信頼関係のない不特定の相手から、勝手に自分の身体を値踏み論評され、性の関心の対象であると表明されることの苦痛は、男性は経験しにくい。環境型セクハラは直接に危害を加えることのない静的なものだが、その環境は実際の行為としてのセクハラを許容する文脈を作り、それを促すことになる。
引用
向川まさひで(大和高田市議・日本共産党)
@muka_jcptakada
環境型セクハラというのが男女間で共通認識しにくいのは、表現や行為単体で生じるものではないからだ。もし男の裸や局部を性的に誇張した表現物が街にあっても、多くの男性はむしろ面白がるだろう。だがそれが此処彼処にあり、それらと自分の身体を見比べてニヤニヤされたりするとしたらどうだろうか?
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