ガザ空爆開始から2カ月:中東で期せずして上がった「反日の声」

国際・海外 政治・外交

蜘手 美鶴 【Profile】

イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム主義組織ハマスの衝突が始まり、12月8日で2カ月を迎えた。イスラエル軍による空爆はとどまることを知らず、11月下旬に7日間の戦闘停止があったものの、パレスチナ側の死者は1万5000人を超えている。「第5次中東戦争」とも例えられる近年ない大規模な衝突に、各国が停戦に向けた外交努力を続ける中、日本もまた例外ではない。ただ、こうした日本の動きに反し、アラブ諸国ではSNSなどを中心に日本批判も起きている。
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対日批判の背景

「もう絶対に日本製品は買わない」「日本はパレスチナの兄弟を殺すことに賛成した」。10月中旬以降、アラブ人やイスラム教徒らによるこうした日本批判の書き込みが、SNSに散見される。イランの首都テヘランでは、日本大使館の壁に赤いペンキがかけられる事件も起き、一連の日本批判と関連していると見られる。パレスチナ問題で批判されるなど、日本人には寝耳に水のような話だが、原因はどうやら10月16日の国連安全保障理事会の決議にあるようだ。

日本は米国、英国、フランスとともに、ロシアの提出したガザの停戦要請の決議案に反対し、その結果、決議案は最終的に否決された。「(決議案では)イスラエルを攻撃したハマスを名指しで追及していない」というのが反対の理由なのだが、パレスチナ人やその他のアラブ人からは「停戦に反対した」と受け止められ、反発を招いている。一部では「日本はこれまでガザに多額の支援をしている」と日本を擁護する投稿もあるが、返信欄には「日本の助けなんて必要ない」「日本製品をボイコットする」などの書き込みが相次いでいる。中には「恥を知れ」といった強い意見もある。

実際に日本製の車や家電などがボイコットされている様子はないものの、中東各国ではイスラエルを支持する欧米産の商品を陳列棚から取り下げる動きが出ている。一部店舗では欧米の飲料などが姿を消したほか、エジプトの首都カイロでは、米資本の「ケンタッキーフライドチキン」や「マクドナルド」の店舗で客が激減するなどの影響が出ている。

カイロ在住のルブナさん(53)も、10月の衝突開始以降はペプシやコーラなど米国に関連する飲料を買うのをやめたという。取材に対し、「私たちはエジプトの飲み物を買う。米国製品を買えば、そのお金が米国に流れ、米国製の武器がイスラエルに渡る。米国製品を買うことはパレスチナ人を殺すことにつながる」と説明する。

米国追従への反発

アラブ人らの感情を逆なでしているのが、「米国追従」とも言われる日本の姿勢だ。SNS上では、日本の反対票は「米国に従っているだけだ」と批判され、米国による原爆投下に結びつけ、「日本はヒロシマとナガサキを忘れたのか」と指摘する書き込みも目立つ。

実際、ガザ在住のパレスチナ人の間にもこうした意見は多い。南部ラファに避難中のハリル・ハッサネインさん(55)も電話取材に「日本はわれわれの側だと思っていたのに。停戦案に反対するということは、日本がイスラエルの虐殺に加担することだ」と憤る。

ガザの状況は凄惨(せいさん)を極めている。ハッサネインさんによると、家々は完全に破壊され、毎日空と海からミサイルが降り注いでくる。「どこに逃げればいいのか分からない。人間の尊厳も、水も、食料もなく、必要最低限なものもない。犠牲になっているのは女性や子どもばかりだ。毎分、毎秒、空爆が続いている」。がれきに埋まる遺体を掘り起こすこともままならないという。

日本が決議案に反対した理由を説明したが、「だったら、日本が率先して新たな停戦案を出してくれればいいのに。とにかくパレスチナ人を殺すのを止めさせてくれ。日本とパレスチナは友人同士じゃないか」。ハッサネインさんは国際協力機構(JICA)のプログラムで来日したことがあり、日本人に非常に強い親しみを持ってくれていた。そんな彼の叫びは非常に重い。「援助物資なんか要らない。とにかくこの戦争を止めてくれ。家に戻って平和に暮らしたいだけだ」と訴えた。

本来は親日

中東では地域の発展を支えた日本企業や日本の技術力への尊敬の念が強く、親日感情はとても強い。学校では広島と長崎への原爆投下について授業もあり、日本の受けた痛みに寄り添ってくれる人も多い。原爆を落とされたにもかかわらず、戦後に目覚ましい経済発展を遂げた日本に対し、尊敬とあこがれのまなざしを向けてくれている。

一方、米国に対する感情はそれほどよくない。イラク戦争では、フセイン独裁政権は倒れたものの、米軍によって多くのイラク市民が殺害され、アブグレイブ刑務所ではイラク兵への虐待事件も起きた。現地では今も「米国の侵略戦争」と呼ばれている。米同時多発テロを巡るイスラム教徒への差別など、アラブ人にとって苦い記憶は消えることはない。だからこそ、「そんな米国に、なぜあの日本が従うのか」との思いがひときわ強い。

日本人には「心外」

ただ、こうした批判を「心外だ」と思う日本人は多いだろう。日本では連日続くガザへの空爆に心を痛めている人は多く、親イスラエルであっても、親パレスチナであっても、停戦そのものに反対している人はいないのではないか。各地では停戦を求めるデモも起き、横断幕やパレスチナ旗を持った人たちが「人を殺すな」と声を上げている。

JICAや日本のNPOは、長年にわたり草の根のパレスチナ支援を続けている。医療や生活向上、教育など、その分野は多岐にわたり、日本側の支援プログラムを利用して日本で学ぶパレスチナ人もいる。ガザ内には日本の支援で整備された公園もある。東日本大震災の際にはガザでも日本の被害に涙した人は多く、例年春先には東北で親しまれているたこ揚げをして被災地の復興を願うなど、双方の交流が続く。また、日本政府は過去70年にわたり国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への支援を続け、国際社会の中でも手厚いことで知られる。

2023年3月7日、南ガザ地区のハーン・ユニスで地元の学生たちがたこ揚げに参加。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の主催で、東日本大震災の犠牲者を追悼するイベントとして毎年3月に行われる(SAID KHATIB / AFP=時事)
2023年3月7日、南ガザ地区のハーン・ユニスで地元の学生たちがたこ揚げに参加。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の主催で、東日本大震災の犠牲者を追悼するイベントとして毎年3月に行われる(SAID KHATIB / AFP=時事)

中国の台頭に押される日本

イスラエルとハマスの衝突開始以降、日本政府の動きは活発だ。岸田文雄首相は国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)の首脳会議に合わせて、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイへ向かい、イスラエルやアラブ各国の首脳らと会談。これに先立ち、上川陽子外相もハマスとイスラエルを仲介するエジプトやヨルダン、パレスチナ自治区を訪れ、各外相らと協議した。市民の安全確保や戦闘の人道的休止に向けて協力していくことで一致したとするが、停戦に向けた成果があったとは言いがたい。

日本政府は停戦に向けた積極的な外交努力を続けているように見えるが、その背景には中東で台頭する中国への対抗意識が透けて見える。近年、中東での日本の存在感は弱まり、代わりに中国の台頭が目覚ましい。安価な製品を武器に、中国や韓国企業の中東への進出は目を見張るほどで、カルチャー面ではK-POPアイドルが大人気だ。記者が街を歩いていても、だいたい「中国人か?」と間違われる。「違う」と言えば、「じゃあ韓国人?」。それも「違う」と答えると、「じゃあ、どこなんだ?」と言われる始末。日本アニメの根強いファンはいるものの、日本自体の存在感が薄まっている感は否めない。

中国の影響力は経済だけにとどまらない。今回のイスラエルとハマスの衝突でもそうだ。中国は今年に入り、パレスチナ問題の仲介に「色気」を見せ、サウジアラビアなどアラブ諸国が訴えるイスラエルとパレスチナの「二国家共存案」の支持を鮮明にした。中東での存在感を強めるのが狙いで、アラブ側もそんな中国への依存を強めている。今回の衝突開始後の11月下旬には、アラブ諸国の外相らによる代表団が北京を訪れ、中国に停戦に向けた仲介を求めている。

中東では米国への不信感も強いこともあり、「中国頼み」の姿勢がますます強くなっている。イランとサウジが今年3月に外交関係を正常化させた際、両国を仲介したのは中国だった。そうした実績をひっさげ、中国は影響力拡大を図っている。

10月の国連安保理での決議案反対に端を発し、日本にとっては予期しなかった反日の声。もともと中国に押されて中東への影響力が弱まっていたこともあり、SNSでの日本批判が急拡大したように見える。加えて、日本の外交努力が停戦への糸口を作っているとは言いがたく、中東各国の外相らが詣でるのは中国。今回の衝突は、皮肉なことに、中東における日本のプレゼンス低下が一気に露呈する機会にもなってしまったと言える。

バナー写真:2023年11月7日、G7外相会合が開かれた東京でイスラエルによるガザへの攻撃に抗議する人々が集まった(REUTERS/Androniki Christodoulou)

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    蜘手 美鶴KUMODE Mitsuru経歴・執筆一覧を見る

    中日新聞前カイロ支局長。米バージニア州立ジョージ・メイソン大卒業後、2006年に中日新聞入社。三重と静岡の支局を経て名古屋社会部へ異動し、主に事件取材や行政取材を担当。17年に東京社会部に移り、司法クラブで検察庁と裁判所を担当する。20年7月~23年7月までカイロ支局勤務で、中東・北アフリカの21カ国・地域の政治や社会問題などを取材。

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