裡辺あやかし紀行伝

夢咲蕾花

鬼退治伝説:羅刹童子

 その昔、羅刹童子らせつどうじという恐ろしい鬼がいた。

 人を攫い、弓で人間を的に射的をして、首を刎ねて脳みそを啜っていたと言われる鬼だ。


 当時その地を収めていた豪族の神代氏かじろうじは血気にはやる長男に羅刹童子討伐を任せ、長男の神代真桑まくわは供を四人連れ、鬼退治へ向かった。

 羅刹岳と呼ばれ、今もなおその名で知られる山に入った真桑は、神主からもらった形代が黒く変色していることに気づいた。同時に供が一人、体調不良を訴えた。


 真桑は引くわけにはいかぬと、体調を崩した青年を励ました。そこに、旅のかれが現れた。彼女は何かを知るように丸薬を一粒と、それから瓢箪に入った酒を握らせた。鬼を眠らす毒酒だと言って。

 丸薬を青年に飲ませ、なんとか持ち直した一行は山を登り、鬼の居城である厳しい砦に入っていった。荷車に乗せた牛は、鬼の献上物として充分だったらしい。


 招かれた形で、真桑たちは鬼と酒の席を共にした。肝心の羅刹同時は上座で寝転び、若い女の鬼に酌をさせていた。しかし真桑は、話に聞くほど残酷な鬼には思えなかった。

 振舞われた食事も鹿刺しと焼き魚に、山菜の炒め物である。酒とて、おかしなものではない。


 ここまでもてなされて、毒など飲ませていいものかと迷った。

 しかし、好事魔多し。酔ったはずみで、山中体調を崩していた青年が「残酷な鬼の首を刎ねるためここへ来た」と言ってしまったのである。

 真桑は顔色を変えず、あえて素知らぬふりをした。


 それを聞いた羅刹童子は、ひっくり返った蛙のように腹を見せ大笑した。莫迦ばか言え、俺の城に囚われたことにも気づかんのか、人間ども。

 直後周りで朗らかに笑っていた鬼が、己の後ろに置いていた刀を素早く掴んで、その刃を真桑たちに擬した。


 しまった、と真桑は思った。初めから、そのつもりだったのだ。

 羅刹童子は男の肉なんぞ大してうまくはないが、捉えた女どもとまぐわらせて子を作らせるには役立つ、と悍ましいことを言ってのけた。やつは人間を、牛や鶏のように扱っているのだ。


 供の一人が、この鬼畜外道の下郎めが! と口汚く罵った。

 羅刹童子は平然と受け止め、ああ、俺は鬼だからな。悪く思うな。そう言って、鼻をほじって酒をあおった。

 はたと、真桑は献上した酒の中に毒酒が混じっていることに気づいた。今まさに羅刹童子が口にしたのは、その毒酒なのだった。


 直後、羅刹童子はもがきだした。鬼をも眠らせる酒——しかし、眠るどころではない。明らかに、死にかけているではないか。


 貴様ら、何を持ってきた! 羅刹童子が血を吐きながらうめいた。周りの鬼もたじろぎ、狼狽えていた。真桑は今だ、討ち取れ! と一喝した。

 雷号の如き勢いで一転攻勢に打って出た真桑たち五人は、鬼と激闘を繰り広げた。


 血煙乱舞する剣戟の末、傷だらけの真桑は羅刹同時に刀を向けた。


 このような非道な騙し討ち、我ら鬼とてせぬぞ! 羅刹童子は真桑にそう言った。

 真桑は、我ら人間は、貴様らほど残酷ではない。許容を超えるのだ、貴様の悪事は! と吐き捨て刀を振るった。


 しかし、鬼は首をもがれても泣かぬ。落とされた首は怪火を断面から放って宙を舞い、苦悶と怒りをない混ぜにした表情で真桑に食らいつかんとした。

 供の一人が真桑を庇い、その腕を食いちぎられた。その青年は、体調を崩してしまった者だった。申し訳ございません、俺は少しは役に立ちましたか。腕を押さえ、青年はそう言った。

 真桑は裂帛の気合いと共に羅刹童子の首を真っ二つに叩き切り、見事それを退治した。


 羅刹童子を退治した真桑はその働きを朝廷に認められ、新たな土地を授けられた。供たちも、抱えきれぬほどの褒美をもらって、生涯幸せに暮らしたと言われている。



 ——これが平安時代の裡辺地方りへんちほうであったとされる、鬼退治の伝説である。

 わかりやすい勧善懲悪である。、現代では疑問をぶつけられていた。

 、妖怪がこうも単純な悪事を働くことがないことなど自明だからだ。正確には人間と同じ——悪事を働く者もいれば、真面目に世のため人のため働く者もいる。それだけだ。

 だから——羅刹童子の存在は、摩訶不思議な扱いとなっていた。たまたま非道すぎるほどの悪者だったのではないか。あるいは、なにか隠された事実があるのではないか。


 当時を知る生き字引とて、まさか世に起こる全てを把握しているはずもない。

 結局、その真相は真桑と四人の供、そして鬼たちのみが真相を知るのみであった。

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