第2話 四季島涼子との出会い

 挨拶を済ませた朔奈は財布と携帯、エコバッグを持った。ウエストポーチを腰に巻いて細々とした雑多なものを持ち、家を出ようとした。

 今にも雪が降り出しそうな空を見上げ、傘はいるだろうかと思いつつ玄関口に置いてあった折り畳み傘を掴んでポーチに突っ込み、鍵を閉めた。

 前庭を歩いて柵を開け、そこの鍵も閉める。都会の方では考えられないくらいに贅沢な土地の使い方だと思った。

 挨拶からすぐ——というわけではない。あのあと家でゆっくりシャワーを浴びていたし、なんならインスタントの袋麺を作って食べていた。時刻は昼過ぎ。朔奈も大概のんびりしているが、今は予定が詰まっているわけでもないので構わなかった。


「母上、なぜ拙者が……」

「暇なのあんたしかいないからでしょう。いいから、お願い。ね」

「むぅ」


 隣でそんなやりとりが聞こえていた。

 四季島家から出てきたのは二十歳そこそこの女性。金色のボブカットをした、まだ少女らしいあどけなさを残す可愛らしい女の子で、二本のハクビシンの尻尾と耳を生やしている。

 くたびれたカーディガンとエコファーがあしらわれた暖かそうなデニム生地のズボン。首周りには、やはりエコファーのマフラー。寒がりなのだろうか。


 お使いにでも頼まれたに違いない。じっと見ていたら視線に気づいた四季島のお嬢さんがこちらを見て、にへっと笑って会釈した。


「どうもー」


 まるで親戚にお年玉をねだる子供のような態度に、朔奈はすっかり毒気を抜かれて笑いかける。


「どうも。裡辺は聞いていた以上に寒いですね」

「む……ひょっとして越してこられたという宮本氏ですかな?」

「はい。宮本朔奈です」


 四季島のお嬢さんは居住まいを正し、一礼。それから、


「拙者、好きを極めし修羅のオタク・コンテンツ道の住民、四季島涼子しきしまりょうこというでござる。以後お見知り置きを」

「はあ……どうも」


 握手をする。相手はわざわざ毛糸の手袋を脱いでまで手を差し出したのだ。女性は冷え性が多いというが、涼子はハクビシンの雷獣とあって温かい——そして意外にも力強い手をしていた。

 ハクビシンの体温は三十八・五度とも言われ、人間よりずっと高い。雷獣はどういった系統かにもよるが、高い体温で発電性の妖力を活性化させて電撃を生むとされる。どうやら妖力に電気的な性質を与える特殊な菌と共生しているようで、その菌が体温によって活動能力を変えるのだそうだ。

 朔奈は作家の端くれとして、取材と言っては妖怪生物学、妖術学の先生方と話したりしているので知識があった。


「拙者、握り方がキモいと言われるでありますが……宮本氏は嫌な顔をせんでござるな」

「別に変には感じなかったですから。俺——すみません。僕も周りとずれてますし。ところでどこかに行く予定で?」

「ああ、そうであった。拙者は今晩おでんの材料を買ってこいと……」

「そうだったんですね。僕も晩飯を買うためにスーパーに行く予定だったんです」


 すると涼子は行幸ですな、と微笑んだ。柔らかい、けれどちょっと笑いなれていない不恰好な笑みだが。


「よろしければ一緒にいきませぬか。何、村に来て初日では勝手がわからんでござろう」

「そうですね。ご一緒いただけると嬉しいです」


 本音を言えば一人で行きたかったが、他人の好意を無碍にするのは嫌だった。

 過去、そうやって自分一人で生き抜こうと脇目も降らなかった結果が、凄まじい焦燥感に駆られていつまでも満たされた気になれない、心に空洞ができているかのような人生だったのだ。


 自覚があるなら治さねば——そう思った。

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