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次はキミの番【さとゆみの今日もコレカラ/048】

取材でお会いして影響を受けた著者さんや尊敬する著者さんが何人もいる。人生が変わるほどの衝撃を受けたのは、ある心理カウンセラーの方の取材だった。

初めてオフィスにお邪魔した時、壁一面にずらっと著作が並んでいた。累計600万部だという。

その時はメンタルブロックについて取材をしていた。ある特定のテーマについて「私は無理」と思ってしまう心理的なブロックのことだ。

その方に、「じゃあ、さとゆみ、私は元気で明るいですって言ってみて」と言われた。「はい、私は元気で明るいです」
その後も、その方の言葉をおうむ返しにするように言われる。
「私は可愛いです」
「私は可愛いです」
「私は上手なライターです」
「私は上手なライターです」
ところが、「私は優れた作家です」と言われ、それを繰り返そうとした時、急に声が出なくなった。全身から汗が吹き出してくる。たった何文字かの言葉が言えない。
その様子を見てその人は、「さとゆみ、それが、本当は一番やりたいことや」と、言った。

いやいやまさか私に作家なんてという言葉が喉まで出かかったけど、それもやっぱり言えなかった。言われた通りなのだ。あまりに大切すぎる気持ちだったから、怖くて誰にも言えなかった。

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その後も取材で何度かオフィスを訪ねた。本棚の著作を見上げ「ほんと、すごいですよねえ」という私に「今はたまたま僕の番なだけだから。次は、自分の番って思っておけばいい」と声をかけてくれた。次は私の番。その言葉を私はいつも心の中で繰り返してきた。

ある日、私はふと思いついて、その著者さんに逆襲を仕掛けてみた。
「ぢんさん、私の言葉のとおりにおうむ返ししてください」
「ん? うん、わかった」

「私は優れたカウンセラーです」
「私は優れたカウンセラーです」
「私は売れっ子の著者です」
「私は売れっ子の著者です」
じゃあ、ラスト
「私は素晴らしいミュージシャンです」
そう言った瞬間、その方は口を開いて、ぱくぱくと何かを言おうとして、そして、閉じた。顔が真っ赤になってる。
「ぢんさんが、本当にやりたいのは音楽なんですね」
と、私は言った。

彼が話すとなるといつも大ホールが一瞬で埋まる。武道館で単独公演もした人だ。漫談を交えながら心理学的アプローチで来場者の心を開き、そして、いつも何曲か歌う。どれも、自分を好きになっていいんだよ、というテーマの歌だった。
カウンセラーとしても著者としても引っ張りだこの方だけれど、ふと、この方が本当にやりたいのは音楽なんじゃないかなと思ったので、この間の仕返しをしたのだ。いや、仕返しというより、恩返しの気持ちだった。

私がご一緒した書籍は、帯に「最後の著作(かも)」と謳われ、その後彼は、名前を変え仕事を変え、ミュージシャンになった。私よりも一回り年上だ。全部を捨てる勇気はいかほどだったろう。

その後も、ときどきお会いさせてもらった。会うたび彼は、今、すごく幸せだ、といった。

先日とあるライブハウスが主催の弾き語り選手権があり、その予選を勝ち抜いたというツイートを見た。これは、絶対聴きに行かなきゃと思って、チケットを取った。京都のアコスティックだけをかけるライブハウスで、壁面には若いアーティストたちのポスターが並ぶ。
決勝進出したほかの2人は、彼の娘か息子か、といった年齢だった。ステージに立つなり「ジジイがごめんね」と笑いをとる。そして、「ジジイが出ると、客席にババアが集まる。申し訳ない」と、また笑いをとった。

でも、曲が始まった瞬間、ライブハウスの温度が突然変わった。あれ、この方の声、こんな声だったっけ? と思うくらい、声の色が深かった。著者時代にステージで歌っていた曲が、まったく違う曲に聞こえた。細部の細部にまで魂がこもっていて、両手で心臓を鷲掴みにしてくる。
私の前に座っていたグループは、別の推しを応援しにきた人たちだったけれど、その中の一人がゆっくり身体を揺らしはじめた。一人はハンドバッグを開けてハンカチを取り出した。涙を拭いている。声がライブハウスの隅々まで共鳴して揺らす。握りしめた手になにか落ちたと思ったら、それは私の涙だった。

かつて何千人もの前で講演をする彼の姿を見たことがある。テレビで有名タレントを感動させる姿も見たことがある。
でも、今夜この30人入ればいっぱいになる京都のライブハウスで「子どもみたいな年齢の2人には申し訳ない。でも、出るからには、てっぺんをとりにきました」と、若者と真っ向から張り合いにきた彼は、その時よりも何倍も光って見えた。誰よりもカッコいいジジイだった。

帰り際、握手をした。優勝おめでとうを伝えた。いつも私の前にいてくれてありがとう。今日も「次はキミの番だ」と私たちに教えてくれてありがとうと伝えたかったけれど、それは上手く言葉にならなかったので、書くことにした。

昨夜、私は覚悟の結晶を見た。
もうすぐ還暦だというその人の覚悟は美しくて、強かった。

文/佐藤友美(さとゆみ)

※この文章は毎朝7時に更新され24時間で消滅します。今日もコレカラよい一日を。see you tomorrow❤️

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