第4話 秋の終わりの忙しい時期

 LDKのリビングの方で、朔奈は莉子に質問攻めにあっていた。

 彼女は高校でも情報通で知られ、学年で一人はいるやたら最先端のネタをすぐ仕入れるキャラなのだという。姉の涼子が『雲崎雷電』という名義で動画投稿をしていることを、朔奈にしれっとバラしたが、学校では誰にも言っていないらしい。

 隣で聞いていた涼子は「お主の口はティッシュよりも軽いな」と辛辣に評していたが。

 さても、すでにメールで四季島婦人から朔奈が作家であることを聞いていた莉子はそれについて聞いてきた。朔奈は「あんまり言いふらさないでね」と釘を刺した上で、作家生活のルーティーンなどを教えた。


「へー、昼夜逆転とかしてないんすね。てっきり作家ってみーんな朝に寝て、夜起きると思ってましたよ」

「いや、今時の作家は割としっかり昼夜正しく生活してるよ。僕の編集部に出入りしてる作家もそうだし」

「元々は愛知にいたんすよね? 裡辺来て、大丈夫です? こう、原稿のやり取りとか困りません?」

「今は全部オンラインでできるからね。ここはインフラもしっかりしてるし、編集部に顔出すなんてそんなに多くないよ。あと、愛知にいたのは最初のうち。そのあと東京にしばらく移ってた」

「いいなー東京! 私あれ、渋谷のカゲリエいってみたいんすよ!」


 元気な子だなあと思いながら、朔奈は会話に付き合う。

 本州にいた頃の薄暗い自分を忘れたくて、会話には前のめりなくらい積極的に参加した。

 莉子は魅雲高校二年で、部活動は女子バスケ部。涼子と違ってスラリと背が高い彼女は、チームのエースらしい。妖怪と人間混成のチームなので、運動能力は人間のそれに制限した上で競技に臨むが、それでも人間に変化した際の体格は『元々の肉体に刻まれた情報』が決定するので、それは妖怪の力でどうにかできるものではない。

 人間に変化し、その上で妖術としての変化術を行使すれば外見をいじれるが——それでも、下手な変化は簡単に見抜かれるらしい。


「えー、ねーちゃんが宮本さん狙ってないなら私とっちゃおっかなー」

「戯けたことを抜かしておるなお主は。宮本氏も子供に興味なんぞないでござろうよ」

「そりゃまあ犯罪だもんね。でもさ、学校の男子ってみーんな子供っぽいんだよ? 呆れるでしょ、やれあいつの胸が大きいだの揺れただのではしゃぐとか。童貞かよ」


 辛辣だ。まあ、確かにじろじろ胸を勝手にみられた挙句好き勝手言われれば腹も立つだろう。

 同時に、高校生女子のリアルな意見を知ることができたと朔奈は思った。これは今後の執筆に活かそうと誓う。

 莉子は高校生だから、少し年上で落ち着いた雰囲気の朔奈に憧れに近い感覚を抱くのだろう。朔奈と同世代の女性からしてみれば、自分はうじうじしていて積極性に乏しい陰キャというレッテルを貼られるだけだ。


 ちなみに涼子は母親とキッチンに立っていた。おでんの下拵えと、山菜たっぷりの炊き込みご飯の用意をしているらしい。

 どうもお父さんはハクビシン雷獣にしては大柄らしく、体重は五〇キロに達するらしい。尻尾は六本というもので、三尾の奥方の倍だ。単純に考えて、妖力も奥方の倍である。

 退魔局で事務局員をしているらしいが、退魔師資格も持っているという。その等級は一等級。大抵ここで頭打ちを迎える術師が多いだけで、普通は二等級でも出世した方と言われるのだ。一等級退魔師資格は、それだけで老後も食っていける資格なのだ。


「莉子、宮本さん疲れちゃうからその辺にしときなさいよ」

「わかってるよぉ。宮本さん、ごめんね、色々聞いちゃって」

「はは、役に立てたならいいんだけどね」


 ふと気づくと、外は暗くなっていた。時計は五時半。十月といえどすでにその末だ。日が暮れるのも早い。


「莉子、そろそろお父さん帰ってくるかも。お風呂沸かしといてくれる? ついでに着替え用意してあげて」

「えぇ……父さんのパンツ触りたくないんだけど」

「いいから。洗濯してんだから汚くないでしょうが」


 莉子は肩を落としながらリビングを出ていった。軽やかに階段を上がる音。年頃の少女らしい反応に、婦人も肩をすくめていた。涼子は自分にも覚えがあるのか強く何か言うことはなかった。

 少しして戻ってきた莉子は、リビングのパネルから風呂場の給湯を操作していた。ついでに、キッチンの方にある洗面所への入り口に入り、着替えを置いてくる。


 これが家庭なんだなと朔奈は思った。

 中学時代に事故で永遠に失われた両親との生活は、もしかしたらこういう風に送るものだったのかもしれないと——そこまで考え、鼻から息を吐いた。

 まるで他人の幸せに嫉妬している嫌な奴みたいだ。

 いや、確かに嫉妬はしている。けれど、それを意地汚く憎むことはなかったし、したくなかった。

 素直に輝かしいものとして受け止め、祝福すべきだ。大人になった自分ができるのはそれだけなのだから。

 朔奈は手伝えることはないだろうかとソファを立った。


「どうかしたでござるか?」

「いや、手伝えることがないかなと思って。座りっぱなしなのも悪いし」

「そうでござるなあ……強いていえば父上の晩酌に付き合ってやってほしいでござる。拙者はチューハイ一缶でほろ酔いって感じでござるから、なかなか付き合えんでござるし」

「それくらいならお安い御用だよ。ていうか、手伝いになる、それ?」

「充分でござるよ」


 朔奈は少し、「彼女を僕にください」の空気になりそうじゃないかと思った。

 出会って即日そんな関係になるなどドラマの中だけだろうが、現実にもそういうレアケースは存在するという。無論恋に奥手な朔奈にはそんな胆力などないが、確かに涼子の明るくて、見るからにハクビシンという感じの可愛らしい様子は、女性としてものすごく魅力的に思える。


「どうかしたでござるか」

「なんでもない。美味しそうな匂いがするからさ」

「ふっふっふ、これでも動画の企画で料理動画をするでござるからな。まあ、ちょっとは慣れたものでござるよ」


 朔奈も雲崎雷電というアカウントの動画は見ていた。声が似ているなあくらいには思っていたが、まさか涼子がその動画の本人だとは思わなかったのだ。実写チャンネルは運営していないみたいだし、元々はゆっくり実況がメインだった。生声実況はここ一年で配信や料理動画を行うようになって聞けるようになったくらいである。

 端的に朔奈は彼女のファンだし、涼子も朔奈の作品を知っているようだった。莉子曰く、闇空の朧月——朔奈の代表作、その初版本を涼子は大切にしているらしい。


 と、庭先からタイヤがジャリジャリと砂を噛む音が聞こえてきた。静かな走行音は、電気自動車故のそれか。テールランプの赤い光が一瞬、リビングを掠める。

 どうやら涼子の父が帰ってきたらしい。

 婦人は「涼子、火を見てて」と言って玄関に向かう。結婚して何年かは知らないが、涼子の上に兄が二人いて、しかも妖怪であることを考えればすでに百年以上は連れ添っているに違いないが、夫婦仲は熱々らしい。


 玄関にパタパタ走って行った婦人を、麦茶片手に莉子が「娘のこっちが恥ずかしい」と言いながらダイニングテーブルの椅子に座る。

 ドアが開く音がして、何事か喋っているようだったが朔奈は聞き耳を立てるような野暮な真似はしなかった。

 やがて、スーツ姿に六尾の、背の高い男性雷獣がリビングに入ってきた。

 金色の髪の毛のサイドとうなじを短く刈り込み、ツーブロックにしている。男の朔奈から見ても美形でダンディなおじさんだった。


 銀色の目がキッチンを、それからすっくと立って一礼する朔奈を見る。


「君は? ああ、わかったぞ。涼子の彼氏だな?」

「違うでござる。今日引っ越してきたお隣さんでござるよ」

「宮本朔奈です。娘さんとは友人のようなものです」


 下手なことを言って不機嫌にさせたくない。目上の妖怪に対してそれは失礼だし、たとえ妖怪が招かれた客に対し非常に温厚な側面を持つとしても、怒る時は怒る。六尾ほどの雷獣ともなれば、文字通り天から落雷を招き落とすことくらいできるだろう。

 過度に恐れているわけではないが、誰だって好き好んで年上の逆鱗に触れようとは思わないだろう。恐れ知らずの思春期でもない限り。


「ああ、そっか。そういえばトラックとか出入りしてたっけな。よろしく宮本君。私は四季島良三しきしまりょうぞうだ」


 大きな右手を差し出してきて、朔奈もそれに応じて握手した。力強く、それでいて優しく握り込み二、三回上下する。


「あっ、私名乗ってなかったわ。妻の宮子みやこです」

「どうも、改めて今日はありがとうございます」

「? 歓迎会か? なら居酒屋にでも……」

「父上、おでんをごちそうするんでござる。歓迎会は、ついでですな」


 良三は「そうか。……風呂入ってくる」と洗面所の方へ歩いていった。宮子は彼が持っていたカバンとスーツのジャケットを預かり、おそらくは寝室がある二階へ登っていく。


「お父さん、最近また忙しそうだなあ」


 莉子がそう言った。気になったので朔奈は問う。


「良三さんってサラリーマン?」

「うん。サラリーマン……ってか、退魔局の事務員だよ」


 退魔局——それは危険な怨霊の受肉体である魍魎もうりょうや、妖術を悪用する違法術師である呪術師を狩る組織であった。

 その退魔局が忙しいとは——何か、あったのだろうか。

 朔奈は一人の人間としても、作家としても気になっていた。

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