7-131 論文と著者在順を売る中国の業者

2023年11月8日掲載

白楽の意図:2013年9月1日、北京の高層マンションの15階の一室に警察官が突入し、2人のサイバー学術犯罪者を逮捕した。2013年時点で、中国には論文と著者在順を売る院生や組織が24組織あった。デレク・ロウ(Derek Lowe)が、中国のこの状況について解説した「2013年9月のScience」論文と「2013年12月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。10年後の現在も営業している。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.デレク・ロウの「2013年9月のScience」論文
3.デレク・ロウの「2013年12月のScience」論文
4.著者名不記載の「2014年1月のPesquisa FAPESP」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★2007年12月27日、 読売新聞:採用・昇進にニセ学位、全国で大学教員48人が利用

大学を名乗る海外の団体から授与された博士号などのニセの学位を、大学の採用や昇進の際に利用した大学教員が全国で48人に上ることが27日、文部科学省の調査でわかった。

★2010年2月7日(日):著者名不記載(翻訳・編集/KT)(Record China):<怖い中国事情>学位もニセモノ?!毎年数百人の中国人が購入―英国

出典 → ココ

今年1月20日、英国に留学中の中国人留学生2人が証明書偽造及びマネーロンダリングで有罪判決を受けた。主犯の劉海洋(リウ・ハイヤン)は2年間の間に英国の大学67校の学位証明書500件以上を偽造したという。

英国に留学する華人留学生(中国本土、香港、台湾を含む)は年7万人以上。うち追試が必要となる学生は1万5000人。そして5000人は追試をしても学位が得られない学生だという。そこでニセ学位の需要が生まれているという。費用は大学により異なるが、オックスフォード、ケンブリッジでも500ポンド(約6万9600円)以下といったところ。中国教育処の証明や試験成績証明を加えると値段は跳ね上がる。

●2.【デレク・ロウの「2013年9月のScience」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:They’ll Fake the Journal if You’ll Fake the Papers
    日本語訳:論文を偽造するなら、学術誌も偽造する
  • 著者:Derek Lowe
  • 掲載誌・巻・ページ:Science
  • 発行年月日:2013年9月30日
  • ウェブサイト:https://www.science.org/content/blog-post/they-ll-fake-journal-if-you-ll-fake-papers
  • 著者の紹介:デレク・ロウ(Derek Lowe)。米国のアーカンソーで生まれのコラムニスト。ヘンドリックス大学(Hendrix College)で学士号を取得し、デューク大学(Duke)で有機化学の博士号を取得した。博士研究員としてフンボルトフェローシップでドイツに滞在した。 1989 年以来、いくつかの大手製薬会社で統合失調症、アルツハイマー病、糖尿病、骨粗鬆症、その他の疾患に対する創薬プロジェクトに取り組んだ。写真と紹介文の出典:本論文Derek Lowe (chemist) – Wikipedia

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

この話の元は2013年10月3日のエコノミスト誌(Economist)の記事らしいが、有料記事なので白楽未読。 → 2013年10月3日のエコノミスト誌(Economist)の記事:Looks good on paper

★北京のサイバー学術犯罪業者が逮捕

2013年9月1日、ガス会社の従業員を装った警官チームが北京の高層マンションの15階の一室に突入した。室内にいた容疑者2人はパニックに陥り、現金の入ったビニール袋を15階の窓から投げ捨てた。

5万ドル(約500万円)相当の赤い百元札が歩道に舞い散った。

中国は海賊版DVDや偽物ブランドの製造販売で知られている。

2人はもっと知的なもの、つまりニセ論文を研究者に販売していた。また、本物の学術誌に「なりすまし」たフェイク学術誌(fake journals)を制作し論文掲載料を取っていた。

中国が世界の学術界の頂点に立とうとしているが、この事件は、学術研究システムの特徴を利用した中国のサイバー学術犯罪である。

中国を含めた世界の学術研究システムは、研究助成金の獲得や研究者の昇進が、論文の質ではなく、出版した論文数に基づくようになってきた。

中国政府は、出版論文リストが長い研究者を優秀な研究者と認定するので、中国の研究者は長い出版論文リストが必要になる。

北京で起きたサイバー学術犯罪騒動は、正規のSCI学術誌*とは別の世界である不正出版界にも十分な市場があることを示していた。

*SCI学術誌:学術界におけるSCIとは?論文校閲サービスの重要性 – Wordvice

中国の警察によると、フェイク学術誌(fake journals)に論文を掲載する経費は最大650ドル(約6万5千円)で、ニセ論文の購入は最大 250 ドル(約2万5千円)だった、とのことだ。

この不正な商売は2009年以来、数百万元(50万ドル以上、5千万円以上)の利益を得ていた。そして、顧客は昇進を狙う医学研究者だった。

これらサイバー学術犯罪に対処する必要があるのは明らかだ。

放置が長引けば長引くほど、学術出版界の混乱は悪化する。

●3.【デレク・ロウの「2013年12月のScience」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Authorship For Sale. Papers For Sale. Everything For Sale.
    日本語訳:著者在順売ります。論文売ります。なんでも売ります
  • 著者:Derek Lowe
  • 掲載誌・巻・ページ:Science
  • 発行年月日:2013年12月2日
  • ウェブサイト:https://www.science.org/content/blog-post/authorship-sale-papers-sale-everything-sale
  • 著者の紹介:
  • デレク・ロウ(Derek Lowe)。米国のアーカンソーで生まれのコラムニスト。ヘンドリックス大学(Hendrix College)で学士号を取得し、デューク大学(Duke)で有機化学の博士号を取得した。博士研究員としてフンボルトフェローシップでドイツに滞在した。 1989 年以来、いくつかの大手製薬会社で統合失調症、アルツハイマー病、糖尿病、骨粗鬆症、その他の疾患に対する創薬プロジェクトに取り組んだ。写真と紹介文の出典:本論文Derek Lowe (chemist) – Wikipedia

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

サイエンス誌は中国の学術出版詐欺を詳しく調べたらしい。閲覧有料なので白楽未読である。 → 2013 年11月29日記事:China’s Publication Bazaar | Science

以下は上記サイエンス誌記事の抜粋らしい。

★中国の学術出版詐欺:ワンファン・フイジ―社(Wanfang Huizhi)

学術出版詐欺を仲介する業者のワンファン・フイジ―社(Wanfang Huizhi)は、科学者を装ったサイエンス記者に対し、「論文が学術誌に受理された後、その論文を売る研究者がいます」と述べた。

ワンファン・フイジ―社は、優れた学術誌に間もなく論文を掲載する予定の研究者と、お金を払ってでもその著者在順を手に入れ論文出版したい研究者、との仲介役を務める会社である。

同社は、科学者を装ったサイエンス記者に、以下のように具体的に説明した。

がん論文の筆頭著者名を買うなら9万元(1万4800ドル、約148万円)で、連絡著者を加えた2人の著者名を買うなら、2万6,300 ドル(約263万円)だと述べた。

論文が受理された時に保証金を払い、残金は論文出版時に払う。

サイエンス誌記者が入手したワンファン・フイジ―社の販売マニュアルには、この種の取り決めの利便性が謳われており、「あなたは学術研究だけに専念できます。雑用は私たちにお任せください。私たちは、あなたの研究キャリアの昇進を支援します」と述べている。

[白楽注:2023年10月21日にワンファン・フイジ―社(Wanfang Huizhi)のサイトをグーグル検索したがヒットしなかった。社名を変えたか、廃業したか、だろう]。

似た名前の組織として「万方数据(Wanfang Data)」(http://www.wanfangdata.com/)があるが、以下の組織なので、ワンファン・フイジ―社(Wanfang Huizhi)とは無関係だろう。

万方数据は、中国の3大学術資料データベースの1つです。
中国学術期刊数据庫China Online Journals(COJ)は1998年に収録を開始、8,450以上の中国の期刊(雑誌)を包括、5,000万以上の全文記事を提供しています。北京大学、中国科学技術信息研究所、中国科学院文献情報センター、南京大学、中国社会科学院が長年にわたり収録する核心期刊3,600余を収録しています(年に300万件の記事を追加、週2回更新)。(データベース「万方数据」のご案内-中国書籍の亜東書店

★需要があれば供給がある

まともな学術界とまともな研究者にとって、この学術出版詐欺は、とても不快である。

しかし、まともではない研究者にとって、簡単に収入増、地位確保、昇進が得られて、とても便利なサービスである。

世の中には、人間の夢の実現を手助けしてくれるあらゆる種類の人々がいる。

「必要は発明の母」(少しチガウ?)。白楽が米国滞在中、あるパーティで有力研究者の奥様が「Money talks.」と言っていましたっけ。

他の研究者が書いた論文の著者枠にお金を払うだけでなく、すでに出版された英語論文を一度中国語に翻訳し、再度、英語に翻訳して、新しい論文原稿として、学術誌に投稿する方法もある。[白楽注:これは盗用である。業者に依頼しないで自分で簡単に作れる]。

ゴーストライターを雇って、ねつ造データ、または独自に収集したデータで論文を作るオプションもある。

論文原稿のオンラインカタログから好みの論文原稿を選んで、購入することもできる。

そして、購入した論文の出版は、ほぼ、保証されている。

学術出版詐欺を仲介する中国の個人や業者がこれらのサービスを提供している。

個人では、中国人の院生たちが、未発表の論文リストを販売目的でブログに公開し、うさんくさいビジネスをしている。

ワンファン・フイジ―社のような老舗企業は、上記のビジネスだけでなく、研究集会の手配などさまざまな上乗せサービスを提供している。

研究集会では、データが不足している研究者のために論文を書きますと宣伝している。チャット・プログラムで顧客を探し回る。

もちろん多くの中国の研究者は、学術出版詐欺を取り締まろうとしている。

しかし、ちゃんと取り締まれない。

海外の学術誌は、その内、中国の大学・研究所から投稿される論文原稿に対し、通常よりも厳しい査読や追加の調査を科すようになるかもしれない。

★中国で24組織

サイエンス誌は、院生や研究者を装った記者を集め、中国の学術出版詐欺をしている個人・組織の規模を調べた。

結局、可能性のある27組織を見つけ、連絡し、著者在順販売だけか、それとも論文をゼロから書き上げ営業もしているのか、尋ねた。

27組織のうちの22組織は、どちらか、または両方をすると答えた。

これらの多くの組織は中国語の学術誌に掲載される予定の論文を扱っていた。但し、より高い料金を支払えば、国際的な学術誌に掲載される英語論文も可能だとのことだった。

中国の大学はインパクトファクターの高い学術誌の論文に固執しているため、そのレベルの論文を提供できる仲介業者は、高額の支払いを要求する。

その額は、若い教授の給料と同じくらいの額である。それでも、一部の大学はそのレベルの論文を出版すると、高額なボーナスを支給するので、高額な著者在順売買は成立するのである。

一部の組織は、顧客の論文を代行執筆するだけでなく、論文に記載するデータも提供すると述べている。こうなると、著者在順を越えた論文売買になる。

★サイエディット社(Sciedit)

中国の論文売買業者のサイエディット社(Sciedit)は、サイトのバナー広告で、「信じられない(IT’S UNBELIEVABLE)。実験をせずにSCI論文を出版できる!」と、宣伝している。 → 2023年11月7日 現在、そのバナー広告は見つからなかった:Sci-Edit

2023年11月7日にサイエディット社(Sciedit)のサイト「https://www.sci-edit.com/」にアクセスすると、以下のように日本語も表示されていた。[白楽注:ということは、日本人の顧客がかなりいるということ?]

★ジーチェン編集翻訳社(Jiecheng Editing and Translation)

中国の論文売買業者のジーチェン編集翻訳社(Jiecheng Editing and Translation)は、すぐに論文を出版したい顧客のために、抄録のストックを手元に用意しておきます、と述べた。

ジーチェン編集翻訳社は、著者名欄が空欄の論文をカタログにリストして、著者在順を買う顧客を求めていた。

ジーチェン編集翻訳社の代表者はサイエンス誌の潜入記者に、同社は湖南省の国立研究所からデータを購入していると語った。つまり、データを売っているのは国立研究所の研究員ということだ。

[白楽注:2023年11月7日 現在、ジーチェン編集翻訳社(Jiecheng Editing and Translation)のサイトをグーグル検索したがヒットしなかった。社名を変えたか、廃業したか、だろう]。

●4.【著者名不記載の「2014年1月のPesquisa FAPESP」論文】

★読んだ論文

●【論文内容】

中国の論文売買業者を解説したデレク・ロウ(Derek Lowe)の「2013年9月のScience」論文と「2013年12月のScience」論文の別の解説。

省略

●7.【白楽の感想】

《1》論文売買 

論文を掲載する学術誌では、被乗取学術誌、フェイク学術誌、捕食学術誌、など不適切な学術誌が横行している。

そして、学術誌に掲載する論文でも、ネカト論文、論文工場、など不適切な論文をアチコチで目にする。

その不適切な論文が急増しているが、著者在順の売買、論文売買にもカップルしている。

先日記事にしたが、アマゾンで英国の博士論文が数千報も売られていた(以下)。

このような論文売買の現状に、白楽は、驚くというより、むしろ、「ありうること」だと思っていた。

事件として取りあげられる論文売買の何十倍~何千倍(数値は適当)の論文売買が、つまり、ウン十万件(数値は適当)の論文売買が、世界で起こっているだろう。

博士論文に関しては、日本は、2013年4月1日以降、博士論文をインターネット上に公表する事が義務化された。

日本は、1953年の学位規則(昭和28年文部省令第8号)で、大学は博士論文を「公表」する義務があり、博士号取得者は「印刷公表」する義務がある:資料4-1 学位論文の「公表」に係る法令上の取扱いについて:文部科学省

そして、2013年4月1日以降、インターネットで博士論文を公表することが義務化された。 → 神戸大学附属図書館:博士論文のインターネット公表について  → 文部科学省:新旧対照表

その博士論文のほとんどは学術誌に出版されていない。だから、その博士論文の内容を少し変えて、著者名と所属を変えて、どこかの学術誌に投稿すれば、査読されても採択される。査読がない被乗取学術誌、フェイク学術誌、捕食学術誌なら、簡単に掲載される。

こんな現実は、容易に想像がつくのに、当局は、博士論文の販売を阻止する十分強固な方策を立てていない。

そもそも、博士論文だけでなく、論文売買されていた日本の事件はあるのか・ないのか? あるなら、どの程度あるのか? 白楽は把握できていないが、当局も把握できていないと思う。

《2》著者在順売買は犯罪? 

論文と著者在順を売る行為が、日本及び欧米でどんな法律違反になるのか?

詐欺罪?

中国の法律はよくわからないが、中国では警察がアジトに踏み込んで容疑者を逮捕した。

ただ、デレク・ロウの2013年の「Science」の2論文では、容疑者の名前や顔写真を示していない。組織もハッキリしない。読者に必要な情報を提供していない。メディアとして、なんだかなあ~、と思う反面、少なくとも10年前の2013年の欧米では、法律違反ではないと受け取った。

2013年には中国の組織は24組織だったが、その後、10年も経過している2023年現在、論文売買する個人・組織はもっとずっと多いのではないだろうか?

先日、ロシアの業者を記事にしたが、多分、中国やロシアだけでなく、論文と著者在順を売る業者は世界のあちこちで数百組織が活動しているだろう。 → 7-129 著者在順を売るロシアの業者

それにしても、論文と著者在順の売買は明白に「研究上の不正行為」である。

犯罪でなくても、「研究上の不正行為」なので、論文を売る研究者、買う研究者、仲介業者、をどうして摘発しないのか?

そして、日本に、論文を売る研究者、買う研究者、仲介業者、がどれだけいた(いる)のか? 

文部科学者は各種の「研究上の不正行為」の事例件数を数年毎に定期的に調べて欲しい。そうすれば、「研究上の不正行為」の予防・対策に大きく役に立つ。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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