燎原の玉露 — ゴヲスト・パレヱド:リファイン —
夢咲蕾花
第1話 陥落
人がまだ、妖を恐れていた時代。
それは、神も仏も——魑魅魍魎さえも幻想ではない世界。
×
払暁前の紺碧の空が、微かに——本当に微かに白んだ。それが朝陽ではないことは、甲鉄艦に乗り込んでいた海士たちは知っていた。
港町に警鐘が響く。同時に、艦隊が一斉に警笛を上げた。旗を振って、光を放ってトンツー符号を送ると、それが会戦の合図となる。
「主砲、撃て!」
旗艦の〈ひなたひめ〉が、艦長の怒号を合図に五十口径の三連装砲を撃った。
耳をつんざく装薬の炸裂音。撃ち出された砲弾が、水平線から迫る化け物に殺到し、爆ぜた。
遠雷のような爆音。艦隊に、俄かに沸き立つ歓声。しかしそれがあっという間に驚嘆と焦りに変わった。
爆炎を突っ切って、四枚羽根の蝙蝠のような怪物が接近。その頭部は皮膚の上に外骨格じみた頭蓋骨が覆い被さり、金色の目が爛々と輝いている。金切り声のような咆哮を上げ、哺乳類のくせにそれらを配下にしているのか、鳥類系の怪物が後に続く。
「くそっ、仕留めきれてないぞ!」
「狼狽するな! ありったけ撃ち込んでやれ!
先頭に現れたのは
しかしこちらは明治の世が誇る最新鋭の甲鉄艦である。海士たちは左舷に取り付き、大砲やガトリングガンを撃つ。尾栓を閉じ、撃発。ハンドルを回して砲身を回す。
「撃てッ、撃ちまくれ!」
「くたばれ、糞化け物ども!」
無慮数千を下らぬ弾丸・砲弾が黒蝙公をはじめ飛行型の魍魎に突き刺さった。
爆音、炎、怒号——次いで、悲鳴。
黒蝙公が口から黒いエネルギーを撃ちだした。目にも留まらぬ勢いで飛翔したそれは甲鉄艦の装甲を穿ち、炸裂。運悪く機関室に直撃し、速力が一気に死んだ。
海士たちに、これまで以上の動揺が生まれた。
悪いことは重なるもので魍魎が次々艦に乗り込み、暴れ始める。ライフル銃で、そして刀で応戦するが、やはり一般の武器は魍魎に効きが悪い。
——忠告を聞いておくべきだった。
誰もがそう後悔した。先方の、謎だらけの一団は我らを乗せよと言ってきたが、軍上層部はそれを拒否した。
国防の要は我らにあり、そうすげなく突っぱねたらしい。
「船を捨てろ! 海へ飛び込め!」
艦長が怒鳴った。その撤退命令が行き届く前に大勢が死に、食われ、そして最後は艦長共々甲鉄艦が爆散した。
合計三隻の軍艦が海の藻屑と消え、海面に流出した重油に引火して海が燃える。人の死体が浮かび、死屍累々の地獄を顕現していた。
腹立たしいほどに爽やかな朝陽が今になって顔を出す。
艦隊が守りきれなかった裡辺最大の交易の要領である港町、燦月を、不可思議な一団が睨んでいた。
「隊長、だいぶ押されています」
「散々忠告は投げたんだろ? まあ妖怪を嫌う気持ちはわかるけどよォ」
眼鏡の無表情な、石のような灰色の肌の女。耳が尖っている。黒い外套に白いインナーを合わせている。腰に緩く巻いたベルトには、色とりどりの鉱石が入った筒がぶら下げられていた。
もう一人は、ハクビシンのような特徴の雷獣の青年。黒と白の羽織に、腰と太もも、それから胸元に短刀を帯びている。金色の目には雷が浮かんでいた。
隊長と呼ばれたのは鬼の青年。伸びて飛び跳ねている白髪に、右のこめかみから突き出る三日月状の黒い角。首から下げた、二つの数珠飾りには合計四つの牙があしらわれている。
海色の目で街を睨み、命令。
「先遣隊各位、本隊が来るまでの時間稼ぎをする。救える命はなるべく救っておけ」
念話でそう命じ、鬼の隊長は煉瓦造りの倉庫から飛び降りた。
眼下にいる餓鬼という魍魎を一撃で踏み潰し、着地。二メートル近い身長は想像以上の体重らしく、石畳がえぐれていた。
「港を押さえる!
「はっ」「あいよ」
奇妙な一団——妖怪と、妖怪と共に歩むことを選んだ人間たちの一団〈夜廻り〉はついぞ人里にその姿を現さぬ連中であるが、魍魎の大発生現象である〈夜行〉に際し、とうとう隠れることをやめた。
本能的に妖怪に抱く恐怖は、集団がそろえば敵対心に変わる。数を得た人間が凶暴で粗暴で、そしてひどく暴力的であることを昔から知っている夜廻りは、人の世の終わりにもあまり関心はなかったが……。
それはさておき、燦月港周辺では激闘が繰り広げられていた。
黒蝙公が滞空し、石動と呼ばれた鬼瓦妖怪が煉瓦を拾い、それを剣のように練り変えると射出。一度や二度ではない。触れた煉瓦、石、コンクリートを攻撃的で鋭角的なフォルムに作り替えて妖力で撃ち出すのだ。
さっきまで戦艦を沈める主砲や、人が喰らえば挽肉になる砲弾やらを平然と受け止めていた魍魎が、目に見えて傷つく。
墨汁のような黒い血が吹き出し、石動は赤い髪を振り乱しつつ石で鎖を作った。
「引き摺り落とします。トドメは頼みます」
「わかった」
鬼の隊長は落ちていた大きなコンクリートを持ち上げて、それを石動のそばに投げ落とす。彼女はそれに石の鎖をつなぎ、鎖の先端を投擲した。
黒蝙公の左足に巻きつき、石動が引っ張る。
約四トンはくだらぬ重量。石動だけでは引き摺り落とせない——が、そこへ鬼が動く。半壊した倉庫の壁を蹴って三角跳びの要領で黒蝙公の足にぶら下がると、そのまま妖力を込めて引っ張った。
ビキッ、と筋が引っ張られ黒蝙公が唾を撒き散らし、悲鳴を上げた。
「石動、そこから離れろ!」
落下する黒蝙公が、地面に叩きつけられた。巻き込まれた倉庫の壁が崩落する。
すぐに右腕に妖力を込め、鬼の青年は黒蝙公の頭部を殴り潰した。迫撃砲弾でも叩き込まれたような轟音がして、地面が陥没。ビクンッと大きく跳ねた蝙蝠型の上等級魍魎が末期の痙攣を残し、徐々に霧散していった。
「さすがです」
「ああ。——親玉は潰した。雑魚が多い。数で落とす気だな」
「我ら先遣隊だけでは時間稼ぎが困難では」
鬼は僅かに思考。すぐに判断する。
「人命救助を優先する」
念話越しにそれを聞いていた光希という雷獣は、「はあ?」と
「なんで俺らを嫌ってる奴らを優先するんだよ
「打算がある。助けた奴らの中に優秀な術師がいるかもしれん。その卵、って言った方がいいかな」
「嘘こけ。泣いた赤鬼がよ」
「黙れ。どのみちできることがない。助けられるだけ、助けろ」
鬼——燈真の命令はいつものことだ。彼の部下である連中は「またか」と思いながら、言われた通り人命救助を優先した。
そもそも論だが、拠点を出る前に人間用の救急器具を持たされた時点で察していた。
×
甲鉄艦が轟沈し、数時間ほどが経った。
体が重い。黒い海軍服が海水を吸って、冷えている。ベタベタする塩水のせいで気持ち悪い。髪が、額にぺったり張り付く感触が不快だ。
ここはきっと燦月港だろう。自分は甲鉄艦から必死に泳いで、ここにたどり着いたらしい。
轟沈からどれだけの時間が経っただろう。港は炎と黒煙が燻り、無惨な人間の死体が転がっている。
季節は夏だというのに、濡れ鼠になったせいでひどく冷える。腰には、師から授かった一振りの刀。命よりも重いそれが隣にある安心感だけが、頼みの綱だった。
左肩に激痛が走った。まるで今になって思い出したように。右手で触れると金属片が突き刺さっている。
いや、肩だけじゃない。全身に色々なものが刺さり、傷つけられ、出血している。心なしか、視界も右側がやけに暗い。
「
声がして視線を上げた。途端、下肢からガクッと力が抜け、頽れる。
声の主は黒装束に黒い顔布の女だ。声と体系、骨盤の動きでわかる。
「虫の息、だな」
玉露と呼ばれたのはいかにも冷酷そうな女だった。白い肌、白い髪、赤い目——霊場と呼ばれる土地、霊山などでまれに生まれる白巫女と呼ばれる者だろうか。
「小僧、放っておけば死ぬ。そうだな、もって十分。意識は五分もつかどうかだ」
「んだと、てめえ……」
燎は口汚く吐き捨て、うつ伏せのまま睨んだ。白巫女が屈み込んで、意地くその悪い獰猛な笑みを浮かべる。
「私の手駒になるなら、助けてやらんでもない。人間を卒業することにはなるがな」
「なに、言ってやがる……」
「惨めに負けを噛み締め泣き寝入りして死ぬか、私の手駒となり腐れ化け物連中を討ち尽くすか。そう聞いている」
女の目に嘘の色はない。顔は狂犬ヅラだが、しかし嘘をつくという発想自体がないような、純粋さも見てとれた。
軍にいると権謀術数をめぐらすやり取りは当たり前。どうしても、疑うことを覚える。
従軍して五年の勘が、この女が馬鹿正直であると告げていた。
惨めに死ぬか、復讐するか。
あの船には友人が大勢乗っていた。クソムカつく、出世してこき使ってやると決めていた上官も。可愛い後輩もいた。
燎の目が、覚悟の炎を宿す。
「よろしい。言い忘れていたが、施術は確実ではない。失敗したら、恨まず成仏しろよ」
悪びれずにそう言って、玉露は笑った。
燎はクソアマ、と内心吐き捨て、何かモルヒネを打たれるような感覚を最後に意識を失った。
燎原の玉露 — ゴヲスト・パレヱド:リファイン — 夢咲蕾花 @FoxHunter
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。燎原の玉露 — ゴヲスト・パレヱド:リファイン —の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます