政治資金の不正を公開情報から解き明かしてみませんか?あなたもできる調査報道マニュアル
ウォーターゲート事件の内幕を描いた映画「大統領の陰謀」(1976)の一場面に、ワシントン・ポストの記者と、「ディープ・スロート」と呼ばれる情報提供者との印象的なやりとりがあります。 “Follow the money.”(カネの流れを追え)
互いの表情もはっきりしない薄暗い駐車場で、事件の核心に早くたどり着きたいと焦る記者に、ディープ・スロートは短くこう告げます。
「カネ」が政治権力の重要な資源であり、その流れを追うことが政治的現象の理解に資することは、昔も今も変わりません。
現在、政治資金パーティを巡る不透明な「カネ」のやりとりが問題になっていますが、私が政治にまつわる「カネ」を調べるきっかけになったのは、島根県議会の「政務活動費」の取材でした。
県議会のベテラン議員が不正な工作によって140万円を受け取っていたことを明らかにし、報道の翌日に議員が辞職という事態になりました。その取材の経過はこちらの記事をご覧ください。
それから6年あまり、今も「政治とカネ」の問題を追い続けています。政治にまつわるカネの流れを調べていくと、カネを媒介にした人間関係が浮かび上がってきます。政治家を支援する人や企業も見えてきますし、時には非常に危うい方法で集金が行われていたケースも見つかったりします。
長崎県議会の議員が理事長を務める社会福祉法人では、運営する施設の職員の給料から議員に献金が行われていたことが、取材で明らかになりました。
私は現在岡山放送局に勤務していますが、そこでもおととし、県知事を支援する政治団体を巡るカネの問題が取材でわかりました。
岡山県の伊原木隆太知事の後援会が、知事の父親から複数の政治団体を経由して、実質的に法律の上限を超える寄付を受け取っていたというものです。
報道を受けて知事は、平成25年以降に後援会などが、法律の上限を超える総額3950万円の寄付を受けていたとして謝罪。
そしてことしになって事態が動き、9月、知事の後援会の会計責任者ら2人が、政治資金収支報告書に虚偽の記載をしたとして略式起訴され、裁判所からそれぞれ罰金100万円の略式命令が出ました。
こうした政治とカネの記事を出し続けていると、「一体どのように取材しているのか」とよく聞かれるので、私はジャーナリスト向けの講座などで取材の手法を伝えてきました。
記者が貴重なノウハウを他人に教える、しかも他社の記者に?と思われるかもしれません。
ノウハウを自分だけのものにしておくと有利かもしれませんが、そんなことは「ちっぽけな話」です。政治とカネの問題にはもっと大切なことがあります。それはみんなで分析することで、政治資金の透明化を進めることです。
政治資金規正法の目的は「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにする」(同法第1条)ことです。
民主主義がゆがめられたりしないよう、政治にまつわるカネは徹底的に透明化され、「国民の不断の監視と批判」にさらされることが必要です。そのためには、より多くの人が政治資金を分析できた方がいいのです。
というわけで(前置きが長くなりましたが!)今回の記事では私たちが明らかにした岡山県知事後援会の「迂回献金問題」を例に、政治資金取材の手法を詳しくご説明します。
誰でもできる公開情報の分析だけで、かなりのことが見えてきます。必要なものは、まずはインターネットが使えるパソコンだけ、です。
基本は「ブツ読み」
「政治とカネ」の取材の基本は「ブツ読み」です。政治家に関する様々な資料を集めて読み込む作業です。
内部情報を提供してくれる「ディープ・スロート」でもいれば別ですが、公開された情報の中にもたくさんのヒントがあります。
諜報機関によるスパイ活動も基本は公開情報の分析(OSINT=Open Source Intelligence)だと言われています。そしてその「ブツ」で最も重要な資料が政治資金収支報告書です。
政治資金規正法で、政治団体は毎年すべての収入と支出をまとめた政治資金収支報告書を、選挙管理委員会などに提出することが義務づけられています。
その収支報告書は、総務省や都道府県の選挙管理委員会が毎年秋に一斉に公開します。そして現在ほとんどの都道府県のホームページでは、原本をコピーしたファイルが公表されているので、インターネットで誰でも無料で閲覧できるのです。
ちなみに全国で唯一新潟県は、報告書のネット公開をことしも見送りました。その記事はこちらです。
例えば「東京都 政治資金収支報告書」などで検索すると、東京都の政治団体の収支報告書を集めたページが見つかります。
収支報告書はどこにある?
今回は岡山県について調べてみましょう。「岡山 政治資金収支報告書」で検索すると、岡山県選挙管理委員会のページが見つかります。
去年の「令和4年11月25日公表(令和3年分 定期公表)」というリンクをクリックしてみましょう。
すると「政党の支部」や「資金管理団体」、「その他の政治団体」などいろいろ分かれています。
まずは「資金管理団体」をクリックして、今回は岡山県の伊原木知事の政治団体の一つ、「隆友会」を見てみましょう。
PDFをダウンロードして開くと、この団体のその年の収入や支出の総額、寄付の総額や内訳、それに寄付した人物や団体の名称や住所、寄付額が書かれています。
支出では「人件費」や「政治活動費」「政治資金パーティー開催事業費」などの内訳も見ることができます。
支出を詳しく見ると例えば「インスタグラム開設作業費」として倉敷市の会社に9万4600円を支出しています。
これだけでは、「だから何?」かもしれません。でも収支報告書を読み込んでいると、頭の中に様々なストーリーが浮かんできます。
私がかつていた科学文化部という部署では、芥川賞や直木賞などの文学賞の候補作品を読み込むのも大事な仕事でした。収支報告書の分析にもそうした経験が生きているように思います。
「ブツ読み」に欠かせないテーマ設定
収支報告書を見るときは、どこに注目するのかテーマを設定することが大事です。
岡山県知事後援会の「迂回献金問題」の端緒をつかんだきっかけは、全く関係の無い、「新型コロナウイルス」でした。
この年、2021年の11月に岡山県選挙管理委員会は、前年の2020年分の政治団体の政治資金収支報告書を公表しました。岡山県内の政治団体は全部で1000団体ほどあり、私は岡山県庁の4階にある記者室で、空いた時間にパソコン画面で1団体ずつ、収支報告書を見ていきました。
そのときは、新型コロナウイルスの感染拡大防止で政治資金パーティーが自粛され、政治団体の収支にどのような影響が出ているかを調べようと考えていました。 【政治資金パーティーとは】
対価を徴収して行われる催物で、当該催物の対価に係る収入の 金額から当該催物に要する経費の金額を差し引いた残額を当該催物を開催した者又はその者 以外の者の政治活動(選挙運動を含む。これらの者が政治団体である場合には、その活動) に関し支出することとされているもので、次のような規制がある。(法第8条の2関係)
テーマを持って収支報告書を見ていると、「違和感」にぶつかることがあります。
岡山県の伊原木知事の政治団体の報告書を以前見た際、パーティー券の収入が多かったという記憶がありました。知事関連の政治団体で私が知っていたのは「隆友会」と「いばらぎ隆太後援会」の2つで、資金管理団体の隆友会に政治資金パーティーの収入があり、それを後援会に寄付して政治活動にあてていたことを思い出しました。
さっそく収支報告書で確認すると、やはりパーティーは開かなかったようで、隆友会は前年から1000万円も収入が減っています。
じゃあ後援会の活動はどうなっているんだろう?後援会の収支報告書のファイルを開いて収入欄を眺めていた時、
違和感 がありました。
謎の政治団体
寄付者の欄に、「○△政治連盟」のような、よくある名前の政治団体に混じって「明住会」「丸住会」「明るく楽しい岡山をつくる会」「チェンジオカヤマ」「生き活き岡山」という5つの団体の名前がありました。
こんな団体あったかな。そして5つの団体が揃って150万円を後援会に寄付していて、団体の住所や関係者の名前も重複が見られます。
何か変だな。
それぞれの団体の収支を確認することにしました。
浮かび上がった「岡山財界の重鎮」
まず「明るく楽しい岡山をつくる会」の収支報告書を見ると、寄付収入が150万円となっていました。寄付者の氏名は「伊原木一衛」となっています。
この団体には他に収入も繰越金もなく、伊原木一衛氏からもらった150万円が、そのまま知事の後援会に流れる形になっていました。他の団体もほぼ同様でした。
伊原木一衛氏 ⇒ 複数の政治団体 ⇒ 知事の後援会
という流れです。
そして伊原木一衛氏。岡山の政財界で彼を知らない人はまずいないでしょう。伊原木知事の父親で、地元の老舗百貨店「天満屋」の元会長で、岡山商工会議所のトップを6期18年務めた、岡山財界の重鎮です。
一衛氏は知事の後援会に直接100万円の寄付もしていたと記載されていました。
2020年だけで150万円×5+100万円=850万円が、実質的に一衛氏から知事の後援会に渡っていたことが伺えます。
政治資金規正法では、大量のカネのばらまきによる「金権政治」を防ぐために、個人が1つの政治団体に寄付する際の上限を、年間150万円と定めています(「その他の政治団体」の場合)。もし850万円となると、実質的に700万円もオーバーしていたことになります。
似ている……
2015年に起きたある事件を思い出しました。歯科医師で作る政治団体、日本歯科医師連盟による「迂回献金」事件です。
「迂回献金」とは、政治資金規正法の規制を逃れるため、別の政治団体を迂回して「本命」の団体に寄付を行うことです。
事件についてはこちらの記事などをご覧ください。
伊原木知事の後援会をめぐる奇妙なカネの流れも、個人から受け取れる寄付の上限規制を回避するための「迂回献金」ではないのか?
知事が初当選した2012年にさかのぼって、すべてのカネの流れを調べることにしました。
過去の資料を集め、チャートをつくる
政治資金の流れを理解するために大切なことは、自分で図表を作ってまとめる作業です。
政治資金収支報告書や県の公報、土地や建物、会社の登記情報、有価証券報告書など、関係する資料をかたっぱしから集めて、カネの流れや関係者のリストをまとめていきました。
ここで障害になるのが政治資金収支報告書の公表期間で、インターネットで公開されている収支報告書は3年で消されてしまいます。
政治資金規正法には、政治資金収支報告書にウソの記載をするなどの違反に対して罰則があり、中には公訴時効が5年のものもありますが、証拠となる収支報告書は3年で見られなくなってしまうのです。
それでも昔の収支報告書を入手する手段がないわけではありません。
国会図書館のインターネット資料収集保存事業「WARP」というサービスがあって、自治体などのサイトをまるごと保存する取り組みです。このサービスに保存されていれば、昔の収支報告書も入手することができます。
伊原木知事に関係する政治団体の収支報告書も、初当選の2012年までさかのぼってそろえることができました。
コツコツ作業して完成したチャートです。
伊原木一衛氏から複数の団体を迂回してカネが後援会に集約されていることを表しています。
一衛氏から知事の後援会に実質的に渡った金額を集計すると、
2020年が850万円
2019年が450万円
2018年が300万円
このほか、知事の選挙を支援する目的で設立された、知事の後援会と同じ住所にある「生き活き岡山」という政治団体も、一衛氏から2019年に400万円、2018年に600万円を実質的に受け取っていました。
さらに別のカネの流れも浮かんできました。
知事の後援会は、初当選した2012年の県知事選挙の際に、一衛氏から1億5400万円を借り入れ、「生き活き岡山」も2600万円を借り入れて、選挙運動の費用やそれぞれの団体の活動資金としてほぼ全額が使われていました。
貸付金の場合、法律による上限の規制はありません。
ちょっと複雑になってきたので、いったんまとめましょう。
公開情報からは、2012年(平成24年)、選挙にあわせて伊原木一衛氏から知事の後援会や選挙を支援する団体に、計1億8000万円の貸し付けがありました。
そして2020年(令和2年)の資料を見ると、知事の後援会に、一衛氏や複数の団体からあわせて850万円が「寄付」され、逆に知事の後援会から一衛氏には500万円が「返済」されていました。
つまり一衛氏から複数の団体を「迂回」するかたちで知事の後援会にカネが集まっていることが伺え、後援会からは一衛氏に借入金の「返済」が行われている、という構図が見えてきました。
いったいなぜそんな面倒なカネの流れが…
疑問を抱いてさらに公開資料を調べていくと、もうひとつの事例が見つかりました。
浮上したもう一つのカネの流れ
知事の後援会に寄付をしていた複数の政治団体の収支報告書を、過去にさかのぼってチェックしました。
すると2008年の岡山県知事選挙に立候補して落選した、ある新人候補の後援会についても、似た金の流れがあったのです。
県の公報などの公開情報によると、この選挙のときに一衛氏は、新人候補の後援会に対し9000万円を貸し付けていました。
選挙の結果、新人候補は敗れ、後援会には9000万円の借金が残されました。
奇妙な「寄付」が始まったのは、選挙の翌年の2009年からです。
2009年の政治資金の流れを調べると、一衛氏から複数の団体に寄付が行われ、その全額が、団体から新人候補の後援会に寄付されていました。
団体は6つで、うち4つは、「いばらぎ隆太後援会」への寄付に使われた団体と同じところでした。
収支報告書の記載によると、後援会は毎年、実質的に法律の上限を850万円超える1000万円を、一衛氏から受け取っていた可能性があります。単純に合計すると、9年間で7650万円にも上ります。
そしてこの新人候補の後援会は、9年間で9000万円の債務を「完済」して解散していました。
資料の分析と並行して、関係者への取材も進めていました。そのなかである県議会議員から、こんな話を聞きました。
「一衛さんは偉かった。新人候補に負担させないように全部面倒みてやったんだよ」
選挙などにかかった費用のほとんどが、一衛氏の負担だったというのです。
伊原木知事とこの新人候補と、2つの後援会のケースで共通しているのは、選挙のタイミングで一衛氏から巨額の金が、法律による上限の規制がない「貸付金」として渡っていたこと。
そして選挙のあと一衛氏から後援会に、今度は「寄付」が、複数の団体を迂回するようにして行われていたこと。
そして後援会からは一衛氏に、「返済」が行われていたことです。
まるで貸付金による「債務」を、書類上帳消しにするためのカネの流れのようにも見えました。
こんなカネの動きが本当にあったのか、とも感じました。
さてお気づきになった方もいらっしゃると思いますが、これまでの話はほとんどが、公開された、誰でもアクセスできる情報によって判明したものです。公開情報の分析がいかに重要か、おわかりかと思います。
記事に向けた証言は直接取材で
しかし公開情報だけでは、記事に必要な証言をとることはできません。
資料の分析を始めて約2週間後、ここから本格的な「対面」の取材です。
2021年12月17日の午前、伊原木一衛氏が会長を務める「丸田産業」のビルを訪れました。「迂回献金」なのかどうかを確かめるためです。
丸田産業は岡山や香川で不動産業などを営み、天満屋グループの企業の大株主でもあります。
程なくして応接室に現れた柔和な表情の白髪の男性、伊原木一衛氏です。カジュアルなジャケット姿で、威圧的な雰囲気は全くありません。
短い挨拶のあとで、本題を切り出しました。
収支報告書をもとに作成したチャートを見せながら、迂回献金によって実質的に法律で定められた上限を超える寄付をしているのではないかと質しました。
一体どのような反応が返ってくるか。直当たり取材で最も緊張する瞬間です。
一衛氏は「ちょっと担当者を呼びます」と出ていき、丸田産業の常務という男性を連れて戻ってきました。お金のことを任せているということでした。
名刺を交換し、改めて問題を指摘しましたが、押し黙ったまま反応がありません。
部屋に重苦しい空気が漂い始めたとき、常務が口を開きました。
「あやふやなことは言えないので、書面でまとめてお返事します」
あらかじめ作成しておいた質問状を渡して、回答を待つことにしました。
「早急に是正させる」
直当たりから3日後の12月20日。丸田産業の常務から「今から回答書を持っていく」と連絡がありました。
常務といばらぎ隆太後援会の事務長の2人から受け取った回答書はA4用紙で3枚でした。
伊原木一衛氏、伊原木知事、それに後援会の3者の連名で書かれ、こちらの指摘に対する反論は特にありませんでした。
「政治資金規正法に抵触する恐れがあるとの指摘なので早急に是正させる」という知事の見解も示されていました。
でも当初から気になっていたことへの答えはありませんでした。
一衛氏から知事の後援会と「生き活き岡山」に「迂回献金」が行われ、後援会からは借入金の返済が行われていたとされていますが、実は帳簿上の数字の処理だけで、カネは動いていないのではないか。
もしそうなら、政治資金収支報告書の記載が実態と違うということになります。収支報告書に事実と異なる記載をすると罰せられます。
回答書を持ってきた2人に「本当に収支報告書どおりのカネの移動があったのか」と質問しましたが、
「知らない」
「分からないものは分からない」
という返事しかありません。しかし報告書の記載に問題があることは認めたということで、報道の準備を進めました。
全国ニュースで報道
翌日の12月21日、「おはよう日本」と昼の全国ニュースで、岡山県知事後援会への「迂回献金」問題を放送しました。 岡山県の伊原木知事の後援会が、知事の父親から複数の政治団体を経由するなどして実質的に法律の上限を超える850万円の寄付を受け取っていたことが、政治資金収支報告書の分析でわかりました。(朝の全国ニュースより)
放送では2020年に後援会が、複数の政治団体経由で法律の上限を超える850万円の寄付を受け取っていたことを指摘し、「寄付制限の趣旨を逸脱する行為だ」という専門家のコメントも伝えました。
ニュースを受けて伊原木知事は県庁で報道各社の質問に答えたものの、発言内容は前日の回答書とほとんど変わりませんでした。
「法律に抵触する意図はまったくなかった」
「きちんと調べて是正したい」
問題の所在はどこか。当日夜に岡山県内向けのニュース番組で行ったスタジオ解説では、日歯連の迂回献金事件も例にあげて、ほかの政治団体を形式的に介在させるような寄付が法の趣旨に反することは明白だと指摘しました。
そして報道から6日後の12月27日、知事は臨時の記者会見を開いて、自身の後援会と「生き活き岡山」の2団体に不適切な寄付があったことを認めました。
「法律の趣旨を逸脱していると言われてもやむをえない取り扱いがされていたことが判明した」(伊原木知事)
問題があった寄付は2013年以降、総額で3950万円で、いずれも別の政治団体を形式的に「迂回」させる方法で処理されていました。
「迂回献金と指摘されてもしかたがない」
「大変申し訳なく、県民の皆さまに深くおわびさせていただきます」
「政治資金規正法の理解不足が背景にあった」として伊原木知事は陳謝しました。
訂正された収支報告書
それから1か月半後の2022年2月10日、知事の後援会が収支報告書を訂正したと発表しました。
それによると2018年から2020年にかけて、後援会と「生き活き岡山」に対して一衛氏からほかの政治団体を迂回して行われていたように見えた「寄付」は、実際はカネの動きはありませんでした。
「実は帳簿上の数字の処理だけで、カネは動いていないのではないか」という当初の見立てを裏付けるものでしたが、では一体何だったのかというと、後援会側は「債権放棄」のつもりだったと説明しました。
しかし債権放棄を行うのに、債権者である一衛氏と債務者である後援会との間に、無関係の政治団体を介在させる必要は全くありません。
政治資金規正法では債権放棄も寄付として扱われるため、同じように年間150万円の上限があります。後援会側は、寄付の仕組みを誤解していたと説明しました。
さらに2008年の知事選をめぐって、伊原木一衛氏が新人候補の後援会に貸し付けた9000万円も、同じ方法で処理されていたということです。この団体に対しては、7650万円もの不適切な債権放棄があったということです。
これで終わったのか?
公開情報の分析から立てた仮説をもとに進めた取材で、伊原木知事を支援する政治団体をめぐる3950万円の不適切な寄付と、さらには10年以上前の別の知事選の政治団体をめぐる7000万円以上の不適切な寄付が明らかになりました。
しかし訂正された政治資金収支報告書を見ても、まだ腑に落ちないところがありました。
債権放棄の方法をこのようなかたちで「誤解」するようなことが本当にあり得るのだろうか?献金や返済があったかのように虚偽の記載をしていただけではないのか。しかし関係者に取材しても、これ以上深めることはできませんでした。
問題が再燃したのは2023年3月です。「政治とカネ」の問題の第一人者として知られる神戸学院大学の上脇博之教授が、岡山県知事後援会の関係者ら8人を、政治資金規正法違反の疑いで岡山地方検察庁に刑事告発したのです。
そして告発から半年後の2023年9月、「いばらぎ隆太後援会」の会計責任者と事務担当者の2人が略式起訴されました。
検察の捜査が指摘したこと
知事の後援会をめぐるカネの流れについて、検察は次のように指摘していました。
・寄付も、寄付を受けたことも、借入金残高も存在しない。
・それが存在するかのように意図的に虚偽記載をしていた。
・さらに報道を受けて行われた訂正も虚偽だった。
当初、後援会側が「不適切」と説明していた記載について、検察は、ミスではなく故意による虚偽記載と指摘し、かつ借入金残高自体がそもそも存在しないと指摘しています。
これについて告発した上脇教授は、「借りた」のではではなく巨額の「寄付」だったのではないかと指摘します。つまり知事後援会は、法律で決められた上限の100倍を超える1億5400万円もの個人献金を父親から受け取っていたのではないか、しかしそれは政治資金規正法違反になるので「借り入れ」ということにして、債務を返済したように装うために、寄付や返済があったかのような虚偽記載を繰り返していたということではないか…と、教授は指摘しています。
「知識不足、認識不足だった」
略式起訴から約1週間後、知事後援会の会計責任者と事務担当者に対して、岡山簡易裁判所はそれぞれ罰金100万円の略式命令を出しました。
これを受けて10月13日の知事定例記者会見で伊原木知事は、「われわれの知識不足、認識不足で、責任を痛感している」と陳謝しました。
2012年、知事後援会が借り入れたとしている1億5400万円について、上脇教授は「法律の上限を超える個人献金だったのではないか」と指摘していますが、知事はことし9月29日の記者会見では、あくまで借入金だったと説明しています。
(知事会見での説明の詳しい内容は、こちらのページの、質疑応答の部分などをご覧ください)
この問題はまだ終わりではありませんが、まずはここまで読んでいただきありがとうございました。政治資金の透明性・公正性を高め、必要なルールを整備していくためには、もっと多くの人が、「政治とカネ」の問題に関心を持つことが必要だと感じます。
そのためにも、これからも取材と問題提起を続け、もちろん取材のノウハウも公開していきたいと考えています。私も調べてみたいと思う方は、ぜひご質問・ご意見をお寄せください。
安井俊樹 岡山放送局記者
2001年入局。科学文化部で文化担当を務めた後、2度目の赴任となる松江局で「政治とカネ」の問題の調査報道を始める。オープンソース取材による調査報道は情報の非対称性を是正し、記者の自律性を高めると考え、地方で実践を続けている。好きなアニメは富野由悠季監督作品。