【阿波しらさぎ文学賞について】
徳島新聞社から発表がありましたとおり、阿波しらさぎ文学賞は第6回をもって終了することが決定したそうです。
この決定は、私から望んだり要求したものではありません。とても悲しく思っております。
このような事態になってしまった経緯は本来主催者(徳島新聞社・徳島文学協会)が説明するべきだと思いますが、その予定はないと聞いておりますので、私が説明いたします(主催者には了承を得ております)。
長くなりますがお読みいただけますと幸いです。
12月頭に吉村萬壱さんより、徳島新聞社が私に経緯を説明したいと言っている、と連絡がありました。これを受け、12月13日、広島にて徳島新聞社の方と吉村萬壱さん、私と夫で会話の場を設けました。
そこで聞いた内容を踏まえたこれまでの経緯は以下のようになります。
①主催者(徳島新聞社・徳島文学協会)が「小山田浩子が選考委員ではこれ以上の応募者増加や反響は得られない」と判断し選考委員の交代を決定。
②主催者(徳島文学協会担当者)が小山田に①の理由を伝えないまま選考委員解任のみを通達。これを受け、10月13日小山田は選考委員降板をSNSで発信。
③(SNSの反響を受けて)徳島文学協会担当者が「解任について小山田は理解・承諾済みである」というコメントを出したいので許可してほしいと小山田に依頼する。
④小山田が「理解・承諾を求めるなら(自分にとってネガティブな理由でもいいので)説明してほしい」と要求するも、担当者は謝罪するのみで要求を無視。
⑤主催者に対する不信感から、10月23日小山田が主催者側との対話を終了する旨SNS発信。
⑥主催者が新選考委員を決定できず、賞の中止を決定。
①で示されたような理由を作家本人に伝えるのが礼儀上難しいというのは私ももちろん理解できます。実際私は、理由がはっきりしなかったとはいえ、降板自体は即、受け入れて告知しています。
問題を大きくしたのは③④で、SNSの反響を沈静化させたい担当者が、私の心情を考慮しない行動を取ったと言えると思います。無視ではない対応を取ってくれていれば、コメントを出すことに同意できたと思います。
結果⑤に至りました。その後約2ヶ月間動きがありませんでしたが、徳島新聞社は、この件を文学協会担当者に一任しており、また「新しい選考委員(小山田よりも世間的に人気のある人物を予定していたそうです)の就任が発表されれば、小山田も察するところがあるだろう」と考え、静観していたそうです。
ですが、SNSの反響も影響したのかは分かりませんが、新選考委員は決まらず、賞の中止が決定したということでした。
なお、文学協会担当者からは現在に至るまで私への連絡はありません。
以上の経緯については、吉村萬壱さんと徳島新聞社とは広島において対面で、また徳島文学協会担当者とは吉村さんを通じて電話で、互いに間違いないことを確認しております。
阿波しらさぎ文学賞の選考に、私は2020年の第3回から計4回参加しました。各回20作前後の最終候補作を読み、吉村萬壱さん、主催者(徳島新聞・徳島文学協会)と協議し受賞作を決めてきました。
毎回真剣に、かつ楽しんで候補作を読み話し合いを行ってきたつもりです。
この経験自体は私にとってきわめて大切なもので、忘れがたい候補作がたくさんありました。このような場を与えてくださったことについては、主催者に感謝しております。今年は初めてオンラインではなくリアルでの授賞式に参加することができ、今回のみならず過去の受賞者の方にも何人もお会いでき、お話しできて望外の喜びでした。
私は賞がなくなることは全く望んでおりませんでしたし、選考委員の解任にも異存はありませんでした。もっと人気がある人にという交代理由も、主催者の判断としてこちらが反対する筋合いのものでもありません。
ただ、そういった理由をなにも知らされず、ただ決定したことだから解任、としか伝えられていない以上、私は「理解」「承諾」することはできない、とお伝えしただけです。
それがこのような結果になったことは本当に心底残念です。ご心配をおかけしてしまい、心苦しくも思っております。
この件についてこちらから申し上げることは以上です。
主催者に求めるものもなにもありません。
できましたら、今後、この件について、私になにかお問合せくださることはご遠慮いただけますと助かります。
最後になりましたが、賞に関心を寄せてくださったみなさま、受賞者の方、いままで賞に応募してくださった方、応募を検討くださっていた方、受賞作をお読みくださった方、そしてこの件をご心配くださった方、吉村萬壱さんには深く感謝申し上げております。
ありがとうございました。
小山田浩子
戦争反対。虐殺反対。民族浄化反対。絶対絶対反対。
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