ゆるっと解説 大河と歴史の裏話
『家康にとって、三河一向一揆とは?』
史料をベースに、脚本家が独自の視点で、時代の荒波を生き抜いた人々の人間ドラマを描く大河ドラマ。『どうする家康』も、最新の時代考証研究の成果を踏まえつつ、脚本家の古沢良太さんが多彩なアイデアを盛り込んで書いています。その執筆を支える縁の下の力持ちが、時代考証。本作の時代考証の一人・平山優さんが、歴史家の目から見たドラマの注目ポイントを語ります!
家康の人生で『三大危機』のひとつと数えられる三河一向一揆が、第9回でついに解決しました!!
お殿様といえばその土地の人々から尊敬されるエライひとっていうのが当たり前だと思っていたから、生活が苦しい民衆を相手に、家康が戦ってしまう展開にはびっくりしました。
銃撃する一向宗門徒たち
「仏さんのバチが当たるのでは…」
石を投げて抵抗する一向宗門徒の子どもたち
この直後に石が直撃。色男にバチが当たった!!
激しい戦いでしたね……。でも最後には家康のほうから和議を結ぼうという申し出がなされましたよね。
当時は戦国大名が一向一揆を鎮圧しようとすると、普通は殲滅戦になるんですよ。
殲滅戦?
容赦なく敵を全員虐殺していくんですよね。でも家康の場合はそうならない。
やっぱりお互い、顔見知りだから?
そうなんです。三河はもともと一向宗門徒がものすごく多い地域で、家康の家臣たちの中にも門徒が大勢いました。ですから自分の家臣の一部が一揆に参加して自分の敵にまわってしまった……つまり、家康にとって単なる一向一揆ではなく、自分の国が二つに分裂するかもしれない未曽有の危機だった。
家臣団たちも自分の一族や、家来と戦うのは嫌だ!! という気持ちがものすごくあった。
夏目広次 (甲本雅裕) も、心ならずも自分の家来と斬りあって、家来が目の前で死んでいくのを見てやっぱりちょっと戦えないよ…って落ち込んでしまいます。
目の前で家人に自死され戦意喪失する夏目広次。
「何もかも元通りというわけにはまいりますまいか (泣)」
結局お互い「そこそこのところで手を打とう」となっていく過程が、うまく描かれていましたね。
一向一揆を経験した時の家康は23歳だったんでしょう? 今なら大学新卒の新入社員の年齢ですよ。
若い時あんな苦い思いをしたら、すごいトラウマになって一生忘れられなかったんじゃないかなぁ……。
家康はね……結局、信長みたいに追い詰めないんでしょうね。
追い詰めない?
追い詰めずに、そこそこのところで妥協して手を打っていくんです。
一向一揆を解体したあとも、門徒たちが一向宗を信仰することまでは否定せずに、許してやる。一揆の中核となる寺院の再興は認めないけれども、一向宗を信仰すること自体は何の問題も無い、と落としどころを見つけていくわけです。
もし一向宗信者をすべて追放したら地域社会が成り立たなくなりますからね。
家康の命を狙った本多正信ですら死罪にはならず、三河からの追放という寛大な措置がとられた。
「妥協点を心得ることが大事」という教訓を与えたきっかけが今回の一向一揆だった……。
だから後々「関ヶ原の戦い」や「大坂の陣」で打ち負かした相手の大名に対しても、最後まで追い詰めたりしない。勢力を大幅に削減したうえで存続することは許してやる。許して「恩に着せて」その後自分に逆らえないようにする。そんな人心掌握術の片鱗が一向一揆の処理にも垣間見えると思います。
三大危機の第一弾は、家康の人生に大きな教訓を残したんですね。
はい。とはいえ家康はある意味、本当に運が良かった。三河一向一揆が起こった時、それに乗じて周囲の大名から攻めこまれていてもおかしくなかった。
でも当時、今川氏真には隣の遠江で大反乱(遠州忩劇)が起きていて、三河には攻めに来られなかった。武田信玄もちょうど上杉謙信と戦っていて、三河には手を出せなかった。
だから足元であんな反乱が起きても、家康は周囲から攻め潰されずに済んだというわけです。
家康って、やっぱり相当な強運の持ち主ですよね!!
でもいくら運が良くっても、それだけじゃ天下は取れない。「ナイーブで頼りないプリンス」だった家康が、いろんな事件に巻き込まれ、いろんな相手とぶつかり合って、精神的にも随分と鍛えられて「腹の読めない狸おやじ」へと、だんだん変わっていくんだと思いますよ。
……ちょっと怖い。でも、見てみたいかも。
以前のドラマだと重要な歴史的事件を年表順に描いていき、事件の現場にいつも主人公が立ち会っているような作り方になりがちでしたよね。でも実際には家康ほどの立場だと、常に事件の現場にいるなんてあり得ない。
だからドラマの中で描かれている出来事全てを家康が把握している必要もないし、家康が直接目にしてなかった事件は、いくら大事件であってもドラマからすっ飛ばす可能性だってある。
『真田丸』がそうでした!! 主人公が直接関わっていなかった「本能寺の変」や「関ヶ原の戦い」はナレーションで処理されて、“秒で終わって”ましたもん。
かと思えば、事件の現場の最前線にたまたま居合わせた、無名の人の強い思いが描かれることもある。それが『どうする家康』の面白いところです。
無名の人も歴史上の有名人と同等に心に複雑な葛藤を抱えた血の通ったキャラクターとして描かれるから、ドラマ全体が群像劇としての魅力を帯びてくる。
父親・大鼠 (千葉哲也) の最期には思わず襟を正しました。「半蔵様が死んだら、俺たちの妻や子に誰が銭を渡してくれるのか」と言って、自分の命と引き換えにしても半蔵だけは生かそうとする。
その娘 (松本まりか) が大鼠の名を引き継いで最前線に出て行って、やっぱり同じことをするんです!!
服部半蔵 (山田孝之)
左:服部半蔵 (山田孝之) 右:女大鼠 (松本まりか)
最後は結局、また忍びの話になっちゃった(笑)。
まあ思えば、当時としてはかなりの長寿と言える75歳の生涯を全うできた家康のような人もいれば、無惨に命を散らしていった名もなき人たちも大勢いた……そんな時代だったわけですよね。
避けることのできない運命として、人々が「死」を今よりもっと身近に感じていた戦国時代。それだけみんな必死に生きていたんだから、これからもどんどん、熱いドラマが繰り広げられていくに違いありません!!
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