「日本人が北海道の先住民」って言う人たちって、
・「日本」が成立したのは明治。つまりそれまで「日本人」はいなかった。
・アイヌは室町時代から今の本州側の和人と交易をしていた事実が残っていた。
つまり、明治まで「日本人」はいなかったのだから、室町時代には存在が確認されているアイヌが北海道に先住していた、という論理的な帰結となる。
また、
・室町時代以前そして以降も和人が北海道に住んでいたという事実はあっても、それは「民族」としてつまり「民族集団 ethnic group 」として住んでいたわけではなく、少人数の小さなグループの移住のようなものだったので、これをもって“先住”していた“民族”として“先住民としての日本人”というのには無理がある。
・そして当然ながら、その“日本人”“・和人”と同時に、“民族”としてのアイヌは北海道にいたわけなので、もし、「日本人こそが先住民」が言えるのであれば、同時に「アイヌも先住民」となるので、「日本人とアイヌの両方が先住民」という理屈になるはずなのだが、そういう意見にはならないのは、論理性に欠ける。もちろんこれは主張の論理性に関する話なので、歴史的に「日本人とアイヌ人両方が先住民だ」というようにはならない。
そして、「日本人がアイヌよりも先住していなかったという事実を出せ!」という声が出てきたとしても、それは“先住”や“先住民”という言葉の誤った使い方を前提にした回答を求めるものだからして、そうした「事実」は存在しえない。上に挙げたように、日本人(和人)も確かに北海道には住んでいたが、“民族”という単位でではないし、しかも日本人(和人)の移住が始まったころにはアイヌの存在が知られているわけだから、この点においても、アイヌが先に北海道に住んでいたということになる。
そしてこの議論において最も重要かつ「日本人は先住民」派の誤謬というのは、「先住」や「先住民」というのを、単に「先に住んでいた」という意味で捉えてることにある。このあたりは、「日本人は先住民」派が、わざとそういう誤謬を使って持論を展開してるのか、本当に意味や定義を理解してないのかわからないが、どちらであっても正確ではないのは明らかだし、誤用による論理展開は非論理的にしかならないのは当然のことである。
さて、「先住」とは実は“相対的”な言葉である。単に「先に住んでいた」ではない。誰に対しての「先住」なのか?という話になる。例えば「先住民族」といった言葉が用いられるときには、「先に住んでいたけれども、その後後から土地にやってきたものたちによって被支配的地位に貶められた少数民族」というのが、ほぼ国際的にも(ようやく)国内的にもまとまりつつあるその意味するところである。
つまり「日本人は先住民」である、といった主張は、単に「日本人は先に住んでいた!」ということを、歴史的な事実(主張されている日本人が住んでいたという時期にはアイヌも住んでいた)の扱いや、先住や先住民といった言葉の不適切な利用に基づいて、かつ非論理的的な話の展開を行うのだから、話が噛み合うはずもない。
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