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新しい「働く」の形をつくっていきたい。若者の就労支援に取り組むNPO法人育て上げネット・工藤啓さんが福祉の道を選んだ理由
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2023/9/12

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新しい「働く」の形をつくっていきたい。若者の就労支援に取り組むNPO法人育て上げネット・工藤啓さんが福祉の道を選んだ理由

ニートやひきこもり状態の若者への自立支援を行う認定NPO法人育て上げネット理事長の工藤啓さんに、福祉の仕事に関わることになったきっかけについて伺いました。
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――福祉の仕事を続けてきたのは「面白い」から。この一言に尽きます。

そう話すのは、ニートやひきこもり状態の若者への自立支援を行う認定NPO法人育て上げネット理事長の工藤啓さん。

大学でビジネスを学び、大手投資会社への就職を目指していた工藤さんは、一転して福祉の世界で起業するに至ったという変わった経歴の持ち主です。

「誰もやったことがないような新しいことにチャレンジできることが、この仕事の面白さだ」と語る工藤さんに福祉に関わる仕事の魅力を伺いました。

実家は30人の大所帯!?

私が福祉に関わる仕事を選んだのは、実家から大きな影響を受けていると思います。実家は、不登校やひきこもり、障害のある若者が一緒に暮らす共同生活型の支援施設を運営していました。

もともと両親は学習塾を経営していたのですが、ある日障害のある女の子の両親から「日中、この子を預けるところがない。塾で預かってくれないか」と頼まれたそうです。

当時、障害のある子どもの居場所は珍しかったこともあり、噂を聞いた近隣の家からも「この子を預かってほしい」という声があがりました。

そして、いつの間にか障害のある子どもだけでなく、不登校やひきこもりの若者が全国から集まり、一緒に暮らす施設を始めることになったのです。物心ついたころから家に血のつながっていないお兄ちゃん・お姉ちゃんが30人くらいいるという不思議な環境でしたね(笑)


そうなると困るのは、自分の家のことを人に説明するときです。

ある日、学校で親の職業について話す授業がありました。他の子は「お父さんは八百屋さんです」「お母さんは郵便局で働いています」などと答えていたのですが、自分の番になってふと「僕の親の職業はなんなのだろう」と考え込んでしまいました。

福祉や若者支援という言葉を知っていれば上手に答えられたのかもしれませんが、当時は小学生ですからそんな言葉も知りません。先生もきっと私の家が何をやっているか分からなかったんでしょうね。

黙ってしまった私を見て、先生は困った様子でそのまま次の子に順番を回してしまいました。そんな出来事が重なるうちに、自分の家は「普通ではないのかもしれない」と思うようになっていきましたね。


実家が新聞に取り上げられたことで、メディアへの憧れをもつ

実家への見方が少し変わったのは、中学生のときです。当時、不登校やひきこもりの子、障害のある若者が一緒に暮らす施設は珍しかったので、メディアで取り上げられるようになったんですね。

驚いたのは、その反響です。

新聞に掲載されるやいなや問い合わせの連絡が相次ぎ、3日程度は電話が鳴りやまないほどでした。報道をきっかけに、全国から「子どものことについて相談をしたい」という声が続々と届いたんです。


大きな反響を目の当たりにして実家への見方が変わると同時に、大きな影響力をもつメディアにあこがれを感じるようになっていきました。

そこで、新聞記者を目指したいと大学はマスコミ学科に進学。とはいえ、まじめに学業に励んでいたかというとそんなことはなく、アルバイトに明け暮れる毎日でした。

コンビニで朝まで働いて、そのまま配膳のアルバイトへ行き…と、とにかく働きました。月に手取りで二十万円は稼いでいたんじゃないでしょうか。

せっかくお金もたまったし外国にでも行こうと、海外旅行にいくようになったのもこの頃。せっかく海外に行くならば、現地の生活を深く知りたいと、出会った人には積極的に話しかけました。

私は幼いころからサッカーをやっていたのですが、公園で現地の人と一緒にプレーすると瞬く間に仲良くなれるんですよね。そして、相手が心を許してくれたら「今日泊めてくれないか?」と交渉をする。この方法で色んな人のところに泊めてもらいました(笑)


アメリカで出会った台湾人に影響を受け留学を決意

シアトルを訪れたとき、ある台湾人の若者と出会いました。彼らの自宅に泊めてもらっているとき、「なんで君たちはアメリカいるの?」と何気なく聞いてみたんです。

「英語ができるようになりたい」「学位がほしい」といった答えを想定していたのですが、なんと彼らは「香港には中国がいつ攻めてくるか分からないからね。アメリカで働いておいて、いざ戦争がおこったときに家族をアメリカに呼び寄せられるようにしておきたい」と真面目な顔で話すんです。

これにはびっくりしました。国際情勢について真剣に考えて、家族のために勉強している同世代がいるんだと頭をがつんと殴られた気分でしたね。


「彼らと一緒にいなければ」と強く思って、日本に帰ってすぐに「アメリカに留学したい」と親に伝えたんです。

突然のことに両親はびっくりしていましたが、私は「あいつらと一緒にいないといけないんだ」の一点張り(笑)そんなに言うなら、と留学にこぎつけることができました。

とはいえ、当時英語が苦手だった私は留学しても授業についていけないわけです。そこで、数学を使う学科ならば英語力がなくても少しはついていけるのではないかと、ビジネス学部の会計学を専攻しました。

そんな理由で選んだ専攻でしたが、同じ学部の仲間たちの話は非常に刺激的でした。当時、日本は就職氷河期。「就職できないから、もうどこの会社でもいい」と嘆いている同級生が多かった。

その一方で、アメリカの学生は起業して成功することを夢見て日夜熱く議論していました。自分の将来を考えるうえで、とても刺激になった時間でしたね。


「社会的投資」という言葉が起業のきっかけに

育て上げネット設立のきっかけになったのは、留学中に出会った友人の言葉です。突然「君は今すぐ日本に帰って若者の就労をサポートする会社をつくったほうがいい」とすすめられたのです。驚きつつも何故かと聞いてみると、彼はこう答えたんです。

「これから日本経済が縮小していけば、中高年層のリストラがはじまる。政府はその対策に乗り出すだろうが、中高年よりさらに若年層の就労のサポートは手薄になるはずだ。そのとき、若者の就業サポートが必要とされる。おまえの実家が若者支援をしているならばノウハウもあるし、絶対起業したほうがいい。ダメならまた戻ってくればいいじゃないか」

この言葉に興味が沸いた私は「それじゃあ世界の若者支援の様子を見て勉強してみよう」とイギリスやドイツのホームレス支援団体や職業紹介機関などを視察することにしました。


いろいろ回ったのですが、ある施設の所長の説明のなかでひときわ興味をひく言葉がありました。それは「私たちが取り組んでいるのは、社会的投資(ソーシャル・インベストメント)だ」という言葉です。

「投資」については学校で学んでいましたが「社会的投資」とは一体何だろう。そう思って聞いてみると、施設長はこう教えてくれました。

「お金を投資して、莫大なお金を回収することだけが投資ではないんだよ。自分のお金や時間を社会の課題に投資する。そしてリターンは社会がよくなること。これを僕たちは社会的投資と呼んでいるんだ


この考え方を聞いた私は衝撃を受けました。そして、今まで学んできた知識と、実家での経験を生かせば私にも「社会的投資」という社会にとって意義があることができるかもしれないと思うようになったのです。

大学を途中で切り上げて帰国した私は、若者支援を行うNPO法人育て上げネットを設立することを決意しました。


それぞれの強みや問題意識を生かす

以前は、福祉に関わる仕事は給与が低く、安定して続けることが難しいといわれていました。私自身も、実家で働いていたスタッフが、結婚や出産を機により安定した仕事を求めて転職していく様子を何回も見てきました。

「もっとここで働きたいのに…」と泣きながら転職していくスタッフの姿を見て、幼いながらも「なんでなんだろう」と感じたことを覚えています。


今も、福祉に関わる仕事に就く人が自分の人生を豊かに生きていくための最低限の給与や環境を用意したいという思いは変わっていません。そのための資金を集めるうえで、自分が大学で学んできたビジネスの知識や実家での経験がとても役にたっていると感じています。

福祉というと直接現場でサポートするイメージが強いかもしれませんが、福祉の現場を支えるためには資金調達や人事、経理など様々な役割があります。

私が自分の経験を生かして資金調達や組織運営を担っているように、対人支援の力を持つ人は現場でサポートを、数字に強ければ会計や経理を。また、在宅ワークや時短勤務が必要であればその環境を作っていく、というように育て上げネットではその人の強みや状況を生かして組織での役割を担っています。

これからも、その人自身が持っている強みや問題意識を生かす組織をつくり、支援の輪を広げていきたいと思います。


社会の変化に合わせて「福祉」を変える。それが面白い

育て上げネットで今後力を入れていきたいことがもうひとつあります。それは、今は当たり前だと考えられている「就職」という若者支援のゴールに、今とは違う形を生み出すことです。

近年の就労支援は、企業に就職して正社員で働くための機会提供が一般的になってきています。しかし、今はインターネットが社会に浸透し、SNSを通じて個人が簡単に仕事をできるようになりつつあります。

企業に就職する以外の「働く」選択肢は、これからさらに広がっていくでしょう。どのような働き方を選ぶかは個人の価値観ですが、そもそもの選択肢を豊かにできる機会を提供する必要性を感じています。


育て上げネットでは社会の変化に合わせて、今まで当たり前だと思われていた「働く」という形を少しずつ変えていきたいと思っています。

手先が器用で小物を作ることが好きな女性はネットショップでイヤリングを販売したり、写真を撮るのが得意な人は撮影した写真をウェブサービスで売ったり…その人が得意なことや好きなことから「仕事を生み出す」ことを視野に入れた支援を少しずつ始めています。

実は、私の父もその人が好きなことや得意なことを見つけて「仕事をつくる」ことを大切にしていました。話すのは苦手だけど、綺麗好きで細かい作業が得意な子のために実家でハウスクリーニング業を始めたこともありましたね。そんな父の姿勢が、今の私にも影響しているのかもしれません。


しかし、好きや得意を生かして仕事を生み出していくことは簡単なことではありません。支援者も社会の「働き方」の変化や、それを支えるテクノロジーについてしっかりと知っておく必要がでてくるからです。

ですから、福祉に関わる人は専門知識だけではなく、将来の「働く」について、社会の変化にぜひ関心をもってほしいと思います。また、その変化にキャッチアップするための余裕をスタッフにつくることも、私の役割だと思っています。

父親から起業するとき、経営者はつらいこともあるが、「つまらない」と思ったらその瞬間にやめたほうがいいぞと言われていました。幸い今まで「つらい」と思ったことはあっても「つまらない」と思ったことは一度もありません。

時代の流れにあわせて新しい支援の形を考えることは、大変であると同時に、クリエイティブな面白さがあると思っています。

「自己犠牲」「奉仕」というイメージも強い福祉の業界ですが、僕がこの仕事をずっと続けているのは、誰もやっていないことに挑戦することが「面白いから」。

その一言に尽きると思います。


工藤啓
認定NPO法人育て上げネット理事長。「働く」と「働き続ける」を実現できる社会をめざし、若者と社会をつなぐサポートを行う。成城大学中退。Bellevue Community College卒業。最新刊「無業社会」など複数著書。金沢工業大学客員教授,東洋大学非常勤講師。長男次男、双子の三男四男の四児の父。


撮影:中野 亜沙美
取材・文:岡本 実希
編集:三田村 さやか

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