番外編 来なかった夜6《限定公開》
ワデットの提案をゼタは首を振って否定した。
「ダメ。やらない」
しかし、私はいいと思ったので肯定する。
「ええ、いいじゃん。ちょっと豪華なお菓子と酒を持ち寄って騒ぐんでしょう?」
「ドロイちゃん、騒ぐんじゃなくてお祈りをするんだよ。あと酒が要るとは言ってないよ」
ワデットが眉を顰めて私の方を見てきた。
場所は裏通りの木箱の上である。
本来であれば公園や広場で話せばいいのであるが、ゼタが厄介な筋者に付け狙われている関係で、人目に付きづらい場所が三人の定番であった。
なにより、裏路地の突き当たりはそれほど冬風が吹き込まなくて、比較的温かい。
当然、そこは誰かの勝手口に繋がる細道であり、いい顔をされるワケはないが麗らかな女の子が三人ということで、多少は見逃してくれるものだ。
そうして、置いてある木箱を椅子代わりに私たち三人は暇つぶしの雑談に耽っていた。
「だって今日は聖夜だよ?」
ワデットはそれが当然であるかのように主張する。
彼女の生まれ育った家では年末のこの日、神に祈りを捧げ、御馳走を並べて祝うのだという。
もちろん、なぜそんなことをするのか、物事の起源などはワデットも知らない。所詮は貧農の娘だ。
しかし、幼い頃に耐えられず家を飛び出した私や、父親から娼館に売られたゼタと違い、彼女は家族を愛していた。
だから、故郷の家族を思い出す様なイベントを殊更大事にするのだ。
そうして、私とゼタのように家族を嫌悪する人間にも二種類いる。
ゼタはそのようなワデットの甘い思考に冷や水を浴びせるが、私は極力付き合う様にしていた。
だって、私たちには未来がある。
大金を掴んで輝かしく成功し、温かい家庭を築いたとき参考にすべきはゼタではなくワデットなのだ。
「だって、アンタ。お菓子ったってそこらで売ってる駄菓子じゃないんでしょ。お金が無いじゃない」
ゼタが言うことももっともで、私たちは三人とも万年金欠だった。
ゼタは借金の返済で、ワデットは実家への送金で、私は賭場の散財で。
各々がどうしようもない支出に圧迫され、人並みに稼げる程度は冒険者としても成長した筈なのに日々が苦しい。
でも、だからこそ。
「いいって、いいって。あーしが適当に都合つけるからさ。とにかくやろうよ。じゃあ、今夜集合ね」
私は二人に大見得を切り、集合場所と細かい時間を告げた。
「それって……」
ゼタが細い目を更に細める。
ワデットも不審な目つきでこちらを見てくるが、私は二人を残して路地を飛び出したのだった。
※
「いやあ、星が綺麗だね」
私は真っ白い息を吐きながら二人に話しかける。
場所は都市の外縁にある墓地内の広場である。
「そりゃ、ここなら確かに連中も来ないと思うけどさ」
ゼタが周囲を見回しながらぼやく。
広場には墓参りの客に向けた石造りの椅子とテーブルが据わっていた。
もとより迷宮冒険者である私たちには暗闇など関係ない。
私は風呂敷をテーブルに置くと、中身を取り出す。
少しだけ高価な菓子がほんの少し。後は駄菓子と惣菜が入っていた。
そうして火酒の小樽が一つ。
「ド……ドロイちゃん、めっっっっちゃ寒い。お酒ちょうだい」
鼻水を垂らしながらガタガタ震えるワデットに、私は器を渡して酒を注ぐ。
注ぎ終わるが早いか、ワデットは器を取って飲み干した。
ゼタも、私も火酒を少しずつ啜る。
喉の奥がカッとして燃え、ほんの少し寒さが和らいだ。
「この食べ物とかお酒、どうしたの?」
ゼタが串焼きの惣菜を手に取って尋ねた。
「いろんな人に小銭をせびったの。案外、どうにかなるもんよ」
私は金の出所を答える。
二人と別れた後、私は知り合いを巡って、今晩お祝いがある事を呟きながら目の前をウロウロしてみたのだ。
コツは金を払うまで付きまとう事である。
パーティのリーダー。魔法使いの少年。僧侶の少女……は金を持たないので舎監のおばあさんの前でしつこく粘ると、小銭と供え物の菓子もくれた。目つきは厄介者を見る目だったけど。
賭場で知り合った商店主などもいくらかずつ祝儀をくれたが、一番は教授騎士ブラントだった。
賭場で知り合った髭の男は、墓地の広場を使っていいかと訪ねると快諾してくれた上に、微笑みながら教え子から送られたという酒樽もくれた。
「ブラントって胡散臭そうなオジサンでしょう。そんなん、アンタ。恩を着せといて後でなんかやらされるんじゃないの?」
世界の疑心暗鬼を煮詰めた様なゼタが言うが、私は人の善意を素直に受け取るので気にしない。
「バッカだな、ゼタさん。あーしはくれたものをただ、受け取ったんだよ。いわばご厚意。あるいはあーしのしなやかな魅力に対する人々のお布施。なんもやましい事は無いし、それに対してあーしがお礼の言葉以上を返す必要は無いね」
「さすが厚顔無恥のドロイちゃん、私にはマネできないね!」
褒めより貶しが多く含まれた言葉を吐きながら、ワデットは火酒をグビグビと飲み下している。
「ちょ、ワデット。そんなこと言うなら飲まないでよ!」
私が小樽を取り上げると、ワデットは紅く火照った頬を膨らませてブウブウと文句を垂れる。
その様を見つめるゼタも常に無く笑顔だった。
「墓場で酒盛り、か。社会の隅っこにいる私たちにはお似合いかもね」
「来年もこうやって三人でお祝いをしようよ!」
ワデットも上機嫌で奪い返した酒を自らの器に注ぐ。
「来年は、もうちょっとマシな場所でね。温かいところでやろうよ」
私の提案に、ゼタは首を振る。
「アンタはもう少し真面目に金を貯めなさいよ。入った分だけ賭場で吐き出してたらいつまで経ってもその日暮らしでしょうが!」
ああ、やばい。ゼタも酔い始めてる。
私はよくない予感に駆られていた。
これはダメだ。せっかく私が用意した酒なのに酔い遅れると損だ。
私も酒を口に入れて強引に胃へと落とし込んだ。
燃料が燃え上がり、思考が一段と鈍る。
「わっはっはっはっは」
なにが楽しいのか解らないけど可笑しくて笑みがこぼれる。
こうして、なにが聖なのか解らない墓場の夜は更けていくのだった。
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