
シンプルではあるが難しく、加えてミスをしたら明らかにバレる楽器を推してくるシュライバー。
表情は楽しそうな笑顔のままで、それが本気で推奨しているのか嫌がらせなのかが分からない。
ぐいぐいと押し付けてくる様子を見ると後者である可能性が高いが。
メルクリウスはただただ冷や汗を掻きながら硬直していた……。
(後書き)
たまには水銀が酷い目に遭う話があってもいいと思うんです。
ちなみに、本作騎士団員の楽器割り当て。
カイン :★コントラバス
ヴァレリア :パイプオルガン
ヴィルヘルム :★ヴァイオリン
螢 :★パーカッション(カスタネット)
ベアトリス :★パーカッション(マラカス)
マキナ :★指揮者
ルサルカ :ホルン
エレオノーレ :★チェロ
シュピーネさん:ハープ
リザ :オーボエ
シュライバー :★フルート
メルクリウス :パーカッション(シンバル)
イクスヴェリア:ヴィオラ
なお、頭に★マークがあるものは公式設定ですので変更しません。
カスタネットとマラカスは使い所が難しい気がしますが。
シュピーネさんは原案的にヴァイオリンという声はあるかも知れませんが、ベイオリンは譲れない。
まぁ、弦楽器は別に1人ずつである必要はないと言えばないのですが……。
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35:かつて得られなかった終焉 【城にて】
【Side ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン】
「総ての片が着いた後、尋常に勝負といこうではないかミハエルよ。
卿の求めた死はその先にある。
なに、私はアレと違って約束を違えん。
──故に今一度だ、これを最後の蘇りとして、真のヴァルハラに行くがいい 」
その言葉と共に、俺の意識は蘇った。
戦友と決着を着け終焉を迎えた筈だったところを呼び戻され不本意であったし、そもそもハイドリヒとの勝負を求めていたわけではないのだが、しかし、相手がメルクリウスであるならば色々と思う所があったのも事実なので応じることにした。
予想外だったのはその後だ。
異世界などというところに連れて来られてしまうとは、全く予想していなかった。
自失している間に、気が付けば新たな世界で黒円卓のⅦの席に座っていた。
「さて、マキナ。
先の約束通り、勝負を望むなら応じよう。
解放を望むなら解放しよう。
言った通り、私は約束を違えん。
望むところを言うがいい。」
この世界に連れて来られてから告げられた言葉には少し迷った。
元より解放され終焉を迎えることを望んでいた。
そういう意味では迷う必要は無い筈だが……。
「条件を飲むならば、この戦いに最後まで付き合ってもいい」
「ふむ?」
懸念があった。
ここで俺が解放されたとして、この男は、そしてメルクリウスはどうするのか。
欠けた穴を埋めようとするのではないか、と。
「卿が参加してくれるのならば私に否やはないが、どう言う風の吹き回しかね?
終焉を望んでいた筈ではなかったか」
「俺の望みに変わりは無い
ただ、俺が解放された後に貴様らがその穴をどうするのかが気に掛かっただけだ」
「卿の抜けた穴を、か。
ふむ……特に考えていなかったが、条件と言うのがそれに関係するのかね?」
俺はハイドリヒに頷くと、条件を口にする。
「そうだ、条件は……この世界の俺と奴を巻き込まないことだ」
「この世界の……?
ふむ、確かにこの世界にも同じ地球が存在する以上は生まれてきても不思議ではないが、確実に居るとも限らんが?
それに、仮に居たとしてもそれは卿とは名前や姿が酷似しているだけの別人だ」
「構わん」
「……まぁ、良かろう。 約束しよう。
無論、カールにも手出しはせん様に言っておく」
「ああ」
かつて俺と奴が迎える筈だった終焉。
目の前の男とメルクリウスによって奪われたあり得た筈の結末を見届けるためならば、今一度戦奴になることも厭いはしない。
1944年8月8日、4両のティーガー戦車が敵軍の対戦車砲によって攻撃され撃破された。
俺はそれを遠くから見届け、そして立ち去った。
(後書き)
黒騎士回。
彼は終焉を望んでいましたが、本当に望んでいたことは「終わりたい」ではなく「あの時戦友と共に終わりたかった」なのだと思っています。
ならばこそ、人によっては無意味と断じるかも知れませんが、自身ではないとは言えあり得た筈の1つの結末を見届けることは彼にとって何よりも意義のあることだと思います。
カイン、螢、イザーク、マキナ、リザ、シュライバー、メルクリウスが終了。
聖餐杯とベイ、ベアトリス、マレウス、ザミエルは第3章までに出番ありましたので、これで出番補完回はコンプリートですね。
獣殿を入れて13人。うん、ちゃんと合ってますね。
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36:獣の爪牙と夜の一族 【閑話】
Caution! 残酷描写注意
【Side ラインハルト・ハイドリヒ】
ゲルマニアグループ第二本部ビルの地下の玉座の間でリアルタイムに集められる様々な情報を空間ディスプレイに並べて見ている中で、1つの事件が起こったことに気付く。
それはこの海鳴市において資産家に位置付けられる2つの家の娘が白昼堂々と誘拐される光景だった。
私はサーチャーを用いて彼女らが連れ去られ向かった先を先行して調べる。
幾つかの候補の中の1つに黒幕であろう人物が映っていた。
氷村遊……赤茶の髪に紫の目をした比較的長身の男。
攫われた2人の内の1人、月村すずかの叔父に当たる男だ。
「ふむ、どうしたものか」
特段、誘拐された2人を助けなければいけない理由も無い。
が、こうして調べた以上は何もしないのも無駄なことをしたようで釈然としない。
考えついでに、氷村遊の情報を思い返す。
何故か劣化しない『記憶』だが、流石に体感で数万年前のことであり全ての記憶をすぐに思い出せるわけでもない。
「そう言えば、夜の一族……吸血鬼のようなもので人間を家畜と蔑む男だったか」
吸血鬼、その単語にふと部下の1人が思い起こされ興味が湧いてきた。
一当てしてみるのも一興だろう。
「ベイ、今動けるかね?」
【Side 月村すずか】
ふと目を醒ます。
部屋の中が暗くまだ夜かと思うが、自分が寝ていたのがベッドではなく床の上であることに気付いてハッとなる。
それも絨毯の上ですらなく剥き出しの固いコンクリートの床だ。
慌てて周りを見渡そうとするが、その時に自分が後ろ手に縛られていることに気付く。
ここで漸く、意識を失う前にあったことを思い出した。
習い事からアリサちゃんと一緒に帰る途中、乗っていた車に大きな衝撃が横から加わり、急停車した。
訳も分からず混乱していると、ドアが強引に開けられて黒いスーツにサングラスを掛けた男の人達が私達の腕を無理矢理引っ張って車から引き摺り下ろした。
抵抗しようとしたけれど、変な臭いのするハンカチを口元に当てられて意識を失ってしまった。
誘拐……自分の身に降りかかった事態を理解する。
「そうだ、アリサちゃん!?」
慌てて周囲を見ると、すぐそばに私と同じ様に縛られているアリサちゃんの姿があった。
「アリサちゃん、起きて!」
「ん……すずか?」
身じろぎすると、アリサちゃんが目を醒ます。
私がした様にしばらく周囲を見回したりしていたが、状況を理解したのか明らかに表情から血の気が引いている。
「これって……誘拐?」
「そう……みたい」
この部屋に居るのは私達だけで、誘拐犯の姿は無い。
かなり広い部屋だが窓は無く入口はアリサちゃんの向こう側に1つだけ。
この部屋から逃げるならあの扉から外に出なければいけないけど、まずはこの縄をどうにかしないと……。
そう思ったところで、扉の向こう側から数人の足音が聞こえてくる。
「!?」
「やあ、目が醒めたみたいだね」
身を強張らせたところで扉が開かれ、数人の男女が入ってくる。
私達を攫った黒スーツの3人に、戦闘服の様なものを着た5人の女性、それから中央にはブランド物のスーツを着た赤茶髪の男性。
最後の男性に見覚えがあった私は思わず目を見開く。
「氷村叔父さん!?」
「久し振りだね、すずか」
「すずかの叔父さん? どうして……?」
彼の名前は氷村遊、私や姉さんから見れば叔父に当たる。
私や姉さんがお世話になったさくらさんの異母兄だ。
しかし、さくらさんと異なり純血の彼は夜の一族であることに非常に誇りを持ち、普通の人を家畜や劣等種と呼んで蔑んだり吸血事件を引き起こしたりしており、さくらさんや姉さんとは対立関係にあった。
「どうして私を攫ったんですか?」
「用があるのは君の姉さんだよ、月村の実権を渡して貰おうと思ってね」
「そんなこと……っ!」
何て恥知らずな人なの!?
そんなことが認められる筈が無い。
でも、この人に何を言っても無駄だろう。
私は言葉を飲み込んで、別の事を告げる。
「……それなら、アリサちゃんは関係ない筈です。
解放してあげて下さい」
「すずか!?」
「ふむ、そっちの劣等種は確かに僕の目的には関係ないね。
しかし、この場所を知られてしまった以上は解放するわけにはいかない。
ついでに、駒達に褒美をくれてやらなければな。
おい、そっちのは後で好きにして構わないぞ」
最後の部分を黒スーツの3人に告げると、3人の男は互いに顔を見合わせるとニヤリと嫌な笑いを浮かべる。
「な、何するのよ!?」
「やめて! アリサちゃんには酷いことしないで!」
「おやおや、月村の本家の娘が劣等種を相手に友情ごっこかい?
あまり夜の一族としての品格を下げて欲しくないね」
「さっきから人の事を劣等種とか言って、あんた何様のつもりよ!?」
「何様? 勿論、高貴なる夜の一族のつもりだよ。
どうやら、我々の事を何も知らないようだね。
盟約も交わしていない、やはりただの友情ごっこというわけか」
氷村叔父さんの言葉に怒りよりも恐怖が湧き上がる。
親友達にひた隠しにしていた秘密をこの叔父は何の躊躇いもなく話してしまうだろう。
「夜の一族?」
「ふむ、折角だから教えてあげよう」
「やめて! お願いだから!」
「す、すずか……!?」
夜の一族について話そうとする叔父さんに必死になって懇願するが、彼は自慢げであり話を止めようとしない。
私の様相にアリサちゃんが困惑しているが、それどころではなかった。
「夜の一族とは人間の血を吸う人間の上位に位置する種族、君達劣等種の言葉で言えば吸血鬼と言った方が理解し易いかな。
と言っても、物語に出てくる吸血鬼のように太陽の光で灰になったりはしないけどね。
人間の倍以上の寿命を持ち身体能力も遥かに高い、個人差はあるが記憶操作等の特殊能力を持っている者も居る。
無論そっちのすずかも夜の一族、しかも本家党首の血統だ。
身体能力とかについては心当たりもあるんじゃないかな?」
「え……?」
あ……。
聞かれた、アリサちゃんに聞かれてしまった。
私が人間じゃないこと、血を吸う化け物であること。
「いやあああぁぁぁーーー!」
「す、すずか!? すずか!」
「あはははは、人間だと騙しての友情ごっこもこれで終わりかな。
おい、お前達。
待たせたな、もう連れて行っていいぞ」
氷村叔父さんが顎で指すと、3人の男の人が下卑た笑いを浮かべながらアリサちゃんに向かって手を伸ばす。
「さ、触らないでよ!」
「駄目、やめて!」
アリサちゃんは必死に抵抗するが後ろ手に縛られた状態では大した抵抗にならなかった。
私も止めようと叫ぶが、男達も叔父さんも聞く耳を持たない。
しかし、男達の手がアリサちゃんに触れることはなかった。
男達の手がアリサちゃんに触れる直前、横の壁が吹き飛んだからだ。
「うわぁ!?」
「ぐ……!?」
「……っ!?」
「痛……!?」
吹き飛んだコンクリートの欠片が男達にぶつかりその場から吹き飛ばされる。
私とアリサちゃんは床に倒れていた為に殆ど当たらなかったが、立っていた男達は無数の欠片をその身に受けた様だ。
と言っても私も無傷ではなく、頬には欠片が掠って痛みを感じる。見えないが血が流れてしまっているようだ。
幸いにして、アリサちゃんの方は無傷だった。
3人の男達の内2人はすぐに起き上がったが、1人は当たり所が悪かったのか倒れたままだ。
「な、なんだ!? 一体何が……?」
氷村叔父さんが驚愕し喚いているが、私は助けが来たのだと思って安堵した。
ノエルやファリンか、それとも御神の剣士である恭也さんや美由紀さん、士郎さんか。
アリサちゃんに夜の一族のことを知られてしまったけど、それは安全な場所に行ってからゆっくりと話すしかない。
しかし、助けに来てくれたであろう人に目を向けた私の視線の先には全く知らない男の人がいた。
白い髪に赤い瞳、黒い軍服を纏ったその男の人は私や叔父さんなんかよりもよっぽど吸血鬼と言う呼称が相応しい。
何よりも、今まで嗅いだ事が無いくらい濃密な血の臭い。
エリザベート・バートリの様に血のお風呂に入っていると言われても不思議に思わないくらいの強い血臭を彼から感じた。
男の人は部屋の中を見回してその場に居る人間の顔を確認していく。
一通り見回すと、彼は氷村叔父さんにその目を向けた。
「なんだ、なんなんだお前!?
おい、お前達! 呻いてないでその男を取り押さえろ! いや、殺して構わん!」
「な、やめ……!?」
氷村叔父さんの言葉に目の前で行われようとしている殺人に止めようと声を上げるが、
意識のある2人の男の人は全く取り合わずに懐から拳銃を取り出すと、白髪の男性に向けて引き金を弾いた。
その後に起こった事は正直現実だと思えなかった。
「え……!?」
「は……?」
「嘘……?」
「ば、バカな!?
「何だこいつ!?」」
弾丸は真っ直ぐに男の人に向かうとその頬と右胸に当たり、そして跳ね返った。
まるで鋼鉄の壁に当たった様に、兆弾となってコンクリートの壁と床に弾痕を刻んだのだ。
右胸の方はまだ分かる。
服の内側に金属性の何かを挟んであれば銃弾が跳ね返っても不思議ではない。
しかし、頬の方は明らかにそんなものは無く、生身の身体に当たって跳ね返されたのだ。
あり得ない。
「う、うわああぁぁーーー!?」
「ば、化け物……!?」
最も恐怖に陥ったのは銃を撃った2人だろう。
叫びながら何度も銃を放つが最初と同じ様に弾かれるばかり。
やがて撃ち尽くしたのかその手の拳銃からは弾が出なくなる。
しかし、恐慌状態に陥った2人はカチッカチッと弾切れの銃を撃ち続けていた。
「チッ、さっきからポンコロポンコロ鬱陶しい」
男の人はそう言うと、その場から消えた。
次の瞬間、グシャッと言う音と一緒に何かが飛び散って私とアリサちゃんの周囲に降り掛かる。
強い血の臭いとそれだけでなく何だか分からないが強烈な悪臭。
顔に降り掛かった生温かくねっとりとへばり付く液状の何か。
私とアリサちゃんの顔の前に何か丸いものが落ち、下半分が潰れて止まった。
それが人の眼球であることに気付いて、ようやく私は自分に降り掛かった飛び散ったものの正体を理解する。
「「おげぇぇぇええええ……っ!」」
理解してしまったら一瞬たりとも堪えられなかった。
私は胃の中のものを全て吐き出してしまう。
アリサちゃんも同じ様子だった。
嘔吐して咳き込むと、さっきまで銃を持った2人が居た場所を見る。
そこには壁の穴の所から姿を消した白髪の男性が立っていた。
代わりにそこにいた筈の2人の男性は頭部を無くして横たわっている。
男性はその紅く光る眼を数メートル離れた床に倒れている私とアリサちゃんへと向けた。
心臓を鷲掴みにされる様な恐怖に元々青褪めていたであろう顔から更に血の気が引き、股間に生温かい感覚が広がる。
しかし、男性は私達に興味を無くしたのか視線を向けるのを止めて、叔父さんの方へと向く。
私は安堵のあまり顔を床に伏せる。
自分の吐瀉物が顔に付き気持ち悪いが、それ以上に男の興味を引かずに済んだことへの安堵となるべく動かずにこの恐怖が通り過ぎるのを待つ気持ちの方が勝った。
「ひ、ひぃぃ……!」
視線を向けられた叔父さんは先程までの余裕な態度が嘘かの様に滑稽に無様に取り乱している。
「おいおい、吸血鬼様がそんなに怯えるんじゃねぇよ。
この世界には本物の吸血鬼が居るってんで期待してきたんだぜ?
まさか、あんな雑魚共に命令するしか能が無いってんじゃねぇだろうな」
「クッ……、何者だか知らないが調子に乗っていられるのもそこまでだ!
自動人形共! こいつを殺せ!」
叔父さんの言葉にこれまで一言も発さずに叔父さんの後ろに控えていた5人の女性が男性へ向けて疾走する。
ノエルやファリン、そしてイレインと同じ様な自動人形なのだろう。
夜の一族の秘伝である自動人形、その戦闘能力は人間を遥かに超える。
御神の剣士である恭也さん達でも1対1で倒せるかどうかの自動人形が5体。
どれだけ強くても最早人間にはどうにも出来ない戦力差だ。
しかし、私にはどうしても白髪の男性が自動人形に負ける姿が想像出来なかった。
「ハッ、ガラクタ風情でこの俺をどうこう出来るとでも思ってんのか?」
そう言うと男性は無造作にその腕を振るう。
その腕が振れる度に自動人形の四肢が千切れ飛び、首が捻じ切れ、胴体に穴が空く。
夜の一族自慢の自動人形5体が残骸へと変わるまで、10秒程の時間しか掛からなかった。
「う、嘘だ!?
夜の一族の自動人形5体がたった一瞬で!?
こんな……こんなことがあってたまるか!」
叔父さんが取り乱すのも無理は無い。
何せ自動人形は夜の一族に使役される存在であるが、その戦闘能力は夜の一族よりも上なのだから。
しかし、男性は軽い運動をした後の様に首筋をゴキゴキと鳴らすと叔父さんの方へと足を進める。
「さあ、前座はもう良いだろ?
吸血鬼様の力を見せてみろや」
「認めない、認めないぞ!
こんなこと認めてたまるか!」
自棄になったのか叔父さんは爪を鋭く伸ばすと男性へと切り掛かる。
普通の人間の首であれば一瞬で斬り飛ばせるだけの一撃が男性の首筋へと迫る。
男性は避けることもせずに棒立ちのまま、それを迎える。
ガキッという金属製の何かが引っ掛かる様な音を立て、叔父さんの爪は男性の首筋で止まった。
血の1滴すら流れていない。
「まさか、これで全力じゃねぇだろうな?」
「何故だ、何故効かない!?
僕は高貴なる夜の一族なんだぞ!
劣等種なんかに負ける筈が……」
「……ああ、もういい。 黙れや、劣等」
グシャッと言う音が再び鳴った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
気が付いた時、私とアリサちゃんは助けられ月村の屋敷へと運びこまれていた。
恭也さん達が助けに来た時には既に白髪の男性の姿は無く、縛られて床に汚物塗れで倒れている私達以外には殺された3人と自動人形の残骸、それと唯一生き残った最初に気絶した男性の姿だけがあったそうだ。
身体は洗われて新しい寝巻を着せられていたが、顔にへばり付くあの感触が抜けずに何度も顔を洗った。
あの時現れた白髪の男性が何者だったのかは今以て分からない。
アリサちゃんとは助け出されてから夜の一族についてゆっくりと話し、一生友達でいようと盟約を結ぶことになった。
夜の一族のことを知られて私の事も怖がられるんじゃないかと心配したけれど、彼女の態度はこれまでと変わらなかったし、巻き込んでしまったことも責めようとはしなかった。
あとから聞いてみたら、『あの時の白髪の化け物を見たら、夜の一族なんて普通の人間と大差ないようにしか思えないわよ。』と苦笑いしながら言われた。
(後書き)
中尉回……ではありません。(彼は何度か出てるので補完対象外)
リリカル二次創作名物誘拐回です。
オリ主が誘拐されたお嬢様2人を救済してフラグを……立てませんでした。
中尉はしょんぼりして帰りました。
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37:殿堂入りは容易くない 【本編】 ■挿絵あり■
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
後書きに載せてありますので、是非ご覧下さい。
推奨BGM:Fate(EVANNGELION)
【Side 鈴木亮】
神なんて嫌いだ。
唐突に何だと言われそうだが、こう思ったのにはちゃんと理由がある。
俺は神を名乗る男に唐突に死んだと言われ、白い世界でこの世界への転生と『ラグナロク』への参加を選ばされた。
特典は7枚のカードからクラスを選んで、そのカードに因んだものを貰えると言う話だったが、俺の時には既に1枚しか残っていなかった。
ライダー(戦車兵)のカード、残り物には福があると言うけれどあれは嘘だ。
有利なものから選ばれていくんだから、残り物は不利なものでないわけがない。
しかし、選ぶ余地が無い以上はこのカードで何とかしなければならないと俺は必死に考えた。
Fateの第四次ライダーは征服王イスカンダル、その能力は雷撃を放つ戦車と固有結界。戦車は使い所が難しいし、王の軍勢は臣下との絆が宝具になったもの、全くの別人が能力だけ手に入れて使えるか……どう考えても無理だろう。
第五次のメドゥーサは石化の魔眼に溶解結界、あとはペガサスか。
どれも結構強力な能力だけど、あっさり負けているイメージが強いから却下だな。
あとライダーで思い付くのは仮面ライダーか?
しかし、どう考えても空を飛び砲撃を撃ち合う世界では不利だ。
いや、あくまで因んだものや能力であればいいのだから騎乗するようなもの全てに拡大解釈出来る筈だ。
しかし、乗り物や生き物を貰っても果たして乗りこなせるのだろうか?
考えるだけで動いてくれる様なものなら良いかも知れな………………ん?
それだ!
思考制御で動かせる乗り物!
攻撃は強力で防御力は最高峰!
原理は分からないけれど何故か飛べる!
あれを付けて貰えばエネルギーの問題もない!
こ れ し か な い!
そうして俺は、S2機関付きのエヴァンゲリオン初号機を転生特典として貰った。
P・T事件時点で14歳になるように誕生年も設定。
生まれる国は日本で、初号機は13歳の時に手に入れられる様に頼んだ。
そして時は訪れ、洞窟の奥に隠されていた初号機に意気揚々と乗り込んだ。
ATフィールドがあれば攻撃を喰らうことはないし、S2機関があるからエネルギー切れもない。
どうやっても負けようがない、完璧な布陣だ。
そして、初号機は起動しなかった。
「……は?」
あまりの事に呆然となり、エントリープラグの中で固まってしまう。
よく見るとシンクロ率が0だった。
何故?
しばらく悩んで、ハッと気付く。
「ああああああーーーーー!!!」
そう、EVAは人間が愛情を抱くときに使うとされるA10神経を介した神経接続によるコントロールシステム、動かせるのは母親の魂がEVAのコアにインストールされている14歳前後の子供だけ。
俺が特典で頼んだのは「S2機関付きのエヴァンゲリオン初号機」……コアについては何も触れてない。
ってことは、この初号機のコアにインストールされているのは碇ユイのままということか?
コアのインストールの方法なんて俺は知らないし、この世界の母親にそんなことをするのも気が引ける。
ついでに言えば、転生者である俺は果たしてこの世界の母親がコアにインストールされていてもシンクロ出来るかは微妙。
それ以前に搭乗者の条件に14歳前後であることが入っているのは思春期のエディプス・コンプレックスがシンクロに必要だからだが、俺は肉体年齢は兎も角としても精神的には30歳前後。
つまり、どうやっても初号機を動かすことは出来ない。
「……終わった」
俺の『ラグナロク』は始まる前に終わった。
って言うか、動かせるようにサービスくらいしてくれてもいいじゃないか、神様。
11年後に機動六課が解散するまでに残り人数が2人より多ければ結界に閉じ込められて最後の1人になるまで殺し合い。
転生させた神の言うことを信じればAランク相当の魔法の才能はある筈だが、それは他の転生者も同じ。
加えてそれぞれが強力な転生特典を持っている筈。
結論……絶対に勝てません。
しかし、それは最後のバトルロイヤルだけでなくそれ以前の戦いでも同じことだ。
首を突っ込めば、あっさりと負けて殺される。
ん?
良く考えたらどのみちEVAを動かせるのは1~2年じゃないか、『ラグナロク』が10年後まで続くならどうせ途中で乗れなくなってたのか。
何でこんな特典選んだんだ、俺……。
かくなる上は、11年後に残り人数が2人まで減っていることを祈りながらこっそりと隠れるのみ。
俺が生き残る為にはこ れ し か な い!
初号機を洞窟に隠したままにして原作に介入しなければ俺が転生者であることを知る術は無い。
案外、この方法で結構勝ち残れそうな気がしてきた。
そうやって隠れ続けて約2年。
幸いにして一度も見付かることなく生き延びている。
ニュースを見たが街中に出没した大樹やら震源地不明の地震やら、原作イベントは順調に消化されているらしい。
この世界のキャラクターに興味は大いにあったが、命あっての物種。
関わらないのが賢い選択だ。
そんなことを考えていた俺はいつの間にか1人になっていた。
別に孤独とかハブられているとか言う意味ではなく、本当に突然物理的に1人になったのだ。
さっきまで道を行き交っていた人達が跡形も無く居なくなっている。
加えて心成しか世界の色がモノトーンに見えるような……!?
……まさか、これって封時結界?
マズイマズイマズイマズイ。
これがもし俺をピンポイントに狙って閉じ込めたのだとしたら、犯人は転生者の可能性が高い。
それにしても、何でだ?
何でバレたんだ?
混乱する俺に時間は与えられず、正面から金髪に金の眼をした長身の男が白い軍服に黒い外套を羽織って歩いてくる。
その男の姿が視界に入った時点で心臓が収縮し、喉がカラカラに乾き全身から冷や汗が流れる。
ヤバい、この男はヤバ過ぎる。
数秒固まった俺だが、ハッと気付くとその男から離れるように一目散に逃げ出した。
男はこちらが走りだしても同じペースで歩いている。
追い掛けられるかと思ったがこれなら逃げ切れる…………そんな風に思った俺が馬鹿だった。
男はゆったりと歩いてくる。
それなのに、いくら走っても振り向くと同じくらいの位置に居る。
俺は恐怖と疲労に息を切らせながら街中を走り回った。
そうして気が付けば、俺は初号機を隠した洞窟の前に居た。
藁にも縋る思いで洞窟の入り口を隠した偽装を掻き分け、初号機の安置されている空間へと走った。
そうして、初号機を安置した広間に辿り着いた俺を待っていたのは、初号機の前に立って見上げている金髪の男の姿だった。
「……来たようだな。
卿の選んだ特典はこれか。
おそらくはライダーのカードを選んだ転生者、か」
目の前の光景が信じられず、呆然とする俺に男は振り返り話し掛けてくる。
どうやって先回りしたのか分からないが、先程俺を追い掛けてきていた男に間違いなかった。
「え…………・・?」
ふと、男の顔と格好に既視感を感じた。
何処かで見た様な……………………!?
「え……あ…………ラインハルト……ハイドリヒ?」
「ふむ、私を知っているか。
まぁ、転生者であれば不思議ではないな」
莫迦な莫迦な莫迦な莫迦な莫迦な!?
何でだ、何でこんな化け物が居るんだ!
こいつも転生者なのか?
こんなの、最初から勝つなんて無理じゃないか。
星を軽く破壊する様な相手にどうしろって言うんだよ。
思わず後ずさりしようとしたが、踵が地面の出っ張りに引っ掛かり後ろに倒れて尻もちをついてしまう。
「な、なんで……?」
「ふむ?」
何をどうして良いか分からずに反射的に思っていたことを口に出した俺に男は首を傾げる。
どうやら耳を傾けてはくれるらしい。
だったら……どうしても理解出来なかったことがある。
「なんで、俺が転生者だって分かったんだ……?
原作にも介入してないし海鳴市に近付いてすらいないのに……」
そうだ、俺は転生者だと分かる様な行動をしてはいない。
だと言うのに、この男は俺を殺しに来た。
一体どうして?
「別段難しいことではない、条件を付けて絞り込んだだけのことだ」
「条件?」
「まず転生者である以上はAランク相当の魔力を持っている筈だ。
故にこの国でAランク以上の魔力を持っている者を特定した」
「う、嘘だろ!?
日本には1億人以上居るんだぞ、不可能だ!」
「学校や企業などで行われる健康診断に介入し魔力検査を紛れ込ませた。
確かに全ての人間を網羅したわけではないが、殆どの人間は調査は出来ただろう。
転生者はおそらく高町なのはの誕生と10年前後の範囲を指定する者が多いであろうからな」
そう言えば、学校で受ける健康診断は例年まで保健室で簡易的に測定するだけだったのが、今年は専用車が来て受ける本格的なものだった。
まさかあれが……?
そうだとすると、目の前のこいつは日本中に学校や企業にそんなことを強制できるような立場に居るってのか?
「で、でも……幾ら魔導文明の無い世界だからってAランク以上の魔力持ちが俺一人ってことはないだろ!?」
「確かに、数十人は居たな。
その数十人について成績や幼少時の行動を調べた結果、卿を転生者であると断定したのだよ」
成績!?
確かに前世の記憶がある分、学校のテストなんかはかなり楽勝でトップクラスの成績を維持出来ていた。
幼少時も良く子供らしくないと言われていた。
「あ、あはははは……」
絶望に思わず乾いた笑いがこぼれる……。
「納得したかね、それでは幕を引くとしよう」
そう言うとラインハルトはこちらに向かって……腕を振り上げようとして何かに気付いた様に後ろに視線をやった。
「──ああ、アレに乗るのなら待とうではないか」
「っ!? く……」
俺はその言葉に、弾かれた様に立ち上がると初号機の方へと走った。
初号機の力ならアイツを倒せるか?
いや、絶対無理だ。
でも、勝つことは出来なくても、もしかしたら逃げるだけなら出来るかも知れない。
しかしそれも動かす事が出来れば、だ。
俺は必死に初号機の脚を駆け上がる様にして背中へと飛び付き、エントリープラグを射出させる。
そして、脇目も振らずに飛び込んだ。
シートに座って操縦桿を握って、必死に祈る。
「動け動け動け動け動け動け動け動け、お願いだから動いてくれ!」
現実は非常だった。
「………………………………?」
初号機の正面に立ったラインハルトが不思議そうに首を傾げている。
いつまで経っても初号機が立ち上がりすらしないので、不審に思った様だ。
「まさか、動かせんのか?」
ああ、その通りだよ!
悪いか!?
「……興醒めさせてくれる」
ラインハルトの右手に強烈な神気を放つ槍が顕現する。
「
奴はそのまま槍を振りかぶり、そして投擲してきた。
「
そして、俺の意識は消えた。
(後書き)
え~、賛否両論と言うか「否」しかないと思いますが、ライダー転生者でした。
「まさかのEVA!?」「貴重なライダー枠が勿体無ぇ!」と言う皆様の声が聞こえてきそうです。
なお、当初からの予定ですので感想欄に応えたわけではないです。
いえ、7人も居れば1人くらいは選び間違える人物が居ても不思議ではないと思うのです。
一応、これまで登場した彼以外の転生者は強さの差はあれど願ったことは叶ってますが、彼は頼み方を失敗した例です。
ちなみにですが、彼はAmantes amentesまで網羅している(まどか、優介や原作陣にとって)貴重な情報源になり得る存在でした。
なれませんでしたが。
加えて言えば、正しく動かせれば流石に獣殿には勝てなくても2位は十分狙えたと思います。
また、諦めてからの方針も実は他の転生者にとっては一番厄介な戦法でした。
獣殿は権力による力技で突き止めましたが、そうでもしなければ絶対に見付からなかったでしょう。
なお、作中では語っていませんが今回の殊勲賞はシュピーネさんではなく神父さんです。
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
<鈴木亮>
【挿絵表示】
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38:はり裂けそうな心 【本編】
【Side 高町まどか】
P・T事件や闇の書事件から約2年。
私達は小学5年生として学校に通う傍ら、管理局の嘱託魔導師として働く2重生活を送っている。
それは私だけでなくなのはもフェイトもはやても、後は優介も同様だ。
しかし、5人の中で飛び抜けて任務への参加が多い者が1人居る……なのはだ。
思えば2つの事件から2年後のこの時期、正史ではなのはの撃墜事件があったのがこの頃の筈だ。
あの事件は体調を考慮せずに働き詰めだったなのはが蓄積された疲労により普段通りの動きが出来なかったことが原因だ。
同じ轍を踏まない様に何度も口を酸っぱくして任務を減らす様に諌めてきたのだが、なのはは何故か聞く耳を持たない。
今日も学校を早退して任務に向かおうとするなのはを慌てて追い掛けて学校の昇降口で呼び止める。
「なのは、ちょっと待ちなさい!」
「なに、お姉ちゃん? 任務に行かなきゃいけないから、用があるなら早くして」
「その任務のことよ。何度も言ってるけど、貴女のスケジュールは無茶だわ!
今日の任務は私が代わるから、貴女は休みなさい」
「私が受けた任務なんだから、お姉ちゃんには関係ないでしょ」
そう言い捨てて、踵を返し外へと向かうなのは。
私は咄嗟に引き止めようと、なのはの肩へと手を伸ばす。
「待ちなさいって言って……」
パンッ!と音を立てて、伸ばした私の手がはたかれる。
「……え?」
「うるさい!」
起こったことが受け入れられず、思わず呆然としてしまう
叩かれた私の手の甲は真っ赤に染まり、後から熱を帯びた痛みが滲むように湧いてきた。
「え……あ……な、なのは……?」
「お姉ちゃんはいつもいつも……っ!」
憎悪すら籠った眼で睨み付けられ、私は思わず怯んでしまう。
私が何も言い返さずに居ると、なのはは再び踵を返して走り去る。
私は、何も出来ずにただ呆然とその背を見ていた。
放課後、どうしてもなのはの様子が気になって、本局へと向かう。
リンディ提督が左遷されてしまったため、私達とやりとりをする相手は彼女の友人であるレティ・ロウラン提督になっている。
「え? なのはさんが行った任務?」
「はい、ちょっと様子がおかしかったのでどうしても気になって。
今から合流出来ませんか?」
「合流と言っても、そろそろ任務も終わるころよ?」
「そうですか……。ちなみに、どんな任務か聞いても良いですか?」
「あまり詳しいことは話せないけど、無人世界での捜査任務ね。
ヴィータさんや他の武装隊員と一緒に行って貰ってるわ」
レティ提督の言葉に、私は顔から血の気が引くのを感じた。
異世界での捜査任務、ヴィータや武装隊員と一緒。
どちらも正史でなのはが墜ちた事件と符合する。
「そ、その世界。もしかして気候は冬ですか?」
信じたくない気持ちのまま、レティ提督に確認する。
手が震えるのを必死に抑え込む。
「え? ええ、その筈よ……ちょ、ちょっと!? まどかさん!?」
それを聞いた瞬間、私は部屋を飛び出し転送装置へと走った。
背後でレティ提督が戸惑いながら叫んでいるが、それに頓着して居る余裕は私には無かった。
走りながら通信で頼み込んでなのはの居る世界への転送の許可を貰う。
レティ提督は事情を説明するように言っていたが、生憎と未来知識などと答えるわけにはいかない。
混乱した頭では上手い言い訳も思い付かず、ただただ愚直に頼み込むことしか出来なかった。
レティ提督は根負けしたのか、なのはの行った任務への協力要員として処理してくれることになった。
転送された先は文字通りの雪国だった。
バリアジャケットで大分緩和されているが、それでもかなりの寒さだ。
もしもバリアジャケットが無かった凍死してもおかしくないレベルだ。
しかし、今の私には寒さに震えている暇はない。
「ライジングソウル!なのはの居場所を、レイジングハートの位置を特定して!」
≪All right,My master. ………………She is 10 kilometers to the north.≫
10km……遠いがカートリッジを用いて全力で飛行魔法を使えば数分で行ける距離だ。
「カートリッジ、ロード! 飛ばすわよ!」
≪……Yes,My master.≫
無茶な指示に不服そうなライジングソウルだが、事情が事情だけに何も言わずに飲んでくれた。
そうして飛行魔法で飛ぶこと4~5分、前方に特徴的な白いバリアジャケットが見えて来た……なのはだ。
近くにはヴィータや武装隊員も居る。
ガジェットらしき機械と戦闘しているが、まだ無事の様だ。
「間に合った!」
安堵に溜息を付く私だったが、次の瞬間に凍り付いた。
なのはは私に身体の左側を向ける形で宙に浮遊しているが、その背後の空間がブレた。
あの反応は空間転移ではない。
スゥッと色が付きその場に現れた姿を見て、私は硬直を無理矢理に捩じ伏せて全力で飛び出す。
「ライジングソウル、カートリッジフルロード!」
全てのカートリッジをロードし、出せる最高速でなのはに向かって飛ぶ。
「避けなさい、なのは!」
口には出したものの、彼女が私の言葉に反応するよりも私がそこまで行く方が早い。
しかし、私の眼の前で姿を現した機械は鋭角な多脚の一本を振り被り、なのはへと突き出す。
抱き抱えて避けるのは間に合いそうにない。
私に出来るのは凶器が当たる直前のなのはを突き飛ばすことだけだった。
「きゃあ!?」
全く反応出来てなかったなのはが突然の衝撃に悲鳴を上げるが、私はそれ以上の衝撃に見舞われていた。
ずぶりという音を立てて、機械兵器の脚が私の腹部に突き刺さる。
バリアジャケットをあっさりと貫通した脚は私を串刺しにしてそのまま背中側へと抜けた。
刺された腹部からは痛みよりも熱さを感じた。
「か……は……っ!」
押し出される様に、口元から血の塊を吐き出す。
ああ、これ……致命傷だ。
マズッたな、こんなところで死ぬつもりなかったのに。
ホント世界は「こんなことじゃなかった」ことばっかりだ。
それとも、転生時に主人公の家族になれば『ラグナロク』でも味方が増えて生き残れるかも、なんてあくどい事を考えた罰だろうか。
利用するつもりだったのに情が移って、結果そのせいで死ぬんだから、私って……。
「私って……ほんとバカ」
腹部から脚が引き抜かれ、私はその衝撃で意識を失った。
【Side 高町なのは】
「避けなさい、なのは!」
突然聞こえて来た聞き覚えのある、しかしここには居ない筈の声に驚愕する。
声は私の2人居るお姉ちゃんの内の1人、まどかお姉ちゃんのものだ。
昔、お父さんが事故で大怪我を負って入院してしまった時、家族のみんなが忙しくて構ってくれなかった時にただ1人だけ私と一緒に居てくれたお姉ちゃん。
私は家族の中でお姉ちゃんが一番好きで……そして一番嫌いだった。
お姉ちゃんと言いつつも、私達は双子であり歳も身長も全く同じだ。
外見だけであれば、どちらが姉でどちらが妹かなど分からないだろう。
でも、外見が一緒でもお姉ちゃんと私は全然違う。
お姉ちゃんは私と違って運動音痴じゃない。
お姉ちゃんは私と違ってアリサちゃんと同じかそれ以上に頭が良くて、テストは毎回満点を取っている。
お姉ちゃんは私と違って優介君とすごく仲が良い。
魔法のことを知った時も、私自身の才能を見付けられたととても嬉しかったけれど、お姉ちゃんはあっさりとレイジングハートを私に譲った。
……まるで自分は色々なものを持っているから要らないお下がりはあげる、と言うみたいに。
暫くして自分のデバイスを管理局に作って貰ったお姉ちゃんは、射撃や砲撃しか出来ない私と違って、近距離から遠距離までなんでもこなす万能さを見せ付けた。
同じ日に同じ様に生まれて来た筈なのに、与えられたものは全部一緒の筈なのに、私と全然違う。
お姉ちゃんは全てを持っていて、私は余りものばかり。
最近、私が管理局の仕事をするのにお姉ちゃんは文句を付けてきていた。
私はそれに反発して、逆に可能な限り任務を受ける様にしていた。
誰かの役に立つことで、お姉ちゃんの余りものじゃなくて自分自身の価値を見付けたかった。
今日も任務に出掛ける前に文句を言われて、ついカッとなって叩いて怒鳴ってしまった。
真っ赤に腫れたお姉ちゃんの手を見て罪悪感が沸いたが、逃げるように出てきてしまった。
そんな悪い子の私にばちが当たったのか、捜査任務の帰りに正体不明の機械兵器に襲われた。
普段であれば何て事の無い相手だったけど、何故かすぐに息切れしてしまい私は宙で息を整えていた。
お姉ちゃんの声が聞こえたのはそんな時だ。
「きゃあ!?」
振り向いて反応するよりも早く、左肩の当たりに物凄い衝撃が当たって私は数メートル程吹き飛ばされ何とか態勢を整える。
「な、何なの!?」
態勢を整えた私は振り返り、自分を突き飛ばしたであろうものを見る。
……が、そこにあったものを私は何だかすぐには認識出来なかった。
蜘蛛の様な機械の脚が一本伸び、そこに何かが突き刺さっている。
最初は何かのオブジェの様に見えていたが、少しずつ認識が追い付いてくる。
私と同じ栗色の髪、蒼いドレスの上から甲冑を付けた様なバリアジャケット、レイジングハートの姉妹機である杖型デバイス。
「お、お姉……ちゃん……?」
返事はない。
機械兵器の脚に刺されて、ぐったりと力無くぶら下がっているお姉ちゃん。
機械兵器はお姉ちゃんをぶら下げている脚を振るうと、お姉ちゃんを振り落とした。
お姉ちゃんは放物線を描く様に、私の方へと飛んでくる。
私は反射的に抱き止めるが、掌に温かい何かを感じて腕でお姉ちゃんを支えながら掌を見る。
それはお姉ちゃんの血で真っ赤に染まっていた。
「い、いやあああああぁぁぁぁぁ!?」
漸く事態を完全に把握し、目の前が真っ暗になった様な錯覚に陥る。
なんで? どうして!?
どうしてお姉ちゃんがこの世界にいて血塗れになってるの!?
……ホントは分かってる、私のせいだ。
無茶する私を心配して助けに来てくれたんだ。
あんな風に突き放したのに、来てくれたんだ。
お姉ちゃんが庇ってくれなかったら、ここで血塗れになってるのは私だった。
私が言うことを聞かないで無茶したせいで、お姉ちゃんが血塗れになってる。
私が悪い子だから、お姉ちゃんが死にかけてる。
私が……
私が……
わたしが……
ワタシガ……
気が付いた時、私は本局の手術室の前に居た。
目の前の扉には手術中の赤いランプが点灯している。
まるで夢の中の様に記憶が飛んでいて、どこをどうやってここまで来たのか分からない。
「なのは!」
「なのはちゃん!」
「…………………………………………」
呼び掛けられて振り返ると、フェイトちゃんにはやてちゃんに優介君が小走りに走って来ていた。
いつもなら嬉しく思うけれど、今は顔を見られたくない。
思わず俯いて下を見る私に、3人は戸惑っているようだった。
「まどかはどうなんだ?」
優介君に問い掛けられ、私は首を振る。
「まだ、分かんない」
「……そうか」
私達は無言になって、手術室の扉を眺める。
数十分後、フッと手術中のランプが消えた。
緊張に思わず息を飲む。
固唾を飲んで見詰める中、ドアが開いて手術着を着たお医者さんが出て来た。
お姉ちゃんが助かったのか、聞きたかったけど怖くて声が出なかった。
「取り合えず、一命は取り留めました」
マスクを外しながら告げられたその言葉が理解出来るまで数秒掛かったが、思わず安堵に溜息を付いた。
ホッとしたら涙が出てきて止まらなくなってしまった。
隣ではフェイトちゃんが気が抜けたのか座り込んでいる。
「?」
しかし、助かった事を告げた割には、お医者さんの顔は緊張したまま強張っている。
「詳細について説明したいのですが、ご両親はまだ来られていないのですか」
「あ、彼女は管理外世界の出身なので……連絡はして貰っているんですがここに来るまでにはまだ時間が掛かると思います」
「そうですか……」
「あ、あの……私が聞いちゃダメですか?」
「貴女は……ご姉妹ですか。
分かりました、ご家族であればよいでしょう。
それではこちらに来て下さい」
地球であれば子供の私に教えてくれないだろうけど、ここは管理局だから無碍にはされなかった。
私はフェイトちゃん達と別れてお医者さんの後について別室へと入る。
「まず、最初にお伝えしておきますが高町まどかさんは一命を取り留めたものの、無事ではありません」
「そんなっ!?」
「彼女は腹部を太い刃状の凶器で刺され、出血多量と呼吸停止に陥りました。
幸いにして応急手当が適切だったために息を吹き返しましたが、呼吸停止により脳に酸素が行かず障害を負ってしまったと思われます」
お医者さんの不穏な言葉にじわじわと恐怖が湧いてくる。
「そ、それで……お姉ちゃんはどうなったんですか?」
聞きたくない気持ちと絶対聴かなければいけないと言う思いで綯交ぜになりながら質問する。
「植物状態です。今後目覚めるかどうかは分かりません。
しかし、諦めないで下さい。
同じ様な状態から快復した患者さんも居ます」
最初の一言で、目の前が真っ暗になった。
植物状態。
ドラマとかでしか聞いたことのない単語が頭の中をぐるぐると回る。
お医者様が後半何か言っていたが全く耳に入らなかった。
そしてそのまま、私は意識を失った。
(後書き)
「孤独の」コンプレックスはありません。
しかし、コンプレックスがないわけでもありません。
依存はしつつも、何処かでそれと相反するような複雑な気持ち……。
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39:甘言 【金の恋】
副題:金の恋シリーズ第2話「金の慰撫」
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
フラフラと道を歩いている。
今日は休日だが、本来なら私は執務官試験の勉強をしていなければいけない身だ。
でも、数日前に起こったまどかの撃墜事件依頼、全く集中できなくてこうして外に出てきてしまった。
とは言っても、外に出て来ても私には何もすることがない。
もともと、何かをするために出て来たわけではなく、家でじっとしているのが落ち着かないから出て来てしまっただけなのだから当然だ。
まどかのお見舞いに行きたくても、彼女は今面会謝絶状態で会うことは出来ない。
それ以前に、意識すら……。
まどかはなのはの姉さんであり、なのはと共に私の親友であり恩人だ。
彼女が居なければ、私は時の庭園で岩に押し潰されて死んでいただろう。
そんな彼女がなのはを庇って瀕死の重傷を負い、一命を取り留めても二度と目覚めない植物状態になってしまった。
私は未だまどかに何1つ返せていないのに、まどかが大変な時に何1つ出来ない。
そして、なのは……。
なのははまどかが怪我を負って以来、部屋に閉じこもって出て来ない。
士郎さんや、桃子さん、恭也さんに美由紀さんも必死に呼び掛けたが、一切返事が無いそうだ。
私も部屋の前まで言って呼び掛けたけど、矢張り返事をしてくれなかった。
食事すらロクに取っていないらしく、このままではなのはまで倒れてしまうと皆が心配している。
でも、なのはがあんな風になっているのも無理が無いかも知れない。
まどかはなのはが管理局の任務で無理をするのを必死に止めていたが、なのははそれを無視して任務に向かっていた。
無理をして危ない目にあったところをまどかが庇って代わりに怪我を負い、その挙句その上もう目覚めないかも知れないと言われているのだから、なのはが自分を責めてしまうのも仕方ないだろう。
そんななのはにも何も出来ず、私は自分の無力さに心が黒く押し潰されていくのを感じていた。
ふと気が付くと、私は翠屋の近くまで来ていた。
目的もなくあまり周りも良く見ずに彷徨っていたため、自分でも何処に居るのか分かっていなかった。
翠屋は今、とても営業が出来る状態でないために臨時休業となっている。
娘2人が大変な状態なのだ、それも仕方ないだろう。
開いていない翠屋に行っても仕方ないと道を戻ろうとした時、翠屋の前に居る人に気付く。
長い金色の髪に黒いスーツ……あの人だ。
1年前に翠屋で相席になって以来、何度か会った綺麗な黄金の君……勝手な命名だけど。
何故かとても気になるその人と相席になりたくて、わざと満席になるタイミングを狙って入店したりもしてしまった。
桃子さんは何だか笑いながら、いつもあの人と相席にしてくれた。
翠屋で相席になったことが何度かあるだけで、まだ会話もしたことが無ければ名前さえ知らない、でもとても気になる人。
翠屋が休業中だと知らなくて、お店まで来てしまったのだろうか。
「あの……」
咄嗟に彼に声を掛けてしまった。
なのはやまどかが大変な時に何をやっているんだろうと自分でも思う。
「む? おや、卿は……」
卿?
珍しい呼び方をされたけど、どうやら何度も相席したことで顔を覚えてくれていたみたいだ。
少し……いや、かなり嬉しい。
「ええと……翠屋は臨時休業中ですよ」
「そのようだな。昼食をと思ってきたのだが、別の店で済ませるしかないか。
それで、卿はどうしたのかね?
翠屋が休業中であることは知っていた様だが」
「え? えっと……ちょっと通りかかっただけです」
実際、彼の姿が見えなかったら道を戻っていた所だ。
「……ふむ。翠屋の臨時休業といい、どうやら色々と事情があるようだな。
昼食はもう摂ったかね?」
「え、あ……まだ、です」
「ならば共に如何かな、フロイライン。
少々話を聞きたい」
「へ……? あ、えっと……その……」
「無論、支払いは私が持つから心配しなくていい」
唐突な誘いに心臓が大きく高鳴った。
「じゃ、じゃあ……お願いします」
黄金の君に付いて駅前のホテルのレストランにやってきた。
高級そうな場所に私はちょっと緊張してしまうが、彼は全く平然としている。
お金持ちなのかな?
ウェイターの人に案内されて、個室に通される。
メニューを渡されるけど、正直何を頼んでいいか分からない。
「私はシェフに任せるが、同じにするかね?」
迷っている私に気付いたのか、助け船を出してくれる。
「それでお願いします!」
助かったと思って、思わず叫ぶ様に答えてしまい羞恥に顔が熱くなる。
彼は微笑ましそうに見ると、ウェイターを呼んで注文をしてくれる。
は、恥ずかしい……。
誤魔化す様に水を飲むと、一息を付く。
今日のこの機会を逃さずに絶対に聞いておきたいことがあるのだ。
「あの、私……フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。
その……名前を教えて頂けませんか?」
そう……初めて会ってから既に1年以上が経過していて、その間に何度も会ってるのに、私はまだ彼の名前も知らないのだ。
私がそう言うと、彼は少しだけ目を大きく開くと。
「これは失敬、そう言えば名乗ってすらいなかったな。
私の名はラインハルト。ラインハルト・ハイドリヒだ」
「ラインハルトさん……」
刻み込むように名前を口にすると、何故か胸の辺りがとても暖かくなる。
それにしても、何処かで聞いたことがある名前……?
少し考えていると、料理が運ばれてきた。
ランチ用の軽いコース料理の様で、前菜としてサーモンのカルパッチョだ。
「いただきます」
「ああ、頂くとしよう」
フォークを手に、一枚を掬う様に取ると口に運ぶ。
うん、美味しい。
「口に合うかね?」
「は、はい。 とっても」
こんな料理食べる機会はあまり無かったから比較とかは出来ないけれど、それでもとても美味しいと思ったのは事実だ。
しばらくしてお皿が綺麗になり、ウェイターさんが下げてくれる。
「メインはステーキ、オマール海老、スズキの3種類から選べますが、如何致しますか?」
空いたお皿を下げた後、ウェイターさんに尋ねられる。
お昼からステーキはちょっとキツイので除外。
スズキってなんだか分からない……海老にしよう。
「え、えっと……じゃあ海老でお願いします」
「ふむ、私はスズキにしておこう」
ラインハルトさんはスズキにしたんだ。
出てきた料理を見れば何だか分かるかな?
「あの……ラインハルトさんはこの近くに住んでいるんですか?」
「いや、住居はこの周辺ではないな。
職場の内の1つが海鳴市にあるため、週に一度のペースでこちらに来ている」
「そうですか……じゃあ、住んでいるのは何処ですか?」
「ドイツだ」
「ド、ドイツ!? じゃあ、毎週海外から海鳴市に来てるんですか!?」
「そうなるな」
ふわぁ……。
土曜日しか見掛けたことが無くて不思議だったけど、まさかいつも海外から来てたなんて……。
「卿はこの近くに住んでいるのかね?」
「あ、はい。5分くらいの所のマンションです」
「成程」
メイン料理がパンと一緒に運ばれてきた。
ラインハルトさんの方を見ると、白身魚のソテーが置かれている。
スズキって魚の名前だったんだ……。
大きな海老をナイフで切り分けながら口に運ぶ。
プリプリしていて美味しい……少し酸味のあるソースも凄くピッタリだ。
こんな美味しい料理を食べたの、初めてかも知れない。
どちらかと言えば小食な私だけど、美味しさのあまり食が進みあっさり完食出来てしまいそうだ。
「ところで……」
メインの料理が大体片付いた所で、ラインハルトさんが話し掛けてくる。
彼の方もほぼ食べ終えた様だ。
大人の男の人が私と同じペースとは思えないから、もしかして合わせてくれたのだろうか。
「翠屋の臨時休業のわけを知っているかね?」
「あ……」
その言葉に思い出してしまい、思わず俯いてしまう。
「話したくなければ、別に構わんが」
「……いえ、大丈夫です。
まどか……あそこのマスターの娘さんが事故で大怪我をしてしまって、そのせいで休業してるんです」
「成程、それならば仕方ないな。
卿が悩んでいるのもそれが原因かね?」
「その……友達なんです。
私、助けて貰ったことがあるのに、彼女が大変な時に何も出来なくて……。
なのは……彼女の妹も事故に責任を感じて部屋に閉じ籠っちゃって……呼び掛けたんだけど、返事してくれなくて……」
話しながら感情が溢れてしまい、涙が零れる。
ラインハルトさんがテーブルに身を乗り出し、私の方に手を伸ばしてくる。
その行動を疑問に思って見ていると、彼は私の涙をそっと拭ってくれた。
「事故を防いだり、怪我を治療したりだけがその者のために出来ることではあるまい。
直接的なものだけではなく、間接的でもよいのだ。
自分に出来ることがないか、今一度振り返ってみるといい」
「私に出来ること……」
私に出来ること……何かあるだろうか。
まどかを助けたいけれど、彼女は面会謝絶で会うことも出来ず私に出来ることはない。
なら、なのはの方は……?
そうだ、まどかはなのはが責任を感じて閉じ籠ったりすることなんか望んだりしない。
呼び掛けて返事をして貰えなくて諦めてしまったけれど、もう一度……いや返事を貰えるまで何度でも呼び掛けてみよう。
きっとそれが今私に出来ることだ。
「あの……! 私、もう一度なのはに呼び掛けてみます。
私に今出来ること、多分それしかないから」
「ふむ、それも良かろう。
が、もうすぐデザートが来るだろうから、それを食べてからでも遅くはあるまい」
「あ、すみません……」
その後、運ばれてきたデザート──イチゴのブランマンジュ、とても美味しかった──と紅茶を味わってレストランを後にする。
「あの……御馳走様でした! それと、励ましてくれてありがとうございます」
「気にすることはない。
早く友人の所に行ってやるといい」
「はい! それじゃ、失礼します!」
私はラインハルトさんにお辞儀をすると、なのはの家の方に向かって走った。
【Side out】
「ああ、バビロンか……1つ頼まれて貰いたい」
(後書き)
ますます深みに……
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40:いざ、情報開示 【本編】
【Side 高町まどか】
「……………………ん……」
ふと、目が醒めた。
「ここは………………?」
周囲を見渡し、何処かの病室であることを確認する。
「私は……どうしたんだっけ?」
身を起こそうとして、脚の方に何かが乗っている事に気付く。
そこには、見慣れた栗色のツインテールが私が寝ているベッドに突っ伏す様に眠っていた。
「なのは……?」
「うにゅ……お姉……ちゃん?」
思わず声を掛けると、どうやら起こしてしまったらしく身じろぎしてなのはが目を醒ます。
ボーっとしたまま周囲を見ていたが、ハッと瞠目するとこちらを凝視する。
「お姉ちゃん?」
「うん?」
問い掛けられて疑問に思うが、次の瞬間ギョッとする。
こちらを見詰めていたなのはの眼から涙がドッと溢れたためだ。
「ちょ!? 何でいきなり泣くの……って、きゃ!?」
驚く私を余所に、なのはは抱き付いてきてベッドから身を起こした私の胸元に顔を押し付けて泣き続ける。
「……めん……さい」
?
パニックに陥った私だが、胸元でなのはが泣きながら何かを呟いていることに気付いて注視する。
「……ごめんなさい……ごめんなさい」
泣きながら謝り続けるなのはを見て、冷静さを取り戻した私はそのまま彼女を受け止めて、背中をポンポンと叩く。
「あ~もう、仕方ないわね。気が済むまで泣きなさい」
結局、泣き続けたなのはが落ち着いたのはそれから30分が経ってからだった。
「ええ? あれから半月も経ってるの!?」
「そうだよ! お姉ちゃん、全然目覚め無くて……もう二度と目覚め無いかもって言われて……」
落ち着いたなのはから事故以降のことを聞いたが、半月も経っていることに先ず驚いた。
なのはは思い出し泣きでまた涙を流し始めてしまう。
「ああもう、また泣いて……随分と泣き虫になったわね」
「だって……だって……」
ぐずるなのはを何とかもう一度泣き止ませて、気に掛かっていたことを尋ねることにする。
「それで、なのはは何であんなに無茶してたの?」
「あ……」
そう、それが気になっていた。
正史のなのはが無茶をしていたのは、幼いころに父さんが事故で大怪我をした時に孤独にされてしまったことから、いい子でなければいけないと言う強迫観念を抱いていたからだ。
しかし、この世界では私が居た為に完全に孤独ではなかった筈。
だからなのはの撃墜事件ももしかしたら起こらないかも知れないと思っていたところにあの状況だ。
ずっと疑問だったので尋ねるが、なのはは私の問い掛けを聞いて俯いてしまう。
「ああ、責めてるんじゃないの。
単純に気になっただけ」
「…………………………………………」
俯いてしまったなのはに慌ててフォローするが、なのはは俯いたまま押し黙っている。
「言いたくないことなの?」
「…………………………………………………………………………から……」
「え?」
聞き取り難かったが、なのはが何かを呟く。
「お姉ちゃんに負けたくなかったから……」
「わ、私に!? どう言うこと?」
全く予想していなかった言葉に私は混乱する。
「同じ日に生まれて背の高さも顔も一緒なのに、私は何をやってもお姉ちゃんに敵わない。
私は運動音痴なのに、お姉ちゃんはクラスで一番足が早い。
私は文系が苦手なのに、お姉ちゃんは学年で一番成績が良い。
私は射撃と砲撃しか出来ないのに、お姉ちゃんは色々出来る!
私は優介君とあまり話せないのに、お姉ちゃんは仲が良い!」
「なのは……」
話しているうちに感情が昂ったのか叫ぶように声を上げるなのは。
それを聞いて、私は自分の失敗を悟った。
孤独のトラウマを持たせないようにすることだけを考え、自分の存在がコンプレックスの原因になるなんて想像だにしていなかった。
しかし、考えてみれば当然だ。
転生者である私は同年代と比較して精神年齢が高いため、様々な分野で同年代の子供達より有利だ。
この年代で何かを比較するとしたら頭が良いとか運動が得意とか位だが、幾ら私立でレベルが高くても小学生の勉強で一位が取れない筈はなかったし、幼いころから計画的に身体を鍛えて来た私に対抗出来るのは特殊な生まれのすずかくらいだ。
双子で与えられたものは同じ筈なのに、何故か自分より色々なことを上手くこなせる存在……そんな存在が居ればコンプレックスになるに決まっている。
「何をやってもお姉ちゃんに敵わない私が認めて貰う為にはお姉ちゃんより何倍も頑張らなきゃいけないって……そう思って……」
「そう、それで……」
再び俯いてしまうなのはに罪悪感が湧き上がる。
「ごめんね、わけわかんないよね。
勝手に嫉妬して馬鹿な無茶したり酷いこと言って、なのに助けて貰って。
フェイトちゃんに励まして貰わなきゃ部屋に閉じ籠って1人でいじけたままで。
こんな私なんて……!」
「てぃ!」
「痛ぁ!?」
罪悪感はあるが、それ以上に自虐に走るなのはの言葉を聞きたくなくて、私はなのはの言葉をデコピンで遮った。
赤くなったおでこを両手で押さえながら、涙目でこちらを睨むなのは。
「話は分かったけど、自分を卑下するのはやめなさい」
「ひどいよ、お姉ちゃん」
「はいはい、ごめんごめん」
「む~……」
適当に宥める私の態度に、なのはは更にこちらを睨む。
「ねぇ、なのは……」
「?」
「私、あなたに……いえ、家族や友達みんなに黙っていたことがあるの」
「黙っていたこと?」
「ええ、それでその隠し事はさっきのなのはの話にも関係あるわ」
この世界に生まれてから11年、隠し続けて来た秘密。
でも、そのせいでなのはを傷付け続けて来たことに全く気付けなかった。
そして、気付いてしまった以上はもう隠し続けることは出来ない。
「話そうと思うんだけど、まず優介と相談しなければいけないの。
だから呼んでくれない?」
「優介君に?」
「ええ」
「……分かった」
「それで相談って?」
「うん……転生のこととか『ラグナロク』のこと、みんなに話そうと思って」
1時間後、やってきた優介に決意を告げる。
地球から来たにしてはやけに早かったけど、事情を聞いたら私が目覚めたことの連絡があったので呼ばずとも元から来てくれる予定だったらしい。
優介と一緒に家族やフェイト達も来てくれたけど、今は席を外して貰っている。
「!? ……そうか。
どういう心境の変化なんだ?」
「なのはがね、私に勝てないからって悩んでたの。
同じ日に生まれて背の高さも顔も一緒なのに、何をやっても敵わないって。
当然よね、前世の分だけアドバンテージがあるんだからズルしてる様なもんだし」
「まぁ、実際小学生に勉強で負けたら問題だろ。
まどかの場合、小さい頃から御神流で鍛えてたんだから、運動でも負けるわけないし」
「そうなんだけど、知らない方からしたら双子で与えられたものは同じ筈なのにって思っても仕方ないでしょ」
「それもそうか」
私は優介をジッと見詰める。
優介も私の方を見据え、徐に話し出す。
「いいんじゃないか、話しても。
いや、勿論未来の知識とかあまり公には出来ないけど、リンディさんとかクロノまでなら大丈夫だと思うぞ」
「そうね。優介自身はいいの?
私の事を話したら多分優介も転生者だってことがバレちゃうと思うけど」
「俺は構わないよ、仲間内で知られたからって別に不都合もないし。
それに、知って貰った方が動ける範囲が増えて助けられる人も増えるかも知れない」
優介らしい言葉に思わず苦笑する。
確かに、未来の知識を開示すれば今まで助けることを諦めていた人も助けられるかも知れないのは事実だ。
「それじゃ、みんなを呼んでくれる?」
「ああ、分かった」
5分後、優介に廊下で待ってた人達を呼んで貰って全員が病室の中に集合していた。
広めな病室だけど、人数が多過ぎて若干手狭になっている。
父さんに母さん、兄さんと姉さんになのはの高町家。
フェイトにアルフ、リンディさんにクロノ、エイミィさんのミッドチルダ組。
はやてにリインフォースとヴォルケンリッターの八神家。
それから、優介にアリサ、すずかに忍さんの海鳴組(?)。
「って、アリサにすずかに忍さん!?
何でここに? ってか、ここ本局じゃないの!?」
管理局の任務中に怪我を負ったからてっきり本局内の病室だと思っていたため、魔法を知らない筈のアリサ達が居ることに驚いて声を上げてしまった。
「そういえば言ってなかったな、ここはミッドチルダの病院だよ。
怪我をした直後は本局に運び込まれたけど、手術後に搬送されたんだよ」
私の叫びに優介が答えてくれる。
そうか、ミッドチルダなら……ってそれもやっぱりダメじゃない!?
「落ち着きなさい、まどか。 私もすずかも忍さんも魔法のことは聞いて知ってるわ」
「は?」
取り乱す私に、呆れたようにアリサが話し掛けてくる。
アリサ達が魔法を知ってる?
この世界ではフレイトライナー執務官の介入ではやて達が本拠を移したためにアリサとすずかは闇の書戦で巻き込まれることが無かった。
そのため、魔法の事も話していなかった筈だが……。
「君が重傷を負ったからな、流石に隠し切れないと判断したんだよ。
学校の方は誤魔化したが、見舞いに来ようとする親しい友人には説明するしかなかったんだ」
「うぐ……」
クロノの正論に私は反論出来ずに押し黙った。
「それにしても、よくも私達をのけ者にしてくれたわね」
「ひどいよ、まどかちゃん……」
「あはは……」
「へ? いや、黙ってたのは私だけじゃないでしょ?」
魔法のことを隠していたことをアリサ達が責めてくるが、これについては私だけが責められるのはおかしい。
「なのは達にはもう言ったわよ」
「にゃははは……」
「怖かった……」
「もう勘弁やわ……」
アリサの言葉になのは達を見ると、額に大きな冷や汗を浮かべて苦笑している。
「と、兎に角。今は別のことを話す必要があるの」
「誤魔化したわね……」
これ以上この話題を続けても私の精神的ダメージが増していくだけになりそうなので、何とか流れを断ち切る。
「まず、最初に言っておくけれど、これから私が話すことに証拠はないわ。
信じる信じないは各人の自由です。
但し、信じるか否かに関わらず秘密を厳守して貰う必要があるわ。
上層部への報告も含めてね」
最後のところで、リンディさんとクロノの方を見る。
「管理局に報告出来ない様な内容なのか?」
案の定、クロノが難色を示す。
まぁ、彼らの立場上は仕方ないと思うけど、飲んで貰わないと困る。
「出来ないわね。
報告したらまず間違いなく碌な事にならないと思う。
下手したら拉致されて尋問の後、殺されるわよ」
「な!? 管理局がそんなことをする筈が無いだろう!」
「するわよ、貴方が知らないだけ。
実際、リンディさんは驚いていないでしょ?」
「え……? か、母さん?」
「……………………………………」
クロノが戸惑ってリンディさんを見るが、リンディさんは黙して語らない。
提督歴が長かったリンディさんはそれなりに管理局に潜む闇の存在を察していたのだろう。
「私が話す内容は管理局の暗部にも関わるから、正義の味方で居たいなら聞かないことをお勧めするわ」
「まどか、なんでお前がそんなことを知っているのかは知らないが、それはなのは達みたいな子供まで聞くべきことなのか?」
父さんが苦い顔をしながら問い掛けてくる。
確かに、普通ならこんな裏側のドロドロした話は子供に聞かせる様なものじゃない。
しかし、今回は別だ。
「なのは達に関しては遠からず関わることになるから、今話しておいた方がダメージが少ないの」
「そうか……」
父さんの苦い顔が更に険しくなる。
「全員聞くと言うことで良いのかしら?」
「ああ、聞かせて貰う」
「まず、最初に言っておくと、私と優介はこの世界に生まれる前の記憶を持っているわ」
「前世の記憶ってやつか? いや、『この世界に』と言ったか?」
「他の世界で生きていた記憶があるってことか?」
この『世界』には世界が沢山あるから、他の世界と言ってもおそらく別のものを思い浮かべている。
「いいえ、管理世界や管理外世界を含めた全次元世界の外にある別の世界よ」
「バカな!? そんな世界があるわけが……」
「あるわ。次元世界なんて数多に在る世界の内の1つでしかないのよ、クロノ」
「そ、そんな……」
次元世界を管理しようとしている管理局の人間には受け入れ難い話だったかも知れないが、この程度で躓かれても困る。
「続けるわね。
私と優介が生きていた世界はこの世界よりも上位というか、この世界を観測出来たの。
『この世界の並行世界を』と言った方が良いかも知れないけれど」
「??? どういうこと?」
「この世界のことを物語の様に見ることが出来たってことよ。
今の時間軸よりも先も含めてね」
「ちょっと待って、まどかさん。それって……」
「ええ、今貴女が考えた通り。未来の情報を持っていると言う意味ですよ、リンディさん。
ただ、さっき並行世界と言った様に『そうなるかも知れない』レベルの話ですが」
「「「「「「「な!?」」」」」」」
私の言った言葉の意味を察したリンディさんに肯定してみせると、みんなが一斉に驚愕の声を上げる。
「じゃ、じゃあアンタはこの先起こることを知ってるってこと?」
「さっきも言った通り、『何もしなかったらそうなるであろう』未来よ。
既に大分ズレて来ているからあまり当てには出来ないわ。
この世界に本来居ない筈だった『転生者』が居る時点で多かれ少なかれ歴史は変わって居る筈」
実際、大きな流れは変わっていないが細かい所で色々と差異が生じている。
ユーノの死亡がその最たる表れだろう。
「『転生者』? それってさっきまどかが言ってた別の世界からこの世界に生まれ直した人のこと?」
「ええ、そうよ。私と優介もその内の1人ってわけ」
「その内の1人……それは、他にも居るということか?」
「私と優介を含めて、全部で7人居る筈よ。
元の世界で殺されて、『ラグナロク』……戦争に参加することを条件にこの世界に転生した転生者が」
「戦争!?」
私が口に出した物騒な響きにみんなが過剰反応する。
まぁ、無理もないと思うけど。
「ああ、戦争だ。特殊な力を望み与えられた7人の転生者による殺し合い。
俺達はその為にこの世界に転生させられた」
「私達を転生させた奴等が何を狙っているのは分からないけれど、私達は殺し合う為にこの世界に生まれたのよ」
「そんな……」
「そんなの間違ってる!」
叫んだのはなのは、私はなのはの方を向くと諭すように話し掛ける。
「正しいか間違っているかと言われたら間違ってると思うけどね、私達はそれを受け入れて転生したわ。
受け入れなければ記憶を消されて転生、それは死ぬのと変わらないから」
「そんなの……そんなのって……」
「ちょ、ちょっと待って! まどかちゃん!
転生者同士の殺し合いって……それじゃあ……」
エイミィさんがハッと気が付くと私と優介の顔を交互に見る。
「ああ、私と優介は同盟を結んでいるわ。
『ラグナロク』のルールでは、8年後のある時点までで3人以上生き残っていた場合は異次元に飛ばされて強制的に殺し合わされるらしいの。
そして、賞品を得たければその時点で勝者が1人でなければならない。
でも逆に言えば、賞品を諦めれば2人までは生き残れるってわけ」
「ああ、だから俺達は同盟を結んでいるんだ。
賞品には興味ないから」
「そうなんか……ちなみに、賞品って何なんや?」
「この世界の管理権だって」
「「「「「「「ぶはっ!?」」」」」」」
はやての質問に答えると、みんなが揃って噴き出した。
「世界の管理権!?」
「それって神様ってことなんじゃ……」
「やっぱりそう思う?
まぁ、正直そんな重いものを渡されても困るだけだと思うんだけど……」
「ん? そう言えば、その『ラグナロク』と管理局の暗部って何の関係があるんだ?」
沈黙を撃ち破る様にクロノが思い出したように口に出す。
「え? 何も関係ないけど?」
「は……? いや、だったら最初の話は何だったんだ?」
「ああ、あれ?
私達がこの世界の未来に近い情報を持っている話はしたでしょ。
その情報の中には管理局の暗部に関わる話もあって、それがこの先起こる事件にも関係しているのよ。
『ラグナロク』とは直接関係ないけれど、転生者の介入も事件に合わせて行われる可能性が高いから全く無関係と言うわけではないわ。
それに、次元世界の外の世界とか世界の管理権とか知ったら、管理局の上層部は黙ってないでしょうね」
「…………………………………………」
どちらの話によってかは知らないが、思い当たる節があるのかクロノは反論せずに黙り込んだ。
「そうね、管理局の上層部は自分達が次元世界を管理しなければならないと考えてるから、間違いなく介入しようとするわ。
それこそ、非合法の手段を使ってでもね」
「母さん……」
「何で、そんな重要なことを今まで黙ってたんだ!」
突然、兄さんが激昂した様に私に詰め寄ってきた。
怒っているけれど、それは私のことを心配してくれることの裏返し。
「恭也、落ち着け……」
「これが落ち着いてられるか、父さん!?」
「……ごめんなさい」
黙っていたことについては、私はただ謝ることしか出来ない。
「まどか……」
「話せなかったのは……怖かったから」
「怖い? 信じて貰えないことをか?」
確かに荒唐無稽な話だから普通は信じて貰えない。
けれど、私が恐れていたのはそうじゃない。
「それもあるけど……。
もっと怖かったのは、家族だと思って貰えなくなるんじゃないかって……」
「……どういうことだ?」
「転生者は本来居なかった人間だから……家族に紛れ込んだ異物って思われても不思議じゃない」
父さんも母さんも兄さんも姉さんもなのはも、そんなことは言わないって分かってる。
それでも、もしかしたら……そう思うだけで話せなかった。
「何度も話そうと思ったことはあるの。
でも、その度に身が竦んで……結局話せなかった。
ごめんなさ……」
パンッと言う音と共に、私の左頬に痛みが走る。
打たれた……?
私を打った相手を確認しようとしたが、その前に何か温かいものに包まれた。
「母さん……?」
「ええ、そうよ。 貴女のお母さん。
だから、そんなバカなこと言わないで頂戴」
「………………ごめんなさい」
胸の中が暖かくなって、涙が溢れることを止めることが出来なかった。
しばらく、母さんに抱き締められたまま涙を流していた私だが、落ち着いてきたので話を再開することにした。
私を抱いている母さんの腕を軽く叩き、解放して貰う。
「それで、何か質問はあるかしら?」
そう言って見回すと、クロノが問い掛けて来た。
「転生者は特殊な力を持ってるって言ってたが、優介の剣を創るレアスキルがそれなのか?」
優介の投影魔術はこの世界の魔法とは掛け離れているから矢張り不自然だったのだろう。
レアスキルとして誤魔化していたが、疑問に思っていた様だ。
「ああ、無限の剣製って能力だ」
「まどかの能力は? 今まで使ってる所を見たことがない気がするが、同じ様な力があるのか?」
「私の場合は剣の流派の力を願ったから、優介みたいに見た目で分かる様な能力は無いわ」
次の質問は無いかと見回す。
「ところで、他の転生者って見付かってるの?」
嗚呼、やっぱりその質問が来たか。
話の流れ上、彼女の事を話さないわけにはいかない。
「闇の書事件の時に殺されたフレイトライナー執務官も転生者よ」
私の言葉に空気が凍った。
彼女の事はあの場に居合わせた者達にとってトラウマに等しい出来事だから仕方ないだろう。
「彼女の能力は不明だけど、おそらく魔法の才能を願ったのだと思うわ」
「そんなことが……」
「それと、聖槍十三騎士団。
彼らの背後にも転生者が居ると推測してるわ」
その単語に、海鳴組となのは以外の高町家を除いて、全員がその身を震わせる。
「奴等が転生者!?」
「いいえ、彼ら自身は転生者ではないと思う。
彼らを背後で操ってる中に転生者が居ると私達は考えているわ」
「証拠はあるの、まどかさん?」
リンディさんが私を見据えてくる。
「『この世界の歴史に本来あんな奴等は存在しなかった』それが証拠です」
「そう……」
リンディさんは私の言葉に考え込む様に俯いた。
納得してくれたのなら、彼女には逆にこちらから聞きたいことがある。
「リンディさん、彼らの情報……話してくれませんか。
機密であることは分かりますが、このまま彼らを自由にさせておいたら全てが手遅れになる可能性があります」
「………………………………分かったわ」
「母さん!?」
少し逡巡したリンディさんだが、結局は頷いてくれた。
クロノが驚愕して彼女に詰め寄る。
「いいのよ、クロノ。
どのみち左遷された身だしね。
情報漏洩が知られても、然程変わらないわ」
「すみません、リンディさん」
「とは言っても、私が知ることはそんなに多くは無いわ。
かつて古代ベルカの時代に存在したガレア帝国についての話よ。
ベルカが滅んでも勢力を保ち続けたその多次元世界帝国はこれまでに二度に渡って管理局と衝突している。
そしてその何れも管理局は多大な被害を受けて敗北……不利な条件の条約を結んで停戦している状態なの。
聖槍十三騎士団は、かの帝国の抱える一騎当千の殺戮集団として名が知られているわ」
リンディさんの言葉に三度空気が凍った、それも最大級に。
管理局が敗北? しかも二度も?
P・T事件や闇の書事件の時のリンディさんの反応から管理局の威光が通じない相手であることは勘付いていたが、まさかそこまで明確に敵対しているとは想像だにしなかった。
「そんな!? 管理局が?」
「そんな世界があったなんて……」
「で、でも……そんな大事件があったらもっと知られてる筈じゃないですか?
ガレア帝国なんて初めて聞きますよ?」
「次元世界の管理者を自認する管理局にとって、ガレア帝国の存在も管理局の敗北も認められないことなのよ。
だから、一部の将官を除いて徹底的に隠蔽が為されているわ。
ガレア帝国の名前すら口に出すことは許されず、かの帝国に連なる28の世界は何れも隔離世界として立入禁止。
そして、事情を知る者にとっては決して敵対してはいけない相手とされている」
「そんなことが……」
クロノやエイミィさんの問い掛けに答えていたリンディさんは、やり取りがひと段落すると私達の方を真っ直ぐに見据えて来た。
「まどかさん。正直な所、彼らと戦うのはオススメ出来ないわ。
闇の書事件の時にアースラを攻撃したあのローブの人物、あれも聖槍十三騎士団の一員なのでしょう?」
「ええ、おそらくは首領だと思います。もしかすると、転生者自身かも知れません」
「そう、アルカンシェルを撃ち破って次元航行艦を半壊させたあの人物がね。
ハッキリ言って、あれはもう人の手でどうにか出来る存在ではないわ」
「そうですね、私もそう思います。
真っ向から戦ったら絶対に勝てないでしょうね」
「そんな!? お姉ちゃん……」
私の言葉になのはが心配そうな顔をする。
そんな絶望的な相手と戦わなければいけないのだから無理も無い。
「でも、あの力を使えばそれこそ私や優介も簡単に殺せた筈。
それをしなかったと言うことは、力の行使に制限があるか、『ラグナロク』に積極的でないかのどちらかだと思います」
「そう……そうね」
正直、小細工でどうにかなるレベルじゃないから気休め程度だけど。
そんな言葉を内心で押さえて、努めて明るく断言する。
リンディさんには気付かれてるみたいだけど。
「ところで、管理局の暗部が関わる事件と言うのはどんな事件なんだ」
転生者についての話がひと段落した所でクロノが問い掛けて来た。
おそらくずっと気になっていたのだろうが、『ラグナロク』と『転生者』の話でそれどころではなかったのだろう。
「悪いけれど、未来の情報についてはあまり話せないわ」
「何故だ!? 事前に分かっていれば防げることもあるだろう」
「確かに、事前に対処すれば防げることも多いでしょうね。
でも、それは知っていると言うアドバンテージを失うことになるし、防ぐことが必ずしも良い方に繋がるとは限らないわ」
未来の情報を元に行動すれば、その分だけ正史から離れていく。
それは未来を知っていると言う利点を失うことになる。
それに、J・S事件を防ぐことは良いことばかりではない。
「……どういうことだ?」
「例えば、闇の書事件。
私や優介ははやてが主であることを最初から知っていたわ」
「なんだって!?
……いや、未来の情報があるなら当然か。
でも、どうしてそれを言わなかったんだ!」
クロノが責める様に睨んでくる。
はやては兎も角、リインフォースとヴォルケンリッターも表情が険しい。
「それをしたら、はやては早い段階で拘束。
闇の書は完成しない代わりに侵食は止まらずにはやては死亡して闇の書は転生してたでしょうね。
実際、フレイトライナー執務官がはやてを拘束しようとした時には焦ったわ。
拘束してたらアウトだし、知らない世界に行かれても暴走時に立ち会えずにアウトだもの」
「ぐ……」
想像したのか、クロノとはやてを含めてみんなの顔が引き攣る。
「そう言うわけで、未来の情報については必要最小限の情報を必要な時期に開示させて貰うことにさせて貰いたいの」
「……仕方ないか」
渋々と引き下がるクロノの姿に安堵しつつ、私は辺りを見回す。
「私と優介の方針は、可能な限り救える人は救いながら、なるべく本来の歴史通りに進めること。
そうすることで転生者の居場所を突き止めることに繋がるわ。
皆さんには巻き込んでしまって申し訳ないけれど、情報収集を手伝って欲しいです」
「転生者を見付けたら、どうするんだ?」
父さんが強く睨みながら問い掛けてくる。
言葉にはされていないが、その瞳は「殺すのか?」と問うている。
「まだ、分からない。
情けないかも知れないけれど、人を殺す覚悟がまだ持てないから……」
「………………そうか。
いや、それでいい。
そんな覚悟を持つにはお前はまだ幼すぎる。
躊躇わずに殺すなんて言ったら引っ叩いていた所だ」
私の中途半端な回答に、しかし父さんは安堵した様に微笑んでくれた。
「これ以上打たれるのは勘弁して欲しいわ」
父さんの微笑みに私は先程母さんに叩かれた頬に手を当てながら苦笑する。
「どうすればいいかは分からないけれど、少なくとも私はただ黙って死ぬのを待つのは耐えられない。
だから……お願いします。力を貸して下さい」
「お願いします」
ベッドに座ったままだが優介と一緒に誠心誠意頭を下げて助力を乞う。
実際、おそらく転生者の中で最も弱い私にはこうしてみんなの手を借りないと絶対に生き残れない。
2年前にフレイトライナー執務官が殺されるのを見て、そして今回の事件で死にかけて、それを痛感した。
「頭を上げて、まどかさん。優介君」
頭を下げ続けていた私にリンディさんが声を掛ける。
「そんなことをしなくても、私達は貴女達を見捨てたりしないし、協力するつもりよ。
何よりも、ガレア帝国が関与しているなら管理局だって他人事じゃないわ」
「ああ、母さんの言う通りだ」
「そうだよ、お姉ちゃん」
「私達も協力するよ」
「私や皆も勿論手ぇ貸すで」
みんなが私と優介に協力を約束してくれるその様に思わず目頭が熱くなる。
私は涙を見られない様に俯いて、ただ一言だけ何とか返すことが出来た。
「あり、がとう……」
(後書き)
第4章は短編連作なのに、この回だけやけに長い……。
リザさんのおかげでまどか復帰。
人体のスペシャリストである彼女のおかげで原作なのはの様な後遺症や脳の障害はありませんが、パワーアップも特にしてません、彼女は浄眼持ちでも無いですし。
ただ、精神面では一歩前身しましたし、周囲との連携も取り易くなりました。
ただ、カミングアウトしましたが幾つかの情報は開示していませんね。
主に未開示なのは未来の事件に関することと黒円卓の騎士団員の詳細情報です。
前者は開示し過ぎると変わってしまって知識が役に立たなくなる為、後者は知っていることが局内に漏れるリスクの回避のためです。
しかし、ここで騎士団員の名前と容姿だけでも教えて居ればあんなことには……。
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41:もしもあの言葉が本当ならば 【本編】
【Side ラインハルト・ハイドリヒ】
執務室の中で書類を整理しているヴァルキュリアの後ろ姿を見ながら、ふとある台詞が思い起こされた。
曾孫に当たる人物が口にした言葉だが、何故このタイミングで思い出したのか。
手元に表示された情報に目を落としながら、このせいかと1人納得する。
「ふむ……」
ふと、思い付いたことを試すか否か自分に問い掛けてみる。
「演出はあって困ることは無い……か」
視線の先でヴァルキュリアがビクッと跳び上がり、辺りを見回した。
どうやら何かを感じ取ったらしい。
「ヴァルキュリア」
「は、はい!?」
「1つ使いを頼まれて貰いたい」
ヴァルキュリアからは見えない位置にある手元のモニタを一瞥しながら話を切り出した。
そこに表示されているのは1人の管理局員の殉職の報道だった。
【Side ベアトリス・キルヒアイゼン】
と言うわけで、私は今喪服を着て墓地に居ます。
何が「と言うわけ」なのか分からないと思いますが、私にも分かりません。
いきなりハイドリヒ卿に呼ばれたと思ったら、お使いを頼まれました。
それ自体は別に構わないのですが──拒否権ないですし──お使いの内容がお墓参りってどういうことでしょう。
普通、お使いにお墓参りとかってないですよね。
挙句の果てに、誰のお墓か聞いたら誰のでも構わないから適当に参ってこいという回答。
全く以って訳が分かりません。
あの方の意味不明な指示はこれまでにも何度もありましたが、それらは深謀遠慮の結果と単なる思い付きが半々で、しかも見分けが付かないから性質が悪いです。
「わざわざミッドチルダの墓地まで来させて……一体どういうつもりなんでしょう?」
取り合えず、ここで何処かのお墓を適当にお参りすれば任務完了となるわけだけど、誰のでも構わないと言われると逆にどうしていいか困ってしまう。
関わった事のある人のお墓でもあればそこにお参りすればいいのだが、ミッドチルダの墓地にそんなものがあるわけがない。
「あれ?」
どうしたものかと辺りを見回した際にふと目に留まった光景、それは幼い少女がお墓の前に1人佇んでいる姿だった。
オレンジ色の髪を2つに結んだ黒い服を着た少女が20メートル先に居たのだ。
それだけであれば別段おかしなことではないが、その少女の周囲に人の姿は無く、たった1人で居たから気に掛かった。
歳の頃は未だ10歳前後に見える少女が保護者も居ない状態で1人で墓地に居るのは明らかに不自然だ。
一度気になってしまうと目が離せなくなり、私はその少女の元へと近付いて行った。
声を掛けようと思って、その少女が声を出さずに泣いていることに気付いた。
一瞬躊躇するが、ここまで来たら何もせずに立ち去ることは出来ない。
「お参りしてもいいかな?」
斜め後ろから声を掛けると、少女はビクッと肩を揺らすと此方を見詰めて来た。
しばらく此方を見ていたが、やがて横にズレて場所を譲ってくれた。
私は軽く会釈すると、お墓の前に跪き持って来ていた花を供えると手を組んで祈りを捧げる。
「あの……お兄ちゃんの同僚の人ですか?」
「いえ、違います。
ごめんなさい、面識は無いんだけど……貴女が1人でお墓の前に居たから気になって」
「え、でも……」
私の返答に少女はお墓に捧げた花を見て、再度私の方に顔を向ける。
「ああ、気にしないで。
元々、供える相手を探していたところだから」
「? はい……」
不思議そうにしながらも、取り合えず納得したのか少女はそれ以上そこに触れることは無かった。
「貴女のお兄さん、どんな人だったか聞いてもいい?」
「っ!」
私の言葉に少女はビクッと震えて俯いてしまう。
しまった、こんな場所で無神経な質問だったかも知れない。
「ああ、ごめんなさい。辛かったら無理に話さなくてもいいんだけど……」
「いえ、聞いて欲しいです……お兄ちゃんは役立たずなんかじゃないって」
「え?」
「いえ、なんでもないです……」
彼女の言葉に何故かとても強い情念を感じて思わず聞き返すが、誤魔化されてしまう。
「その、良かったら何処か近くのお店でお話しない?
勿論、御馳走するから」
「え、あ……はい、分かりました」
幸いにしてハイドリヒ卿から何故かミッドチルダの通貨を貰っていたからお茶を奢る位は出来る。
「じゃ、行こうか。
え~と……」
そう言えば、彼女の名前を知らないことに気付いた。
「あ、私ティアナです。ティアナ・ランスター」
「ありがとう、私はベアトリスよ。ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン。
よろしくね、ティアナちゃん」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
墓地の近くの喫茶店で、ティアナちゃんにケーキとアイスティー、私はミルクティーを注文して奥の方の席に向かい合って座る。
周囲に他のお客さんが居ない状態で、話をするのには好都合だった。
そこで私はティアナちゃんのお兄さんの話を聞く。
両親が亡くなって兄妹2人だけで生きてきたこと。
彼女の兄、ティーダ・ランスターが管理局員であること。
執務官を目指していたこと。
任務で違法魔導師を追い、殉職したこと。
そして……
「お兄ちゃんの上司の人がお兄ちゃんのこと、犯人を逃がした役立たずだって……!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら話すティアナちゃんの姿に、黙っていられず立ち上がって抱き締める。
「そんなことないです。
お兄さんが何かミスをしたわけでもないのに取り逃がしたのなら、それは上官の指示や配置に問題があります。
おそらく、その上官は自分が責任を取らされない様にお兄さんに押し付けてるだけです」
こんな小さな子に社会の黒い部分を話すのは気が引けるが、それ以上にお兄さんを侮辱されて傷付いたこの子を慰めたくて私は推測を口にする。
勿論、事件の詳細を知らない以上もしかしたら彼が大きなミスをしている可能性が無いわけではないが、そこは一旦置いておく。
「お兄ちゃんは役立たずじゃない?」
「はい、私が保証します」
私が断言すると、ティアナちゃんは泣き笑いの表情を浮かべた。
「ありがとう……ございます」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ところで、ティアナちゃんはこれからどうするの?」
しばらくしてティアナちゃんが落ち着いた所で気になっていたことを尋ねてみる。
先程話を聞いた限りでは彼女は今回の件で天涯孤独の身になってしまった筈だ。
一応、遠い親戚が書類上の保護者ではあるようだけど、兄妹2人だけで生活していたところからあまり頼れる相手でもないようだし。
「……訓練校に入って管理局員になります。
兄さんが叶えられなかった夢を、私が代わりに叶えて証明したいから。
兄さんが残してくれた蓄えと管理局の補償があるから、訓練校に入るまでくらいなら生活出来ると思います」
「1人で暮らすつもりなの?」
私が尋ねると彼女は顔を俯かせてしまう。
管理世界では低年齢化が進んでいると聞くけど、流石に10歳前後の1人暮らしなんて一般的ではないだろう。
とは言え、沈黙している様子を見るに共に暮らす人の当てもないのだろう。
悩むティアナちゃんの姿に私は昔の……ドッペルアドラーを引き込んだ時分の螢の姿を幻視してしまう。
思えば、兄を失って戦いの道に身を投じるところなど共通点も多い。
ダメだ、放っておけそうにない。
「それじゃ、私と暮らそうか?」
「え……?」
唐突な提案に目を白黒させているティアナちゃんの姿を眺めながらも、内心で冷や汗を流す。
思わず言ってしまったけど、ハイドリヒ卿に何と言えばいいのか。
職務放棄宣言など粛清されても不思議ではない。
と言うか、ほぼ間違いなくヴィッテンブルグ少佐に殺される。
「どうして……?」
「うん?」
「なんで、そこまでしてくれるんですか?
初めて会ったのに……」
まぁ、彼女からしたら不思議に思っても仕方ない。
ここは嘘を付いたり誤魔化したりしない方が良さそうだ。
「貴女がね、私の妹の小さい時に良く似ているから放っておけないの」
「そう……ですか」
俯いたまま答えるティアナちゃん。
一応は納得してくれたみたいだけど。
「それで、どうかしら?」
「その……少し考えさせて下さい」
確かに、即断出来る様な話でもないし当然か。
私としても、ハイドリヒ卿と話さないといけないし、好都合と言えば好都合。
「そうね。それじゃ決まったら連絡を貰えるかしら。
連絡先を渡しておくから」
「はい、分かりました」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『それで、住居を移したいと?』
「はい。仕事の方には支障が無い様にしますから!どうかお願いします!」
通信でハイドリヒ卿に任務の完了を報告すると共に、ミッドチルダへの移住を頼み込む。
管理局とガレア帝国の関係を考えれば、ミッドチルダは敵地とも言える。
そんな場所に住みたいと言う願いは常識的に受け入れられる筈が無いが、何としても認めて貰わなければならない。
『ふむ、構わんよ』
「仰ることは重々承知しておりますが、何卒……………………はい?」
何としても……と思っていたが予想外の回答に思わずポカンとしてしまう。
『構わんと言った』
「ほ、本当ですか!?」
『ああ、卿には無期限の任務を与えよう。
任務内容はミッドチルダにおける情報収集だ』
「あ……ありがとうございます!」
私の我儘を正当化する任務を与えてくれた、いつになく甘いハイドリヒ卿の対応に疑念が湧くが、有難い。
『戸籍は追って準備させる。金銭等の必要物も併せてな』
「はい!」
(後書き)
『そう考えると凄いよね、貴女のお姉さん。
ある意味、ツンデレキラーだよ。
素直になれないあいつもこいつも、ニッコリ笑顔でラクラクゲット』
私的、2つの世界を跨いでのツンデレ認定
ツンデレ1号:エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ
ツンデレ2号:櫻井螢
ツンデレ3号:アリサ・バニングス
ツンデレ4号:ティアナ・ランスター
あ、3号に絡ませ損ねてる……。
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42:のるかそるか 【本編】
薄暗い部屋の中、映し出されたモニタに向かって操作を行っている男が居た。
白衣を纏い長い紫色の髪をしたその男はかなり集中している様子で、一切に周りを見ることなくただただモニタを注視している。
パシュッとした音と共に男の背後でドアが開き、部屋に入ってくる足音がしてもそれは変わらなかった。
「ウーノかい? 悪いけど今は手が離せない。
用があるなら手短に頼むよ」
後ろを振り向くことなく告げられた言葉に、入室してきた人物は苦笑しながら返事を返す。
「残念ながら人違いですよ。ドクター・ジェイル・スカリエッティ」
耳に入ったその男性の返事に、白衣の男……ジェイル・スカリエッティはバッと後ろを振り向いた。
この研究所に男性はスカリエッティ自身を除けば今モニタの中でレリックウェポンとしての最終調整を受けている人物だけ。
その人物も生体ポッドの中に意識のない状態で漂っている筈なのだから、男性の声がする筈が無い。
あり得ない声に驚いて振り向いたスカリエッティの視線の先には、カソックを着た金髪の神父が微笑んでいた。
「どちら様かな? ここは関係者以外立入禁止なんだがね」
驚愕を押さえ、表情に笑みを取り戻したスカリエッティが問う。
「これは失礼。
私はヴァレリア・トリファと申します。
ご覧の通り、しがない神父ですよ」
その言葉に、スカリエッティの笑みが深まり周囲に圧迫感を生み出す。
入念に張り巡らされたセキュリティもガジェット・ドローンも彼の最高傑作である戦闘機人達もやり過ごして研究所の最奥である彼の部屋まで侵入した男が「しがない神父」である筈が無い。
興味と警戒で向けられた威圧を、しかし神父は何事も無かったかのように受け流す。
「それで、神父様が何の用かな?
生憎、聖王様の加護は今必要としていないので、布教なら他を当たって貰いたいのだが」
ミッドチルダにおいて、神父やシスターと言えば聖王教会に所属しているものしか居ない。
宗教組織ではあるが騎士団という独自の戦力を持ち、武装集団としては次元世界において管理局に次ぐ位置にあるその組織の介入を疑い探りを入れてみたが、反応は薄い。
「布教ではありませんが、まぁ勧誘ではありますね。
端的に言えば、貴方と取引をするために来たのですよ」
「取引?」
「ええ、我々が貴方のスポンサーとなり支援を行う。
代わりに、貴方は我々に見返りを提供する。
そう言う取引です」
掌を上に向けながら両手を差し出す神父。
「話にならないね。
スポンサーなら間に合っているよ」
首を振りながらにべも無く切って捨てるスカリエッティに、しかし神父はより笑みを深める。
「それは素晴らしいですね。
しかし、そのスポンサーから独立するのなら新たな出資者が必要なのではないでしょうか?」
微笑みと共に放たれた言葉にスカリエッティは驚愕を隠せず硬直する。
まだ彼の娘達の中でも片腕とも言えるウーノにしか明かしていないその計画。
知られる筈が無い知られてはならないことが知られているその脅威に、スカリエッティは敵意を隠せずに笑みを消して神父を睨む。
「どこでそれを?」
「さて、情報源については私も知らされていないので分かりかねます。
しかし、興味は持って頂けた様ですね」
その言葉に、スカリエッティは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。
彼にとっては命綱とも言える情報を握られているのだから、その反応も当然と言えるだろう。
その情報がスポンサーの耳に入れば身の破滅は確実だ。
「悔しいけど、話を聞かないわけにはいかなそうだ。
それで改めて尋ねるけど……どちら様かな?」
「それでは、改めて名乗りましょう。
私はヴァレリア・トリファ、聖槍十三騎士団黒円卓第三位ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン。
聖餐杯と呼ばれる事の方が多いですがね」
「っ!? ガレア帝国か!?」
スカリエッティは管理局の上層部と繋がりがあるため、裏の情報についても精通している。
当然、将官以上のみが知らされているガレア帝国のことも聖槍十三騎士団のことも知っていたため、神父の名乗りに目を丸くしている。
「ふむ、やはりご存知でしたか。
流石ですね。
我らの事は管理局関係者でもかなり上位の人間しか知らされていない様ですが」
「その辺りの情報統制も私の仕事のうちなのでね、不本意だが。
それで、かの帝国が私のスポンサーとなってくれると言うのかね?」
一度は断ったスカリエッティだが、相手の素性を聞いて態度を若干軟化させる。
相手の言葉が嘘であるとは疑っていない、その名を知っていて堂々と名乗るのは本物以外に在り得ない。
また、同時に彼らについての情報が正しければこの場で実力行使が可能な相手でもない。
「はい、我らが皇帝陛下は貴方の事を高く評価しておられます。
更に、貴方が発掘・改修を任されているアレについての対策も兼ねることが出来ますので」
「こちらの切り札についても知られている、か。
どうやら、管理局は帝国の掌の上で踊らされているようだね」
「まぁ、それについてはノーコメントとしておきましょう。
こちらとしても、アレを我らに向ける以外の方法で使い潰してくれた方が有難いのですよ。
それゆえ、援助は惜しみません。
資金、資材、技術、情報、人材、様々な面で貴方をバックアップ致しましょう。
ああ、こちらが保有しているロストロギアなども提供出来ますよ」
その言葉にスカリエッティは少し考え込む。
神父の提案は非常に魅力的だ。
自力でも成し遂げるつもりだったが、彼らの協力が得られるならばよりスムーズに事を運ぶことが出来るだろう。
しかし、それでも解せないことがあるため、素直に頷く訳にはいかなかった。
「1つ聞いてもいいかね?」
「なんでしょう?」
「何故、こんな迂遠な方法を採るんだい?
君達ならアレの発掘・改修を妨害するなど簡単な筈だろう」
そう、わざわざスカリエッティの反逆などを手伝わずとも、他に幾らでも手っ取り早い方法がある筈なのだ。
「確かに、破壊しようと思えばいつでも出来るでしょう。
ですが……」
邪聖が嘲笑う、その名に相応しき黒い笑みで。
「我らが皇帝陛下はそれでは不足と仰せなのですよ。
どうせならばもっと派手に、そして劇的な演出を、とね」
スカリエッティはあまりと言えばあまりの言葉にしばし呆然とするが、やがて俯いて肩を震わせる。
「ククク……ハハハハハッ。
成程、演出か。
確かに演出は派手な方がいい!
それにしても、私の一世一代の計画をただの演出とは……流石に管理局を二度に渡って捩じ伏せたガレア帝国はスケールが違う。
いいだろう、提案を受けようじゃないか。
そして、演目をより派手に盛大に盛り上げて見せよう!」
「フフ、取引成立ですね。
それでは、また追って連絡を差し上げますよ」
(後書き)
安定の神父さん……と言いたいところですが、特に話術を行使しているわけでもないことに気付きました。
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43:しっかり落ちてます 【金の恋】
副題:金の恋シリーズ第3話「金の慕情」
昼時を少し過ぎた翠屋に昼食を摂る2人の男女の姿がある。
それだけ聞くとカップルの様だが、男性の方は20歳以上なのに対してもう1人は10歳前後の少女のため、せいぜいが兄妹にしか見えない。
加えて言えば2人は共に訪れた客でもなく単に相席しているだけだ。
しかし、その光景はここ1~2年程で何度も見られた光景だった。
「今日は機嫌が良い様に見えるが、何か良いことでもあったのかね?」
男性──ラインハルトが少女に問い掛ける。
これは珍しいことであり、普段であれば少女の方から彼に問い掛けることはあっても逆はそう多くなかった。
問い掛けられた金髪の少女──フェイトは口の中のパンを飲み込んで答える。
「その、勉強してた資格試験に合格したので嬉しくて……」
「ほう?」
2回に渡って不合格だった執務官試験に3回目にして合格したフェイトが合格通知を受け取ったのが前日のこと、3年越しの苦労が実り夢に向かって歩く道が開かれたことでかなり浮かれていた。
「それは目出度いな。
何の資格かね?」
「え!? ええと、その……ひ、秘密です」
当然と言えば当然の質問に、フェイトは答えられずに冷や汗を流す。
管理局の役職資格を管理外世界の住人に言える筈も無く、ただただ誤魔化すしかなかった。
質問を無碍に断って嫌われたのではないかと心配げに上目遣いで見るが、ラインハルトは微笑んだままだった。
「ふむ、まぁ良かろう。
兎に角、目出度いことに変わりはない。
何か祝いをせねばならんな」
「ええ!? そ、そんな……悪いですよ」
「その程度の甲斐性はあるつもりだ。
何か希望はあるかね?」
ラインハルトの思わぬ言葉にフェイトは目を丸くして必死に考える。
プレゼントを貰えるならとても嬉しいが、何を頼んでいいか分からない。
それよりは……。
「ええと……ええと……じゃ、じゃあ何処かに食事に行きたいです」
上目遣いで「ダメですか?」と尋ねるフェイトにラインハルトは微笑みながら快諾する。
「ディナーか、良かろう。
次の土曜日の夜で構わないかね?」
「は、はい! 大丈夫です」
「それでは、次の土曜の……そうだな夕方5時に家の前に迎えに行くとしよう」
「分かりました。よろしくお願いします」
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
ラインハルトさんと約束してからその日が来るまでの一週間、約束の事が気になって仕方が無く色々なことが手に付かなかった。
幸いにして管理局の任務の方は大過なく過ごすことが出来たが、学校の方はボーっとしていて先生に叱られるわアリサに怒られるわ散々だった。
でも、それも今日で報われる。
アルフにも相談して選んだ黒いワンピースを着て、マンションの前でラインハルトさんを待つ。
ちなみに、2時間前から待とうとしてアルフに止められた為、30分前から待っていた。
そろそろ時間だけど……。
車の音が聞こえてきたため、もしかしてと思ってそちらを向いた。
そして目に映った光景に硬直した。
普通の車の2倍くらいある汚れ一つない真っ白な長い車体。
テレビの中でしか見たことが無い、住宅街にはあまりにも不釣り合いな車。
もしかして、これってリムジン?
呆然とする私の前にそのリムジンが滑り込んできて滑らかに停車する。
うん、車を見た瞬間分かってた。
アリサやすずかの家もお金持ちだけど、流石に日常でここまでの車を使用したりはしない。
何処か浮世離れしてるラインハルトさん、この車で平然と迎えに来るのは彼しか居ないって。
って言うか、今更ながらに心配になってきた。
何処に連れて行かれるのか、こんな格好で来てしまってよかったのか。
精一杯のお洒落をしてきたつもりだけど、普段着の延長でしかない。
運転手さんが運転席からわざわざ降りてドアを開けてくれる。
躊躇してしまうが、そのままでいるわけにもいかず意を決して車内へと乗り込む。
広い車内にタキシードを着たラインハルトさんが座っている。
迎え合わせになる様にシートに座るとドアが閉められた。
「一応時間通りの筈だが、待たせてしまったかな?」
「い、いえ……大丈夫です」
翠屋で会うときはいつもスーツ姿のため、初めて見るタキシード姿に思わず見惚れてしまう。
って、タキシード!?
やっぱり相当なお店に行くつもりみたい。
服装について聞いておかないと。
滑り出す様に発車したのを感じながら、私はラインハルトさんに質問する。
「あの、私こんな格好なんですけど大丈夫ですか?」
「ああ、案ずることはない。手配しておいた」
手配?
普段着でも大丈夫なようにお店に頼んだとかそういう意味かな?
でも、そんなこと出来るんだろうか……。
10分程経って車が停まった。
もうお店に着いたのかな?
そう思って外を窺っていると、運転手さんがドアを開けてくれた。
ラインハルトさんが先に降りて私に手を差し出してくれる。
私はラインハルトさんの手に掴まりながら、車から降りた。
降りた先にはレストラン……ではなくて、高級そうな洋服屋だった。
ラインハルトさんに手を引かれながらお店に入ると、女の人が近付いてきて丁寧にお辞儀をする。
「いらっしゃいませ、ハイドリヒ様」
「ああ、頼んでいたものは揃っているかね?」
「はい、試着室の方に」
「そうか、では頼む」
「承知致しました。それではお嬢様、こちらにどうぞ」
私!?
唐突に話し掛けられたため、思わずビクッと反応してしまった。
だけど、薄々状況が飲み込めてきた。
先程車の中でラインハルトさんが言っていた『手配』、連れて来られた洋服屋、試着室に用意されている頼まれた物。
店員さんの後を追い掛ける形で入った部屋──試着室といっても普通の洋服屋さんのと違って本当に『部屋』だった──に用意されていたのは子供用と思われる黒いイブニングドレス、パンプス、ネックレス、ティアラ、ご丁寧に下着までがそこに待ち受けていた。
少し眩暈がしてきた。
一緒にレストランでお食事が出来て少しデートみたいな気持ちが味わえればいいと思って軽い気持ちで頼んだことだが、とんでもない大事になってる気がする。
どうも私が憧れた人は加減とか容赦とかそういう言葉がすっぽりと抜け落ちているみたいだった。
このお店に入って並んでた服をじっくり見たわけではないけれど、チラッと見えた値札は全て6桁以上だった。
洋服にあまり詳しくない私でも、目の前に用意されている服やアクセサリーが恐ろしく高価だということは分かった。
しかし、呆けてばかりも居られない。
部屋の外にラインハルトさんを待たせているのだから、早く着替えないと。
店員さんに手伝って貰いながら、用意されていたドレスに着替える。
それまで私が来ていた服は店員さんが畳んで袋に入れてくれた。
試着室のドアを開け、ラインハルトさんの前に姿を見せる。
「ほう、良く似合っている」
「あ、えっと……ありがとうございます。
あの、この服……」
「その一揃えも含め、祝いの一環だ。
そのまま着て帰ると良い」
気になってたことを尋ねるが、予想通り贈り物という回答だった。
「で、でも……高いんじゃないですか?」
「別に、大したこともない」
絶対にそんなことはないと思うのだけど、そう言われてしまった以上は反論も出来ない。
結局、私は贈られたドレスを纏って紙袋を携えながら店を出て車に乗り込んだのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして再び車が停まり、ラインハルトさんの手を借りて降りる。
そこには今度こそこじんまりとしたレストラン……ではなく、海鳴市で一番高いビルだった。
ゲルマニアグループ第2支部ビル。
この世界で一番大きな企業が拠点としているビルで、厳密には海鳴市で一番どころかこの国で最も高い建物と聞いたことがある。
でも、どうしてこんなところに……?
そう思った次の瞬間、1つの可能性に気付いて青褪める。
確か、このビルの最上階近くにはレストランがあった筈。
エイミィがクロノにねだって連れて行って貰おうとしていたけど、予約が全く取れなくて諦めたって言ってた。
聞いてみた所、1年先まで予約が埋まっていてとても無理だったとか。
まさか、そこに……?
でも、私がお願いしたのは先週の話だからそのお店の予約が取れるとは思えない。
たまたま空いていた可能性もないわけではないけれど、土曜日の夜なんて一番混んでる筈。
ただ、何となくこれまでの流れでラインハルトさんならそう言う無茶も普通に何とかしてしまいそうな気がするのは考え過ぎだろうか。
ラインハルトさんに手を引かれながらビルの正面エントランスから入り低層階、中層階、高層階に分かれているエレベータのうち高層階のエレベータ……を素通り?
ラインハルトさんはエレベータに目もくれずに奥に進み、おじぎをする警備員に一声掛けながら一番奥へと歩みを進めた。
そこにはもう一台エレベータがあったけど、何だか素通りしたエレベータと比べてとても豪華な作りになっている。
ボタンを押すとすぐにドアが開き、中に乗り込む。
普通なら階ごとのボタンがある筈の操作盤には、何故か0~9の番号のパネルがあった。
ラインハルトさんは1のボタンを2回、9のボタンを1回、最後に右下のボタンを押すとエレベータが凄い勢いで上昇するのを感じた。
多分119階ってことだと思うけど、これじゃあ一度に1つの階にしか行けないし、他の階に行きたい人が乗ってきたらどうするんだろう?
疑問に思っている間に目的の階に着いてドアが開く。
エレベータのドアが開いた瞬間、目の前に満開の夜景が広がった。
「ふわぁ……」
思わずその光景に見入ってしまった。
ドアの正面が一面ガラス張りの窓になっており、遠くまで見通せるように工夫されていたのだ。
夜景を横目に見ながら窓に沿って歩くと、レストランの入り口に着いた。
予想の通りエイミィが言っていたお店の様だけど、とても混んでおり見える範囲では全く空きが無い。
しかし、ウェイターさんはラインハルトさんを見るなり先導して案内を始める。
ラインハルトさんもそれを当然の様にウェイターさんの後を追うため、手を引かれている私も着いていく。
案内された場所は入口からは見えなかった場所でオブジェや植物、噴水等で他のお客さんの居た所から仕切られた席だった。
どうみても他のお客さんとは一線を画した特別席としか思えない。
顔が引き攣るのを必死に抑えながら、ウェイターさんの引いてくれた椅子へと座る。
「あの、ここって……」
「見ての通りレストランだが、そう言ったことが聞きたいわけではないようだな」
「はい、その……前にここのレストランは予約が取れないって聞いてたので、どうやってこんな席を一週間前に取れたのかなって」
対面に座るラインハルトさんに問い掛けると、得心がいったように頷く。
「なに、大したことではない。
確かに一般客の予約は埋まっている様だが、グループの関係者であれば予約を取ることは可能だ」
「あ、それじゃラインハルトさんのお仕事って……」
「このビルが勤め先になる」
翠屋でよく会うから薄々は気付いていたけど、やはりあのグループの関係者だったんだ。
翠屋はこのビルからすぐ近くにあるから、あのビルで働いている人がよくランチに来るってなのはが言っていたのを覚えている。
確かに、グループの関係者だったらビルの中のレストランの予約は優先的に取れるんだろう。
お金で強引にお店に融通を利かせたわけではないと知って少しホッとした。
安心した所にウェイターさんがジュースを注いでくれる、どうやら食前酒の代わりらしい。
ラインハルトさんの方にもお酒ではなくて私と同じ物が注がれる。
「では、卿の合格を祝うとしよう……
ラインハルトさんに合わせてグラスを軽く持ち上げて、夢の様な時間が始まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「その、今日は本当にありがとうございました」
夕食後、マンションまで車で送って貰った私は車から降りると振り返ってラインハルトさんにお礼を言った。
心臓に悪いことも多かったけれど、あそこまでお祝いして貰えてとても嬉しかったのは確かだ。
「なに、大したことではない」
今日だけで何度か聞いた言葉だけど、多分ラインハルトさんは本当にそう思っている。
だったら、変に畏まるのも逆に失礼だ。
「ふふ、それじゃお休みなさい」
「Gute Nacht.」
聞きなれない言葉だったけど、多分お休みって言ってくれたんだと思うその言葉を背に、私はマンションへと入っていった。
なお、出る時には着てなかったドレスを着て帰った事で大騒ぎになったことは言うまでもない。
(後書き)
戻れないところまで嵌まっていくフェイトそん。
情報開示の際に彼の名前や容姿までちゃんと説明して居ればこんなことには……。
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44:かなしい言葉 【金の恋】
副題:金の恋シリーズ第4話「金の苦悩」
「命の創造は神のみに許された行為、人の身で為すことではない」
その言葉に心臓が止まる程の衝撃を受けた。
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
ラインハルトさんに執務官試験の合格を祝って貰った後にも、何度か食事に連れて行って貰った。
流石に毎回最初の時の様な対応をされてしまうと心臓に悪いので、2回目からは必死に頼み込んで何とか軽い内容にして貰った。
それでも2~3ヶ月に1度はあのレストランでの食事だったけど……。
時折腰が引けてしまうことはあるけれど、まるで恋人としてデートしているようなその時間は私にとってかけがえのない幸せな刻だった。
本当は分かってる。
私とラインハルトさんは恋人なんかじゃないし、今後そんな関係になれる可能性も皆無に等しい。
ラインハルトさんは私に恋愛感情なんて無くて、ただ親しくなった子供の相手をしているだけ。
それに、私とあの人が結ばれる為には幾つもの障害を乗り越えなければならない。
あの人は大人だけど、私はまだ子供。
あの人は資産家だけど、私は大した身分も持ってない。
あの人は管理外世界の住人だけど、私は管理局員でいずれは移住する。
ただ、そんなことよりも一番の障害は……私の出自。
数年前のなのはと初めて会ったあの事件で私は自分がどうやって生まれたのかを知ってしまった。
アリシア・テスタロッサのクローン、人造魔導師。
なのはやまどか達は、私が普通の人間じゃないって知っても友達で居てくれた。
リンディ母さんは私を引き取って娘にしてくれたし、クロノも良くしてくれている。
それでも、やっぱりそんな人達ばかりじゃないことをこの数年間で思い知った。
陰口を叩かれているのは知っているし、軽蔑する様な視線で見られることもよくある。
もっと直接的に、汚らわしいとかお前の様な奴が何故ここに居るとか罵られたこともあった。
辛くて泣いたことも何度もあるけれど、それでもそんな事を気にせずに仲良くしてくれる人がいることを励みに歩んできた。
必死に歩いてきたけれど、最近はどうしても不安と疑念が頭を離れてくれない。
もしもラインハルトさんが私の出自を知ったら、あの人はどう思うのだろうか。
勿論、管理外世界の住人であるラインハルトさんに私の出自それ自体を話すことは出来ない。
ただ、どうしても聞かずにはいれなかったんだ。
「その……クローンってどう思いますか?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
金槌で頭を殴られた様な衝撃だった。
胸が痛むのを必死に抑え、表情に出ない様に努める。
「そう……ですよね」
何とかそう相槌を打つことが出来たが、涙声になってしまうことは止められなかった。
ラインハルトさんに気付かれてしまっただろうか。
嗚呼、やっぱり受け入れて貰えないんだ。
苦い諦めが浸透していく。
ラインハルトさんが言ってることは正しいし、私もそう思う。
ただ、それでも彼にだけは受け入れて欲しかった。
悲しいし、とても悔しい。
自分の生まれ方と言う、努力ではどうにもできない部分で決まってしまうことが。
今は子供でも何れは大人になれる。
頭が良くないといけないなら、頑張って勉強する。
容姿だって生まれつきな部分もあるけれど、綺麗になれるように努力する余地はある。
家柄とかは無理だけど、地位とか身分とかを得られれば覆せるかも知れない。
でも、生まれ方を変えることは出来ない。
真っ暗になる視界を堪えながら食事を続ける。
味は全然分からなかったし、その後の会話も覚えていない。
何処か別の場所から自分自身を見ているかのように現実感が無く、ちゃんと受け答え出来たかどうかも怪しい。
気が付いたらマンションの前に送り届けられていて、部屋にフラフラと入る。
リンディ母さんやアルフが声を掛けてくれたけど、耳に入らなかった。
ドレスが皺になるのも構わずベッドに突っ伏して漸く今日の出来事が夢ではなくて現実であることを実感してきた。
枕に顔を押し付けて声を押し殺しながら私は涙を流した。
翌日、私はどうしても動く気力が起きなくて、学校を休んだ。
リンディ母さんもアルフも心配してくれて何があったか聞いてきたけれど、言えなかった。
なのは達から電話が掛かってきたけれど、まともに話せる気がしなくて受信しなかった。
(後書き)
彼女を語る上ではどうしても避けては通れない出生の秘密。
獣殿「
それにしても、前話からの落差が半端ない。
上げて落とす意図は無いです……多分。
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45:たった一個の蒼い石 【本編】
新暦71年、ミッドチルダ北部の臨海第8空港を中心に世界が揺れた。
【Side 高町まどか】
撃墜事件から4年の月日が経った。
私は数ヶ月間のリハビリを経て学校と管理局に復帰し、今ではミッドチルダの地上本部──通称『陸』──に勤めている。
リハビリは凄く辛くて何度も涙を流したけれど、一度は植物状態に陥ったことを考えればこうして動けているだけでも幸運に感謝するべきだろう。
幾つかの事件があり、変えられたものもあれば変えられなかったものもある。
なのはの撃墜事件は私が代わりに怪我を負ってしまったため、ある意味で変わったと言える。
戦闘機人事件は介入することが出来なかった。
エリオ・モンディアルはまだ本局施設には居ないため、手が出せない。
ティーダ・ランスターの殉職は変えられなかった。
ヴァイス・グランセニックの妹は失明を免れた。
なのはは撃墜されていなくてもあの事件で思うところがあったらしく、教導隊に籍を移した。
撃墜されてから復帰したのがなのはではなく私になってしまったため、『不屈のエースオブエース』とは呼ばれていない。
代わりに私が『不屈のエース』でなのはが『エースオブエース』と呼ばれており、分割されてしまった様だ。
フェイトは執務官として飛び回っているけれど、ここしばらく浮き沈みが激しく落ち込んでいたり鬼気迫る様子で任務に当たっていたりする。
はやては捜査官の道を歩んでおり上級キャリア試験にも合格した。
優介は私と同様に地上本部の部隊に所属しているが、狙撃手として色々な部隊に引っ張りダコだ。
ちなみに、ヴァイスの妹が失明しなかったのはその時に動員された狙撃手がヴァイスではなく優介だったためだったりする。
それぞれの道を進んでいるみんなだけど、丁度休暇が重なった為に一同に会すことになった。
私と優介は目配せし合い、状況を確認する。
J・S事件まで残り4年、そしてみんなで集まると言うこのタイミング……正史で起こった空港火災がこの世界でも起こるとすればこの日である可能性が高い。
正史の通りに進んでくれなければ助けられるものも助けられなくなる可能性がある。
一方で、悲劇が起こるとすれば可能な限り防ぎたい。
だから私と優介は未来の情報は最小限とし、起こる直前に開示する様にしていた。
今回も空港火災のことを3人に話し、協力を依頼した。
とは言え、この空港火災は原因が分からない為に防ぐのは難しい。
大々的に空港内を捜索すれば原因を突き止めて防ぐことが出来るかもしれないが、転生者と正史に関する知識は管理局にも明かせないため、その手段は採れない。
出来るとしたら、なるべく被害を抑える為に近くで待機していることだろう。
折角の休暇に申し訳ないと思いつつも、当初の予定よりも早く集合して貰い空港の近くで待機する。
そうして、火災の警報と共にはやては指揮系統の掌握に、残りの4人は救助の為に空港内へと突入した。
二手に分かれて救助を進める。
私はフェイトと、優介はなのはとそれぞれ一緒に行動している。
本来よりも早く救助に着手出来ている為、順調に進んでいる。
このままいけば正史よりも被害を抑えることが出来る筈……そう思った瞬間、それは起こった。
何かが弾ける様な感覚と共に、大気と地面が震える。
いつか何処かで感じた憶えのある感覚にデジャビュを感じるが、次に起こった事態に一旦保留とする。
元々崩壊が始まっていた空港の建物が今の振動で一気に秒読みを進めたのだ。
天井が崩れ落ち、大小様々な瓦礫が私とフェイトの頭上に落下してくる。
「フェイト!」
「うん!」
回避は不可能と判断し、咄嗟に駆け寄り2人で並んでデバイスを掲げる。
「ライジングソウル!」
≪Protection Powered≫
「バルディッシュ!」
≪Defensor Plus≫
2重に張られた障壁に、次々と瓦礫が落ちてくる。
「ぐ……うぅ……」
「あ……ぅ……」
魔力を振り絞って何とか障壁を維持する。
1分後、全ての瓦礫が地面に落ち、落下物はひと段落が着いた。
上を見ると天井が完全に無くなっており、夜空が覗いている。
「取り合えず、助かった様ね」
「うん、何とかね」
フェイトとお互いの無事を確認し合う。
「何だったのかな、今の?」
「分からないけれど……でも何処かで憶えが……」
パッとは思い出せないが、何処かで憶えがある感覚だった。
しかし、今はそれどころではないので後回しとする。
さっきの振動で建物の崩壊が大分進んでしまった。
落下する瓦礫によって被害も増えてしまっている筈……おそらくは少なくない数の死亡者も出ている。
外で指揮を取っているはやてに連絡して、被害の多そうな場所から優先的に救助を急がなければならない。
通信ではやてと連絡しようとするが、先程の事象のせいかあるいは被害で連絡が集中しているのか繋がらない。
仕方ないので、連絡はライジングソウルに任せて周囲の要救助者を捜索することにする。
飛び回りながら、はやてやなのは、優介への通信は継続するが繋がる気配がなかった。
「さっきの振動……多分次元震だ。
地面だけじゃなくて、空間自体が振動してたから間違いないと思う」
「次元震? でも、どうしてこんなところで?」
ミッドチルダで次元震が自然発生することなんて滅多にない。
考えられるとすれば……ロストロギアしかない。
しかし、先程の感覚は昔にも何処かで……と思った所で、心当たりがあることに気付いた。
まさか、ジュエルシード!?
正史では本局からスカリエッティに横流しされていた筈。
それがいつだったかまでは分からないけれど、既に彼の手に渡ってる可能性はある。
しかし、何故こんな所で発動する?
あるいは、聖槍十三騎士団に奪われた方だろうか?
P・T事件の彼らはジュエルシード狙いだったが、何のためかは未だ不明のままだ。
「フェイト、この火災がひと段落したら頼みたいことがあるんだけど」
「改まってどうしたの、まどか?」
「本局のロストロギア保管庫にジュエルシードがちゃんと保管されるか確認して欲しいの」
「え……?」
私の依頼に、フェイトは息を飲んだ。
「さっきの振動とその直前の感覚、昔何処かで同じものを感じた記憶があると思ったんだけど、ジュエルシードの暴走時の反応だわ」
「でもジュエルシードは……まさか、本局から持ち出されたって言うの!?」
「可能性の1つよ。
もう1つは聖槍十三騎士団に奪われた物である可能性ね」
私が挙げた単語に、フェイトは硬直する。
「私達が確保した分が本局にきちんと保管されているなら間違いないわね。
でも、万が一紛失していたらそれ以上は踏み込まない様に気を付けて」
「でも……」
「悪いけど、これだけは厳守して。
もし想像が正しければ、この件に深入りするととんでもない危険があるわ」
「……わかった」
正義感から食い下がろうとしたフェイトだが、私が真剣に頼むと渋々だが引き下がった。
実際、この件に下手に踏み込むと最高評議会を始めとする管理局の上層部と敵対する可能性がある。
その時、試み続けていた通信が漸く繋がった。
状況的に一番優先的に連絡を取りたかったのは指揮を取っているはやてだったが、その時繋がったのは優介との通信だった。
『まどか、か?』
「優介! そっちは大丈夫だった!? なのはは無事?」
漸く繋がった通信に、安否を確認する。
優介はなのはと一緒だった筈だから、そちらの無事も確認したい。
『少なくとも、肉体的には無事だ』
「……どうしたの?」
無事と言うには引っ掛かる言い方に、嫌な予感を感じて問い掛ける。
優介の沈痛な表情も不安を煽った。
『その、落ち着いて聞いてくれ……スバルが死んだ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
蒼い空の下、郊外のとある一角に黒い服を着た大勢の人が佇んでいた。
立ち並ぶ墓石の内の1つの前に、壮年の男性と手足に包帯を巻いた青髪の少女が居た。
少女は泣き崩れており、男性も沈痛な面持ちだった。
数日前の空港火災において家族を失った親娘の姿に、周囲を囲む親戚や知人達も表情は暗い。
私はなのはや優介、そしてフェイトと輪の中心から少し離れた位置で参列していた。
はやては死した者やその家族と直接面識があったため、中心の方に居る。
なのはは酷く落ち込んでおり、ここ数日碌に眠れていない様子だった。
優介から聞いた話だと、どうやら目の前で助けられなかったらしい。
私自身、今回の件は酷く堪えた。
正史の悲劇を防げなかったことは何度もあったけれど、今回は明らかに正史より被害が増えている。
もっと良い方法があったんじゃないか、この結末は私のせいではないか、そんな考えがグルグルと頭の中を廻る。
死亡者23人
重傷者41人
軽傷者多数
それが今回の事件の被害だった。
加えて空港があった場所は高濃度の魔力汚染によって人が立ち入れない土地になってしまい、隔離閉鎖されている。
正史での空港火災の被害がどれほどだったのかは分からないが、おそらく死者は居なかったと思う。
火災に合わせて起こったジュエルシードの暴走による次元震、それによる建物の倒壊が被害を大きく増加させた。
頭では分かっている、こちらがどんなに備えていようとあれは防げなかったと。
しかし、もしも全てを暴露して火災自体を事前に止めることが出来ていたら、ジュエルシードの暴走も無かったかもしれない。
私が保身のために情報を秘匿したせいで……いや、止めよう。
保身のことを考えなかったとしても、転生者や正史の知識のことは明かせない。
もしも表沙汰にすれば、管理局がどういう手段に出てくるか分からない。
私は思考を中断し、改めて葬儀の行われている中心地に目を向ける。
スバル・ナカジマの死亡……4年後のJ・S事件で活躍する筈だった主要人物の1人が死んでしまった。
機動六課のフォワードメンバーがどうなるのか、全く予想が付かない。
不安の中で葬儀は粛々と進められていった。
(後書き)
宝石一個配置されていただけで運命が大きく分岐してしまいました。
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46:べストカップル? 【金の恋】
副題:金の恋シリーズ第5話「金の告白」
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
ラインハルトさんに否定されてから約2年、私とラインハルトさんの食事会は大分頻度を落としながらも続いていた。
本当はもう会わない方がいいと思ったけど、暫く会えないとどうしても気になって連絡してしまうといったことを何度も繰り返した。
本当に未練がましいと思うけど……やっぱり私はラインハルトさんのことが好きで好きで仕方がないみたいだ。
中学校に通う3年間で何度か男の子に告白されたけれど、その度にラインハルトさんの顔が頭に浮かんで断ってしまった。
でも、それも今日で終わりにしなければいけない。
ズルズルと引き摺ってしまったけれど、もうすぐ私は本格的に管理局で働くようになる。
住む場所もより本局に近いミッドチルダに移住することになっているから、これまでの様に頻繁に会うことは出来なくなる。
勿論この世界に来ることが出来ないわけではないけれど、渡航許可を取ったりしなければいけなくなるので、せいぜい月に1回くらいしか無理だと思う。
気持ちを断ち切る為、今日は覚悟を決めてきた。
散々悩んだけれど、やっぱりラインハルトさんに私の出自のことを話そうと思う。
魔法のことは話せないけれど、クローン技術自体はこの世界にも未発達とは言え存在するので、少し誤魔化せば多分大丈夫。
命の創造は人が行ってはいけないと言っていたラインハルトさんだから……多分嫌われてしまうと思う。
罵倒されるかもしれない。
想像するだけで胸が張り裂けそうになるけれど、それでもこのまま本当の事を言わないまま離れ離れになってしまったら私はこの先1歩も前に進めないと思う。
だから、恐いけれど勇気を出して本当の事を告げよう。
お話したいことがあると連絡を取って、久し振りにディナーに連れてきて貰った。
ゲルマニアグループのビルではなく、駅前のホテルの高層階にあるレストラン。
ここは以前、まどかが撃墜事件で怪我をした時にラインハルトさんにつれてきてもらった場所だ。
何も出来ないと落ち込んでいた私はラインハルトさんにアドバイスを貰ってなのはを諦めずに励まして立ち直らせることが出来た。
あの後、まどかも奇跡的な快復を遂げた。
ラインハルトさんに惹かれたのは最初に会った時からだったけど、本当の意味で好きになってしまったのはあの時なんだと思う。
話したいことがあると言って来て貰ったけれど、私の出自は周りに人がいるこの場所では話し難い。
それに、多分話したら食事をする雰囲気じゃなくなってしまう。
最後になるんだから、思い出に残す為にもせめて食事は最後まで落ち着いたままで続けたかった。
そう告げると、ラインハルトさんは支配人の人を呼び立てて何かを頼み始めた。
「あの……今のは?」
「ああ、このホテルに部屋を取らせた。
ここで話し難い内容ならば、食事後にその部屋で聞くとしよう」
ごめんなさい、最初から周りに人が居ない場所ってお願いしておくべきだった。
手間を取らせてしまって申し訳ないと思いながらも、配慮してくれたことにお礼を告げる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
食事を終えて、支配人さんに告げられた部屋へと場所を移す。
少し想像していたけれど、目の前に広がる部屋の広さと家具の豪華さに顔が引き攣る。
これ、もしかしてロイヤルスイートとかなのでは?
話をするだけなのにこんな部屋を取らせてしまった事に俯いてしまうが、次の瞬間に状況に気が付いて硬直する。
部屋を取って泊まらずに帰るのも変だから、今日はここに泊まる流れになると思う。
それはつまり、ラインハルトさんと2人きりで同じ部屋に寝るってこと。
え~と、もしかして……そういう展開なんだろうか。
緊張しているけど、それが「嫌」とか「怖い」でない辺り、重症だと自分でも思う。
そこまで考えて、いやいやと首を振って思い直す。
今日は訣別のために来たんだから、そんな期待をしてはだめだ。
ソファに向かい合って座ると、ラインハルトさんが手ずから紅茶を淹れてくれた。
紅茶を一口含み、話を始めようとする。
しかし、いざ話そうと思うと身が竦んでしまって言葉が出て来なかった。
やっぱりイヤだ、怖い、嫌われたくない。
黙りこくる私をラインハルトさんは何も言わずにただ待ってくれた。
「私は……」
何時間にも感じたけれど実際には数分だった沈黙の時間の後、私はポツリと言葉に出した。
「私は、クローンです」
言ってしまった、と思った。
もう取り返しがつかない。
後悔の念が沸き上がる中、それまでの沈黙を覆す様に私は一斉に話しだした。
それは多分、ラインハルトさんの反応が怖くて言葉を途切れさせないようにしたかったのだと思う。
私の母さんが科学者だったこと。
アリシアが事故に遭って死んでしまったこと。
母さんがアリシアを取り戻す為にクローンとしての私を作ったこと。
結局、アリシアになり切れずに失敗作だと言われたこと。
母さんはアリシアを生き返らせようとして、そして死んでしまったこと。
魔法の事に触れずに話せる全てを一気に話した。
そうして、話せることが無くなって怖くなって俯いた。
「……そうか」
一言だけ発するラインハルトさん。
よくも騙したなと罵倒されるのだろうか。
それとも、二度と近付くなと拒絶されるのだろうか。
あるいは、汚らわしいと軽蔑されるのだろうか。
嫌な想像ばかりが膨らむが反応はない。
沈黙に耐え切れずに、俯いていた視線を上げて彼の方を見ると、ラインハルトさんは紅茶を飲んでいた。
「あの……それだけですか?」
反応の無さが気になって問い掛ける。
「それだけ、とは?」
「その……汚らわしいとか思わないのかって」
実際彼に言われたら耐えられないと思うけど、以前聞いた言葉からそう言われることも覚悟していた。
「汚らわしい? 何故かね?」
……あれ?
「だ、だって……前に人間が命を創造するのはいけないことだって……」
そう、私が絶望の淵に追い詰められた言葉だ。
もしかして、彼にとっては大した思いもない軽い言葉だったのだろうか。
だとしたら、幾らラインハルトさんでもちょっと許せない。
あの時はしばらく食事が喉を通らなくて、みんなに散々心配を掛けてしまったのだから。
「ふむ、確かに言った記憶がある」
「だったら、クローンとして生まれた私も罪深い禁忌の存在ってことに……」
「何故かね?」
あれ?
おかしい、どうも話が噛み合わない。
「確かに、私はクローン技術の様な命の創造は神の役目であり人が為すことではないと言った」
「はい……」
「卿の母親がクローン技術で卿を生み出したのなら、卿の母親は禁忌を犯したことになる」
「……………………………………」
その言葉に何も言えなくて、私は黙り込んだ。
否定したいけれど、母さんのやったことは犯罪だし倫理にも反すると分かっている。
目の前で他の人がそれを行っていたら、私だって止めるだろう。
でも、母さんの行為を否定してしまったら私の存在自体を否定することになる。
「だが、それで何故卿が『罪深い禁忌の存在』になる?」
「え……?」
思わぬ言葉に信じられずにポカンと口を開けて固まってしまった。
「昔、とある者が生まれた際に私はこう言ったことがある。
『それは最初から生まれてきてはならぬものだ』と」
ラインハルトさんの言葉にまるで自分がそう言われたかのように感じ、ビクッと身を竦める。
「しかし、友はこう私に諭した。
『ですがこうして生まれた以上、彼を止める権利など誰にもない』と」
「あ……」
その言葉に何か温かいものが私の胸の中を満たした。
「この言葉を是とするか非とするかは自由だが、私は正しいと受け取った。
いかなる者であろうと生まれた以上は否定する権利は誰にも無い。
例え卿が禁忌の術で生み出されたのだとしても、卿自身に罪は無い……少なくとも私はそう断じている」
「………………………………っ!」
言葉が出なかった。
肯定してくれた……その事実に歓喜と昂揚が湧き上がり、感情が止められなかった。
溢れる涙を抑え切れずに恥も外聞も無く泣きじゃくった。
30分程経って涙が落ち着いて冷静になると、今度は好きな人の前で大号泣した事実に今更ながらに赤面してしまう。
恥ずかしくて彼の顔をまともに見られない……。
でも、私がそれだけ感情を抑えられなかったのも、彼の事が好きだからだ。
受け入れて貰えないと思って訣別のために出自を話したけれど、彼は肯定してくれた。
ならば言ってしまおう、この胸にある想いの丈を全て。
「その、もう1つお話したいことがあるんです」
「ふむ、何かね?」
「私、ラインハルトさんのことが……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、目を醒ますと既にラインハルトさんはベッドに居なかった。
昨日の記憶が戻ってきて顔が熱くなり、転げ回りたくなるのを必死に堪える。
しばらくして漸く顔から血が引いたのでベッドから起き上がり、近くの椅子に畳まれていた服を着る。
どうやら、ラインハルトさんが整えておいてくれたらしい。
姿が見えないけれど、シャワーの音が聞こえるのでバスルームに居るのだろう。
「そう言えば、今何時だろう?」
話の邪魔にならない様に着信音を消していた携帯がテーブルの上にあったので、時間を確認するために手に取る。
しかし、そこに表示された別の文字が目に止まり硬直した。
着信件数 47件
サーッと血の気が引いていくのを感じる。
履歴を見ると大半がリンディ母さんでクロノやエイミィ、なのはやまどかの番号もある。
そう言えば、話に夢中でその後も色々あったので泊まることを伝えるのを完全に忘れていた。
おそらく、帰ってこないことを心配したリンディ母さんがなのはやまどかにも確認したのだろう。
ど、どうすればいいんだろう……。
結局、ラインハルトさんがシャワーを浴び終えて出て来るまで、私はただ立ち尽くしたまま呆然としていた。
(後書き)
空白期における 【金の恋】シリーズはこれで完です。
獣殿が友に言われた言葉は「Die Morgendammerung」より。
しかし、何故でしょう、意味合いは殆ど一緒なのに印象が全然違うのは……。
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47:なぜ貴様がここにいる 【本編】
【Side 八神はやて】
『やはり、現在の状態では難しいと言わざるを得ないな』
「ほうか……」
モニタ越しにクロノ君から告げられた言葉に、思わず嘆息する。
『少なくとも後1人、将官クラスの後見を得なければ部隊設立は認められないと思う』
「せやな、リンディさんが居てくれれば……あ、ごめん」
『……いや、構わない。
確かに、母さんの地位がそのままだったら後見の体制も整っていただろう』
厳しい現実に思わず本音が漏れてしまい、慌てて謝罪する。
闇の書事件の後、事実上の左遷で地位を追われたリンディさんの話題は息子であるクロノ君にとっても苦い記憶だろう。
彼自身は地位を追われることは無かったが、ハラオウン家自体が評判を落としたために厳しい目を向けられ続けてきたこともある。
それでも執務官から提督に出世出来たことは彼の才能や努力による賜物だと言っていいだろう。
「レティ提督はダメなんか?」
リンディさんの失脚後、私やなのはちゃん達の面倒を色々と見てくれた親しい提督の名を挙げてみる。
リンディさんの親友でもあるし、頼めば力になってくれそうだ。
しかし、私の質問にクロノ君は眉間に皺を寄せる。
『レティ提督は人事を統括する立場だから、こう言う件であからさまに肩入れするのは難しいだろう。
協力を約束してくれているから広義の意味では後見人に当たるが、正式な立場としては無理だ。
人材面で融通を利かせて貰うのが限界だ』
「むぅ……クロノ君の知り合いでええ人おらんの?」
『知り合いの提督に声を掛けることは出来るが……難しいな。
今回の件は本来地上本部の管轄であるミッドチルダに本局の息が掛かった部隊を設立すると言う強引な話だ。
どちらかと言えば強硬派の行動に近い。
僕が親しい人達は基本的に穏健派だから、理解を得るのは至難だろう』
「それは……」
確かに、今回私が考えている部隊は管轄の壁を超えた強引なものだ。
管理局を二分する派閥の内、穏健派は勢力関係といった点では保守的で、こういう革新的な提案は好まれない。
『かと言って、強硬派には伝手も無い。
そもそも、僕も君もあまり好かれてないから話も聞いて貰えないだろう』
「………………………………」
反論が見付からずに、思わず黙り込む。
闇の書事件で評判を落としたとは言えハラオウン家は穏健派の中でも名門であり、強硬派から見れば目の上のたんこぶだ。
それに私は闇の書事件の重要参考人、穏健派の人達は同情してくれるが強硬派からは犯罪者扱いされることすらある。
「なんとか……なんとかならんの?
こんな初っ端で躓くなんて……」
ままならない現実に思わず涙が浮かぶ。
『実は1人、協力を申し出てくれている人が居るんだが……』
「ホンマに!? ……なんか問題ある人なん?」
唐突に告げられた情報に思わず食い付いてしまった。
しかし、モニタに映るクロノ君の表情を見て、思い止まる。
苦々しい彼の表情に、あまり良い情報では無い予感を感じる。
『いや、問題がある人じゃないんだ。
周囲からの評判も悪くない』
「ほんなら、どうして最初に言い出さなかったん?
何か理由があるんやろ?」
『何故彼が協力を申し出たか、その意図が掴めないのが1つ。
それと……正直会った時の第一印象であまり好きな相手ではないと感じてしまってな。
いや、すまない……後半は忘れてくれ。
個人的な話だし理由も無く勝手な印象で嫌うのは良くない』
クロノ君の珍しい評価に少し興味を惹かれる。
クロノ君だって人間だ、好きなタイプも居れば嫌いなタイプも居るだろう。
しかし、理由も無く印象が悪いと言うのは珍しい。
「クロノ君がそこまで悪く言うのも珍しいな。
傲慢な感じなん?」
『いや、寧ろ逆に腰が低い感じの人だったよ。
慇懃無礼と言っても良いくらいに』
「そうなん?
まぁ、印象は兎も角として一回会ってみたいな。
他に当ても居ないことやしな」
『そうだな……分かった。アポを取ってみるよ』
「よろしくお願いな」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「初めまして、親愛なるお嬢さん。
わたくしはシュピーネ。時空管理局情報統括官ロート・シュピーネ少将です」
肌がぞわっと泡立つのを感じる。
爬虫類を彷彿とさせる容貌、舐め回す様な視線、粘着質な話し声。
その全てが生理的な嫌悪感を沸き立たせる。
長袖タイプの制服で良かった、鳥肌が立っているのを気付かれずに済む。
私は今すぐ部屋を退出したくなるのを必死に抑えて、努めて内心を外に出さない様に笑顔を維持する。
「八神三佐です。
この度はお忙しい所お時間を割いて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、大したことでは無いですよ。
私も貴女のことを聞いてお会いしたいと思っていましたから」
リップサービスでも普通なら多少なりとも嬉しく思う言葉だが、この場では顔が引き攣るのを堪えるので精一杯だった。
「そ、それは光栄です。
ところで、私の部隊設立に御協力頂けると言うお話ですが……」
少しでも早くこの会談を終わらせたくて、本題を切り出す。
失礼と受け取られかねないが、それ以上にこの場から早く出たいと思ってしまった。
「ええ、後見人を探していると聞きましたので。
わたくしで宜しければ、引受させて頂きますよ」
「ありがたいお話ですが、1つ聞いても良いですか?」
「? 何でしょう?」
「何故協力してくれるんですか?穏健派でも強硬派でもない貴方が」
ロート・シュピーネ少将。
クロノ君から聞いた話では管理局の海を二分する強硬派と穏健派の何れにも属さない人物であると聞いた。
勿論、本局に所属する全ての人間が派閥に属しているわけでもないので、派閥に属さない人物が居るのはおかしいことではない。
しかし、派閥に属さない人物は出世において不利となり、高位に就くことは難しい。
それなのに、目の前の人物が少将という高い階級と情報統括官と言う幹部クラスのポストを持つことが出来た理由、それは情報収集能力にあるという。
見た目に反して……というとアレだが、彼は高い情報収集能力を保持しており、彼が齎す情報は強硬派も穏健派も無視出来ない重要度らしい。
加えて、敢えて中立の立場に立つことで二つの派閥間の情報の遣り取りを取り仕切る窓口の様な役割も果たしているそうだ。
「どうやら、わたくしのことはある程度ご存知のご様子。
それならば話は早いですね、私が貴女の部隊設立に協力する理由は『情報』ですよ」
「情報……ですか?」
「ええ、貴女の創ろうとしている部隊は賛同者は多くありません。
しかし、興味を持っている者は結構居るのですよ。
そして、そう言う方々は情報を欲している」
「それを貴方が提供する……その情報収集の為に後見人になると言うことですか」
「その通り。
別に特別なことはせずとも結構、ただ
「──────っ!?」
ニタリという擬音が似合う笑いと共に告げられた言葉に、心臓を鷲掴みされたような衝撃を感じた。
後見人になれば報告を行うのは当たり前だ……そんな当たり前のことをこの場で敢えて告げた理由。
釘を刺された。
クロノ君やカリムと言った、部隊設立の真の理由を知っている身内の後見人……
わざわざこんなことをしてきた以上、おそらく部隊設立の理由が表向きのものだけではないことも気付かれてしまっている。
今回の部隊設立の目的はカリムの予言によって告げられた管理局の危機の回避だ。
しかし舞台になるであろうミッドチルダは陸の管轄であり手出しが出来ない。
そのため、本局の管轄であるロストロギア対策の名目の元、ミッドチルダに部隊を設立し、なし崩し的に事件を解決するつもりだった。
流石に真の理由までは知られていないと思うが、部隊設立の目的が表向きに提示しているものと違うことを知られただけでも致命的だ。
ただでさえ良く思われていない地上本部に知られれば、管轄侵犯として猛反発を受けるだろう。
それに、そもそも虚偽の目的で部隊を設立しようという行為自体が反逆と捉えられかねない。
そして同時に、これで彼の申し出を断ることも出来なくなった。
今の状態で断れば、疚しいことがあると証明したも同然だからだ。
情報統括官である彼にそんな認識をされれば、あっという間に追い詰められてしまうだろう。
「そうですか。
勿論、後見人となって頂ければ報告はきちんと行いますよ」
「それは良かった」
なんとか会話を続けるが、内心を何処まで隠せているか自信が無い。
為人は兎も角、恐ろしく優秀で狡猾な人物だと言うことがこの数分の遣り取りで身に沁みて分かった。
会談を行った時点で、どう転ぼうと相手に情報を渡す結果になっていたのだ。
後見人として受け入れることはもう避けられない。
後は如何に情報を不自然でない範囲で隠せるか……クロノ君やカリムとも相談せんとあかんな。
(後書き)
出番補完回で彼の回が無かった?
それはそうです、何故なら彼には補完せずともちゃんと出番がありますから。
なお、黒円卓の騎士団員の名前や容姿を説明していればあんなことには……の「あんなこと」には、フェイトだけじゃなくてこちらも含まれてました。
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48:いよいよ本戦?【本編】
【Side ???・???】
暗闇の中、モニタに見知った相手が映し出される。
『それで……どうなった?』
「ちょっと予定外なことになりましたが、まぁ目的を考えれば好都合とも取れるかも知れません。
リスクは跳ね上がりますが……」
正直、立候補しているわけでもないのだから選ばれてしまうとは思わなかった。
いや、それ以前に要員協力の依頼があったことすら予定外だ。
周囲を煽動して外部協力者として動くつもりだったが、しかし内部で動けるならそれも悪くはない。
勿論、確実に向けられるであろう疑いの目をどう逸らしていくかを考える必要はあるが……。
『それは良かった……のか?』
「微妙なところですね。
そちらはどうですか?」
彼に任せた方も重要だが、正直こちら以上に接触が難しい筈だ。
『こっちは難しいな。
接触することは出来そうだが、どうやったって怪しまれる』
「そう……そうですよね」
『こっちは監視に留めるしかないな』
「仕方ありません、あまり無理をして貴方が目立ったら台無しですし。
それにしても残り2人……一体何処に居るのでしょう」
10年前に死亡しているのが1人、明らかに該当するのが2人、そして私達を合わせて5人が判明している。
全部で7人居る筈なので、残り2人が未だに発見出来ていないことになる。
『今のところそちらにはそれらしい奴は居なかったんだろう?』
「ええ、と言っても隠れ潜んで居る可能性はゼロでは無いですが。
ただ可能性としては低いと思います、普通ならどちらかを選ぶ筈ですし」
私が現在接触しようとしているところ、そして彼に監視を頼んだところ。
主なところはこの2つで、それ以外のところに所属するメリットはあまり無い筈だ。
『あるいは第三者って可能性もある……俺みたいにな』
「真っ当な選択肢じゃないけどね、それ」
『そいつはどうも』
「褒めてないですよ」
『知ってるさ。
だけど、そもそもあんたが言えた台詞じゃないだろ。
そんな奴だと分かって組んでるんだから、同類だ』
「まぁ、そう言われると否定出来ないのですが。
取り合えず、残りの2人については様子見ですね。
それに、目立つ2人を見張っていれば接触してくる可能性は高いです」
『囮……いや、撒き餌ってところだな』
『それで、あっちに行ったら連絡はどうする?
向こうだって情報漏洩にはそれなりに気を使ってるだろう』
唐突に話を変えられたが、これも結構重要な話だ。
「通信は勿論、普通の念話も傍受されるでしょうね」
『だろうな。
しかし、連絡が取れないとそもそも大前提から成り立たないだろ』
確かに、情報収集を行っても情報交換が出来ないと効率は劇的に悪化する。
連絡手段の確立は必須だ。
しかし、それについては既に目算がある。
「問題ないです、アレなら傍受はされない筈ですから」
『ああ、アレがあったか……って、何赤くなってるんだ』
手段としては真っ当だが、その準備に些か問題がある方法だった。
思わず思い出して顔を赤らめる私に、彼は指摘する。
「し、仕方ないじゃないですか!
思い出しちゃったんですから」
『? ああ、そういうことか。
案外初心なんだな』
失礼な。
「……案外は余計です」
『まぁ、取り合えず連絡は何とかなりそうだな』
「そうですね」
ミッドチルダの地で巻き起こされる一連の事件と戦争。
上手く立ち回らなければ命を代償として支払う羽目になる。
「必ず勝ち抜いてみせます」
(後書き)
以上で第4章完、次話から第5章のStrikers編になり、通常通りの1日1話投稿に戻ります。
しかし、Strikers編は騎士団員の出番があまり……何せ舞台がミッドチルダ(敵地)ですし。
平和にリリカルやる最後の機会です。
なお、第4章のサブタイトルについては嘘です、獣殿は甘いもの以外も食べてます。
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【第5章】Strikers
49:集結、機動六課
【Side ティアナ・ランスター】
「錚々たる面子ね」
演台の上で茶色のショートカットの小柄な女性が演説をするのを直立して聞きながら、その周囲に並ぶ面々を見て呟いた。
小さな声だったので、周りの人には聞こえることは無かっただろう。
ここは第一管理世界ミッドチルダの首都クラナガンの外れにある古代遺物管理部機動六課のオフィス。
恐ろしいことに、今回の試験部隊のために建物自体を新たに建てたらしく、どうみても新築の輝きを放っている。
一年限りの試験部隊の筈なのに、解散後この建物どうするつもりなんだろう?
部隊の勧誘を受けて相談した時に聞いた姉さんの言葉が現実味を帯びてきて、私は思わず身震いする。
『ミッドチルダにロストロギア対策部隊?
陸の管轄内に海の部隊を作るってことじゃないですか、それ。
完全に喧嘩売ってますね。
クーデターでも始めるつもりなんですか、その人』
実際、SSランク魔導師でもある部隊長の八神はやて三佐を筆頭に侵略を始める為の先遣部隊と言っても良い程の戦力が揃っている。
エースオブエースと名高い教導隊の高町なのは二等空尉。
執務官の中でも若手の筆頭と言われているハラオウン執務官。
大怪我を負いながら復帰し活躍している不屈のエース高町まどか二等空尉。
凄腕のスナイパーでありながら接近戦までこなす陸の救世主松田三等陸尉。
高町まどか二尉と松田三尉は本局ではなく地上部隊の所属らしいが、隊長陣は皆幼馴染らしいのでいざと言う時の抑止力としての効果は期待出来そうにない。
と言うか、見事なまでに身内で固められた部隊だ。
試験部隊と言う話だったが、こんな特異な例で何を試せるのだろう。
とは言え、執務官になると言う私の夢を考えれば、ロストロギア対策部隊に所属すると言うのは有益である。
教導隊でも有名な高町なのは二尉の教導も受けられると言う話だし、取り合えずは頑張ってみよう。
兄さんの夢を代わりに叶える為に、姉さんの期待に応える為に。
【Side 高町まどか】
「う~ん……」
「どうしたんだ?」
私はモニタを睨みながら悩んでいると、横から声が掛けられる。
振り向くと、そこには茶色の制服を着た赤髪の青年が居た。
「機動六課のメンバー表を見ていたのよ」
赤髪の青年──優介に答えながら、先程まで見ていたモニタを彼にも見える様に拡大する。
■───────────────────────■
古代遺物管理部機動六課
部隊長:八神はやて
<ロングアーチ>
隊長 :八神はやて(兼)
副隊長:リインフォース
隊員 :グリフィス・ロウラン
シャリオ・フィニーノ
アルト・クラエッタ
ルキノ・リリエ
シャマル
<スターズ分隊>
隊長 :高町なのは
副隊長:ヴィータ
隊員 :ギンガ・ナカジマ
ティアナ・ランスター
<ライトニング分隊>
隊長 :フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
副隊長:シグナム
隊員 :エリオ・モンディアル
ルーテシア・アルピーノ
<ブレード分隊>
隊長 :高町まどか
副隊長:松田優介
隊員 :リジェ・オペル
<バックヤード>
:
:
■───────────────────────■
「矢張り、細部に色々と差が出ているな。
……スターズ分隊はまぁ、仕方ないけど」
気まずそうに述べる優介に私も「そうね」と返すしかなかった。
4年前の空港火災で帰らぬ人となったスバル・ナカジマ……本来だったらスターズ分隊の一員としてこのメンバー表に名前が載っていた筈だった。
代わりに載っているのが彼女の姉に当たるギンガ・ナカジマ陸曹。
どういう交渉が為されたのかは不明だが、はやてが陸士108部隊から引っ張ってきた。
「ライトニング分隊は……皮肉としか言いようがないわね」
隊長副隊長とエリオについては良い……が最後の1人が大問題だ。
正史を考えると最早皮肉でしかない。
「結局、キャロについては?」
「調べてみたけれど、そもそも生まれていない……と言うのが正解みたい。
ル・ルシエの里がある筈のアルザスは無人世界になっていた。
少なくとも、100年以上の間、人が居住したという記録は無いわ」
「100年以上前。
あり得るとしたらガレア帝国か?
真竜の力を警戒してとか……いや、そんな奴らじゃないか」
「そうね……。
まぁ、原因の追及よりも今の現実を考えることを優先しましょう
代わりに入ったのがルーテシア」
正史ではスカリエッティ側でレリック・ウェポンにされていたルーテシアが機動六課に所属。
ゼスト隊の全滅後、最高評議会の手が回る前に何とか保護出来た彼女は正史のキャロの様にフェイトが保護者になっている。
本当は優介か私が育てる筈だったんだけれど、あれよあれよと言う間にフェイトが引き取ってしまった。
何を言っているのか分からないと思うけど、私達も何をされたのか分からなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ。
「でも、彼女にはガリューと白天王が居ないから、あまり無理も出来ないわね」
「多分、正史では母親の召喚蟲を受け継いだんだろうな」
「おそらくね」
正史と異なり、彼女が召喚出来るのはインゼクトと地雷王のみだ。
そもそも、レリック・ウェポンではないので魔力量にも限界がある。
「それから……ブレード分隊」
「俺達の分隊だな」
「ええ、正史には存在しない対『転生者』そして対『ラグナロク』の分隊……の筈なんだけど」
事情を知るはやてに頼んで、自由に動ける様に私と優介を独立した分隊にして貰った。
「この子か」
「そうなの、流石に分隊として独立させる以上は隊員ゼロってわけにもいかないって言われてね。
専任教導の試験部隊でもあるから、若手を最低1人は所属させる必要があるのよ。
まぁ、教導についてはライトニングも含めて基本的になのはが見てくれる筈だし、
任務行動も分隊での行動よりフォワードでチームを組んで行動することが多いから、そこまで問題はないと思うわ」
「そうか……って、だったら分隊にする意味ってないんじゃないか?」
「……私に言わないでよ」
実際、正史でも任務時の動き方を見ると隊長陣はフォワードとは別行動を取っていることが殆どだ。
その事実と機動六課の部隊構成を見れば、はやての目的は高ランク魔導師である隊長陣が自由に動ける環境を作るためであることが透けて見える。
フォワード陣の将来性に期待していないわけではないのだろうが、少なくとも現時点では人数合わせの意味合いが強い。
まぁ尤も、私はそれを非難するつもりはない。
多少魔導師至上主義に毒されている感はあるが現状打破のための施策の1つと思えばそこまで突飛ではないし、独自行動を取らなければいけない私達としても好都合だ。
「リジェ・オペル……聖王教会からの出向だったか?」
「ええ、あっちの騎士団の中でも若手のホープらしいわ。
一応、はやてが配慮してくれた結果みたいよ。
幾ら別行動と言っても報告書とかの処理はしなきゃいけないんだけど、聖王教会からの出向なら私達が取り纏める分は最小限になるから」
「成程」
まぁ、報告義務がある管理局より聖王教会の方がいざと言う時にどうにかなるって意味もあると思うけど。
そんな事を考えながら、私はモニタを立ち上げて通信を始める。
僅かな時間の後、双子の妹の姿が映し出された。
『どうしたの、お姉ちゃん?』
「そっちの様子が気になってね。
訓練の様子、こっちにも送ってくれない?」
『あ、うん。分かった。
丁度ガジェット相手の模擬戦を始めたところだよ』
なのはがモニタを操作すると、訓練用のヴァーチャル施設が映し出された。
フォワード陣5人が30機のガジェットドローンを相手に模擬戦を行っているらしい。
……って、30機!?
ガジェットの特徴であるAMF──アンチマギリングフィールドの体験だろうけど、最初にしてはちょっと数が多くない?
ギンガは流石に現役捜査官としてガジェットの情報を知っていたのか、AMFで消される可能性があるウィングロードを封印してシューティングアーツだけで次々に撃破している。
ティアナは……拳銃と剣!?
左手に持った拳銃から多重弾殻射撃を連射して一発毎に一機ずつ撃破している上に、ガンナーでありながら自ら近付き剣を振るう。
時折ガジェットからビームを撃たれるが、そのビームを右手の剣で斬り払うと言う離れ業を見せている。
エリオは正史通り槍の突撃と電気の魔力変換資質……まぁ、彼についてはAMFはあまり関係が無い。
ルーテシアはインゼクトを敵であるガジェットに取り付かせて同士撃ちをさせている。
そう言えば、正史でもアグスタで操ってたっけ。
その時は自陣営だったけど、敵でも操作出来るんだ、あれ……。
そして最後の1人、ティアナと同世代の赤いショートカットの髪の少女──リジェはトンファー使いの様だ、
シャッハに習っていたりするのだろうか?
普通、トンファーと言う武器はどちらかと言えば防御を主体とする筈なんだけど、彼女は積極的に敵に打ち掛かっていくタイプの様だ。
ビームやワイヤーを真っ向から掻い潜りながら左右のトンファーで強打し撃墜していく。
「なんか……教導とか要らない様にも見えるんだけど」
「エリオとルーテシアは流石にまだまだ未熟な部分があるけど……他の3人はそうね。
ギンガは既に一人前の捜査官だから良いとしても……ティアナとリジェは予想外だわ。
そもそも、何でティアナが接近戦してるのよ……」
「ひょっとして、スバルが居ない影響か?
正史だと前衛のスバルが居たけど、相棒が居ないからその役目も自分で何とかしようとした結果とか」
確かに、正史のティアナのスタイルは前衛であるスバルが居ることを前提としている部分があるため、筋は通っている。
しかし、技術としての完成度で言えば、射撃よりも剣の方が上に見える。
拘りなのか射撃を主体においているが、むしろ剣で戦った方が強いんじゃないだろうか。
「リジェの方は……これまた凄いわね」
「ああ、あの中に突撃するなんて中々出来ることじゃない」
ビームやワイヤーの合間を縫う様に突撃する……口で言えば簡単だけど、技術的にも度胸的にも並大抵で出来ることではない。
「下手をすると、私達より強くない?」
「中距離・遠距離も入れれば負けることは無いと思うけど、近距離に限定すると危ないかもな」
「そうね……機動六課のメンバーで転生者の可能性があるとすると彼女くらいだけど、どう思う?」
他のメンバーは立ち位置が異なっていても正史に居た者達だ。
彼女だけが正史には居なかった者となる。
「レベルを見ても異様な強さだからな、限りなく黒に近いと思うけど……。
でも、聖王教会から派遣されたと言っても、別に立候補を募ったじゃないんだろ?」
「そうなのよね、そこだけが障害なのよ。
聖王教会からの出向だから、確証がないままに下手な真似は出来ないし……。
取り合えず、警戒だけは怠らないようにしましょう」
「そうだな」
【Side 松田優介】
まどかと別れ、機動六課の隊舎を歩く。
誰かを救わなければと思い続けて19年間、いつの間にかこんなところまで来ていたことについて、真新しい隊舎を見ながら少し感傷に耽ってしまう。
以前の世界では俺自身が聖杯から溢れ出す「この世全ての悪」の出現を防止しなければならないと言う明確な指針があったが、この世界は本来であれば最後には「俺以外の手で」救われることが約束されている世界。
ならば俺の役目はそれが無事に為される様にサポートすることと、途中過程でこぼれ落ちる人達を1人でも救いあげることだと信じて、まどかと一緒に歩んできた。彼女は彼女で別の想いがあったみたいだが。
万全だったとはとても言えない、救えた人も居れば救えなかった人も居る。でも俺には迷うことは許されなかった。
これより、このミッドチルダを舞台にJ・S事件が幕を開ける。『ラグナロク』のリミットが機動六課の解散日である以上、これが最終局面になる筈だ。これまで姿を見せなかった残りの転生者もこの地に集ってくるだろう。
J・S事件もスカリエッティが勝ってしまえば管理世界中に被害を齎す見過ごせない事件だ。だから、事件を対処しながらそこに介入してくるであろう転生者達も倒す……難しいけれどやらなくちゃならない。
10年前、自分を犠牲にして他の人間を生かすことは考えるなとまどかに言われた。言っている意味も意図も理解出来るけれど、それでもその言葉を受け入れられているかと言うと否と言わざるを得ない。ただ、そう言ってくれたことには感謝しているし、言ってくれた彼女には死んで欲しくないと思った。
残りの転生者の中には聖槍十三騎士団の背後に居る転生者が居る。
もしも予想が正しくて、ラインハルト・ハイドリヒと同等の力を持っているのなら、それは既に人にどうこう出来るレベルの相手じゃない。
もし仮に、その転生者と俺とまどかの3人が残ったとしたら、俺は……いや、止めておこう。
それ以前にまだ3人も居る筈だし、今そんなことを考えても皮算用でしかない。
それに、その転生者が単独優勝を狙っているとしたら、俺が自害しても意味は無いのだから。
(後書き)
原作から比べるとスバルとキャロが居ない代わりにギンガとルーテシアが入り、
それに加えて分隊が1つ増えています。
ギンガとリジェは出向なので別ですが、転生者2人の分だけ保有制限ではやてのリミッターが凄いことに……。
あとリインフォースもアインスです。
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50:ファーストアラート
【Side ギンガ・ナカジマ】
「いよいよ……ね」
機動六課での初出動のため、移動するヘリの中で私は呟いた。
アルトさんの操縦するヘリの中に居るのは、スターズ隊長の高町なのは二尉、ロングアーチのリインフォース三尉、そしてフォワードの5名だ。
ライトニング隊長のフェイトさんは八神部隊長を聖王教会に送るために外出していた為、現場へ直行しての合流の予定だ。
ブレード分隊の隊長や各分隊の副隊長達は別件で出ているそうだ。
初出動の内容はガジェットに襲撃を受けて暴走しているレリック護送のリニアの奪還。
レリック……その単語に思わず拳を強く握り締める。
父さんが部隊長を務める108部隊に居た私がこの機動六課への出向を受け入れた理由、それがレリックだ。
八神部隊長から聞いた4年前の空港火災の元凶であるロストロギアの片割れ。
必ず1つ残らず見つけ出して封印してみせる。
高町隊長が空域のガジェットの殲滅のため先行し、残された私達はリインフォース三尉から指示を受ける。
「暴走しているリニアは5両、レリックは中央の車両に格納されている。
フォワード5名は二手に分かれ、リニアの両端から侵入しているガジェットの排除、及びレリックの確保を行って貰う。
車両の先頭側がスターズ、後方にライトニングとブレードの3名だ。
私はスターズと共に先頭側に降りるが、リニアの制御を取り返して停止させること専念するため、加勢は困難だ。
ここまでで質問はあるか?」
特に疑問は思い付かない。
それは他のメンバーも同様のようで、誰も手を上げること無かった。
「よし、それではリニアの後方から並走し、各員乗り移る。
アルト、頼む」
「はい!」
ヘリがグッと加速すると、リニアが近付いてくる。
「まずは後方組、オペル一士から行け」
「了解」
リジェがデバイスをセットアップしてバリアジャケットを纏うとトンファーを一本に戻してドアからタイミングを見計らって飛び出す。
エリオとルーテシアも同様にセットアップしてから手を繋ぐと飛び移る。
2人はリニアに着地した時に少しバランスを崩したけれど、先に降りていたリジェが手を貸して態勢を整えることが出来た様だ。
「それでは次、スターズも行くぞ」
「「了解!」」
私とティアナはヘリがリニアの前方に近付くのを待つ。
「私から行くわね」
「分かりました」
リジェがそうした様に年上の自分から先に行くべきだろうと、ティアナに提案すると特に異論は無く受け入れられた。
タイミングを見計らってリニアの屋根を目掛けて飛び出そうとする。
「スターズ3、ギンガ・ナカジマ……行きまぐぇ!?」「ちょっと待って下さい」
飛び出そうとした瞬間、襟を後ろから引っ張られ、首が閉まる。
「ちょっと、ティアナ!? 何するの!」
私は慌てて振り返りティアナを怒鳴り付ける。
仮にも任務中だ、ふざけている場合ではない。
「いや、何でバリアジャケットを展開しないまま飛び出そうとしてるんですか」
「え?」
確かに私はデバイスは空中でセットアップすれば良いと思ってそのまま飛び出そうとしたけど。
「飛び出した瞬間、死角から攻撃されたら命に関わりますよ。
後方組の3人だってちゃんと先にセットアップしてから降りたじゃないですか」
「で、でも……さっき高町隊長だって……」
「あれは悪い例です」
そんな、模範となるべき教導官が……。
そう思ってリインフォース三尉の方を見ると、冷や汗を流しながら目を逸らされた。
「そ、そうだな。
きちんとセットアップしてから降りた方がいい」
「でも……はい、分かりました」
ティアナの言い分が正論であるのは確かなので、大人しくデバイスをセットアップする。
この任務が発令される直前に受け取ったオーダーメイドの新デバイス、ブリッツキャリバー。
これまで使用していたデバイスよりも高性能なのは間違いないけれど、慣らしも調整もせずにいきなり実戦投入は不安が大きい。
まぁ、文句を言っても仕方ないし、高度な人工知能を積んでいるらしいので戦いながら調整出来るだろう。
……インテリジェントデバイスじゃないエリオとルーテシアが大丈夫か少し不安だけど。
ちなみに、新デバイスを受け取ったのは私とエリオ、そしてルーテシアの3人だけだった。
ティアナとリジェの2人は既にオーダーメイドのデバイスを持っていた為に支給の対象外だそうだ。
リジェは聖王教会で貰ったのだろうけれど、ティアナは謎だ。
知り合いが用意してくれたと聞いたけれど、オーダーメイドのデバイスはかなり高価で軽々しく贈れる様な代物じゃない。
それ以前に、ティアナのデバイス──ニーベルンゲンは古代ベルカ式とミッドチルダ式のハイブリットと言うあり得ない構成で、シャーリーさんが目を丸くしてティアナに詰め寄っていたのが印象的だった。
技術的な視点で言えば作れないわけではないのだけれどバランスを取るのが至難で実用化は不可能とまで言っていた。
そんなデバイスをティアナの為に用意した知り合い、一体どんな人なんだろう?
疑問は尽きないけれど、今は目の前の任務に集中しなきゃ。
そう決意して今度こそ私はリニアの屋根に飛び移った。
風が強く吹き付けてきて飛ばされそうになるのを必死に堪える。
私に続いて、ティアナとリインフォース三尉もリニアに降り立った。
屋根の一部が開閉式のハッチの様になっている為、ティアナとリインフォース三尉に目配せしながら私はその取っ手を掴んだ。
勢いよく開くと同時に私は後ろへと跳び下がる。
一瞬の間を置いて、中から3体のガジェットが飛び出してきたが、2人の放った多重弾殻射撃で一瞬で撃墜される。
「私が中に飛び込みます」
「ああ、援護射撃は任せておけ。
ランスター、そちらもいいな」
「了解」
2人の頼もしい言葉を背に、私は拳を構えながらハッチからリニアの車両の中に飛び込んだ。
薄暗い車両の中にはガジェットが5体……飛び込んできた私に反応してこちらを向いた。
前に居た2体が中央の赤い部位に魔力を集中させる。
ビーム発射の予備動作だが、私は構うことなく走り込む。
果たして、発射前に3体のガジェットは上から撃ち込まれた射撃魔法に撃ち抜かれ、機能を停止する。
「ハッ!」
私は後ろに居た2体が反応する前に拳を叩き込み、2体纏めて壁に叩き付けた。
直接拳が当たった方は既に半壊して動きそうにないが、ガジェットをぶつけられただけの方はまだ動きそうだ。
しかし、私が追撃をする前に半壊した方も含めてガジェットは真っ二つになった。
「クリア、この車両内のガジェットはこれで全てですね」
横を見ると、いつの間にか車両内に入っていたティアナが剣を構えて立っていた。
「ああ。既に伝えた通り、私はリニアの制御の奪還に取り掛かる。
お前達はこのまま中央のレリックを格納した車両を目指せ」
「はい!」
「了解」
私とティアナは後方に、リインフォース三尉は運転席の方へとそれぞれ歩みを進める。
途中の車両に入り込んでいたガジェットを排除しながら、私達は中央の車両で後方から来たリジェ達と合流してレリックを確保した。
「リインフォース三尉、ナカジマ陸曹です。
車両内のガジェットは全て排除、レリックも確保しました」
『ご苦労、こちらもリニアの制御を取り戻した。
一度停車させるから揺れに備えておけ』
「分かりました」
私が通信越しに返事を返すと、すぐにリニアは減速してやがて完全に停止した。
『スターズ分隊はヘリに戻ってレリックを機動六課に護送しろ。
後の3人は私とこの場に待機、地上本部からの後発部隊にリニアを引き渡す』
「「「「「了解!」」」」」
私とティアナはリニアから外に出るとヘリから降ろされたザイルを使ってヘリに戻った。
【Side ジェイル・スカリエッティ】
「追撃しなくて宜しかったのですか。
あのレリックというロストロギアを求めていたのでしょう?」
後ろから掛けられた声に私は振り返る。
そこには予想通り、カソックを着た長身の神父の姿があった。
私の隣に居たウーノは彼の姿を見て露骨に顔を顰める。
「構わないさ、どのみち私の手元に回ってくる」
「成程……しかし、今のスポンサーに借りを増やすのは本意ではないのでは?」
痛いところを突いてくれる。
確かに、レリックを管理局が確保しても裏から手を回してこちらの手に入る手筈になっているが、借りを増やせば借りを増やす程にスポンサーからの要求も増えるから、出来れば自分の手で確保したいというのも事実だ。
しかしまぁ、今回については別にいいかとも思っている。
「それはそうだが……まぁ今回は挨拶代わりと言うか部隊結成の祝辞の様なものだからね。
このくらいで構わないよ」
「まぁ、貴方がそう仰るなら私達は構いません。
取り合えず、当面は我々の手は必要ないと言うことで宜しいですか?」
「そうだね、出来れば最後まで手を借りる様な事態にならないことが望ましいんだが」
「そう祈ってますよ。
それでは私は部屋の方に下がらせて頂きますよ」
神父はそう言うと、ドアから立ち去っていった。
「彼らの手を借りることは不満かい、ウーノ?」
彼の姿が消えて暫くしてから、私は無言で彼が去ったドアを睨みつけているウーノに問い掛ける。
「ドクター……ドクターの決めたことであってもこの件については私は賛成出来ません。
彼らは体よく貴方を利用しようとしているだけです」
「それは分かっているつもりだよ。
元より、我々の間に信頼関係などあるとは思っていない。
あちらが私を利用するなら、こちらも同様に利用させて貰うだけさ。
それに今の所は一方的に借りを作っている立場だし、無碍には出来ないよ」
人材の派遣と言うことで、彼の陣営からは先程の神父を含めて4名程私のアジトに滞在している。
最初に来た時に実力を見たいと模擬戦を挑んだトーレが一方的に叩きのめされたこともあって、正直娘達は険悪な状態だ。
黒髪の少女はまだまともだが、慇懃無礼な金髪神父に好戦的な白髪鬼、一見人懐こい様で腹黒な桃色髪の少女に、みな警戒していた。
「やれやれ、先行きが思い遣られるね」
【Side out】
眼鏡を掛けた女性が生体ポットの前でキーボードを操作している。
そこに、眼帯を着けた銀髪の少女が近付いてきた。
「クアットロ、トーレの容態はどうだ?」
銀髪の少女──チンクの問い掛けにクアットロは操作を続けながら答えた。
「見ての通り、修復自体は完了したわ。
あちこち傷付いてはいたけど、基礎フレームは無事だったのが幸いね。
多分今日明日には復帰出来ると思うわよ~」
「そうか、それは何よりだ」
そう言うと、チンクは生体ポットの前に立つクアットロの横に並び、一緒に中に浮かぶトーレを見上げる。
生体ポットの中のトーレに意識は無く、目を閉じたままで液体に浸かっている。
「……………………」
「……………………」
沈黙が場を支配するが、しばらくしてチンクがポツリと言葉を口にする。
「お前は、彼らのことをどう思う?」
「そんなの最初から決まってるわ、『いけすかない』よ」
常に周囲を見下し嘲笑う様な笑みを浮かべているクアットロにしては珍しく、苦々しい表情で吐き捨てる。
「とはいえ、強さについては認めなければならないだろう」
「それくらいは分かっているわよ、この結果を見ればね」
彼女達ナンバーズの中で最高戦力であったトーレが白髪の吸血鬼に一蹴されたのだ、その強さについては嫌という程に理解出来た。
しかも、おそらくその時の相手は全力では無かった
もしも全力で襲われたら、ナンバーズ全員でも対抗出来ない可能性がある。
その上、あちらにはまだ後ろに3人も戦力を残しているのだ
スカリエッティの方針で彼等は客人としてアジトに滞在している。
しかし、交流は最低限にして必要な時だけ話をする様な関係だ。
触らぬ神に祟りなし、と言うのが一番近いかも知れない
「まぁ、何とかやっていくしかないか」
「そうね」
生体ポットの前で、珍しく息の合った溜息を漏らした2人だった。
(後書き)
トーレ修復中
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51:ホテルアグスタ
【Side 高町まどか】
「……で、本気で隊長陣はホテル内に配備するつもりなの?」
機動六課の隊長室で私ははやてに問い掛けた。
「そうや、もうみんなの分のドレスも発注してあるんよ。
あ、フェイトちゃんだけは自前であるから要らないって断られたけど」
はやての回答に私は頭を押さえて溜息を付く。
「まぁ、まどかちゃんの言いたいことも分かるんやけどな。
戦闘スタイル的に配置ミスやって言いたいんやろ?」
そう、その通り。
私は兎も角として、固定砲台のなのは、高速機動のフェイト、広域殲滅のはやては狭い屋内に配置するのはとことん向いていない……ホテルを全壊させてもいいなら話は別だが。
ホテル内に配置した時点で戦力外となるのははやてだって分かっているだろう。
「それが分かっているなら……」
「分かっていてもどうにもならんこともあるんよ」
「政治的な話?」
「まぁ、それに近いな。
機動六課が好印象を得られる様になるべく顔売ってこいって言うクロノ君からのお達し」
その言葉を聞いて頭痛が更に増してきた。
「要するに、人気取りか。
世知辛いわね」
「部隊設立に結構無茶しとるからな、仕方ないんよ」
「はぁ、分かったわよ。
シグナム達や優介も居るし、ガジェットくらいならギンガ達も後れを取ったりはしないでしょ」
「そうやな」
私は抗議を諦めて、その場を辞すことにした。
「結局、そっちはホテル内か?」
「ええ、一応ごねてみたけど予想通りね。
まぁ、私が思っているような問題ははやてだって分かった上で敢えてあの配置にしているのだから仕方ないけど」
オフィスに戻って優介と今後の方針について話をする。
オープンスペースなので秘密の話はここでは出来ないが、このレベルであれば問題ない。
「優介は外だから、見といてくれる?」
ティアナの方に一瞬だけ視線を送りながら優介に依頼をする。
目的語を敢えて省いたが、優介ならばこれで伝わるだろう。
「ああ、勿論だ。
……でも、正直必要なのか疑問だけど」
「そうなのよね」
優介に頼んだのはティアナのミスショットのフォローだ。
正史ではスバルに向かったミスショットをヴィータが弾いてフォローしているが、この世界ではどうなるか分からない。
そもそもスバルが居ないことだし別の結果になるのは間違いないが、下手をすれば正史よりも悪い結果を招く可能性だって十分ある。
……とは言え、正史のティアナは自身の才能に自信が無く劣等感を抱いて焦ったためのミスだったが、この世界のティアナにそんな気配は見られない。
ミスショット自体が起こらない可能性も高いと踏んでいるが、念には念を入れておくのは間違っていないと思う。
「ま、何も起こらないならそれに越したことは無いわ」
「それもそうだな」
優介との話し合いを終えて、私は部屋に戻ることにした。
「………………はホテル………………副隊長…………外………………。
今回は見送………………がいい………………」
「ん?」
階段を下りる途中でボソボソと話す声が聞こえたため、私は不思議に思ってそちらに足を運んでみる。
屋上に繋がる踊り場に人影があり、どうやらその人物が話していたらしい。
見た所、1人の様だけど……?
「た、隊長!?」
「リジェ?」
そこに居たのは私のブレード分隊のメンバーである、リジェ・オペルだった。
私が近付いてきたことに気付いたのか、手に持っていた何かをポケットに仕舞うと敬礼する。
「1人なの?
誰かと話していたみたいだったけど……」
「え? あ、え~と……聖王教会の方に報告を行ってました」
「こんなところで?
報告書ならデスクから送ればいいのに」
何故か冷や汗を掻いて焦った様子を見せるリジェ。
「いえ、正式な報告書は別途送ってます。
今のはどちらかと言うと個人的な報告だったので、あまり人の多い所は望ましくないかと」
「そう、ならいいけど。
ああ、そうそう……明日の任務、私や他の隊長陣は別の場所になるけど、優介は貴方達と一緒の筈だから彼の指示に従ってね」
「あ、はい。
了解しました」
敬礼するリジェに頷くと、私は今度こそ寄宿舎の方へと帰ることにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、ヘリでホテルアグスタに向かった私達はシャマルからドレスを受け取って更衣室で着替えた。
はやては薄水色、なのははピンク、私は薄い黄色のドレスの様だ。
フェイトは……うわぁ。
胸元の大きく開いた黒のロングドレス、スリットも深くチラリと見える太ももがクラクラする様な魅力を放っている。
そのスタイルでその格好は凶器よ……。
通り過ぎる男性は皆視線を送ってきているが、フェイトは全く気付いていない。
装飾品もティアラ、ネックレス、イヤリング、指輪共にとんでもない輝きを放っている……どう見ても本物のダイヤモンドだ。
今フェイトが纏っている衣装で総額幾らになるのか想像するだけで恐ろしいが、どう考えても私達の着てるドレスとは桁が2つは違う。
なのはやはやての方をチラリと見たが、引き攣った笑みを浮かべていた。
無理もない、おそらく私も似た様な顔をしているだろう。
私達からすれば今着ているドレスも今まで着たことがない特別な格好だが、目の前のフェイトと並べられたら誰が見ても単なる引き立て役。
何処かの王侯貴族とそのお付きになってしまう。
「あの~フェイトちゃん? そのドレスは?」
「え? 何処か変だった?」
はやてが恐る恐る質問するが、フェイトはすっとぼけた答えを返してくる。
これが意図的なら嫌味なこと極まりないが、この娘は完全に素だから恐ろしい。
「いや、恐ろしいくらい似合っとるけどな。
随分高そうな格好やけど、一体どうしたん?」
「ええと、その……彼に貰ったんだけど」
顔を赤らめて返された答えに周囲の温度が上がった気がして、私達は手で顔を煽いだ。
フェイトの『彼』……特別な立場の人物らしく名前も教えて貰えないけれど、管理世界の住人ではなく地球の人らしい。
かなりの資産家で頻繁に高価な贈り物を渡されると困惑した顔で言っていた。
小学校からの知り合いで中学卒業の頃に告白し、以来ミッドチルダに移住しても交際が続いていると言うのだから筋金入りだ。
正史ではワーカホリックだった3人娘だが、フェイトだけはきちんと休日は休んで地球に戻りその彼に会っているらしい。
「あれ?」
「ん? どうかしたの?」
突然フェイトがオークション会場の方を向いて首を傾げた。
視線の先を目で追ってみるが、特段何も無い様に見えた。
「その、知っている人に見えたんだけど……気のせいよね。
あの人がミッドチルダに居るわけないし」
「「「???」」」
「あ、ごめん。なんでもないの」
どうやら知り合いに似た人を見つけたらしい。
【Side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】
「どうかしたんですか、ハイドリヒ卿?」
「いやなに、知り合いを見掛けてな」
ヴァルキュリアの言葉に黒いドレスの女性に向けていた視線を元に戻してオークション会場に向かう。
「そうですか。挨拶はされないのですか?」
「いや、あちらは任務中の様だ。
邪魔しては悪かろう」
「任務って……まさか管理局員ですか?」
「そんなところだ」
気まぐれに手配し取り寄せたオークションの招待状を手に、ヴァルキュリアと共にホテルアグスタの廊下を歩む。
「それにしても、ミッドチルダのオークションに参加するなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」
「なに、ただの気まぐれだ。
オークションに掛けられるロストロギアも、あまり興味を惹くものはなさそうだ。
むしろ、このオークション会場を警備している部隊の方が気になるな」
私の言葉に、ヴァルキュリアの顔色が変わる。
彼女は数年前からミッドチルダに居住しており、1人の少女を育てていた。
その妹の様な存在が今私が口にした部隊に所属しているのだから、他人事ではないのだろう。
「案ずるな、今回は何もするつもりはない。
単なる様子見だ」
「それって、今回は何もしなくてもいずれは何かをするつもりってことですか……?」
少し安堵はしたようだが、まだ不安な部分があるらしく問い掛けてくる。
「さて、それは我等の思うところではないな。
あの者達が我等の進む道を阻むか否かに拠る」
「そう、ですか」
渋々と引き下がったヴァルキュリアを振り返ることなく、私はオークション会場の入り口に足を踏み入れる。
会場に入った瞬間、場内の視線が私達の方へと集中する。
しかし、こちらから見回すと慌てた様に半数程の視線は散っていった。
「さて、どの辺りに座るか」
フェイト嬢に顔を見られると少々面倒なことになる。
それにガジェット襲撃後にはこの会場を抜け出して外の戦闘を見ておくつもりだ。
そうすると……あの辺りが好都合か。
目星を付けた席に向かい、ヴァルキュリアの手を引きながらオークション会場の中を歩く。
まだ開始まで時間があるとはいえそれなりの人数が居たが、私達が歩くとその先に居た者達は海が割れる様に道を空けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ホテルの屋上から見渡す視界の中、そこかしこで戦闘が行われていた。
最前線はシグナム、ヴィータ、ザフィーラの3名。
そこから少し間を空けて松田優介とフォワード陣が防衛ラインを引いていた。
私が立つ場所より2フロア分低い場所にはシャマルが立ち、情報収集と指揮を行っている。
「迎撃は順調な様ですね」
「元より、単純な自動操縦の機械に負ける者達ではあるまい」
隣で見ているヴァルキュリアは知り得ぬことだが、本来はここでルーテシア・アルピーノの召喚蟲による操作が加わり苦戦に追い込まれる筈だった。
しかし、何の因果かスカリエッティ陣営に居る筈だったルーテシアは機動六課のメンバーとなっている。
大方、転生者の2人がどうにかしたのだろうが、少なくともこの場で正史通りの展開は無さそうだ。
「それにしても……」
チラリとフォワード陣の方へと視線を向けながら。
「卿の妹分はあまり信用されておらぬようだな」
「どういうことですか?」
私の言葉にヴァルキュリアは少し硬い声で問い掛けてくる。
私は顎で一番近い戦場を指し、ヴァルキュリアの視線を向けさせる。
「双剣使いもトンファー使いも、あの少女がいつミスをしても良い様に動いている。
フォローと言うにも過剰、まるでミスショットをすると予測しているかの様だ」
「ティアナはあの程度でミスなんてしません。
精神修養には十分力を入れましたから」
「……であろうな。
あの少女は私の目から見ても安定している。
目が曇っているのは、ミスに備えている2人の方だ」
正史の情報に踊らされている者達を眺めながらしばしの時を過ごす。
やがてガジェットはその数が尽きたのか次第に勢いを無くし、戦闘は終結した。
「さて、目的は果たしたことだし、そろそろ戻るとするか」
「分かりました」
(後書き)
傍から見ればデートに見えなくも無い。
……とか言うと、ベアトリスの身が危険なので言いませんが。
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52:出張!機動六課!!
「部隊長からフォワードまで総出で出張任務、か。
そう言えばそんなこともあったな」
送られてきた報告書を見ながら玉座で黄金が呟く。
「丁度退屈していたところだ……少々戯れてみるか」
【Side ティアナ・ランスター】
「異世界に派遣任務、ですか?」
「うん、フォワード全員と各分隊の隊長副隊長、後は八神部隊長とリインフォース三尉、シャマルでね」
問い掛けに対して返ってきた答えに耳を疑った。
全分隊に部隊長とリインフォース三尉と医務官のシャマル先生、主要メンバー勢揃いで異世界に出掛けると言うのか。
「ミッドチルダの方は大丈夫なんですか?
ロングアーチとバックヤードスタッフしか残らないと思いますが」
「八神部隊長は交代部隊も居るから大丈夫だって判断してるよ。
指揮はグリフィス君が取るし、ザフィーラも留守を守ってくれることになってるから」
グリフィス・ロウラン二尉は八神部隊長の副官であって機動六課の副隊長ではないのだが、その辺どうなのか。
ザフィーラが戦えるのはホテルアグスタで見たから分かってるけれど、部隊員ですらない使い魔に留守を任せるのもマズイのでは……?
色々気になることは多いのだけど、目の前の隊長殿はあまり気にしていないらしい。
戦闘力が高ければ脳筋でも出世出来てしまう管理局の人事制度に激しく疑問を感じる。
「2時間後に出発だそうだから、2人とも出動準備をしておいてね」
「第97管理外世界、文化レベルB。魔法文化なし、次元移動手段なし。
部隊長達の出身地……か」
魔法文化がないにも関わらずオーバーSランクの魔導師を4人も輩出してる土地。
過去2度に渡ってロストロギア事件が起こったその街で新たにロストロギアが発見された。
「何か呪われたり変な力場があったりするんじゃないかしら、その街……」
「あはは……」
「そんなまさか」
独り言のつもりだったが耳に入ったらしく、なのは隊長とギンガさんは苦笑していた。
それにしても、これって要するに任務にかこつけた部隊長達の里帰りよね。
土地勘があるというのは重要だけど、だったら尚更全員で行く必要はないだろう。
丁度自分達の出身地でロストロギア事件が起こったから全員で行くことにしてついでに里帰りしよう、と言うことなのだろう。
私達フォワードメンバーからすれば全然関係ない土地だけど、私達を置いて隊長陣だけ派遣というのは対外的にもマズイから一緒に連れて来られたのだと思う。
一応任務自体は聖王教会からの正式な依頼であり架空任務とかではないからそうそう問題にはならないと思うけど、先行きが不安になってきた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どんな人外魔境かと戦々恐々としていたけれど、やってきた世界は魔法文化がないことを除けば概ねミッドなどとも差が無い世界だった。
化石燃料が多用されているらしく、ちょっと空気悪いけれど……。
隊長達の幼馴染が宿泊用にコテージを提供してくれるらしく、そこを拠点にしてスターズ、ライトニング、ブレードの分隊ごとに分かれて探査用の器具の設置、サーチャーの散布、及び探知魔法による捜索を実施することになった。
「ところで……なんでフェイト隊長はあんなに気合が入ってるんでしょう?」
バリアジャケットを纏って戦闘態勢に入るとキリッとした凛々しい顔を見せるフェイト隊長だが、普段はおっとりというかポヤポヤした感じの天然な女性だ。
しかし、この任務においては鬼気迫る雰囲気を放っていて正直怖い。
エリオとルーテシアは戸惑う様子もなく、どちらかと言えば苦笑いを浮かべ諦めた様な表情だ。
「あ~フェイトはねぇ、早く任務を終わらせて彼氏と過ごす時間が欲しいのよ」
部隊の立ち上げで忙しくて、ここ1ヶ月くらい会えていないって愚痴ってたし……と告げるのはブレード分隊長の高町まどか隊長。
「ええ!? フェイト隊長って彼氏が居るんですか?」
「ええと……そこまで驚く様なこと?」
「え、あ、いや……すみません」
何故か過剰反応したリジェだが、高町隊長に不思議な顔をされて動揺していた。
まぁ、捉え方によっては失礼にも受け取られかねない質問だったから、当然か。
「まぁ、私達も居ると言うことだけで顔も名前も知らないんだけどね。
何か特殊な地位か立場の人らしくって、あまり人には言えないって言われて」
「それって……」
不倫とかなのでは?
お子様達は分からなかった様だが、ギンガさんとリジェと私が思い浮かべたことは一致していた。
目配せしながらツッコむべきかどうかを無言で相談する。
「まぁ、贈り物とか結構貰ったりしているみたいだから、妄想とかじゃないとは思うけど」
そっちの心配!?
かなり酷い高町隊長の考えに、思わず顔が引き攣るのを感じた。
更に、先入観かも知れないが贈り物を結構貰っていると言うのが不倫の可能性を高めた様に思えてしまう。
「いや、あの娘結構思い込み激しいから、割と洒落にならないのよね」
「お姉ちゃん……」
「まどか……」
とことん酷い高町隊長になのは隊長も松田副隊長も苦笑いだった。
なお、そんなことを言われているとは夢にも思っていないフェイト隊長はサーチャーを放って既にロストロギアの捜索を開始している。
って、サーチャー多!?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結局、問題のロストロギアはフェイト隊長があっと言う間に発見し、ルーテシアが封印して任務は初日で完了となってしまった。
派遣任務は今日を含めて3日間で予定されていたため、残り2日はヒマになってしまった。
早目に切り上げて帰還すると言う意見も出たけれど、小規模ではあるが次元嵐が発生してミッドチルダとの通信や転移に支障が生じているらしい。
無理をすれば転移は出来ないこともないと言うことだったが、八神部隊長の鶴の一声で任務や教導を忘れてゆっくり過ごす実質的な休暇となった。
高町隊長達の実家である翠屋に行ったり、コテージに戻って夕食にBBQをしたり、デザートに翠屋で貰ったケーキをみんなで食べたりして時間を過ごしている間に日も大分落ちてきた。
コテージには入浴出来る場所がなかったため、近くにあるというスーパー銭湯「海鳴スパラクーア」までみんなで出掛けることになった。
総勢17名という団体で押し掛けた為に受付の人も驚いていた。
うち15名が女性と言う比率の方に驚いていたのかも知れないけれど。
フェイト隊長やルーテシアはエリオとも一緒に入りたい様子だったが、それをすると松田副隊長が1人になってしまうため、渋々諦めた様だ。
そうして脱衣所で服を脱ぎバスタオルを巻いて入った浴場に彼女達は居た。
「来ましたね」
「あ、ホントだ。やあ、オリジナル~」
「遅いぞ子鴉共、いつまで我を待たせるのだ!」
「あわわわわ……」
「3人とも……少しは隠して下さい~」
年の頃10歳くらいの何処かで見たことがある様な幼女達。
茶髪のショートカット、青髪のロング、銀髪のショートカットの3人はタオルすら巻かずに仁王立ちしている。
その後ろで、茶髪のロングと金髪のウェーブの2人がこちらはタオルを胴に巻いて立っていた。
茶髪のロングの娘は何故かパニックに陥ってるけれど……。
「む、昔の私達!?」
「ま、まさかクローン?」
「いや、そんな感じやないけど……」
「ど、どうしてマテリアルが……って、ユーリまで!? 何か1人多いし!」
「───────っ!?」
隊長達は彼女達を見て驚愕している。
確かに髪の色や髪形こそ違うものの、彼女達は隊長達が10歳くらいだったらきっとそっくりだろうと思う容姿をしている。
いや、高町隊長の反応は少し違う?
彼女はどうも、相手が何者であるか知っているような様子だ。
「どうやら御存知の方も居る様ですが、一度きちんと自己紹介した方がいいみたいですね」
「ふむ、已むを得んな」
隊長達の様子を見て、幼女達は一列に並んで自己紹介を始める。
「星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクターです」
「僕は雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャー!強いんだぞ!」
「控えよ塵芥。我こそは闇統べる王、ロード・ディアーチェよ!」
「えとえと……陽光の殲滅者、ゾーネ・ザ・デストラクターです。宜しくお願いします」
「紫天の書の盟主、ユーリ・エーベルヴァインです」
なお、忘れてならないのはここはスーパー銭湯の浴場であり、当然ながら私達以外にも客は居る。
10人以上の集団の前で何故か並んで名乗りを上げる幼女5名……傍から見ていたらどう見えているのか、怖くて考えたくない。
取り合えずこれ以上衆目を集めるのは得策ではないとして、大き目の湯船に幼女5名も含めて全員浸かって対峙する。
かなり広い湯船だが、流石にこれだけの人数が居ると貸し切り状態に近かった。
「闇の書の奥に隠されとったシステムやて!?」
「バカな、そんなものが……」
無表情なまま話すなのは隊長似の幼女──シュテル・ザ・デストラクターの説明を聞いて、八神部隊長やリインフォース三尉が驚きの声を上げるが、私も声に出さないものの内心驚愕している。
闇の書……ロストロギアの情報はそこまで公にされていないが、流石にその大物の名前は私も知っていた。
次元世界に多くの災厄を振り撒いていたこのロストロギアが完全破壊されたと言うのは知っていたが、八神部隊長達がその当事者だったと言うのは初耳だ。
挙句の果てに、実は完全破壊されておらず何者かに奪取され、そこから出てきたのが目の前の幼女達と言うのだから、もう何に驚いていいのか分からない。
「ほんなら、あんたらも私の家族っちゅうことに……」
「たわけ!貴様は闇の書の主であっても紫天の書の主ではないわ。
身の程を弁えんか!」
八神部隊長のそれはどうなのと私も言いたくなる発言に、部隊長に似た銀髪の偉そうな幼女──ロード・ディアーチェが叫ぶ。
彼女の態度にシグナム副隊長とヴィータ副隊長が目を吊り上げ、臨戦態勢に入る。
なお、当然と言えば当然の話だが、今の私達は一糸纏わぬ姿で湯船に浸かっておりデバイスも脱衣所の貴重品ロッカーの中だ。
臨戦態勢と言っても睨み付けながら腕を構えることしか出来ない。
「気持ちは分かるが少し落ち付け、将。鉄槌の。
彼女達には聞かなければならないことがある」
「聞きたいこと?」
「なんだよ」
「防衛プログラムのコアがどうなったのかだ」
防衛プログラムのコア?
何の事だか分からないけれど、隊長達は把握しているらしく話が進んでしまう。
「防衛プログラムのコアですか? 私達が外に出た後に処分された筈ですが」
「確かに消滅したのを感じているが……ならば何故再生されない?
防衛プログラムは消滅すれば自然と私から新たに再構築される筈だ」
「我らが回収されたからだろうな。
闇の書の無限再生機能は所詮内部に封印されていた永遠結晶エグザミアによって維持されていたものだ。
動力源であるそれが無くなれば、再生しないのも道理だろう」
何やら難しそうな話をしている幼女2人とリインフォース三尉。
一方で、青髪ロングの少女──レヴィ・ザ・スラッシャーはフェイト隊長と、残りの2人は高町隊長達と話をしていた。
「おぃーっす、オリジナルー」
「オリジナルって……私の名前はフェイトだよ」
「ヘイト?」
「ヘイトじゃなくてフェイト!」
「ええと……貴女もしかして私の?」
「あ、は、はい。貴女のデータを元に構築されました!」
「そ、そう……。
ところで、ユーリだったわね?
貴女、力の制御は問題ないの?」
「へ? え~と、今は大丈夫です。
マスターが居れば暴走することは無いです」
「ならいいけど……ん? マスター?」
好き勝手に話をしていた幼女達だが、やがてゾーネとユーリの2人が逆上せてしまったため、上がっていった。
「宜しかったのですか、主はやて。彼女達を見逃してしまって」
「仕方ないやろ。どっちかって言うと、私らの方が見逃された感じやし」
「それはどういう……?」
「あの娘ら、私らがここに来るのを知ってて待ち構えてたんやで?
もしも戦うことになってもどうにでも出来るって自信がなければ無理やろ」
「それは……」
確かに、副隊長達が身構えても彼女は余裕な様子だった。
仮にあそこで戦闘が始まっていたらどうなっていたのか……あまり考えたくない。
最後の最後で予想外のことがあったけれど、派遣任務の初日は終わり私達はコテージに戻って眠りに就いた。
残りの2日は隊長達に色々案内して貰った。
なお、フェイト隊長は2日目の夜は帰って来なかったことだけ注記しておく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
任務も順調に完了し、実質的に観光旅行に近い時間を過ごすことが出来、充実した3日間だった。
満足感に明るい表情をしながらミッドへと帰還する。
しかし、転移を行った先には管理局の制服を身に纏った女性が数名の管理局員を引き連れて待ち受けていた。
「なんや?」
どう見ても私達を待ち受けていた様子に、八神部隊長は首を傾げながらも近付いていく。
しかし、その部隊長に待ち構えていた女性は冷たい声と視線で宣告する。
「古代遺物管理部機動六課課長、八神はやて三等陸佐。
査問委員会への出頭を命じます」
(後書き)
マテリアル娘達は幼女のままの設定。
成長するという話も何処かで見ましたが、ヴォルケンリッターは成長していないのに?と思ったためと、GoDのおまけシナリオで数年後の姿を見ても成長している様に見えなかったので。
まぁ、力の源が獣殿になってますし、むしろ不老の方が自然な状態ですね。
それにしても、5人並んで名乗りを上げると戦隊モノっぽい……。(むしろ乳製品の特戦隊?)
場所と格好を考えるとアレですが。
<こっそり嘘予告>
査問の場は敵地だった。
元より、はやてはその来歴から管理局の一部の者達からは酷く嫌われており、この様な機会があれば容赦なく責め立てられる立ち位置だ。
反論を許されずに罵声を浴びせられ、否定され、それでも弱みを見せることは許されず唇を噛んで堪えるはやて。
三提督や後見人の擁護により部隊の存続は認められたが、一連の件に片が付いた時既にはやての心はズタボロだった。
それでも、部隊の面々に弱みを見せることも出来ず、笑顔を取り繕う。
見かねたゲンヤははやてを飲みに誘い、はやてはアルコールの力を借りて漸く涙と共に心の澱みを吐き出す。
重度のストレスで箍が外れたはやては酔い潰れてしまい、仕方なくゲンヤは近くだった自宅へと連れ帰る。
そして……
「この映像は開発中のものであり、実際の商品とは異なる可能性があります」
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53:休暇の代償
【Side 八神はやて】
「古代遺物管理部機動六課課長、八神はやて三等陸佐。
査問委員会への出頭を命じます」
派遣任務からミッドに戻った直後、待ち構えていたオーリス・ゲイズ三佐にそう命令された。
訳が分からんかったけど、取り合えず管理局の正式な命令みたいなんで逆らうわけにもいかず、騒ぐヴィータ達を抑えて大人しく付いていくことにした。
呼ばれたのは私だけで他のみんなは一緒に行けないと言う話だったので、先に機動六課に戻って貰うことにした。
車に乗せられ、地上本部のビルへと向かう。
「査問って地上本部で行われるんですか?」
「ええ。機動六課の所属は本局ですが、今回はミッドチルダでの話なので場所は地上本部で、査問委員会の人員は地上本部と本局の合同ということになりました」
私の質問に対して、オーリス三佐は裏の意図まで汲み取った回答を返してくれた。
彼女の言葉が正しければ、陸と海の両方が私に対して矛先を向けていることになる。
一体何が起こってるんや……?
「あの、私は派遣任務から戻ったばかりで事情が良く分からないんですが、何に対しての査問なのでしょうか?」
「その派遣任務についての貴女の判断ミス、それから機動六課の存在意義、人員構成などに対してです」
なんやて!?
機動六課の存在意義や人員構成についてはこれまでも散々言われていたことやから正直またかって感じやけど、最初のは聞き捨てならん。
「判断ミスって何や!?
任務はちゃんと完遂したで!」
怒りと焦りについ地が出てしまった。
しかし、オーリス三佐は冷たくこちらを見据えてくる。
その冷たい眼差しに思わず背筋が凍った。
「それはそうでしょう。
分隊1つ派遣すれば済む任務にSランクオーバーの魔導師を複数、部隊の主要メンバー全員を投入したのですから。
完遂出来て当然です」
「そ、それは……」
確かに、今回の任務は事件性も無くロストロギアも危険なものやなかった。
分隊1つで十分対応可能やったし、実際ライトニング分隊だけで解決出来ている。
せやけど……。
「せやけど、それは結果論や!
ロストロギアの情報が無かったんやから万全を期すために……」
「その様な抗弁は査問委員会でして下さい、私に言われても無意味です。
しかし、貴女のその判断の結果だけは査問委員会前に教えて差し上げましょう」
「判断の……結果?」
なんや、何かエライ嫌な予感がする……。
「貴女達が派遣任務に出動した翌日、ミッドチルダでレリックが発見されました。
対象がレリックであったため事前の取り決めに基づき機動六課に緊急出動命令が降り、グリフィス・ロウラン二尉の指揮の下に部隊を派遣。
レリックに反応して集まってきた無人兵器、通称ガジェット・ドローンとの交戦に入り……死亡者3名、重傷者8名の被害が出した上にレリックは奪われました」
「──────っ!?」
そ、そんな……!?
私達が留守にしとる間にそんな事が?
何で連絡が来なかったんや……そうか、次元嵐で通信が……。
「事態を重く見た地上本部と本局は機動六課の部隊長を招聘することにしました。
今回の査問委員会はそのためのものです」
まずい……交代部隊のみんなの被害も気になるけれど、まずは査問委員会を乗り切らんと。
こんな不祥事……下手をすれば機動六課は解散させられてしまうかも知れん。
そうなれば、カリムの預言もまどかちゃん達の『ラグナロク』の支援も……。
焦る気持ちが膨らむが、車はそのまま地上本部に到着してしまう。
オーリス三佐に連れられ、査問委員会の会場であると思われる会議室の前に連れて来られた。
「地上本部所属オーリス・ゲイズ三等陸佐です。
機動六課の八神部隊長をお連れしました」
「入りたまえ」
オーリス三佐がノックして来訪を告げると、中から返答が返ってくる。
ドアが開けられ、先に入る様に促される。
裁判所みたいなところを想像していたが、中は多少広めだが普通の会議室だった。
恐らく、査問委員会専用の場所ではなく会議室を中の机や椅子だけ配置を変えて使用しているのだろう。
コの字に並べられた机の真ん中に1つだけ椅子が置かれており、査問委員会に掛けられる私はあそこに座るのだろう。
その椅子の正面には3人の年配の男性が並んで座っている。
うち2人は海の制服、1人は陸の制服を纏っている。
海の2人は見覚えが無い人──階級章はそれぞれ少将、准将──やったけれど、陸の1人は地上本部の責任者であるレジアス中将や。
予想以上の大物が登場したこともそうやけど、海の2人が『見覚えの無い』相手であることに焦りが更に増す。
海の将官で見覚えが無いってことは、おそらく直接関わる機会が殆ど無い対立派閥に属している相手である可能性が高い。
査問なんやからクロノ君みたいな明確な味方は流石に担当になることは難しいとは思っていた。
しかし、派閥メンバーを担当者にして擁護するように手を回してくれることを期待していたが……どうやらそう甘くはないらしい。
この場が完全に敵地であることを知り、用意された椅子に進もうにも足が竦んでしまう。
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかん。
気合を入れると椅子の所まで足を進める。
「古代遺物管理部機動六課課長、八神はやて三等陸佐です」
「掛けたまえ」
「……失礼します」
許可が下りたので、椅子に腰掛ける。
オーリス三佐はコの字の横部分、私から見て左の席に座りディスプレイを起動させる。
「さて、八神三佐。
君は何故ここに呼ばれたのか理解しているかね?」
中央に座っていた海の少将が話し掛けてくる。
階級はレジアス中将の方が上だが、機動六課が海の所属だから彼がこの場を主導する様だ。
「ここに来るまでにオーリス・ゲイズ三佐に伺いました。
私達が派遣任務で異世界に出掛けている間にミッドチルダでレリック事件が発生したと。
その事件において発生した被害の責任の所在についてだと思っています」
「そう、その通りだ。
率直に言ってしまえば、今回の被害は君が派遣任務の対応に主要メンバーを投入したせいでミッドチルダに残る機動六課の戦力が低下したことが原因の1つであると我々は考えている。
この見解について反論はあるかね?」
予想と異なりいきなり核心を突いてきた。
しかし、その点については既に解を持ち合わせている。
「確かに結果的には派遣任務はもっと少ない人員でも対応可能なものでした。
しかし、当初は対象となっているロストロギアの詳細も不明であったため、万全の態勢を敷く必要がありました。
その意味において、派遣メンバーの選出に問題は無かったと考えております」
「派遣先の第97管理外世界は魔導師もおらずレリックがあったとしても暴走の可能性は皆無に近いと聞いている。
その万全の態勢とやらはレリック以外のロストロギアに備えたものかね?」
「え? あ、はい。そうです」
聞かれた質問の意図が読めず、反射的に頷いてしまう。
「機動六課はレリック対策の為の部隊だ。
今回の派遣任務は対象が『レリックであるかも知れない』ために機動六課が派遣されたが、レリックでないことが判明すれば機動六課の管轄から外れることになる。
君達からすればレリックに対処するための人員のみを派遣していれば済む話だった」
そんなわけにいくかい!と叫びたくなるのを必死に抑える。
確かに捜索するロストロギアがレリック以外やったら機動六課の専門外やけど、目の前にロストロギアがあれば対処が優先される。
そもそも、今回の派遣任務で対象のロストロギアがレリックである可能性なんて最初からゼロに近いと分かってた。
人手不足な現状のため、対象が不明であることをいいことに無理矢理こじつけて機動六課を派遣していただけや。
そんなことは彼らも分かってるやろうけど、しかし建前を崩せない以上は反論も難しい。
「そもそも、グリフィス・ロウラン二尉に残した部隊の指揮を取らせたのも問題だ。
彼は部隊指揮権限を保有しておらん。
何故その彼に部隊指揮を取らせたのかね?」
「え……? で、でも彼は私の副官で……」
「君は副官と言うものを勘違いしている様だ。
部隊長である君の職務の内、事務等の一部を請け負うのが副官だ。
部隊の副隊長ではないのだから、君の指令を伝達することは出来ても直接指揮を取る権限はない。
そんなことも知らなかったのかね?」
知らんかった……。
副官やから私の代理として動いてもらうもんやとばかり……。
「派遣する人員の選定もそうだが、任務完了後の対応は更に問題だ。
八神三佐、対象のロストロギアを確保したのは何日目かね?」
「そ、それは……」
ま、まずい……。
血の気が引いていく感覚と共に冷や汗がどっと沸き出してきた。
その質問は私の立場上非常にまずい。
「質問に答えたまえ」
「………………1日目です」
「ならば設置した器具の回収をしても翌日には帰還出来るな。
そのタイミングでミッドチルダに戻ってきていれば交代部隊の被害も無かったかも知れん。
だが実際に君達が帰還したのは更にその翌日……何故かね?」
頭をトンカチでガーンと殴られた様に感じた。
2日目に早々に帰還して居れば交代部隊の3人は死なずに済んだ?
私達が観光で遊んでいたせいで、その人達は亡くなったんか?
そんなの……そんなのって……。
「……第97管理外世界とミッドチルダの間で次元嵐が発生した為、戻って来れなかったんです」
「転移出来ない程の規模ではなかったと報告されているが?」
「……………………………………」
確かにそうやった。
でも、機動六課の立ち上げからみんな休みなしやったし、丁度いいからこの機会に羽を伸ばしてもいいんやないかと……そう思った罰が当たったんやろか。
「反論は無い様だな」
「…………………………はい」
ここでこれまで黙っていたレジアス中将が口を開いた。
「機動六課はミッドチルダにおける即応部隊と言うコンセプトで立ち上げられた試験部隊だ。
今回の一件は少なくとも現在の体制では目的を達成し得ないことが証明されたと言えよう。
試験部隊である以上、成果が見られない場合は解散するのが妥当ではないか」
「そんな……待って下さい!」
最悪の展開に思わず叫んでしまうが、レジアス中将は私の事など気にも留めず海の将官2人の方を向いている。
「それについてはこの後に話をさせて頂きたい。
この場はあくまで八神三佐からの事情聴取のための場ですからな」
「ふむ、いいだろう」
確かに、この場は査問のための場であって処罰を決定するのとは別や。
そんなことはレジアス中将も分かっていた筈で……それでも敢えて口にしたのは、私に状況を理解させる為なんやろ。
勿論、事前に心構えをさせるための親切……なんてものではなく、恫喝のようなものだろう。
その後は、派遣任務の間の行動を逐一質問され、査問委員会はおよそ3時間に渡って続けられた。
査問委員会が終わった後は、私は別室で待たされることになった。
おそらく、彼らの間で今、今後の方針や私らに下される処罰が話し合われているのだろう。
私はただ下される決定を待つしかなかった。
【Side 高町まどか】
機動六課の発令所で暗い顔をしたグリフィス二尉から事情を聞いて、私は焦りを感じていた。
正史では起こらなかった、派遣任務で主要メンバーが不在にしている間隙を突いてのレリック事件。
派遣任務への過剰な人員投入や任務完了後の実質的な休暇等、攻められればマズイ点が幾つもある。
機動六課は即応部隊という名目で立ち上げられたのだから、即応できない様な状態を作ってしまった時点で失点だ。
運が悪かったでは通らない。
いや、本当に運なのか?
事件の起こったタイミングをとっても、次元嵐の発生や規模をとっても、あまりに符号が合い過ぎる。
偶然そうなったと言うよりも誰かに嵌められたと言う方が納得出来る。
しかし、そうだとすると誰が?
機動六課を嵌めて得をする人物でレリック事件を恣意的に引き起こせる人物……スカリエッティ陣営に転生者が居て工作を仕掛けてきたのか?
機動六課の行動が封じられればJ・S事件はスカリエッティの1人勝ちだろうから可能性としては十分あり得る。
考え事に没頭していると、グリフィス二尉よりも更に暗い顔をしたはやてが入室してきた。
「八神部隊長!?」
はやてに気付いたグリフィス二尉がはやての前に駆け寄ると、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!留守を任されたにも拘らず……」
「グリフィス君……いや、グリフィス二尉は悪うないよ。
全部私の判断ミスのせいや」
はやてはグリフィス二尉を慰めると、逆に申し訳なさそうにしている。
「はやて……それで査問委員会の方は……いえ、機動六課への処罰はどうなったの?」
「それは……」
「それについては、私の方からお話ししましょう」
言い難そうにしながらはやてが答えようとした時、女性の声と共に1人の人物が入室してきた。
あれは……ミッドチルダの転移施設ではやてを待ち構えていた女性?
「オーリス三佐……」
成程、あれがオーリス・ゲイズか。
レジアス中将の娘であり片腕、中将の裏の方にも関わっている人物。
「今回の一件で、機動六課には幾つかの決定が下されました。
まず最初に伝えておくと、部隊の解散や部隊長の解任の案も上がりましたが、結果的に部隊の存続と部隊長の続投は認められました」
部隊の解散や部隊長の解任の件で一瞬みんなが騒然としたが、存続と続投が認められたと聞いて一斉に安堵する。
しかし、その割にははやての顔が曇っているのが気になるけれど……。
「しかし、当然ですが何も処罰無しというわけにもいきません。
まず、直接指揮を取っていたグリフィス・ロウラン二尉ですが、三尉に降格した上で解任となります」
「な!?」
「ごめん、グリフィス君……ホンマにごめん……」
はやてが殆ど泣きながらグリフィス二尉に謝っている。
確かに指揮を取っていたのはグリフィス二尉だけど、今回の被害は彼のせいではない。
それは上層部も分かっている筈だが、敢えてグリフィス二尉に処罰を下してきた。
おそらくだが、機動六課の存続やはやての続投は裏の後見人である三提督辺りが手を回したのだろう。
本来なら、部隊解散かはやての解任が下されて当然の状況……それを覆すために責任をグリフィス二尉に押し付けることになったのだと思う。
勿論、三提督がグリフィス二尉に責任を押し付けろと言ったとは思わないが。
「次に八神部隊長は一尉に降格した上で部隊指揮権限の永久剥奪。
但し、これは現時点ではなく1年後の機動六課の解散時点で有効となります」
直接責任をグリフィス二尉に押し付けたとしてもはやての責任が無くなるわけではない、ないが……随分と不自然な処罰内容だ。
グリフィス二尉への処罰は即時なのに、はやては部隊解散までそのまま……処罰を下すことは決定しながらも機動六課自体は解散まで存続させるという無理な注文を叶える為にこうなったのか。
「また、カリム・グラシア少将の保持していたリミッター解除権限の抹消。
これは今回の一件が彼女が強引に機動六課に任務を割り振った為に起きたことであることから、正しい運用が行えないと見做された為です」
これは拙い。
カリムのリミッター解除権限が無くなったとすると残るのはクロノの持つ権限のみ。
厳密にはもう1人後見人が居るらしいのだが、身内ではないので気軽にリミッター解除を頼めないそうだ。
スカリエッティとの最終決戦時のために温存しなくてはならないから、それまでのリミッター解除が封じられた様なものだ。
「最後に、これは処罰とは異なりますが地上本部から人員が派遣され副隊長に着任します。
これは経験の浅い八神部隊長では十全な部隊指揮を行えないと判断されたものであり、補佐が必要と見做された為です」
「何故、本局からではなく地上本部からなのですか?」
「部隊の運用がされる場所がミッドチルダであること、それから本局側に派遣可能な人員が存在しないためです。
保有制限を考えると非魔導師で部隊指揮権限を保持している人員である必要がありますから」
これも拙い。
部隊指揮権限を持っているとなると、おそらく佐官。
流石に部隊長よりも階級が上の人間を副隊長に置いたりはしないと思うが、はやては三佐だから同格の三佐が部隊内に配置されることになる。
これはもう首輪を付けることが目的としか思えない。
「それで、新たに着任する副隊長って誰なんですか?」
「私です」
わざわざオーリス三佐がここに来たことから薄々気付いてはいたけれど、顔が引き攣るのを抑えられなかった。
公開意見陳述会でスカリエッティが明確に反旗を翻すまで、レジアス中将とオーリス三佐はどちらかと言うと機動六課の敵対者だ。
首輪どころの話ではなかった。
「正式な辞令は一週間後となる予定です」
そう締めくくったオーリス三佐が立ち去るのを視線で追いながら、私達は先行きに暗雲が立ち込めてくるのを感じていた。
(後書き)
気紛れ試練に嵌まった形ですが、しかし結果的に見れば部隊としては寧ろ向上しているような……。
まぁ、気紛れなので良い方に働くこともあります。
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54:聖王の器 ■挿絵あり■
貫咲賢希様より、まどか&優介の成長後のイラストを頂きました。
後書きに載せてありますので、是非ご覧下さい。
推奨BGM:休日(nanoha)
【Side ティアナ・ランスター】
オーリス三佐が機動六課の副隊長となってから、どうなるかと戦々恐々としていた隊長陣の様子とは正反対に順調な日々が続いていた。
元々彼女は八神部隊長の指揮や部隊運営に問題が無ければ細かい所に突っ込むつもりはないらしく、淡々と補佐業務を遂行していた。
地上本部に強力なコネクションを持つ彼女の手配は比べては悪いけれどグリフィス二尉……いや三尉より遥かに上であり、寧ろ部隊としては以前よりも回っていたと思う。
八神部隊長の能力を否定する形で副隊長に着任した彼女に対して分隊の隊長副隊長達は敵愾心を持っていたが、流石にこうまで見事に結果を出されては認めざるを得ない様子だった。
元々、機動六課は陸の管轄であるミッドチルダに海の人員を強引に配置した部隊だ。
当然ながら陸の局員からすれば面白い話であるはずもなく嫌われている。
機動六課の申請や庶務などが後回しにされたりなんてことは日常茶飯事であり、水面下で嫌がらせに近い様な対応をされていたと聞く。
明確に却下されたりすれば表立って非難も出来るが、対応して貰えないわけではなく遅らせられるだけなので、中々文句も付け辛い。
そんな状況がオーリス三佐が副隊長として地上本部に対する窓口役を担うことで一変された。
流石に地上本部の責任者の娘であり、長年地上本部の中枢で勤めてきた彼女にそんな嫌がらせをする愚か者はおらず、あらゆる申請がスムーズに処理される様になった。
勿論、本来あるべき姿になっただけなのだが、それだけで状況が劇的に変わる辺り今までが如何に問題のある状態だったのかが良く分かる。
とは言え、私は陸の局員達の対応を責める気にはなれない。
彼らが反感を持つのは当たり前であり、そんな状況を作りだしたこの部隊の在り方の方が問題だと感じていたからだ。
ミッドチルダに即応部隊を置きたいだけなら、何も海の管轄である必要はない。
主要メンバーが元々海の人員であるのは確かだが、部隊創設に当たって転籍させれば済む話だ。
それを敢えて海に所属する部隊として立ち上げたのは、単なる我儘でしかない。
海の部隊と陸の部隊では給与水準も異なるから、隊員としては海の所属であった方が得なのは確かだ。
まぁ、私としても執務官を目指す以上は海の所属であった方が有利だから、有難い話ではあるのだけど。
そんなある日の訓練後、デバイスのリミッター解除の話を聞き、午後は休暇となることを伝えられる。
私とリジェについては関係ないけれど、ギンガさんとエリオ、ルーテシアのデバイスにはリミッターが設定されており、その解除を行うかの試験が本日の訓練だったとの話だ。
「その……フォワード全員休暇なんて大丈夫なんですか?
以前の派遣任務みたいなことに……」
「隊長達は残ってるし、一応オーリス三佐にも許可を貰ってるから大丈夫だよ。
その代わり、ミッドチルダから外の世界には行かないことと、緊急出動に備えて連絡が取れる状態にしておく様にって」
まぁ、その辺りは当然の対応だろう。
元々異世界に行く用事はないし、午後から日帰りというのも無理がある話なので行くつもりはない。
「部屋で休んでても良いし、街に行っても構わないよ。
明日からはまた訓練だから羽を伸ばしてきて」
「「「「「はい!」」」」」
さて、予定外に時間が出来てしまったけれど、私はどうしようか。
そうだ、姉さんに連絡してみよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「久し振りですね、ティア」
「うん、久し振り。ベアトリス姉さん」
クラナガンの喫茶店で待ち合わせていた人と合流する。
長い綺麗な金髪を後ろで1つに纏めた小柄な女性、美女と言うよりは美少女と言った方が相応しい外見の人だ。
姉さんと呼んでいるけれど、私とは血の繋がりはない。
兄さんが任務中に亡くなって途方に暮れてた私に墓地で話し掛けてきたのがベアトリス姉さんとの出会いだった。
天涯孤独になってしまった私に同情したのかその心の内までは分からないけれど、私を引き取って育ててくれた恩人であり剣を教えてくれた師匠でもある。
全てを失ってしまった私に新たに出来た家族、照れくさいから口には出さないけれど姉さんにはとても感謝している。
ただ、どうにも謎が多い人でもある。
そもそも、年齢がまず不詳だ。
外見だけで言えば今の私と同じくらいに見えるが、この人の外見は最初に会った時から全く変わっていない。
一度だけ何歳なのか聞いてみたことがあるけれど、目が全く笑っていない笑顔で泣いて謝るまでお尻を叩かれた……あの時のことは正直トラウマとなっている。
次に、普段何をしている人なのかも不明だ。
同居していた時はずっと家に居たけれど、生活費は何処からか調達していた。
年金生活をおくれる様な特権階級には見えないし、一体どうやって収入を得ているのだろうか。
テレビドラマ等から推測して「愛人?」って聞いてみたら拳骨喰らった。痛かった。
あと料理は……いや、これは言うまい。
人脈も謎だ。
デバイスが欲しいと相談したら、その翌日に私が今使っているデバイス──ニーベルンゲンをくれた。
どうやって手に入れればいいのかを相談したつもりだったんだけど、結果的に強請った様な形になってしまった。
まぁ、素直に有難かったので喜んだけれど、管理局に入局してからこのデバイスが如何に規格外なのかを知って愕然とした。
古代ベルカ式とミッドチルダ式のハイブリッドデバイス……管理局の技術を持ってしても作れない代物だと言われた。
慌てて出所を改めて聞いてみたけれど、知り合いに用立てて貰ったとしか教えてくれなかった。
色々と怪しい人ではあるけれど、私の大切な姉さんであることには変わりない。
ケーキと紅茶を注文して、最近あったことを機密に触れない範囲で話す。
私の経験してきたことを姉さんに知って欲しかったからだ。
……話の大半が機動六課での愚痴になってしまったのは私のせいではないと思う。
「フフ、ティアが元気そうで安心しました」
「ちょっと、姉さん。
私の話をちゃんと聞いていたの?
あの部隊でどれだけ苦労しているかを話しているのに、何でそう言う結論になるのよ」
「苦労したとは聞きましたけど、もう嫌だ~とか辞めたい~とかは一度も聞きませんでしたからね」
ぐ……。
確かに色々と問題の多い部隊だし苦労させられることも呆れてしまうことも多いが……部隊のみんなが嫌いなわけではない。
どうしても嫌えない理由は……きっと悪意が無いからだろう。
勘違いしている部分は多々あるけれど、みんなどうしようもなく善人で憎めない人達だ。
反論出来ないが……それでも姉さんの分かってるんですよ~というドヤ顔は腹が立つし、照れくさい。
しかし、そんな時間に水を差す様に通信が入ってきた。
エリオからの緊急通信で、クラナガンでレリックを持った少女を保護したというものだ。
レリックが見付かった以上、機動六課が出動し確保しなければならない。
折角わざわざ出てきてくれた姉さんには申し訳ないけれど……。
「どうやら緊急の呼び出しみたいですね。
ここは私が払っておきますから、早く行って下さい」
申し訳なさそうにしている私を気遣って、姉さんが背を押してくれる。
「うん、ごめん……姉さん。
この埋め合わせはどこかでするから!」
【Side 高町まどか】
待ち構えていたエリオからの通信を受けて、緊急で出動する。
ここは非常に重要な分岐点だ。
優介とも話し合ったが、J・S事件の被害を最小限にするために私達に出来ることは1つ。
キーパーソンであるヴィヴィオを確実に保護し、スカリエッティに奪われないことだ。
彼女さえ押さえておけばゆりかごは起動出来ない。
その状態でもスカリエッティの侵攻はあるかも知れないけれど、ゆりかごさえ無ければ制圧は問題なく行える筈だ。
戦闘機人は強いかも知れないが所詮10体程度、管理局の物量には抗し得ない。
実際の所、スカリエッティ陣営はガジェットの増産とAMF強化を行った方が戦力的には厄介なことになる筈だが、どうせ拘り優先だろうから考慮しなくてもいい。
正史通りに行けばヴィヴィオの身柄は押さえられる筈だが、どんな差異が生まれているかも分からない。
それに、スカリエッティ陣営に転生者が居れば、間違いなくこのタイミングでヴィヴィオを押さえに来る筈だ。
ここで確保してしまえば、公開意見陳述会でわざわざ機動六課を襲撃なんてせずに地上本部に集中出来るのだから。
「みんな無事!?」
路地に入った所で集合し、フォワード達は地下に落ちているであろうもう1つのレリックを確保に向かわせる。
ヴィヴィオとレリックは優介とシャマルと共にヘリで先に機動六課に先行させる。
私となのは、そしてフェイトはこの後来るであろうガジェットの撃墜が役目だ。
正史ではディエチのSランククラスの砲撃でヘリが狙われるが、優介の「熾天覆う七つの円環」なら十分に防げるはず。
ネックがあるとすると、この前の一件でカリムのリミッター解除権限が抹消されてしまったため、はやてによるガジェットの広域殲滅が行えないことだ。
正史以上にリミッターがガチガチのはやては、リミッター解除なしでは戦場には出られない。
だから代わりに私となのは、フェイトの3人掛かりでガジェットの対応を行う。
欲を言えばこの段階でクアットロを押さえてしまいたいところだけど、流石に手が回らない。
「いや、待てよ……?」
ルーテシアが敵方に居ないから地下はフォワードだけで十分な筈。
スカリエッティ陣営はレリックよりもヴィヴィオの方を優先するだろうから、地下はガジェット任せだろう。
それなら、駆け付けてくる筈のヴィータにクアットロとディエチを確保させることが出来る。
トーレの妨害があると流石に厳しいかも知れないが、ダメ元でやってみるだけの価値はある。
此方に向かっているヴィータに念話で周囲に潜伏している伏兵の捜索と確保を依頼し、私はライジングソウルをダブルソードモードにモードチェンジしてガジェットに切り掛かった。
【Side エリオ・モンディアル】
レリックを探して入った地下道の少し開けた場所にその人は居た。
黒い長い髪に黒い軍服を纏った、ギンガさんと同じくらいの歳の女性。
レリックケースを片手に持って、こちらを眺めている。
「管理局です!そのケースには捜索指定ロストロギアが入っています。
大人しく引き渡し、こちらの指示に従って下さい」
ギンガさんが軍服の女性に対して呼び掛けを行う。
こんな地下水道の中に居る時点で一般人とは思えない。
そもそも、ミッドチルダの治安維持は管理局地上本部の管轄であるため、他の管理世界なら兎も角ミッドチルダに「軍隊」は居ない。
この世界で「軍服」などを着ている時点でおかしい。
案の定、ギンガさんの呼び掛けに対しても女性は従う気配はない。
「生憎とそうはいかないわ。
私はこれを持ち帰る様に命令されてるの」
「命令!? 誰にですか!」
「上司によ」
こちらの質問の意図を理解しながらまともに答えるつもりの無い様子に、僕達はデバイスを構える。
「どちらにせよ、持って行かせるわけにはいきません。
大人しく従って貰えないなら、実力で取り押さえることになります!」
「どちらもごめんよ。
貴方達を倒して、撤退させてもらうわ」
明確な敵対の言葉と共に構える女性……見た所デバイスも持っていない様だけど、油断は出来ない。
「シュートッ!」
ティアナさんが先手必勝とばかりに射撃魔法を撃ち込む。
しかし、女性は見えない何かでそれらを容易く打ち落してしまう。
目には見えないけれど、彼女の右手には棒状の何かがあることを魔力で感じられた。
「ハッ!」「そこ!」
「甘いわよ」
射撃魔法を打ち払った隙を突いてギンガさんが左の拳を、リジェさんがトンファーを打ち付けようとするが、あっさりと避けられてしまう。
「ルーテシア、ブーストお願い!」
「うん、ブーストアップ・アクセラレイション」
「行くよ、ストラーダ!」
ルーテシアに速さを増幅して貰い、ストラーダを突き出しながら突進を仕掛ける。
しかし、右手に持つ何かで槍先を逸らされてしまい、更に背中を蹴り飛ばされてしまう。
「うわぁ!?」
「エリオ!?」
まるで車の衝突を受けた様な衝撃に僕は地面と平行に10メートル程も吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
全身が痛いけれど、何とか立ち上がる。
「エリオ、大丈夫!?」
「うん、大丈夫。まだ戦えるよ」
慌てて駆け寄ってきたルーテシアにそう返すと、再びストラーダを構える。
「でもこの人、凄く強い。
もしかすると、隊長達と同じかそれ以上だ」
「そうね。
形振り構っていられる相手じゃないわ、全員同時に掛かりましょう」
ティアナさんの提案に、ギンガさんもリジェさんも頷く。
ちょっと卑怯にも思えるけど、実際僕達より遥かに強い相手である以上、ティアナさんの言う通り形振り構っては居られない。
先程の波状攻撃を難なく捌かれてしまった以上、彼女を倒すためには全員同時に掛かるしかない。
『合図で一斉に掛かるわよ。3……2……1……GO!』
タイミングを悟られない様に、念話でティアナさんがカウントし号令と共に僕達は同時に撃ち掛かった。
「流石にこのままじゃ厳しいわね……」
女性はそう呟くと、右手を前に突き出した。
その言葉と共に、赤い板の様な剣がその手に現れた。
炎を纏ったその剣が姿を見せた途端、女性の雰囲気が一変した。
その剣が放つ炎により周囲の温度は上昇している筈だが、何故か寒気を感じた。
それが殺気と言われるものだと気付いた時には、先程居たところから姿を消した女性が目の前に現れていた。
先程までの動きとは段違いの速さに到底避けることなど出来ず、反射的にストラーダを身体の前に置いて防御の態勢を取る。
「がっ!?」
拮抗出来たのは一瞬で、肩に激痛を感じると共に僕は吹き飛ばされ壁に叩き付けられ地面に落下する。
立ち上がることすら出来ず、何とか首を捻って先程まで居た方向を見た僕の視界に映ったのは、倒れ伏すギンガさんとトンファーの片方を跳ね飛ばされたリジェさん、そして柄の部分で真っ二つに切られたストラーダの姿だった。
残った方のトンファーを構えて防御の姿勢を取るリジェさんに、黒髪の女性は右手に持つ剣を横に払う形で叩き付けようとする。
「貰った!」
そこに横に回っていたティアナさんが射撃魔法を連射する。
攻撃態勢に入っている女性には絶対にかわせないタイミング、剣を持つのとは逆側からのその攻撃は剣で打ち払うことも出来ないだろう。
離れた位置で見ていた僕はそう思ったし、ティアナさんもリジェさんもそう確信していた筈だ。
「な!?」
「嘘でしょ!?」
ティアナさんとリジェさんが驚愕にその動きを止める。
すぐには状況が分からなかったけど、数秒遅れで僕にも何が起こったのか、いや女性が何をしたのかが理解出来た。
信じられないことに、彼女は「レリックケースを持ったままの左手で」ティアナさんの射撃魔法を叩き落としたのだ。それもケースを盾にしたわけではなく手の甲で。
いくら非殺傷設定があるとはいえ衝撃はある。
感覚だけで言えば、殺傷設定も非殺傷設定も変わらない。
あんなことをすれば傷は付かずとも痛みでまともには動かせなくなる筈なのに、彼女はまるで堪えた様子は無い。
それどころか、驚きのあまり動きを止めてしまった2人に対し、剣を薙ぎ払う。
「ぐ……っ!」
「うぅ……」
僕と同じ様に何とかデバイスを盾にする2人だが、大きく跳ね飛ばされて地面に叩き付けられる。
女性が剣を取り出してからたった十数秒の間に、その場に立っているのは女性とルーテシアだけになってしまった。
「……っ!」
圧倒的な実力差に怯むルーテシアを一瞥すると、しかしそれ以上は何もせずに女性は立ち去っていった。
叩きのめされた僕達はそれをただ見送るしかなかった。
【Side ???・???】
「進展があったのか?」
相棒からの連絡を受け、サーチャーからの監視映像を見ながら俺は質問する。
『はい、廃棄区画の地下で軍服を来た女性と接触しました。
黒い長い髪をした女性で名前は櫻井螢、レベルは37でした』
「成程、スカリエッティのアジトに出入りしている奴の中の1人だな」
本来居なかった人物が4人、スカリエッティのアジトに出入りしていることはこれまでの監視で判明してる。
人数的に全員ではない筈だが、その内の誰かが素性の分からない残りの転生者2名の可能性があり、注目していたところだ。
「しかし、廃棄区画の地下?
あの2人を狙っていたわけではないんだな」
望んだ事ではないとは言え、あいつが機動六課に潜入している一番の理由は、目立つ2人の転生者に吸い寄せられてくる者を監視するためだ。
その意味で、動きを見せた黒髪の女性が奴等ではなく地下に現れたことは少々気掛かりだ。
「まさか、アンタ狙いか?」
『いえ、それは無さそうです。
言動からレリック狙いの様でしたし、私に対しても変わった様子は見せませんでした』
レリック狙い?
転生者ならレリックなんて別に欲しがるとは思えないが……スカリエッティの指図か?
「もう少し様子を見ないと判断出来ないな。
……それで、アンタの方は大丈夫なのか?
流石に疑われているだろう?」
潜入するにしても、相手は転生者である以上はレベルを視認することが出来る筈だ。
あいつの高いレベルは当然ながら疑念の的だろう。
『確かに疑いの目は感じていますが、確証が無ければいきなり手は出せないでしょう。
大丈夫、まだいけます』
「ならいいけどな」
その後しばらく取り留めの無い話をした後、俺は念話を切った。
(後書き)
Strikersのことを知っていれば、キーパーソンであるヴィヴィオに集中するのが当然の行動でしょう。
しかし、裏をかく形で地下に出没。
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
<高町まどか>
【挿絵表示】
<松田優介>
【挿絵表示】
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55:預言者の著書
Caution! キャラ崩壊中尉……間違えました、注意
【Side 高町まどか】
先日のフォワード陣の休日中に起こった市街地での遭遇戦。
ヘリを狙った砲撃は優介が防いでくれたし、大量に襲撃してきたガジェットも全て殲滅出来た。
しかし、クアットロとディエチの確保は寸での所でトーレに妨害されて果たせず、地下に行かせたフォワード陣も新手に襲われレリックを奪われてしまった。
クアットロとディエチの確保は上手く行けば儲け物くらいの話だったので問題ないが、地下の方は予想外だった。
幸いにしてフォワード陣は軽傷で済んだし、レリックを奪われてしまったがそれについてもまだいい。
いや、良くは無いが……それ以上に問題として奪っていった黒髪の女性の存在が挙げられる。
ティアナ達のデバイスに映っていたその容姿を見て、優介が間違いないと断言した。
聖槍十三騎士団黒円卓第五位 櫻井螢=レオンハルト・アウグスト
姿を見せなかった彼の集団がここでその姿を見せた。
ヴィヴィオの方には目もくれずにレリックを狙ってきたことを考えると、10年前もジュエルシードや闇の書を狙ってきた様に今度もロストロギア狙いなのか、それともスカリエッティと何らかの繋がりがあるのか。
意図の読めない彼らの行動は対策を取るのも非常に難しい。
しかし、そんな彼らの行動を事前に知ることが出来るかもしれない機会がやってきた。
はやてから聖王教会への訪問を指示されたのだ。
正史でもあった、機動六課設立の意図についての説明の場……カリムの預言について説明される場だ。
正史ではスカリエッティによる管理局への攻撃が預言されていたが、この世界でも同じ結果が出ているのだろうか。
『ラグナロク』の舞台であり、スカリエッティ以上の脅威が一年以内に牙を剥くことが確定している以上、預言についてもそちらが優先されていても不思議ではない。
優介にヴィヴィオの見張りをお願いしつつ、私はなのはやフェイトと共に聖王教会へと向かった。
■───────────────────────■
旧い結晶と無限の欲望が交わる地
鉤の十字に導かれ、墓の城は虚空より顕現す
死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち
それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる
■───────────────────────■
聖王教会でカリムに見せられた詩文はそんな文章だった。
概ね正史通りの内容に見えるが、問題は第二節。
正史では「死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る」という文章であった筈だが、置き換わってしまっている。
元の文章では「死せる王」は聖王オリヴィエのクローンであるヴィヴィオ、「彼の翼」は聖王のゆりかごを意味している為、聖王のクローンであるヴィヴィオによりゆりかごが起動されることを示唆していた筈。
それが変わっているということは、この世界ではゆりかごは起動されないと言うこと?
いや、それならその後の節が変わっていないのは何故?
「鉤の十字」と言うのは心当たりがあるが、「墓の城」とは何なのだろう。
「何か気になることが?」
真剣に預言を見ていた私に、いつの間にかその場に居る全員の視線が集中していた。
問い掛けてきたのは、預言を行った本人である女性──カリム・グラシアだ。
レアスキル「預言者の著書」を保持する聖王教会の重鎮にして管理局の少将。
「ええ、この詩文の第二節だけ全く意味が分からなかったので悩んでいたんです」
「確かに第二節は最も解釈が難航してますが……あの、逆にそれ以外の文章については意味がお分かりなのですか?」
何処か期待交じりのカリムの質問に少し悩む。
私は別に古代ベルカ語に造詣が深いわけでもなんでもなく、正史の知識で正答を知っているだけだ。
これを説明しようとすれば、必然的に『ラグナロク』と正史の知識について知っていることが前提になるが、そもそもカリムはそのことを知っているのだろうか。
そう持ってカリムの左隣に座っているはやてに視線を向ける。
「はやて?」
「あ~、カリムには未だ話しとらんよ。
まどかちゃんの許可無く話せる話でもないしな」
私の意図を察したのか、はやてが聞きたかったことを答えてくれる。
そのやり取りに怪訝そうな顔をしているカリムを見ながら、私はカリムに話した場合のメリットとデメリットを考える。
メリットは彼女からより密に支援を受けられること、一方デメリットは聖王教会に情報が流れる可能性があることだろう。
しかし、正史の知識を伏せておきたかったのは乖離を防いで対応が出来る様にすることと、未来知識に近い記憶の悪用を狙われない様にするためだ。
どちらにおいても、事ここに至っては既に伏せておく必要性は殆ど無くなっている。
もともと日程の近付いてきた公開意見陳述会で正史とは異なる方向で進めることを狙っていたから乖離についてはもう気にする必要は無いし、そこで結末を変えるつもりである以上は未来知識など白紙も同然だからだ。
ならば、ここで彼女にも事情を説明して協力を仰いだ方が良いだろう。
いや、はやてやクロノ達にも伏せていたJ・S事件の詳細についても話してしまおう。
「…………………………………………」
一通りの話をした後のカリムは無言となって目を瞑り、紅茶を啜っていた。
「流石に信じられないかしら?」
敬語が面倒になったので口調を素に戻して問い掛ける。
これまでは年上でもあり上官でもあったために丁寧な言葉で話していたが、ここまで話した以上は気にする必要はないだろう。
「いえ、信じます。
極秘だった筈の聖骸布の盗難まで知られている以上は信じないわけにはいきません」
「そう、それは良かったわ。
それで、協力して貰えると思っていいのかしら?」
「ええ、私の権限で可能なことであれば支援させて頂きます」
微笑んで頷いてくるカリムに安堵し、改めてこの場に集まったみんなに対して宣言する。
「先程も言った通り、今後の最優先事項はヴィヴィオを守りきることよ。
それさえ出来ればゆりかごは起動出来ないし、ゆりかごさえ無ければスカリエッティの戦力は普通に制圧可能な筈。
対転生者という意味でも、戦力を残して居れば対処が出来る。
その為には、迫ってきた公開意見陳述会でどう立ち回るかに掛かっているわ」
正史では地上本部の襲撃を囮にして機動六課が狙われた。
しかし、既に相手の狙いが分かっている以上、対策を取ることは可能だ。
「彼女の身柄を本局に移すと言うのはどうだ?」
クロノが提案してくるが、それは拙い。
「ダメね、さっき言った通りスカリエッティは最高評議会と繋がってるから、
地上本部に渡しても本局に渡しても、スカリエッティに差し出すのと変わらないわ」
公開意見陳述会への襲撃で決定的に反旗を翻すまでは、スカリエッティは管理局上層部と繋がったままだ。
事前に本局に預けたりしたら、公開意見陳述会での襲撃を先送りにして裏から手を回してヴィヴィオを確保することを優先するかも知れない。
「聖王教会でお預かりすると言うのはどうですか?
聖王陛下の血を引く御方であれば騎士団の忠誠を捧げるべき方、裏切って管理局やスカリエッティに差し出す様な者は居ません」
「選択肢としては考えたけれど、それをするとヴィヴィオが祭り上げられることになりかねないから最終手段ね。
彼女が大人になってそれを望むなら兎も角、何も分からない子供の時に人生を決めてしまうのは正直賛成したくないの」
「……そうですね。
聖王教会の立場で言えば少し頷き難いですが、私も彼女を不幸にしたいわけではありません」
そう言いながらも、あから様に残念そうにしているカリム。
信仰の対象であり旗頭とすれば聖王教会の隆盛も見込めるため無理もないが、その様子から見ても一度渡したら戻って来ない可能性が高い。
「ほんなら、やっぱり機動六課で守るしかないな」
「でもはやてちゃん、公開意見陳述会には私達も警備の任務が来ることになってるんでしょ?」
「そうだよ、ヴィヴィオを守るのは勿論だけど、地上本部だって放っておけないよ」
はやての言う通り、預け先が存在しない以上は機動六課で守るしかない。
地球に避難させておくことも考えたけれど、万が一察知されたら守る余地もなく拉致されてしまうだろう。
「はやて、公開意見陳述会の時に機動六課に戦力を残すとして、どれくらいまでならいける?」
「う~ん……一応可能な限りの人員を警備に当てる様に言われとるからなぁ。
なるべく交渉してみるけれど、せいぜい分隊1つが限界やと思う」
予想はしていたけれど、まぁ確かにそれくらいが限度だろう。
「そう……じゃあスターズとライトニングは地上本部に、ブレードは機動六課に配置する方向でお願い」
「分かった、やってみるわ」
「それと、公開意見陳述会はデバイス持込み禁止よね?
あれ、何とかならないかしら。
正直、起きることが分かっていると間抜けにも程があるとしか思えないんだけど」
あの決まりさえ無ければ、正史でもギンガは拉致されずに済んで、公開意見陳述会の段階で数人くらいは戦闘機人も捕縛出来たんじゃないだろうか。
テロ防止のための決まりだと思うが、そのせいで外部からのテロを防げなかったら意味がない。
地上本部が襲撃される様なことはないと言う思い込みを前提にした決まりだ。
「そっちは多分許可は貰えんと思うわ。
責任者はレジアス中将やけど、あのおっさんはカリムの預言も信じてなければ私達のことも嫌っとるし……」
「………………………………そう、そうよね」
「あとは処罰覚悟で持ち込むか、やな。
違反は違反やけど、実際に襲撃があれば文句付けられる奴もおらんやろ」
過激なことを言うはやてだけど、一理はある。
「そうだね、襲撃があることを考えれば降格くらい覚悟してでも万全にしておいた方がいいよ」
「うん、私も同感」
なのはやフェイトもはやての意見に同意している。
「それじゃあ、その方向で行きましょう。
公開意見陳述会が被害を減らせる大きな分岐点、それぞれの場所で全力で守り抜きましょう」
【Side out】
「宜しかったのですか、預言をそのまま見せてしまって」
管理局の面々が立ち去った後、部屋に残ったカリムは呟いた。
「ああ、構わないとも。
軽く手掛かりの1つも与えなければ興醒めな展開になりかねないのでね。
故に、これは必要なことなのだよ」
他に誰も居ない部屋にも関わらず、答えが返ってくる。
しかし、カリムは驚く様子を見せず、その人物の前に跪く。
彼女が跪いた相手はローブを着た影絵の様な男だ。
「聖下」
「ああ、畏まる必要はないよ、普通にしていてもらいたい。
便宜上教皇などと言う地位にあるが、本来私はそんな器ではないのでね」
「ご冗談を」
許しを得て立ち上がると、カリムは男をテーブルへと誘い、紅茶を注ぐ。
「それで、その……」
ゆっくりと紅茶を味わう男に、おずおずと話し掛けるカリム。
「フフフ、心配なら要らないとも。
例のモノなら用意しているよ、この通り」
そう言うと、男はローブの内から数枚の写真を取り出し、反対側へと座るカリムへと滑らす様に渡す。
その瞬間、カリムの表情が歓びに溢れ、顔を紅潮させながら跳び付く様に写真へと手を伸ばした。
「嗚呼……ラインハルト様」
「相も変わらず、我が友人は罪作りな御方だ」
写真に付いた指紋を丹念に拭き取り丁重にアルバム保存していくカリムを見ながら、男は苦笑する。
「それで、予定の方は順調かな」
「はい、全て順調です。
表の方の布教は勿論、騎士団内での思想統一も概ね済んでいます。
ああ、勿論聖下から教えて頂いたあの子は対象外ですが」
カリムは報告をしながらも、思い出した様に1人の人物に触れた。
それは、自らの従者であるシャッハの直弟子に当たる人物で、カリム自身も妹の様に接していた相手だったが、カリムの声色は酷く冷たかった。
「例の娘、あそこに派遣したのだったかな」
「ええ、あの子にとっては青天の霹靂だったみたいですね。
告げた時は呆然として居ましたよ」
その時の様子を思い出しながら、カリムはクスリと嗤う。
「ラインハルト様の敵対者でなければ、相応の地位と役割を与えたのですが。
目を掛けて居ただけに残念です」
(後書き)
カリムさんは宗教も相俟って、本作狂信者トップ3の内の1人です。
(残り2人が誰かは言うまでもないため割愛します)
原作ではどうか分かりませんが、本作聖王教会の教皇位は前教皇による指名制ですが、世間的には殆ど世襲制と認識されています。
ちなみに、現在の教皇はトリスメギストスⅧ世です。
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56:裏切りの刃 ■挿絵あり■
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
後書きに載せてありますので、是非ご覧下さい。
推奨BGM:開闢を讃う姫歌(MELTY BLOOD Actress Again)
【Side 高町まどか】
公開意見陳述会、当日。
はやてやなのは、フェイトそれにスターズとライトニングの両分隊が地上本部の警備に向かったのに対し、私や優介、そしてリジェは機動六課の隊舎に残り襲撃に備えていた。
副隊長のオーリス三佐も公開意見陳述会にレジアス中将の側付きとして出席している為、指示を出せる人間が私しかいない。
「た、大変です! 地上本部が大量のガジェットに襲撃されていると……っ!」
「落ち着きなさい!
あっちの方は八神部隊長が事態に備えて準備しているから問題ないわ。
それよりも、機動六課の周辺をサーチして!」
「え、は、はい!
周囲5kmの探知を行います……………………え? こ、これは!?」
地上本部の襲撃が始まった以上、こちらに対する襲撃も時間の問題。
そう思ってオペレータのルキノに周囲の索敵を指示すると、案の定反応があった。
「こ、これは……北東の方角からガジェットの機影が向かってきてます!
凄い数です!
こ、こんなことって……」
「来た様ね……襲撃に対応すべく迎撃態勢を取るわ!
ブレード分隊は私も含めて隊舎の正面に、裏側はザフィーラとシャマルがそれぞれ守りを固めて!
非戦闘員は隊舎の食堂に避難! 避難が完了したら各隔壁を降ろしなさい!
ロングアーチは発令所で周囲のサーチを継続、状況の変化は逐一報告を!」
「「「「了解!」」」」
騒然となり掛けた発令所だが、指示を与えたことで冷静さを取り戻したのか一糸乱れぬ回答が返ってくる。
「さぁ、優介、リジェ。ここが正念場よ、行きましょう!」
「ああ!」
「……了解しました」
2人を引き連れ、機動六課の正面口で待ち構える。
しばらくすると、空を埋め尽くす程のガジェットの群れが見えてきた。
「凄い数ですね……」
「怖気付いたかしら?」
「まさか。ガジェットだけなら幾ら数が多くても対応は可能です」
頼もしい言葉に思わず笑ってしまった。
しかし、ここを襲撃するのがガジェットだけである筈がない。
「そうね、あれはあくまで前座に過ぎないわ。
戦闘機人が出てきてからが本番よ。
まぁ、ルーテシアが敵でないだけマシだと思うけど」
「そうですね」
話しているうちにガジェットはかなり接近してきた。
そろそろ、頃合いだろう。
「これだけの数のガジェット相手だと、私は後衛よりも前衛に回った方が良いわね。
私とリジェが前衛、優介が後衛で行くわよ」
「分かりました」
「ああ、任せてくれ!」
私はライジングソウルをダブルソードモードで起動して構える。
リジェが同じ様にトンファーを両手に構えながら、私の横に並ぶ。
「I am the bone of my sword.」
後ろから弓を引き絞る音と共に優介の詠唱が聞こえてくる。
並んだ私達の間を閃光が飛び、ガジェットの密集地帯へと突き刺さる。
次の瞬間、その場に対空していたガジェットは爆発と共に吹き飛ばされた。
「ハッ!」
「せいっ!」
爆発と同時に私とリジェは合図することもなく、同時に前へと走った。
爆風でバランスを崩しているガジェットを左右に持った剣で薙ぎ払う。
6体程破壊した所で制御を取り戻したガジェットがビームを撃ち込んできたため、後ろに跳び下がる。
丁度入れ替わりで、背後から優介の援護射撃が始まる。
ガジェットのAMFの影響を受けない投影魔術による実体を持った剣による狙撃だ。
一撃ごとに2~3体を破壊する援護射撃は相手の戦線を容易く崩し、崩れたところを私とリジェが飛び込んで傷を広げる。
この繰り返しで、機動六課を襲撃してきたガジェットは見る見るうちに数を減らしていく。
このまま押し切れればラクなのだが……。
そう思ったところで、私は直感的に横に転がった。
一回転しながら起き上がりつつ先程まで立っていた所を見ると、地面が切り裂かれ溝が出来ている。
そこに居たのは、ピンクの長髪をした長身の女性。
青いボディスーツを身に纏い両手にはブーメラン状の刃、首にはⅦの文字……戦闘機人セッテだ。
正史ではトーレと共に地上本部の魔導師を攻撃していた筈だが、この世界では機動六課の襲撃に回された様だ。
おそらくだが、ルーテシアが居ないことによる影響なのだろう。
チラリと横を見ると、リジェも同じ様にディードと相対している。
更に、上空にはモニタを操作しているオットーの姿が見える。
おそらくここを攻撃しているガジェットのコントロールを統括しているのだろう。
優介の狙撃が彼女を狙うが、庇う様にガジェットが間に割って入り代わりに撃墜される。
まだまだガジェットの数が多く狙撃では中々仕留めることが難しそうだが、私もリジェも目の前の相手で精一杯のため、オットーの相手は優介に任せるしかない。
セッテが両手に持ったブーメランブレードを投げ付けてくる。
私は回転しながら迫るそれを避けずに両手に持つ剣で打ち払い、即座にバインドで固定する。
セッテの持つIS、スローターアームズはこのブレードを自在に操る能力だ。
避けても軌道を変化させて狙われ、バリアブレイク性能もあるため防御も出来ず、対処法としては迎撃しかない。
「くっ!」
予想通り、ブレードを打ち払った隙を突いて、新たに取り出したブレードを手に持ったセッテが斬り掛かってくる。
何とか身を捩って回避するが、かわし切れずに左腕を掠り痛みが走る。
相手は戦闘機人の、それも上位のパワーの持ち主だ。
真っ向からぶつかり合っては力負けするのが目に見えているため、回避や受け流しを主体にして戦闘を組み立てていく。
幸いにして彼女は感情が希薄なため行動がマニュアル通りで至極読み易いので、対応はそれほど難しくない。
このまま戦闘を続ければ体力面で私の方が不利だろうが、私は構わずにセッテの攻撃を捌き続ける。
何合打ち合ったか数え切れなくなった辺りで、待ち望んでいた変化が訪れる。
背後から赤い光がセッテに向かって走る。
視界にその光が移った瞬間、私はこれまでの動きから一点してセッテに対して切り掛かった。
オットーを撃墜し再開された優介の援護射撃はセッテのブーメランブレードで弾かれたが、それだけの隙があれば十分。
面積の広い腹の部分を晒しているセッテのブレードに両腕に持った双剣を叩き付ける。
比較的脆い腹の部分に全力の打ち込みを受け、ブレードは呆気なく砕け散った。
表情は変わらないが驚きに硬直するセッテに対し、私は間髪入れずに次の行動を取る。
ライジングソウルを瞬時にシューティングモードに切り替え、セッテの鳩尾を叩き付ける様に突く。
「ぐ……っ!?」
「これで終わりよ!ライジングキャノン!」
苦痛に前のめりになるセッテに対して、私は零距離で砲撃魔法を放つ。
桃色の光と共にセッテは10数メートルも吹き飛び、地面に倒れ伏した。
少し離れたところを見ると、どうやらリジェもディードを倒し終えた様だ。
優介がガジェットのコントロールをしていたオットーを倒したことで、ガジェットの動きも単調な自動操縦に戻っている。
全機撃墜は時間の問題、増援も無い様なので機動六課の防衛はほぼ既に成功したと見ていいだろう。
「何とか守り切れましたね」
ディードを倒したリジェが残った数機のガジェットをトンファーで打ち払いながらこちらに向かって歩いてくる。
「ええ、お疲れ様──
──後は貴女だけね、転生者さん」
そう言うと、私は彼女に対してライジングソウルの先端を向ける。
「……え?」
私の行動に一瞬呆けるリジェだが、すぐに我に返ると鋭い眼で此方を睨み付けてくる。
「何の話ですか?」
その態度が既に真実を物語っているが、取り合えず話を続けることにする。
「『ルーテシアが敵でないだけマシだと思うけど』
さっき私はそう言ったわよね」
「それが何の…………っ!」
気付いたのか、更に表情を険しくするリジェ。
「そう、ルーテシアが敵に回っていた正史を知らなければ、何を言っているのかと思うのが普通よ。
あれに頷くことが出来るのは転生者だけ」
「だからって、それだけで……」
確かに、それだけであれば確実とは言えない。
襲撃を目前にして混乱していたと言われれば終わりだ。
「勿論それだけじゃないわ。
ホテルアグスタの時には不自然なほどにティアナの動きを気にしていたと優介から聞いてるし、
海鳴の派遣任務でマテリアルを見た時にも反応していたわね」
「く……………………」
先程の発言はあくまで確証を得るための誘いだ。
元より、これまでの言動で彼女が転生者であることは確実だと思っていた。
「気になるのは、貴女が何を狙っていたのか。
最初はスカリエッティ陣営かと思ってヴィヴィオの周りを手薄に見せ掛けて様子を見たりしていたのだけど、動きを見せないし。
後は……私や優介が狙いって線ぐらいよね」
その言葉と共に、干将・莫耶を携えた優介がリジェの背後に位置取る。
丁度私と優介でリジェを挟む形になっている。
「暗殺狙いだとして、今まで行動しなかったのは2人同時に倒せるタイミングを計っていたためかな。
どちらか1人だけなら幾らでもチャンスはあった筈だしね。
そう考えると、私達2人と同時に出撃して他の部隊員が居ない今回は絶好の機会だったのも頷ける。
気付いてなかったかも知れないけれど、ブレード分隊が機動六課の防衛に回ると知ってからの貴女は意識しているのが見え見えだったわよ」
「……弁解は無意味の様ですね。
ええ、確かに私は転生者です。
バーサーカーのカードを選んだ、ね」
!?
暗殺狙いならアサシンだとばかり思っていたけれど、バーサーカー?
彼女のどの辺がバーサーカーなのか、心当たりが全くない。
これまで見せていたトンファーの腕前が全てではないとは思っていたけれど、こちらの予想以上に力を隠していたのだろうか。
「不意打ちなら兎も角、この状態で2対1なら貴女に勝ち目は無いわ。
問答無用で殺す様な真似はしないから大人しくして」
私達としては彼女と一時的でも同盟を結ぶ事が目的である為、内心の不安を抑えながらも投降を呼び掛ける。
それに対して、リジェはトンファーを投げ捨てた。
大人しく投降するつもりになったのだろうか。
「確かに、その通りですね。
この状態で2対1で戦うのは困難です」
リジェはそう言うと何処からか1枚のカードを取り出した。
遠目だけれど黒い服を着てナイフを持った青年の後ろ姿が描かれたカード…………あれって、まさか!?
「まぁ、『2対1だったら』ですけどね。
『
その言葉と共に、カードに描かれていた青年がナイフを構えて姿を現す。
やっぱり、ネギまの仮契約カード!
「おいおい、大分予定と違うじゃないか」
「仕方ありません、私が転生者だってことが見抜かれてしまっていましたから。
作戦変更です」
「……それって、単にアンタのミスなんじゃないか?」
「………………今はそんなことを言っている場合じゃありません」
軽口を叩き合う彼女達に対して、私と優介は警戒心を一段上げる。
新たに姿を見せた青年は優介と、リジェは私と向かい合う様に構えている。
「いずれにしても、これで2対2です。
条件が一緒であれば、負けるつもりはありませんよ」
そう言うと、リジェは呪文詠唱を始める。
「
「くっ!? ライジングソウル!」
≪Protection≫
無数の光弾が生み出され、私に対して向かってきた。
この距離では到底避けられるものではなく、私は咄嗟にライジングソウルに指示して防壁を張る。
障壁に次々と光の射撃が叩き付けられる。
かなりギリギリだったが、何とか防ぎ切ることに成功した。
「防ぎましたか……では、これならどうでしょう。
「が……っ!?」
張っていた障壁の上から、旋風と稲妻が叩き付けられた。
私の防御魔法は旋風によって一瞬で砕け散り、無防備になったところに稲妻が降り注いだ。
私は数十メートルも吹き飛ばされ、機動六課の隊舎の壁に叩き付けられた。
全身が粉々になってしまった様な激痛に、呻き声を上げることすら出来なかった。
「……どうやらタイムリミットの様ですね。
決着を付けたかったのですが、まぁ仕方ありません。
今は引かせて貰いましょう」
言われて初めて、複数の魔導師が機動六課に向かってきていることを感知した。
おそらくだが、地上本部の襲撃がひと段落着いたため増援が来たのだろう。
リジェはそれを察し、この場を後にしようとする。
「ま、待ちなさい」
「この決着はスカリエッティが次に行動した際に着けましょう。
場所は追ってお知らせします。
2人だけで来るのも応援を連れて来るのも構いませんが、来た者に対しては全力で相手をさせて頂きます。
無駄な犠牲を増やしたく無ければ、2人だけで来ることをお勧めしますよ」
そう言うと、リジェともう1人の転生者は背を向けて去っていった。
優介が慌てて掛けてくる声を聞きながら、私は意識を失った。
【Side セアト・ホンダ】
「で、バレたわけか」
「……返す言葉もありません」
ミッドチルダの廃棄区画の建物の1つで、撤退してきた俺達は話合いを行っていた。
「まぁ、どのみち本来居なかった奴が居る時点で最初から疑われると思っていたし、想定の範囲内ではあるんだが。
しかし、目的だった他の転生者の情報が殆ど得られて居ないことが問題だな」
「そうですね。
介入があるとしたら今回のタイミングだと思って注意を払っていたのですが、そのせいで隊長達は勘違いして暴発するし散々でした。
一番怪しかった軍服の女性も確証は無いままですし……」
俺達の目的は明らかに転生者と見て取れる高町まどか、松田優介の2人を監視することで近付いてくる残り2人の情報を得、あわよくば
「いずれにせよ、事ここに至った以上はあの2人と決着を着ける以外にはありませんね」
「まぁ、そうだな。
しかし、あの2人だけだったら勝てると思うが、他の奴等まで着いてくるとキツイな」
「次にスカリエッティが動いた時を戦いの時に指定していますから、少なくとも全員をこちらに割振ることは不可能でしょう」
ヴィヴィオが拉致されていないことや、ナンバーズが既に何人か捕縛されていることがどう影響するかは不明だが、それについては今考えても仕方ない。
「なら、あと数日の間は待機だな」
「ええ、態勢を整えておきましょう」
話が終わったと思った俺は、生活空間を整えるために部屋から出ようとする。
ここは万が一の時のために用意していたアジトの1つで一応それなりの物は揃えてあるが、食料などは流石に保存食くらいしか置いていない。
数日の間ずっと味気ない保存食では、慣れてる俺は我慢出来てもこいつにはつらいだろう。
まずは食料調達かと思ってた俺は、何故か話が終わった後もジッとこちらを見詰めているリジェの視線に気付いて首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「……数ヶ月ぶりに直接会ったと言うのに、話すことはそれで終わりですか?」
何処か拗ねた様な表情を見せるリジェ。
その様子に俺は4年前にこいつと初めて会った時と比べての変わり具合に、思わず嘆息した。
転生時の特典でアサシンのカードを選んだ俺は、次に気が付いた時には「月姫」の七夜の里で育っていた。最初は何故こんな世界に転生したのか分からずに戸惑ったが、事情が推測出来た後は積極的に体術を学ぶように心掛けた。
体術を学びながら順調に成長していった俺だったが、何れ七夜の里が滅ぼされることは分かっていた為、ある時周囲にそれを訴えた。しかし、挙げた声は里の他の者だけでなく両親にすら否定され、俺は嘘付きとして扱われる様になった。
失望は無かった、元よりダメ元でやったこと……証拠も何も無しに信じて貰える可能性は低いと分かっていた。
結局俺は里のみんなを助けることは諦め、そのまま失踪してフリーの退魔師兼暗殺者として生計を立てる生活を送った。
この世界においてはミッドチルダで第97管理外世界からの移民の子孫として産まれた。
七夜の里での鍛錬は転生によって初期化されてしまったが、訓練メニューは記憶していたし技も覚えていた。
幼い内から身体を鍛えて10年以上掛けて元と遜色無いレベルまで力を取り戻した俺は、前世で培った隠密スキルを用いて情報収集を始めた。
集めた情報は管理局や聖王教会で転生者と疑わしい人物について。
あと可能性が高いとしたら第97管理外世界だが、流石にそちらに手を伸ばすことは管理局員でもない俺には難しい。
管理局においては、情報収集は呆れるくらいに簡単だった。
6年前に殺されたって言う執務官に、P・T事件や闇の書事件で魔法に関わって管理局入りした本来は居なかった筈の2人。
あまりにも露骨でまるで転生者だと拡声器で喧伝している様な有り様だったため、逆に何かの罠かと疑ってしまった。
一方で聖王教会の方はそう簡単にはいかなかった。
元より、管理局と異なり居る確率もそこまで高くは無かったため、何処まで調べれば「調べた」と言えるかの匙加減も難しい。
データだけではサッパリ収穫が無く仕方なく直接観察することにした俺は、それを始めてから数日後にいけ好かないガキを見掛けた。そのガキは年上のシスター──おそらくはシャッハだったのだろう──にトンファーの扱いを習っていて、俺が見掛けたのは習ったことを自習している時だった。トンファーの扱いは正直下手くそで、だからこそ分かった。
こいつは転生者だ、と。
何故なら、俺にはその時のガキのレベルが見えている。その数値の示す強さと目の前の弱さがどうしても紐付かない。つまりは、こいつは本来もっと強力な力を有していながら、それを隠しているということだ。勿論、力を隠すのは処世術であるためそれがイコールで転生者と言い切れる訳ではないが、この歳でそんなことをしている時点で、限りなく黒に近いだろう。
さて、どうするか。
ここで殺すのは簡単に出来そうだが、管理局の2人は明らかに同盟を結んでいる為、こちらも出来れば仲間を増やしたいところ。だったら、ここは勧誘から入るべきか……そう思った俺は、そのガキの目を見て速攻で諦めた、無理だと。何故なら、そいつの目に浮かんでいたのは一目で分かる「人間不信」。周囲の人間が誰一人として信用出来ないという雰囲気を全身から醸し出していた。
同時に、何故俺がこいつをいけ好かないと感じたかも分かった……こいつの目、そして態度が里から逃げた直後の誰も信じられない俺自身に良く似ていたんだ。里から逃げた直後の俺は、みんなを見捨てた罪悪感と、嘘付きと罵った奴等が死ぬ事に僅かな喜びを感じてしまった自分への失望で混乱して、近付いてくる人間全てが敵に見えていた。
思い出したら当時の自分に腹が立ってきた俺は、取り合えずこんな思いをさせてくれたガキの背後に気配を消して近付き、蹴り飛ばした。
「──────っ!?」
無防備な所を後ろから蹴られたそいつは、受け身も取れずに顔面から地面に倒れ込んだ。しかし、すぐに起き上がると、土埃で汚れたままでこちらを睨み付け、すぐに表情を変えた。おそらく、俺のレベルを確認してどういう存在なのかを理解したのだろう。頭は悪くないみたいだな。
「安心しろよ、能力は使わないし殺しもしない。武器も無しだ」
俺はそう言うと、ナイフを使わずに素手のままで構え、そいつに対してクイックイッと手招きをする。そいつは付け焼刃は通じないと思ったのか、トンファーを投げ捨てると素手になって殴り掛かってきた。中国拳法……思ったよりも使えて強かったが、地力の差で俺が勝った。
動く気力が尽きたのか、大の字になってそいつはその格好のまま問い掛けてきた。
「貴方、何がしたいんですか……」
「さあな」
そんなこと、俺が知りたい。
結局、その場ではそれ以上の会話は続かず俺はそのままそこを後にした。
それ以来、俺は数日に一度リジェのところを訪れた。
最初の様に背後から蹴り飛ばして、その後は殴り合いになるのだが、何回目からかは警戒する様になったのか、蹴り飛ばせなくなった。
「貴方、本当に何がしたいんですか……」
そう聞いてきたリジェの目は呆れを示しているが、最初に会った時に孕んでいた不信の気配は感じなかった。
そっちの方が似合っているぞ……と面と向かって言うのも気恥かしかったので、俺はリジェの鼻を摘まみながら言った。
「手、組まないか」
いきなり話を変えた俺にリジェは戸惑っていたが、やがておずおずと頷いた。
「……アト、セアト!」
リジェの呼び戻す声に、過去の記憶に捉われていた俺はハッと我に返った。
「ああ、すまない。少し考え事をしていた」
「……それは、私と話すのが詰まらないと言うことですか」
俺の答えに途端に不機嫌になり膨れるリジェの姿に、俺は内心の苦笑を隠しながら悪そうな笑みを意識的に浮かべる。
「いいや。そう言えば作戦失敗したことに対するお仕置きを忘れてたな、と思ってな」
「は?」
そう言いながら、左手を伸ばしてリジェの腰を抱き寄せる。
膨れっ面から一転呆けた表情になっていたリジェは、今度はその顔色を真っ赤に変えた。
「え? あ、あの……許してくれたんじゃなかったんですか?」
「そんなこと言ったか?」
少なくとも、俺は許すなどと言った覚えは無い。
最初から、怒っているわけではないので当たり前だが。
「想定の範囲内って言ったじゃないですか!?」
「何れバレることを想定していたからと言って、ミスはミスだろう」
「そ、それはそうですけど……」
なおもゴチャゴチャと抜かすリジェの頭に右手を当てる。鮮やかな赤いショートカットの手触りが印象的だった。
「ま、待って下さい、心の準備が……」
「嫌なら突き飛ばせ」
結局、リジェは俺を突き飛ばさなかった。
(後書き)
食料調達に行き損ねた為、2人の食事は丸1日保存食で確定しました。
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
<リジェ・オペル>
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<セアト・ホンダ>
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<リジェ&セアト>
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57:ゆりかご
『久しいな、聖餐杯』
「これはこれは、ハイドリヒ卿。お久しぶりです」
カソックを纏った神父が、モニタに向かって跪き挨拶を述べる。
『状況の報告を』
「は、先の公開意見陳述会襲撃においてドクター・スカリエッティの戦力は大きく減じました。
12体の戦闘機人のうち実に6体が捕縛されています。
また、切り札と目していた聖王のゆりかごについても、聖王の器の奪取に失敗したため起動出来ない状況です。
一度襲撃を行い警戒しているでしょうから、聖王の器の奪取は生半可なことでは成らないでしょう」
『ふむ……』
報告を受けて考え込む黄金の獣。
その様子を見て、神父は進言を行った。
「望まれるのであれば、私やベイ、マレウス、レオンハルトの4人で聖王の器の奪取を行いますが……」
『いや、その必要は無い』
進言に対して、玉座に座る黄金は片肘を突いたまま却下する。
「では、計画を変更されるのでしょうか?
ドクター・スカリエッティがゆりかごを起動出来ないのであれば、当初の計画通りには行かなくなります」
『計画に変更はない。
当初の予定通りジェイル・スカリエッティにゆりかごを起動させて管理局にぶつけさせる』
「? それはどういう……」
【Side 高町まどか】
「ん……………………」
ふと意識が目覚める。
見覚えの無い天井に不思議に思い、仰向けに寝たまま首を横に向けて部屋の様子を確認する。
白を基調としたベッドのみの部屋に点滴と医療機材……どうやらここは病院らしい。
「そっか、リジェにやられて気を失ったんだった」
身体を起こそうとするが、身体の節々に痛みが走り躊躇してしまった。
刺激しない様に慎重に身体の状態を確認するが、何か所かを包帯が覆っていた。
どうやら、それなりに重傷を負ってしまったらしい。
状況を思い返しているとコンコンッとノックをする音が響いた。、
「どうぞ」
私が声を掛けると、驚いた様な気配と共に扉が勢いよく開け放たれ、優介が慌てた顔で飛び込んできた。
「身体は大丈夫なのか、まどか!?」
「ええ、心配掛けてごめんなさい。
あちこち痛いけれど、取り合えず五体満足よ」
痛むことは痛むが動かない部位は存在しない。
雷に打たれた上に壁に叩き付けられた割には傷は浅いとも言える。
バリアジャケットが無ければ死んでいた可能性も高いが。
「取り合えず状況を知りたいのだけど、説明してくれる?」
「ああ、分かった」
説明を聞くと、私が九死に一生を得たのはフェイトが機動六課の増援に飛んできてくれた為らしい。
彼女が着く頃にはリジェともう1人の転生者は姿を消していたが、大きな魔力が近付いてきたのを感知したために撤退したのだろう。
優介の方はもう1人の転生者──リジェはセアト・ホンダと呼んでいた──と互角に戦っていたらしい。
「遠距離から宝具を撃っていたから互角だったけど、近付かれたら危なかったかも知れない。
それに、俺の撃った宝具はナイフの一振りで消されてた」
「宝具をナイフで?
そんなこと可能なの?」
威力としても神秘としても、ただのナイフで宝具と打ち合うのは無理だ。
しかも、弾かれるならまだ分かるが、消される?
「色々考えてみたけれど1つだけ心当たりがある……多分直死の魔眼だ。
あれなら投影した宝具が消されるのも納得がいく」
「!? 成程、確かにそれなら説明が付くけど……。
よりによって、個人戦の殺し合いで直死の魔眼って……反則的じゃない?
接近戦になったらまず勝ち目がないじゃない」
「魔眼自体もそうだけど、10を超える宝具を対処する体術も危険だ。
直死の魔眼持ちであることを考えると、多分七夜の体術だと思うけど」
直接見ては居ないけれど、対峙していた優介が言うのならそうなのだろう。
残っているカードはライダーかアサシン……能力からすると間違いなくアサシンだ。
「リジェの方はネギまの魔法だったのか?
黒い服の転生者を呼び出したあのカード、仮契約カードだよな」
「ええ、魔法の射手に雷の暴風を使ってたわ。
ただ、何でバーサーカーのカードでネギまの魔法を特典に出来るのか、良く分からないんだけど……」
「狂気に堕ちたりしたことがあるって言うのが条件になるんだよな。
闇の魔法で魔族化する場面があった筈だから、それじゃないか?」
「成程……でもそうだとすると……」
バーサーカー=闇の魔法による暴走ならば、つまりリジェは闇の魔法が使えることになる。
「ああ、多分そうなんだろう。
少なくとも、そう考えておいた方がいい」
私は思わず頭を抱えた。
レベルの高さから強いことは分かっていたけれど、正直勝ち目が殆ど無い。
ただでさえ強力な魔法で遠距離戦の勝ち目が薄いと思っていたが、アレまで使えるんだとすると近距離は更にダメだ。
とは言え、相手をするなら組み合わせは逆には出来ない。
もう1人の転生者セアトはリジェより更にレベルが上だ、私と優介のどちらが相手をするか考えたら優介に彼を担当して貰うしかない。
「何も俺達だけで戦わなくても良いんじゃないか?」
「スカリエッティの方も相手にしなくちゃいけないから、こちらに戦力を割くのは難しいでしょ。
それに、転生者以外を介入させたら容赦なく攻撃するって言ってたし、あまり『ラグナロク』関係者以外を巻き込まない方が良いと思う」
セアトは分からないけれど、リジェの方は無差別に殺人を犯す様な性格じゃないことは数ヶ月の付き合いで分かっている。
とは言え、『ラグナロク』に無関係な人間でも自分から首を突っ込んできたなら容赦するつもりも無いのは去り際の脅しで理解出来た。
「スカリエッティと言えば、地上本部の方はどうだったか聞いてる?」
「ああ、結果から言うと正史よりも順調に迎撃出来たみたいだ。
なのは達がデバイスを持ち込んでいたのが効いたらしい」
地上本部を襲撃した戦闘機人のうち、チンク、ノーヴェ、ウェンディを捕縛したらしい。
セッテ、オットー、ディードは機動六課の襲撃時に捕縛している為、残っているのはウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、セイン、ディエチの6人だ。
加えて、機動六課のメンバーは特に大きな怪我などはしていないそうだ。
機動六課メンバーで最も重傷だったのは私だったと言われた。
「ヴィヴィオも守り切れたし、対スカリエッティという意味では順調ね」
「ああ、そうだな」
「……対転生者と言う意味ではかなり厳しいけど」
「……ああ、そうだな」
2人して頭を抱える。
リジェが転生者であることは確信していたし、如何にレベルが高くても2対1になれば捕縛出来ると踏んでいたが、まさか他の転生者と手を組んでいるとは思っていなかった。
転生者の疑いが強まってからは外部に対する通信についても監視していたが、そんな形跡はなかったからだ。
「ネギまの仮契約カードを使って念話で連絡を取り合って居たのね。
この世界の念話とは体系が違うから捕捉出来なかったか……」
「一枚上手を行かれたな」
「取り合えず、私はリジェの対策を考えてみるから、優介はセアトの方お願いね」
「ああ、分かった」
病室を出ていく優介を見送ると、私はリジェの事を考える。
数ヶ月の間、部下として私と共に過ごしてきた彼女は転生者で私や優介の命を狙って機動六課に居た。
トンファー使いだと思っていたけれど、あれはおそらくこの世界で聖王教会に居る時に身に着けたものなのだろう。
デバイスは置き去りのまま立ち去っていったらしいから、本来の力を隠す為に使っていたと言うことなのだと思う。
本来の彼女の力はネギまの魔法……それも主人公であるネギ・スプリングフィールドの力だろう。
闇の魔法についても、使えると思っていた方がいい。
闇の魔法……攻撃魔法を自らの身に取り込む狂気の沙汰とも言える禁呪。
雷系の最強魔法である千の雷を取り込めば、肉体を雷化させる術式兵装・雷天大壮となる。
雷化するとあらゆる物理攻撃が通用しないと言う反則的な技だ。
霊的なものを斬れる斬魔剣弐乃太刀なら攻撃可能な筈だが、生憎私にはそんな真似は出来ない。
加えて、速さは雷と同じなのでこちらの攻撃は当たらないし、相手の攻撃は避けられない。
弱点は雷の特性による先行放電が発生することと思考速度までは変わらないため直線的な動きになること。
そのため先読みして攻撃を潰すことが可能──
……無理でしょ、それ。
あくまでも
「一対一で勝てる見込みがまるでないわね。
ああは言ったけど、誰かに援軍を頼むしかないかな」
ゆりかごが起動出来ない以上、戦力的には多少余裕がある筈だし。
そう思っていた私の思惑が完全に覆されたのは、リジェから決闘場所の連絡があった翌日だった。
モニタの中で巨大な戦艦が空に舞い上がる。
聖王のゆりかご──聖王の血を引く者が鍵となり起動される古代ベルカの遺産にして全長数kmの巨大飛行戦艦。
ミッドチルダの軌道上で2つの月からの魔力供給を受ける事で次元跳躍攻撃や亜空間内での戦闘も可能になるロストロギア。
私はその光景に硬直しながら、内心パニックに陥っていた。
聖王の器であるヴィヴィオは守り通した、それは間違いない。
今だって、機動六課の中で元気にしている。
なのに、何故?
ゆりかごを動かせるのは聖王の血筋だけではなかったのか?
いや、少なくとも正史ではそう言われていた筈だ。
あるいは、ヴィヴィオ以外にもクローンが作られていて、スカリエッティが確保していた?
いや、それならスカリエッティが機動六課を襲撃した理由が分からない。
戦闘機人を3人も投入したあの襲撃は本気であったとしか思えない。
それとも、正体の分からない残りの転生者の特典能力か?
ああ、それはあり得るかも知れない。
残ったカードはライダー……乗り物を動かす能力はあっても全く不思議ではないし、ゆりかごも戦艦である以上は乗り物に含まれるだろう。
可能性として思い付いて当然だった。
ヴィヴィオを守っただけで気を抜いていたのは完全に失態だった。
【Side out】
『まさか、聖王の血筋以外でゆりかごが動かせるとはね』
巨大戦艦の玉座の間にて、モニタに紫の長髪をした白衣の男性が映し出されている。
対するのは玉座に座る金の髪の神父。
「聖王の血筋に適合者が出やすいのは事実の様ですが、聖王の血筋でなければ居ないと言うわけではないとのお言葉です。
私も最初はまさかと思いましたが、考えてみれば当然の話です。
何せ、このゆりかごは『古代ベルカの時代には既にロストロギアと呼ばれていた』のですから。
古代ベルカよりも以前に作られた以上、古代ベルカに生きた聖王の血筋を条件にしている筈がありません」
『成程、確かに。
言われてみれば尤もな話だね。
いやはや、先入観とは恐ろしい』
「何れにしても、こうしてゆりかごが起動したのですから、計画通りにお願いしますよ」
『勿論だとも。精々派手に演出して差し上げようじゃないか』
(後書き)
聖王家は実は古代ベルカ以前から続く家系です、とかだと話は変わりますが。
そうでないとしたら、聖王の血筋しか動かせないというのは情報操作の結果だと推測されます。
セアトの直死の魔眼についてはこの後も特に触れる場面がなさそうなので補足しておきますが、直死の魔眼の発現には死に掛けることで「」に接触し死を理解する必要があり、式も志貴も死に掛けることで発現してます。但し、セアトは記憶を持って転生しているため、ある意味最初から死に触れた状態で生まれてきています。
また、七夜の里に生まれてますが、志貴としてではありません。血縁ですがセアトの方が年上で、里の滅亡時にはある程度の体術は習得した上で失踪してます。
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58:無限の欲望
「空に浮かんでいる聖王のゆりかごに大量のガジェット。
ロッサから情報があったスカリエッティのアジト。
それから、まどかちゃんから教えて貰ったゼスト・グランガイツによる地上本部への侵入。
どれも見過ごすわけにはいかんなぁ」
機動六課の会議室で、緊急招集された面々を前に茶色のショートカットの小柄な女性が顎に手を当てながら考え込む。
「戦力の分散になるけど、この場合はしゃあないな。
まず空のゆりかごやけど、これはなのはちゃんとヴィータにお願いするわ。
本局からクロノ君がクラウディアで急行しとるから、それまで何とか粘ってぇな」
「うん、分かったよ」
「任せろ!」
破壊しても構わない屋内であればなのはも十分実力を発揮できるし、最も小回りのきくヴィータも突入部隊としては最適だ。
「ガジェットについては私が対応するわ。
広域殲滅型の得意分野やしな。
リインとザフィーラも付き合って」
「はい、我が主」
「承知」
「ま、それが妥当ね。
指揮官が最前線に出るのはどうかと思わないこともないけど」
「それは言わんといてな」
まぁ、指揮とかを置いておけばはやての適性を考えれば妥当な配置だろう。
ザフィーラが盾となり詠唱の時間を稼ぎ、リインフォースとユニゾンしたはやてがガジェットを一網打尽にする。
無数の敵を相手にするには一番適したフォーメーションだ。
正史と異なりザフィーラは怪我を負っていないことがここで有利に働いた。
「スカリエッティのアジトにはフェイトちゃんとフォワード4名。
まどかちゃん情報やとスカリエッティはゆりかごじゃなくてアジトに居るらしいから、きっちり捕まえてや」
「うん、了解」
「「「「はい!」」」」
地上本部への戦闘機人の侵攻は確認されていない。
おそらく、前回の公開意見陳述会で半数の戦闘機人が捕縛されてしまった為、アジトとゆりかごに配置するのが精一杯だったのだろう。
おかげで、フォワード陣は地上部隊のフォローではなくスカリエッティのアジトに投入出来る。
「地上本部に向かうゼスト・グランガイツの対処は、シグナム頼むわ。
それと、潜入しとるって言う戦闘機人についてもな」
「承知致しました」
Sランクオーバーのベルカの騎士に真っ向から相対出来るのはシグナムくらい。
潜入しているであろうドゥーエのことも、事前に知って居れば対処が可能。
上手くすればレジアス中将の暗殺も防げるかも知れない。
「まどかちゃん達は……」
「私達は前に言った通り自分の相手に専念させて貰うことになる。
そっちを手伝えなくて申し訳ないけれど……」
「あ、うん。それは構わんのやけど……本当に2人で大丈夫なん?
彼女達、かなり強いんやろ」
「一応対策は練ったし、何とかするわ。
手は欲しいけど、そっちだって余裕は無いだろうから贅沢は言わないわ」
ゆりかごの浮上は完全に計算外だった。
あれがなければなのはかフェイトのどちらかを此方に回してもらうことも出来たのだが、今更言っても始まらないだろう。
「それじゃ、機動六課出動や!
何としてもこの事件を解決するで!」
「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
先行して調査を行っていたアコース査察官とシスター・シャッハと合流し、スカリエッティのアジトへと踏み込む。
流石に7人で固まって動くのは効率的ではない為、3チームに分かれて突入する。
私とエリオにルーテシア、シスター・シャッハにティアナとギンガ、それからアコース査察官だ。
アコース査察官が1人で行動すると言った時は大丈夫かと思ったけど、数を補えるレアスキルがあることと任務が異なることから認めることになった。
私にとって……いや、私達にとってスカリエッティは因縁の強い相手だ。
私やエリオを生み出したプロジェクトFを実現したのは母さんだけど、基礎理論を構築したのはスカリエッティだと言われている。
次元世界で様々に行われている違法研究のうち大半にはスカリエッティが絡んでいる。
違法研究の撲滅を心に誓って執務官を続けてきた私にとって、スカリエッティは不倶戴天の敵だ。
一方で、ルーテシアにとってもスカリエッティは母親の仇と言える。
彼女の母親メガーヌ・アルピーノが所属していたゼスト隊は戦闘機人事件の捜査中に全滅したと聞く。
まどかの話ではその時部隊を全滅させた戦闘機人の背後にはスカリエッティの存在があるらしい。
2人に合わせる意味もあるが、アジトの中はAMFが展開されていて飛行魔法は負担が重い為に走って移動している。
時々ガジェットが襲ってくるが、私とエリオで問題無く対処出来ている。
私もエリオも、電気の魔力変換資質を有している。
AMFは魔法の構成を阻害するが魔力変換資質による電気への変換は魔法でないために防げない。
それにガジェット自体はあくまで機械である為に電気には非常に弱い。
魔力を放出してぶつけるだけであっさりと機能を停止したり動作がおかしくなったりするため、そこを叩いて破壊することは簡単だった。
順調に足を進める私達の前に、開けた空間が姿を現した。
そこで待ち構えていたのは、紫の長髪の白衣の男性とショートカットにボディスーツを纏った長身の女性。
男性の方は間違いなくスカリエッティだ。
女性の方は戦闘機人、先日の地上本部襲撃の時にも相対したトーレだろう。
まどかが言うには、12人の戦闘機人の中でも空戦においては最強の存在と言う話だった。
ここは屋内とは言え飛び回るだけのスペースはあるため彼女の戦闘スタイルには適していると言える、しかしそれは私も同じ。
懸念があるとすれば矢張りAMF、ガジェットと異なりトーレは魔力変換資質だけで戦える相手ではない。
「エリオ、ルーテシア。彼女は私が相手をするから、貴方達はスカリエッティを確保して」
「はい!」
「ん……!」
スカリエッティの実力は分からないけれど、格好から見ても戦闘向きじゃない。
2人掛かりなら問題無く捕縛することが出来るだろう。
後は私の方だが、長期戦になれば体力的にも魔力的にも不利なため、AMF以上の出力で一気に倒してしまうべきだろう。
「いきなりで悪いけれど……」
「オーバードライブ・真ソニックフォーム」
切り札であるオーバードライブを最初から使用する。
ここで消耗してしまうと他の場所への増援は難しくなるけれど、なのは達ならきっと大丈夫。
余計な装甲を省いたレオタードの様な形態にバリアジャケットを変形させる。
デバイスは双剣のライオットザンバーにして片方を肩に担ぐように構える。
「装甲が薄い……当たれば墜ちる!」
トーレが両手両足に魔力刃の様な武装を展開しながら独りごちる。
確かに、速さを追求したこのフォームは防御力と言う意味では最低限で、Sランクオーバーの敵の攻撃が直撃すれば一撃で撃墜されてしまう。
しかし……
「当てられるものなら、当ててみればいい」
速さにかけては私は誰にも負けない。
その自負と共に私は空中に飛び上がり、追い掛けてきたトーレと高速機動戦を開始する。
「ライドインパルス!」
「バルディッシュ!」
≪Sonic Move≫
何度も交差しながら互いの武器を打ち付け合う、直撃を受けてはいないけれど装甲の無い手足に掠り傷を負い、ピリッとした痛みが走る。
速さについては私の方が若干上、しかしパワーでは彼女の方が遥かに上だ。
「足りない力は……魔力で補う!」
私は打ち合いの途中、最も離れた場所で静止すると2本の剣を一つに纏めてありったけの魔力を籠めて巨大なザンバーを作り出す。
「おおおおぉぉぉっ!」
空中に留まっている私に対して、トーレが右腕振り被りながら突進してくる。
私はそのトーレに対して、10メートル以上まで達したザンバーを振り被り叩き付けた。
「ぐ! あ……あああああぁぁぁっ!」
叩き付けられた私のザンバーをトーレは両腕のブレードで防ぎ鍔迫り合いになる。
数秒の間せめぎ合いが続くが、トーレのブレードが砕け散り、防ぐものの無くなった彼女に対して私はザンバーを振り抜いた。
トーレはピンボールの様に跳ね飛ばされると床に激突して沈黙する。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
流石に消耗が激しかったが、乱れた息を胸元を抑えながら何とか整える。
エリオ達が心配になって様子を見るが、そこにはルーテシアにバインドを掛けられてエリオにストラーダを突き付けられたスカリエッティの姿があった。
どうやら、あちらも心配は要らないみたいだ。
私は真ソニックフォームを解除してインパルスフォームに戻すと、捕縛されたスカリエッティの方へと近付いていく。
「広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ……貴方を逮捕します」
数年に渡って追い掛けていた相手を捕まえることが出来た。
後からじんわりと沸いてきた達成感に包まれ様としている時、水を差すかのように拍手の音が鳴り響く。
勿論、エリオやルーテシアでも、別行動しているシスター・シャッハ達でもない。
私はバルディッシュをサイスモードに変えると、拍手の響いてきた方向に向ける。
私の様子に、エリオもルーテシアも同じ方向を向いて警戒する。
「勝負あり……みたいね、ドクター」
その言葉と共に通路から姿を見せた人物に、私は思わず息を飲む。
10年も前に数回会っただけだが、彼女の……いや、彼女達の印象は強烈で記憶は決して薄れることは無かった。
ピンク色の髪に黒衣の軍装を纏った小柄な少女。名前は確か──
「ルサルカ・シュヴェーゲリン……っ!?」
「あ、憶えててくれたんだ。
フェイトちゃんだっけ、ひっさしぶり~」
明るく振る舞うルサルカに対し、私は戦慄を隠せない。
聖槍十三騎士団……確かにヴィヴィオを保護した時に姿を見せたって聞いてたけれど、スカリエッティと繋がっていたの?
公開意見陳述会の時には姿を見せなかったから、無関係だと油断していた。
「あの格好は……」
「地下水道であった女の人の仲間?」
横で上がった声に私はハッと我に返る。
「エリオ、ルーテシア! 下がって!」
幼げな少女に見える──そう言えば、10年前と外見年齢が変わっていない──が、彼女は危険だ。
突然叫んだ私に驚きながらも、エリオとルーテシアの2人は指示に従って下がってくれた。
「ちょ、いきなりその反応?
人を危険人物みたいに言わないで欲しいんだけど」
「いやいや、君達はどう考えても危険人物に当たると思うんだが」
バインドで拘束されたままのスカリエッティがルサルカにツッコむ。
この男と意見が一致するのは不愉快だが、私も同感だ。
「ぶ~、こんな可愛らしい女の子にその言い草は酷くない、ドクター?」
ふくれっ面になり拗ねるルサルカにデバイスを向けながら、私はスカリエッティの様子をチラッと横目で見る。
言動を見る限り、彼らは知り合いの様だ。
この場に姿を見せたことから考えても、手を組んでいると見るのが妥当だろう。
「この場に居ると言うことは、貴方達もスカリエッティに協力していると判断します。
武器を捨てて大人しく投降して下さい」
「協力しているのは事実だけど、武器を捨てるのは無理かな。
聖遺物は私に同化しているから離せないし。
それよりも、そこに居ていいの?」
唐突に走る悪寒に、咄嗟に後ろに飛び下がる。
……そのつもりだったが、私の脚は全く動かなかった。
「しまっ……!?」
視界にルサルカの足元から伸びている影が映る。
「これは……」
後ろでスカリエッティの声がするが、そちらに気を向けている余裕は無い。
最悪だ……彼女の能力は10年前に見ていたのに、すっかり忘れていた。
話せるし瞬きも出来るけれど、首から下は指一本動かせなくなってしまった。
「フェイトさん!?」
「エリオ、ルーテシア! 来ちゃダメ!!」
「でも……っ!」
私の様子にエリオとルーテシアが駆け寄ってこようとするのを必死に静止する。
彼女の影が届く範囲に来てしまったら、私の二の舞になってしまう。
「う~ん、麗しい親子愛ってところかしら。
こういうの見せられると感動して──」
グチャグチャにしてあげたくなっちゃう。
美しい少女の姿のままで禍々しい気配を放つ彼女の姿に、私は悲鳴を必死に飲み込む。
喉がカラカラに乾くが、動きを止められてしまった身体からは冷や汗は流れなかった。
「ああ、いけないいけない。
ドクターの敗北を見届けたら速やかに撤退せよって命令だっけ。
どうせベイの奴も回収しなきゃいけないだろうし、私はそろそろ行くわね」
「ふむ、私の出る幕はこれで終了かね」
「ええ、御苦労様。
まぁ、私達が行動を起こした時に気が向いたら釈放してあげるわ」
「期待しないで待ってるよ」
スカリエッティと軽口を叩き合うと、ルサルカは私達に背を向けて立ち去ろうとする。
「な、待ちなさい!」
「ん~? 待っていいの?」
慌てて止めようとするが、返された反応に言葉に詰まってしまう。
私が動きを封じられたままである以上、この状況で戦闘が継続されたら私達はあっさりと皆殺しにされてしまうだろう。
「理解出来た様ね。
まぁ、心配しなくてもすぐまた会えるわよ。
それじゃ、またね」
(後書き)
何気にホームランを免れたスカさん
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59:人知れぬ戦い
クラナガン近郊の拓けた土地において、4人の男女が対峙していた。
遠くに見える上空には聖王のゆりかごが浮上し、その周囲では無数のガジェットに対して広域魔法が放たれていた。
見える場所ではないが、スカリエッティのアジトにも機動六課の面々が突入し戦闘に入っている。
各地で戦闘が繰り広げられる中、切り離された様にこの場は静寂に満ちている。
主戦場とは離れた場所での人知れぬ場面ではあるが、今この時こそがこの世界の行く末を決める分水嶺でもあった。
対峙する4人の男女はいずれも『ラグナロク』の参加者。
セイバー、高町まどか
アーチャー、松田優介
バーサーカー、リジェ・オペル
アサシン、セアト・ホンダ
「逃げずに来ましたか」
「余計な連れも居ないみたいだな」
待ち受けていた2人が話し掛ける。
それに対して、まどかと優介の2人は僅かに顔を険しくする。
「貴女が脅してきたんでしょうが」
「他のみんなは今別件で忙しいんでね」
別件、それはスカリエッティのアジトへの突入とゆりかごに対する対処の事を指す。
それに対して、リジェはふと思い出したように疑問を口にする。
「別件と言えば……機動六課の襲撃は防いだ筈なのに、何故ゆりかごが起動しているんですか?」
「それは私達が知りたいわ」
「……まぁ別に今はどうでもいいですね」
そこまで興味は無かったのか、リジェはあっけなく矛先を収めた。
「ところで、戦う前に1つ提案があるんだけど……休戦して同盟を結ぶわけにはいかないかしら?」
唐突にまどかが行った提案に、リジェもセアトも怪訝そうな表情を浮かべる。
「正気ですか?
『ラグナロク』のルール上、3人以上の同盟なんて成立し得ません」
「ああ、生き残ることが出来るのは最大でも2人までだからな」
『ラグナロク』では優勝者は1人、報酬を諦めたとしても生き残れるのは2人。
3人以上の同盟は最終的に破綻することが確定しており、そんな状態での同盟など心からの信頼など置ける筈も無い。
「確かに、恒久的な同盟は無理ね。
でも、強力な第三の敵に対抗する為に一時的に同盟を結ぶことは出来る筈よ」
「第三の敵?
スカリエッティではないですよね……他の転生者ですか?」
「ええ、廃棄区画の地下水道で貴女も一度会ってる筈よね。
彼ら……聖槍十三騎士団に」
「あの黒い軍服の女性ですか。
確かにそれなりに強かったですが……彼ら?
彼女だけでなく他にも居ると言うことですか?」
「ええ、彼女を含めて同格以上の相手が13人。
そして、恐らく背後に居るのはランサーのカードを選んだ転生者よ」
ヴィヴィオを保護した際に地下水道に姿を現した聖槍十三騎士団の1人、櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。
彼女があそこで姿を現した以上、介入の時は刻一刻と近付いてきている。
「成程、確かに脅威ですね。
もっと早く知っていれば同盟を結ぶ余地はあったかも知れませんが……」
「ここまで来たら無理だな」
そう言い放つと、リジェとセアトの2人は戦闘態勢を取る。
一度ハッキリと敵対してしまった以上、この状態で同盟を結んだところで背後を気にしてまともに動けない……その意味ではデメリットが大き過ぎて同盟を結ぶ余地は無くなってしまっている。
その様子を見て、まどかと優介も諦めた様にデバイスを構えた。
【Side 松田優介】
「ムーンライト、フルドライブ!」
≪Saucer Mode≫
開口一番でムーンライトを円盤に変形させ、その上に飛び乗る。
一気に上空に飛び上がったと同時に、さっきまで立っていた場所に黒いバリアジャケットを纏った青年が飛び込んできた。
「チッ、空に逃げたか」
舌打ちする彼を見下ろしながら、俺は魔術回路を起動させる。
「
宝具を次々に投影し、地上に立つ彼に向かって放つ。
セアトは自身に向かって飛んでくる宝具を交わしたり手に持ったナイフで切り払うが、その勢いは明らかに以前対峙した時よりも鈍い。
彼の動きは七夜の体術だと推測しているが、飛行手段の無い世界での武術や体術は頭上からの攻撃を想定して作られては居ない。
暗殺術をベースにした七夜の体術でも、頭上から攻撃することは想定していても攻撃されることは考えられてはいないのだ。
故に、これが前回の戦いから考えた対セアトの対策だ。
本来は無限の剣製を使用する為のソーサーモードだが、彼の持つ直死の魔眼を考えると固有結界の展開は寧ろ弱点を差し出すことにしかならない。
直死の魔眼で心象風景を殺されたらどうなるか、想像したくもない。
故に、ソーサーモードはあくまで飛行と回避が目的。
デバイスを攻撃に使用出来ない為、攻撃は投影魔術による遠距離攻撃だ。
「やり辛いな」
しびれを切らしたのか、セアトは一度後ろに下がると上空へと飛び上がった。
あれはこの世界の飛行魔法か、魔力は普通にあるからこの世界に転生してから憶えたのだろう。
飛べない相手ならラクだったのだが仕方ない、この可能性は想定していた。
「I am the bone of my sword……
「疾っ!」
ジグザグに飛行しながら突っ込んできたセアトに対して、熾天覆う七つの円環を展開する。
セアトはピンクの花弁状の盾に対して、手に持ったナイフを突き出す。
熾天覆う七つの円環は一瞬で消されてしまう。
投擲武器に対しては無類の強度を持つ熾天覆う七つの円環だが、概念上直接攻撃にはそこまで強くない。
とは言え、一撃で破壊出来る様なものでもない筈なのだが、おそらく直死の魔眼で『点』を突かれたのだろう。
「
干将・莫耶を投影し、切り結ぶ。
時折、直死の魔眼で『点』や『線』を攻撃されたのか、干将・莫耶が切り裂かれたり消滅したりするが、その度に投影し直す。
「く、キリが無いな!」
セアトが僅かに焦りを浮かべる。
暗殺術を主体とする彼にとっては持久戦は自身の戦闘スタイルの対極に位置するものだろう。
とは言え、こちらとしても投影魔術を使用し続けているため消耗は大きい。
このまま持久戦に持ち込んだとしても、勝負は五分が良いところだろう。
決断すると、俺は手に持っていた干将・莫耶をセアトに向かって……投げた。
「なにっ!?」
突然の行動に、セアトは大きく仰け反って投げられた双剣を回避する。
その間に俺はムーンライトを一気に後方に逃げる様に飛ばす。
「な……待て!」
体勢を崩したセアトだが、すぐに持ち直すと逃げる俺を追い掛ける様に飛行する。
「I am the bone of my sword.」
俺は追い掛けてくるセアトを、いや全てを意識の外に置き、自身の裡にある剣を取り出すことに集中する。
想像し創造するのは、彼女が抜いた選定の剣。
かつて夢の中で見た黄金の輝き。
手の内にその感触を感じると同時に、俺はムーンライトを方向転換させる。
「な!?」
追い掛けてきたセアトは、俺の持つ剣に気付いたのか慌てて停まって回避しようとする。
が、遅い。
俺は手に持った黄金の剣を右下から逆袈裟に切り上げる。
「
黄金の光が回避しようとしていたセアトを飲み込む。
体術で回避出来ない範囲攻撃、直死の魔眼で止められない物体以外の攻撃、対セアトの戦術の2段目だ。
「────────っ!!!」
何かを叫んでいた様だが、俺の耳には届かなかった。
光が止んだ時、セアトは意識を失いゆっくりと地面へと墜ちていった。
【Side 高町まどか】
「さて、こちらも始めましょう。
済みませんが、私は手加減も容赦もする気もありません。
いきなり奥の手を使わせて貰います」
リジェはそう言い放つと、凄まじい魔力を放ち始める。
「
詠唱を聞いて、私は真っ青になる。
何とか止めようと射撃魔法を放つが、彼女から放出され始めた電撃に掻き消されてしまう。
「
雷系の最大呪文、千の雷。
対軍用の広範囲魔法は私向かって放たれることは無く、リジェの手元に凝縮され球状の雷の塊となる。
「
触れれば吹き飛ばされそうな雷球を、躊躇うこと無く握り潰すリジェ。
矢張り、使えたのか。
想定の範囲内とは言え、目の前の光景の半端ではない迫力に戦慄する。
「
千の雷を闇の魔法で取り込んだ、術式兵装・雷天大壮。
警戒し、ライジングソウルを双剣にして構える私の前で、リジェが……消えた。
「え? ───────っ!!」
相手が消えたことで驚いた次の瞬間、左頬に強烈な打撃を受けて私は吹き飛ばされた。
一瞬で10メートル程も飛ばされるが、何とか体勢を整えようとして。
「く……ぐほぉ!?」
今度は腹部に攻撃を受けて地面に叩き付けられた。
体を雷化して秒速150kmで移動する雷速瞬動、情報として事前に知っていても、目の前でやられると全く対応出来ない。
地面に叩き付けられた私は咄嗟に横に転がる。
無様な格好だけど、そんなことを気にしている余裕は無かった。
私が転がった次の瞬間、先程まで居た場所が吹き飛んで小規模なクレーターが出来る。
「わ、分かっていたけど速過ぎる!
こんなの……うぐっ!?」
何とか立ち上がった私だが、次の瞬間に後頭部を強打されて顔面から地面に落ちる。
さっき言ってたけれど、本当に手加減も容赦も無い。
後頭部への打撃で意識が飛びそうになるのを必死に抑える。
ここで気絶したら為す術なく殺されてしまうだろう。
顔面を地面に叩き付けられたせいで口の中は砂だらけだし、鼻から出血してしまっている。
しかし、そんな私に微塵も容赦せず、リジェは蹴り飛ばす。
「ぐ!?」
右に左に、次々と攻撃を受けて翻弄される。
「ぎゃ!」
顔も手足も胴も、あちこちを殴られ蹴られて血と痣だらけになっていく。
「うぅ……」
バリアジャケットは千切れて防具としての役割も衣服としての役割も果たさなくなってしまう。
「………………」
とうとう私は悲鳴を上げることも出来なくなり、ボールの様にただ吹き飛ばされては叩き付けられるようになってしまった。
地面に叩き付けられても何とか立ち上がるが、立っているのが精一杯で最早歩くことすら出来そうにない。
「まだ立ち上がれるとは、大したものですね。
ですが、貴女に勝ち目なんて一欠けらもありませんよ」
「……………………………………」
「もう話す気力もありませんか、それではそろそろトドメです」
遠くの方で聞こえる声に、私は何とか意識を集中して指示を飛ばす。
サンドバッグみたいに一方的にボコボコにされる中で何とか手放さずに握り続けていたデバイス、ライジングソウルに。
デバイスの格納領域に予め入れておいた4メートル四方もある黒いシートが私の前方に広がる。
「!?」
トドメを指す為に真っ向から向かってきたリジェはその黒いシートにぶつかって勢いのまま全身をシートに包まれる。
「これは……?」
「絶縁体の分厚いゴム製シートよ。
雷天大壮は雷の特性が発生するから絶縁体を通り抜けることは出来ない」
口の中の血と砂を吐き出して、黒いシートに包まれたままのリジェの質問に答える。
しかし、黒いシートで見えない中からは長い溜息が聞こえてきた。
「くだらない」
一言切り捨てる様な言葉と共に、リジェは新たな詠唱を行う。
「ラス・テル マ・スキル マギステル
黒いシートの上から下に線が走り左右に割れていく。
「雷天大壮を解除すればこんなものはすぐに切り裂けます」
切り裂かれたシートから、右腕に魔力で作り出した巨大な剣を纏わせたリジェが姿を見せる。
「でしょうね」
「!? ぎゃっ!」
姿を見せた彼女に、私は一瞬で近付くと右腕に持ったライジングソウルを袈裟切りに振り下ろした。
リジェは反応出来ずに薙ぎ払われ、地面へと叩き付けられる。
私はそれを見届けることもせずに、追撃の為にライジングソウルをシューティングモードに移行させる。
「い、今の速さは!?」
戸惑いながら何とか立ち上がるリジェに対して、私は一瞬で魔力を収束すると自身の持つ最強の魔法を放つ。
「昇れ曙の光!サンライト・ブレイカ─!!!!」
「そ、そんな早過ぎ───っ!!!」
驚愕の言葉も途中で途切れ、リジェは私が放った桃色の極光に飲み込まれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あちこち痛む身体を引き摺りながら、私は仰向けに倒れたリジェへと近付いていく。
私が近付くまでの間に彼女は意識を取り戻していたが、立ち上がることが出来ない様で視線だけをこちらに向けていた。
「……私の負けですか」
「ええ、そうね。
あちらの方も決着が着いたみたい、優介の勝ちでね」
偶然ではあるものの、そう遠くない場所にもう1人の転生者……セアトが倒れ伏していた。
あちらは意識も無くしているらしく、ピクリとも動かない。
状況を確認する余裕など無かったので顛末は不明だが、見た感じでは優介が勝ったのだと考えていいだろう。
「1つだけ教えて下さい。
私を斬ったあの攻撃、それと最後の砲撃は何ですか?」
倒れたまま問い掛けてくるリジェ。
恐らくは私の放った斬撃の速さ、そして収束砲撃を放つまでの時間の異常な短さを聞きたいのだろう。
「私の転生特典は『御神の剣士の力』よ」
「……成程、あれが神速ですか。
収束砲撃の収束の速さは?」
「神速って言うのは極限の集中力で余計な感覚を削ぎ落して潜在能力を発揮するのよ。
本来は歩法だけど、強引に応用すれば魔法にも適用出来るわ」
「呆れた無茶をしますね。
リンカーコアはそのままなのに無理矢理高速で動かすなんて、罅が入りますよ」
言葉通り呆れた様に溜息を付くリジェに対して、私は苦笑する。
彼女の言う通り、さっきのは後が無い自爆技に近い。
それ以前に受けた攻撃でボロボロになっているため分かり難いが、神速で右足の靱帯が断裂しているし、リンカーコアもかなり痛む。
「まぁ、負けた私がどうこう言うことでもありませんね。
さぁ、さっさとトドメを刺して下さい」
諦観と共にそう口にするリジェに、私は強張る。
そう、これは殺し合いだ。
『ラグナロク』の勝者となるには、敵である転生者は殺さなくてはならない。
管理局は基本的に殺人を否定しており、使用する魔法は非殺傷設定が原則。捕えた重犯罪者も死刑になることはなく、重くても封印刑となる。
当然、私はこれまでに人を殺したことはない。
助けを求める様に優介に視線を向けるが、彼は私と視線を合わせようとはしなかった。
しかし、彼の目には私と異なり迷いはない。
「……どうしたんですか?
もしかしてボコボコにされた腹いせに嬲りものにしたいとかですか?
まぁ、敗者である以上は甘んじて受け入れるしかないですが」
一向に動こうとしない私に、リジェが怪訝そうに問い掛けてくる。
内容はかなり酷いが……。
「やれやれ、手間を掛けさせてくれる。
そんな言葉と共に、炎が降り注いだ。
倒れ伏していたリジェとセアトが降り注いだ炎に包まれる。
「きゃああぁぁぁぁーーーーっ!!!」
「ぐあああぁぁぁぁーーーーっ!!!」
私と優介は反射的に跳び下がるが、全身に傷を負って靱帯も断裂している私はまともに着地出来ずに、尻餅をついてしまう。
「敵を殺す覚悟すらないとは呆れ果てたものだ。
ハイドリヒ卿の懸念された通りだったな」
そんな言葉と共に姿を現したのは、10年前に闇の書事件で姿を見せた時と変わらない半人半魔の赤騎士だった。
「貴女は!?」
「お前……っ!」
何とか立ち上がり、デバイスを構える。
走ることも出来そうに無い為、シューティングモードのままだ。
優介もムーンライトをダブルソードモードにし、構えている。
「案ずるな、今ここで貴様らと戦うつもりはない。
私はただ、勝者がトドメを躊躇うなら代わりに刺してこいと命を受けただけだ。
貴様が敵を殺す度胸が無いのを私が代わりにやってやったのだ、感謝しても良いのだぞ」
「ふざけないで!」
「ふざけてなどおらんさ。
実際、貴様は自分の手を汚さずに殺すことが出来て、安堵しているのだろう?」
彼女の言葉が胸に突き刺さる。
それは私が心の何処かで思っていたことだった。
人を殺すのは厭だ、でも死にたく無ければ殺さなければならない。
誰かに変わって欲しい……そんな風に思わなかったと言えば嘘になる。
「用も済んだことだし私は帰るとしよう。
心配しなくても、すぐに相見えることになる。
その時を楽しみにしているがいい」
「ま、待ちなさい!」
「ま、待て!!!」
制止しようとする私と優介を尻目に、赤騎士は姿を消した。
(後書き)
予選終了です。
微妙に死なせるのが惜しくなりつつあった2人ですが、ここでまとめて退場。
「神速」が魔法に適用出来るか否か。
集中力による潜在能力の発揮だから可能だと思いますが、最早「神速」とは別の何かになっている気もします。
それでも雷天大壮の速度には対処出来ない為、一度解除させてからの不意討ちに。
近くに海があれば別の作戦も採れたんですが……。
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60:終わりの始まり ■挿絵あり■
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
後書きに載せてありますので、是非ご覧下さい。
推奨BGM:"Lohengrin"(dies irae)
【Side 高町なのは】
ゆりかごに突入し、途中で動力炉へと向かうヴィータちゃんと分かれて玉座の間へとやってきた。
扉の前で待ち構えていた戦闘機人を倒して、扉を開け放つ。
「おや、来ましたね」
てっきりスカリエッティか戦闘機人が待ち受けていると思っていた玉座の間には、見慣れぬ長身の金髪の神父さんが居た。
あまりに場違いな姿に思わず、目を瞬かせてしまった。
「貴方は?」
「これは失礼。私はヴァレリア・トリファと申します。
ご覧の通り、しがない神父ですよ」
こんなところに居る人がただの神父のわけがない。
そう思って睨み付けると
「ふふ、流石に納得はして貰えませんか。
では、改めて名乗りましょう。
私は聖槍十三騎士団黒円卓第三位ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリン。
まぁ、聖餐杯と呼ばれることの方が多いのですがね。
以後、お見知り置きを」
「なっ!?」
聖槍十三騎士団、聞き覚えのある名前に戦慄が走る。
10年前のP・T事件や闇の書事件で敵対した集団であり、お姉ちゃんや優介君の敵。
この人がその1人なの?
「ここに居るってことは、スカリエッティの仲間ってことですか?」
「仲間と言うよりは、協力者やスポンサーと言った方が正確でしょう。
彼の反乱に助力せよと命を受け、資金、資材、技術、情報、人材、様々な面で彼を支援していたのです。
この場所に居るのもその一環ですよ。
貴女達から奪還出来なかった聖王の器の代替として、このゆりかごを動かすために」
そう言えば、玉座の間に居るのはこの人1人だけ。
お姉ちゃんはゆりかごは聖王の血筋でないと起動出来ないと言っていた。
ならば、この人は聖王の血筋なのだろうか。
「貴方は聖王の血を引いているってことですか?」
「いえいえ、私には聖王の血など一滴も流れては居ませんよ。
貴女達は勘違いされているのです。
確かに聖王の血筋に適合者が出易い様ですが、だからと言って聖王の血筋でなければ適合者が出ないわけではありません」
つまり、お姉ちゃんが間違っていると言うことか。
少なくとも、こうしてゆりかごが動いている以上は嘘ではないのだろう。
「このゆりかごを動かしているのが貴方なら、今すぐ止めて下さい!」
「それは出来ません」
「なんでですか!?」
レイジングハートを突き付けながらゆりかごを止める様に言うが、気負った様子も無く拒絶され私は思わず叫んでしまった。
「確かに私はゆりかごを起動させましたが、操縦しているわけではないのですよ。
故に、止めることは出来ません」
「じゃあ、誰が操縦しているんですか?」
「クアットロと言う女性です。
まぁ、貴女がそれを聞いても意味がないと思いますが」
? 意味がない?
どういうことだろう?
「意味がないって……どういうことですか?」
「貴女はここで私が足止めさせて貰います。
故に、貴女が彼女が居る所まで進むことはありません」
「!!! そうはいきません!
貴方を倒して、ゆりかごも止めて見せます!」
私はレイジングハートを構えると、射撃魔法を放つ。
「ディバイン・シューター!!!」
30発の誘導弾を生み出すと、10メートル程先に立つ神父に向かって5発ずつ波状攻撃を仕掛ける。
最初の5発が神父の全身に当たって……………………え?
神父は何事も無かったかのようにゆっくりと私の方に歩いてくる。
「な、何で!?」
非殺傷設定とは言え、衝撃は変わらない。
射撃魔法が直撃すれば時速100kmの鉄球が当たるのと同じくらいにはダメージがあるはず。
だと言うのに、目の前の神父は身じろぎすらせずに真っ直ぐに歩いてくる。
「こ、この!?」
焦りによって、私は待機させていたシューターを次々に叩き付ける……が、それでも神父は止まらない。
「………………………………あ」
そのまま私の目の前まで歩いてきた神父の長身を呆然と見上げながら、私は棒立ち状態になってしまう。
どうしていいか分からないで固まっていた私に、神父は右の掌を叩きつけてきた。
「がっ!?」
胸の辺りに直撃した掌底打ちはまるで車に跳ねられたかの様な衝撃で、私は床と平行に後方に吹き飛ばされて先程通ってきた入口の大扉に叩き付けられた。
何が起こったのか分からないままに受けたダメージに混乱するが、何とかレイジングハートを支えにして立ち上がる。
「げほっ……ごほっ……」
あまりの衝撃に肺から空気を全て吐き出してしまっていた私は、咳き込みながら呼吸を整える。
幸いにしてバリアジャケットのおかげで骨が折れたりはしていないみたいだけど、それが無ければ先程の攻撃だけで死んでいたかもしれない。
呼吸を整えながら神父を見るが、彼は先程まで私が立っていた辺りに動かずにこちらの様子を見ている。
正直助かったと思う。
あのまま追撃されていたら何も出来ずにただ殴られ続け、すぐに殺されてしまっただろう。
追撃をしてこなかったのは、先程彼が口にした通り「足止め」だからだろう。
そして、先程の攻防だけで真っ向からぶつかったらとても勝てる相手ではないことは痛感した。
こちらの攻撃は何故か効かないし、神父の攻撃は当たり所が悪ければ即死する威力だ。
だったら……
「ディバイィィィン……」
私はレイジングハートを神父に向けると、魔力を集中しスフィアを形成し始める。
向こうが積極的に攻めて来ないのであれば、なるべく強い攻撃をするべきだ。
私が一番得意な砲撃魔法……シューターが効かなくてもこれだったら!
あからさまな攻撃の姿勢を見せても、神父は動じる様子は無い。
それならそれで、好都合!
「バスターーーーー!!!」
円形のスフィアから桃色の光が放たれ、神父に向かって襲い掛かる。
直径1メートルを超える砲撃は神父の胴体に直撃し、そのまま彼を後方に吹き飛ばし………………え?
私はその信じ難い光景に、ディバインバスターを放ちながら硬直する。
後ろに吹き飛ばされたと思った神父だが、2~3メートル程後ろにずり下がった辺りで留まったのだ。
「くっ!?」
私はカートリッジをロードして、魔力を更にバスターに注ぎ込む。
桃色の光が勢いを増して神父に襲い掛かる……が、彼は吹き飛ばされるどころか、逆にディバインバスターの直撃を受けながらゆっくりと前に歩き出した。
私はその様に戦慄し、慌てて更にカートリッジをロードし続ける。
終わりはあっけなかった。
ガチッと言う音と共に供給され続けていた魔力が止まり、既に自分自身が一度にリンカーコアから放てる魔力を使い果たしていた私は砲撃魔法を維持出来ずに霧散させてしまう。
冷静さを失ってロードし続けた為、カートリッジをあっと言う間に使い切ってしまったのだ。
そして、押し合っていたディバインバスターが止まったことで何の障害も無くなった神父は私の前へと足を進めてきた。
再び放たれる掌底は左頬を真横から打ち抜いた。
「────────っ!!!」
首がもげるかと思う激痛に声も上げることも出来ずに私は床に崩れ落ちた。
限界まで魔力を振り絞った上にカートリッジを一度にフルロードなんて無茶をしたおかげで、リンカーコアも限界に達しておりとてもこれ以上は戦えそうになかった。
「ここまでの様ですね」
倒れ伏す私を見下ろしながら神父が発した言葉を、私は朦朧とする意識の中で辛うじて聞き取れた。
左頬の激痛と、それを上回る嘔吐感にコンディションは最悪の状態だ。
攻撃を受けたのは顔だが、あまりの衝撃に脳震盪を起こしているみたいだ。
左頬も多分頬骨を折られている……酷い顔になっているだろうから今は鏡を見たくない。
現実逃避にそんなことを考えている間に、神父は複数のモニタを表示しだす。
映し出されているのは、ゆりかご内の各所と外の映像だった。
倒れたまま、映し出された映像に目を向ける。
ヴィータちゃんと一緒にはやてちゃんが映っている、あちこち傷付いているけど取り合えず無事みたいだ。
彼女達の向こうに崩壊した動力炉も見えた。
どうやら、あっちは成功したみたい、良かった。
別のモニタに眼鏡を掛けた女性がモニタに向かって操作している姿も見えた。
彼女がゆりかごを操縦しているというクアットロだろうか。
何故か鬼気迫る表情で猛烈な勢いでタイピングしている。
3つ目と4つ目の映像を見て、先程の戦闘機人と思しき女性が真剣な表情だった理由が理解出来た。
3つ目の映像に映っていたのは宇宙空間、そして4つ目の映像には5隻の次元航空艦の姿が見て取れた。
お姉ちゃんの話では聖王のゆりかごは軌道上で2つの月の魔力を受信することで次元跳躍攻撃すら可能になるらしい。
宇宙空間が映っている以上、もうその寸前まで近付いているのだろう。
一方で、本局の艦隊がゆりかごの迎撃のために向かってきている。
ゆりかごがその真の力を発揮するのとクロノ君達との邂逅は恐らく殆ど同時になりそうだ。
そこまで気付いた時、私は脳震盪による吐き気すら忘れるほどの焦燥に駆られた。
ゆりかごが軌道上に到達すれば一刻の猶予もない、到着した艦隊は即座にアルカンシェルで抹消に掛かるだろう。
中に居る私達の脱出を待つ余裕なんてそこには無い。
ミッドチルダと周辺世界の全住民の命が掛かっているのだから、それは当然だと思うけれど、このままここに居たら確実に私もはやてちゃん達も……。
「そろそろ潮時ですね……」
「……え?」
神父はそういうと、私を抱き上げた。
「な、何を!?」
男の人に抱き抱えられて、思わず顔を赤くして抵抗する。
「このままここに居るとゆりかご諸共消されてしまいますからね、脱出することにします」
そう言うと、神父の足元に金色の魔力光で三角の魔法陣が形成される。
AMFの影響下で信じられないけれど、転送魔法みたいだ。
「な、待って下さい。
中にはまだヴィータちゃんとはやてちゃんが!」
「一応、彼女達にも念話で逃げる様には伝えてますよ。
間に合うかどうかは微妙なところですけどね」
一瞬、転送魔法独特の浮遊感を感じたと思ったら、次の瞬間には地上に居た。
遠くにクラナガンの街が見えるところを見ると、ミッドチルダみたいだ。
地面に下ろされた私は、傍に立つ金髪の神父を見上げた。
はやてちゃん達のことは気になるけれど、今の私は立ち上がることすら満足に出来ない。
悔しいけれど、無事に脱出してくれることを祈ることしか出来ない。
「どうして、私を助けてくれたんですか?」
殆ど身動き取れなかった私は放置されれば確実に死んでいただろう。
敵である筈の彼が何故助けてくれたのか気になって質問するが、彼は少し困った様な表情で答えを口にする。
「生憎、私はそうする様に命令されただけですので、その質問にはお答えできません」
そう言うと、神父は私を地面に放置したまま立ち去ろうとする。
私は慌てて彼を制止しようとする。
「ま、待って下さい!
話はまだ……っ!」
しかし、私の制止は受け入れられることはなく、彼の足元に再び魔法陣が形成される。
今度は短距離転送ではなく長距離次元転送の様だ。
「近い内にまたお会いすることになるでしょう。
尤も、それは貴女達に絶望を齎すことに他なりませんが」
その不吉な宣告と共に、神父は振り返らないままその姿を消した。
そしてその数分後、空で光が弾けた。
【Side out】
ヴェヴェルスブルグ城の玉座の間、黄金の獣が眼下を見下ろす。
そこには黒位の軍服を纏った者達が整列していた。
偽槍を持った骸が、
代行である邪なる聖人が、
白髪の吸血鬼が、
凛々しき戦乙女とその後継が、
死に場所を求める黒騎士が、
幼げな魔女が、
絶対なる忠誠を誓う赤騎士が、
紅き蜘蛛が、
妖艶なる大淫婦が、
狂気と狂喜に満ちた白騎士が、
主の言葉を待っていた。
「待たせたな、我が爪牙達よ。
それでは始めるとしよう、怒りの日を」
「「「「「「「「「「「ジークハイル!!」」」」」」」」」」」
髑髏の軍勢がその侵攻を開始する。
(後書き)
「Strikers編」改め「嵐の前の静けさ編」は以上で完、次話から終章「黒円卓編」に入ります。
この作品も終わりが近付いてきました。
ところで話が変わりますが、「49:集結、機動六課」の後書きで機動六課のメンバーについて原作との差異を挙げたかと思います。
結局Strikers編の中で誰からも↓のツッコミが無かったことが私は不思議です。
「ヴァイスも居ないぞ!」ε=ε=ε=(#`・д・)/
貫咲賢希様よりイラストを頂きました。
話の展開とはあまり関係ないですが、ここを逃すと機会が無くなりそうなので、ここで掲載させて頂きます。
グラズヘイムに招かれた2人のその後を想像して下さい。
<リジェ・オペル>
【挿絵表示】
<リジェ&セアト>
多分『城』でイチャイチャしてたら中尉かシュライバーが突っ込んできた状況。
【挿絵表示】
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【終 章】黒円卓
61:怒りの日
作品を越えてぶつかる以上、各々の強さの見立てについて万人が納得いく形にするのは難しいとは思いますが、出来るだけ違和感のない様に書ければと思います。
余談ですが、以降の推奨BGMはdies iraeオンリーです。
推奨BGM:Gotterdammerung(dies irae)
【Side 高町まどか】
J・S事件の収束から3日、私は担ぎ込まれた病院から退院するとその足で機動六課の隊舎へと向かっていた。
散々殴られ蹴られボロボロだったけれど骨や内臓に損傷が無かった為、治癒魔法の効果もあって傷の大きさの割には早く動けるようになった。
ちなみに、一番負傷が酷かったのが私で次がなのは、後のみんなは入院するほどの傷は負っていなかった。
事件は解決したものの、問題は多かった。
何れの戦場にも聖槍十三騎士団の騎士団員が姿を見せ、しかし本格的な戦いには至らずに近い内に動くことを仄めかしながら立ち去った。
また、私と優介が戦っていた相手である2人の転生者は赤騎士に殺された。
軌道上に到達した聖王のゆりかごは2つの月の魔力を受けてその本領を発揮し、最終的にゆりかごは駆け付けた本局の次元航行艦によってアルカンシェルで消滅させられたが、その際に5隻居た内の3隻を道連れにしたそうだ。クロノのクラウディアも撃沈は免れたものの損傷が大きく、ミッドチルダで処置を行っている。
なのはとはやてとヴィータはアルカンシェルによる砲撃の前に何とか脱出出来たが、ゆりかごに居たと言う戦闘機人2人──話を聞く限りはクアットロとディエチ──はゆりかごと共に消滅した。
地上本部の被害は少なく、正史では暗殺されたレジアス中将も事前にシグナムにドゥーエのことを知らせておいたために暗殺を防ぐことが出来、ゼスト・グランガイツとも和解したそうだ。
しかし、レジアス中将とスカリエッティに繋がりがあった事が噂として漏れ出しており、地上本部は少なからず混乱している。
また、最高評議会の3名は正史の通りに暗殺された為、本局側も介入出来る状態ではない。
上層部が後始末に奔走している状況で、部隊長であるはやても傷の手当てもそこそこに走り回っている状況だったが、私の退院を切っ掛けに機動六課の主要メンバー全員を招集した。
集めた理由は聖槍十三騎士団への対策について。
3つの戦場で姿を見せ、動き出したことを明らかにした彼等に対してどうやって対抗するか、話し合うためだ。
私が指定された会議室に着くと、そこには既に他のメンバーが集まっていた。
「まどかちゃんも来たし、予定の時間まで2分あるけど始めよか。
みんなに集まって貰ったのは、スカリエッティの起こした騒動で姿を見せた彼らに対する対策を話し合うためや」
はやてがそう言いながらキーを操作すると、幾つかのモニタが立ち上がり映像を映し出した。
スカリエッティのアジトに姿を見せたと言うルサルカ・シュベーゲリンとヴィルヘルム・エーレンブルグ。
私達と転生者が戦った場所に姿を現し彼等を殺したエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ。
ゆりかごの中で待ち受けていたヴァレリア・トリファと櫻井螢。
「事情を知らん人もおるし、話し合う前にまずは彼らのことについて説明せなあかんな。
まどかちゃん、頼めるか?」
「分かったわ、もう隠す意味もないしね」
10年前からの付き合いである隊長陣やクロノは兎も角、フォワードメンバーには『ラグナロク』の事を話していない。
聖槍十三騎士団について話し合う為には、まずはそこから話す必要があるだろう。
これまでは未来の知識を隠すために必要最小限の相手にしか話して居なかったが、J・S事件が収束した以上は隠す必要もなくなった。
そして私は『ラグナロク』と転生者、そして聖槍十三騎士団のことについて10年前の事件も交えて話した。
「そんなことが……」
流石に初めて聞く人達は信じられない様な表情をしている。
中でも、ギンガやティアナ、ルーテシアの表情は険しい。
結果論とは言え、彼女達からすれば私達は保身のために彼女達の身内を見殺しにしたと思われても仕方ないのだから無理もないかも知れない。
しかし、彼女達は複雑そうな表情をしながらも何も言わなかった。
私は彼女達から、はやての方に目を向ける。
「そう言えば、六課の後見人には何処まで伝わっているの?
クロノは勿論知っているしカリムに対してもこの前説明したけど、もう1人居るんでしょ。
リミッター解除のこととか考えると、味方に引き込んでおいた方が良いかと思うんだけど」
海鳴出張の際のゴタゴタでカリムの持つリミッター解除権限が抹消され、クロノの持つ権限はこの前のスカリエッティとの最終決戦で使用した。
残りは最後の後見人の持つ権限なのだが、名前すら聞いていない。
クロノやカリムと異なり身内ではなく数合わせとして後見人に名を連ねて貰っただけの人物であり、リミッター解除権限も気軽には頼めないと聞いている。
元々リミッター解除権限とは部隊の人員が損なった場合に補充が為されるまでの穴埋めとして使われるものだ。
リミッターを掛けて保有ランク制限を誤魔化し戦闘時に解除等という使い方を想定したものではない為、身内で口裏を合わせられる相手でなければ気軽に頼むことが出来ないのは当然だ。
しかし、このままではただでさえ強力な聖槍十三騎士団とリミッター付きのままで戦う羽目になってしまう。
何とか頼み込むしかないだろう。
「シュピーネ少将には何も話しとらんよ。
正直味方に引き込みたい人やないんやけど……この場合は背に腹は代えられんな」
待って、今はやては何て言った?
「シュピーネ少将?」
「ん? そう言えば名前言っとらんかったか。
ロート・シュピーネ少将、機動六課の3人目の後見人や」
バッと優介の方を振り向く。
優介も唖然としていたけれど、私と目が合って険しい顔で頷いてきた。
はやて達には伝えていなかったけれど、私は優介から聖槍十三騎士団の騎士団員の名前と外見、そして能力を聞いている。きちんと記憶できる様に何度も確認した。
ロート・シュピーネ?
同姓同名の別人でなければそれは……。
「はやて! その人は──」
問い詰めようと声を上げた所で、突然アラートが鳴り始める。
「なんや、何が起こった!?」
みんなが驚愕する中で、いち早くはやてが通信でオペレータに問い合わせる。
モニタに慌てるシャーリーの姿が映り、半ば叫ぶ様な形で報告を始める。
『八神部隊長! クラナガンの各所で突然次元干渉型のロストロギアの反応が発生しました。
反応があるのは全部で7ヶ所。
既に小規模な次元震が発生しています!!』
「ミッドチルダでロストロギア反応やて!?
しかも次元震を引き起こす様なもんが……。
シャーリー、これからそっちに行くからサーチャーを飛ばして発生源の情報集めといてや!」
『了解しました!』
通信を閉じると、はやては険しい表情のまま私達の方に振り返り号令を掛ける。
「悪いけれど、話は後や。
急いで発令所に向かうで。
各分隊はそのまま出動して貰う可能性が高いから、準備を!」
「「「「「「はい!」」」」」
私達は焦燥感と共に会議室から走って発令所に向かった。
「状況は!?」
発令所に入るなり、はやてがオペレータ達に向かって声を発する。
シャーリーを始めとするオペレータ達は凄い速さでキーを叩き、複数のモニタが目まぐるしく立ち上がりは消えていく。
「クラナガンの各所でロストロギア反応が発生しています!
場所は表示している7ヶ所です」
モニタに巨大なクラナガンの地図が表示され、正方形の頂点と中点に一角欠ける形で計7ヶ所の光点が映し出される。
「発生源の情報は!?」
「今、映像出ます!」
はやての問い掛けにシャーリーが答えるのと同時に、7ヶ所の光点のそれぞれに対してウィンドウが開き現場の状況を映し出した。
そこには、映っている人物は異なれど、全く同じ光景があった。
何度も見た黒い軍服のようなバリアジャケットを纏った聖槍十三騎士団の騎士団員達が中空に浮かぶ蒼い宝石に手を翳し、その宝石は映像越しにも分かる程の魔力を放っている。
「何やあれ────えっ?」
「あれは、ジュエルシード!?」
「聖槍十三騎士団……先手を打たれたか!」
「……………………………………姉……さん?」
かつて見たジュエルシードを使って次元震を引き起こしている聖槍十三騎士団の団員達の姿に、みんな驚愕して声を上げる。
しかし、そんな中で違った声を上げた人物が2人。
「なんで……なんでシュピーネ少将が居るんや!?」
はやてが凝視していたのは7つの小ウィンドウの中の1つ、そこには黒髪に細長い手足をした爬虫類の様な男性が居た。
当然のことながら、聖槍十三騎士団の軍服を纏っている。
先程、問い詰めようとしたことはどうやら正しかったようだ。
聖槍十三騎士団の1人、ロート・シュピーネ。
何故機動六課の後見人になっていたのかは知らないが、管理局に潜り込んでスパイをしていたのだろう。
『おや、お久しぶりですね。親愛なるお嬢さん』
「なんで、なんでアンタがそんなところに居るんや!シュピーネ少将!」
『ふむ、この格好は初めてお見せしますし、改めて名乗らせて頂きましょう。
わたくしはシュピーネ、聖槍十三騎士団黒円卓第十位ロート・シュピーネ。
以後、お見知り置きを』
「そんな………………」
こちらのサーチャーに気付いたのか、シュピーネは画面越しにこちらを向いて話し掛けてきた。
はやてはショックで黙り込む。
それにしてもこれは拙い。
先程の話では管理局に潜入していたシュピーネは機動六課の後見人でもあり、私達のリミッター解除の権限を握っている。
勿論、スパイであることが発覚した以上はその権限についても遠からず抹消されるだろうが、権限を他の人間に移す為には手続きが必要だ。
この場ですぐに出来ることではない。
彼が敵であった以上リミッター解除の依頼など出来る筈もなく、このままでは私達はリミッター付きのままで彼等に対抗しなくてはならない。
『もうお気付きかと思いますが、私は陛下の命で管理局に潜入していたのですよ。
貴女達機動六課の後見人になったのも、陛下の指示によるものです』
「何でや、リミッター解除の権限を握る為なんか!?」
機動六課の後見人になる理由、確かに情報かそれくらいしか思い付かない。
事実、私達はそれによって封殺に近い状態に追い遣られている。
最初からこうすることを狙って行動していたのなら、私達はずっと彼らの掌の上で踊っていたことに……。
『成程、そう言えばリミッター解除権限は既に私の持つものしか残っていないのでしたね』
ニタリと言う笑みを浮かべながら納得した様に頷くシュピーネに、はやての顔が盛大に引き攣る。
どの道どうしようも無いこととはいえ、こちらの苦境が相手に知られてしまった。
『私がリミッター解除を行わないと貴女達は非常に困るわけですね。
さて、どうしたものか……』
シュピーネが見ているのはサーチャーでありこちらの様子までは見えていない筈だが、全身を舐め回される様な視線を錯覚し鳥肌が立った。
他の女性陣も同じ様に反応し、身体を庇うように自らの手で抱き締めている。
生理的に受け付けられない気持ちの悪さを感じながら、私は思考を進める。
確かに、リミッターを握られてしまっている以上は何とかして解除させないと戦いにすらならない。
今の様子を見る限りは交渉の余地がないわけでもなさそうだが……何を要求されることか。
はやての方の様子を窺うと同じ結論に至ったのか、嫌悪感と……決意?
まさか……。
「せやったら、リミッター解除の条件に──」
『何をしている、シュピーネ』
待ちなさい!とはやてを止めようとした私の機先を制するように、シュピーネの前にモニタが表示される。
『ザ、ザミエル卿!?』
モニタに映っていたのは、ついこの間会った赤騎士。
エレオノーレに睨みつけられたシュピーネは先程までのふてぶてしい態度からうって変わって情けない程に怯えている。
『……まぁいい。
それよりも御命令だ。
機動六課なる者達のリミッターを完全解除させよ』
『な!?
何故です、わざわざ敵を強くする様なことを……!』
シュピーネも驚愕しているが、サーチャー越しに音声を聞いていた私達も唖然としてしまった。
折角握っている機動六課のリミッター解除と言うカードを捨てる様な所業、一体何を考えているのか想像も付かない。
『貴様が気にするところではない。
命が下った以上、速やかに遂行しろ』
『は、はぃぃぃぃ!!!!』
悲鳴の様な返事をすると、シュピーネは魔法陣を作り出した。
次の瞬間、私の中で何かが外れた様な感覚と共に、抑え付けられていた魔力が噴き出すのを感じた。
本当に、嘘ではなく本当にリミッターを解除したらしい。
『解除しました!』
『ああ、それでいい。
さて、機動六課の者達よ。
これより、我等が首領にして皇帝たる偉大なるハガルの君が降臨される。
伏して出迎えるがいい』
今、彼女は何と言った?
彼女等の首領──ラインハルト・ハイドリヒが降臨?
私の脳裏に唐突にカリムの預言が思い起こされた。
4年前の空港火災、そしてその際に起こったジュエルシードと思しきロストロギアの暴走により跡地には原因不明の魔力汚染が発生し、今でも隔離閉鎖されている。
10年前、奪われたジュエルシードは8つ……空港火災の時に暴走した1つと今回の7つで数は合う。
目の前に大きく映し出されたクラナガンの地図上の7つの光点……先程正方形の頂点と中点に1角足りないと思った。
なら残る1角は……………………やっぱり、あの空港!?
正方形の頂点と中点の8ヶ所、次元干渉型のロストロギア、原因不明の魔力汚染……。
確か、聖槍十三騎士団について優介から説明を受けた時に合わせて聞いた、ラインハルト・ハイドリヒが現世に干渉するための条件。
鉤十字を為す8ヶ所にて大量の人間の魂を吸い発生する魔法陣──
「まさか……そんな方法でスワスチカを!?」
唐突に声を上げた私にみんなの視線が集中する。
唯一それを知る優介はハッと気付いた様な表情をしているが、事情を知らない他の面々は怪訝そうな顔をしている。
しかし、私はそこに構っている余裕は無かった。
私の予想が間違っていなければ、これから大変なことが……。
『
何処からともなく、声が聞こえてきた。
何処までも澄んだ少年の声が。
『
それは呪文の詠唱の様だった。
この世界の魔法は科学の延長線上であり、そういった行為は精神集中のためのものでしかない。
しかし、今行われているのは本当の意味での魔法……奇跡の御業だ。
『
私はこの詠唱の意味が分からない……しかし、最悪の予想しか出来ない。
『
詠唱が……終わる。
その瞬間、世界が悲鳴を上げた。
【Side out】
クラナガンに刻まれた鉤十字の中央、地上本部ビルの正面にそれは唐突に現れた。
この街で最も巨大な建造物である地上本部ビルを遥かに超える巨大な建物。
それは……城だった。
聖槍十三騎士団の居城にして、ラインハルト・ハイドリヒに飲み干された数多の魂で築き上げられた髑髏の城──ヴェヴェルスブルグ城。
この城が姿を現した以上、その玉座に座るのはただ1人。
ガレア帝国皇帝にして聖槍十三騎士団の首領……ラインハルト・ハイドリヒ。
怒りの日が、そして『ラグナロク』の最後の戦いが幕を上げた。
(後書き)
獣殿が黄金錬成で復活するわけではなく、空間に楔を作って虚数空間内の「城」を現界させるだけなので、詠唱は「不死創造する生贄祭壇」ではなく「黄金冠す第五宇宙」にしました。
平団員(+α)はクラナガン地上で疑似スワスチカ(ジュエルシード)を護って防衛線、獣殿と大隊長はクラナガン上空に展開した『城』で待ち構えます。
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62:L∴D∴O
クラナガンにおける全ての人間が見上げる中、巨大な城が姿を現した。
明らかな異常事態に暴動が起きてもおかしくなかったが、人々はその城の威容に圧倒され、ただ呆けた様に眺めていただけだった。
そして、街頭に存在するモニタに映像が映し出され、そして空中にも巨大なモニタが表示される。
モニタはクラナガンのみならず、ミッドチルダの全域……いや、全管理世界で展開されていた。
そこに映ったのは荘厳な部屋、広い室内に設けられた段上には豪奢な玉座があった。
玉座に座る男に、管理世界中の視線が集中する。
腰まで伸ばした金髪
絶世という言葉が相応しい美貌
白を基調とした軍服に黒い外套
そして、深い黄金の瞳
高みに座してその男は片肘を付いたまま全てを睥睨する。
「……………………………………え?」
疑問の声が上がるがそれは少数派、殆どの人間はその人物の姿が視界に映った瞬間にその威圧に飲まれて言葉を失った。
映像越しであるにも関わらず、物理的な圧力すら有する視線に呼吸すら忘れて硬直する。
「時空管理局、及び全管理世界の住人達よ。
名乗ろう。私はラインハルト。
ガレア帝国皇帝、そして聖槍十三騎士団黒円卓第一位、首領。
ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ=ハガル・ヘルツォーク。
その名において勧告する──降伏せよ」
最後の一言と共に、圧力が数倍に膨れ上がり見上げていた者達の中には耐え切れずにひれ伏す者も出ている。
しかし、黄金の獣はフッとその圧を解いて苦笑した。
「とは言え、大多数の者が何のことか理解出来ぬだろう。
故にガレア帝国の存在から語るとしよう。
少々長い話になるが、しばしの間、耳を傾けるがいい」
そして、ラインハルトは滔々と説き伏せる様に語り出した。
「ガレア帝国とは古代ベルカから連綿と続く多次元国家だ。
時空管理局において第1から第28の隔離世界と定義された世界がガレア帝国の支配下にある。
時空管理局とはその前身である次元世界平和連盟の時代から2度に渡って戦争を繰り広げ、いずれも帝国の勝利に終わっている。
戦争の原因は何れも時空管理局側による一方的な侵攻だ。
自らを次元世界の支配者と勘違いした傲慢な行動により、大きな犠牲が生まれたのだ」
話に飲み込まれていた者達からどよめきが上がった。
「戦争の結果、時空管理局とガレア帝国の間では停戦条約が結ばれた。
これがその内容を要約したものだ」
モニタに、小ウィンドウが新たに開き幾つかの条文が表示される。
・3年に1度の停戦保証金の支払い
・帝国領有域への時空管理局関係者の立入禁止
・帝国市民権を有する者の管理世界内での治外法権
・管理世界を除く世界への優先行動権
・時空管理局はガレア帝国に戦力の報告義務
・時空管理局が管理世界を拡大する際の報告義務
それは実質的な属国扱いだった。
息を飲む者が多数居たが、不思議と嘘だと罵る声は上がらなかった。
みな、理解していたからだ。
目の前のこの人物であれば、それだけのことも容易く起こせると。
「さて、卿らは数日前に第1管理世界ミッドチルダで起こった事件を知っているだろうか。
広域次元犯罪者として指名手配されていたジェイル・スカリエッティと言う人物が起こした事件だ。
古代ベルカのロストロギア、聖王のゆりかごまで持ち出し起こされた反乱劇」
更にモニタにウィンドウが開かれ、先日ミッドチルダの上空に浮上したゆりかごの映像が映る。
「この巨大な戦艦はミッドチルダから浮上したが、不思議に思った者は居ないかね?
この様な巨大なロストロギアが時空管理局の発祥の地であるミッドチルダに存在しながら何故気付かれなかったのか。
自らの膝元である土地で発掘し修復されながら時空管理局が何故それに気付かなかったのか……不思議ではないか?」
消極的ではあるが、同意の声が上がる。
画面に映る聖王のゆりかごは現在運用されている次元航空艦よりも大きく、とても秘密裏に扱えるような代物ではなかった。
「答えは単純だ。
このゆりかごは時空管理局が発掘し修復していたのだ……ジェイル・スカリエッティと言う男を実働として。
公開意見陳述会の時の彼の告白を聞いていたものは憶えておろう?
ジェイル・スカリエッティは時空管理局によって生み出された人物であると」
公開意見陳述会を襲撃した際、スカリエッティは自らの出自を全管理世界に対して明らかにしていた。
その後のゆりかごの浮上や最高評議会の暗殺などで有耶無耶になっていた事実がここで再度叩き付けられる。
「では何故、時空管理局は聖王のゆりかごを発掘し、修復していたのか。
それに対する答えがこの計画書だ」
三度、ウィンドウが開かれて1つの書類が表示される。
それは、聖王のゆりかごを主力とした第三次ガレア征伐の計画書だった。
「理解したかね?
この計画書は時空管理局に潜入させた我が手の者が持ち帰ったものだ。
我等ガレア帝国はこの計画の存在を以って時空管理局からガレア帝国への宣戦布告と見做した」
元より青褪めた者ばかりだったが、この言葉を以って更に血の気が引いていく者が続出した。
青褪めるのを通り越して真っ白になった者達が愕然としたままモニタの中の黄金の次の発言を待つ。
「故に冒頭に伝えた通り降伏勧告する。
応じる場合は1時間以内に回答せよ」
そう締め括り、全てのモニタが消えた。
【Side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】
「さて、一先ずはこんなところか」
全管理世界に向けた宣戦布告──建前上は時空管理局側の宣戦布告に応えた形だが──を行い、降伏勧告の回答を待つ形となる。
「あの者等は応じるでしょうか」
「我等こそが次元世界の管理者である──などと本気で考えている者達だ、応じることはないだろう。
それに応じられても困る……それでは折角の怒りの日が拍子抜けだ」
エレオノーレの問い掛けに苦笑しながら答える。
「それで……そちらの状況はどうだ、カール」
「おや、お気付きでしたか、獣殿」
玉座の横に向かって声を掛けると、いつの間にかそこに立っていたカールが笑いながら答えてくる。
相も変わらず神出鬼没な男だ。
既に座に本体が居るわけでもないというのに、どうやっているのだか。
「こちらは万事予定通り進行しているよ。
全く警戒されていないのでね、あっさり片が付いてしまいそうだ」
カールに任せた仕事は順調なようだ。
流石に準備が万端であると進みが違う。
「そちらはどうだ、イクス?」
『こちらも予定通りです。
兄様……いえ、陛下が御指定された時間には間に合うでしょう』
モニタの向こうでイクスヴェリアも答えを返す。
こちらも予定通り。
「あとはそれ以外の場所か……まぁ、こちらは急ぐ必要は無い」
カールとイクスヴェリアに任せた部分以外はあまり重要な戦場ではない。
とすると後は……やはりここが肝要になる。
「さぁ、どう出る? 機動六課の面々よ」
【Side 高町まどか】
沈黙が発令所を支配していた。
目の前のモニタに映し出された事態に誰もが呆然として、どうしていいか分からずに立ち尽くしている。
かく言う私自身も、正直自分の処理能力の限界を超える事態に固まっていた。
取り合えず周りを見回して、1人だけ様子が異なる人物に気付いた。
「フェイト……?」
みんなが立ち尽くす中、フェイトはぺたんと床に座り込み涙を流しながら呆然としている。
「ラインハルトさん……どうして……?」
「フェイト? フェイト! どうしたの!?」
あまりの様子に、私は慌ててフェイトの肩を掴んで揺する。
私の剣幕に発令所中の視線が集まるけど、構っている余裕は無かった。
今のフェイトは明らかに異常だ、10年前のP・T事件でプレシアに捨てられた時と同じ目をしている。
揺すって声を掛けていると、僅かだがフェイトの目に光が戻ってきた。
「ぁ……まど……か?」
「良かった、正気に戻ったのね。
一体どうしたの、突然?」
なるべく優しく問い掛けたつもりだったけれど、質問した直後にフェイトの瞳から再び涙が溢れ出した。
「だって……だって……ラインハルトさんが……」
「ラインハルト『さん』?」
嫌な予感がする。
フェイトの様子からするとラインハルト・ハイドリヒと面識があった様だ。
それも、ファーストネームで呼ぶ程度には親しい関係で。
そう言えば、フェイトには中学卒業くらいから付き合っている年上の彼氏がいた筈。
名前を聞いたことが無かったけど、まさか……。
「まさか……貴女の付き合ってた相手って……」
フェイトは更に涙を流すと、無言でコクンと頷いた。
頭をガーンと殴られた様な衝撃が走る。
正史との乖離や管理局の暗部を警戒して情報を抑えていたのが完全に裏目に出た。
フェイトの事といい、シュピーネのスパイの事といい、事前に聖槍十三騎士団の騎士団員の名前と容姿だけでも伝えておけば気付けた筈だ。
「本人で間違いないの?」
しゃくり上げながら、更にコクンと頷く。
どうやら、フェイトの恋人だった人物は素性を隠したラインハルト・ハイドリヒで間違い無い様だ。
……いや、隠しているの?
さっきフェイトも『ラインハルトさん』と呼んでいたし、偽名すら使っていなかったみたいだ。
どんな出逢いだったのか知らないけれど、正体を隠して近付くと言うにはあまりにも杜撰だ。
そもそも、何の目的でフェイトと付き合っていたのだろう?
シュピーネの方は情報を得る為のスパイとして潜入していたのだろうが、フェイトに近付いたラインハルトの方は目的が不明だ。
一執務官から得られる情報なんて、高が知れている。
わざわざ手間を掛けて近付く意味は無いし、仮にあったとしても首領であり皇帝自らするようなことじゃない。
それとも単なる好み?
今は考えても結論が出そうにないから、兎に角フェイトを落ち着かせることを考えよう。
私はへたり込んでいるフェイトを正面から抱き締めると、背中をさする。
フェイトは泣き続けていたが、そうしていると少し気持ちが治まった様だ。
「それで、はやて……これからどうする?」
フェイトを抱き締めたまま、発令所の一番高い場所に座るはやてに問い掛ける。
降伏勧告を受けてから数分、残り時間は50分程しかない。
「そうやな、降伏勧告の方は偉い人達が対処すると思うけど、受け入れる線はまずないやろ。
仮にあったとしても、50分で結論が纏まるとは思えんしな」
確かに、次元世界の平和を維持してきた管理者としての矜持が降伏を認めないだろう。
更に言えば、今は本局も地上本部もトップが機能していないため、迅速な意志決定は出来ない状態に陥っている。
「となると、徹底抗戦になると仮定した上で残り50分の間に作戦を立てて、降伏勧告のリミットが来ると同時に行動に移るべきやな」
「管理局側が回答時間の引き延ばしを交渉する可能性は?」
「あるけど、多分あっちが認めんやろ。
そもそも1時間ってリミット自体短過ぎて、端から降伏勧告が受け入れられると考えてないことが良く分かるしな」
形式上だけのもんやろ、と言うはやてに確かにと頷く。
「ほんなら、まどかちゃん? 優介君?
いい加減、情報全部吐き出してや」
私と優介に笑い掛けながら要求するはやてだが、明らかに目が笑っていない。
かなり怒ってるみたいだ。
シュピーネに良い様に翻弄されたことも相俟って、情報を抑えていたことへの不満が膨れ上がっている。
「分かってる、もう隠す意味も無いし全て話すわよ」
私は最後に軽くフェイトの背中を叩いてから、離れると部屋の全員が見渡せる位置へと移動する。
その横に、優介もやってきた。
優介から何度も聞いて重要なところは憶えているけれど、補足してくれるなら有難い。
「聖槍十三騎士団はエイヴィヒカイトと言う魔術で人外の力を得た魔人の集団よ。
エイヴィヒカイトって言うのは聖槍十三騎士団副首領メルクリウスが編み上げた秘術で、人の想念を吸い続けた器物──聖遺物と契約し超常の力を行使するものなの。
厳密には違うんだろうけど、それぞれがロストロギアを所有していて武装している武装集団みたいなものよ」
そもそもこの次元世界の外の技術であるからロストロギアには含まれないが、効果等は非常に近しい。
管理局員としては危険性の高いロストロギアを使いこなす武装集団を相手取ると思って備えるのが一番効果的だろう。
「エイヴィヒカイトは力の源として人間の魂を必要としていて、使い手は常に殺人を続けなければならないおぞましい術だ。
分かり易く言えば、殺せば殺すほど強くなっていくことになる。
それに、喰らった魂の数に相当する霊的装甲を纏っていて、所謂質量兵器は通じない。
代わりに、聖遺物が破壊されればその使い手も死ぬ。
それと、聖遺物が破壊されない限りはその使い手は不老不死という特性もある」
私の説明を引き継いで、優介が説明を行う。
人の魂を使うと言うところで、室内のみんなに動揺が走る。
「エイヴィヒカイトには位階があって、経験と……そして多くの魂を喰らうことで位階を上げることが出来るわ。
エイヴィヒカイトの位階は4つ。活動、形成、創造、流出の4階層から成っていて後者にいくほど格上よ。
位階が上がると聖遺物の形状が変わったり身体能力が増したりして、位階が一つ違えば強さは桁違いになるわ。
活動位階は聖遺物の特性を使用できるくらいだけど、形成位階に到達すれば契約している聖遺物を具現化できる。
活動位階でも身体能力は高いけれど、超人と言えるのは形成位階からね」
「創造位階になると、所謂切り札とも言える必殺技を獲得する。
創造の能力は人と聖遺物によって様々だ。
流出位階は創造位階の能力が効果範囲を超えて溢れ出す。
創造位階とは違って範囲の限定が無いから、無限に広がっていくことになると思う。」
「無限に広がるって……」
話のスケールが大き過ぎてイメージ出来ないのか、はやてが呆然とした声を上げる。
「ああ、そうだ。
流出を起こされたら、世界自体が飲み込まれてしまう。
その場合の世界というのは多分次元世界の内の1つじゃ収まらない──全次元世界だ」
「そんな……」
絶望的な力の差だ。
しかし、現時点までで流出が使われていない事を考えると、使う気がないと見て良いのだろうか?
「説明を続けるわね。
聖槍十三騎士団は首領のラインハルト・ハイドリヒと副首領のメルクリウスを筆頭に原則的には13人で構成されているわ。
中には非戦闘員も居るけれど、大半が好戦的ね。
騎士団員は幹部である3人の大隊長と平団員に分けられるけれど……今クラナガンに降りてきているのは平団員ね。
大隊長は恐らくあの城の中で待ち受けている筈。
それぞれの団員には魔名とナンバー、そしてルーンが割り振られているけれど、ナンバーは別に強さ順じゃないみたい。
これから、各団員個別のプロフィールについて説明するわ」
はやての目がより真剣になる。
作戦を立てるに当たって一番重要な敵の詳細情報なのだから当然だが。
私はモニタを操作してクラナガンのスワスチカを1つずつ拡大表示しながら説明を始めた。
最初は仮面で顔を隠し巨大な槍を持った巨漢と妖艶な女性。
「第二位トバルカインと第十一位リザ・ブレンナー=バビロン・マグダレナ。
トバルカインの聖遺物は『黒円卓の聖槍』で創造位階、リザ・ブレンナーの聖遺物は『青褪めた死面』で形成位階ね。
トバルカインは死体で、あの仮面でリザ・ブレンナーが操っているわ」
「トバルカインは単体では近付くものに対して自動的に反撃するくらいしか出来ない。
リザ・ブレンナーが指示を出せない様にすれば、戦力としてはかなり下がる筈だ。
ただ、リザ・ブレンナーが指示を出している時のトバルカインは平団員の中では最強に近い。
死体だから自身を顧みずに力を振るえるし、ダメージを与えても怯まない。
また、創造位階の能力を使うことが出来て、電撃を起こす事が出来るわ」
モニタを操作して、次の光点を出す。
そこには金色の長髪をしてカソックを纏った神父の姿。
「第三位ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリン。
双首領と大隊長が居ない時の代行指揮官で位階は創造位階。
ただ、肉体そのものが聖遺物という変わり種ね」
「その正体はラインハルト・ハイドリヒの肉体……敵味方問わず恐れられ聖遺物の資格を得た『黄金聖餐杯』。
副首領メルクリウスの法術で強化されたあいつの身体には並大抵の攻撃は通じない。
ただ、創造位階の能力としてラインハルト・ハイドリヒの聖遺物を召喚することが出来るが、その際だけ防御に穴が空く」
なのはがゆりかごで遭遇して攻撃が通じずに2発で瀕死の状態に追い込まれた強敵。
モニタを操作して、次の光点を出す。
そこには白髪赤眼の吸血鬼。
「第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。
聖遺物は『闇の賜物』で創造位階。
隊長陣は何度か見たことがあると思うけど、吸血鬼みたいなやつよ」
「身体能力が高くて好戦的、更に夜になると強さが増す。
創造位階の能力『死森の薔薇騎士』は一定範囲内を結界として夜にしてしまう。
その結界内ではあらゆるものが精気を吸われ、最後には塵芥になってしまう。
加えて自身の能力も数倍に跳ね上がる。
弱点は吸血鬼の伝承で効果があると言われている日光や十字架、銀など。
元々の生まれは人間の筈だけど自身のアイデンティティとしているため、実際に効果がある」
10年前から何度も前に立ちはだかった相手の姿に、なのはやフェイト達が眼力を強める。
モニタを操作して、次の光点を出す。
そこに映し出されたのは金髪をポニーテールにした小柄な女性。
視界の端でティアナが明らかに動揺を示した。
「この女性だけ見覚えがないんだけど……多分、第五位ベアトリス・キルヒアイゼン。
当たっているとして、聖遺物は不明だけど創造位階なのは間違いないと思う。
ただ能力も……すまない、分からない」
「……ティアナ、1つ聞いてもいいかしら?」
私の問い掛けに、ティアナがビクッとその身を震わせる。
「彼女の姿を見て動揺していたけれど、知り合いなの?」
「…………………………私の姉さんです。
数年前に兄さんが任務中に殉職して天涯孤独になった私を引き取って育ててくれました。
私に剣を教えてくれた師匠でもあります」
「そう……」
ティアナが正史と異なり接近戦すらこなせる様になった理由は良く分かった。
しかし一方で、余計に分からなくなってしまった。
一体、彼等は何をしたいのだろうか。
それとも、ベアトリス・キルヒアイゼンの独断?
騎士団を裏切ってこちらに付いたと言うことなのだろうか……いや、だとしたらこうしてスワスチカを作っていることの説明が付かない。
「高町隊長! ティアナは……」
「心配しなくても、裏切りとかスパイとかは思ってないわ。
ただ、相手が何を考えているのか分からないのが不安なだけよ」
ギンガがティアナを擁護しようとするが、無用な心配だろう。
確かに敵に育てられたなら内部から工作したりスパイ行為を行うことを心配するべきところだが、ティアナの執務官になるという決意は嘘ではないと信じられる。
ホッとしたギンガを余所に、ティアナははやてと私に向き直る。
「八神部隊長、それから高町隊長。
私をあそこに行かせて下さい!
どうしても姉さんに真意を聞きたいんです!」
「ティアナ……」
深く頭を下げるティアナにはやては迷いの声を上げる。
「取り合えず、まどかちゃん達の話を全部聞こうや?
情報集まらんと配置も決められんしな」
「……分かりました」
保留にされて渋々と引き下がったティアナに苦笑しながら、はやてはこちらに目配せをしてくる。
モニタを操作して、次の光点を出す。
そこに映し出されたのは黒髪のロングヘアーの女性。
西洋人によって構成された聖槍十三騎士団において、彼女だけが明らかに東洋人の顔をしている。
「第五位櫻井螢=レオンハルト・アウグスト。
聖遺物は『緋々色金』で創造位階。
能力は自身の炎化」
「ちょい待ち! 第五位ってさっき出てきたティアナのお姉さんと一緒ちゃう?
それに何だか彼女だけ他の団員と見た目からして雰囲気違うんやけど……」
「ああ、彼女は元々第五位だったベアトリス・キルヒアイゼンが死亡したことによる補充要員だ。
他の団員と比べて年齢も低いし、黒円卓の中では浮いた存在だ。
そもそも、人種差別を肯定する集団で1人だけ人種も違うし」
優介の説明は正しいけれど、ここではもう少し言葉を選ぶべきだった。
先程の動揺から漸く立ち直ったティアナが優介の言葉に血相を変えている。
「死亡って……どういうことですか!?」
「確かに……生きてるよね?
それとも、彼女もトバルカインって人みたいに……?」
姉が死んだと言われたティアナは優介を睨みながら問い詰める。
「ごめん、言い方が悪かった。
ただ、多分この場に居る騎士団員はみんな生身の人間じゃない筈だ。
ラインハルト・ハイドリヒに喰われて魂のみの存在になっているんだ。
形成位階に到達した魂は自分自身を具現化出来て、そうやってこの世界に居るんだ」
「そんな……そんなことって……」
「勿論、実体化してるから意志はあるし触れることも出来る。
ただ、歳を取ることは無いし、死んでもラインハルト・ハイドリヒの中に戻るだけよ。
そうね……闇の書が存在していた時のシグナム達に近いかも知れない」
プログラム体として構築されたシグナム達と、魂から具現化している聖槍十三騎士団。
今のシグナム達は魔導書本体から切り離されたから大分存在ルールが変わっているけれど、元々の在り方は近しいものがある。
「ちょっと待って下さい!
もしそうだとすると……」
「ええ、騎士団員を幾ら倒しても無駄。
大本であるラインハルト・ハイドリヒを倒さない限り無限に復活させられてしまうことになるわ」
絶望的な事実に、発令所中がシーンと静まり返った。
「分かった、作戦を立てる為の参考にするわ。
取り合えず、最後までお願いな」
「分かったわ」
モニタを操作して、次の光点を出す。
映ったのはピンク色の髪をした幼い少女。
「第八位ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。
聖遺物は『血の伯爵夫人』で創造位階。
外見上は可愛らしいけれど、拷問好きで狡猾な魔女よ」
「能力は影に触れたものの動きを止めること。
それにエイヴィヒカイト以外の魔術も使えるらしい」
ヴィルヘルムと並んで何度も私達の前に立ちはだかった相手だ。
モニタを操作して、次の光点を出す。
先程話していた管理局にスパイで潜り込んでいた黒髪の爬虫類めいた外見の男が映る。
「さっき話していたけど、第十位ロート・シュピーネ。
位階は形成位階で聖遺物は……何だっけ?」
シュピーネの聖遺物、そう言えば優介から説明を受けた時も名前を聞いていない気がする。
「ごめん、名前忘れた。
ワイヤーだったのは分かるんだけど……」
まあいいか、名前なんて知らなくても。
モニタを操作して、スワスチカの一角でありながら光点の存在しない場所……空港を写す。
そこには、聖槍十三騎士団の騎士団員じゃない人物達が映っていた。
「ええと……彼女達は聖槍十三騎士団の騎士団員じゃないわね。
海鳴出張の時に銭湯で会った闇の書の闇に隠されていた紫天の書のマテリアル達。
蒐集を受けた私や隊長陣の子供の時の姿をしているわ。
外見そのままの魔導師だから能力の説明は割愛するわ。
但し、彼女以外だけど」
5人の少女の内、金髪のウェーブをした幼い少女の姿を拡大する。
「ユーリ・エーベルヴァイン。
紫天の書の核となるシステムU-D、砕け得ぬ闇と呼ばれた構築体。
彼女の実力は闇の書の闇の暴走体に匹敵すると言われているわ」
その言葉に、10年前の闇の書事件に関わった人間は身を強張らせる。
「一部関係無いのも混じってるけど、以上が平団員ね。
非戦闘員のリザ・ブレンナーは除くとしても、一番弱いシュピーネでも魔導師ランクに換算してSランク並みの強さはあると思う。
強いのはトバルカイン、ヴァレリア・トリファ、ヴィルヘルム辺りで、SSSランクを超えるわ」
「一番下でもSランク……」
最弱でも隊長陣と同等クラスと言うのはかなり絶望的な戦力差だ。
それと、これ以上は士気に関わるから言わなかったが、聖槍十三騎士団の騎士団員は好戦的な性質に反して防御力が高い。
デフォルトで持つ一定以下の攻撃を無効化する霊的装甲がその原因だ。
形成位階なら兎も角、創造位階に到達している団員を倒すためにはかなりの威力・規模の攻撃を与える必要がある。
「……あれ? まどかちゃん、平団員全部で8人居るけれど第五位が重複しているなら1人足りないんじゃないかしら?」
シャマルが上げた疑問に、そう言えば言っていなかったと思い出す。
「第六位のゾーネンキントは戦闘要員でも非戦闘員でもなくて生贄としての役割なのよ。
この世界でどうしているのかは分からないけれど……」
「な…………っ!?」
物騒な言葉に、シャマルは口元に手を当てて絶句している。
「平団員としては以上ね。
後は双首領と大隊長の幹部勢だけど……」
モニタに映像を出したいところだけど、管理局が持っている画像は2人分しかない。
仕方なく、5つのウィンドウを表示しその内2つだけに画像を表示する。
画像が無い部分には『No Image』の文字。
「まずは大隊長から。
10年前も今回も姿を見せたのは彼女だけね。
第九位エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。
ラインハルト・ハイドリヒに絶対の忠誠を誓う苛烈な赤騎士」
「聖遺物は800mm弾の列車砲で位階は当然創造位階。
能力は標的を飲み込むまで無限に広がり続ける爆心」
大隊長以上の戦闘能力は平団員とは大きく差がある。
エレオノーレのこの能力は下手をすれば1人でクラナガンを滅ぼせてしまう。
それに気付いたのか、はやての表情が明らかに強張る。
「映像が無いけど、次は黒騎士ね。
第七位ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。
ヴァレリア・トリファと同じ様に彼自身が聖遺物。
外見上は黒髪の巌の様な大男だけど、正体は戦車」
「能力は問答無用で幕を引く一撃必殺。
殴られたら即死するから絶対に回避しなくちゃいけない」
本当に反則的だ。
能力的には直死の魔眼と近いかも知れないが、振るう者の戦闘力を考えるとこちらの方が厄介だろう。
「こちらも映像が無いけれど、最後は白騎士。
第十二位ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル。
外見上は片目に髑髏の眼帯を付けた白髪の少年。
一見中性的な美少年だけど、全団員中最も人を殺した最狂最悪の殺人狂」
「聖遺物は『暴風纏う破壊獣』……軍事用のバイクだ。
そして能力は……誰よりも何よりも早く動けること」
速さを戦闘の軸にしているフェイトが優介の言葉に驚愕を露わにする。
相手自身の行動は勿論、放たれる射撃や砲撃よりも早く動ける……そんな相手に攻撃を当てるのは不可能だ。
真っ向から戦って勝てる者は存在しない。
「以上3人が大隊長。
能力も勿論だけど、身体能力や防御力も平団員と比べて遥かに高いわ。
ここまで来ると最早魔導師ランクに換算することも出来ない」
強いて言えばEXランクと言うべきだろうか。
そして、そんな強者達の上に立つのが2人。
「最後に黒円卓の双首領……と言いたいんだけど、副首領のメルクリウスについては正直あまり良く分からないわ。
全ての元凶であり、政府高官のお遊びだった聖槍十三騎士団を魔人の集団にした諸悪の根源」
「人類の祖先という説もあったんだが……本当のところは分からない。
この男に関しては最早聖槍十三騎士団の副首領と言うよりは完全に別格の存在だと考えた方が良い」
「あの~、スケールが大きくなり過ぎて実感が湧かないんやけど」
「仕方ないでしょ、居たらもうどうにもならないレベルの存在だから考えるだけ無駄よ。
そもそも、彼についてはこの世界に居る可能性は低いと思うし」
忘れがちだが、聖槍十三騎士団は転生特典によって得た能力である筈だ。
つまり、ラインハルト・ハイドリヒ自身が転生者でその能力で騎士団員を具現化している可能性が高い。
仮説が正しければ、出てくるのはあくまで彼が飲み込んだ魂だけ……メルクリウスは該当しない。
優介の話で聞いた中では、メルクリウスはあくまで黒幕でラインハルトに喰われたわけではない。
「最後は既にみんなも目にした首領。
第一位ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ=ハガル・ヘルツォーク。
聖遺物は聖槍十三騎士団の象徴でもある『聖約・運命の神槍』」
「能力は殺した相手の魂を吸収し、不死の戦奴として自らのレギオンに加えること。
そして彼は、永劫回帰の果てに旅立って力を蓄えた後、スワスチカの力で舞い戻って来る」
「スワスチカってあれか?」
クラナガンの地図上に光る7つの光点を指差しながらヴィータが聞いてくる。
「ああ、肉体を捨てて魂のみとなったラインハルト・ハイドリヒをこの世に呼び戻すための楔だよ」
「8つのスワスチカが揃った時のラインハルトの力は想像を絶するそうよ。
不完全な状態でさえ槍の一振りで街1つ消滅させることが出来るわ。
それに、隊長陣は10年前に見てるわよね……彼が手加減した状態でアルカンシェルを真っ向から相殺したところを」
「……! あの時のローブ姿の人物か!」
10年前、ラインハルトは闇の書の闇のコアを消滅させようとして放ったアルカンシェルを、形成位階の攻撃でいとも容易く切り裂いた。
創造位階や流出位階はそれより遥かに強力だと思っていいだろう。
「私達が話せるのはこれくらいね。
時間も残り30分程……どう動くか決めましょう、はやて」
絶望的な戦力差に対してどう対抗するか、みんなの注目が集まる中、はやてが口を開いた。
(後書き)
色々暴露回。
又聞きのまどかよりも優介の方が詳しいのですが、1人に延々喋らせるのも何なので交代で説明。
そして呪いの様に付きまとう2007年度版。
おそらく読んでる誰もが思う筈です、「あ~あ、やっちゃった……」
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63:対峙
【side 高町まどか】Cathedrale(dies irae)
荘厳な城の廊下を走り抜けて数人の男女が奥の大扉に近付いた。
扉は手を触れることなく開かれていき煌びやかな玉座の間がその眼前に現れる。
扉が開くと同時に、音楽が聞こえてきた。
4管編成の重厚な管弦楽、そしてコーラスと独唱が響き渡る。
玉座に座る黄金の獣は訪れた者達に目をくれることもなく、目を閉じたまま演奏に聴き入っている。
隙だらけに見えるその姿に鉄槌を持った少女が武器を構えるが、栗色の髪をポニーテールにした女性に止められる。
曲はやがて佳境に入り、管楽器のロングトーンに目まぐるしく動く弦楽器が彩りを添え盛り上がっていく。
最後は穏やかな調べによって締め括られた。
パチパチと拍手が響かせながら、黄金の獣がその目を開いた。
「如何かね、この城自慢のオーケストラは?
曲はリヒャルト・ワーグナー作曲の歌劇『ニーベルングの指環』の4作目から『神々の黄昏』。
この場に相応しいと思い、選ばせて貰った」
「随分と余裕やな、宣戦布告しておきながら音楽鑑賞やなんて」
ラインハルト・ハイドリヒが意識を向けたのを切っ掛けに、玉座の間に入ってきた数人の男女の内の1人が皮肉を投げ掛けながら前へと足を進める。
毅然とした態度を取っている様に見えるが、一部の者はその手が震えていることに気付いた。
しかし、それを嗤う者は誰も居ない。
玉座から眼下を睥睨する男の威圧感に屈服していないだけでも奇跡に近いことを悟っていたからだ。
モニタ越しでさえ平伏してしまいそうな威圧だったが、直接対峙するとその圧倒的な気配にどうしても身が竦む。
しかし、真っ先に動いた部隊長のはやてだけに行かせる訳にはいかないと、奮起して他の者達もその後に続いた。
玉座の間に入ってきたのは合計10人。
機動六課の部隊長、八神はやて
そのユニゾン・デバイス、リインフォース
スターズ分隊の高町なのはとヴィータ
ライトニング分隊のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンとシグナム
ブレード分隊の高町まどかと松田優介
そして、医務官のシャマルと人化形態となったザフィーラ
機動六課の隊長陣が勢揃いしていた。
対するのは玉座に片肘を付いて座ったままの墓の王。
そして、演奏を終えて片付けを始めている楽団から離れて王の前に並んだ3名の大隊長だ。
破壊公、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ
魔操砲兵、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ
悪名高き狼、ヴォルフガング・シュライバー
鋼鉄の腕、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン
人数こそ機動六課の方が倍以上だが、その表情は険しかった。
特に、高町まどかと松田優介の転生者組はラインハルトに釘付けになって、その表情を真っ青に染めながら硬直している。
「宣戦布告ではなく降伏勧告だがね。
猶予として与えた時間が退屈なので演奏を愉しんでいたのだよ」
ラインハルト・ハイドリヒが映像で叩き付けた降伏勧告の回答までの猶予は1時間。
そして、その時間は既に過ぎ去っていた。
「降伏勧告に対する回答はなし。
つまるところ、徹底抗戦と受け取って良いかね?」
時空管理局は降伏勧告に対して明確な回答を行っていない。
いや、行えなかったと言った方が正しいだろう。
本局は最高評議会が暗殺されて意志決定出来ず、地上本部はレジアス中将の進退が決まっておらず纏まらない。
加えて、城が顕現した影響かミッドチルダから本局への通信も通じない状態だった。
この様な状況では短時間で重大事項を決定することなど出来はしない。
尤も、例え意志決定出来る状態であっても降伏勧告の受け入れは選択されないだろうことはこの場の誰もが分かっている。
仮にも100年に渡って次元世界の秩序を維持してきたと自負する時空管理局にとって、降伏など採り得ない。
「降伏は受け入れられへんってことやろ。
この次元世界の平和を保ってきたのは管理局なんや。
管理局が無くなったら、次元世界はメチャクチャになってしまう。
そっちが引くことは出来んのか?」
「卿は勘違いをしている様だ。
先程映像越しに伝えたであろう──戦争を望んだのは管理局の側だと。
戦争を止めたいのであれば、まずは自分達の中で意見を通すがいい」
まぁ、無理であろうがな、と苦笑しながらラインハルトは肩を竦める。
「ところで、新人達は連れて来なかったのだな」
「陸戦魔導師をこんないつ消えるか分からない空の城に連れてくるわけにいかんやろ」
「成程、飛べない以上は空の上に連れて来れんか。
しかし、このヴェヴェルスブルグ城がいつ消えるか分からないとは心外だ。
数多の死者の魂で構築された私の『城』は、そう簡単には消えはせんよ」
主の気分を害したとして、赤騎士と白騎士の殺気が膨れ上がる。
はやては向けられた殺気に震える膝を必死に抑えて毅然とした態度を崩さない。
「よい、抑えろ。ザミエル、シュライバー」
ラインハルトは右手を上げて2人を静止する。
すると、殺気がフッと途切れる。
唐突な変化にはやては崩れ落ちそうになるが、隣のまどかが支えた。
「……何がしたいんや、アンタ等?」
ポツリと呟くはやての声が不思議くらいに辺りに響いた。
「なにかね?」
「アンタ等は一体何がしたいんや?
宣戦布告って言ってた計画書やって、口実に過ぎんのやろ!」
怒りが我慢の限界を迎えたのかそれとも極限の緊張感に耐えられなくなったのか、激昂しながらはやてが叫ぶ。
「ふむ、確かに丁度良く見付かったから使っただけだ。
別にあれが無くても我等がこのタイミングで侵攻することは当初の計画通りだ。
それで……私の目的だったか?」
ふむ、と頷きながら一瞬だけラインハルトは高町まどかと松田優介に視線を向ける。
2人は向けられた視線に気付いて硬直した。
「さし当たっては『ラグナロク』を終結させることだな」
「やっぱり、貴方自身が転生者なのね。
『ラグナロク』の終結……それはつまり私と優介を殺したいってことかしら?」
「結果については然程興味が無い。終わればそれで良い。
この場で卿等2人を殺すのも、1人を殺して残存2名で終わるのも、あるいは残存3名で終わるのも、私にとっては大差が無い」
「優勝賞品には興味が無いということね。
でも、3名で残ったら……」
「隔離空間で最後の1人になるまでのサドンデス、であったな。
だが、真っ向から戦うことになればどういう結果になるか、分かっているのだろう?
故に先程言った通りだ、
確かに、逃げられない場所で最後の1人になるまでの殺し合いとなればラインハルトの1人勝ちが確定する。
残りの全員で手を組んだとしても一蹴されて終わるだろう。
単独優勝の報酬に興味が無ければ、戦いの趨勢がどう展開しようと最終的にはラインハルトにとって大差が無い結果となる。
「優勝賞品には本当に興味が無いのか?」
「ない……と言うよりも与えられるまでもない。
私の力について知っているのならば、流出位階の事も理解しているだろう?
自力で世界法則を書き換えられるのだから、管理権など不要だ」
世界の管理権……それはすなわち神になると言うことだ。
一方で、ラインハルト・ハイドリヒは流出位階に到達した覇道神。
世界の管理権など、自身が流出を行い座に座れば手に入る。
「……ちょっと待って?
さっきの貴方の言葉だと残りはもう私達3人だけみたいに聞こえたけど……『ライダー』のカードを選んだ転生者は?」
「何年か前に既に始末している。
『ラグナロク』の残る参加者はここに居る3名だけだ。
セイバー、アーチャー、ランサー……何の因果か3騎士が残った形だな」
「これが最終決戦と言うわけね」
「そう言うことになる。
さて、前置きはこのくらいにして始めるとしよう」
会話を打ち切るラインハルトの言葉に、前に控えていた大隊長3名が機動六課のメンバーの方へと一歩前に出た。
彼等は固まるのではなく、一定の間隔をあけて立っている。
機動六課から見て左に赤騎士、右に黒騎士、そして正面に白騎士。
「ここまで来た卿等の勇気に敬意を表して選択権を与えよう。
誰が誰と戦うか、自由に選ぶといい」
その言葉と共に、3騎士の足元に三角の魔法陣が現れる。
転移魔法だ。
「挑む相手と共に戦場に赴くがいい。
ゼロでさえ無ければ人数の制限もない。
均等に割り振るのも、2人生贄にして戦力を一点集中させるのも卿等の自由だ」
ラインハルトの言葉に、機動六課の隊長陣は目配せし合って頷く。
「行くで」
「みんな、気を付けて!」
3つに分かれて、大隊長達へと向かい転移魔法で姿を消した。
【Side 高町まどか】
なのは達が転移魔法で姿を消し、残った私達はラインハルト・ハイドリヒと対峙を続けていた。
この割り振りは事前にみんなで打合せをして決めていた。
予め決めた担当ごとに足止めを行い玉座の間へと進む予定だったため、この様な形は想定外だったが好都合だ。
仮に3騎士全員と同時に戦ったら、こちらの戦力がもっと多かったとしても勝ち目が無かった。
聖槍十三騎士団の騎士団員……特に大隊長の3騎士は能力の偏りが激しい。
火力特化の赤騎士、一撃必殺の黒騎士、速度特化の白騎士。
長所が飛び抜けている一方でその分対策も明確になる彼らだが、3人同時となるとその対策も難しくなる。
何とか引き離して各個撃破が理想だったため、この展開は理想的だ。
「迷わず割り振ったところを見ると、予め決めていた様だな。
参考までに、どう言う意図なのか聞かせて貰いたいな」
玉座に座ったまま、ラインハルトが興味を惹かれた様な表情をしていた。
割振りは赤騎士になのはと優介、白騎士にはやてとリインフォースとザフィーラ、黒騎士にシグナムとヴィータとシャマル。
そしてこの場に残ったのは私とフェイトの2人だ。
話せと言うのなら話そう、こちらにとっても好都合な展開だ。
「赤騎士の無限に広がる爆心はこの城の中では使えない。
その状態なら、火力で唯一対抗出来るなのはと無数の射撃を行える優介の2人なら有利に戦えるわ」
城を破壊する様な真似は出来ない筈だから、赤騎士は全力を出せない。
普通の砲撃は威力を落とせば可能だろうけど、なのはと優介なら手数で対抗出来る。
それに、優介の
「誰よりも早く動ける白騎士には近接戦闘も射撃や砲撃も通じないけど、
広域殲滅魔法を得意とするはやてとリインフォースで逃げ場が無い様にして攻撃すれば捉えられる。
ザフィーラは2人の詠唱を邪魔させない為の護衛ね」
誰よりも何よりも早く動けるということは、攻撃手段よりも早く動けるということだ。
空間内に逃げ場が僅かでもあれば、避けられてしまうだろう。
だから、白騎士を倒す為には全く隙間の無い範囲攻撃で包み込むように攻撃する以外に方法は無い。
「一撃必殺の黒騎士に対しては戦闘経験が豊富で中距離もこなせるシグナムとヴィータ、そして後方支援のシャマルで対抗する」
黒騎士の幕引きの一撃は防御すら出来ない。
無数の戦場を渡り歩いたヴォルケンリッターの中でも戦闘向けのシグナムとヴィータに加えて、シャマルが後方からバインドで拘束する万全の体制で迎え撃つべきだろう。
「成程、事前に知った情報を元に的確に割り振られている様だ。
……それで、卿ら2人が私の前に残ったのは何故かね?
まさか、たった2人で私に対抗出来るとは思っていまい」
問われて、私は思わず言葉に詰まった。
ラインハルト・ハイドリヒが自由に動ける状態にするわけにはいかない。
だからこそ何人かはこの場に残る必要があった。
しかし、それで彼に対抗出来るかと言えば話は別だ。
いや、そもそも10人全員で掛かっても勝つことは難しいだろう。
「正直、勝てるとは思っていないわ」
「まどか!?」
私の率直な言葉に、フェイトが驚愕する。
「それはそうだろう、卿と松田優介は私を見て勝ち目など無いと理解出来た筈だ」
「……………………………………」
彼の指摘は図星で私は言葉を返せなかった。
「そんな……どうして?」
「以前何処かで話したと思うけど、私達転生者は強さをレベルという形で見ることが出来るのよ。
私は34で貴女は33。私達の中で一番強いのは優介でレベル41ね」
「そういうことだ。
魔導師ランクに換算すればレベル30でSランク、35でSSランク、40でSSSランクと言ったところだな」
そう、最初に見た瞬間ラインハルト・ハイドリヒのレベルを視認して勝ち目がないことを悟った。
ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ
彼のレベルは──
「レベル1300……桁が違い過ぎる」
「なっ……!?」
レベル差が5くらいであれば経験や工夫で倒す事が出来るかもしれないが、10もあけば1対1で勝つことは不可能だ。
ましてや、桁が2つ違う相手などそもそも戦いと言う行為自体が成立しない。
「そこまで分かっていながら残ったのは何故だ?
無策と言うわけでもあるまい」
「さっきも言った通り、勝てるとは思っていないわ。
簡単に言えば時間稼ぎね」
「ほう?」
「発案者の私と……巻き込んじゃって申し訳ないけれど、貴方と関係があったフェイトで何とか時間を稼ぐことが私達の狙いよ。
貴方に戦場に出て来られたらその時点で終わってしまう。
だから、私達は何としても貴方をこの場に留めておかなければならない。
その為なら、裸踊りだって這い蹲って足を舐めることだってする覚悟よ」
とは言え、本当に裸踊りしろって言われたらどうしよう。
ラインハルトは不思議そうに首を傾げている。
「それを私に言ってしまっては、折角の作戦が無意味ではないのかね?」
「じゃあ今すぐ立ち上がって攻撃してくる?
時間稼ぎをされて負けてしまうのが怖いからって、怯える小動物みたいに爪を立ててくるのかしら」
背筋を冷や汗が流れるのを感じながら、私はなるべく見下す様な笑みを作って挑発をする。
これは賭けだった。
「ではそうしよう」などと言われて攻撃に移られては全滅確実だ。
彼の矜持やプライドに訴えかける一か八かの博打だ。
「フッ、まあよかろう。
時間稼ぎがしたいなら付き合おう。
彼らの戦いが終わるまでは手出しせん」
そう言うと、ラインハルトは右手側に3つの巨大なモニタを表示した。
そこにはそれぞれ大隊長達となのは達が戦う姿が映っていた。
「しかし、何のための時間稼ぎかな?
このまま待っていて状況が好転するとは思えんが」
「ここまでの大騒ぎを起こした以上、本局だって黙っていない。
直に艦隊がミッドチルダに派遣されてくる筈よ。
いくら貴方でもアルカンシェルで城ごと吹き飛ばされれば無事ではいられないでしょう?」
10年前、ラインハルトはアルカンシェルを真っ向から迎撃した。
その意味では彼の力はアルカンシェルよりも強いことが分かるが、同時にこうも言える。
彼はアルカンシェルを
何の痛痒も無いのなら迎撃などする必要も無かった筈だ。
「ふむ、卿の考えには3つ程誤算があるな」
「誤算? 何かしら?」
ラインハルトの発言に疑問が湧く。
誤算と言うことはあまりこちらにとって良い話ではなさそうだ。
「まず1つ目、この城は現在クラナガンの上空に展開している。
百数十キロに渡って空間歪曲と反応消滅を起こすアルカンシェルをここで使えばどうなるか、分かるであろう」
「……それは」
確かに、百数十キロではクラナガン全域が効果範囲に含まれてしまう。
本当に他にどうしようもない場合の最終手段としてしか使えないだろう。
「次に2つ目、例えクラナガンを消滅させる覚悟でアルカンシェルを使用しても、私は倒せん」
「な!? ……ハッタリのつもりかしら?
貴方がアルカンシェルの威力を警戒しているのは分かってるのよ」
「私が警戒? 何故そう思うのかね?」
「10年前の闇の書事件の時、貴方はアルカンシェルを迎撃した。
無防備に喰らった場合にダメージがあるからそうしたんでしょう?
何の効果も無いならそんなことする必要は無いんだから」
そうだ、その筈。
流石にアルカンシェルを無防備に喰らってもノーダメージなんてこと、ある筈が……。
「ああ、あれかね。
確かに迎撃したが、それは闇の書の闇のコアを消されては困るからだ。
折角回収に行ったのに消滅させられては無意味になってしまうからな」
「そ、そんな……」
あっさりと否定され、顔が引き攣るのを感じる。
しかし、何の気負いも警戒も感じられないその態度に、嘘ではないと理解してしまった。
「何やらショックを受けているようだが、3つ目だ。
そもそも本局からの増援は来ない。いや、来れないと言った方が正確か」
「? 何故貴方がそんなことを……まさか!?」
「管理局に対して戦争を仕掛けるのに、まさかミッドチルダのみが攻撃対象な筈が無かろう?
降伏勧告と前後して、ガレア帝国本国から次元航行艦274隻からなる艦隊が侵攻を開始している。
1時間のリミットはその到着までの時間だ。
ちょうど本局に対して攻撃を仕掛けている時分だろう」
「───────っ!?」
「そ、そんな……!?」
私もフェイトも、青褪めるのを通り越して真っ青になる。
次元航行艦274隻!?
そんなの管理局の総戦力よりも多いじゃない!!
「で、でも! 管理世界に散っている戦力が集まれば……!」
「それも無理であろう。
各管理世界はベルカ自治区から攻勢に出た聖王教会の対処で手一杯だろうからな」
「え?」
「せ、聖王教会が……?」
聖王教会が攻勢に出た?
反乱ってこと?
よりによってこのタイミングで……いや、そんな偶然あるわけがない。
と言うことは……。
「貴方達と手を組んでいたのね?」
「手を組むと言うのは正確ではないな、命じただけだ。
別に不思議ではあるまい、聖王教会は古代ベルカの王を信仰する者達なのだから。
そもそも、私が200年前に作らせた組織であるしな」
聖王教会がラインハルト・ハイドリヒの作った組織?
もしそれが真実だとすれば……彼は遥か昔からその魔の手を世界中に広げていたことになる。
背筋がゾッとするのを感じた。
ベルカ自治区は殆ど全ての管理世界に存在している。
次元航行艦を始めとした航空戦力は乏しいが、その騎士団は地上の戦力としてはかなりの規模になる。
そんな戦力が反乱を起こしていたら、現地の駐在戦力は本局の増援どころではないだろう。
「後は管理外世界か。
まぁ、こちらについては情報をリークしただけで直接手を下したわけではないがな」
管理外世界まで!?
しかし、管理外世界に何の情報を流すと言うのだろうか?
反管理局の管理世界なら兎も角、管理外世界に流す情報なんて……。
「か、管理外世界には何をしたの?」
「何、たいしたことではない。
単に潜伏している犯罪者の情報を現地の治安維持組織に伝えただけだ……時空管理局局員と言う犯罪者の情報をな」
「な……管理局員が犯罪者ですって!?」
「どういうことですか!」
全く予想していなかった言葉に、私もフェイトも思わず詰め寄りそうになる。
ラインハルトはそんな私達に微笑む。
「例えば、分かり易いところでは卿等も縁の深い第97管理外世界『地球』。
あの世界においては海鳴市警察にリンディ・ハラオウンやエイミィ・ハラオウンと言う犯罪者の情報を流したな」
「!!!」
「そんな、リンディ母さん達が何をしたって言うんですか!」
リンディさんは左遷されていたけれど、犯罪者と言うわけではない。
それとも、何らかのデマ情報を流したということだろうか。
しかし、そんなデマでは一時的に騒がれてもあまり効果は無い筈。
「何をした、か。
不法入国に公文書偽造に通貨偽造、それから脱税とスパイ容疑といったところか」
「え?」
「!? それは……っ!」
彼が何を言いたいのか、分かってしまった。
あの世界で育った私だからこそ、理解出来てしまった。
「異世界の住人で戸籍も無い筈の人間が住居を構える、そのためにどれだけの犯罪を犯したのだろうな」
管理外世界の戸籍や通貨を偽造してもその行為自体は管理局法上は罪ではない。
文書偽造や通貨偽造の罪は存在するが、それはあくまで管理世界のものに限定されるのだ。
勿論、管理世界の住人が管理外世界の戸籍や通貨を偽造したものを使用すれば通貨偽造等の罪にはならなくても管理外世界への干渉に該当して犯罪となる。
しかし、そこには例外がある……管理局員が任務で行う場合は犯罪にはならないのだ。
管理局員が任務で管理外世界に潜伏するために戸籍を偽造し通貨を偽造して使用するのは犯罪にはならない……管理局法では。
しかし、それをされる管理外世界の方で見れば単なる犯罪者でしかない。
「文書偽造とか通貨偽造とかは兎も角、スパイ容疑というのは?」
「あの世界で起こったことを管理局に報告しているのだろう?
他国に潜伏して自国に有利になる様に情報を流す……スパイ以外の何者でもあるまい」
「で、でも!
それは魔法技術が無い世界を守る為に……っ!」
「そうか。
では、裁判の場でもそう抗弁するのだな」
フェイトの発言は管理局から見れば正しい。
私達は魔法技術が無い世界を守ってやっているのだからそれくらいは許容しろ、となる。
しかし、管理外世界からすれば頼んでも居ないことを行った上に理不尽な要求を許容しろと言うのは受け入れられないだろう。
管理局員は管理外世界では犯罪者でしかない……それもまた真実だ。
彼の発言が正しければ、今頃各管理外世界で一斉摘発が行われているだろう。
「……ラインハルトさん」
フェイトが俯きながら低い声でラインハルトに話し掛けた。
これまでの会話で、優しかった恋人が実は冷徹な侵略者であったことを受け入れざるを得なかったのだろう。
慕情を踏み躙られ傷付けられた友人すら時間稼ぎに利用する自分に自己嫌悪を感じながらも、私は一歩下がってフェイトにその場を譲った。
「久しいな。フェイト嬢」
「……お久しぶりです。
貴方に聞きたいことがあってここまで来ました」
「ふむ、何かな?
答えられることであれば答えよう」
殆ど泣きそうになっているフェイトに対して、ラインハルトは至って平常通りだ。
罪悪感も後ろめたさも、そこには微塵も感じられなかった。
フェイトはその様子に少し言葉に詰まると、吐き出す様に話を続けた。
「……貴方は、貴方は私を騙していたんですか?」
問い掛けながらも、フェイトは答えを聞くことを怖れる様な素振りを見せている。
実際、怖いのだろう。
信じていた恋人が敵だったことは受け入れられても、これまでの全てが嘘だったと言うのは耐えられないのだろう。
何か事情があった、あるいは敵だったとしても想いは本当だった、そう言う答えを望んでいて……それを否定されたくないのだろう。
「騙す? 私がかね?」
怪訝そうに聞き返すその姿に、嘘は感じられなかった。
「だって、敵だったじゃないですか!
それを隠して私に近付いたのは騙す為じゃないんですか!?」
「ふむ……素性を隠して接することを騙すと言うのであれば、成程私は卿を騙したと言えるのかも知れんが。
それは卿も同じなのではないかね?」
「え?」
「確か、時空管理局執務官とは名乗っていなかったと記憶しているが?」
「そ、それは……」
ラインハルトの問い返しにフェイトは言葉に詰まる。
「まぁ、それは当然のことであろう。
あの世界は異世界の存在を一般的に認知しておらん。
そんな中で出会った相手に異世界の素性を話す様な真似は普通せんよ」
「そうです……でも貴方は私が管理局員──敵だって知ってたんですよね」
「ああ、知っていたな」
相手が管理外世界の住人であれば素性を隠すのは当然だけど、そうでないことを知っていたのであれば事情も変わってくる。
ラインハルトはフェイトが管理局員だって知っていた筈だ。
それなのに素性を隠して接していたのは何か目的があったと考えるのが妥当だろう。
「だったらどうして……情報を得る為ですか?」
「どうして、か。特に目的など存在しない。
強いて挙げれば、成り行きと言ったところか」
「成り行き? そんなことで……」
「抱かれたいと言われたから抱いただけだ。
何のために近付いたと問うたが、そもそも近付いたのは私ではなく卿の方ではないか?」
「それは……そうですけど。
でも……でも……」
おそらく、出逢いも告白もフェイトの方からだったのだろう。
これまで話したラインハルトの印象からして、恋愛沙汰に積極的になるところは想像出来ない。
その意味では、特に目的など無かったというのは嘘ではなさそうだ。
もう殆ど泣きじゃくっているフェイトの姿を見て、ラインハルトはこれまでの会話の流れを断ち切る様に言葉を発した。
「とは言え、これでも抱いた女に対して責任を取る程度の甲斐性はあるつもりだ」
その言葉に、フェイトがビクッと震えて恐る恐るラインハルトを見上げた。
私は何となく嫌な予感を感じた。
「故に、卿がこちらへ来るのなら相応の待遇を以って迎え入れよう」
彼の言葉は耳から入ってきたが、内容をすぐには理解出来なかった。
「こちらに来る」とは……まさか……。
「それは……私に管理局を裏切れってことですか?」
恋愛感情と地位を盾に、裏切りを迫る。
口に上げれば下劣な行為に見える筈なのに、あまりそう言う感じを受けないのは彼がどちらでもいいと考えているからなのだろう。
勧誘にしては投げ槍で、熱意がない。
「裏切る? 何故かね?
元より過去の行為の清算のために働かされていただけであろう」
だからこれは、揺さぶりではなく本当に疑問に思っただけなのだろう。
それは悪意が無いからこそに心を抉る。
「違います!
確かに最初は10年前の事件で犯した罪を償うために嘱託魔導師になったかも知れない。
でも、私は……違法研究によって被害を受けている人達を助けるために執務官になりました!
働かされているわけではありません、私自身の意志でここに居るんです!!」
ラインハルトの言葉に対して、涙を振り払って真っ向から否定する。
その毅然とした態度には一片の曇りもなかった。
「違法研究を防ぐために、か」
「っ! 何がおかしいんですか?」
自分の信念を笑われて、フェイトが激昂寸前まで沸騰する。
しかし、頭に血が上った彼女はラインハルトの笑みが嘲りではなく憐憫であることに気付いていなかった。
「おかしいな。
何故、違法研究を防ぐと言いながら、その元締めのために働いている?」
「………………………………え?」
「卿の憎悪する違法研究とやらの黒幕は管理局だと言っているのだ。
ジェイル・スカリエッティが管理局の最高評議会に生み出され、その命に従い違法研究を行っていたことは既に卿も知る所であろう。
そしてまさか、管理局の命令で違法研究を行っているのが彼だけとは思っていまいな?
直接の配下でなく資金援助を受けている者も含めれば、殆どの違法研究には何らかの形で管理局が関わっていると言えるだろう」
「そんな……そんなこと!」
必死に否定しようとするフェイトに、ラインハルトは何故かチラリとこちらを向く。
「卿の友人は私の言葉が正しいと思っているようだが?」
「……………………………………」
「そんな……まどか!?」
裏切られたかのような声を上げるフェイトの姿に後ろめたさは感じるが、私は否定の声を上げられなかった。
スカリエッティが最高評議会に作られたのも、管理局が裏で違法研究を行わせているのも事実だと知っていたからだ。
「自覚しているかは知らんが、卿もその片棒を担がされている」
「な……嘘です!
管理局が裏で違法研究を行っていたとしても、私はそれを手伝ってなんていない!」
管理局が違法研究を行っていたことを認めたことにフェイトは気付いていない。
しかし、彼女も薄々と理解していたのだろう……彼の言っていることは正しいと。
だからこそ、必死になって否定しようとする。
これまでの自分の10年間を否定されるに等しいのだから。
「管理局が違法研究を行っていたのは戦力とするためだ。
しかし、自ら違法とした以上は直接に戦力として採用するわけにはいかん。
ならばどうするか?
簡単な話だ、違法研究の摘発を行い保護すれば良いのだ」
「………………………………あ」
ポツリとフェイトが呟きを上げた。
フェイトは頭も悪くない、ラインハルトが言おうとしていることが分かってしまったのだろう。
「帰る場所などない実験体は管理局の保護施設に入れられ、育てられる。
行く末は管理局のために戦う道一本しかあるまい。
助け出されたこと感謝したり、管理局員に対して憧れを抱いていればなおよし。
同じ立場だった筈の卿の姿は助け出された者達にとっては鮮烈な印象を抱かせたであろうな」
「……………………………………」
「つまるところ、卿は収穫担当だ。
卿は違法研究を摘発しているつもりで、その一助を担わされていたのだよ」
ラインハルトの言葉に、フェイトの膝から力が抜けた。
床にへたり込み、呆然としながら無言で涙を流していた。
「フェイト!?」
私は敵の眼前であることも忘れて、フェイトに駆け寄る。
ラインハルトはそんな私を気にすることなく、トドメの一言を放った。
「先程の『管理局を裏切れということか』という卿の問いに対して答えよう。
私はそれを裏切りとは思わん。
卿が裏切るのではない──管理局が卿を裏切っていたのだ、ずっと昔からな」
何処かで何かが折れる音を感じた。
耳には聞こえないその音は、フェイトの心が圧し折れた音だったのかも知れない。
しかし、そんなフェイトに対してラインハルトはうって変わって優しい言葉を与えた。
「ああ、そう言えば忘れていたな。
卿には伝えておかないといけないことがもう1つあった」
「……………………………………?」
殆ど意識が薄れているフェイトだが、ラインハルトの声は届いているらしい。
「あちらの2人についてだ」
ラインハルトの視線を追う様に、私もフェイトも横に振り向いた。
そこには、いつの間にか2人の人物が立っていた。
背の高い紫の髪をした女性と、その女性のスカートを掴んで恐る恐るこちらを見ている金色の髪を伸ばした幼い少女。
「………………………………え?」
「あれは……そんな、まさか!?」
ありえない!
彼女達は10年前確かに虚数空間に落ちて……。
「フェイト……」
10年も経って大分記憶から薄れてしまったが、確かに憶えのある声だった。
しかし、そこに乗せられた感情はあの時の狂気を孕んだそれではなく、穏やかでどこか寂しげなものだった。
「母さん……なの?」
「ええ、そうよ。 フェイト」
彼女の横に立つ少女が裾を掴んだ。
10年前に見た時は生体ポッドの中に漂うのみだった彼女が、確かに意識を持ってそこに居た。
10年前のP・T事件で虚数空間に落ちた筈のプレシア・テスタロッサとアリシア・テスタロッサ。
フェイトが失った本当の家族がそこにいた。
「……嘘だ!
母さんは……母さんは10年前に私の目の前で虚数空間に落ちた。
生きている筈ない!」
「確かにこの2人は虚数空間に落ちた。
そしてそこに展開していたこの城に落ち、我がレギオンに加わったのだ。
魂のみで形成されているので、生物学的には生きているとは言えんのは確かではあるがな」
「そんな……それじゃ……」
「紛れもなく、卿の母親と姉本人だと言うことだ」
フェイトはその言葉に呆然と母親と幼い姉の姿を見やる。
ラインハルトの言葉が正しければ、今の彼女達は魂だけの幽霊の様な存在の筈だが、とてもそうは見えない。
動いて、話せて、触れることが出来る……それは生きているのと何も変わらない。
「フェイト、貴女には済まない事をしたと思っているわ。
貴女を拒絶しておいて今更かも知れないけれど、今の私は貴女のこともアリシアと同じ様に愛することが出来る。
だから、こちら側にいらっしゃい。
そうすれば、ハイドリヒ卿の庇護の下、家族3人でずっと一緒に過ごす事ができるわ」
「…………母さん……」
それは、10年前にフェイトが欲しいと思っていた言葉だ。
10年も経って一見吹っ切れた様にも思えるが、私はそうではないことを知っている。
姓がハラオウンに変わっても、フェイトはテスタロッサの名前を捨てられずに居る。
リンディさんが母親になって10年近いが、フェイトは彼女のことを「母さん」ではなく「リンディ母さん」と呼ぶ。
フェイトは今でも、本当の母親であるプレシアのことを忘れられていない。
「先程の誘いの答えを聞こうか、フェイト嬢」
どうしていいか分からずに困惑するフェイトに対して、ラインハルトの最終通告が下される。
こちらへ来るのなら相応の待遇を以って迎え入れよう、先程投げ掛けられた問い掛けはフェイトの中で大きくバランスを崩されている。
「私の愛を受け入れ、家族と共に永遠に過ごすか。
裏切った管理局を盲信し、違法研究の片棒を担ぎ続けるか。
どちらでも好きな方を選ぶがいい」
そう言うと、ラインハルトはフェイトへと左手を差し伸べる。
彼に付くなら、この手を取れと言うことだろう。
フェイトは突き付けられた選択肢に惑い、ラインハルトや私、そしてプレシアとアリシアの顔を何度も見る。
数分にも感じられた沈黙の中、フェイトは一度強く瞼を閉じた後ゆっくりと目を開き立ち上がった。
(後書き)
自慢のオーケストラですが、団員の半数以上がクラナガンに降りているため、エキストラで補充。
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64:修羅道至高天
「……ごめん、まどか」
「フェイト!?」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは黄金の獣を選んだ。
制止しようとするまどかの声を背に段上へと足を進め、ラインハルトの目の前に立ち、彼の顔を正面から見据える。
「貴方は私を愛してくれますか?」
「勿論だとも──」
その言葉に微笑むと差し出された彼の左手に手を合わせた。
「──私は総てを愛している」
「………………………………え?」
フェイトがポツリと疑問の声を上げたのは彼の言葉に対してか、それとも自身の胸に突き刺さった槍を見てか。
ラインハルトの右手にいつの間にか握られていた黄金の聖槍はフェイトの心臓を貫いていた。
「!? フェイト!」
フェイトは一言も発することなく絶命し、力を失ったその身体は前へと倒れ込む。
ラインハルトはフェイトの身体を優しく受け止め片腕で抱き抱えた。
「我が内にて家族と共に永遠を歩むがいい」
「っ!! あああああぁぁぁーーー!!!
ライジングソウル!!」
その言葉に、まどかは絶叫しライジングソウルをバスタードモードに変化させると、わき目も振らずにラインハルトへと切り掛かった。
ガキッという音と共に、全身の体重を乗せて放たれた袈裟切りは聖槍にあっけなく受け止められる。
「時間稼ぎはもう終わりかね?
ふむ、あちらも概ね片が付いたようだ。約定も済んだと見做してよいな」
「がっ!?」
そう言うと、ラインハルトは軽々と右腕を振るった。
全力で鍔迫り合いをしていたまどかは、まるでボールの様に跳ね飛ばされ床に叩き付けられる。
「痛……え? きゃあああぁぁぁぁぁーーーー!?」
床に叩き付けられたまどかに対して、その全身に無数の骸骨が纏わりつく。
まどかは悲鳴を上げながら、魔力を放出し纏わりついた髑髏の軍勢を吹き飛ばし、飛行魔法で宙へと避難する。
このヴェヴェルスブルグ城はラインハルト・ハイドリヒに喰われた死者で築かれた屍の城。
知識としては知っていても、それを実感する恐怖は凄まじい。
加えて、状況も不利だ。
圧倒的に格上の相手に一対一の上、壁も床も全てが敵。
いわば、ラインハルトの体内に居る様な状態だ。
追い打ちを警戒してラインハルトを見るが、彼は右手に展開したモニタを注視していた。
彼への警戒はそのままにモニタを横目で見たまどかは、そこに映る映像に驚愕する。
「なのは!?」
1つ目のモニタには大火傷を負って倒れ伏すなのはの姿があった。
今は息がある様だが、あれだけの傷を負ってはその命も時間の問題であるのは明らかだった。
一緒に居る筈の優介の姿は見えず、勝者である赤騎士が瀕死のなのはを少し離れた場所から見下ろしていた。
「はやて!!」
2つ目のモニタには襤褸雑巾の様に引き裂かれたはやてを抱えるリインフォースと、それを庇う様に立つ血塗れのザフィーラが映っていた。
リインフォースは必死にはやてに治癒魔法を使うが、元々得意でない分野の魔法であることもあり血を止めることも出来ていない。
その間にも盾となって2人を庇うザフィーラは次々と傷を負っていき、立っているのがやっとの状態だ。
3人の命は尽きようとしていた。
「シグナム達まで!!」
3つ目のモニタを見た時には、勝敗は既に決していた。
黒騎士の幕引きの一撃がシグナムに突き刺さり、プログラム体である彼女は死体を残すことなく消滅した。
ヴィータの姿は映っていない……おそらく既に消滅させられたのだろう。
残るのはシャマルだけだが、後衛である彼女1人で対抗出来るわけもない。
「ここまでの様だな。
少々興醒めな結末であったが、幕を引くとしよう」
そう言うと、ラインハルトは座ったまま右手に持った聖槍を宙に浮いているまどかへと投げ付ける。
聖槍は一直線にまどかへと飛び、反射的に盾にしたデバイスを一瞬で砕くとその胸へと突き刺さった。
意識が一瞬で消し飛び、まどかの身体はその勢いのまま壁面へと叩き付けられる。
叩き付けられた周囲の壁から骸骨の手が彼女の身体を覆い尽くす。
一瞬にして彼女の姿は白骨に覆われて見えなくなり、やがてそれらの手も元の壁面へと戻っていく。
壁面が元通りになった時にはまどかの姿は無く、ただ聖槍だけがそこに突き刺さっていた。
「さあ、始めるとしよう」
その様子を見届けることもなく、ラインハルトは玉座から立ち上がると段を下り部屋の中央に立つ。
先程まで壁面に突き刺さっていた聖槍はいつの間にかラインハルトの手の中に戻り、彼は槍を横に構えると朗々と詠い上げる。
嘗ての世界のベルリンで飲み込まれた死者が──
座を巡る戦いで傘下に加わった死者が──
この世界のベルカを始めとする戦場で喰い尽くされた死者が──
──溢れ出した。
ミッドチルダで溢れ出した死者の軍勢は生者を襲い、軍勢へと加えていく。
無限に広がるレギオンは次元の壁すら超え、管理世界も管理外世界も関係なく等しく黄金の獣の支配下とする。
たった数日で数多ある世界の総てがラインハルト・ハイドリヒの内に囚われた時、彼は自然と「座」に座っていた。
「お見事、獣殿」
「カールか。こんなところまで来られるとは、流石だな」
「座」に座る黄金の獣に対して、メルクリウスがいつもの様に背後から話し掛ける。
「座には本来複数の者は居れないがね、今の私は獣殿の一部と言う扱いだ。
それでも、他の者ではこの場所で個を保つことは難しいだろうがね」
「かつて長きに渡り座に居た卿ならばこそか。
それで、何か用か?」
「いや、目的を果たした獣殿はこれからどうするつもりなのかと気になってね」
友の言葉に、ラインハルトは微笑みながら答える。
「これまでのヴェヴェルスブルグ城と何も変わらん。
私のグラズヘイムでエインフェリア達は戦い殺し合い、死してなお蘇りまた永劫の闘争を繰り返す。
来たる真なるラグナロクに向けて」
「挑むつもりかね、彼等に」
「無論だ。
私の愛は破壊である。ゆえにそれしか知らぬし、それしか出来ぬ。そしてそれこそ我が覇道なり。
土台戦争──単体では成立せぬ概念よ。ならばこそ敵を 求めるゆえに部下を 愛し、率いて、壊すのみ」
「お供しよう、何処までも」
Good End 「修羅道至高天」
(後書きに代えて「教えてカリオストロ」)
黄昏「ねぇ、カリオストロ」
水銀「何かな、マルグリット」
黄昏「どうして……貴方がここに居るの?」
水銀「無論、君が居るからだよ。
君が居る所なら私は何処からでも推参しよう」
黄昏「……来なくていいのに」
黄昏「来ちゃったのは仕方ないから、せめてちゃんと役割を果たして」
水銀「ふむ、君に言われてしまっては仕方ない。
ならば説明役の責務を果たすとしよう。
何なりと聞いてくれたまえ、私の女神よ」
黄昏「じゃあ、最初の質問。
どうして、これがGood Endなの?」
水銀「ふむ、この物語は獣殿が主人公だからだよ。
我が友の視点から見ればこれは紛れもなくGood Endと言えよう。
まぁ、Happy Endとは言えないかも知れんがね」
黄昏「次の質問、どうしてこうなっちゃったの?」
水銀「運命の少女が彼の手を取ってしまったことだね。
あの時点でこの結末が確定したと言えよう」
黄昏「手を取っちゃダメなの?」
水銀「獣殿は総てを平等に愛しているがね、同時にその性質から敵対者の気概こそを好むのだよ。
彼にとって特別になりたいのなら彼の手を安易に取ってはいけない。
それでは、そこらの有象無象と同じ扱いだ」
黄昏「これで終わりなの?」
水銀「
無論、私もまた同じ。
こんな結末は認めない、やり直したい」
黄昏「だったら……」
水銀「そうだとも、やり直させて貰おう。
尤も、やり直した先はBad Endだがね」
黄昏「え?」
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65:金の決意 【金の恋】
そして、金の恋シリーズ最終話でもあります。
推奨BGM:Walhall(dies irae)
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】Einsatz(dies irae)
「……ごめんなさい、母さん」
「フェイト!?」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは黄金の獣の差し伸べた手を振り払った。
プレシアが驚愕するのを申し訳なさそうにしながらも、真っ直ぐに立ちラインハルトに対峙する。
「貴方は私を愛してくれますか?」
「勿論だとも──私は総てを愛している」
ラインハルト・ハイドリヒの愛は王の愛。
彼は個人を見ない。
フェイトはその言葉に悲しく微笑んだ。
「やっぱりそうなんですね。
薄々感じていました。
私がラインハルトさんに抱いている想いと、貴方が私に抱いている想いは違うと」
ラインハルトに対して真っ直ぐ目を向けていたフェイトは、横に立つ母と姉を見る。
「母さんやアリシアと一緒に過ごすこと、叶えばどんなに幸せかと思います」
「フェイト……」
かつて拒絶したもう1人の娘の言葉に、プレシアは顔を押さえて涙を流す。
フェイトはそんなプレシアに微笑み、そして目を瞑る。
そして、険しい表情で絞り出す様に言葉を発した。
「……管理局が違法研究の黒幕だと言う貴方の言葉も、嘘じゃないと感じました」
黄金の獣は静かにフェイトを見詰めている。
「でも……」
フェイトは目を開きながら、ラインハルトの黄金の瞳を真っ直ぐに見据えて己の決意を叩き付ける。
「それでも! 私は貴方の手を取ることは出来ません!
騙されていたのかも知れない! 間違っていたのかも知れない!
それでも、10年間戦ってきた私の想いは嘘じゃない……嘘じゃないんです!」
目の前の相手に抱いた想いを必死に振り払いながら、訣別を宣言する。
そんなフェイトの姿に、ラインハルトは愛おしそうに眺めていた。
「管理局が違法研究の黒幕だったとしても、私が一緒に過ごしてきた人達はそんな人達とは違う。
なのはやまどかやはやて達、それにリンディ母さんやクロノ、機動六課のみんな。
みんな誰かを助ける為に戦ってきた人達ばかりだ。
その想いを……誰にも否定なんかさせない!」
「ならば、どうする?」
その言葉に、フェイトはその身に纏うバリアジャケットを真ソニックフォームに切り替え、バルディッシュをライオットザンバーに変形させる。
「……戦います、全力で」
双剣となったデバイスを肩に担ぎながら、半身になって構える。
そのフェイトの横に、シューティングモードにしたライジングソウルを構えながら、溜息をつくまどかが並ぶ。
「まどか?」
「やれやれ、段取りが滅茶苦茶よ」
「時間稼ぎはもういいのかね?」
「良くないけど、あんな啖呵を切られて黙って見ているわけにもいかないでしょ」
「成程、確かに。
見事な戦意であった。抱きしめたくなるほどに」
震える手をデバイスを握ることで抑えながらも、まどかは笑って見せる。
「真っ向から戦ったら絶対に勝てない……撹乱する方向で行くわよ」
「分かった……ありがとう、まどか」
黄金の獣は立ち上がらない。
あくまで、座ったままで愉快気に2人の姿を眺めている。
「よかろう、来るがいい」
手招きするラインハルトに対して、2人は駆け出した。
【Side フェイト・テスタロッサ・ハラオウン】
同時に駆け出した私とまどかだが、速度の関係で私の方が先にラインハルトさんに近付いた。
弧を描く様に切り掛かる私に対して、ラインハルトさんはその手を向けてくる。
その手には何も持っていなかったけれど、私は何か嫌な予感を感じて軌道を無理矢理捻じ曲げる。
急な動作に凄まじいGが生じて骨が軋むが、私の勘が正しかったことはラインハルトさんの手から放たれた何かが私の頬を切り裂いたことで証明された。
多分、まどかや優介が言っていた活動位階の攻撃。
目には見えなくても魔力を感じることは出来る、しかし今の攻撃を見る限り見てからじゃ間に合わない。
幸い、手を向ける動作からタイミングと方角は分かるから対処は可能だが、それでも紙一重であることに変わりは無い。
今の一撃にしたって、勘を信じて避けていなければ死んでいた。
まだ、彼は全力どころかその力のほんの一部しか見せていないのに。
まだ、彼は立ち上がることすらしていないのに。
「シュート!」
バランスを崩した私にラインハルトさんがその手を向けようとした時、それを邪魔するようにまどかが射撃魔法を放つ。
ラインハルトさんは私の方に向けようとした手を止め、代わりにまどかの放った射撃魔法に向けてそれを撃ち落とす。
「フォトンランサー!」
私もまどかに合わせて射撃魔法を放つ。
まどかのそれと違って誘導性の無い直射型だが、代わりに数が多い。
カートリッジをロードして、瞬時に出せる最大数を撃ち出す。
誘導性が無い為に数撃てば当たるに近い撃ち方だが、それでも半数の100発近い弾がラインハルトさんに向かう。
しかし、ラインハルトさんはそれすらも自分に当たるものを正確に見抜いて撃ち落とした。
「まだまだ!」
まどかもカートリッジをロードし、再度射撃魔法を放つ。
しかし、撃てる限界数を超えた数を撃ったのか、誘導弾である筈にも関わらず半数がラインハルトさんから外れて床や玉座に突き刺さる。
「撃ち損じかね、興醒めさせてくれる」
「いえ、狙い通りよ」
「なに?」
疑問の声を上げたラインハルトさんだが、何かに気付いたのか唐突に立ち上がる。
その動きがトドメとなったのか、玉座に罅が入ったかと思うと砕け散った。
「漸く立ち上がったわね。
座ったままあしらえる程、私達は甘くないわ。
降りてきなさい」
「ふむ、立ち上がらせられたか」
先程のまどかの射撃魔法は制御を失敗したわけではなく、わざと玉座を狙ったみたいだ。
その前の私が撃った射撃魔法も3分の1くらいは玉座に当たっていた為、耐久力が落ちていたこともあるのだろう。
ラインハルトさんは何処か嬉しそうに微笑むと、玉座のあった段上から私達が居るフロアに降りてくる。
「活動位階では流石に失礼だったな。
形成位階でお相手しよう」
その呟きと共に、ラインハルトさんの手元に黄金の神々しい槍が現れた。
その瞬間、ラインハルトさんの放つ魔力が爆発的に上昇し、世界に衝撃が走った。
この魔力……抵抗力の無い非魔導師ならこの場に居るだけで命が危うい程のものだ。
「まずは軽く挨拶といこうか。
興醒めさせてくれるなよ」
ラインハルトさんが片腕で槍を振り被る。
これまでとは段違いの攻撃が来る。
その威圧と魔力の高まりから、真っ向からはとても受けられない事を直感する。
まどかと目配せで対応策を決める。
「ワイドエリアプロテクション!!!」
デバイスをシューティングモードに変えてカートリッジをフルロードし全力で防御魔法を展開するまどかの横で、私もバルディッシュをデバイスモードに変形させてカートリッジをフルロードする。
ラインハルトさんが振り被った槍を突き出す。
そこに乗せられた魔力が砲撃として私とまどかに真っ直ぐに向かってくる。
私がこれまでに見た中で一番強い砲撃魔法はなのはのスターライト・ブレイカーだが、この攻撃は明らかに範囲・威力ともにそれを遥かに上回る。
まどかが張った防御魔法はラインハルトさんの攻撃で一瞬にして砕け散った。
だけど、一瞬だけでも隙があれば十分だ。
「ソニックムーブ!!!」
私はデバイスを持たない左手でまどかを抱き抱えると、全力で飛行魔法を使いその場から離脱する。
私とまどかが射線から逃れた次の瞬間、先程まで居た場所が砲撃に飲み込まれた。
間一髪のところで命を拾った私とまどかは荒い息を整えながら、ラインハルトさんの追撃に備える。
しかし、追撃は来なかった。
「ふふ、はははは──!!!
かわしたか、私の攻撃を」
ラインハルトさんは心底愉快そうに笑っていた。
「見事だ。一瞬での判断といい、言葉を交わすことなく連携して見せたことといい、素晴らしい反応だ。
ならば、これはどうだ?」
そう言うと、彼は一足飛びにまどかの前に移動すると槍を上段から打ち下ろす。
そこに籠められた力は、明らかに受け止めたらデバイスを粉々に打ち砕くと見て取れる程だった。
まどかは反射的にデバイスをダブルソードモードに変形させ、受け止めるでなく2刀で横に逸らす様に聖槍を受ける。
それは功を奏して聖槍はまどかの身体を貫くことなく床に突き立った。
しかし、代償は重くまどかは両手首を砕かれた。
直撃したわけでもなく槍を逸らすために触れただけなのに、だ。
手首が折れているのにデバイスを手放さなかったことは奇跡的だが、砕かれた両手はまどかの次の行動を失わせた。
眼前で動きが取れずに固まっているまどかに対して、ラインハルトさんは槍を持っていない左手でその腹部を強打する。
「───────っ!!!」
「まどか!!?」
あまりの衝撃に悲鳴を上げることすら出来ずに、まどかは10メートル以上も吹き飛ばされて床に転がる。
まどかを助けようと彼女が倒れた方に飛び出そうとした私だが、それより早くラインハルトさんが目の前に移動していた。
「くっ!?」
私は咄嗟にバルディッシュをデバイスモードのまま突き出すが、反射的でしかない攻撃は何の効果も齎さずあっさりと弾かれてしまう。
ラインハルトさんは私の下顎を万力で締め上げる様な力で掴むと、片手で軽々と持ち上げた。
顎骨が砕かれる様な激痛と全体重が首に掛かる苦しさに、私は抵抗すら出来ずに苦悶の声を上げた。
「そう言えば、私を振る女は久し振りだな。
逃がした魚は大きいと言うが、ならば無理矢理奪うのも一興か」
そう言うと、ラインハルトさんは私の脇腹に右手に持った槍を突き付ける。
「この聖槍によって聖痕を刻まれた者は私の戦奴となる。
とは言え、直接この槍をその身に受けて耐えられる者は我がエインフェリア達の中にも居ない。
卿はどうかな、耐えられるか?」
まだ直接触れても居ないのに、身体のすぐ傍に置かれた聖槍から凄まじい神気が立ち昇るのを肌で感じる。
こんな物で刺されたら、きっと死ぬよりも激しい激痛と衝撃に心が砕け散ってしまう。
だと言うのに、私は自分が笑っているのを感じていた。
「何がおかしいのかね?」
「おかしいんじゃ……ありません……嬉しいんです。
こんな……形ですけ……ど…………初めて貴方……から……私を求めて……くれましたから」
「……………………そうか」
私は彼の事が好きだったけれど、彼にとって私が特別ではないことは肌を合わせながらも感じていた。
でも今、彼の手を振り払った私の事を彼は惜しいと思ってくれている。
それが何よりも嬉しく、そしてそんな風に感じる自分を滑稽に思う。
……あれ? それなら、『おかしい』で良かったのかな。
「貴方は……不器用な人ですね。そして……哀しい人。
誰よりも人を愛しているのに……愛し方を間違えてる」
「私の愛を否定するか」
「ええ、貴方の愛は……間違っています」
「そうか、聖槍の洗礼を受けても同じことを言えるかな」
ごめん、みんな……。
左脇腹に添えられた槍に力が籠められるのを感じながら、私は心の内でみんなに謝った。
それでも決して目は閉じず、目の前のラインハルトさんの目を真っ直ぐ見詰めていた。
綺麗な黄金色の瞳、ちょっと嫉妬してしまいそうなくらい整った顔立ち、眩いばかりの金色の髪。
背の高い鍛え上げられた身体、鷹揚としているけれど色々と気遣ってくれるところ。
敵だったことが分かっても、酷いことをされても、力も価値観も色々と外れているところを見せ付けられても、それでも私は彼のことを愛している。
自分でも莫迦だと思うけれど、10年間戦ってきた信念を嘘に出来ない様に、10年間抱いてきたこの想いも捨てられない。
「さよなら、ラインハルトさん。
貴方のことを……愛しています」
彼の眼が揺れたのは、私の下顎を掴む左手と聖槍を突き刺さんとしている右手がほんの僅かにぶれたのは、私の期待から来る気のせいだろうか。
それを気にする間もなく、私の視界の端を紫色の光が掠めた。
その光は私の左脇腹を突き刺して私を壊す筈だった聖槍に当たり、ほんの少しだけその切っ先を逸らす。
逸れた切っ先はバリアジャケットの腹部を掠めて切り裂くと、私の下顎を掴んでいたラインハルトさんの左腕の下を抜ける。
黄金色に輝く穂先に鮮血が伝う。
私の血じゃない、ラインハルトさんの左腕を僅かに掠めたところから流れ出た血だ。
傷に気を取られたのか、私の下顎を掴むラインハルトさんの左腕から力が抜けた。
私は咄嗟に彼の手首を掴んで、無理矢理に引き剥がした。
当然宙に持ち上げられていた私はその場で尻餅を突く羽目になったけれど、ラインハルトさんはこちらには目を向けなかった。
不思議そうに左腕の傷をしばらく眺めた後、先程の紫の光が飛んできた方向に視線を向ける。
私も彼の視線を追うようにそちらに目を向けると、そこには紫の髪をした女性がデバイスを構えて立っていた。
「下がりなさい、フェイト!」
「母……さん?」
呆然とする私を余所に、母さんは射撃魔法をラインハルトさんへと放つ。
先程は意識の外だったために直撃を受けた様だけど、面と向かっての攻撃が通じる筈もなく、あっさりと槍の一振りで消滅してしまう。
「驚いたな。
卿は私のレギオンに加わることを受け入れていたと思ったのだが」
「ええ、そのつもりだったわ。
でも、娘を傷付けられて黙って見ているわけにはいかないでしょう?」
攻撃を受けたことも不遜な口調も気にせずに、ラインハルトさんは意外そうに母さんに問い掛ける。
「捨てた娘であってもかね?」
「……ええ、その通りよ。
私はかつてフェイトを捨てたわ。
ホント、莫迦なことをしたと思ってる。
だからこそ、二度と同じ間違いはしないわ!」
「母さん……」
嬉しくて涙が溢れて止まらない。
あの時は手を取って貰えなかったけれど、気持ちは届いていたんだ。
「行くよ……バルディッシュ」
≪Yes,Sir.≫
私はバルディッシュをザンバーモードに戻すと母さんの射撃魔法を捌いているラインハルトさんに全力で切り掛かる。
狙いは一ヶ所。
しかし、直前で私の動きに気付いたのか、ラインハルトさんは母さんの撃つフォトンランサーを無視して私の方に槍を振るってきた。
まずい、この軌道じゃかわせない……っ!
しかし、聖槍が私の五体を引き裂く直前に、ラインハルトさんの顔面に桃色の魔力光が直撃する。
ダメージは無いが視界を遮られたことで反射的に身を庇う様に動いたため、聖槍は私の身体に触れることなく振り切られた。
視界の端で、今の誘導弾を撃ったまどかが笑っていた。
両手を砕かれてデバイスを持つことすら出来ない彼女は、シューティングモードのライジングソウルを口で咥えて射撃魔法を撃ったのだ。
「
してやったり、と言わんばかりの顔で笑う彼女を背に、私はバルディッシュの魔力刃をラインハルトさんに向かって振るった。
彼の左腕、先程の自傷で出来た傷を正確になぞる私の斬撃は、彼の左腕の傷を広げ鮮血が舞った。
「ぬ……」
泰然としていたラインハルトさんの表情が初めて僅かに歪む。
まどか達の話では彼の身には喰らった魂の数に比例する霊的装甲が纏われており、通常の攻撃は通用しない。
彼にダメージを与える為には、彼の霊的装甲を上回る攻撃をするか、黒騎士の幕引きの一撃か、あるいは自傷しかない。
しかし、既に出来ている自傷による傷口を狙えば斬れなくてもダメージを与えることが出来る。
愛した人を傷付けることも私の心を抉るが、今は考える余裕も無い。
「フフ、ハハハ、ハハハハハハ────っ!!
実に見事だ。
流出位階に到達して以降、私に痛みを与えた者は同じく流出位階に到達した者達しかおらん。
人の身でありながら良くぞここまでと素直に称賛しよう。
そして、卿らは何としても私のレギオンに加えたくなった」
私は飛び下がってまどかの横に並び、バルディッシュをラインハルトさんに向ける。
隣に立つまどかはバリアジャケットの裾を口で引き裂いてライジングソウルを右腕に括り付けると同じ様にラインハルトさんに向けた。
「お断りです」
「お断りよ」
(後書き)
感想欄で色々とご意見・ご指摘を頂いているので、説明を補記します。
本当は全て作中で表現出来ればいいのですが……。
①獣殿とまどか・フェイトが戦えているのは何故か。
⇒これについては総じて言えば獣殿の手加減が一番の要因です。
最初は活動、途中からも形成位階ですし、三騎士の魂を励起しての特性上乗せもしていません。(そもそも、三騎士が外に居る状態で可能なのかも不明ですが)それでも終始獣殿が圧倒しており、奇跡的に(自傷とは言え)傷を負わせたに過ぎません。
②フェイトが獣殿に傷を付けられたのは何故か。
⇒前提として、フェイトやまどかではどう足掻いても獣殿の身体を傷付けるのは不可能です。
傷が付いたのはあくまで獣殿の自傷によるものです。
その後のフェイトの攻撃も既に付いている傷口をなぞることで多少余計に出血させただけであり、皮膚も肉も斬り広げたわけではありません。
③まどかが玉座を壊せたのは何故か。
⇒「『城』は獣殿が全力を出すための"場"なのだから壊せるのはおかしい」という意見がありますが、私はそう考えてはいません。獣殿が全力を出して壊れないものが存在するとは思い難いので、「全力が出せる"場"」と言うのは「壊せない」のではなく「壊れても直る」ということであると思います。それは『城』もエインフェリアも同じで、「壊してしまっても大丈夫」だからこそ「獣殿が全力を出せる」と解釈しています。実際、原作でも内装は壊れてます。
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66:焦熱世界・激痛の剣
【Side 高町なのは】
優介君と共に転移魔法のスフィアに踏み出し、気が付いたらそこは広いホールの中だった。
ホールの中央には、私達をこの場所へと連れてきた人が険しい顔で立っている。
紅い髪を後ろで結び、顔に火傷を追っている軍服の女性。
赤騎士エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ。
10年前の闇の書事件の時に私達の前に姿を現し、当時エース・オブ・エースと呼ばれたフレイトライナー執務官を惨殺した人。
根っからの軍人思想で一切の甘さを許さない苛烈な性格と、優介君達は言っていた。
実際、こうして無言で向き合うだけでも威圧感を感じる。
「劣等の小僧共が2人か、私も舐められたものだ」
虫けらを見る様な視線で、赤騎士は私達に向かって吐き捨てた。
ムカッとした私は反射的に言葉を叫ぶ。
「劣等!? どうしてそんなこと言うんですか?」
「どうして、だと?
我等が優秀な民族で貴様らが劣等種であることは明白な事実だ。
そこに理由など無い」
「私達は劣等種なんかじゃない!
差別は止めて下さい」
「差別などではない、区別だ。
何故怒る? 貴様らが非魔導師を見下しているのと変わらんだろうに」
その言葉に、私は一瞬言葉に詰まった。
「……私達はそんなことしてません!」
「言葉に窮したところを見ると、自覚はあるのだろう。
それとも、非魔導師を冷遇するのではなく、魔導師を優遇しているだけとでも言うつもりか?
優遇される者が居れば相対的に冷遇される者が出るのは当然だ」
「そ、それは……」
確かに、管理局では魔導師ランクが高ければ高い程評価される。
そういう事実は確かに存在している。
「魔導師が優遇されているのでなければ、士官学校を卒業したわけでもない小娘が尉官などあり得ん」
「わ、私はちゃんと陸士訓練校を卒業して……」
「どうせ即席コースで卒業という名目を付けただけだろうが。
貴様に軍事の何たるかなど理解出来ている様には見えん。
まぁ、それは貴様に限らず管理局員全てに言えることだがな」
確かに、私やフェイトちゃんが訓練校に通ったのは3ヶ月だけ。
高ランク魔導師は早く現場に出る様にって言われて、最短での卒業が始めから決まってた。
軍事の何たるかなんて学んでは居ない。
答えに窮している私を見て、優介君がフォローを入れてくれた。
「俺達はそもそも軍人じゃない。
アンタの言ってることは的外れだ」
「ハッ、軍人でもない癖に侵略には加わって敵を倒すか。
貴様ら、戦争を遊びと勘違いしている様だな」
「俺達は侵略なんてしていない!」
「そうです!
私達は次元世界の平和を守る為に……!」
私達は断固として主張するが、赤騎士は鼻で嗤ってそれを却下した。
「事実として、ハイドリヒ卿が治める我が国に対して愚かにも2度に渡って侵攻してきている。
まぁ、皆殺しにしてやったがな」
皆殺し……?
そんな……そんなこと……。
「どうして! どうしてそんな酷い事が出来るんですか!?」
「酷いだと? 戦争で殺すことの何が酷いと言うのだ。
それともまさか貴様ら、自分達が殺すのは良くても殺されるのは嫌だとでも言うつもりか?」
「私達は誰も殺したりなんかしない!」
「管理局は非殺傷設定を厳守している。
例え相手が犯罪者だろうと、殺さないためだ」
「非殺傷設定か、なるほど。
それでそれは──アルカンシェルとか言う兵器にも付いているのか?」
「……え?」
唐突な質問に意味が分からずに戸惑う。
赤騎士はそれに対して嘲笑いながら言葉を続けた。
「アルカンシェル、お前達管理局御自慢の兵器だよ。
百数十キロに渡って反応消滅させる威力だそうだな。
なかなかどうして大したものだよ。
下手な小国なら一撃で消滅させることが出来るだろう。
空間歪曲をどうやって非殺傷にするのか皆目見当が付かんが、誰も殺さないのなら当然あの兵器も非殺傷なのだろう?」
「そ、それは……」
非殺傷設定は魔法の術式に組み込んで物理的な破壊力を魔力ダメージに変換するものだ。
そもそも魔力を使用していても魔法ではないアルカンシェル等の兵器には当然ながら付けられない。
「だんまりか。
いや、しかし貴様ら管理局の評価を改めるべきか。
虫も殺せん臆病者だと思っていたが、数億単位で殺しながら気にも留めないのだからな」
嘲笑うように告げられた皮肉に私は違うと言えなかった。
アルカンシェルが過去どの様に使われてきたのか、私は知らない。
少なくとも、10年前の闇の書事件以外で全く使われていないとは思えない。
「さて、無駄話はそろそろ終わりにするとしよう」
黙り込んだ私達を見て、赤騎士は話を打ち切った。
胸ポケットから紙煙草を取り出すと火を付けて名乗りを上げた。
「聖槍十三騎士団黒円卓第九位 大隊長 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。
我が君より命を受けて推参。
私の炎で格の違いと言うのを教えてやる。
その薄汚い思想諸共蒸発して失せるがいい」
赤騎士の威圧感が膨れ上がる。
私と優介君はその威圧感に対抗するようデバイスを構えた。
アルカンシェルに対する指摘は気になったけれど、今はそれどころじゃない。
「時空管理局機動六課高町なのは──」
「同じく松田優介──」
「管理局法違反で貴女を逮捕します!」「管理局法違反で貴女を逮捕する!」
フンっと鼻で嗤った赤騎士の背後に魔法陣が浮かび上がる。
あれは、フレイトライナー執務官を殺した時に使った砲撃か。
「いいのか、それをここで使っても?」
「何?」
魔法陣が蠢きその内から何かが出てこようとする直前に、優介君が機先を制す様に指摘する。
「その砲撃、形成のドーラ列車砲、そして敵を飲み込むまで無限に広がり続ける爆心。
どれを使っても、この『城』の被害は甚大だろう。
ラインハルトに忠誠を誓うアンタにとって、それは拙いんじゃないか?」
そう、彼女の力はどれを取っても広範囲高火力。
基本的に屋内での使用に向いた能力ではないと言う話だ。
特にこの『城』は彼女が忠誠を誓う主の居城、崩壊させるわけにもいかない以上、彼女は能力の殆どを制限される筈。
「……そう言えば、貴様は我々の力を知っているのだったな。
だが、その知識はどこまでのものだ?
例えば……そう、こんなのはどうだ」
魔法陣からは砲撃ではなく、数百挺の銃口が突き出された。
「なっ!?」
「危ない!!」
私は咄嗟に優介君の前に出て、プロテクションを張る。
次の瞬間、空間から突き出された数百挺の銃口から銃弾がばら撒かれる。
万を超える弾丸の雨が私と優介君に降り注いだ。
「ぐ……うぅ……」
凄まじい量の攻撃に障壁が軋むが、魔力を振り絞って何とか維持する。
攻撃が止んだ時には、私と優介君が居る場所のみを円状に残して、周囲は弾痕だらけとなっていた。
「すまない、なのは。
助かった」
「ううん、間に合ってよかった。
それにしても今のは一体……」
赤騎士の攻撃は砲撃だけと聞いていたけれど、今のは何だったのか。
彼らの使う聖遺物は1人1つが原則として聞いている。
彼女の聖遺物はドーラ列車砲であって機関銃ではない筈だし、仮に機関銃であったとしてもあんなに沢山は出せない筈だ。
「一息着くにはまだ早いぞ。
そら、次だ」
魔法陣から今度は綿棒を大きくしたような棒状の物体が10本程突き出された。
あれは……なんだろう?
分からないけれど、彼女の言葉からすると攻撃の筈……。
「拙い! I am the bone of my sword……
私は何だか分からなかったけれど、優介君は見て分かったらしく慌てて防壁を作り出した。
「Feuer!」
赤騎士の号令と共に筒の先に付いた直径15cm程の物体が火花と共に飛び出して私達の方へと向かってくる。
10個の物体はそのまま優介君の張った防壁へと衝突し、轟音を上げて爆発する。
「きゃあああぁぁぁぁーーーー!?」
私は突然の爆発に驚いて悲鳴を上げてしまう。
しかし、爆発は防壁に遮られて光と音以外は衝撃も破片も私の方には飛んで来なかった。
「機関銃に続いてロケット砲だって?
一体どうなってるんだ、聖遺物は1人1つが原則な筈だ!」
「既に知っている様だが、私の聖遺物は80cm列車砲だ。
全長47.3mの巨大兵器であり、その運用には支援要員も含めれば5000人以上を要した。
つまるところ、それらの師団規模の兵装も含めて私の聖遺物の一部なのだよ」
「そんな……」
つまり、列車砲を動かしていた兵隊の持っていた武器も使えるということ?
それは5000人以上の兵隊と戦うのと同じってことじゃ……。
「矢張り貴様の知識は中途半端な様だな。
確かに、『城』を必要以上に損傷させるのは私の望むところではないが、
その程度で私を封殺したなどと思い上がりも甚だしい」
「く……」
「砲撃を封じれば勝てると思ったか?
だとしたら、甘いにも程がある。
そもそも、私の本領は大火力戦ではなく軍勢の統率だ」
その言葉と共に、先程の10倍以上の銃口とロケット砲が魔法陣から姿を見せる。
その光景に、私も優介君も真っ青になって硬直する。
「先程とは数が違う。
障壁などで防げると思わん方が良いぞ」
「なのは、迎撃するぞ!
「分かった!
アクセル・シューター!」
防ぎ切れないと悟った私と優介君は可能な限り撃ち落とすべく手数重視の攻撃で迎撃を図った。
優介君の周囲に無数の剣が虚空から出現する。
私もカートリッジをロードして撃てる限界の数のスフィアを形成する。
「Feuer!」
「───
「シュートッ!!!」
1対2の射撃戦は同時に火蓋が切られた。
こちらは2人だが、弾の数では圧倒的に負けている。
しかし、優介君の追撃で数における不利は覆す事が出来た。
「
その詠唱と共に、優介君の撃ち出した剣が一斉に凄まじい爆発を起こしたのだ。
撃ち出された機関銃の銃弾の大半がその爆風で吹き飛び、銃口もかなりの数が破壊された。
私はロケット砲の方を優先してシューターを制御して当てていく。
制御できる限界ぎりぎりの数だが、ここで迎撃に失敗したら私も優介君も死んでしまうから失敗は許されない。
轟音が止んで辺りに静寂が戻る。
対峙していた私達は最初の位置から何も変わらずに立っていた。
迎撃に成功したのだ。
しかし、かなりの魔力を使ったし精神的にもきつかった。
肩で息をしている私や優介君と異なり、赤騎士の方は疲労も無く悠然と立っていた。
「ほう、中々やるではないか。
感心したぞ」
赤騎士が称賛の声を上げるが、その上から目線な褒め言葉に喜べるわけもない。
「同じ攻撃を何度か繰り返すか数を増やしてやれば押し切れそうだが、時間が掛かるな」
その言葉に私と優介君はギクッとした。
彼女の台詞は前半は正しいが後半は間違っている。
先程の攻撃は防げたもののかなりギリギリで、同じことをもう一回やれと言われたら出来ないと思う。
「そう言えば、先程言っていたな。
『敵を飲み込むまで無限に広がり続ける爆心』と」
まさか、『城』の被害を無視して使うつもりだろうか。
「貴様らは知らん様だが、あんなものは戦争用の枷に過ぎん。
私の真の創造は別に存在する」
……え?
私は慌てて優介君の顔を見るが、彼は冷や汗を流しながら首を振って見せた。
彼も知らない赤騎士の真の能力?
「枷を外してやろう。
本来なら貴様らの様な半人前に見せる様なものではないが、2人合わせて一人前と見做してやる。
光栄に思うがいい、これを知るのは極僅かだ」
その瞬間、世界が煉獄へと変わった。
全身に感じる熱気と前方に見える焔、周囲は黒い壁に覆われている。
酸素が薄く、呼吸が酷く苦しい。
「これは……!?」
優介君は何か心当たりがあるみたいだけど、どうやらそれを確認している余裕はないみたい。
前方に見えていた焔が近付いてきている。
このままいけば遠からず私達はあの焔に焼かれることになる。
周囲を囲う円状の……いや、筒状の壁。
遠くから進んでくる焔。
ここはまさか……
「──砲身の中?」
「そうだ、絶対に逃げられぬとはこういうことだ。逃げ場など最初から何処にも存在しないモノをいう。
勝負ありだ。最早どうにもならん」
ここが砲身の中なら、と思って背後を見るが望んだものは存在しなかった。
砲口から出られるかと思ったけど、そこまで甘くは無いみたいだ。
彼女は砲身の奥側に立っていて、焔は彼女の背の方から進んできている。
このままいけば私達よりも早く焔に包まれるが、自爆技……と言うわけではないのだろう。
ここは彼女の創った世界、彼女は焼かれても死ぬことはないのだろう。
しかし、私達は助からない。
あの焔の熱量は焼かれて焼死どころではなく、蒸発するレベルのものだ。
どうすれば……どうすればいいの?
「なのは! 俺が時間を稼ぐから、最大の攻撃で彼女を倒してくれ」
「優介君!? 時間を稼ぐって……どうやって!」
私の質問には答えず、彼は私を庇う様に前に立つ。
彼の得意とする障壁も、あの焔の前では無力だろう。
一体どうやって……と考える思考を打ち切って、私はカートリッジをフルロードする。
「レイジングハート! ブラスター3!!」
どうするつもりなのかは分からないけれど、彼が時間を稼ぐと言ったのだから私はそれを信じる。
自分に出来る最大の攻撃のため、ブラスターモードを最大展開し周囲の魔力の収束を開始する。
幸い、周囲には飽和する程の莫大な魔力素がばら撒かれている、収束砲撃を撃つ為には最高の状態だ。
目の前の赤騎士の力も、この居城の主である彼らの首領の魔力も、ここに散らばっている。
かつての闇の書事件において、暴走するリインフォースと戦った時にも見た優介君の切り札。
詠唱の完了と共に彼の足元から炎が走り、世界が塗り替わる。
私が立っていた場所は一瞬の内に砲身の中から剣が墓標の様に立ち並ぶ荒野へと変わった。
優介君の立つ場所から向こうは先程まで居た砲身が見えており、赤騎士が半ば焔に飲まれた状態で驚愕を露わにしている。
「馬鹿な!?
覇道型の創造……私の世界を塗り潰しただと!」
勝負を覆した優介君だけど、その表情は険しい。
見ると、彼の足元から伸びた炎が少しずつ押し返され、押し退けられた場所が砲身の中へと戻っていく。
「成程、世界同士の潰し合いか。
良かろう、押し潰してくれる」
「ぐ……うぅ……」
既に焔に包まれて見えなくなった赤騎士の言葉と共に、優介君の世界に対する侵略が加速した。
侵略してくるのは既に砲身ではなく焔となっている。
まずい、このままだと焔に飲み込まれるのは時間の問題だ。
優介君も赤騎士も既に他の攻撃手段を持たず、ただ世界の潰し合いを続けている。
状況を変えられるのは、私だけだ。
「早く! 早く集まって!!」
一刻も早く収束を完了させ、赤騎士を倒さなければならない。
焦りが膨れ上がるが、魔力の収束は終わらない。
「ぐああああぁぁぁ───っ!」
「優介君!?」
焔が優介君を飲み込み始めた。
苦悶の悲鳴を上げる彼に駆け寄りたいけれど、それをしてしまったら2人とも焼かれて死ぬ。
今は自分の役目を全力で果たすしか出来ない。
唇を噛んで自制し、魔力の収束を続ける──終わった!!
しかし、その瞬間優介君は完全に焔に飲み込まれ、彼の世界は砕け散った。
焔の広がりが加速し、後ろに居た私をあっと言う間に飲み込もうとする。
後2秒……後2秒早ければ撃てるのに、焔はその前に私を焼き尽くす。
ダメだ……間に合わない。
「──っな!? ハイドリヒ卿!?」
私が諦めかけた瞬間、赤騎士の驚愕の叫びと共に焔が一瞬止まった。
何が起こったのか分からないけれど……これは最後のチャンスだ。
「スターライト───」
「ハッ!? し、しまっ──」
レイジングハートを赤騎士の居るであろう場所へ向ける私に赤騎士は気付いたのか焔の侵攻が再開される……が遅い!
「ブレーカーーーーーーーっ!!!!」
過去最大級の威力を持った全力全開の砲撃が焔を貫いて真っ直ぐに飛んでいく。
「─────────っ!!!!!」
轟音で聞こえなかったが、赤騎士の声が聞こえた様な気がした。
次の瞬間、焔も周囲にあった筈の砲身も砕け散り周囲は最初に居たホールに戻った。
焔に包まれた状態からいきなり戻った事で視界が完全に回復しないが、何度か瞬きをしているうちに元に戻る。
「優介君!!!」
すぐ傍に倒れている彼の姿に慌てて駆け寄るが、彼は既に虫の息だった。
「こんな……ひどい!」
全身に大火傷を負って、呼吸は既に止まり掛けている。
助からない……そう、一目で分かってしまった。
それでも諦められず、得意ではない治癒魔法を必死で掛ける。
「なの……は……」
「優介君!? しっかり、しっかりして!」
「無事……か?」
こんな状態でも自分の事よりも私の事を心配してくれる彼に、涙が溢れる。
「無事だよ、優介君のおかげで!
それよりも、優介君の方が……」
「……俺はも……う助から……ないことは……分かっ……てる」
「そんな、そんなこと言わないでよ!」
「……焔に焼か……れる最……後か皮肉……だな」
優介君はそう呟くと、何故か満足そうな顔のまま目を閉じた。
「優介……君……」
私は彼の頭を膝に乗せてただ涙を流した。
「フン、死んだか」
「な……まだ!?」
正面から聞こえてきた声に慌てて顔を向けると、そこにはボロボロになった赤騎士が立っていた。
慌てて私は優介君の頭を膝に乗せたまま、レイジングハートを構える。
「案ずるな、こちらの敗北だ。
最早戦う力は残っておらん、一度『城』に融けて出直す方が早い」
苦笑しながら煙草を取り出して火を付ける赤騎士。
彼女は足元から光となって融けていく。
「気を取られ不覚を取ったが……『城』を見る限りはどうやらハイドリヒ卿は御無事の様だ。
ハイドリヒ卿……御身の勝利を……ジーク……ハイル……」
その言葉と共に赤騎士は消え、後には煙草の残り香だけが残っていた。
(後書き)
松田優介、退場。
冬木の大火災で誰も助けられずに炎の中1人生き残り罪悪感を抱えた彼の死に様は「誰かを護りながら炎に焼かれて死ぬ」こと。
この結果は12話の時点で決めていました。
それにしても、エレ姐さんの台詞は何故か自然と思い浮かんで書き易い……。
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67:死世界・凶獣変生
【Side 八神はやて】
あ~、やばいわ。
っつうか、優介君、話が違うで。
死んだら化けて出るからな。
彼方此方撥ね飛ばされて激痛を感じながらもどこか遠い世界を見ているような感覚で私は呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最初にココに転移してきた時には、私にはいつの間にか死んで天国に来てしもうたのかと思った。
何せ目に入ったのが一面の花畑。
魔王の居城にはどうにも似つかわしくない場所やった。
その上、ここに連れてきたのは優介君やまどかちゃんが言うには、あいつ等の中でも一番最悪な殺人狂って話やし。
見た目的には、女の子みたいな美少年やけどな……勿体無い。
「ようこそ、アルフヘイムへ。
歓迎するよ」
白い髪に端正な顔立ち、華奢な身体はとてもそんな殺人狂とは思えない。
無垢で無邪気な微笑みを浮かべながら、彼は私達に話し掛けてきた。
「アルフヘイム?」
確か北欧神話の……妖精の国やったか?
確かにこの花畑とかそれっぽいけど。
「うん、ヴェヴェルスブルグ城の僕の領域だよ。
どうだい、綺麗なところだろう?」
そう言いながら彼は踊る様なステップでその場で舞った。
彼の手の振りで一面に咲いていた花が空へと舞い、花弁の雨を降らせる。
ちょっと花が可哀相とも思ったけど、その様は幻想的で軍服を着ていなければ花と戯れる妖精の様にも見えた。
「───────っ!!」
「リイン? どしたんや?」
ふと、隣に立つリインが険しい貌をしているのに気付いて、問い掛ける。
「お忘れですか……主はやて。
この『城』が
『城』が何で出来ているか?
確か、さっきあの金ぴかイケメンがこの『城』は数多の死者の魂で……っ!?
「それって……」
「まさか……」
猛烈に嫌な予感を感じ、私もザフィーラも信じたくないと言う声を上げるが、リインは首を振って答えを示す。
「おそらく、この花一本一本が死者の魂で出来ています」
一瞬、綺麗なお花畑が十字架の並び立つ墓地に幻視えた。
こちらの事など気にせずに踊っている少年は、妖精なんかやなくて人を喰らう餓えた狼や。
ひとしきり舞い、死者の魂を散らし踏み躙り満足したのか、白騎士は踊るのを止めてこちらに向き直った。
「さぁ、始めよっか? 戦争だぁ!!!」
無邪気な笑みのままで殺意を露わにする白騎士。
「ハッ、そう簡単に殺れる思うたら大間違いやで!」
「夜天の守護者の名に掛けて──」
「主を殺させなどしない!」
その殺気に身震いしそうになるのを必死に抑えて、戦意を高揚させる。
こう言う相手には飲まれたらお仕舞いや。
虚勢でも士気を保たんと、あっと言う間に殺されてまう。
「いいねえ……愉しくなってきた。
名前が知りたい、ねえ教えてよ。いいでしょう?」
まるで駄々っ子みたいに強請る少年に苦笑しながら、シュベルトクロイツを掲げて名乗りを上げる。
「ええやろ、耳ん穴かっぽじって良く聞き。
時空管理局古代遺物管理部機動六課部隊長、八神はやてや」
「同じく、リインフォース」
「盾の守護獣ザフィーラ」
「こっちが名乗ったんや、そっちも名乗ったらどうや?」
その言葉に、白騎士の雰囲気が切り替わる。
「聖槍十三騎士団黒円卓第十二位、大隊長ウォルフガング・シュライバー=フローズヴィトニル」
世界が一変する。
咲き誇っていた花は彼の足元から一斉に枯れていき朽ちていく。
魂を吸っているのだと理解した時には、私達が立っていた場所は花畑ではなく荒野になっていた。
「総てにおいて、誰より早く、何よりもハイドリヒ卿に忠誠を誓った、あの人の
一番最初の、獣の牙だァ!!!」
戦闘が……始まった。
「久し振りのお客さんだ、特別に最初から御馳走してあげるよ。
その言葉と共に、機械で出来た猛獣が私達の前に現れた。
シルエットは私も良く知るバイクの姿だが、その大きさと何よりも放っている気配が掛け離れていた。
交通手段としてではなく、人を殺す為の兵器としての軍用バイク。
白騎士はバイクに跨ると音を置き去りにして駆け出した。
「泣き叫べ劣等、今夜……ここに神はいない」
その言葉が私の耳に届いた時には、既に凄まじい衝撃で撥ね飛ばされた後だった。
直撃したわけではなく、私とリイン、ザフィーラの間を駆け抜けただけ、それだけなのにその凄まじいスピードから放たれる衝撃は私達を軽々と吹き飛ばした。
騎士甲冑を纏って居なかったら、今の一撃だけで粉微塵やった。
追撃を受けない様に慌てて立ち上がった私の目に映ったのは荒野だけ。
白騎士の姿は何処にも見えない……と思った瞬間、私の前方を左から右へと何かの影が動く。
慌てて右方へと振り向くがそこには誰も居ない。
焦燥感が募る私に後方から轟音と共に銃弾が浴びせられる。
「あぐ……っ!?」
騎士甲冑を纏っていてもその防御力を超えて右肩と左腿に銃弾が喰い込んだ。
激痛に顔を歪めながら、銃弾が飛んできた後方に振り返りながら射撃魔法を放つ。
しかし、既にそこには誰も居らず、射撃魔法は虚しく飛散する。
速いと聞いてはいたけど、まさか
しかも、多分まだ聞いていた能力は使ってない、単純に素の速さや。
まだ全力を出してすらいないってのにこれなんか。
「でも……能力を使っていないなら当たらないわけやない。
ザフィーラ!!」
「ハッ……縛れ、鋼の軛!」
ザフィーラの声と共に白い杭が地面から幾つも生える。
突き刺して相手を拘束する攻性バインドは、しかし白騎士を捉えること無く地面に乱立する。
これで当たってれば儲け物やったけど、かわされることは計算の内や。
「リイン!」
「ハ、我が主。
穿て、ブラッディ・ダガー!」
「合わせるで、フレースヴェルグ!」
ザフィーラの創りだした杭の林の合間を縫う様に、私とリインの白と赤の射撃魔法が交差する。
鋼の軛は白騎士の軌道を制限するためのもの、幾ら速くてもコースが決まって居れば攻撃を当てることは可能な筈。
「イィィィヤッハアアァァァァーーーー!!!」
逃げ場が無い所に無数の射撃魔法を叩き込んだ。
かわせる筈が無い……と確信した瞬間、シュライバーは愉しげな声を上げバイクの前輪を持ち上げて自分を取り囲む杭に向かった。
「バイクで杭を昇った!?」
乱立する杭の一本……ほぼ垂直に突き立っている筈のそれにシュライバーはバイクの前輪を押し付けると、一気に加速してバイクごと宙を舞った。
杭の林を抜けた場所に着地した白騎士に対して、射撃魔法は掠りもせずに杭に当たり消えた。
「残~念、もう少しで当たる所だったよ」
余裕で切り抜けながら、この台詞。
頭に来るわ~、次は絶対に当てたる。
そんな風に思ったのを悟ったのか、白髪少年はニィッと嗤うと口を開く。
「次は当ててやる、とか思ってる?
怪訝に思う私達を前に、シュライバーはバイクで加速しながら詠唱を始めた。
「
その声は天使の様でありながら、どうしようもなく背徳的な歌を唄いあげる。
「
何とか詠唱を止めようと射撃魔法をばら撒く私らを嘲笑う様に、詠唱が終わる。
見た目は何も変わっていない。
だと言うのに、明らかに雰囲気が切り替わった。
その圧迫感にじっとして居られず、再びフレースヴェルグを放つ。
当然ながらそんな攻撃に当たる白騎士ではなく、私の魔法は呆気なくかわされた。
続いて放たれたリインのブラッディダガーも同じ様に避けられる。
しかし、先程までとは明確に違う。
今、あいつは私の撃った射撃魔法を
魔法の軌道から横に避けるのではなく、魔法よりも早く動いた。
奇妙な感覚やった、まるで私の攻撃がスローモーションになったかのようにすら感じたが、実際はその逆や。
これが……まどかちゃん達が言ってた彼の能力……「相手より確実に少しだけ早く行動できる」
反則的や、点や線の攻撃ではどんだけ速くても数が多くてもあいつに当てられへん。
速いのではなく早い……こちらが速ければ速い程、相手のスピードが上がってまう。
でも、対策はバッチリや。
どんな能力でも予めバレとったら無敵やない。
予め能力を知ることが出来たのは僥倖や、何も情報が無かったら手も足も出ずに嬲り殺しにあってたやろ。
「リイン!ザフィーラ!」
「心得てます!」
「お任せを!」
私は少し離れていた場所に居たリイン達のところに駆け寄り、声を掛ける。
そのままリインと私は詠唱に入り、ザフィーラはそんな私達を守る様に前に立つ。
ザフィーラが展開した三角の魔法陣に白騎士が何度も衝突するが、威力は完璧に殺されて私達までは届かない。
盾の守護獣の名に恥じない護りに守られながら私とリインの詠唱が終わる。
「封時結界」
「闇に染まれ、デアボリック・エミッション」
私が自分達を含めて結界で囲み、その中でリインが閉鎖された空間内全体に広域殲滅魔法を放つ。
勿論、私達自身はザフィーラの護りによってダメージはない。
どんだけ速く動けても、逃げ場が無ければ避けられない。
射撃や砲撃と言った点や線の攻撃やない、空間全てを対象とした攻撃こそがあいつに通じる唯一の方法や。
白騎士は悲鳴も掻き消されて闇に飲みこまれた。
「どうや!?」
「やりましたね」
闇が姿を消した時、そこにはボロボロになった白騎士が立っていた。
乗っていたバイクは消え、髑髏の眼帯も何処かに飛んだのか何も無い眼窩を晒している。
倒せはしなかったみたいやけど、ダメージはバッチリ与えられた。
これならいけ──
「嗚呼アァァ亜アアぁぁアーーーーっ!!!!」
「な、何や!?」
「一体……?」
突然叫び出した白騎士に私達は戸惑いの声を上げる。
シュライバーは発狂したかのように只管頭を抱えて叫び声を上げている。
「あああーーー……………… 」
唐突に叫び声が止まる。
不気味な沈黙に冷や汗が流れた。
緊迫する空気はまるで嵐の前の静けさの様だった。
「
先ほどとは異なる詠唱、それは詞だけでなく何かが決定的に異なっていた。
「
先程の詠唱の不遜にして傲慢な空気は何処にもない、それはまるで懇願だった。
詠唱を止めるべきだったのに、雰囲気に呑まれて身動き1つ取れなかった。
「
詠唱が……終わる。
「
シュライバーの白い髪が一瞬にして伸び、右眼に空いた穴からゴプッという音と共に血や汚物が溢れ出す。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an!」
狂乱状態で何かを叫びながら、シュライバーは本能でこちらに向かって攻撃を仕掛けてくる。
バイクも無いのにそれ以上の速さで突進してきた彼は、先程までは決して行わなかった肉弾攻撃を放つ。
素手だと言うのに、先程まで乗っていたバイク以上の衝撃で私達は3人バラバラに吹き飛ばされた。
シュライバーの腕もそのあまりの衝撃で弾けたが、彼は既に痛みなど感じる程の正気は残っておらず、一切意に介さず追撃に移る。
そして、吹っ飛んだ私の先回りをする時には既に先程弾けた右腕は元に戻っていた。
彼が殺した十万を超える人の命を再生燃料に、攻撃する度に回復しながら白い狂獣は縦横無尽に荒野を駆け巡る。
いや、縦横無尽どころではなかった。
あまりの速さに空気すらも蹴って、3次元の軌道で私達3人を打ちのめす。
私は為す術無くあちらこちらにピンボールの様に撥ね飛ばされて転がる。
あ~、やばいわ。
っつうか、優介君、話が違うで。
白騎士は防御力が無いから攻撃が当たれば倒せる言うたやんか。
実際には、逆鱗に触れたみたいやけどな。
死んだら化けて出るで。
彼方此方撥ね飛ばされて激痛を感じながらもどこか遠い世界を見ているような感覚で私は呟いた。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an!」
相変わらず良く分からない言葉を叫んでいるシュライバー。
言葉は訳せないのに、何故か意味は理解出来てしまった。
誰にも触られたくないと言う渇望。
騎士団員の誰よりも強い力と誰よりも脆い心を持った哀れな狂獣は、圧倒的な速さで駆け巡る。
最早、手の着けようが無かった。
先程までよりも防御は脆く触れただけでも砕けてしまうほどだが、再生速度が速過ぎて致命傷にならない。
速度は更に上がっているし、そのスピードから繰り出される肉弾戦はバイクや銃弾以上の威力を纏っている。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an!」
せめて、一瞬だけでも動きが止まれば……。
でも、こんな状態やと例え隙が出来ても何も出来ひん。
そう思っていると、唐突にシュライバーからの攻撃が止んだ。
いや、攻撃が止んだわけやない。
攻撃はまだ続いている……それが私に届かなくなっただけや。
顔を上げると、そこには私を覆う様に被さっているザフィーラとリインの姿があった。
「ザフィーラ!リイン! 何しとるんや!?」
「役目を……くっ……果たしております」
「隙が出来るまで……あぐっ……奴の攻撃は絶対に通しません」
そんな遣り取りをする間にも、ザフィーラやリインの身体には傷が増えていく。
「あかん! そんなことをしてももう……」
「諦め……ないで……下さい」
「耐えていれば……必ず隙が……」
そんな都合のいいことは起きない。
まどかちゃん達が応援に来れる状態とも思えんし、本局の艦隊が到着するにも時間が掛かる。
でも、そんな希望にでも縋らないとこの圧倒的な実力差から齎される絶望に心が死んでしまう。
お願いや神様、私の大切な家族を助けてや……。
「───────っ!?」
その時、奇跡が起こった。
突然、私達の居たこの空間を巨大なピンク色の光が貫通したんや。
それは偶然にも、白騎士の両足を跳ね飛ばしていた。
その砲撃よりも当然早く動けるシュライバーだが、「動ける」ということは「動く」とは別や。
早く動く能力は有していても、それを認識して避けることは本人が意識して行わなければならない。
完全に慮外からの攻撃に、彼は著しくその機動力を削がれた。
「リイン!」
「心得てます!」
「「ユニゾン・イン!」」
最大効果を発揮する為、ユニゾンを行う。
これで効くかどうかは博打や。
効けば私達の勝ち、効かなければ負けや。
「彼方より来たれ、やどりぎの枝!
銀月の槍となりて、撃ち貫け!
石化の槍、ミストルティン!!!」
両足を再生中のシュライバーは動けない。
幾ら早く動く能力でも実際に動いているのはその手足を使って動いてるんや。
だから、今の彼は攻撃をかわすことは出来ない。
スフィアから打ち出された七本の槍がシュライバーの全身に突き刺さる。
大半は何も起きないが、左脇腹に刺さった一本だけが辛うじて効果を発揮し、そこから石化していく。
「Und ruhre mich nicht an──Und ruhre mich nicht an! Und ruhre……」
叫び続けていたシュライバーだが、頭部まで石化してその声が唐突に止まった。
再生する様子は無い、ズタボロやけど私達の逆転勝利や。
「はぁ、しんど~……」
気が抜けてしまったんか、私はそのまま後ろにぶっ倒れた。
「主はやて……」
その時、いつになく力の無いザフィーラの声が聞こえてくる。
私は不思議に思って倒れたままの姿勢で声の聞こえた方向に首を向ける。
「申し訳……ございません」
「ザフィーラ!?」
尋常でない様子に慌てて身を起こすが、その私の目の前でザフィーラは足元から光になって消えていく。私は慌てて手を伸ばすが、彼の身体に触れることは出来なかった。
「ザフィーラ!!!」
唐突な家族の死に呆然として倒れ込もうとした私を、リインが無言のまま支えてくれた。
(後書き)
リインフォースとユニゾンしてもレベル判定的に確率はかなりギリギリでした。
ミストルティンも7分の6が無効化されています。
……この魔法、どう考えても非殺傷設定とか無理ですよね。
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68:人世界・終焉変生
【Side シグナム】
全身から汗が滴り落ちる。
対峙しているだけで、精神が擦り減っていくのを感じていた。
転移魔法で連れて来られたのは
私達が立っている場所を円形の観客席が囲んでいる。
しかし、そこには観客の姿は居ない。
居るのは私とヴィータ、シャマル、そして私達をここに連れてきた黒騎士だ。
黒騎士は私達をここに連れてきてから一言も口を開かない。
ただ黙したまま私達を睨んでいた。
ヴィータもシャマルも、その威圧感に言葉を発することが出来ない。
私も同じだ。
強い……素直にそう思う。
未だ剣を交えていないが、この威圧感だけで分かる……間違い無く歴戦の騎士だ。
しかし、委縮するわけにはいかない。
我等は主から彼の相手を仰せ付かったのだ。
だから私達は叩き付けられる威圧を振り払う様に声を張り上げ名乗りを上げる。
「夜天の守護騎士ヴォルケンリッターが烈火の将シグナムと炎の魔剣レヴァンティン」
「同じく、鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン」
「同じく、泉の騎士シャマルと風のリング、クラールヴィント」
「夜天の王、八神はやての命により───」
「貴様を倒す!」「手前をブッ倒す!」「貴方を倒します!」
気勢を上げる私達に対して、黒騎士は厳かにその口を開く。
「聖槍十三騎士団黒円卓第七位大隊長ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。
奴の居ないこの世界で既に未練など無いが、俺は此処では加減出来ん。
心して掛かって来るがいい」
奴と言うのが誰のことか分からないが、戦意は伝わってきた。
ならば是非も無し。
「ヴィータ、合わせろ!
シャマルは援護を頼む!」
「任せろ!」
「了解よ、シグナム」
元より、語り合うことなど何もない。
私達は主に彼を倒す様に命じられ、彼は主に私達を倒す様に命じられた。
ならば、これより先に言葉は要らず、ただ剣を交えるのみ。
一撃必殺の能力を使用するには詠唱が必要と聞いているから、まだ使っては居ない筈だ。
しかし、それを抜きにしても迂闊に近付くことは出来ない。
能力は確かに脅威だが、彼の真価はそれではないと私の勘が言っている。
鍛え上げられた巌の様な肉体と微塵も揺らぐことのない精神こそが彼の武器だ。
「レヴァンティン!」
≪Schlange Form!≫
近付くのが危険であるならば、中距離で攻める。
「グラーフアイゼン!」
≪Schwalbefliegen!≫
ヴィータが放った8発の鉄球と私のレヴァンティンの連接剣が黒騎士へと同時に襲い掛かる。
威力よりも回避されないことを重要視して放った攻撃だ、このタイミングであれば絶対にかわせない。
奴が防御体勢に入ったら波状攻撃で畳み掛ける。
今は使っていないとは言え、相手が一撃必殺の能力を持っている以上は守りに入るのは自殺行為。
相手に行動を許さない様に立ち回る、攻撃は最大の防御だ。
「憤!」
そんな私とヴィータの思惑は黒騎士の拳の一撃で文字通り吹き飛ばされた。
腰からの回転により繰り出される理想的な一撃、何も無い虚空に向かって放たれた拳撃によって齎される風圧は私のレヴァンティンとヴィータの放った鉄球をあっさりと吹き飛ばしたのだ。
「な、手前!?」
「馬鹿な!?」
驚愕の余り棒立ちになる私達に対して、黒騎士は一足飛びに踏み込むと左の拳を私に向かって叩き付けてくる。
「シグナム!」
シャマルの声と共に、私は自身の身が軽くなったのを感じて反射的に後ろに飛び下がる。
私が飛び退くのと同時に黒騎士の拳が叩き付けられ、小さなクレーターが地面に出来る。
只の拳撃で齎されたその結果に、私は思わず青褪めた。
「助かった、シャマル」
「どういたしまして」
さっきのタイミングでシャマルが支援魔法を掛けてくれなかったら、私は今の攻撃をかわしきれなかっただろう。
一撃必殺の能力でなければ即死はしないだろうが、それでも今の恐るべき威力の攻撃をまともに喰らっていたら戦闘継続出来たか怪しい。
「やはり、強い」
最初に思った通り、強い。
ただ想定外だったのは、私とヴィータの放った中距離攻撃を拳圧で相殺されたことだ。
中距離で一方的に攻め立てれば勝ち目があると思っていたが、そうはいかないらしい。
勿論、紫電一閃等の威力の高い攻撃を繰り出せば拳圧を超えることは出来ると思うが、先程の強襲を見る限りではこの距離でそんな隙を見せたらあっと言う間に潰されるだろう。
ならば矢張り……
「接近戦、しかないか」
当然、リスクは跳ね上がる。
しかし、元々遠距離が不得手な我等としては中距離が駄目ならば近距離しかない。
ヴィータに目配せをすると、頷き返してきた。
「ゆくぞ……」
「
「!?」
接近戦を仕掛けようとした私達の機先を制すように、黒騎士は徐に言葉を紡ぎ出す。
その様に驚き、思わず動きを止めてしまった。
「
まずい、奴は能力を使うつもりだ。
何とか止めねば……。
「
詠唱の妨害をしなければならないと、頭では分かっていても膨れ上がり続ける威圧感に気圧されて足が動かない。
「
何も出来ない私達の前で、詠唱は終わりを告げる。
「
その瞬間、奴の両腕の鉄腕が巨大化した様な錯覚に襲われた。
我に返って見れば、外見上は先程までと何ら変わりは無い黒騎士の姿があった。
しかし、違う。
先程までとは何かが決定的に違うと、幾多の戦場を駆け抜けてきた私の騎士としての勘が訴えている。
「ハッ!」
吶喊してくる黒騎士の姿に、私は必死に距離を取った。
一撃でも喰らったら終わりだ。
しかし、このまま逃げ続けていてもいつかは捉えられる。
リスクは高いが、攻めなければならない。
「ヴィータ、シャマル!」
「ああ!」
「いけるわ!」
パワーもスピードも相手の方が上、その上非常に危険な能力を持っている。
そんな相手に一対一で立ち向かっても勝ち目は無いが、こちらは3人だ。
「もう一発行くぜ!」
≪Kometfliegen!≫
ヴィータが先程よりも大きな、人の頭ほどある鉄球を作り出してデバイスで叩いて黒騎士へと撃ち出す。
黒騎士はその鉄球に向けて右の拳を突き出した。
幾ら黒騎士の拳に威力があろうとも拉げそうな質量とスピードだったが、鉄球は黒騎士の拳が触れた瞬間に粉々に砕け散った。
あれが……幕引きの一撃か。
「シャマル!」
「戒めの鎖!」
黒騎士は鉄球を破壊する為に右の拳を撃ち出した状態だ。
その右腕にシャマルの放ったバインドが絡み付く。
突き出した状態の腕を拘束されればそう簡単には抜け出せない、千載一遇の好機。
「レヴァンティン、カートリッジロード!」
≪explosion!≫
レヴァンティンからカートリッジが排出され、魔力が噴き上がる。
噴き上がる魔力は炎となって、刀身に絡み付いた。
私は腕の拘束を引き千切ろうとしている黒騎士に一気に接近すると、右手に持った剣を左薙ぎに振り抜く。
「紫電一閃!!!」
完璧なタイミングだ、倒し切れずともかなりのダメージを負わせるだろう……そう思って剣を叩き付けた私はその異常な感触に瞠目し驚愕の余り硬直する。
レヴァンティンの刀身を右脇に受けながら、微動だにしていない彼の姿がそこにはあった。
「馬、馬鹿な……無傷だと!?」
「シグナム、逃げて!」
「避けろ、シグナム!」
驚きの余り敵の眼前で動きを止めてしまった私は絶好の的だった。
黒騎士の右碗が私の胸に向かって正面から突き出されてくるのが見えた。
まずい、かわさなければ……そう思うが動きの遅れた私の脚は0.5秒程間に合わない。
そうして、私は黒騎士の拳撃を受けて吹き飛ばされた。
「「シグナム!!?」」
20メートル程も吹き飛ばされた私だが、何とか立ち上がり体勢を整える。
レヴァンティンを構える私の視界の端で、レヴァンティンの鞘が粉々になった。
本気で死を覚悟したが、かわせないと悟って咄嗟に鞘を盾にしたことが功を奏して何とか生き延びた様だ。
「よかった、シグナム」
「ビビらせんじゃねーよ」
安堵した様子を見せるヴィータとシャマルの姿に申し訳なく思うが、今はそれどころではない。
奴は私が全力で放った紫電一閃を無防備に受けて無傷だった。
攻撃を防いだわけではない、素の防御力が私の全力の攻撃を上回ったのだ。
これが霊的装甲……一定以下の規模の攻撃を無効化する聖槍十三騎士団の護り。
そして拙い、紫電一閃が無傷だった以上、他の攻撃も殆ど通じないだろう。
奴にダメージを与えるには、高町の様な砲撃魔法か主はやての様な広範囲殲滅魔法が必要だ。
私もヴィータもシャマルも、そこまで極端に規模の大きな攻撃手段は持ち合わせていない。
攻撃が通じない以上、勝ち目はゼロだ。
≪シグナム……ヴィータちゃん……≫
≪シャマル、どうした?≫
念話で話し掛けてきたシャマルに応答する。
無論、そんな素振りは見せないままだ。
わざわざ念話を使用した以上、内密でないと出来ない話なのだろう。
≪シグナムの紫電一閃でもダメージを与えられない以上、私達の攻撃では彼を倒すのは多分不可能ね≫
≪ああ≫
≪悔しいけど、シャマルの言う通りだな≫
どうやら、シャマルもヴィータも私と同じ結論に至った様だ。。
≪それでね、1つだけ彼を倒す方法を思い付いたの≫
≪何!? 本当か?≫
≪マジかよ!?≫
先程攻撃が通じないことを認めたと言うのに、シャマルは何故か勝つ方法を思い付いたという。
正直信じ難かったが、シャマルの説明を聞いて納得すると同時に顔が引き攣るのを止められなかった。
≪本気か、シャマル≫
≪私も出来ればやりたくないから、他に良いアイディアがあるなら聞くけど?≫
≪……ないな≫
あればとっくに言っている。
≪あ~もう! 死ぬんじゃねえぞ!≫
どうやら、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「相談は終わったか?
ならばそろそろ決着を付けるとしよう」
こちらが念話で話をしているところ察していたのか、黒騎士が問い掛けてくる。
相談中に仕掛けて来なかったのは騎士道精神に拠るものか。
「先程の攻防で理解出来ただろう。
お前達の攻撃では俺は倒せん。
諦めて終焉を受け入れることだ」
「悪いが、それは出来ん」
≪Panzergeist≫
私はフィールドタイプの防御魔法を展開する。
「……そんなもので、俺の拳は防げん」
「それはどうかな?
やってみなければ分からんだろう」
自分で言っていてなんだが、防げないのは分かっている。
幕引きの一撃の前には無力だし、それ無しでも奴の攻撃の威力では防ぎ切れないだろう。
「そうか、ならばそのまま散るがいい」
そう言うと、黒騎士は拳を振り被りながら吶喊してくる。
私は防御を信じてその場から動かない。
≪Schwalbefliegen!≫
横合いからヴィータが鉄球を放つが、黒騎士は意に介さずに向かってくる。
奴の防御力なら無防備に喰らったところでダメージにはならないのだから、それも当然だろう。
しかし、ヴィータが狙ったのは奴ではない……私だ。
「ぐっ!!」
「何!?」
横合いから放たれた4発の鉄球が直撃し、私はそのまま撥ね飛ばされる。
防御魔法で威力の大部分を封じているとはいえ、肋骨が数本折れたかも知れない。
しかし、その代償を払ったことにより私は黒騎士の拳の射線上から逃れることに成功する。
まさか味方を撃つとは思っていなかった黒騎士は瞠目し、反応が遅れる。
拳を止めることが叶わずに、先程まで私が立っていた場所に空振りすることになった。
「ガッ!?」
いや、正確には空振りではない。
奴の拳撃が叩き付けられた場所には、円状のリングによって極彩色の空間が形作られている。
シャマルの特殊魔法──旅の鏡だ。
黒騎士の右腕はその空間の中に入り込み、そして奴自身に突き刺さる──
──筈だった。
「………………あ…………」
ポツリと言葉を残して、シャマルが自身の胸部に突き刺さった拳を呆然と見る。
黒騎士の拳は旅の鏡を何事もなかったように掻き消すと、そのまま背後に居たシャマルに叩き付けられたのだ。
シャマルはそのまま光に融けて消滅する。
「「シャマル!?」」
シャマルの立てた作戦は旅の鏡で奴の幕引きの一撃を奴自身に当てることだった。
その為には、奴の攻撃を直前でかわして旅の鏡に誘い込む必要があったが、普通にかわした場合に攻撃を止められる可能性があり、それを防ぐために意表を突く狙いでヴィータの鉄球を私に当てて射線上からかわすと言う方法を採った。
しかし、黒騎士の拳は空間接続までの「触れた」と見做して一瞬で搔き消したのだ。
「ッ! 避けろ、シグナム!」
その結果と対処する方法が無くなった事に対してほんの僅かだけ思考停止してしまった私に、ヴィータから警告が発せられる。しかし、それによって我を取り戻した時、既に私の視界は巨大に見える黒い鉄の拳で埋め尽くされていた。
「申し訳ありません……主はやて」
「シグナム!!」
ヴィータの叫ぶ声を遠くに感じながら、私の意識は途絶えた。
(後書き)
幕引きの一撃は拳が当たれば物質・非物質・概念問わずに破壊出来ます。
問題は「拳が当たれば」と言う点。
空間を接続する旅の鏡が「触れる」対象になるのか否か。
ここではなる前提で書きましたが、議論の余地があるかも知れません。
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69:正義の終焉
「それで、どうするのです?」
「決まっている! 断じて降伏など出来るものか!!」
広い会議室に多数の人物が集って議論を行っていた。
集まった者達は老年の者が多く、一番若い者でも40代程だ。
それもその筈、ここに居るのは次元世界を統べる時空管理局の中でも最上位に近い権力者達だ。
中将以上の階級を持つ者と少将の極一部の者だけがこの場に呼ばれている。
最高評議会が亡きものとなった今、事実上次元世界の行く末を決めるのはこの場に居る者達なのだ。
「当然だろう、次元世界の秩序を司る管理局が屈するなどあり得ん」
「とはいえ、全面戦争というのも……」
しかし、この場には最高権力者『達』が集まっているが、最高権力者は居ない。
階級として最上位の者は居るが、それとて1人ではなく複数人だ。
それ故に、議論が紛糾した時にそれを止められる者が居ない。
「何を弱気な!
断固として戦い、黴の生えた帝国など叩き潰すべきだろう!!」
「それが出来ないから、あのような条約を結ぶ羽目になった事を知っているだろう!?」
この場で議論されているのはおよそ一時間程前に、ガレア帝国皇帝ラインハルト・ハイドリヒから突き付けられた降伏勧告に対してだ。
降伏勧告を受け入れるか否かにおいては、満場一致で否と纏まった。
管理局の内部派閥は強硬派と穏健派に2分されるが、その双方共に管理局が外部に屈することは認めない。
しかし、ならばどう対処するかという点においては議論は一向に纏まらなかった。
強硬派は全面戦争を辞さない覚悟で臨むことを訴え、穏健派は交渉により活路を求めることを主張した。
ガレア帝国のことは禁忌として情報統制が図られているが、この場に集う最上位の者達は当然ながら隠されている情報も把握している。
彼の帝国の規格外と呼べる戦力についてもだ。
いや、厳密には戦力を正確に把握していたかと言えば、情報が少ない為に正確さには疑問があったと言えよう。
何しろ、ガレア帝国は半鎖国状態で全ての情報を閉ざしていた。
唯一その姿を見せたのが二度に渡る管理局の侵攻だが、その2回ともに侵攻部隊の生存者はゼロ。
一度目の侵攻の際に行われた報復攻撃のみが帝国の戦力情報として記録されている全てになるが、何分時が経ち過ぎていて参考にならない。
「あちらの戦力が不明である以上、最大戦力を投入するしかあるまい」
「次元航行艦の所在は?」
「本局に駐屯している艦が57隻。
各次元世界に散らばっているのが150隻程だが、その内1日以内に集結出来そうなのが80隻程だな」
「奴らの侵攻がいつ始まるか分からんが、少なくとも130隻の艦隊で迎え撃てるわけか。
それなら何とかなりそうだな」
「時間次第では残りの70隻も間に合う筈じゃ、そうすれば約200隻……まず負けることはあるまいて」
強硬派の者が中心となって、戦力評価を行う。
穏健派はそれを苦い顔で見るが、敢えて口を出すことはしない。
全面戦争になることは望ましくなくても、交渉のために戦力をチラつかせることは有利に働くからだ。
「ふむ、それならば交渉するのもありか」
しかし、その流れは強硬派のとある提督が口にした言葉で乱された。
「何だと!? 何故交渉などする必要がある?
全力で迎え撃てばよかろう!!!」
穏健派ならば兎も角、強硬派の中からそんな言葉が聞こえてきたために、短気な者は激昂して叫んだ。
言葉には出さずとも、強硬派の者達は裏切り者を見る様な眼でその提督を睨んでいた。
「落ち着け、何も交渉で片を付けようと言うのではない」
「どういうことだ?」
「簡潔に言えば、時間稼ぎだよ。
時間を稼げば稼ぐほど戦力を集結させられるのだから、交渉で時間を稼ぐ裏で次元世界に散っている次元航行艦を集めればいい」
「む…………………………」
告げられた正論に、先程まで激昂していた者達も思わず黙り込んだ。
「確かにそうだな」
「よし、ならばその方向で進めよう」
「交渉については貴様達で進めるがいい」
黙って議論の行く末を見ていた穏健派に対して、強硬派が告げた。
穏健派からすれば到底受け入れられない話だ。
交渉を行うこと自体は方針に合致しているが、強硬派の言う交渉は最初から纏まることを期待していない茶番だ。
反論しようと穏健派の代表格が口を開くがそこから言葉が発せられる前に、事態は急変した。
会議場の巨大スクリーンが勝手に立ち上がり、映像が映し出される。
「な、なんだ!?」
会議場の管理局高官達はざわめきながらも、そのモニタに注目する。
そこに映し出されたのは次元航行艦の艦長席に座る、黒い軍服を纏った少女だった。
栗色の長い髪を後ろで1つに纏めたその少女は未だ10代半ばに見えた。
少女は管理局の頂点達が呆然と見る中で、その口を開いた。
≪ごきげんよう、管理局の方々。
私はイクスヴェリア・ハイドリヒ。
ガレア帝国宰相にして陛下より此度の管理局本局への侵攻を任されている者です≫
良く通るその声が会議場に居る全員の耳に届いた瞬間、ざわめきが止まった。
そして、次の瞬間会議場のあちらこちらで怒号が上がった。
暫くの間黙ってそれを見ていたイクスヴェリアだが、頃合いを見てサッと手を上げて遮った。
その動作に敵対している筈の高官達ですら思わず声を潜めて様子を見る。
≪無駄な遣り取りをする気はありません。
刻限です、陛下の告げた降伏勧告の返答を伺いましょう≫
「降伏など出来ん」
イクスヴェリアの言葉に、強硬派の代表格を務める提督が答えを返す。
しかし、拒絶の回答にもイクスヴェリアはその端正な貌を一切変えない。
「だが、話合いの余地はあると考えている。
先程交戦の理由としていた侵攻計画については最高評議会の独断に過ぎない。
彼等が亡くなった今、戦争を行う理由は無い筈だ」
先程、強硬派に反論しようとしていた穏健派の代表格がイクスヴェリアが口を開く前に言葉を続ける。
さり気無く侵攻計画の責任を死んだ最高評議会の者達に押し付けていたが、他の者達にそれに気付きながら表情には出さない。
その程度の腹芸が出来ない者はこの場に居ない。
≪話合いの余地などありません。
降伏か死か、貴方達が選べるのはその2つだけです。
先程言った通り、私達は無駄な遣り取りをする気はありません。
降伏を受け入れなかった以上、貴方達には死を与えます≫
そう言うと、通信は一方的に切断された。
「く、取り付く島もなしか!
先程の通信は何処からだ!?」
提督の1人が通信の発信源を探る様に連絡しようとするが、それを遮る様に哨戒からの緊急映像が送られてくる。
それを見た提督は、会議場のスクリーンにその映像を映し出す様に指示を出した。
映像に移っているのは管理局本局の近隣の次元空間だ。
「? どうしたのだ?」
何も無い空間が映し出されたことに疑問の声が上がった次の瞬間、次元転送によって何かが顕現してきた。
それは一隻の次元航行艦だった。
緊張していた者達が安堵の溜息を洩らす。
たった一隻の次元航行艦では脅威とはなり得ない……そう思った者達が次の瞬間硬直した。
次々と転送反応が起こり、次元航行艦が後から後からこの空間内に姿を現す。
本局に対して艦首を向けた次元航行艦の数は既に100を超えて、それでも止まらない。
次元航行艦の出現が止まった時、そこには指揮艦である近衛艦隊14番艦マリアージュと8つの国境艦隊の内の7艦隊からなる274隻のガレア帝国の侵攻艦隊が本局の全周囲を包囲していた。
「「「「────────っ!?」」」」
会議場に集った高官達はあまりの衝撃に声も出なかった。
正確な数を数える余裕のある者は居なかったが、どう見ても200隻を超えている。
管理局の総戦力を超える大艦隊が自分達を取り囲んでいる、その信じ難い光景を素直に受け入れることが出来る者はいなかった。
そして、蹂躙が始まった。
【Side イクスヴェリア・ハイドリヒ】
「第1艦隊から第4艦隊は本局に向かって総攻撃、第5艦隊から第7艦隊は周辺からの増援に備えなさい!」
私は管理局本局の4方を取り囲んだ艦隊に指示を出し、そのまま艦長席を離れると艦橋内の広いスペースへと移動する。
通常であれば何も無い場所だが、今回に限っては違う。
そこには死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体──100体の新鮮な死体が並べられていた。
別に私が猟奇趣味に目覚めたわけではない、これは管理局に対して攻撃を仕掛ける為の材料だ。
ハッキリ言って取り囲んだ艦隊の攻撃だけでも勝利は確実だと思うが、兄様の命令である以上は手は抜かない。
「
私の詠唱と共に、光る玉が100現れて並べられた死体にそれぞれ同化していく。
光が同化した死体は元々の性別や体格に関係なく、175cm程の女性の姿へと変わっていく。
姿を変えた死体は、ひとりでに立ち上がり整列する。
屍兵器マリアージュ……それが彼女達の名前。
私の契約した聖遺物『死者の花嫁達』によって生み出されるマリアージュ・コアを死体に埋め込むことによって生み出される兵器。
武装化した両腕で戦闘を行い、殺した相手を自分と同じ屍兵器に変え、行動不能になると燃焼液に変化して自爆するこの殲滅兵器は、逃げ場のない密閉された空間で用いれば文字通り相手を皆殺しにするまで止まらない最悪の戦術を実現する。
「幾星霜 翼無き背に独り震えても
心に響く愛を抱きて眠る 浅き眠りの向こうで貴方と逢う」
しかし、私は躊躇わない。
元より兄様に着いていく為ならば、あらゆるモノを振り捨てる覚悟を1000年も昔に心に誓った。
「過ぎゆく時の中 弱き魂と身体に独り震えても
伝えあった心と愛しさが強さをくれる」
ましてや、無辜の民ならば兎も角、相手は三度に渡って
ならば、慈悲など無用。
「あの日見上げた澄んだ空の下 いつかまた出逢えることを信じて」
故に、私は全力を以ってこの役割を完遂する。
「
詠唱の完了と共に、私の眼前に並んでいたマリアージュが次々と消えていく。
私の渇望は「兄様の近くに居たい」というもの。
能力は「私自身または私の一部であるものを転移させる」こと、それ単体では何の攻撃力も持たない能力だ。
虫一匹殺すことは出来ない。
制約も厳しく、兄様に近付く方向での転移しか出来ない。
現在の位置関係では兄様の居るミッドチルダと我々の間に本局があるから飛ばすことが出来るが、逆方向には飛ばせないし兄様が移動すると飛ばせる方向が変わってしまう。
その代わり、転送魔法と異なり距離の制約は無いし、次元空間がどれだけ隔たっていても無関係、極め付けは結界などで護られた場所であっても無視して飛ばすことが出来る。
管理局の本局まで艦隊を運んだのもこの力だ。
おかげで200回以上も自分で腕を切り落とす羽目になったのは辛かったが、兄様のためであれば躊躇う必要など存在しない。
形成位階で創り出すマリアージュと組み合わせれば凶悪な効果を発揮する……と言うかそれ以外の使い道など兄様を追い掛けるくらいしかない能力だ。
100体のマリアージュは57体を本局に駐屯している次元航行艦に、残りの43体を本局内に直接送り込んだ。
どちらも内部で殺戮を行いながら増殖していくだろう。
「さあ、今宵の
【Side out】
時空管理局本局は次元空間上に浮かぶ建造物であり、その全長は100kmを超える。
下手な小国よりも規模の大きい巨大建造物であるが、今は文字通り落日の時を迎えようとしていた。
四方を囲む156隻からなる次元航行艦の主砲は防衛のために周囲を取り囲んでいた管理局の艦隊諸共、着実に本局を削っていた。
あまりに巨大であるが故に短時間で破壊されることは無いが、一方的に攻められる状況が続けば時間の問題だろう。
加えて、何処からか現れた女性兵士がその両腕を機関銃に変えて中に居る管理局員を殺害していった。
勿論、管理局員も一方的に攻撃されていたわけではなく、デバイスを手に抵抗を行った。
しかし、女性兵士に殺された局員が殺した者達と同じ姿に変わり、局員を殺す側に回り始めたことにより、徐々に犠牲者は加速度的に増えていった。
内外から苛烈な攻撃に曝される状況に、高官達は必死でガレア帝国に対して交渉を呼び掛けたが、通信は繋がることすらなかった。
(後書き)
イクスの詠唱はとある歌の歌詞を元にしましたが、歌詞からの引用禁止の規約に引っ掛からない様に言葉を弄ってる内に原形が……。
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70:水銀の毒
【Side カリム・グラシア】
私は聖王教会の重鎮であるグラシア家の1人娘としてこの世に生を受けました。
生まれた時から、聖王教会の教徒として生きることを義務付けられていたと言っても過言ではありません。
勿論、それを忌んでいるわけではありません……むしろ逆です。
この様な幸福に恵まれたことを
聖王教会は表向き、古代ベルカの戦いの歴史を終わらせた聖王家の偉業とベルカの文化を継承することをその使命としています。
実際、それは間違いの無い事実なのですが、その教典においては「古代ベルカの戦いの歴史を終わらせた聖王家と
勿論、ガレア帝国については一般には知られていない為、その名を明示しているわけではありませんが。
そして、上層部には秘典としてガレア本国で普及していると言う本来門外不出の教典の閲覧が認められる。
私がそれを読んだのは確か……10歳になるかならないかくらいだったと思います。
そこに記されていたのは、遠きガレアの地に降臨された不滅にして偉大なる黄金の君の偉業の数々。
幼かった私は夢中になり、毎日の様にその書物を読み耽っていました。
そんな私がある時出会った1人の男性。
禁書保管庫に入り浸る私に声を掛けてきたのはローブを羽織った髪の長い影絵の様な人でした。
「そこに記されてる方に興味があるのかね」
突然話掛けられて緊張した私は書物を取られない様にと抱き締めながら、コクコクと頷きました。
「それは重畳、ならばこれを進呈しよう」
そう言ってその男性が私に向かって差し出したのは一枚の写真。
そこに映っていたのは黄金の髪と瞳を持ったこの世のものとは思えぬ美貌の男性。
一目見た瞬間全身に落雷が走った様な衝撃を受け、そして直感しました。
この人だ、と。
先程まで私が読んでいた秘典に記された黄金の君に間違いない。
私は興奮してそれを尋ねようと写真をくれた男性に話掛けようとしましたが、いつの間にか男性は姿を消していました。
その影絵の様な男性が当代の教皇聖下だと知ったのは、しばらくしてからのことでした。
それから数年、正式に騎士として所属した私は様々なことを知りました。
偉大なるガレア帝国とその皇帝のこと、管理局が隠蔽する過去の愚かな所業、そして聖王教会の真の役目。
聖下は私に目を掛けてくれたのか、それらのことを教えてくれました。
聖王教会はガレア帝国の下部組織、来たる解放の時のために管理世界の隅々に撒かれた種子。
その理念に基づいて、私は自らを団長に据えて騎士団を掌握し準備を重ねてきました。
一般教徒にもかつてのベルカの威光に憧憬を抱く様に誘導し、騎士団員にはガレア帝国の偉業を秘密裏に流布。
そして、騎士団上層部にはラインハルト様に絶対を忠誠を誓う者だけを配置しました。
そして今、とうとうその時がやってきたのです。
ガレア帝国への侵攻計画に端を発したと言う、帝国の逆侵攻。
それに先立って、聖王教会は各管理世界の管理局拠点に対して攻撃を仕掛ける。
聖下の勅命により、全次元世界のベルカ自治区に駐留している騎士団員が招集されている。
勿論彼等は一ヶ所に集まったわけではなく、各世界の拠点に集結し、通信越しに私に注目している。
大聖堂の教壇に立ち、私は居並ぶ騎士達と通信越しに見詰める者達へと演説を始める。
「聖王教会騎士団の皆さん、騎士団長のカリム・グラシアです」
全ての騎士達の視線が私に集中する。
「ご存知の通り、聖王教会は古代ベルカの戦乱を終結させた聖王家とガレア帝国の偉業を称え、散逸するベルカ文化を保護することをその使命とした組織です。
その使命においてロストロギアの保護・管理を行う関係上、時空管理局とは蜜月の関係にありました」
「──しかし、管理局は我々を裏切りました」
緊張感のある静寂が、聖堂内を、そして各拠点の騎士達の間を支配する。
「彼等は愚かにも再びガレア帝国に牙を剥きました。
これにより、ガレア帝国は管理世界に対して逆侵攻を仕掛けます。
これまでの2度とは違い、本局と地上本部を陥落させる本格的な侵攻です」
流石に、騎士達の間でどよめきが上がる。
全次元世界を左右する戦争の開始です、無理もありません。
「これを受け、教皇聖下より勅命が下りました。
我等聖王教会はあるべき姿に戻り、ガレア帝国に助勢、管理局を攻めます!
耐え忍ぶ時は終わりました。
ミッドチルダの台頭により失われたベルカの威光が復活する時が来たのです!」
私が声を張り上げると、騎士達の気勢も上がるのが肌で感じられた。
各々の目に力が籠り、真っ直ぐに私を見据えている。
「恐れることはありません、手を伸ばしなさい!
祓いを及ぼし、穢れを流し、溶かし解放して尊きものへ、至高の黄金として輝かせるのです!」
そう言って両手を広げた瞬間、私の両手と脇腹から血が噴き出した。
激痛が走り目の前が真っ赤になるが、私は逆に歓喜に打ち震えていた。
これは
私は幸福の絶頂へと達しながら、どよめく騎士達に向かって叫ぶ。
「見なさい、この
彼の御方は私を見守って下さっています!」
故にもう、私は何も怖くない。
「さぁ、騎士達よ!
既に神々の黄昏は始まりました。
罪人にその苦悩もろとも止めを刺しましょう。
さすれば、至高の光は私達の上に照り輝いて降りて下さるのです!」
滴る血を払う様に、私は右手を振り下ろした。
「聖王教会騎士団、出陣です。
全ては黄金の君の御心のままに!」
【Side out】
「純朴な憧れは狂信と変わり、世界に毒を撒き散らす。
筋書きとして書けば在り来たりだが、実際に目にすると甘美な未知と言えよう。
御覧になられているかな、獣殿。
また、貴方の鬣が増えた。
微細な者達なれど、貴方を求めるその心は爪牙にも劣りますまい。
さあ、引続き今宵の
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71:地上の惨状
ミッドチルダのクラナガンは戦場と化していた。
しかし、存在そのものが破壊されつつある本局と比べれば、限定的な被害だったとも言える。
何故なら、本局のそれがガレア帝国の総攻撃であるのに対して、クラナガンで起きているのは8ヶ所に陣取った黒円卓の防衛戦だ。
被害に遭っているのも返り討ちにされた管理局員ばかりであり、一般人の被害は少数だ。
しかし、ある意味においてはこの戦場は本局のそれよりも絶望的だったとも言える。
本局で行われているのは圧倒的な物量による殲滅戦だ。
それは勿論恐怖ではあるのだが、今クラナガンで行われているのは圧倒的な筈の物量が個によって殲滅されると言う逆の構図。
力の差を如実に表すその光景は、目撃する局員達の中に静かに絶望を広げていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
2メートルを超える巨漢がその巨体に見合わぬ速さで縦横無尽に動き回り、手に持つ巨大な槍で局員達を薙ぎ払っていく。
バリアジャケットの上からでも甚大なダメージを齎すその攻撃に、管理局員達は既に逃げ惑うばかりだ。
「奴は死体だ、攻撃しても意味がない。
あちらの女性を狙え!」
機動六課からオーリス三佐経由で齎された情報を元に、トバルカインではなく操者であるリザ・ブレンナーに矛先を向ける局員達。
トバルカインに対する恐怖もあいまって、たちまちに100を超える射撃魔法がジュエルシードの前に佇むリザへと降り注ぐ。
「Panzerhindernis」
しかし、リザはバリアタイプの防御魔法を行使し、その射撃を軽々とやり過ごす。
局員達の狙いは間違いではない。
トバルカインは屍であり攻撃を受けても一切怯まない、唯一と言って良い弱点が操るリザ・ブレンナーだ。
かつての彼女であればトバルカインの操作以外の戦闘手段を持たず、狙われれば相応のダメージを負っただろう。
しかし、彼女はこの世界に来てからこの世界独自の魔法技術を習得した。
攻撃魔法はあまり好まない彼女だが、防御魔法についてはかなりの練度で習得しており、今の彼女の防御ならばSランクオーバーの砲撃魔法でも防げてしまう程の水準となっている。
「ごめんなさいね、確かに私はカインの弱点になり得るけれど、狙われるのが分かっていれば準備もするわ」
防御魔法で自身を守りつつトバルカインを操作して攻撃する今の彼女に死角は存在しない。
デバイス任せに防御魔法を展開しつつ、トバルカインの操作に集中する。
リザに対して攻撃を集中させるということは、トバルカインに対しての注意が散漫になるということでもある。
射撃の雨が通じなかったことに棒立ちになった数人の局員のところにトバルカインが跳躍し、偽槍を叩き付けた。
槍が叩き付けられた場所は大きなクレーターが出来、その場に居た局員達は吹き飛ばされた。
「
およそ人の声とは思えぬ悍ましい声で詠唱が開始される。
周囲を囲んでいた局員達はその声に顔を顰めながらも、慌てて対処を行う。
「電撃の能力を使うつもりだ、総員耐電の護りを備えろ!」
バリアジャケットの術式を変更し、電撃に特化した装備へと切り替える。
ジャケットの表面に電流を流し易い素材を敢えて配置することで、電流を逸らして術者を護るものだ。
「
詠唱の終わりと共に、呪いが広がった。
「な、なんだこれ!?」
「電撃じゃないぞ!」
「話が違うじゃねえか!」
初代トバルカインの覇道型の創造により、周囲に腐食空間が形成される。
電撃に備えていた局員達は為す術無くその呪いを浴び、デバイスもバリアジャケットも、そしてその身さえも腐り落ちていく。
「ひぃぃぃっ!」
「た、助けてくれ!」
最早蹂躙されるだけとなった局員達を、リザは呪いの外から物憂げな表情で見詰めていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
2つ目のスワスチカでは、カソックを着た神父が管理局員達と相対していた。
局員達は射撃や砲撃で神父に対して攻撃を加えるが、神父はそれを防御も回避もせずに身に受けながら全く意に介していない。
悠然と歩きながら攻撃を加えた管理局員に近付き、拳打を叩き付ける。
ただそれだけの単純作業で、局員は見る見るうちにその数を減らしていく。
「無駄ですよ、その程度の攻撃では幾ら繰り返しても聖餐杯は砕けません」
神父の繰り出す拳打はバリアジャケットの上から衝撃のみで骨を、内臓を粉砕していった。
管理局員からしてみれば、魔導師が素手でねじ伏せられると言うのは異様な光景であり、恐怖が蔓延していく。
しかし、希望はまだあった。
情報によれば、この神父は技を使う時にその防御に穴が空くという話だ。
まともに戦っても攻撃が通じないならば、相手がそれを使用するまで耐え忍ぶしかない。
幸いにして、彼の機動力はそこまで高くない。
遠巻きにして近寄らず、中遠距離からの攻撃に徹すれば何れは使うしかない筈。
中遠距離からの牽制に戦術をシフトした局員達の姿に、神父は嘆息する。
「ふむ、このままでも何れは倒せそうですが時間が掛かりそうですね。」
神父は足を止め、遠巻きに自分を囲む局員達を見回した。
「已むを得ません、ならば私の創造をお見せしましょう」
そう言うと、神父は身体の前で両掌を上に向けて詠唱を開始する。
「
来た、と囲んでいた誰もが考えた。
念話を用いて攻撃のタイミングを計る。
強力な技が来ることは間違いないが、それが同時に現状で唯一と言っていい突破口だ。
数人が全力で防御を受け持ち、それ以外の局員は穴の空いた防御に攻撃を集中させる……それが唯一の勝機。
「
黄金の十字に似た陣が彼の前に展開される。
局員達は前のめりになり、その瞬間を逃さぬように緊張感を高める。
「
しかし、何も起こらなかった。
「…………………おや?」
異常事態に神父は首を傾げる。
「
何か詠唱を間違えたかともう一度唱えるが、矢張り何も起こらない。
「…………………???」
しばらく首を傾げて悩んだが、やがて結論を出す。
「まぁ、いいでしょう。
このまま素手でも戦うことは出来るでしょう」
それは、彼を囲む局員達にとって彼を倒す唯一の機会が失われた瞬間だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「
「
詠唱の完成と共に、夜が広がった。
つい先程まで昼間だった空間が夜に飲み込まれる。
その異様な光景に、地上本部の部隊員達は呆気に取られた。
しかし、すぐに焦りを浮かべた。
何故なら、今自分達を覆っているのはただの夜ではなく吸血鬼の胃。
この場に立っているだけで精気を吸われ干からびる。
管理局員達は慌ててデバイスを構え、夜の支配者である吸血鬼へと向けた。
「ハッ、遅ぇんだよ!」
その言葉と共に、夜の中央に居たヴィルヘルムは姿を消した。
そして、同時に周囲の空間から杭が突き出し、射撃魔法を放とうとしていた局員達の何人かが串刺しになる。
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」
「がっ! ごぼ……」
手足を貫かれたり胴体に大穴をあけられた者達が転がり、局員達は騒然となる。
ここは彼の体内に等しく、その何処からでも杭は生まれてくる。
ヴィルヘルムが最初から創造を用いたのは現在が昼間であり彼にとっては忌むべき時間であったためだが、捕縛に向かってきた部隊にとっては最悪の事態だった。
この空間内に居る限り、勝ち目は殆ど存在しない。
しかし、事前情報として有力な情報もあった。
その情報は、この空間では彼は特定の物に対して非常に弱くなるというものだ。
それは十字架、炎、腐食、銀、聖水等、第97管理外世界で吸血鬼の弱点とされているもの。
その情報は現状において唯一の希望であったが、同時に問題もあった。
ミッドチルダにおける宗教は聖王教会のみであり、彼の教会のシンボルは剣十字であり求められているものとは形が異なる。
この世界においては彼に有効であろう十字架など殆ど普及していない。
聖水についても同様で、聖王教会ではそんなものは手に入らない。
腐食については攻撃手段としてそう簡単に準備出来るものではない。
銀は準備は可能だったが、ここで問題となったのが質量兵器を禁じる管理局法だ。
銀を武器として用いる場合に最も有効なのが銃弾としての使用だが、管理局においてはその手段がない。
撃ち出す銃も、銀を弾丸に加工するノウハウも無いのだ。
よって、彼等に選べる選択肢は1つだけだ。
「撃て!」
隊長の号令と共に、炎の射撃魔法が周囲の空間へと放たれる。
その先にヴィルヘルムの存在は無いが、彼がこの空間に同化しているのであれば対象を選ぶ必要はない。
至る所に火炎が着弾し燃え上がる。
その瞬間、空間が僅かに揺れた。
姿を消していたヴィルヘルムが虚空から現れ、局員達を睨む。
「テメェら、やってくれんじゃねぇか」
その身に傷付いたところは無いが、多少なりともダメージはあったらしく怒気を露わにしている。
充満する殺気に、歴戦の局員達ですら息を呑んだ。
「いいぜ、それならお望み通り直接ばら撒いてやらぁ!」
そう叫ぶと、前身から杭を生やしたヴィルヘルムは局員達の方へと突っ込んでいった。
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4つ目のスワスチカでは櫻井螢が自身の聖遺物、緋々色金を形成し戦闘を繰り広げていた。
撃ち込まれる射撃魔法を剣で打ち払い、回避する。
回避と同時に炎を放ちながら接近し、斬り払う。
前者の3ヶ所に比べれば、ここでの戦闘はまだまともな戦いになっていたと言えるだろう。
それは一重に、彼女の戦闘スタイルによるものだ。
形成位階の力を行使する彼女は基本的に剣術と体術の混合であり、数を圧倒する類の戦術ではない。
また、聖餐杯と異なり全ての攻撃を無効化する様な防御力も有しておらず、攻撃を無視して行動する様な戦術も選択出来ない。
「タイミングを合わせて放て!」
故に、大勢の局員に囲まれて遠巻きに射撃魔法を撃ち込まれた場合、ダメージは皆無に等しくとも防戦一方になるのはやむを得ないことだった。
「くっ………」
追い詰められたとは言えないまでも、苦戦と言っていい状況に螢は思わず顔を顰める。
彼女にとって、功績を上げ双首領に偽槍の呪いを解いて貰うことが望みを叶えるために唯一出来ること。
それ故に、任務は絶対に失敗出来ない。
「私は……負けられないのよ!」
イザークに英雄の資格無しと断じられ、ベイに串刺しにされ、心は折れた。
居場所の無い黒円卓に居続けて、逃げ出したくなる日々を重ねてきた。
それでも逃げ出さなかったのは、唯一の味方であるベアトリスの存在と……そして兄に対する未練のため。
胸に宿した
螢は聖遺物を眼前に構え、詠唱を始めた。
「
「
緋々色金がその姿を儀式剣から大太刀へと変え、螢の髪が炎の色に染まる。
彼女の身体と聖遺物から炎が噴き出し、周囲を火の海に変えていく。
「く……炎が!」
「取り乱すな、耐火防御に切り替えろ!
射撃魔法は冷却系をベースに放て!」
「了解!」
突然吹き荒れる炎に周囲を囲む局員達も慌てるが、隊長の指示に従いすぐに炎に対する対処を開始する。
「確かに魔法弾なら透過も効かないし、冷却系が一番効果的なのも認めるわ。
でも──」
そう言うと、螢はその身を炎に変えて消える。
突然の事に戸惑う管理局員達の背後で燃え盛っていた炎が揺らめき、姿を消した螢を形作る。
「その程度で消される炎なら、1000年も燻ってたりはしないのよ!」
「がぁ!?」
指示を出していた隊長に対して斬り付け、ついでとばかりに周囲に居た数人の局員達に炎を叩き付ける。
溜めこみ続けた鬱憤と一緒に噴き出した炎はその勢いを増すばかりだった。
(後書き)
深刻な状況の筈なんですが、何故か神父だけ微妙にギャグっぽく……。
いえ、彼の創造は獣殿の聖遺物である聖約・運命の神槍を限定使用出来るというものなわけですが、果たして獣殿本人が形成位階以上で使用している時に借りられるのかと。
dies原作では獣殿降臨後に使用される場面がありませんので分かりませんが、所有者はあくまで獣殿ですから多分無理なのではないかと思っています。
神父「貸して下さい!」
獣殿「私の番が終わったらな」
神父「Σ( ̄□ ̄;」
しかし、彼の技は死亡フラグなので、こちらの方が管理局員にとっては最後のチャンスが断たれた形で恐怖です。
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72:我に勝利を与えたまえ
「無駄ですよ」
黒い軍服を着た手足の長い男が、浴びせられる射撃魔法の雨を身軽にかわしながら言葉を続ける。
100を超える射撃を掠ることすらさせずに回避する男の身のこなしは超絶的で、攻撃する者達は焦りを募らせる。
「数で囲むのは確かに有効な手段ですが、絶望的に開いている差を埋めることはそれだけでは難しい」
男が手を振るうと、見えない糸によって周囲を囲む管理局員達の身が切り裂かれ、デバイスが切断されていく。
「残念ながら、貴方達では何人集まっても私を捕えることは出来ません」
舞っていた男が地面に降り立った時、周囲には既に立っている人間は居なかった。
「不甲斐ないとは言いませんよ。厳然な実力差とはこういうものです」
ミッドチルダの首都クラナガンを襲った7つのロストロギア反応と8ヶ所で起きた次元断層の予兆。
その内の一角でこの惨劇は起きていた。
管理局員は数十人で以って男を囲み攻撃を仕掛けたが、有効打を与えることなく一掃された。
地上本部の部隊員で構成された捕縛部隊は隊長クラスでAランク魔導師、隊員の殆どがBランク以下で構成されていた。
これは地上本部の部隊としては極めて平均的な構成であり、数日前に解決したばかりのJ・S事件により被害を受けた地上本部が現状で繰り出せる最大限の戦力だった。
対する男は爬虫類じみた容貌の手足のひょろ長い男で、黒い軍服を纏っている。
つい先日まで周囲を囲む者達と同じ管理局に所属していた……否、潜伏していた彼はAAランクを取得している。
しかし、ここで圧倒する姿を見れば、それは男の戦力を正しく表すランクとは思えないだろう。
明らかにSランク以上の戦闘力を以って、管理局員達を鎧袖一触の勢いで薙ぎ払ったのだから。
「さて、お客さんはこれでお仕舞いでしょうかね」
襲い掛かる者達を迎撃し、スワスチカの防衛という任務を遂げた彼、ロート・シュピーネはひとりごちた。
管理局に潜伏する任務は彼にとって難しいものではなかったが、同時に酷く窮屈でもあった。
かつて、上官達に怯えてその復活の妨害を企てた彼ならば、上官達から離れることの出来る潜伏任務は喜ばしいものであってもおかしくない筈だが、今の彼は漸くそこから解放されたことを素直に喜んでいる。
何故なら今の彼はかつてと違い、真に獣の爪牙となっているからだ。
この世界に来た直後は処罰を下される可能性に怯えもしたが、既に1000年も経過すればそれもない。
ラインハルト・ハイドリヒの総軍に取り込まれた彼にとって、上官達は恐ろしくはあっても忌避する対象では既に無いのだ。
故に、与えられた命令は忠実にこなし完遂する。
「…………おや?」
かつての自分を振り返って苦笑していたシュピーネは、新たにこの場に現れた者達の姿に気付いて疑問の声を上げる。
現れたのは矢張り管理局員だが、先程まで戦っていた相手と異なり2人だけ。
それも、10歳かそこらの子供としか言いようがない年齢だ。
「そこまでです!」
姿を現したのは茶色の髪の槍型デバイスを持った少年と、紫の長髪の少女の2人。
潜伏時に機動六課の後見役を務めていたシュピーネは当然その2人のことを知っている。
「確か、ライトニング分隊のエリオ・モンディアル君とルーテシア・アルピーノさんでしたか。
私に何か御用ですか」
「「っ!」」
自分達の名前を的確に把握されていることに、エリオとルーテシアの2人は警戒心を抱く。
目の前の相手は数時間前まで自分達の部隊の後見役を務めていた相手であり、おそらく名前だけでなく様々な情報を知られてしまっている。
戦闘スタイルや得意技などが事前に知られている……戦うに当たっては非常に不利と言えるだろう。
しかし、臆して引くわけにもいかない。
「貴方を捕縛しにきました」
「あと、ロストロギアの封印処理」
「成程、つまりはここに転がっている彼等と同じということですね」
そう言うと、シュピーネは周囲に注視させるように手を翳す。
そこに転がる血まみれで呻く局員達の姿に、エリオとルーテシアの2人は顔を青褪めさせる。
半分程は既に絶命しているが、残り半分はその身を切り裂かれながら苦痛の声を上げている。
幼い2人の戦意を削ぐには十分な凄惨な光景だ。
「理解出来た様ですね、こうなりたくなかったらそのまま帰ることをお勧めしますよ」
「それは……出来ません」
「何故です?」
血臭に怯えながらも、戦意を完全には失わないエリオ達の姿にシュピーネは不思議そうに問う。
「八神部隊長もフェイトさんも、僕達の力を信じて作戦に加えてくれました。
今も一番大変な戦場であの人達が戦っているのに、僕はここから逃げるわけにはいきません」
「エリオ、『僕』じゃなくて『僕達』」
「ルー…うん、一緒に戦おう」
凄惨な戦場だと言うのに桃色の空気が醸し出され、シュピーネは引き攣った顔で後ずさる。
「よろしい、分かりました。
ならば聖槍十三騎士団黒円卓第十位ロート・シュピーネ、お相手仕りますよ」
「エリオ・モンディアル、いきます!」
言うが早いか、エリオはストラーダを構えて突撃を掛ける。
「思ったより速いですね、しかしその程度では……」
「ブーストアップ・アクセラレイション」
エリオの突進を余裕でかわそうとするシュピーネだが、その直前にルーテシアが機動力強化の支援魔法をエリオに行使する。
その途端、突進の速度が上がりかわせる筈だったシュピーネの目算を崩す。
「ぬぁ!?」
かろうじて回避するが完全ではなく、腕に掠ってバリアジャケットでもある騎士団服が切り裂かれる。
その上、エリオは止まらない。
通り過ぎたまま弧を描く様に回って再びシュピーネに向けて吶喊する。
「ブーストアップ・ストライクパワー」
「くっ……」
機動力に加えて攻撃力まで強化され、シュピーネは堪らずその場から飛び退く。
「思ったよりもやりますね。
少なくともここに転がっている局員達よりは遥かに手強い」
Sランクオーバーの実力を持つシュピーネに対し、エリオはAAランク程だろう。
しかし、ルーテシアの支援魔法によってAAAランクに迫る力を見せている。
地力ではシュピーネの方が勝るとはいえ、油断すれば喰われる程度の差しか存在しない。
「ならば仕方ありません。
私の聖遺物をお見せするとしましょう」
その言葉にエリオとルーテシアは警戒のギアを一段上げる。
「
詠唱と共にシュピーネの両手の指から鋼糸が伸びる。
「
これに捕らえられたが最後、黒円卓の騎士団員でも無ければ逃れることは出来ませんよ」
そう言うと、シュピーネは両手を交差する様に振るう。
10本のワイヤーは波立つように弧を描きながら、エリオの左右から襲い掛かる。
「くっ!?」
左右から襲い掛かるワイヤーを避ける為に、エリオは敢えて前へと踏み込んだ。
ワイヤーは大きく弧を描く様に襲ってきており左右に逃れるのは不可能、かといって後ろに下がればジリ貧だ。
「お見通しですよ」
「がっ!?」
それしか選択肢が無いと言うことは、相手にとっても行動が読めると言うことでもある。
行動を読んで先回りしていたシュピーネに腹を蹴り飛ばされ、エリオは軽々と吹き飛ばされる。
「エリオ!?
……インゼクト!」
痛撃を受けたエリオの姿に、滅多に表情を変えないルーテシアも顔色を変えて怒りを示す。
そのまま無数の蟲を召喚して、シュピーネに差し向ける。
「ふむ、当たった所で何ともないでしょうが、気分は良くないですね」
エリオの攻撃と異なり、インゼクトではシュピーネの霊的装甲を突き破れない。
放置した所で影響は無いが、無数の蟲にたかられるのはダメージが無いと分かっていても避けたいのだろう。
シュピーネは両手のワイヤーを巧みに振るい、近付いてくる蟲を細切れにしていく。
その様子にルーテシアは焦りを募らせる。
「どうやら打ち止めの様ですね」
蟲を一通り処理し終えたシュピーネは、ルーテシアに向かってニヤリと嗤う。
「さて……おっと」
そのままルーテシアの方へと近付いていったシュピーネだが、何かに気付いたのか飛び下がる。
次の瞬間、先程までシュピーネが居た場所にストラーダを振り切ったエリオの姿があった。
「危ない危ない」
からかう様に苦笑するシュピーネの姿にエリオはギリッと歯を食いしばる。
「まだ動けるのには感心しましたが、無傷と言うわけではないようですね。
先程の私の攻撃で肋骨が数本いかれてるのでしょう」
シュピーネの蹴撃をまともに受けたエリオは苦痛に顔を顰めながらも槍をシュピーネに向けることを止めない。
「その戦意は大したものですが、その状態で私の聖遺物を避けられますか?」
そう言うとシュピーネは先程と同じ様に今度は左手のみで5本のワイヤーをエリオに向けて放つ。
先程と違うのは左右から弧を描く様な軌跡ではなく、真っ直ぐに突き出される様に放たれたことだ。
弧を描く攻撃と異なり、左右にかわすことは可能。
「くっ」
「っ!?」
かろうじて全てのワイヤーをかわし切るエリオ。
「お見事、しかし
「…………え…?」
ワイヤーをかわしたエリオが立っていたのはシュピーネとルーテシアの中間だった。
真っ直ぐに放たれたワイヤーはエリオがかわしたことにより、そのまま後ろにいたルーテシアを襲いその身を拘束する。
「ルー!?」
エリオは慌ててルーテシアを拘束するワイヤーをストラーダで切断しようとする。
しかし、ワイヤーは硬くデバイスを軽々と弾いた。
「あぐっ!?」
それどころか、ワイヤーを引っ張る形となって縛られているルーテシアが増した締め付けに苦痛の声を上げる。
「先程言った通り、このワイヤーを切断出来るのは黒円卓の騎士団員くらいですよ。
それに、ワイヤーへの攻撃は拘束されている彼女を苦しめるだけですからお勧め出来ませんね」
「ルーを放せ!」
「お断りしますよ。
放して欲しければ、力尽くで来られたら如何ですか」
挑発にカッとなりストラーダで切り掛かるエリオに、シュピーネは左手でルーテシアを拘束したまま右手のみでワイヤーを振るってエリオの攻撃を捌く。
シュピーネが片手で対処している為一見互角の戦闘が繰り広げられるが、状況はエリオの方が不利だ。
如何に才能があり訓練をしていても、エリオはまだ10歳の子供でしかない。
戦闘向けではないとはいえ、黒円卓の騎士団員であるシュピーネと比べれば体力の差は明らかだ。
最初は互角だった攻防も次第にシュピーネの方に傾いていき、エリオはあちこちを切り裂かれながら何とか致命傷を避けるだけの状態に陥ってしまう。
お互いが飛び下がった時、その形勢は見た目でも明らかだった。
全身から血と汗を流しながら肩で息をしているエリオに対して、シュピーネは無傷のまま息1つ乱していない。
「ここまでの様ですね。
いえ、貴方はよく頑張りましたよ。
私を相手にここまで奮闘したことは胸を張っても良いでしょう」
「…まだです!」
エリオは一瞬後ろに対して意識をやると、ストラーダを改めて構える。
「自棄になっての特攻ですか?
まぁ、別に構いませんが」
「ストラーダ!」
シュピーネの言葉には耳を貸さず、エリオはただただ集中力を高めて過去最高の力を相棒である槍型デバイスへと籠める。
そして、吶喊する。
「飛んで火に入る夏の虫とはこういうことですね」
対するシュピーネはルーテシアの拘束を解き、両手のワイヤーを用いてエリオの正面に蜘蛛の巣状の罠を張る。
エリオさえ押さえればルーテシアを再度捕える事など簡単だという判断だ。
正面に形成された蜘蛛の巣にエリオも気付くが、自身の出せる最高速に到達している彼は止まることが出来ない。
しかし、彼は目を閉じずに真っ直ぐにシュピーネを見据えながら、自分をズタズタに切り裂くであろう蜘蛛の巣に突入する──
──直前で、エリオの姿が忽然と消えた。
「は? うごお!?」
何が起こったか分からずに呆然とするシュピーネ。
しかし、次の瞬間その後頭部に何かが猛烈な勢いでぶち当たった
シュピーネは堪らず意識を失い、そのままゆっくりと前に倒れる。
シュピーネの後頭部に当たったそれは、そのまま真っ直ぐに飛ぶとスピードを落とし、丁度ルーテシアの前に降り立った。
「ナイスサポート、ルー」
「ん、当たり前」
それは姿を消した筈のエリオだった。
ルーテシアは召喚魔導師であり、逆召喚による転送も得意としている。
あの瞬間、真っ直ぐに進めば蜘蛛の巣に突っ込むしかないエリオを逆召喚によってシュピーネの後に転移させたのだ。
「それじゃルー、ロストロギアの封印お願いね」
「任せて」
(後書き)
カイン&リザ、神父、中尉、螢は纏めて一話で片付けたにも拘らず、一話丸ごとVSシュピーネさん。
いえ、dies原作において共通ルートで脱落した彼は先に挙げた面々と比べると出番が単純計算で4分の1なわけで、ならばこのくらいの待遇は許されるのではないのかと。
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73:雷速剣舞・戦姫変生
【Side ティアナ・ランスター】
「うわああぁぁぁーーー!!!」
私達がそこに着いた時、1人の管理局員が悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
辺りにはそれ以外にも管理局員が何人も倒れ伏している。
しかし、幸いにして気絶しているだけで命に別条は無い様だ。
「……来ましたね、ティア」
「ベアトリス姉さん……」
先程の管理局員を吹き飛ばし、そして恐らくはこの光景を作り出した人物であろう人に話し掛けられ、私は思わずその人の名前を呟いた。
「ティアナ、大丈夫?」
「っ! ええ、私は冷静です。 ありがとう、ギンガさん」
私と一緒にこの場所に来てくれたギンガさんにお礼を言いながら、気を取り直して正面に立つ人物を睨む。
目の前に立っているのは金髪をポニーテールにした小柄な女性。
初めて見る黒い軍服を纏い、細剣を携えて悲しそうに微笑んでいた。
いや、正確に言えばその服を見るのは初めてではない、以前廃棄区画の地下で遭遇した女性も同じ軍服を纏っていた。
姉さんの向こう側には蒼い宝石が宙に浮かび強力な魔力を放っている。
「やっぱり、姉さんなのね」
モニタ越しに姿を見て、高町隊長達から説明を受けて覚悟はしていたけれど、こうして直に目にすると矢張りショックだった。
天涯孤独になる筈だった幼い私を拾ってくれた、血は繋がって無くても大切な家族であった人とこうして戦場で対峙することになるなんて、神様は私に何か恨みでもあるのだろうか。
「ええ、そうですよ」
「どうして?
何で姉さんがそんなところに居るのよ?」
私の質問に姉さんは首を傾げながら答える。
「何でと聞かれても……そう命令を受けたからですよ」
「違うわ、どうしてそんな集団に入ったのって聞いてるのよ!」
意図が伝わらないもどかしさに思わず声を荒げてしまった。
聖槍十三騎士団……高町隊長や松田副隊長の言葉が正しければ人外の悪鬼羅刹の集団だ。
幼かった私を育ててくれた姉さんが、どうしてそんな集団に入ってこんなことをしているのか。
「どうやら、勘違いしている様ですね。
私はティアに会う前からずっと聖槍十三騎士団の一員です」
「!? そう、そうよね」
薄々分かっては居た。
隊長達の話が正しいのなら、姉さんはもっとずっと昔から聖槍十三騎士団に入っていたことになる。
だけど、それを否定したかった。
何故なら……
「ねえ、姉さん……」
「なんですか?」
「あの時、私を拾ってくれたのはこうなることを知っていたからなの?」
管理局に敵対している聖槍十三騎士団の一員がわざわざミッドチルダの墓地で私を拾った理由。
私が機動六課に入ってこうしてこの場に立つことを見越した上で、最初から裏切るつもりだったのだろうか。
「いいえ、少なくともその時にはこんなことは知りませんでしたよ。
貴女の名前も知りませんでした。
でも、きっとあの方はこうなることを見越していたのでしょうね」
「あの方? それってあの……」
「ええ、ハイドリヒ卿です。
いきなり『ミッドチルダの墓地で適当に墓参りしてこい』なんて命令されてどうしようかと思いましたよ」
姉さんに騙されていたわけではないと分かって少し安堵している自分を自覚した。
「つまり、あの皇帝様は私が何れ敵に回ると知っていて姉さんに拾わせたってこと?」
「そうとしか思えません。
貴女を引き取ってミッドチルダに滞在したいと言ったらあっさり認められましたから」
「……でも、何のために?
重要な情報を流したりした記憶はないわよ」
私を育てて何の特になるのだろうか。
スパイになった憶えも無いし、むしろ姉さんは私を鍛えてくれてデバイスまでくれた。
敵を強くすることに何の意味があるのか。
「知りませんよ、そんなこと。
せいぜい、師弟対決を見てみたかったとかじゃないですか?」
「はぁ?」
思わず間抜けな声を上げてしまった。
そんな莫迦なことのために、わざわざこんな回りくどいことをするなんてそんなこと……。
「そういう人なんですよ。
下らない思い付きを本気で実行したり、そうかと思ったらとんでもない深謀遠慮だったり」
「……正直信じられないわ」
「私もです」
思わず2人して溜息を付いてしまった。
「……大人しく投降して貰うわけにはいかないの?」
「いきません。
正直今回の命令は好ましくないですが、軍人である以上は命令は絶対です。
それに投降と言っても、管理局は最早死に体ですよ」
「……どういうこと?」
「攻撃対象は
ミッドチルダ以外にも攻撃を仕掛けているということ?
それに、管理局が死に体って……まさか!?
「まさか本局に攻撃を!?」
「そ、そんな……!?」
次元世界の秩序を維持する管理局の本拠地に攻め込む……正気とは思えないけど彼等は本気だろう。
そして拙い。
本局が簡単に落とされるとは思えないけれど、攻撃を受けている状態ではミッドチルダへの増援も期待出来ない。
「逆に聞きます、投降する気はないですか?
貴女達がここでどれだけ必死に戦ったところで、管理局自体が滅んでしまえば無意味ですよ。
大人しく従うなら悪い様にはならないように私が取り成します」
姉さんが本気で私を気遣ってくれていることは伝わってきた。
その気持ちは本当に嬉しい。
だけど……私はそれに従うわけにはいかない。
「それで私が降参するとは思っていないでしょ?」
管理局員として使命を全うし命を落とした兄さんのためにも、管理局を滅ぼす敵に下ることは出来ない。
「そうですね、もしかしたら心を動かしてくれるかもと期待してましたけど。
やっぱり、血の繋がらない家族じゃ本当のお兄さんには勝てないんですね」
「それは違うわ」
悲しげに微笑みながら自嘲する姉さんに、私はきっぱりと否定を告げる。
「私は姉さんのことを本当の家族だと思ってる、血の繋がりなんて関係ない。
降伏を受け入れないのは兄さんのこともあるけど、姉さんの教えでもあるわ」
「私の……教え?」
「兄さんから受け継いだランスターの弾丸も、姉さんから教わった剣も……強い敵に会ったら諦めろなんて軟弱な
私はニーベルンゲンをモードチェンジして左手に拳銃を右手に剣を携えて構える。
「ティア……決意は固いみたいですね。
昔から貴女は言い出したら聞かないんですから。
そこまで言うなら仕方ありません、力尽くで降伏してもらいます」
「望むところよ」
「加勢するわ、ティアナ!」
デバイスを構える私の横に、ブリッツキャリバーを構えるギンガさんが並ぶ。
「ギンガさん……」
その言葉に少し迷う。
これは管理局の任務であると同時に、私と姉さんの個人的な事情による私闘でもある。
そんなものに、無関係な彼女を巻き込んでしまっていいのか。
それに、この決着はあくまで私自身が着けなければ意味が無いのではないか。
しかし、逡巡する私の思考を断ち切ったのは姉さんの言葉だった。
「構いません、共に戦場に立つ戦友との絆も貴女が築いてきたものの一つ。
2人纏めて相手をしてあげます」
そう言うと、姉さんは携えていた細い剣を構えた。
「聖槍十三騎士団黒円卓第五位ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン=ヴァルキュリア。
全力で受けて立ちましょう。
貴女の力、技術、信念、そして絆……全てを賭して挑んで来なさい!!!」
「時空管理局古代遺物管理部機動六課所属ティアナ・ランスター」
「同じくギンガ・ナカジマ」
「「管理局法に基づき、貴女を拘束します!!!」」
叫ぶのと同時に、私とギンガさんは弾かれる様に左右に分かれて姉さんへと突き進む。
丁度正三角形の位置取りをした私は、左手の拳銃から直射弾を連射する。
稽古を付けて貰っていた私は姉さんの強さを良く知っている。
姉さんの脅威はその速さだ……誘導弾では追い付かないから直射弾を選択した。
勿論、直射弾には誘導性が無いから自前で照準を合わせる必要があるけれど、欠かさず鍛錬を行ってきた私は絶対に外さない自信がある。
私が射撃魔法を放つのとほぼ同時に、ギンガさんが姉さんの右側からタイミングを合わせて突撃する。
いや、同時ではない……射撃魔法からほんの一瞬遅らせての時間差攻撃だ。
散々練習してきたコンビネーション、姉さんと同じく速さに特化したフェイト隊長にも初めて攻撃を当てられた自慢の戦術だ。
射撃魔法を防御するか回避するか、どちらを採っても隙が出来る。
その隙を逃す程ギンガさんは未熟じゃない。
「中々いいコンビネーションです……が、その程度では私には当てられませんよ」
姉さんは防御や回避ではなく、手に持った剣で5発の弾丸を全て斬り払った。
そして、その直後に振り下ろされたギンガさんの左拳の内側に剣を当て、そっと逸らした。
「な!?」
目標を逸らされたギンガさんは勢い余って姉さんの立っていた所を通り過ぎた。
一対一なら追撃を背に受けているところだが、姉さんは追撃を行わずに私の方を見据えていた。
おそらく、追撃を行う際に出来る隙を私に突かれることを警戒したのだろう。
その間に、ギンガさんは体勢を立て直して姉さんに向かって対峙する。
最初の位置取りから交差して、丁度私とギンガさんの間に姉さんが立つ様な位置取りになっている。
挟み撃ちの状態だが、姉さんはどちらにも背を向けない様に横向きになり、私達の両方を視界に捉えていた。
だが、これはチャンスだ。
「合わせて下さい、ギンガさん!」
「了解、ティアナ!!」
姉さんの武器が剣である以上、左右に同時に振るうことは出来ない。
丁度左右から仕掛けられる位置取りとなったこの状況、同時に仕掛ければ当てられる。
「やあああああぁぁぁぁーーーーー!!!!」
「はあああああぁあぁぁーーーーー!!!!」
射撃魔法ではかわされた場合ギンガさんに当たってしまうため、私は右手に持った剣で斬り掛かる。
同時に、ギンガさんも反対側からパンチを繰り出す。
タイミングは完璧、勝った。
「無駄です」
そんな希望はあっけなく墜落する。
左右から全くの同時に仕掛けられた攻撃は、
いや、同時ではない。
ガンナーである私の動体視力でも辛うじてしか見えなかったが、姉さんは私の斬撃を弾いた後に反対側のギンガさんの拳を返す剣で払った。
姉さんは順番にそれぞれを対処しただけだ、ただそのあまりの速さに同時に見えた。
「は、速過ぎる……」
戦慄するギンガさんの声が聞こえるが、私も同感だ。
速いことは知っていたが、稽古の時とは段違いだ。
フェイト隊長をも遥かに上回っている、最早人間に出せるスピードじゃない。
人外の集団……その言葉が脳裏に蘇った。
「もう、終わりですか?」
圧倒的な実力差に心が折れ掛けた時、姉さんから声が掛けられた。
その声に僅かに混じった失望感に、私は反骨精神から気を取り直す。
そうだ、ランスターの弾丸と姉さんの剣に誓い、あれだけの啖呵を切ったのだ。
姉さんが強いなんてことは最初から分かっていたことだ。
この程度で膝を折ってなんて居られない。
「冗談でしょ、まだまだこれからよ」
「ええ、貴女の力は分かりました。
本番はこれからです」
絶望感を見せない様に笑って強がって見せた私に、ギンガさんも同調する。
その様子に、姉さんは微笑んだ。
「それは良かったです。
この程度で絶望されたら弱い者いじめになってしまいますから。
ところで、ギンガさんでしたっけ?」
「ええ、何ですか?」
「私の力が分かったと仰ってましたけど、一体何が分かったのですか?
「え?」
不吉な言葉に、ギンガさんが硬直する。
私も同じ様に嫌な予感に襲われていた。
「そうですね、全力で受けて立つと言った以上、出し惜しみは止めましょう」
そう言うと、姉さんは剣を構えながら口を開いた。
「
呪文の詠唱?
そうだ、高町隊長達が言っていた聖槍十三騎士団の騎士団員達の能力。
エイヴィヒカイトの創造位階。
「
隊長達は姉さんだけは能力が分からないと言っていた。
全く情報がない。
「
私達が戸惑っている間に、姉さんの詠唱が終わった。
「
姉さんの構える剣から、雷が迸り全身へと広がる。
「これが私の創造位階、
言葉が出ない。
先程までとは一変した姉さんの放つ威圧に気圧される。
「来ないなら、こちらから行きますよ?」
「う、うわあああぁぁぁぁーーーーっ!!!!」
「ギンガさん!? ダメです!!!」
威圧に圧倒されたギンガさんはそれを無理矢理払う様に姉さんに対して殴り掛かった。
自分に殴り掛かってくるギンガさんに対して、姉さんは何もせずに立ったままそれを迎えた。
今の姉さんの雰囲気から、そんな普通の攻撃が通じるとは思わない。
だから、ダメージを与えられていないことには驚かなかった。
驚いたのは、ギンガさんの攻撃がかわされるのでも防御されるのでも、ましてや当たったのに通じないのでもなく──
「───────ッ!?」
姉さんの身体の向こうでギンガさんは起こった事が理解出来ずに驚愕のまま硬直している。
そんなギンガさんと私を見詰めながら、姉さんは自身の能力を告げた。
「私の渇望は『同胞たちが道を見失わないよう、戦場を照らす閃光になりたい』。
能力は自身の雷化、雷に物理攻撃は通じません」
自身の雷化……電撃を操るんじゃなくて、姉さん自身が雷になっているということ?
肉体が雷と化しているのなら、確かに剣も銃弾もすり抜けて終わりだ。
そして……それはつまりこちらの持つ攻撃手段の殆どが封じられたことを意味する。
ギンガさんはストライクアーツ……全て物理攻撃だ。
私の場合は剣は通じない、銃撃は魔力弾だから試してみないと分からないけれど効くかも知れない。
もう1つ、身体が雷と言うことはつまり、おそらく姉さんの動きは光の速さと同じということだ。
到底対応出来るスピードじゃない。
「いきますよ」
その言葉と共に、姉さんの姿が消えた。
次の瞬間、ギンガさんの身体が宙を舞った。
「きゃあああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」
ギンガさんの身体は10メートル程上空に打ち上げられ、そのまま自由落下して地面に叩き付けられた。
うつ伏せに倒れた彼女はピクリとも動かず、完全に意識を刈り取られてしまった様だ。
「? 打撃自体はそこまでの衝撃は無かった筈ですが……電撃に弱い体質か何かでしょうか」
ギンガさんが立っていたよりも奥にいつの間にか姉さんが立っていた。
倒れ伏すギンガさんを見下ろしながら、不思議そうに首を傾げていた。
「まぁ、いいです。
次は貴女ですよ、ティア」
その言葉に、私は身を強張らせる。
通じないであろう剣を拳銃に変えて、両手に一挺ずつ構える。
そして、カートリッジをロードして今の私に出せる限界までスフィアを展開する。
8つのスフィアから放たれる48発の弾丸が、姉さんに襲い掛かる。
「甘いですよ」
しかし、隙間も無い程の弾幕にも関わらず、姉さんはその全てを回り込んで軽く避けた。
「これで……終わりです」
姉さんの剣が無慈悲に振り下ろされる。
しかし、その剣は先程のギンガさんの拳の様に、私の身体をすり抜けた。
「!?」
手応えの無さに驚く姉さんの後方で、私はオプティックハイドを解除して姿を現す。
同時に、フェイク・シルエットで作った幻術の私は姿を消した。
「ニーベルンゲン!」
≪Variable Barret!≫
驚きで硬直している姉さんの背中に向かって、私は4発の多重弾殻射撃を放った。
魔力の高まりを感じ取ったのか、姉さんは後ろを振り返……らずに横に飛んだ。
あそこで姉さんが振り返っていたら全弾命中したであろう私の射撃は大半がかわされて明後日の方向に飛んでいった。
しかし、流石に反応が遅れたのか一発だけ左腕に命中する。
「……!」
射撃魔法が当たった左腕を見ながら、姉さんは驚いた顔をしていた。
「強くなりましたね、ティア。
正直感心しました、咄嗟の判断力も魔法の構築スピードも、私が教えていた時よりかなり上昇してます」
「そんな余裕そうに言われても心外なんだけど、剣は効かなくても魔力弾は当たるみたいね」
「ええ、魔力弾は物理攻撃ではないですから雷化状態の私にも通じます。
とはいえ、それがダメージに繋がるかと言うと話が別ですけどね」
確かに、当たったし感触は感じている様に見えるけど、姉さんにダメージを負った様子は無い。
隊長達の話しではエイヴィヒカイトの使い手はその身に喰らった魂に応じた霊的装甲を纏う。
おそらく、私の射撃魔法にはその霊的装甲の防御力を超える力が無いのだろう。
つまり、雷化しているか否かに関わらず私の弾丸は姉さんに通じないことになる。
「そう、貴女の攻撃では私の防御を超えられません。
つまり、貴女に勝ち目はないということです。
諦めて投降しなさい」
「…………………………………………」
改めて投降を呼び掛ける姉さんの声を聞きながら、私は目を閉じて思考を進める。
「もういいじゃないですか、貴女は良くやりました。
結果として私には届きませんでしたが、貴女の実力は私が認めます。
誰にも責めたりはさせません」
「ありがとう、姉さん。
それでも私は、最後まで諦めたりしないわ。
私を信じてここに配置してくれた隊長達のためにもね」
そう、ここに居るのは私の我儘だ。
そんな我儘を真摯に受け止めて作戦を捻じ曲げてまで私をここに配置してくれた八神部隊長や隊長達。
そして、私を心配して一緒に来てくれたギンガさんの為にも、断じて降伏なんて出来ない。
それに、
私はニーベルンゲンを拳銃一挺にモードチェンジすると、両手で正面に構えた。
「射撃魔法で威力が足りないなら……」
そう言いながら、カートリッジをフルロードする。
「砲撃……ですか。
威力はあるみたいですが、そんな攻撃が私に当たると本気で思っているのですか?」
私の持つ攻撃手段の内最大の威力があるこの魔法だが、発射には時間が掛かる。
それに、射撃魔法と異なり何発も同時には撃てないし射線も直線的だ。
雷と同じ速さで動く姉さんに当てるのは不可能だろう。
それでも、私は砲撃魔法をチャージするのを止めない。
姉さんは呆れたのか、そんな私の様子を妨害せずに見据えていた。
「やってみなければ、分からないでしょう!
ファントムブレイザーーーーーッ!!!!!
オレンジ色の魔力光がニーベルンゲンの銃口から放たれ、姉さんに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
姉さんは余裕を持ってその砲撃をかわした。
その顔には失望が浮かんでいる。
「やってみなくても分かりましたよ、この結果は」
「ええ、計算通りよ」
「え?」
怪訝そうにする姉さんに、私は自信を持って胸を張る。
「そう言えば、勝利条件を明確にしていなかったわね」
「勝利条件?
何か条件を付けてお茶を濁すつもりですか?」
「違うわ、私達がここに来た目的よ」
正確に言えば、私達がここに派遣されたその理由。
「私を倒して捕まえることじゃないんですか?」
「違うわ。私達の目的は──スワスチカの対処よ」
「な!?」
姉さんの表情が驚愕に変わり、バッと真後ろを振り向いた。
そう
先程までの攻防で、私と姉さんを結ぶ直線上にジュエルシードがある位置取りを取ることが出来た。
「まさか、さっきの砲撃魔法は!?」
「ええ、封印魔法を組み込んでいたのよ」
先程まで暴走し魔力を迸らせていた蒼い宝石は沈黙し宙に浮かぶのみとなっていた。
私とギンガさんの目的は最初からジュエルシードの封印であり、その為に準備をしていたのだ。
ここに来るまでに魔法の組み換えが終わるかどうかがネックだったが、なのはさんのレイジングハートからデータを貰ったおかげで何とか間に合った。
「まんまと乗せられてスワスチカを護り切る任務は失敗、と言うわけですか」
「まぁ、姉さんに本気で挑んでみたいという気持ちはあったし、疎かにしたつもりはないわ。
ただ、管理局員としての任務が優先したってだけよ」
「はぁ、完敗ですね。
任務よりも私情を優先した私と、私情よりも任務を優先したティア。
軍人としてあるまじき失態でした」
そういうと、姉さんは剣を降ろしその身に纏っていた雷も静まった。
「もういいの?」
「任務に失敗した以上、続けても仕方ありません」
「そう、助かるわ」
本当に助かる。
どさくさで勝利条件を満たしたが、正直続けていても姉さんを倒すことは不可能だっただろう。
「それで、貴女達は他の場所に向かうつもりですか?」
「いえ、私達の割り当てはここだけよ。
それで十分なのよ」
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74:起死回生、そして……
【Side 高町まどか】
勝った。
轟音を立てて揺れる城の様子に、私は砕かれた両手の激痛を感じながらも勝利を確信し思わず笑みを浮かべた。
どうやら、ティアナ達はしっかりと役目を果たしてくれたらしい。
「これは……」
ラインハルトは周囲の様子に僅かながらその顔に驚きの表情を見せる。
驚異的なことに、先程フェイトによって斬り付けられた左腕の傷は一瞬で再生していた。
「スワスチカを消したか」
この状況が誰の絵図に拠るものか察したらしく私に向かって問い掛けてくる。
「消したと言っても全部じゃないわ、半数の4つだけよ」
そう、私達の持つ戦力は少なく全てのスワスチカを対処することは到底不可能だった。
しかし、優介の知識がそこに役立った。
ラインハルトが現界するには7つ、大隊長が現界するには5つのスワスチカが必要だ。
逆に言えば、8つのスワスチカの内の4つを封じてしまえばラインハルトも大隊長も追い払うことが出来る。
「確かに、この『城』をミッドチルダ繋ぎとめておくためには最低5つのスワスチカが要る。
時間稼ぎは増援を期待したものではなく、このためか?」
「局からの増援に期待していたのは本当のこと。
ただ、保険の為に二段構えの作戦を採っただけよ」
「成程。しかし解せんな。
卿らが地上に残した戦力で我がエインフェリア達を4人も倒せるとは思えんが」
そう言うと、ラインハルトはモニタを起動してクラナガンの状況を映し出す。
彼の言う通り、地上本部の戦力は先のJ・S事件で半壊状態だし、私達の指示で動かせるのは機動六課のメンバー以外には殆ど居ない。
加えて、戦力をスワスチカの対処に向けたことが知られれば妨害を受ける可能性が高い為、本命であるそちらから目を逸らす意味も込めて隊長陣はこの城への突入に当てた。
だからこそ、最小限の戦力で対処するために強敵の居る場所は避け、対処可能な場所を選んだ。
1つ目の映像、スワスチカは健在だ。
リザ・ブレンナーとトバルカインが悠然と立っている。
既に地上本部の残存要員も退けられた後らしい。
2つ目の映像、スワスチカは健在だ。
ヴァレリア・トリファが守り続けている。
3つ目の映像、スワスチカは健在だ。
ヴィルヘルムによって周囲は血の海と化していた。
4つ目の映像、スワスチカは健在だ。
櫻井螢の起こしたであろう炎が燃え盛っている。
5つ目の映像、スワスチカは消失している。
ベアトリス・キルヒアイゼンはティアナと何かを話していた。
特にダメージは無さそうだが、その様子を見る限りでは既に戦意は無い様だ。
ギンガが倒れ伏しているのが気になるが、ティアナの様子を見る限りでは命に別条は無いのだろう。
6つ目の映像、スワスチカは消失している。
ルサルカがバインドで拘束されている。
その横に立つのはクロノだ。
「クロノ・ハラオウン?
海の提督である彼が何故ミッドチルダに居る?」
「先日のJ・S事件でゆりかごを撃墜する時にクラウディアが損傷したからよ。
艦の修復がある程度済むまで滞在することになったのよ」
「成程、スカリエッティへの支援が裏目に出たか」
7つ目の映像、スワスチカは消失している。
シュピーネは気絶している。
エリオとルーテシアは所々怪我をしている様だが、健在な様だ。
8つ目の映像、スワスチカは消失している。
マテリアルの内、シュテルとレヴィ、ゾーネの3人は倒れディアーチェは膝を付いている。
ユーリは健在の様だが、既に戦意は無さそうだ。
その正面で瓦礫を背に座り込んでいるのは──
「ゼスト・グランガイツ……だと?
生きていたのか」
そう、8つ目のスワスチカの対処を頼んだのはゼストだ。
本来であればJ・S事件の最期に地上本部に特攻を仕掛けて亡くなっている人物だが、彼の目的がレジアス中将を問い質すことだけであることを知っている以上、強硬に対処する必要は無い。
投降を条件にレジアス中将との面会をセッティングすることを約束したら、あっさり頷いてくれた。
加えて、その残り少ない命を地上の平和の為に使って欲しいという頼みにも二つ返事で応じてくれた。
「スワスチカが過半数無くなれば、貴方も大隊長達も現界出来ない。
正史通りと思ってこちらの戦力が少ないと油断した、貴方の負けよ」
「…………………………………………」
「ラインハルトさん……」
沈黙し俯くラインハルト。
敗北がショックだったのだろうか?
隣に立つフェイトがその様子に気遣わしげな声を上げる。
しかし、顔を上げた彼の表情にあったのは……憐憫?
「取り合えずは見事と称賛しておこう。
私の計画を撃ち破り、我が城を退けたことは評価に値する」
何だ、何か嫌な予感がする。
私は何かを見落としている?
「確かに私の現界には7つ、シュライバー達の現界は5つのスワスチカが必要だ───
!?
「かつてシャンバラにおいては、私は肉体を捨てて永劫回帰の狭間へと旅立っていた為、現界にはスワスチカを要した。
しかし、この世界に転生して以降、私は一度として肉体を捨てては居ない」
つまり、今目の前に居るラインハルトはスワスチカの力で存在を維持しておらず、生身と言うこと?
「虚数空間内に構築した『城』をこちらに繋ぐ為にスワスチカを築いたが、私とエインフェリア達がこの場に来るだけであればスワスチカなど必要ない」
そ、そんな……それじゃあ……。
「気付く契機はあったであろう。
スワスチカ無しでフェイト嬢に会っているのだからな」
言われてみれば……確かに10年前から彼は姿を見せていて、その時には当然スワスチカなんて無かった。
優介の話に心を取られて現実の情報を疎かにしたのは私の方?
「万策尽きた、と言ったところか」
「……………………………………」
「ま、まどか……」
先程とは逆に、私の方が沈黙させられることになった。
しかし、彼の言う通り既に打つ手がない。
元々、戦ったら勝てないことは分かり切っているのだ。
それ故に組み上げた作戦、戦わずに勝つための方法がスワスチカの封印だった。
それが瓦解した以上、最早私達に勝ち目は無い。
後はただ、蹂躙され鏖殺されるのを待つしかない。
「ふむ、私の身を傷付け、『城』を崩し、その上──」
言いながら、ラインハルトは展開したままだったモニタへと視線を向ける。
「──シュライバー達も退けられたか。
ここまでの奮闘には何か褒美を与えねばなるまいな」
え?
「望みを言うがいい。
卿等の奮闘に見合う範囲であれば、叶えよう」
唐突に訪れた事態に、私は思わず混乱する。
褒美? このまま私達を殺せば完全勝利の筈なのに彼は何を言っているのだろう?
いや、気まぐれに対して深く考えても仕方ない、それよりはこの僥倖を何としても掴まなければ。
何だ、何を願えばいい?
こちらが勝ったわけでも無くお情けの様なものだ、「死んで欲しい」とか「管理局に降伏しろ」とかは受け入れられないだろう。
「私の、私達の望みは……」
(後書き)
獣殿は誤解していますが、クロノがミッドチルダに居たのは獣殿がスカリエッティに支援したからではありません。
原因を追っていってみましょう。
①クロノがミッドチルダに居たのは何故?⇒クラウディアがゆりかご戦で損傷したため
②クラウディアがゆりかご戦で損傷したのは何故?⇒ゆりかごが軌道上に到達したため
③ゆりかごが軌道上に到達したのは何故?⇒突入したなのはやヴィータの対処が遅かったせい
④なのはやヴィータの対処が遅れたのは何故?⇒内部構造が分からなかったせい
⑤内部構造が分からなかったのは何故?⇒内部構造データが発見されなかったせい
⑥内部構造データが発見されなかったのは何故?⇒とあるフェレットが無限書庫にいないせい
まぁ、原作でゆりかごの内部構造の出元は不明ですが、本作ではユーノからの情報であった前提で考えています。
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75:穏やかな日々
【Side 高町まどか】
全管理世界を襲った未曾有の惨劇から半年、私は地球の実家に戻って来ていた。
管理局を辞めたわけじゃなく……そもそも管理局と言う存在自体が無くなってしまったためだ。
地上本部はまだそれなりに組織としての体を為しているが、本局の方は完全に壊滅状態だった。
あの時、褒美をやると言われて望みを聞かれた私が望んだことは「私や家族、友人達の安寧」だった。
その望みは受け入れられ侵攻は止まった──但し一時的に。
私や家族、友人達が生きている間は戦争も流出も行わないと言う約束だが、逆に言えば私達の寿命がリミットということでもある。
仮初の平和……それが私達が戦って勝ち取れた限界だった。
尤も、本局についてはその時点で破壊し尽くされた後であり、手遅れだったが。
私は実家に戻り、翠屋でアルバイトを始めた。
管理局には未練は無い、元々『ラグナロク』のことがあったことと、高ランク魔導師は見逃して貰えないと言う理由から所属していただけだ。
私はなのはやフェイト、はやて、そして優介の様な正義感の持ち主ではない。
優介は……あの時『城』に乗り込んだメンバーの中で唯一の犠牲者だ。
彼に想いを寄せていたなのははショックで実家の部屋に暫くの間閉じ籠っていた。
今では復帰しているが、その理由を知る私としては複雑だ。
優介の脱落により『ラグナロク』の生き残りは私とラインハルトの2人だけとなった。
そして、昨日……正史であれば機動六課の解散日であったであろう日を迎えた。
それはつまり、『ラグナロク』の期限が終わったことを意味する。
残存2名であればサドンデスも発動しない……私は生き延びたのだ。
これまでは生き延びることだけを望んでいた為、これからどうやって生きればいいのか正直分からない。
管理世界は大混乱に陥っている為に故郷である第97管理外世界に戻ってきたが、この世界での私の学歴は中卒だ。
アルバイトなら兎も角、就職もかなり厳しい。
取り合えず、翠屋でアルバイトをしながら高認取って短大に入ろうか。
そこまで考えた所で、カランカランと言う音が鳴ったので接客に向かう。
「いらっしゃいま……げ」
扉を開けて入ってきた人物の顔を見て、思わず間抜けな声を上げてしまった。
鏡が無いので分からないが、今の私は相当渋い顔をしていると思う。
「……相変わらず、変わった接客だな」
そこに居たのは、半年前に死闘を繰り広げた相手である人物だ。
地球に居る為、流石に軍服ではなくスーツを着ている。
実のところ、彼が翠屋にやってくるのは今に始まった事ではなく、月に数回というペースで訪れている。
正直私としてはこの上なく複雑な心境なのだが、彼の方は全く気にも留めていない様だ。
尤も、そんな彼とよりを戻したフェイトも相当だと思うが……。
「いつものでいいの?」
「ああ」
彼を席に案内して注文を取る……と言っても、慣れたものであるため既に聞く必要もない。
時間帯的に空いている為、4人席にしておいた。
私は父さんからブレンドコーヒーを2つ受け取ると、シュークリーム3つを2つと1つで2枚の皿に乗せて運ぶ。
「ん?」
頼んだ以上のものを持ってきた私に彼は首を傾げるが、私は構わずに彼の前にシュークリームが2つ載った皿とコーヒーを置く。
そして、残った皿とコーヒーを反対側の席に置いて座った。
「休憩入ってこいって言われたのよ。
フェイトとの待ち合わせなんでしょ?
来るまで居させて貰うわ」
「ふむ、まあ構わんが」
彼が昼過ぎに来るとちょくちょく母さんに休憩を取らされる。
どうも、就職すら怪しい娘を片方だけでも永久就職させようという意図が透けて見える。
優介が亡くなった今、男性で私が会話する相手は家族を除けば彼とクロノくらいだから仕方ないのかもしれないが、母さんは彼がフェイトと付き合ってることを知ってるでしょうに。
色々複雑な相手だから敬語を使う気にもなれなくて普通に話していたのだが、どうやら傍から見れば気易い仲に見えてしまったようだ。
「……なのはは相変わらず?」
「ああ、毎日飽きずにザミエルに挑み、松田優介に介抱されているな」
そう、ショックで閉じ籠っていたなのはは現在、虚数空間に戻された彼の『城』に押し掛けて居座っている。
そんなことになった理由は、閉じ籠ってばかりでは身体に悪いと翠屋に連れ出した時に、偶々彼が居合わせてしまったことだ。
優介を直接殺したのは赤騎士だが、元を正せば責は彼にある。
そもそも、赤騎士自体が彼の一部であるから尚更だ。
当然、彼はなのはにとっては想い人を殺した仇であり、一触即発の危機となった。
「彼を返して!」と泣き叫びながらくって掛かるなのはを何とか止めようと羽交い絞めにする私。
が、目の前の皇帝様は全く空気を読まずに「なら会いに来るか?」と気軽に返した。
彼の能力は彼や彼の戦奴が殺した相手の魂を自身のレギオンに加えること。
吸われた魂は『城』の礎となるが、形成位階に相当する強度を有した魂は自身を実体化することができる。
優介の魂は実体化には十分であり、『城』に行けば会うことが出来てしまうのだ。
生き返ったわけではないが、見えて話せて触れられるならそれは生きているのと変わらない。
勿論、死者の魂が実体化しているだけなので歳は取らないし死ぬこともない。
共に生きることは出来ないから何れは問題となるだろうが、なのはの心が癒えるまで今しばらくは好きにさせておこうと思う。
なお、ヴィヴィオについては父さんと母さんが引き取った形になっている。
「自分も優介と同じになりたいなんて言い出して無いでしょうね?」
「今のところは言っておらん。
が、もし言われたらどうするかね?」
問い掛けに、私は思わず頭を抱えた。
彼が私に聞いてくるのは、私の願った「私や家族、友人達の安寧」のためだろう。
この場合、なのはの望みを叶えて優介と共に過ごせる様にするのが安寧なのだろうか……。
「……ちょっとすぐには答えを出せないわ。
保留にさせて」
「まぁ、それも良かろう。
言い出すとしても年齢差が気になる頃であろうから、未だ猶予はある」
「そうね……」
ちなみに、この悩みはなのはだけでなくフェイトにも同じことが言える。
彼女は恋人(?)であるラインハルトだけでなく、母親と姉もそちら側である為にまず間違いなく自分もそうなることを望むと思う。
「そう言えば、1つ聞きたいことがあったんだけど……」
「何かね?」
答えがすぐに出せない問題は横に置いておき、前々から気になっていたことをこの機会に聞いてみることにする。
「8年位前に私がガジェットに撃墜されて植物状態に陥ったことがあったでしょ。
あの時、奇跡的に意識を取り戻す事が出来たけど……あれ、貴方の仕業?」
植物状態に陥った人間が自然治癒で復帰する可能性はゼロではないが限りなく低いだろう。
では、自然治癒ではなく誰かの手に拠るものだったとして、そんなことが出来る者がいるだろうか。
管理局本局の医療技術でも匙を投げられた以上、この世界の力では不可能だ。
残った可能性──転生者の情報が全て集まった今、私の出した結論は彼くらいにしか出来ないというものだった。
「ふむ、そう言えばフェイト嬢に相談を受けてバビロンに治させたことがあったな」
「やっぱりそうなのね……お礼を言うべきかしら?」
殆ど確信していたが、複雑な心境だ。
不倶戴天の敵が命の恩人だったわけだから。
「要らんよ、元より卿のためにさせたことでもない」
「じゃあ何のためだったのよ?」
感謝の気持ちが少し目減りした。
これで、フェイトが哀しむのを見たくなかったとか惚気られたらどうしてやろうか。
しかし、私の予想に反してラインハルトは手に持っていた物を挙げて一言告げた。
「これのためだ」
「は?」
その手にあるのは食べ掛けのシュークリーム。
どういうこと?
「この店のシュークリームとコーヒーは気に入っているのだがな。
卿が撃墜された時は店が休業してしまって食すことが出来ずに不満だった。
故に、卿が治れば店は再開すると思ってバビロンを派遣したのだよ」
つまり、シュークリームとコーヒー>私ってこと?
……怒るのを通り越して、疲れた。
「そんなに気に入ってても、流出で世界を飲み込んだら味わえなくなるわよ」
「む……」
ちょっとした意地悪のつもりで言った一言だったが、真剣に悩み始めてしまい思わず慌てる。
「ちょ、ちょっと……」
「確かに、これが味わえなくなるのは損失だ。
彼等を私のレギオンに加えればいつでも……いや、魂の強度が足りないか」
不穏なことをのたまい始めたラインハルトだが、ふと言葉を止めて私の方を真っ直ぐに見詰めてくる。
改めて見ると、とんでもない美形だ。
フェイトがあっさり堕ちたのも少し分かる。
彼に真剣な表情で見つめられ、多分今私の顔は真っ赤になってるだろう。
「卿が店を継いで味を受け継いでから私のレギオンに加われば全て解決するな」
「って、勝手に私の将来を決めないでよ!?」
しかも、シュークリームとコーヒー目当てで!
「私には卿の存在が必要なのだ」
「え、あ、ちょ……!?」
両手を掴まれ、そんな言葉を告げられる。
傍から聞けば愛の告白にしか聞こえない台詞で、食欲によるものだと知っていても顔の紅潮を抑えられない。
「そ、そんな……ラインハルトさん!?」
横合いから、悲鳴染みた声が上がる。
聞き慣れた声にそちらを向くと、そこには予想通りめかし込んだフェイトが居た。
が、どうも様子がおかしい。
顔は真っ青だし、目は潤んで涙を流す寸前だ。
一体何が……と考えて、今の私の状態に気付く。
デートの待ち合わせで店を訪れたら、そこには恋人である筈の男性が自分の幼馴染の手を握り締めている姿……。
彼は幼馴染に告げる……「私には君が必要なんだ」
その言葉に幼馴染は顔を赤らめながらも頷き、やがて2人の唇が……。
「ち、違うわ。間違っているわよ、フェイト!」
「前から少し怪しいと思っていたの……」
「いや、ホントに誤解だってば!
お願いだから、話を聞いて!?」
「ああ、来たかフェイト嬢。
丁度いい、卿も彼女を口説くのを手伝って貰いたい」
「これ以上話をややこしくしないで!?」
しばらく混乱が続いたが、一度席に付いて話をしようと言うことになり何とか落ち着くことが出来た。
私は元々座っていた彼の正面の席をフェイトに譲って横にズレ、彼の横には栗色の髪の少女が……
「って、誰!?」
いつの間にか知らない女の子が席に座っており、シュークリームを満足そうに頬張っている。
「ごきげんよう、私はイクスヴェリア・ハイドリヒと申します」
「イクスヴェリア!? ……って、今ハイドリヒって言った?」
イクスヴェリアって……冥府の炎王イクスヴェリア?
でも、ハイドリヒと言うことは……。
窺う様に彼の顔をチラと見ると、彼は頷いた。
「私の今生での妹に当たる」
「妹さん……?」
そう言えば、ガレアって彼女の国だったわね。
帝国じゃなくて王国だった筈だけど。
「ところでイクス、何故卿がここに居る?
国の方はどうした」
「少々聞き捨てならない噂を耳にしたため、直接様子を見ることにしました。
勿論、私が不在にしても動けるように指示はしてあります」
「噂?」
「ええ、何でも兄様にお付き合いされている女性が出来たとか」
空気が冷えるのを感じた。
イクスヴェリアの絶対零度の視線はフェイト……とついでに私に向けられている。
……って、何で私まで!?
「ふむ、事実ではあるな」
「ッ!?」
イクスヴェリアの顔が盛大に歪む。
何となく理解出来たけれど、彼女はどうも実の兄にただならぬ想いを寄せている様だ。
「私を抱いたことをお忘れですか、兄様?」
「ぶっ!? げほっごほっ」
想いどころじゃなかった、しかも既に行き着くところまで行ってる?
飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになり、慌てて抑えた結果気管に入ってむせてしまった。
「だ、抱い……っ!?
あ、貴女とラインハルトさんは実の兄妹なんですよね?」
「そうですが、それが何か?
言っておきますが、近親相姦とかの指摘は無意味ですよ。
私も兄様も皇族であり、血統の純度を保つことは義務です」
た、確かに中世ヨーロッパの皇族では兄妹での結婚なんて普通だったって聞く。
前世も今世も一般人の私には理解出来ないけれど、そういう階級の人にとっては当たり前なんだろうか。
「私に寿命と言う概念が無い以上、ガレア帝国で血統や血筋などは求められていない筈だが」
「む……確かにそうかも知れませんが、正妃になる以上は相応しい格が求められるのも事実です」
「せ、正妃……?」
「そこ、顔を赤らめないで下さい。
誰も貴女の事なんて言ってません」
飄々としたままのラインハルト、隙あらば惚気に走ろうとするフェイト、澄まし顔の様でいて悪巧みしたりツッコミに回ったりと大忙しのイクスヴェリア。
そして、それを横から眺めている私。
色々と混沌としているけれど、それが恋愛についてであるなら平和な話で済むだろう。
咄嗟に告げてしまった願いだけれど、こうして過ごせるのならば悪くなかった選択なのかも知れない。
そう1人ごちて、私は目の前の喧騒を眺めながらコーヒーに口を付けた。
Bad End 「穏やかな日々」
(後書き)
以上、Bad Endでした。
え? こっちがGoodEndじゃないかって?
いえ、一応この小説の主人公は獣殿で……(以下略)
次話の後日談としての各人のエピソードを以って、締めたいと思います。
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76:後日談
<高町まどか>
『ラグナロク』の勝者2人の内の1人となる。
管理局崩壊後、実家に戻り高認資格を取って短大に入学、卒業後はフランスに1年留学しパティシエとしての修行に取り組んだ。
帰国後、翠屋の正式な店員となり、いずれ店を継ぐべく日々奮闘中。
なお、ラインハルトによる口説き攻撃にシュークリーム目当てと理解しながらも若干絆され中。
「うぅ……あの顔で至近距離で見詰められると心臓に悪いわ」
<高町なのは>
姉と大喧嘩の末、ラインハルトのレギオンに加わることを選ぶ。
レギオンに加わることで死を考慮する必要が無くなった結果、ライバル認定したエレオノーレとの砲撃合戦は激化。
日々派手に砲撃魔法を撃ち合ってストレスを解消し、想いを寄せた松田優介とも一緒に過ごせる、本人としては幸せな生活を送る。
「今日こそ勝ってみせます!」
<フェイト・テスタロッサ・ハラオウン>
20歳になると同時にラインハルトのレギオンに加わり、不老不死となる。
プレシアやアリシアとも和解し、共に過ごす事が出来るようになる。
一方で、管理局を崩壊させた人物とよりを戻したことでクロノやリンディとの関係は悪化する。
ラインハルトの側に侍り、幸せに過ごす。
「ラインハルトさん……」
<八神はやて&ヴォルケンリッター>
ヴォルケンリッターは最終決戦で全滅したが、主であるはやてと夜天の魔導書本体が無事であったことから、時間をおいて再生に成功する。
しかし、本局が滅んでしまった為に本局所属であった機動六課は行き場を無くす。
結局、組織体を為していた地上本部に組み込まれる形で、ミッドチルダの治安維持に当たることになる。
当初は1年限定の試験部隊であった機動六課であるが、この組織変更によって有耶無耶になり正式部隊となる。
また、機動六課解散時まで保留されていたはやてに対しての処罰も有耶無耶となる。
色々と釈然としないものの、混乱しているミッドチルダの治安は悪化しており対処に忙しい日々を送っている。
「休みが欲しい……」
<松田優介>
最終決戦で死亡。
前世において、炎の中で死に損なった罪悪感は炎の中で死を迎えることで昇華された。
が、魂の強度が形成位階相当に達していた為に『城』で自我を保ってしまう。
『城』まで追い掛けてきたなのはについては自身が死者であること理由に想いに応えるつもりは無かったし、彼女がレギオンに加わることにも最期まで反対し続けた。
しかし、なのはの決意は固く、止められないと悟った優介は最終的にその想いを受け止めることにする。
なお、本人は実のところまどかに淡い想いを抱いていたが、自然と気持ちは消えていった。
「俺はもう赦されてもいいのかな」
<クロノ・ハラオウン>
最終決戦時、本局ではなくミッドチルダに居た為に生き長らえる。
本局を徹底破壊された管理局だが、各世界に散っていた部隊は健在であったためその処遇が問題となる。
結局、組織体を保っていた地上本部の傘下という扱いで、ミッドチルダの地上本部から各世界に派遣する体裁を採ることになり、クロノはその取り纏め役となる。
これまで花形だった海の部隊からすれば見下していた地上本部の傘下と言う扱いに不満を持つ者が多く、板挟みになって苦労を重ねている。
「い、胃が……っ!」
<リンディ・ハラオウン>
不法入国、公文書偽造、通貨偽造、脱税とスパイ容疑と言った様々な容疑で海鳴市警に逮捕されるも、フェイトの懇願によってラインハルトが圧力を掛けた為あっさり釈放される。
釈放後は居辛くなったためミッドチルダに再移住。
昔の伝手を活かして海の部隊の取り纏めに苦労するクロノを背後から支える。
「はぁ、どうしてこうなったのかしら……」
<ティアナ・ランスター>
海の組織が壊滅したことにより執務官制度は崩壊し、執務官になることを目指していたティアナは目的を失うが、しばらく悩んだ末、地上本部の治安維持部隊に所属することにする。
兄の夢である執務官にはなれなくとも、兄が執務官になってしたかったことは出来る筈と考えた結果だった。
なお、ベアトリス・キルヒアイゼンとの家族関係は継続中。
姉から付き合う相手はいつになったら出来るのかと追及されるのが最近の悩みである。
「ル、ルーテシアに先越された……」
<ギンガ・ナカジマ>
機動六課に移籍する前にいた父であるゲンヤが部隊長を務める108部隊に戻る。
最終決戦でベアトリス・キルヒアイゼンにあっさりと気絶させられたことを悔しく思い、日々鍛練を行っている。
なお、スワスチカにくべられたスバルの魂はグラズヘイムに居るのだが、誰も気付いていない。
「もっと強くならないと……」
<エリオ・モンディアル>
最終決戦でルーテシアと共にシュピーネを打破……顔の差が勝敗を左右することを改めて証明する。
いや、エリオ自身にそんなつもりは無かったが。
その後、地上本部の治安維持部隊に所属しながらルーテシアと交際を始める。
なお、フェイトが地球に戻ってしまった為、保護者はメガーヌ・アルピーノになっている。
「行くよ、ルー!」
<ルーテシア・アルピーノ>
実はJ・S事件の最後にスカリエッティのアジトに突入した際に母親でメガーヌを助けていたルーテシア。
メガーヌは治療によって意識を取り戻すものの、長年の封印で身体機能が衰えていた為に長期間のリハビリを要した。
リハビリを手伝ったり介護をする一方で非常勤ではあるがエリオと同じ治安維持部隊にも所属。
忙しくも充実した日々を送っている。
「ん……分かった、エリオ」
<レジアス・ゲイズ>
J・S事件でジェイル・スカリエッティとの関係が知れ渡ってしまったため、裁きを待つ身となる。
……筈だったのだが、その後に管理局が大混乱となったため有耶無耶となってしまう。
崩壊した本局と比べれば地上本部は組織自体が消滅したわけではないためまだマシだったが、それでも混乱は大きく統率出来るのは彼以外には居なかった。
本局を失って帰属先を無くした海の部隊も地上本部の傘下となることとなり長年の悩みが解消するが、原因と状況がアレなだけに素直に喜べない。
ただ、ゼストと最後に和解することが出来たことのみが救いだった。
「ゼスト……わしはまだまだそちらには行けん様だ」
<ゼスト・グランガイツ>
最終決戦時にマテリアル達を退けスワスチカを破壊するも、命を燃やし尽くしてそのまま息を引き取った。
かつての親友レジアスと和解し、その命を愛するミッドチルダの為に使い切った彼の死に顔は満足気な笑みを浮かべていたという。
「…………………………………………」
<カリム・グラシア>
最終決戦時に聖王教会の騎士団を率いて管理局に反旗を翻すが、そこに一切の罪悪感はない。
聖王教会は歴代の教皇に就任していたメルクリウスの影響を強く受け、ガレア帝国に狂信的な忠誠を誓っている。
本局崩壊後は本拠点をミッドチルダからかつてのベルカ世界の近隣の世界に移し、各世界に散らばっていた信者を集結させて管理世界からの独立を図る。
独立後は宗教団体から宗教国家に姿を変え、カリム・グラシアは独立後の初代教皇に就任し新生ベルカ法国の元首となる。
「ラインハルト様を崇めなさい」
<ジェイル・スカリエッティ&ナンバーズ>
気が向いたら釈放してやると言ってたルサルカにすっかり忘れられ、捕まったまま。
なお、ナンバーズの生死についてはドゥーエが生き延びた代わりにクワットロとディエチがゆりかごと共に消滅している。
「私はいつまでここに居れば良いのだろう……」
<イクスヴェリア・ハイドリヒ>
皇妹、宰相に加えてラインハルトの側室の肩書きが加わる。
正妃でないことは若干不満だが、愛する兄と共に居ることができ、概ね満足している。
「兄様……永遠についていきます」
<ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ>
『ラグナロク』の勝者2人の内の1人となる。
単独優勝ではないため報酬は無いが、自力で流出を行えるラインハルトにはそもそも必要無い。
フェイトにイクスヴェリア、まどかと女性関係が乱れつつある。
本来の彼ではあり得ないことだが、前世の残滓が彼の本質を僅かに歪ませた結果であろう。
何れは流出を行い世界を飲み込み自分を転生させた外なる神々に戦いを挑むつもりだが、高町まどかに対して褒美として望みを叶えると約束した為、100年程はこのままでいいかと考えている。
「まぁ、たまにはこんな時を過ごすのも悪くはない」
黄金の獣は高みから世界を眺めている……いずれ壊す世界を。
「セーブデータNo.74をロードしますか?」
⇒Yes
No
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【最終章】神々の黄昏
77:神々の黄昏
一度Bad Endを見ることで選択肢が追加されます。
「違和感を感じる」を選択すると当ルート、「気のせいか」を選択するとBad Endルート。
あと2話程ですがお付き合い下さい。
推奨BGM:α Ewigkeit(dies irae)
【Side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】
「望みを言うがいい。
卿等の奮闘に見合う範囲であれば、叶えよう」
このまま彼女らを殺すことは容易い。
しかし、高ランク魔導師とは言え聖遺物も持たない普通の人間がここまでの戦果を上げたことは称賛に値するし、その褒美として大抵の事なら叶えてやっても良い。
実際、彼女達からすれば私は絶対に敵わない相手であった筈、そこに戦いを挑める気概がまず素晴らしい。
そして、それが単なる蛮勇でないことは結果が証明している。
自らに使える戦力を有効に使い、こちらの計画を不完全とは言え潰してみせた。
その上、自傷を発端としているとは言え私に痛みを味合わせ、奇策とは言えシュライバー達大隊長の内2人までも打倒したのだ。
見事だ、その一言に尽きる。
自分より強大な敵に立ち向かえるものはそうはいない。
その魂、私が認める英雄の資格が……。
────────────────────────#%&
思考にノイズが走った。
「私の、私達の望みは……」
「……待て」
強者に挑める勇気こそ英雄の資格、私はそう考え資格を持つものを好み評価している。
ならば、この違和感は何だ?
────────────────────────#%&
英雄の資格に関しては昔からの考えと相違はない。
ならば、この違和感は……その考えを全うしていないということか?
────────────────────────#%&
誰かに不当な評価を下したか?
いや、そんな記憶は無い。
では、私自身が反することをしたか?
────────────────────#$#$!"#%&
ノイズが増えた。
私が英雄の資格に反している?
しかし、私より強者である者など既にこの世界におらん。
挑みたくてもその相手が……
──────────────%"#%'$%#$#$!"#%&
いや、居る。
確かにこの世界には居ないが、この世界に来る前に見付けていたではないか。
『私やカールの様な世界の内側の管理者ではなく、外なる神とでも呼ぶべき存在。
今の私よりも遥かに大きな力を有している、壊し得ぬ存在』
────────\`{*}%$%"#%'$%#$#$!"#%&
『壊せぬものは見付けた。ならば次にすることは壊せるようになるまで自身を高めることだ。
まずは、此度の戦場で力を蓄えるとしよう』
何故、そんな風に考えた?
挑むに値する敵が眼前に居るのに、何故戦いを挑まなかった?
何故先送りにした?
臆しでもしたか……いや、そんな想いはなかった。
勝敗が問題なのではない、自身より強い敵など寧ろ望んでいたことの筈。
ならばこれは……
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────────────────────ti
鍵が回る音が何処かで聞こえた。
ノイズだらけになっていた思考が急速にクリアになっていく。
『外なる神』の介入を招く恐れがあるから流出は使わない?
まずは『ラグナロク』を終わらせることを目指す?
いずれ届くまで、力を蓄えることに専念する?
──否、断じて否。
私の
壊してしまうことを恐れて愛さないのが愚なれば、届かぬことを恐れて愛さないこともまた愚なり。
嗚呼、私は結局のところ彼女らの掌の上で操られていたのか。
思考誘導……おそらくは最初に転生させられた時点で既に彼女ら『外なる神』に逆らう行為を躊躇う様に埋め込まれていたもの。
「フフ、ハハハ、ハハハハハハハーーーーーーーーッ!!!!」
「「「「「──────っ!?」」」」」
突然笑い出した私に眼前の2人が……いや、いつの間にかシュライバー達と戦っていた機動六課の面々が玉座の間に集まり警戒している。
しかし、今更どうでもよい。
気付いた以上、最早こんな茶番に付き合う必要はない。
私は聖槍を横に構えると、詠唱を始める。
「な、まさか!?」
「突然何を!?」
「流出を使うつもりなの!?」
「そんな!?」
「みんな、止めて!
世界が滅びるわ!」
「──────っ!?」
「やめて! ラインハルトさん!」
「やめなさい!」
「だめ、間に合わない──!」」
声と共に、世界が切り替わった。
いつか見た果ての見えぬ白い空間──あの世界に転生する前に招かれた場所だ。
目の前には私を転生させたノースリーブドレスを纏った紫銀の髪の外なる神。
「いきなり流出を行うなど、何を考えているのですか?
介入が間に合ったから良かったものの、発動していたら『ラグナロク』が台無しになっていたところです」
表情は変わらぬが、どうやらお怒りらしい。
私は彼女に微笑み掛けながら、自身の状態を確認する。
聖槍はある、『城』への繋がりも感じられる、元の世界のレギオンも、あの世界で喰らった魂も全て十全。
突然の介入で小細工を仕掛ける暇は無かった様だ──ならば是非もない。
「なに、本気で流出させるつもりはない。
あれを起こして見せれば、卿に会えると思ったに過ぎんよ」
「私に……ですか?」
首を傾げている外なる神にゆっくりと近付きながら私は答える。
「ああ、そうだ」
「『ラグナロク』に何か不備でもありましたか?」
どうやら、彼女は未だ私の意図に気付いていない様だ。
折角の機会だ、常々思っていたことを指摘させて貰うとしよう。
「ああ、重大な不備だ──
──
「!?」
私はその言葉と共に、聖槍を顕現させると最初から全力で彼女に叩き付けた。
力の余波が空間を吹き飛ばし、純白だった世界は砕け散った。
そこは宇宙空間にも似た世界だったが、星の代わりに鏡の様なものが無数に浮かんでおり様々な光景を映し出している。
おそらく、あの鏡の1つ1つが1個の世界であり、私が先程まで居た世界も何度も繰り返した世界も、そして最初に生きていた世界もこの無数の鏡の中の1つでしかないのだろう。
少女の方は驚いていたが咄嗟に障壁を張って無傷でやり過ごしていた。
その様子に私は思わず嬉しくなる。
仮にも世界1つを破壊出来るだけの攻撃を受けて無傷か、相手にとって不足はない。
「まさか、私の施した精神誘導を解いたのですか?」
「矢張り小細工をしていたか。
随分と私を弄ってくれたものだ」
「想定以上の力を与えることになってしまいましたから、当然の保険です」
つまりは彼女は私を危険視したということだ。
現状で、彼我の戦力差はどの程度であろうか。
私は興味を惹かれてダメ元で彼女を凝視してみる。
しかし、残念ながら名もレベルも見ることは出来なかった。
「無駄ですよ。
そもそも、レベル制と言うのはあの世界専用に私達が敷いたルールです。
外に当たるここでは意味を持ちません」
私の行動を察したのか、彼女が窘める様に告げる。
興味はあったのだが、仕方ない。
それに、それならそれで戦術の選択肢が増えるというものだ。
「それにしても本当に規格外な人ですね。
そもそも、『ラグナロク』に最初から神の資格を持って参加することだけでもまず非常識だというのに、挙句の果てに途中放棄して私達に挑みかかってくるとは」
「その割には、特典を選ぶ時には却下しなかったではないか」
「一応はルールに則していましたからね。
元々『ラグナロク』は内部管理の人員増強、つまりは貴方の様な存在を育てることが目的です。
勝敗が最初から決まってしまいゲームとしては興醒めですが、目的は果たせるので良しとしたのですよ」
成程、彼女らの目的にも合致していたから認めたか。
しかし、ゲームとも言ったな?
「ゲームなのか人員増強なのか、どちらなのかね?」
「趣味と実益を兼ねたイベント、といったところですよ。
自らの送り込んだ手駒をぶつけ合わせる遊戯であると共に、ゲームの勝者は自らの配下を増やす事が出来る。
そういうイベントです」
配下、か。
つまり、『ラグナロク』の勝者は世界の内部から管理を行う『内なる神』の座に付くと共に、自分を転生させた『外なる神』の眷属となるということか。
「つまり、私を部下とすることが目的だったわけか」
「現在進行形で飼い犬に手を咬まれていますけど……もういいです。
勝利間違い無しと思っていたゲームを捨てることになりますが、貴方にはここで消えて貰います。
次の開催の時にはもう少し従順な駒を選ぶようにしますよ」
「そうするといい…………次があればの話だがな」
私は聖槍を振るい構え、詠唱を始めた。
「
さあ、我がエインフェリア達よ…………戦いの時だ。
「
(後書き)
「03:準備転生」以来、約70話を跨いだ伏線回収。
「今に見ていろ」などと言う様な台詞を言って逃げる獣殿は獣殿らしいでしょうか?
私はそうは思いません。
彼にとって愛は破壊であり破壊は愛、勝敗など二の次で全力を以って相手と触れ合えることが何よりも大事です。
準備転生前から転生者の魂越しに植え付けられた精神誘導が、準備転生後に外なる神に再開した瞬間に発現しました。
しかし、弱者が強者に立ち向かう様に獣度は自らの信念を思い起こし、精神誘導を振り払いました。
<対転生者および対管理局での過剰な準備>
⇒「外なる神」への戦いを避ける思考誘導が「戦いには準備が必要」の方向に作用した結果。
他の転生者と管理局にとってはとんだとばっちり。
<マイルド獣殿>
⇒半分はシュールさを出したかった私の趣味、もう半分は獣殿の思考が変わっていることを紛らわすミスリード。
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78:共にこの宇宙で謳いあげよう、大いなる祝福を
【Side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】
「
「
初撃を相争う様に放ったのはベイとシュライバー。
黒円卓の白騎士の座を奪い合う2人は我先にとその渇望を発露する。
夜が広がり周囲にあった世界の鏡ごと『外なる神』を内へと捉えようとする。
背後に下がろうとする『外なる神』だが、その機先を制するように髪を伸ばしたシュライバーが肉薄し一撃を叩き込む。
シュライバーの攻撃は六芒星の形状をした障壁によって遮断されるが、回避を邪魔された『外なる神』はベイの創り出した夜へと飲み込まれる。
その途端、凄まじい量の魂が私の総軍へと雪崩れ込んでくるのを感じた。
今の一瞬で流れ込んできた魂だけで、嘗てカールと戦った時の私の総軍に匹敵するだろう量だ。
しかし、見た所『外なる神』の魂の保有量は減っていない。
いや、減ってはいるのだろうが総量が多過ぎて焼け石に水といったところか。
「無駄です。
相手の弱体化と自身の強化を図ると言う意味で魂の吸収という発想は悪くありませんが、そんな調子ではどれだけ時間を掛けても私を枯渇させることなど出来ませんよ」
事実なのだろう。
実際、魂がこちらに流れ込んできているにも拘らず、彼女は何の痛痒も感じていない様に見える。
「今度はこちらからいきますよ──【ABRAHADABRA】」
突き出された左手から死そのものが雷の形を為して私達へと襲い掛かる。
「
一歩前に出たシュピーネが巨大な蜘蛛の巣を我らの前に創り出す。
死の雷は糸の迷路に突き刺さり、そしてそれを伝わって逸れていく。
なかなかやる、嘗てのカールとの戦いでは決して前に出られなかった男が今ではこの雄姿だ。
そうだ、それでいい。
我がエインフェリアたる者、そうでなければいかん。
「天地貫く業火の咆哮、遥けき大地の永遠の護り手、
我が元に来よ、
私の新たな詠唱と共に、体長15メートルを超える黒い竜が仁王立ちで顕現する。
「薙ぎ払え」
その言葉と共に、真竜の胸部から砲撃が放たれる。
砲撃は『外なる神』を目掛けて真っ直ぐに突き進む。
「闇に沈みなさい──【N'kai】」
『外なる神』が真竜の砲撃に対抗するように放った闇は一瞬にして砲撃や真竜だけでなく我が総軍を包み込んだ。
その瞬間、凄まじい重圧が我等を襲った。
「これは……重力結界?」
砲撃は重力に押し負けて圧殺される。
また、我等もその圧力に押し潰されて身動きが取れない。
「このまま潰れてしまいなさい」
「そうはいかんよ……マキナ」
「
マキナの放った拳が結界を捉え、一撃で幕を引く。
我等は重力の檻から解放され、反撃に出た。
「
「
「
マレウスの影が伸び、その横を雷と化したヴァルキュリアと炎と化したレオンハルトが駆け抜ける。
足を引く影に捉われた『外なる神』を左右から雷と炎が襲い掛かる。
しかし、『外なる神』は大したダメージも無く、平然としている。
「遊びは終わりにしましょう──【Hyperborea Zero Drive】」
そう言うと、『外なる神』は白く焔える極々々低温の刃を放ってきた。
総てを無の静寂へと落とす絶対零度の砲撃。
これを受けては、おそらく私も一撃で滅びるであろう。
しかし、臆する必要などない。
「出番だ、ザミエル。
卿の炎を私に魅せてくれ」
「
過去最高の灼熱が絶対零度の砲撃と相対する。
しかし、無限に等しい熱量を以ってしても分が悪いのか、少しずつこちらへと圧されてくる。
「ぬ……くぅ………………っ!!!」
「どうした、ザミエル。
卿の
私は前に立つザミエルの傍まで足を進めると、その肩と左腰に手を添える。
ザミエルは真っ赤になると、背後の私を仰ぎ見る様に見返す。
「ハ、ハイドリヒ卿!?」
「さあ、圧し返してやるといい」
「……jawohl,mein Herr!」
一瞬茫然とした態を晒していたザミエルだが、すぐに決然とした笑みを浮かべると『外なる神』の砲撃へと向き直る。
灼熱の炎がその熱量を更に上げ、圧されていた拮抗点が五分の位置まで圧し返される。
やがて、双方の砲撃はどちらにもダメージを与えることなく相殺されて消え果てた。
「しぶといですね」
「当然であろう。
その程度も出来なければ、反旗を翻したりせんよ」
「その程度が出来たくらいで一々反旗を翻されても困るのですが」
その言葉に思わず私は苦笑を浮かべる。
「時に聞くが、今までに私の様に反旗を翻した者は居なかったのかね?」
「居ましたよ、大抵は最初の一撃で消滅しますけど」
「その様な惰弱な輩と私の愛を一緒にされては困る」
「そうですね、それは認めましょう。
これまで我々に戦いを挑んできた中でも貴方は飛び抜けて強い力を持っています。
しかし、だからこそ分かるでしょう……彼我の力の差と言うものが」
そう、確かにそうだろう。
依然として私と彼女の間には大きな差が存在する。
ベイの結界は彼女や周囲の世界から魂を吸い続けているが、それでも差は一向に縮まらない。
「関係無いのだよ、力の差など。
いや、寧ろ歓迎すべきことと言える。
私が全力で愛して壊れないもの……私が常々望んでいたものだ」
「生憎、私の総ては1人の方に捧げています。
貴方の愛など要りません」
「そうつれないことを言うな、砕け散る程に愛させてくれ」
「しつこい男は嫌われますよ──【Canis of Arrow】」
巨大な黒き龍の躰を持った金色の弓から、5本の極光が放たれる。
その熱量は余波だけで世界を灼き尽くすに足るものだ。
私は、その攻撃に対して新たに総軍から魂を呼び起こす。
それは、この『ラグナロク』で私の総軍に加わった参加者達──
「卿らも色々と思うところはあろうが、今はその鬱憤を元凶に叩き付けてやるがいい。
ああ、それとカール。 卿もサボってないで、戦え」
──と、ついでに先程から何もしていない親友。
「
赤いバリアジャケットを纏った赤茶色の髪の青年が、七枚の花弁からなる盾を展開する。
「Eternal Coffin」
水色髪の少女が永久凍土の最高位魔法で迎撃する。
≪Absolute Terror Field≫
紫の装甲を纏った巨人が赤い障壁をその眼前へと創り出す。
「
赤毛の少女が、神さえ殺す程の雷を槍として放つ。
「Ab ovo usque ad mala. Omnia fert aetas.」
そして、我が友カールが、因果律を崩壊させる。
それぞれの放つ技は本来であれば『外なる神』の攻撃に対抗出来る様なものではないが、私の後押しによって疑似流出位階まで高められることにより、放たれた矢を迎撃し防ぐ。
しかし、防がれた極光の一部の欠片が流れ矢となる。
欠片とは言え魂を消し飛ばすに足りるそれの向かう方向に居たのはレオンハルト。
「……………………あ……」
「螢!?」
虚を突かれたのだろう彼女はかわすことも出来ずに自らを襲う光を呆然と見る。
ヴァルキュリアが悲鳴染みた声を上げるが、如何に黒円卓で2番目に速い彼女であろうと位置が遠過ぎる。
覚悟を決めたのか目を閉じてその瞬間を待つレオンハルト……しかし、極光は彼女の前に割り込んだ者が持つ武器で弾かれる。
偽槍は大剣に、そして持つ者は仮面で顔を隠しているが屍ではない生者の姿で。
「兄……さん…………?」
「戒!? 貴方どうして……」
「危ない所だったね、螢」
意固地になって閉じ籠っていた筈が、妹の危機に黙って見て居られなくなったか。
それもまたよし、この戦いが終わったら偽槍の呪いも解かせるとしよう。
なに、自身が組んだものではないとはいえ、カールなら出来るだろう。
「まさか、あれを防がれるとは……。
今のは私の持つ攻撃手段でもかなり上位の威力がある筈なのですが」
「愛が違うのだよ」
「…………………………」
私の言葉が癪に障ったのか、『外なる神』は無言のままナニカを生み出す。
それを眼にした瞬間、私の背筋に電流が走った。
嘗てカールと戦った時以来の、そしてその時を遥かに超える期待と恐怖。
捻じ曲がった神柱
狂った神樹
刃の無い神剣
頭では理解できないが、戦いにおける直感が告げている。
あれを撃たせたらその時点で終わり、総軍総てが何処かへ引き摺りこまれる。
「合わせろ、カール」
「承知した、獣殿」
ならば、機先を制すのみ。
ああ、イザークよ……卿も共に来るがいい。
「
「
嘗ては互いに向け合ったそれを、今度は共に並んで解き放つ。
ああ、これも悪くはない。
共にこの宇宙で謳いあげよう、大いなる祝福を。
「「
「
「【Shining Trapezohedro──ぐっ!?」
私と
激痛にその美貌を歪めた『外なる神』はその反動で顕現させていたナニカを維持出来ずに消失させてしまう。
そして、大きな隙を生んだ……好機だ。
「眼を借りるぞ、暗殺者」
好きにしろよと言う無言の回答を受けながら、私は此度のラグナロクの最後の参加者の力を眼に宿す。
直死の魔眼、「」との接続によって対象の情報を取得することで成り立つ力故、法則の外に居る『外なる神』には何ら影響を齎さない──
実際、他の『外なる神』であれば何の効果も無いだろう。
しかし、今目の前に立つ彼女だけは別だ。
私を生み出した者であり、眷属としようとしていた者……ならばそこにはわざわざ「」から求めずとも繋がりがある。
そして、こと死の理解に関して私の右に出る者などいない。
神をも殺す眼を宿した途端、世界は線と点で埋め尽くされた。
無数の死の中で、一際薄くそしてそれに反して強い存在感を放っている点を見付けた。
間違いない、あれが彼女の「死」だ。
私はこれまで重ねた総ての時を籠めて聖槍を振り被り──
「さあ、私の愛を受け取るがいい」
──全力を以って投擲した。
聖槍は総ての守りと幻影を一撃で打ち砕き、彼女を素通りしてその遥か向こうに隠されていた一冊の本を貫く。
「───────────っ!?」
その瞬間、『外なる神』は声にならない悲鳴を上げ、胸から血の様に光を噴き出す。
「ガアアアアァァァ……こ、こんなことが……」
そして、そこから砕ける様に光へと還っていった。
「……マス……申し訳……ませ…………」
最期に彼女が何と言っていたか、私は聞き取ることが出来なかった。
(後書き)
友情出演。
なお、ここでの彼女は格が上がり過ぎて単独で一柱と化してます。
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79:Acta est fabula
【Side 高町まどか】
「……………………は?」
ある日気が付いたら、私は何だか良く分からない空間に居た。
「ちょ、何処なのここ!?
それに何なのこの格好?」
極彩色の空間に広がる曼荼羅の紋様、そしてハスの様な御座に胡坐をかく私。
格好も何だか水墨画に描かれた菩薩の様な格好になっている。
その上、動けない。
「一体何がどうなってるのよーーーーー!!??」
一通り叫んで、冷静になる。
兎に角、これまでのことを振り返って現状を分析しよう。
どのみち動けないのだから、他に出来ることもない。
およそ半年前、ミッドチルダを……いや、全次元世界を襲った未曾有の事件は唐突に終わりを遂げた。
ラインハルト・ハイドリヒは詠唱の途中で忽然と姿を消し、その瞬間『城』も消失、私達は空中に投げ出された。
幸いにして突入に当たった者は全員空を飛べたため、大事には至らなかったが。
後で聞いたところによると、クラナガンの各地に陣取ってスワスチカを創っていた騎士団員もこの瞬間に姿を消したらしい。
本局に攻め込んでいた艦隊も姿を消しはしなかったものの主の異常を察したのか攻撃を中止、停戦を申し込んできた。
通常であればそんな申し出は受ける筈もないがこの時点で本局は常駐していた総ての次元航行艦を失っており継戦能力も皆無、その申し出に一も二も無く飛び付いたそうだ。
侵攻してきたガレア帝国とは停戦したものの、本局は半壊、地上本部は建物こそ無事なものの部隊は殆どが戦闘不能、そして管理世界の至る所で聖王教会が反乱を起こし、管理外世界では駐在局員が犯罪者として追われる始末。
正直、この時点で管理局が崩壊しなかったのは奇跡に近いと思う。
以降約半年に渡って復興作業を続けてきたが、まだ完全とは言い難い。
ミッドチルダはある程度元の姿を取り戻しつつあるが、管理局の目に見えた劣勢を受けて管理世界の3分の1程が独立を宣言、その中には各世界の聖王教会信者が集まって建国されたベルカ法国も含まれた。
多数の次元航行艦が撃沈させられたこともあり、実質的に管理局の力は嘗ての半分以下に落ち込んでいる。
いや、復興して何とか嘗ての半分まで盛り返したと言うべきかも知れないが。
機動六課は本来であれば一年間の試験部隊だったのだが、この状況下で有耶無耶になりそのまま正式部隊へとなった。
本当ならちょうど今日、解散していた筈なのだが……………………って、もしかしてそれ!?
新暦76年4月28日……正史における機動六課の解散日であり『ラグナロク』のリミット。
「あは……はは……は………………」
この状況の意味が分かってしまった。
思わず乾いた笑いがこぼれる。
「私…………神様になっちゃった」
そして、それを自覚した瞬間、この場から知識が流れ込んできた。
「座」と言う場所、流出の意味、これまで知らなかったことを知り、そして途方に暮れる。
強大な渇望を溢れ出させて世界法則を書き換える……確かに彼等にはそれが出来るのだろう。
しかし、そんな渇望も知識も能力も持たない、無理矢理ここに引き摺りこまれただけのインスタント神様に何をどうしろというのだ。
おそらく、私がここに来ても世界は元のまま何1つ変わっていないだろう。
世界法則の書き換えなど、私には出来ないのだから当然だ。
本物の覇道神が正社員なら私はパート社員かアルバイター、規則を変える様な権限はなく決められた範囲で仕事を行うことしか出来ない。
ついでに言うと、パート社員やアルバイターと言っても給料は出ない。
まぁ、それは
「はぁ」
思わず溜息がこぼれるのも仕方ないだろう。
これから永久にこの場で魂の管理だけをして過ごせと言われているのだから。
「……ん? そう言えば、私がここに連れて来られたってことはアイツはどうなったんだろう?」
半年前に対峙していた黄金の獣。
私なんかとは違う本物の覇道神……って、今考えると本当にとんでもない相手と戦ってたのね、私達。
まぁ、手加減に手加減を重ねてあれだったということは身に沁みて分かったけど。
彼は流出を行おうとして消えた。
あの時は何が何だか分からなかったけど、おそらく私達を転生させた神様達の介入があったのだろう。
しかし、それによって殺されたり消されたりしたのだったら、今になって私が勝者扱いされていることの説明が付かない。
もしそうなら、あの時点でこうなってもおかしくなかった筈だから。
「まぁ、別に死んでて欲しいわけじゃないんだけど」
「そうなのかね?」
「まあね、嫌な相手ではあるけど死んでほしいと思う程じゃ………………え"!?」
斜め方向から聞こえてきた声に、私はギギギっと軋む音を立てながら首を向ける。
そこには、先程私が思い浮かべていた黄金の獣様が立っていた。
「み"」
「み"?」
「み"ぎゃあああああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
我ながら乙女としてどうかと思う悲鳴が腹の底から飛び出した。
「何もそこまで驚くこともなかろうに」
「いや、だって……」
死んだと思っていた相手、嘗て敵対していた者、多分デコピン1つで私を粉々に砕ける力の持ち主、おまけに私は胡坐をかいた姿勢のまま身動き取れない。
これだけの条件が揃えば、誰だって悲鳴を上げると思う。
「安心するといい、今更に卿と戦おうとは思わんよ」
「本当に?」
私は彼の言葉を信じることが出来ず、疑いを投げ掛ける。
何しろ彼が目的を果たす為には現在「座」に座っている私を退かす必要がある。
そしてそれは彼にとって造作もない事だろう。
しかし、彼は肩を竦めながら何でもないことの様に言う。
「本当だとも、今更世界1つを飲み込んでも大して変わらんからな」
「……ちょっと待って、貴方今まで何をしていたの?
いえ、
「『外なる神』の1柱ということになるな」
くらりと眩暈がした気がした。
「元より私は全力で戦える相手を探していたのだ。
ならば戦うべきはより強き者。
卿らではなく我等を転生させた『外なる神』を相手と定めるのは必定であろう」
「で、あの時流出を起こす振りをして戦いを挑んだってわけ?」
「その通りだ。
その結果、『ラグナロク』を主催していた7柱を飲み込んで今に至る」
「なぁ!?」
思わず絶句してしまった。
私達を転生させた神様を倒した……と言うだけでもとんでもないのに、7柱総てと戦って勝ったのかこの金ぴか。
…………………………ん?
「ちょ、ちょーっと待って欲しいんだけど、7柱総て倒して飲み込んだってことは……」
「ふむ? ああ、卿の上官でもあるな、必然的に」
「げ!?」
とんでもない事を告げられた。
私、コイツの部下として働かなきゃいけないの?
「不服か?」
「い、いえいえ、滅相もない」
本当は不服だけど、力関係的にとても逆らう気になれない。
機嫌を損ねたら即消されかねないのだから、情けないとは言わないで欲しい。
「それで、これからどうするの?」
「イクスを放置してしまったからな、一度顔を見せてやらねばなるまい」
「イクス?」
初めて聞く名前に疑問が湧いて尋ねる。
いや、何処かで聞いた名前でもある気がするが……。
「イクスヴェリア・ハイドリヒ。
この世界における私の妹に当たり、ガレア帝国の宰相を任せている。
黒円卓の番外でもあり、先の戦争においては本局への侵攻の指揮を取らせていた」
「イクスヴェリア……って、冥府の炎王イクスヴェリア!?
そう言えば、彼女の国がガレア王国だったわね……帝国に変わってるけど。
でも待って、顔を見せるって今の貴方が世界の内側に入り込むつもり!?」
元々、うっかり世界を踏み抜いても不思議ではないくらいの存在格を持った存在だった筈。
それが、更に強さを増していると言うのに気軽に世界の内側に乗り込まれたら……。
「なに、ここに来ているのは私の本体ではなく端末に過ぎん。
世界の中に入り込んでもそう大した問題は起きまいよ」
「いやいやいや、十分問題だから!
端末って言っても、今の貴方の存在だけで全次元世界の魂より重いから!」
「む……しかしこれ以上は削れんぞ。
これでも極限まで抑えているのだ。
まぁ、この世界の「座」に居る卿が全力で維持すれば何とかなるであろう?」
「ちょ、ま、駄目だって……無理……入らないでーーーー!!!」
必死に止める私を無視して、彼は「座」を通り過ぎて世界の内側へと降り立ってしまう。
「ぎょえええええぇぇぇぇーーーーーー!!!!」
その途端、胡坐をかいたままの私に凄まじい重圧が掛けられ、私は思わず悲鳴を上げた。
世界以上の質量を持つ存在が無理矢理侵入したため、その分の重みが私に掛けられたのだ。
例えて言うなら、自分の体重がいきなり3倍になった様なものだが、「座」に座る私は気絶も出来ない。
「ちょ、もしかして私、今後ずっとこんな目に遭うのーーー!?」
ああ、もう、神様なんてなるもんじゃない!
【Side ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ】
「ん?」
何処からか悲鳴染みた声が上がった気がしたが……気のせいか。
寄り道した「座」から世界の内側へと足を進めながら、私は先程の邂逅を頭に浮かべる。
まさか『外なる神』との戦いの間に場外負けになるとは思わなかったが、まぁ今更『ラグナロク』の勝敗などどうでもいいことだ。
それに、あの時褒美を与える約束をしていたのだから、彼女に勝利を譲ったと考えればいいだろう。
敗北して命を落とす筈だったところを勝者として神の座まで得られたのだ、奮闘の褒美としては十分だろう。
「さて、まずはイクスの機嫌を取るとして……その後はどうしたものか」
高町まどかが「座」に居たところから推測するに、既にあれから半年以上が経過している。
何も言わずに放置することになってしまったイクスはさぞかし荒れているだろうから、機嫌を取るにはそこそこ手間取るだろう。
まぁ、それに関しては已むを得ん、彼女が納得するまで付き合うしかあるまい。
問題はその後、これから私が何を目的に存在すればいいかだ。
『
これ以上、上には誰も居ない。
ならば……そう、ならばだ。
最早、下から駆け上がってくることに期待する他ない。
故に、次の『ラグナロク』は私が主催者となろう。
私が彼等に挑んだ様に、挑んでくる者を待つのだ。
いずれ私に届く者が現れるまで、
「私は総てを愛している。
私の愛に限りは無く、悠久に
True End 「Sieg Heil Viktoria」
(後書き)
True End「Sieg Heil Viktoria」でした。
流石にもうこれ以上ルートはありませんので、以上で本編完結となります。
が、79だとキリが悪いので最後に一話、蛇足を付け足して80話ピッタリで終わりにしたいと思います。
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80:「座」談会
話数が79だと何だかキリが悪かったので無理矢理80に。
座談会……但し、舞台裏ではなく延長線上です
推奨BGM:Sanctus(dies irae)
「……………………ねぇ?」
「ん?」
「何なの、これ?」
「座談会だ」
本来、強制的に据えられてしまった高町まどかだけが居る場所に、あり得ない光景が広がっていた。
「座」に座るまどかの前に据えられたのは巨大な丸テーブル。
そこには元々据えられていた「座」以外に6つの座席が用意され、7人が座っていた。
「座」に座る高町まどか
松田優介
テスラ・フレイトライナー
鈴木亮
リジェ・オペル
セアト・ホンダ
そして、ラインハルト、ハイドリヒ
『ラグナロク』の参加者のうち生者はまどかとラインハルトの2人のみ。残りの人間はラインハルトの総軍に取り込まれており、今姿を見せているのも魂からの形成状態だ。
「座談会って……この面子で?」
「ふむ、その辺りの事情から説明するとしよう。
実は次回の『ラグナロク』を私が主催となって開催することにしたのだが、それに当たって今回の『ラグナロク』の反省点等を参加者から募ろうと思ってな」
「な!? あなた、あんなことをまたやる気なの?」
「仕方あるまい、そうでもしなければ私に挑んでくる者が出てこなそうなのだから」
喰ってかかるまどかに、ラインハルトは泰然としながら返す。
「それはいいとして……いや、良くないけど。
みんな、怯えてる様に見えるんだが?」
「ふむ?」
横に座る優介から投げ掛けられた言葉に、ラインハルトは周囲を見回すと4人はビクッとその身を震わせた。
残りの『ラグナロク』参加者は皆ラインハルトやエレオノーレに惨殺された者達ばかりであり、恐怖に震えているのだ。
そういう優介自身もエレオノーレに殺された形だが、彼はその死に納得しているらしく恐怖は無いようだ。
「参加しないのならザミエ──」
「「「「参加させて頂きます!」」」」
「ならばよい。
今日は無礼講だ、敬語も要らんよ。
好きな様に話せ」
ハッキリ言って脅迫以外の何物でも無かったが、4人の回答にラインハルトは満足そうに頷くと何処からかシュークリームと珈琲を出現させて各々の前に置いた。
「ちょ、ちょっと……私動けないんだけど」
目の前に置かれても手を出せないまどかが抗議の声を上げる。
「隣の松田優介に食べさせて貰えばいい」
「む、仕方ないわね……優介、お願い」
「……………分かった」
「さて、それでは座談会を始めよう……と言いたいところなのだが、よく考えれば面識のない者も居るな。
まずは自己紹介から始めるべきか。
時計回りにクラスと名前、それから選んだ特典を述べるがいい」
「仕方ないわね。
セイバー枠の高町まどか、選んだ特典は『御神の剣士の力』でなのはの双子の姉。
うっかり『ラグナロク』の勝者になっちゃったせいでここで強制労働させられてるわ」
1人だけ椅子ではなくハスの様な御座に胡坐をかいて座っている菩薩の様な格好の茶髪ポニーテールの女性が口火を切る。
「アーチャー枠の松田優介だ。
選んだ特典は『無限の剣製』
赤騎士に焼かれて死んだ」
赤いロングコート型のバリアジャケットを羽織った赤茶髪の青年が続く。
「キャスター枠のテスラ・フレイトライナーよ。
選んだ特典は『SSSランク魔導師の才能』
エレオノーレ姉様に塵一つ残さず消滅させられたわ」
水色の髪を伸ばした少女が頬を染めながら答える。
「ライダー枠の鈴木亮だ。
選んだ特典は『エヴァンゲリオン初号機(S2機関搭載)』……動かなかったけど。
そこの獣様に槍で刺されて死んだ」
緑のワカメ状の髪をした少年が俯きながら答える。
「バーサーカー枠のリジェ・オペルです。
選んだ特典は『ネギ・スプリングフィールドの能力』
まどか隊長に敗北した後、ザミエル卿に焼かれて死にました」
赤いショートカットの少女が一瞬だけまどかの方に目を向けながら答えた。
「アサシン枠のセアト・ホンダだ。
選んだ特典は『七夜の体術と直死の魔眼』
そこの衛宮もどきに負けた後、ザミエルに焼かれて死んだ」
最後に、黒髪の青年が優介を指差しながら答える。
「「「「「「…………………」」」」」」
6人が自己紹介を終えた途端、一瞬だけ静寂が訪れる。
「ほとんど赤騎士じゃない!」
「ほとんど赤騎士じゃないか!」
「ほとんどエレオノーレ姉様じゃない!」
「ほとんどザミエルじゃないか!」
「ほとんどザミエル卿じゃない!」
「ほとんどザミエルじゃねぇか!」
6人は同時に叫んだ。
『ラグナロク』の参加者で命を落とした5人の内、実に4人がエレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグに殺されている。
純粋な参加者でもないのに、戦果としては圧倒的だ。
「ふむ、彼女の忠道大義なり。
ああ、全員知っているかも知れんがランサー枠のラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒだ。
選んだ特典は……まぁ、見ればわかるであろう」
「「「「「「…………………」」」」」」
再び沈黙が場を支配する。
「どうかしたかね?」
自分が自己紹介した瞬間沈黙し、何故かジト目で自分を見詰める6人の姿に怪訝に思い、ラインハルトは問い掛ける。
「反省点を募るって話だったからこれだけは言っておきたいんだけど」
「ああ、俺もだ」
「私もね」
「俺もだよ」
「同感です」
「確かにな」
まどかの言葉に、同じことを考えているのかハイドリヒを除く他の参加者も同意し首を縦に振っている。
「ふむ?」
「「「「「「ゲームバランスが悪過ぎる!!」」」」」」
6人の心と声がピッタリ一致した瞬間だった。
「……そうですか?」
「いや、むしろゲームになっていないと言うか、無理ゲーと言うか……」
「卿は勝ったではないか」
確かに、『ラグナロク』の勝者は結果的に高町まどかであり、その意味に置いてラインハルトは敗者となる。
タイムリミットまでに戦場世界に戻れなかったが故の場外負けと言う変則的な形ではあるが……。
「いや、それはそうなんだけど……。
分かったわ、それなら全員『ラグナロク』参戦時の最終的なレベルを教えてくれる?
私は34」
「俺は41だったかな」
「39だったと思うけど……」
「……15だ」
「私も39ですね」
「俺は42だったな」
「私は43です」
「1300だ」
「「「「「「勝てるか!」」」」」」
再び、6人の心と声がピッタリ一致した。
「桁が2つ違ってバトルロイヤルとか成り立つわけないじゃない」
呆れた様に言うテスラ。
「まぁ確かに力量差はあるかも知れんが……卿と松田優介には言われる筋はないと思うぞ。
私よりも先にカードを選択しているわけだからな」
「ぐ……」
「それはそうだけど」
ラインハルトの指摘に、テスラと優介の2人はグッと押し黙る。
確かに、ラインハルトの元になった転生者がカードを選んだのは3番目。
その時点で選択されていたアーチャーとキャスターのカードに該当する2人はそれより先にカードを選んでいたわけであり、それはつまりその気になればラインハルトと同じ選択をすることも可能だったということ。
選択肢があって選ばなかった以上、それは自己責任の範囲を出ない。
「そもそも、選択を参加者に委ねている以上、調整は難しいな。
いやしかし、私の目的を考えればなるべく強い選択が為される様に誘導すべきか……」
「戦場になる世界が消し飛ぶわよ」
「ふむ、戦場の選択も考慮が必要というわけか」
「いや、インフレ防止をしなさいって話なんだけど……もういいわ」
自分の指摘とは明後日の方向に話を進めるラインハルトに、まどかは諦めた様に首を振った。
「他に何かあるか?」
「俺のEVA、動かせなかったんだけど……流石に酷くないか」
ラインハルトの呼び掛けに、スズキがおずおずと手を上げながら周囲に同意を呼び掛ける。
「それは酷いわね……コアのせい?」
「ああ、多分碇ユイのままで渡されたんだと思う」
テスラの同情的な問い掛けに、スズキは頷きながら答えた。
「せめてそのくらいのフォローはあっても良さそうね」
「成程……めもめも、と」
テスラの言葉に、ハイドリヒは用意していた手帳にメモを取る。
「あと、準備転生については説明が欲しかったです。
あれのせいで私は……」
「準備転生?」
「何それ?」
リジェが不満を挙げるが、聞き覚えの無い言葉にテスラとスズキの2人が反応する。
それ以外の4人は知っているらしく、特に反応は示していない。
「魂に密接に関わる様な能力は切り貼りが出来る様なものではないからな、それに相応しい世界に転生させられ自力で習得するのだ。
例えばそこの松田優介なら『無限の剣製』を使えるようになる為には衛宮士郎と同じ心象風景を持つ必要がある。
そのため、衛宮士郎として転生してその人生をトレースする、と言った感じにな」
「成程、私は『SSSランクの魔導師の才能』だけど、戦場の世界と同じだから無かったのかしら」
「俺もそれがあったら動かせるようになってたのか……」
ラインハルトの説明に納得の声を上げるテスラ。
一方で、スズキは自分の不幸がほんの僅かの差で齎されたことを再度認識したらしく、嘆きの声を上げる。
「俺は月姫の世界の七夜の一族に転生したな」
「私は数万回程繰り返す羽目になったな」
「「「「「「は?」」」」」」
セアトとラインハルトが自分達の準備転生について明かすが、ラインハルトの言葉に全員が唖然となる。
「いや、カールと同等の力を手に入れる為に失敗したらやり直しで、それくらい繰り返したのだよ」
「スケールが違う……」
「それだけのことをやっていれば、あのレベルも仕方ないか」
「流石です」
1人だけ桁違いのことをしている状況に、納得しながらも顔を引き攣らせる他の転生者達。
「……私はネギまに転生させられました」
「へぇ~、あのラブコメ世界なら結構楽しそうじゃん。
バトルはインフレバトルだけど」
続いて明かされるリジェの言葉にスズキが感想を言うが、その瞬間空気が凍った。
「……今、何と言いました?」
「へ? あ、いや……楽しそうって」
俯いて目が見えない状態で、先程までと打って変わって低くなった声で問い掛けるリジェに、スズキは自分が何か地雷を踏んだことを悟り、慌てながら答える。
「……………………」
「あ、あの……その……」
「ふむ、何か事情がありそうだな。
良ければ話して貰えんか」
既に澱んだ殺気すら纏いながらスズキを睨むリジェの姿に、ラインハルトが多少の興味を持ちながら間を取り持つ。
「……分かりました。
私はさっき言った通り、ネギまの世界に転生させられました……女のままで」
「女? 『ネギ・スプリングフィールドの力』を望んだんじゃ?」
ネギまの主人公、ネギ・スプリングフィールドは少年だ。
その力を望んだのにも拘らず女性のままで転生したと言うリジェの言葉に、優介が疑問を上げる。
「ええ、ですから女としてネギ・スプリングフィールドになりました。
母親である『千の呪文の女』ナギ・スプリングフィールドと父である『災厄の王』アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの1人娘として」
「まさかのTS転生!? いや、本人の性別はそのままだからTSじゃないか。
その代わりキャラの性別が逆になってる世界なのか?」
なお、彼等は知る由もないが、本人の性別が変わらないのは一応は前任の主催者達の善意に拠るものだ。
性別が変わると大変だろうというのがその理由だが、一方で準備転生はその本人に合わせて用意される。
結果、女性でありながら男性キャラの能力を望んだり、その逆の事例があると、この様に世界の方が性別反転した状態になる。
「……え、ちょっと待って。
もしそうだとすると……」
何かに気付いたのかまどかが顔色を変える。
「はい。
数え年で10歳になった私は、卒業試験で日本で教師をすることを命じられ、麻帆良学園『男子』中学校の担任として送り込まれました……」
「「「「「「「うわ……」」」」」」」
少年を女子中学校に放り込むことと少女を男子中学校に放り込むこと、男女平等を謳いつつも後者の方が非道と誰もが答えるだろう。
その様を想像して全員が冷や汗を掻いて引いた、ラインハルトですらも。
「ついでにあのクラスは個性豊かでしたが、基本的に全員ロリコンでした」
「ナニソレコワイ」
「流石の私も同情せざるを得んな、それは」
そう言いながら、ラインハルトは新たにシュークリームを取り出してリジェの皿に置く。
ありがとうございます、と礼を言って齧り付き、珈琲を一口飲んでから再度口を開いた。
「あんなことになる特典だと分かっていたら選びませんでした!」
「そりゃ、そうだよな……」
血涙を流しそうな血相で叫ぶリジェの姿に、スズキは同意するしかなかった。
「次の話題にいくか?」
「ハイ!」
微妙になった空気を誤魔化す様に次の話題を探すセアトに、まどかが返事を上げる。
なお返事は威勢がいいが、彼女は座禅の姿勢のまま手を上げることも出来ない。
「どうした、高町まどか」
「勝者の報酬が強制労働って酷くない?」
「そう言えば、さっきも言ってたわね強制労働って。
一体どういうこと?」
「と言うか、最初から気になってたんだが。
アンタ、何でそんな珍妙な格好してるんだ?」
高町まどかの現状について知っているのは、本人とラインハルト、ハイドリヒだけ。
明らかに変な彼女の状況に気になっていたテスラとセアトが疑問の声を上げる。
仕方なく、まどかは自分が『ラグナロク』の勝者扱いになってしまったせいで、「座」に据えられ魂の循環を促進する役割を強制させられていることと、上司にラインハルトが就いたことを説明する。
「うわ……優勝しなくて本当によかったです」
「酷い!?」
助かったと言わんばかりのリジェの反応に、半泣きのまどかが答える。
「ふむ、『座』に関連のある能力を選んで順当に勝ち進んで居れば神格や神意もある程度は身に付いていて、もう少しマシな状態だった筈なのだがな」
「私もまさか棚ぼた式に優勝させられるとは思ってなかったわ。
ねぇ、貴方ならどうにか出来るんじゃないの?」
まどかが縋る様にラインハルトに待遇改善を訴える。
「出来るぞ? 但し、その場合には卿は消滅することになるが」
「却下よ!」
どうにかする=座から排除という力技に、まどかが憤慨する。
「まぁ、神格や神意が無くとも100年くらい経験を積めば、端末を作ることくらいは出来る様になるだろう」
「長過ぎるわよ……」
どうやら自分は当分この状態らしいと、まどかは肩を落とした。
なお、ラインハルトは「端末を作れるようになる」と言っているだけで「動ける様になる」とは言っていない。
そもそも、座に就いたものは基本的に動けない。
「さて、概ねこんなところか」
「細かいことを挙げればキリが無いけれど、大きなものは概ね拾ったんじゃないかしら」
「纏めると、きちんと説明した上で戦力バランスを取り、頑丈な戦場に放り込むと言うことですね」
「……そうなんだけど、何か言葉にすると酷いな」
これまでの話を纏めた結論に、優介は顔を顰める。
「ところで、そろそろツッコんでいいかしら?」
「ん?」
「……膝の上のその子、誰?」
(後書き)
叙述トリックって難しい……。
蛇足の「座」談会、そして膝乗りイクスで本話を締めさせて頂きます。
これまで読んで頂いた方々、本当にありがとうございました。
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