モルガンと行く冬木聖杯戦争 (座右の銘は天衣無縫)
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第4次聖杯戦争
プロローグ
それはちょっとした運命のボタンの掛け違いから始まったあり得ざる物語
時は1980年代の日本の冬木市
60年に一度、この地で行われる大規模な魔術儀式、聖杯戦争が起きようとしていた。
7人のマスターが、かつてこの地球上で偉業を成し遂げた英雄の影法師、サーヴァントを率いて、最後の1組になるまで、殺し合いをする。
最後の1組になれば、万能の願望器、聖杯が与えられ願いを叶える事ができるという儀式だ。
7人のマスターの内、3人はその聖杯と聖杯戦争の実現化に関わったアインツベルン、間桐、遠坂の三家から選出され、残りの4枠は聖杯が選出した者に与えられる。
そして、本来ならばその4枠の内の1人は魔術のまの字すら知らぬ殺人鬼に与えられる筈であった。
だが、ここで運命が変わる。
聖杯が選んだのは聖杯戦争という大規模な儀式の様子を見に来た魔術師崩れの男であった。
実はこの様な事はそう珍しい事ではないのだ。
過去にも聖杯戦争を見に来た魔術師は大勢いた。
ただ単にアインツベルンの聖杯やサーヴァントという最上級の使い魔に興味を持った者。
時計塔の権力争いの真っ只中にいる者が参加するので、何か起こらないか監視する者。
顕現した聖杯を掠め取ろうとする者。
様々な目的を持った魔術師や魔術使いがこの聖杯戦争の開催時には集まる。
そして集まった魔術師や魔術使いが余った参加枠を手に入れることも多々あったのである。
今回はその枠をその男が手に入れただけの事であった。
「……どうしようか。」
適当に取ったビジネスホテルの一室で男は顎に手を当てて悩む。
それもそのはず、元々は見学しに来ただけの身。
念の為戦闘用の魔術触媒や礼装は持ってきてはいるものの、本格的に参加するとなればもっとキチンとした拠点が必要になる。
アサシンの様なこれと言って拠点が必要にならないサーヴァントを引けるとも限らない。
最善なのは無人の家を探し出して拝借する事だが、聖杯戦争に参加している遠坂はここ冬木のセカンドオーナー。
バレる可能性が十分ある。
人がいる家を借りるなんてもっと無理だ。
だとすれば手軽さから下水道に降りるのも手だが、呼び出したサーヴァントが王族や貴族に連なる場合、面倒なことになりかねないので出来れば取りたくない。
それならば、聖杯戦争参加を望んで冬木に来ている他の魔術師、魔術使いにマスター権を売るか?
いや、もし他のマスターにそれがバレたら厄介どころじゃ済まない。
運が良くて左手ごと令呪を奪われる、そしてかなりの高確率で殺される。
サーヴァントに追いかけられるなんぞ御免だし、敵に容赦のない魔術師、魔術使いが相手なら念の為で殺そうとしてくる。
どこかの陣営に取り入るか?
現在参加が確定してるのは御三家と時計塔のエルメロイ。
それなら、交渉用に先にサーヴァントを召喚していた方が良いか。
……何にせよ、早いうちにサーヴァントは召喚したい。
幸いにも召喚後でもマスター権は譲渡可能だ。
召喚したサーヴァント次第でどう動くかを決めるのが1番だ。
召喚する場所はここで良いか。
そう考えをまとめた男は徐に立ち上がり、部屋の床にチョークで召喚陣を描き始める。
サーヴァントの召喚陣なんて使う機会が無さすぎるマイナーな陣ではあるが、幸いにも秘匿されているわけではない。
今回の聖杯戦争を見に来るにあたって参考資料として持ち込んだ本の中に描かれている。
数分かけて陣を描き終えた男はチョークを捨てて、陣の前に立つ。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝 三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
詠唱の途中から召喚陣が青い光を発する。
脈打つ様に段々と光は強くなり、詠唱の最後には目も開けられないほどの光が辺りを照らし、召喚によって使われた魔力の残滓が風となって吹き荒れる。
僅か一瞬、光に目が眩んで目を閉じたその一瞬で召喚は完了した。
「サーヴァント、キャスター。
貴方が我がマスターですか?」
ゾッとする様な美人だった。
まず目に映ったのはあり得ないほどの白い肌と長い白い髪、そして青い瞳。
服は白と黒をベースとした薄着で、所々にある青い部分が、肌の白さと相まって氷の様な印象を与える。
髪は黒いリボンで結われてポニーテールになっており、黒い十字の杖を携えている。
一瞬、その雰囲気に呑まれそうになったところで正気に戻り、思わず笑ってしまう。
雰囲気だけでわかる、ヤバいのを呼び出した、と。
「そうだ、俺がお前を呼び出した。」
男がそう言えばキャスターは薄く笑みを浮かべた。
「ではマスター、先に言っておきましょう。
私は貴方に仕える事はありません、貴方が私に仕えるのです。
私にとって貴方はマスターではなく、臣下。
そのつもりでいなさい。」
その言葉がドッと覆い被さってくる錯覚を受けた。
それを無視する。
「なるほど、だが仕えるべき相手の名前すら知らないのはどうかと思うんだが、キャスターの真名は?」
ピクリ、と一瞬だけキャスターの眉が動いた。
「いいでしょう。
我が真名はモルガン・ル・フェイ。
正統なるブリテンの後継者です。
そういう貴方は?
まさか仕える相手に名を明かさぬなどとは言うまい?」
真名が判明した事で詳細なステータスやスキル、宝具が確認できる様になった。
「これは失礼、俺の名前はカイ、生憎と家を追い出された身でね、家名は無いんだ。
で、さっきのはこれか。
『渇望のカリスマ』、初っ端からマスター相手にスキル使うかね?」
「意図して効果を弱めてありました。
その程度にも耐えられない愚図なら臣下以下の人形になってくれた方がやり易いので。
ですが、貴方が耐えてくれた様でなによりです。
ご褒美でもあげましょうか?」
その瞬間、モルガンの雰囲気がガラリと変わった。
氷の様なイメージから男という虫を誘う花へ。
男の頬に手を当てて、誘う様な文句を言う。
「やめておく。
手を出したら絡め取られそうだ。」
「……またもや合格です。
どうやら良いマスターに巡り会えた様で嬉しいですよ。」
そしてまただ。
先程の氷の様な雰囲気に戻る。
「それはそうとして、相談がある。
工房の場所についてだ。」
「ここではダメなのですか?」
「ホテルだからな。
防衛力に難ありだ、この部屋しか使えない。
フロアごと貸し切れば別なんだが流石にそんな金はない。」
「他人の家を使うのは?」
「聖杯戦争参加者にこの街のセカンドオーナーがいる。
オススメはしない。」
そう答えるとモルガンはベッドに腰掛けて足を組んだ。
「相談、と言う事は幾つか案があるのでしょう?
聞かせなさい。」
「1つ目は他の陣営と組む事。
特にこの地に縁がある参加者が3つある、恐らく予備の工房も持ってる筈だ。
手を組む代わりにそれを貸してもらう。
2つ目は下水道に降りる事。
広大な下水道の一角を工房化する。
人払いの魔術を仕掛ければバレる可能性も低くなる筈だ。
3つ目はキャスターのマスター権を誰かこの地に工房のある人物に売る事。
俺はおさらばだがな。」
「3つ目はあり得んな。
優秀な臣下をむざむざ手放す訳がなかろう。」
3つ目の提案を言った瞬間にそう否定してきた。
「……おお、そうか。」
「何ですか、何か言いたい事があるならハッキリと言いなさい。」
「いや、極悪非道な魔女ってイメージだったからついな。」
「否定はしません。
理由は先程言った通りです、他意はありません。」
まるで何かに言い訳する様なその言い方にまるで子供の様な印象を受ける。
コロコロと変わる印象にやりづらさを感じながらも話を進める。
「それで、どの案がいいと思う?」
「下水道は嫌ですが文句を言ってられる状況では無いでしょう。
1の準備を進めながら2を並行して行います。
仮に1が成功しても相手の知らない拠点があるのはアドバンテージになりますから。」
「良いのか?」
「生前はキャメロットからの追跡を躱すためにその様な場所で過ごす事も少なくありませんでしたからね、慣れてはいます。」
あっけらかんと言うモルガンに納得する。
「ところでマスター、貴方には聖杯にかける願いは無いのですか?」
「無いな、元々参加するつもりじゃなかった。
ただ単に最上級の神秘であるサーヴァント同士の戦いと顕現した聖杯を見るためだけに来たからな。
キャスターの願いは?
やっぱりブリテンへの復讐か?」
「いえ、復讐は生前のうちに済ませたのでそこまで。
願いはブリテンの支配です。」
「あの時期のブリテンなんて国としては最低限の形を為してるだけだったのにか?」
「…………何だと?
いや……待て。
そう言われれば確かに栄えていたのはキャメロットだけ…………」
一瞬だけ呆けた顔を見せたモルガンは暫く顎に手をあてるとブツブツと呟き始めた。
「……マスター、現代にはあの時のブリテンはどの様に伝わっている?」
ある程度考えが纏まったのかモルガンは男に質問を投げかけた。
「不作が続いていたのにも関わらず大規模な戦が何度もあったせいで物資も人手も足りない。
殆どが防衛戦や奪還戦だったから戦に勝っても得られるものは少ない。
どう考えても滅びに向かってた、って所か。」
「……元はと言えばヴォーティガーンがいたからだ。
奴がサクソンを招き入れる前に殺せば……いや、その前にブリテン内で争いが起こっていたか……成る程、誰が統治しようが変わらん結末か。」
フッ、と最後に諦めた様に笑うとモルガンは立ち上がった。
「気が変わった。
ブリテンの支配は止めておこう。
滅びゆく国を治めたいと思うほどの酔狂でも無いからな。
だが、そうなると目的が無くなってしまうからな。
その目的を見つける事が取り敢えずの目的だ。
聖杯にかける願いは……受肉とでもしておこう。」
後ろ向きとも言える言葉なのに自信満々に言うから男はつい吹き出してしまう。
「……ええい、笑うな!」
「悪い悪い、ついな。
まあ、目的がはっきりした様で何よりだ。
じゃあ、拠点を探しに行こうか。」
「っ…………覚えていろよ貴様。」
そう顔を赤らめながら睨みつけるモルガンはなんだか可愛かった。
モルガンのステータス
筋力 D
耐久 E
敏捷 C
魔力 EX
幸運 B
宝具 EX
異聞帯と違ってキャスターなので物理ステは1ランク下がり、魔力ステは1ランクアップ
スキルはおいおい説明していきます
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1話
その日の雨生龍之介は朝から絶好調だった。
警察の捜査をかわすために、自身のルーツたる姉の死体がある実家へと帰って来た龍之介はそこである物を見つけた。
それは彼の家系が魔術師として紡いできた魔術について書かれた本。
実家の隠し部屋にあったそれを手に入れて読み込んでみれば中々に面白い事が書いてあった。
そして、新しいおもちゃを手に入れれば試してみたくなるのが人の常。
書いてあることの半分も理解できてはいなかったし、信じてもいなかったが、物は試しと描いてみたのは召喚陣。
ついでに本物の悪魔が出てきた時に挨拶がわりに差し出そうと考えて連れて来たのは子供だった。
だが、召喚は不成功に終わる。
彼が手にするはずだったマスター権は既に他の者に授けられた。
信じてはいなくても、何も起こらなかった事にガッカリしながらも彼は連れて来た子供を殺した。
その後自分の寝ぐらに帰って一休みし、一晩が明けた。
逃亡者としての勘だろうか。
龍之介は唐突に目を覚ますと寝ぐらの灯りを消して、仕事道具たるナイフを手に取った。
物陰に隠れて気配を消しながら待つ。
暫くすると自身のアートが飾られている下水道の一角に1人の男が入って来るのが見えた。
恐らく外国人だろうか。
金の短髪に蒼目、顔立ちは整っている。
スポーツでもしているのだろうか、体格はかなりガッシリしているように見える。
ここでふと龍之介は思い立った。
そう言えば外国人はアートにした事ないな、と。
そう考えると、これは絶好のチャンスではなかろうか。
思い立ったが吉日。
どんなアートにするのがいいかを考えながらゆっくりと背後から忍び寄る。
男はアートの前で佇んでいる。
ブツブツと何かを呟いているようだが、龍之介に気付いている様子はない。
いける。
そう確信した龍之介は残りわずかな間合いを一気に縮めてナイフを振り上げる。
「では、この様な愚物を見せた無礼は貴様の命で贖って貰おうか。」
その瞬間、女の声と共に龍之介の体は宙で静止した。
不思議に思って自分の体を見下ろせば、胸から黒い刃物が突き出ている。
背中から串刺しにされていたのだ。
「キャスター、そいつを弄ぶのも結構だが血飛沫がこっちに来ない様に頼むぞ。
一張羅なんだからな。」
「ああ、済まぬな。」
男と女の会話は耳に入らない。
後ろを振り向けば絶世の美人が槍の様な物で自分を貫いているのが確認できた。
「何だよアンタ、せっかく……」
「黙れ痴れ者が。
貴様は疾く死ね。」
女がそう言い放った瞬間、自身の体が燃え始めた。
そして女が槍を振るって龍之介は燃えたまま床に落ちる。
あまりの熱さに転げ回る。
しかし、下水道の床は僅かとはいえ水で濡れているにも関わらず火の勢いは衰えない。
それを見下す女を見て龍之介は思った。
なぁんだ悪魔はいるじゃん。
それもこんな美人な悪魔さんが。
生きたまま燃える激痛と本物の悪魔と会えた興奮の中、龍之介は死んでいった。
残った死体を全て燃やした後、モルガンは無言で付近一帯の下水道の工房化を始めた。
それを眺めながら男は先程からどこか不機嫌そうなモルガンを見ている。
「……キャスター、何がそんなにお前の逆鱗に触れた?」
「あの下郎だ。
事もあろうに私の事を見て興奮していたのだ。
まるで幼児が騎士を見るかの様にな。
とことんふざけた男だ、思い出すのも忌々しい。
マスター、今後あの男を思い出させる様な事はするなよ。」
そう吐き捨てる様に言うと、不機嫌そうな雰囲気はどこかへ行った。
どうやらモルガンなりに意識を切り替えたらしいと判断した男も意識を切り替えた。
「で、だ。
ウチの陣営は俺が元々参加するつもりが無かったため、情報量で圧倒的に劣っている。
多少、事前に調べては来たが分かってることは少ない。
まず御三家の1つ、アインツベルン。
ドイツの錬金術師が生み出したホムンクルスの家系だ。
魔術師の総本山とも言える時計塔との繋がりはほぼ皆無に等しく、秘匿主義もいいところでドイツから出てくるのはこの聖杯戦争時のみ。
事前調べでも殆ど分かることは無かった。
次は同じく御三家の遠坂。
元々はこの地に住んでいた特に変哲もない弱小魔術師の家系だったが、時計塔にいる魔法使いの1人、シュバインオーグと接点を持ったことで一気に成長した。
当主は魔術師としての誇りを持った魔術師らしい魔術師だそうだ。
そして御三家の最後、間桐。
500年前にロシアの魔術師だったマキリ・ゾォルケンがこの地に移住、その際に間桐臓硯と改名したそうだ。
厄介なのはその間桐臓硯が未だに生きていることだ。
そして時計塔からはケイネス・エルメロイ・アーチボルトが参戦。
どうやらこの聖杯戦争を魔術師同士の決闘か何かだと勘違いしてるらしい。
実力はあるが、その思い込みを突かれて脱落するだろうな。
その他2組については全くの不明だ。
質問はあるか?」
「……各陣が用意したと思われる触媒のアテはついているのですか?」
「エルメロイは用意した触媒を盗まれて代用品を急遽用意したとか聞いたな。
急遽用意しただけあって情報隠蔽がちょっと杜撰でな。
ケルトに縁のある触媒なのは分かった。
分かってるのはそれだけだ。」
「……本当に物見遊山気分だったのですか。」
呆れた様なジト目の視線を受け流して男は話を続ける。
「まあ、いいでしょう。
各陣営の拠点の場所は?」
モルガンに聞かれた男は持って来ていた冬木市とその周辺の地図を広げる。
「遠坂、間桐は恐らく自宅だろう。
場所はこことここ。
アインツベルンは冬木市郊外に城を持っている。
城の周囲にある森も奴らの土地だ。
侵入者用の結界とこれでもかと言うほどのトラップが待ってるだろうよ。」
「不明な情報が多い。
しばらくは使い魔越しでの情報収集にあたりましょう。
工房化を進めるのでマスターは使い魔用にカラスでも生け捕りにして来てください。」
そう言うとモルガンは地図から目を離して工房化に集中し始めた。
それを見た男は言われた通りに一旦地上に出て使い魔にするカラスを探し始めた。
それから数日後、そのわずか数日間でモルガンは下水道のあちこちに拠点を作った。
囮用、そして緊急時の予備工房としてだ。
「例え工房があるとしてもその守りは絶対とは言えません。
見つかりづらい場所とは言え、一箇所にとどまっていては物や人の流れから目星をつけられる可能性もあります。」
かつてキャメロットに敵対していた彼女は拠点が複数ある事の重要さをよく知っていた。
更には各拠点に自分とマスターしか使用できない転移用の鏡を設置。
地表に出た龍脈から魔力を回収しながら着々と開戦に向けての備えを作っていた。
モルガンにとって、もはや冬木市の下水道全体が巨大な魔術工房と言っても良いほどになっていた。
彼女の魔術は水と非常に相性がいい。
下水道全体に侵入者感知の結界を敷いた上でその残滓が地上や下水道の外に漏れ出ない様にすることなど容易かった。
ではその間、マスターである男は何もしなかったのか?
否である。
今更ながら聖杯戦争参加者の情報を本格的に集め始めた。
下水道の工房化に忙しかったモルガンの代わりに使い魔化したカラスを各陣営の拠点へと飛ばした。
それと並行して馴染みの情報屋から情報を買い漁った。
どうやら男の状況を察した様だが、長い付き合いなのが幸いして足元を見られての法外な値上げをされる事は無かった。
その結果、エルメロイの教室において問題児とされているウェイバー・ベルベットがエルメロイより先に冬木に来ていた事が分かった。
エルメロイから元の触媒が盗まれたと言う事実と合わせると、この学生が犯人ないし共犯者であると推測できる。
これで6組目の目星が立った。
すぐに使い魔でウェイバーの捜索を開始、大した対策もしていないウェイバーを発見した。
見たところ、民間人の老人夫婦の家に身を寄せている様だった。
取り敢えず監視用のカラスを1羽配置して放置する事にした。
一先ず作業が終わったところでモルガンとカイは地上に出た。
使い魔越しでは分かりづらい場の空気を見に来たのと、気分転換である。
モルガンは男が用意した現代の服、デニムパンツに白と青のシャツ、その上から黒いロングコートを着て2人で街を散策していた。
絶世の美人、王族としてのカリスマ、人ならざるサーヴァントの気配などが作用しあってモルガンに人目が集まる。
彼女だけなら命知らずにもナンパをしようとする者達が声をかけただろう。
だが、その隣にはこれまた顔の整った体格のいい外国人がいるのだ。
人目が集まるが、声をかける事は叶わず、ただただ道を譲っていく。
それに気を良くしたのかモルガンの機嫌は良さげだ。
2人は無言で街を歩いていく。
昼時になったので適当な店に入り、注文をした後、話している内容を聞かれない様に魔術を仕掛ける。
「開戦が近いな。」
先にそう言ったのは男の方だった。
「そうですね。」
モルガンもそれに同意する。
2人は街の平穏さとは裏腹にあちこちで浮き足立つ様な空気を感じていた。
野生動物や人間の野生的な本能が何かが起こる事を感じ取っており、無意識的に警戒しているのだ。
「どう思う?」
「早ければ今夜にでも動きがあるでしょう。
使い魔の方は?」
「少なくとも今朝の時点では異常はない。
気付かれているかも知れないが手は出してこない様だな。」
「なら開戦までは様子見で行きましょう。」
「聖杯戦争は神秘の秘匿という点から基本的に夜に行われる。
昼の間は他の陣営に尾けられる事だけ警戒しておけばいい。」
互いにある程度意見を出し合った所で魔術を解く。
あまり長い時間魔術を使っていれば他の陣営に怪しまれる確率が高くなると判断して重要な会話だけをさっさと済ましただけなのだ。
念話でも良かったが、口に出して言う事で自分でもしっかり確認ができる。
それに内容は別として会話をしない方がおかしい為、この様な方法をとったのだ。
魔術を解いた後はただの雑談に移る。
モルガンにとっては聖杯から最低限の知識を与えられているとは言え、自身の生きていた時代より遥か未来の異国である。
散策の途中で気になった点を男に質問し、理解を深める。
暫くすると注文していたものが届いた。
日本は世界有数の美食国家。
食料が足りず、料理技術も未熟だったかつてのブリテンのそれと比べれば、モルガンが王族だった事を加味しても天と地ほどの差がある。
その結果、モルガンは夢中になって食べ進めた。
綺麗に、しかし目を輝かせながら次々に食事を口に運んでいく。
幸いなのは腹違いの妹と違って、モルガンは竜の心臓を持たず、男からの魔力供給も十分な事も相まって常人と同じ量程度しか食べない事だろう。
ただ、美味い食事に心を奪われるのは妹と同じ様だったが。
食料に魅了されるのはウーサーの血筋なのだろうか。
モルガンは食事を終えると、こんな美味しい食事を毎日食べられるのなら本気で受肉するのもアリかもしれないと考え始めるのであった。
スキル
陣地作成 A
キャメロットからの追跡をかわしつつ、自身の魔術工房を作成するために素早く、なおかつ高水準の魔術工房を作る技術を獲得した。
そこがどんな環境であろうが、彼女の手にかかれば長くても数日あれば一定の水準の魔術工房となる
道具作成 EX
彼女はモードレッドに与えた姿隠しの兜を始めとして様々な道具を作成して来た。
モードレッドすら彼女の作品であり、後に英霊として認められるホムンクルスを作り上げたその才はまさしく規格外である
対魔力 A
ブリテンのかつての王たるウーサーの血を引き、ヴァーディガーンとは別の意味でブリテンの意思たる彼女には並の魔術は通用しない
妖精眼 A+
妖精としての側面を持つ彼女は嘘を見破るだけでなく、僅かな心の動きをその目で捉える事が可能である
この妖精眼があったからこそ、彼女は様々な人物の心の隙間に潜り込み、自身の駒とする事が出来たのである
渇望のカリスマ B
心の底から望んだブリテンの支配が叶わなかった彼女は本来持つカリスマを別の方向で使用した
すなわち、自身の傀儡を増やす事である
恐怖を鞭とし、快楽を飴とする
正に魔女としてのカリスマ
異聞帯のモルガンの持つスキルと名は同じだが、方向性が全く違う
湖の加護 EX
湖の妖精たちによる加護
彼女もまた湖の妖精としての一面を持つが故の規格外である
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
現在参照不可
ランクだったら説明だったりが違うのは異聞帯と汎人類史の違いです
最後のスキルはネタバレになるのでまだ伏せておきます
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2話
ついに聖杯戦争が始まった。
開戦の合図となったのは遠坂邸。
遠坂邸に到達したアサシンと思われるサーヴァントが遠坂が召喚したと思われる金色のサーヴァントによって一方的に殺されたのだ。
まさしく鎧袖一触。
アサシンは一切の抵抗すら出来ずに敗退した。
と考えるのは戦争というものを知らない現代の魔術師やど素人だけである。
マスターとしてその不自然さに気付いたのはアインツベルンの用意した魔術師殺しの衛宮切嗣とモルガンのマスター、カイの2人だけであった。
彼らは魔術使いであり、戦争経験者であった。
戦争に参加した目的は違えど、その経験は間違いなく生きた。
とはいえ、不自然さを感じただけであり、遠坂が描いた脚本の真実には到達していない。
精々がアサシンはまだ生きている、そして遠坂とアサシンのマスターが手を組んでいる、という可能性に至った程度である。
「これで本当にアサシンが退場してくれてたなら楽なんだがな。」
「もしそうならアサシンのマスターは正しく無能であったと言わざるを得ませんね。
暗殺者というのは最後に勝利を横から掻っ攫っていくのが仕事です。
こんな序盤に姿を現し、そして即座に敗退など普通に考えれば有り得ない話でしょう。」
遠坂邸での戦いを見終えた後、話しながら観戦中、警戒の薄くなっていた他の陣営の様子を確認していく。
現在どの陣営にも動きはなし。
どうやら今日はこれで終わりらしいと判断した2人は下水道に張り巡らされた結界の確認を終えた後に、モルガンが作り出したベッドに座った。
「明日から聖杯戦争は本格的に動き始める。
現状、姿と戦闘能力の一端が分かっているのは遠坂のサーヴァントのみ。
マスター権限で取り敢えずクラスはアーチャーだと判明したが、同時に判明したステータスは軒並み高ランク。
サーヴァントの本命はスキルと宝具とは言っても……どうだ?」
「真っ向勝負なら勝ち目は無いでしょうね。
多少は白兵戦も出来ますが、もしあの攻撃を連続してやられたら受け流せる自信はありません。」
「じゃあ、決まりだ。
魔女の陣営なんだ、魔女らしくいこう。」
そもそも聖杯戦争とは勝ち抜き戦でも誰が1番多く敵を倒したかでもない。
どんな手を使おうが最終的に残ったペアが勝者なのだ。
その点、モルガンはその様な事は生前から経験がある。
モードレッドという爆弾を円卓に送り込み、只管に耐え抜いた結果、ブリテンは崩壊した。
たとえそれが内側から勝手に円卓が崩壊したが故のものであっても勝ちは勝ちだ。
今回の聖杯戦争でも同じだ。
まともにやって勝てないなら他の陣営同士で潰しあって貰えばいい。
幸いにもそういう工作はモルガンにとって得意中の得意である。
無論一筋縄ではいかないだろう。
相手も人類史に名を残す英雄達。
魔女の甘言に耳を貸す理由は無い。
だが、マスターはその限りでは無い。
他陣営に対して付け込む隙があるとすればそこだ。
マスターとサーヴァントの関係が良好で無いのなら尚更良い。
モルガンの武器の一つはその言葉だ。
人を惑わし、疑念を植え付け、巧みに操る。
気がついた時にはもう遅い、毒の様に手遅れなまでに心に染み渡り、蜘蛛糸の如く行動を縛る。
そして翌日、ついに運命の歯車が廻り出す。
ドイツの地で召喚されたセイバーが冬木へと到着。
全てのサーヴァントが冬木の地に揃い立った。
何処となくそれを感じ取ったのだろう。
七騎のサーヴァント全員の発する気配が僅かに冬木の空気を塗り替える。
「この顔は……」
街中に放った使い魔で冬木に到着したアインツベルンを発見した男はその隣に立つ男装の麗人、その顔に目を疑った。
モルガンと瓜二つのその顔。
霊体化していないのは不思議だが、サーヴァントに間違いないであろう尋常ならざる気配。
「ふ、ふふふ、ふはははははは!!
なんとも数奇な運命よ。
ああ、マスター。
使い魔越しではあるが紹介しよう。
我が腹違いの愚妹にして仇敵。
ブリテンの最後の統治者にして滅びを齎した愚王。
忌まわしき騎士達の憧れ、真名をアルトリア・ペンドラゴン。
またの名を騎士王アーサー・ペンドラゴンだ。」
一緒に見ていたモルガンは壮絶な笑みを浮かべながら芝居がかった様子でセイバーの正体を暴く。
憎悪と歓喜を噴き出させて、セイバーを己の獲物と見定めた。
「行くぞマスター、出陣だ。」
「待て待て待て!!
昼間にサーヴァント同士が争うのはご法度だ!
ルール違反で他の陣営からも狙われる様になるぞ!」
「ん……そう、でしたね。
失礼、少し熱くなってしまった。
奴の監視はマスターが続けて下さい。」
男にそう諌められると、モルガンは不自然なくらい素早く気持ちを落ち着かせた。
そのまま他の陣営に放った使い魔の視界を確認し始めたが、数十分もしない内にどこかソワソワとして落ち着かない様子を見せ始めた。
「恋人に恋焦がれる乙女かお前は。」
思わず男が突っ込むと
「聞き捨てなりませんねマスター。
元はと言えばウーサーとマーリンの謀によって作られたと言えど、私の物になる筈だった玉座も支配も栄誉も何もかもを奪っていったのが奴です。
復讐は終えたとは言えど、またしても私の前に立ちはだかるというのなら忌々しく思うのは当然でしょう?」
まあ、分からんでもない、と男は言い分に納得はするが、それにしても……とも思っていた。
「マスターには分からんだろう。
文字通り生涯を通して怨み続けた仇敵ともう一度相対したんだぞ。
奴が敵以外ならいがみ合うだろうが、折り合いはつけられる。
だが、今回は敵だ。
大手を振って、生前では成せなかったこの手で直接奴を殺せるチャンスなのだぞ。
多少気が逸ってもおかしくは無いだろう。」
「分かった、変な事言って悪かったな。」
「分かれば良いのです。」
男が謝れば、モルガンはあっさりと引き下がった。
それでもソワソワしているのは変わらないのだが。
モルガンは日没寸前になると、すぐに男を伴って下水道から出た。
他陣営に顔が割れれば、マスターが不明というアドバンテージが薄れる事を考慮して下水道から出てからは別行動である。
モルガンは使い魔を通してセイバーを追い、適切なタイミングを見計らう。
男は適当に入ったビルの屋上に陣取って双眼鏡でそれを追い、見えなくなったら身体能力を強化してビルの屋上から屋上へと飛び移って、適切な位置を確保する。
そして日は落ちる。
追っているセイバー達は人気のない海岸へと出たが、まだモルガンは動かない。
仇敵であるが故に能力はよく知っている。
仕掛けるタイミングは完全にモルガンに任せた男はただただ遠くから見ているだけである。
「!」
『マスター、感じましたか?
誰かが誘っています、各陣営の動きは?』
「出る前に見た通りだ。
ライダー陣営は橋の上に陣取っている。
エルメロイはホテルから出るのは確認できたがその後は不明、遠坂も今のところ動きは無い。
間桐も動きは無い。
ここまで大々的に動くなら……」
『エルメロイ陣営ですね。
このまま奴を尾けます。』
「了解、場所によっては見えなくなるだろうから使い魔越しの視界に切り替える。」
双眼鏡でセイバー達を確認すれば、さらに人気のない港の方へと向かっている。
付近に高い建物が無いのは確認済み。
かといって迂闊に近づいて気付かれるのも厄介だ。
夜間だろうがモルガンの魔術で強化されたカラスは視界を確保できる。
モルガンがセイバーの追跡に使っている使い魔の視界とリンクさせて状況を監視する。
「使い魔との視界共有完了。
視界良好だ。」
『了解しました。』
念話が途切れ、男は共有した視界に集中する。
セイバー達はどんどん港の方へと進んでいく。
それを追う事数分。
港にはランサーと思わしきサーヴァントが佇んでいた。
「よくぞ来た。
今日一日この街を練り歩いて過ごしたもののどいつもこいつも穴熊を決め込む腰抜けばかり。
俺の誘いに応じた猛者はお前だけだ。
その清澄な闘気……セイバーとお見受けしたが如何に?」
『マスター、あのランサーの真名に心当たりがあります。』
使い魔越しにランサーの前口上を聞いているとモルガンからそう念話があった。
「早いな?」
『マスターの言っていたケルト、
これだけの情報があれば嫌でも分かります。
フィオナ騎士団の一番槍、ディルムッド・オディナです。』
「よし、真名を使って揺さぶってやろう。」
こんな序盤で2騎のサーヴァントの真名が割れたのはデカい。
そう考えながら戦場を見ていれば、漸く始める様だ。
なぜこうも前口上が長いのか、と思いながら戦いを見ずに周辺を見渡す。
……やはりエルメロイの姿は見えない。
魔力供給の関係上、近くにいると踏んでいたが流石にそう簡単に姿を現すほどバカでは無いらしい。
モルガンが龍脈から魔力を得ている為、冬木市内であれば男からの魔力供給は例え全力戦闘であっても必要ない。
「……は?」
そして男は信じられない人物がいる事に気が付いた。
「……魔術師殺し?」
魔術師殺し、衛宮切嗣。
ここ数年間は活動していなかったが、その前は世界中の紛争地帯に現れては片方を皆殺しにする事で戦争を終わらせてきた魔術使い。
特に戦争に託けて暗躍する魔術師は必ず葬ってきた事から魔術師殺しという2つ名を付けられた男。
聖杯やサーヴァントに興味を持った?
あり得なくは無いがあの男は慎重だ。
そんな危ない橋を渡る様な真似をする男では無い。
何処かの陣営と組んでいる?
あり得る。
だが、どの陣営だ?
時計塔から来たウェイバーとエルメロイはあり得ない。
御三家は?
…………くそ、情報が足りない。
「……キャスター、姿を現した時にセイバーの横にいる女が本当にマスターなのか調べてくれ。
妖精眼を使えば簡単だろう?」
『分かりました。
詳しくは後で聞きます。』
男はどうしようも無い考えをすぐに止めるとモルガンに念話で指示する。
こういう時にすぐにある程度理解してくれるモルガンはありがたい。
「……気付けて良かった。」
目の前の戦いに目を奪われている間にあの男に背後から忍び寄られるなんて考えただけでも寒気がしてくる。
戦闘に目を向ければ、使い魔越しでは仔細を見る事は出来ないが、周囲に走る衝撃からヒートアップしているのは分かる。
さて、ここからどう転ぶか。
感想みてると皆モルガン様好きなんやねって分かる
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3話
冬木の港にあるコンテナ置き場。
そこで行われる戦いは昨晩のアーチャーによる戦いと呼べない様な蹂躙を除けば正しく聖杯戦争における最初の戦いだろう。
使い魔越しであっても、その戦場の空気は正しく男に届いていた。
「凄まじいな。」
冷や汗を垂らしながらそう言う男にモルガンは反応する。
『この程度、小手調べにすぎません。
双方共にまだまだ余力を残しています。』
マジか、と男は呟く。
使い魔越しとは言え、もはや残像を捉えてまるで腕や足が何本かあるかの様に見えてしまう。
彼らが軽く踏み込むだけでアスファルトは容易く割れ、攻撃の余波だけで鋼鉄で出来ているはずのコンテナが割れる。
これで本気じゃない?
だとしたらサーヴァントが本気で戦えばその余波だけで都市が滅びそうだな、とまで考えてしまう。
戦いは少しずつヒートアップしていく。
『……マスター、アサシンです。
戦闘位置から最も近いクレーンの上。』
男が思わず戦闘に目を奪われている間にもどうやらモルガンは周囲の警戒をしていたらしく、戦闘の監視に現れたアサシンに気が付いた。
それを念話で聞いた男は、目を奪われていた事を反省しながら使い魔の視線を言われた方向に向けた。
「こちらでも確認した。
やはり脱落したわけではなかったか。」
『考えられる可能性としては、幻影、分身、命のストックなどの限定的不死、アサシンに化けた別のサーヴァントあたりでしょうか。』
「同意見だ、念の為気を付けておいてくれ。」
アサシンが実体化していたのは幸運だった。
霊体化していては不便が多いという判断だろうが、霊体化している間は感知は非常に難しい。
この時点でアサシンが生きていたという確証を得られたのは大きい。
今度こそは見逃しのない様に、もう一度使い魔で戦場の周りを確認する。
ランサーとセイバーの戦場を中心に、すぐそばにアインツベルンの女。
そこから手前側のコンテナの上に衛宮切嗣、銃を構えている。
離れて衛宮切嗣の右腕、久宇舞弥、同じく銃を構えている。
エルメロイは付近に潜伏していると思われるが姿は確認できず。
そして最も離れてクレーンの上にアサシンと思わしきサーヴァント。
あそこは戦場一帯を観るのに最も良い場所だ。
恐らくノコノコと現れたマスターを殺す為にいるのだろう。
視界共有を一時停止、別の使い魔へ接続。
ライダー陣営は橋の上で戦場を観ている様子、未だ動き無し。
アインツベルン城、動き無し。
遠坂邸、動き無し。
間桐邸、動き無し。
現状どの陣営も動きは見せない。
再度、視界を戦場の使い魔と共有する。
戦いは佳境へと移り変わっていた。
ランサーの持つ2振りの槍、その片方から槍の姿を隠すための呪布が無くなり、その真価を発揮していた。
槍と剣が打ち合う度に、セイバーの剣を覆う不可視の膜がほつれる。
それによりランサーを苦しめていた不明の間合いが暴かれ、ランサーが一気に攻勢に打って出る。
更には魔力で編まれたセイバーの鎧をも貫通し、ランサーの槍の穂先が遂にセイバーの体を捉えた。
傷はすぐにアインツベルンの女によって治され、ランサーの持つ赤い槍の効力が知れるが、先に痛手を喰らわせたランサーに精神的な優位がある。
鎧が無意味である事を悟ったセイバーは、その鎧を捨てて身を軽くする。
『……アルトリアめ、下手を打ったな。』
「もう1つの槍の方か。」
既に真名を看破しているため、ステータスもスキルも丸分かりである。
マスター権限を通してランサーの宝具を確認する。
「『
なるほど、セイバーはランサーの策にしっかり引っかかった訳だ。
……出るのか?」
『ああ、あれは私の獲物だ。
あの様な半端者風情にくれてやるものか。』
そう言うとモルガンとの念話が途切れた。
向こうに集中するつもりの様だ。
セイバーとランサーの戦いは佳境へと移り変わっていた。
ランサーはその手に持つ赤槍でセイバーの防具を解かせる事に成功し、もう1つの宝具である黄槍で痛手を与える為の準備が整った。
それを知らぬセイバーはただ目の前の敵に集中する。
このままであればセイバーは剣士として致命的な負傷を喰らい、それでもその技量を以って一撃を返すだろう。
そして2人はもう一度ぶつかり合おうと駆け出す。
獲物を振り上げ、正に相手にぶつけようとしたその時。
「モルゴース」
戦闘によって発生した雑音の中、呟かれたその言葉に反応する。
戦士の直感により、2人は攻撃を止めて後ろへと跳んだ。
その瞬間、2人がぶつかり合おうとした所に強大な魔力波が襲いかかって来た。
「今のは……!?」
「っ…………貴様、キャスターか!?
この俺とセイバーの尋常なる一騎討ちを邪魔するとはどういう了見だ!?」
横槍を入れられた事に激昂したランサーが姿の見えないキャスターに怒鳴る。
それに対してキャスターはわざと足音を響かせながら夜闇の中からその姿を現す。
「! 貴様は!」
「なにっ!?」
その姿を見たセイバーが真っ先に反応し、ランサーは眼前にいるキャスターと先程まで戦っていたセイバーが同じ顔をしている事に驚いた。
「どうした愚妹、死後にも姉と会えて嬉しいか?
私は嬉しいがな。」
「戯言を!」
自身に剣を向けてくるセイバーを無視した後にランサーに向き合う。
「そしてランサー、一騎討ちの邪魔をした事は詫びよう。
だが、生憎とアレは私の獲物でな。
貴様のその黄槍で不治の傷を与えられては獲物の価値が下がる故、止めさせて貰った。」
「! 貴様、俺の真名を……!?」
「如何にも。
姉妹の会話を邪魔するのであればうっかり、そう、ついうっかり真名で呼んでしまうかもしれんな?」
こちらを睨み、槍を向けながらも何もして来ないランサーから目を離して再度、セイバーへと向き合う。
「さて、久しいな愚妹。
まさか死後にも貴様と戦う羽目になるとはな。
どうやら我々は運命の糸とやらで繋がっているらしい。」
「何をしに来た!」
「貴様を救ってやったと言うのに随分な言いようだな?
なに、ただの挨拶だ。
戦闘の気配を感じたから見に来てみれば、貴様がいたからな。」
『キャスター、ライダーが動いた。
そちらに向かってる』
マスターからの念話を受けたキャスターはその様子を一切漏らす事なく話し続ける。
「ところで……そこの貴婦人がマスターか?」
「え、ええ、そうよ。」
そう答えたアイリスフィールだが、その答えを聞いてキャスターは笑みを深める。
「争いの場にもついてくるとは……随分豪胆な貴婦人だ。」
それだけ言うとキャスターはその場からゆっくりと歩き出す。
だが、セイバーの顔は苦々しいものだ。
セイバーはキャスターの持つ妖精眼を知っている。
だが、アイリスフィールが答えるのを止めた場合、セイバーの感情の揺れ動きから答えを察してしまうだろう。
アイリスフィールはマスターではない、と。
やはりモルガンに場の空気を支配させてはいけない、と再確認したセイバーは私が襲い掛かれば真名を知られた可能性のあるランサーもそれに乗るだろうという判断の下、駆け出そうとする。
だが、またも戦場へと乱入者が現れる。
キャスターが歩いて行った反対側。
キャスターに警戒するあまり、目を離していたその場所に雷が走る。
思わず駆け出そうとした足を止めて、乱入者の方へと目を向けてしまう。
ハッとしてキャスターの方を見てみれば、キャスターもまたセイバーの方を見て笑っていた。
やられた、と瞬時に理解した。
キャスターは接近してくるサーヴァントがいる事に気付いていた上でわざと隙を晒していたのだ。
これで完全に機を逃した。
「我が名は征服王イスカンダル!
此度の聖杯戦争においてライダーのクラスを得て現界した!」
思わず一瞬、気が抜けた。
まさか自ら己の真名を堂々と明かすとは思っていなかったのだ。
「……な、何を考えてやがりますかこのバカはぁ!!?」
どうやらそれはマスターと思われるライダーの戦車にのる青年も同じ様で慌てふためき、更にはデコピンを喰らって悶絶している様に顔には出さないが思わず憐憫の情を向けてしまう。
「ええい、こんな時ばかり騒ぎよって。
良いから黙って見ていろ。
遠方より観させてもらったが、セイバーとランサー、貴様らの一騎討ち、誠に見事であった。
そしてキャスター、貴様が乱入した時には眉を顰めたものだが……まあ生前からの因縁があるのなら仕方あるまいて。」
「それで何の用だ?
ここで4騎による乱戦でも始めるか?」
最初に答えたのはキャスターだ。
先んじて乱入を知っていた分、ライダーに流れかけた場の空気を取り戻しに動くのが早かった。
「それもやぶさかではないのだがな、その前に貴様らに1つ問うておく事がある。
1つ、我が軍門に下り、聖杯を余に譲る気は無いか!?
さすれば、余は貴様らを盟友として遇し、世界を制する悦楽をともに分かち合う所存である!」
「無理だな。」
即答したのはキャスターだ。
「ほう、嫌ではなく無理、か。
それも軍門に下る事が決してあり得ぬという意味での無理でも無いと見た。
その心は。」
「この聖杯戦争が魔術儀式だからだ。
詳しい理論は知らんが聖杯を使う為には召喚された7騎から勝者の1騎を除いた6騎が敗退する必要があるのだろう。
つまり、貴様の言った事は物理的に実現不可能だという事だ。
まあ、それは別としても貴様の軍門に下る事などあり得んがな。」
恐らく他のクラスのサーヴァントならば知る必要がなく、大して魔術を知らぬが故に知らなかったであろう事実を淡々と説明するキャスター。
心内には罷り間違っても手を組まれては困ると言う理由がある。
一時的に手を組まれる程度なら内部分裂させる事は容易いが、本気で永久的に手を組まれては外部から干渉するのは難しくなる。
「……そういうモンなのか?」
「そうだよ!
ていうかお前はそんな事も知らずに聖杯戦争に参加してたのか!?」
イスカンダルが隣でうめいていたウェイバーに確認を取れば、キャスターの言った事を肯定された。
「ぬう、そうか。
であれば致し方無し、先の余の言った事は忘れよ。
まあ、それとは別に余の軍門に下ると言うのであれば大歓迎だがな!
キャスター、感謝するぞ。
危うく嘘吐きの王になるところであった。
ランサー、セイバー。
貴様らの答えをまだ聞いてはおらんかったな。
我が軍門に下るか?」
キャスターは軽く肩をすくめ、セイバーとランサーはその問いに応える。
「俺が聖杯を捧げるのは今生にて誓いを交わした新たなる君主ただ1人だけだ。」
「私とて1人の王として一国を預かった身だ。
いかな大王だとしても貴様の軍門に下るわけにはいかぬ。」
セイバーとランサー、2人ともがイスカンダルの提言を拒絶した。
「ぬう、こりゃあ交渉決裂かぁ、残念だなぁ。
貴様らの様な英傑と共に世界を駆け巡る、想像しただけで最高だとは思わんか。」
「断られてるじゃんか!
お前、ホント何のために出て来たんだよぉ……」
「そりゃあ坊主。
古今東西の英雄が集う聖杯戦争。
こんな機会2度もあるまい、なればこそ全員纏めて征服したくもなるだろう。」
「はぁ?」
ウェイバーはイスカンダルの言葉の一部に疑問を持つ。
全員纏めて、と言ったか?
「分からんか。
余だけでなく、本来ならば穴熊を決め込むはずのキャスターまで出てきおった。
それ程までに心惹く清廉な決闘、これを無視できる英雄などおるまい。
そうとも、他にもおるだろうが!!
闇に紛れて覗き見してる連中は!!
己が胸に誇りを抱く英霊ならば!
今! ここに! その姿を現すが良い!!
なおも顔見せを怖じる様な臆病者は!
征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!!」
イスカンダルの怒声が港に響き渡り、そして僅かな静寂が広がる。
「よもや、この我を差し置いて『王』を称する不埒者が一晩に2匹も湧くとはな。」
港の電柱の上に黄金を纏ったサーヴァントが現れた。
日刊ランキング2位ありがとうございます!
多分アルトリアと話してる時のモルガン様めっちゃ生き生きしてる
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4話
港に現れた6騎目のサーヴァント。
つい昨晩、遠坂邸でアサシンを屠ったその黄金のサーヴァントはただその場に現れただけで周囲の空気を一変させた。
それを感じ取ったキャスターは内心で舌打ちする。
アレには口八丁は通用しない、と。
キャスターにとってサーヴァントが一堂に会するこの機会は同盟を結ぶ相手を探すには絶好の機会だった。
直接、最後にセイバーを斃す為にアインツベルンと一時的に組んで良さそうだと思った。
魔術師らしい魔術師だというエルメロイも良さそうだ。
ライダー陣営はダメだ、主導権がマスター側ではなくサーヴァント側にある。
相手がサーヴァントでも言葉で操るのは不可能だが、口八丁で丸め込む事は可能だと判断していた。
だが、あの黄金のサーヴァントはダメだ。
何かを言おうとしたところで、アレにその気配があると判断されただけで容赦なく襲い掛かってくると簡単に予想できる。
「と、言われてもだなぁ。
余は正真正銘、征服の名を冠する王であるのだが。」
「たわけ。
真の英雄は天上天下に我ただ独り。
あとは有象無象の雑種にすぎん。」
アーチャーに対して最初に口を開いたのはイスカンダルだ。
だが、そのイスカンダルの言葉に対してもアーチャーは正に傲岸不遜と言わんばかりの答えを返す。
「ほう、そこまで言うのなら貴様もさぞ名のある英雄に違いあるまい。
名乗りを上げたらどうだ?」
「問いを投げるか?
雑種風情が、王たるこの我に向けて?
……我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値はない!」
アーチャーの後ろの空間に黄金の波紋が広がり、その中心から剣と槍が1本ずつ出て来る。
その両方から溢れんばかりの神秘が漏れ出ており、正しく宝具である事が見て取れる。
武器を向けられているのはイスカンダル1人だけであるが、その威圧感にサーヴァント全員が構え、その場にいるマスターだけでなく、遠くから使い魔越しに見ている男までにすら身を硬くさせられる。
だが、そこに更なる闖入者が現れる。
唐突に魔力の渦が現れ、その中心には黒いモヤの様なものを纏った黒鎧のサーヴァントが現れる。
言葉にならない雄叫びを上げるその様子から見て取れる狂気。
「バーサーカー!?」
セイバーが戸惑いと共に告げるこの聖杯戦争における最後の1クラス。
正気を無くした狂戦士、バーサーカーだ。
即座にその場にいるマスターはステータスを看破しようと目を向ける。
「バーサーカーか。
おい坊主、サーヴァントとしちゃあどの程度のモンだありゃあ。」
「分からない。」
ウェイバーの言うそれが全マスターの思考の代弁だった。
「ああ?
何も戦士としての力量を聞いてるわけでは無いのだぞ?
マスターなんだからサーヴァントのアレコレが色々と見えるものなんだろう?」
「違うんだ。
あの黒い奴、間違いなくサーヴァントの筈なのに何もスキルもステータスも何も見えてこないんだ。」
それを聞いたキャスターは隠蔽系のスキルないし宝具であると予想を立てる。
恐らくはモードレッドに与えた生前の作品、不貞隠しの兜と似た効力だろう、とあたりをつけた。
『マスター、そちらからも奴のステータスは?』
『ああ、確認できない。
しかし困ったな。
バーサーカーが突っ込んできたらそのままなし崩し的に乱戦状態になるだろう。
その時に真名を知られているセイバーとランサーがキャスターを狙う可能性が高い。
そうなったら即座に撤退しよう。
可能なら自力で撤退して欲しいが、危なくなったら令呪による即時転移でキャスターを逃がす。』
『了解しました。』
念話で男と確認を取り合いながら場の様子を伺う。
バーサーカーの目線は何故かずっとあのアーチャーに向いている。
「誰の許しを得て我を見ている、狂犬めが。」
それが気に障ったのかアーチャーはイスカンダルに向けていた武器をバーサーカーに向け直す。
「せめて散り様で我を興じさせよ、雑種。」
波紋から武器が放たれる。
着弾と共に爆発、バーサーカーの姿は煙で見えなくなるが。
「奴め、本当にバーサーカーか?」
最初に声を上げたのはランサーだ。
それに続く様にイスカンダルも言う。
「理性を無くしてるにしちゃあ、偉く芸達者な奴よのう。
ありゃあ、スキルないし宝具にまで昇華された生前の逸話か何かによるものか?」
あまりにも早すぎてその場にいるマスターの殆どが見極められなかっただろうが、サーヴァントは全員、その瞬間を目で捉えていた。
先に、ほんの僅か先に飛んできていた剣を避けたかと思えば、その剣を掴み、そして後から飛んできていた槍をその剣で打ち払った。
バーサーカーに違いない筈なのに、狂気など微塵も感じさせないその正確な武練に思わず舌を巻く。
「その汚らわしい手で我が宝物に触れるとは。
そこまで死に急ぐか、狗!!」
だが、アーチャーはそうではないらしい。
更に激昂すると10をゆうに超える波紋が浮き上がる。
先程同様、その1つ1つから武器が顔を出し、バーサーカーを狙う。
下手をすれば生前に見たカリバーンなどの宝剣よりも内蔵する神秘が濃い。
そこから恐らくは自身が生きた時代よりもずっと前、神代の英雄であると予想はできるが、余りにも数が多すぎて一切真名に繋がらない。
「その小癪な手癖の悪さを以って、どこまで凌ぎ切れるか。
さあ、見せてみよ!」
その武器が次々と発射される。
アーチャーも何も考えずにただ撃ち出すのではなく、タイミングを変えて緩急をつけたり、バーサーカーの移動する先に発射したりしているが、それでもなおバーサーカーは見事な迎撃を続ける。
遂にアーチャーからの攻撃を凌ぎ切ったバーサーカーは受け止めた武器を投げ返して、アーチャーの立っていた街灯を切った。
そうして漸くアーチャーが地上へと降りて来た。
「……痴れ者が。
天に仰ぎ見るべきこの我を!
同じ大地に立たせるか!
その不敬は万死に値する!!」
怒るポイントがズレてやいないか?と思わないでもない台詞に微妙な気分になりながら、更に数を増やす黄金の波紋に目を取られる。
あり得ない事にここまで一度も同じ武器が出て来て無いのだ。
贋作やコピー、その場で作り出しているなどの予想はその濃密な神秘が否定する。
ならば、あの波紋の奥に膨大な武器を保有していると考えるべきだ。
キャスターは幸いにも空間に関する魔術は得意な方である。
だから、あの波紋が何処かの空間とこの場所とを繋げている事は分かった。
だが、そこ止まりだ。
恐らくはありとあらゆる宝物を所持していた、という逸話か何かから来るものだろうが……その大半は誇張されており、アレ程大量の宝物が実際に納められていたとなると、やはり該当する英雄は思い浮かばない。
「そこな雑種よ。
もはや肉片1つも残さぬぞ!!」
またもその武器が放たれると誰もが思ったその瞬間、アーチャーから怒気が一瞬にして消える。
渋い表情をしながらではあるが、波紋が消えてそこらに転がっていた射出された武器もまた粒子となって無くなる。
「この我に意見とは、大きく出たな時臣。
……命拾いしたな狂犬。」
そしてバーサーカーから目を離すと背を向けて歩き出す。
「雑種共、次までに有象無象を間引いておけ。
我と見えるのは真の英雄のみで良い。」
それだけ言うとアーチャーは霊体化して去って行った。
「全くあやつめ、場を引っ掻き回せるだけ引っ掻き回して行きよった。
奴のマスターがアーチャー自身ほど剛気な質では無かったからこの程度で済んだがな。」
頭を掻きながら少し呆れた様子でライダーがそう言う。
他のサーヴァントも似たり寄ったりな感情だ。
そんな中、警戒を解けないでいたのがセイバーとキャスターだ。
襲い掛かったアーチャーがこの場から消えた以上、バーサーカーも消えるかと思っていたら敵意を叩き付けられた。
刻一刻と強くなっていく敵意に構える。
そして遂にバーサーカーが吠えた。
切れた街灯の鉄柱部分を持つと、セイバーに襲い掛かって来た。
そこらにある街灯程度ならセイバーの剣に切れぬ道理は無い。
その予想を覆し、鉄柱はしっかりとセイバーの剣を受け止めた。
「なにッ!?」
その一瞬の動揺の間にセイバーの剣を弾いて、その横を抜けた。
向かう先にいるのはキャスターだ。
「チィッ、白兵戦はそう得意ではないのだがな。」
先程のセイバーの一撃を受け止めた事から判断すれば、筋力ステータスは確実に自分より上だと判断したキャスター。
まともに打ち合えば勝ち目はないと踏んで、真上から振り下ろされた攻撃を横に避ける。
同時に持っていた杖が剣へと変わり、何もない所を斬りつける。
その斬撃をキャスターは転移させ、間接的にバーサーカーを斬りつけようとするがそれは難なく避けられ、更に距離を詰めてくる。
挟撃するつもりなのか背後に回って来たセイバーを感知し、セイバーとバーサーカーの攻撃が当たる直前に転移し回避。
再度セイバーとバーサーカーがぶつかり合ったのを確認して2人を囲む様に棘の様な物を配置、纏めて串刺しにしようとするがその得物で払われた。
「やはり、私では分が悪いか。
では帰らせて貰おう。」
「! 待てキャスター!
くぅっ……!」
今の攻防で即座に自分1人が最も分が悪いのを確信したキャスターは即座に撤退を判断した。
すぐそばにある海から水が出てきて、まるで姿見の様な形に纏まる。
セイバーがそれを止めようとするがバーサーカーに阻まれて動けない。
「なんだ、最後までやっていかんのか。」
「私はキャスターだ。
切った張ったは趣味ではない。」
ライダーの言葉に答えを返したキャスターはその『水鏡』で自身の魔術工房へと帰還した。
それを使い魔越しに確認した男も、危ないときは転移させる為に構えていた左手を下ろして、ふう、と一息ついた。
戦場に残った水鏡はキャスターが転移すると重力に負ける様にびしゃり、と地面を濡らした。
工房へ帰還したキャスターは杖を手放すと、椅子に座って戦場にいる使い魔と接続、同時に己のマスターへと念話を繋げる。
「マスター、帰還しました。」
『ああ、見てたぞ。
怪我は無いな?』
「見てたのでしょう?
ありませんよ。」
『魔力も平気だな?』
「ええ、工房からの供給で十分賄えました。」
男と確認を取り合いながら未だに続く戦闘を見る。
どうやらランサーが参戦した様だが、セイバーばかりを攻撃している。
苦悶の表情を浮かべていることから本意では無い事が見て取れる。
「マスター、決めましたよ。
私達が組む相手を。」
『少なくともあのアーチャーとライダーは無いことは分かるが……誰だ?』
薄らと笑みを浮かべながら愉しげに告げる。
「セイバーです。
今からどんな反応をするのか楽しみです。」
実はキャスターは先んじて張られていたエルメロイの結界を気付かれないように掌握、改変することであの場にいた衛宮切嗣と久宇舞弥の存在、そして2人の会話をしっかり認識していた。
ここから物語は大きく動き出す。
妖精騎士2人が当たらない……
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5話
港での戦闘があった後。
冬木市郊外、アインツベルン城。
「セイバー、あのキャスターは本当に?」
「はい、我が姉、妖姫モルガン・ル・フェイ。
間違いようがありません。」
キャスターが撤退した後、ランサーとバーサーカーを同時に相手取る事になったが、途中でライダーが乱入してくれたお陰で何とか大きな傷を受ける事も無く戦闘を終えられたセイバー。
アイリスフィールの荒い運転に少し戸惑いつつもこの聖杯戦争時における拠点であるアインツベルンの所有する城へと帰還した。
「妖姫モルガン。
円卓を間接的に瓦解させた人物。
つまりはセイバーの天敵、か。
問題はキャスターの工房がどこにあるかだ。
冬木に流れる霊脈の中心となるのは2箇所。
遠坂邸と円蔵山。
その他、霊脈が地上付近を走っているポイントは幾つかあるが、そのどれもがこの地に住む遠坂と間桐におさえられているが、サーヴァントなら掠め取る事も容易いだろう。」
冬木市の地図を広げて、霊脈の通る場所を全て書き出していく。
「それにキャスターのマスターも不明だ。
それに比べて此方は僕がマスターだという事を知られた。
情報のアドバンテージの差が大きすぎる。
その他の収穫が無かったわけではないが……今回の戦闘はキャスター陣営の一人勝ちだ。」
苦々しげにそう言う切嗣に周りの空気も重くなる。
その空気を破る様に城にカラスの鳴き声が響き渡った。
今使っている部屋は仮にサーヴァントが攻め入って来たとしてもある程度時間が稼げる様に、城の奥にある。
更には今はまだ深夜だ、カラスが活動する様な時間ではない。
それに気付いた彼らは一気に警戒を強める。
「アイリ、遠見の水晶玉を! それと結界に反応は?」
「無いわ!」
すぐに遠見の水晶玉を用意したアイリスフィールが答える。
アインツベルン城は厳重な警備が施されていて使い魔程度では突破は不可能だ。
なのにも関わらず、一切気付かれることもなくこうして魔術を使って増幅させているとしか思えない鳴き声を響かせている。
「場所は……見つけた!
中庭よ!
何か持っているわ。
これは…………手紙……?」
「手紙だと……?
舞弥。」
切嗣が名前だけ呼べば、舞弥は1つ頷くと部屋を出て行った。
舞弥が部屋から出て行くと同時にカラスの鳴き声が止んだ。
暗に、僕達の事を監視していると伝えて来た。
この下手人は随分と良い性格をしているらしい、と考える。
暫くして、舞弥が戻って来る。
手には既に封の切られた手紙があった。
「念のため、部屋の外で手紙を開けましたが、仕掛けどころか魔力自体も感じられません。」
「誰からだ?」
「キャスター陣営です。」
舞弥の言葉に1番動揺を示したのはセイバーだ。
即座に切嗣に警告を放った。
「切嗣、いけません。
あの妖姫の甘言に惑わされた騎士が一体何人いた事か。
最善の策は今この場でそれを見ずに破り散らす事です。」
「内容は?」
「切嗣!」
それでもなお、無視を続ける切嗣に苛立った様に怒鳴るセイバー。
その様子を見てアイリスフィールがセイバーに賛同する。
「切嗣、私もセイバーに賛成よ。
キャスターの恐ろしさを身をもって知ってるのが彼女なんだから耳を貸しても良いんじゃ無いの?」
「アイリ、これは無視するとかしないとかそういう問題じゃ無いんだ。
僕達は事実上、キャスター陣営に無視するには大きすぎる情報を握られている。
更にはこの場所すら見られている可能性がある。
今このタイミングで向こうから接触をはかってきた、という事は向こうから僕達に対して提案があると断言できる。
それも僕がマスターである事実とセイバーの真名、その2つの情報と釣り合いが取れる提案だろうね。
それを破り散らしたら、その行動こそが答えだ。
そうしたら僕達は何も得る事なく、自陣の情報を他の陣営に丸裸にされるだろう。
それすらも分からないサーヴァントの意見に耳を貸す理由なんて無いな。」
「バカにしないで頂きたい。
分かった上での進言です。
例えそれで情報をバラされ、不利になったとしても私は必ずや勝利してみせましょう。
妖姫の甘言はそれ自体が猛毒です。
見るだけ、聞くだけで疑念を引き起こし、容易く人の心を意のままに操る。
お世辞にも我々は1つの共通の目的に共に邁進しているとは言い難い。
だからこそ、アレの言葉にだけは耳を貸してはなりません。
さもなくば致命的な亀裂となりかねないのです。」
本気でそう語るセイバーだが、切嗣はそれを聞き入れない。
なるほど、確かに殆どのサーヴァントが相手でも1対1なら勝ち目はあるだろう。
あの正体不明の黄金のアーチャー以外には。
恐らくあのアーチャーにはまだ隠している奥の手があるはずだ。
こちらにも宝具があるとは言えど、あの武器の降り注ぐ中で放つ事が出来ると思う程楽観的では無い。
「舞弥、読み上げてくれ。」
「っ……!!」
「はい。
『突然の手紙、失礼仕る。
今頃はセイバーから我が真名などの情報を受け取った頃であろう。
この手紙は貴殿らセイバー陣営と、残り我等2陣営になるまでの不戦条約あるいは共闘関係を築きたいと考えて送らせて頂いた。
具体的には
現時点で此方の考えた契約内容は以下の通りである。
1つ セイバー陣営とキャスター陣営は聖杯戦争において、残る陣営がこの2つになるまで不戦、もしくは共闘する
1つ 期間内は互いに間接的直接的問わずに相手を害する行為は一切禁止する
ここでいうセイバー陣営とは衛宮切嗣、久宇舞弥、セイバー、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、そしてアインツベルンの所有するホムンクルス全てを指すものである。
1つ キャスター陣営はこの魔術束縛を解除しようとする事を禁ずる
なお、この契約が成立された暁には、貴殿らに我がマスターの正体と工房の位置、ランサーの真名を明かす事を我が真名の下に誓おう。
また、理解されているとは思うが断った時には貴殿らの様々な情報を手土産に他の陣営と組む事になるであろう事を理解されたい。
返事は手紙を運んできたカラスに渡されたし。
賢い選択を期待する。
キャスターより。』
以上です。」
「切嗣、今からでも遅くありません、提案など無視するべきです。
あれと手を組むなどすれば待っているのは破滅だけだ。」
「……アイリ、セイバーに聞いてくれるか?
そこに自身の私情がどれだけ含まれているのか、と。
サーヴァントの生前の因縁などに付き合ってられる程お人好しではない、とね。」
「その言葉こそが奴の思う壺なのだとなぜ分からないのですか!?」
切嗣のあくまでも自身の意見を聞こうともしない強情さにセイバーは声を荒げる。
「僕としては共闘を受けても良いと思う。
理由は4つある。
1つは思ってたよりも対価が大きいから。
2つ目はこの聖杯戦争、予想よりも強大なサーヴァントが集まっている。
そんな中、セイバーの天敵たるキャスターに常に狙われる心配をしなくて良いから。
3つ目は共闘すれば拠点の守りをさらに固める事が可能であるから。
4つ目はあのアーチャー。
セイバー単体では突破できるイメージが湧かないが、さっきの戦闘から判断するにキャスターは空間系の魔術を攻撃に転用していた。
アーチャーの利点である距離の開きを潰すにはもってこいだ。
何か意見はあるかい?」
それすらも無視して話を進める切嗣にセイバーは苛立ちを積もらせていくが、それすらもキャスターの罠であると判断して半ば無理矢理にも気分を落ち着かせるべく部屋を後にしようとする。
「アイリスフィール、少し熱くなり過ぎたので外で頭を冷やして来ます。」
それだけ言うとセイバーは部屋を後にした。
「切嗣!
いくら何でも言い過ぎよ!
確かに貴方の言い分も分かるけど、セイバーの言う事だって正しいわ!
本当に最善の策を取りたいなら一方的に決めるのでは無く、話し合うべきじゃ無いの!?」
「……確かにそれはそうかもしれないね。
けどセイバーは物事の駆け引きというものが分かっていない。
相手の持ち出した提案を一方的に拒否すれば待っているのは攻撃だ。
アレの生きていた時代はその攻撃を自身の力で打ち払えばそれで済んでいたんだろうが、正しい方法はそんな力任せのやり方では決して無い。
相手を利用しながら相手の情報を汲み取り、最短で最低限の被害で終わらせるのが正しい方法というものなんだよ。
それすら分からないサーヴァントの言葉なんて聞きいれる価値も無いのさ。」
「ならそれをセイバーに話すべきじゃ無いの!?
最初の一歩すら踏み出さないのなら決して理解し合うなんて出来ないわ!」
「それで構わない。
結局のところ、僕達とセイバーは所詮聖杯戦争限定での共闘関係、期間の長さが僅かに違うだけでこれからキャスター陣営としようとしていることと同じだ。
なら相互理解なんて必要ない。
ただそれぞれの目的のために利用し合うだけだよ。
この話はこれで終わりだ、良いね?」
アイリスフィールは彼女にとって余りに悲しい、けれど確かに正しいその答えに理解してしまう。
納得はできないけれど、言っていることは正しいのだ。
半ば諦める様に愛する夫の問いに頷いてしまった。
「ふむ、想定以上に険悪な仲らしい。
これは腕の見せようがあるというものだ。」
その様子を使い魔を通して発動させた魔術で聞いていたモルガンは妖しく嗤っていた。
結局、切嗣は己の判断を貫き、キャスター陣営に返答を返す。
『そちらの提示した内容で構わない。
共闘関係を所望する。』と。
それに対してキャスターは更に返答を重ねた。
『では翌日の深夜0時に貴殿らの城へと我がマスターと共にお邪魔する。
必要な道具は此方で用意するので、貴殿らは城の周りの罠の一時解除、もしくは森を抜ける為の案内人を用意されたし。』
それから十数時間後
アインツベルンの城の前にある森にキャスターと男が現れた。
森の前には1体のホムンクルスが待っていた。
「お待ちしておりました。
城へとご案内致します。」
「よろしく頼むぞ。」
キャスターが返事を返したのを確認した後、ホムンクルスは森の中へと入って行く。
それについて行くこと数分、森を抜けて城へと到着した。
城の中へ入り、貴賓室の前へと案内された。
「どうぞ、こちらになります。」
ホムンクルスが部屋の扉を開けて中へと誘う。
その部屋の中には既にセイバー陣営の全員が集まっていた。
切嗣とアイリスフィールがソファに座り、舞弥とセイバーがその後ろに控えている。
「今回の提案を受けてくれた事を感謝します。
こちらが私のマスターです。」
「久しぶりだな、魔術師殺し。
数年前の戦場で一時的に手を組んだ以来か?」
「……アンタだったのか。」
漸く正体のわかったキャスターのマスターである男に切嗣は驚きと納得を混ぜ合わせたような表情をする。
「切嗣、知り合い?」
「ああ、今そいつが言った通りだ。
手を組んだ時があっただけの他人さ。」
「戦友くらいは言ってくれても良いんだがな。
まあ、本題に移ろう。
これが
工房の位置とランサーの真名はその後だ。」
男とキャスターは用意されたソファに座り、紙を取り出して切嗣に手渡す。
セイバーはキャスターを睨み付けているが、キャスターはその視線を涼しげに受け流している。
話が拗れかねないので、その場にいる全員がその様子を無視しているが。
切嗣が確認した内容は手紙のそれと一切変わっていない。
一瞬、アイリスフィールと目を合わせて確認してから自己強制証明をテーブルの上に置いた。
「確認した。
この内容で構わない。」
切嗣の承諾をもって契約がなされた。
「では私の魔術工房の位置をお教えしよう。
この街の下水道だ。」
「巫山戯るなキャスター!
この街がどれだけ広いと思っている!?」
その誤魔化しの様に聞こえる言葉にセイバーが噛み付いた。
「誤魔化しでも何でもないぞセイバー。
文字通りだとも。
より正確に言うならば下水道全てを我が魔術工房にしたのだ。」
「そんな大規模な魔術工房を作ったのなら街中にだって魔力が漏れ出すはずよ!?」
「私を誰だと思っているのですか貴婦人。
魔力の隠蔽など容易い事だ。
疑うのなら一度我が工房を訪れてみるといい。
歓迎しよう。」
あまりに堂々と言うその様子に切嗣は嘘はついていないと判断した。
「……いや、構わない。
それでランサーの真名は?」
「フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナだ。」
切嗣の問いに男が答え、その答えに納得しながらも念の為に理由を聞いた。
「根拠は?」
「まず、エルメロイが用意した触媒。
情報隠蔽が杜撰でケルト縁の物だと分かった。
後は現場でキャスターが感じた妖精の気配と弱い魅了の呪い。
これで十分か?」
こちらの知っている内容と矛盾はしていない。
そこからこれも嘘をついていないと判断した。
「成る程。
辻褄は合っているな。」
「話は終えたか?
なら共闘関係を組んだ相手として最初の仕事をしましょうか。
この城に鏡、それも全身を写せる大きさの姿見はありますか?」
案内されたのは大量の衣服がラックに掛けられている部屋だった。
それも全て女性もの。
つまるところ、アイリスフィールの衣装部屋だ。
「これか。」
そこに置いてある姿見にキャスターは手を近づけるとポウ、とキャスターと鏡が光を放ち、暫くして消えた。
「私の工房と繋げました。
今後はこれを使ってこの城に来ます。
貴殿らも緊急時にはこれを使ってこちらに避難すると良い。
鏡越しに会話も可能です。
そちらは情報の精査や各々の考えの共有に時間が欲しいでしょうし今宵はこれで失礼します。」
そう言うとモルガンは鏡を通って去って行き、男もそれに続いて去って行った。
感想でガチャ当たってる人がいるとbad付きまくってて草生える
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6話
夢を見た。
ある1人の女の夢だ。
彼女は天才だった、それこそそこらの凡俗では彼女にものを教える事すら叶わないほどに。
彼女は恵まれていた、父親は王だった。
それ故に厳しく育てられたが、厳格ながらも慕われていた父親を見て憧れていた。
けれど父親は彼女の事を見てくれなかった。
王として最低限接しはする。
だが、彼女がどれだけ勉学に励もうが、どれだけ魔術を学ぼうが見てはくれなかった。
彼女は聡かった、故にそれが父親が王であるが故に後継者たる自分にはもっと上の結果が求められているのだと思った。
違った。
彼女は後継者ではなかった。
父親の死後、何故か彼女は王にも王の妻にもなれなかった。
ただ政治的な判断からオークニーの王の下へと嫁ぎ、空だった玉座には何処の馬の骨とも分からぬ小娘が座った。
無論、初めは抗議した。
王の血を引かぬものが玉座に座る資格なし、と。
だが、返ってきた答えには信じられない言葉があった。
新たな王であるアーサーは前王ウーサーの隠し子であった、と。
そして何よりウーサーの遺言並びに宮廷魔術師のマーリンにより自分には王座に座る事能わず、と。
何もかもが違ったのだ、父は元より自分に期待など寄せていなかった。
その事実から目を逸らす様に怒り狂った。
だが、まだ彼女は冷静であった。
そんなはずは無い、と書状を幾つも送りつけた。
だが、それを続ける内に彼女の周りからは人が去って行った。
『見苦しい』『モルガン姫は狂乱なされた』『それに比べてアーサー王の栄光は素晴らしい』『王としての格の違いはとうについている』
それに彼女は更に怒りを膨らませる。
盗まれた物を我が物だと言っているだけなのに!
何故私の方が泣き寝入りせねばならん!
何かに背中を押される様に怒りと憎しみはドンドン深まって行く。
当てつけの様に自身の子らがアーサー王の下でその武勇を示しているのも気に入らない。
ありとあらゆる手を尽くした。
なのに、奴らはまるでそれが自身の栄光を高めるためにあったのだと言わんばかりに解決して此方には見向きもしない。
私が王ならばあの様な小娘よりもよっぽど良い治世を行なってみせるのに!
何の根拠もなくそう思った。
虎の子として育て上げたモードレッドすらもあの王に心酔した。
怒りに狂った憎しみに狂った呪い狂った。
だが、もはや万策尽きた。
そんな己とアーサー王の栄光の象徴たるキャメロットに怒りながら数年後。
キャメロットは瓦解した。
突然の事だった。
初めは何が何だか分からずにポカンとしていたが、理解した時には笑いが止まらなかった。
見ろ! 天罰が下ったのだ!
これでブリテンは私の…………
数多の争いによって荒廃したブリテンを見た瞬間に彼女は正気を取り戻した。
どこで間違えたのだろうか。
確かに私はブリテンを愛していた筈なのに。
呆然としながら彼女は歩き出した。
自身がどこに向かって居るのかも分からないまま、辿り着いたのはカムランの丘だった。
憎んでいた騎士達の亡骸になんの感傷も湧かず、丘の頂点を目指した。
そこにはアーサー、否アルトリアがいた。
憎むべき相手な筈なのに何も思わなかった。
そこで彼女達は少しの間話し合った。
2人がどんな表情をしていてどんな会話をしているのかは何故か分からない。
それを終えてアルトリアは眠る様に死んでいった。
しばらくその場にいたモルガンだったが、突然何かに導かれたかの様にアーサー王の亡骸を抱えると去っていった。
セイバー陣営とキャスター陣営が手を組んだ翌日、男が目を覚ますと普段は近くで本を読んでいるか魔術の実験を行なっているかしているモルガンの姿が見えなかった。
工房の様子は変わらず、結界も特に不備はない。
戦闘になっていたらモルガンは容赦なく叩き起こすはずだ。
既に午前も終わる時間帯だから1人で何処かを歩いているとは考えられるが、案外あの女王様は束縛が強い、とでも言うべきか何処かに行くなら必ず声を掛けるか一緒に来いと言う。
なのにいないのはおかしい。
取り敢えず念話を繋ぐ。
「キャスター、今どこにいる?」
『ああ、目が覚めましたかマスター。
今はアインツベルンの城です。
少々、セイバーを苛め、もとい2人だけで会話していたところです。』
衝動的にお前やっぱり実はセイバーの事好きだろ、と言いそうになったのを止める。
「分かった。
俺も何か適当に食べたらそっちに行く。」
『分かりました。
セイバーのマスターにも伝えておきます。』
念話を終えてから自分が見た夢について考える。
間違いなくモルガンの記憶だった。
物語では悪役として描かれるモルガンもまた、あの頃の動乱のブリテンにおける被害者だったのだとも言えるだろう。
聖杯戦争で組んでいて分かる。
自身が上だと言いながらもこちらの言う事にはしっかり耳を貸してくれている。
モルガンもまた王の素質は十分に備わっていた。
にも関わらず、モルガンは認められなかった。
その理由は分からないが、モルガンは自分の代わりに玉座についたアーサー王、そしてその配下たる円卓の騎士に怒りを抱いた、というわけだ。
そんな事を考えながらストックしておいた保存食を食べてから鏡を通ってアインツベルンの城へと到着した。
姿見は昨日の衣装部屋とは違う空の部屋に置かれていた。
まあ、確かに女性が服を着替える所にそんな物あったらマズいし流石に置き場所変えるよな、と考えながら部屋を出てみれば昨日は全く通っていない廊下に出た。
モルガンからの連絡がしっかり通っていた様で既にホムンクルスが男を待っていた。
「お待ちしておりました。
どうぞこちらへ、旦那様と奥様がお待ちです。」
「出迎えどうも。
キャスターは?」
「3時間ほど前にいらしてからセイバー様とご歓談なされている様です。
結界が張られていて何を話しているかは分かりませんが。」
……なんだろうか、セイバーが関わるとキャスターは微妙にポンコツになる呪いでも受けているのだろうか。
そんな益体のない事を考えつつ、ピリピリと感じる殺気と敵意は無視する事にした。
詫びがわりにセイバーに何か差し入れしてやるかな、と特に理由も無く思った。
あり得ないだろうが、流石にサーヴァントがストレスでパフォーマンスに支障が出るとかなったら笑えない。
案内された先は大きなテーブルが置かれた会議室だ。
切嗣はそこで地図を広げて男の事を待っていた。
男は切嗣とテーブルを挟む形で向かい合い、地図を見る。
「来たか。
早速だが今後の話をしたい。
そっちが接触してこなければ次に狙おうとしてたのはエルメロイ陣営だ。
詳細は知ってるか?」
「ああ、冬木ハイアットホテルの最上階を貸し切って工房化。
まともに突破しようとすれば苦労するだろうな。」
なお、モルガンが初めて外部からエルメロイの工房を見た時には「ひょっとしてこれは身を張ったギャグという奴か? どう思うマスター。」などと言われている。
まあ、彼女が生きていた時代でこんな事をしようとすれば待っているのは聖剣解放からの蒸発なのだから是非もなし。
「まともにやればな。」
「案は?」
「ホテルの基部に爆薬を設置、爆破解体する。」
「相変わらずやり口がえげつないな。」
一度手を組んだ相手なだけあり、トントン拍子に話が進んでいく。
「既に舞弥が侵入、爆薬を設置している。」
「そうか、で俺らの役目は?」
「そっちの方が使い魔の性能は良いだろう?
四方から監視、万が一生きてたら処理してくれ。
方法は任せるが復帰の手立ては無い様に頼む。」
「要は殺すか残った令呪を奪った上で心を折るかしろって事だろ?
任せろ。」
「そっちは相変わらず甘いな。
死人に口なし、殺せる時に殺すべきだ。」
「生憎とアンタほど殺しに特化して無いんでね。
その場では殺せても後の報復が面倒だ。
なら、報復なんて言葉が浮かばない程に心を折った上でわざと生かして返した方が丸く収まるだろ?
というかこの話は前に組んだ時もやったろ。
やめだやめ、方向性の違いを話し合うほど無駄な事はないだろ。」
男が面倒くさそうにそう言えば切嗣も黙って後ろを向いてテーブルによっかかってタバコに火をつけた。
暫くの沈黙の後、切嗣が口を開く。
「決行は今夜だ。
……あと、キャスターをどうにかしてくれ。
あんなに殺気を撒き散らされたらアイリが参ってしまう。」
「それは本当にすまないと思っている。」
取り敢えずキャスターは連れて帰った。
「ほう?
随分とまあ派手な手段を取りますね、それは。
あの甘ったれの愚妹のマスターである事が惜しいくらいです。」
男がキャスターと共に工房に戻って切嗣との話し合いの内容を説明した後、キャスターは感心した様にそう言った。
「私にやらせるのが後始末なのは少し気になりますが……まあ、愚妹は渋りそうですし、元はと言えば私達抜きでやるつもりだった事なのでしょう?」
「そうらしいな。
昨日俺らが行かなきゃ昨日のうちにやるつもりだったそうだ。」
「であれば仕方ありませんね。
生きていたのなら出会い頭に宝具をぶつけて無力化します。
構いませんね?」
「ああ。
必要経費なら仕方ないからな。
それと、今の話とは関係ないんだが……」
「何ですか?」
「お前の記憶を夢で見た。」
男が少し言い淀んだ事に疑問を抱いた様だったが、返ってきた答えに納得した。
モルガンは珍しくため息を吐くと、顔を顰めながらも話し出した。
「私に対して隠し事も嘘もしないという貴方のソレは好ましく思っているがこのタイミングでとはな。
あまり知っては欲しくなかったのだが……不可抗力なら仕方があるまい。
どうだった、私という愚かな女の人生は?」
「このタイミングだからこそだ。
その妖精眼で何か隠し事してても分かるんだろ?
だったら一旦それを解消してからやるべき事をやって、終わってから話すべきだと判断した。
クソがつくレベルで真面目で深刻な話なんて酒でもなきゃやってられないだろ。」
「それもそうか。
だが少し意外だったぞ、貴方は他人にそこまで深く関わらない質だと思っていたが。」
「記憶を見て分かったんだよ。
触媒もなしにモルガンというサーヴァントを呼べたのが、何処となく似た者同士だったからだってな。
なら、似た者同士仲良くやれそうだからな。
少しは踏み込んだ話もしたくなる。」
「フ、それもそうか。」
確かに自分がbad付きまくってて草とか言いましたけど、流石に皆さんガチャ報告だけじゃ無くて感想も書こうね?
ガチャ報告だけ書いてるの規約違反だからね?
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7話
「位置についた。」
闇に潜んで、男はぽつりと呟く。
その言葉をマイクが拾って切嗣、舞弥の耳についたイヤホンへと伝えた。
『やれ。』
切嗣の短い言葉の後に冬木市の誇る高層ホテルのあちこちから爆破が起こる。
すでにあの中は最上階を除き無人。
逃げ出した一般人が見れば震え上がるようなその光景を使い魔を通して上空から見ている。
とはいえ、日本という場所だけを除けばビルの爆破なんて見慣れた光景である。
極めて無感情に監視を続ける。
「キャスター、どうだ?」
『工房の魔力の残滓が残っていてまだ確認は難しいです。』
「そうか、何か分かったら念話をくれ。」
『じきに警察も聖杯戦争関係者も集まってくる筈だ。
僕達は撤退する。
後は任せる。』
「安心しろ、やるべき仕事はしっかりやるさ。
通信終了、以後はこのインカムは使用しない。」
そう言って男は通信を切り、ビルの屋上からスナイパーライフルと使い魔を使っての監視を続ける。
アサシンが集まってきた時の為にキャスターはギリギリまで側に控えさせておく。
そのまま、瓦礫の山と化し火の手の上がるホテルだった場所を見続ける事、数分。
『西のカラスがランサーを発見しました。』
「チッ、瓦礫の山で死角になっていた所から出てきてたか。
追うぞ。」
『跳ばします。』
キャスターがそう言ったあと、男はその場から消えてまた別のビルの屋上に現れた。
屋上の手すりには使い魔のカラスが止まっており、それを元に空間跳躍した事が分かる。
ビルの真下、建物と建物の間の狭い路地を覗けばホテルから逃げ出して一息ついていると思われるエルメロイ陣営がいる。
「仕掛けよう。」
「では、宝具を展開します。」
手すりの向こう側に実体化したモルガンはそう言うとビルの屋上から飛び降りる。
だが、重力に引かれる事なくゆっくりと。
「それは絶えず見た滅びの夢。
報いはなく、救いはない。
最果てにありながら、鳥は明日を歌うでしょう。
どうか標を。」
詠唱と共に結晶体で作られた柱の様なものが降り注ぐ。
詠唱の途中でランサーが気付いた様だったが、背にマスターがいたからこそ、一か八かの突撃では無く、防御に踏み切った。
「『
「『
ランサーの足元から高密度の魔力と呪詛が噴き出す。
ランサーはそれをその赤槍で無効化し後ろにいるマスターの元へは通さないとばかりに、無効化出来なかったそれを身をもって受け止める。
だからこそだろう。
呪詛と魔力が収まった頃には、ランサーは高濃度の呪詛に侵されまるで焼け焦げたかの様な状態だった。
もはやいつ霊基が崩壊してもおかしくないその状況で、倒れることなく、地面に膝をついただけだったのは一重にその後ろにいる己の主人を守り通すという意地だけだった。
「ほう、意地だけで崩れかけの霊基を保つかランサー。
だがもはや動けまい。」
「ランサー!?」
ランサーに駆け寄ろうとしてきたのはケイネスの婚約者、ソラウ。
だが、キャスターはそれを殺気をぶつけて止める。
「動くな。
動けば殺す、魔術を使おうとすれば殺す、令呪を使おうとしてもやはり殺す。
貴様らが生き残る道は1つだけだ。
その手に残った令呪をよこし、この地を去る事のみだ。
なあ、マスター?」
キャスターが上から見ていて終わったと判断して、ワイヤーを使ってビルから降りてきていた男に問いかける。
ケイネスはその様子と男が持つ銃を見て、魔術師ではなく魔術使いだという事に気づく。
「おのれ、魔術使い風情と使い魔風情がよくも…………!」
「…………はぁ、状況ってのが分からんのかお前は。
なら、分からせてやる。」
そう言うと男はリボルバーを取り出して、ケイネス、ではなくソラウに向けて放つ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!??」
右足のふくらはぎを撃たれたソラウは経験したことの無い激痛に足を抑えてその場に倒れ込む。
「ソラウ!?
止めろ! 何故私では無くソラウを狙う!?」
「マスター権を持つお前が死ねばその手の令呪は消えて無くなるからだ。
では、もう一度返答を聞こうかエルメロイ。
令呪を寄越せ。
次は左足、その次は右腕、その後左腕、お前が了承の言葉以外を吐く度に段々と胴体に近づけて弾丸を撃ち込む。」
「止……めろ、外道…が。」
口を開いたのは瀕死のランサーだ。
息も絶え絶えに言葉を絞り出した。
「それは聞けんなランサー。
貴様は敗者で我らが勝者だ。
故に勝者として貴様らから令呪という戦利品を貰おうとしているだけだ。
貴様も生前、散々やったであろう事だぞ何故やめねばならん。」
「ソラウ…殿は……関係…無いだろう……!」
「戦場に連れて来た者が関係ない?
はっ、ケルトらしからぬ随分と紳士的な考えだな。
そも貴様のマスターが無駄な足掻きをするのが悪い。
黙って令呪を渡して敗退を認めていればその女もこんな目には遭わずに済んだのだぞ?
まあ良い。
万が一があっても困る故、貴様はここで死んでおけ。」
キャスターが杖を掲げたと思えばその形が斧の様に変わり、振り下ろした。
ランサーの首は刎ねられ、今度こそランサーは倒れ込み、霊基は崩壊した。
それを見たケイネスは打つ手が完全に無くなった事を理解して俯く。
「これで五月蝿いのはいなくなった。
今度こそ答えろ。」
「……っ……!!」
「無言も解答と見做すぞ。
あと5秒だ。」
そう言いながら撃鉄を起こす。
すると、腹を決めたのかケイネスは叫んだ。
「分かった!!
だから……これ以上彼女を傷つけるな。」
「勿論だとも。
そら、早く寄越せ。」
エルメロイが令呪のある右手を掲げて令呪を男に渡した。
男の手の甲にある令呪に更に2画が追加され、これで合計5画の令呪を持つ事になる。
「キャスター、治療してやれ。
さて、エルメロイ。
この後も冬木に残ってなんかされても困るからな。
半日時間をくれてやる冬木から去れ。
そして1日以内には日本から出国し、以後は俺とこの聖杯戦争に関わろうとするな。
別に契約も何もしてない事だ、破っても構わない。
だが、その時はさっきのが児戯に思える程の事をしてやるから覚悟して来るんだな。」
キャスターがソラウの治療を終えた。
既に彼女は激痛で意識を失っている。
その彼女の手にキャスターは自身の手を重ねて何かを唱える。
「待て、何をしている!?」
「呪いだが?
この呪いは半日を過ぎてもなお、この街にいれば発動する。
効力は、そうだな、1年だ。
その間にこの街にまた来ても呪いは発動する。
その効果は……まあ、想像にお任せするが地獄の責苦よりも苛烈だと言っておこう。
それと、その呪いは連動している。
自分の命は構わないから恥辱を濯ぐ、などと考えて1人で突貫してくるのは勧めんぞ。」
キャスターは思わず手を伸ばしてきたケイネスの手も掴んで同じ呪いを刻み付ける。
青黒く手の甲に刻み付けられたそれは皮肉にも今奪われた令呪の様だった。
「良かったな。
キャスターのそれが無かったら丸1日くらい2人纏めて拷問にでもかけて2度と関わろうとは思わない程度に心を折るつもりだったんだからな。
じゃあな、2度と会う事も無いだろうよ。」
男がケイネスに背を向けてその場から去り、キャスターも現代風の衣装に服を変えると男に続く。
ケイネスはギリ、と歯軋りして2人を睨みつけていたが、結局手を出す事はなく、気を失ったソラウを抱き上げてその場から去って行った。
「知らないところで変なものを仕掛けられても困りますからね。
カラスを念の為につけておきました。」
路地から離れた所を2人で歩いている最中にモルガンが男にそう話した。
「流石。
アレの効果と遠隔起動は?」
「ただ単に全身に激痛を与えるだけです。
遠隔起動は無論出来ます。」
「余計な事をしそうだったら使ってやるつもりだな?」
「当たり前でしょう?
魔女ですから。」
悪戯っぽくそう言ってモルガンはクスクスと笑う。
そのまま2人はホテルの爆破で浮き足立つ街の雑踏の中に紛れ込んでいった。
その後、2人は夕食と酒を買い込むと拠点へと戻った。
酒の種類は様々だ。
モルガンの生きていた時代における酒の代表であるエールと似たビール。
当時のブリテンではかなりの貴重品だったというワイン。
日本特有の酒という事で日本酒も幾らか買った。
「むう、作り置きですらここまで美味いとは。
この国は本当に食の文化が強いですね。」
「日本人の食にかける思いは変態レベルってのは有名な話だ。
生のままの魚や肉、木の根っこにしか見えない植物、わざと腐らせた豆とか食うしな。
それを毒がなくて美味いからって理由だけで一般的な食事にするし、毒があっても美味けりゃ食べる。
しかもスープ1つ作るのに何時間も煮込む事もあるらしいぞ。」
「……それは凄まじいですね。
ブリテンと同じ島国だというのにここまで違うとは。」
感心した様にそう言いながらモルガンは食べ進めていく。
その間にも缶ビールをガンガン空けていっているが。
その様子を見て男はふと思い出した。
「そういやビール、じゃなくてエールってモルガンの時代だと水の代わりにも飲んでたんだっけか。」
「ええ。
半ば生活必需品で、私自身もエールを作った事がありますよ。
本来は王族の仕事ではありませんでしたが、キャメロット関係で市井に降りる事も何度もありましたから。」
そのまま他愛のない話を続けながら食事を終えた。
「さて、取り敢えずワインは飲んだ事があるのでこの国の酒から開けましょうか。」
そう言って日本酒の瓶の蓋を開けて互いにコップに注ぐ。
そのまま、一杯目を2人で同時に飲んだ。
「!?」
飲んだは良いがモルガンはその酒の強さに咳き込んでしまった。
「……随分と強い酒ですね。」
「そうか?
…………ああ、そういやアルコール度数15以上の酒なんて当時は無かったもんな。
悪かった、苦手ならワインにしとくか?
日本酒は俺が飲むし。」
余談であるがエールは基本アルコール度数5度前後、ワインは12度前後、日本酒は15度前後が1番多い。
今回買った日本酒は20度ほどである。
「いえ、驚いただけで苦手では無いので。
もう一杯下さい。」
ムッ、とした顔でおかわりを要求するモルガンにサーヴァントなら急性アルコール中毒にならんし良いか、と考えて男はコップに注いでやる。
それを半分程飲んだところでモルガンが話を切り出す。
「では、貴方が見た夢の感想を聞きましょうか。」
「生き方下手で人生損してるなって。」
あっけらかんと、なんでも無いことの様に言う男にモルガンは一瞬ポカンとした顔を晒し、その次に呆れた。
「確かにその通りですが、もっと何か無いのですか?」
「似てるだけで他人の人生だからな。」
「はぁ。
人から見ればその様に見えるかもしれんが、アレはそういう運命になる様になっていたのだ。
そも私とアルトリアは何もかもが正反対だ。
妖精と竜、神秘の王と人理の王、悪と善、混沌と秩序。
あの当時のブリテンは世界最後の神秘が集まっていた。
そんな時に私は神秘の王として、人理を廃してでもブリテンの神秘を維持、存続させるべく生まれ、奴はブリテンを人理に染めるべく人の手によって人理の王として生まれた。
私と奴の戦いは言わばブリテンにおける人理と神秘の代理戦争だ。
例え私が貴方に最初の頃に言ったブリテンの支配を聖杯によって成しても、奴は人理を守るべく私と争う事になるだろうよ。
だから貴方が生き方下手だと言っても、どう足掻いても私はあの生き方しか出来ない。
そういう風に世界から役割を与えられたのだ。」
そこまで一気に話してモルガンはコップに残った酒を呷った。
「……私が語ったのだから貴方も語れ。
仕えるべき相手にだけ話をさせるな。
それに、レディの人生を勝手に覗いておいて貴方だけだんまりは無しだ。」
誤魔化す様に早口でそういうモルガンに笑いながら、男はモルガンのコップに追加の酒を注いだ。
「まあ、なんて事ないさ。
俺は元々、そこそこの代が続いている魔術師の家に双子の弟として産まれてな。
双子だったもんだから後継者をどちらにするか揉めに揉めたらしい。
結局は15まで同じ環境で育て、より優れた方を当主にするっていう問題を先回しにする方法に決まった。
魔術の才能は兄の方が上だった、天才と言っても良い。
だがまあ、男ってのは負けず嫌いなもんだ。
だから必死こいて努力して何とか兄に並んでたんだ。
そのお陰で、優れてるのはどっちだって親父殿は決められなくってな、結局決闘する事になった。
魔術だけの決闘なら努力してギリギリ追いついてる俺が、焦って努力を始めた本物の天才に追い付けるはずがない。
だから魔術だけに頼るのはすっぱり諦めた。
まあ、善戦はしたけど負けたんだけどな。
だが、魔術師ってのは魔術以外の戦闘能力を下に見てる。
『野蛮だ』だの『そんな暴力を助ける為に魔術を教えたのでは無い』だのゴチャゴチャ言ってきて結局当主は兄になって、どこかの分家に行くはずだった一族の恥晒しの俺は絶縁、放逐された、ってだけだ。」
一旦喉を潤す為に酒を飲んだ。
空いたコップにはモルガンが酒を注いでくれる。
「その後は修行と金稼ぎを兼ねて戦場に立った。
まあ、それで10年くらい経った頃だったか。
風の噂で元実家が潰れたって話を聞いた。
兄が病気で死んで、残った奴らで内輪揉め。
家は空中分解したらしい、こっちにまで飛び火して来なかったのが幸いだったな。
それを聞いて何もかもがどうでも良くなった。
何でだって考えてみたら悔しくてリベンジする気満々だったんだ。
で、やる気が出ないままでいたら聖杯戦争の話を聞いて見学に来たってトコだ。」
「そうか……確かに何処となく似ているな。
生き方下手な辺りが特に。」
「それが俺らの共通点だろうよ。」
2人して笑って酒を飲む。
まだ初めて会ってからたった数日しか経っていない。
なのにも関わらず、心地が良かった。
「しかし、そうか。
羨ましいな。
…………待て、何で私は今羨ましいなどと言った?」
「今の話のどこに羨ましい箇所があるんだよ。」
「だからこそだ。」
モルガンがふと溢した言葉に2人揃って悩む。
「羨ましいって事はキャスターには無くて俺にはあるんだろ?
直接戦って負けた事か、全く実家とは別の道に進んだ事か、あとは……」
「……それだ。
……ハッハハハハハハハハハハハハハ!!」
男の言った事に反応したモルガンは次の瞬間、大声で笑い始めた。
「ああ、まさかまさかだ。
幾ら生前は怒り狂っていたとは言え、そんな事すら分からなかったのか。」
笑いが収まって自分で納得したかの様に独り言を言うモルガンに男は聞く。
「で、結局何が羨ましかったんだ?」
「戦って負けたという事だ。
要は私個人は納得したかったんだ、奴が私よりも王に相応しいと。
いやはや、妖精の願望というのは厄介だな。」
「妖精の願望?」
「ああ、妖精という生き物は生まれながらにして何らかの願望を1つだけ持っている。
可愛げのあるものからはた迷惑なものまで千差万別だがな。
私のそれは支配だ。
私の妖精としての心は支配を望んでおり、恐らくは神秘の王として生まれた私はそれが強過ぎたんだろう。
人としての願望が隠れた。
人としては認めたかったが、妖精としてそれを拒んだ。
ああ、漸く分かった。
納得したかった、それに寂しかった。
アーサー王が羨ましかった。
当たり前だが私の周りに好き好んで寄り付く奴なんぞおらんかったからな。」
「じゃあ、キャスターの願いは納得する事か?
曖昧じゃないか?」
「いや、したかった、と言ったろう。
もうしている。
寂しかったのも貴方が居てくれたおかげで満たされている。
打算があるのは分かっているが、貴方は嘘も誤魔化しも隠し事もせずに私と共に居てくれた。
こう言うとまるで生娘みたいだな。
だが、私は強欲だ。
この程度で満足なんぞしてやらん。
願いは結局変わらんよ、受肉だ。
そして、貴方とずっと共に居たい。」
「は?」
男が今度は呆気に取られた。
今なんて言った?
「酔ってるのか?」
「ああ、酔っている。
だが、これは本心だ。
何もかもがどうでも良くなったなどと言っていたな?
なら、2度とそんな事を思わせないほど私に夢中になって貰うぞ。」
そう言って勝気に笑うモルガンは非常に綺麗だった。
はい、というわけでヒロイン度急上昇でした
唐突過ぎると思うので以下説明
実はモルガン様に対してパーフェクトコミュニケーションを続けてたのでモルガン様の中の好感度爆上がり、絆レベル上がってました(自覚はそこまで無かった)
妖精眼を持ってたら相手が内心で何考えてるのか大体分かって、政治的な側面のある王室とかストレスフルだと思うんですよね。
しかも、生前は前話で説明した感じだったので余計に。
そんな経験がある中で主人公は嘘も隠し事もしなかった。
些細な事ではありますけど、実際難しいですし、難しい事を分かっているモルガン様はそんな事しない主人公に対してそりゃ好感度上がります。
で、今回、自分の願望を一気に理解した影響で好感度が表面化してああなりました。
後はアルトリアもモルガンも1つ何か決めたらそれに一直線なところがあると思ってるので、モルガン様は主人公にクソデカ矢印を向けてます
寂しかった発言はモルガンの妖精としての願望は支配、なら人としての感情は?ってなった時に異聞帯モルガン見てる限り根っこは素直そうなので、特に悩む必要なく寂しかった、という結論に至りました。
後はzeroではクソ程迷走するセイバーとの対比でもあります。
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8話
僅かに痛む頭を押さえながら男はベッドから起き上がる。
周りには昨日飲んでいた酒瓶やビール缶が散乱している。
男の隣には割と際どい服のモルガンが寝ていた。
それを見た男は念の為の確認として昨日の事を思い出す。
あのモルガンの告白とも取れるセリフの後、そういう事をしようと誘ってくるモルガンを人間も動物も1番無防備になるのはヤってる時だからダメだとド正論で抑え付け、取り敢えず一緒に寝るという事で妥協させた。
つまりヤってない。
セーフである。
そうして、まだ起きないモルガンを横目に今後について考える。
昨日はいきなり過ぎて断ったが、自分だって男である。
モルガンの様な美人に好意を向けられて悪い気はしない。
モルガンが受肉しても元サーヴァントである事を時計塔に知られなければ何の問題もない。
そうなると必然的に傭兵稼業からは足を洗う必要が出てくるが、半ば無意識にストイックな生活を送ってたお陰で、後の一生2人で遊んで暮らせる程度の金は貯めてある。
聖杯戦争に勝ちさえすれば何の問題も無い。
要はやるべき事は変わらないのだ。
後は酔いが覚めたモルガンの反応が少し怖いのと面白そうなのがあるが、それはキャスターが起きた時のお楽しみだ。
取り敢えず水を飲みながら、寝ている間に何か無かったか確認しておく。
結界には全て異常無し。
使い魔も全て無事でエルメロイは脅しておいたのが役に立ったのか特に何もする事なく去って行った様だった。
取り敢えずモルガンが起きたらエルメロイから奪った令呪についてセイバー陣営と話をしにアインツベルン城に行く事に決めた。
戦利品の分配で隠し事をしてバレたら後々面倒になるのは経験済みであった。
ふと、ベッドの方を見てみる。
もぬけの殻だった。
あの女王様、霊体化して逃げやがった。
恐らくは起きて正気になった状態で昨日の事を思い出して悶えてるのだろう。
「キャスター、昨日奪った令呪と今後について話し合う為にアインツベルン城に行く。
霊体化してても良いが、キチンとついてきてくれよ。」
『………………了解しました。
もう少ししたら切り替えられるので。』
少し返答に時間は掛かったが、念話から感じる限りでは平常心は取り戻しかけている様だ。
取り敢えず問題は無いと判断してアインツベルン城に転移した。
転移した先から、昨日一度案内された記憶を頼りに城を歩いていく。
道中見かけたホムンクルスに切嗣に用がある、と言って探しに行ってもらう。
その間に会議室に移動してそこで待つ。
暫く待っていると切嗣が入ってきた。
「昨日の報告だ。
エルメロイ陣営は生きてたからランサーを仕留めてエルメロイにはご退場頂いた。
もう冬木にはいないし、他の陣営と接触もしていない。
令呪2画奪ったが、1画いるか?」
「貰えるなら貰っておこう。」
1画が切嗣の手の甲に刻まれてこれで4画ずつ持つ事になった。
「で、次はどうする?」
「ナパームを積んだタンクローリーを隣街に用意してある。
だが、それを誰に使うかが問題だ。」
「遠坂、間桐はこっちで調べた限り、聖杯戦争が始まってから家に動きは無い。
籠ってるのか、家はブラフなのか、家の地下に隠し通路でもあるのかも全く不明だ。
ライダー陣営はそこらの民間人の家にいるが、常にライダーとマスターが一緒にいる。
狙うのは難しいだろうな。」
「……やはり動きが出る、もしくは情報が集まるまでは暫く正攻法で様子見するしか無いか。」
現在、手元にある情報だけでは結論が出ない事が分かった2人は取り敢えず様子見という結論に至った。
「せめて狙撃可能な場所に出てきてくれればなぁ。」
「たら、ればの話をしても無駄なだけだ。
動きがあるまでは静観するしか無い。」
「そりゃそうだけどな。
取り敢えず情報交換でもしておこう。
こっちが集めた情報だ。」
男はそう言うとクリップで纏められた紙を切嗣に手渡した。
この街で使い魔を使って得た情報である。
「……各拠点についての情報の精度はキャスターがいる分、そっちの方が上か。」
「ああ、だがマスター個人に対する情報はずっと前から準備してたそっちの方が上だろ?
俺は生憎と巻き込まれた身でね、そっち方面の情報が無いわけではないけど欲しい。」
「その為のコレか。
分かった、すぐに持って来る。」
「いや、夜までで良い。
最近は組み始めたばかりとは言え、ここに居すぎた。
大した意味も無いだろうが、昼間は街を散策しておく。」
「分かった。」
切嗣が返事をした事を確認してから男は部屋を出る。
暫く歩いたところで漸くモルガンが実体化した。
何も言わずに男の横に並んで歩いている。
「いや、なんか言えよ。」
「……昨日は迷惑をおかけしました。
とは言え本心ですのでそこはお忘れなきよう。」
すまし顔でそういうモルガンに若干呆れる男。
だが、心内では既に決心はついている。
「……なら、何としてでも勝たなきゃな。」
「!
ええ、必ずや。」
男がそう言えばモルガンも薄く笑ってそれを肯定した。
その後、一旦拠点に戻ってから街へ繰り出した2人。
昨日のビル爆破によって普段よりも騒がしいが、死傷者が居なかった為か既に夜間の剣呑な雰囲気とは裏腹な平穏を取り戻している。
そんな中、2人が入ったのは書店だ。
モルガンが気になった本を片端から買い物かごに入れていく。
学術本、歴史本、ついでに料理本。
3桁にまで届きそうなその本を纏めて買い、男がそれを持って適当な喫茶店に入った。
窓際のテーブル席に座って軽食と飲み物を注文する。
早速買ったばかりの本を読み始めたモルガンと喫茶店に置いてある新聞を広げる男。
聖杯戦争中とは思えないゆったりとした空気の中、時折話しながら小一時間程その喫茶店で過ごした。
だが、その束の間の休息に邪魔が入る。
コンコン、と窓ガラスを叩かれ、そちらを見てみれば赤髪の偉丈夫、征服王イスカンダルが外にいた。
2人と視線が合ったのを確認していい笑顔のままジェスチャーで外に出てくる様に伝えてくる。
無視した方が面倒だと判断して店内の視線を集めながら会計をして外に出る。
「奇遇であるな、キャスター、そして初日には姿を現さんかったキャスターのマスターよ。」
「卑怯云々は聞かないぞ、征服王。
で、何の用だ?」
「うむ。
この英傑の集う聖杯戦争において、ただ貴様らと剣を交えるだけでは勿体ないと思わんか?
故に、余は言葉を交えるのもまた一興だと考えたのよ。
その誘いだ。
つい先ほど、金ぴかと会って奴も誘っておいた。
セイバーの奴も誘うつもりよ。
どうだ、参加せんか?」
それを聞いた2人は一瞬顔を見合わせる。
「どうする?」
「……夜会に誘われて断るのも無粋でしょう。
良いだろう、征服王。
その招待に応じよう。」
話はすぐに纏まった。
その旨をイスカンダルに伝えれば、更に笑顔を深くする。
「そうかそうか!
よし、では場所はそれらしい場所がセイバーの拠点にしか無さそうだからセイバーの拠点で行う。
時間は今夜0時丁度!
遅れるでないぞ。」
それだけ伝えるとイスカンダルは上機嫌に去って行った。
男は完全に事後承諾になるであろうセイバーに対して同情した。
これは本格的に差し入れ考えた方が良いかもなとも考えた。
その日の夜、アインツベルンの結界に反応が出る。
森に仕掛けたトラップを一切合切無視して城へと近づいて来ている。
それに慌てたアイリスフィールとセイバーが急いで城の正門に向かえば、その正門を破壊してライダーのチャリオットが城の中へと突っ込んできた。
あからさまな破壊行為。
敵襲であると判断したセイバーがその剣を構える。
「おうセイバー、出迎えご苦労!
いやはや何ともけったいな場所に城を建てたもんよな。
迷いそうだったんで、ここに来るついでに木を薙ぎ倒してやっていたら、つい勢い余って門まで壊してしまったが、まあ許せ!
うん?
何だ今日は余の様に当世風のファッションをしておらんのか。」
その何とも言えない言葉に一瞬で勢いを削がれた。
戦意はない様だが余りにも人騒がせな征服王に苛立ちつつ問いかける。
「それで征服王。
貴様何しに来た。」
「うむ、説明してやっても良いが、ちと場所を変えんか。
この城のどこぞに宴に誂え向きな庭園でも無いか?
余のせいとは言えここは埃っぽくて敵わん。」
チャリオットに乗せた樽を持ち上げながらそんな事を言う余りにも傍若無人な態度に、一瞬本気で叩き出そうかと考えたセイバーだったが、ハァと1つ大きく息を吐くと中庭へと案内する事にした。
「これは柄杓と言ってだな、いささか珍妙な形ではあるが、これがこの国の由緒正しい酒器だそうだ。」
中庭に通されたイスカンダルはそう言って竹製の柄杓を取り出す。
この場に生粋の日本人が居れば間違っては居ないが特段合ってる訳でもないと思うところだが、ここに居るのはサーヴァント含めて全員が外国人で日本文化に精通しているわけでも無い。
樽の蓋を割り、柄杓で掬った酒を1杯飲んでいるイスカンダルにセイバーはもう一度問いを投げる。
「それで、結局何の用だ?」
「うむ、我らは今聖杯を求めて争っている訳だが、聖杯は相応しき者の手に渡る定めにあるという。
それを見定めるための儀式が、この冬木における闘争だというが……なにも見極めをつけるだけならば血を流すには及ぶまい。
英霊同士、お互いの『格』に納得がいったなら、それで自ずと答えは出る。」
樽の中の酒を柄杓で掬い、セイバーに手渡す。
受け取ったセイバーはイスカンダルの答えに納得を示した。
渡された酒を飲んでから、話す。
「それで、まずは私と格を競おう、という訳か、ライダー。」
「如何にも。
どちらも王を名乗るのであれば捨て置けまい?
言わばこれは聖杯戦争ならぬ聖杯問答。
とは言え2人だけでは盛り上がりに欠けるであろうから更に2人ほどに声を掛けてある。
そら、我らの他にも王を名乗るのが1人、そして王族に連なるのがまた1人おったであろう?」
ニヤリと笑ってそう言うイスカンダルの言う2人に察しのついたセイバーは内心顔を顰める。
「……少し遅れたか?」
そしてその場にイスカンダルの誘った2人、その1人目であるキャスター、モルガンとそのマスターである男が現れた。
セイバーには目もくれずに歩いてくる。
「ほんのちょびぃっと、な。
まあ構わん構わん、ほれ駆けつけ1杯。」
手渡された柄杓を受け取ったモルガンはその場に座ると酒を飲んでいく。
飲み終えた事を確認したライダーは返された柄杓を受け取った。
「これで3人だが、まさかあの様に偉ぶってた奴が最後とはなぁ。」
「戯れはそこまでにしておけ、雑種。」
イスカンダルが最後の1人に言及すれば、その最後、黄金のアーチャーが現れた。
これで聖杯問答における役者4人が出揃った。
モルガン様にヒロインムーブして貰ったら一気に高評価増えてて嬉しい
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9話
「よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとは。
それだけでも底が知れるというものだ。
王たる我に、わざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」
港で見せた傲岸不遜ぶりはそのままに、吐き捨てる様にそう言うアーチャーに、自分の拠点を馬鹿にされたセイバーは一瞬眉を顰める。
「まあ、そう固いことを言うでない。
ほれ、貴様も駆けつけ一杯。」
そんなアーチャーの言い草を気にすることなく気さくにイスカンダルは柄杓を差し出す。
それを受け取ったアーチャーはこれまでの3人同様に中身を飲み干す。
だが、その反応は違う。
「何だ、この安酒は。
こんな物で本当に英雄の格が量れるとでも思ったか?」
一杯飲み干したところでアーチャーは顔を顰めながらそう言い、柄杓をライダーに向けて放り投げる。
「そうかぁ?
この街の市場で仕入れた中じゃ中々の逸品なんだがなぁ。」
自らも味をみて買った酒をアーチャーにその様に言われたイスカンダルは頭を掻きながらそう言う。
「そう思うのは、お前が本当の酒というものを知らぬからだ。
雑種めが。
見るが良い。
そして思い知れ。
これが王の酒というものよ。」
そう言ってアーチャーは小さな波紋を手の上に作り出し、地面に向ける。
その中からは酒が入っていると思われる黄金の酒器が出て来る。
「ではグラス程度は私がやらねばな。」
それを見たキャスターは人差し指を立てるとふい、と軽く振る。
すると虚空から細かな彫刻の入った透明なグラスが4つ現れる。
「ほう、こりゃあ重畳。」
「空気中の水分を集めて作った溶けない氷のグラスだ。
素手で触れても、冷たくて持つ手が不快になるなどという事もない。」
空中に浮くグラスをライダーが4つ纏めて手に取り、その中にアーチャーの出した酒を注いで行く。
注いだそれを全員に手渡す。
「ふん、急拵えである事を考えればこの程度が関の山か。」
アーチャーの文句は最早そう言う物であると理解しているので受け流し、酒に口をつける。
そして全員がその味に目を見開く。
「っほぉ!
美味い!」
感嘆の声を上げたのはイスカンダルだ。
生前では多くの土地を征服して来たその征服王、むろん、その土地毎に振る舞われる食事や酒も例外なく平らげて来たその経験をもってしても、アーチャーの酒に匹敵する様な物は無かった。
それは最後の神代とも言えるブリテンにいたセイバーとキャスターも同じであり、声こそ上げぬものの、イスカンダルと同様に舌鼓を打っている。
「当然であろう。
酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しか有り得ない。
これで王としての格も決まった様なものであろう。」
その様子に気を良くしたのかアーチャーは上機嫌に話し出す。
だが、最後に放ったその言葉は王である他2人は到底看過できる物では無かった。
「ふざけるなアーチャー。
酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる。
戯言は王では無く、道化の役割だ。」
「フッ、さもしいな。
宴席に酒も興せぬような輩こそ、王には程遠いではないか。」
セイバーの言葉を鼻で笑い、アーチャーは挑発する。
王族であるだけのモルガンは口を挟まずにその様子を肴に酒を飲んでいる。
「こらこら、双方とも言い分がつまらんぞ。」
それを仲裁したのはイスカンダルだ。
「アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至高の杯に注ぐに相応しい。
だが、生憎と聖杯は酒器とは違う。
これは聖杯を掴む正当性を問うべき聖杯問答。
まずは貴様がどれほどの大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわなければ始まらん。
さて、アーチャー。
貴様はひとかどの王として、ここにいる我ら3人をもろともに魅せるほどの大言が吐けるのか?」
「仕切るな雑種。
第一、聖杯を『奪い合う』という前提からして理を外しているのだぞ。」
「うん?
そりゃ一体どう言う意味だ?」
イスカンダルに問われたアーチャーは己の考えを語り始める。
「そもそもにおいて、アレは我の所有物だ。
世界の宝はひとつ残らず、その起源を我が蔵に遡る。
いささか時が経ちすぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今もなお我にあるのだ。」
「ほう、では貴様は昔聖杯を持っていた事があるのか?
アレがどんなものなのか正体を知っていると?」
「昔では無い、今も我が宝物庫に収まっておるわ。
聖杯と呼ばれる願望機、その起源たるウルクの大杯。
そして、そこから派生した物が数個。
この地にあるという聖杯もまた『宝』であるのなら、その所有権は起源を持つ我にこそある。
それを勝手に持ち去ろうなど、盗っ人猛々しいにも程がある。」
「……成る程、気になる点は幾つかあるが強ち暴論とも言い難い。
そして今ので漸く貴様の真名に予測がついた。」
最初に口を開いたのはキャスターだ。
アーチャーの言うことに一定の理解を見せた上で更にはその真名に言及する。
「ほう?
ならば申してみるが良い。
だが、外したその時はその不敬の罰に貴様の首を刎ねるぞ。」
「では、お望み通り聞かせてやろう。
全ての財は貴様の蔵に起源を遡ると言ったな。
神話に語られる財宝というのはより古い神話に出て来る財宝を元にして形作られる。
それら全ての起源となると言うのなら貴様が語られる英雄譚は世界最古のものであると考えられる。
古代メソポタミアにおいて紡がれた『エヌマ・エリシュ』がそれにあたる。
それにおいて王として語られる者と言えば1人のみ。
そうだろう?
世界最古の英雄王、ギルガメッシュ。」
アーチャーから放たれた殺気をものともせずにキャスターは己の推理を話した。
それに対するアーチャーは
「如何にも。
我こそがウルクを治めた王、ギルガメッシュである。
初めて貴様らの前に立った時は、我の名を知りもせぬ英雄とは到底呼べぬ様な愚劣どもしかおらんのかと失望したものだが……どうやらそうでは無かった様で安心したぞ?」
肯定した。
そのリアクションにイスカンダルはやはりな、と納得を示し、セイバーは目を見開く。
完全に蚊帳の外だったマスター3人の内の2人、アイリスフィールとウェイバーはその真名に驚きと動揺を示し、残る1人、カイは弱点らしい弱点が無いその英雄をどうやって攻略すべきかを考え始める。
「ふむ、では話を戻すが英雄王よ。
聖杯が欲しければ貴様の承諾を得られれば良いと、そういうことか?」
「然り。
だがお前らの如き雑種に、我が報償を賜わす理由はどこにもない。」
「貴様、もしかしてケチか?」
「たわけ。
我が恩情を与えるべきは我の臣下と民だけだ。
故にライダーよ。
お前が我が元に下るというのなら、杯の1つや2つ、下賜してやっても良い。」
真名の割れたアーチャー、ギルガメッシュはその事を一切気にする事なくイスカンダルの問いに答える。
だが、その答えは今までの暴論とも言えるものとは違い、その場にいる全員が納得できるものであった。
「……そりゃあ、出来ん相談だわなぁ。」
答え自体は納得できるものだっただけあり、イスカンダルも少し返答を溜めてから言った。
「でもなぁ英雄王。
貴様、べつだん聖杯が惜しいってわけでもないんだろう?
何ぞ叶えたい望みがあって聖杯戦争に出てきたわけじゃない、と。」
「無論だ。
だが我の財を狙う賊には然るべき裁きを下されなければならぬ。
要は筋道の問題だ。」
「そりゃ、つまり……」
イスカンダルはそこで一旦言葉を切り、酒で喉を潤してから再度問いかける。
「つまり、何だアーチャー。
そこにどんな義があり、道理があると?」
「法だ。
我が王として敷いた、我の法だ。」
ギルガメッシュの答えは実にシンプルなものであった。
それ故に完全に納得でき、尚且つ共感できるものであった。
「完璧だな。
自らの法を貫いてこそ、王。
だがな~、余は聖杯が欲しくて仕方がないんだよ。
で、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。
なんせこのイスカンダルは征服王であるが故に。」
「是非もあるまい。
お前が犯し、我が裁く。
問答の余地などどこにもない。」
「応ともよ。
であれば後は剣を交える他あるまいて。
……とはいえそんな事は後でも出来る。
酒の席で剣を振り回すほど無粋な真似はあるまい。」
イスカンダルがニヤリと笑いながらそう言えばギルガメッシュも薄く笑って言外に同意する。
2人は同時に酒を呷った。
空になった2つの杯に酒を注ぐイスカンダルに今度はセイバーが問いかけた。
「征服王。
貴様がそうまでして聖杯に望むものとは何だ?」
それは当然の問いであったし、そもそもそれを話し合う為にイスカンダルが開いた聖杯問答だと言うのに、イスカンダルは照れ臭そうに笑った後、注いだ酒を一口飲んで語った。
「……受肉だ。」
その予想外の答えに2人を除いてその場にいた全員が一瞬首を傾げた。
「お、おお、お前!
望みは世界征服だったんじゃっ」
その例外であるウェイバーはイスカンダルに詰め寄ろうとして、デコピンで弾かれた。
その扱いは憐れと言う他ない。
「馬鹿者。
たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする?
征服は己自身に託す夢。
聖杯に託すのは、あくまでそのための第一歩だ。」
「雑種、よもや貴様、そのような些事のために我に挑むのか?」
呆れと苛立ち混じりにギルガメッシュが問いかければ、イスカンダルはあくまでも真面目に答える。
「あのなぁ、いくら魔力で現界しているとはいえ、所詮我らはサーヴァント。
この世界においては奇跡に等しい、言うなれば……そう、冗談みたいなものだろう?
貴様らはそれで満足か?
余は不足だ。
余は転生したこの世界に1個の生命として根を下ろしたい。
何故ならそれが、征服の基点だからだ。
身体1つの我を張って、天と地に向かい合う。
それが征服という行いの総て。
そのように開始し、押し進め、成し遂げてこその我が覇道。
そのためにはまず、誰に憚ることもなく、このイスカンダル只1人だけの肉体を手に入れる。
それが余の聖杯に託す願いの全てよ。」
最初に答えた時とは裏腹に堂々と胸を張ってそう語るイスカンダル。
その堂々たる姿にその場にいる殆どは何かしら胸を打たれるものがあった。
「決めたぞ、ライダー。
貴様はこの我が手ずから殺すこととしよう。」
「フフン、今さら念を押すことでもなかろうて。
余もな、聖杯のみならず、貴様の宝物庫とやらを奪い尽くす気でおるから覚悟しておけ。」
口を開いたギルガメッシュが宣戦布告、否、処刑宣言とも聞こえるその台詞を吐けば、イスカンダルは不敵な笑みを以って答えた。
「……では次は私が語らせて貰おう。
とはいえ、願いは被ってしまったがな。」
ここまでギルガメッシュの真名を当てた時以外では静かに酒を飲んでいるだけだったキャスター、モルガンが名乗りを上げた。
「ほう、つまりは貴様も余と同じ。」
「然り、私は受肉を求める。」
その答えに驚きを示したのはセイバーだ。
「待てキャスター!
お前の願いは私達への復讐やブリテンの支配では無いのか!?」
「おいおいセイバー。
貴様らの因縁は知らんが少し落ち着かんか。」
怒鳴る様にセイバーはキャスターに問いかける。
その様子にイスカンダルはセイバーを宥めようとし、セイバーも少し落ち着いたところでキャスターが答えた。
「酒の席でみだりに騒ぐな。
だがセイバー、その問いに答えよう。
そんなものは最早どうでも良い。」
「どっ!?
ふざけるな、キャスター!
貴様は自分が行った悪虐を無かった事にしようとでも言うのか!?」
完全に想定外の答えに一瞬落ち着きかけたセイバーは更にヒートアップする。
「認識が違うな愚妹。
無かった事にするのではない、既に終わった事なのだ。」
その答えに今度こそセイバーの頭は真っ白になった。
これまでの聖杯問答でセイバーは王として自らの法を守りに来たギルガメッシュ、王として未来に新たな夢を築きに来たというイスカンダル。
2人の答えを聞いて自身の願いは間違っていないだろうか、と僅かに、ほんの僅かにだけではあったが揺らいでしまった。
すぐに間違っているわけが無いと持ち直したものの、その理由の内には無意識のうちにモルガンが円卓への復讐、もしくはブリテンの支配という過去への願いを持っているだろう、という希望的観測があった。
仇敵ではあるものの、今は同盟を組み共に戦う間柄。
聖杯に求める願いが同じ様なものであると勝手に共感していたセイバーは梯子を外された様に感じ、更には自身の願いの否定とも取れるその言葉も相まって完全に思考が一時停止してしまった。
それを何とかしたのはイスカンダルだ。
セイバーの目の前でパァンと手を叩き、一瞬ビクッとして思考停止から戻ってきたセイバーと目を合わせる。
「何をそんなに驚いているかは知らんがな、呆然として話を聞かんのはいただけんぞ。
貴様にも主張があるんだろうが、今はキャスターが語る番よ、しっかりと聞いておけ。」
自身が恥を晒した自覚はあるのだろう。
セイバーは縮こまる様にその場に座った。
「まあ、愚妹の驚きは分からんでも無い。
私とて初めはブリテンの支配を願いにしようと考えていた。
だが、我がマスターと話して、案外そこまで執着していない事に気が付いた。
だから先ずは己が願いを見定めようとした。
そして私の願いはマスターと共にある事、たったそれだけである事に気が付いたのさ。
だからこその受肉だ。」
「ほほう?
そりゃあ、つまり貴様は己のマスターを愛していると、そういう事か?」
「その通りだ。」
「ブッハハハハハハハ!!!
おい、キャスターのマスターよ!
貴様、随分と良い女を捕まえよったな!?
その手練手管は余も気になるぞ!」
堂々と言うキャスターの言葉に問いを投げたイスカンダルは呵々大笑する。
セイバーは最早驚きすぎて口をパクパクさせており、ギルガメッシュは不機嫌そうに酒を呷り、間抜け面を晒すセイバーに笑う。
イスカンダルに話しかけられたカイは肩をすくめ、アイリスフィールは突然降って湧いた恋バナに興味を示すが、セイバーの驚き様も気になって何とも言えない表情をしている。
初心なウェイバーは関係無いはずなのに顔を赤くしていた。
「いやはや、しかしそうなると気をつけねばな。
追い込まれた手負いの獣と愛に殉じると決めた女ほど油断ならないものはあるまい。
とはいえ、余が貴様らを倒してしまっても恨んでくれるなよ?」
「やれるものならな?」
「フフン、貴様との対決も中々に楽しめそうよ。
さて、と。
セイバー、貴様が最後だ。
我らに負けず劣らずな願いを期待するぞ。」
何とか驚きから戻って来ていたセイバーにイスカンダルが話を振った。
次回、聖杯問答の本番(セイバーさんフルボッコ)
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10話
「……私の願いは故国の救済だ。
万能の願望機を以ってして我が故郷、ブリテンの滅びの運命を変える。」
セイバーの口から語られるその願い。
それが聞こえた瞬間に何処となくあった楽しげな雰囲気が消え去る。
痛いほどの沈黙を破ったのはこれまたイスカンダルであった。
「なぁセイバー、否、キャスターの真似事では無いが余も貴様の真名に当たりがついたのでこう呼ばせて貰おうか、騎士王よ。
貴様、運命を変えると言ったか?
それはつまり、歴史を覆すと?」
宝具すら見せていないのに自身の真名が割れた事に動揺するセイバー。
だが、当然と言えば当然である。
セイバーの剣は不可視である。
セイバー自身は高潔な武人である為、ただ間合いを測らせない為だけに剣を不可視にするとは考えにくい。
そのため考えられるのは2つの理由。
1つ目は剣そのものに『透明』という逸話がある事。
もう1つは剣そのものがセイバーの真名に繋がるほどに有名である事。
そして、セイバーが口にしたブリテンという国の名前。
ブリテンを治めた王の中で、その者が持つ剣がずば抜けて知名度が高いとなれば思い当たる英雄は1人のみに限られる。
それ即ち円卓の騎士王、アーサー・ペンドラゴン。
元よりライダー、イスカンダルは能天気な所はあれど王であり、数々の国を征服した覇者である彼の頭の回転が遅い筈がない。
アーサー王が女性であったなどというミスリードはあれど、イスカンダルは元々破天荒で常識に囚われない男。
真実に辿り着くのは必定であった。
それにより自ずと自身の真名も明らかになったキャスターは妹であるセイバーの巻き添えをくった事に溜め息を吐きつつ、場を静観する。
「その通り。
本来ならば奇跡が起こっても成し遂げられぬだろう。
だが、聖杯が真に万能の願望機であるのなら可能なはずだ。」
その言葉に対する反応は様々だ。
イスカンダルはどこか困った様に頬を掻き、ギルガメッシュは如何にも面白いものを聞いたと言わんばかりに笑い出し、モルガンは半ば睨みつけるかの様に目を細めた。
「あーー、つまり何だ。
騎士王、貴様はよりにもよって自らが歴史に名を刻んだ行いを否定すると?」
「そうだ、何故それを訝しみ、笑う!?
剣を預かり身命を捧げた故国が滅んだのだ。
それを悼むのがどうしておかしい!?」
「おいおい聞いたかライダー。
この騎士王と名乗る小娘はよりにもよって故国に身命を捧げたのだとさ!!」
「笑われる筋合いがどこにある!?」
イスカンダルが確認のためにもう一度聞き、それに対するアルトリアの答えにアーチャーは堪え切れずに大声をあげて笑い出す。
「王たる者ならば、身を呈して治める国の繁栄を願い、破滅から国を守る筈だ!」
「いいや違う。
王が捧げるのではない。
国が、民草がその身命を王に捧げるのだ!
断じてその逆ではない!」
「何を……!?
それは暴君の治世ではないか!!」
「然り。
我らは暴君であるが故に英雄だ。
だがなセイバー。
自らの治世を、その結末を悔やむ王がいるとしたら、それはただの暗君だ!
暴君より尚始末が悪い。」
「イスカンダル。
貴様とて、世継ぎを葬られ、築き上げた帝国は三つに引き裂かれて終わったはずだ。
その結末に貴様はなんの悔いもないというのか?」
「断じてない!
余の決断、余に付き従った臣下達の生き様の果てに辿り着いた結末であるならば、その滅びは必定だ。
悼みもしよう。
涙も流そう。
だが決して悔やみはしない。」
これまでは仲裁側に回ってきたイスカンダルが珍しくヒートアップしてアルトリアの言う事を真っ向から否定していく。
「ましてそれを覆すなど!
そんな愚行は余と共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱である!!」
「滅びの華を誉れとするのは武人だけだ!
力無き者を守らずしてどうする!?
正しき統制、正しき治世。
それこそが王の本懐だろう!」
「で、王たるお前は正しさの奴隷か?」
「それでいい。
理想に殉じてこそ王だ。
征服王。
我が身の為だけに聖杯を求める貴様には分かるまい。」
「無欲な王など飾り物にも劣るわい!!」
アルトリアの言葉が癇に障ったのかイスカンダルが怒鳴る。
「セイバーよ。
理想に殉じると貴様は言ったな。
なるほど、往年の貴様は清廉にして潔白な聖者であった事だろう。
さぞや高貴で侵し難い姿であった事だろう。
だがな、殉教などという荊の道に一体誰が憧れる?
焦がれるほどの夢を見る?」
征服王が語り出すその言葉にアルトリアの眼に迷いが生まれる。
それもそのはず、思い当たるフシなど幾らでもあった。
「王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも傲笑し、誰よりも激怒する。
清濁を含めて人の臨界を極めたる者。
そうあるからこそ臣下は王を羨望し、王に魅せられる。
一人一人の民草の心に我もまた王たらんと憧憬の火が灯る。
騎士道の誉たる王よ、確かに貴様が掲げた正義と理想は一度国を救い臣民を救済したやもしれん。
だがな、ただ救われただけの連中がどういう末路を辿ったか、それを知らぬ貴様ではあるまい。」
ブリテンの最後。
カムランの丘の戦い。
国は滅び、民は兵と化し屍の山を築き、その頂点に1人生き残ったアルトリアが見るのは地平線まで血と亡骸で埋め尽くされた光景。
その光景そのものがイスカンダルの言う事を肯定する。
「貴様は臣下を救うばかりで導く事をしなかった。
王の欲の形を示すこともなく、その正しさの為に臣下を犠牲にし
道を見失った臣下を捨て置き
ただ一人で澄まし顔のまま、小綺麗な理想とやらを想い焦がれていただけよ。
故に貴様は生粋の王などではない。
己の為ではなく、人の為の『王』という偶像に縛られていただけの小娘にすぎん。」
正しくその通りだった。
理解も納得も出来るはずのその言葉を、しかしアルトリアは認める事が出来ない。
認めてしまえば全てが無駄になる。
民や臣下の信頼も尊敬も献身も、見捨ててしまった者たちの犠牲もそれに対する後悔も、自らが成してきた栄光も繁栄も、その裏にある誤ちも何もかも。
全て、全てをブリテンを救う為だけに捧げてきた。
その全てが無駄になってしまう。
だからこそだろう、相容れない仇敵の筈の姉に、この場にいる唯一の同郷の者に助けを求める様な目を向けてしまった。
「……征服王、確かに貴様が言う事は正しい。
この愚妹は正しさという鎖に囚われた阿呆だ。
だが、それなら貴様は夢という海に溺れた大馬鹿だろう。
馬鹿が阿呆を叱る道理などあるまい。
そも前提条件からして違うのだ。
治めた国も時代も環境も価値観も民も立場も何もかもが違う。
浅い理解で文句をつけるのは愚図のやる事だろう。」
「大馬鹿か。
確かにそうかもしれん。
貴様の言う事も分かる。
だが、セイバーの言う事だけは間違いだ。」
「だから正しいと言っているだろうが。
私が言いたいのは言葉に説得力が無いと言う事だ。
貴様とて貴様を何も知らん外野が貴様がやった事は間違っている、などと言っても聞く耳貸さんだろう?
この愚妹は真面目も真面目だから貴様の言う事を聞いてるがな。
そして私も愚妹の言う事には否定を返そう。
とはいえ、その理由は私は王では無い故に全く違うがな。
ブリテンという国の滅びは決して覆らぬ運命の上に成り立っている。」
その言葉はイスカンダルとは別の意味でのショックをアルトリアに与える。
どうやり直しても滅びという運命は定まっている。
それもまた、アルトリアにとっては決して受け入れる事の出来ない言葉だった。
「愚妹、貴様も覚えがあるだろう。
ヴォーティガーンと私というブリテンを滅ぼそうとするブリテン島の意思。
聖都キャメロット以外の荒廃。
サクソン共による侵略。
どう抗おうが滅びの運命だけは覆せん。」
「そん……な……」
仇敵らしからぬ諭す様な言葉、嘘だとは思えない身に覚えのある事実。
嘘だ、と言いたかった。
相手は国の滅びを呼び寄せた魔女だ、聞く耳を貸す理由などない筈だ、と。
「……なんだその情けない顔は。
まさか滅ぼした側の私に慰めて貰えるとでも思ってたのか?
もしそうならば貴様は王でも騎士ですらも無い。
知らぬ土地に放り出され迷っただけのただの小娘だ。」
「フ、フフハハハハハ!!
ハッハッハッハッハハハハハハ!!
ハァ、いや中々の見世物であった。
騎士王とやら、貴様が臣下であれば道化として迷わず褒賞を与えるところであったぞ。
貴様のその身に余る王道を背負い込み、苦しみに足掻くその苦悩、その葛藤。
慰みものとしてはなかなかに上等だ。
これからも励むが良い。」
ギルガメッシュが突然笑い出したかと思えば、完全にアルトリアを馬鹿にしていた。
それどころか王としてではなく、道化と言われる。
イスカンダルには願いを否定され、モルガンには願いのその先を閉じられ、ギルガメッシュには最早王どころか英雄としても見られていない。
頭の中でぐるぐると思考が回る。
どうすれば良いか分からない。
何が間違いで何が正解なのか見当もつかない。
「……ところで、だ。
征服王、アレを招いたのは貴様か?」
唐突に話を変えたのはモルガンだ。
その目はアインツベルン城の屋根の上に向いている。
誰の事を言っているのかと思ったマスター達とアルトリア、イスカンダルが目を向ければ屋根の上に黒い人影が立っている。
髑髏の仮面をつけたその人物は
「ウソ!?
アサシン!?」
アイリスフィールが叫ぶ様にそう言う。
既に敗退した筈のアサシンが、全く結界にも反応せずいつの間にか自身の拠点にまで入り込んでいたのだ。
その驚きと動揺は尤もである。
そしてそのアイリスフィールの台詞と同時に、アサシンと思われる人物がその隣にまた現れる。
それを皮切りに中庭を囲む様に何十人もの髑髏仮面の黒衣の人物が次々とその姿を現す。
「いんや?
だが、我らの酒の席に交じりたいと言うのであれば歓迎せねばなるまい。
アサシン!
もし我らと語り合いたいと言うのであればここに来て座るが良い。
そして極上の美酒と言葉を交わそうではないか!」
アサシンの答えはイスカンダルの目の前に投擲されたナイフだ。
「ふむ、それが答えかアサシン。
では、これより貴様らは酒宴を荒らしに来た愚か者、敵である。
セイバー、キャスター、そしてアーチャーよ。
何だかんだ語ったが、言葉だけでは伝えられぬものもあろう。
故に、今ここに我が宝具を以って余の王道を見せてやろう。」
ライダーを中心として魔力が吹き荒れる。
その内には砂が混じっており、視界が潰される。
「これは……固有結界の展開か。」
最初に反応したのは生粋の魔術師であるキャスター。
即座に宝具の正体を見極めた。
「如何にも!
無論、魔術師でも何でも無い余1人ではこんな事は出来ぬ。」
世界は塗り替わる。
真夜中のアインツベルンの中庭から見渡す限り何も無い昼の砂漠へと。
「この地はかつて余とその軍勢が駆け、等しく心に刻み込んだ風景。
これを展開、維持できるのは我ら全員の心象風景であるからよ!」
その地平に次々と兵士が召喚されていく。
その全てがサーヴァントであり、その数は最早数えきれぬほどにまで増えていく。
「見よ、我が無双の軍勢を!
肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。
時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。
彼らとの絆こそ我が至宝!
我が王道!
イスカンダルたる余が誇る最強宝具『
その宣言と共に、兵士達が雄叫びを上げる。
声だけで大気が震え、グラスに入っている酒の水面が揺らぐ。
イスカンダルは寄ってきた黒馬、自身の相棒たるブケファラスに跨る。
「王とは!!
誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」
『然り! 然り! 然り!』
「すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王!
故に王は孤高にあらず!
その意思は、すべての臣民の志の総算たるが故に!」
『然り! 然り! 然り!』
イスカンダルが己の王道を語れば、臣下である兵士達は声を揃えてそれを肯定する。
それは正しくイスカンダルの言う通り、彼と彼の臣下達の絆が本物である事を示している。
「さて、では始めるかアサシンよ。
見ての通り、我らが具象化した戦場は平野。
生憎だが、数で勝る此方に地の利はあるぞ?」
その様子にアサシン達は狼狽え、怖気を見せる。
イスカンダルが剣を抜き、掲げる。
「蹂躙せよォォォォ!!!」
ブケファラスに乗ったライダーが剣をアサシンに向け、駆け出す。
それに続く様に兵士達も雄叫びと共にアサシンへと走り出す。
それを見たアサシン達の反応はまちまちだ。
絶望して抵抗を諦める者、怖気づいて逃げ出す者、せめてとばかりに最後の抵抗をする者。
だが、生粋の兵士達に正面きっての戦いで敵うはずもなく、次々に討ち取られていく。
そして僅か数分。
アサシン達は1人残らず殺された。
それを確認したイスカンダルは軍勢の中心で声を上げる。
「勝鬨を上げよォ!!」
軍勢が勝利の雄叫びを上げる。
それと同時に、固有結界は解けていき、元のアインツベルン城の中庭へと戻った。
「……さて、今宵はここまでか。
なぁ小娘よ。
いい加減にその痛ましい夢から醒めろ。
さもなくば貴様は、いずれ英雄としての最低限の誇りさえも見失う羽目になる。
貴様の語る『王』という夢は、いわばそういう類いの呪いだ。」
アインツベルン城に戻った後、イスカンダルは聖杯問答の終わりを告げる。
憐れむ様な目でアルトリアに忠告し、チャリオットを召喚して自身の持って来た樽を積み込む。
自身のマスターの首根っこを捕まえて放り込み、自身もチャリオットに乗り込んだ。
「ではさらば!
次は戦場で相見えよう!」
そう言ってイスカンダルはチャリオットで空を駆け去って行った。
「まあ、暇潰しには良い見世物であった。
ではなセイバー。
貴様のその道化っぷり、次に我の目の前に立つまでに更に磨いておくが良い。」
続いてギルガメッシュがそう言い放って霊体化し、去って行った。
モルガンはアルトリアの顔を一瞥するとチッと1つ舌打ちしただけで何も言わずに立ち去った。
アルトリアは1人、どうすれば良いか、どうするのが正解なのか分からずにその場に佇んでいるばかりだった。
「私は…………一体……どうすれば……」
ふぅ、書き終えたぜ
zeroではまだ願いは故国の救済だから最早過去に何の未練もないモルガン様は「別に願い自体はどうでも良いけど無理だ」と現実を突き付けるだけです(願いが選定のやり直しならガチギレする)
内心、余りにも情けないアルトリアに苛々してたりする
この作品のモルガン様はアルトリアの厄介オタク(本人否定)です
後、イスカンダルがアルトリアの真名当てた件については原作でもイスカンダルはほぼヒント無しのこの時点でギルガメッシュの正体を何となく察していたので普通に可能だと判断しました
ぶっちゃけ剣を隠している事自体がヒントになるからね、仕方ない
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11話
聖杯問答から帰る途中に切嗣から資料を受け取り、拠点へと帰還。
そのまま、ベッドに腰掛けて資料を流し読んでいればモルガンは買ってきた本を手に取り、男の背に体を預けて読み始めた。
男はどこか不機嫌そうなモルガンの様子にとりあえず静観を決め込んで資料を読み続ける。
ペラリ、ペラリと紙を捲る音だけが響く。
その日はそのまま夜が更けていった。
翌日、一晩経ってモルガンの機嫌は元に戻ったらしくいつも通りな様子を見せている。
この聖杯戦争間でモルガンにセイバー関連の事を聞くと大抵面倒な事になると学習した男は昨日の聖杯問答の事は聞かないでおこう、と決意した。
「マスター、今回の聖杯戦争参加者の中に虫を使う魔術師、魔術使いはいるか?」
唐突にモルガンがそう聞いてきた。
「虫?
なら、間桐だな。
何でそんな事を急に?」
「結界内に魔術が付与された虫が侵入して来ている。
大抵は自動防御機構で駆逐しているが、数が多い。
いい加減鬱陶しい。」
モルガンが下水道の立体図を空中に浮かび上がらせる。
その図の様々な場所にバツ印がつけられていく。
そこが虫を排除した場所なのだろう。
どこかの入り口から入ってすぐの地点で排除されており、様々な場所に設置した拠点にまでは到達どころか近づけてすらいない。
とは言え数が尋常じゃない。
確かに天敵のいない環境で人の手によって育成されている虫はその数を爆発的に増やせるだろう。
だが、1000匹を何でもないかの様に使い潰せるとは限らない。
増やしたところで維持するのが最も大変だからだ。
だが、間桐は使い潰せるほどの虫を持っていると考えるべきだろう。
恐らく総数にして10万、場合によっては100万は下らないと男は予想した。
「だが、どうする?
恐らくだが、間桐邸には間桐のマスターは居ないぞ。」
「下水道は私達が抑えているのです。
なら、そのマスターはどう隠れようが地上にいるのは確か。
神代の魔術師の探知から現代の魔術師が逃げ切れると?」
それに、とモルガンは続ける。
「既に捕捉済みです。」
絡繰はこうだ。
間桐の魔術属性は水。
故に魔術行使には水はほぼ必須であった。
その水を何処から得ていたのか。
上水道?
否、そんなものを使えば水道会社に記録が残る上に虫にとって必要な栄養がほぼ無い。
つまりもう1つの水道、すなわち下水道である。
だが、聖杯戦争により下水道はキャスターの手に落ちた。
それを知りもせぬ間桐臓硯は聖杯戦争に長けた魔術師の仕業かサーヴァントに因るものかを判断するために虫を送り込んだ。
900匹余りを投入した結果、その全てが敵の姿を見る事も出来ずに排除され、その事実からサーヴァントであると判断した。
だが、サーヴァントが相手でも今のこの状況は困る。
故に勝って下水道を奪い返せれば上等だと、それを雁夜に伝えたのだ。
下水道に恐らくキャスタークラスのサーヴァントがいる、と。
キャスタークラスの厄介さを十二分に説明した上で。
それを伝えられた雁夜は自分でも確認する為に自身の虫を送り込む。
そして、下水道に入った虫の半数が撃破されたのを見て、無駄な消耗を避ける為に残った虫を退却させた。
しかし、モルガンの結界はただ単に迎撃用の物だけでは無い。
最も外側に侵入者を探知するだけの結界を張ってある。
この結界は相手に勘づかれ無い様に隠蔽も施されている。
その結界から十数メートル内に踏み込むと迎撃用の結界が張られているのだ。
案の定、探知結界に気付かなかった雁夜は撤退させた虫をも探知結界の中に入れてしまっていた。
そして、モルガンは元々迎撃結界を見て恐れをなし、一時撤退したり、今回の様に使い魔を撤退させた相手を追撃できる様に探知結界に入った相手には自動でマーキングをしておく様にしておいたのだ。
故に追える。
キャスターとして聖杯戦争に参加したサーヴァントの十八番は自身の工房というキルゾーンに誘い込んでの完封勝利である。
だが、今回はその十八番を敢えて捨てる。
他陣営は未だにセイバー陣営とキャスター陣営が組んでいる事を知らない。
攻めてこようとする敵を横から数的有利で殴れる。
キャスターは穴熊を決め込むという思い込みを利用するのだ。
なお、ここまでモルガンのやる気があるのと彼女の少し(自称)苦手な物が芋虫(を始めとする昆虫)なのは関係が無い。
間桐雁夜の拠点はそこらのビジネスホテルの一室だ。
あの間桐邸に居たくない上に、間桐邸を囮にするという理由があったからだ。
その一室でベッドに横たわりながら雁夜は爺、臓硯に言われた事を思い出す。
「下水道にキャスターがいる。
キャスターの十八番は魔術工房を敷き、その防備を固め、他のサーヴァントを己の工房に誘い込んで殺す方法じゃ。
それ故に後に回せば回すほど工房はより厄介により強固になる。
それに間桐の魔術に下水道、もとい水は重要じゃ。
それを抑えられているのは痛い。
別にキャスターを倒せとは言わん。
じゃが、下水道は蟲達の重要な栄養源の1つ、それに貴様はまだどのサーヴァントも倒せておらん上に戦闘すら初めの一回のみ。
結果を出してない者にどうして期待できようか。
キャスターを倒すまでいかずとも痛手を与え、交渉の席に着かせ、下水道の一部を奪還すればそれで良し。
出来なくば腹を空かせた蟲達がどの様な事を始めるか分からんからのう。」
つまりは何とかしなければ桜ちゃんがどうなってもいい、って事だと判断すると脅してきた。
仮にハッタリだとしても、これを無視する訳にはいかない。
そう考えた雁夜は自身の蟲を使って偵察させたが、確かに半数が下水道に入って暫くの場所でやられた。
強ち嘘でもないらしい、と判断した雁夜は今夜にもバーサーカーで強襲する事にした。
夜までは体を休ませなければ、と考えてベッドに横たわっている。
眠気はあるのに眠れない。
変に意識が興奮してしまっている。
それもそのはず、初日の港での戦いは激情に駆られて衝動的に戦闘に加わったのに対して今回は全く関係のない相手に意識して襲わなくてはならない。
必要な事ではある。
だが、憎しみも何も無い相手をこれから襲う、と来て落ち着いていられる程一般人を辞めていないのだ。
そうしている内に夜になってしまった。
特に休めてもいない体を起こしてホテルから出る。
人目を避ける様に裏路地を進んでいき、1つのマンホールの前に着いた。
緊張か興奮か、バクバクと鳴る心臓を抑えつけて、マンホールに手を掛けた。
「跳べ。」
ふいにそんな声が聞こえた。
バーサーカーが実体化し、辺りを見回すが誰も居ない。
瞬間、地面に魔術陣が浮き上がり、その動きを縛り付ける。
そして、魔術陣が光ったと思えばその場から雁夜とバーサーカーは居なくなっていた。
強制転移は成功した。
バーサーカーとそのマスターは冬木の海岸へと転移させられた。
何もない海岸、足元には波が当たる。
そして、そこにはセイバーとキャスターが待ち構えていた。
「セイバーにキャスター!?
それにここは!?」
2人は海の上に何でもないかの様に立っている。
湖の精霊の加護による効果だ。
その2人の姿を視認したバーサーカーが雁夜から魔力を吸い上げ、吠える。
それに苦しみながらバーサーカーに指示を出す。
「キャスターだ!
キャスターを狙え!」
「ほう、素人にしてはなかなか良い指示だ。」
そう言ってキャスターは後ろに下がり、セイバーが前に出る。
湖の精霊の加護があるセイバーとキャスターは例えそこが沼だろうが水辺であるなら戦闘に支障はない。
対してバーサーカー、その様なスキルがあるか無いかは不明だが、周囲に物のないこの場では物を持って宝具化するなど、それこそ砂や水を手に乗せて宝具化し投げつける程度しか出来ない。
この辺りに流れ着いていた流木などは既に撤去済み。
案の定、バーサーカーは水の上に立てていない。
とは言え、狂化のランク次第では水に入りすぎる事を躊躇うだろうし、そんな事をすればマスターが制止するだろうからそこまで沖には出られない。
だからこそ、比較的浅瀬でバーサーカーの機動力を削ぎつつ戦うだけでいい。
予想通り、バーサーカーは砂を手に含んで宝具化。
駆けながらそれをキャスターに投げつけるが、キャスターは水の壁を作って片手間に防ぐ。
それでも今度は海水を手に含ませるが、セイバーが突っ込んでくる。
その攻撃を避けて間合いを取ろうとするが、水と砂に足を取られて思うように動けない。
そこにキャスターの魔力弾が撃ち込まれる。
海水を弾き、相殺しついでにセイバーにも投げるが風で容易く受け流される。
完全にバーサーカーの分が悪い。
それを見た雁夜は即座に撤退を決めた。
「令呪を以って命じッ」
だが、それは叶わない。
何処からか飛んできた銃弾が雁夜の脇腹を貫通した。
撃ったのはカイだ。
「運のいい奴だな。
偶然展開中だった蟲に当たって弾丸の軌道が逸らされた。」
そう呟いてスコープをもう一度覗き込む。
既に蟲が壁の様に展開されていて視認ができない。
まだ何処から撃ったのかは分からない様だが、2度目以降となればそうはいかない。
変に外してバーサーカーをけしかけられても困ると判断して射撃は止める。
バーサーカーはあの2人相手によく善戦している。
とはいえこのままなら倒されるのは時間の問題。
今ので気を失っててくれれば楽なんだが、と考えたところでバーサーカーが方向転換してマスターを抱え上げた。
そしてそのまま去って行ってしまった。
「しくじったなぁ。」
今回の作戦、狙ったのはバーサーカーではなくバーサーカーのマスター。
バーサーカーは港で過剰に反応していたキャスターとセイバーで抑えて貰い、その間にマスターを狙撃する、という作戦だった。
その為に態々バーサーカーにとって不利で此方に有利な環境を設定して、そこにバーサーカー達を招待した。
狙いはバーサーカーであると誤認させる為に。
持っていたスナイパーライフルを解体してスーツケースに仕舞い込む。
キャスターに念話で撤収を指示して、男はその場から去って行った。
その後、城へと戻ったセイバーは自身に与えられた個室で思案していた。
あのバーサーカー、私の剣の切先を見極めて回避していた。
偶然だとは思うが、もしそうで無いのなら……あのバーサーカーの正体は私に縁のある人物なのか……?
と。
この後の展開どうしよう
せや、バーサーカーと戦わせたろ
で、バーサーカーハメ殺すなら何もない海岸に誘き寄せるんが1番だよな?
でもそうなるとバーサーカー一方不利やし、まだ生きてて貰いたいし
バーサーカー、アロンダイト使えたやん!
調べるとアロンダイト使う為にはその他の2つの宝具封印せなダメやん!
まだ正体明かすには早いな
でもそうすると一方不利は変わらんから即座に撤退させよ←イマココ
因みに臓硯が蟲を何匹か撤退させてたら間桐邸強襲からの桜ちゃん魔女の弟子になるルートが解放されてたぞ
なお、その場合バーサーカーからめっちゃ狙われる事になる
間違いなく過去最高の総合評価なのに対戦相手が悪すぎて1回も日間1位になる事なく日間10位圏内どころか日間ランキングから外れてた悲しみよ
高評価くれて日間1位に押し上げてくれてもええんじゃよ?
というか感想も評価も下さい(ドゲザー
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12話
バーサーカーを逃したその後。
幸いにもモルガンのマーキングが付いた虫は無事らしく、後を追えている。
だが、今度は安っぽいビジネスホテルではなく本拠地である間桐邸に引っ込んだ様だが。
今回のでバーサーカーのマスターも警戒を強めるだろうから、同じ手は通じない。
それに本拠地を強襲すれば臓硯も出張ってくるだろう。
セイバーとキャスターで強襲を掛ければ確実に勝てる。
だが、そうなれば他の陣営にいよいよ同盟を組んでいる事がバレるだろう。
それ自体は別に良い。
だが問題はリスク、コストとリターンが釣り合うかどうかだ。
そこら辺に煩いのは魔術師殺しである。
魔術師殺しの性格からして得体の知れない化け物に成り果てた間桐臓硯は確実に魔術師殺し内でのブラックリストの上位に位置するだろう。
機会があれば殺したい、けど殺すのに掛かるコストやリスクが莫大すぎて手が出せない、そういうブラックリストだ。
だが、聖杯戦争中は違う。
ちょっとサーヴァントの攻撃が掠って、偶々当たりどころが悪くて、死んでしまった。
そういう事があり得る。
マスター衛宮切嗣の本命はバーサーカーとそのマスター。
魔術師殺し衛宮切嗣の本命は化け物の間桐臓硯。
十分に有り得る話である。
まあ、なんにせよこれ以上セイバーを動かすなら本格的に衛宮切嗣の了承が必要になる、という事だ。
とは言え、余程の非常事態が起きない限りは十中八九、衛宮切嗣はバーサーカーの追撃にうって出るだろう。
問題はアーチャーとライダー。
とはいえ、あの2人は互いに狙いを定めている。
余裕を崩さない英雄王は恐らくうって出るのはライダーと聖杯戦争の最後のみ。
征服王は対アーチャー戦に向けて力を温存しておきたいだろう、と考えられるが、かなり刹那的な所が見られるイスカンダルについては考えるだけ無駄だ。
と、一通り思考を纏めた所で男は自身の胡座の上に座って本を読んでいるモルガンを見る。
昨日ので味を占めたのだろうか、帰って来てすぐに「あぐらをかけ」と命令してその通りにしたら、その上に座って来た。
どこからこんな知識手に入れたんだ。
男は無駄にモゾモゾと動いて押し当ててくるそれを努めて無視しながら、思考を回す。
マスターはどう考えているのか。
遠坂は初日からマスターが穴熊を決め込んでいる。
動くにしても後1騎落ちてからだろう、つまりそこまで気にする必要はない。
言峰はアサシンは失ったが、まだ遠坂との同盟は続いていると見るべきだ。
その場合、教会の元代行者の戦闘能力は厄介だ。
低級サーヴァントとどっこい、場合によっては上回ると考えられる。
一番困るのは間桐に攻撃してる所に後ろから攻撃を仕掛けられ挟撃に遭う事だ。
間桐はマスターである雁夜は昨日のを見る限りは戦闘の経験はないのだろう。
その上、手傷を負わせているから放っておけば暫くは自分からは動けない。
問題は臓硯だ。
雁夜の後ろには必ずこいつがいる。
アレが参謀として本格的に動き始めたら厄介この上ない。
ウェイバーは完全に征服王に引っ掻き回されてマスターとサーヴァントの関係が逆転しているからそこまで考えなくても良い。
切嗣は契約で縛っている内は直接的にも間接的にも攻撃は仕掛けられない。
見殺しにする事も態と曖昧な文章にさせた事によって契約に引っかかると考えて出来ないだろう。
とはいえ裏側でどんな準備をしているか分からないが。
自分がやるとしたら下水に何か混ぜる。
ガソリンを混ぜて火を点けたり、混ぜてはいけない薬品を別々の場所から入れて特定の場所で合流、毒ガスで殺そうとしたり、とかだろうか。
だが、お得意の爆薬でも完全にこちらの工房を破壊し尽くすのは難しい。
それ程までに広大な工房である事は既に伝えてある。
爆薬を使おうとすれば冬木市全体を絨毯爆撃する必要がある。
つまり無理だ。
後は俺に発信機でも付けて、発信機のある地点にピンポイントで爆弾や宝具でもぶち込む。
あるいは最後の3騎になった所で共闘し、相手を倒した瞬間に消耗したこちらを強襲させる。
騎士王は騎士道に従うだろうからそれを渋るのを見越して令呪で宝具を強制的に使わせて対応させずに殺す。
まあこんな所だろうか。
そこまで思考が回った所で、男はそれをモルガンに伝える。
そこにモルガンが同意しながらもある程度の修正を加える。
それを元に今後の展開を予測していく。
夜が明けるまで2人の話し合いは続いた。
そして昼頃に鏡を通してキャスター陣営へと切嗣から手紙が届けられた。
内容は油断を誘う為、中1日空けてから間桐邸を襲うとあった。
確かに、現在アインツベルンの防御の要の1つである森は征服王によって、道路から城まで一直線に進めるようになってしまっており、防御力は低下している。
そこを狙われないとも限らない。
そう考えれば分からなくも無い。
という事でその日はのんびりと過ごす事となった。
だが、そうは問屋が卸さないのが聖杯戦争。
夜になった所で、侵入者が現れる。
「マスター!
ライダーだ!」
そう、キャスターの工房に侵入してきたのはライダーである。
チャリオットの突進でドンドン工房内を突き進んでいる。
空間に映写された映像からは、対侵入者用の仕掛けは発動しているが、チャリオットの突進の方が攻撃ランクが高いのだろう、無効化されているのが見える。
高笑いしながら工房を破壊していくその姿は正しく征服王の名に相応しい。
「これ以上、好きにさせてたまるか!
キャスター! 誘い込むぞ!」
「仕方あるまい!」
モルガンは征服王のチャリオットへの攻撃を止めた。
そして、別れ道を封鎖していき一本道として地下貯水槽だった、だだっ広い空間へと誘導する。
その様子を見たイスカンダルは、ふむ、と思案する。
「ライダー、これって……」
「うむ、誘っておるな。」
「行くの?」
「行くに決まっておろう。」
「キャスターの十八番は防衛戦で、工房内ではほぼ間違いなく最強って言っても?」
「無論よ!
むしろそれを聞いて更に心踊るわ!」
それを聞いたウェイバーははぁ、と大きく溜め息をつく。
「分かった。
ただし危なくなったら即撤退だぞ。
こんな所で消滅されても困るんだからな!」
「応ともさ!
しかし貴様も余の王道というものが分かって来たではないか、うん?」
「うるさい、どうせ言っても聞かないんだから諦めてるだけだ。」
「はははははは、そう照れるな。
ほれ、素直に言ってみよ。」
「違うって言ってるだろ!」
そう笑いながら口論を続け、2人は工房の奥地へと踏み込む。
暗く狭い下水道を抜けた先にはただ広い空間があった。
洪水や大雨が降った時用の地下貯水池である。
その中心にキャスターは立っていた。
「おうキャスター!
この魔術工房とやらと貴様自身、纏めて征服しに参ったぞ。」
「ふん、神代の魔術師とその工房を侮った代償は大きいぞライダー。
だが始める前に1つ問いを投げよう。
どうして我らの工房が分かった?」
「うん、そりゃこの坊主のお陰よ。
余に川から水を持って来させて何やら調べてたぞ。」
「水中の魔力量を調べてたんだよ、説明しただろうが。」
それを聞いたモルガンは、そういう事か、と納得した。
勿論、モルガンは排水に過剰な魔力を混ぜたままで川に流したりなどしていない。
だが、実際に出ていたという事はやったのは恐らく現状の敵勢力で唯一キャスターの工房の位置を知っている間桐だ。
排水口付近に虫を放って殺し合いでもさせたのだろう、と推測できる。
とことんまで癇に触る間桐に対してヘイトを溜めながら、モルガンは思考を戦闘に切り替える。
恐らく勝てる。
それがモルガンの出した結論だ。
固有結界を発動されれば工房という地の利が皆無になるが、征服王は工房ごと征服しに来たと言っていた。
つまり、固有結界を使う確率は低いと見て良い。
さらに使おうとした所で即座に転移で逃げられる。
工房というバックアップがあれば負けはしない、と算出した。
「では、始めようかキャスターよ!
いざ征かん! 『
イスカンダルが手綱を操れば、チャリオットを引く雄牛が雷鳴を轟かせながら走り始める。
それを空間転移で避けたモルガンは床を杖でコン、と1つ叩いた。
それと同時に空間内に張り巡らされた対侵入者用の仕掛けが一斉に発動する。
先の通路で発動されていたそれとは質も量も桁違いな魔力弾、魔力光がチャリオットの四方八方から発射される。
「ハァッ!」
イスカンダルは更にチャリオットの速度を上げて強引に前方を突破、急カーブしてモルガンの方へと向かってくる。
だが、それも転移で回避される。
「ライダー!
どうするんだ、アレ!
転移をどうにかしないとジリ貧だぞ!」
「分かっておるわ!
ならばこうよ!」
ライダーがそう言うと同時にモルガンの周りに数体の戦士が現れる。
その姿は先日、イスカンダルの宝具『王の軍勢』で見たものだ。
「固有結界外にも召喚可能か。」
だが、召喚されたのはサーヴァントとは言えど、クラスすら振られていないサーヴァントとしては最低限の存在。
そして、モルガンはモードレッドに剣を教えられる程度には武器の扱いにも長けている。
右から突き出された槍を杖を剣に変えて受けて流す。
受け流しながら剣から斧へ。
そのまま下から振り上げて1体を撃破。
反対側からついてきた槍を振り抜いた勢いそのままに打ち払う。
斧から槍へと変えて、穂先は逆側へと伸ばす。
槍を引きながら穂先で虚空を刺し、それを別の戦士へと転移、2体目を撃破。
上から振り下ろされた槍を防御魔術で受け流し、接近、剣へと変えて胴を薙ぐ。
これで3体目。
突進して来たチャリオットを跳んで避ける。
着地点に再度召喚された戦士は、その足元の水を操って全て串刺しにした。
その場から転移して更に突っ込んできたチャリオットを回避した。
「全然ダメじゃん!?」
「うむ、白兵戦は苦手とか言ってたのはブラフであったか。」
「いや、苦手だが?
円卓を基準とすれば、な。」
「白兵戦の本職中の本職を基準にするなよ!
ライダー、明らかに分が悪過ぎるぞ!
工房にいる限りキャスターに魔力切れなんてあり得ない!
撤退だ!」
「むう……」
「ボクの魔力だって決して多い方じゃ無いんだからな!
このまま続けてたらガス欠だ!」
「話している暇はある様だな?
オークニーの雲よ!」
モルガンがそう唱えれば、イスカンダル達の前方に膨大な魔力で作られた槍の様なものが現れる。
「こりゃいかん!」
即座に方向転換して、狙いを定まらせない様に蛇行しながら出口へ繋がる通路へ向かい始めるイスカンダル。
「逃すと思うか!?」
動きを先読みして放たれたそれは真っ直ぐに通路へ向かっていく。
僅かに先にイスカンダルのチャリオットが通路に飛び込み、その後を魔力槍が追う。
「ライダーぁぁぁぁぁぁ!!!??
少しずつ距離が縮んでるぞ!?」
「ふは!
余の『
坊主、しっかり捕まっておれ!」
狭い通路内で放たれる魔力弾を避けながら猛スピードで出口へと向かっていくイスカンダル。
その後ろを蒼い魔力槍が追っていく。
チャリオットと魔力槍の距離はジリジリと狭まっていく。
「ライダーぁぁ!!
もうダメだ、追い付かれるぅ!!」
その距離が最早手を伸ばせば届く程までに狭まった所で漸く迷路の様な下水道の出口が見えた。
魔力槍がチャリオットに接触する寸前、下水道を抜けイスカンダルはチャリオットの進路を一気に真上に取った。
突然の方向転換は出来なかったのか魔力槍はそのまま進んで川の中でそのエネルギーを爆発させた。
その様子を上空のチャリオットから確認したウェイバーは魔力槍に込められていたエネルギーを見てヘナヘナと腰を抜かす様にチャリオットの床に座り込んだ。
「た、助かったぁ。」
「どうだ坊主、あのギリギリでの脱出劇。
映画みたいでカッコ良かったであろう?」
「そんな事言ってる場合か!?
アレをまともに喰らってたら絶対に無事に済まなかっただろうが!」
「無事に済んだんだから細かい事言うでない。
今宵は余の負けであったが、次に対峙した時は負けんぞ。
帰って作戦会議だ坊主。」
そうしてライダー達は自身の拠点へと帰って行った。
昨日は更新できなくてすみませんでした。
リアルの方が忙しくて……
書きだめしとくのが良いんでしょうけどそれが出来ない性格なので毎日4500〜5000字を書いてます
評価下さいって言ったらマジで高評価増えまくってて嬉しみ
ありがとうございます
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13話
イスカンダル達が去って行った後のキャスター陣営の拠点はまあまあ荒れていた。
迎撃に使用した貯水池やイスカンダルが通った通路はチャリオットが走ったせいで床はボコボコ、ゼウスにまつわるという逸話のせいで放たれた雷によって拠点にかけられた魔術に綻びが出来てしまっている。
最後にイスカンダルが出て行った排水口など爆発のせいで埋まってしまっている。
更にはあそこまで派手にやったせいで、今まではあった拠点が不明というアドバンテージが消失した。
だが悪い事ばかりではない。
ライダーが尻尾巻いて逃げたという事実がモルガンの魔術工房の中は堅牢そのものである証拠になった。
下手に攻め込んでくる奴はいなくなるだろう。
何より今回で荒らされた範囲など工房全体から見て僅かな範囲でしかない。
だからこそ荒れ具合に対してそこそこ、という評価に留まっているのだ。
取り敢えずイスカンダルに拠点を強襲されて撃退した事はセイバー陣営にも報告しておいた。
被害は微小、拠点防衛の観点から見てもなんら問題ないと判断したモルガンは予定通りに間桐邸の強襲を行えると判断し、男もそれに従った。
そして、その夜。
2人は間桐邸の地下にいた。
魔術付与されていない虫があちこちに巣食っており、モルガンはそれを見る毎に駆除していった。
「……なぁ、キャスターって虫が苦手なのか?」
「何を根拠にその様なことを?
確かに芋虫はほんの少しだけ苦手ですが、それ以外の虫は苦手ではありませんが?」
若干早口になりながらそう言うモルガン。
男は苦手なんだな、と察した。
「まあそれなら別に良いんだが。」
「それよりそろそろ時間でしょう?」
モルガンにそう言われて男は腕時計を確認する。
先に示し合わせてあった決行時間まで後5分を切っていた。
セイバーと切嗣が先に間桐邸へ強襲、その後にモルガンとカイが地下から地面をぶち抜いて挟み撃ちにするという作戦だ。
「だな、準備を頼む。」
男がそう言えばモルガンは頷いて、魔力を高めて術式を編む。
魔力槍だが、爆発する様にするのではなく、貫通力を高める。
「あと30秒。」
その魔力槍に魔力を込めて威力を高めていく。
「10秒………………5秒、4、3、2、1、0!」
男のカウントに合わせてモルガンが槍を射出した。
すぐさま槍は地面を貫通して、地上の間桐邸をも貫通。
夜空が確認できた。
「思ったよりも軽く抜いたな。
地下室でもあったか。」
槍を放ったモルガンがその手応えから予測を立てる。
空いた穴から蟲が大量に地下へと流れ込んできた。
その様子に一瞬、モルガンの顔が強張り、次の瞬間には蟲は魔力光で一掃されていた。
「早急に終わらせましょう。
こんな所に長居はしたくありません。」
魔術で男と自身を宙に浮かばせながらそう言って穴を進み始めた。
穴の先は石造りの地下室だった。
魔術工房、というよりも地下墳墓と言う方が合っているだろう。
壁や天井、床全てが蟲で覆い尽くされている。
男とモルガンはその全てから殺気を感じていた。
「気持ち悪いな。
焼き尽くすか。」
そう言って男は自身の魔術礼装である魔弾、弾丸に焼却や発火などの術式を付与したものが入ったマガジンを装填した自身の拳銃を構える。
「……いえ、少し待って下さい。」
だが、モルガンはそれを止めた。
その場で腕を振るえば、モルガンの視線の先にある蟲の山が焼き尽くされる。
その中から出て来たのは
「子供か?
こりゃまた典型的な魔術師の家系らしいな。」
紫色の髪をしたまだ幼い女の子が全裸で蟲の中に埋まっていた。
先程の槍の衝撃でだろうか、気を失っている。
モルガンはその子供を抱き抱えてマジマジと観察を始めた。
「どうした?」
「この子供、生まれ持ったにしては中々の魔術回路の量と質だ。
才能があるな。」
「…………おい、まさか育てるとか言い出さないよな?」
「さてな、それは保留にしておこうか。
先にやるべき事はこっちだ。」
そう言ってモルガンは子供を目の前に浮かばせる。
そして左手で何かを掴む動作をした瞬間、蟲が急に騒めきだし、襲いかかって来た。
それに対してモルガンは防御魔術を発動して蟲の雪崩を防いだ。
「少し集中する、この鬱陶しい蟲の群れは頼むぞ。」
「女王様の仰せのままに、ってな。」
男は冗談まじりにそう答えて、拳銃から魔弾を吐き出させる。
狙いのつけられていないそれは、天井や壁、床に着弾すると同時に周囲を発火させた。
燃えた蟲から火がどんどん燃え移っていく。
本来なら燃え始めても下水道から水を汲み上げて消火するのだが、今は下水道はモルガンの魔術工房となっている。
その為、消火することも出来ずに、蟲の群れは火に包まれていく。
「捉えた。」
地下室全体が火に包まれた所でモルガンがポツリとそう呟いた。
直後に何かを掴む様に握っていた左手を更に中にあるものを握りつぶす様に力を込めた。
ぐじゃり、と何か水っぽい物が潰された様な音がした。
その途端、火に包まれてもまだ動こうとしていた蟲達の動きが止まり、完全に燃え尽きた。
「この子供の心臓の辺りに蟲達の主がいたからな。
握り潰した。
場所が場所だった上にそいつも極小の蟲だった上に体中を逃げ回ってたんでな、少し手間取った。」
杖の1振りで地下室の消火をしたモルガンはそうやって事もなさげに説明をした。
「鬱陶しい蟲も主が居なくなった以上、出てこまい。
上へ行ってバーサーカーを倒してそれで終わりだ。」
そう言いながらモルガンは女の子を何処からか出した蒼い布を服がわりに体に巻いて下水道へと降ろした。
その様子に男は、最低でも聖杯戦争中は面倒を見る気だなと考えた後に思考を切り替える。
地下室からは階段が地上へと伸びている。
その先へと飛んでいけば、扉があった。
扉の向こう側からは戦闘音が聞こえて来ている。
どうやらまだ戦闘は続いているらしい。
扉を開ければ、その先で不可視の剣と宝具化したであろう鉄パイプの様な物でセイバーとバーサーカーが争っていた。
それを見たモルガンが素早く男の隣から離れて魔力弾を撃ち込んで戦闘に加わった。
「間桐臓硯が急に死んだ。
そっちの仕業か?」
あちこちに浅い切り傷をつけた切嗣が男に話しかけて来た。
今はバーサーカーのマスター、雁夜が操っていると思われる蟲の相手をしているが、男に話しかけられる程度には余裕がある様だ。
「ああ、多分な。
そっちはどうだ?」
「セイバーは見ての通りだ。
後はバーサーカーのマスターだが、どうやら魔力が全然足りていない様だ。
このままでも向こうが勝手に自滅するだろう。
だが、」
「令呪か。
後2画の切り方次第では突破されるかもな。
令呪を切られる前に終わらせよう。
その本人は?」
「庭だ。」
蟲の群れに魔弾を撃ち込んで燃やし尽くした男は拳銃のマガジンを替えて備える。
新手の蟲はやって来ない。
2人で庭に出てみるが、やはり攻撃は来ない。
罠か、待ち構えてるのかと警戒しながら庭を探索するが、結局蟲どころか雁夜の姿すら見つけられなかった。
「逃げたか?」
「かもな、臓硯が殺されたのを見て怖気づいたか……もしくは連れ去られたか、だ。」
「誰が、何のために態々そんな事をする?」
「既に敗退した奴。
後ろ盾を無くした間桐雁夜の新しい後ろ盾になって聖杯を狙う、とか。」
「……言峰……綺礼。
あり得ない事では無いか。
まあ、それは後で確認しよう。」
男2人がそうして話している間に、いつの間にか屋敷からの戦闘音は消えていた。
『令呪による転移で逃げられました。
バーサーカーのマスターの蟲に付けられていたマーキングも蟲が死んでしまったので追えません。』
「バーサーカーにも逃げられたらしい。
同じやり方で行き先を追うのも無理だ。
どうやら俺らが殺した蟲がマーキングした蟲だったらしい。」
「……仕方ない、今日はこれで終わりだ。
明日から仕切り直そう。」
その直後にサーヴァント2人が合流。
セイバー陣営は乗って来た車で、キャスター陣営は通って来た穴から拠点へと戻った。
「…………ここは?」
間桐桜が目を覚ましたのは、いつもの蟲蔵や自室では無かった。
蝋燭の様な灯りがコンクリートの無機質的な壁や天井を照らしている。
自分はベッドの上に横になって寝ていた様だ。
こんな場所は知らない。
何があったのかを思い出そうとする。
確か、あの時は少し焦った様なお爺さまに連れられていつも通り蟲蔵に放り込まれた。
その後はいつも通りにされていたけど…………その後から思い出せない。
寝かされていた部屋はベッドと机、椅子、そして部屋を照らす灯りがあるだけ。
人も居ない。
出口と思わしき扉が一つある。
そう言えば私の服は今日は脱ぐ暇が無くて、蟲に破かれて裸だった筈なのに、いつの間にか青色のワンピースを着せられている。
こんな服は持ってなかった筈なのに。
その事実に首を傾げていると扉が開いた。
入ってきたのは金髪の男の人と銀髪の女の人の2人。
男の人は何処か困った様な顔をしていて、女の人は優しそうな笑顔を浮かべていた。
「おじさん達は?」
「おじ……せめてお兄さんって呼んでくれ。
聖杯戦争は知ってるか?」
「うん。」
「その参加者だ。
お兄さんがマスターで、こっちのお姉さんがサーヴァントだ。
君の家を襲った時に君を見つけて連れて来た。」
「じゃあ、雁夜おじさんは死んじゃったの?」
「いいや。
死んだのは臓硯の方だ。」
「お爺さまが?
本当に?」
「本当ですよ。
貴方の心臓に寄生していた蟲を殺しましたから。」
明らかに子供らしからぬ落ち着き様で間桐桜は話を続けていた。
その桜を相手にモルガンは笑顔で接する。
ベッドに座っている相手と視線を合わせる為にしゃがんで話し出す。
「貴方には幾つかの選択肢があります。
1つ目はあの間桐の家に戻る事。
2つ目はこれから雁夜おじさんと過ごす事。
3つ目は私達と過ごす事。
4つ目はこのどれでも無く、1人でこれから生きていく事。」
「…………」
それを聞いた桜は一瞬目を見開くが、すぐに俯いてしまった。
「急に聞かれても分かりませんよね。
決まるまで、もしくは聖杯戦争が終わるまでは貴方を連れて来た私達が貴方の面倒をみましょう。
それで良いですか?」
そうモルガンが聞けば桜はコクンと頷いた。
「では暫くの間宜しくお願いしますね。
貴方の名前は?
私はちょっと名乗るわけにはいかないのでキャスターと呼んで下さい。」
「…………桜、間桐桜です。」
「ではサクラ、改めて宜しくお願いします。」
こうして地下のキャスター陣営の拠点に1人同居人が増えた。
無駄に悪運だけは強い雁夜おじさんは若き外道麻婆に連れ去られて窮地は脱しました(その先が地獄では無いとは言っていない)
臓硯さんはあの世へ
桜ちゃん魔女の弟子ルート解放
感想、評価お待ちしてます
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14話
男は悩んでいた。
悩みの種は間桐邸からキャスターが攫って来た女の子、間桐桜である。
何が琴線に触れたのか、モルガンは女の子の事をいたく気に入っている様だ。
それが子供としてなのか、将来有望な魔術師の卵としてなのかは分からないが、今のところは結構甘やかしている。
今まではシャワーだけだった浴場モドキもいつの間にか湯船を増設して一緒に入ったりしていた。
とはいえ、考えなければならない事もある。
例えば学校。
聖杯戦争中だろうが、それを知らない一般人は最近やけに物騒な事に警戒するだけで日常生活は続いていく。
故に桜にも学校がある。
だが、学校に持っていく道具やらは全てあの地下から穴の空いた間桐邸にある。
それは男とモルガンが取って来たが、まだ人払いの魔術もできない子供に下水道から登下校されては色々とマズい。
なので、間桐の当主だという飲んだくれの男と話をつけた。
間桐邸の穴は地下室にガスが溜まって爆発して出来たものであり、その時に桜は怪我をしてしまった。
幸い大きな外傷は無いが、頭に瓦礫を受けてしまった上に、最近は物騒なので街の外の大きな病院に入院させている、というカバーストーリーだ。
飲んだくれの男もどうすべきなのか分からなかった様なので一も二もなくその話に乗った。
これで一般人からの余計な横槍が入る事は無くなった。
こうして1つ問題を片付けた。
とはいえだ、もしまた誰かに拠点を襲われた場合、足手纏いにしかならない子供を守らなければならないというハンデが出来た。
未だに残るサーヴァントも半分を切っていなければ、その内4騎は真名からして最上位のサーヴァント。
唯一真名の分からないバーサーカーもセイバーとキャスターを同時に相手取って、大きな傷もつけられぬまま2回も逃げられた。
この事からその実力は決して侮れないと分かる。
さて、ここからどう動くべきなのか。
一方その頃、冬木教会
言峰綺礼によって間桐邸から連れ去られた雁夜は教会の一室にて綺礼の手によって治療を受けていた。
「なあ、何だって俺を助けた?」
「ここが神の家で、私が聖職者だからだ。
聖杯戦争中だろうと助けを求めて教会に来た者には助けは施される。」
「そうじゃない!
それだとアンタが間桐の庭から俺を連れ去った理由にはならないだろ!」
間桐邸で切嗣に襲われた雁夜はその先日に受けた傷に苦しみながらも応戦していた。
間桐邸を直接襲われた事もあって臓硯も重い腰を上げて応戦に参加し、侵入者である切嗣を庭で蟲に完全に囲ませる事に成功した。
だが、そのタイミングで臓硯は死に、主を失った蟲達はその統率を完全に無くして、切嗣の包囲を解いてしまう。
その間に切嗣は態勢を立て直す為に間桐邸の中へと飛び込んだ。
それを追わせる為に自身の蟲を送り込んだところで綺礼が現れた。
「詳しい事は後だ。
死にたくなければ私の手を取れ。」
このままでは死ぬだろうという自覚があった雁夜は半ば無意識のうちにその手を取った。
すると雁夜は綺礼に担がれ、猛スピードで間桐邸から離脱、教会へと運び込まれたのだ。
「君と取り引きがしたい。
私はアサシンのマスターだった。
しかし、アサシンは敗れ私は敗退した。
だが、それで聖杯を諦める訳にもいかない。
そこでだ。
私にバーサーカーのマスター権を譲る、もしくは私が君の支援者となって君に聖杯を取って来て貰いたい。
了承してくれたのなら君の要求を条件次第になるが、飲もう。」
「それは…………」
その交渉は雁夜を悩ませる。
臓硯という妖怪は死んだ。
つまり、桜ちゃんはあの妖怪に怯える事はもう無い。
家は襲われたが、流石に無関係の子供までは手を出さないだろう。
つまり桜ちゃんは無事。
この時点で目的の半分は達成されたとも言える。
聖杯を狙う必要はない……無いが。
「教会って事は聖杯戦争では中立の監督役だよな。」
「そうだ。」
「ならその条件のどちらかは必ず飲むと約束するから、時臣と話せる場を用意してくれないか?
それ次第でどちらを選ぶかを決めたい。
後は桜ちゃん……間桐桜の保護を頼みたい。」
「……時臣氏との会談の件は了承しよう。
だが、間桐桜の保護は難しいと言わざるを得ない。」
「な、なんでだ!?」
「間桐桜は行方不明だ。
既に間桐邸での戦闘の隠蔽の為に教会の人間を向かわせたが間桐邸には間桐桜の姿は無かったそうだ。
間桐邸にいた間桐鶴野に話を聞けばキャスターが連れ去った、と。」
それを聞いた雁夜は苛立ちを隠しきれない。
キャスターとは即ち魔術師のクラス。
魔術師なんて須らくロクでも無い奴らばかりだ。
そんなサーヴァントに桜ちゃんが攫われた?
蟲の地獄から漸く解放されて、幸せになれる筈だった桜ちゃんはまた魔術師によってその幸せを失うのか!?
「悪い、バーサーカーのマスター権を譲るって話は後にしてくれ。
桜ちゃんは俺が救い出す……!」
「良いだろう。
では君がバーサーカーのマスターであるという事実の下、動いて貰うとしよう。
だが、今日は体を休めたまえ。
よもやそんなボロボロの体で助け出せるとは思っていまい?
時臣氏との会談は準備が整い次第伝えよう。」
綺礼はそれだけ伝えると部屋から出て行った。
英雄王の言う、雁夜の行動を見ていれば自ずと自らにとっての愉悦が理解できるという言葉の真意を考えながら。
「やはり、言峰綺礼か。」
「はい。
カメラにしっかり映っていました。
しかし、なぜ言峰綺礼はこのタイミングで?」
舞弥が借りたホテルの一室。
そこで切嗣は昨晩に間桐邸の庭から雁夜が消えた理由を確認した。
予想通り、雁夜を連れて行ったのは言峰綺礼。
突然、間桐邸に現れたかと思えば成人男性1人を抱えながら猛スピードで去って行った。
「恐らくだが、駒が欲しかったのだろう。
いくら代行者とは言え正面きって残った最高クラスのサーヴァントと戦っても勝てはしない。
だからこそ、バーサーカーとそのマスターという駒が必要だった。
仮説でしか無いが、こんな所だろう。」
「しかし、それならバーサーカーだけで充分では?」
「……間桐雁夜と戦った時、奴はバーサーカーへの魔力供給だけで死にそうだった。
にも関わらず奴は蟲を展開して僕とも戦った。
何かしら命を懸けても構わない目的があるんだろう。
そういう奴は強い、だが扱いやすいんだ。
そこを利用する気だろう。」
そうだ。
あの目は戦場において死ぬまで戦う奴等の目に似ている。
自分が死んでも目的さえ果たせればそれで良い。
命を懸けて守るものがあり、命を懸けて手に入れたいものがある。
例え銃を額に突き付けられようと、命が尽きるその瞬間まで諦めを見せない不屈の兵士。
切嗣が平和のためにと殺して来たそんな奴らに似ていた。
「効果は無いだろうが教会には抗議しておこう。」
その考えを振り払って切嗣は行動を定めた。
「綺礼、間桐のマスターの件だが……」
「ええ分かっています。
表向き公平であるという教会の方針と合わない、という事ですね。
ですが、アーチャーの指示でして、無視する訳にもいかず。」
「うむ、それは分かっている。
だがな……」
言葉を選ぶ様に言い渋るその様子に綺礼は先んじて答える。
雁夜を助けて自身の駒としようという事を打ち明けはしなかった。
「今回は彼が教会に傷を負って来たので、聖職者として最低限の治療のみを施した。
それだけで宜しいかと。」
「それしかあるまい。
アーチャーの気紛れにも困ったものだ。」
頭に手を当てながら、そう心底困った様に言う父親に綺礼は薄く笑っていた。
その夜は戦闘は起こらなかった。
だが、その夜闇の裏では各陣営の思惑が交錯していた。
今後どんな風に話を展開させるか悩み中
感想、評価お待ちしてます!
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15話
アインツベルン城。
今後の動きに関して話をする為に男はそこを訪れていた。
窓から日差しの入る廊下を歩いていれば前方からセイバーが歩いて来た。
「……どうも。」
天敵たるキャスターのマスターだから警戒しているのだろうか、会釈をしただけで通り過ぎようとしたセイバーを男は呼び止めた。
「セイバー。」
「何ですか?」
振り向いたセイバーに男は手に持っていたビニール袋を放り投げた。
それを受け取ったセイバーは困惑気味に男に問いただす。
「これは?」
「差し入れ、まあ陣中食とでも思ってくれ。
キャスターが迷惑かけてる詫びだ。」
中身はここに来る前に買って来た唐揚げとおにぎりである。
「……そう、ですか。
ありがたく頂きます。」
ペコリと1つお辞儀をして今度こそセイバーは去って行った。
余談ではあるが、この後アイリスフィールは何とも言えない表情だが何処となく嬉しそうな気配を醸し出すセイバーの姿を見る事になった。
いつもの会議室に入れば、既に切嗣はそこにいた。
「昨晩の間桐雁夜が消えた件、やはり言峰綺礼だった。
すぐに聖堂教会に抗議文を送ったが返答は『間桐雁夜は昨晩、聖堂教会前にて倒れていたため聖職者として手当てと一晩のみベッドを貸しました。
本日中には聖堂教会から退去していただきます。
また、言峰綺礼が間桐雁夜を連れて来たという事に関しては此方では確認できておりません。』だ。
見事なまでにシラを切るつもりらしい。」
「そりゃそうだろうな。
全く監督役と名乗っておいて公平性は皆無と来た。
まあ、世の中そんなもんだよな。」
言峰綺礼を除いて、聖堂教会は直接的には敵対しないだけマシか、と考える。
「で、だ。
どうする?
このままバーサーカー狙いを続行か、令呪2画削ったのを一応の戦果として止めるか。」
「……そっちはどう思う?」
「潰せる時に潰しておくべき。
基本中の基本だが真理だ。
だが、問題はここからバーサーカーのマスターがどういう風に動くか、だな。
普通に考えたら一旦回復に努めるんだが……最初の港の戦闘での消耗を残したまま俺達を攻めようとした。」
「同感だ。
あれはある意味吹っ切れている。
舐めてかかれば痛い目に遭うだろう。」
追い詰められた手負いの獣、その表現が合うのだろう。
「問題は目的が何かだ。」
そう言って切嗣は雁夜に関しての資料を机の上に広げた。
「事前調査では間桐雁夜は間桐から出奔したフリーのルポライターだったと判明。
だが、聖杯戦争1年前に出奔した筈の間桐に戻って来た。
その事実からルポライターというのはフェイク。
本当はこの聖杯戦争に対して用意された魔術師だと予想していた。
だが、海岸と間桐邸での戦いぶりを見るに、サーヴァントへの魔力供給でほとんど手一杯だった。
つまり、間桐から出奔していたのは事実で魔術師とは到底呼べない様な奴だと分かった。
だが、それなら態々間桐に戻って来たのは何故だ?」
「妻子や恋人、親しい人物は?」
「妻子や恋人はいない事が分かっている。
親しい人物を人質に取られたかは、此方では確認出来ていない。
可能性は低いがある程度だ。」
「じゃあ…………って予測じゃどうやっても可能性の域を出ないか。
知ってそうな奴に心当たりがある。
確認したら連絡する。」
男の脳裏に浮かんだのは間桐邸にいた当主だと言う飲んだくれの男。
自称なのかお飾りなのかは知らないが当主ならある程度の事は知っている筈だ。
こうして3度目の間桐邸。
何かの間違いで雁夜と出くわして戦闘になっても困るので昼間の内に行った。
そこで聞くことには雁夜の目的は間桐桜、旧名遠坂桜。
どうやら遠坂から間桐へ養子に出たらしい。
それを聞いた雁夜は、碌でもない魔術師の代表格と言える間桐から桜を助ける為に、交換条件として聖杯を取ってくる事を提案したらしい。
それを聞いた男は顔を手で覆った。
これ絶対話拗れる奴だ、と。
「ほう?
バーサーカーのマスターがこの子を?」
拠点に戻った男はモルガンだけを呼び出し、盗み聞かれない様にさせた後、間桐邸で知った事実を話した。
「つまりは奴は必ず私たちを狙うという事でしょう?
何をそんなに悩む必要があるのですか?」
「あの子をダシにして交渉しないのか?」
「放っておいても死ぬ様な輩と交渉したところで何の得が?
良いですか、死とは敗北であり逃避でもあります。
下手に交渉して私達に有利になる様な条件を呑ませる事が出来ても、相手が死亡しては無効。
ただ私達が損するだけです。
それならあの子を餌にして食い付かせて確実に殺すのが1番でしょう。」
思わずうわぁ、と言ってしまう。
権謀術数ばかりの王侯貴族にいたとは言えやり口がエゲツない。
「例えセイバー陣営とは別に味方にできたとしましょう。
今にも死にそうな輩は戦力ではなく戦闘中いつ脱落するかも分からない爆弾でしかありません。
味方にするだけ邪魔です。」
確かにその通りだ。
男はモルガンの策略に畏怖と共に納得をみせた。
キャスターが味方で良かった、としみじみと思った。
男はそれをすぐに切嗣へと伝えた。
切嗣もモルガンの案に賛成、ただいつ来るかは不明なのでバーサーカーが拠点に現れたら即座に連絡。
セイバーが急行し、その間は時間稼ぎに徹するという方針に決まった。
なお、切嗣にモルガンが桜を連れて来たという事を話した時は流石に一瞬困惑した様だった。
一方その頃冬木教会。
ベッドから起きた雁夜は綺礼が確保しておき、魔術防御の施されたマンションの一室を仮の拠点として与えられた。
場所を教えられ、鍵と通信用の魔術具だと言うレコードの再生機の様な物が入ったリュックを渡され、冬木教会から放り出された。
言われた通りの場所へと向かい、与えられた部屋へと入った。
中には家具はベッドと机、そして冷蔵庫しか置いてないガランとした印象の部屋だった。
早速机の上に渡された魔術具を置いた。
リュックの中に入れられていた説明書を読んで起動させる。
「ええっと、聞こえてるか神父さん。」
『…………私はまだ神父では無いのだがね。
無事に着いた様でなによりだ。』
戸惑い気味に雁夜が声を発すれば、少し遅れて返答が返って来た。
『では今後の予定について説明しよう。
まず早速だが今夜、君にはこの魔術具を用いて時臣氏との会談をして貰う。
そしてその後、君の体調次第にはなるがバーサーカーの力を借りたい事がある。
詳しい事はその時になったら説明しよう。
それが終われば後は好きにしてくれて構わない。
君が間桐桜を助け出した後の彼女の安全は保証しよう。
なお、その部屋には何かあった時の為に使い魔をすぐ外のベランダに付けておく。』
「分かった。
じゃあ、また今夜か。」
『その通りだ。
再度になるが今は雌伏の時、体を休めたまえ。』
それで通信は終了した。
やる事の無くなった雁夜はベッドに横たわる。
常にジクジクと感じる痛みにも慣れてしまった。
痛みを常に感じる疲れはあるが、目は覚めきっている。
聖杯戦争が終わった後の事を考える。
恐らく自分はもう長くは生きられないだろう。
だけど、桜ちゃんを助けて、また桜ちゃんと凛ちゃん、そして葵さんの3人が幸せな家族として笑い合える。
そんな光景を見られれば満足だ。
そして、時臣。
奴とは話し合わなければならない。
その答えによっては俺は奴に桜ちゃんをあんな目に遭わせた報いを受けさせなければならない。
その命で。
雁夜は気付かない。
己の正義と勘違いした欲望と嫉妬、怒りに飲み込まれた彼は気付けない。
その2つの願いは成り立つ様で決して成り立たない事に。
父親を失った家族が幸せに笑う事など出来るわけが無いという当たり前の事実に気付けない。
それは間桐という特殊な家庭環境で育ったからか。
ある意味では雁夜もまた魔術師の家系生まれとして人とは異なる思考を持っていたのかもしれない。
ただ己に都合の良い夢を見て、雁夜はそれに突き進む。
夢に続く道など存在せず、その先は底無し沼である事など知るよしも無かった。
そしてその日の夜。
雁夜にとって待ち望んだ時間がやって来た。
『起きているかね?』
「ああ、起きてる。」
『では、これから時臣氏との会談を始める。
そのまま待っていたまえ。』
綺礼からの通信の後、少し経って違う男の声が聞こえて来た。
『久しいな間桐雁夜。』
「遠坂……時臣……!」
恋敵にして桜を間桐に渡した張本人。
その声を聞くだけで雁夜の怒りと憎悪は駆り立てられる。
『しかし君も思い切った事をするものだ。
監督役の教会と接触してまで、私との会談を行おうとはな。』
「そんな事はどうだって良い!
時臣!
お前なんで桜ちゃんを養子になんか出した!?」
『桜を?
そんな事を聞く為に態々聖杯戦争中に監督役と接触したのかね?』
「どうでも良いだろ!?
さっさと答えろ!」
答えをはぐらかすかの様に聞き返してくる時臣にイライラしながら雁夜は早く答えろと怒鳴りながら催促する。
『全く優雅さの欠片も無い。
まあ、だが良いだろう。
答えは我が娘である凛と桜、その両方が尋常ならざる才能を持って産まれたからだ。
希少価値と言い換えても良い。
娘たちは二人が二人とも、魔導の家門による加護を必要としていた。
いずれか一人の未来のために、もう一人が秘め持つ可能性を摘み取ってしまうなど……親として、そんな悲劇を望む者がいるものか。
姉妹双方の才能について望みを繋ぐには、養子に出すしか他にない。
だからこそ間桐の翁の申し出は天恵に等しかった。
聖杯の存在を知る一族であれば、それだけ『根源』に到る可能性も高くなる。
私が果たせなくても凛が、そして凛ですら到らなかったら桜が、遠坂の悲願を継いでくれることだろう。』
その言葉を聞いた雁夜は全くもってその真意を理解できなかった。
「そ……そんな理由で桜ちゃんをあんな場所へと落としたのか……?」
『あんな場所?』
「そうだ!
桜ちゃんはな!
間桐に来てから毎日毎日、蟲蔵に放り出されて蟲達にその体を貪られてたんだぞ!」
『…………聞くからにさぞ怖気の走る光景だったのだろうな。
だが、それが間桐の修練と言うのなら私はそれには干渉できない。
桜は辛い目に遭って来たのだろうが、魔術の修練なら耐えてもらわねばならない。』
「それだけじゃない!
臓硯は死んだ!
つい昨晩、サーヴァントに襲われてだ!」
『何だと!?
あのご老公がか!?
……いや失敬。
しかし……そうか。
なら、桜は一旦引き取ってまた新たな養子先を探さねばな。』
間桐が無くなって漸く家族の元へと帰れる桜をすぐ様別の家に養子に出すと言うその言葉に雁夜は激昂した。
「何を言ってるんだ!
やっと桜ちゃんは凛ちゃんと葵さんの元へ帰れるんだぞ!?
それをまたバラバラにするなんて!
お前には親としての自覚は無いのか!?」
『親どころか結婚すらした事のない君が言うな。
それに桜を養子に出すのは私が彼女の親故だ。
親だからこそ桜の才能が凡俗に染まり、手に入れられる筈だった栄光を見る事すら出来ないのが我慢ならんのだ。
どうやら君は間桐からの出奔で魔術師としての腕どころか価値観すらも捨ててしまった様だな。
君が家督を拒んだことで、間桐の魔術は桜の手に渡った。
むしろ感謝するべき筋合いとはいえ、それでも私は、君という男が赦せない。
血の責任から逃げた軟弱さ、そのことに何の負い目も懐かぬ卑劣さ。
覚悟しておくが良い。
戦場で会ったその日には魔導の恥たる間桐雁夜には私自ら誅を下す。
話は終わりだ。』
「待て!
まだ全然終わってなんていないぞ!」
だがその言葉を無視して通信を切られた。
後に残るのはシンとした無音の空間のみ。
その中心で間桐雁夜は決意を固める。
「遠坂時臣。
お前がいる限り桜ちゃんは幸せになんてなれない。
お前こそ覚悟しておけ!
桜ちゃんを助け出した後!
この命に換えてもお前は殺す!」
Tips
モルガンの適正クラスは4つ
キャスター、バーサーカー、アヴェンジャー、アルターエゴである
アルターエゴは同一視されているケルトの神霊モリガンと湖の妖精ヴィヴィアンの霊基を併せ持った状態
非常に相性が良いので知名度補正がマックスでかかるイギリスで召喚に成功した場合、数少ない天然のアルターエゴとして召喚出来るかもしれない
あり得ると思います
それはそうと投稿遅れてゴメンね!
後、総合評価15000ありがとうございます!
累計ランキング入りが本格的に見えて来て戦慄してます
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16話
「ええと……こう?」
「そうです、よく出来ましたね。」
モルガンが教科書の問題を解いた桜を褒めながら頭を撫でた。
その様子を見ながら、男はモルガンが何のためにこの桜という子を連れて来たのかを何となく悟った。
肉体的誘惑に引っかかってくれないから外堀から埋める気だ、と。
現状、桜にとって優しく親切で自身を助けてくれた人というプラス評価しかないモルガンに桜はまだ少し硬い所も見られるが、心を開いている。
そして連鎖的に男にも心を開いているのだ。
まだ連れて来てから2日目だと言うのにだ。
間桐の当主(自称)に聞くところにはこの子は養子。
しかもバリバリの魔術師の養子だ。
間桐が魔術師の家系として終わったなら遠坂はまた別の魔術師の家系へと養子に出すだろう。
もし、モルガンが聖杯戦争に勝利し、その受肉を果たし、遠坂がまだ生き残っていれば神代の魔術師の元に養子に出せると知れば大喜びだろう。
それが桜にとっても悪く思ってない相手ならばなお良い。
その際、父親となるのは男だろう。
本当に目的に対して有効な手段のみを取っていくその手腕に戦慄を覚えるばかりである。
とはいえ男はモルガンとなら夫婦になっても文句は無いどころか感謝するレベルだと思っている。
モルガンもその妖精眼で男が自身の事を悪からず思っているのは分かるだろう。
それでもなお、外堀を埋めるのは彼女が生前は真の愛など知らず、全てに策略と思惑が隠れていた事を知り、経験したが故に不安なんだろうと予測した。
だからこそ男はその微笑ましい光景をそのままにしている。
それでモルガンの気が済むなら安いものだと考えながら。
それはそれとして戦闘が起こった時にどうするべきかに頭を悩ませていた。
セイバー陣営は拠点をアインツベルン城から切嗣が確保していた屋敷へと移した。
これはそもそもあのアインツベルン城を使うのが予定外だった事に起因する。
港での戦闘後、判明したライダー、イスカンダルとセイバーの天敵モルガン。
どちらも歴史や伝承に大きく名を残す大英雄クラスである。
だからこそ最初の内は拠点を防備の固いアインツベルン城を使用していた。
だが、そのモルガンは不戦条約を取り付けたお陰で最後の局面までは敵として考えなくても良い。
その他の脱落していないサーヴァントにとって城の防備など紙みたいな物だと、聖杯問答の前に城の正門を軽々と破壊された事で思い知らされた。
つまり防衛戦をするだけ無駄なのである。
ならば攻勢に出る。
切嗣の得意なやり方はとことん戦場を引っ掻き回して、目標が出て来た瞬間に仕留めるか、穴に籠ったままの目標を穴ごと仕留める方法である。
幸いにもバーサーカーの目標は現時点ではキャスターに固定され、行動の読めないライダーは魔力回復にでも勤しんでいるのか最近は夜毎に冬木市の上空を駆け回っているだけ。
アーチャーは本当にあの言葉通りに最後まで静観を決め込むのだろう。
これで警戒すべき相手がある程度絞られた。
切嗣にとって最も警戒すべきは言峰綺礼。
次点で突発的な行動を取るライダー、イスカンダル。
3番目は言峰綺礼に連れ去られたバーサーカーとそのマスター。
4番目はアーチャー、ギルガメッシュ。
5番目が同盟相手のキャスター、モルガンとカイであった。
それに次にサーヴァントが脱落すればアイリスフィールは動くのが辛くなるだろう、という予想もあった。
無論、アイリスフィールの中に埋め込んだエクスカリバーの鞘、アヴァロンの効果によって聖杯顕現によるアイリスフィールという器の崩壊は押し止められはする。
だがアヴァロンはセイバーが近くにいなければその効果を発揮できない。
そしてサーヴァントとまともに戦えるのはサーヴァントだけだ。
常にアイリスフィールの近くにセイバーを置いておく訳にはいかない。
ならば動けるうちに新拠点へと移動し、新たな拠点の防備を固め、何かあった時にすぐに対応出来る様にしておいた方が良いと判断したのだ。
鏡を含めた最低限の荷物だけを持って移動。
拠点となるのは家屋ではなく、蔵の方だ。
家屋は劣化が酷く、修復は勿論のこと一部は改修が必要な為使わない。
キャスターに頼んで蔵の地下に工房を設置。
キャスターが敵になった時の事を考えて、最低限の結界以外は自分達で工房を整えた。
内部は3部屋に分かれている。
地下に降りてすぐの武器庫、1つ奥に入って鏡を設置した会議室、その更に奥に動けなくなったアイリスフィールが過ごす為の部屋。
それをある程度形にしたら、切嗣は舞弥とセイバーを外に出して、アイリスフィールの体に埋め込んでいたアヴァロンを回収した。
ここからはセイバーがアイリスフィールの側を離れている方が多い。
無駄に長く苦痛を感じさせるつもりは無かった。
キャスターに頼めばアイリスフィールという人格と器は何とか出来るかもしれない。
だが、それは共闘関係だけという名目からは外れる。
そうなればキャスターは魔術師として対価を要求してくるだろう。
どんな物かは分からない。
だが、共闘関係とは別に借りを作られたら最終局面で足枷になる可能性は十分にあり得ると切嗣は判断した。
だからこそ切嗣はキャスター陣営を頼りにはしなかった。
最悪の場合、これが最後の2人の会話になるだろう。
そう考えたアイリスフィールは夫に愛の言葉と2人の子供、イリヤスフィールを頼むと伝え、切嗣もまたそれに応えた。
舞弥にこの地下室でアイリスフィールと聖杯の護衛を頼んだのはアイリスフィールという1人の女を愛した衛宮切嗣という1人の男としての最後の名残りだった。
地下室を出た後の衛宮切嗣の顔は魔術師殺しの衛宮切嗣へと戻っていた。
「君に依頼したい内容とはアイリスフィール・フォン・アインツベルンという女性型ホムンクルスをセイバー陣営から攫ってくる事だ。」
光の差さない部屋の中、そう言峰綺礼は言う。
「無論、セイバーにバーサーカーが過剰反応するのは承知の上。
私の残った令呪、2画の内1画を授けよう。
2画を以ってバーサーカーにこう命じるのだ。
『セイバーは無視してホムンクルスを連れて来い』と。
そうすれば君のやるべき事は終わり、契約は締結する。
後は君のしたい事、間桐桜をキャスターから助け出すという事を存分にすると良い。」
言峰綺礼の手の甲が光り、その令呪が間桐雁夜の元へと移った。
これで2画。
令呪が切れても雁夜はバーサーカーのマスターのままである。
令呪という切り札を失うのは痛いが、それをどうこう言う資格は無い事は分かっていた。
「タイミングはこちらで、セイバーとそのマスターが近くにいない時に合図する。
蟲を1匹、私につけていたまえ。」
言われた通りに雁夜は蟲を綺礼の服に付けた。
「女の受け渡し場所も蟲を通して伝えよう。
早ければ今夜にも……」
そこまで言ったところで言峰綺礼の言葉が止まった。
「予定変更だ。
今がその好機だ。」
ニヤリと顔を歪める様に笑った言峰綺礼はそう言い放った。
「分かった。
令呪2画を以って命ず。
バーサーカー、セイバーを無視して敵拠点へ侵入。
中にいるホムンクルスの女を捕まえろ。」
2画の令呪が赤く光り、そして消えた。
それと同時にバーサーカーがその場から消える。
「ではバーサーカーが帰ってくるまで私もここで待たせて貰おう。
なに、そう時間はかかるまい。」
その言葉通りに数分後、バーサーカーは白髪の女を担いで帰って来た。
それを受け取った言峰綺礼は彼女を担いだ。
「では後は先程言った通りに存分にキャスターを狙うと良い。」
そう言うと言峰綺礼は闇に溶ける様に姿を消した。
「これで漸く……漸くだ……!
桜ちゃん……待っててくれ。
すぐに救い出してみせるから……!」
キャスター陣営に突如届いた情報。
アイリスフィール・フォン・アインツベルンが何者かによって攫われた。
その情報に対してキャスター陣営が取った行動は静観であった。
興味が湧かなかったのだ。
戦術的にも何ら影響のない人物が攫われた。
セイバーや夫の衛宮切嗣にとっては大事な人物かもしれないが、キャスター陣営にとってはそこまででもない。
故の静観だった。
使い魔越しに得られた情報としては、攫ったのはイスカンダル、に化けていたバーサーカーだ。
それを伝える術が無かったが故に最初に現場に駆け付けたセイバーは最初は化けたイスカンダルを追っていたが、途中で撒かれ、直後に視界に現れたイスカンダルを追い始めた。
バーサーカーがどこに行ったのかは分からない。
情報が無かった初期と比べ使い魔の必要性が薄れて使い魔の総数を減らしていた。
それ故に、使い魔が速度で振り切られて追えなくなってしまったのだ。
後に入ってきた情報によれば久宇舞弥は命に別状はないが重傷を負った。
どうやらアイリスフィールに庇われたらしい。
これにより、命はあるが事実上として久宇舞弥は戦力としてカウント出来ない。
それどころか利き手の腱を切られたらしく、回復しても戦士としての復帰は見込めないだろう。
共闘関係として切嗣に情報を伝えた時は切嗣は不気味な程冷静だった。
黒幕は聖杯戦争が何たるかを知る言峰綺礼であり、アイリスフィールという器に隠された聖杯を壊す様な真似はしないと判断した。
そのあまりの冷静さにセイバーは
「切嗣!
奥方が連れ去られたと言うのに何故貴方はそこまで冷静、いや冷徹でいられるのか!?
まだ助けられる望みはある!
私にアイリスフィールを探す許可を!」
その言葉に切嗣は無視を決め込まなかった。
間接的に伝えられる人物が存在しなかったからである。
「ダメだ。
バーサーカーがアイリを連れて行った以上はすぐにでもキャスター陣営に殴り込みをかけるだろう。
分の悪い賭けと確実な賭け。
しかも分の悪い賭けで勝ったとしても得られるのはアイリの身柄のみ。
確実な方を取ればサーヴァントを1騎葬れる。
どちらが合理的か少しは考えろ。」
発した言葉は否定。
夫としての衛宮切嗣を切り捨てた彼には情は無い、訳ではない。
だが、遅かれ早かれアイリスフィールは聖杯戦争、そして人類の恒久的平和の犠牲となる。
ならば、どうせ捨てる物なのだからその犠牲を出来るだけ価値の高いものにしてやりたい、というある種の諦めがあった。
1日経てば世界中で一体何人が無益に死んでいっているのか。
だからこそ切嗣はアイリスフィールを切り捨てる。
アイリスフィールを助けた事で聖杯戦争が終わるのが伸びた、ならまだ良い。
だが、そのせいで聖杯戦争にすら勝てなかったのならアイリスフィールに手向ける物が無くなってしまう。
だが、その真意はセイバーには伝わらない。
しかし彼女は顔に憤怒を浮かべながらも動かない。
何故なら彼女は騎士達の王。
彼女が自身を騎士王であると自己認識している間は決して騎士道には背けない。
だからこそ彼女はマスターという仮初であっても仕える主の命令に背けないし、そのマスターが相当の外道、それこそ本来のキャスター陣営の様な堕ち切った外道で無い限りは裏切れない。
それがモルガンの言ったセイバーを縛る正しさという鎖の1つであった。
彼女がもしもその性質を反転させた存在だったならば、また違っただろう。
セイバー陣営の軋轢は最早限界寸前であった。
これまで耐えていたのはアイリスフィールという緩衝材があったから。
それすら無くなれば後はこれまでの比にならない速度で悪化していくのみ。
しかし、それは限界寸前のまま更に悪化するという矛盾である。
絶対に果たすべき目標が両者共にあるからこそ、最後の一線だけは越えない、越えられない。
ここにこの第4次聖杯戦争、最も歪んだ主従が誕生した。
先に言っておこう。
基本、キャスター陣営かセイバー陣営を主に描くので最も綺麗な終わり方をしたイスカンダルVSギルガメッシュ戦はダイジェストでお送りします。
その分、相対的に愉悦要素が強くなるぞ!
次回バーサーカー戦かな
自分で書いててなんだが、今回の話、序盤と終盤の温度差がデカ過ぎてやべえわ。
感想欄でアイリスフィール、モルガン様いるからワンチャン助かるんじゃね、と言った方が居ましたがそんなわけは無かった。
zeroで原作以上にセイバーを落として、stay nightで原作以上に上げてやるんだよォ!
つまり第5次あります
題名変えないとだな……
感想、評価お待ちしてます
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17話
アイリスフィールが攫われた翌日。
ついにバーサーカーがキャスターの工房へと襲来した。
感知結界によればバーサーカーのマスターは工房内へは入って来ていない。
すぐにカイは切嗣へと連絡を取った。
バーサーカーは魔術工房の自動迎撃を避け、手に持つ武器で払い、壊し、その奥へと侵入していく。
そんな中、雁夜は何をしているのか。
魔術師としては魔術回路も知識も三流以下であるが、敵の工房に生身で入る事の危険性は知っていた。
最初の偵察時に蟲を殺されていたからだ。
だからこそ、雁夜は地上に留まった。
バーサーカーがキャスターを倒した後に桜ちゃんを迎えに行く。
敵マスターが居てもバーサーカーが居れば問題ない。
今ここで何も考えずに自分が飛び込んでも何の役に立たないどころかバーサーカーの足手纏いになるだけだろうという事は分かっていた。
だからこそ待つ。
バーサーカーに吸い取られていく魔力、それを補おうと刻印虫は雁夜の血肉を貪っていく。
だが、ここさえ耐えれば桜ちゃんには明るい未来が待っている。
そして最後に時臣を殺せば全て終わりだ。
だからこそここで負ける訳にはいかなかった。
「バーサーカー……頼むぞ……!!」
「やや想定以上の速度でこちらに向かって来ているか。
まあ、どうせ大したダメージは与えられぬだろうし、こちらの戦力も揃った。
いい加減に終わらせるとしよう。」
空中に投影された立体図でバーサーカーの現在地を確認していたモルガンはそう言うと、鏡から入って来たセイバーを連れて歩き出す。
目的地は地下貯水槽。
この下水道で最も開けており、戦闘にはうってつけの場所だ。
ライダーが通って荒れたコンクリートはそのままだが、壊された術式は既に修復済みである。
そこにセイバーとモルガンは並んでバーサーカーを待ち構える。
ガシャリ、ガシャリと鎧を鳴らしながらバーサーカーが下水道の中から黒いモヤを纏って現れた。
そして2人の姿を確認すると同時に港の時と同じように雄叫びを上げた。
持っていた鉄パイプを地面に刺して背負っていた荷物を手に取った。
銃だ。
この銃は、バーサーカーがセイバー陣営の拠点を襲撃した際に奪って行った物だ。
その銃が宝具化されており、両手に銃を一丁ずつ持ってそれぞれがセイバーとキャスターを狙っている。
吐き出された弾丸はキャスターは水を操って盾にして防ぎ、セイバーは柱から柱へと走り抜ける事で避け続ける。
ここで仕掛けたのはモルガン。
斧と槍が合わさった様な形へと変わった杖を地面に突き刺す。
するとバーサーカーの頭上からその杖に形取られた魔力刃が襲い掛かった。
バーサーカーは易々とそれを避けるが、その瞬間だけ銃撃が止む。
それと同時にセイバーは魔力放出で加速、勢いを付けて剣を振り下ろす。
その一撃はバーサーカーが銃を片方犠牲にする事で防ぎ、もう一つの銃を撃って反撃した。
セイバーがすぐにその場から狙いを付けられにくい様にジグザグに走りながら距離を取り、バーサーカーにモルガンの魔力弾が命中した。
爆炎と煙で視界が塞がれ、銃撃が止む。
その様子を見ること1秒、2秒。
煙の中から銃弾が放たれた。
狙いの付けられていないメチャクチャな弾道で軽く避けるだけで済む。
煙をその宝具化した鉄パイプで切り裂いてバーサーカーが現れる。
セイバーを銃で牽制しながらモルガンへと近付いて行く。
モルガンはそれに対して魔力弾による弾幕を張るが、バーサーカーは的確に必要なものだけを鉄パイプで弾いて進んでくる。
遂にモルガンの目の前まで来て飛び上がりながら鉄パイプを振り上げたところでバーサーカーは真横からの巨大な魔力光に飲まれた。
流石に空中で自分の体よりも大きいビームの様な魔力光にはガードするしか出来ず、吹き飛んでいった。
だが、吹き飛んで行った先でバーサーカーは普通に立ち上がった。
だが、防御に使った銃と鉄パイプはバーサーカーの手の中で砕け散る。
これでバーサーカーは今完全に無手。
好機と見たセイバーが一気に詰め寄ってその剣を振り下ろす。
だが、それはバーサーカーに届かなかった。
避けられた?
否、受け止められたのだ。
真剣白刃取り。
セイバーの宝具『
それを見たモルガンが確信した。
アレはアルトリアのエクスカリバーの間合いを良く知る人物、即ち円卓の騎士かそれに準じる人物、もしくはアルトリア・ペンドラゴンに立ちはだかった人物であると。
「バーサーカー。
貴殿は余程名のある騎士とみた。
2対1で騎士道も決闘もあるまいが、この私がブリテン王アルトリア・ペンドラゴンである事を知って挑むのであれば、騎士たる者の誇りを以って己が名を明かすがいい。」
その中でバーサーカーになってもなお、あれ程までの冴え渡る技を持つであろう者といえばただ1人。
剣を引き、間合いを取ったセイバーにそう言われたバーサーカーはその鎧の下で笑い出す。
非常に低く、こもった様な笑い声だ。
それと同時にバーサーカーの姿を覆っていた黒いモヤが晴れる。
それによりこれまでは見れなかった鎧の姿がハッキリと分かるようになった。
そしてセイバー、アルトリア・ペンドラゴンにはその鎧姿に見覚えがあった。
「……そ、そんな……」
明らかな動揺を見せるセイバー。
モヤがバーサーカーの右手に集まり、剣の形を成す。
「ア、アロンダイト……」
その声には動揺だけでなく恐怖も含まれていた。
かつては円卓の騎士の中で最強と呼ばれ、アルトリア・ペンドラゴンが無二の親友としながら、王妃ギネヴィアとの道ならぬ恋に落ち、円卓の瓦解を促した1人。
モードレッドが叛逆の騎士ならば彼は裏切りの騎士。
バーサーカーの兜が割れ、その素顔が明らかになる。
「……サー・ランスロット……」
最早、その声は取り繕う事すら出来ない程に震えていた。
「……Aaaaaaa…………Aaaaaaaarrrrrttttthhhhhuuuuuurrrrrrrrrrrr!!!!!!」
ランスロットが吠え、セイバーへと突撃する。
セイバーはそれに対してただ顔を歪ませながら攻撃を剣で受け止めるだけ。
狂気に焼かれた湖の騎士の眼差しがまるで自分を責めている、否、まるででは無く確実に自分を責めている。
最高の騎士とまで呼ばれたランスロットをそこまで追い詰めた罪悪感と、聖杯を取って故郷を救わなければならないという義務感。
その2つの感情に挟まれてセイバーはただただ悲痛な顔のまま剣を受け止めるだけ。
それに痺れを切らしたのはモルガンだ。
戦闘中にも関わらず完全に腑抜け、間合いを取ろうとすらしないセイバーに苛立つ。
セイバーには対魔力のスキルがあり、多少強い魔術を放ってもダメージは受けない。
だが、それは契約に違反する可能性がある。
故に魔術を放つのではなく、ランスロットの真後ろに転移し、斧と化した杖を振るう。
ランスロットはそれに即座に反応して、アロンダイトでその一撃を防いだ。
そしてモルガンを視界に入れた瞬間、
「Morgaaaaaaaaaaaaaannnnnn!!!!!」
モルガンの名を叫んで、狙いを変えた。
放たれた攻撃を斧から槍に変えて受け流し、それでも残った衝撃を利用して後ろに跳ぶ。
ランスロットは最早、セイバーの事は眼中に無いらしくそのままモルガンを追って行く。
残されたセイバーはランスロットの視線が外れた事に思わず安心し、安心した自分に気がついて嫌悪した。
視線の先ではモルガンがランスロットと戦っている。
魔術と白兵戦を組み合わせて有利に立っているが決め手に欠ける。
騎士王アルトリア・ペンドラゴンならば迷わずランスロットに加担してモルガンを倒し、然る後にランスロットからの断罪を受けるだろう。
だが、ここに居るのはセイバークラスのサーヴァント、騎士王アルトリア・ペンドラゴン。
あくまでもサーヴァントである彼女はモルガンと手を組んでいる。
だからこそ、モルガンと共にバーサーカーを迎え撃ったのだ。
にも関わらず、相手がランスロット卿と分かった瞬間、この体たらくだ。
あまりの情けなさに笑えてくる。
モルガンと戦うランスロットは正気を失ってなお、キャメロットの敵であるモルガンを倒そうとする騎士の中の騎士なのだろう。
だが、すまない。
これは騎士の誉をかけた戦いではなく、聖杯戦争。
ランスロットが自分にどんな恨みを抱いていようと、私は私の願いを捨てられない。
人の心を失った天秤、人の心が分からない王、それで良い。
それでブリテンの滅びを回避出来るのなら私はどんな汚名をも背負おう。
サー・ランスロットに感謝と謝罪を。
貴殿の狂気に染まってなお騎士たる姿を見て決意が固まった。
私は必ず聖杯を手に入れる。
だから私は貴方の断罪は受けられない。
どうか許してなどとは言わない。
幾らでも恨んでくれていい。
どんな罵詈雑言を浴びせてくれてもいい。
この身を犠牲にしてでも私はブリテンを救う。
その先には貴殿もまた救われているだろうと信じて。
だから
「サー・ランスロット!!」
どうか邪魔をしてくれるな、我が無二の親友よ。
セイバーが声を張り上げた事でランスロットは振り向いた。
そこには魔力放出で飛んで来たセイバーの姿があった。
即座に防御の体勢に移るが、モルガンが斬撃を転移させる事でそれを弾く。
その結果、ガラ空きとなった胴が袈裟斬りにされた。
心臓、即ち霊核が砕かれたランスロットはその体を粒子に変え始める。
「……何故……何故ですか我が王。
どうしてよりにもよって魔女と……」
「すまないサー・ランスロット。
全ては聖杯を手に入れブリテンを今度こそ救う為だ。
恨んでくれて構わない、呪ってくれて構わない。」
「……いえ、私は……ただ貴方に裁いて欲しかったのです。
それはついぞ叶いませんでしたが……貴方に看取られて死ねるのなら……まるで私が……忠節の騎士の様ではありませんか……」
「っ…………そんな事はない!
サー・ランスロット、貴殿は正しく騎士の中の騎士。
私などよりも余程騎士らしく生きた!」
「勿体なき……お言葉です。
ですが……嗚呼…………英霊になってなお……ブリテンの為にと剣を執る。
そんな貴方が…………心配です。」
「ならばここに誓おう。
騎士王の名の下、キャメロットの為、ブリテンの為にと我が元に集ってくれた全ての騎士達の下に。
私は必ず聖杯をこの手に掴み、ブリテンを救うと。」
セイバーがそう誓いを立てれば、ランスロットは困った様な笑顔のまま、消えて行った。
その粒子が全て消えて無くなるまで見送ったセイバーは立ち上がる。
「愚妹、貴様は私があの夜言った事を覚えていないのか?」
「ブリテンは必ず滅ぶ、と?
これ以上、私を惑わせようとするな魔女。
騎士の誓いを立てたからには私は最早迷わない。
あと2人、征服王と英雄王が斃れるまではその実力と裏切らない事だけは信用しておく。」
それだけ言うと顔も向けずにセイバーは去って行った。
その胸には間違った想いだけを乗せて。
自分でも薄々勘づいている。
モルガンの言っている事が正しいのだと。
だが、それでは余りにも報われない。
全てはより良い未来の為にとその身を犠牲にしてきた騎士達。
ブリテンの為にと干上がらせた村に住む人達。
あの時、ブリテンに住んでいた全ての人たちが。
だからそんな事実は認められない。
自分もモルガンも気付いていないだけで救える道はあるはずで、聖杯ならばその方法を見つけ実現できると盲目的に信じて。
「ゲボッ、ゴホッ!」
文字通り血を吐きながら雁夜は歩く。
ふらふらになりながら、向かう先は冬木教会だ。
そこには己を助けてくれた言峰綺礼がいる。
バーサーカーはやられた。
これ以上自分には切れる札は無い。
だが、あの神父ならばまだ打つ手があるはずだ。
そう考えて何とか奇跡的に雁夜は教会に着いた。
中は明かりが無く、ステンドグラスから入る月明かりが照らす。
そんな中、礼拝堂の椅子に誰か座っていた。
掠れる目を細めてよく見てみればそれは遠坂時臣だった。
命の危機に瀕している雁夜にどうしてこんな所に、などという考えは浮かばない。
ただ怒りと憎悪に突き動かされて近づいていく。
「遠坂……時臣ィ……!」
だが、その時臣は動かない。
いつもの優雅たれかと思い、更に近づく。
だが、身動き1つしない。
「おい、無視する……な?」
肩に手を当て揺らした瞬間、時臣は何の抵抗もせずにパタリとそのまま床に倒れ込んだ。
何が起こったのか分からなかった。
「おい? 時臣?」
倒れた体を揺する。
だが、顔には血の気が無く、揺すっても反応はない。
時臣が死んでいる、自分はやっていないがこの状況を誰かに見られたら……
「雁夜……君?」
ビクリ、と体が跳ねた。
その声は良く知っていた。
「葵……さん。」
考えうる限り最悪のタイミングで最も居てほしくない人が、自分の初恋の人で遠坂時臣の妻、遠坂葵がそこに居た。
あーあ、ペンドラゴンさん家のアルトリアちゃん、変な方向に覚悟ガンギマリしちゃった
現実逃避気味に覚悟決めたせいで聖杯取れなかった時のダメージがエゲツない事になるでしょう
そして教会にて、言峰冬の愉悦祭り開催
お気に入り8000、総合評価16000突破ありがとうございます!
本格的に累計ランキング入りが見えてきて震える
評価、感想、愉悦報告お待ちしてます
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18話
冬木教会の礼拝堂。
そこには人だったモノが1つと半死人が1人、女性が1人、その2人に気付かれていない傍観者が2人いた。
半死人、間桐雁夜は何故こんなところに時臣の死体があるのか、何故このタイミングで女性、遠坂葵が現れたのか、という事には頭が回らずただただ弁解するだけだ。
「葵さんっ!!
違う!!
違うんだ!!!
これは俺がやったんじゃ無い!!」
自分の無実を叫ぶ。
だが、遠坂葵の視線は時臣の死体に釘付けで、雁夜は視界にすら入らず、ゆっくりとその死体に近づいて行く。
雁夜は葵から何かを言われる事が怖くて、ゆっくりと道を開ける様に葵から離れる。
遠坂葵は時臣の死体の元に着くと、しゃがみ込みながらゆっくりと手を伸ばしていく。
雁夜はただ黙ってそれを見ている事しか出来なかった。
そして葵の手が、血の気が引き、冷たくなった時臣の死体に触れた。
その表情は雁夜からは見る事が出来ず、誤解され、糾弾されるのをただ恐れているばかりだ。
「これで満足?
雁夜くん。」
遠坂葵が口を開いた。
その口から発せられた言葉は冷たく、雁夜は誤解されてしまった事を理解する。
なんとか説明しようとするが、もしかしたら信じて貰えないかもしれない、もしかしたら殺した事すら認めない卑怯者と思われるかもしれない、もしかしたら、もしかしたらとあらゆる最悪の光景を思い浮かべてしまい、言葉が詰まる。
「これで聖杯は間桐に渡ったも同然ね。」
心臓が痛い程跳ねる。
悪寒と冷や汗が止まらない。
「……お、俺…………!? ゴボッ!
ガッ! ゲブッ!?」
何とか声を出せたが、次の瞬間には咳き込み、血を吐く。
ビシャッ、と教会の床が血で濡れる。
その様子に葵は一瞬怯むが、即座に糾弾を続けた。
「いい気味だわ!
私から……私から桜だけじゃ飽き足らず!
よりにもよって時臣さんの命を目の前で奪って!」
「桜ちゃんを間桐に売り渡したのはそいつだ!!
そいつが全て悪いんだ!
俺は何もやっていない!
そもそも、こんな奴がいなければ誰も不幸にならずに済んだんだ!!」
糾弾に耐えられずに雁夜は大声で反論する。
急に大声を出したせいで、更に血を吐きながらも自分は悪くない、と言い張る。
「そいつさえ居なければ……!
葵さんだって桜ちゃんだって!
幸せになれてたんだ!」
「ふざけないでよ!!」
絶叫にも近い葵の言葉を聞き、その声に雁夜は体を跳ねさせて黙り込んだ。
ヒートアップしていた頭が冷や水をかけられたかの如く冷たくなる。
完全に思考が止まった。
「あんたなんかに一体何が分かるって言うのよ!?
あんたなんかッ………!
あんたなんかぁッ………………!
誰かを好きになった事さえ無いくせにッ!!!」
雁夜は一瞬、何を言われたのかが分からなかった。
脳がその言葉の意味を理解し終えた瞬間。
プツン、と雁夜の中で何かが切れた。
何で
なんでなんでなんでなんでなんでなんで!
どうしてよりにもよって自分の好きになった人に!!
ただ俺は好きになった人とその子供達に幸せになって欲しかっただけなのに!!
3人で幸せそうに笑っていて欲しかった!!
その為だけに俺は間桐へ戻って来た!
全ては
一年に及ぶ
聖杯戦争で戦って勝ち残れても死ぬという恐怖も!
何もかもを!
だから唯一の勝ち目であるバーサーカーを召喚して、ただ戦闘を行うだけで全身に走る痛みに耐えて来た!
今だって桜ちゃんがキャスターに攫われたから助けようとして、死にそうになってる!
それも全部、自分の好きな人、葵さんが幸せになれれば良いとひたすらに耐えて来たのに!!
それを、俺の理由を!
行動を!
よりにもよって葵さんに否定される事なんてあり得ない!
あり得てはいけないんだ!!
だから……!!
もう……!!
これ以上、何も喋らないでくれ!!
数分か数十分か。
時間の感覚が分からなくなっていた雁夜がいつの間にか閉じていた目を開けると、目の前には生気の無い顔で首を掴まれている葵がいた。
否、首を掴んでいるのは自分の手だ。
「ヒィッ!?」
怖くなって手を離せば葵の体は何の抵抗もなくその場に崩れ落ちた。
「う、嘘だ嘘だ嘘だ。」
すぐに葵の肩を掴んで体を揺らすが、反応はない。
その葵の体の隣にある時臣の死体。
それが目に入ると同時に理解した。
時臣の死体と全く同じ……つまり葵さんは死んでいる、と。
「そんな……違う。
そんなつもりじゃなかったんだ!
ただ俺はあなたにだけは否定してほしくなくて!
なのに……何で…………どうしてだ!?
!?
ガァッ!?」
その瞬間、胸に痛みが走る。
精神的なものではない。
血を吐きながら、その場に膝をつく。
そのまま葵の方へと顔を向ければ、葵と時臣、2人の生気のない眼がこちらをじっと見つめていた。
その目が、お前だけは許さないと言っている様で怖い。
「違ッ…………ガフッ……違う……!
俺は……悪くない……!
葵さん……信ッ」
その瞬間、夥しい量の血を吐き、雁夜は血溜まりの中に倒れ込む。
それでも手を伸ばして、縋りつこうとする。
だが、体は動かない。
「あ……おい……さ………………」
そこで雁夜は事切れた。
最期のその時まで、自分の殺した想い人に手を伸ばしながら。
だが、その手は届く事は無かった。
その3人の倒れ方はまるで、その手の届かぬモノにいつ迄も手を伸ばし続けた男の哀れな人生を物語るかの様だった。
言峰璃正はちょうどその夜は教会を留守にしていた。
理由は単純、関係者との聖杯戦争の隠蔽についての話し合いがあったからだ。
普段は教会からアレコレと指示を出すだけなのだが、今回の関係者は間桐の生き残り。
臓硯が死んだ事により、聖杯戦争なんかが起こっている冬木市から一刻も早く脱出したい、だが、可能な限り安全な家に居たいと言う間桐鶴野に合わせて間桐邸に赴いていた。
アルコール中毒なのにアルコールが抜けて精神的に追い詰められていた間桐鶴野は最早聖杯戦争には関係がないから安心だと言っても、怒鳴り散らすだけだった。
仕方ないと判断して、鶴野を絞め落とし、教会関係者を動かして市外の病院へと搬送させた。
海外留学中だという間桐家の息子である間桐慎二は海外の聖堂教会のスタッフに連絡して保護する様に命令した。
この家やそこに通る霊脈の権利云々は間桐鶴野が正確な判断能力を取り戻した後に決めようと考え、璃正は教会に戻って来た。
やれやれ余計な仕事をさせられた、と内心ため息を吐きながら教会の扉を開ければ、血の匂いが漂っていた。
何事かと思い、臨戦態勢に移る。
教会の礼拝堂に1人の男が立っていた。
息子の言峰綺礼だ。
特に怪我をしている様子はない。
警戒を怠る事無く、そこに近づいて行く。
「綺礼!
これは何事だ!?」
だが、綺礼は答えるどころかこちらに見向きもしない。
その視線は教会の床に向けられている。
その先を見てみれば、そこには3人分の死体があった。
「これは!?
時臣君!?
それに葵さん、間桐のマスターまで!?
綺礼!
一体何があった!?」
そう聞くも綺礼は尚も動かない。
ショックで動けないのだと判断した璃正は倒れている3人の生死確認をしていく。
遠坂葵だけが辛うじて息をしているだけで、他の2人は完全に死んでいる。
「ぬう、兎に角救急車だ。
葵さんはまだ何とか生きている!
綺礼!
しっかりしろ!
救急ッ」
だが、それ以上の言葉は続かなかった。
体に衝撃が走り、言葉が止まる。
ゆっくりと自分の体を見れば、胸から血濡れの剣が生えていた。
「こ……れは……!?」
このまま倒れ込めば、自分の抱えている葵までもが剣に触れると判断して何とか倒れる軌道を変えた。
だが、可能なのはそこまでだった。
「綺……礼…………」
自分がやられたのなら息子も危うい。
その息子がやったのだとは露にも思わず、そう声をかける。
だが、その綺礼は倒れた自身の父親を見て嗤うのみ。
ギルガメッシュによって殺された己の師。
その死体を使った結果得られた雁夜の死。
そして、今、ここで自分は父親殺しを成した。
これらにどうしようも無いほど愉しんでしまう己に気が付いた。
嗤う。
なるほどこれが己にとっての愉悦か、と。
その息子の顔を見る事無く、遂に璃正も息絶えた。
その中心で言峰綺礼は嗤い続ける。
そして、その様子全てを酒の肴にして眺め続けていた英雄王。
言峰綺礼が愉悦というものを理解した事を悦びながら、彼もまたその悲劇を愉しんでいた。
「酒の肴としては十分な寸劇であった。
よもやここまで酒の味が化けるとはな。
そら、貴様も飲むか、綺礼。」
ギルガメッシュから渡されたワイングラスに入っているのは地下に保存してあったワインだ。
何度も同じ様な酒を飲んだが、終ぞ酒を美味いと思った事は無かった。
だが、今の綺礼にはある種の確信があった。
言われた通りに酒を飲む。
美味かった。
味も香りも、同じな筈なのに何もかもが違う。
成る程これが美酒の味か、と納得した。
また飲んでみたいが、そうもいかない。
1人の男言峰綺礼としてでは無く、聖堂教会所属の言峰綺礼としての仕事がある。
ここに並んだ3つの死体と1つの死に損ないの女。
これを片付けなければいけない。
カバーストーリーは……間桐雁夜の暴走で良いだろうと判断してすぐに教会関係者への連絡を始めようとした。
その前に、一度振り返る。
憐れな4人。
そして、初めて美味いと感じた酒。
可能ならばまた、この様な酒を飲みたいものだ、と考えて、今度こそ頭を切り替えた。
武家屋敷の蔵の中。
その地下室、短い間ではあったがアイリスフィールが過ごしたその場所でセイバーは戦装束のバトルドレスのまま、剣を置き正座のまま目を瞑っていた。
瞑想に近い状態。
ランスロットとの戦いで覚悟を決めてしまったセイバーは、それからと言うもの唯ひたすらにこの状態を維持していた。
話すどころか会いもしないマスター、衛宮切嗣。
同盟を組んでいるとはいえ他陣営のモルガンとそのマスター。
邪魔は一切入らず、その身は食事も睡眠も必要としないサーヴァント。
ただ、聖杯戦争を勝つ為だけに己の感情に封をして、瞑想やイメージトレーニング、剣の鍛錬などを繰り返す。
騎士の誓いを立てたからには最早負けなど許されない。
その思いだけで集中を途切らせる事無く、トレーニングを続けていた。
最終決戦は近い。
そう己の直感が告げる。
勝てるのか、間違っていないのか、と囁く己の弱い心を締め出す。
その眼はアイリスフィールと接していた時の物では無く、絶対なる公正な王として己の感情を殺していた騎士王としての眼だった。
その次の夜。
アーチャーのマスターは言峰綺礼となり、何事も無かったかの様にアーチャー対ライダー戦が冬木大橋にて行われた。
その半分はライダー、イスカンダルの固有結界『
その神秘の量とギルガメッシュが自ら持っていたという点からギルガメッシュの本当の切り札だという事だけは分かった。
戦いはギルガメッシュの勝ちだった。
イスカンダルはギルガメッシュまであと一歩というところまで迫るも一太刀も浴びせられずに敗退した。
圧倒的な強さだった。
イスカンダルだって並の英霊では無い筈なのに、歯牙にもかけずに一蹴したのだ。
とはいえ、勝つ方法はあると判断している。
初見殺しによる一撃必殺。
2度目からは通用しないため、本当に必殺を求められる。
勘付かれても警戒されてもダメだ。
油断を誘い、一撃で終わらせる、これしか無い。
その夜はさらに動きがあった。
冬木教会から言峰綺礼が何かを冬木市公民館へと運び込み、自身も公民館から出てこない。
更にはギルガメッシュも遠坂邸ではなく公民館へと入るのを確認した。
これは最早誘っているとしか考えられない。
決戦は明日だ。
そう確信した。
あと数話でZero編は終わりやね
そしたらZeroとstay nightの間の幕間を数話書いてからstay night編突入
stay night編はどんな風に話を拗らせようかな
モルガン宝具詳細
『
対城宝具
ランク EX
彼女の人生そのものが宝具化したもの。
アーサー王を否定し、円卓を否定し、キャメロットを否定した。
故にこの宝具はあらゆる円卓に連なる者に特効を持つ。
ただし、異聞帯のモルガンとは違い、妖精に対しての特効は存在しない。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』
対◼︎宝具
ランク ◼︎
詳細は現在閲覧不可
評価、感想お待ちしてます!
低評価で平均が目に見えて下がるの萎えるんじゃ……
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19話
決戦は明日。
そう聞いた男は自身の礼装のチェックを行っていた。
銃器から弾丸1つ、ナイフや自身の着ている服すらも術式を付与した礼装だ。
その全てを念入りにチェックしていく。
服などは攻撃用ではなく、防御用の礼装で、モルガンによってアップグレードされている。
衝撃緩和、衝撃吸収、衝撃拡散、耐火、対魔、防刃、防弾などの効果が付与され、低級サーヴァント程度の攻撃なら問題なく防ぐ事が可能で、上位サーヴァント相手でさえも一撃程度なら致命傷は避けられるとお墨付きの逸品となった。
可能ならば銃器や弾丸もアップグレードして欲しかったのだが、時間が足りなかった。
ナイフだけは辛うじて間に合った。
効果は単純明快、耐久性と切れ味を底上げした。
それら全てをチェックしていく。
モルガンも今このタイミングで攻められる事は無いだろうと、工房内のあちこちに設置した魔力炉心のチェックを行いに行った。
魔力炉心からのバックアップがあればモルガンはガス欠を気にする必要は無いし、男自身もモルガンへの魔力供給による魔力不足を気にする必要は無くなる。
持ち込んでおいた礼装全てに異常が無いことを確認した男は、魔弾をマガジンに詰めていく。
その作業の途中でモルガンが帰って来た。
「全魔力炉心、正常に作動していました。
明日は万全の状態で戦えます。」
「そうか、こっちも礼装の確認は終わった。
今は戦闘の準備だな。」
「そうですか…………少し手を止められますか?」
「うん?
大丈夫だが、どうした?」
男が言われた通りに作業の手を止めると、モルガンは椅子に座った男の手を取り、立ち上がらせた。
そのまま抱き着いてくる。
「……心配か?」
「…………ええ、実を言うと少しだけ。
生前を通して私に真に大切なものができた事はこれが初めてなので。」
男もモルガンを抱きしめ返す。
「なあ、俺の名前の由来は知ってるか?」
「カイ……つまり勝利ですよね?」
「そうだ。」
男はモルガンを放してその場に跪く。
「モルガン・ル・フェイ。
騎士などに相応しくないこの身なれど、我が身、我が名、我が命を貴方に捧げる。
このカイが貴方に勝利を捧げよう。」
「ふふ、では私も。
カイ、貴方の主人として、
男が芝居がかった様子で、しかし大真面目にそう言えば、モルガンもそれに答える。
そして跪いたカイを立たせると、今度はモルガンがドレスの裾を摘んで頭を下げる。
謂わゆるカーテシーだ。
「それと同時にカイ、貴方のサーヴァントとして貴方にも勝利の栄光と我が身を捧げます。」
「ああ、モルガンのマスターとして受け取ろう。
少しは不安が晴れたか?」
「いいえ、寧ろ貴方を失いたくない、死にたくないという気持ちが強くなりました。
ですが、覚悟は決まりました。
例えどのような手段、どのような犠牲を払っても私は貴方を手に入れます。」
そう言ってモルガンは妖艶に、妖しげに笑う。
その顔を見て男は自分がモルガンにどうしようもなく惹かれているのを再確認した。
いつからだろうか。
一目惚れなのか、2人で飲んでモルガンが宣言した日か、それとも何気ない生活の積み重ねだろうか。
だが、分かるのはモルガン・ル・フェイという女が伝承通りの魔女だったという事だ。
人をたらし込むのが上手いのだ、それが意識的だろうが無意識的だろうが。
感情すら読める妖精眼を持つモルガンの事だ。
既に男の気持ちには気が付いている。
「カイ、今ここで私の愛、その欠片を受け取ってはくれませんか?」
「モルガンがそれを望むのなら幾らでも。」
男がそう答えればモルガンは男の頬に片手を当て、もう片方の手で男の肩を抱いて自身の顔を近づけていく。
男も何も言わずにモルガンの腰を抱いた。
2人の唇が合わさる。
ただ唇を合わせるだけの軽いキスを数秒続けて、放す。
男も右手をモルガンの顔に当てて、撫でる。
「参った、モルガンの宣言通り俺はモルガンに夢中になった。
させられた。」
「ふふ、当たり前でしょう?
私を誰と心得るのです?
好いた男の心の一つ、容易く手に入れられずして魔女などとは名乗れません。」
その自信満々なセリフとは裏腹にモルガンの顔は本当に嬉しそうな笑顔だった。
夜が明けた。
聖杯戦争の時間は止まり、日常の時間が進み始める。
それは、間桐桜にとっても同じな様で違った。
「……モルガンさん。」
「……分かってしまいますか。
サクラ、私達は今日の夜、戦います。
これまでとは比べ物にならない程に不利な戦いです。
生きて帰るつもりではいますが、万が一が無いとも限りません。
明日の朝、私達が戻って来なかったら貴方は生家、遠坂の家に戻りなさい。
……少なくとも邪険にされることは無いでしょう。」
遠坂の家が最早死にかけの葵と幼い遠坂凛しかいない事は伏せておく。
バーサーカーが襲ってきた日、モルガンはマスターである間桐雁夜を見つけ出し、バーサーカー撃破後に逃げた雁夜を追わせていた。
その先での凶行の話は同盟相手であるセイバーのマスターには伝えてある。
アーチャーのマスター、バーサーカーのマスター、聖杯戦争の監督役死亡。
アーチャーのマスターは遠坂時臣から言峰綺礼へと移った、と。
そして、今夜の決戦、相手がアルトリアなら一対一でも勝ち目は十分にある。
互いに互いが天敵なのだ、なら後はどれだけアルトリアの持ち味を消しつつダメージレースで優位に立つか。
正面切っての戦いなら不利かもしれないが、何でもアリとなればモルガンの方が上手だ。
だが、今回戦うのは最古の英雄、全ての英雄達の祖。
ありとあらゆる武具や宝物の原典を所持する英雄王ギルガメッシュ。
勝ち目がないとは言わない。
だが、不利が過ぎる。
イスカンダルとの戦闘時、イスカンダルの『
でなければ、あんな一瞬で固有結界がほつれ、破かれる訳がない。
そして固有結界、即ち1つの世界すら容易く破壊できる宝具となればカテゴライズは1種のみ。
対界宝具。
生前の状態で放てば星のテクスチャすら破壊できる、あらゆる宝具の中で威力的には頂点に立つであろう代物。
ロンゴミニアド、もしくはアヴァロンでもあれば話は別だが、どちらも私は持っておらず、本来の持ち主であるアルトリアが所持していれば今までの聖杯戦争の中で迷わず使っているだろう。
特にアヴァロンは鞘であり、盾である。
使わない手は無い。
だが事実、アヴァロンはアルトリアの手には無く、あの貴婦人の中にあった。
一度は自身で盗んだ代物だ。
その特徴的な神秘はよく覚えている。
アヴァロンもロンゴミニアドも時間さえあれば魔術による再現は可能だろう。
時間さえあれば、だが。
現物が無いままとなれば確実に年単位での開発が必要になる。
どう考えても間に合うはずもない。
勝ち目はある。
だが、現状の手札で考えうる限りでは1つだけなのだ。
1つしかない勝ち目など心許ないにも程がある。
そう考えを纏めていると、モルガンの言葉を聞いた桜の眼が揺れる。
「嫌なんですね?
ありがとう、そこまで私達を好きになってくれて。
ですが、これは避けられない事なんです。
もし貴方がこれからも私たちと暮らしたいと言うのなら、どうか私達の勝利と帰還を願っていて欲しい。」
幼い子供にまで情が移るとは。
どうやら人としての私は随分と絆されやすいらしい、と思考を逸らす。
モルガンの妖精眼から見える桜の感情は、恐怖、寂しさ、不安、葛藤。
それもそうだろう。
幼子に懐かれるような振る舞いをしてきたのだから、それなりにサクラの心は私たちを許している。
「分かりました。
まだモルガンさんとカイさんと一緒にいたいから…………帰って来て下さい。」
その言葉には何の打算も裏も無い。
妖精眼を持つ者が最も好む真実の言葉。
だから私もその言葉には真摯でいよう。
肯定も否定もせずに笑うのみ。
私にも明日生き残れているかが分からないからこそ、答えない。
どちらを言ってもそれは嘘となり得る。
サクラの額に指を当てて呪文を唱える。
眠りへと誘う。
これからサクラを間桐邸へと送る。
私達が帰って来れなかったなら、この巨大で入り組んだ下水道からは子供1人では出るのは難しいだろう。
それに、戦闘の余波や私の弱体化を狙っての攻撃が来ないとも限らない。
だからこそ、戦場となる公民館から離れ、自身の慣れ親しんだ家である間桐邸で待っててもらう。
既にあの屋敷は無人だが、この地下よりは遥かにマシだ。
私とマスターは大人だ、自分のやった事これからやる事の責任は自分で払う。
だがそこにはサクラは関係ない。
顔も名前も知らぬ第三者が幾らでも死のうが巻き込まれようが知った事ではない。
これはただの我儘だ、自分の気に入った人物を自分達のイザコザに巻き込みたくないというだけの話だ。
だからサクラ。
私が勝者となったならばまた会いましょう。
その時にこそ、この数日間で聞けなかった貴方がどうしたいのかという問いの答えを求めます。
覚悟しておきなさい、魔女の執着心ほど怖い物はありませんよ?
太陽は沈み、昼から夜へ。
街明かりも少しずつ少なくなり、人の気配が消える。
嵐に怯える小動物の様に、降り掛かる厄災が身に及ばぬ様にと息を殺している様だった。
聖杯戦争の時間が動き出す。
冬木市公民館の前には4人の人影。
「作戦通りだ。
僕とカイは言峰綺礼を。
サーヴァント2人はアーチャーを。」
答えはない。
モルガンとカイが一瞬視線を交わし、別れる。
サーヴァントは真正面の入り口から。
マスターは地下駐車場の入り口から。
それぞれ公民館の中へと入った。
トラップなど何も仕掛けられていない屋内を警戒しながら進んでいく。
そして辿り着いた。
サーヴァント2人が辿り着いたのは、公民館内部の劇場。
その先、壇上に黄金に輝く杯、聖杯が置かれていた。
「あれが……聖杯だと?」
モルガンが思わず声を発した。
超一流の魔術師であるモルガンには見ただけで分かった。
超高濃度の呪詛が詰まっている。
あの様な汚染された杯では願いなど到底願った通りの形では叶えられない。
どこか胡散臭いとは思っていたが、やはり詐欺だったか。
だが、聖杯自体の完成度は高い。
汚染さえされていなければ間違いなく万能の願望機と言うに相応しい代物だ。
面倒だが、使うにあたっては呪詛を取り除かねばなるまいか、と考えを纏めた。
対してアルトリア。
魔術師でない彼女に見ただけでは聖杯の異常は感じられない。
それもそのはず、ガワだけならば間違いなく聖杯である。
外側から中身まで見通したモルガンの方が異常なのだ。
だが、アルトリアの持つ直感スキル、それがあれば何処となく危険だということは分かった筈だ。
それが分からない理由は2つ。
1つはモルガンに対して、自身のマスターに対しての疑惑が頭を占めているから。
故に理性が本能を抑え込み、直感はその効力を減少させている。
もう1つは聖杯に眼が眩んでいるから。
飢餓状態の獣の目の前に毒入りのご馳走があるような物だ。
更に言えばその毒は外部に漏れ出ない様に巧妙に隠された状態。
気付けるはずが無かった。
「よくぞ来た。セイバー、そしてキャスターよ。」
そして、その聖杯の前にアーチャー、ギルガメッシュが現れた。
対するマスター2人。
壁伝いに移動し、素早くクリアリングを行っていく。
辿り着いたのは明かりのない、ただ開けた空間。
2人がその中に入ると、天井のライトがついた。
急に明かりがついた事で一瞬、眼が眩む。
明かりは一列ずつ奥へと進む様について行く。
そしてその先に立っていたのは言峰綺礼だった。
2部6章後半終わったから投稿
遂に累計ランキング入りしました!
現在219位!
皆さんのお陰です。
本当にありがとうございます。
次回、最終戦スタートですね
感想、評価お待ちしてます!
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20話
「我と対峙するは真の英雄ただ1人で良いと言ったはずだが……まあ良い。」
現れたアーチャー、ギルガメッシュは2人の姿を見下ろしながら、腕を組む。
「……ほう?
セイバー、貴様正しさだの何だのとほざいていた割に聖杯を見た瞬間にそうも目の色を変えるか。
その鉄仮面にも隠せぬ欲望を見せるとはな。
全くもって貴様は極上の道化よ。」
その言葉にセイバーはギリ、と歯を鳴らす。
馬鹿にされているのだ。
怒りを隠す事無く、睨み付けるセイバーに対してギルガメッシュは涼しい顔のままだ。
「良いぞ、セイバー。
貴様には我の寵愛を受ける権利をやろうではないか。」
ここで一瞬、うん?と首を捻ったのはモルガンだ。
妖精眼から読み取れるギルガメッシュの感情は純粋な好意だ。
いや、まさか、とある考えが頭をよぎるがすぐに頭から捨てた。
「剣を捨て、我が妻となれ!」
と思ったら捨てたはずの考えが豪速球で返ってきた。
「英雄王、私は一旦席を外すか?」
「構わん、そこにいろ。
貴様はこやつの親族として我とセイバーの馴れ初めをその眼に焼き付け、後世に伝えるのだ!」
戦闘の空気が何処かにいったので、即座に一旦場を離れようとしたが、即刻却下された。
思わず眉間を揉む。
そんなモルガンに見向きもせずにセイバーはギルガメッシュに噛み付く。
「馬鹿な……何のつもりだ!?」
「理解は出来ずとも歓喜は出来よう。
喜べセイバー、他ならぬこの我が貴様の価値を認めたのだ。」
セイバーの頭の中は混乱の極みだった。
一体どんな策略を仕掛けようとしているのか。
今の時点ではアーチャーが本気で自分を妻として迎え入れようとしているとしか考えられない。
もし、本当にそうだとしても私は聖杯を手に入れるまでは止まれないし、そもそも私自身も妻を持つ身。
そして、これは聖杯戦争。
聖杯を求めて英雄が集う戦場。
そこで私に求婚などをするという事は奴にとって私は英雄ではなく、1人の女でしかないという事。
耐え難い侮辱だ。
「奇跡を叶える聖杯などと、そんな胡乱なものに執着する理由がどこにある?」
「……なんだと?」
「下らぬ理想も、誓いとやらも全て捨てよ!
これより先は我のみを求め我のみの色で染まるがいい。
さすれば、貴様にはこの世のありとあらゆる快と悦をその身に授けてやろう。」
自分の想いも何もかもを下らないと一蹴され、それどころか快楽に溺れろと言わんばかりの台詞にセイバーの怒りがピークに達する。
ふざけるな、と怒鳴ろうとしたところでセイバーの目の前に手が出される。
モルガンだ。
「英雄王、此奴は頑固でな。
捨てろと言われてそう簡単に捨てられる奴ではない。
つまり、だ。
此奴はこう言いたいのだ。
この私が欲しければ、私達2人に勝ち、勝者として奪ってみせろ、とな。」
何を勝手なことを!と言いかけたが、それを言う前に上機嫌そうなアーチャーの笑い声が響いた。
「ふはははははははは!!
良かろう、その愚直なまでの愚かさも纏めて愛でてくれよう!
さあ、剣を持て!
構えるが良い!
貴様の夫となる男がどういうものかをその身に刻み込んでくれるわ!」
恐らくはこれが狙いだったのだろう。
言いたい事が無いわけでも無いが、これ以上、アーチャーと無駄な話をするのも御免だ。
今は有り難く思おう。
「すまないキャスター。
だが後で話がある。」
小声で感謝と遺憾を伝えた。
正眼に剣を構え、モルガンも杖を構える。
それを見たアーチャーは港で見た時の様に黄金の波紋を空中に出した。
そして、その中から無数の武具が顔を出す。
「まずは小手調べだ。
この程度で音を上げてくれるなよ!?」
武具が雨の様に放たれた。
モルガンがセイバーの後ろに回る。
狙いが荒いこの射撃ならばセイバー1人でガードし切るのは容易い。
槍状に変えた杖で空中を突き、刺撃をアーチャーの真正面へと飛ばす。
そこから魔力弾を放ち、更にもう一撃、アーチャーの真上へと刺撃を飛ばした。
「ハッ、甘いわたわけ!」
だが、その全てが新たに波紋から出た盾によって容易く防がれる。
「流石にこの程度は容易いか。
ならば、少し精度を上げてやろう。」
波紋の向く方向が修正される。
そして、次の武器が波紋から顔を出す。
「そら、第二撃だ。
足掻いてみせよ。」
またもや武器が放たれた。
だが、今度は時間差を付けた上に幾つかの武器はカーブしてセイバーの後ろに回ったモルガンに当たる様な軌道を描いている。
魔力波を出し、壁の様にして外側から狙ってくる武器を全て弾く。
「『
その分、先程よりも防御が楽になったセイバーが剣に纏う風を飛ばして攻撃。
それに続く様にモルガンの出した魔力波がその矛先をアーチャーへと変えて攻撃に転化される。
だが、アーチャーは1つ剣を取り出すとその攻撃全てを一撃で容易く薙ぎ払った。
「ふむ、これでもまだ容易く反撃までしてくるか。
良かろう、少し本気を出してやる。」
そう言うと先程までとは比べ物にならない程の波紋が現れ、武器が出て来る。
「いつまで耐えられるか見ものだな?」
そして、第三波が放たれた。
対する公民館地下。
カイと切嗣のコンビが対峙するのは元聖堂教会代行者の言峰綺礼。
身体能力、戦闘技術、精神性全てが並外れていなければなる事の出来ない聖堂教会の主戦力。
その言峰綺礼が指に挟んだ小さな持ち手へと魔力を注ぎ、刃を出した。
聖堂教会の専用礼装、黒鍵。
それが片手に3本ずつ、合計6本展開された。
そして駆け出す。
先に対応したのは切嗣だ。
キャリコから弾丸を吐き出し、迎撃するがその全てが黒鍵と綺礼の鍛え抜かれた肉体によって弾かれる。
次に動いたのはカイ。
P90から吐き出されたのはたった1発の弾丸。
嫌な予感を覚えた綺礼はそれを避けた。
避けられた弾丸は反対側の壁へと当たると、爆発した。
規模は小さいものの、威力は綺礼の体にダメージを与える分には十分。
何よりも、あの弾丸が多数当たれば、踏ん張る事も難しくなるだろう。
その予想通り、カイは連射を始めた。
受けるわけにもいかず、円を描くように走りながら弾丸を避けていく。
更に悪辣なのは避けられる事を前提として足元に放っている事だ。
これにより、弾丸を避けて直撃を回避しても爆発の余波が綺礼を襲う。
そして僅か一瞬、体勢を崩したその瞬間に切嗣が虎の子である起源弾をトンプソン・コンテンダーから放った。
その威力は銃器には詳しく無い綺礼にも分かる程度には強力な一撃だった。
体勢を崩している為、避ける事自体は可能だが後が続かない。
黒鍵で受け止めるべきだと判断するが、代行者としての本能が警報を鳴らす。
本来なら魔力を込めて強化すべき所を逆に魔力を弱める。
その代わりに黒鍵を弾丸に対して斜めにする事で反射させようとした。
だが、弾丸が黒鍵に当たると同時、受け止めた黒鍵だけで無く全ての黒鍵が砕け散った。
それと同時に綺礼の腕の魔力回路が暴走し、血管が切れた。
だがむしろ、その程度で済んだと判断すべきだろう。
幸いにも戦闘に対する支障は軽微なもの。
切嗣の持つ片方の銃から放たれる弾丸は要注意である事を念頭に置き、再度黒鍵を展開させた。
それに対して切嗣は苦々しい表情をする。
言峰綺礼が全開で魔力を黒鍵に込めていたら確実に倒せていたし、カイに対して自身の切り札がどのような物であるのかというヒントを余計に与えずに済んだはずだったのだ。
カイが射撃している間にキャリコのリロードを終わらせていた切嗣が弾丸を吐き出させ、カイがリロードに入る。
だが、綺礼はそれを見て一気に距離を縮める。
2人とも厄介だが、脅威度が高いのは自身に条件が整えば致命傷を与えられる切嗣よりも通常攻撃から自身にダメージを与えられる弾丸を撃てるカイだ。
黒鍵で必要最低限の防御をしながら、カイに近づく。
カイがリロードを終えると同時に懐に潜り込む。
打撃の構えを取った瞬間に迎撃では無く防御に移り、更に衝撃を逃す為に後ろに跳ぼうとしているカイの判断は正しい。
だが、それよりも先に自身の技が決まる。
掌底がカイの胸、心臓を狙って放たれた。
腕に防御されるが、攻撃を受けたカイの体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
だが、その手応えに綺礼は違和感を覚えた。
魔力による強化をした一撃、いつもならほぼ確実にガードされた腕を破壊して肋骨や肺、心臓にまで衝撃が届いた筈だ。
だが、腕の骨が折れた感覚すら無い。
精々ヒビが入った程度だろう。
更には壁に大きな陥没が出来るほどに叩き付けられたカイは、倒れる事なくその場で膝をついた。
咳き込みながらも反撃の弾丸を放って来る。
ダメージ自体はある。
だが、その威力の大半が軽減されている。
自分と同じ様な武術を齧っているのなら、それと分かる。
だが、そうでは無い。
だとすれば考えられるのはキャスターの手によってなされた魔術的防御。
その中核となるのは?
考えられるのはネックレスなどのアクセサリー、服そのもの、もしくは肉体に刻んだという事もあり得る。
いずれにせよ、防御自体を打ち砕くのは難しいだろう。
そうなれば狙いは変えるべきだろうか。
衛宮切嗣を先に無力化し、残ったキャスターのマスターを殺す。
これが最善だろう、と判断した。
カイの持つ銃の弾丸の数は先程の爆破弾を掃射していた時に把握している。
リロードのタイミングで衛宮切嗣に接近する事は容易い。
唯一、衛宮切嗣のあの弾だけは警戒する必要があるが、あれは一発撃った後にすぐにもう一発放つ事は出来ない。
対応は可能だ。
カイのP90から吐き出される弾の数をカウントしていく。
後20、10、5、0
ここだ。
弾丸の雨が止んだ所で一気に駆け抜ける。
予想通り、切嗣が弾丸を放とうとする。
それよりも先に3本の黒鍵を投擲、避けるか迎撃するか。
避けた。
そして、弾丸を放った。
それを必要最低限の動きで避けて、一気に接近。
「
接触までの僅かな間に切嗣が固有時制御の詠唱を唱える。
その直後、切嗣1人だけが早送りされたかの様に驚異的な速度で動き出した。
顔面に飛んできた蹴りを避けて、キャリコで反撃しながら距離を取る。
距離が開けた所にカイが横から掃射。
足元に狙って放たれる弾丸を避けるが、今度のは爆破では無く放電。
大したダメージにはならない、だがその電撃で一瞬、体が麻痺して動きが止まった。
そこに2倍速でリロードを終えた切嗣の起源弾が放たれた。
避けられないが対応は可能。
黒鍵では無く、その腕を残った最後の一画の令呪を使用して強化、受けた。
だが、予想に反して弾丸は容易く手の肉を抉り、更に起源弾の効果が発動。
今度こそ右手が使い物にならなくなった。
ここで僅かに3人の動きが止まった。
右腕を失ったのは痛いが、大凡分かった。
衛宮切嗣の武器は今の2倍の速度で動く魔術とこの弾丸。
キャスターのマスターは銃から放たれる様々な魔術加工の施された弾丸。
どれ程の種類があるのかは知らないが、やはりこちらの方が厄介だ。
衛宮切嗣の動きは初めから2倍で動くと想定していれば対応は容易い。
狙いは変えずに先に衛宮切嗣を下す。
固有時制御も起源弾も使った。
何とか押してはいるが、あの威力、一撃貰えば致命傷になるだろう。
アヴァロンを体に埋め込んでいる事で即座の回復により無効化は可能だが、奴には見せたくない。
キャスターはモルガン、アヴァロンを奪ったという逸話がある。
そういう宝具を所持していてもおかしくはない。
最悪の場合、体に埋め込んだアヴァロンを引き抜かれる。
幸いにも3倍速はまだ見せていない。
このまま一気に終わらせる。
まだ見せてないのは凍結、火炎、貫通、拡散の4種類。
爆破は残り2マガジン、電撃は3。
後はナイフのみ。
言峰綺礼を倒し、ギルガメッシュが敗退したら即座に衛宮切嗣とは敵だ。
可能な限り余力を残した状態で言峰綺礼を下したいが……やはり腐っても元代行者。
そう簡単には勝たせてくれなさそうだ。
時間にして数秒。
僅かな睨み合いの間に3人は思考を回す。
そして第二ラウンドが始まった。
累計ランキング200位以内にまで入ってってたわ
いや、ホント有難いです
6章後半を読んでモルガン様ハッピーエンドお祈り感想が増えて思わず愉悦方向に舵を切ろうとしたのを止めました。
6章後半に関しては、おのれきのこ!としか言いようが無い……
感想、評価待ってまーす
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21話
波紋の中心が煌めき、その直後に武器が放たれる。
最早、豪雨の様に降り注ぐ数多の武具の前にセイバーとモルガンは走り回りながら自身に当たるものだけを弾く。
時折、反撃として風や魔力波を飛ばしたり、水鏡で武器を返したりするが、その全てがアーチャー本人に届く前に防御、迎撃されている。
状況は圧倒的劣勢。
それでも未だ被弾する事なく無傷で居られるのはアーチャーがセイバーとモルガンを弄んでいる事と、モルガンの魔力供給が潤沢である事の2つがあった。
モルガンの妖精眼から見るアーチャーの感情は、喜悦と慢心が大きく、僅かな飽きと警戒がある。
ここらが頃合いだろう。
そう判断したモルガンはセイバーに合図を送った。
それを見たセイバーは軽く頷いた。
セイバーが頷いたのを確認したモルガンは杖を横薙ぎに払い、壁の様に魔力波を展開。
放たれた武器を防ぐと共にアーチャーの視界を切る。
もって1秒にも満たないだろう。
だが、それで十分だ。
セイバーがその剣に風を集めて次の攻撃の威力を上げる。
そして、モルガンの方へと駆け出し、剣を振り上げた。
そして、モルガン目掛けて剣を振り下ろす寸前。
「そら
妖精としての魔術、その基礎中の基礎。
モルガンが空間に干渉する魔術に才能がある理由。
これにより、モルガンとアーチャーの位置が入れ替わる。
「なにッ!?」
だが、アーチャーもそれに反応して、体をずらす。
故にセイバーの剣が切り裂いたのはアーチャーの左腕。
そして、切り裂くと同時に圧縮されていた空気が解放され、一気にアーチャーの体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされたアーチャーは劇場の壁を突き抜けていった。
衝撃と破壊によって発生した煙で何処にいるのかは分からない。
仕留め損なった。
モルガンの提案した2度目は通用しないであろう初見殺しの戦法。
「キャスター!
仕留め損った!」
簡潔に舞台の上にいるであろう、キャスターに伝える。
だが、返答がない。
それどころか、気配すらない。
慌てて振り返る。
聖杯は空中に浮かんでいる。
だが、戦闘の余波でか舞台の床は無くなっていた。
少なくとも聖杯を持って逃げたわけでは無さそうだ。
恐らく下に落ちてしまったのだろう。
「……よもや、だ。
躾の済んでいない犬に噛まれるとはな。
この我の体に傷をつけた事は本来ならば万死に値する。
だが、セイバー、貴様なら精々躾を厳しくするくらいで済ませてやろう。
2度と我に逆らおうなどという世迷いごとを考えつかぬ様に徹底的にだ!」
煙の中から血を流したアーチャーが現れた。
波紋の中から何やら瓶を取り出すと、その中身を傷口にかけた。
すると、血が止まった。
「チッ、流石に生身と霊体では勝手が違うか。」
どうやら、腕が再生するまではいかなかった様だが、それでもモルガンのサポート無しでは厳しい相手だ。
もう一度、あの武具の雨が降る前に決めるべきだ。
そう考えて、セイバーは剣を頭上に掲げる。
風の鞘を解き、魔力を集中。
「ほう?
良かろう、躾の第一歩だ。
まずは格の違いを存分にわからせてくれるわ。」
そう言ってアーチャーは複雑な構造をした大きな鍵の様な物を取り出すとその構造を変えていく。
その間にセイバーは武器を降らせる事はないと判断して更に魔力を高めていく。
構造を変えた鍵の様なものによって波紋の中から取り出されたのは明らかにこれまで放ってきた武器とは比べ物にならないほどの神秘、魔力を保有する剣の様な何か。
その刃に当たる部分、3つの回転体の内、2つが周りだし、魔力が高まっていく。
「ッ!
『
最高威力になった所でセイバーは自身の宝具を解放した。
放たれた黄金の光が一直線にアーチャーへと向かっていく。
だが、アーチャーのその顔は余裕を崩さない。
「この程度、エアの真名解放をするまでも無いわ!」
エクスカリバーのその一撃に合わせる様に横薙いだそれは、放たれた光を弾き飛ばし、霧散させた。
弾かれたその一撃が劇場の壁や天井を破壊していく。
「バカな……!?」
間違いなく全力の一撃だった。
なのにも関わらず、宝具を放った訳でも無いのに軽く弾かれたのだ。
セイバーは剣を振り抜いたその姿のまま、驚きのあまり硬直している。
「フフハハハハハハハハハハハ!!
いい顔だ、セイバー!
そうだ、恐れ慄くが良い。
貴様が無謀にも立ち向かった相手がどの様な存在であるかを心に刻め!」
ギリ、と歯軋りする。
八方塞がりだ。
モルガンの言った唯一の作戦は失敗。
自身の最強宝具であるエクスカリバーは容易く迎撃された。
まだ心は折れてはいない。
だが、自分一人ではどうにも出来ない。
ならば、モルガンが戻ってくるまで時間稼ぎに徹するしか無い。
息を整える。
銃に入っているのは電撃弾。
防御は不可、回避は先に放たれる弾丸の着弾点から電撃範囲外に逃げる事で可能ではあるが、それは単発で発射された場合のみ。
サブマシンガンの弾幕から逃げられる訳はない。
初めに動いたのはそう考えていたカイだ。
電撃弾をばら撒き、綺礼がそれを避けようとするが、着弾点で弾けた電撃が体を襲い、その度に僅かに体が硬直する。
そこに切嗣の弾丸が撃ち込まれる。
だが、撃ち込んでいるのは起源弾ではなく高威力というだけの通常の30-06スプリングフィールド弾。
無論、それでも鍛え上げられた言峰綺礼の鋼鉄の体でも無傷で受ける事は不可能だ。
だが、起源弾と通常弾の見分けのつかない綺礼には避けないという選択肢は無い。
その上、受けた時は魔術回路は使ってはならないという判断がある。
結果として魔力による単純な強化すらも出来ずに大口径ライフル弾を避けきれず、あちこちに掠らせ、血を流しながらも回避を続けていく。
そして、僅かなリロードの瞬間。
その一瞬でこれまでは見せてこなかった最速で衛宮切嗣に接近する。
「なっ……!?
くっ、Time Alter」
それを見た切嗣は詠唱に入るが綺礼の接近の方が遥かに早い。
カイはリロードを終えるが、マガジンの中身は電撃弾。
使えば切嗣にまで余波が届く。
即座にタクティカルリロードして、電撃弾から影響範囲の狭い凍結弾に替えようとするが間に合わない。
綺礼の拳が切嗣に炸裂する。
カイの様に服が防具では無い切嗣に対して放たれたその一撃は間違いなく肋骨を砕き、肺や心臓にまで致命的なダメージを与えた。
手応えからそれを確信した綺礼は即座に方向を変えてカイへと向かって行く。
無論、カイとてただ無抵抗にやられる訳がない。
後ろに下がりながら弾丸を放つ。
放たれたそれを綺礼は避ける事すらせずに、急所の多い顔に当たるものだけは黒鍵で防ごうとする。
それが爆破弾や電撃弾なら正解だった。
だが、今回は凍結弾。
当たった側から黒鍵を、そして体を凍りつかせていく。
その結果、綺礼の視界が塞がれた。
すぐに氷を振り払おうとするが、その一瞬でカイが逆に距離を詰め、ナイフで斬りかかる。
綺礼は凍った黒鍵を盾にしようとするが、モルガンによって強化されたそのナイフは氷どころか黒鍵の刃すらも容易く断ち切った。
まともに受けたらマズイと判断し、ナイフそのものでは無く、ナイフを持つ手を弾く。
「
それと同時に自身の後ろから聞こえるはずの無い声が聞こえた。
カイと距離を取って振り返ると切嗣が物凄い速度でナイフを手に走ってくる。
バカな、確実に致命傷もしくは即死だった筈だ。
一瞬の狼狽の後、黒鍵を展開させる。
背後からはカイが近づいて来ている。
同時に前後から挟み撃ちしようというのだろう。
それを迎え撃とうとしたところで
天井が落ちて来た。
カイが気がついた時には、そこは最近住み慣れた下水道に作った一室だった。
ふむ?と首を傾げる。
間違いなく自分は切嗣と組んで言峰綺礼と戦っていた筈だが……
そこまで考えた所で誰も居なかったその部屋にモルガンが入ってきた。
「どうしました?
そんなに眉間に皺を寄せて。
もはや聖杯戦争は終わりました、そこまで悩む様な事は何も無い筈ですが。」
訝しげな表情でそう尋ねてくる。
聖杯戦争が終わった?
「ほら、その様な顔をしていてはサクラが不安がります。」
ああ、成る程。
合点がいった。
次の瞬間には自分の手に現れた持ち慣れた愛銃でモルガンの頭を吹き飛ばしていた。
「精神干渉か。
だが、誰が何のために?」
銃声を聞いたのだろう。
慌て怯えた様な表情で部屋の中に入ってきた間桐桜が何か口を開く前に頭に銃弾を叩き込む。
「間違い無く記憶まで読まれている。
だが、どこか杜撰な精神干渉だ。」
撃たれた2人の死体は泥の様に溶けた。
その泥は1つに集まり、形を作る。
「……何故だ、何故分かった?」
「都合が良すぎるからだよ。
無傷で完全勝利だ?
ふざけんな、人生も戦いもそんな甘くないわ。」
不定形の人型が尋ねたのでそう答えてやる。
「で、お前は誰だ?
衛宮切嗣でも言峰綺礼でも無いだろ。
かといって残ったモルガン以外のサーヴァントがこんな事が出来るとは思えないし、必要もない。」
「私は………………」
そこまで言いかけた所で人型の動きが止まった。
まるでそいつだけ時間が止まった様な硬直の仕方だ。
そして次の瞬間にはその世界ごと消えて無くなった。
意識が浮き上がる感覚と共に青い光に呑まれた。
目を覚ます。
目の前にはモルガンが居た。
あちこちに切り傷を作り、服も汚れている。
何より自身の体の痛みと不快感が現実であると証明していた。
「ああ、良かったマスター。
泥に触れていた時間が短く、すぐに助け出せた。
受けた呪いも微々たるもの。
浄化は容易い。」
心底安心したという表情でモルガンが笑顔のまま、そう言う。
詳細は分からないが、どうやら割とピンチな所をモルガンに助けて貰った様だ。
「何があった?」
「聖杯から高密度の呪詛が泥の様になったものが溢れ出した。
それに呑まれていたのだ。
幸い私がその場にいたからすぐに助け出せた。」
その答えに顔を顰める。
聖杯使い物にならねぇじゃねぇか、と。
「大丈夫です。
私なら多少時間は掛かるが浄化は可能。
そうすれば聖杯は正しく機能するでしょう。」
抜けた天井の先から戦闘音が聞こえてくる。
どうやらまだアーチャーとの決着はついていないらしい。
「モルガン、行け。
令呪でバックアップする。」
「ええ、頼みます。」
カイがそう言えばモルガンは一飛びに上の階へと戻って行った。
「ならば私に聖杯を寄越せ!
お前にとっては不要なものでも私にとっては有要だ!
アレが生まれ出るというのなら、私の迷いの答えの全てが齎されるに違いない!!」
背後から叫びが聞こえた。
振り返れば、綺礼と切嗣がいた。
切嗣のコンテンダーが綺礼を捉えている。
「貴様こそ愚か過ぎて理解できないよ。」
切嗣はそう静かに言い放ち、綺礼の胸を撃ち抜いた。
「……どうする?」
カイがそう問い掛ければ切嗣は一瞬、上を見上げた後。
「愚問だ。
この聖杯戦争を終わらせる。」
2人はその場から駆け出した。
決戦の場である上階を目指して。
2人が辿り着いたのは劇場の2階席。
戦場が見下ろせる場所だ。
アーチャーは片腕を失っているが、戦闘続行には支障は無さそうだ。
セイバーとモルガンは幾らか負傷しているが、致命傷や重傷は全く無い。
「アーチャーを頼む。
聖杯は任せてくれ。」
切嗣がそう言い放ち、場所を変えていく。
「はっ?
おい、逆じゃないのか!?」
カイが呼び止めようとするが、その時にはもう手遅れだった。
「衛宮切嗣の名の下にセイバーに命ずる。
その宝具を解放し…………聖杯を破壊せよ。」
「は……?
一体何を……?」
命令の内容が理解出来なかったのかセイバーは戸惑っているが、それとは別に剣を覆っていた風の鞘が解かれた。
「待て……!
ダメだ……!」
「重ねて命ず。
聖杯を破壊せよ。」
「しまった……!」
カイが切嗣との致命的な勘違いに気付くがもう遅い。
モルガンに命じて止めさせる事も無理だろう。
「チィッ!
婚儀の邪魔立てをしおって!」
「何故だ!?
何故、よりにもよって切嗣、貴方が!?
頼む! やめてくれ!
今ならまだ間に合う!」
「更に重ねて命ず。
聖杯を、跡形もなく、破壊せよ。」
「止めろおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
令呪の強制力により、剣が振り下ろされた。
それで魔力を使い果たしたのだろう。
セイバーが絶望の表情のまま、消えて行った。
これでセイバー陣営は敗退。
エクスカリバーの一撃に耐えられなかった公民館が崩壊していく。
「マスター!」
モルガンがカイを庇う。
崩れ落ちる公民館の中、衛宮切嗣だけがやり切ったという表情をしていた。
次回でZero編最終回かな。
実はこの辺で切嗣による策略でカイが致命傷を負ってそれを治す代わりにモルガンが敗退、セイバーに恨み言「何故だ!? どうして貴様は私から何もかもを奪って行く!? 地位も名誉も栄光も!! そして私が唯一愛した男すらも!! 答えろアルトリアァァ!!」みたいな事を言ってセイバーさんの懺悔ゲージを加速させるルートがこの話の構想を練っている初期の時点ではあったりしました。
流石にどうかなぁと思ってボツにしましたが。
そして6章後半を見てボツにして良かった、と思いました。
感想、評価お待ちしてます。
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エピローグ
「げほっ」
モルガンの体の上に乗っかっていた瓦礫を除けると砂埃が舞い、咳が出た。
公民館は跡形もなく崩れ落ちていた。
残った大量の瓦礫だけがそこに公民館があった事を証明している。
周りを見渡せば、少し離れた所に切嗣が立っていた。
思わず文句を言ってやろうとしたところで、その先にある物に気が付いた。
空間に空いた真っ黒な穴。
それを見た瞬間に自身の本能が警鐘を鳴らす。
冷や汗が流れ出す。
「アレは……!?」
「拙いですマスター。
撤退しましょう。
すぐにあの穴から呪詛が流れ出てきます。」
穴を見たモルガンが即座にそう提案してきた。
どういう物なのかを正確に見抜けているからか、カイよりも焦った表情をしている。
そうしたいのは山々だが。
「その呪詛の流れ出る範囲はどれくらいか分かるか?」
「……恐らく、この街全体にまで広がる事は無いかと。」
それを聞いて安心した。
逃げた所で意味が無いほどに被害範囲が広かったのなら、この場に留まってモルガンに呪詛を浄化し続けて貰うのが最善策だった。
「なら逃げるか。」
衛宮切嗣、もといセイバー陣営との契約は切れている。
後は放っておいても構わないのだ。
態と契約内容を曖昧にさせていた事で見殺しも契約違反に含まれるのではないか、という疑念を互いに持っていたが、敗退したのなら契約は切れている。
既に『セイバー陣営』では無いのだから。
最後にチラリと後ろを向いて見てみれば、切嗣は瓦礫の山の上で穴を見上げて跪いていた。
そして間もなく、穴から呪詛の泥が流れ出し、公民館付近の住宅街を燃やし尽くし始める。
炎の燃える音、住宅街に住んでいたのであろう人達のあげる悲鳴の中に1人の男の慟哭が響き渡っていた。
その様子を近くの高台から眺めていたのはモルガンとカイだ。
「……衛宮切嗣があんな表情で泣く男だったとはな。」
何もかもに絶望し泣き叫び、今は生気の感じられない顔で必死に生存者を探している切嗣を見て、カイはそう呟いた。
カイにとって、衛宮切嗣は魔術使いの中でも特に冷酷で、キリングマシーンと言っても良いのではないかと思う程、感情という物を表には出さなかった男だった。
「マスター、アーチャーと言峰綺礼がいる。」
「は!?
アーチャーは兎も角、言峰綺礼なら衛宮切嗣が確実に殺した筈だぞ!?
何処だ!?」
「公民館跡です。」
カイが即座にそちらに視線を向ける。
確かに全裸のアーチャー、ギルガメッシュと言峰綺礼がいた。
「……それにアーチャーは受肉しています。
どういう理屈だ?」
「さあな、とは言え今は敵対したく無い相手だ。
聖杯が破壊されたから聖杯戦争は終わりだとは思うが……」
そのまま、2人を見ていると、ギルガメッシュの視線が此方に向けられる。
「!」
思わず一瞬、身が竦んだ。
だが、ギルガメッシュはすぐに視線を切ると言峰綺礼を伴ってその場から立ち去って行った。
「……取り敢えずは平気そうだな。」
「ええ。」
アーチャーに今のところは戦闘の意思は無さそうなのを確認したカイは胸を撫で下ろした。
視覚強化の魔術を切り、何度か瞬きする。
「一度、拠点に戻りましょう。
そして夜が明けたら教会に手紙を持たせた使い魔を飛ばし、相手がどういう認識なのかを確認すべきでしょう。」
「ああ、賛成だ。
取り敢えずはこの夜を生き延びられた事を噛み締めるとしようか。」
聖杯から流れ出た泥は既に消えているし、追加の泥が出てくる様子も無い。
漸く張り詰めていた神経を緩める事ができ、思わずため息が出た。
「おかえりなさいッ!」
拠点へと戻った2人を出迎えたのは桜だ。
泣きそうな顔のまま、2人に抱きつこうとしてきた。
モルガンの外傷は既に治療済みで、埃や所々切れていた部分も一度霊体化する事で治っていた。
カイも未だに肋骨にヒビは入っているものの、外傷は大した事はなく、異常に頑丈な服も所々で解れ、埃がついている程度で傍目から見れば大した傷の無いままであったのが、桜を安心させた。
「ええ、ただいま帰りましたよサクラ。」
モルガンは駆け寄ってきた桜を抱き止め、カイもしゃがんで桜の背中に手を回した。
それにより、とうとう感情の針が振り切れたのか、桜は泣き始めてしまった。
十数分後、泣き疲れた上に心配で眠れていなかったのか桜はすぐに寝てしまった。
モルガンはそんな桜をベッドに運び、柔らかい笑みで膝枕をし、髪を梳いている。
カイはその様子を椅子に座りながら眺めていた。
「……こうしてみると、やはりサクラの様な罪なき幼子は私の様な存在にとっては眩しく温かいものですね。」
モルガンがそう自嘲する様に呟いた。
カイにもその感情はよく分かった。
「正直に言って、サクラを打算ありきで救うつもりが、私もサクラに救われていました。
この身が仮初である事も、己が魔女である事も、聖杯戦争という闘争に身を置いている事も少しの間ですが忘れられた。
マスター、私はこの子が望むのであれば養子にしたいと思っています。その時は貴方は我が夫、そしてこの子の父親となるでしょう。
構いませんか?」
「ああ、十中八九聖杯戦争は終わったし問題はモルガンが受肉してない事だけ。
それもモルガンなら解決できるだろ?
戸籍やら何やらは任せてくれ。」
カイがそう言うとモルガンは笑った。
膝枕をしていて動けないモルガンの側にカイが行けば、モルガンはぐっ、と腕を引っ張ってカイの唇にキスをした。
まだ聖杯戦争が終わったとは決まってはいないが、聖杯戦争を生き残ったという確信と共にその夜は更けていった。
翌朝、モルガンは日が上るとすぐに使い魔に確認の手紙を持たせて冬木教会へと飛ばした。
返答が来るまでそう時間はかからなかった。
書かれた内容は
『聖杯戦争の賞品たる聖杯が破壊された以上、これ以上の聖杯戦争の続行には意味は無いと判断し、聖杯戦争の監督役である言峰綺礼、そして聖堂教会の名の下に第四次聖杯戦争の終結を宣言する。』
というものであった。
これにより、聖杯戦争は完全に終わった。
聖堂教会の名と、その証である印を手紙につけている以上、2人は嘘では無いと判断した。
ギルガメッシュという不安要素はあるものの、聖杯戦争が終わった以上は必要以上に干渉してくる事は無いだろうと考え、2人はそのまま戦後処理についての手紙を送った。
結果として、下水道の工房はその大半を破棄する代わりに住人の居なくなった間桐邸とモルガンの戸籍を獲得。
残った令呪は未だにサーヴァントが残っている為、回収すべきかどうかで揉めたが、令呪4画全てをモルガンの受肉に使用する事で強引に解決した。
ダメ元で令呪による受肉を試した所、予想以上に上手くいきモルガンは聖杯を頼らずに願いである受肉を果たした。
衛宮切嗣はあの後、あの火災から助け出した子供を引き取り、退院した久宇舞弥との3人で聖杯戦争の後半に使用していた日本家屋に住んでいる。
聖杯戦争の終結だけを知らされた。
言峰綺礼とギルガメッシュは冬木教会で過ごしている。
令呪を使用した証明と今後の関係をハッキリさせる為に2回訪れた以降は互いに不干渉を貫いている。
その関係は『次回の聖杯戦争が起こるまでは互いに戦闘行為は禁止。』
というものである。
まかり間違って2人の存在がバレて聖堂教会、魔術協会、そして野良の魔術師達から狙われるのはかなり面倒になるどころか、野良の魔術師ならまだしも、聖堂教会と魔術協会の一部の人員ならモルガン、ギルガメッシュ両名の命を奪う事が不可能では無い事が決め手となった。
本来なら約60年で起こるという聖杯戦争だが、モルガンは次回が起こるのはそんなに掛からないと見立てた。
不完全な形で終わった今回の聖杯戦争。
その魔力があの呪詛の泥として放出されたとは言え、その量は英霊5騎をくべたにしては少な過ぎるのだ。
所詮は住宅地の一角を燃やし尽くした程度なのだ。
あまりにも影響範囲が狭すぎるし、その影響の質もそう高いものでは無い。
長くて30年、モルガンはそう予想した。
「正直に言いましょう。
30年程度では私は満足しません。
可能ならば今、聖杯戦争は解体したい所ですが、英雄王は聖杯を完全な形で顕現させる事が目的だと言いました。
不戦条約がある以上は次の聖杯戦争で英雄王を下し、然るのちに聖杯戦争の解体を行うしかありません。
つまり、次の聖杯戦争にも私達は参加します。」
モルガンはカイにそう伝えると、カイはそれを快諾。
元間桐邸、現モルガン邸の地下の工房で次に向けての準備が始まった。
とは言え、常時準備を行う訳ではなく、モルガンは次の聖杯戦争が起こるまでの間、自身の夫となったカイと、養子になった桜の3人で現世を存分に堪能するのだった。
切嗣の心理も、カムランに戻ったセイバーも幸せを掴んだモルガンとカイには関係ないのでカットカット
これでZero編は終わりです
この後は間話が暫く続きます
まずは時計塔に戻ったウェイバー君の話かな
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幕間の物語
ロンドンにて
聖杯戦争が終わってから暫くの間、マッケンジー邸で過ごしていたウェイバー・ベルベットは憂鬱な気持ちと共にイギリスへと帰国した。
それもその筈、自身の師にして聖杯戦争では敵だったケイネス・エルメロイ・アーチボルトが先に帰国しているのだ。
普通に考えて命を狙われても可笑しくはない。
何度も時計塔に戻るのは止めようかと考えたウェイバーだったが、ライダー、イスカンダルの家臣として恥ずかしく無い自分になる為にと、腹を決めて戻ってきた。
そして案の定、空港から出た瞬間に黒服集団に拉致られた。
ほらー!
思った通りじゃん!
やっぱ止めときゃ良かったぁ!!
猿轡を噛まされ、手足を縛られ、目隠しをされて車で何処かに運ばれていくウェイバーは声にならない悲鳴を上げながら帰国した事を後悔していた。
これがエルメロイ教室を(勝手に)継いで、時計塔内での権力争いで精神的に成長した後ならば、ある程度の納得と共にこれからどうすべきかに思考を回せていたのだろうが、聖杯戦争から戻ってきたばかりのまだ軟弱メンタルなウェイバー君には無理な話であった。
脳内で後悔し続けているウェイバーは乗せられた車でドンドンと何処かへと連れて行かれる。
暫くして車が完全に止まり、ウェイバーは黒服の男に担ぎ上げられた。
そのまま担いで運ばれる事数分、漸く下されたウェイバーは椅子に座らされ、足と手を縛られ、猿轡と目隠しを外された。
唐突に明るくなった視界に目を細める。
光に目が慣れ、辺りを見回す。
強面の黒服の男が6人程いた、すぐに目を逸らした。
部屋はあちこちに高そうな装飾が施されている。
恐らくは貴族に連なる者の屋敷。
当たり前だがケイネス・エルメロイ・アーチボルト関連だろう。
そして目の前にはまだ小さな女の子と保護者なのであろう男が居た。
「はじめましてウェイバー・ベルベット様。
こちらはエルメロイ一族の傍流、アーチゾルテの正式な後継者であるライネス・エルメロイ・アーチゾルテ、私はその執事でございます。」
「あ、はい。
初めまして。」
予想とは裏腹な殺意どころか敵意も無いその挨拶に気を抜かれたウェイバーは普通に挨拶を返した。
「まずは手荒い招待になってしまった事にお詫びを。
ですが、これは必要な事だったのです。」
「はぁ……?」
「事情に関しては私から説明しよう。
簡単に言うとだね、君がエルメロイ一派の敵対者に囲い込まれると非常に厄介な事になるのだよ。」
それまでは黙りだった女の子、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテが口を開いた。
「君は叔父上、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトから触媒を盗み出し、聖杯戦争に参加。
結果として時計塔のロードとして自信満々に参戦した我が叔父上は最初に敗退。
冬木に情報を得る為に送り込まれていた諜報からの報告では、魔術使い相手に一方的にしてやられ、その上反抗しない様に呪いまで刻まれたという。
更には叔父上は我が叔母上になる筈だったソラウ・ヌァザレ・ソフィアリとの婚約を破棄された。
これ以上無いボロ負けの上に追撃まで喰らった訳だ。
対して君は時計塔内ではそこまででも無い実力の割には最終局面まで生き残り、他のサーヴァント、ブリテン最後の王アーサー王、その不遇戴天の敵にして神代の魔術師モルガン姫、世界最古の英雄王ギルガメッシュ王などの名だたる英雄を相手にして見劣りしない成果を上げてみせた。
それをまあ、エルメロイ一派の敵対している相手は過剰なまでに誇張して時計塔内に広めた訳だ。
結果として、我が叔父上はエルメロイ当主の座から転落、切り落とされたトカゲの尻尾となった。
更にはここぞとばかりに利権を食い荒らされてエルメロイ一族は借金まみれ。
エルメロイの傍流の内、下位も下位であるアーチゾルテの私が源流刻印の適合率が高いという理由だけで何とか外面を保ててるだけのエルメロイという一族の当主の座が回ってきた訳だ。」
幼い子供から出て来たとは思えない辛辣な言い草と自分のせいでとんでも無い事になっている今の状況に顔を引き攣らせながらも、ウェイバーは何とか状況を飲み込んだ。
「で、だ。
そんな折に君が帰国した。
だから他の家に囲まれて祭り上げられる前に確保する必要があったのさ。」
「僕を殺そうとは思わないのか?」
「殺しても意味がない、それどころか更に利用される可能性が高いと判断しました。
恐らくは『聖杯戦争で敵わなかったからとエルメロイはウェイバー・ベルベットを暗殺した!
負けを認めもせずに暴力に訴えたエルメロイは最早落伍者である!』とでも言われるのがオチかと。」
「だから先に囲い込む事にしたのさ。
『ウェイバー・ベルベットが聖杯戦争に参加したのは万が一の時を考えたエルメロイの策略である。
ウェイバー・ベルベットとケイネス・エルメロイ・アーチボルトの間の確執は全て演技であった。
万が一が起こってしまった事は参加した本人であり当主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルト本人がエルメロイ当主の座を退く形で取った。』とそういうシナリオにするつもりでね。」
「……それを断ったら?」
興味本位での質問であったが、ウェイバーは即座にそれを後悔した。
「殺すのはマズいから君がイエスと言ってくれるまで拷問かなぁ。
なぁに、心配しなくても良い。
絶対に死なせてはあげないからね。
まあ、今のはただの確認、だよね?」
ライネスのその言葉と共に周りの男達、そして目の前の2人から濃厚な殺気をぶつけられる。
言葉すら出なくなったウェイバーは必死に頭を上下に振った。
その様子を無邪気な笑顔で見ているライネスは絶対に性格が悪いに違いないという確信も抱いた。
「よろしい。
まあ、君には今後定期的にエルメロイと付き合って貰う事と先程のシナリオを時計塔で肯定して貰う事の他は自由にして貰って構わないよ。
寧ろ、エルメロイという後ろ盾が出来た事に嬉しく思って貰いたいな。」
「わ、わーい、嬉しいな。」
震え声でヤケクソ気味にウェイバーがそう言うとライネスは満足そうに頷いた。
「その言葉が聞けてエルメロイ当主として嬉しく思うよウェイバー・ベルベット君。
ではまた近い内に会おう。」
縛り付けられていた椅子から解放されたウェイバーは来た時とは違い、今度は自分の足でエルメロイの屋敷を出た。
2度と来たくないとそう思いながら。
そのあと、時計塔に戻ったウェイバーを待ち構えていたのは生徒達や一部の講師からの賞賛の声だった。
欲しかったはずの言葉なのにライネスの話を聞いてからは、何処かそれらの言葉が薄っぺらく感じられた。
ライネスの言うカバーストーリーを話して野次馬を散らしながらウェイバーはかつて通っていた自分の教室に向かった。
エルメロイ教室だった、その部屋には聖杯戦争が終わり、講師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが帰って来ているにも関わらず、生徒も講師も誰1人として居なかった。
それを見たウェイバーは更に駆け出した。
向かう先はケイネスの時計塔内での私室。
そこに向かいながらもウェイバーは葛藤していた。
なんで僕が先生の心配をしなきゃならないんだ。
自分が先生と会ったところで何か変わるのか。
そんな事を考えながらも足は確実にケイネスの私室へと動いていた。
そして辿り着いた。
嘗てはケイネスの弟子として何度も出入りしていたその部屋の入り口がやけに重苦しく感じる。
ノックをしようとして止めてを繰り返し、何度目かで漸く腹を括ったのかドアをノックした。
「……誰だ?」
「う、ウェイバー・ベルベットです。」
「…………よろしい、入りなさい。」
「失礼します!」
ドアを開けた先は以前入った時と比べて内装は全く変わっていなかった。
唯一変わっていたのはその部屋の主だ。
眠れていないのか目の下にクマができ、少しやつれた印象を受けた。
「それでなんの用かね?
私の事を嘲笑いにでも来たのか?」
「いえ!
その……すみませんでした!
僕はただ見返してやりたかっただけなのにこんな事になって……」
勢いよく頭を下げた。
ケイネスの表情は分からないし、声も掛けてこない。
「……全く君はそんな事を言う為に態々来たのかね?
いいか?
君は勝者では無いが紛れもなく私よりも結果を出した。
ならば、大きく胸を張っていれば良い。
というよりもそれを私に言うという事は侮辱に値する。」
「で、でも僕のせいで先生はエルメロイ当主の座から……」
「それは君が原因の全てでは無く、ただのきっかけの1つに過ぎない。
それに当主から下ろされたとは言え、もう一度当主になれないと決まった訳では無い。
分かるかね?
認めたくはないが、私もまだ未熟だったということだ。
私は講師を辞めてもう一度、一からやり直す。」
思わず顔を上げた。
顔は不健康そのものだが、目だけはギラギラと燃えていた。
講師の時には一切見せる事のなかった真理を求める探究者としての目だ。
「分かったかね?
分かったのなら出ていきなさい。
私には君と違ってやるべき事が多いのだよ。」
言葉に嫌味が混ざるのは変わっていない様だが。
「……なら、僕に貴方の教室を継がせてくれませんか!?
貴方がいつか戻ってくるその日まで教室を維持……いや、発展させてみせます!!」
「君が……?
…………好きにすると良い。
どうせ捨てるはずだった教室だ。
さあ、今度こそ出ていきたまえ。」
「はい!
失礼しました!」
こうしてウェイバー・ベルベットは次の目標を定めた。
それはケイネス・エルメロイ・アーチボルトに対しての贖罪であったし、イスカンダルとの約束を果たす為の手段でもあった。
更に言えば何があったかは知らないが、自分よりもずっと酷い目に遭っていた筈なのに既に聖杯戦争から立ち直り、次の目的を決めて邁進を始めていたケイネスの情熱にあてられたり、対抗心を持ったなどの理由もあった。
講師資格を取った後、とある霊園での事件で2度と会うまいと考えていた相手と対面したり、そこで保護し弟子にしたある人物を巡って何とも言い難い事になったりはするがそれはまた別の話である。
デメテル戦をメモリアルにした奴絶対許さねぇ
はい、というわけで幕間その1
聖杯戦争後のロンドン勢の話でした
ケイネス先生は冷静にさえなれば有能だと思ってる
聖杯戦争中は冷静になった事無いんじゃないかなぁと思ってる
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モルガンさん家の日常
第四次聖杯戦争により発生した冬木大火災からの復興が進む冬木市。
とはいえ、それは川を挟んだ反対側に住む人達にとっては半ば他人事であり、物騒な事件は冬木大火災後はなりを潜め、日常が戻ってきていた。
それはこの冬木に根を下ろした嘗ての聖杯戦争参加者も同じであった。
まずは衛宮切嗣。
冬木大火災から助け出した士郎と言う子供、そして聖杯戦争の途中から入院していた久宇舞弥の2人を迎え入れ、仮の拠点として確保していた日本家屋にそのまま住み着いた。
ボロボロだった母屋は3人で手分けして直し、雑草まみれだった庭は草を刈り、どうにかして人が住める家へと姿を変えた。
幸いにも金は衛宮切嗣と久宇舞弥が傭兵時代に貯めたものがあり、平穏に暮らす分には十分だった。
次に言峰綺礼とギルガメッシュ。
第五次聖杯戦争への参戦を決めている2人は、特に準備する事もなく過ごしていた。
第四次聖杯戦争の復興に言峰綺礼が忙しかった事もあるし、ギルガメッシュが準備などする必要ないと判断していたのもある。
言峰綺礼は父の跡を継いで神父になった敬虔な信徒であると思われているし、新たに冬木教会の住人となったギルガメッシュは冬木市商店街全体に景気良く金を落とし、子供達には優しく、そして何よりカリスマA+である。
これらが相まっていつの間にか冬木市に完全に馴染んでいた。
そしてカイとモルガン。
家名をルフェイとして、旧間桐邸にカイ、モルガン、桜の3人で住み着いた彼らはまずは家に大穴が開き、庭は雑草で薄暗く、壁にもツタが這い、ガラスは何箇所か割れてしまっている家の改築から始める事にした。
とはいえ、モルガンが魔術で一晩で改築を済まし、周辺住人には何日かかけて今の状態へと改築したという暗示を入れる事で解決したのだが。
その結果、幽霊屋敷と見間違う程の荒れっぷりだった旧間桐邸は綺麗な洋館へと姿を変えた。
因みにモルガンは初めは小さな城にしようとしていたのだが、カイに止められてこの形になった。
これはその日常の記録。
意外に思うかもしれないがモルガンは普通に料理が上手い。
というのも簡単な話だ。
モルガンの得意な魔術は空間と水に関わるものであるが、モルガンは自他共に認める天才である。
毒や薬などの作製もお手の物。
その為にはしっかりと原材料を確かめ、適切な方法で処理し、適切な量を決められた順番通りに入れ、温度管理をしなければならない。
これは要は科学者がそれなりに料理ができるのと同じ理由である。
そんなモルガンが料理の材料を買いに行くのは冬木商店街であった。
「ふむ、店主。
今日のイチオシは何です?」
「おお、奥さん。
今日は活きの良い鯛が入ったんだ!
ちょっとばかし値は張るが味と新鮮さは保証する!」
「構いません。
ではそれを。」
「毎度あり!
また寄ってくれ!」
そして予想以上に馴染んでいた。
初めの数回は様々な国を訪れていたカイが着いていたものの、そのカリスマ性と話術、妖精眼を以ってして僅か数回のうちに冬木市に馴染んでいた。
今のモルガンは冬木の住民にとっては事故で家に大穴が空いてしまって、人が居なくなった間桐邸に引っ越してきた外国人夫婦の美人な若妻なのだ。
商店街での買い物を終えたモルガンは自身の家へと帰る。
今日は珍しくギルガメッシュとは出くわさなかった。
商店街を歩いていれば暇なのか高確率で出くわし、その度に妹、アルトリア・ペンドラゴンの事を話せと言われるのだ。
先日、「婚姻したなら2人で出かける事もあろう。
その時に聖杯に与えられた物以外の知識があれば会話のタネになる。
どうやら現世は娯楽がかなり発展しているらしい。
書物や映像などから知識を得て再度召喚された奴に色々と教えてやれるようにしておくのはどうだ?」
と言ったからそれを実践でもしてるのかもしれない。
何が悲しくて仇敵だったからプライベートの事は大して知らない妹の話をほぼ毎日しなくてはならないのか。
王の話をさせるならマーリンだろう。
いや、アレが来るとロクな目に合わないからそのままアヴァロンの塔に引きこもってれば良い。
どうせ今も千里眼であちこちを覗いているに違いない。
そんな事を考えながら歩いていればすぐにルフェイ邸に着いた。
既に土地全体の工房化は完了しており、結界も張られている。
中の気配を探れば地下にカイが居るのが分かった。
激しく動いているので恐らくはゴーレムを相手に模擬戦でもしているのだろう。
桜はまだ学校だ。
元姉であるという遠坂凛との関係はまだ微妙であるそうだが、以前よりかは会話は増えているらしい。
まあ、あの神父に何か吹き込まれたのかモルガンと顔を合わせる度に軽く敵意が飛んでくるのだが、子供のソレなどモルガンにとっては可愛いものだ。
ポストの中に入っていた新聞を取り、家の中に入った。
帰って来たのを察知したのか地下からカイが上がってきた。
「別に私が帰って来たからと気にせずに続けていてもよかったのですよ?」
「何かしてないと気になるんだよ。
一応、魔術を付与した道具を作って売るっていう仕事はしてるけどまだ顧客が限られてるからな。
元々は傭兵稼業の序での小金稼ぎ程度しかやってなかったからな。」
「既に一生分の蓄えを作ってあるというのに真面目ですね。
まあ、勤勉なのは良い事です。」
カイがモルガンの持っていた荷物を受け取って冷蔵庫へと入れていく。
「……鯛丸々1匹?」
「ああ、それだけは今すぐに捌いてしまいましょうか。
ですが、魚を1から捌くのは初めてですので教えて頂けますか?」
「俺だってこんなデカいの釣った事すら無いわ。
……まあ、出来ないことは無いと思うが。」
カイが取り敢えず頭を落として、内臓を出して……と考えている内にモルガンはエプロンを着て、髪を結った。
モルガンが包丁を持ってまな板に乗っけた鯛の前に立ち、その後ろからカイが抱きつくようにモルガンの手を持って教えていく。
実はモルガンは料理で事あるごとにこうして教えて貰うという建前で後ろから抱きつかれる様なこの状況を楽しんでいる。
初めの頃は本当に学ぶ目的もあったが、最近では既に基本となる料理法はマスターしてしまっている。
それでもこうしてカイに教えを請うのはこうした日常の中で感じる甘い幸せが好きになってしまったからだ。
だから今も鯛を相手に少し苦労しているカイを横目に捉えて、隙を晒したと判断して頬にキスを落とす。
「……実は1人で捌けるな?」
「あら、バレてしまいましたか?
ええそうです。
ですが、貴方にこうして貰うのが好きなので。」
聖杯戦争が終わってからというもの、モルガンはこうして好意を真っ直ぐに伝えてくる事が多くなった。
養子になった桜の前では自制して、桜を甘やかす事が多いモルガンだが、それでも偶に桜が気を利かせて自室に撤退する事がある程度にモルガンは家ではカイに甘える事が多くなった。
まあ、その裏にはカイが甘えてくるモルガンを邪険に出来ないからそれを利用しているという魔女らしい思惑があったりするのだが。
実際、今回もカイは甘えてくるモルガンに仕方ないとばかりに付き合って鯛を捌くのを手伝った。
その後は夕方まで2人で地下へと行き、モルガンは次回の聖杯戦争で使う為の魔術や礼装の研究を、カイは注文の入った礼装を作り続けた。
そして夕方になり、桜が帰ってくる頃に合わせてモルガンは研究を一旦中止し、地下から出て来る。
日によってはカイも出て来るが今日は礼装の作製の為に地下に留まった。
帰って来た桜を出迎え、一緒に夕飯を作り始める。
嘗ての間桐邸では考えられない程の穏やかな日常。
その変化に最初は戸惑った桜も何日かすれば慣れてくる。
台の上に立って先程のカイとモルガンの様にモルガンから教えられながら桜は食材を切っていく。
1時間ほどもすれば鯛をふんだんに使った夕食が完成していた。
それからカイが上がって来て家族揃って夕食を食べる。
その後は家族団欒の時間だ。
初めのうちは魔術の研究や礼装作製にしようとしていたが、桜に寂しい思いをさせたく無いとモルガンがそれを禁止したのだ。
桜が宿題をするのを手伝い、それが終われば3人でテレビを見たり、トランプやボードゲームで遊んだりして過ごす。
テレビを見る時は大抵桜はモルガンの膝の上に抱えられている。
その後は風呂に入り、歯を磨き、就寝。
桜の就寝後はカイとモルガンの2人きりの時間だ。
今日は聖杯戦争中に買って飲めなかったワインを2人で飲んでいる。
ソファに2人並んで座って、モルガンはカイに垂れかかる。
ゆらゆらとグラスに入ったワインを揺らすモルガンにカイは問いかける。
「どうした?」
「ああ、いえ。
ただ単に感慨に耽っていただけです。
嘗ては魔女と呼ばれた反英霊の私がこうして願いを叶え、幸せな日々を送れているのです。
多少ではありますが思う事もあります。」
「悪事を働いていただけの自分がこんなに幸せで良いのかって?」
それを聞いたモルガンは可笑しそうにクスクスと笑う。
「まさか。
そんな事を考えなどはしませんよ。
今更ですが私を召喚したのが貴方で良かったですし、召喚された私が精神的に最も落ち着いていた全てが終わった後の私で良かった。
そして、あの聖杯戦争を勝ち抜く事が出来て良かったと、それだけです。」
「サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるって話か。
モルガンにはその全盛期が幾つかあるのか?」
「ええ。
魔術師としての全盛期は2つ。
ロット王に嫁いだ直後と今の全てが終わった後。
前者は私の魔術師としての極みに辿り着いた時、後者は全てが終わり精神的に落ち着き、成熟した時でした。
バーサーカーとして召喚されるのならアルトリアへの復讐に躍起になっていた頃でしょう。
あの時は私の人格が大きく乖離していましたから、側からみれば狂っている様に見えたでしょうね。」
と、語っていくモルガン。
カイは黙ってその話を聞き続けている。
「他の私が召喚され、敵としてアルトリアがいるのなら、その瞬間からアルトリアが消えるまで他の事など頭に入ってこなくなるでしょう。
その点私は既にある程度生前の事を割り切れています。
だからこそこうして貴方を愛し、受肉という望みを叶えられたのです。」
カイに垂れかかっていたモルガンは立ち上がって自分のグラスとカイのグラスをテーブルに置いた。
カイをソファに横向きに座らせて自分はその膝の上に乗り、カイと向き合う。
カイがモルガンの腰に手を回し、モルガンはカイの首に手を回した。
「随分と甘えん坊な女王様になったな。」
「好きでしょう?
攻めて欲しいならばそうしますが。」
「それも良さそうだけどな。
素直に好意を向けられる事があまり無かったからな、新鮮だし嬉しくもある。」
生まれは魔術師の一族、その後絶縁されて戦場を渡り歩いていたカイにとっては何の打算もない愛などとは縁が無かった。
だからこそこうしてモルガンが隠す事なく愛情を伝えてくると、どうすべきかが分からずされるがままに応えてしまうのだ。
因みに初めの頃はモルガンも何の意図もなく甘える事が少し恥ずかしかったが、カイが少し困った様な顔はしても嫌な顔をせずに応えてくれるのでこれはこれで良いかもと甘える事に慣れてしまっている。
「ええ、知っています。
ですがそろそろ甘えられるだけではなく、刺激的なのも欲しいのでは?」
そう言うとモルガンはカイの首に唇を落とした。
こうしてルフェイ家の夜は更けていく。
「お母さん、首のところ虫刺され?」
「む、そうかもしれませんね。
徹底的に駆逐した筈ですが何処からかまた湧いたのやもしれません。」
前話で書こうとして忘れてましたが令呪での受肉は一応前例があります。
まあ、prototypeでの話なので並行世界の話ですが、この話でも可能としています。
あと、汎人類史のモルガンがルーラークラスでの召喚されるならどういう時のモルガンが呼ばれるのか考えてみたら、霊基がヴィヴィアンよりなのではという結論に至った。
もしくはブリテンの神秘の王としての側面が強調されたのかな。
感想評価お待ちしてます
これからもっとブリテン異聞帯の二次小説増えへんかなぁ
汎人類史からのチェンジリングオリ主とか妖精転生とかによるモルガン様と妖精騎士ズの救済物が増えて来そうではある
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ルフェイ家イギリス旅行①
ある日、モルガンが家に帰って来ると家の前に誰かが立っていた。
日本人らしからぬ金髪で質のいい服を着た貴族の様な少女と黒の長髪に少しくたびれたスーツを着た長身の男でスーツケースを持っている。
そんな目立つ2人組がいるに関わらず、その側を通る通行人は目も向けない。
長髪の男が持つ煙草の煙から僅かに魔力が含まれている。
魔術師ないし魔術使いだ。
だが、この街に来る魔術師ないし魔術使いは大抵、衛宮切嗣かカイに恨みを持つ者であり、襲って来るその度に葬っている。
「何だ貴様等は。」
「お会いできて光栄です、モルガン・ル・フェイ。
私はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。
嘗ての聖杯戦争に参加していたランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの姪にして義理の妹です。
此方は今回私の従者として同行して貰っている嘗てのライダーのマスター、ウェイバー・ベルベット改め、エルメロイ当主代行のエルメロイ2世です。」
モルガンの問いに答えを返したのは少女の方だ。
聖杯戦争関係者だと言う答えに僅かに警戒を強める。
殺気も敵意も無いが警戒するにこしたことは無い。
「ほう?
今更になって仇討ちにでも来たか?」
「まさか。
逆立ちしたって勝てない相手に挑むほど叔父に思い入れはありませんので。
今回はただ単に貴女に力を貸して貰いたい事があるのです。」
「ふむ……取り敢えず上がっていけ。」
少し考えるフリをして妖精眼で見る。
取り敢えずは本当の事を言っている様だ。
仮に何か隠していても外よりも自身の縄張りである工房の中の方が迎撃も事後の隠蔽も容易い。
そう判断して2人を迎え入れる事にした。
「で、現エルメロイ当主代行と次期エルメロイ当主が雁首揃えてこんな極東に何の用だ?」
2人を応接室に案内して、基本家にいるカイも交えて4人での会談。
「力を貸して貰いたいのですよ。
少しばかり厄介な事がありまして。」
「それに俺らが手を貸すメリットは?」
「おや、異な事を聞きますね?
時計塔でも有数の影響力を持つエルメロイとの接点を持てる。
それだけで時計塔に所属する魔術師から余計な事はされなくなる筈ですが?」
「ああ、そうだな。
封印指定なんてものが無ければな。」
「勿論それも何とかします。
……我が愛しの兄上が。」
その言葉にエルメロイ2世がバッとライネスの方を向く。
その顔には「聞いてないぞ!?」とありありと書かれていた。
「まあ、それはそれで良い。
問題はその依頼と報酬が釣り合うかだ。
両方しっかり提示しろ。
裏切って悪いが、なんてされたく無いからな。」
「良いでしょう。
イギリス有数の霊園『ブラックモアの墓地』をご存知ですか?
まあ、そこで少々厄介な実験が行われているそうです。
神秘の秘匿に反するという事で近々抑えられるのですが、問題はその実験内容でして。
端的に言えば人工的にアーサー王を作り出そうとしているそうです。」
その言葉にモルガンが僅かに反応する。
「聞くところによればその村はモルガン姫、貴方に縁のある村だそうで。
歴史も古く、地下に巨大な
中に逃げ込まれてその中に神代から残ったトラップでも仕掛けられていたらたまったものでは無い。
だからこそ頼みたい、というわけです。」
「…………ああ、あそこか。
思い出した、愚妹の死体をアヴァロンに運ぶ時に最初に停留した村か。
成る程確かに私の不始末と言えばそうだな。」
「報酬はエルメロイとのコネ、封印指定排除、ついでに金銭をこの程度。
それと……」
ライネスが指を立てるとエルメロイ2世が持っていたスーツケースをテーブルの上に置いた。
その鍵を外して蓋を開けると、その中には山盛りの宝石が入っていた。
「これは手付け金です。
質の良い宝石で、売るも触媒にするもどうぞご自由に。」
それを見たモルガンとカイは一瞬目を合わせる。
恐らくはリスクとリターンで見ればリターンの方が上回っている。
時計塔のロードとコネを持っておけば後々で色々と楽になる事もある筈だ。
カイがそう頭の中で思い浮かべればモルガンは妖精眼でその思考を読む。
「良いだろう。」
「お受けして下さり誠にありがとうございます。
勿論移動費や滞在費は此方で持たせて頂きます。
それにもうすぐ夏休み、というのがあるのでしょう?
依頼の完了後はご息女と共にイギリス観光などもして頂ければと。」
「それは良さそうだ。
桜の夏休みは今週末から。
それまで時間があれば客人として泊まっていくと良い。」
「ではお言葉に甘えて。
パスポートとチケットは此方で手配します。」
「ああ、宜しく頼む。
暫くはここで待っていると良い。」
そう告げてモルガンとカイは部屋から出て行った。
残った2人は部屋の扉が閉じられたのを確認してから大きく息を吐いた。
「やれやれだ、全くもって疲れたよ。
兄上、キミはあんなのがゴロゴロいる聖杯戦争をよく生き残れたな。
その図太さだけは尊敬するよ。」
「あの時は差というものが頭では分かっていても体感では分からなかっただけだ。
時計塔の権力争いに揉まれて漸く分かる様になった。
時計塔のロードの内でもアレと実力でタメを張れる奴なんてそれこそ魔導元帥程度だろう。」
「全くもってその通りだ。
我が叔父上も情けないとは思っていたがその考えは撤回する事にしよう。
ここは彼女の領域、その気になれば指1つで我々なんか殺せただろう。
その事実のせいで余計疲れた。
兄上はまだ良いさ、変に交渉に口を挟まない様に初めから言ってたから案山子に徹してられたもんな。」
「ああ、そこだけは感謝しておいてやる。」
彼ら2人にとってこの家に入った時点で生殺与奪の権利はモルガンに握られていたのだ。
その気になればモルガンは指1つで一瞬で殺せるという確信があったからこそ、舐められない様にしながらも丁寧に機嫌を損ねない様に。
そう意識しながらずっと話し続けていたライネスの心労は察するに余りある。
エルメロイ2世はまだ交渉という点では甘い部分がある。
そんな彼に話させて無意識に地雷でも踏まれたら困るからと交渉の間は出来る限り話さない様に事前にライネスが言い含めておいたのだ。
心底疲れたという表情でソファにぐったりと寄り掛かる。
モルガンという神代を生きた魔術師、その影法師とは言えど魔術の真髄はその知識にこそある。
言うなれば神代に生きていたサーヴァントの中では唯一ステータスという弱体化に囚われないのがキャスタークラス。
その受肉した存在とパイプを持てたのはかなり大きい。
実際には切れずとも、ただそういう存在がいるという見せ札があるだけで権力争いでは優位に立てるだろう。
可能なら教鞭を取って欲しいと思う部分もあるがそれは流石に高望みというものだ。
取り敢えずは親しい仲になれるだけで態々日本に来てまで心労を溜めた甲斐はあるというものだ。
「といったところだろうな。
時計塔が神秘の秘匿に対して動くのは本当だろうが、厄介?
厄介程度で繋がりのない相手から戦力を借りるかよ。
目的はモルガンと繋がりを持つ事、力を借りたいのも嘘ではないがそこまで必要でもない。」
「成る程。
僅かに感じた違和感はそれですか。
取り敢えず害はなさそうなのであの2人はこのまま客として扱いましょう。」
「ただいま。
お母さん、お客様?」
「ええ、急ですが数日泊まって行きます。
ところでですが、夏休みになったらイギリスに仕事をしに行くのですがそれが終わったら観光をしましょう。」
「イギリス?
それってお母さんの……」
「ええ、一応故郷という事になります。
1週間ほどの滞在の予定で仕事は早ければ1日で終わります。
着替えや宿題などをちゃんと持っていく様に。」
「はい。
いつから行くの?」
「夏休みに入った次の日からです。
さあ、いつも通り手洗いとうがいを終えたら夕食の支度を手伝って下さいね。」
うん、と頷くと桜は洗面所へと歩いて行った。
既にあの2人は客室へと案内した。
何やら話をしてはあちこちに連絡している様だ。
恐らくはチケットやパスポート、宿泊先などの手配をしているのだろう。
何か策を弄していたところで顔を見合わせれば妖精眼でそれと分かるし、その場で殺せる。
その程度の事は向こうも把握しているはずだ。
それでも尚、どうにか出来ると考える愚か者でない事を祈ろう。
さもなければ一度は客人として迎え入れた者を殺すハメになるのだから。
そして週末までの数日間、エルメロイの次期当主と当主代理はルフェイ家で過ごした。
その間にエルメロイ2世は第四次聖杯戦争参加者として知る権利があると判断され、第四次聖杯戦争の結末を知る。
聖杯から溢れ出した呪いの黒泥。
それにより受肉したアーチャー、ギルガメッシュ。
その後の調査により発覚した大聖杯の存在とその汚染。
「…………成る程。」
タバコを吸うためにベランダに出てカイからその話を聞いたエルメロイ2世はタバコを咥えながらイスカンダルが聖杯そのものを疑問視した事を思い出していた。
「間違いなく解体すべきだ。
とはいえ、それはギルガメッシュが居たままでは実現は不可能。
そして、現状ではギルガメッシュに対抗できる札はモルガン姫か時計塔や教会のバケモノ連中のみ。
…………万全を期すならば次の聖杯戦争が起こった時に大半の陣営を纏めてギルガメッシュにぶつけて最初に落とし、そして聖杯を解体すべきだな。」
「ああ、俺たちもそういう結論に至った。
選出が確定しているのは遠坂とアインツベルン。
間桐は居なくなったが、高確率でウチから1人は選出されるはずだ。
となれば後は4枠。
その内最低でも1枠は時計塔の誰かが確保する筈。
それがアンタらに近しい人物だったら手を組む事は容易い。
遠坂は何やら言い含められてるから難しそうだが、純粋培養のアインツベルンなら交渉の席に付かせればモルガンにとっては手を組ませる事なんて朝飯前だ。」
「同感だ。
貴方達ルフェイ、アインツベルン、そして選ばれた人物次第ではあるが時計塔からの参戦者。
3陣営での共同戦線が張れたのならマスターの腕もある程度保証されているから相当ハズレのサーヴァントを引かなければ勝ちの目は十分にある。
もし私が第五次にも選ばれたのなら、その時は貴方達が裏切らない限りは力を貸すと約束しよう。」
「それはどうも。
取り敢えずはその日までアンタが時計塔の中で生き抜ける事を祈るよロード・エルメロイ。」
「……その名を背負うにはまだ若輩者なのでね。
どうか2世をつけてくれたまえ、ミスター。」
そうして男2人はがっしりと握手をした。
お気に入り数10000件突破しました!
本当にありがとうございます!!
まだエルメロイ2世は時計塔内での権力争い経験値が足りないのでライネスに引っ込んでろと言われました。
実際事件簿でも散々あちこちの地雷に踏み込んでた(無意識)し残当。
強運は強運でも本格的に命が危なくならないと発動しない悪運タイプだよね。
第四次は常時選択を間違えてたら命が危なかったから悪運が常に仕事してたんでしょうや。
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ルフェイ家イギリス旅行②
「わぁ……!」
桜が飛行機の窓から外を覗き込んで段々と小さくなっていく街を見る。
エルメロイの用意した小型ジェットに乗り、イギリスへと目指す。
流石にプライベートジェット自体は持っていないものの、レンタルする事は可能な様でこの様な移動となった。
「没落しかかっているとは言え貴族としての見栄とプライドというものがありますので。」とはライネスの言葉だ。
その横で予想外の出費に眉間にシワを寄せて頭に手を当てたエルメロイ2世の姿が印象的だった。
「飛行時間はざっと半日か。
長い旅になるな。」
「無論、暇潰しの為にゲームも用意してあります。
どうです一勝負。」
「そりゃいいな、ポーカーでもやるか。
だけどモルガン、妖精眼使うなよ?」
「フ、生まれ持った物を活用する事の何が悪いと言うのです?
というのは冗談で、妖精眼を使えば容易く勝ててしまいますからね。
流石に使いませんよ。
桜もやりますか?」
「うん。」
「では此方に。
まずはルールとやり方を覚えねばなりませんからね。
最初は私がやりながら説明してあげます。」
カイとモルガンとエルメロイ2世とライネス。
この4人でのポーカーが始まる。
4人それぞれに山札が回されて山札を切っていく。
「ルールは5カードクローズドで良いか?
チップは……」
「これを使おう。」
モルガンがグラスに入った水をテーブルの上に溢す。
だが、テーブルに着く前にそれは氷となって固まり、チップの形へと姿を変え、高い音を立ててテーブルの上で山になった。
何気なく為されたその魔術行使にエルメロイ2人が驚く。
作られたチップは公平に分けられた。
それぞれにカードが5枚ずつ配られる。
「この様にまずカードが5枚配られます。
持っているカードの種類から同じ数字、同じ記号、数字の順並びなどにより強さが決まります。
何も揃わないノーハンド、同じ数字のカードが2枚あるペア、ペアが2つのツーペア、同じ数字が3枚のスリーカード、数字が連続しているストレート、同じ記号のみのフラッシュ、ペアとスリーカードのあるフルハウス、同じ数字が4つのフォーカード、同じ記号で数字が連続のストレートフラッシュ、そして同じ記号で10、J、Q、K、Aの順に並んだロイヤルストレートフラッシュ。
今言った順に役は強くなっていきます。
そして同じ役でも数字の大きい方、ただしAが一番強く、そして同じ記号でも上からスペード、ハート、ダイヤ、クローバーの順で強くなります。
配られた後は5枚の内、好きなカードを好きな枚数、一度だけ交換できます。」
この様に、と言ってモルガンは1枚カードを伏せて出した山札から1枚取った。
その手札を桜に見せると桜は驚いた様に笑った。
それを見たエルメロイ2人はそんなに良い手札なのかと考え、カイは早速桜で揺さぶりをかけて来たと判断した。
養子であり弟子なのだ、簡単な心理戦程度ならモルガンがとっくのとうに教え終えている。
ライネスは3枚、エルメロイ2世は4枚、カイは交換無しで最初のレイズが始まる。
「手札の交換を終えたら賭け金を設定します。
最低でも1枚、自分の手札に自信があるのなら更に増やしても良いし、自信がなくてもハッタリで増やしても構いません。
ここが1番の駆け引きポイントでしょう。
レイズ。」
当たり前の様にモルガンは賭け金を上乗せ。
エルメロイ2人は僅かに迷った後に賭け金を合わせてくる。
カイは迷う事なく降りた。
それで何かを察したのか次の順ではエルメロイ2人も同様に勝負を降りた。
明かされたモルガンの役はいきなりフルハウス。
カイがスリーカード、ライネスはフラッシュ、エルメロイ2世はツーペアだった。
「では次は実践してみましょう。
私がアドバイスするので桜、やってみなさい。」
賭け金を回収したモルガンはなんでも無いかの様にプレイヤーを桜に交代する。
最初の数回は桜を使った盤外戦術を敷いて来たモルガンとそれを予測していたカイが優勢に進めていたが、その後は慣れて来たエルメロイ2人も巻き返してくる。
結果的には良い勝負になったが、最初の数回でのリードが勝敗を分け、順位は桜&モルガン、カイ、ライネス、エルメロイ2世となった。
その後もカードゲームやボードゲームをしたり、映画を見たりでなんとか時間を潰し、約12時間後、ロンドンへと到着した。
慣れない空の旅で疲れたのか眠ってしまった桜をカイが抱き上げながら飛行機から降りる。
その後にモルガンが続き、桜の幸せそうな寝顔を見て微笑んでいる。
「これから手配した車に乗って頂き、ロンドン郊外の街にあるエルメロイの屋敷へと向かいます。
今日の残りはそこで過ごして頂き、明日になったら車に乗って霊園へと移動します。」
空港内を歩きながらライネスがそう話す。
VIP対応なのだろうか、荷物は全てスタッフが運んでくれている。
なお、そのスタッフには会話に関して一切気にしない様に暗示をいれてある。
明らかな特別扱いとモルガンという超級の存在に空港の利用客の視線が集まるが、一切気にした様子はない。
「エルメロイの屋敷からその霊園へはどの程度かかる?」
「早ければ5時間程で。
近くまで車で移動して、途中からは歩きになるでしょう。」
「往復だけで半日程か……
いや、帰りは跳べば一瞬で済むな。
鏡かマーキングか、だな。」
「長距離転移を?」
「ああ、構わないならエルメロイの屋敷の一角、もしくは姿見を貸して貰いたい。
それだけで帰りはずっと楽になる。」
「分かりました。」
長距離転移をなんでもないかの様に行使するというその言葉にエルメロイ2人は内心で戦慄する。
「ああ、仕掛けるところを見たいのなら好きにすると良い。
別に秘する程の魔術ではない。」
「そうなんですか。
ならば是非とも見させて頂きたいです。」
秘する程の魔術ではない?
長距離転移なんて現代では名家の魔術師だろうが出来ない方が多いであろう様な魔術に関わらずか。
分かってはいたがこうも見せつけられると、神代の魔術師の凄まじさが否応にも分からせられる。
そんな心の声を妖精眼で見て楽しんでるんだろうなぁ、とカイは考えた。
実際その通りであった。
迎えに来ていた車に乗り込み、一路エルメロイ邸を目指す。
その途中で桜が目を覚まし、異国の街並みや風景に目を輝かせる。
「時計塔、か。
実際に行くのは10年ぶりだな。」
「ああ、没落した名家の出身でしたっけ。」
「勘当されたけどな。
それ以来、時計塔には近付いていない。
用があってもこのロンドンで済ませてた。
…………先に聞いておくがあの頃のウチの関係者とか居ないよな?
今頃になって祭り上げられるのは御免だ。」
「時計塔に在籍しているのは何人かいますが、エルメロイには居ません。
それに流石に10年も経っていれば分からないのでは?」
「過去の栄光にしがみつこうとしてる老害ほど執念深いのも中々居ないだろ?
出会さなきゃ良いんだが。」
「一応こちらでも注意しておきます。
特にあなたについての情報が漏れ出ない様に。」
「ああ、頼む。
俺も時計塔ではあまり出歩かない様にしておくから。
観光なら別の場所でやろう。」
そう決めたカイは窓の外の景色に夢中になっている桜と現代のイギリス首都ロンドンの街並みに興味を持っているのであろうモルガンにあちこちに立っている主要な建物の解説を始めるのだった。
エルメロイ邸はその大きさにも関わらず内装は最低限。
客を迎え入れる廊下や部屋は飾り付けられているが、少し外れた廊下に入れば装飾具の数はぐっと減る。
更には屋敷の大きさに見合わないほどに使用人の数が少ない。
「お恥ずかしながら経済事情が少し逼迫しておりまして。
使用人や装飾は必要最低限にしているのです。」
エルメロイといえば時計塔でも名門中の名門だ。
それが没落しかかっているとなれば思い当たるフシはある。
突っついてもエルメロイも此方も良い事にはならないだろうとカイは判断して黙っておく。
「まあ、兎に角此方へどうぞ。
夕食にしましょう。
荷物は此方で部屋に運び込ませておきますので。」
そう言われて案内されたのは、それこそ映画やドラマで見るような長細い机の置かれたダイニングルームだ。
それを見た桜は映画で見たのと同じ……!と目を輝かせている。
嘗てはこの部屋のダイニングテーブルが埋まる程の人物が集まり、ディナーや昼食会などをしていたのだろう。
そう考えながら座ろうとしていたモルガンの為に椅子を引く。
元はそれなりの家の出である。
マナーや立ち振る舞いは叩き込まれていた。
それ故に半ば無意識にこの様な行動を取ってしまう。
傭兵としては必要のないソレだったが、一度家でモルガンに対して完全に無意識でやったところ好評だったのでそれ以来こうしてエスコートの真似事をしているのだ。
「ほら、あれくらい兄上も自然とやれる様になって貰いたいのだがね。」
「そうなっても絶対にお前にだけはしないからな。」
その様子を見たライネスがエルメロイ2世を揶揄うが、エルメロイ2世は塩対応だ。
桜を子供用の座高の高い椅子に座らせたカイは桜を挟んでモルガンと反対側に座った。
「そんなに緊張しなくて良い。
失敗しても良いからテーブルマナー実践してみな。」
完全に貴族の家での食事となって緊張し始めた桜にカイはそう声をかけた。
「うん。」
緊張が解れたのか、その後のディナーでは拙いながらも失敗する事なくテーブルマナーを実践してみせた。
ディナーの後、部屋に案内された3人は寝る前に話していた。
「桜、先に言っておいた様に明日は私達は仕事があります。
無論すぐに終わらせて帰って来ますが、その間あなたはキチンと持って来ていた宿題をやっておく様に。」
「明後日から観光だ。
しっかり楽しめる様にやる事はちゃんとやっておきな。」
「うん、分かった。」
「ではもう寝ましょう。
途中で少し寝たとはいえ長いフライトで疲れたでしょう。」
若干うつらうつらし始めていた桜をベッドに入れて寝かせた。
そうしてエルメロイ邸での夜は更けていった。
というわけでエルメロイ邸
絶対この頃とか経済状況悪かったと思う
どの程度だったかは分からんけど
それとは別に更新だんだん遅くなってって申し訳ない
感想、評価お待ちしてます
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ルフェイ家イギリス旅行③
「それで、ブラックモアの墓地とやらにいる愚妹の代わりに作られたのはどんな者だ?」
「名はグレイ。
どうやらこの前の第四次聖杯戦争の開催と同時に顔がアーサー王のそれと酷似する迄に変わったそうです。
元は少し似ていた程度だったそうですが。」
「……ロンゴミニアドでも使ったか。
そういえば邪魔になるからと置いていったな。」
頭の中で考えを纏めていく。
第四次で肉体が変化した理由はロンゴミニアドが召喚されたアルトリアに反応、共鳴してその機能を活性化させた事で、現在の持ち主が聖槍の担い手として相応しくある様に改造を行なったのだろう。
アレは世界というテクスチャを縫いとめる最果ての塔の影。
故に表側に無くてはならないのだ。
「それで、何故その村は愚妹の紛い物など作ろうなどと考えた?」
「流石にそこまでは……
ですが、どうやらアーサー王に対する崇拝がある様で。」
「……アレはその時になれば勝手に蘇ってくる。
英霊という存在とは似て非なる世界の守り人だ。
そんな事すらわからずに紛い物を作るだと?
愚かにも程がある。」
心底不快そうな表情でそう呟くモルガンだが、静かな車内ではその声は十分に周りに伝わった。
その言葉に対する周りの反応で気が付いたのかモルガンは不承不承といった表情で僅かにだけ語った。
「アレを『いつか来たる未来の王』として認め、態々
アレはブリテンの王として認めるに値する存在だ。」
「それ本人に言ってやれよ。」
「絶ッッッ対に嫌です。」
即答だった。
言いたくもないことを無駄に語らされたからだろうか。
モルガンのとった策は彼女らしくもない考えうる限りでは最も単純で暴力的な手法だった。
村に押し入り、対応すべく出て来た墓守達を殺さない程度に薙ぎ払い、突き進み、対象を確保。
対象の母親から聞かされたアーサー王の精神は、そのグレイという少女から伸びる因果を辿って殺した。
どういう理屈かは分からないがギャーギャーと騒がしく話す魔術礼装を黙らせ、地下墓地を全て粉砕した後、村人達をこれでもかという程に脅し、そして長距離空間跳躍でエルメロイの屋敷へと戻った。
一周どころか五周くらい回って清々しさすら感じるほどの八つ当たりであった。
ついでに言えば気乗りのしない仕事を早めに終わらせたかったのもあるのだろう。
誤解がない様に言えば初めのうちはキチンと姿を隠して村の中に入り、夜中を待ってグレイを連れ出すという案もあったのだが、無駄に時間がかかる、面倒という理由でモルガンが却下、この様な強襲になったのだ。
全てが終わり、水鏡で転移してエルメロイの屋敷に戻って来た。
途中から情報処理が追いつかなくなり、エルメロイの屋敷に来てからも放心しているグレイをモルガンはエルメロイ2人に渡してさっさと部屋を出て行った。
「あーー、すまんな。
めちゃくちゃ手荒い方法になったが、まあ、そっちが方法や方針を全く指定しなかったのが悪いと思って諦めてくれ。
やっぱりモルガンもモルガンで色々とその子の存在は複雑なんだろうさ。」
「ああ、うん、まあそれは良いんだが…………どう報告したモノかな。
あんな事になったらもう同じ事をしようなんて少なくとも数世代に渡っては考えもしないだろう。
時計塔による介入は見合わせだな。
その子の世話は頼むよ兄上。
私は今から考えるだけで頭の痛くなる報告書を作成せねば。」
はあ、と大きく溜め息を吐いてライネスも部屋を出ていった。
グレイは未だにフリーズしている。
「カイ、何をしているのです。
早く来なさい。」
ほぼ入れ替わりでモルガンが部屋に入ってきて、カイの腕を掴んで連れ出した。
「じゃ、そういう事で。」
残されたのはエルメロイ2世とグレイ、ついでにモルガンに口を塞がれた魔術礼装。
完全に面倒なのを押し付けられたと察したエルメロイ2世は取り敢えずグレイの意識が現世に戻って来るまで待つ事にした。
「やっぱり色々と複雑か?」
「……ええ、まあ思う事が無いと言えば嘘になります。
とはいえ、これまでの様子で愚妹とは全く違うものだとは分かりました。
似た顔なら毎日鏡で見てますし、そこまででもありません。
ただ、あの礼装はいただけない。
アレはロンゴミニアドを十三の拘束で覆った更に上から別の礼装で覆ったものです。
仮想人格がある辺り相当優秀な者が設計したのでしょう。
ですが、何故人格のモデルがよりにもよってあの男、ケイなのか。
確かに円卓でも比較的マトモな性格ですが、ベディヴィエール辺りの方が適任だったでしょう。」
「え、アレがケイ卿の人格なのか。
確かに毒舌で知られちゃあいるが……」
「違うとは分かっていますが、あの男の人格があると愚妹がチラついて仕方がない。
対聖杯戦争用にロンゴミニアドの観察もしたいというのにアレだ。
……まあ目的の前には微々たる障害にもならない。
ただ単に喋らせれば神経を逆撫でされるというだけの話、ならば喋らせなければ良い事だし、その程度のストレスならカイと桜で十分に癒してもらえますから。」
「なら出来る限り要望に応えるさ。
次の聖杯戦争のカギは間違いなく味方となるサーヴァントとモルガンの作る礼装次第だ。」
「ええ、是非ともそうしなさい。」
その後はというとブラックモアの墓地から帰って来たその日は桜が持ってきた宿題を終わらせる為に1日エルメロイの屋敷で過ごし、その後は時計塔の街から出てイギリス、特にロンドンを観光した。
大英博物館、ベーカー街、ビッグベン、タワー・ブリッジなどの名所を訪れた。
3人にとってかけがえのない思い出の一つとなる旅行ではあったが、特にこれといった出来事があったわけでもないので割愛。
一方その頃、ルフェイ家の帰りの便を把握しているエルメロイ2人は家族水入らずでどうぞと同行せず、(半ば分かってはいた事だが)唐突にエルメロイに放り投げられたアーサー王の贋作とも言えるグレイとその魔術礼装アッド、そしてブラックモアの墓地の件について情報の隠蔽や然るべき報告をする為にデスマーチの真っ最中であった。
エルメロイ2世はグレイを自身の内弟子として時計塔に通わせるべく根回しをし、問題児どもに振り回され、アーサー王そっくりのグレイから勝手に精神的ストレスを受けつつ、普段通りの授業を行い、というデスマーチだ。
更には人に慣れていないグレイは街の雑踏を見るだけで軽い目眩を起こす為、基本エルメロイ2世の持つアパートで過ごしている。
せめてもの救いはそのグレイが手持ち無沙汰なのが居心地が悪いのか、家事をしてくれている事だろう。
対するライネス。
関係各所への連絡と報告書の作成である。
その上でモルガンとの関係を匂わせつつも決定的な情報は出さないという方法で時計塔の敵を牽制していた。
更にはカイの元の家の関係者達を監視しつつ、モルガンという特大の餌に飛び付こうとしている他のエルメロイや敵の出鼻を挫く事で対処。
更に反撃としてエルメロイ2世に引っかかった奴らの情報を渡して、言外に『いつもの様に他家の特許のない魔術を解析して特許申請してくれたまえよ』と催促。
まごう事なきデスマーチであった。
そんなデスマーチを3人の出国の日までに何とか一段落終わらせて、屋敷に戻ればデスマーチ再開。
時間も労力もかなり消費したが、得られたリターンは非常に大きい。
まずはモルガンとの繋がり。
エルメロイ邸の鏡がルフェイ家の自宅にある鏡と繋がった事により、いつでも連絡が取れるどころか行き来すら簡単だ。
そして、モルガンがロンゴミニアドの解析をする為に訪れた場合はその度に特別講師としてエルメロイ教室に呼べる様に交渉した。
そして対霊戦闘のスペシャリスト、グレイも手に入れられた。
サーヴァントも分類的には霊の一種である。
グレイの身体能力とロンゴミニアドという超火力の切り札。
この2つがある事で次の聖杯戦争では有利に動ける。
その事を考えればこの程度の出費は安いもの。
短期的に見れば赤字も赤字ではあるが長期的に見れば必ず黒字となる。
そう考えておこう、とルフェイ家を見送った後にライネスは大きな溜め息と共に一旦この事に関する思考を放り投げた。
「おい貴様ら、ここ数日間どこに行っていた。」
「仕事と旅行だギルガメッシュ王。
少しばかりイギリスにな。」
「何?
イギリスといえばセイバーの故郷ではないか、何故我を誘わなかった。」
「そんなこと言われても……」
ルフェイ家は帰った後に盛大にギルガメッシュに絡まれていた。
たった数行で終わるブラックモアの墓地。
この後どうしようかな、小ネタは幾つかあるんだが一つ一つが1話分にも満たないから出すとしても短編集みたくなるし。
このままstay night入っても良いし。
というわけでアンケート取ります。
感想、評価、あとアンケートもお待ちしてます
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小ネタ集
げ、と一瞬声が出そうになったのを半ば無理矢理に飲み込んだ。
買い物に出ていたカイが出くわしたのは英雄王ギルガメッシュ。
本屋のだろうか、重そうな紙袋を下げ、買い食いしているその姿からは原初の英雄王らしさは微塵も感じられないが、一応は敵である。
「む、貴様キャスターのマスターか。
丁度いい、少し付き合え。」
拒否権など初めから無かった。
「最近、少し悩んでいる事があってだな。
我がセイバーと結婚した際には貴様を兄と呼ぶのは……」
「止めてくれ。
気持ち……が追いつかない、光栄すぎて。」
一瞬でかけた本音を飲み込んで即座に言葉をつなげた。
「やはりそうか!
フハハ、立場を弁えている様で何より!
まあ、一応血縁者になるであろう相手だ雑種と呼ぶのは止めておいてやる。
それとキャスターめに次の聖杯戦争までに式場をこさえておく様に伝えておけ。
我とセイバーの晴れ舞台だ、それに似合うだけの式場を用意させろ。
神前婚などというふざけたこともするなとな。
フハハハハハハハ、完成後の最初の結婚式が我とセイバーのものなのだ。
それだけで箔がつくというものよ!」
そう言って上機嫌に去って行った。
ギルガメッシュを相手にするときは何が不敬判定になるか分からないから神経を張りめぐらす必要があって余計に疲れる、と大きく息を吐いた。
冬木市商店街。
食料品店は当たり前として古本屋や花屋などの多様な店が並び、小さめながらもスーパーもある、冬木市深山町では住人達が買い物をする際に集う場所である。
だが、現在復興の進む新都側に品揃えが豊富で安い大型スーパーが出来たことにより、客足が減っていた。
「……店主、最近は少し人通りが少なくはありませんか?」
「ああ、奥さん。
なんでも新都の方に大きいスーパーが出来たみたいでなぁ。
お陰で客足が少し遠のいちまってるんだ。
今はまだ平気だが、このまま減ってくとなると商売上がったりだよ。
商店街の皆がそれで頭を悩ませてるんだわ。
復興が進むのは良いんだが、こうも影響が出ちまうと素直に喜べねぇや。」
「ふむ…………」
モルガンとしてはそれは少し困る。
商店街が閉まれば地味に遠い新都側にまで行かなくてはならなくなるし、噂という情報源を確保できなくなる。
それにこの商店街の雰囲気は嫌いではないのだ。
「どうにかする手立ては考え付くが……」
「本当か!?」
「まあ、な。
とはいえ、流石に元手が必要だ。
商店街の各人が金を出し合う、というわけにもいかんだろう?
そこで、だ。
出資者、つまりスポンサーになってくれそうな人物に心当たりがある。
それに私が話をつけられたら、また話そう。」
そうしてモルガンが会いに行ったのは
「なに?
商店街に出資しろだと?」
「ああ、その通りだ。
やはり市井は賑わうに限る。」
「ふん、何故我がそんな事に財を使わねばならん。」
「よく考えてみろ。
セイバーが再度召喚され、貴様と二人で商店街を歩く。
その時に出資された商店街の者達は恩人である貴様がセイバーと並んでいるのを見て祝福するだろう。
それにセイバーが貴様のやったことを商店街の者から聞いたらどう思うと思う?」
「…………貴様はアレか、天才か。
良かろう、その話に乗ってやる。
だがほんの僅かとは言えど我の財を使うのだ失敗は決して許さん。」
「安心すると良い。
こと人の心理に関して私程長けたものはそう居ない。
商店街に人を呼び込むなど容易い事よ。」
それから暫くして商店街は再び活気に溢れかえった。
この事が後にアルトリアにモルガンとギルガメッシュをほんの僅かにだけ評価を改めさせる事に繋がるのはまた別の話である。
「お」
「ん」
道端でばったり出会ったのはカイと切嗣。
2人とも聖杯戦争の時のスーツ姿ではなく、ラフな普段服で買い物袋をぶら下げている。
嘗ての共闘相手であり、互いにどうにか最後に出し抜こうとしていた相手。
特に会う必要も無く、会おうとも思わない相手のため聖杯戦争が終わってからは互いにこの地に根を下ろしたのだけは知っていた。
「うん、なんだよ爺さん。
急に止まるなって。
って、その人は?
知り合いか?」
その切嗣の後ろから出て来たのは赤毛の男の子。
ちょうど桜と同じ位の歳だろうか。
「ああ、まあ昔少し仕事で一緒にな。」
「なんだよそんな人が冬木に居るなら挨拶くらい行っとけよな。
どうも衛宮士郎です。
初めまして。」
「ああ、初めまして。
カイ。
カイ・ルフェイだ。」
衛宮士郎。
衛宮の名前を名乗っては居るが、聖杯戦争の後に久宇舞弥とそういう関係になってこさえたとしたら年齢が可笑しい。
恐らくは養子だ。
「切嗣とは昔少しイザコザがあった相手でね。
そのせいで互いに少しギクシャクしてるんだ。
こっちからも会いに行かなかったのだからあまり責めないでやってくれ。」
「そうなんですか。
しかし、良い歳して年がら年中家でゴロゴロしてるだけの爺さんが貴方みたいな見るからに出来そうな人と一緒に仕事ですか。」
特に意識する事なく士郎の口から放たれた言葉のナイフがグサリと切嗣に刺さった。
「いやいや、今はどうか知らないが昔はキレる男だった。
互いに持ちつ持たれつでやってたさ。」
なんで俺がフォローしてやってんだ、と内心思いながら元同業のよしみ、そして養子を持つ者同士として思わずフォローをいれてしまう。
「士郎、そろそろ帰らないとまた大河ちゃんがお腹空かせて駄々こねはじめるぞ。」
「あっ、そうだ!
いっけね!
じゃ、すみません失礼します。」
「ああ、また会ったらよろしく。」
居心地が悪くなったのか、カイを警戒してか切嗣が会話を切った。
慌てて走り始めた士郎を切嗣がゆっくりと追いかける様に歩き始める。
一瞬、カイと切嗣の目が合い、結局何も話す事なく2人はすれ違った。
桜・ルフェイはその日運命に出会った。
第四次聖杯戦争が終わってから7年後。
中学生になった桜はその日の放課後、友人と一緒に校舎を歩いていた。
楽しげに雑談しながら歩いていると、ふと誰かが廊下の向こう側から歩いて来た。
特に意識もせずに話しながら歩いていた為、一瞬だけすれ違う相手の顔に目を向けた瞬間だった。
まるで時間がゆっくりになったかの様に感じられた。
完全に無意識のまま、そのすれ違う相手を目で追っていた。
完全にすれ違った後の後ろ姿を振り返ってまでマジマジと見ていたところでハッと正気に戻った。
周りを見渡せばニヨニヨと笑う友人達。
「ちっ、違いますから!
見たことない人だから誰かなぁって思っただけですから!?」
「まだ何も言ってないよ?」
咄嗟に口からでた言い訳じみた言葉は即座に切って捨てられた。
無性に恥ずかしくなって桜はその場から駆け出した。
「わ、私今日用事があるんでした!
また明日!」
なお明日は土曜日である。
完全にテンパりながら逃げ出した桜を友人達は特に何も言わずに見送った。
友人達が見えなくなってもなんだか体の中でエネルギーが爆発してるみたいで学校から家までずっと走って帰った。
「ハァッ……ハァッ……た、ただいま。」
「おかえりなさい。
そんなに息を切らしてどうしました?
って…………成る程そういう事ですか。」
今一番会いたくない相手に出会ってしまった!
妖精眼の前には嘘も隠し事も出来ない。
一瞥のうちに何があったのかを知られた事を悟った。
「一目惚れ、ですか。
『敵を知り己を知れば百戦危うべからず』という諺の通り、まずはしっかりと相手のことを知りなさい。
名前はもちろん、趣味や交友関係、好きなものと嫌いなもの。
ああ、夜伽の作法が知りたくなったら遠慮なく言いなさい。
男が悦ぶやり方というものを一からしっかり教えましょう。」
「母さんのバカーーー!!」
我慢できなくなって思いっきり叫んで自分の部屋に入った。
後に桜はこの日の事をこう語った。
「先輩と出会ったのはとても嬉しかったです。
何か私じゃない私が先輩と色々と困難を乗り越えた末に結ばれた様な、そんな運命的な何かを感じたんです。
……だけど、それ以外がちょっと…………思い出したくないですね。」
その時、桜は遠い目をしていたという。
なお、後日桜の恋した相手の名前を聞いたとき、モルガンはえぇ……という困惑と不安の表情を、カイは納得した上で全力で応援するぞと言った。
「あの、母さん……」
「きっかけが欲しいのならまずは同じ部活に入ってみたりやっていることの手伝いをしたりで面識を持ちなさい。
そこから雨の日に態と傘を忘れたりして送って貰ったり、相手の家の近くで態と濡れたりして家に上がり込んだりして関係を少しずつ深めるのです。
そして日常的に相手の家に上がれる様になったのなら今度は相手に自分が魅力的であると意識させなさい。
あなたのその体は女性としては非常に魅力的ですからそれを使っても良いですし、手料理を振る舞うなどして胃袋を掴むなどでも良い。
そうなれば、他にライバルでもいない限りはあとは時間の問題です。
頃合いになったと思ったら告白するもよし、夜這いして既成事実を作るもよし、逆に薬でも盛って襲ってもらうもよしです。
あなたがやりたい様にやりなさい。」
「は、はい!
頑張ります!」
またその数日後にはそんな親子の会話があった。
それを見ていたカイは(なんだかんだ言って女性って強いよな…………色んな意味で)という感想を持った。
なお、カイがこの事を数年後、聖杯戦争で召喚された男性陣に話すと非常に共感されたらしい。
時計塔のエルメロイ教室では月に一度ほど特別講座が行われる。
その特別講座は非常に人気で、エルメロイ教室に在籍する学生のみならず、外部の教室に在籍する学生、更には他学科の講師すら見学に来るという。
特別講座を行う講師は、かつてこのブリテン島で魔女として恐れられ、かのキングメイカーにして大魔術師、マーリンをアヴァロンの幽閉塔へと叩き込んだブリテン最高の魔術師、モルガン。
彼女が教える授業内容は、魔術の理論としてはかなり難しいが一部の魔術師なら何とか理解は出来る、だが実現するとなれば不可能だと受講した全員が断言しそうになる程のモノである事が多い。
とはいえ、理論だけなら理解できる者が少数とはいえど居るのだ。(なお、良くも悪くも常識に縛られない上に無駄に実力の高いエルメロイ教室在籍者は割と理解できている事が多い。
グレイは完全についていけずにお目目グルグルであるが。)
ならば簡略化して転用できればほぼ間違いなく己の魔術の発展へと繋がる。
何よりそれを実践してみせた者がいるのだ。
かつてのエルメロイ家の当主、聖杯戦争ではボロクソにされ、当主の座から転がり落ちてからは心機一転し、1人の魔術師として研鑽を重ねて来たケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
無論、彼とて自身を失脚させる直接的な原因となったモルガンから教えを受けるなど自身のプライドが許さない……筈だった。
だが、魔術師としての意地と好奇心がその程度のプライドなど捨ててしまえと囁いた。
結果として苦虫を噛み締めた様な顔で第一回の特別講座を見学し、そこで説明された理論を数年かけて解析、理解、そして簡略化して特許申請を行い、通った。
奇しくもその特許申請が彼の復活劇の幕開けとなるのであった。
なお、いつの間にか問題児の集まりになっていた自身の元教室と、そこで輩出された魔術師の殆どが大成しているのを知って何とも言えない表情をしていた。
また、教室の現在を知ってしまったが故に常日頃から起こるエルメロイ教室在籍者達による大騒ぎが原因のストレスに悩まされる事になったとか。
はい、小ネタ集でした
カイとギルガメッシュの会話
モルガンによる冬木商店街の再興
衛宮家とカイの出会い
桜ちゃん運命の相手と出会う
ケイネスさん時計塔復活序章
の5本をお送り致しました。
次回からstay night行きます。
話が拗れに拗れること間違いなし。
感想、評価お待ちしてます。
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第5次聖杯戦争
プロローグ
今回の聖杯戦争における我々の勝利条件
ルフェイ邸地下の工房に置かれたホワイトボードにそう書き込まれる。
続けてモルガンがキュッキュッとペンの擦れる音を鳴らしながらその下に書き加えていく。
・小聖杯の顕現阻止
・ルフェイ家全員が生存する事
そう加えられ、さらに下に
・サーヴァント7騎全てを敗退させない事が最善
と付け加えられる。
「これがこちらの勝利条件。
対して相手の勝利条件は、」
言峰綺礼・ギルガメッシュ陣営の勝利条件
・小聖杯の顕現
・大元となる大聖杯への大量の魔力供給
・召喚されたサーヴァントの敗退
「サーヴァントが1騎敗退していく毎に、それによって発生する魔力によって大聖杯に巣食うアレは活性化していく。
だが、向こうはあくまで監督役。
その役割を捨てていきなりマスターとして表に出れば間違いなく袋叩きにされるのが目に見えているので初めのうちは大々的には動かない筈だ。」
マスター候補とサーヴァント候補
ホワイトボードをひっくり返し、そう書き込む。
「まずはやはり衛宮士郎。
恐らくはアヴァロンを触媒として愚妹、アルトリア・ペンドラゴンを召喚するだろう。
魔術師、魔術使いとしての腕は三流も良いところ。
懸念すべきは戦い方というものを知っている久宇舞弥が参謀としてつく事。」
・衛宮士郎 → アルトリア・ペンドラゴン
「そして遠坂の現当主。
だが、完全に落ち目にあるあの家にそう簡単に触媒が用意できるとは思えない。
故に召喚するサーヴァントは現時点では予測不能。
魔術師としての腕は師のいない割にはよくやっている、といったところだが、桜には劣る。」
・遠坂凛 → 不明
「時計塔からの参加者。
エルメロイ2世、使用する触媒は前回と同じだという。
故に召喚されるのは征服王イスカンダル。」
エルメロイ2世 → イスカンダル
「次にアインツベルン。
ギリシャで動きがあったそうだ。
とは言え古代ギリシャの英雄なんぞ全員が全員、超一流だ。
どのクラスでどの英雄が召喚されるにせよ戦力的には一筋縄ではいかないだろう。」
アインツベルン → ギリシャの英雄
「そして我がルフェイ家からは……桜。
大聖杯に知恵でもあるのかと思うほど嫌な選択だ。
巻き込みたくはなかったのだが……本当に良いのですか?」
「勿論です。
私だって母さんに教えを受けた1人の魔術使い。
いつ迄も母さんと父さんの重荷ではありません。」
「そうか……
召喚するサーヴァントに関しては触媒を用意させている。
私自身も強力な触媒になれるが、その場合呼ばれるのは円卓関係ばかり。
相性が悪いのは明らかだ。
そして狙うはキャスタークラス。
大聖杯の監視と警備を任せ、浄化の際には私と2人がかりで万が一のリスクも無く速やかに終わらせたい。」
桜 → キャスター
「これで推定5人、御三家の関係者としてカウントされたのだろう。
故にかなり早い段階で桜には令呪が発現した。
恐らくはアインツベルンと遠坂も既に令呪が出ている筈だ。
後の2人に誰が選ばれるかはまだ分からん、それどころかエルメロイ2世が選ばれるかどうかもまだ分からん。
今回の聖杯戦争のキモはどれだけ敗退者を出さないまま味方を増やせるかだ。
向こうとてその考えは同じの筈。
だが向こうは積極的にサーヴァントを敗退させるのが狙いだ。
戦闘があっても放置するだろう。
だが我々は戦闘があれば介入し、脱落者が出ない様にする必要がある。
その為のカギは『大聖杯の現状』、これに限る。
真っ当な魔術師や魔術使い、英霊ならば必ず聖杯戦争の決着よりも大聖杯をどうにかする事に注力するはずだ。
故に我々の初手は大聖杯の確保。
正直に言って読まれやすい一手だ、相手の出方は出張ってきて戦闘が起こるか、読んだ上で敢えて見逃してくるかだ。
確率にして高くて2:8といったところだな。
まあ、恐らくは戦闘は起こらんだろう。
とはいえ警戒はしておいて損はない。」
魔術による空間への画像の投射をして大聖杯の置かれている円蔵山の大空洞の立体マップを表示させながら話していく。
入り口から大聖杯までは一直線で、大聖杯という超級の魔力炉心があり、誘爆を恐れてか対侵入者用のトラップも防備も無い。
その大空洞に入るルートは1つのみ。
柳洞寺を通るしかないが、聖杯戦争参加者、即ちサーヴァントを連れているマスターは唯一の参道を通らなくてはならない。
これは柳洞寺周辺の林には「自然霊以外は通れない」という効果の結界が張られている為である。
つまりはサーヴァントが攻め入るとしたら1箇所のみ、というアドバンテージが取れるのである。
ここを拠点として工房を作り上げられればキャスターにとっては最高の城と化すだろう。
また、令呪に関しては桜の令呪の発現は恐らくは御三家と同等程度の扱いだからだろう。
実際、時計塔内では令呪が発現したなどという話は噂程度にすら流れていないそうだ。
ここからカイ、もしくはモルガンに令呪が宿る可能性も十分にあれば、エルメロイの手の者に令呪が宿らない可能性もある。
今回の家族会議(というには少々物騒な内容だが)はあくまで桜に令呪が発現したから行ったものであり、現時点での作戦でしかない。
恐らくは聖杯戦争の勃発まであと一年程度、といったところだろう。
モルガンとカイは家に残っていた間桐の魔術的な情報が記された書物からそう予想を立てた。
この猶予期間が有利となるか不利となるか。
まずはそこを見極めなければならない。
まずは計画が大きく変更せざるを得ない状況にならない事を祈っておこう。
「ルフェイさん、ちょっと良い?」
桜が自身の姉、遠坂凛に話しかけられたのは放課後。
中学3年生の冬となり、高校受験が控えている中、友達との会話もそこそこにまっすぐ家に帰るその途中だった。
「それはすぐに終わる用事ですか?
ほら、私受験勉強があるので。」
「ええ、時間は取らせません。」
「では少しだけ。」
他人行儀な会話をして、凛の後をついていった先は遠坂邸。
かつて自分が住んでいたその家に一瞬だけ目を細め、すぐに微笑みというマスクを被る。
案内されたのは応接室。
「少し待っててくださいね。
お茶を淹れてきます。」
「いえ、結構です遠坂先輩。
先ほども言った通り受験勉強があるので手短にお願いしますね?」
「…………分かりました。
では率直に。
ルフェイさん、令呪は貴女に?」
「ええ、出てますよ。
この通りに。」
桜が左手で右手の甲を薄く撫でると、魔術によって隠蔽されていた令呪が浮かび上がった。
それを見た凛はほんの一瞬、顔を顰めた。
「では遠坂先輩も令呪が出ているんですね?」
「……ええ、そうよ。」
桜の問いに対して一瞬の沈黙の後に凛は誤魔化すことなくそう答えた。
「…………桜・ルフェイさん。
血を分けた姉として警告するわ。
聖杯戦争では……ッ!」
「聖杯戦争では……何ですか?
まさか、勝てないから参加してもすぐに降参しろ、と?
ねぇ、遠坂先輩。
私の母にして魔術の師が一体誰なのかご存知ですよね?」
桜の影から黒い帯の様なものが伸びて凛の首を撫でる。
虚数魔術。
モルガン・ル・フェイというブリテン屈指の魔術使いの教えを最も長く受けていた桜は自身のその魔術を使いこなせるまでに成長している。
対して遠坂凛。
才能もある、努力もしてきた。
だがそれは全て、遠坂邸に残る書物からどうにかして自己流で研鑽を続けてきた結果だ。
実力は劣る。
「……なんて、ね。
遠坂先輩、ルフェイ家の聖杯戦争での目的は勝利ではありません。
父さんも母さんも私も、欲しいのはこの穏やかな日常の延長。
今言えるのはそれだけです。
詳しい事は聖杯戦争が始まってから。
では失礼しますね。」
「……桜、貴女の父親は遠坂時臣で母親は遠坂葵よ。」
「ええ、生みの親という意味ならその通りです。
ですが、育ての親は間違いなく今の父さんと母さんですよ。
では今度こそ失礼します。」
そう言い残して桜は遠坂邸を後にした。
ガチャリ、と玄関のドアが閉まる音がした。
残された凛はやるせない表情で柱を叩いた。
「…………あー、もう知らない!
桜のバカ、バカ、大バカ!
良いわ、そっちがその気なら徹底的に負かしてあげる!
ブリテン最高の魔術師!?
前回の聖杯戦争の覇者!?
知ったこっちゃないわ!
桜の親を名乗るいけすかないあの2人も纏めて叩きのめしてあげるわよ!
泣いて謝ってくるまで絶対に許さないんだから!」
そして突然、大声を上げた。
自分の中の気持ちを外に出して、変な方向に舵を切ろうとしていた己の思考を戻す。
「そうと決まれば鍛錬よ。
幸い桜はこれから受験勉強が本格化する。
入試までの数ヶ月間で絶対に今の差を縮めるどころか追い越して突き放してやるわ。
それと触媒は……今のウチの経済事情じゃ無理ね。
だったらせめてクラスは最優のセイバーを狙いましょう。
そして可能なら、いの一番にあの家を落とす。」
そうやって今の思考を言葉に出す事で纏めてから、フン!と鼻息荒く工房へと向かう。
ただ、少し気になるのは桜の言葉。
ルフェイ家の聖杯戦争での目的は勝利ではありません。
聖杯戦争には参加する。
目的は勝利ではない。
なのに開戦後、すぐに降参しろという提案は切って捨てられた。
一体何が目的なのだろうか。
参加するだけの理由はある。
けれどそれは賞品である聖杯ではない。
ならば聖杯戦争の過程で生まれるもの?
サーヴァント?
これは普通に考えられる。
どうしても倒したい相手がいる?
少なくとも自分が知る限りでは思い当たる人物は居ない。
聖杯戦争という大規模な儀式において発生する多大な魔力?
考えられはするが確率は低いだろう。
そもそもあの言葉自体がブラフ?
相手が相手だ、非常に可能性は高い。
思考がドツボにハマりそうになったところで眉間を揉む。
いけない、こうやって悩む事自体が相手の策かもしれないのに。
何にせよ答え合わせは聖杯戦争が始まってから。
分からないものに思考リソースを回す程余裕があるわけでもない。
一旦忘れよう。
そう決めて工房へと繋がる扉を開けた。
それから1年。
僅かな猶予期間を経て聖杯戦争は始まる。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
僅か数日の間に冬木市の何処かでその詠唱は6度唱えられた。
「
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。」
その詠唱に込められた想いは違えど、その想いの熱量は凄まじい。
各々の譲れないものの為に召喚は成される。
用意した触媒に繋がる縁、マスターとなる人物との縁を辿り、歴史にその名を残した英雄が再度この地に降り立つ。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
だが、今回の聖杯戦争は一味違う。
マスターは7人、召喚されるサーヴァントもまた7騎。
そして前回の聖杯戦争から引き続き参加する2組。
聖杯戦争という魔術儀式がなされ、聖杯が完全な形で顕現したのならギルガメッシュ、言峰綺礼の勝利。
聖杯戦争という魔術儀式を中止させ、大聖杯の浄化をなせばルフェイ家の勝利。
残念ながら正規のマスター、サーヴァントが一人勝ちする未来は存在しない。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝 三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
幕間は終わりを告げ、冬木市における因縁劇の第二部が幕を上げた。
じゃあ因縁だらけの第5次聖杯戦争はっじまーるよー
視点は……士郎メインで行こうかな
ルフェイ家メインでも良いけど士郎視点の方が面白くなりそう
感想、評価お待ちしてます
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1話
俺はその日、運命と出会った。
その日とは高校2年の冬の日の事。
少し用があって、学校に遅くまで残ってしまっていた俺は時計を見て少し慌てて家路に就こうとしていた時。
僅かに金属と金属がぶつかり合う甲高い音を聞いた。
もう部活のあった生徒だって家に帰っているはずの時間だ。
もしここで遅い時間だからと気にもとめずに帰っていればこんな事に巻き込まれずに済んだのだろう。
だが、そんなのはもしの話だ。
俺は結局気になって音の鳴る方へと向かっていった。
辿り着いたのはグラウンドだ。
そこで目にした光景は全くもって信じられないものだった。
2人の男、全身青のタイツの様なものを着た青髪赤目の男が赤い槍を振るい、黒の服を上下に着てその上に赤い外套を着た白髪の男が剣を振るう。
超高速で行われ、余波だけで衝撃が発生するその戦闘。
非現実的すぎるその光景がそこにあった。
突然に戦闘が終わり、何やら戦っていた男2人が話し合っている。
内容は遠すぎて聞こえない。
だが、突然青い方の男が槍を構えたかと思うと一気に空気が変わった。
まるでテレビの向こう側で起こっているかの様な現実味のない光景だったのに突然、殺気という重厚な現実感がのしかかってくる。
完全に気圧され、知らぬ間に後退りしてしまう。
そして、その後退りした足が小枝を踏んだ。
パキッという小さな乾いた音。
だが、たったそれだけであの青い男は此方に気が付いた。
「誰だ!?」
構えを解いて完全にこちらの方向を見てくる。
マズい。
こんな所で殺し合いをする様な男だとか、見ちゃいけないものを見てしまっただとかを考えるよりも前にその考えが出てきた。
すぐに校舎内に駆け込んだ。
誰もおらず、明かりのない夜の校舎を只々走る。
シンと静まり返った校舎の中を出鱈目に走り回って体力が尽きて廊下で立ち止まる。
荒い息を整えようとしていると、
「よう、割と遠くまで走ったな。」
真後ろから声をかけられる。
振り向けば校庭に居た青い男がそこに居た。
接近に気付かなかった。
足音もしなかったし、男の息が上がっている様子もない。
基本的な身体能力から違う。
「お前さん、自分でも分かってるんだろ?
どうしたって逃げられねぇって。
なに、恥じる事ぁねえ。
やられる側ってのはえてしてそういうもんだ。
こちとらお前さんには恨みはねぇが……見られちまったモンは仕方ねぇ。
悪いが坊主、大人しく死んでくれや……!」
ズン、と体に衝撃が走った。
気がつけば青い男の持つ槍が自分の胸に突き刺さっている。
血が吹き出して体から力が抜ける。
倒れる瞬間、季節外れの花びらを見た気がした。
「ッハァ……!!?」
忘れてた呼吸を思い出したかの様に飛び起きた。
何がどうなってる?
俺は確かにあの男に胸を貫かれた筈で……
だが、自分の胸を見てみれば血が出ているどころか服にすら傷一つ付いていない。
「悪い……夢でも見たのか……?」
いや、そんなはずは無い。
あれは間違いなく現実だった。
「……帰ろう。」
分からない事を考えるにしても何時までも学校にいる訳にはいかない。
取り敢えずは帰って……それからだ。
遅くまで学校にいたからだろう。
全く人通りのない帰り道を歩いて自宅へと帰ってきた。
桜は家の用事があって、藤ねぇは今日は藤村組の方にいて、舞弥さんは昔の知人と話があるとかで今日は遅くなるらしい。
その為、今の家は俺以外は誰もいない。
それをいい事に自室に入った瞬間、大の字に倒れる。
疲れた。
全力疾走を続けた疲労感や倦怠感、心労だって溜まってる。
結局何だったんだ。
着ている服、持っていた槍は当たり前のように知らない素材で出来ていた。
それにあの身体能力。
どう考えたっておかしい。
オリンピックに出るようなアスリートだってあんな動きは無理だろう。
そんな奴らが殺し合いをしていた。
そこに俺が居合わせてしまったん…………マズイ。
あの男は口封じのために俺に襲いかかってきたんだ。
もし俺が生きていると知られたら?
間違いなく奴はもう一度襲って来る!
その考えに至って体を起こすと同時に、何も無かった空中から男が現れた。
「なっ!?」
すぐに転がってその場から避ける。
「ったく、1日に2度も同じ相手を殺すハメになるとはな。
とんだ災難だ。
だが坊主、一つ聞きてぇ事がある。
お前さんどうやって俺の槍から逃れた?
俺は確実にテメェの胸を刺した筈だぜ?
それがもう一度会ってみりゃあ、傷一つなく五体満足でピンピンしてると来た。
どんな魔術を使った?
幻覚でも見せたか?」
魔術……!
この男も魔術の事を知ってるのか……!?
「……ああ、その顔は全く知らねぇんだな。
つまりは何処ぞの誰かが気紛れで助けたってこった。
悪いな坊主、恨むんならテメェの運の悪さと、一度助けた割にはアフターフォローもつけねぇそのバカを恨むんだな!」
咄嗟の判断で新聞紙を丸めて強化。
ろくに成功したことのない魔術が初めて成功した。
「……!
ほう?
ただの小僧かと思ってたが……お前、魔術師か。
成る程、ちったぁ楽しめそうだ!」
男が繰り出して来る攻撃を紙一重で逸らし続ける。
だけど全然本気じゃない。
攻撃の時に踏み込みもしていないし、真正面からのみ攻撃してきている。
「へぇ?
じゃあ、これはどうだ!?」
大きく振りかぶった槍を振るい、それを受ければこれまでとは比べ物にならない程の力が掛かって、窓をぶち破って庭に放り出される。
だが、これはチャンスだ。
男は必ず、破られた窓から来る。
そこを狙えば……!
予想通り追撃してきた男の槍をフルスイングで弾き飛ばせた。
男は立ち止まって一瞬、飛ばされた槍の方を見たかと思った次の瞬間、反応する間も無く俺の目の前に移動して蹴り飛ばされた。
蹴りそのものは新聞紙で何とかガード出来た……いや、ガードさせられたんだ。
その証拠に新聞紙は蹴りだけで何処かに飛ばされてしまった。
俺の体は再度吹き飛び、今度は庭の土蔵の壁に叩き付けられる。
「筋はいいぜ、褒めてやらぁ。
良い師が付きゃあ、それなりに大成するだろうよ。
だが、相手が悪かったな。」
槍を拾った男が、最早これまでだと言わんばかりにゆっくりと歩いて近寄って来る。
咄嗟に土蔵の中に逃げ込むが、もう逃げ道なんて無い。
行き止まりだ。
「じゃあな坊主。
今度こそ死んでくれや。」
突き出される槍を前に、思考が加速する。
考えたのはただ一つ。
こんな所で死ぬ訳にはいかないんだという諦めない事だけ。
その瞬間、目の前の地面から光が放たれた。
見れば魔術陣……だろうか。
それが光り、目の前の男が突き出して来ていた槍を戻して防御したかと思えば、金属のぶつかる音と共に土蔵の外まで弾き飛ばされた。
気がつけば魔術陣の上に人が立っていた。
青いバトルドレスを着た金髪の恐らく女性。
「問おう……貴方が私のマスターか?」
全く理解できない事柄を前に完全に思考が止まった。
いや、理解できないのは襲ってきた男の事もそうだが、少なくとも目の前の女の子からは敵意も殺意も感じられない。
「マスター……?」
「サーヴァント、セイバー。
召喚に応じ参上した。
これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。
ここに契約は完了した。」
全くもって理解が進まない。
完全に呆気に取られていた。
「取り敢えずは表にまだ先程の敵がいる様なので撃破して来ます。
危険ですのでマスターはここで待っていて下さい。」
それだけ言ってその女の子は土蔵の外に駆け出して行った。
「一体何なんだ……!?」
危険だと言われたが、それよりも今一体何が起こっているのかの方が気になって仕方ない。
立ち上がって土蔵の扉の所まで歩いていく。
外では男と女の子が対峙していた。
「テメェが七騎目のサーヴァント……か。
一応聞いておくが、この勝負一旦預ける気はねぇか?」
「断る。
サーヴァント同士が顔を合わせたのなら次はない。」
「よくぞ言った。
それでこそ最優を冠するセイバーのサーヴァントだ。
ここで引くなんて言う腑抜けならどうしようかと思ってたところだ!」
そう言うと男は一気に踏み込んで来た。
さっき俺を相手にしていた時とは大違いの、本気だ。
だが、そうして繰り出された攻撃を女の子は見えない何かで受け続ける。
逸らすことなく真正面で受けて、更には反撃までする。
いや、反撃どころか押している。
あんな小柄な女の子なのに全く負けていない……!
「……ふぅ。
いけすかねぇマスターに威力偵察なんてシケた任務。
この聖杯戦争はハズレだったと思ってたが……こういう展開なら悪くはねぇな。
まさかこんな所でセイバーとやり合えるなんて思ってもみなかったからよ。」
「随分と口が達者だなランサー。
貴様もまた戦士なら口ではなく己が得物で語ってみせろ。」
「……ハハッ!
良いぜ、その勝負買ってやらぁ。」
ランサーとそう呼ばれた男はそう言うと顔から笑みを消して、構えを取る。
その構えは学校で俺が見て気圧された時のそれだ。
槍の穂先から赤いモヤの様なものが出てきて槍を覆っている。
「その心臓貰い受ける!!
……『
次の瞬間には女の子は吹き飛ばされていた。
僅か一瞬の攻防だったが少しだけ見れた。
女の子はあの男の突き出された槍を体の横で、その手に持つ見えない何かで受け止めていた。
なのに次の瞬間には槍は女の子の胸を狙っていたのだ。
あの槍をまともに喰らっていたら……まず間違いなく心臓を貫かれている。
だが、女の子が吹き飛ばされた時に舞った土煙の中からは左肩に傷を負った女の子が出て来ていた。
良かった……!
上手く避けたんだ!
「貴様、俺の必殺の槍を避けたのか。」
「ゲイ・ボルク……だと。
つまり御身は、アイルランドの光の御子か!?」
「チッ……やっちまったな。
宝具を出したからには必殺じゃなきゃいけねぇってのに。
運が良かったな。
俺のマスターは心配性でな。
槍が不発だったならさっさと帰ってこいと言ってやがる。
別に追ってきても良いぜ。
ただし、その時は決死の覚悟を抱いてこい。」
そう言うと男は家の塀を軽々と飛び越えて去って行った。
その後はもうてんやわんやだ。
ようやく真面に女の子、セイバーと話せたかと思ったら家の外に敵がいると飛び出して行ってしまったり。
セイバーを追いかけて行ったら、学校にいたもう1人の男の方を斬りつけて、その男はその場から消え去ったり。
その勢いのまま表にいた女の子を斬ろうとしていたのを止めさせたら、その女の子はあの遠坂凛だったり。
そしてその遠坂から自分が一体何に巻き込まれているのかを聞かされた。
聖杯戦争という魔術儀式の事。
サーヴァントという過去の英雄を使い魔とする事。
令呪の使い方と重要性。
その説明のお陰で自分が何に巻き込まれているかは理解できた。
その後に遠坂に連れられて街を歩き、向かった先は教会だった。
はい、と言うわけで聖杯戦争開始でございます
のっけから原作との変更点あり
多分、キャスター枠が誰かも割れたでしょう
感想、評価お待ちしてます
次回は教会とバーサーカー戦っすな
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2話
遠坂に連れられて向かった先は、この聖杯戦争の監督役がいるという教会。
セイバーは表に残り、遠坂と2人で中に入った。
そこに居たのは何だか胡散臭い言峰綺礼という神父。
だが、そんな男がこの地でおこる聖杯戦争という殺し合いの監督役だという。
聖杯戦争から抜ける事を伝えるが、魔術師というもの、そして10年前の冬木大火災が聖杯戦争によるものだという事を聞いて、結局のところ俺が聖杯戦争に参加し続ける事を決めさせられた。
遠坂がここの神父のことをいけすかないと言ってたが、今ならその言葉に全面的に同意する。
神職者とは思えない程に性格が悪い。
兎に角、神父との話し合いを終えて、教会の外で待っていてくれたセイバーと合流して家に向かう。
……ってそうだ!
舞弥さん、そろそろ帰って来てる筈だ!
あの惨状を見られたらどんなに心配されるか……
それにセイバーという特大の爆弾、どう説明すれば良いのやら……
2度も命を狙われ、完全に忘れていた舞弥さんの事を思い出して頭を抱える。
「衛宮くん?」
「マスター、どうなされました?」
「いや、何でもない……わけじゃ無いんだが。
ウチの同居人というか母親担当というか、その人にどう説明すべきかと。」
「成る程。
大変ね、私だったら簡単に暗示でも入れるけど衛宮くん、出来る?」
「出来たら悩んで無い。」
「それもそうか。
ま、頑張んなさい。」
「すみません、霊体化出来ていたらご家族にも隠し通せたのでしょうが……」
他人事だからって……と恨み言が出そうになったのを飲み込む。
セイバーに関しては霊体化出来ないのは多分、己が魔術師として未熟も良い所だからだ。
セイバーは悪くない。
「ところで遠坂。
何でついて来てるんだ?」
「……まあ、触り部分だけならいいか。
簡単に言えばとある陣営を相手にするにあたって同盟を組みたいのよ。
少なくともこんな往来で詳しい話は出来ないから衛宮くんの家で話すわ。」
「同盟、ですか。」
「ええ。
今ここで話せるのはこれくらい。
何処に誰の目や耳があるのか分からないからね。」
「話は終わった?」
唐突に真後ろから聞こえた声。
振り返れば、白髪赤目の小さな女の子がそこにいた。
そしてその後ろには筋骨隆々と言うべき半裸の大男。
間違いなくサーヴァントだ。
「こんばんは、お兄ちゃん。
こうして会うのは2度目だね。
そして初めまして、リン。
私の名前はイリヤ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。」
「アインツベルン……!
ヤバいわ、あのサーヴァント。
桁違いに強い……!
アーチャー、貴方は下がって援護。」
『私も前に立たなくて良いのかね?』
「貴方はセイバーに付けられた傷がまだ残ってるでしょ。
それにあのサーヴァントが相手じゃ前に立っても大した足しにはならなそうだから、アーチャーの本領を発揮できる遠距離から攻撃して。」
『了解した。』
「作戦会議は終わった?
じゃあ、殺すね。
やっちゃえ、バーサーカー。」
歌う様に告げられたその言葉がトリガーになって、イリヤという女の子の後ろにいた大男の体が動き出す。
まるで岩の様だった体が、血が急速に回り始めたからか赤く色づき、脈動し始める。
そして一歩踏み出し、跳んだ。
「シロウ!
下がって!」
セイバーが俺の前に立ち、着ていた黄色の雨ガッパを脱ぎ捨てる。
重力に引かれるままに落ちて来たバーサーカーの一撃を不可視の剣で抑えた。
(重い!!)
魔力放出によって攻撃の一つ一つの威力が底上げされているにも関わらず、圧されている。
鍔迫り合いは不利と判断してバーサーカーの持つ岩で出来た剣を横に流す。
僅かな溜めの後、魔力放出全開で剣を振り抜けば、防御はされたがバーサーカーの体を吹き飛ばす事は出来た。
吹き飛ばされて無防備になったバーサーカーにアーチャーからの援護攻撃が突き刺さる。
一撃目はモロに受け、着弾と同時に発生した爆破により大きく吹き飛ばされる。
だが続く二撃、三撃、四撃はその剣で打ち払われ、五撃目でもう一度当たり、更にその後の二発が直撃。
大爆発が起こるが、爆炎が収まったその中心に立つバーサーカーには傷一つ無い。
「ウソ、効いてない!?」
無論、今のは通常攻撃に過ぎない。
多少手札を切れば攻撃が通る可能性もある。
だが、それは可能性でしかない。
そして、今はまだ聖杯戦争の序盤も序盤。
こんなタイミングで手札を見せたくは無い。
爆心地で立つバーサーカーにセイバーが突っ込んだ。
一合、二合と剣を交わらせる。
一見互角に見えるが、セイバーは内心でその凄まじい力に警戒心を高める。
魔力放出が最も有効に働くのは鍔迫り合いでは無く、この様な打ち合いだ。
にも関わらず、バーサーカーはその場から一歩も動かずに攻撃を受け続けているのだ。
更に言えば、その不可視の剣を確実に捉えている。
ゴッ、と僅かに踏み込んだ一撃で押し負かされた。
ダメージは無い。
すぐ様また距離を詰める。
攻撃を仕掛けるが、やはりその場から動かない。
此方は踏み込みもない攻撃に対して避けるなり受け流すなりしていると言うのにだ。
逆袈裟の一撃を逸らそうとして、弾かれた。
大きく身を曝け出す事になったが、その次の一撃。
真上から振り下ろされたそれを僅かに身を返して避けて、地面を割った剣を踏む。
これでバーサーカーは剣を使えない上に致命的な隙を晒した。
「獲った!」
遠坂がこれで勝てると思ったのか喜色を示す。
バーサーカーの首を狙って剣を走らせる。
だが、バーサーカーは剣から手を離し、身を逸らしてその一撃を回避した。
それどころかそのまま反撃までしてくる。
ガードしたとは言え、蹴りを喰らった。
力だけでは無い、武にも通じている。
第四次聖杯戦争に出ていたランスロットの様なスキルもしくは宝具によるモノでは無い、と自身の直感が訴える。
恐らくは体そのものが効率的な戦い方を覚えているのだろう。
生前は我々円卓の騎士以上に苛烈な争いにその身を置いていたのだろう。
だが、芸達者なバーサーカーはすでに経験済みだ。
そうと分かれば対処のしようはある。
だが、場が悪い。
この様な己よりも力で勝つ手合いを相手取るならば遮蔽物が並び立つ場が好ましい。
この付近ならば、すぐそこの森か、その先にある教会近くの墓地だ。
小細工の出来ない開けた場で相手する様な相手では無い。
どうにかしてそこまで誘導する。
幸いにも相手は理性のないバーサーカー。
芸達者とは言え、それはその場その場での話だ。
戦術的な面ではその経験は働かないだろう。
そしてイリヤスフィールを名乗るマスターもバーサーカーに絶対的な自信がある様に見える。
誘い込もうとしても止めはしないだろう。
デメリットはある。
あれほどまで鬱蒼とした森に入るのだ。
アーチャーの援護は今以上に無くなると思った方がいい。
メリットとデメリットを天秤にかければメリットが勝つ。
なにせあのバーサーカーにアーチャーの攻撃は通用していないのだ。
視界を潰したり、体勢を僅かに崩す程度には使えそうだが、その程度でしかない。
マスター殺しという手もあるが……と騎士王としての冷酷な部分が囁くが、あのイリヤスフィールとどんな関係なのかを聞きたいという点からその考えは却下した。
無論、そんなのは自分のエゴでしかない。
だが、相手は嘗てのマスター達の子であるのだ。
負けてしまった後ろめたさも多少はある。
だからこそイリヤスフィールを相手にマスター殺しという選択は取れなかった。
ならばこそと森の方へ向かおうとした所で
『リン、乱入だ。』
「は!?
一体誰よ!?」
リンの声が響いた。
恐らくはアーチャーから何かしらの報告を受けたのだろう。
誰、と聞いているからには……乱入してくる者がいる。
そして雷鳴と共に高らかに雄叫びを上げて突っ込んでくる者がいた。
神性を纏う二頭の雄牛に戦車を引かせたそいつは迷う事なくバーサーカーへと戦車を突っ込ませた。
土煙を上げながらバーサーカーを轢き、暫くして停止した。
その姿を見てセイバーの思考が僅かに止まった。
「ほう、余の『
そして分かる。
分かるぞ、余の中に流れる血が貴様の正体を教えてくれるわ!
なあ、そうであろうあらゆる英雄の頂点。
ギリシャ一の益荒男、ヘラクレス!!」
「へえ、凄いね。
まさかバーサーカーを一度殺した上に真名まで分かっちゃうんだ。」
「む、やはり殺していたか。
道理で手応えが妙だと思ったわ。
貴様がヘラクレスのマスターか?」
「ええ、そうよ。
凄いでしょ、私のヘラクレス。」
「応とも。
流石はその武勇のみで世界に名を知らしめた大英雄よ。
そんな相手ならば此方も名乗らねばなるまい。
我が名はイスカンダル!!
ライダーのクラスをもって現界した!
双方、一度剣を収め我が言の葉を聞くが良い!」
「そんなこと言ってる場合か。
相手は理性のないバーサーカーだぞ。
どういう訳か殺しても復活したし、今もやる気満々だ。」
ライダーの戦車に乗っていた長身の男が落ち着いた様子でそうライダーに声をかけた。
視線の先ではバーサーカーが雄牛の頭を掴んで未だに押し潰そうと力を込める二頭を抑えている。
「まあ、それはそうなんだがな。
そこの幼きマスター。
どうにか一旦ヘラクレスに剣を収める様に言えんか?」
「うーん……どうしようかしら。
……まあ、面白そうだし聞くだけ聞いてあげるわ。
バーサーカー、一旦中断よ。
戻って来て。」
その言葉を聞いた途端、バーサーカーは雄牛を掴んでいた手を離してイリヤスフィールの側に戻った。
赤く脈動し、膨れ上がっていた筋肉も今は戦闘前程度に落ち着いている。
「其方もだ。
ミスター・エミヤにミス・トオサカ。
一旦で構わない戦闘を止めてくれ。」
「……一旦停戦って事だよな?」
「ええ、今仕掛けてもほぼ確実に打ち取れないし、最悪2対2で再開よ。
一旦様子を見ましょう。
アーチャー、戦闘中断。
指示があるまで待機してて。」
「セイバーもそれで良いか?」
「ええ、従いましょう。」
前回の聖杯戦争でイスカンダルがどの様な人物かを知っているセイバーは変な事はしないだろうと考えて剣を下ろした。
それを見たライダーは一つ大きく頷くと語り始めた。
「さて、余がこの戦いに手を出したのにはワケがある。
率直に言おう。
貴様ら、一騎当千の英雄共よ。
我が下にくだり、聖杯を譲る気は無いか!?
無論、タダでとは言わん。
我が軍に入れば、基本報酬は勿論、成果に応じて追加報酬もだそう!
貴様らの先輩となる戦士達も皆気前のいい者ばかりよ!
不満があれば直接余に申せ、相談には必ず応じる!」
「何でコイツ、無駄にセールストークが上手くなってるんだ……」
そこにいるライダー本人と理性の無いバーサーカー以外が何だか微妙な表情をする。
言っていることは要は聖杯戦争を降りて聖杯を譲れと言う事だし、その見返りも提示している。
いるのだが、無駄に現代企業の社員募集の広告じみていて呆れると言うか呆気に取られたと言うか。
「……何それ、つまんないの。
あーあ、気が削がれちゃったわ。
帰りましょバーサーカー。
じゃあね、お兄ちゃん。
また遊びましょ。」
最初に動いたのはイリヤスフィールだった。
短く別れを告げるとバーサーカーの肩に乗って何処かへ行ってしまった。
「ぬう、断られたか。
あのヘラクレスを引き込めたらどれ程自慢できたものかと思っていたが、流石にそう上手くはいかんか。」
「そもそもお前はギリシャ神話の中だったらヘラクレスよりもアキレウスの方が好きだろう。」
「そりゃあな?
だが、あのヘラクレスだぞ?」
「ああ、もう分かってる。
お前はそういう奴だ。
それで、其方の返答は?」
イスカンダルとわかり合ったかの様に話していた、恐らくはマスターと思われる男がそう問いかけてくる。
「その前に、貴方は?
人の名前は一方的に知ってるのに自己紹介も無し?」
「……ああ、それは失礼したミス・トオサカ。
時計塔、現代魔術科のロード、エルメロイ家当主代行のエルメロイ2世だ。
どうぞ2世を忘れる事なくつけて呼んでくれ。」
「時計塔のロード……!」
「……なあ、遠坂。」
「後で説明するから今は黙ってて。」
「はい。」
知らない単語が次々と出てきた事に困惑して士郎は遠坂に聞こうと話しかけるが、強い口調で止められ、逆らう事なくそれに従ってしまう。
「私の答えはノーよ。」
「ふむ、ではセイバーとそのマスター、貴様らはどうだ?」
「俺は……アンタらが聖杯を悪用しないと約束してくれるならそれでも構わない。
けど、セイバーの意見も聞く。
セイバーは?」
「私は断じて断ります。
この身にも聖杯を譲れぬ理由がある。」
「…………なら、ダメだ。
セイバーには命を助けて貰ったんだ。
悪いけどアンタらよりも俺はセイバーの方を優先する。」
その答えとその前のセイバーへの問い掛けでセイバーはこの衛宮士郎という青年が、前回のマスター、衛宮切嗣とは全く違うマスターであることを確信した。
同じ衛宮という姓を名乗ってはいるが、その性質は真逆と言って良いほどに異なっている。
恐らくはマスターとしての能力なら切嗣の方が圧倒的に上だが、己との精神的な相性は比べ物にならない程この士郎という青年の方が上だ。
「そうか……つまりはそこのセイバーを納得させられれば良いのだな。
ならば、今は一旦引こうではないか。
……ああ、そうだ忘れるところであったわ。
トオサカ、と言ったか。
既に余と同盟を組んだ相手から伝言だ。
大聖杯に異常あり、聖杯戦争は中断されたし、とな。
詳しいことは知らんから気になるなら自分でその大聖杯とやらに赴くが良い。
では確実に伝えたぞ。」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!
それって一体どういうことよ!?」
「詳しいことは知らんと言ったぞ。
それと、余の軍門にくだる件については何時でも心変わりしてくれて構わんからな。」
そういうと、ライダーはハアッと掛け声をあげて手綱を引き、雄牛に戦車を動かさせて去って行った。
『リン、今なら狙えるが。』
「ダメよ、攻撃はしないで。
でも逃がさないで、同盟相手が誰かは見当が付くけど確証が欲しいわ。
追って。」
『了解した。
暫く離れる。』
「……ハァ、次から次へと問題ばっかりね。
頭が痛くなるわ。
取り敢えず、衛宮くん。
今度こそさっさと帰りましょう、あのバーサーカーとアインツベルンの気が変わってまた襲って来ないとも限らないんだから。
説明も相談も何もかもはその後よ。」
「お、おう。
分かった。」
こうしてどうにか聖杯戦争の二戦目を乗り切った衛宮士郎は今度こそ自宅へと帰ることが出来た。
「士郎、随分と遅かったですね。
…………セイバー……!?」
「……」
帰った瞬間にまた別の、それもかなり大きい厄ネタが発生してしまったのだが。
エルメロイ2世、今回のライダーの仕業について
「知 っ て た」との事
案の定やらかしてくれた
真名バレも勧誘も予想していて止めるだけ無駄だと割り切ってる
そして次回
衛宮家に次々と放り込まれる爆弾
もうやめて!
士郎の心の余裕はZeroよ!
次回、士郎のSAN値、直葬!
になりますわ確実に
感想、評価お待ちしてます
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3話
「舞弥さんまで聖杯戦争に出てて、それで爺さんの呼び出したサーヴァントがセイバーだったぁ!?」
「正確には私は切嗣の補助的な役割。
狙撃や観測、潜入などによる援護や情報収集、工作が主な目的でしたが。」
夜中の衛宮邸に士郎の大声が響いた。
それを手で制しながら舞弥は淡々と答えた。
「とは言っても私は途中で襲撃を受けて敗退。
終盤については切嗣から軽く聞いた程度で詳しい事についてはそこまで知りません。
後はただ、士郎の母親代わりになって欲しいと、それだけでした。」
舞弥さんがそう締め括ったので、今度は凛の方を向く。
「それで遠坂、あの男とライダーが話してた内容って一体何だったんだ?」
「詳しく話すと長いから簡単に説明するわね。
魔術師達の総本山、そう呼ばれる場所があるの。
それがイギリス、ロンドン郊外にある魔術師だけの街、時計塔。
その時計塔には12の学科が存在する。
それぞれの学科の頂点に立つ魔術師の事をロードと呼ぶのよ。
つまりロードとは魔術師達の頂点に立つ者達の事。
どいつもこいつも化け物並み。
人によってはサーヴァントにすら勝てる。
そういう連中。」
「……あの男が?」
「あれは別ね。
当主代行って言ってたでしょ。
多分だけどエルメロイの本当の当主が幼いのか不在なのかで一時的に立場を預かってるのよ。
だから本物のロードに比べればまだマシな筈。
それより、私が聞きたいのはセイバーが前回の聖杯戦争の記憶を有している事よ。
サーヴァントって召喚されてもそれとは別の召喚時の記憶は持てないはずなんだけど。」
「それは……申し訳ありませんが私に聞かれても分からない。
恐らくは召喚の不備の一つなのでしょう。
霊体化が出来ない代わりに記憶を継承できる。
そういったものなのでは……という予想程度しか出来ません。」
何処となく歯切れの悪いセイバーの言葉だが、考えられるのがそれしかないのでそうと納得するしか無い。
「ふぅん、召喚の不備で記憶継承なんかも出てくるのね。
まあ、良いわ。
それなら少しは話が早くなるかも。
衛宮くん、私は貴方と同盟を組みたいって言ったわよね。」
「ああ、ある陣営に対してって言ってたあれか。」
そう答えた士郎の言葉に頷く。
「その陣営ってのは前回の聖杯戦争の勝者よ。
あの胡散臭い神父の言う事には……ってつくけど。
前回のキャスタークラスのサーヴァント、モルガンとそのマスター、カイと言う男。」
「モルガンが!?」
「カイさんが!?」
遠坂の言葉にほぼ同時に驚いたセイバーと士郎が机に勢いよく手をついて乗り出す。
「聞きたいことが増えたけど、まあ、そうよ。
そして今回の聖杯戦争ではそいつらの養子になってる桜・ルフェイさんがマスターとして参加しているわ。
恐らくは魔術師としての腕は私以上。
サーヴァントを互いにつければ状況と相手のサーヴァント次第で何とか互角に持ち込める位ね。
そして、さっき乱入してきたライダー、イスカンダルとそのマスターの同盟相手というのもコイツら。
アーチャーに後を追わせて確認したわ。
これで実質向こうには3騎のサーヴァントがいる様なものよ。」
「……成る程、それで同盟を。
ですが、同盟を組んだとしてもまだ此方の方が数で劣っています。」
「分かってる。
だからもう1陣営引き込みたいのよ。
でも今しっかりとマスターと拠点が分かってる他の陣営ってさっきのバーサーカーとアインツベルンだけなのよね……」
強さとしては申し分ない。
殺しても死なない上に押しも押されもせぬ大英雄のヘラクレスとそんな超級の存在を狂化させてなお、余裕のあるイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
「……桜も魔術師だったのか……!?」
「反応が遅いわよ。
まあ、いい加減驚きっぱなしでキャパオーバーしてるんでしょうけど。
で、貴方はあの男と知り合いなの?」
半分呆れた様な表情で遠坂がツッコミを入れ、その後にカイの名前に反応した士郎に質問する。
「ああ、爺さん……切嗣がまだ生きてた頃に商店街で会って、それ以来見かけたら世間話する程度には……」
「では、モルガンにも会ったのでは?」
「会った……のか……?
分からない、すれ違っているだけかもしれないし。」
これはあまり良くない、とセイバーは考えた。
モルガン、自身の姉と自分の顔は瓜二つなのだ。
そうなれば、親族だという予測が簡単に立ってしまう。
その中で剣を使うとなればガウェインを始めとする彼女の子達か、私に行き着く。
……いや、元から風の鞘を解けば『
それにこの身は歴史では男と語られている。
ならば、まずはガレスに思考が向くのが普通だ。
真名候補が絞られたからこそ、モルガンの存在はミスリードになる。
「まあ、同盟に関しては1日待つわ。
情報が多すぎて混乱してるでしょうし、そんな状態で同盟を組んで後で冷静になってやっぱりやめる、なんて言われても困るだけだから。
それと今日は泊まらせて貰うわよ。
アーチャーはライダーの後を追わせてそのまま拠点を見張らせてるから今日は帰って来ないし。」
セイバーが思考を回しているその間に遠坂はそう言って出された茶を飲む。
「え゛」
「なにその反応。
じゃあ、衛宮くんは私がアーチャーのいない帰り道で襲われて殺されても良いんだ?」
「……その言い方はズルくないか?」
「事実よ。
実際その危険は十分にあり得るの。
いい加減、自分が一体なにに首を突っ込んでしまったのか自覚しなさい。」
「そうだけどさぁ……」
助けを求める様に士郎はその場にいる他の2人に目を向けるが、実際言っている事は正しいのだ。
どちらかと言えば戦術面に寄った判断を下すセイバーと舞弥の判断は黙殺だった。
それに気付いた士郎は肩を落とすと、渋々ながらも遠坂が一晩過ごすのを受け入れるのだった。
「こっちです。」
取り敢えず居間での話が終わった後、舞弥は三人を連れて土蔵へと向かった。
土蔵の奥へと向かう。
置物を退かして、その地面を舞弥が撫でる。
そして取り出したのは一つの鍵。
ネックレスとして首から下げていたその鍵を地面に突き立てる。
そして鍵を回すと、地面が一瞬光り、次の瞬間には地下へと続く階段がそこにはあった。
懐中電灯を奥に向けると、階段は少しだけ続きその先には木の扉がある。
士郎が舞弥の方を向くと、舞弥は黙って頷き、手で入るように示す。
恐る恐る中へと踏み込んでいく。
階段を降りきり、扉を開ける。
すると勝手に灯りがついて、中の部屋を照らした。
中には中央に机があり、壁には冬木市の地図が貼られ、あちこちにピンが打たれていたり、書き込みがある。
地図の反対側の壁には銃器を始めとした武器が棚の上に乗っかっている。
「ここは……」
「一応、魔術工房です。
前回の聖杯戦争の際に作成しました。」
部屋の奥には更に奥に続く扉がある。
「あの先は?」
「二部屋あります。
あの扉の先は会議室のようなもので、その更に奥は仮眠室です。
以前は防御機構もあったのですが、管理もままならず機能の一部は失われてしまっています。
それでも一応、魔術師の拠点としては最低限ながら十分ですし、ここでならセイバーも地脈からの魔力供給を受けられるでしょう。」
「へえ、案外しっかりしてるのね。」
感心したかのように遠坂がそう言う。
「武器は今も使用可能です。
危ないのであまり触らない様に。」
銃は弾を込めてないので暴発する事も無いが、念の為にとそう言えば、何処となく興味を示していた士郎が目を逸らした。
「いつまでも居間で重要な話をする訳にはいきませんからね。
次からはこっちで行いましょう。」
「あの、そういうのはあの居間で話し合う前に言いません……?」
そんなセイバーの控えめなツッコミに確かに、と遠坂と士郎の心の声が重なった。
「……ここでならセイバーも地脈からの魔力供給が可能でしょう。」
あ、これ忘れてたんだな……と誤魔化す様にそう話す舞弥を見て3人は察した。
とは言え、仕方のない事である。
顔には出さなかったが、舞弥も内心ではかなり動揺していたのだ。
起こるのは60年後だと思っていた聖杯戦争の開催、巻き込まれた士郎、召喚されたのはセイバー。
更に聞けば実際に士郎はこの夜に2度も3度も命を狙われたと言う。
そして狙ってきた内の1人は切嗣の子であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
こんなにも驚く事が揃っていればそりゃあ動揺して多少の事は忘れてしまう。
「取り敢えず今日はもう寝ましょう。
体力の回復はできる内にしておくべきです。」
まあ、言っている事は正しいんだけど……と一瞬前の事を思い出すが、実際疲れているのでその言葉通りにする事にした。
遠坂の方は舞弥さんが用意してくれるので、自分の部屋に戻って自分の布団を用意するだけで済んだ。
軽くシャワーを浴びて着替えた後に、布団に潜り込んだらすぐに俺の意識は落ちていった。
こうして激動の1日は漸く過ぎ去ってくれた。
「あんまりちょっかいを出すなって言われてたけど、あんまり、だから多少は出しても大丈夫だよね。」
「ん?
私が誰かって?
それはまだ秘密さ、そっちの方が面白いだろう?」
「ここは何処か?
おかしな事を聞くなぁ。
ここは君の夢の中さ、泡沫に消える夢そのものだよ。」
「君の存在はこの戦争、この街、そしてこの星にとっては一つの特異点だ。
君自身のため、私のマスターのため、そしてあの王様……と、それは秘密だったかな、まあ、つまりは君のセイバーだ。
ついでに私のため、君の物語をこんなところで終わらせる訳にはいかないからね。
少し……ほんの少しだけ助けてあげよう。」
「胡散臭い?
ハハハ、自覚しているとも。」
「まあ、ものは試しと言うし、取り敢えずは試してみたらどうかな。
私は味方……とは現時点では言い切れないけど、明確な敵ではないつもりだよ。」
「おっと、もう朝が来てしまったか。
私は退散する事にしよう。
また夢で会おう、といっても君は覚えていないだろうけどね。」
「何でってそりゃあ、これが夢だからさ。
夢なんて覚めたら忘れてしまうものと相場が決まっているだろう?」
「恐れずに前へ進み続けなさい。
花の祝福が少しばかり導いてくれるだろう。」
朝の日差しによってだろうか。
自然に目が覚めた。
少しぼーっとして辺りを見回すと
「おや、起きましたか。」
布団の横に女の子がいた。
「…………うおおっ!?」
思わずのけぞった。
起きてすぐ側に美少女が気配もなく座っているのは心臓に悪すぎる。
「え、えーっと……セイバー。
もしかして一晩中そうやって?」
「無論です。
寝ている時ほど無防備な姿はないでしょう。
故にこうしてそばで護衛を、と。
ああ、サーヴァントには睡眠は必要ではありません。
行動に支障はないのでお構いなく。」
「こっちが構うわ!
せめて、隣の部屋にいてくれ、心臓に悪い。
それに男女が一緒に同じ部屋で夜を過ごすのもあんまり良くないだろ。」
それでも食い下がってくるセイバーを何とか説得して明日からは隣の部屋に居てもらう事になった。
サーヴァントって現代の知識とか常識とか与えられてるんじゃないのか?
「常識とマスターの安全、どちらの方が大切ですか?」
「どっちも大切だ!」
遅くなりましたすみません
感想評価お待ちしてます
切嗣 次の聖杯戦争は60年後だし、その前に地脈に仕掛けたのが作動するし、余計なものを士郎には背負って欲しくないから情報はあんまり伝えようとしなかった
舞弥 第四次の事は軽く知ってるし、イリヤも話でだけ知っている
けど、動揺してて伝え忘れ
セイバー 第四次の事は聞きたいと思ってるが、個人的な望みだからと自重 イリヤについては近い内に舞弥に聞こうと思ってる
士郎 気になる事が多すぎて優先順位が決まってない
結果、コミュニケーションが滞る衛宮家
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4話
遅れてスマソ
「おはようございます、先輩。
昨日アインツベルンに襲われたって聞いて心配だったんですよ?」
ニコニコと笑いながらそう言う後輩を見て、俺は漸く桜が魔術師だという事に実感を持った。
「その様子だと母さんの予想通り、私の家の事についても聞いたんですね。」
士郎を庇う様にセイバーと凛が前に立つ。
「良い度胸ね、ルフェイさん。
ここが何処で誰が居るのか分かってるのでしょうね?」
「ええ、遠坂先輩。
でも今は朝ですよ?
魔術も魔法も聖杯戦争も引っ込む時間です。
お互い、こんな事で面倒なペナルティは受けたくありませんもんね?
それでも襲って来ると言うのなら抵抗はさせて貰いますけど、ね?」
威嚇する様に言い放った遠坂に対して桜は笑みを崩さないままにそう答える。
最後の方では桜の影が蠢いた様な気がした。
「……1つ聞きたい。
貴女はあのモルガンの養子だと聞く。」
「ええ、そうですよ。」
「何故だ?」
「何故、とは?」
「何故、養子になることを良しとした?」
セイバーのその問いに対して、桜はポカン、とした表情を見せた。
何でそんな当たり前のことを聞くのかという表情だ。
「あれ、知りませんでした?
私は貴女も参加していた第四次聖杯戦争の際にあの人達に救われたんです。
命を、そして尊厳を救って貰いました。
それどころか私に帰る場所もくれた。
理由なんてそれで十分でしょう?」
「それは……!」
「母さんに打算があったから、ですか?
それは否定はしません。
ですが、貴方にとってのと私にとってのモルガン・ル・フェイという女性は全くの別人です。
それは多分母さんにも言える事なんでしょうが……
まあ、それは一旦置いておきましょう。
今日は先輩の無事を確認しに来たのと母さんから手紙を預かったのでそれを渡しに来たんです。
多分、怪しんで怪しんだ結果見ずに捨てるだろうと言ってましたから概要だけここで話させて貰いますね。
内容は同盟もしくは一時不戦条約についてです。
そしてこの手紙は全陣営に同じものが今日の内に届けられます。
理由は大聖杯に異変があるから。
嘘だと思うのならご自分の目で確かめて貰っても構いませんよ。
大聖杯付近は私のサーヴァントが抑えていますが、昼間に行く分には素通りさせても良いと言ってあるので見に行くのなら昼のうちにどうぞ。
逆に夜のうちに入ろうとしたのなら敵と見做して攻撃します。
また、結論は出さずとも話し合いだけでもしたいと言うなら同じく昼のうちに我が家を訪ねて下さい。
特に母さんはセイバーさんには知らせておきたい事があるそうなので。」
そこまで話して桜は服の内側から手紙を取り出した。
しっかりと蝋で閉じられたものだ。
それを士郎に手渡す。
「では失礼しますね。
ああ、それと私は暫く学校を休むので学校では話せないので気をつけて下さい。」
それではまた、と言い残して桜は去って行った。
その後ろ姿を目で追い、桜が角を曲がって見えなくなったところで漸く3人が動き始める。
「……どうする?
俺は話を聞いても良いと思うんだけど。」
「私は止めておいた方がいいと思います。
前回の聖杯戦争時に実際に同盟を結び、何度か話して、契約に関する事のみは信用しても良いとは思いました。
ですが、本質はそう変わるものでは無く、何かしらの企みがあると見るべきです。」
「私は……取り敢えず御三家として大聖杯の確認だけは行う必要があるわ。
同盟や条約に関しては大聖杯の調査結果次第では受けても良いとは思う。」
私の個人的な感情を無視すれば、という一文を除いた遠坂にとってモルガンとカイはいけすかない存在だ。
なんか知らないうちに間桐家を潰し、知らないうちに妹を養子にしている。
幼い頃は言峰の言うことを全て真に受けて会う度に睨み付けていたが、涼しげに受け流されるだけ。
成長して言峰の言う事が信用ならないという事に気付いてもこれまでの態度からどうにも確執を感じてしまう。
更にはその複雑な心内すら見透かされている様に思えて仕方がないのだ。
なんせ時々会うと自分にだけ分かる様に生暖かい表情を向けてくるのだ。
副音声を付けるなら「フッ、まだまだ青いな」だろうか。
その程度の感情を隠す事なんて簡単なはずなのにだ。
その余裕そうに揶揄っている様な表情が気に入らなくて更に苦手意識が加速し、敵意となる。
反応すればそれこそ相手の思う壺なのが分かっていながらそうせざるを得ないのが、遠坂凛という少女の厄介なところだった。
「私も今日は学校を休むわ。
大聖杯に異常があるっていう話なのにそんな悠長に授業受けてられないし。」
「じゃあ、俺も。」
「いえ、衛宮君は行って。
他に学校関係者がマスターではないとも限らないから、そっちの方を探っておいて。
セイバーは……どうしましょうか。
霊体化出来ないんじゃ連れてく訳にもいかないし。」
「ではその学校の近くで待機しておきます。
何かあったらすぐに駆け付けるので、その時は念話を。
それでも間に合わなさそうでしたら仕方ありませんので令呪を切って呼び出して下さい。」
セイバーのその言葉に遠坂はジトーっと士郎の手の甲を見る。
そこには一画欠けた令呪。
「変な事に令呪一画使っちゃったのよね。
それで助かったのだから文句は言わないけど。」
なお、同じ様に勢いだけで変な事に令呪を使った遠坂である。
人の事は言えない。
「それじゃあ、今日は学校に残らずに真っ直ぐ帰って来ること。
私も衛宮君が帰ってくる頃に合わせてこの辺にいるから。
襲われても暫く戦っててくれれば駆け付けるし。
じゃあまた放課後会いましょう。
それと私が休みだって言ってくれると助かるわ。」
そう言って遠坂も行ってしまった。
それを見送った士郎も取り敢えず学校に行こうと準備を始めるのだった。
衛宮邸から出た遠坂は念のために装備を整えるために一旦自宅へと戻った。
工房に下り、魔力を込めた宝石を取り出す。
そうしていると道中で連絡しておいたアーチャーが戻って来るのを感じた。
「アーチャー、どうだった?」
「気取られたな。
だが、様子見するだけで手は出してこなかった。
確認できたサーヴァントはあのライダーのみ。
他のサーヴァントは恐らく霊体化しているのか」
「本当に大聖杯付近に陣取っているか、ね。
まあ、行けば分かるわ。」
丸一日着ていた服を脱いで、普段着を着る。
そして、その上から外套を羽織った。
家から出ると分かったか、アーチャーは霊体化する。
「円蔵山周辺の林には自然霊以外の霊は受け付けない結界が張られてるわ。
唯一、サーヴァントが入れる道は山門とそこに続く階段。
私だったらそこに門番を配置するわね。
何がいるか分からないから用心しておいて。」
『了解した。
とはいえ今は昼間だ、流石に向こうもそんな所では仕掛けてこないだろう。』
「ええ、そこではね。
大聖杯は山に空いた洞窟の奥に隠されてるわ。
中もそれなりに広いから昼間でも戦うならうってつけの場所よ。」
『まあ、任せたまえ。
マスターの身くらいは守ってみせるさ。』
「そ、なら良いけど。」
登校時間はすでに過ぎている。
この時間に学校の外にいる学校関係者なんて不良か聖杯戦争関係者か、ただの遅刻である。
一般人なら見られても暗示をかけておけば良い。
念のために人通りの多い道は避けて柳洞寺に向かう。
アーチャーが上から周りを見てくれるお陰であまり人とは会わずに進むことが出来た。
目の前には延々と続きそうな石畳の階段。
周りは平日の昼間であることを除いても不自然なほどに人通りがない。
その様子からこの階段が人を拒んでいる様な錯覚を受ける。
その錯覚を振り払って遠坂は階段を一段一段登っていく。
敵の姿はおろか、気配すら感じない。
念のためにと注意していたのに結局何事もなく、山門に辿り着いた。
「予想はしてたけど結局何も無かったわね。
アーチャー、サーヴァントの気配は?」
『ある。
だが、場所が全く分からないな。
恐らくは何らかのスキルか魔術だろう。』
厄介ね、と呟く。
いる事自体は隠さないが、どこにいるかは隠す。
入ってきた敵は警戒心が高くなり、精神力や集中力が戦う前から削られる。
これが人や重要なものがない場所なら宝具やらで薙ぎ払ってしまえば良いが、ここは住職やお坊さんのいる寺であり、更には大聖杯がある。
そんな方法は取れない。
「残るクラスはアサシンかキャスターよね?
それに似合う陰湿なやり方だわ。」
『まあ、それと同時に有効な手段ではあるがね。
私とてこの状況なら同じような手段を取る。』
やはり人のいない境内を通り抜け、更に奥に踏み入る。
暫く歩くと、山肌に大きな穴が空いている。
「ここよ、ここからは更に警戒しておいて。
中に入ったらいつ何を仕掛けてくるか分かったもんじゃないわ。」
『了解だ我がマスター。』
アーチャーの返事を聞いて中に踏み込む。
天然の洞窟だという龍洞。
中は家にある文献通りに広く、下手に歩き回れば迷ってしまうだろう。
周りを警戒しながら進んでいく。
結局、拍子抜けなほどに何もないまま、大聖杯の下へと辿り着いた。
「……ウソ」
そんな声が漏れた。
文献には大聖杯は球体の一部が割れ、その中に人の形をした彫刻があり、材質は金属のような物だという記述があったのだ。
だが、目の前では毒々しい色をしたナニカがまるで脈動しているかのように蠢き、ゴポリゴポリと呪詛まみれの泥を吐き出している。
これはマズい。
こんなものが放置されていたなんて。
原因が何かは知らないが出来るだけ早くにどうにかする必要がある。
戻ったらまず言峰に聖杯戦争中断を宣言してもらう必要がある。
サーヴァントが敗退すればその魂という高魔力は大聖杯に集められる。
つまりはコレに餌を与えるという事だ。
そんな事は許してはならない。
『これは……』
「ええ、マズいわ。
こんな事になってたのに気付かなかったなんてホント最悪。
さっさと戻りましょう。
対策を練らなきゃ。」
そう言って大聖杯に背を向けて走り去っていった。
「すぐには結論は出せない。」
それが言峰の答えだった。
完全に予想外の答えに一瞬、遠坂は唖然とし、すぐに猛烈に騒ぎ始めた。
「バカなの!?
アレは今すぐにどうにかしなくちゃいけない代物よ!
御三家としてそういう責任があるの!」
「まあ、そう年頃の娘ががなりたてるな凛。
此方にも理由があるとも。
まず、キャスター陣営から君と同じように全陣営間での停戦の申し入れがあった。
しかしそれは我々教会を通さずに全陣営にも送られている、ここでルール違反だ。
監督役として何かしらの対応をする必要がある。
2つ目はその異常というものがそもそも怪しいという事。
前回のキャスターと今回のキャスターは同陣営だ。
2人のキャスターがいればサーヴァントすら騙す幻覚を見せることも不可能では無いと容易く推測できる。
故にいくら君の言葉とはいえど慎重にならざるを得ない。
3つ目は他の御三家、と言っても間桐は絶えてしまったから残るアインツベルンだけではあるが、彼らの意向も聞かねばなるまい。
無論、これに関しては既に使い魔を送って返事を待っている状態だ。
何か反論はあるかね?」
冷静にそう反論されて遠坂は言葉が詰まる。
しっかりと筋の通った理由だ。
「無論、それでも、というのなら監督役としてしっかりと対応させてもらうがね。
だが、もしも君の言うことが間違いだったならその時は監督役として、聖杯戦争を止めた事に対するペナルティを君にも与えなくてはならなくなる。
まさか騙されたから無罪とは言うまい?」
ぐぐぐ、と唸った後にはぁ、とため息をつく。
「分かった、分かったわ。
調査でも何でも好きにしなさい。
けど、結論が出るまでは私はセカンドオーナーとして安全策を取るわ。
戦闘が起こったら片っ端から介入して有耶無耶のうちに終わらせる。
それなら別にルール違反では無いでしょ?」
「グレーではあるがね。
まあ、君の言葉だけで他に確証があるわけでもなし。
それと君との関係も含めて見逃すとしよう。」
「じゃあ、結論が出たら真っ先に知らせてちょうだい。
それによってやる事が変わってくるから。」
「了承した。」
バタン、と音を立てて教会の扉が閉まった。
残された言峰は悪意に満ちた深い笑みを浮かべていた。
遠坂 言峰に言われて大聖杯の惨状が幻覚かもという考えに至るが、あの禍々しさが本当に……?という感じなので6:4くらいの信じ方
6がモルガン側 一応自分でも大聖杯の惨状について調査するつもりではある
言峰 次の一手の為に時間稼ぎ あわよくば(どこがとは言わないが)拗れに拗れてくれれば良いという考え
って感じですかね
次回はいよいよW姉妹喧嘩とキャスターお披露目かな
まあ、大体想像はついていそうだけど
感想、評価お待ちしてます
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5話
モチベーション低くて〜とかじゃなく普通に難産
あと全く関係ないけど一時期累計ランキングからこの作品消えてて超ビビった
「やってきたわね。」
遠坂が大聖杯の探索を終え、言峰に事情を説明した翌日。
教会に行った後にルフェイ邸へと行ってもよかったが、向こうには実質3騎のサーヴァントがいる。
もしも戦闘になったら勝つどころか逃げることすら難しいだろうという判断で翌日に持ち越したのだ。
そして遠坂とアーチャー、士郎とセイバーの4人でルフェイ邸へと来たのだった。
何処となく重苦しい雰囲気を感じた遠坂は、それに負けじとルフェイ邸を睨みつけた後にインターフォンを押した。
すると、インターフォンからは返事がない代わりに門が勝手に開いた。
「……勝手に開いた?」
「入って来いということでしょう。
敷地内では最大限の警戒を。
何が仕掛けられているのか分かりません。」
そう言って初めに中に入ったのはセイバー。
次に士郎が続き、遠坂がその後ろに、霊体化したアーチャーが殿を務める。
4人が入ると同時に門はゆっくりとしまった。
手入れのされた庭、パラソル付きのテーブルとイスのセットが置かれている。
一見するだけではただの雰囲気の良い洋館だ。
だが、その実、敷地には大量の結界が張られている。
感知、迎撃、味方への支援、敵の能力低下。
そういった効果を持つ結界が今は起動していないだけで何重にもあるのだ。
勿論、サーヴァントであるセイバーとアーチャーはそれに気付く。
自分達は敵の胃袋へと誘導されているのだとはっきりと意識している。
それでも歩みを止めないのはこれが必要な事であると分かっているし、昼間はこちらから手を出さない限りは向こうも手を出しはしないだろうという確信にも近い予想があるからだ。
そして洋館の玄関へとつく。
玄関の扉も勝手に開いた。
「ガァッ!」
「うわっ!?」
扉が開くと同時に、向こう側にいたのであろう鴉が一声鳴いた。
「……貴方が案内役ですか?」
「ガァ」
セイバーが前回の聖杯戦争でモルガンが鴉を使い魔にしていたことを思い出してそう問い掛ければ言葉が分かるのか鴉は一声鳴くとテシテシと音を立てながら歩き出した。
「ついて来いって事ね。」
ご丁寧にも人数分のスリッパが用意されていたのを無視して、靴を脱いで玄関を上がった。
少し歩いて鴉は1つの空いていた扉の中に飛び込んでいった。
後を追ってその扉の中を覗くと下へ向かって石の階段が続いている。
それを降りて行くとすぐに片側の壁が消えて更に下が見下ろせるようになった。
そこから下を見ると、モルガン、カイ、桜、エルメロイ2世、ライダーの5人が椅子に座ってテーブルを囲んで待っている。
モルガンはチラリとも視線を向けず、カイはジッと此方を見つめ、桜はこちらを見るとペコリと一礼し、エルメロイ2世は視線を一度だけ向けるとすぐに目の前に視線を戻し、ライダーは
「おう!
ようやく来たか!
そんな所に突っ立っとらんで早くこっちへ来い!」
と気さくに声を掛けてきた。
そのライダーが話しかけて来たお陰で少しだけ警戒心が薄まった4人は階段を下り、士郎と遠坂は用意してたのであろうイスに座り、サーヴァント2人はその後ろに立った。
「……さて、何から聞きたい?」
いきなり本題について斬り込んできたのはモルガンだった。
優雅にもカップに入れられた紅茶を飲みながらそう聞いて来た。
「大聖杯よ、アレは一体何なの?」
「呪いそのものだ。
悪であれと望まれ悪である事を望み、結果的に本物に近づいてしまったものだ。
この館にあった資料によればだが、嘗ての第三次聖杯戦争でアインツベルンは必勝の策としてアンリマユという神霊を召喚しようとした。
だが、当たり前だが神霊なんぞがそう簡単に召喚できるわけがない。
結果として召喚されたのは何処とも分からぬ場所でアンリマユとして殺された青年。
結果としてアインツベルンはいの一番に敗退した。
だが、そのアンリマユは悪であれという願いそのものの具現でもあった。
故に願いを叶える聖杯と最悪にも最高に相性が良かったのだろう。
アンリマユの呪いが大聖杯を汚染した。
そしてアレはサーヴァントの魂という最高のリソースを得る事で完全な形で顕現しようとしている。
それだけだ。」
「これが、その資料の写しだ。」
妖精眼で観るのすら一苦労だったとモルガンがボヤくのを横目に、カイがテーブルの上を滑らして来た紙の束を遠坂は受け取ると猛然と読み始める。
1枚目は恐らく間桐の実質的な当主だった間桐蔵硯の日記だろう。
そして2枚目以降はその蔵硯本人が大聖杯を調査した結果。
士郎もその紙束に目を通すが、専門的な言葉が多くて半分も分かっていない。
「アレが一部顕現したのが前回の聖杯戦争の最後。
冬木の大火災だ。
分かるな?
完全に顕現されたら世界が滅ぶ。
いくら私でもそんな終わり方は御免だ。」
「そこで手を組もうって話だ。
予想ではあるが、俺たちはモルガンとキャスターで浄化が可能だと判断している。
だが、時間がかかる。
その間に襲われても他の陣営が敗退しても困る。
それに何より邪魔してくる奴らがいる。」
「邪魔?
一体誰が邪魔すると言うのですか。
あなた方の言ってる事が事実ならそれこそ世界が滅ぶことを望む者でもいない限りは……」
「言峰綺礼、そして第四次聖杯戦争のアーチャー、ギルガメッシュ。」
セイバーの言葉にモルガンが答えを被せる。
それを聞いたセイバーは驚きのあまり言葉に詰まり、次の瞬間には激昂した。
「嘘を言うな!
あのコトミネとかいう男はまだしも、あのアーチャーがまだ現世にいるだと!?
サーヴァントを維持するのにどれだけの魔力が必要だと」
「奴も受肉したのだ。
貴様が宝具を聖杯に対して放った後。
聖杯の開けた孔から呪いの泥が零れ落ちてきた。
それまでは聖杯が泥を受け止めていたから何も無かったように見えていただけだ。
泥はあらゆるものを飲み込んだ。
物には火をつけ、人には呪いを与えた。
その呪いに打ち勝てたものは後天的に魔術回路が発現していた。
指向性はどうあれ、高濃度の魔力ではあったのだ。
ギルガメッシュはその泥に呑まれ、そして呪いに打ち勝った。
その結果が受肉だ。
更には衛宮切嗣によって心臓に穴を開けられて死んだ筈の言峰綺礼も生き返った。」
ついでとばかりに告げられた切嗣の令呪の真意にやはり自分は一切何も知らなかったのだと心にダメージを受けたセイバーは、今は後悔する時では無いとそれを無視してモルガンに問を投げる。
「……っ、それが本当だとして何故奴らはその呪いを顕現させようとする?」
「どちらも単純だ。
言峰綺礼は神職からは最も程遠い人間だ。
地獄をこの世に作り、それに苦しむ者の姿を見て己の人生における答えを得たい、とそう望んでいる。
ギルガメッシュは増え過ぎた人間の選定を行うつもりだ。
アンリマユの呪いという試練をこの世に与え、生き残った優秀な者だけが残れば良いとそう考えている。
何故ならこの星は余す所なく奴の庭と傲慢だが至極当然にもそう考えているからだな。」
「…………信じられない。」
「なら勝手にしろ愚妹。
手伝ってくれなぞとは言ってない邪魔だけはするなと言っている。」
迷いを見せながらも、それでもやはりモルガンを信じきれないセイバーにモルガンはただそう返す。
勝ち筋を増やすにはセイバーのアヴァロンが欲しいが必要不可欠では無い。
だったら邪魔だけはせずに居てくれれば良い。
上手くギルガメッシュとぶつかってくれるように誘導するから。
「……なぁ、お主達。
姉妹のことなんで黙ってようとは思ったんだが、いくらなんでも2人揃って不器用が過ぎんか?
言いたい事があるのならハッキリとぶつけよ。
それでも蟠りがあるならば殴り合え。
事は全てそれで片付くものだろう。」
そこにポリポリと頭を掻きながら話に入って来たのはライダー、イスカンダルだ。
「ほう、ならばその馬鹿げた考えに反論してやろう。
単純明快だ。
そんな事している暇もリソースも余裕も無い。
アレを相手にするというのに私が勝つと分かってる愚妹となんぞ遊んでいられるか。」
「そればかりは私も同意見だ。
業腹だが、モルガンと戦えば最終的に私が勝つにしても此方もただでは済まない。
聖杯戦争がどれだけ続くかわからないのに余計な消耗は下策だ。」
なんだかんだで思考回路が似ているのだろう。
姉妹揃って睨み合いながらも冷静に判断して余計な戦闘だけは避けようとしている。
「じゃあ、リソースを削らなければ良いんだね?」
だが、その瞬間場違いな程明るい声がその場に響いた。
不思議なことに声はセイバーにそっくりだ。
「ならばボクが夢の中で場を整えてあげよう。
夢の中だから死んでも仮初、心置きなく戦えるだろう?」
「……マーリン、貴様は出てくるなと言った筈だぞ。」
「は?
マーリン!?
……態々女性に化けた上に私の声に似せるとは嫌がらせですか。」
「ああ、それは済まないね此方の世界のアーサー王。
だが、ボクのこの姿と声は生まれつきでね。
ボクは君の知るマーリンではない。
ちょっとこの世界のマーリンから話を聞いて面白そうだからやってきた並行世界の夢のお姉さんさ。」
「……ああ、このイラッとくる感じは間違いなくマーリンです。
ですが……並行世界の?」
そのセイバーの疑問からマーリンの1人語りが始まった。
「今から数年前のこと。
モルガンは今回の聖杯戦争のために凄腕のキャスターのサーヴァントを欲しがった。
そこでこの世界のボクがモルガンの夢枕に立ってこう言ったのさ『力を貸そうか?』と。
勿論、そのマーリンはけちょんけちょんにされて夢から追い出された。
だけど彼は諦めなかった。
1週間くらい夢に出続けてモルガンは漸く話だけは聞くことにした。
『勿論僕だって痛い目見たく無いさ。
だから君に塔に入れられなかった僕を派遣するよ。
なぁに、その位は簡単さ。
だって僕は君の魔術の師匠だものね。』
かなりイラッと来たんだろうねマーリンはまたけちょんけちょんにされた。
けどモルガンはその提案を受けたのさ。
そして呼ばれたのがボク。
アーサー王が男でマーリンは女、そんな並行世界のボクさ。
何でか君と声は似てるんだけどね。」
「魔術の腕はこの世界のマーリン以上で剣の腕は大した事はない。
だが性格は確実にこの世界のマーリン以下だ。」
それを聞いたセイバーが憐憫の目をモルガンに向けた。
あのマーリン以下の性格のマーリンと一緒にいたのか、と。
「じゃ、早速夢の世界へご案内しよう。
ついでにもう一組の蟠りがある姉妹も別の夢に、ね。
夢の中は素直になりやすいからね、本音をぶつけ合うと良いよ。
ボクはそれを見て楽しみながら上質な感情を嗜むからさ!」
そう言ってマーリンが杖を振るった瞬間、セイバーとモルガン、そして桜と凛は強烈な眠気に襲われ、レジストする事すら出来ずに夢の世界に引き摺り込まれた。
「あ、後この場に残った皆にも君たちの様子は見せてあげようと思ってるけど良いよね。」
夢に落ちる瞬間にそんなことを聞かれたが答えられるはずも無かった。
ハッ、と目が覚めた。
何だかとんでもないことにとんでもない理由で巻き込まれたような……
そう考えた遠坂はすぐに気の所為だと頭を振るった。
ここは…………夕暮れの学校だ。
人は誰も居らず静まり返っている。
寝てたのだろうか?
まあ良い、取り敢えず帰らなくては。
そう考えて遠坂は教室を出た。
やはり廊下にも1人も居ない。
随分と遅くまで寝てしまったのだろうか。
そう考えて足を早める。
階段を降りて校庭に出る。
「…………桜?」
校庭に1人ポツンと佇んでいたのは己の妹だった。
声に反応したのだろう、桜はゆっくりと振り返った。
「……姉さ、いえ、遠坂先輩。」
その途中で言い換えたのが心に刺さる。
だが、いつもの事だ。
その筈なのにどうしてか今日は思ってる事が口に出た。
「桜……今更だけど遠坂に戻って来ない?
父様は死んで母様も今は病院。
間桐だって無くなった。
あの時の養子縁組だってもう効力はない筈よ。」
「……本当に今更ですね。
前にも言いましたが私は桜・ルフェイです。」
「でも血を分けた姉妹よ!」
「だから何だって言うんですか!?
私が間桐で一体何をされてたか知りもしないくせに!
私があんなに辛い目にあって来た間も姉さんはあの人達に大切にして貰ってたんでしょう!?
その癖、間桐が居なくなったら今度は助けて貰った母さんと父さんを裏切って遠坂に戻れなんて随分と虫のいい話じゃないですか!」
ザワザワと桜の影が揺れる。
影の一部が地面から空間へと這い出てくる。
それを見て遠坂も魔術回路を励起させる。
「たしかに何があったかは知らない!
けど桜は何も話してくれないじゃない!
それなのに分かれなんて無理な話でしょう!?
それに辛い事があったなら頼ってくれれば良かった!
そうすれば父様だってきっと桜の事を助けてくれてた!」
「もしもの話になんて意味なんかありません!
あの人たちは私を捨てて父さんと母さんは助けてくれた!
それが! それだけが私にとっての事実です!」
「そんな事ない!
2人ともあなたを捨ててなんかいなかった!
父様があなたを間桐に預けたのはあなたが魔術師として成長するためであり、あなたを守るためでもあった!
母様はあなたを間桐に行かせるのを最後の最後まで悩んでたし、行かせた後もこれで良いのかってずっと悩んでた!
……それに!
あなただって今も私があげたリボンを付けてるじゃない!」
「ッ!!
うるさい!!」
影が鞭のように振られる。
それを遠坂は横に跳んで避ける。
自分がついさっきまでいたところに鈍い音を立てて影が叩き付けられる。
「私だって信じたかった!!
なのにあの人達は助けようとするどころか知ろうともしなかった!!
姉さんがあの人達と一緒に笑ってる間、私はずっと1人で蟲に犯されてた!」
「ッ!?」
「魔術の修練でも何でもなく、次の間桐を、私を胎盤として産ませた仔が優秀である様にと。
分かりますか?
毎日毎日、怖気の走るような蟲が体の外も中も這い回り、私の体を作り替えていく事の恐怖が。
それを雁夜おじさんは聖杯戦争中にあの人に伝えたそうです。
無論、魔術の知識なんて無いから蟲に犯されている事だけでしたが。
そしたらなんて言ったと思います?
『魔術の修練なら仕方ない
それに口を出す権利は私には無い』ですよ。
実の親はおかしいとも思いすらせずに私を捨てたんです。
そしてその地獄から助け出してくれたのが父さんと母さんでした。
だから…………だから私の家族をあなたには……あなた達だけには否定なんかさせない!!
それでもまだ同じような事を言うのなら、あなたは姉でも先輩でもなく、ただの敵です。」
態々そう言ったのはそれでもと言って欲しいという気持ちの現れか。
それとも互いの立場を明確にする事で自分の迷いを切るためか。
恐らくは自分でも分かっていないのだろう。
「……ええ、ごちゃごちゃ話し合うのは性に合わないわ。
取り敢えず暴れるだけ暴れて冷静になりましょうか、お互いにね!!」
そう言って遠坂はポケットに入れていた宝石を取り出して指に挟む。
ただ今は体を動かしたかった。
それが命をかけた様なものでも、ただがむしゃらに。
そうしなければ自分の心の整理がつきそうになかった。
お互いに。
夢の空間に戦いの音が鳴り響く。
剣と剣を、魔力と魔力をぶつけ合いながら高速で移動していくのはモルガンとセイバー。
その戦いは2人を取り巻く夢の世界にも影響を及ぼしていた。
マーリンの作った世界は対象となる2人が共通して知る何処かを空間に写し出すもの。
だが、逆に言えば互いが知ってさえいれば世界を塗り替える様に環境を変化させることも可能だ。
だからこそ、最初に気づいたモルガンがそれを利用して環境を自分に有利な場所へと変えた。
だが、セイバーもすぐさま対応してくる。
それにより、2人の戦いの場はどんどん移り変わっていく。
ブリテンの何処かの森から冬木のアインツベルン城。
キャメロット、湖の上、冬木市市街、山岳、草原。
2人はとうにここが夢の世界だと気付いていた。
にも関わらず、と言うべきか、だからこそ、と言うべきか、2人は戦いながら対話という本来ならありえない行動を取っていた。
「愚妹、貴様今の聖杯にかける願いが何か言ってみろ……!」
「妖精眼を持つ貴様には分かっているだろう!
王の選定のやり直し、前回の聖杯戦争で思い知った。
私が王である限り、ブリテンの滅びは変えられない。
ならば、王の座を退く。
私よりも王に相応しい人物はいる筈だ。
それこそブリテンの王となるべくブリテン島に選ばれた貴様もその1人だ。」
「巫山戯るなよ貴様。
どれだけ筋書きが変わろうが、行き着く先は誰であろうと同じだ。
ローマに攻め滅ぼされるか、サクソン共に国内をズタズタにされるか、内戦で自滅するか、私やヴォーティガーンが神秘の代理者として滅ぼすかだ。」
「それでもあのカムランの丘での最後よりはマシな筈だ!」
「現実を見ろ愚妹!
何故マーリンとウーサーは貴様を選んだ!?
そうでなければあの島は島の上にある全てを巻き添えに滅びていたからだ……!
……ああ、認めたくはないが認めてやろう。
愚妹、貴様は人理の明日を背負う人の王としては最高の王だ。
ギルガメッシュの様な苛烈な裁定者ではなく、人理のために人と共に歩める王だ。」
「何を……」
「悔しいが……あの時、貴様と対峙して認めざるを得なかった。
騎士王アルトリア・ペンドラゴン。
貴様の仇敵ではなく、姉として、そして湖の精霊の別側面として予言してやろう。
近い未来、貴様は貴様の答えを得る。
だからこそ今は存分に悩め。
遥かな過去、そして未来にそれはある。」
そう言うと言うべきことは終わったとばかりにモルガンは戦闘を止めて夢に干渉し始める。
「待てモルガン!
それは一体どういう……」
「今は絶対に分からんだろう。
チ、夢だからか余計な事まで話してしまったやもしれんな。
マーリンめ覚えてろよ、両方ともだ。」
夢の世界がひび割れていく。
セイバーは直感で今こそ何もかもを聞くべきだと判断するが、一瞬遅い。
なにかを言おうとすると同時に白い光に包まれて夢は砕け散った。
うい、というわけでキャスター枠はプーリンでした
以下召喚できた仕組み説明
FGO2部6章ネタバレ一部あるので注意
人理焼却でもマーリンはバビロニアで言ってた通り死んでない
↓
人理焼却の影響はアヴァロンまで届かない
&2部6章でマーリンはアヴァロンを使う事で自力で別の汎人類史になったブリテン異聞帯に来れた
↓
地球表面のテクスチャと地球内部は全くの別物であると分かる上に、人理焼却、人理漂白でもブリテン時代にテクスチャの表側にいたマーリンに一切の影響が出ていない事から完全に隔絶した世界であると分かる
↓
つまり、テクスチャ上では第二魔法を使う事でしか観測すらできない並行世界も、ブリテン異聞帯に来れたのを見るとどうにも薄くながら並行世界に繋がってるっぽいアヴァロンからなら手出しが可能?
↓
なら、アヴァロンを通して自分自身を触媒にすればプロトマーリンにマーリンがオファーを出す事も可能なのでは?
という理論
なおプロトマーリンは目の前で面白そうな物語を見れるからと快諾
マーリンはアルトリアに悪いと思ってるし、モルガンにも悪いと思ってる上に流石に自分が行くとモルガンがキレるのが目に見えてるのでこういう手段を取った
因みに公式情報としてプロトマーリンはブリテンの滅びに関してアーサーに悪いとすら思ってないからマーリンよりも質悪いぞ!
マーリンは感情がないとは言え、少しは悪いと思ってるらしいからな!
え?
モルガンが素直?
マーリンの仕掛けた夢だからか仕方ないね
桜&凛はもうちっとだけ続くんじゃ
ブリテン組がさっさと終わったのはどちらも(中途半端にとはいえ)レジストに成功して夢だと分かっていたから
感想、評価お待ちしてます
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6話
待っていただいていた方々には感謝しか無いです
モルガンが夢を終わらせた後のマーリンの反応は早かった。
一瞬「あっ、やばい」という感じの焦った表情を見せると
「じゃあ、ボクは戻って大聖杯の警備を続けてるから。
モルガンにもセイ……いやもう真名でいいか、アルトリアにもよろしくね。」
と言い残して、一瞬で消え去った。
その時に起こった花吹雪を起きたモルガンが切り裂くが、そこには既にマーリンの姿は無い。
「チッ!」
割と本気の舌打ちをしたモルガンは卓上に置かれた遠坂と桜の夢を映すモニターをかき消す。
「……あのバカが失礼した。
話は一通り済んだ。
客室を貸すから、そこの娘が起きるまではこの家に滞在しててくれて構わん。」
そう言うと机に突っ伏して寝ている桜をモルガンは抱き抱えて、転移し、地下室から居なくなった。
それを見たカイは1つ溜息を溢すと
「そういうわけだ。
悪いが今回はここまでだな。
客室まで案内するが……」
「一応、私が彼女のサーヴァントだ。
私が連れて行こう。」
「余の出番全くなかったでは無いか。」
「別にいいんじゃないか、お前が出張ると大体面倒になる。
というかなりかけた。」
アーチャーが実体化して眠りこけている遠坂を抱き上げる。
それを見たカイは頷くと歩き始め、それに付いていくようにライダーとそのマスターも立ち上がって階段を上り始めた。
士郎もそれに着いて行こうとするが、モルガンとほぼ同時に起きていたセイバーが微動だにしないのが気になって足を止めた。
「セイバー?」
「っすみません、少し考え事を。」
「そうか?
なら良いんだけど。」
士郎が声をかけると、セイバーは意識を思考から戻したようで慌てて立ち上がり、士郎の後に続いた。
地下から出て、2階に上がる。
カイが一室の前で立ち止まり、エルメロイ2世とライダーはその一つ奥の部屋に入っていった。
「ここだ。
2組いるから一応、そこの手前の部屋も貸しとく。
後で飲み物でも持って行くが、紅茶か緑茶かコーヒーならどれが良い?」
「え?
ああ、いえお構いなく。」
「そう言うな、今のお前らは客人だ。
モルガンは気位が高いからな、例え気に食わない奴だろうが、敵だろうが一度客人として招いたなら帰るまではそれ相応の対応は取る。
まあ、それでもいらんと言うなら無理強いはしない。」
部屋の扉を開きながらカイが言った言葉に士郎が一瞬呆気に取られたような表情で断るが、カイはそう言う。
「……では私は紅茶を貰おう。」
「アーチャー。」
「そう怖い顔をするなセイバー。
これは敵味方の話ではなく、ホストとゲストの話だ。
なら、もてなしは受けるべきだ。
それが礼儀というものだろう。」
遠坂をベッドに置いた後、アーチャーがそう答えると、セイバーはアーチャーを咎める。
だが、アーチャーは飄々とした様子でそれを受け流した。
「それは……そうですが。
…………分かりました、私にも紅茶を。」
アーチャーの言葉に顔を顰めながら表情で納得を見せたセイバーは渋々といった表情でもてなしを受ける事にした。
それを見た士郎がそれに続く。
「じゃあ、俺は緑茶でも良いかな?」
「ああ、勿論。
少し待っててくれ。」
そう言ってカイが扉を閉めて出て行った。
そして、扉の前からカイの気配が消えたと同時にアーチャーが切り出した。
「それでセイバー、君の真名の話だが……」
「……ええ、事ここに至っては隠す必要もないでしょう。
我が真名はアルトリア・ペンドラゴン。
かつて民を偽り、掲げていた名はアーサー・ペンドラゴン。」
「アーサーって……!」
「なるほど世に名の知れた騎士王か。
剣を隠しているのにも合点がいった。
その聖剣はあまりにも有名すぎるからな。
では、ついでではあるが聖杯にかける望みについてだ。
選定のやり直し、そう言っていたが。」
「……ええ、その通りです。
私は……正しさのみを求めてしまったのです。
小を切り捨て大を救う。
それがブリテンの明日のためであると言い聞かせながら、切り捨て、切り捨て、切り捨て続けた。
そして最後には全てを失った。
……かつてトリスタン卿に言われた通りでした『王は人の心が分からない』
だから前回の聖杯戦争では聖杯には私の統治のやり直しを求めた。
ですが…………思い知らされたのです。
人の心が分からない私は……何度やり直そうともブリテンは救えない……!
……しかし、それで諦めてはあまりにも皆が救えない。
だから私は王という座を誰かに託す事にしました。
幸いにも円卓を囲んだ騎士たちは一人一人が王となるに相応しい人物ばかりです。
彼らならきっと私などよりも良い王になれる。
その為の選定のやり直しです。」
「……なるほど。
私は何も言わんよ、言い方は悪いが所詮は他人。
他人の決めた事にどうこう言う資格はないのでね。」
聞いておいてそれかよ、と士郎が睨み付けるも完全に無視。
「じゃあ、お前の願いはなんなんだよ。
セイバーに聞いておいて自分は言わないつもりか?」
「さてな、忘れた。
我がマスターの召喚時の不備でな、戦闘技能は覚えているのだが、出自や願いに関しては記憶が全くないと言っても過言ではない。
生憎と答えになる答えを持ち合わせていないのが現状だ。」
その理由に士郎はなんとも言えず、それでもどこか釈然としない表情で渋々矛を収めた。
カイがダイニングに戻ると、モルガンはまだ眠っている桜に膝枕をしながら、その髪を梳いていた。
「……モルガン。」
「ええ、何が言いたいのかは分かります。
感情的になっていたのも認めます。
認めるのも業腹ですが、あのマーリンのとった手段も強引かつ心情を一切無視していた事に目を瞑れば最善に近い手だったのでしょう。
とはいえ、愚妹が相手となると少なからず感情的になってしまう。
あの2つの陣営との交渉は貴方に任せます。
どんな結果になっても私はそれに口出しも手出しもしません。」
「……そうか。
だが、どんな結果になったとしても桜の事は考える必要がある。」
「……ええ、桜がずっと悩んでいたのは分かっていました。
ですが、それこそ桜本人が決める必要のある事。
私達に出来るのは道を用意する事と桜がどんな道を選んでも味方であり続ける事。」
あの夢の中で桜が言っていたのは本心だが、それだけではない。
溜まっていた物をぶつけたのはその通りだろう。
だが、同時にいつも遠坂凛が自分の事を案じていてくれたのは何となく察していたし、それを無視し続けていた事には罪悪感を抱いていた。
モルガンに言わせれば
「2人とも魔術師として致命的なまでに優しすぎる。
非情になりきれない事が弱点であり、ただの人としては美点なのだろう。
その才能は間違いなく魔術師として一級品であるだけに精神がそうでないのは皮肉だな。」
との事だ。
「まあ、俺も口は出さないつもりだ。
精々、2人だけで話す場を作る程度に留めておく。」
「ええ、それがいいでしょう。」
そう言いながらモルガンは桜の髪をゆっくりと撫でていた。
眠らせた当の本人であるマーリンが去り、凛と桜の物理的距離が離れた事で2人の夢の繋がりは切れた、かの様に見えた。
だが、一度繋がった夢は薄く細い繋がりを未だに残していた。
そんな僅かな繋がりだからこそだろう。
心の防核とも言える部分は繋がっていることに気づかず、奥底に隠れた本心が露わになった。
近しいものを挙げるとすればマスターがサーヴァントの記憶を夢として見る事だろう。
互いの記憶の断片を互いが見る事になった。
そこはまるで美術館の回廊の様な場所だった。
壁に掲げられた額の中には記憶の断片が映像として流れている。
白昼夢を見るようなフワフワとして、だが、どこかハッキリとした思考の中、2人はそれぞれの記憶を見る。
間桐に来てから虫蔵に落とされ、その時の混乱、恐怖、苦痛、欲しくもない快楽、作り替えられる違和感。
それが続いていくと同時に心が死んでいくのが分かった。
間桐に送った後、自分を産んだ人が1人で泣いている様子を扉の隙間から見ていた。
ふとした瞬間に父親だった人が間桐の家の方を向いて物憂げな表情をしていた。
自分自身もそれを見て、寂しさを何度も感じた。
聖杯戦争が始まる。
どうせ無駄だという諦観。
突然現れて縛り付けていた全てを壊し、忘れていた温もりをくれた人。
温もりと同時にどこか冷たさもあった。
けれど、ずっと冷たい場所にいた自分だからこそじわじわと心が解される様に感じられた。
突然全てを失った。
父は死んだ、母は死んでこそいないけど決して戻らぬ人となった。
その後に桜が無事だった事を知った。
けれど、間桐は無くなったのに遠坂には戻って来なかった。
私は1人になった。
そして普通の日常がやってきた。
いつの間にか父と母になってくれた人からは冷たさは消えていた。
嫌だったはずの家が本当の意味で帰る場所になった。
けれど、いつもこっちを見ている姉の事が気になって、でもどうすればいいのか分からなくて、冷たい態度をとる自分が嫌で、でもやっぱり許せなくて……
成長して考える幅が広がる度にそんな心のささくれは大きくなっていく。
帰る場所はあるのに迎えてくれる人は居なかった。
だから、唯一の肉親である桜が気になって、でもどう声をかければいいか分からなかった。
親の仇かもしれない2人が桜の親になり、考える幅が広がる度にあの時の送り出していた桜の表情を思い出しては後悔した。
どうすべきかを教えてくれる人はおらず、それでももう同じ後悔はしたくないから迷いながらも声をかけ続けた。
そしてまた聖杯戦争が始まった。
倒すべき敵となった。
なら、後の事は勝ってから考えよう。
勝たなければ全てが無駄になりかねないのだから。
勝てば強引にでも話す場は作れる。
だから負けられない。
ああ、でも…………
もっと素直になれたらなぁ
柳洞寺の山門の上に腰掛けたマーリンは脚をプラプラとさせながら、物語の推移を見守る。
1つの姉妹の話が大きく進んだ事に微笑みながら、次の手を打つ。
「いやはや、千里眼持ち同士は意識してないと引かれ合って勝手に見えちゃうからねぇ。
互いに手札は基本全部オープン。
その状態での君との知恵比べは久方振りに頭を使う事になって楽しいよ。」
そこにはいない誰かと話すかの様に言葉を紡ぐ。
「えー、心外だなぁ。
それと生前と性格微妙に違わない?
やっぱり天下の英雄王と言えども泥の影響を完全には免れなかった?」
揶揄う様に言えば、相手から受ける感情に内心舌鼓を打つ。
「まあ、君の事だからね。
最後に現れて全てを覆す。
そんな勝ち方を狙っているのだろうけど、並行世界のとは言えど私の愛弟子2人を相手取るんだ。
結末がどう転ぶにせよ、退屈はしないだろうね。」
クスクス、とあまりに綺麗すぎる笑みをこぼす。
本来なら傍観者としてこの物語がどう転ぶかを楽しみたいのだが、依頼は依頼。
しっかりと報酬を貰っている以上はその分の仕事はする。
「そろそろ第二幕の始まり、かな?」
今回はここまで
次の投稿もいつになるか分からないけど待っててくれたら嬉しいです
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7話
もう一話追加じゃあ!
結局、凛と桜の2人は一夜が明けるまで目が覚めず、士郎達一行はルフェイ邸で一夜を過ごす事となった。
とは言え、士郎達一行がルフェイ邸に来たのは朝。
その間、何もしなかった訳では無く……
士郎はカイに扱かれていた。
「な……んでさ」
冷たい石の上に倒れ込みながら、息も絶え絶えに士郎はそう呟いたそうだ。
「少し運動する気は無いか?」
始まりはそんなカイの言葉だった。
「運動?」
「ああ、正確には鍛錬だな。
お前は現在、聖杯戦争参加者の中でぶっちぎりに弱い。
マスターの脱落も防がなきゃならないからな。
付け焼き刃でも1つの選択肢にはなるだろう。」
その言葉に人の良い士郎が納得しかけた所でサーヴァントであるセイバーが割って入って来た。
「申し出は有難いが不要だ、モルガンのマスター。
鍛錬は私が付ける。」
「徒手格闘と対銃戦、対魔術師戦を教えられるなら良いが。」
その言葉にセイバーは押し黙った。
たしかに徒手格闘は多少できる程度(円卓基準)で銃に関してはズブの素人だ。
教えられる事は少ない。
「心配なら横で見てれば良い。
敵でも味方でもない相手に騙し討ちする様な騎士王サマじゃないだろう?」
少し考えた後、セイバーはその提案を呑んだ。
モルガンはともかくとしてこのマスター、カイ個人は信じても良いと判断したのだ。
そして移動した先は先程談合を行った地下室だ。
しかし、いつの間にか先程のテーブルは無くなっており、ただがらんとした広く冷たい空間があるだけだった。
「それじゃ、まずは軽く説明から始めるか。
まずは攻撃。
徒手格闘、打撃は基本的にはコンパクトに打つ。
大振りが当たるのは精々そこらのチンピラ相手が良いところだ。
とにかく素早くコンパクトに、可能ならそこに重さを求める。
狙いはとことん急所だ。
眉間、人中、顎、鳩尾、脇腹とかだな。
蹴りは不慣れな奴がやると隙になり易いからあまりやるな。
特にハイキックは絶対にやめろ、狙うならローキックで相手の足下を崩す様にしろ。
寝業、固め技は狙えれば狙う程度で良い。
素人が下手に狙うとそこが隙になるし、効率的な固め技を知らなきゃ逆に返される。
そして投げ技、これは基本的にカウンターだ。
相手の動きを利用するのが一番楽に投げる方法だからな。
やるとしても殴ってきた腕を掴んでの一本背負い、攻撃性を求めるなら途中で腕を離して思い切り地面に叩きつける事だな。
取り敢えずの説明は以上だ。
俺に向かってやってみろ。
初めはこっちからは攻撃せずに、ダメなところは指摘する。」
その簡潔な説明に戸惑い、士郎は構えを取ることも無く立ち尽くす。
そして言葉の意味をしっかりと理解した上でおずおずと確認を取る。
「えっと……良いんですか?」
「当たり前だ、実践しなきゃ何にもならないだろ。
それにど素人の攻撃が当たる様なヘマはしないし、当たった所で問題ないくらいの鍛え方はしてる。
言ったろ?
お前がダントツで弱いって。」
まあ、実戦を考えるともしかしたら今の状態でもエルメロイ2世に勝てるかもしれないが……とカイは心の中で呟く。
仮にもロード代行のクセに弱すぎるのだ。
とはいえ、その分自分が直接戦闘に巻き込まれない様に立ち回るのが上手いからトントンかもしれないが。
「えっと、それじゃあ行きます!」
そう言って士郎は飛び出しながら拳を構える。
(顔、は止めよう。
ボディ狙いでフック!)
ブン、と横振りの拳は易々とガードされる。
そのくらいは出来るだろうと逆の手で正面からのストレート打ち。
「ん、流石に多少は心得はあったか。
だけどまだ甘いな。
顔を狙わないのは優しさのつもりか?
だったら大間違いだ。
一撃でかつダメージを後に残さない倒し方は脳を揺らす事だ。
そのために打撃で狙うべきは顎だ。
ボディへの攻撃はガードを下げる、またはダメージを蓄積させるのには向いているが、タフな奴が相手なら全くと言って良いほどに倒れないからな。」
そう教えながらカイは士郎の動きを観察し解析していく。
中途半端ながら戦場で鍛えられる様な効率的な体の動きがあるのはあの魔術師殺しの右腕だった女性、確か舞弥とかいう女が教えたからだろう。
それ以外は相手を威圧しつつダメージも与える喧嘩殺法に近いものがある。
確か衛宮邸に出入りしている教師が地元のヤクザの関係者だったからそのツテで少し教えてもらったのだろう。
「距離の詰めかたが甘い。
中途半端に距離があるとカウンターが刺さるぞ。
ヒットアンドアウェイかインファイトのどちらかにしろ。」
そう言うと士郎は半歩ほど距離を詰めてくる。
だが、カイはその距離のままで士郎の攻撃を次々と受け止めている。
「腰の使い方が甘い。
拳に重さを加えるには、強く踏み込む、腰を入れて回転をパンチ力に変える、一番拳に勢いが乗るタイミングで叩き込むの3点を意識しろ。」
このように士郎が何かしら攻撃をすればそれを受け止め、余裕をもって躱し、そしてアドバイスをする。
その度に士郎はそのアドバイスを出来る限りすぐに自分の行動に落とし込み、実践する。
それが数分ほど続いたところで、カイからストップがかかった。
士郎が軽く息を切らしているのに対し、カイは息一つ乱していない。
「取り敢えずある程度は分かった。
努力する才能はあるから帰ってからもシャドーでいいから続けろ。
手頃な相手がいれば一番良いんだが……まあ、そこは自分で何とかしてくれ。
次は防御を教える。
具体的にはガード、受け流し、回避、受け身、一部カウンターだな。
ガードはそのまんまだな。
初心者は反射が重要だ、兎に角慣れろ。
だが、基本は可能な限りガード以外でどうにかしろ。
じゃないと防戦一方になって簡単にダメージが溜まっていく。
受け流し、ガードばかりだと簡単に崩される。
受け流して相手の体制を崩す、受け流してダメージを最小限にする。
攻撃の途中に横から軽く叩く、基本はこれだ。
それだけで割と簡単に攻撃の軌道は変えられる。
回避。
基本は2種類だ。
スウェーバックとダッキング。
要は後ろに下がって避けるのと逆に懐に入って避ける。
だが基本的にスウェーだけにしろ、下手に踏み込むと肘鉄やら膝蹴りが飛んでくるぞ。
受け身。
これはやったことがあるんじゃないか?
これの役割は衝撃の分散と大事な部位の保護だ。
吹き飛ばされた時、投げ飛ばされた時は絶対にやれ。
そしてカウンター。
まあ、これは実践した方がわかり易いだろう。
というわけで一発撃ってこい。」
そう言って軽く構えを取ったカイに士郎は一瞬たじろぐ。
「狙いは顔面、ゆっくりでも思いっきりでも好きな方で良い。
ただし、必ず踏み込みはしっかりやれ。」
「そういうことなら……」
そう言って士郎は大きく踏み込んでゆっくりと右の拳をカイの顔面に近づけていく。
それに合わせるようにカイは一歩踏み込み、拳を体を左に傾ける事で避け、右の拳を士郎の顔の寸前まで近づけた。
「ボクシングのライトクロスってカウンター技だ。
どんなカウンターでも基本は今やった通り。
相手の踏み込みに合わせて行動、相手の攻撃を避け相手の攻撃の勢いそのものを自分の攻撃の威力の一部とする。
とは言うが、カウンターはタイミング勝負だ。
経験が無いなら無理に狙うな。
下手にやれば自分も踏み込んだ分喰らうからな。
後は相手の攻撃を掴んで投げ技や固め技に持ち込むのもアリだ。」
どちらかと言えばこっちの方がまだ難易度は低いだろうな、と言ってカイは構える。
「実践練習だ。
俺が攻撃を仕掛けるから防御しろ。
最初はゆっくり、少しずつ早くしていく。
俺の動きの速さと同程度の速さで対処しろ。
ゆっくりだからと無理な動きはするなよ。
どうやったら次に繋げられるかを常に考えながら動け。」
士郎との距離を詰めて間合いに入る。
そうして士郎が構えたのを確認するとゆっくりとパンチを繰り出した。
それを士郎もゆっくりとした動きで受ける。
何回もそれを繰り返すが、時折カイの攻撃が士郎に当たる。
「当たってるのは無駄な動きがあるからだ。
とことん効率化しろ。
ペースを上げるぞ。」
そう言ってカイは体の動かす早さを上げる。
士郎に当たる攻撃が多くなり、士郎もそれに合わせて必死に考えながら防御や回避、受け流しを繰り返す。
そして十分ほど続けたところでカイがストップをかけた。
「よし、そうしたら今度は攻撃と防御の両方を同時にやる。
俺はお前の行動の早さに合わせてやる。
好きに掛かってこい。」
カイがそう言うと士郎は頷くと構えた。
「行きます。」
そして実戦を意識しながらも、少し手加減するくらいの早さでカイに向かって行った。
そして数十分後、自分の攻撃は全くクリーンヒットしないのにカイの攻撃は散々通っている。
肉体にダメージは無いが体力が切れ、更に精神的にボコボコにされた士郎は床に倒れていた。
「ま、素人にしてはいい線行ってたな。
本当に強くなりたいなら出来るだけ毎日これを繰り返せ。
武器を持っててもそれは同じだ。
で、対銃、対魔術師戦だが、実はこれといった対策はない。」
「……話が違うではありませんか。」
そんなセイバーのジト目の視線と責める言葉を受け流しながらあっけらかんと答える。
「まあな、半分騙した。
とはいえ、これという対策が無いのは本当だ。
銃は自分の見える範囲なら目線と射線から弾道をある程度予測して避ける事は可能だが、知覚範囲外からの狙撃は俺でも無理だ。
生き残りたいなら準備を怠らない事だな。
俺は常日頃から魔術加工して防具にした服を着てる。
魔術に関してはある程度ジャンル分けは可能だが、事前情報なしじゃ相手が何を使ってくるかも分からんからな。
情報のない相手と戦う時は無事に逃げられればラッキーくらいに考えとけ。
倒したいなら相手に何もさせるな。
起点を潰す、準備して無効化する、一撃で倒す。
その為にも知ることを怠るな。
知らなきゃ対策も立てられないからな。
もしもう少し魔術について知りたければエルメロイ2世を頼れ。
時計塔のカリスマ講師だ。
分かりやすく教えてくれるぞ。
で、どうする?
教える事は教えた。
もう少し付き合ってほしいなら付き合うが。」
「……いえ、少し自分で落とし込んでみます。
もし良かったらまた今度教えてくれたらありがたいです。」
その言葉を聞いたカイは若干呆れながら返答する。
「敵にならないか、敵になっても聖杯戦争の後に2人とも五体満足で生きてたらな。
確約が欲しけりゃ今この場でさっきの同盟の話を受けろ。」
それに対して士郎は少し困った様子で頬を掻きながら答える。
「……あーー、それはちょっと凛やアーチャー、セイバーと相談しないと……」
「だったら不用意な発言は止めるんだな。
下手に言質を取られるのは魔術的にも普通の社会でも相当マズイ事に繋がりかねないからな。」
「はい、肝に銘じます。」
結構本気で反省しながら士郎は自分の心に教えられた事を刻んだ。
「なら、地下室は暫く貸しておくが、くれぐれも他の部屋に入らない様にしろ。
見られたり、触られたら困るものがあるし、何よりトラップを大量に仕掛けてる。
命の保証は出来ないからな。
武器を使いたいなら刃を潰した奴を持って来てやるがいるか?」
「じゃあお願いしてもいいですか?」
その言葉にカイは頷いて更に細かく尋ねる。
「使うのは何だ?
剣、槍、弓とかの基本どころしか無いが。」
「じゃあ剣で。
予備も含めて幾つかお願いします。」
「分かった、少し待ってろ。」
そう言うとカイは地下室の奥の通路に入って行った。
「セイバー、少し付き合ってくれるか?
今教わったことを武器でもやってみたい。」
「ええ、構いませんよ。
貴方が少しでも強くなってくれるなら心強い。」
その後、カイが持って来た武器を使って士郎とセイバーは数十分ほど鍛錬に勤しんだ。
セイバーにとっては幾らか複雑な気持ちになる事だが、士郎はカイに教わった事を意識する事でかなり効率的に経験を積む事が出来た。
はい、今回はここまで
これで本当にストック無くなったから次回投稿もまた結構時間が空く事になるかもしれないです
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8話
またまたお久しぶりです
一夜が明け、遠坂が起床した後、挨拶もそこそこにセイバー、アーチャー陣営は去っていった。
その様子を自室の窓からそっと見ていた桜は、彼らが帰って行ったのを見て漸く自室から出てきた。
「桜。」
出て来た瞬間に突然父親であるカイに後ろから話しかけられ、内心ビックリしながらなんでも無いかの様に振り返る。
「父さん。」
「少し話すことがある。
ついて来い。」
そうしてカイについて行った先は地下の工房の一室。
カイが普段使っている部屋だ。
「……何となく言いたい事は分かるな?」
「……はい。
遠坂先輩、いえ、姉さんとの事ですよね。」
「そうだ。
と言っても叱るわけじゃ無い。
ただ、どうなっても後悔しないようにしろって話だ。
少し昔の事を話そう。」
そう言って話し出したのはまだカイが名門魔術師家系の次男だった時の話だ。
「俺には双子の兄がいたって話は以前したことがあるな?
正直に言っていけすかない兄だったし、なまじ才能がある分、確執もあった。
だけど家督を懸けた決闘の後、俺は『優秀なお兄上の事だ。 お家は発展、俺は汚点として居なかった事になるんだろうな。』と言ったんだ。
まあ、嫌味だな。
それに対してアイツは『本当に発展させたいならお前が当主になるべきだった。
俺じゃあ真の意味では発展させられない。』と返してきた。
その時は嫌味だと思ってたんだが、この10年で度々時計塔に行っていた事でアイツが俺宛てに残した遺書を手に入れたんだ。
ざっくり言うとアイツは天才だからこそ何かに執着するという事があまり良く分からなかったらしい。
だから精神的に探究には向いていない事を考えれば、努力で食いついてきた俺の方が良かったのだと。
全くもって今更な話だった。
だが、それを知って色々と言いたい事が出来た。
しかしだ。
当の本人はとっくに土の下。
言えるとしたら俺が死んだ後だろうな。
俺の場合、元は魔術師でその上男兄弟、更に何年も会ってないほぼ他人の様な間柄だ。
それはそれで仕方ないと割り切れた。
だが、桜。
お前は俺と同じ様に考えられるか?
もし明日、いや今日にでも遠坂凛が聖杯戦争の戦闘で死んだとして後悔しないか?
そうじゃ無いなら、自分の中で決着を付けるためにも話し合え。
もし気にしているのに話す機会を永遠に失えばそれはずっとお前の心を蝕む。
正確には異なるが、戦場にはそうやって心を病んだ奴が半分は憎い敵を殺すため、もう半分は死にたいが為に喜んで死地に飛び出す奴らが居た。
そんな事をする様な人間だけには絶対になってほしく無い。」
「はい……」
実感のこもったその言葉と、考えないようにしていたあり得る未来を突き付けられ、眉間に皺を寄せた思い悩んだ表情をする。
「……とは言ったが、マスター殺しもさせる気はないからな。
存分に思い悩め、その間守ってやるのが大人の、そして親としての仕事だ。」
「……それで、態々道化になってまで隙を晒した結果はどうだった?」
「少なくとも7騎目はボクでも確認不可だという事が分かったよ。
ランサーが衛宮邸を襲った時の言葉とキミの妖精眼の結果を加味すれば、ボクらにとっての7騎目は既に存在する。
けれど、ボクの千里眼では影も形も確認できない。
それは態々隙を晒してすらだ。
例え、アサシンが気配遮断を使っていても存在するかどうか程度は分かると思うよ。
それなのに、存在するかどうかの確認すらできない。
よっぽどボクと相性が悪いか、凄腕で名を馳せたアサシンか、だね。」
「そうか……
心当たりは?」
「無いわけでは無いけど、聖杯に与えられたものを除いたらボクの人物に関する知識は平行世界のものだ。
何が違うかをすり合わせるのすら面倒だからね。
アテにしない方が良いと思うよ?」
「使えんな。」
「ハハハ、手厳しいなぁ!
まあ、大聖杯の防衛だけは任せたまえよ。
守る、時間を稼ぐ、惑わす、そこら辺は大の得意さ。」
まあ、有無を言わせぬ大規模攻撃には弱いんだけどね!と、続けようとしたところで何かを感じたマーリンは言葉を切る。
「……どうした?」
「……いや、気のせいだったみたいだ。
とにかく各陣営の監視と個々の防衛は承った。
君たちは後ろを気にせず、存分に動いてもらって良いよ。」
それでモルガンとの通信を終わらせたマーリンはその瞬間、浮かべていた笑みを深めた。
「ふふふ……
英雄王が相手だから多少は面白い展開になるかなあ、と思って蓋を開ければ、ほぼ全ての陣営が協力しそう。
これは接戦にはなっても勝ちは揺るがないかなと考えてたけど……
なるほどなるほど、聖杯はそう来たのか。
確かにボクたちとの縁と今の聖杯そのものに対する相性を考えればありえないことじゃない。
あの少年を主人公に据えて楽しもうとは思ってたけど、少し予定変更が必要かな。
やっぱりどう転ぶかわからない物語を間近で見られるのはいいなぁ。
とはいえ、ボクは依頼を受けた側、やるべきことはやらないとね。
ボク自身が演者になるのはあまり好きじゃないけれど、存分に躍らせてもらおうか。」
タッ、と音を立てて山門から飛び降りたマーリンは両手を広げてクルクルと踊る様にその場を回る。
いつの間にか、回る手に導かれる様に花びらが舞い、そして花びらがマーリンを覆い隠した次の瞬間、その場からマーリンは消えていた。
「クハッ、大聖杯だったか。
アレも中々味な真似をする。
良かろう、貴様も我の走狗として使ってやる。
貴様はもう少し隠れていろ、その方が面白くなる。
さて、我も少し動くか。
あの半神、単体ならまだしもマーリンと半妖精の支援があっては中々に面倒になる。
そろそろアレにエサもやらねばな。
言峰、少しの間出てくる。
夕餉は麻婆豆腐以外で頼むぞ。」
微妙に締まらない状態ではあるが、ついに英雄王が動き出した。
「!
父さん!
マーリンから念話です!
ギルガメッシュが動いた、と。」
「チッ、何処を狙ってる!?」
「……アインツベルンです。
ヘラクレスを落とすつもりだと。」
それを聞いてカイは思考を回す。
工房の中だ、モルガンも聞いているだろう。
マーリンは動かせない。
即時撤退させるならモルガンは必要だ。
まだ深夜とは言い難いが、アインツベルン城は山奥にある。
大規模戦闘は可能だ。
ライダーとバーサーカーで時間を稼がせてモルガンの転移で撤退……手が足りるかどうかは微妙だな。
せめてもう1人、セイバーを借りるか?
モルガンとの事は平気だろうが、アインツベルンがどう動くかが分からない。
ならアーチャー。
撃ち落とさせる位なら出来るだろうが……
いや、アーチャーもセイバーもまだ同盟を組んでいない。
そこで助けてと言おうものなら、士郎はまだしも他3人は確実に貸し一つにしてくる。
それで不利になるかもしれないのならそう易々とは戦力を借りられない。
「知らせるだけにしろ。
アーチャーのマスターは分からないが、お人好しのセイバーのマスターなら確実に動く。
セイバーも渋々だろうが動く筈だ
勝手に助けさせろ。
それで事足りる。」
思考を読んだのかモルガンは準備をしながらそう伝えてくる。
「桜と貴方は家で待機していなさい。
魔力供給も必要なければ、言峰綺礼がいるわけでも無い。
これが陽動の可能性もあります。
屋敷の防御機構があればランサー程度なら撃退は可能でしょう。
マーリンから他の報告があればすぐに連絡を。」
それに頷いて、すぐに衛宮邸に電話をかける。
ワンコール、ツーコール、スリーコール目で電話に出た。
「はい、衛宮です。」
「カイだ。
何やら因縁がありそうだから伝えておくぞ。
アインツベルンに敵襲だ。」
「アインツベルンに……!?
分かりました!
ありがとうございます!」
ガチャッ!と大きい音の後に電話が切れた。
それを聞いた何とも言えない顔でカイは受話器を置く。
「扱いやすすぎるな……
まあ、楽だから良いんだが。」
その後、桜に電話がかかって来ても出ない様に伝える。
恐らく遠坂やセイバーに突っ込まれてかけ直してくるだろうが、ここで馬鹿正直に答えれば、貸しを作るような言質を取られるかもしれない。
なら、アインツベルンに向かったと思わせて判断を急かす様にするのが良いだろう。
その様子を見ていたモルガンは結果を確認すると、すぐにライダーとエルメロイ2世を連れて出て行った。
次回、ギルガメッシュVSバーサーカー&ライダー&セイバー&モルガン
ッファイ!
なお、バーサーカーは既にストックの大半を削られ、イスカンダルは神性持ちで相性が悪く、モルガンは撤退のために戦闘にはあまり参加できず、セイバーは考えすぎで微妙にパフォーマンスが落ちているものとする
ギルガメッシュ?
セイバーが来たおかげで絶好調だよ
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9話
「フフフハハハハハハハ!!
どうした、その程度か!?」
その言葉と同時に幾つもの宝剣、宝槍が飛んでくる。
バーサーカーがそれに対応しようとしたところで、そのうちの幾つかが自身のマスターに向かっているのを見て行動を変える。
マスターに当たるものを最優先で弾き返し、その次に自身の致命傷となるものを。
そうなると自然と致命傷にならない程度の武器は当たり、その岩の様な体に傷がついていく。
血が流れ続け、それでもお構いなしに全力で動き続ける。
それはバーサーカー故の狂気による考えなしのものではなく、マスターを守りつつ戦う為には常に全力でなければならないからだ。
「いやしかし、貴様もバーサーカーでなければそこの人形を守りつつ攻勢にうって出る事は可能であったろうになぁ?
少しばかり残念だが……まあ、暇潰しの狩りには丁度いい塩梅の獲物よ。
そら死に物狂いで踊ってみせろ。」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎………」
ギルガメッシュの煽る様な言葉にバーサーカーは僅かに唸るのみ。
そして放たれた剣の一本がバーサーカーの片腕を刎ねる。
その瞬間、不利だと判断したのか、抱えていたイリヤを下ろし、逆の手で手と一緒に落ちた岩剣を掴み、地面に叩きつけて土煙で視界を遮る。
勿論、イリヤに岩の破片が当たらない様に自分の体で守りながらだ。
そして岩剣を背後にぶん投げ、イリヤを抱えて肩に置き、後ろに下がる。
走る途中で壁に突き刺さった岩剣を回収して、少し離れた所で最小の傷で死ねる様に自分の手で心臓をぶち抜いた。
その瞬間、発動する宝具『十二の試練』。
即座に怪我が治っていき、欠損した腕も生えてくる。
自死の、それも素手による死亡のためギルガメッシュを相手にするには必要のない徒手格闘への耐性が出来上がる。
理性も知性も無いバーサーカーになぜそんな冷静な判断が出来るのか。
答えは単純だ。
似た様なシチュエーションをつい先ほど経験したから。
その時は片腕を失ってなお戦い続けていたが、その結果不利になり、心臓を貫かれた。
そして蘇生のために行動が停止した時にイリヤに武器が向かっていたから、無理を通して動き、武器を弾いた。
そして次の瞬間には頭を砕かれたのだ。
バーサーカーでもヘラクレスは世界最強と名高い戦士だ。
理性も知性もなくとも、たった数十分の同じ戦いの中で同じミスを選択する様なら、その偉業を成し遂げられていなかった。
だからこそ、一度体験したなら二度目は最適解を本能だけで選び取れる。
生えて来た腕でイリヤを抱え直し、岩剣を掴み直す。
調子を確かめる様に岩剣の持ち手を何度か強く掴む。
次の瞬間、バーサーカーがその場を飛び退くと、そこに斧と槍が突き刺さり、爆発が起きたかの様に衝撃が拡散する。
「ほう、バーサーカーの癖に頭の回る奴だ。
だが、小賢しい小細工に過ぎん。
これで失った貴様の命は8つ。
さあ、あとどの程度踊っていられる?」
ニヤリと好戦的で見下した笑みを浮かべながら、その周りの空間にまた黄金の波紋が幾つも浮かんでくる。
そして、また横向きの武器の雨が降りそそぐ。
白い城の床が破壊され、バーサーカーの血で汚れる。
イリヤはそれまでの戦闘で既に悟っている。
このままでは勝てない。
勿論、バーサーカーだけなら負けない。
だけど、そこに私自身というバーサーカーにとって足手まといの存在が居てしまっている。
かといって、こんなに武器の降り注ぐ中、バーサーカーから離れればその瞬間には武器に貫かれ死ぬだろう。
セラとリズではこの戦いに介入する事すら難しいだろう。
最低でもサーヴァントクラスの戦闘力が必要だ。
それを考えた瞬間、脳裏に浮かぶのは衛宮士郎とセイバー、そして衛宮切嗣。
だが、すぐにその考えを振り払う。
ここにいない上に、連絡を取る方法もない。
無い物ねだりは魔術師のすることではない。
頭を回せ。
バーサーカーが私の手足となるなら、私はバーサーカーの頭になる。
何をするべきか、何が必要か、何が手札にあるのか。
自分自身の礼装、上手く当てて一度か二度攻撃を逸らせれば良い方だろう。
含んでいる神秘が違いすぎる。
じゃあ、私がバーサーカーから離れるのは?
セラとリズに合図を送って特定の位置につき、良いタイミングで私はバーサーカーから離れ、全力で戦って貰える。
だけど、どこでどうやって合図を送るのか。
そもそもその用意ができてもアイツがこっちを狙ってこないとも限らない。
けど、これしかない。
これしか打開策が思いつかない。
そのために必要なのはセラとリズの今いる場所を私が知ること。
多分、そんな遠くには行ってない。
近くで機を伺ってるはず。
伝える方法は……私の礼装!
鳥型にして自動索敵を使って2人を探せる。
その上、形を変えてメッセージを送れるはずだ。
そう考えると同時に礼装を使う。
糸のようなそれは、一部が鳥に変わると戦場から離れるように飛んでいった。
「ほう?
何か考えついたか人形。
その企み、やれるものならばやってみせよ。」
だが、戦闘中にそんなことをすればすぐにバレる。
案の定、自分の指と繋がったそれに向けて剣が放たれる。
「バーサーカー!」
イリヤがバーサーカーの名を呼べば、それだけでバーサーカーは放たれた剣を弾く。
だが、第一撃をどうにかしたが、実際のところは守る対象が増えたのだ。
更にジリジリと追い詰められていく。
上手くイリヤが誘導し、下がりながら応戦する事で致命的なミスは無いが明らかに傷つくペースは上がっている。
早く早くと焦る中、ようやくセラを見つける。
即座に礼装の形を変えて文字とし、自分の考えを伝えた。
それを読み終わったのかそこから離れていくセラの気配。
恐らくはリズと合流するはず、と考えて礼装を戻した。
「悪巧みは終わりか、人形。
まあ、せいぜい必死に足掻くが良い。」
ギルガメッシュはその様子を見ても笑っているだけだ。
気付いていないのか、あるいは気付いていて敢えて見逃しているのか。
どちらでも構わない。
あと、どれくらいで準備が整うのか。
セラとリズからの合図がどんなものか分からない以上は見逃さないように、目の前にいる相手だけでなく周囲にもより一層気を配る必要がある。
正直に言って目の前の敵に手一杯になっている現状を考えるとかなり難しい。
だけど、活路はそこしかない。
制限時間はバーサーカーの命のストックが完全に切れるまで。
やるしかない。
そう覚悟を決めた時、落雷のような音と共に外壁が吹き飛んだ。
僅かな空白の瞬間が生まれる。
だが、動けなかった。
完全に意識外の出来事に一瞬とは言え思考が止まってしまっていた。
次の瞬間には焦りと共に目の前の敵に向き直る。
だが、そいつは今にも放たれそうな武器を止めたまま、薄く笑ったまま土煙の中を見ている。
「ほう?
中々に早かったな。
再会はもう少しムードのある時が良かったが……まあ良い。」
「アーチャー……!」
姿を現したのは青いバトルドレス姿のセイバー。
更に赤髪の偉丈夫、ライダー、イスカンダル。
そしてセイバーに瓜二つだが銀髪でセイバーが成長したような姿の女。
確か……前回のキャスター、モルガン。
そしてその後ろに黒い長髪の男、ライダーのマスター、エルメロイ2世だ。
「アインツベルンのマスター。
大聖杯については聞いているな?
誰か一人でもサーヴァントを落とす様な事があっては困るからな。
そちらもまだ死にたくは無いだろう?
一時的で良い、同盟を組め。」
その上から目線の口調にむっとしつつ、イリヤは考えを巡らせる。
サーヴァントクラスの戦力が3人。
これならあいつがどれだけ強かろうが、どうにかなる筈だ。
「……受ける以外ないじゃない。
仕方ないわね、同盟を組んであげる。
それとそこのライダーのマスター。
近くにセラとリズ……私の付き人のホムンクルス2人が居るはずだから連れてきて。」
「お言葉だがね、レディ。
私がそのホムンクルスに負けて殺されるかもしれない以上はそれは受けられないな。」
「ヘタレね。
情けなくないの?」
「プライドで身を守れるのならそうするとも。」
暗に同盟の主導権はこちらにあると言ってやれば、モルガンは余裕そうに薄く笑うだけ。
それにムカつきながらも、同盟を組んだと判断してバーサーカーから下りる。
こうなればバーサーカーの手は空く。
私が死ぬのも困るだろうから守ってくれる。
下りながら暇そうだったエルメロイ2世にセラとリズとの合流を頼むが、随分と弱気な返事を自信たっぷりにしてきた挙句、言い返せば更に皮肉たっぷりの言葉が返ってきた。
「他に手が空いてない。
行け。
夫に頼んで防御術式がふんだんに盛られた服を着ているんだろう。
それは何のためだ、時間がない。
さっさと行け。」
「……お見通しか。
クソッタレめ、私を置いて逃げるなよ、死ぬ自信しか無いからな。」
そう言い残してエルメロイ2世は城の中へと駆けて行った。
やっぱり大人になっても何処となく不運な様だ。
とはいえ、悪運が強いから踏んだり蹴ったりの後に生きて帰って来るのだろうが。
「まさか余がかのヘラクレスを助ける様な機会に恵まれるとは、聖杯戦争とは何とも愉快な祭りよ。
ところで聞けば、貴様。
前回の聖杯戦争で余を下したそうだな。」
イスカンダルはその同盟が組まれた様子を見て感慨深げに呟く。
そして、ギルガメッシュを睨め付けエルメロイ2世から聞いた話について確認する。
「そうだが、それがどうかしたか征服王。
まさかこんな状況でリベンジマッチだとでも言うつもりか?」
「非っっっ常に残念だが違う。
好きに生き、好きに死ぬ。
それこそが征服王たる余の生き様よ。
だが、このイスカンダル、同時にこの世界を愛している。
余が冒険し、征服するための世界そのものを消されるとあっては多少の我慢もしよう。
大聖杯とやらの問題が片づいた後にまた改めてリベンジさせて貰うこととする。」
「ハッ!
あいも変わらず傲慢な奴だ。
やはり我と貴様は永遠に相容れんらしい。」
2人の王の睨み合いだけで、その場の空気がドッと重くなる。
その2人の王の姿にセイバーは僅かに気圧される。
決して鈍らず曲がらない信念を持つ2人の王、対して今のセイバーには確固たる芯と呼べるものが無い。
「だが、戦う前に一つだけ聞いておこう英雄王。
何故、貴様は大聖杯による災厄を望む。」
「答える義理は無い。
無いが……よかろう、答えてやろうとも。
剪定だ。
我はこの星の人間の行く末を見定める。
だが、今の人間どもは余りにも脆弱になり過ぎた。
前回の聖杯戦争、その最後の聖杯の泥でここに住んでいた人間は粗方死んだ。
……あまりにも弱い!
見るに耐えん程にな!
我の治めるウルクの民であったのならば、あの程度の泥で死ぬのは赤子か老人程度であろうよ。
その癖、人間は増えすぎた。
今の世界にはあの様な脆弱な人類が蔓延っていると聞く。
故に人類の裁定者たる我が間引く!
それが裁定者として人理を見定めると決めた我がやらねばならん事だ。
邪魔はさせん。」
人類の、人理の行く先を見定める。
それが傍若無人としか思えなかったギルガメッシュが己自身に定めた英霊としての在り方。
傍若無人に見えるのは、恐らくこの聖杯戦争はあくまでも人類が終わるその日までの暇つぶしでしか無いからだろう。
「……この答えで満足か征服王。」
「応ともよ!
その答えを聞いて、より一層血が滾るわ!
一対一で戦えん事が本当に残念で仕方ないわい。
しかし是非もなし。」
「そういきりたつな、今日はまだ余興に過ぎん。
存分に楽しませろ、雑種共!」
その言葉と共にこれまでのバーサーカーとの戦いとは桁違いの数の波紋が生まれる。
「退路は私が開く。
多少の自己防衛は出来るが、その分遅くなると思え。
可能な限りこっちに攻撃を通すな。」
「応よ!
ハハハハハハ!!
まさかヘラクレスと肩を並べ、英雄王と戦う事になるとはな!」
「◼︎◼️◼️◼️◼︎◼︎◼︎◼️◼︎◼️◼︎◼︎!!」
イスカンダルに応える様にヘラクレスが雄叫びを上げた。
そして戦端が開かれる。
約1ヶ月ぶり
まあ、結構更新早い方だし許して
酷い時は半年とか年単位とかで空くからね
バーサーカーの冷静な判断に関しては、一度やられたならそれくらいはしそうという妄想
コミカライズ版アガルタでもメガロスが『触れれば転倒』を攻略するのに自分の足潰してたからやるでしょ
ギルガメッシュも自分の認めた相手であるイスカンダルなら結構真面目に答えそうという予想
因みにこの2人の会話中、地味にセイバーのメンタルにスリップダメージが入ってる模様
セイバーの影が薄いのは仕様です
次回こそ本当に戦闘開始
感想、評価お待ちしてます
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10話
今年もモルガン様をよろしく
イベントとかイベント(リアル)とかイベント(FGO)とか色々と忙しかったので遅くなりましたが、なんとか正月の三が日中に更新できました
これが自分からのお年玉って事でいいですね?
嵐の如く武器の雨が降り注ぐ
その嵐に立ち向かうのは3人の英雄
襲い掛かる武器を弾き、逸らし、凌いでいく
だが可能なのはそこまでだ
理由は攻勢に出る必要がないからだ
この戦いは元から防衛戦だ
攻勢に出て此方の一騎でも倒されれば、その瞬間に最終的な負けが確定する
とはいえ、それだけなら命知らずな英雄達が一時的にでも攻勢に出る事で有利な状況を作ろうとする事はあり得る
だが、彼らの後ろには守るべき対象がいるのだ
下手に動けばそちらに被害が向くかもしれない
だから動けない
対する英雄王のスタンスはあくまで遊びだ
セイバーとの再会にテンション上がっているのは確かだが、それでも遊びというスタンスは崩れない
武器の豪雨で足を止めつつ、時折「これにはどうする?」と対処の難しい、しかし対処しなければならない一手を打つ
英雄達も舐められている、手を抜かれている事に気付きつつも命を賭けるのは今では無いと胸の内に沸き立つ怒りを抑えている
目の前の黄金の波紋から放たれる武器を弾く
明らかに外れるコースのものは見逃し、自分達に当たりそうなものは避け、後ろのモルガンとイリヤに当たりそうなものを率先して弾く
ヘラクレスが数本の武器を纏めて薙ぎ払い、その大ぶりの隙を埋めるようにセイバーとイスカンダルが続けて飛んできた武器を弾き、逸らす
邪魔にならないように前に出たり、後ろに下がったり、横に避けたり、縦横無尽に動き回りながら凌いでいく
「ハ、ならこれはどうだ?」
ギルガメッシュのその言葉と共に3人の足元に波紋が現れる
何が出るにせよ、対処する必要がある以上3人は後ろに跳び、出て来た鎖に足を取られてバランスを崩しながら着地する
即座に鎖を破壊しようとするがその腕すら絡め取られる
ヘラクレスが力尽くで引き千切ろうとするが、鎖はびくともしない
「無駄だ。
これは天の鎖。
貴様の様な神の血を引く者ならば絶対に逃れる事は出来ん。」
「チッ、世話の焼ける。」
前衛が纏めて捉えられた状況に流石に黙っている事は出来ず、モルガンが魔術陣を構築していた手を止めて斬撃を放つ
それと同時にギルガメッシュが剣を放った
モルガンが剣に変わった杖を振り抜くと同時にギルガメッシュの剣がその脇を通り、モルガンの魔術陣を破壊した
モルガンは一瞬だけ視線を砕けて跡形もなくなった魔術陣に向け、完全にしてやられた事を理解して苦い表情になる
対するギルガメッシュは薄ら笑いを浮かべながら語った
「貴様が手を出してくるくらいは予想の範疇だ。
その妖精眼も直接視なければ何を考えているかは分かるまい。
まだまだ飽き足りん、満足いくまで踊って貰うぞ。」
ヘラクレス、イスカンダル、セイバーを縛っていた鎖は破壊出来たが、その代わりに帰還の要であった転移の為の魔術陣を破壊されてまた一から始める事になった
漏れ出そうになった激情を飲み込み、モルガンは一瞬だけ考えを巡らす
ギルガメッシュにとっては今の状況は戦闘や遊び混じりの蹂躙ですらない
本当にただの遊びだ
故に対処の難しい手を打っては来るが、対処の不可能な手は打ってこない
何せその気になればあの宝具、『王の財宝』の出口である波紋を前衛を無視して今いる足元にでも出せば良いのだから
となれば、魔力の続く限り防戦は可能だろう
1番魔力消費の激しいバーサーカーのマスターはここにおり、マスターが近くにいるとは言えど多少は距離の離れているイスカンダルとセイバーは宝具を使用しなければそう大した魔力消費も起こさないだろう
つまり時間はあるのだ
魔法陣の構築を再開し、手を動かしながらも別の手を考える
マーリンを使う
ナシだ
守り手の薄い今、自宅と大聖杯を守れるのはアレしかいない
今動かせる駒じゃない
無理を通して撤退戦に移る
ライダーの宝具を使用しても4、5人が限界だろう
霊体化による人数調整もバーサーカーのみ可能
足りなさすぎる
無理だ
転移門にした鏡は……衛宮邸に持って行っていた筈だ
ここにはない
となればやはりもう一度初めから作るしかないか
……いや、全部が全部壊れているわけでは無い
破壊された部分とそこに繋がる重要な回路をカット
狙いが荒くて助かったな
4割程度からやり直せる
だがここで問題が1つ
セイバーのマスターだ
ここで何とか奴から逃れたとしても、セイバーのマスターが捕まって殺されでもすれば何の意味も無くなる
可能ならば合流、あるいは撤退する様に伝えておきたいところだが……
セイバーの思考を覗けばアーチャーとそのマスターと一緒に私達と合流する前に別れた様だ
となれば近くに潜伏して機を伺っていると見るべきだが……流石にどこに隠れ潜んでいるかまでは知らない様にしているな
こんな時にまで要らない警戒をしてくれるとはな
状況が分かっていないにも程があるぞ愚妹め
この状況を見ているのなら、何か策があると見て合流、あるいは撤退しようとしてきても良いはずだ
そうでないのならどうする?
キャスターと念話は多少の無理をすれば繋げられる様にはしておいた
千里眼で確認させるのも1つの手だ
念話と千里眼なら時間も取らないから、警備が甘くなるとしても数秒
ランサーではその間に宝具の圏内に飛び込んで一撃で仕留めるのは不可能だろう
スペックだけで考えれば可能かもしれないが、マーリンとてバカじゃない
予め幾つかのデコイをばら撒いているはずだ
幾ら使いようによっては万能にもなる原初のルーン魔術を修めているとはいえ、数秒の間に偽物と本物を見極め、本物に接近し、宝具を放ち確殺するのは無理がある
1つ可能性があるとすれば正体不明の七騎目のサーヴァントだ
そういったスキルないしは宝具を持っていたのなら話は変わる
完成度が凄まじいとはいえ、所詮は魔術でしかないし幻術でしかない
本人も自覚しているように有無を言わせぬ大規模攻撃には弱いのだ
それでも生きていれば無茶を通して世界を騙し、それすら夢だった事にするという鬼札もある
生き汚なさに関しては私の知る限りでは世界一だ
こちらの世界のマーリン諸共、一回本当に死んでくれないだろうか
となれば、魔術陣を書き上げながら術式を起動、マーリンとの念話のチャンネルを開ける
念話の繋がる感覚と共に言葉を送る
(マーリン。
セイバーのマスター、アーチャーのマスター、アーチャーの3人がどこにいて何をしているか見ろ。
アインツベルンの城の中あるいは付近にいるはずだ。)
『ああ、それなら君らの上だよ上。
2階の回廊に上手く潜んで様子を伺っている様だね。』
その返答の速さに娯楽代わりに見ていたな、と悟る
だが都合はいい
2階に続く階段はギルガメッシュの背後にあるが、サーヴァントの尽力を使えば2階に飛び上がる事くらいは容易い
持ち上げなければならない身体能力の足らない人間の数も人を1人2人つかんで飛び上がれる身体能力の持ち主よりは少ない
ライダーのマスターが戻ってき次第動きたい
願わくばそれまで奴らには下手に動いて守るべき対象を増やさないで貰いたいが……
ギルガメッシュが既に気付いていてもおかしくはない
そう考えていると、背後の通路から足音が聞こえてくる
数は2人
相当な速度だが2人の足音は全く同一で一定だ
ホムンクルスの2人か?
ならライダーのマスターはどうした
「セラ!リズ!」
「お嬢様、お待たせいたしました。」
どうやらホムンクルスの2人らしいと判断して視線をそちらに向ける
同じ衣装で片方だけが巨大なハルバードで武装している
そしてもう片方はライダーのマスターを肩に担いでいた
少し思考を除けば、探すのに手間取り、説得するのに物理的に手間取り、結果体力を使い果たした様だ
「前衛3人。
隙を作るから2階にいるアーチャー主従とセイバーのマスターを捕まえて連れてこい。
術式は7割出来ている、移動しながらでも構築は可能だ。
それで撤退する。」
「ほう、そりゃあいい知らせよ。
防戦一方で飽きてきた所だったわ。
ならば先にこの豪雨をどうにかせねばなるまい。」
「それは私が……!
『風王ーーー!?」
セイバーが風の鞘を解き、その風圧を攻撃へと転化しようとしたその瞬間、ギルガメッシュの攻撃の手が止んだ
それに戸惑い、セイバーの手も止まり、アインツベルン城に数十分ぶりの静寂が訪れる
「チッ、本当に遊びのつもりか英雄王。」
「初めにそうと言った筈だぞ、妖精姫。
此度の遊びは貴様らが撤退の準備を済ませた事で仕舞いだ。
真に決着をつけるべきは今でもこのような場所でもない。
こちらも抑えるべきものは抑えた。
準備ができたのなら何時でも仕掛けてくるが良い。」
最後に放たれた言葉にモルガンが目を見開きギルガメッシュの思考を読む
対するギルガメッシュはそんなモルガンに対して不快感を覚えるどころかニヤニヤと笑いながらそのままでいるだけだ
「っ!
マーリン!」
思考を読み取ったモルガンがマーリンに念話を繋げようとするが、相手のマーリンが答える事はなかった
大聖杯を取られた
そしてマーリンもやられた可能性が高い
そう理解するのに時間はかからなかった
「フフフハハハハハハハ!!
千里眼持ち同士での策のかけ合いは中々に歯ごたえのあるものであった。
まあ我が本気を出せばこの通りよ。
ああ、安心しろ奴は死んではいない。
アレのしぶとさは貴様も知る通りだ。
ではな。
次に会う時には決死の覚悟を抱いて挑んでくるが良い。
それとセイバー、貴様も次に会うまでに答えを用意しておけ。
まあイエス以外には無いだろうがな。」
そう勝ち誇った表情で告げたギルガメッシュはモルガン達に背を向けて去って行った
その姿が見えなくなると同時にその場にいた全員から漸く力が抜け、戦闘態勢が解除される
「取り敢えず上の3人は降りて来い。
大聖杯を取られた。
キャスターもやられた可能性が高い。
立て直す必要がある。」
キャスター、マーリンが最初の脱落者であった場合でも支障はない
座を通しての召喚ではなく、この世界線に存在しない=この世界では死んでいるという屁理屈を通しての召喚に過ぎない存在だからだ
世界とすら契約せずにこの世界のマーリンとモルガン、そして並行世界のマーリンの3人による世界すら騙した召喚だ
故にマーリンがやられても大聖杯の餌となる事はない
だからこそ、最悪の場合捨て駒にできる唯一の人員だったのだ
故にたとえ死んでいようが最悪の結末にはならない
無論、死んでいない方がありがたいが
苛立ち混じりに魔術陣を組み上げ、繋げる
そこを通って集団はルフェイ邸の地下へと帰還した
「無事だな。
やはり生き汚なさだけは群を抜いているな貴様。」
「うん、この通り生きているとも。
無事……とは流石に言い難いと思うけどね。」
「うるせえ、怪我人は黙ってろ。
俺は他の奴らの対応をしてる。
桜は最悪令呪を使って回復させるだろうから手伝いながら気を配っててくれ。」
「はい。
母さん、薬は何を?」
モルガン達が戻ってきてから暫くしてマーリンは左腕と右脇腹、そして頭に傷を負いながらもルフェイ邸へと戻って来た
その様子にモルガンが呆れながら治療の用意を始めると、マーリンは笑顔でそう答える
カイが今家にいる他の陣営と話しに行き、桜はその場に残ってモルガンの手伝いを始める
「最悪の相手だったよ。
幻術じゃ誤魔化しきれなかった。
傷も幾つかは幻術をかけて誤魔化している。
霊核も少し傷つけられたし、その他の傷も放っておけば退去は有り得るくらいのものだったからね。
取り敢えずの応急処置だ、君の合図で解くから後はよろしく頼むよ。」
「……桜、薬はこのリストの物を頼みます。
…………見間違えではないだろうな。」
治療用の術式を作り上げながら幾つかの常備している薬を桜に頼んで取りに行かせる
それを取りに行く為に桜が部屋を出たのを確認してからモルガンは妖精眼で見た相手について確認する
その真面目な様子にマーリンも微笑みを消して真面目に答えた
「残念ながら。
流石に見間違えようがない。」
「…………手が足りん。
予想外にも程があるぞ。」
モルガンにとってはあまり使いたくない、セイバーと手を組むということを入れてすら手が足りなくなるという事実に頭を悩ませる
唯一可能性があるとすれば、まだモルガンが奥の手を知らないアーチャーだ
それが刺さる宝具を持っていれば話は別になるが……可能性は低いだろう
現代の英霊が神代の最上級の英霊に真正面から抗える何かを持っている事などそうそう無い
「ブリテンの白き龍ヴォーティガーン。
我らとの縁、そして聖杯にすらこびり付く強い呪いとの相性か?
何にせよ性質が厄介すぎる。
星の聖剣を数発飲み込ませて漸く攻撃が通り始め、そしてとどめの一撃は聖槍。
その性質は十中八九宝具になっているはずだ。
流石に本物のロンゴミニアドを愚妹には使わせられん。
引っ張られて女神の方が降臨しかねん。」
桜が戻ってくるまでの数分間、モルガンは術式構築の手を止めてまでずっと対抗策を練っていた
ここにおいて事前に用意していた策は無意味と化していた
はい、と言うわけで7騎目は色々と予想のあった通りヴォーティガーンです
だけどオベロンではないよ
オベロンの説明文とか引っ張って来て読んでもらうと分かるけどオベロン・ヴォーティガーンは異聞帯におけるヴォーティガーン(3回目の姿)だからね
こっちのヴォーティガーン(CV:小山剛志)はウーサー王の兄であり、アルトリアとモルガンの叔父
軍の騎士達を一撃で蒸発させ、聖剣の光を飲み干し、日中状態のガウェインを一撃で昏倒させ、色々な宝具フル装備であろうアルトリア(完全体)と一対一で渡り合い、聖剣2本で動きを止めて聖槍で心臓をぶち破るまで死ななかった化け物だよ
どうやって勝つんだこれ
汎人類史のヴォーティガーンの出番はドラマCD、『Garden of Avalon』だけなので気になる人はチェック!
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11話
ニトクリス・オルタが性癖にブッ刺さったので30連したら爆死でした
やっぱりモルガン殿下の絆石で別の女引こうとしたのがダメじゃったか
オルタみたいな悪堕ちっぽい感じが刺さる人間なので今回の第7章は大満足っすわ
カマソッソ大先生!
一生付いて行きます!
なので私にニトクリス・オルタを!!
「待たせた。
キャスターの治療は済んだ、それと同時に聞きたくもなかった報告を受けたがな。
先にはっきり言おう。
いがみ合っている場合ではなくなった。
私達が事前に考えた策ではギルガメッシュ、そこに多少なりともサーヴァントが加わったとしても、それだけなら切り札を切らせても完封して勝つ方法はあった。
それは向こうにクー・フーリンという最上級クラスに食い込むサーヴァントがついても可能な物だ。
だが、今回キャスターが確認した7騎目のサーヴァント1人だけで全部壊された。」
ルフェイ邸地下にある広間
その中心に作られた円卓を囲む5つの陣営においてモルガンはそう口を開いた
マーリンから読んだ記憶を転写して円卓の中心に画像が浮かび上がる
黒いモヤに覆われた黒ずくめの鎧で身を固めた人物
その鎧を見ると同時にセイバーがその正体に気付いた
「そんな…………まさか……」
「冗談だったらどれだけ良かっただろうな。
これほど遠く離れた異国の地で何百年も前の因縁がまた巡るとは、因果なものだな。
知らぬ者は頭に入れておけ。
奴こそが我が前任者にして、ブリテン島の意思そのもの。
島を守る為に人を呪い、国を滅ぼそうとした邪竜……ヴォーティガーンだ。」
『ヴォーティガーン!?』
モルガンから告げられた名前に素早く反応したのは遠坂凛とエルメロイ2世の2人だった
驚いた様子で席を立ち、身を乗り出す
同じようなリアクションを取った2人が顔を見合わせてからゆっくりと席に戻った
「えっと……ヴォーティガーンって確か……アレだよな?
アーサー王伝説の……」
「アーサー王伝説においてアーサー王の叔父にあたり、龍となって国を滅ぼそうとした邪龍にして邪王だ。
アーサー王に討伐され、それによってアーサー王は拠点となるキャメロットを手に入れたとされている。」
「一般的な認識であればそれで十分だ。
だが、魔術的な話となれば話は別だ。
奴は龍であり、奈落そのもの。
太陽の聖剣の光を完全に奪い、星の聖剣の光すら呑み込み、無効化した。
聖槍ロンゴミニアドによって心臓を突き破られるまで死にそうにもなかった化け物そのものだ。
サーヴァントになって多少弱体化はしているだろうが……手が足りん。」
何となく覚えていた記憶を頼りに士郎がワードを捻り出し、カイがそれに簡単な説明を加え、そしてそれにモルガンは補足を加えた
補足したモルガンは手を振って円卓上に画像を更に出す
それは対ギルガメッシュ用に作り上げていた擬似神造兵器とでもいうべきもの
その完成した代物が写っているものだった
「これが私がこの10年で作り上げた奥の手、『偽・霊脈閉塞型兵装』だ。
本物の聖槍を解析、研究し、結局間に合ったのはこの1基のみ。
これだけではギルガメッシュかヴォーティガーンのどちらかを倒せる程度だ。
奴らを同時に倒すのは高望みが過ぎる。
どちらか片方はリソースを削られた上で何とか実力で倒すしかなくなる。」
「ほ、本物のロンゴミニアドがあるのよね?
それを使えば。」
「無理だ使えん。
サーヴァントとは言え、愚妹がここにいてそれでロンゴミニアドを起動してみろ。
あまりに繋がりが強くなりすぎて本物の女神ロンゴミニアドが愚妹を依代に降臨しかねん。
この時代に本物の神霊がダウングレードもほぼ無しに降臨するというその意味が分からんとは言わせんぞ。」
遠坂凛から挙げられた意見はモルガンがバッサリと切り捨てた
それはそうだろう
科学世界という1枚のテクスチャに地球全体が覆われている今、女神、それもテクスチャを縫い付けている最果ての塔の女神が降臨すれば最悪の場合、人理崩壊すらあり得るのだ
故に本物は使わせられない
使うとしても聖杯戦争でこちらの陣営の敗北が確定し、セイバーがこの時代からいなくなっていた時に被害を抑える為に例えこの地諸共であろうが大聖杯を破壊する為
つまりは最悪の場合に備えての打たないに越したことのない最後の一手だ
「正直言って現状では策がない。
だが不幸中の幸いとでも言うべきか、英雄王は待ち受ける姿勢をそうは崩さんだろう。
タイムリミットは……1週間かそこらだ。
それを越えれば奴は痺れを切らして攻め込んでくるか、こちらが攻め込まなくてはならない状況を作り上げるだろう。
故にこの猶予期間を使って何とか対策を立てなければならん。
貴様らもこの間に対策を考えておけ。
進展があったならこちらから使い魔を飛ばせて知らせる。
策に関しては考えてさえいれば思い付かずとも文句は言わん。
そもそも期待していないからな。
好きに過ごせ。」
そう言って部屋を出て行ったモルガンに続き、カイも席から立ち上がる
「まあ、これが人生最後の安息のひと時になるかもしれないからな。
ゆっくり過ごすといいさ。
ああ、生き残る確率を少しでも高くしたいのなら今すぐ聖杯戦争を降りてどこか遠くにでも行くんだな。
幸いにもマスター権限を受け継ぐ相手が少なくとも3人はいるから気にしなくても良いぞ。」
軽い口調で告げられた言葉に反応はなく、続けて立ち上がった桜と共にマーリンのいる奥の部屋へと去って行った
次に立ち上がったのはイリヤだった
「あーあ、城も聖杯戦争の前提も崩れちゃったし。
セイバーにもシロウにもちょっかいかけられなくなっちゃった。
行こ、セラ、リズ、バーサーカー。
仕方ないし今日はここで泊まらせてもらいましょ。
じゃあまたね、お兄ちゃん。」
従者とサーヴァントを連れてこの家の主に泊まることの許可を貰いたいが、他人の工房に足を踏み入れることがどういう事かを理解して取り敢えず上で待とうと階段へと向かって行く
バーサーカーの肩に乗り、士郎に無邪気に手を振って去ろうとするイリヤを士郎は呼び止めた
「あ、ちょっと待ってくれ。」
「なぁに?」
「今は……ちょっと色々と頭がこんがらがってて何て言えば良いのか分からないんだけどさ。
イリヤと話したいんだ。
俺がここに来るでも、イリヤがウチに来るでもどっちでも良いからさ。
また会って話してくれるか?」
「……しょーがないなぁ。
良いよ、明日来なかったら明後日行くからね。
じゃあ今度こそバイバイ、お兄ちゃん。」
そう言ってバーサーカーのズシンズシンという重い足音と共に去って行った
「……俺たちも一度帰ろうか。
舞弥さんに藤ねえの誤魔化しを頼んであるけどずっとは悪いし、色々と話したい。」
「え、ええ、それが良いでしょう。」
「まあ、そうね。
毎日毎日、受け取る情報量が多くてそろそろ一回休みたかった所だわ。」
もう完全にくたびれた様子の遠坂が少しは休まないとやってられないわ、と愚痴を吐きながら席を立てばアーチャーにその態度を咎められる
だが、それを「うっさい、そもそもアンタが1番最初の予想外よ。」と返せば「おや、それは自業自得だろう。恨むのはお門違いだと思うがね。」と言われ、ぐぬぬと唸りながらも返す言葉がなかったようでそのまま黙り込んだ
その様子に苦笑しながら士郎は少し遅れて席を立ち上がったセイバーの手を取って歩き出す
「ほら、セイバーも。
なんか色々と複雑だってことだけしか分からないけどさ。
一度帰って、食べて、しっかり休んでから考えよう。
力になれるかは分からないけど相談には乗るからさ。」
その士郎の言葉にセイバーは何だか分からない気持ちのまま、心配してくれたという事だけは理解し、余計な心配をかけさせまいと薄く微笑んで答えた
「ええ、この時代の……いえ、シロウのご飯は絶品ですからね。
楽しみにしておきます。」
それから数時間後
士郎達が家へと戻り、襲われる心配も戦いが起こる心配も全くない夜を数日ぶりに過ごす事になった
姉役である藤村大河の追及を躱し、矛先を変え、夕食で釣って何とか有耶無耶に誤魔化した
そして夕食を食べた後に隣の藤村組の家に戻った藤村大河を見送り、家の中は聖杯戦争を知る5人だけとなった
「じゃ、少し話し合いましょ。
どうするか、よね。
敵はクー・フーリン、ギルガメッシュ、ヴォーティガーンのサーヴァント3騎、そして多分あのクソ神父も敵よね。
常々胡散臭いとは思ってたけど、まさか敵だったとは。
これまでの色々な分も含めてボコボコにしなきゃ気が済まないわ。」
「舞弥さんとしてはどんな手があると思う?」
怒りを燃やしている遠坂を横目に士郎が舞弥にアドバイスを求める
「……正直な所なんとも。
クー・フーリンとヴァーティガーンについてはサーヴァントとしての戦闘を知りませんので。
ですが、彼らはこの日本では大した知名度を持たない英霊と反英霊です。
サーヴァントになった事による弱体化はそれなりに期待できます。
相性はあるでしょうが、こちらのサーヴァントの質も高く、2人までなら確実に数の差によって押し切る事は可能でしょう。
そして敵の出方、こちらの作戦次第ではありますが、残った1人とは消耗した状態で対峙する可能性は高いです。
問題はその後。
こちらは相手を倒し切ってはいけないという条件がある以上、残った1人によって抑えた2人を回復させられる様な事があればジリ貧という他ありません。
理想は3人を大聖杯から引き剥がし、その間に大聖杯の浄化を行う。
これが1番現実的な策でしょう。」
「となれば、ステップは2つだな。
1つ、敵サーヴァント3騎を大聖杯から引き剥がす。
これは大聖杯から遠ければ遠いほど良い。
2つ、モルガン・ルフェイとキャスターによる大聖杯浄化の邪魔をさせない。
どれくらい掛かるかは現状不明だがね。」
アーチャーが舞弥の言うことを纏める
方向性が固まったことでそれぞれの思考が回り始める
「多分だけど、数人がかりなら倒さずに時間稼ぎはどうにかなるよな?
ならどうやって移動させるか…………
ライダーのあの戦車で引き摺るとか?」
「いえ、ライダーなら固有結界を宝具として所持しています。
それなら失敗するリスクは低く、その場から動かすことは可能な筈です。
ですが相性を考えれば……引き剥がすのはランサーが良い。
時間稼ぎもライダー1人で充分でしょう。
問題は後の2人です。」
ライダーの宝具、『王の軍勢』は自身の配下達と心象風景を同じくするが故に一面の砂漠という固有結界を作り出し、そこに己の配下達を召喚する宝具
だが、軍勢に対して強く出れる広範囲攻撃を持つサーヴァントが相手では一撃で軍勢を蹴散らされ、最悪の場合単に魔力を消耗してしまうだけになってしまう
その点、継戦能力と1対1での戦闘に強いクー・フーリンならば数で勝れるこの宝具は時間稼ぎにはうってつけだ
故にライダーの相手はランサーで決まる
だがその後が決まらない
何せ味方の手札もまだ分かり切ってはいないのだ
無論、味方といえど知られないに越した事のない手札はあるだろうが、最低限の情報共有が出来ていない今、出せる案は少ない
そんな中で口を開いたのはアーチャーだ
何かを決心した様子でその言葉を口に出す
「……私に手がある。
残った2人のどちらか一方は私が受け持とう。」
「アーチャー?
出来るの?」
「やるしかあるまいよ。
令呪は欲しいがね。
必要とされる時間次第ではもう1人ほど欲しいが……」
そこまで言えばセイバーは動かざるを得ない
アーチャーの言葉を聞いてすぐに自ら立候補した
「ではその場合は私が。
バーサーカーは見る限りではかなり継戦能力に特化しています。
令呪の切り方次第ではありますが、1人で長時間抑え込むことは可能でしょう。
相手の移動は……不安が残りますがモルガンに。」
「仮の案が決まったのなら近いうちに他陣営と話し合った方が良いですよ。
余裕があるのなら明日にでも。」
「早い方がいいわよね。
衛宮君は明日アインツベルンのところに行くの?」
「ああ、そうしようと思ってる。」
「じゃあ一緒に行くわ。
先にこの案について話し合って、その後に用を済ませたら良いんじゃない?
と言う訳で今日は解散。
ここ数日の疲れを取るためにもさっさと寝ましょ。
適当な部屋借りるわよ。」
「では私が案内します。
士郎も今日は寝るように。」
こうして取り敢えずの案が決まった以上、今日やれる事はもうない
泊まっていくアーチャー主従と、彼女らを客室に案内する為に舞弥がリビングから出て行った
「桜の家で言ってた事だけど、今なら誰もいないし存分に相談に乗れるんだけど……」
「いえ、相談なら明日でも出来ますから。
今は体を休めてください。」
「いやでもさ。」
「しつこいですよ。
優先順位を間違えないで下さい。
明日寝不足の状態で頭を酷使する話し合いが出来るのですか?」
「うっ…………そう言われると……自信はない。」
「なら寝て下さい。
異論は認めませんよ。」
肩を掴まれ、半ば無理矢理に自室へと連れて行かれ、すでに敷いてあった布団に押し込まれる
そして当然のように枕元で正座をするセイバー
「……いや、セイバーさん?
何でまた枕元にいるんですかね?」
「寝るまでは監視しておきます。
私がいなくなってから布団から抜け出されても困るので。
なので気にせずに寝て下さい。
ほら、目を閉じて。」
そう言われては従う他ない
渋々目を閉じればすでに襲いかかってきていた疲労感と共に一気に睡魔がやってきた
意識が落ちそうになっているなか、セイバーが何か言っていた様な気がした
1週間の猶予
またの名をセイバーさんのメンタル急速復活期間
決戦を前に諸々の人間関係修復していきましょうねー
zeroは元から救いのない物語だったからそれを加速させた
なら救いを与えるstay nightならそれもまた加速させねばなるまいて
やっぱり型月主人公はヒロインに対して言葉と態度でクリティカル連発させなければならない宿命にあるのだ
感想、評価よろしくお願いします!
特に評価があと25人で評価者数1000の大台乗るので!
皆さんの力で私をまだ見ぬ場所へと押し上げてくだされ!!
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12話
遅くなりましたが、評価者数1000人ありがとうございます!
投稿の遅いこんな作品ですが、漸く終盤に入ってきました
完結までよろしくお願いします
テレビでヘブンズフィールやってて見終わったら書きたい欲が湧いてきたので何とか書き終えられました
やっぱり原作は最高だぜ!
あとティアマト実装おめでとう&ありがとう!
石配りも十分あったので無事引けましたね
その前のホワイトデーイベは爆死でしたが
「あれ?
もう来たの?
まあ、良いけどね。
お城に比べたら狭いけど居心地良いからゆっくりしていって。」
「貴様の家じゃないだろうがアインツベルン。
で、策の案が出来たから相談しに来たと。
殊勝な心掛けだな、入れ。」
ルフェイ邸に2日連続で訪れた士郎達を迎えたのはこの家の主人、ではなく客人のイリヤだった
まるでこの家の主の様な言い草に後から現れたモルガンがツッコミを入れながら士郎達の思考を読んで要件を把握した
士郎達は促されて玄関を上がり、ここ数日同様地下へと降りる
そしてモルガンとイリヤだけが席に座り、他は見当たらない
「それでどの様な策だ?」
「待って。
他は?
全員が揃ってないのにやるの?」
「ならば逆に問おうか、その必要があるか?
どんな策を考えてきたかは知らないが、現時点ではそれは初期案でしかない。
今の時点で修正の必要が無いと言い切れるほど自信があるのなら、今は体を休めたり準備を整えている他の者達の時間を割いても構わないがな。」
モルガンのその言葉に唸る遠坂の姿を見ているととことん相性が悪いのだと分からされる
「時間は有限だ。
聞かせろ。」
「分かってるわよ!」
キレながら大声で遠坂が返事をして、一息ついて気持ちを落ち着かせてから話し始める
誰が誰を相手するのか
その程度の話ではあるが、モルガンは最後まで聞いてから1つだけ質問をした
「まあ、策と言える程のものでは無いが良かろう。
ただし、先に確認せねばならない事がある。
アーチャーが本当にヴォーティガーンを抑え切れるかどうかだ。」
モルガンが妖精眼で見る限りでは遠坂はアーチャーの実力を不安視しつつも信じているが、それでは論外だ
確たる証拠がいる
「それは私自身が言おう。
これでも防戦は得意でね、可能ではあるだろう。」
……嘘では無い
その根拠を探るべく更に心の深層まで読む
アーチャーの奥の手は…………固有結界……!
サーヴァントとは言え現代の魔術師にとっては奥義と言っても過言ではないソレを操るか
それに固有結界ならば相手を一瞬で隔離する事が出来る
2人の固有結界持ちがいるのならば、取り巻きの妨害には十分だ
「……良いだろう。
だが流石に貴様1人では無理がある。
愚妹も連れて行け、役には立つはずだ。」
「じゃあ、あの金ピカは私のバーサーカーと貴方、キャスターの3人で相手するの?」
「可能ならバーサーカー1人で抑えて貰いたい。
応援が来る可能性は著しく低い。
最悪使い潰させて貰うぞ。
浄化さえ完了してしまえばあとはどうにでも出来る。」
なにせ消耗戦になれば冬木の地の地脈の殆どを抑えたモルガンの方が有利だ
対して相手は冬木の聖杯から泥がなくなれば、その泥で生きながらえているだけの言峰綺礼は今度こそ絶命し、マスターのいなくなったランサーは敗退を選ぶかこちら側につくかのどちらかしか選ばないだろう
残ったギルガメッシュをマスターとする事も恐らく無い
ヴォーティガーンは……あれは恐らく大聖杯に備わった裁定者のシステムを悪用しての召喚だろう
マスターはおらず、魔力も大聖杯そのものから供給され潤沢と見てまず間違いない
和解は……十中八九、不可能だろう
私以上に島の自滅願望をその身に抱いていた男だ
その上、その生涯において一度も一瞬たりとも島の呪いから離される事なく、死ぬその瞬間まで人理に染まるブリテンを否定し続けていた
つまり仮に私のように複数の時期において最善期と判断されたとしても、その性質が怪物から外れる事は決して無い
英雄を屠り、英雄によって倒されるべき悪
それは変わらない
故に奴に限っては敵として召喚されたのなら和解の道はなく、殺すか殺されるかしかない
「……問題はもう一つ。
どうやって倒すかだ。
ギルガメッシュとヴォーティガーン。
この2人は必ず最上級の宝具を所持しているはずだ。
『約束された勝利の剣』ですら火力不足の可能性が高い。
確実に倒すのに十分であると判断できる『偽・霊脈閉塞型兵装』は1基のみ。
それについては…………」
「それはボクに考えがあるよ。」
地下空間にセイバーとそっくりな、しかし明らかに言葉の重みが軽いおちゃらけたような声が響く
「キャスター!?
やられて治療中じゃなかったのか!?」
「丁寧なフリをありがとう、衛宮士郎君。
もちろんやられたとも。
これは幻術で投影させただけのハリボテ。
本体は未だに重傷だよ。
取り敢えず昨晩にこの街の住人の夢から感情を食べさせて貰って少しは回復したからこうやって幻術で会議に参加させてもらってるだけさ。」
「御託は良い。
早く話せ。」
「気が早いなぁ。
それじゃあちょっとお耳を拝借。」
そう言ってイタズラっぽく微笑むとモルガンの耳に手を当てて何かを囁いている
モルガンは最初はそれに嫌そうに眉間に皺を寄せながら聞いていたが、途中から目を見開き、マーリンが離れると同時に顎に手を当てて考え込みはじめた
「…………理論上は可能だが検証の必要がある、か。」
「一体何を……?」
「……貴様らが気にすることではない。
話は終わりだ。
やるべき事も増えた、悪いが今はこれ以上時間を割けん。」
セイバーが明らかに何かを隠しているモルガンに顔を顰めながらもこれ以上聞いても無駄だと判断し、士郎に声を掛けて階段へと歩き出す
その後ろからイリヤが駆け寄り、士郎の手を引いて階段を駆け上がっていき、士郎は手を引かれて少し体勢を崩しながら地上階へと上がっていった
それを見送った遠坂はまだ椅子に座ったまま何かを考えているモルガンに話しかけた
「……最後に一つだけ聞かせて。
お父様を殺してお母様を廃人にしたのはあなた?」
「……いつの間にか死んでいた男をどう殺せと?
貴様の母に関しても同じ答えだ、知らんな。
まあ、大方の予想は付くが。」
その答えを聞いた遠坂は目を閉じて少し考えた後、その言葉に嘘がないと判断した
そもそも年を重ねて成長していくごとに言峰綺礼の言うことに信用がおけないという事を学んできたのだ
目の前の不倶戴天の敵だと思っていた相手と今も教会にいるであろう確実に敵になった男
どちらの言葉が信用できるか、正直悩みに悩んだが、最終的にモルガンの方を選んだのだ
「……そ。
それが分かったなら十分だわ。
それと…………遠坂家当主としてこれまでの非礼について謝罪します。」
僅かな葛藤の後に出した最後の謝罪だけ少し小声かつ早口だった
自分の向けていた敵意やらが全く見当違いという事が分かっても苦手意識や自分の中でのわだかまりまで解消出来たわけでは無いのだ
「構わん。
所詮は子供のやった事。
実害のない事だ、大人として目を瞑っておいてやる。
話は終わりだな?
桜は今自室にいる。」
「!
私は何も言ってないけど?」
「考えているだけで十分だ、そんな事もまだ分からんか?
相変わらず才はあるのに残念な娘だな。」
「う、うううっさいわね!?
残念で悪かったわね、この性悪!」
「褒め言葉として受け取っておく。」
薄く笑いながらそう受け流すモルガンに対し、遠坂は目の前の人物が苦手なタイプそのものであることを改めて痛感するのだった
一方その頃
イリヤに手を引かれるままに士郎がついていった先はイリヤに貸し出されている客間の一つ
大きさはつい先日、士郎達が少しの間滞在した時の部屋と変わらず、間取りもほぼ同じ部屋だった
扉を開けたところでイリヤは士郎の手を離し、ポスン、とベッドに少し勢いをつけて座り込んだ
「どうぞ、座って?」
「ああ、お邪魔します。」
イリヤに促されるままに士郎が部屋へと入り、その後にセイバーが続く
「それで話ってなぁに?」
「その……イリヤは爺さん、つまり切嗣の娘、なんだよな?
しっかりと血を分けた。」
「ええ、そうよ。
けどキリツグが父親とは認めてないわ。
だってキリツグは私との約束を全部破ったんだもの。」
「約束?」
「……それも聞いてないの?
……呆れた。
ホントに隠し事とか嘘ばっかり。
キリツグもそうだけど、セイバーもね。」
「それは……」
「言い訳なんか聞きたくない!
キリツグもセイバーも私に約束した、けど破った。
その上、キリツグは約束も無かった事にしてお兄ちゃんと別の女と一緒に暮らしてたんでしょ!」
絶叫
憎しみによる言葉にしか聞こえない様だったが、士郎にはどこまでも悲しみがこもっている様に聞こえた
「イリヤ…………何も知らない、知らなかった俺には何も言うことは出来ないんだろう。
けど、切嗣が何かをしていたのだけは知ってる。
切嗣は毎年の様に海外に出かけてた。
帰るたびに憔悴して、命を使って来た様に思えた。
何をしていたのか、どこに行ってたのか。
子供の時には分からなかったけど、今は違う。
イリヤから話を聞いて、舞弥さんからも事情を聞いた。
それと……切嗣のパスポートを見たんだ。
切嗣は色んなところに行ったんだって言ってたけど、本当に行っていたのは一国だけだった。
ドイツだ。
イリヤはドイツから来たんだろ?
切嗣は何度も何度も迎えに行ってたんだ。」
それを聞いたイリヤは目を大きく見開いた後、大きく激しく首を横に振った
「嘘よ!
じゃあ何で私はキリツグと会えなかったの!?
誰も来たなんて言わなかった、お爺様はキリツグは私を見捨てたんだって!」
「それは……」
「それは、キリツグと私がアインツベルンとの盟約を果たせなかったからでしょう。
アインツベルンの望みは聖杯の完成。
しかし、私とキリツグはその聖杯を破壊しました。
アインツベルンからすればこれ以上ない裏切り行為でしょう。
何も得ないどころか、裏切った男1人が戻って来たところでアインツベルンからすればイリヤを渡す道理も義理も無い。
裏切りには罰を。
それがアインツベルンの答えであり、その為にイリヤに間違った情報を伝えた、という事は十分に考えられます。」
「っ…………そ、それだって証拠は無いでしょ!?
私は信じないから!
バーサーカー!」
イリヤが叫ぶと同時にその声に応えてイリヤのすぐ横に巨躯が現れた
それにセイバーが武器を構えそうになるのを手で制する
「シロウ……!」
「セイバー、ダメだ。
ここで手を出したらもうイリヤと話せなくなる。
悪かったイリヤ。
今日は帰るけど、また来るよ。
もっと話そう。
じゃあな。」
眉間にシワを寄せて、怒ってます、とアピールするイリヤに別れを告げて部屋の外に出る
イリヤに呼ばれて姿を現したバーサーカーは一切動く事なく、ジッとこちらを静かに見つめているだけで、イリヤはそっぽを向いたままだった
広い廊下を歩いて、玄関へと戻る
その途中で遠坂とすれ違うところで足を止めて話し掛けた
「遠坂はこれから桜に用事か?
俺たちは一応済んだんだけど、待ってようか?」
「なんで桜に用事って分かるのよ。」
話しかけてみれば返ってきたのはそんな言葉
その答えに一瞬、セイバーと顔を見合わせてしまう
「いやだって遠坂、ずっと桜のこと気にしてるみたいだし。」
「姉妹なのですよね?
この前も何やらあった様ですし。」
思ったよりも自分と桜の関係について知られていた事に顔をひくつかせ、そして追撃の様にアーチャーからも念話でつっこまれる
『リン、あれで隠してるというのは中々無理があるぞ。』
後でアーチャーはシメると心に決めつつ、それを表情に出さないままに士郎とセイバーへと返答する
「ええ、そうよその通りよ。
けど姉妹の話だし口出し無用だから。
待つ必要もないわ、先に帰ってて。」
「そうか?
ならそうさせて貰うけど、相談くらいにはのるからな。」
「ええ、必要だったらね。
けど、そっちはそっちで面倒そうだから自分の事に集中しておきなさい。」
ヒラヒラと手を振りながら遠坂は歩き始める
その後ろ姿を少し見送ってから2人はもう一度歩き始めた
真名 ヴォーティガーン
クラス アヴェンジャー
ステータス
人型時
筋力C
耐久B+
俊敏B
魔力A
幸運C
宝具B
本作のヴォーティガーンのステータス一部開示します
クラスとステ値くらいなら先に開示してもええやろ
宜しければ感想、評価お願いします!
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13話
トネリコ、水着キャストリア実装につき、やる気が再燃しました
閉ざされたドアの前に立ち、1つ大きく深呼吸をする
それでもノックしようと上げられた手は震えている
緊張か、あるいは怖いのか
……どちらにせよ、向き合わなければならないし、ずっと向き合いたいと思っていた
鼓動の大きくなっていく心臓が酸素をよこせとねだってくる
それに応えてもう1つ大きな呼吸を
ゆっくりと息を吐き出して、最後の一息だけフッ、と素早く吐く
腹は決まった
行くんだ、遠坂凛
自分と父と母の間違いに向き合いに行こう
コンコン、と2回ノックする
「はい、空いてますよ。」
何かを察していたのだろう
中にいる桜は自分からドアを開ける事なく、ただ少し緊張の伺える声で返事をしてきただけだった
戸惑う事なくドアノブに手をかけて扉を開ける
桜はベッドに腰掛けてじっとこちらを見ていた
後ろ手に扉を閉め、そのまま歩み寄り桜の隣に少し勢いをつけて座った
「……座っていいかどうかとか普通聞きません?」
「ええ、普通はそうかもね。
けど桜が良いと言うなら遠慮なく座るし、ダメと言っても率直に本音を全部吐き出すために座るわね。
聞く意味がないから聞かなかったのよ。」
「……フ、それでこそリンらしいと言うものだ。」
自身のマスターと桜が一つの部屋で隣に座って話し始めたのを見届けたアーチャーは自身が割り込む様な話では無いと判断し、部屋の前で実体化した状態で立っていた
もう、記憶も薄れた遥か過去の事ながら、あの姉妹の事はよく覚えていた
一見、性格はまるで真逆であるように見えて根本は同じ
強気で押しが強く、何かあればどちらかと言えば力押しで解決しようとする姉と、丁寧で物腰は柔らかく、多少は改善されているもののどこか受け身で、知恵と工夫を凝らして物事にあたる妹
しかし、その根は2人とも魔術師としては必要ない他人への優しさで溢れている
何があったかまでは覚えていなくとも、2人に何度となく助けられたという印象だけは焼き付いている
それこそ、あの運命の夜の如くだ
「…………私も、やるべき事をやらねばな。」
そう言って扉の前から立ち去る
この家の主人は相手が手を出してこない限り、一度迎え入れたものを騙し討つような真似をしない事は知っていた
そして、現状この家の中ほど安全な場所はない
このタイミングならそう遠くへは行けないはず
走ればすぐに追いつけるだろう
霊体化し、家を出る
上に大きく飛んで、衛宮邸へと向かう道を探せば……見つけた
民家の屋根に降りて後を追う
そして2人の前に立つ
心境は……正直複雑だ
擦り減った心に未だ焼き付いて離れない騎士王と若く未熟で、現実を知らない己
「アーチャー?
何か用か?」
「ああ、そうだとも衛宮士郎。
投影、開始」
世界に映し出すは最も手に馴染んだ干将・莫耶の二振り
それを見たセイバーが衛宮士郎の前に入る
「アーチャー!
貴様、何のつもりだ!?」
「おっと、紛らわしい真似をしてすまないセイバー。
今更敵対する意思は無い。
衛宮士郎、これを受け取れ。
貴様に必要なものだ。」
「俺に……必要なもの?」
「ああ、今は分からなくともその内分かる。
その時まで肌身離さず持っておけ。」
「持っておけったって……」
士郎は干将・莫耶の二振りを受け取るとそれをしげしげと色々な角度から見て、戸惑った様な言葉を発する
「精々、一般人に見つからない様にする事だな。
それとセイバー、決戦の日には宜しく頼むぞ。」
「外で渡しておいて、見つからない様にするんだな、は性格悪すぎるだろ!」
性格悪い、その士郎の言葉を聞いてアーチャーはニヒルな笑いを浮かべる
「性格が悪い、か。
ああ、知っているとも。
だが覚えておけ衛宮士郎、性格の悪さも時には必要だ。
性格が良くて生き残れるのはほんの一握りの実力者だけ。
お前の様な未熟者は卑怯な手を使っても生き残れるとは限らん。」
「卑怯な手を使って生き残ったって、いつかそれは自分に返ってくるんだ。
なら使わない方がいいに決まってる。」
「ハ、綺麗事だな。
世間知らずもここまで来ればいっそ清々しい。
周りの人間に聞いてみるといい、大人になってやった事で卑怯だと後悔することは無かったか、とな。
学生特有の人生の悩みか何かだと思って答えてくれるだろうな。
まあ、貴様もそれくらいの年頃だ、丁度いいだろう。」
霊体化し、アーチャーはその場を去る
残されたセイバー組はアーチャーの言い残した言葉と渡された剣の意味を考えながら、人目を気にして急いで帰って行った
そして衛宮亭
居間のテーブルの上に、干将・莫耶の二振りを置き、それを挟む様に士郎とセイバーが座る
「…………コレ、どういうつもりで手渡して来たんだろうな?」
「分かりませんが、今までの言動から考えるに、アーチャーは無駄な事はしないでしょう。
敵であるなら、そもそもこれについて考えさせる事自体が目的、なんて事もあるでしょうが、現時点では1番信用の置ける味方同士です。
その様な真似はしないでしょう。
であるなら、彼の言葉通り、これがシロウへと何らかの影響をどこかのタイミングで与えるものだと考えるのが普通です。
取り敢えず言われた通りに持っておくのが良いかと。」
「持ってろったってなぁ……。
……何とか考えてみるかな。
それで、話は変わるけどアーチャーのもう一つ言い残した『後悔した事』。
藤ねえとか、舞弥さんにも聞いてみる気ではいるけど、今丁度いるし、パートナーだし、俺に稽古をつけてくれる師匠でもあるセイバーにまず聞いてみたいと思って。
勿論、言いたく無いなら断ってくれても良いんだけど……」
「いえ、シロウの心遣いはありがたいですが、後悔といえば私の願いに直結するものです。
マスターたるシロウには話しておくべきでしょう。」
思いを馳せる
何もかも間違えた人生だった
だが、その全てを話すのは流石に長い
抜粋して話すのなら……やはりあの時の事だろうか
「まず、私の真名アルトリア・ペンドラゴンについて、即ちアーサー・ペンドラゴンについてシロウはどの程度知っていますか?」
まずは相手の認識について知る
前提が異なるのならそれ以前から話す必要がある
「ええっと、聖剣エクスカリバーの担い手、ブリテンの国王、責任を背負う国王であり清廉な騎士、とかかな。」
それを聞いてセイバーは眉を顰める
「つまり、具体的にどんな事をしたかは知らないと。」
「うっ……ハイ、その通りです。」
「……まあ、シロウからすれば遠い国の遠い昔の話ですからね。
仕方ないでしょう。
私は前王ウーサーが白き邪龍と化したヴォーティガーンに対抗するために赤き龍の化身として創り出した存在です。
ブリテンの片田舎で身分を知らぬままに育てられ、夢の中でマーリンに師事を受けていました。
やがて王を選定するカリバーンを引き抜き、正統な王となりました。
私について来てくれる多くの騎士達を率いてヴォーティガーンを討伐し、国を纏めていました。
しかし当時のブリテンは異民族から何度も襲撃を受け、また、作物も育たぬ土地であり、更にはローマからの侵攻もあるなど問題は山積みでした。
国は疲弊し、度重なる争いで土地は荒れ続けました。
国を救うために護るべき民を切り捨て、騎士達の中からそんな私に呆れ離反する者もいました。
トリスタン卿が離反する時にはこう言われたものです。
『王は人の心が分からない』と。
当たり前ですよね、私は王として多くを救うだけの天秤の様な存在となっていたのですから。
残ってくれた騎士達も私が至らぬばかりに諍いを起こしました。
私が女であり、子を残せなかった事で妃であったギネヴィアは親友であったランスロット卿と恋に落ち、それを突き止め糾弾したアグラヴェイン卿とその弟であるガレス卿、ガヘリス卿はランスロット卿に殺されました。
海を渡った彼を追いかけている間にモードレッド卿が反旗を覆し、ガウェイン卿が戦死。
戻って来た時にはモードレッド卿により国は荒れ果て、戦争の果てに残ったものは血で染まった大地、地面に突き刺さった数多の武具、そして大地を埋め尽くす騎士達の死体だけでした。
しかし、それでも私は聖杯に願えばやり直しが叶うと、そう考えていました。
前回の聖杯戦争に参加し、最後の最後まで勝ち残りましたが、あと一歩というところで敗退。
国のため、民のため、騎士達のためと臨んだ聖杯戦争すら勝てぬ始末。
私は…………私は何もかもを間違えたのです。
だから私は私が王である事を諦め、より良い人物にブリテンを纏めてもらう事を望むのです。」
そのセイバーの独白を聞いた士郎は少し考え込む
アーサー王という世界有数の知名度を誇る英雄ですら己のした事に後悔を持っている
アーチャーの言っていた卑怯、ということに関しては多くの為に小を切り捨てた、辺りがそれにあたるだろう
「今話を聞いただけだから細かい事は分からないけどさ。
少なくともセイバーは自分のしたことに後悔しているんだろ?
だったら人の心が分からないわけじゃない。
自分の心を殺してしまっていただけだ。
……俺もさ、実はあるんだよ後悔していること。
俺の場合は生き残った事だ。
多くの人が死んでいった10年前の冬木の大火災、それに巻き込まれて俺以外の多くの人が死んだ。
その中には血の繋がりがあったはずの両親やもしかしたら兄弟もいたかもしれない。
何の意味もなく死んでいった人達のために、生き残った俺がその人達の分まで意味を残さなきゃならないって、そう思ってる。」
それを聞いたセイバーは10年前の火災と聞いて即座に悟る
聖杯戦争による余波だと
そして最終局面まで残っていた私に責任の一端があるのだと
「それは!
それは……聖杯戦争があったから。
つまりは私達、前回の聖杯戦争に参加した者達の罪です。
シロウが背負う事なんて無いのですよ。」
「ああ、そうかもしれない。
けどさ、今更そんな事知ったって割り切れるもんじゃ無いんだ。
それはセイバーだって同じだと思う。
セイバーの話を聞いてるとさ、確かにセイバーにも責任はあるのかもしれないけど、多くの場合、他の人にも責任はある筈なんだ。
王だからって、それを全部背負う必要は無いと思う。」
士郎の言葉には一理ある
しかし、だからと言って……
思い起こすのは前回の聖杯戦争で2人の王に突き付けられた事実
分不相応で無謀な理想に周りを巻き込み、国全てを巻き込んで破滅した
国民に騎士達に、ありもしない夢を見せ、煽動したにも関わらず纏めきれず、誰も彼もから何かを奪ってしまった
それが罪と言わずして何と言うのか
「…………殆ど同じな俺たちだけどさ。
1つだけセイバーと違うところがあるんだ。」
違うところとは?
ふと漏らした様な士郎の言葉にセイバーの思考が現実に戻る
「……俺はやり直しだけは望まない。
例え本当に過去を変えられるとしても、どんなに酷いことがあったとしても、その道を選んだから手に入れられたものだってあるんだ。
爺さんと、舞弥さんと、藤ねえと会えて、凛や桜、カイさん、そしてセイバー。
色んな人と知り合えて、色んな事を学べた。
冬木の大火災があって良かった、とは絶対に言えないけどさ、そうやって手に入れられた物だけは絶対に手放せない大事な物なんだ。
過去をやり直すっていうのは、そんな色んな物を手放すのと同じなんだ。
セイバーもさ、最後は酷い結末だったかもしれないけど、その途中には大事なものが沢山あったんじゃないか?」
その言葉だった
正しく士郎のその言葉がセイバーにとっての救いの一言だった
確かにあったのだ
皆と喜び、笑い、民も笑顔を浮かべていたその時が
僅かな安らぎの時が
…………ああ、完全に忘れていた
どうして私が王を志したのか
マーリンが選定の剣を引き抜こうとした私を止めた時に私は……
そうだ
こう答えたのだった
「『多くの人が笑っていました。
それはきっと、間違いでは無いと思います。』」
……征服王の指摘した通りだ
私の我儘で多くの人を巻き込んだにも関わらず、当の私はその願いを忘れ、現実だけを見て、勝手に絶望し、騎士達の献身もかつての安寧も何もかもを無かったことにしようとしたのだ
酷い王ですまない
過去は変えられず、また変えるべきものでは無い
そんな当たり前のことにも気付けず、多くの人に迷惑をかけた
だから、せめて未来だけは守ろう
既に死んだはずのこの身、未来の為、そして今だけは我がマスターの為に捧げよう
それが贖罪になると信じて
長い、長い時を経て漸くセイバーは心からの微笑みを浮かべる事が出来た
間違いや罪は無くすものではなく、認め、贖うもの
正しさや思い出は決して忘れてはならぬものであり、己が信念の決して燃え尽きぬ薪とすべきもの
そして信念とは、それが明確な間違いでない限り決して曲げてはならぬもの
その全てを久しく忘れてしまっていた
だが、もうセイバーはこれらを絶対に忘れる事は無いだろう
今回のMVPは士郎、と見せかけて実はアーチャー
今後の為に布石をばら撒きつつ、クリティカル連発しているので
同一人物じゃんとか言ってはいけない
なお、勝ち筋を拾うには後4つのコミュニケーションイベントでクリティカル連発が必要
ところで皆さんはガチャ如何でした?
私は周年ガチャで水着沖田オルタ、デスティニー召喚でドゥルガーを引きました
勿論、トネリコも確保済みです
やっぱ書くのが1番の触媒なんだよなぁ
願わくばこの小説が皆さんの触媒とならん事を
評価、感想お願いします
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14話
「シロウ、ありがとうございます。
貴方のお陰で私は私の夢、原動力を思い出せた。
以前語った聖杯にかける願い、あれは忘れて下さい。」
晴々とした笑みを浮かべ、礼を述べるセイバーに士郎は自分の何気ない一言で目の前の人物を救う事が出来たという事に気付く
いや、そんな、と取り敢えず否定から入ろうとしたところで、セイバーは座り方を変えた
正座から片膝を立て、頭を下げる
さらに普段服から戦闘用のバトルドレスへと装いを変えた
「そして……騎士の誓いをここに。
我、アルトリア・ペンドラゴンはこの聖杯戦争において貴方を唯一無二の主人とし、決して貴方の信頼と期待を裏切らぬ事を誓いましょう。」
突然、畏まられて慌ててそれをやめさせようとした士郎だったが、セイバーの真剣な言葉と声色にやめさせようと伸ばした手を止める
「なら、俺もセイバーに誓う。
例え何があってもセイバーの事を信じる。
実力を、判断を、勝利を。
だからセイバー、この馬鹿げた聖杯戦争を終わらせる為に力を貸してくれ。」
「そのオーダー、完璧にこなしてみせましょう。」
「先に言っておくわ。
私が貴方に謝ることは1つだけ。
貴方と貴方の家族について誤解してた上に余計なちょっかいを出し続けていた事よ。」
「実質2つじゃないですか。
そうやって自分の非を出来るだけ認めようとしないのどうかと思いますよ。」
「む…………本当にそういうところ育ての親に似たわね。」
「褒め言葉です。」
ジャブの打ち合いと言えるような言葉の交わし合い
けれどそこには今まであった棘は無くなっており、どこか穏やかな雰囲気を感じさせる
「それにしても少し意外でしたね。
てっきり実父のした事に当主として責任の一つくらいは感じているものと思っていました。」
「父のした事と私のした事は全く別の話。
確かに父の考えや調べが甘かった事で桜には苦労かけたでしょうね。
それに同情する事はあっても余計に重荷を背負うつもりもないわ。」
その言葉に対する桜の反応は理解と納得だ
「まあ、妥当な話だと思いますよ。
強いて言うなら同情も必要ないですね。
辛くはありましたが、そのお陰で今の両親と出会え、現代の魔術師の中ではトップクラスにまで成長できましたし。
今では父と貴方のどちらにも実力で勝てるでしょう。」
これが間桐桜であったのなら欠けた自信と、唯一の大切な人に対する執着心、そして劣等感に苛まれ、何か大きな歪みがあれば暴走するにまで至っているほどだったろう
しかし、桜・ルフェイは人類史史上で3本の指に入る魔術師であるモルガン・ルフェイから教えを受け、現存する魔術師の中で最高峰の集う時計塔と繋がりがあり、己の才も実力も間違いなく現世最高峰であると自認している
「その言葉には心底ムカつくけど認めざるを得ないわね。
確かに貴方は私より強いわ。
まあ、それもいつまで続くか分からないけれどね。」
そう言って不敵な笑みを浮かべる遠坂だが、自分がここに来た理由を思い出して頭を振る
「って違う違う。
喧嘩売りに来たわけじゃないってのに……。
謝るのは2つだけだけど……他にも言いたい事があるのよね。
家の地下で見た夢、お互いの記憶を覗いてたわけよね?」
「……ええ、恐らく。」
記憶を見た事、というよりも愉快犯的な己のサーヴァントを思い出して苦い顔になる桜
行動1つ1つを見る限りは愉快犯と言うしかないのに、最終的に結果をプラスに持っていく計算高さ
流石はマーリンと言うべきか、腐ってもマーリンと言うべきか……
どっちかと言えば後者ですね、と結論付ける
「あれを見て今の貴方がどれだけ大きな奇跡の上に成り立ったのかがよく分かったわ。
本ッ当に良かった……!
可能なら私があの間桐のクソ爺に引導を渡したかったけど、それももうあの人達にやられちゃったし…………どっかに引っ越した間桐鶴野でも探し出して一発ブン殴ろうかしら。」
「やめてあげて下さい。
それに間桐の家にいた時点でアルコール依存症っぽかったので、生きてるかどうか怪しい所がありますよ。」
「じゃあ諦めるわ。
とにかく、今の今まで良く元気に生きて来れたわね。
貴女のその奇跡と巡り合わせには感謝と感激しかない。」
桜の体を強く抱きしめる遠坂に、桜は少し迷った後に桜も遠坂の記憶を見て思った事を吐き出す
「私も……すみませんでした。
姉さんがどんな気持ちで過ごしていたのか、想像こそしていましたが、意地を張り見て見ぬ振りをしていました。
師のいないまま、残った資料だけで一角の魔術師にまで成長する事がどれほど難しい事か。
そして、その成果を認める者も勿論おらず、いるのは廃人になった母とエセ神父のみ。
恵まれた環境も、その反対も知っていたのに……」
「バカね。
私がその程度で音をあげるワケないでしょ。
って強がっても無駄か。
確かにキツかったわ。
けど、その程度の苦難で諦めてたら師がいようがいまいが、魔術師を目指すなんて夢のまた夢、でしょ?」
微笑みと共に遠坂が語った言葉に桜も笑みを浮かべる
「……ええ、全くもってその通りです。」
ドバァン!!!
勢いよくドアが開かれ、轟音を立てる
その突然さに2人は抱き合ったまま、ビックゥと体を跳ねさせ扉の方を見た
哀れにも扉はあまりの力の強さに蝶番が耐えきれず、バタン、と床に倒れ、扉があった先には赤毛の偉丈夫が立つばかり
「……何か用ですか征服王。」
「む、姉妹で夜伽の真っ最中だったか?
それならば済まないことをしたな。」
「「違う!!」」
「なに、恥じる事はない。
同性、近縁、しかしてそれがどうしたという話よ。
流石に近縁は余も経験は無いが、同性ならば……」
「お前は何の話をしてるんだ!!??」
唐突に始まった性癖の暴露に顔を真っ赤に茹で上げる2人
何かとてつもない事を言い掛けた征服王にマスターであるエルメロイ2世が渾身のツッコミで阻止する
「いや、本当にすまないレディ。
タチが悪い事にコイツに悪気は一切無いんだ。
許せとは言わないが、忘れてくれると助かる。」
「こ、ここ、こっちだって忘れられるならそうしたいわよ!!」
遠坂の叫びに桜が勢いよく頭を縦に振って同意する
「ライダー、お前は少し慎みというものを覚えるべきだ。
それと、すぐに話を逸らす癖もどうにかしろ。」
「おう、そうであったな。
この国に『同じ釜の飯を食う』という諺があるのを知った。
故に我ら世界を守る為に戦う者同士、1つ食卓を囲まんと思う。
キャスターのマスター、既にお前の親は同意したぞ。
貴様等2人と、また、そのサーヴァント2人は如何にする?」
キョトン、とする遠坂に対し、桜は両親が征服王に押し切られた事を察した
その夜、征服王が(ほぼほぼ無理やり)集めた計14人は新都のとあるお好み焼き屋に来ていた
その店の一角で幾つかの卓を囲んだ彼らの中心に大きなジョッキを持ったイスカンダルが立つ
「まずは貴様等、よくぞ集まってくれた。
我らこの地に集まりし英霊とそれを使役するマスター、本来争う身なれど今は同じ志を持つ同胞、盟友である。
決戦の日は近い、だが今は酒を飲み、現代の食事に舌鼓を打ち、英気を養おうでは無いか。
ここに、征服王イスカンダルが酒宴の始まりを告げる!
大いに飲み、食い、語らい、笑い合おうでは無いか!
乾杯!!」
手に持ったジョッキを大きく掲げてから、その中身を一気に飲み干して行くイスカンダル
それを合図に、他の参加者達も若干テンションにズレはあるものの、手に持った飲み物に口をつけた
「……本当にこういう催し物に関しては機会を逃さんな、征服王。」
「だろう?
聞くところによれば、10年前この地に顕現した余は聖杯問答なる酒宴を主催したそうだな。
我ら英霊、異なる時代を生きた者同士、やはり武を競い合うだけでは実に勿体無い!
やはり言の葉を交わさねば聖杯戦争を堪能したとは言えんだろうさ。
特に今回は英霊同士が協力し合わなければならない異常事態、言い換えれば特別な聖杯戦争よ。
ならこの特別さも心ゆくまで堪能せねばな。
それに、気取らぬ家庭の味も良いが、こうしてその地、その時代の美食や酒を堪能できるのも英霊の特権だろう。
おおい、酒の代わりを持て!
次はこの麦酒ではなく、ショウチュウとかいうのを貰おうか!」
ドスン、と大きな音を立てて勢いよく胡座で席に戻ってきたイスカンダル
大ジョッキの中身を一息に飲み尽くして店員に声を掛けた
注文を受けた店員は、その体格の良さと張りのある大声に萎縮し、慌てながら厨房へと引っ込んでいった
それを見ていたセイバーがイスカンダルに注意を促す
「征服王、貴方は少し声を抑えるべきだ。
この時代の人達にとっては迫力がありすぎて、相手が萎縮してしまっている。」
「む、そうか?
余は自他共に認めるフランクな王なのだがな。」
「それは貴方をよく知っている者達の評価だろう。
少しは自分の事を客観的に見ると良い。」
「酒の席でそんな小言を言ってくれるな。
折角の料理と酒が不味くなる。
酒の席でくらい、その真面目さはどこかにしまっておけセイバー。」
「やあやあ、モルガンの夫君。
君には以前から前回の聖杯戦争について色々と話しがしたいと思ってたんだよね。」
「カイ、此方に。
あの女狐とは一切話さない様に。」
「異世界のマーリン!
私に似た声で猫撫で声を出さないで頂きたい!」
「2人とも酷いなぁ……」
「ああ見ると英霊といっても同じ人である事には変わりないってよく分かるわよね。
1人だけ人じゃないのがいるけど。」
「とはいえ、頭のネジがどこか緩んでいるか外れているのが普通らしいですけどね。
その点、ここにいるのは比較的まともと言っていい人達ですよ。」
「魔術師だってその頭のネジが緩んでるか外れてる人種でしょ。
それにサーヴァントはその人の性格によっても呼ばれる事があるのよね。
今回はいないけど、アサシンクラスのハサンとかそうよね。
ん、これ美味しい。
セラもリズも食べよ?
なんかアーチャーが凄い焼いてくれてるし。」
(肩身が狭いし、心当たりが一切無いのにあのメイドさんにめっちゃ睨まれてる……隙を見て向こう側に行こう。)
「いや全く、何度奥方の持つような高ランクの妖精眼があれば良いと思った事か。
それがあれば誰が何を考えているのか全て分かる。
つまりwhy done itの謎が一瞬で片付けられるんだ。
余計な謎解きなんぞする事も無くなる。
私は時計塔のトラブルシューターじゃないんだぞ……!」
「聞く限り片っ端から厄介ごとを引き込んでるらしいなエルメロイ2世。
あのストレスとはあまり関わりのなさそうな小僧らしい顔が、たった10年でよくもまあここまで顰め面が似合う男になったもんだ。
同情だけはしておくよ、絶対に巻き込まれたく無いがな。」
「幾つか余計な言葉が混じっているよミスター。
まあ、そのおかげで胸を張って、とまでは言えないがあの『王の軍勢』の末席くらいにはいれる様になれたと思う。」
何となくで最初に別れた席から時間が経つにつれて、席替えが起こっていく
サーヴァントの集まった席、大人の集まった席、未成年で集まった席から王族に関わるサーヴァントや元サーヴァント、男性陣、そして女性陣といった具合に
「そも王とは如何なる者か。
余は貴様らにこの問いを投げたい。」
「その類の話、貴方は本当に好きだな征服王。
前回も似たような事をしていたぞ。」
「それは余ではない余であろうが。
一切覚えておらん!
故に聞かせよ、ブリテンを守り、滅ぼそうとし、見守ったお前らの理想の王というものを。」
その一角、英霊達の集う場所、その大半が王族に関係のある者であった
そこに征服王がいるとなれば自然とそういう話になる
「私にとって、王は国という大きな物語を最前線で紡ぐ者でしか無いよ。
そして国という大きなうねりを乗りこなさないといけないから、自然とその物語は笑いあり涙ありの名作になる。
だから個人的には好きな類の人間だ。
それが名君であれ、暗君であれね。」
「……モルガン。
以前貴方が言っていた事、薄々分かってはいましたが今確信しました。
たしかにこのマーリンは此方のマーリンよりタチが悪い。
幾らマーリンでもあそこまで無責任ではない。」
「…………」
「モルガン?」
「……気にするな、少しは見れる顔になったと感心していただけだ。」
セイバーが話しかけてから、答えも返さずその顔を見ているだけだったモルガンは一言返すと視線を外してコップに口をつける
たった半日も経たない内にアルトリア・ペンドラゴンは大きく変わった
否、戻った、と言うべきだろう
その変化を齎したのは……セイバーのマスター、衛宮士郎か
やはりこの聖杯戦争が奴にとっての転換点だったか
「アルトリア、後日で構わん。
もう一度我が家に訪れるが良い、決戦への対策に関して話がある。」
セイバーにだけ聞こえるように小声で呟いた
感想、評価お待ちしています
水着鯖は鈴鹿とメリュ子の2人逃しました
あのメリュ子のメスガキムーブ好きだから欲しかったんだけどなー
流石に追い課金はなー
それはそうとモルガン陛下とAAがこれ以上なく夏を満喫してて良かったわ
あと、闇の精霊王くん、黒幕ムーブしてるだけのただのお助けキャラで笑ったわ
ウミヌンノスのくだりとか、ただ主人公に注意する為だけに黒幕ムーブしに来たのかよ
凛と桜の姉妹は互いに記憶を見たことで特に拗れることも無く解決
MVPはマーリン
この宮廷魔術師、王以上に人の心が分からないのでは?
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15話
「アルトリア、後日で構わん。
もう一度我が家に訪れるが良い、決戦への対策に関して話がある。」
「え?」
小さな声だったが確かに聞こえた
モルガンがもう一度、自分の家に来るようにと……
その言葉を聞き直そうとしたところでモルガンが語り始める
「征服王、私の王道は支配に他ならん。
全てにおいて適切な奉公を家臣と民に求め、その働きに対して適切な褒美を授ける。
贔屓や冷遇など以ての外。
全てはソレが有用であるか否か。
有用であれば重宝もしようが、そうでないのならそれ相応の扱いをするだけだ。」
「……それは公正と捉えるべきか、冷徹と捉えるべきか少し迷う王道であるな。
いや……その両方なのだろう。
まあ、そう悪い国にはなるまい。
国の平時はただ粛々と事を進め、荒事があれば先に鎮圧する手段を用意しておき、眉一つ動かす事なくあっさりと荒事を収めるであろうさ。
余の個人的な意見としては少し詰まらなそうな国ではあるがな。」
「ふん、貴様のような何もかもを引っ張っていくだけの傍迷惑な王よりはずっとマシだろう。」
「民の平穏さという点では全くもってその通り。
だが、人は平穏だけで生きるのでは無い。
そこには夢が無くてはならん。
そして王とはその国の民の頂点として、率先して夢を魅せる者よ。
故に余は最果てなどないと知られたこの星に、今もなお最果ての海を求める。
自らの目でこの星を巡り、この星の表面になければ、内海に潜ろう、それでもなければ宙の星の海へと出よう。
そこに未知がある限り、我らが遠征は決して終わらぬ!
故に我らの夢は永遠に終わらず、いつまでも輝き続け、人々を魅了する光となるのだ!」
征服王の言葉は前回とは表現が違えど大凡言っている事は同じだ
違うとすれば、その夢についてより深く語っている事だ
夢は人類がこれまで抱き、成し得てきた『未知への挑戦』そのもの
誰もが子供の時に持つ興味をいつまでも抱き続け、王になっても追い求め続けた世界屈指の夢追い人
なるほど、それならばあれら多くの臣下を纏め上げ、心象風景を共有するまでに至れるわけだ
その根底からして、誰もが持つ物を臣下と共有していたのだから
「ふう、で騎士王、最後は貴様だ
王道とは如何なる物か?」
「…………私の王道は守る事にこそある。
征服王、臣下や民の笑顔とは何物にも代え難い尊いものだろう?」
「当たり前よ。
如何なる財宝も、酒も、どれだけ手放す事を惜しく思う物であっても、臣下や民の笑顔には代えられん。
夢を追うという事に笑顔がないなど以ての外だ。」
「そう、その国を治める王にとって民草や臣下の笑顔は最も重要だ。
だが、私の国は絶え間ない戦争と侵略、常に飢餓一歩手前の食糧難、未だ残る神秘に集まってくる幻獣の類と笑顔を阻むものが多すぎた。
しかし、それが何だというのか。
たったその程度の困難を前に諦めていてはあまりにも救われない者が多すぎる。
故に、私は剣を取った。
征服王、貴殿が夢を追う姿を見せる事で人々に笑顔を与える王だとすれば、私はあらゆる困難から民の笑顔を守る王だ。
例え私の行く先が地獄であろうとも、その過程で多くの人を救えるのならば喜んでこの身を差し出そう。」
「……それはつまり、貴様は国の為に己の身を生贄にしたと、そう言うのか?」
イスカンダルが戸惑いを含んだ問いを投げかける
だが、その言葉は前回と同じ
それに対する答えもすでにセイバーの中では出来ていた
「ある意味ではそうだ。
だが、私1人が救おうとしていたわけではない。
多くの人が明日が良いものである事を望み、騎士達がその望みを背負い戦った。
私は彼らと一丸になり、その先頭に立っただけだ。
だが、いつからか護るべき対象を剪定する様になってしまった。
間違ってはいないが正解でもない道に入ってしまった。
より多い者を守る為、心のない天秤になったのだ。
そこで……恐らく私の幼い夢は終わりを迎えたのだろうな。
1人の大人として、騎士として、現実を直視せざるを得なくなった。
そして、天秤に徹したあまり、私は最初の夢そのものを忘れてしまった。
救われた者はいた筈なのに、その存在を無視してしまっていたのだ。
だから、かつての私は国を救いなおす為に我が人生のやり直しを願い、果てには私の初めの決意そのものを無かった事にしようとした。
ああ、分かっているとも征服王。
それは最悪の愚行だ。
幸いだったのは、それが絶対にあってはならない愚行だと気づかせてくれる人がマスターである事だ。」
いつの間にか酒を手放し、腕を組んでいたイスカンダルがセイバーの独白を聞き終え、少し経ってから腕組みを外してセイバーと向き合う
「ならば良し!
我ら英霊とて人間、間違う事など幾らでもあろう。
だが最終的にそれに気付き、直せたのなら他人がとやかく言うことは無い。
余から言う事はただ一つ。
貴様の王道は騎士王らしい生真面目な王道であったな!」
豪快な笑みと共に放たれたその言葉をセイバーが飲み込むまで少し掛かった
その言葉は前回とは全く異なるもの
10年前の聖杯戦争では己の至らなさがあったとは言えど、全てを否定された
だが、今は……認められたのだ
あの聖杯問答はセイバーにとって強く記憶に焼き付いている
それを今、乗り越えたのだ
「ん?
どうしたセイバー?」
「いや、何でもありません。
ところでその王道の話、アーチャーには振らないのですか?」
「君らが焼きもせずに凄い勢いで食べているのを誰が焼いていると思っているのかね?
それに、私はあらゆる意味で王道とはかけ離れた英霊だ。
期待するだけ無駄というものだよ。」
「うむ、語れと言うのは厳しそうだからな。
故に我らの話を聞いて、誰の王道が最も良いものであると思うかを問うと決めていたのよ。
さあ、アーチャー、貴様は誰の王道が最も尊く、理想であると思うか?」
アーチャーの言い分を回避する様な質問をイスカンダルが問いかける
その質問にアーチャーは鉄板の上で動かしていた手を止める
「……理想、理念だけで見るなら騎士王だ。
だが、その王道は本人が言う通り不可能な道に他ならない。
かと言って、妖精姫の様な完全な支配も征服王の夢を魅せ続ける遠征も同じく夢物語だ。
理想とはそれだけで重荷であり、多くの障害が伴う。
故に君達と違って大した事のない英霊でしかない私は王道なぞには興味はない。
どんな手段を取ったとしても過酷な現実と戦い続けるだけだ。」
「なんだつまらんなぁ。」
「つまらなくて結構。
私はアーチャーであって、君たちの道化役では無いのだからな。」
アーチャーは肩をすくめてから鉄板の上に目を戻す
再度ヘラを動かし始め、食材の調理を再開した
「遊びがないというのは仕事では美点だが、それ以外でそんな調子では余りにも面白みが無さすぎる。
あと、出来ればヘラクレスとも話はしたかったが…………バーサーカーだからなぁ……
せめて言葉が話せる程度の狂化であればと思うが……残念と言う他ない、な。」
「一応、令呪を使えば狂化ランクを下げる事は可能だが?」
「む、そうか。
おおいバーサーカーのマスターよ、1つ令呪でヘラクレスの狂化を下げる気は無いか!?」
「あるわけないでしょ、バカなの?」
まあバカな事は確かだな、とエルメロイ2世が声に出さずにイリヤスフィールに同意していた
「むう、残念だな。
是非ともヘラクレスとは話がしたかったのだが……」
心底残念そうな表情と声でそう言うイスカンダルだったが、他のサーヴァントもマスターも特に反応する事も無かった
その後も鉄板焼屋での宴は続いていった
夜はどんどん更けていく
そして次の日
衛宮邸に戻ってきた士郎は、屋敷の中であるものを探していた
「ここ、でもないか。
爺さんの事だからどこかにあると思うんだけどな。
イリヤ宛の手紙なり遺書なり。
びっしり渡航記録が残ってるパスポートはあったんだけどなぁ。」
「流石にその様な重要書類は切嗣個人で管理していました。
隠し金庫の類はない筈ですから、土蔵、工房、自室のどこかに限られると思うのですが。」
「舞弥さんでも分からないなら虱潰しに探すしか無いな。」
イリヤと話をした時、イリヤは最後『証拠もないのに』と言っていた
つまりは確固たる証拠があれば良いわけだ
あそこまで諦め悪くイリヤの所に行っていたと思われる切嗣なら本人に読ませるつもりは無くても、その気持ちを何かにしたためる位はしていても良さそうだと思う
だから朝から俺とセイバー、舞弥さんの3人がかりで屋敷の中を探し回ってる
……正直、勝算はそこまで高くないと思う
けど、イリヤを救えるのはきっと俺じゃ無くて切嗣だ
そこに賭けるしかない
と考えてから半日
魔術で同調して屋敷中を探査して漸く見つけられた
場所は工房の更に下
態々、工房の地面を掘り起こしてスペースを作り、まるでタイムカプセルの様に埋められていた
用心のしすぎにも程があると思うんだけどな
兎に角これでイリヤを説得するピースは揃った
と言っても今日は流石に草臥れた
イリヤに会いに行くのは明日にしよう
「モルガン、少し機嫌が良さそうだな。」
「……そう見えるか?
ならそれは不機嫌になる要素が1つ取り除かれただけだ。」
ルフェイ邸、その地下で準備を進めていたモルガンにカイが話しかける
僅かな変化ではあったが、モルガンの機嫌は長い付き合いのカイであれば分かる程度には良くなっていた
「まあ、なんにせよ機嫌がいいのは良いことだ。
ところで、クー・フーリンについてだが奴は腐っても大英雄。
世界の破壊になんて手を貸すとは思えないんだが。」
「ええ、同意見です。
エルメロイ2世によれば、奴のマスターは元は時計塔から来た者らしい。
なら、まず監督役の言峰綺礼に接触し、その時に無防備な背中から襲われて令呪とランサーのマスター権を奪われたと簡単に予想できる。
奴の性格からして意趣返しとして相手にとって最悪のタイミングで裏切ろうとする筈だ。
となればそれは、最終決戦時。
というのは簡単な予想だ。
相手もその程度は既にしている筈。
対策は簡単だ。
令呪三画を用いて『全力で目の前の敵を斃せ』とでも命令すればそれで済む。
その上、言峰綺礼は監督役だ。
過去の聖杯戦争で使用されなかった令呪をその身に宿している筈。
三画程度なら使い捨てられる。」
その予想はこの聖杯戦争が起こってからずっとしていた事だ
敵戦力の中で獅子身中の虫と言える英霊、クー・フーリン
仕事とあらば多少の外道は犯すだろうが、決して致命的な間違いだけは犯す事は無い
だが、相手もそれは承知の上だろう
「となれば、クー・フーリン攻略は俺が鍵か。
俺が可能な限り早く言峰を殺せば、それだけ早くクー・フーリンにかけられた令呪の効果は無くなり、マスター権は消失する。
そうなれば再契約の隙すら出来る。」
「ああ、再契約が出来るとしたらそれは貴方だ。
遠坂と衛宮は勝ったとしても魔力不足により、もう一騎との契約は不可能だ。
エルメロイ2世も魔力はそう潤沢では無い。
貴方には……そう易々と他のサーヴァントと契約をしてほしくは無いが…………背に腹は変えられない。
桜の令呪を一画移し、マスター権を偽造しておきます。
それで仕込みは十分でしょう。」
「ああ、任せろ。
ランサーも全てが終わったら契約は破棄する。
向こうだって一矢報いることが出来ればそれで不満はないだろうさ。
……さて、そろそろ俺も言峰対策用の最後の一手を取りに行って来ないとな。」
「ええ、10年前から続く貴方と言峰の因縁を断ち切るのには正にうってつけの礼装でしょう。」
「いや、それは違うな。
この因縁は……」
続く言葉は音にせず、モルガンだけが分かる様に心の中で語る
薄く微笑んだモルガンを見てから、踵を返して地下から上がる
……決戦の日は否応なしに近づいてくる
Huluでstay night、UBW、Zero、事件簿、strange fakeが公開されてるのマジで有難い
stay night、UBW、事件簿は一気見しました
現在Zero視聴中
やっぱりたまには原典に立ち返らなきゃね
今話はstay nightをやると決めてからずっとやりたかった話でもあります
成長したセイバーが再度、イスカンダルを通して自分の王道と向き合う話
いやー、書きたかった話だから筆が進むわ進むわ
感想、評価お待ちしています
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16話
Hulu、リリなの全シリーズも配信してるとか神かよ
猶予期間4日目
街の道中でセイバーと衛宮士郎はカイとばったり出会っていた
「こんにちはカイさん。
丁度そっちに向かう所だったんだけど。」
「ああ、モルガンやエルメロイ2世、アインツベルン達なら居るから俺個人への用事じゃなければ平気だろう。
俺は用事があるから、少し家を空ける。
で、俺への用件はあるのか?」
「いや、俺はイリヤに、セイバーはモルガンに用事があるんだ。」
「そうか。
なら特にセイバーは心して行くんだな。
相性が悪いだろ。」
「心遣いは有難く。
しかし、貴方は彼女の夫でしょう。
良いのですか、そんな事を言って。」
カイがセイバーに軽口を叩くが、セイバーもそれを無視も変に受け取ることも無く、同じく軽い口調で冗談混じりに答える
「聞かれてたら後が怖いが……まあ、この程度なら大丈夫だろう。
じゃあ俺はこれで。
時間が合ったらまた後で会うかもな。」
歩き去って行くカイの後ろ姿を見てからまた歩き出すセイバーに士郎は感じた事を口に出す
「セイバー、カイさんとは仲が良いのか?」
「仲が良い、というほどではありませんが、前回もモルガンのマスターとは思えないほどに気遣いのできる御仁でした。
なので、私もそれなりの敬意を持って接していますが……その程度です。
勘繰る必要はありませんよ。」
「そうか?
なら良いけど。」
振り返って答えたセイバーは、また前を向いて歩き出す
答えに一応納得した士郎もその背中を追って歩き出した
「……一言くらいは断っておいても良かったかもな。」
それから少しして、自宅に残っていたモルガンは自身の結界内にセイバー達が来た事を感知した
作業の手を止め、腰を上げる
「マーリン、貴様は怪我人らしく大人しくしていろ。
決して覗くな。」
「はいはい、ボクもそこまで無粋じゃないよ。」
嘘をつけ、という言葉は口に出さないでおく
ただマーリンを睨みつけ、マーリンは軽く肩を竦めてそれに答える
バタン、と音を立てて扉を閉められると同時、結界で部屋を囲われた事をマーリンは悟った
それと同時、胸に走る傷の痛みに顔を顰めてからマーリンはベッドに横になる
「まあ、今回はお言葉に甘えようじゃないか。
感情を摂取したいのは山々だけど、そう何度も龍の逆鱗や妖精の翅に不用意に触る気もないからね。」
そう嘯きながら目を閉じた
ルフェイ邸へと来た士郎とセイバー
その2人を迎えたのは彼らにとって意外中の意外、モルガンだった
「……アインツベルンならこの先の居間でエルメロイ2世とゲームに興じている。
用があるならさっさと行け。
アルトリアは此方に来い。」
返事を待つことなく背を向けて地下に降り始めたモルガン
少しの間、2人は互いに顔を向き合わせた後、一言「また後で」と言い合ったあと、別れてそれぞれ歩き始めた
セイバーは先に降りて行ったモルガンを追って階段を少し急いで降りていく
既に階段を降り終えていたモルガンは此方を一瞥することも立ち止まることも無く、悠々と歩いていき、幾つかある扉の一つに入っていった
それにムッとしながらも、セイバーは黙ってその後を追う
追ってその扉を開ければ、その先は1つの部屋だった
それまでの石でできた寒々しい広間とは異なり、暖かなランプが部屋の中を照らしていた
壁には本棚があり、そこには革で閉じられた魔術書と思われる本が幾つも並んでいた
そしてモルガンはその部屋に置かれた大きめの作業机に備え付けられた椅子に座っていた
「遅い。
何をモタモタしていた。」
「……たった十数秒程度で遅いと感じるのなら、それは申し訳ない事をしましたね。
そもそも貴方が私を招いたのでしょう?
ホストとしてその態度ではたかが知れますね。」
「ふん、少しは言うようになったものだ。
それ程まであの小僧を気に入ったか?
若い燕を囲うのも程々にしておけよ。
外見を保とうが貴様の中身は往年のものだろう?」
「と、歳の事を言うのは卑怯が過ぎるぞ妖精姫!
……というより、貴様、気付いて……」
モルガンの悪態に対して、セイバーも嫌味で返すが、更にその返しでアルトリア個人として最も痛い部分を突かれて思わず大声で突っ込んでしまう
しかし、それと同時にあることに気づく
目の前の仇敵が、自分が未だ死んでいない事に気付いていたのだ
「当たり前だ。
はあ、愚か愚かとは思っていたが血迷って世界と契約するとは耄碌するのも良い加減にしておけ。
大抵の場合、碌な死後にはならん。
まあ、貴様の存在は世界も喉から手が出るものだ。
この聖杯戦争もどうせ世界が余計な手を回したのだろうな。
足りないピースをそれ程までして埋めさせる気か。」
「……足りない……ピース?」
何故か説教のような愚痴がモルガンの口から流れ出てくる
セイバーも世界と契約する事がどれ程下策なのかは知っていた為、思わず目を逸らすが、モルガンの話の中に気になる言葉が出て来た
「ああ、それはまだお前が知るべき事ではない。
忘れておけ。
話とは他でも無い。
ヴォーティガーン対策に『偽・霊脈閉塞型兵装』をくれてやる。
十三拘束も再現してあるから威力も十分だろう。
それで必ず奴を屠れ。
あれだけは聖杯に餌を与える羽目になっても倒しておかなければならん存在だ。
そして終わったら可能な限り早くギルガメッシュとの決戦の地に駆け付けろ。
業腹だが、貴様が勝利の鍵だ。
他のサーヴァントでは意表は付けようが、決定打にはならん。」
まさかの言葉にセイバーは一瞬固まった
仇敵モルガンが……私の事を勝利の鍵だと……?
確かに我が身に起きた様な事がモルガンにも起きたのだとしたら、多少の変化には頷ける
だが、決して相容れぬ存在であるはずの私にそんな事を言うとは
「不思議そうな顔だな。
だが、事実は事実だ。
それを受け入れられない愚図などでは決して無い。
私も貴様抜きで事が運ぶのならそうしている。
今回はそうではなかったというだけだ。」
「で、ですがそのロンゴミニアドがあればギルガメッシュも倒せるのでしょう?
そちらに使おうとは思わないのですか?」
「確かに倒せる。
だが確実では無い。
最悪なのはギルガメッシュとヴォーティガーンのどちらも倒せなかった場合だ。
ならば絶対に倒せると断言できるヴォーティガーンに『偽・霊脈閉塞型兵装』を用いるのが良策。
そしてギルガメッシュにはまた別の策をぶつける。」
その別の策について具体的な話は全く無いが、それ以外は頷ける話ではある
だとすれば気にするべき点は1つ
「そのギルガメッシュにぶつける別の策とやら。
勝算はあるのか?」
「五分五分……といったところか。
上手くいけば勝利は確実だが、その前提条件が崩れれば全てが無に帰る。
だがギルガメッシュに『偽・霊脈閉塞型兵装』を防げる宝具がないとも限らない。
五分五分か、勝算が不明かのどちらに賭けるかと言えば、まだ五分五分の方がマシだろう。」
その前提条件には恐らく私がギルガメッシュとの戦闘に間に合う事も含まれているのだろう
余りにも責任重大だ
国ではなく世界を背負って戦えと言うのだから
……だが絶望とは何度も相対して来た
あの魑魅魍魎が集うブリテンに比べれば、世界中の英霊が味方となり、勝算の見える戦いをこちらから仕掛けられるだけ大いにマシというものだ
「了承した。
不本意ではあるが、貴方の予言は正しかった。
私は確かに遥か昔に出したはずの答えを、今の時代になって思い出す事が出来た。
魔女としての貴方にではなく、我が姉にして、我ら円卓を支えてくれた湖の精霊の別側面の貴方に恩を返すとしよう。」
「ああ、精々役に立つがよい。
…………10年前、私は貴様を『正しさと言う鎖に囚われた阿呆』と称したな。
あれを撤回するつもりは一切無い……無いが……それで言うならば私は『復讐という底なし沼に自ら進んだ盲』だったのだろうな。
ウーサーの胤もそう良いものでは無かったらしい。
それで作られた姉妹が揃って己が道に惑ったどうしようもない小娘だったのだから。」
「……それは……」
突然、モルガンの口から語られた己を卑下するような言葉
素直に驚いた、同時に納得もした
側から見れば正しくその通りだったのだろう
……だが、私が姉の座るはずだった席を奪ったのもまた事実
それはきっと間違ってはいなかった
…………いや、あの時のブリテンは誰もがきっと間違ってはいなかったのだ
前王とマーリンが私という存在を作り出した事も、私が選定の剣を抜いた事も、島の意思が国を滅ぼそうとしたのも、モルガンが私に怒りを覚えたのも
個々を切り離して考えれば至極当然の事だった
間違ってはいなかった、だが明確な正解を選んだわけでもなかった
そしてその中途半端さのツケだけが…………全てに公平に降り注いだのだ
間違いも正解も積み上げることは出来ず、しかして、その選択の責任だけは過剰なまでに積み上がっていったのだ
「……いや、世迷言を吐いた。
忘れろ。
そちらからの話は……ないな。
ではさっさと去るが良い、私にはまだやるべき事があり、それはお前もまた同じな筈だ。」
その独白の後、姉は元のモルガンに戻っていた
もしかしたらこの独白すらも私の心を縛るための嘘であったのかもしれない
けれど、私にはどうしてもその言葉が嘘であるとは思えなかった
「あーーーッ!!!!
ちょっとそれ卑怯よ!!」
「ハメ技を使わないだけ有り難いと思え!
ただのコンボだ、対策してない方が悪い!!」
イリヤという見た目の幼い子供に対して真剣に対戦ゲームで遊んでいる時計塔の頂点というとんでもない光景が衛宮士郎を待っていた
更には、それぞれの後ろにライダーとメイド2人がいてその様子を見守っているのだから、場の混沌さは物凄い
「あ、お兄ちゃん!
ちょっと待っててね、今すぐこの大人の風上にもおけないエセロードに引導を渡すから!」
随分と熱中してた筈なのに最初に気付いたのはイリヤだった
一瞬だけこっちを見てからはまた画面に目を向けて物凄い勢いでコントローラーを操作し始めたが
「お、おう。」
「面食らったかセイバーのマスター。
だが、幾つになっても夢中になれる事があるという事はいい事よ。
退屈は人の魂そのものを腐らせる毒、それがなんであろうとも退屈を紛らわせる事は魂に潤いを与える行為そのものである。」
イスカンダルがそう纏めるが、その後ろでわー、だのぎゃー、だの悲鳴が上がっていては締まるものも締まらなくなる
その言葉には納得しかないが、苦笑いが止まらない
「分かりますよ先輩。
夢中なのは良いですけど、この光景には苦笑いしか浮かびませんよね。
それに、これでエルメロイ先生が勝ってしまうとイリヤちゃんは多分、先輩の事を放っておいてリベンジに躍起になるでしょうし……
先生には少し悪いですけど……」
キッチンの方から出てきた桜が士郎の思考に賛同し、イリヤスフィールに用があるのを見抜く
更に下手をすれば対戦が長引く事を予想し、1つ悪戯をする事を決めた
自身の影から2つの触手を伸ばし、ゆっくりとエルメロイ2世へと忍ばせる
それに気付いた観戦者にしーっ、と静かにする様にジェスチャーで伝える
そして一定の距離になった途端に触手を一気にエルメロイ2世の脇に突っ込み、脇腹をくすぐった
「うひゃいッ!?」
その途端、情けない声を上げながらエルメロイ2世は飛び上がった
それによりコントローラーの操作が狂い、その隙にイリヤはエルメロイ2世の操るキャラクターにトドメの一撃をさした
「わーい!
勝った勝ったー!
サクラ、ナイスアシストよ!」
「それは良かったです。
では、先輩の話、聞いてあげてくださいね。」
「一体全体、何してくれて」
「まあ、そう怒り立つな。
次は余が相手になろう、大きめのコントローラーがあったよな、どこに行った?」
イリヤスフィールが勝った事で、イリヤスフィールはゲームを中断し、士郎の話を聞く気になったようだ
対してエルメロイ2世は邪魔をされて負けた事で怒って立ち上がるが、それを宥める様にイスカンダルが間に入り、話を逸らした
「場所を変えても良いか?
少し落ち着いた場所で話したいんだ。」
「良いわよ、じゃあ私の部屋に行きましょ。」
この冬木における3組目の捻じ曲がった兄妹
その捻れを戻そうという試みが始まる
はい、アルトリアとモルガンの姉妹コミュニケーション回でした
因みにアルトリアさんがこのルートを通った後に両者がカルデアに召喚される様な事があると、アルトリアさんからモルガンへの好感度は改善してるけど、モルガンからアルトリアへの好感度は改善してない&円卓はアルトリアとモルガンの事を全く知らないので、物凄く話が拗れる
特にモルガンの子供達の辺りとか死ぬ程拗れる
モルガンも更に拗れる
アルトリアさんだけは余裕たっぷりに笑みを浮かべてる
そして余計拗れる
それと総合評価が遂に30000ptを突破しました!
皆様のご愛読のおかげで、本作はまた1つ大台に登る事が出来ました
これからも本作『モルガンと行く冬木聖杯戦争』をよろしくお願いします
という事で、感想、評価よろしくお願いしまァす!!
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17話
褒めて褒めてー
「セラとリズは廊下で待ってて。」
「し、しかし2人きりなど危険では!?」
「シロウにはセイバーが居なくて私にはバーサーカーがいるのに?
それに魔術師としての腕も私の方が上よ。」
イリヤの命令に対し食い下がるセラだったが、返ってきたイリヤの正論に返す言葉も無い
目の前で敵扱いされたと思ったら、敵扱いすらされず、ずばずばと心に刺さる事を言われた士郎はイリヤの後ろで胸に手を当てて心の痛みに耐えていた
聖杯戦争が始まってからあらゆる方向からの精神攻撃が来て辛い……
……辛い
「……何かあったらすぐに声を上げてくださいよ。」
「セラ、心配しすぎ。」
「貴方は心配しなさすぎです、リーゼリット!
万一のことがあってからでは遅いのですよ!?」
「分かった分かった、ホラ行くよ。」
「なんで私が聞き分けのない様な言い方なんですか!?」
そのままセラというイリヤのお付きの人はもう1人のリーゼリットというらしい人に連れて行かれた
言い方はキツイけど、なんか同情してしまう
イリヤとあのリーゼリットという人に振り回されてるんだろうなぁ……
「じゃ、改めてお話ししましょ。
お兄ちゃん。」
イリヤに割り当てられた部屋の中に立ち入る
中は以前、遠坂達と共に入った部屋と間取りは同じで、少し散らかっており生活感がある程度の違いしかない
イリヤは跳ねる様にベッドに飛び乗り、ベッドの上に座った
俺はどこに座ったものかな……と周りを見渡し、目に入った椅子に座ろうとするが、その前にポンポンという音が聞こえて目線をイリヤに戻すと、イリヤは自分の横をずっと笑顔でポンポンと叩いていた
つまりはここに座れ、と
少し迷った後に仕方ないなぁ、と指示された通りに横に座ればイリヤは顔を綻ばせてこちらに体重を預けてきた
「……取り敢えず渡したいものがあるんだ。」
そう話を切り出して持ってきたものをイリヤに手渡す
「これって……パスポートと……手紙?」
「両方とも爺さん、つまり切嗣のだ。
昨日屋敷を探し回って見つけて来た。」
「ふーん?」
イリヤは手渡された2つの内、先にパスポートを開いてその中を見ていく
切嗣の顔写真と個人情報の載っているページを開くとページをめくっていた手が止まる
表情は……かなり複雑そうだ
「パスポートで見て欲しいのはその後ろ、渡航記録の残ってるページだ。」
促されるままにイリヤはページを捲る
そこにあるのは渡航先に着いた時に押されるスタンプ
「……これ……」
押されていたのは全部イリヤの祖国、ドイツのスタンプだ
数は勿論、その頻度も凄まじい
何度も何度も、何度ダメだったって諦めずにドイツを何回も訪れていた
帰ってくるたびに憔悴しては体を癒すのも最低限でずっとイリヤを迎えに行ってたんだ
「俺には仕事に行くって言ってたのに、本当はイリヤを何回も迎えに行ってたんだ。
どうして爺さんがイリヤの前に行けなかったのかは流石に分からないけどさ……多分、その答えがそっちの手紙にあると思う。」
そう言って手渡したもう一つ、少し古ぼけた手紙を指さす
中は読んでいない
もしかしたら俺宛のものも入っているかもしれないが、宛先は『子供達へ』だ
まず間違いなくイリヤへの手紙も入っている筈だ
封を切り、中の紙を取り出す
数枚入ってるそれに軽く目を通すと、その内の2枚を手渡してくれる
「はい、こっちシロウ宛よ。」
それを受け取ると、イリヤはこちらに見向きもせずに自分宛の手紙を黙々と読み始めた
その様子を確認してから俺宛への手紙に目を向ける
【士郎へ
この手紙を見つけたということは魔術師としてそれなりに成長したか、あるいは舞弥が工房が必要だと判断したか、という事だね
士郎には至って普通の人生を送って欲しかった僕としてはどちらにせよあまり好ましい状況ではない
とはいえ、前者なら士郎の頑張りを無視するわけにはいかないし、後者ならそんな僕の願いと士郎の命を天秤にはかけられない
さて、まず士郎が魔術師として成長した時についてだ
騙すことになってしまったが僕は正確には魔術師ではなく魔術使いだから、そう魔術的に価値のある物は残せなかった
けれど、何も無いわけではない
工房内にあるもの、そして君の体に埋め込んだ騎士王の鞘、アヴァロンは正式に君に譲り渡そう
工房内にあるものの中でも1番特異的なのは起源弾という僕の魔術礼装だ
起源弾についての詳しい事は別紙に纏めておいたから後で読んでおくと良い
そして後者の場合、同様に工房内にあるものは全て使ってくれて構わないからどうか生き残って欲しい
卑怯な言い方になるのは重々承知だけど、どうか僕の残した道具を使う事を躊躇って僕が唯一助けられた君の命を失わないで欲しい
それと本当に危なくなったら以前街で出会ったカイという男を訪ねると良いだろう
それなりに情はあるし、他人を守れるだけの力がある男だ
きっと助けてくれる
そしてこれはお願いだ
実は君には姉がいる
僕の娘、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという子だ
仕事と嘘をついていたが、何度も僕が外国に行ってたのはあの子を迎えに行くためだった
けれど、ついぞ僕はあの子を迎えには行けなかった
居場所はドイツ、とある奥まった森の奥に居城を構える魔術師の一族だ
場所についても同じく別紙に纏めた
士郎、君が大人になるまで見守れなかったことに並ぶ僕の心残りだ
勿論断って貰っても構わないけど、どうかお願いしたい
そして会えたなら同封した彼女宛の手紙を届けて欲しい
あの子を迎えに行けなかったのは決して君を助けたから、というわけでは無いから気に病む必要は全くない
あの森は非常に危険で命の危険がある
だから本当にこのお願いは無視して貰って構わない
本当にできれば、という話だ
それでは士郎、最後になってしまったけど、君との出会いから一緒に住んでいた間、その全てが僕にとっては救いだった
地獄の底からになってしまうだろうけど、僕は死んでも君の事を見守っている
どうか舞弥や大河ちゃんと一緒に平和に暮らして欲しい
衛宮切嗣】
もう一枚の方は手紙に書いてあったその起源弾という魔術礼装とイリヤのいた故郷の森についてのメモのようだ
そっちは今はしまっておく
ふと手紙を読むのに集中してしまっていた事に気付いてイリヤの方を見て……驚いた
イリヤは泣いていた
声を上げず、顔は顰めず微笑みながら
静かに静かに……涙を流していた
「イリヤ……?」
「シロウ、ううんなんでもない。
なんでもないの。
…………私も間違えてたのね。
キリツグの事、信じ切れなかった。
間違った事をしなくても、捻じ曲がって結果だけ間違ってしまう事だってあるのにね。」
それは……多分その通りなのだろう
過程と結果、その片方は正解を選べても、その両方が正解になるとは限らない
そうじゃなかったら、この世の悲劇はもう少し少なかった筈だ
イリヤがベッドから降りて俺と向かい合う
そして……
「シロウ……ごめんなさい!
私、お姉ちゃんなのにシロウの事殺そうとしちゃってた。
もっと考えなきゃいけなかったのに考えるのをやめてた。
お母様のふりをしていた穢れた聖杯を、お母様そのものだと信じちゃってた。
もっと良く繋がりを見てたら分かってたかもしれないのに、アインツベルンが聖杯を完成させるためだけに何をしていたか知ってたのに、疑うことすらしなかった。
私……キリツグの悪い所に似ちゃってたのかな。
結局、都合の良い所だけ見て、悪い所は無視してたんだ。
ダメな……お姉ちゃんだよね。」
謝った
そこには色々な後悔が混じっていて……皮肉げに自分の事を嗤っていた
「そんな事……ないとは言えない。
けど、俺にもダメな所は幾つもある。
正義の味方っていう爺さんの夢を継いで、けどその本質は考えなかった。
魔術もダメ、聖杯戦争も命の取り合いをしたくない甘ちゃんだって遠坂もセイバーに叱られた。
けどな、イリヤ。
ダメな所は誰にだってある。
だから互いに支え合って生きていくんだ。
イリヤのダメな所は俺が、俺のダメな所はイリヤが埋め合わせる。
それでもまだダメな所は残るかもしれない。
なら、セイバーや遠坂、カイさん、イリヤならバーサーカーやあのメイドの2人かな。
皆で皆のダメな所をカバーしあうんだ。
だからまず、俺はこの間の事は許すよ。
そして家族としてイリヤの事、何があっても助ける。
後でセイバーに遠坂、アーチャーにも一緒に謝りに行って、許して貰ったらそれであの日の夜のことは終わりだ。
そしたらもう俺たちは英雄王と大聖杯を止める仲間で俺とイリヤは家族だ。
だから、イリヤも何も知らなかった俺と、イリヤを迎えに行けなかった爺さんの事、許してくれるか?」
話している最中にベッドから立ち上がって、イリヤの目の前に膝をついて目線を合わせる
姉、とは言うけれどイリヤは外見も、そして内面もずっと幼い様に見える
勿論、幼いところだけじゃないのは教会で襲われた時に嫌ってほど理解させられた
けれど、魔術師ではない素の、イリヤスフィールという1人の女の子はきっとまだ幼いのだろう
だから俺の言葉も自然と子供を諭す様なものになる
そして俺はイリヤの事を許して……イリヤに俺と爺さんの間違いについて許して貰おうとすれば
……返答は力一杯の抱擁だった
…………蛇足ではあるが、この後2人で部屋を出た時、イリヤの泣いてた跡をセラさんに見られて軽い修羅場に陥ることになった
冬木市、墓地
教会に併設された西洋風の墓地ではなく、街中にある和風の墓地だ
目の前にある墓標に刻まれた文字は衛宮切嗣
かつて2度、俺が共に戦った男の名前だ
「……死者に餞を……なんて性格じゃなかったんだがなぁ……
魔術師殺し、衛宮切嗣。
お前もお前で色々と聖杯戦争に対して準備していたみたいだけど……それは50年後、つまり本来の周期の聖杯戦争に対してだったらしいな。
本当に呆れるくらい、間と運の悪い奴だなお前は。
まあ、心配はいらない。
お前はついぞ認めなかったけど、俺個人としてはお前は戦友に他ならない。
結局、10年前も敵対はせずに終わったしな。
だから戦友としてお前のやり残した事は俺たち家族が生きる為、そのついでに終わらせておいてやるよ。
何十年後…………いや何百年後の可能性もあるのか。
とにかく、死んだら俺も地獄行きだろうからな、そっちで首を長くして待ってろよ。
土産話なら幾らでも持って行けそうだ。
お前の娘と息子の世話、聖杯戦争の後始末、その他諸々への対価は勝手に貰ってく。
じゃあな衛宮切嗣。
死んだらその辛気臭い面拝みに行ってやるよ。」
線香の代わりにタバコを
花束の代わりに空砲を……といきたかったが流石にそこはやめておく
まあ、この聖杯戦争の終結そのものが奴にとっては何よりの餞になるだろうさ
らしくない事をした自覚はあるが、これもまあ俺なりのケジメだ
この10年、肉体は兎も角、精神、魂は鈍ったと言っても過言ではない
だからこのケジメで、死者の願いを勝手に背負って精神の起爆剤とする
そうなりゃ魂も肉体と精神に引っ張られて戻ってくるだろう
「我ながら面倒な起源と呪いの組み合わせを背負ったもんだ……」
携帯灰皿にタバコを押し付け、火を消す
墓標に残ったタバコだけがゆっくりと煙を吐き出し続けていた
決戦まで……あと少し
イリヤ宛の手紙に何が書いてあったか
それは秘密です
原作だとイリヤはルートが削除されたせいで、どのルートでもなんか有耶無耶の内に死ぬか、味方側に回るかしてたけど、本当の意味でイリヤを救えるのは切嗣に他ならないと思うんだ
だから今回のMVPは切嗣
やったねケリィ!
死んだ後になって漸くパーフェクトコミュニケーションが出来たよ!
さて、次回からは最終決戦かな
猶予はあくまで猶予、それ以前に準備が出来たなら攻め込むのは普通です
それと最後のカイについて
第四次聖杯戦争の最終決戦、本来残ったのは正義の味方()と外道神父だよ?
そこに割り込ませるならそのキャラに歪みを持たせないわけにはいかないじゃん?
違いがあるとすれば自分で理解出来てた事と、そこそこ自己供給が出来てた事かな
因みに、その歪みに対するヒントは既に出尽くしてるよ
それでは感想、評価お待ちしています
はぁ……ここから怒涛の戦闘描写が待ってるのか……
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18話
いやぁ、各戦闘の前口上とかいう1番筆の乗りやすいところだったからね
今回も早かった
「…………来たか。
待ちくたびれるところだったぞ雑種ども。」
円蔵山の奥、天然の洞窟のその奥に設置された大聖杯
その奥でギルガメッシュが来訪者に気付く
柳洞寺へと続く参道を上がってくるただならぬ気配の一団
サーヴァントとそのマスター達
「まずは露払いだ。
さあ、木端とは言えど英霊ども、その勇姿魅せてみるが良い。」
参道を上がりきり、山門を潜った先に待ち構えていたのは3人
監督役であったはずの言峰綺礼
ランサー、アルスター神話に名高いクランの猛犬、クー・フーリン
アヴェンジャー、ブリテンに君臨した最強最悪の白き龍、ヴォーティガーン
「ようこそ諸君。
今日は良い夜だな。」
「言峰……アンタ本当に……」
「悪いが時間が限られてるんでな、遮らせてもらうぞ。
ランサーの相手はライダーが、アヴェンジャーの相手はセイバーとアーチャーが。
そしてお前の相手は俺だ。
それ以外は通させてもらうが、構わんな?」
あらかじめ決めておいた通りにそれぞれの相手に対して向き合う
それを見ても言峰綺礼は笑みを浮かべるだけだ
「ああ、数的不利は知っての上。
あくまで私達は数を減らすのが役目。
だが、その前にだ。
令呪をもって命ずる。
ランサー、これより一切の反逆を禁ずる。
重ねて命ず、目の前の敵を殲滅せよ。
さらに重ねて命ずる、それが出来なかった時には即座に自害せよ。」
「っ……用心深ぇ野郎だ。
ったく、世界を滅ぼす側じゃなけりゃ最高の聖杯戦争になりそうだったのにな。
それじゃ、やるかいオッサン。」
「おうともよ。」
「魔力を回せ、始めるぞリン……!」
「ええ、行くわよアーチャー、衛宮くん、セイバー。」
2騎の英霊、そこから重厚な魔力が立ち上る
「来れ、我が朋友達!
此度の戦は我らが駆け抜け、そしてこれからまた我らが征服せんとする世界を守る戦いである!
生前にも成し得ず、古今東西の英雄といえど成し得たものはいない世界全てを救う為の戦い!
まさかこれに心振るわぬ者はいるまいな!?
死してなお、ここに我らの新たな伝説を築き上げる!!
準備は良いな我が無双の『王の軍勢』よ!!!」
「I am the bone of my sword.
Steel is my body, and fire is my blood.
I have created over a thousand blades.
Unknown to Death.
Nor known to Life.
Have withstood pain to create many weapons.
Yet, those hands will never hold anything.
So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS……!!」
魔力が最高潮に高まると同時に英霊5騎と3人の姿が掻き消える
それを確認した後、武器を手に取る
「あとで追いつく。
だからそれまでは頼んだぞ。」
「ええ、任せておいて下さい。
貴方も気を付けて。」
モルガンとの短いやり取りの後、俺と言峰綺礼以外にこの場に残っていたモルガン達は先に進んでいく
その姿を見送り、改めて言峰綺礼と向かい合う
「それじゃあ俺達も始めるとするか。」
「その前に1つ、良いだろうか?」
いよいよ俺の戦いを始めようとしたところで、言峰が此方に手のひらを向けて制止してくる
出鼻を挫かれたのを意識しつつ、体の力を抜いて話に付き合う事を示す
「10年前、最後に残っていたのは私と君、そして衛宮切嗣の3人だったな。
実はあの日以来、少し気になっていることがあった。
10年前の聖杯戦争、聖杯は穢れ、そして選ばれたマスターもまたその胸の内に多かれ少なかれ歪みを抱いていた。
特に最後まで残った私達の内、私と衛宮切嗣はその最たるものと言っても良いだろう。」
そう前置きを語ると、言峰はゆっくりと横に歩き始めた
「では、君はどうなのか。
最後に残った内、たった1人だけが大した歪みが無いと?
そんな訳は無い。
聖杯戦争は参加者の内から1人の勝者を勝ち抜く儀式であると共に、聖杯が己を使うに値する人間を選び取る儀式でもある。
穢れた聖杯には歪んだ願望の持ち主が必要だ。
では、君の歪みとは何か。
君について多くの事を調べさせて貰った。
中々に難解な問題だった。
だが、答えは至って簡単だった。
名は体を表す。
名前とはこの世に生まれ出た命に最初に与えられる祝福であり呪いだ。
カイとは即ち勝利。
そして貴様の起源は付与あるいは付加といった所だろう。
ならば貴様の持つ歪みもそれに起因すると想像がついた。
貴様は自分の価値を求めていた。
だが魔術師としての価値は完全に無くなり、代わりに魔術使いとしての価値を求めた。
だから戦場に身を置き、勝利という価値を己に加えていった。
どこまでも貪欲に、強欲に。
……だが、今回貴様に令呪が出なかったあたり、この10年で腑抜けた様だ。
聖杯戦争の表向きの覇者、そして神代の魔術師の中でも3本の指に入るモルガンという女の夫。
2度と誰も手に入れられないであろうトロフィーを貴様は手に入れた。
それで満足したのだろう?」
「満足してたら何だ?」
「譲れ。
我が願い、我が祈りは未だ実現に至らず、実現させる為には大聖杯の呪いを撒くほかにない。
貴様は満足したのだろう?
少なくとも、貴様に願う祈りは無いはずだ。
だから私に寄越すが良い……!」
その予想、その心の底からの渇望を聞いた
ああ、確かにその通りだ
奴の言ってる事は概ね間違っていない
武器で両手が塞がってなければ拍手でも送りたい程には
「固有結界……ねぇ。
一面の砂原、オレの時代、オレの生きてた世界には無かった光景だ。
ホンット、良い戦場だな聖杯戦争ってのは。
なあ、アンタもそう思うよなオッサン。」
軍勢から少し離れた場所で槍を担いで辺りを見回す
遮るもの一つない戦場
これがライダー、いやアイツら全員の心象風景なんだろう
赤枝の騎士の連中でも…………いや、アイツらに心象風景を一致させろったって無理な話か
「正しくその通り。
これもまた聖杯戦争の醍醐味、本来なら我らがまみえる時など獣狩りに駆り出された時程度であろうが、この聖杯戦争ある限り、時代も土地も超え、あらゆる英雄があい見えることが出来る。
余も残念だ、クランの猛犬。
貴様とは一切の柵無く、心ゆくまで争ってみたかった。
だが生憎と今回は我らに義がある。
世界を救う戦い!
まずはその前哨戦!
相手は不撓不屈という言葉をその身に宿した世界最高峰の戦士!
約定に縛られ、半身の自由を、その槍を、そして生涯の好敵手との争いすら奪われて尚、死するその時まで軍勢を相手に戦い続けた漢!!
我らはその漢を殺す事なく征服する!!
無理だと笑うか!? 無茶だと怖気付くか!?
否!! 断じて否である!!
無理無茶無謀は知っての上!!
それすら踏み越え、不可能を征服してきたからこそ我らは英霊となったのだ!!!
いざ、我らが覇道を見せつけん!!」
怒号を上げ、土煙を立てながら迫ってくる軍勢
それを前にしてクー・フーリンはただ槍を構える
思い出すのは己が死んだ戦場の光景
ゲッシュによって嵌められ、多くの弱体化を受けながらメイヴの軍勢と戦い、最後の最後には腹から飛び出た腸を柱に巻き付け、それを支えに戦場に立ち続けた
その終わりに悔いは無い
運もゲッシュも全て含めてオレの人生、オレが選んだ道だ
だが……何も思う事が全く無いと言えば嘘にはなる
「へっ、本当にありがてぇ話だ。
……我が名はクランの猛犬、クー・フーリン!!
全身全霊をもって貴様らの相手となろう!!
命のいらねぇ奴から、かかってこいやァ英雄共ォ!!!」
思わず笑みが溢れる
言峰、この戦場を用意してくれた事だけは感謝しておいてやるよ
視界を埋め尽くす戦士達
そこに身一つ、槍一つで飛び込んだ
一面に剣の刺さった荒野
空は夕暮れの様に赤く、遥か遠くでは巨大な歯車が廻っていた
そして4人の前に立つのは真っ黒な鎧に身を包んだ1人の騎士
その口から嗄れた老人の声が響いてくる
「…………なんともはや醜い心象風景か。
己が世界の歯車であり、剣であり、何処までも道具である事を心という道具ならざる事を証明する人の心が認めているとはな……」
「それが力も無いくせに力を求め、世界と契約した守護者の末路だ。
だが、何も知らない貴様に言われる筋合いは何処にも無い。」
「人の世はどこまで行っても変わらぬな。
そうは思わぬか赤き龍、滅びに抗い、更なる滅びを呼び寄せた王よ。
理由や規模は違えど、戦争だけは無くならぬ。
そして、その悲劇を認められぬ愚か者が己の領分を遥かに超えて人や国を救おうとする。
諦めて滅びを受け入れた方が良い事もあるとは考えもせずに。」
「黙れ、滅びに屈するのならまだ分かる。
だが貴様は滅びを加速させる道を選んだのだ。
島の意思に呑まれたとは言えど貴様も元は人の王であった筈だ。
そこにあった責任を全て投げ打ち、そして捨てたものを踏み躙った。
確かに貴様の予見は合っていた。
私は結局ブリテンを滅ぼした。
だが、その過程には救われた民がいた!
国どころか人すら残さず滅ぼそうとした貴様が!
滅びを諦めて受け入れろとどの口が言う!」
風の鞘を解いて顕になった聖剣をヴォーティガーンに向けて吼える
「……ああ、やはり貴様は眩しいな。
だが、何度でもこの口は同じ事を語ろうとも。
我が生まれた理由は滅びをもたらす為が故に。
そして此度もまた同じ。
誰か1人でも滅びを、終焉を望むものがいるのなら、全てを平等に無に堕とそう。
我はブリテン島の代弁者、そして世界を終わらせる終末装置であるが故に。
……再び抗ってみるか騎士王。
世界の終焉に、何もかもを落とす底無しの奈落の穴に、我という滅びの形に。」
まるで炎が吹き上がるかの様にヴォーティガーンの体から黒く、向こう側も見えない魔力が立ち上る
敵意、殺意は時間を追うごとに強く厚くなっていく
「無論だ白き龍!
もう一度我が聖剣の輝きで貴様の昏き絶望を照らしてくれる!」
そのセイバーの返答と共にヴォーティガーンの体が大きく変容していく
鎧を着た1人の人間から真っ白な邪悪な龍へと
感じるプレッシャーは底なしに高まり続け、その足元から呪いが伝播し始める
そして大きく口を開けば、その奥、焔の詰まった喉のその更に奥から常人であれば聞くだけで心を折らせる咆哮が放たれた
「流石は宗教屋、話が上手い。
それに人の事を調べ上げてその内を見透かすのは大の得意の様だ。
ああ、だが2つ、いや3つ間違えてるな。」
「なに?」
合っている
己の内にある勝利への渇望
魔術師として生まれ、しかし魔術師として生きる事を諦めなければならなかった事
無価値となった俺が、価値を積み上げようとしていた事も
「俺は誰かに譲られた価値を己のものとは認めない。
トロフィー?
笑わせるなよ、寧ろ惚れさせられたのは俺の方だ。
表向きの覇者なんぞに興味はない。
誰かに譲られるのではなく、己の手でこそ掴まなきゃ意味がない。
人の強欲さをそしてプライドを侮ったなクソ神父。
満足なんざしちゃいない。
ただこの10年前から続く聖杯戦争の決着に執着し続けただけだ。」
「バカな、それほどの歪みを持ちながら聖杯は貴様をマスターだと認識しなかったと言うのか……!?」
ハッ、とその言葉を笑い飛ばす
その言葉は、その予想はお前にも言える事だろう?と
「それをお前が言うか?
他人からマスター権とサーヴァントを奪ったお前が。
俺はマスター権にそこまで執着はしてなかったからな。
それがあろうが無かろうが、俺は聖杯戦争には参加する。
どっちでも良かったから聖杯も選ばなかった、それだけの話だろうさ。
さあ、楽しいお喋りもこれで充分だろ?
良い加減、始めよう……!」
クー・フーリン、知名度補正込みで地元召喚されると間違いなく最強格に入る英霊だからね
それだけ逸話がヤバいって事なんだわ
調べれば調べるだけあまりのしぶとさにいっそ引く
カルナさんとどっこいか、下手すりゃそれ以上に弱体化受けて尚中々死ななかったんだからね?
本来間違っても「ランサーが死んだ!」とかのネタに出来ないんだけどなぁ……まあ面白いし良いか
という訳で最終決戦開始
あと前話で少し話した主人公の歪みも説明
信じられるか?こんな伏線回収でございみたいな展開だけど、一切プロット練ってないんだぜ?
奇跡のウルトラCかましてしまった
これ物書き的には良いのか……?
ではいつもの事ですが、感想、評価お待ちしていまァす!
てっきり主人公の歪みについて考察が1つくらいは来ると思ってたのに完全にスルーされたのマジで悲しかったんだからな!?
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19話
もう年末だよ一年って短いね(クリスマスから目を逸らしつつ)
幾千、幾万もの剣が地面に突き刺さる丘がどこまでも続く心象世界
その世界を呪いで汚染しながら暴れ回る白い巨大な龍
雨のように降り注ぐ剣はその鱗に容易く弾かれて消える
龍の足元で剣を振るうセイバーの攻撃も効いている様には見えない
その光景を少し離れた場所から見ている遠坂と士郎のマスターと遠距離からの観察に留めているアーチャーは、相手のその余りの出鱈目さに歯噛みするしか無かった
「何よアイツ、攻撃が効いてないじゃない。
バーサーカーといい、どいつもこいつもバカじゃないの?」
「……いや、完全に効いてない訳ではない。
あの黒い霧が攻撃の威力を7、8割ほど軽減しているようだ。
そして軽減された攻撃をあの硬い鱗で受けている。
完全に効いていない訳ではないが……」
「どの程度違うってのよ。」
「さあな、だが完全に効いていないよりはまだやりようがあるという話だ。
I am the born of my sword
『偽・螺旋剣』……!」
多くの魔力を注ぎ込んで投影したのはケルト神話に名高いフェルグスの持っていた螺旋剣、またの名を虹霓剣
それを黒の弓につがえ、形状を剣から矢へと変化させ、そして撃ち出す
螺旋剣の名の通り、空気を割き、螺旋を発生させながら目標へと向かうその一撃は足元のセイバーを押しつぶそうと片方の前足を振り上げていたヴォーティガーンへと直撃する
その衝撃でバランスを崩しそうになり、さらにその直後、剣に宿る神秘が暴走、爆発しヴォーティガーンの巨大な体が大きく揺らぎ、そして倒れた
「おい、セイバーがいるのに!」
「未熟者め、自分のサーヴァントが何をしているか位は把握しておけ。
直撃で奴がバランスを崩した瞬間に逃れている。
そんな事より今の一撃でも奴に大した傷を負わせられなかったのが問題だ。
私の渾身の一撃でもバランスを崩して転ばせるのが精々とはな。」
黒弓を消し、体勢の崩れたヴォーティガーンに向けて剣の雨を降らせる
そしてセイバーもここが好機と見たか、風の鞘を束ねた一撃『風王結界』を放つが、やはり与えられる傷は浅い
「……やはり事前の推測通り、神造兵器でなければ有効打にはならんか。」
「アーチャー、アンタ何か神造兵器投影できないの!?」
「無茶を言ってくれる。
人には模倣はおろか理解すらできない代物だから神造兵器というのだ。
なに、私は手札の多さならギルガメッシュにも負けず劣らずであると自負している。
それに、トドメを刺すのに必要なものはあるのだろう?
ならば後は詰将棋だ。
それを確実に当てられる状況を作り出す。
衛宮士郎、貴様は特によく状況を見ておけ。
それを預かっている貴様の判断がこの戦いの命運を分けるのだからな。」
自分の周りに幾多もの剣を投影させ、それを打ち出すと共に干将・莫耶の夫婦剣を投影してヴォーディガーン向けて駆け出していくアーチャー
その姿を見ながら士郎は自身の手に握られた小さな青と白の筺をしっかりと握り直した
それはこの戦いが始まる前、最後の確認のために集まった場でモルガンから渡された『偽・霊脈閉塞型兵装』、その待機状態
本物のロンゴミニアドの待機状態である筺を真似たものだ
使用者であるセイバーに持たせていないのは、起動条件にセイバーの魔力を用いる為である
戦闘中に漏れ出た魔力がそれに触れれば予期せぬタイミングで起動してしまう
それで避けられでもしたらもうヴォーティガーンを倒す術は無くなる
故に状況を見極められる位置に士郎が待機し、状況に応じて『偽・霊脈閉塞型兵装』を渡す
場合によっては令呪を用いる事も視野に入れてただ好機を待つ
ここで必要になるのは蛮勇とも呼べるような勇気でも、英雄と渡り合うための力でもなく、ただ味方を信じて状況を見極める冷静さ
衛宮士郎という男は蛮勇はあり、力を求め、しかして冷静さは未だ欠けている
正義の味方という曖昧かつ夢物語にも近い夢を追い続けて来た弊害なのだろう
何の考えもなしに他人を助けるという事はその人物の事を信じていないという事と同義である
何処かの並行世界でセイバーを1人の女の子と認識したままバーサーカーの攻撃から庇ったように、或いはまた別の並行世界でアインツベルンを襲ったギルガメッシュがイリヤスフィールを殺そうとした時に飛び出そうとしてしまったように
故に今のこの状況は衛宮士郎にとっては目の前で死線を潜り抜けている者がいるのに一切手出しが出来ないというこれ以上なく受け入れ難い状態なのだ
目の前で黒い炎が剣の丘を舐め、刺さっていた幾つもの剣が溶かされ、消える
目の前で戦う二騎のサーヴァントでも防御すら不可能
一撃一撃が必殺
そんな攻撃が何度も何度も放たれ、そしてこちらの攻撃は大して効いていない
精々が鱗の表面に傷をつける程度
セイバーの魔力放出、風圧の剣撃もアーチャーの剣の雨、壊れた幻想、3つの夫婦剣による必中の連撃も大した意味をなさない
衛宮士郎はそんな光景を目の前にして本来は黙って見ていられるような性格ではないのだ
考えろ
思考を回せ
戦うのがサーヴァントなら考えるのがマスターの役目だ
肝心の一撃を外さない為には相手の体勢を先ほどとは比べ物にならない程崩さなければならない
アーチャーの渾身の攻撃で片足を上げた状態のヤツを多少は崩せる
そこにもう一撃入れられれば……
さっきのアーチャーの攻撃、その時は確か偽・螺旋剣と言っていた
つまりはアレも投影だ
俺の使える投影魔術と同じ……!
つまり俺がアレを使えれば…………だが今の俺は構造も材質も知らなければ実力も足らない……!
「士郎、変な事を考えるんじゃないわよ。
足りない物を無理に埋め合わせようとして、仮に埋め合わせられたとしてもそれは自分にとって絶対に必要な物を削り取って埋め合わせただけ。
連戦上等のこの戦いでそんな真似をしたら確実に死ぬわよ。
無茶をするのは今あるものを使い切った後!
何があってどう使えるか、そうやって考える事を諦めて楽な方に流れようとしない!」
戦場を瞬きすらせずに睨むように視線を向けている遠坂から喝が飛ぶ
その言葉に思考が出来もしない事から目の前の現実に戻る
俺にあるのはなんだ
令呪が二画、絶対的切り札の『偽・霊脈閉塞型兵装』、それと……
とそこまで考えたところでソレの存在を思い出す
アーチャーから渡された二振りの剣
夫婦剣『干将・莫耶』
今俺が持つ中で『偽・霊脈閉塞型兵装』を除いた一番強い武器
布で包み、紐を通して背に背負っていたそれの重さを思い出した
「これしか無いけど……無いよりマシだ!」
問題はどう使うか
仮に俺がこの二振りを持って戦いに行ったとしても無駄死にしかしないだろう
なら…………アーチャーと同じように矢にして撃ち出す
これも投影で作り出した剣だ
なら同じ魔術の使い手である俺が手を加える事も可能なはず!
「……同調、開始……!」
「士郎!?」
意識のスイッチを変える
手に持つ剣の中、そしてそこに蓄積された経験を探る
創造理念、鑑定
基本骨子、解明
構成材質、解明
流れてくる
この剣がどうして、何を目指し、どんな物質で作られたか
同時に流れてくる
どうすれば良いかが
制作技術、解明
成長経験、共感
蓄積年月、憑依
使い手が何を磨き、何を思い、何を重ねたか
そこにはあのアーチャーの経験も含まれ、そして今いる世界を通してより深く理解する、理解できる……!
「基本骨子、変更……!」
剣に魔力を通してその形を変える
断つための剣から、穿つ為の矢へと
「構成材質……補強……!!」
しかし未だ未熟な魔術により、無理な変更によってソレは虫食いだらけのようなスカスカの状態になる
それを埋め合わせる
そして…………
「出来た……」
それは出来上がる
未熟である事を象徴するように捻れた二つの矢
しかしその捻れ方は二つとも同じで……夫婦剣である事だけは忘れぬかのように二本がピッタリと合わさる
「士郎、アンタ。」
「説明は後でする。
後は弓が……」
必要だ、と言おうとしたところで目の前に黒い弓が現れる
目を向ければニヒルに笑うアイツがいた
「あのヤロウ……!」
見抜かれていたこと、知っていて何も言わなかった、その上この期に及んで手札を隠しているアイツに歯噛みするも……笑みが溢れる
「遠坂、俺が隙を作る。
セイバーで崩して俺が隙を広げて……アーチャーで詰めてセイバーでトドメを刺す!
多分アーチャーには残りの令呪が必要だ、ここで使ってくれ。」
これで絶対に決める
「ッラァ!!」
兵士が二、三人纏めて吹き飛ばされる
その後ろから距離を詰める別の兵士の攻撃は容易く弾かれ、そこを突こうとしたライダーの攻撃は屈んで避けられる
返す一撃でブケファラスを狙われ、雷撃で防御
しかし攻撃が届かないと判断するやいなや、ランサーは距離を離す
「……全く、この戦上手めがッ!」
「褒め言葉にしか聞こえねェなぁ!!」
先ほどからこれの繰り返しだ
ランサー、クー・フーリンは僅かに突出した兵士を突き、次は防御しながらあわよくばとライダーの足を狙い、そして決定的に囲まれる前に後ろに引いて仕切り直す
それもその筈、クー・フーリンの経験した戦いは一対多であることが多かった
死んだ時すらそうだったのだ
その経験は今この様にいやらしく、しかして確実に数を減らしているその戦法に反映されている
ライダーが突撃すれば軍勢に紛れて同士討ちを誘発しつつ自身はしっかりと避け、兵士が槍を投げれば矢避けの加護により届かず、兵士が先行すれば確実に仕留めて仕切り直す
攻撃が全く届いていない訳ではない
少しずつだが傷をつけられている
だが、損耗具合では確実にライダーの軍勢の方が上回っている
「マスター、何とかならんか!?」
「クー・フーリンの死因はゲッシュだが、今この場で打てる手ではない!
自力で奴を上回って倒すしかない!」
「なるほど……だが、変に策を弄するよりも其方の方が愉快であろうよ!
まだまだこれから!
そら気張っていくぞ!!」
クー・フーリンの死因はその間に刻まれた誓約、ゲッシュにある
例えば『自身より身分の下の者からの食事を断ってはならない』と『犬の肉を食べてはならない』という矛盾した縛りによる弱体化
『吟遊詩人の願いを聞かなければならない』という誓約によるゲイ・ボルグの取り上げ
『カラドボルグを持つ者には負けなければならない』という誓約によって大怪我を負わせる
女王メイヴはこれらのゲッシュを駆使してクー・フーリンを殺せるレベルまで弱体化し、それでいて自身の軍勢をかなり消耗させて漸くクー・フーリンを殺したのだ
サーヴァントとなり、更にはその知名度の低さにより生前よりも遥かに弱体化していても未だライダーと『王の軍勢』ではランサーを倒す道は見えていない
その事を理解して尚、ライダー、イスカンダルは笑みを浮かべる
「……仕方ない。
少なくとも何の策も無しに勝てる相手じゃない、今までの戦いでおおよそ相手の行動は把握できた。
策を考えるからそれまで兵も魔力も消耗を最低限にしてくれ。」
「ハハハハ、そりゃあ無理な相談だわな!
何故ならいつだって余は全力で生きているが故にな!
だから貴様は頑張って考えろ、余も頑張って戦う。」
「頑張る方向性を変えろって言ってるんだ!
コイツは本ッ当に……!」
「諦められよマスター殿!!
それが我らが王の魅力なれば!」
「そんなものはとっくに知っている!!
王も部下も揃って似た者同士ばかりか!」
ハハハハハハ、と軍勢に笑いが広がる
その様子に敵であるクー・フーリンすら笑みを浮かべ、そして敬意と殺意を込めて目の前の戦士一人一人を倒していく
「テメェらばかり楽しそうにしてんじゃねぇよ!
オレも混ぜろや!」
「応ともよ!
心ゆくまでこの闘争を楽しむと良いぞクー・フーリン!!」
槍と剣がぶつかり、その音はまるで戦場に流れる楽しげで物騒な音楽そのものの用だった
という訳で固有結界内の2組のお話でした
セイバー、アーチャー組は比較的善戦、ライダー組は相性で若干不利って感じです
という訳でヴォーティガーンの残りの情報を出します
龍型時
筋力A+
耐久EX
俊敏B
魔力A++
幸運C
宝具A
宝具
『滅びとなれ我が運命』
ランクB
カテゴリ 対人宝具
人から龍の姿、龍から人の姿へと変化するだけの宝具
『彼方と繋ぐ闇の鎧』
↓
『彼方へ堕とす闇の龍』
ランクB→A+
カテゴリ 対人宝具
聖剣などの神造兵器以外での攻撃によるダメージを常時、大幅にカットする
更に神造兵器の真名解放すらも一度は飲み込む事で無効化する
ただしその場合、この宝具は失われる
『約束された滅びの吐息』
ランクB〜A+++
カテゴリ 対城宝具
龍状態で使用できる呪いのブレス
目の前にある物は全て焼き尽くし、残った物には高濃度の呪詛が篭もる
使っただけでその地は汚染される
宝具というが実際は龍型時のブレスは規模こそ違えど全てコレ
スキル
怪力 A
復讐者 C
忘却補正 D
自己回復(魔力) EX
カリスマ B
自己改造 A
魔力汚染 EX
黒の祝福 B
対魔力 A++
うん、ヤバいとしか言いようがない
という事で毎回の事ながら感想、評価お待ちしてます
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