坂田利夫はアホであることを笑われ、山田花子はブスであることを笑われ、池乃めだかはチビであることを笑われた。
坂田利夫さんの訃報に際し、私の中では象徴的な方の死でまた一つ時代が終わった気持ちです。
昭和→平成→令和と生きてきて、社会の価値観は大きく変わったなと思います。
土曜日、半ドンで下校し、昼ご飯を食べる時に見るのは吉本新喜劇だった私は「差別を笑う」ことに全く違和感なく、というか、それを面白いことだと思って育ってきました。
「言われた本人は傷ついている」ことも分かっているんです。
実際私は小学生の時「たにぶー」と呼ばれてたんですけど、それは旧姓の”三谷”と、ぽっちゃりした容姿=豚、を組み合わせたもので、そのあだ名すごく嫌だったけど当時は(特に関西は?)「容姿をイジってもOK」な文化だったから、イヤと言う権利すらないと思ってた。先生も何も言わないし、そういう時代。
同じように男女差別も普通に存在しました。祖父母宅では男と女子供は食卓が別でしたし(男の人が食材の真ん中食べて女子供は端っこ食べる)、中学受験をしたいと祖父母に言った時に「女が勉強したらロクなことにならない」と言われた(これは抗った)。
セクハラも当たり前で、個人レベルでも書ききれないほど経験したし、TVもちょっと検索したら出てくると思いますが女性の裸が普通に晒され、”芸能人水泳大会”みたいな番組ではおっぱいポロリが定番だったのですが、その娯楽化されたセクハラを見て私も笑ってました、とにかくそういう時代だった、としか言いようがない。
最近ニュースになってる松本人志さんの性加害疑惑。事の真偽は司法などに任せるものとして、それに連動して過去の動画があげられている「もともとこんなけしからん奴だった」みたいなやつ。
松っちゃんの”ごっつええ感じ”などでの振る舞いが無茶苦茶だったのは間違い無いのだけど、当時はテレビ全体がそうだったのだから、それを需要してきた視聴者であった我々も含めてそうだったのだから、遡って私刑、みたいなのは全く筋違いだと思います。
電車の中でタバコ吸ってたし、不衛生な飲食店はたくさんあったし、24時間働ける人が評価されてたし、令和の若者から見たらもはやホラーの領域でしたよ。
色んなものを混ぜ込みすぎましたが、とにかく振り返れば「無茶苦茶だったな」と思います。
【差別を撤廃し、不平等・不公正を是正していけば多くの人の快適さが向上し、個々の能力が活かされ社会全体も豊かになる】
それは正しいことで、無茶苦茶だった過去からその正しい未来に社会全体で向かっていく過程に今あるからこそ、様々な行き過ぎが起ったり(ディズニー実写化の件とか、太ったマネキンとか)、ポリコレの厳しさに息苦しくなったりするのだと思います。
この間、京都のいとこに「このご時世で新喜劇の内容ってどうなってるの?」と聞いたら「あのままやで。」とのこと。
背景を知らずに書きますが、おそらく大きな企業ですから経営会議の中で「うちの笑いはポリコレ的にアウトだが今後どうしていくか」って議題は出たはずで、
今も変わらないということは、ポリシーやプライドやでこのまま行こうとなったのでしょう。
【様式美】として、また、一般社会ではもはや言えなくなったことを言ってくれる小気味良い存在と評価され伝統として残るのか、
時代に合わせてポリコレ仕様の新喜劇になって(それはもはや新喜劇ではないが)変容して生き残るのか、
令和に馴染まないと淘汰されるのか、結局は需要が全てですからね。
ポリコレの課題は「言葉狩り」と「表現の自由」の主に2点が挙げられますが、
結局は、行き過ぎて、次は戻し過ぎて、トライアンドエラーを繰り返して、いずれ収斂されるのだと思います。
伝統の力も創作・芸術の力もそんなに弱いとは思えないので。
松っちゃんの件をきっかけに過去の無茶苦茶を目にし、大晦日に坂田利夫さんの訃報、そして明日から新しい年、という組み合わせのせいか、これからの時代はどうなっていくのかなぁなどと、おせち作りの手を止めて考えての投稿でした。
では、台所に戻ります◡̈
#国民民主党 #千葉5区 #urayasu #市川 #岡野純子 #坂田利夫 #松本人志 #ポリコレ #おせち
87.2万
件の表示94