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この作品「【一月中期間限定公開】ハイエナは狙った獲物を逃がさない」は「twst夢」「ラギー・ブッチ」等のタグがつけられた作品です。
【一月中期間限定公開】ハイエナは狙った獲物を逃がさない/しがつの小説

【一月中期間限定公開】ハイエナは狙った獲物を逃がさない

63,905文字2時間7分


「次の日の朝、サバナクローに監督生くん、わざわざ訪ねてきてさあ、見つけました! って渡してくれたでしょ」
「……直そうと思ったんですけれど、直せなくてすみませんでした」
「ああ――ううん。覚えていてくれたんスね」


*2021/3/21、東京ビッグサイトにて開催されていた『Beckon of the Mirror2』にて頒布いたしました、
『ハイエナは狙った獲物を逃がさない』の本文全文再録です。
1月中、期間限定で公開。本自体は既に完売しており、再版予定もありません。
少しでも楽しんで頂けたら、とっても嬉しいです!

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      ハイエナは狙った獲物を逃がさない / しゅんよう


01/オレと付き合うと好きなもん沢山食べれるッスよ!

「ねえ、監督生くん。すっごく、すーっごく大事な話、したいんスけど。良いッスか?」
 他学年合同授業の最中である。私のクラスはラギー先輩のクラスと合同になり、その上で私はラギー先輩と組むことになった。魔法薬の生成に必要な物を集めるにあたり、とりあえず今日はマンドラゴラの採取を行うことになって、植物園へやって来たわけである。
 マンドラゴラの採取は滞りなく終わり、それを袋詰めにしていた所、まるで明日の天気を話す科のような気軽さで、声をかけられて、私は顔を上げた。
 大事な話。
「今、ここで、ですか?」
「今、ここで、ッスねぇ」
「大事な話なら、オンボロ寮の談話室とか……」
「んー。まあ、そこでも良いんスけど。今言おうって思ったんで、今言いたいんスよ」
 ラギー先輩はゴム手袋を外しながら言う。植物園で、周囲に人が居ると言えば居るのだが、それでも良いのなら私がこれ以上何か言うのもなんだろう。わかりました、と頷いて返すと、ラギー先輩は目を細めて笑った。
「ん。じゃあ、大事な話。あのね、監督生くん。オレに、許しを与えて欲しいんスよ」
「許し?」
 一体何のことを言うつもりなのだろうか。今の所、ラギー先輩から、何かを許さなければいけないほど、酷いことをされた覚えは無い。首を傾げると、ラギー先輩は小さく息を吐いた。植物園のスプリンクラーが作動して、霧雨のような水滴が、ほとほとと零れて、皮膚と髪を微かに濡らす。
「そう。オレが、君のこと、好きになる、許し」
「――え?」
 そっと、吐息を零すように紡がれた声はささやかだった。耳朶を濡らすそれに、聞き間違いかと思って、微かに語尾を揺らして声を上げる。ラギー先輩は軽く肩をすぼめてみせた。青色の瞳が、微かな鋭さを宿して私を見る。
「夕焼けの草原のしきたりみたいなもんッスね。雄は雌に恋をした時、それを乞わなければいけないんスよ。許されなければ恋は出来ない」
 だから。ラギー先輩はそっと私の腕に触れた。
「許してくれません? オレが君のことを好きになる――恋をしていても良いっていう、許しを、頂戴」
「えっ……? あ、えっと」
「あ、先に言っとくけど、これ許したからって、監督生くんが絶対にオレのこと好きにならないといけないとか、そういうのは無いんで! 安心して」
 言いながらラギー先輩は私からマンドラゴラの入った袋を奪うと、その口を閉めた。「採取上手いッスねえ、監督生くん。早めに終わっちゃった」とあっけらかんと笑う。まるで日常の延長線上のような、そんな言動だ。さきほど、もの凄い爆弾発言を落としたとは思えない。
「じょ……冗談?」
「冗談でこういうこと言うと思われてたなら、結構寂しいッスわ」
「……冗談では、ない」
「言ったでしょ。しきたりなんですってば。そういうもんなの。で、許してくれるんスか? 許してくれなかったらオレは恋心をマンドラゴラくんみたいに袋に縛って捨てなくちゃいけないんスけど」
 明日可燃物の回収日だしね、なんて、少しだけ冗談めいた口調で続ける。恋心って燃えるゴミなのか――いや、そういう話ではない。
 いつから。いや、どうして。自慢では無いが、私はラギー先輩とは仲が良いと思う。だが、それは友達として――というような、そういうもので、間違っても惚れたり惚れられたりするような、そんな事が起こった思い出はない。返答に窮していると、ラギー先輩が微かに眉根を寄せた。急かすように、彼は早口に言葉を続ける。
「悩む必要あります? ほらほら、早く早く!」
「えっ、あ、いや、あの、はい、わかりました、大丈夫です、どうぞ」
「許すってことッスね!」
「は、はい」
 慌てて頷いて返すと、ラギー先輩はパッと花開くような笑顔を零した。なんだか言わされた感があるけれど、正直、恋をすることを許して欲しい、と言われて嫌、なんて返せる人間がいるだろうか。居ないと思う。私は首を振って、マンドラゴラの入った袋を手に立ち上がるラギー先輩を見上げる。
「ほら、行きましょ。クルーウェル先生にマンドラゴラ渡したら、今日の授業時間、ぜーんぶ自由時間になるんだから」
 手を差し出される。その手にそっと触れると、ゆっくりと力を込めて引っ張られた。立ち上がる。スプリンクラーから水が噴射されて、微かに空気が煌めいて見える。少しだけ目を細めて、私は手を引かれるまま、クルーウェル先生の元に向かった。マンドラゴラを提出すると、今日は他にやることもないので、このまま自由時間にして良いというお達しが下る。
「オレはバイトもないし、食堂行くんスけど、監督生くんは?」
「私は――私は、グリムを待ってから行きます」
 グリムと私は二人で一人の生徒、というはずなのだが、こういう魔法を使わない授業の場合は、別々に分けられてしまうことがあったりする。今日もそういう感じで、グリムは他の人と同じ組み分けになっている。
「前にグリムを置いて行ったら凄く怒られたんで」
「嫉妬ぶかいッスねえ」
 ラギー先輩が肩を揺らして軽く笑う。「そういうことなら、席だけ取っといてあげるッスよ」
「良いんですか?」
「良いッスよ。お礼なんで」
「お礼?」
 ラギー先輩は踵を返す。そうして、少しだけ歩いた後、顔だけで振り返って笑った。
「許してくれた、お礼ッスわ」
「――」
「そんじゃ、また後でね。監督生くん」
 それだけ言うと、ラギー先輩は今度こそ私へ視線を向けず、歩き出す。尻尾が、彼の挙動に沿って微かに揺れるのを眺めながら、私は小さく息を吐いた。
 ……好きであることを許してくれたら良い、それだけで、求めるものは他にはない。そうは言われたものの、なんていうか、今考えてみたら。
「……告白されたみたいだなあ」
 独り言めいた言葉を口にする。いや、みたい、ではなく、多分――多分、告白されたようなものだとは思うのだけれど、なんだか実感が湧かない。恋をすることを許してくれ、だなんて言われたことなんて一度も無かったから、どういう反応をするのが正しいのかが、全くわからなかった。
 ぼんやりと思考を巡らせていると、遠くで、グリムの「ふなー!」と叫ぶ声が聞こえて、私は慌てて踵を返した。

 * * *

「はよー、あ、監督生。最近早くね? なになに、早起きに目覚めちゃった系?」
「エース。おはよう」
 エースからの軽口に軽く手を振って返す。エースは私の隣の席に着席すると、楽しげに表情を歪めた。早起きに目覚めちゃった系では断じて無い。ただ――。
「ラギー先輩が最近ずーっと朝起こしに来てくれるんだよね」
「へえー」
「そうなんだゾ! ラギーのヤツ、最近毎日起こしに来て、朝飯も作ってくれるんだゾ!」
「そうそう! もうめちゃくちゃ美味しかった……」
 グリムの言葉に頷いて返す。エースが軽く顎を引いた。「なんで? マドルでも払ってるわけ?」と、怪訝そうな顔で問いかけられる。
 そうではない。マドルなんて一銭も払っていない。首を振ると、今度こそ不思議そうな表情がエースの顔に浮かんだ。私も同じ気持ちだ。
 そう――数日前から、毎日のようにラギー先輩が、朝にやってきては起こしてくれる。しかも起こし方が大変心臓に悪いというか、優しい声で「朝ッスよ。おはよ」なんて囁かれるようにして起こされるので、初日なんて死ぬかと思った。
 な、なんですか? なんて声を出すと、「なんですかって、何スかそれ。せっかく、お疲れな監督生くんをやさしーく起こしにきたっていうのにさぁ」なんて物凄く拗ねられて、何度も謝って許してもらったものである。……私、悪くない、気がする、のだが、そこはそれ。確かに人の顔を見て驚くのは無礼だっただろう。
 それから毎日、ラギー先輩は私を優しく起こしてくれるので、もう毎朝のように死にそうになっている。しかも着替えて談話室に降りると、朝ご飯まで作ってある。「朝飯作っといたんで、食べといて! それじゃ、また後でね」と言いながら寮から出て行くラギー先輩をどれくらい拝んだことか。至れり尽くせりとはこのことである。
「後からものすっごいマドル請求されるんじゃねーの? 今日までの代金、云万マドルッス! なんて」
「そ、そういうことあるかなあ?」
「あるかもしれねーじゃん? マドル払えないですよ、って言っといたら? 今日もどうせ合同で会うんだし」
 ラギー先輩はどちらかというと前払い主義みたいなところがあるので、後からマドルを請求される――ということは無さそうなのだが。だが、だとしたらどうして、と疑問を抱いてしまうのも、仕方無いだろう。
 確かに、ラギー先輩に聞くのが一番だ。私は頷く。エースの言う通り、今日は合同授業もある。そこで聞く時間が取れるだろう。
 ぼんやりと考える内に、朝練を終えたデュースが教室に入ってくる。私とエースの姿を見つけて、手を振る彼に同じように手を振り替えしながら、私は少しの決心を固めた。

「ラギー先輩」
「ん? なんスか」
 合同授業の時間は直ぐにやってきた。リストに載っていた魔法植物や魔法鉱物を再度確認しながら、ラギー先輩は軽く首を傾げてみせる。
「あの、マドル……全く無いんですが」
「急に何スか」
 ラギー先輩は小さく笑うと、そのままリストを閉じた。広げていた魔法植物の類いを袋に詰め直しながら、「完璧、全部揃ってる」とだけ言う。良かった――いや、違う。
「マドル、無いんですよ……!」
「そうッスか。奇遇ッスね、オレも財布に三百マドルしか無いッスわ」
 もの凄く煙に巻かれている気がする。これはもう直接、話題に触れて話すしかないのでは――なんて思った瞬間、ラギー先輩が軽く肩を揺らすようにして笑った。少しだけ悪戯めいた感情がその瞳に浮かぶ。
「監督生くん、どうせ、オレが最近朝起こしに行ってるから、それでマドル請求されるんじゃ、とか思ったんじゃないの」
「うっ」
「うわー、監督生くんって、そういう考えの人だったんスねー」
 もの凄い棒読みだった。ラギー先輩はさめざめと泣くように顔を覆う。
「悲しいッスわぁ。オレが良かれと思ってしたことも、ぜーんぶ、下心あるって、マドル請求されるだろうなあって思われてたなんて。監督生くんがよく、朝グリムくん起こすのに手間取って遅刻してる、って話聞いたから手伝ってあげたのになぁ」
「い、いや、あの。す、すみません……」
「傷ついたッス。あーあ、辛いなあ。明日からオレは抜け殻みたいになって過ごすんで。ラギー・抜け殻・ブッチ、ッスわ。マジフトの練習もあるのになぁ。こんなままじゃ、きっと身も入らなくて、次の練習試合でもボロクソに負けちゃって、良いとこに就職するっていうオレの夢も閉ざされちゃうんスね……」
「ま、待ってください、すみません!」
 泣いているような声だった。微かにしゃくりをあげて、ラギー先輩はすんすんと鼻をすすりながら言葉を続ける。もの凄くバツが悪い。確かに、人からの厚意を疑ってかかるなんて、人としてしてはいけないことだった。慌てて首を振る。「ごめんなさい、本当に酷いことを言いました」
「良いんスよ、別に。オレってそういう風に、監督生くんから見られてたんだなあって思っただけで……ううっ」
「ほ、本当にごめんなさい。反省してます。後悔もしてます、ごめんなさい」
「うっ……うう。良いんスよ、こういうの慣れてるしね……別に良いんス」
「ごめんなさい。本当に、あの、私で出来ることなら何でもします――だから」
 私の、何も考えずに口にした言葉のせいで、ラギー先輩をもの凄く傷つけてしまった。そのお詫びをしたい。早口に言葉を紡ぐと、ラギー先輩は「何でも?」とだけ言う。何度も頷いて返す。
「なんでも。何でもします!」
「――じゃあさ、今度、暇な時で良いから、出かけましょっか」
 やけにあっけらかんとした声だった。ラギー先輩は顔を覆っていた手のひらをパッと離すと、心底嬉しそうな笑みを浮かべる。涙のあとは、どこにもない。
「いやー、オレ監督生くんとたっくさん行きたいとこあったんスよ」
「え、あの、え?」
 待って欲しい。まさか、さっきまでのって、嘘泣き――。
 言葉が出ない。ラギー先輩は軽く肩をすぼめると、私を見た。青灰色の瞳が、楽しげに揺れる。唇の端から、零れるような笑い声が耳朶を打った。
「何でもするって、言いましたもんね? いやー、すっっごく傷ついたんスけど、監督生くんが一緒に出かけてくれるっていうなら、オレの心もなんとか持ち直すッスわぁ。まさか」
 ラギー先輩が目を細める。唇の端が、弧を描くように持ち上がるのが見えた。――瞳が揺れる。喜色なんて一切も滲んでいない瞳だ。獰猛な獣によく似ている。
「後から、やっぱり嫌です、なんて言わないッスよね」
「……それは、もちろん、言いません」
 首を振って返す。不用意な発言をしたのは本当のことだし、それで傷つけたのも、多分、事実ではあるのだ。
「来週の土曜日ですよね。わかりました。どこで待ち合わせしますか?」
 問いかけると、ラギー先輩は少しだけ顎を引いた。何を言うか、言葉を返すのに少しだけ戸惑うような時間をおいてから、「良いんスか?」とだけ言う。
 良いも何も、である。それに――。
「ラギー先輩と出かけたこと、あんまり無いですもんね。楽しみです。どこに行きますか?」
「……監督生くんって、そういう感じッスよね」
 脱力したように、ラギー先輩の表情から力が抜ける。曖昧に笑みを零すと、ラギー先輩は「もちろん、それは当日のお楽しみッスよ。ただ、歩くから歩きやすい靴で来てくれます?」とだけ言う。わかりました、と頷くと、ラギー先輩も同じように頷いた。少しして、へへ、と軽い笑い声が微かに鼓膜を揺らす。
「え、凄い楽しみなんスけど。いつにする? 監督生くん、バイトしてるし、オレもバイトしてるから、合う時間見つけなきゃね。あ、もちろん当日はちゃーんと起こしにいくんで!」
 言葉を弾ませながら、ラギー先輩は笑う。それを見ていると私もなんだか心が弾んでくるような心地がした。
「起こしにこなくても……起きますよ、ちゃんと」
「オレが起こしに行きたいんで!」
 断言されてしまっては、返す言葉が見つからない。私は少しだけ視線をうろつかせた後、それなら、とだけ口にした。それ以外に、なんと言えばいいのか、わからなかった。
「……今度、また、色々、決めましょう」
「そうッスね。材料も集め終わったし。調合は来週だから――、今からは自由時間になるだろうし」
 今度、という言葉の意味が一瞬で辞書から消えてしまったような気がする。
「今からですか?」
 
「当然。直ぐに決めなきゃ。行く所とかね!」
 ラギー先輩は言葉を微かに弾ませる。「奢るんで、食堂で予定決めません?」と、彼は少しだけ声をうわずらせて言う。もちろん、問題無いが――。
「財布に三百マドルしかない人に奢らせるのも……」
「……あのね。ものすっごく高いもんじゃなければ、食堂でも三百マドル以下で諸々頼めるんスよ!」
 ラギー先輩が少しだけ拗ねたように言う。それに笑って返すと、ラギー先輩も少しだけ間を置いてから笑った。行きましょ、と手を引かれる。
「でも、本当に、あの、朝――朝ご飯も。何も返せてないです。今度は私に奢らせてくださいね」
「別に、アレは好きでやってるしね。バイトならともかく」
 見返りは求めないものなんスよ、とラギー先輩は笑った。


 食堂で予定を話す内に時間が過ぎ、昼食時となった。ご飯を取りに行こうと席を立とうとすると、「オレが取ってくるッスよ。どうせレオナさんの分も取ってこなきゃだしね」と言いながらラギー先輩が立ち上がってしまったので、行く機会を逃してしまった。とりあえず席だけ確保したまま、ラギー先輩の帰りを待つことにしていると、「おい」と横合いから声をかけられた。レオナ先輩の声だ。
「レオナ先輩」
「ラギーは」
 端的な質問だった。だから、私も端的に帰す。
「レオナ先輩のご飯取りに行ってます」
「ふうん」
 言いながら、レオナ先輩は私の隣に腰を下ろした。机に肘を乗せて、軽く欠伸を零す。それから、すん、と鼻を鳴らした。
「最近ラギーからお前のにおいがする」
「えっ」
「何してんだか知らねえけどな」
 レオナ先輩は小さく息を零す。なんだか猛烈な勘違いをされている気がする。私は首を振った。
「た、多分、最近、朝起こしに来てくれるんで、そのせいかなって」
「朝ぁ? ――へえ」
 レオナ先輩は小さく笑う。そうして、そっと私に身を寄せた。く、と喉を鳴らすようにして彼は笑う。
「道理で、お前からもラギーのにおいがする」
「ええっ」
 そんな、匂いが移るくらい、近くに居た覚えは無いのだが。自分の腕の匂いを嗅いでみるが、あまり変化はないように思う。
「あのラギーが、バイトでも無いのにそういうことするのは珍しいだろ。何があった?」
「何があったって……」
「教えろよ。別に減るもんじゃねえ。教えないっていうならそれはそれで良いが、その時はラギーに聞く」
 ……どうあっても聞くつもりなのだろう。頬が軽く引きつるような心地がする。変な笑い方をしながら、私は首を傾げた。
 何があった――考えて、直ぐに思いつく。先日の、「恋をしても良いか、許しが欲しい」と言われた日から、朝起こしに来てくれるようになったからだ。正直、あの日以降、そのほか、諸々、今日のように食事を取りに行ってくれたり、もの凄く甲斐甲斐しく世話をされている。
「えーっと、あの……」
 隠していてもバレることだろう。私は数日前のことを軽くレオナ先輩に説明した。
 レオナ先輩はふんふんと頷いて聞いていたが、私が話し終えると同時に、唇の端を持ち上げるような、意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前、終わったな」
「お、終わり……? な、何がですか」
「恋をして良いか許しを乞う、確かにそれは夕焼けの草原のしきたりだ。古くは王侯貴族が始めたことで、それを真似して市井の人間もするようになった」
 レオナ先輩は心底楽しそうに、私の反応を見るようにゆっくりと言葉を続ける。
「だがそれは、獣人族同士だからこその、しきたりだ。今からお前を狙うが良いか、という、宣戦布告みたいなものだ。……お前は分かってないだろうから、お前にわかりやすく言ってやるが――お前はラギーの狩りの相手に選ばれたんだよ」
「……え?」
「草食動物が、狙いを定めたハイエナからどれだけ逃げられるか、見物だな。ああ、でも、このしきたりは面白いことに――」
 皿一杯に食事を盛ったラギー先輩が、私と、その横のレオナ先輩に気づいて、少しだけ目を丸くして戻ってくるのが見える。
「――許し、許された相手は、必ず結ばれることで有名なんだぜ」
「え――」
「恋を乞われた時点で、お前は負けなんだよ」
「――ちょっとちょっと。何の話してるんスか?」
 ラギー先輩が机の上に皿を置く。一つは肉の盛られたもので、それをレオナ先輩の方に寄せた。ちょっとだけ野菜も盛られていて、それにレオナ先輩が嫌そうな顔をする。
「おい、ラギー。野菜はやめろって言っただろうが」
「はいはい。肉と一緒に食えば肉に紛れて味しないッスよ、きっと」
 言いながら、ラギー先輩は私に皿を寄せる。私の好物ばかりが載った皿だった。
「これで良かったッスよね?」
「い、いや、あの、はい」
 もちろん、これで良いけれど。頷いて返すと、ラギー先輩は嬉しそうに笑う。そうして、私の真向かいの席に腰を下ろした。
「そんじゃ、いただきまーす」
 嬉しそうに手を合わせるラギー先輩を見つめ、私も同じように手を合わせる。
 レオナ先輩の言葉が頭の中をぐるぐると回る。狩りの対象。狩りの対象って、何。なんだ?
 ラギー先輩をちら、と見る。丁度、ラギー先輩も私を見ていたようで視線が合った。瞳が微かに細まる。鮮やかな虹彩が、そっと感情を乗せて、揺れる。優しげな視線に少しだけ体が硬直して、私は慌てて食事へ視線を落とした。
 恋を乞われた時点で、お前の負け。
 ――そういえば、朝ご飯は、全て私の好きなものばかりが並んでいた。今、目の前にあるお皿も、私も好きなものばかりが乗っている。
 それに気づいた瞬間、ぞわりと背筋が粟立つのを感じた。背中から頭まで、獰猛な獣の視線で舐められたような、そんな感覚を覚える。ラギー先輩は歌うように言葉を吐き出す。
「そうだ。明日の朝飯は何が良いッスかねぇ」
「肉」
「レオナさんの話じゃないんで」
 ね、とラギー先輩が私へ言葉を振る。それに曖昧に頷いて返す。
 狙われた時点で負けが確定している勝負の舞台に、私はどうやら上がってしまったらしい。

シリーズ

コメント

  • NAO

    ありがとうございますありがとうございます…幸せがいっぱい詰まった最高のラギ監でした…😭

    1日前
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  • hyple
    2日前
    返信を見る
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