Fediverseは静かな星系である。Xという名の、自分自身をも燃やしながら光より速く自転している惑星の騒々しさと比べたら、ここいらの星々はまるで止まっているように見える。長い時間をかけてようやく最初の公転を終える惑星もあれば、自転すらままならず雲散霧消してしまう惑星もそう珍しくはない。
なにしろ中心がないものだからそもそも公転の定義からして怪しい。我々は一体なにを頼りに回っているのか、どこへ行こうとしているのかさえ定かではない。かといって別に迷っているわけでもなく、むしろ確固たる意志で漂っている。時折訪れる旅行者はこの辺境特有の奇妙な生態に関心を寄せてくれるが、特になにもないと判ると足早に去っていく。ここには離脱を妨げる高重力もない。
そんなFediverseもたまに惑星同士がうまい具合に隣接する時がある。その瞬間、いつか届けば儲けものと放っておいた電波が結びつき、一時の交流を楽しむことができる。さらに調子が良ければ三連星や四連星を構成する場合もありえるだろう。だが、互いに気まぐれな軌道を描いているゆえ、いつまでも引かれ合っているとは限らない。
ある日。そこへ、巨大質量を備えた惑星が超速度を伴って星系に飛び込んできた。Threadsだ。そのあまりの重力の強さに周囲の惑星は軒並み引きずられ、あたかもビー玉のごとく傾斜のついた宇宙のフローリングを転がっていく。にわかに加速度をもたらされた彼らは次々とThreadsの後を追いかける。
そうして重力圏に捉えられたいくつかの惑星たちは、いつしかThreadsを中心に周回しはじめる。気の向くままだった軌道は強大な引力に律されて、厳密な公転周期を与えられた。おのずと、それらの惑星たちは常に隣接しあい、連星を前提とした大文化圏が誕生する。とりとめのない漂流の道すがらに出くわした他の惑星も、ひとたび彼らの重力に引かれれば二度と自分の軌道には戻ってこられない。
数年後、この辺りはすっかり賑やかになった。今や数億人の住民が共に暮らす大都会星系と化したここには旅行者がひっきりなしに訪れる。インフルエンサーもいるし、報道機関も、大企業も、自治体の出張所もある。幾千の惑星で器用にフラフープをしながらThreadsが言う。「ようこそFediverseへ!」
先日、なんの前触れもなくThreadsがFediverseに接続された。当初の宣伝以来、音沙汰がなかったかのように思われたMetaの分散型SNS参入は一応これで実現したと言える。まもなく全世界1億人のユーザが我々フェディバーシアン(Fediverseに住まう人々の、通称)の一員に加わるのだ。
あえて言うまでもなく、我々の胸中には期待と懸念の両方がわだかまっている。しかもそれらは表裏一体に等しい。ユーザ人口が増えたり様々な公式アカウントをフォローできるのは、正直言って嬉しい。分散型SNSの様式にいまいち馴染めない人々も、Threadsに登録するだけでよしなにやってくれるというのなら、そこに引っ越すのもきっとやぶさかではないだろう。
もし期待通りに事態が運べば、多くの人にとってFediverseは八方良しの理想郷になりうる。MastodonやFirefish、その他の実装系の使い勝手はこれまでとなにも変わらない。Threadsがくれる情報やユーザは欲しいぶんだけもらって、そうでない部分はご遠慮願えばいい。我々は互いに巨大資本のおいしいところばかりを食んでいられる。
対して、懸念すべきはこれらの期待の一切がThreadsの――すなわち運営元のMetaの――一存にかかっている点だ。彼らの本心は我々には判らない。単にクリーンな印象をユーザに与えたいのかもしれないし、ActivityPubを乗っ取って分散型ネットワークの換骨奪胎を目論んでいるのかもしれない。
あるいは、EU法との兼ね合いで仕方がなくやっているとの説もある。曰く、特定の事業が独占的と見なされると制裁が課されるのだという。その内容にはサービスの停止も含まれる。しかしあくまで分散型ネットワークのいちインスタンスという位置づけであれば、当局の摘発をかわすことができる。
個人的にはそういう感じだとかなり助かる。なまじ下手に理想に燃えていたり、野心を秘めたりしている事業は持続可能性に乏しい。EU域内での事業展開とバーターなら、一方的に分散型ネットワークを捨てることも支配することも難しくなる。もちろん、Metaが最終的にThreadsから利益を得る上でEUを諦めるわけにはいかない。
事実、ThreadsのFediverse参入がEUでのサービス開始と同時に行われた経緯を踏まえると、この説の説得力は相応に高そうである。そうでなくても法的責任を負わずに済む外の領域を持つのは、枯れ木も山のなんとやらで彼らにとっても決して悪い話ではない。Threadsのルールにそぐわないユーザもさしあたり頭数に入れておけるのだから。
こう考えると、割にギブアンドテイクでやっていけそうな手触りが感じられる。なにも確信はない。一連の賭けが伸るか反るか、答えは重力だけが知っている。