779 クマさん、山頂を目指す
氷竜に会うため、わたしとカガリさんはくまゆるとくまきゅうに乗って、山頂を目指している。
「大蛇のときも思ったが、他人のために命の危険を冒すなんて、お主もお人好しじゃのう」
「カガリさんだって、何百年も和の国を守ってきたんでしょう。人のことはいえないと思うよ」
長い間、自分の人生を他人のために費やしてきたってことだ。
周りにいた人たちが亡くなっても、カガリさんは一人で大蛇の封印を守ってきた。
わたしからしたら、信じられないほどの時間だ。
放り出したい気持ちがでてもおかしくはないと思う。
でも、カガリさんは一人で守ってきた。
「約束だからじゃのう」
和の国で出会った少年との約束らしい。
その少年との約束を守るために和の国を見守ってきたと言う。
でも、その約束を守るために何百年も和の国を見守ってきた、カガリさんも十分にお人好しだと思う。
「じゃが、そのお役目もお主のおかげで終わった。あとは自由に生きるつもりじゃ」
だから、今回のことも一緒について来てくれたのかな。
「しかし、お主といると面倒ごとに巻き込まれるのう」
それを言われると、なにも言い返せない。
スライムのときも迷惑をかけた。
でも、わたしが面倒ごとを持ってきているわけじゃないよ。
わたしが行く先々で、面倒ごとがあるんだよ。
どっちかというと、わたしが面倒ごとに巻き込まれている。被害者と言ってもいいぐらいだ。
今まで、家に引き篭もっていたから分からなかったけど、もしかして、わたしってトラブルに巻き込まれる体質?
それとも、このクマの服にトラブルが舞い込んでくる呪いがかけられているとか?
それも十分にあり得そうだ。
「ごめん」
「別に、文句を言っているわけではない。妾は妾で楽しんでいるから気にしないでいい」
確かに、初めて出会ったカガリさんは、何もかも諦めた表情をしていた。
でも、今のカガリさんは楽しそうだ。
わたしとしても、カガリさんが一緒なら心強いし、戦闘力もそうだけど、知識人なのがありがたい。
「それと、お主が分かっているか分からんが、魔力濃度が高くなってきておる。だから、魔物も増えてくるかもしれぬから、この先は気を付けるんじゃぞ」
魔力濃度? わたしには分からない。
雪や氷も
確かに、頂上に向かうほど魔物の反応が多くなる。
これも、氷竜が住み着いた影響かな。
「カガリさんから見て、大蛇と氷竜、どっちが強いと思う?」
「氷竜と戦ったことがないから分からんよ。それに、大蛇ならお主が倒したじゃろう」
「わたしが戦ったのは封印から出てきたばかりの弱った大蛇で、完全体じゃなかったでしょう」
完全体の大蛇と戦ったことがあるカガリさんしか分からないことだ。
「氷竜と戦ったことがないから、どっちにしても同じことじゃ。分かることは、どっちも人が簡単に倒せる相手ではないことだけじゃ」
本来、ドラゴンと戦うなら、勇者とかの出番だよね。
クマの出番ではないと思う。
決して、クマは勇者ではない。
「ただ、どちらとも戦いたくないことだけは、ハッキリしておる」
それには同意だ。
「会話ができるんだから、なんとかなるよ」
「お主は楽観的じゃのう」
それはクマ装備のおかげだと思う。
クマ装備が安心感を与えてくれている。それにくまゆるとくまきゅうもいるし、今回はカガリさんもいるから心強い。
それに、いざとなればクマの転移門で逃げることだってできるから、楽観的に見えるのかもしれない。
とりあえず、氷竜と話が破談になるか戦いになるかは、話してみないことには分からない。
くまゆるとくまきゅうは魔物が少ないところを通り、探知スキルもあるので、魔物からの奇襲を受けることもなく進む。
山頂に近づくと探知スキルに「no data」ではなく、「氷竜」と表示される。
登録された?
周辺は雪が積もり、木々は氷で覆い尽くされている。
徐々に氷竜との距離が縮まっていくと、氷竜の反応が動き出す。
くまゆるとくまきゅうも大きな声で「「くぅ~ん」」と鳴くと走るのをやめる。
くまゆるとくまきゅうも氷竜の動きに気付いたみたいだ。
「どうしたのじゃ!」
「氷竜がこっちに移動しているみたい」
「なんじゃと」
氷竜の反応はわたしに向かって動いている。
カガリさんとわたしは上を見る。
「見えた!」
氷竜が飛んでいるのが見えた。
氷竜は上空で旋回したと思ったら、わたしたちの目の前に着地する。
地面が揺れ、木々に積もっていた雪が落ちる。
「ニンゲンヨ、ナニシニキタ」
話しかけてきた。
カガリさんを見ると「喧嘩を売るんじゃないぞ」というような目で見ている。
分かっているよ。
「あなたと話がしたくて」
「ハナシダト?」
言葉を返してきた。
会話ができそうで少し安堵する。
「この場所から出て行ってくれませんか? あなたがいると街は氷り、人が住めない土地となるの。僅かに残っている人も、生きるだけでも大変なの。だから、他の人が住んでいない場所に行ってほしいの」
他の場所に移動しても、人がいたら、その人たちも困る。
人がいないところに移動してほしい。
「ソレハデキヌ」
「どうして? あなたならどこにでも飛んでいけるでしょう」
「ソレハコタエラレヌ。ココニスムノガイヤナラニンゲンガデテイケ」
それができたら苦労はしない。
生まれ育った故郷を捨てるには難しい。
まして、大切な人が眠っている。
出て行くのは難しい。
「確認じゃが、お主が、ここにいる理由があるのか?」
黙っていたカガリさんが氷竜に話しかける。
「……コタエルツモリハナイ」
気のせいじゃなければ、考えるような間があった。
ここにいる理由がある?
目的がある?
そのとき山頂のほうで何かが起きた。
なにかが、山頂から流れ落ちてきた。
魔力だ。
わたしでも分かった。
山頂から魔力の流れ落ちてきている。
でも、探知スキルには魔物反応はない。「no data」の表示もない。
「ヒトノコヨ、タチサレ」
氷竜は翼を広げると、飛び去っていく。
「山頂で何かがあったみたいじゃのう。どうするのじゃ。行くのはオススメはしないが」
会話はしてくれたが、友好的ではなかった。
氷竜の言葉を無視して、山頂に向かえば今度は敵対するかもしれない。
でも、山頂に行けば、氷竜がここを離れない理由も分かるかもしれない。
「お主の考えていることは分かっている。山頂に行けば、氷竜がここにいる理由を知ることができると思っているんじゃろう」
「カガリさんって心が読めるの?」
「妾も同じことを思っただけじゃ。じゃが、知ったからと言って、何かができるわけじゃない」
「でも、できる可能性もあるでしょう」
「リスクが高い。山頂に近寄れば、氷竜の怒りを買う可能性が高い」
「そうだけど」
このまま引き返しても、なにも解決はしない。
現状維持のままだ。
悪化を恐れて、先に進むのをやめるか。新しいい道を探すために、悪化を恐れずに先に進むか。
リーゼさんたちの言葉を思い出す。
『お二人に賭けます』
『俺たちの命は嬢ちゃんに預ける』
『嬢ちゃんに任せる』
なにもせずに戻るわけにはいかない。
「カガリさん、山頂に行こう」
「お主が、そう決めたなら、付き合おう」
わたしたちは、氷竜がいる山頂に目指す。
でも、それを拒むように山頂から冷気が流れ落ちてくる。
冷気は吹雪となり、わたしたちの行手を阻もうとする。
でも、わたしとカガリさんを乗せたくまゆるとくまきゅうは進んでいく。
「カガリさん、大丈夫?」
「問題ない。こやつが吹雪から守ってくれている」
「くぅ~ん」
くまゆるとくまきゅうは背中に乗せているわたしとカガリさんを守るように、魔力で覆ってくれている。
わたしとカガリさんを乗せたくまゆるとくまきゅうは進む。
わたしたちが山頂に近づいているのを気付いているはずなのに、氷竜の反応は動かない。
そして、わたしたちを乗せたくまゆるとくまきゅうは氷竜がいる山頂までやってくる。
氷竜は、わたしたちを待つように山頂で待っていた。
わたしとカガリさんはくまゆるとくまきゅうから降り、氷竜の前に再度立つ。
「ナゼキタ、ヒキカエセト、イッタハズダ」
氷竜の体から冷気が噴き出す。
わたしはみんなを守るように風の防壁を作る。
「説明もなしに、引き下がるわけにはいかないから」
リーゼさんたちのためにも、自分のためにも、ただ帰れと言われても帰るわけにはいかない。
「わたしたちを帰したいなら、納得した言葉が聞きたい。なぜ、ここを離れることができないのか、理由を教えてほしい。もしかしたら、相互の妥協点が見つかるかもしれないでしょう」
離れることができない理由があれば知りたい。
実は怪我をしていて、長距離飛ぶことができないとかなら、治療魔法をかけることができる。
誰かを待っているなら、流石にむりだけど、いつか離れることが分かれば、リーゼさんたちに伝えることができる。
「シノタイノカ」
「死にたくはないよ。でも、タダで死ぬつもりはないよ」
最悪、戦って、倒す考えもある。倒せないなら、クマの転移門で逃げるけど。
「もしかして、卵を守るためか?」
カガリさんがボソッと言う。
「卵?」
「氷竜以外に、何かに包まれている魔力を感じる」
包まれているって。それが卵ってこと?
カガリさんの言葉に氷竜が反応して、冷気が噴出する。
わたしは風魔法で防ぐ。
言葉より、感情のほうが正確だ。
怒っているってことは、カガリさんの言葉が正しいってことを示す。
ただ、わたしの探知スキルに表示はない。
「それじゃ、卵を守るためにここにいるってこと?」
だから、氷竜は、この場から離れることはできない。
web版で軽く書いたか分かりませんが、カガリさんは和の国で大蛇の封印を守ったのは、とある少年との約束です。細かい内容は19巻の書き下ろしになります。申し訳ありません。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
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