数百万人に地震速報を届ける、社員13人の日本企業 「NERV防災アプリ」の石森社長に聞く
大井真理子、ビジネス記者
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マグニチュード7.6の地震に見舞われた石川県輪島市で救助活動に当たる消防員と救助犬
地震が起こるたびに、日本で数百万人が頼りにするX(旧Twitter)のアカウントがある。1日に石川県能登地方でマグニチュード(M)7.6の地震が起きた際にも、多くの人が「特務機関NERV(ネルフ)」から速報を受け取った。
NERVは、正社員わずか13人の会社「ゲヒルン」が運営している。ゲヒルン(Gehirn)はドイツ語で「脳」の意味だ。
社員数は少ないが、その地震速報は時に、政府などの公式アカウントやNHKより速い。NERVの日本語アカウントは220万人以上、英語アカウントでも3万5000人のフォロワーがいる。また、2019年9月に発表されたアプリは400万回以上ダウンロードされている。
2011年の東日本大震災以降、日本では多くの人が防災情報をXから得るようになった。NERVは、気象庁を含む自然災害を追跡している多くの機関からデータを収集し、Xに投稿。地震、津波、火山情報以外にも、台風、洪水、大雪などの気象情報も発信している。
Xアカウント「特務機関NERV」が2023年1月1日午後4時24分に投稿した震度図
NERVのアカウントは2010年、当時19歳だった石森大貴氏が開設した。
このアカウントは、大災害後の日本を舞台にした人気アニメ作品「新世紀エヴァンゲリオン」の影響を大きく受けている。アカウント名の「特務機関NERV」も会社名の「ゲヒルン」も、作中に出てくる用語をそのまま使っている。
「NERVは、当時はパロディーのアカウントでした」と石森氏は言う。
「Twitterがはやり始めた時期で、APIを使って自動投稿のボットを作るというのがエンジニアの間で流行っていたので、自分もパロディーアカウントから気象庁の大雨警報とかを自動的にツイートするようなプログラムを作りました」
「プログラミングを趣味とするようなアカウントでした」
API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)とは、第三者アプリや研究者などがツイッターを利用する際に必要なデータ。
当初は300人ほどしかフォロワーがいなかった。しかし2011年3月、東日本大震災が石森氏の実家のある宮城県石巻を襲った。
国外では特に福島第一原発事故で知られる東日本大震災だが、津波による死者数は宮城県が最多だ。
この時、石森氏は家族と4日間、連絡が取れなかったという。
「特に11日の夜から12日の朝にかけて何も地元の情報が入ってこなかったので、率直に言って家族は死んだと思いました」
「手を動かしていないといてもたってもいられないというか、じっとしていられなかったので、自分の気持ちを紛らわせるために、ツイッター張り付いて投稿していた」
石森氏の家族は無事だったものの、後日、おばが亡くなったことを知った。
当初は手動 いかに多くの人に届けるか
現在33歳の石森氏は、その時に気づいたことがあったと語る。
「停電でテレビが見られないということもありますし、東京にいたとしても、外に出ている時ってテレビを持ったまま出ているわけではないので、インターネットで情報を取得できるっていうことが大事だと思ったんです」
「テレビやラジオなど、既存じゃないメディアで防災情報を伝えたいなと思って、経路が多様な方がいいだろうと思って、自分がやるんだったらインターネットかなと思って始めました」
当初は手動で緊急地震速報を入力。フォロワーが増えるにつれ、「誰か一人でも使ってくれるなら続けないといけないなということでどんどん自動化を進めていった」と、石森氏は話す。
エヴァンゲリオン・シリーズの著作権を管理するグラウンドワークス社は、「非営利であり、社会的に意義のある活動」だとして、名前などの使用許諾を与えた。
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NERVのアカウントは2010年、当時19歳だった石森大貴氏が開設した
しかし、米富豪イーロン・マスク氏によるツイッターの買収と改革が、NERVにも影響を与えている。
X社は昨年からAPIを有料化。それまで無料だった自動投稿が、1カ月で1500件までに制限された。
ゲヒルンは、月100ドルで1日100回の投稿ができるベーシックプランを契約した。だが、1日の能登半島地震の発生に伴って投稿を続けたところ、すぐに使用上限に達した。
X社がその後、NERVを「公共アプリ」として登録して制限を解除したため、その日のうちに自動投稿は再開されている。
しかし石森氏は、マスク氏がツイッターを買収する前から、NERVは自社アプリにシフトしてきたと言う。
「やっぱりXにしろ、他のSNSにしろ、他の人のプラットフォームはルールが急に変わることがあるわけで、なるたけ自分たちのプラットフォームで安定的に運営したい」
石森氏のミッションは、常に収益化ではなく、日本を安全にすることだ。
「今自分たちは情報のアクセシビリティーとか、リーチャビリティ、一般の市民がすぐに情報にたどり着けて、誰もが自分に合った方法でアクセスできるということに注力している」
これには、音声の読み上げで情報を聞いたりする仕組みなども含まれるという。
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輪島市の朝市横丁は、地震と共に発生した火災で焼失した(5日)
一方で、アプリの成長と共に収益化が必要なことも分かっていると、石森氏は述べた。
ゲヒルンは2016年、さくらインターネットの子会社となった。また、2020年にはサポーターズクラブを開設。年間1億2千万円ほどのコストをカバーするためだ。
「NERV防災アプリ単体では収益化はまだ遠い話で、かかっているコストの3分の1くらいはサポーターに支えてもらっています」
しかし、サポーターが増えるごとに情報を新しく追加しているため、「使うお金も増えていっているので赤字のままなんです」と、石森氏は笑った。
だがコストがかかっても、昨年導入した強震モニターは、1日の地震で役に立ったと石森氏は言う。
「亡くなったおばの助けになれなかったことを申し訳なく思っていて、自分の中で反省点なんです」
「あの震災を経験したら、次もまた大地震とか大津波が来るって分かるじゃないですか。その時までに情報のアクセシビリティーを解決しておきたい」