ゆるっと解説 大河と歴史の裏話
『寺内町は当時の最先端スポット!?』
史料をベースに、脚本家が独自の視点で、時代の荒波を生き抜いた人々の人間ドラマを描く大河ドラマ。『どうする家康』も、最新の時代考証研究の成果を踏まえつつ、脚本家の古沢良太さんが多彩なアイデアを盛り込んで書いています。その執筆を支える縁の下の力持ちが、時代考証。本作の時代考証の一人・平山優さんが、歴史家の目から見たドラマの注目ポイントを語ります!
第5回「瀬名奪回作戦」第6回「続・瀬名奪回作戦」と、服部半蔵 (山田孝之) 率いる服部党の忍びたちに胸アツだった私としては、晴れて松平家お抱えとなってからの彼らの活躍から目が離せません。
今日放送した第8回でも、一向宗門徒が立てこもる本證寺に半蔵たちが潜入する場面は感心しました。
門徒兵の姿をして戦死者の遺体や負傷者を担ぎこんでいけば、相手も疑わずに味方だと思い込んでくれるので、敵地に潜入するには格好の方法。ましてや一向一揆の根城は、雑多な階層の人々が混在しているので、なおさら敵・味方の見分けがつきにくい。住職・空誓 (市川右團次) の暗殺を試みたものの、敵の知恵袋の存在に気づいて、寸前で思いとどまる描写もリアルです。
忍びを使って要人を暗殺させたという記録は『三河物語』にも出てきますし、実際に起こっていたとしてもおかしくない場面ですよね。
そして第1回、桶狭間の戦いで討ち取られたはずの今川義元 (野村萬斎) が、まさかの再登場!!
汗水たらして得た米や銭を納めてくれる民衆に生かしてもらっていることを忘れるな、と家康に説きます。
一向一揆についてここまで正面から描いた例は、大河ドラマでは無かったかもしれません。政治家の目線からだけでなく、庶民の目線から戦国時代を描こうという心意気を感じました。
しかも寺内町の様子をちゃんと描いてくれた!!これはうれしかった。第7回で「市の立つ日ってのはございません。店は毎日開かれております」っていうせりふがあったでしょう?
それを聞いた家康が「ま、毎日?」と驚く。寺へ潜入する際に案内してくれた土屋長吉のせりふですね。
当時の事情を知る研究者ならみんな「ドラマの中で、ついにちゃんと言ってくれた!!」と喜ぶ所 (笑)。当時は「六斎市」と言って ひとつの場所で市が開かれるのは一か月に6日だけなのが普通でした。
この六斎市が各地に所在し、毎日どこかで市が開催されているのが一般的で、城下町でも常設店舗は少なかったとみられます。
今日開いているのはどこの市か? 買い物する時、間違えないようにしなくちゃいけない。
戦国時代に大名が城下に商人や職人を集めて住まわせる「町場」を開き始めますが、寺内町のほうが盗人もいないし、外から攻められることも無くて安心して毎日商いができるから、ずっと進んでいた。だから寺内町に潜入した家康たちも、雑多な店舗が毎日開かれて大勢の人でにぎわっている様子を見て圧倒されていたでしょう?
一向宗寺院の豊かさを思い知るという描写は、新鮮でしたね。「岡崎の城下よりにぎわってるくらいですな!」っていう榊原小平太 (杉野遥亮) のせりふなんてまさにその通りなんです。
歩き巫女・千代 (古川琴音)
「現世の罪は、現世限りよ」
当時の占い師 = 歩き巫女・千代 (古川琴音) とか、芸能集団とか多様な人々が集まってにぎわっていて…。
当時としてはものすごく進んだ場所だった寺内町の描写がリアルでした。
ストーリー展開においても、一向一揆が起こるまでの伏線が非常に巧みに描かれていたと思うんです。
領主の家康も戦つづきでついに資金が尽きて「どうする?」と困ったけど、百姓からもうこれ以上税は取れない。そんな状況で一向宗寺院に課税したらどうかと、家康が思いついていく…。
実は当時、実際に一向宗寺院から多数の家臣たちが借金していた記録があるんです。それどころか家康も一向宗寺院に借金を申し込んで、断られていたという記録が『三州一向宗乱記』に残っています。
へぇ……。家康も相当困っていたんですね!!
一向一揆が起こってからも、自分に味方した家臣に対して家康は「一向宗寺院から借りたお金や米は、返さなくていいことにする」と部分的な徳政令を適用して、なんとか家臣たちに自分の味方についてもらおうと必死だったんです。
そういえば土屋長吉 (田村健太郎) の描き方もすばらしかったですね。
左:渡辺守綱 (木村昴) 右:土屋長吉 (田村健太郎)
本證寺の住職・空誓 (市川右團次) に群がる民衆
土屋長吉って、いったい何者なんですかねぇ?
一向一揆に加わり家康と敵対していたのに、最後の最後に身を挺して家康を敵方の銃撃から守って、身代わりになって死んだ土屋長吉 (重治) という男の逸話が『徳川実紀』にありまして、脚本家の古沢さんが注目してあのようなキャラクターに仕立ててくださった。
「こんな史料から、こんな人物をよくぞピックアップしてこられるものだ」と、いつもながら選球眼の巧みさには驚かされます。
クライマックスで家康が狙撃される衝撃の展開には驚きました!「ドラマのオリジナルアイデアかな」と思ったのですが……。
実はこれが軍記物の記録を元にしたエピソードだと知ったら、びっくりされる方もいらっしゃるかもしれませんね。
「鉄砲の弾が二発命中したが、甲冑が硬かったから助かった」って、後に江戸幕府が編纂した軍記物にも書いてあるんですよね。古沢さん、本当によくご存じです。
古沢さんの脚本のことは、どんなふうにお感じになっていらっしゃいますか?
とにかく毎回、意外性にあふれる球を投げてくる方だな、と驚かされてばかりです。歴史上実在する人物を、ストーリー展開の中にうまくはめ込む手際がすばらしいです。「この人をここで出すんだ!!」とびっくりさせられたことが何度もあります。
例えば第2回。大高城を脱出し岡崎に帰還して菩提寺の大樹寺に入った家康たちに攻撃を仕掛けてくる者がいるとしたら、それは誰なのか?
古沢さんは、そこで松平昌久 (角田晃弘) をチョイスされました。
これは慧眼だと、私は膝を打ちました。
三河一向一揆勃発の際、一揆方に荷担して後に三河を追放される松平昌久なら「いかにもありそうな話」だからです。まさに人物配置と展開の勝利。さすが、目の付けどころが違います。
まさか時代劇連ドラ執筆はこれが初めてだなんて、とても信じられません。
時代考証を担当する私たちも古沢さんに負けずに、できるだけいろんなネタやアイデアを提供して、ストーリー創作の際にお役に立てるように努力していきたいです。
「こんな選択肢もあり得るけど、どうする?」ってね。
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