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会話

阿羅健一氏は南京大虐殺プロパガンダのルーツに、大成功を収めた第一次大戦の反独プロパガンダ(ベルギー大虐殺プロパガンダ)があることを書いている。「第一次大戦でまっさきに行われた宣伝は、開戦責任をドイツに負わせるもので、ついでドイツの残虐さであった。大正六年初め、イギリスの新聞はドイツが戦死体から潤滑油や肥料をつくった記事をのせる。フランス報道局は切りおとした首や引きぬいた舌をつくり、その写真をドイツのしわざと世界にまく。アメリカが中立宣言すると、英仏はアメリカを戦争に巻きこもうとドイツの残虐さをアメリカ大衆に訴える。やがてアメリカで反独の熱が高まり、開戦四年目、アメリカはドイツへ宣戦、ドイツは思想戦で敗れる。宣伝はこれまでになく重要とわかった。七年経った大正十五年、イギリスのチェンバレン外務大臣はドイツの死体工場がつくり話であったことを認める。このときアメリカの新聞は書く。『次の戦争での宣伝は、先の世界大戦がなし得た最上のやり方よりももっと微妙で巧妙なやり方になるに違いない』」 中国国民党は第一次世界大戦の各国のプロパガンダを徹底研究し、ww1の英国と同じように米国の支援を得るために、外国人を使い、米国を中心に日本軍の残虐宣伝を行った。ww1の反独残虐プロパガンダが元になっているため、その内容は非常によく似ている。 阿羅健一著『決定版 南京事件はなかった』展転社
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