第9999話 ウワバミたちの聖夜祭(限定公開)

 ちょっとした下町の、元は工場らしい建物の内部は倉庫件事務所に作り替えられていた。

 恐らくは、電話や商品の保管など諸々の用で使うのだろうとカルコーマは推測する。もちろん、諸々の中には今回の様な音と悲鳴が伴う説得や交渉も含まれてくるのだ。

 カルコーマが案内されたパイプ椅子に腰を下ろすと、ギシリと軋んだ。


「よお、せっかくのクリスマスだぜ。ケーキとターキーでも出せよ。あと、シャンメリーな」


 カルコーマの言葉に、今回の主犯が笑った。

 薄暗い室内にもかかわらず濃色のサングラスを着けた中年は、片手に拳銃を弄んでいる。

 ガルダが最近付き合い始めた、法が定めたラインを越える部分が多いタイプの実業家であった。


「剛毅だな。君の相棒はもうすぐ、ここに来て泣きを入れるんだよ」


 ガルダの率いる一党に配下となるよう強要し、ガルダが実業家をしっかりと利用しつつも断り続けた為、ついにしびれを切らせたらしい。

 カルコーマはジムでの練習終わりに迎えに来た実業家の部下から車に乗せられ、車ごとこの倉庫へやって来たのであった。

 もちろん、そんな車に乗る必要は無かったのだが、相手が話し合いをしたがっているのであれば、その時に話し合いをした方がいい。

 

「そういうのは泣きを入れさせてから言えよ。つうかアンタ、誘拐監禁に拳銃所持や凶器準備集合罪なんか乗ってくるけど大丈夫か。ここに警察が踏み込んできたら結構長く食うぞ」


 カルコーマも鼻で笑い、刺々しくも互いに笑い合う声が倉庫内に響く。

 カルコーマを囲む八人の男たちも追従して笑った。

 実業家が言うところによれば、暴力担当の部下たちらしく、おのおのスラッパーや警棒などを手にしている。

 と、実業家が笑みを消して立ち上がる。


「おい、何がおかしいんだ?」


 実業家は場に合わせて笑っていた自らの部下に声を掛けた。

 部下の青年は躊躇いがちに謝ったが、その顔面に飛んだのは拳だった。

 その行動の意味をカルコーマは正確にくみ取った。

 自らの部下に暴力を振るい、相手の意気を挫くと同時に自らの危険性を知らしめる。実にありふれた表現方法である。

 だが、そんな初歩の手法でどうにかなるのなら、カルコーマもここへ来ていないのだ。

 カルコーマは立ち上がると、暴行を振るう実業家を押しのけて倒れた男の顔面に蹴りを入れた。実業家が振るうような、派手さを重視した攻撃ではない。速く、重い一撃に上顎が砕け、折れた前歯が飛び散った。

 次いで、手首を掴み上げ、肘を蹴り折る。軽い音がして腕があらぬ方へ向いた。

 一息の内に肋骨と胸骨を踏み砕くと男は白目を剥き、口から血の混ざった泡を吹いて気絶していた。


「なにやってんだ、この野郎!」


 実業家が拳銃を向けて怒鳴る。

 まさか人質が暴行に加わるとは思いもしなかったのだろう。一瞬のことに、他の男たちも呆気にとられていた。


「なにって、コイツは俺の事を笑ったんだろ。だったらナメてるってことだ。ナメられたなら許してはおけねえ。アンタらの流儀だろ」


 カルコーマは向けられた拳銃を意に介する風も無く答えた。


「コイツらが暴力の担当だか知らねえが、俺は暴力の専門家だからな。ささやかに振るっても最低ロットはこんなもんだ」


 実業家の視線はカルコーマの目と倒れた部下を行き来し、冷や汗を浮かべながらカルコーマから距離を取った。

 

「先に言っておいてやるが、急いで病院に担ぎ込まなきゃコイツは死ぬぜ」


 笑いながらカルコーマは意識のない男の顔面を蹴り飛ばした。

 口から流れる血が床に飛び散る。


「おい、元通りに座れ!」


 一方的に脅すはずだった獲物が、想定以上に恐ろしい猛獣だと今更気づいたのだろう。実業家は苛立って怒鳴る。

 こんなしょうもない案件で死人を出すワケにもいかない。部下二人に命じて、怪我人を病院へ連れて行くために運び出した。


「おい、帰りにケーキとターキーを買ってこいよ」


 その背に向かってカルコーマが怒鳴るが、返事をする者はいなかった。

 倉庫の扉が閉じられ、室内に静寂が満ちる。

 実業家が缶コーヒーを飲み干し、空の缶を床に投げ捨てた。

 その表情はすっかり落ち着いており、怒りのみが浮かんでいた。

 

「余計な手間だ。この分は後で支払って貰うぞ」


 少年院や刑務所への行き来を繰り返すような人種だ。無計画なリンチ殺人くらいには何度か遭遇しているのだろう。

 そうして、その都度に服役期間か、事件そのものを無かったことにするための処理費用として金銭を支払ってきた筈だ。


「だから、そういうのはガルダの旦那と話せって。さっきも言ったが俺は暴力専門。政治や商売は知ったこっちゃねえんだよ」


 言いながら、カルコーマは舌打ちをしていた。

 周囲を囲む男たちの内、もっとも危険なのは拳銃だが殺人に直結する武器には高い確率でためらいが発生する。これくらいの場面で、殺人は割に合わないからだが、カルコーマはそのわずかな時間で拳銃を無力化する自信があった。

 その為、他の連中も刃物を持っておらず、鈍器を手にしているのであるが、一人だけテーザー銃を手にしていた。

 カルコーマにとって鈍器はものの数ではないが、テーザー銃は当たるとマズい。

 試した事があるが、当てられるとまったく動けなくなる上に、引き金が軽い。

 怪我人の搬出でそれを持ったチンピラが消えないか窺ってみたのだが、未だに残っていた。

 

「ふん、もうすぐ血塗れのガルダがやってくる。そちらと話させて貰おう」


「まあ、そっちがいいんじゃない。あっちは対話と利害調整の専門家だ。俺に専門性を発揮させて交渉するよりは医療資源を圧迫しないで済む」


 カルコーマが交渉するとき、結果の如何に関わらず、怪我人か死人は必ず発生する。そういう交渉しかしないからだ。


「オマエなんかより強いヤツなんていくらでもいるんだぞ」


 負け惜しみにも似た実業家の言葉にカルコーマは苦笑した。


「だから、そういうヤツを探して戦っているんだろうが。アテがあるなら連れてこいよ。それなら礼の一つも言ってやる」


 カルコーマの言葉に舌打ちし、実業家は押し黙った。

 

 ※


 それから三十分程して、暇を埋める為に筋トレをするカルコーマのシャツが汗でびしょびしょになった頃、倉庫の扉がガラガラと開けられた。


「こんっちゃーす」


 戯けながら顔を覗かせたのは真っ黒いパーカーを着たガルダだった。

 

「お、遅かったな。血塗れの旦那よ」


 ガルダは軽口を叩くカルコーマを見て顔を顰める。

 カルコーマは汗で濡れたシャツを脱いで、上半身を惜しげ無く晒していた。


「ダメじゃないですか。プロモーター抜きで選手と直接交渉するのは御法度ですよ」


 軽い口調で実業家に苦言を呈しながら、倉庫に立ち入ったガルダのズボンにはまだら模様に赤黒い汚れが付着していた。


「それから、アンタの部下。行儀が悪かったから躾けて来ました。ちょっと血を流してますけど、その辺は治療費と俺の服のクリーニング代と相殺でチャラってことで」


 いつもへらへらと笑う小男の凶暴性を、多くの者が見誤る。

 カルコーマは予想通りの結果を鼻で笑った。

 ガルダは暗器用の特性ボールペンを常に二本、身に帯びている。そうして、急所以外なら死に結び着かないこの凶器で躊躇いなく敵を攻撃するのだ。

 ガルダと揉めて刺された者は大抵、太股がめった刺しにされている。

 今回刺された者も、気絶出来ない苦痛を抱え、呻いている事だろう。

 拳銃を持った実業家はようやく、自分が軽く呑み込もうとしてた獲物の大きさに気づいたらしい。


「文句があるなら俺は全然、暴れてもいいぞ。暴力の最低ロットはさっき見せた通りだが、こっちは専門家だ。大量注文にも対応可能だし支払いなら気にしなくていい。今夜はクリスマスだから俺からのクリスマスプレゼントって事で」


 カルコーマはそう呟いて汗に塗れたシャツを片手に提げた。

 実業家の返答次第ではこれを一振りしてテーザー銃を持ったチンピラの首を捻り折ってやろうと思っていたが、自らの不利を悟ったらしい実業家はあっさりと愛想笑いを浮かべてへりくだった。


「オッケ、オッケ。全然大丈夫よ、ガルダちゃん。むしろありがとうね!」


 こういう切り替えの早さは不安定さが付きまとう暴力的な組織の長として必要なのかも知れない。

 即座に拳銃をしまい、サングラスを外して襟に差すと、ニッコリ笑ってガルダと肩を組んだ。


「ほら、カルコーマ君も顔が恐いよ。ケーキとチキンだっけ。おっきいヤツを買ってこさせるからちょっと待っててね」


 実業家は先ほど病院に向かった部下に電話を掛けると、買い物をして戻るように厳命をした。


「あと、シャンメリーな。年に一回くらい飲むと美味いんだよ」


 電話を切った後の追加注文にも実業家は嫌な顔一つせずに電話をかけ直していた。

 そうして、切るなり自らの部下に怒鳴り散らした。


「なにをボサッと見てんだよ。机を動かして、さっさとパーティの準備をしねえか!」


 どうやら、若者を二名呼び出して返り討ちに遭ったよりは、サプライズのクリスマスパーティに招待した事にしたいらしい。

 その方が、互いに幸福だ。


「ええ、ちょっと先に言ってくださいよ。俺、血がべったりで申し訳ないな」


 ガルダも困ったように笑うが、実業家はすぐに部下へ電話して替えの衣服を買ってこいと怒鳴る。


 そうして始まったクリスマスパーティで実業家は、気前よく空手形を切り、ガルダとカルコーマを強烈に推していくこと宣言したのだった。

 そのにこやかな横顔を眺めながら、胡散臭いサンタクロースもいたものだとカルコーマはほくそ笑む。

 もちろん、約束された支払いを取り立てるのにガルダもカルコーマも躊躇うつもりは欠片もなかった。

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迷宮クソたわけ イワトオ @doboku

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