この車、オールドカフェレーサー
スタイルに改造しても似合いそう
な気もする。
これは50年前のトライアル車の
原初で、まだオートバイ史の中
で二輪車の形状が未分化の頃の
デザインだ。それゆえアッパー
フレームはタンク下から尻まで
どストレート。
カフェスタイルにも改造しやす
いし、オフ車の常で、最初から
ステップはウルトラバックステ
ップだ。車体の中央にステップ
が設置されている。
ちょいいじりで、すぐカフェに
なる。
60km/h以上出したらダメなオー
トバイだけどさ(笑
国道バイパスの自動車専用道路
も走れないし。
ピンクナンバーの良いバイク。
50年前にこの世に登場した良製
品ですね。
かつて、このモデルが白バイ隊
員たちの訓練モデルでした。
二輪の操作操縦、バランス、走
破を学ぶ為のマシン。
何代かバージン変更し、カテゴ
リーが分化してからは、トライ
アル車はフレームにエンジンが
ついているだけのような形に。
この画像の50年前のモデルのよ
うな「オートバイらしさ」は
なくなり、競技特化の専用車で
異形の車となりました。
トライアル車自体は、今でいう
デュアルパーパスのオフオン兼
用車種からの派生タイプ。
その分岐は1970年前後あたり
から徐々に始まった。
オフ車自体も今のような専用
モトクロッサーが作られたの
は70年代に入ってからで、そ
れまではロードモデルはあった
が、オフ車はさほど発達しては
いなかった。
さらに1950年代は、ロードレ
ース自体もヨーロッパ以外で
は日本もそうだが、浅間火山
レースのようにオフ路で開催
されていた。米国ではダート
トラックが大人気だった。
1970年あたりから、段々と
カテゴリー毎に二輪車自体も
分化して行った。
1970年にはカワサキの良車と
してTR250があった。2スト。
TRはトライアルではなくトレ
ールの意味を含むだろう。
トライアルという言葉も存在
しなかった。
1973年時点では「トライアル
ス」だった。
これをイメージして後年4スト
でカワサキ250TRが作られた。
デュアルパーパスのオンオフ
オートバイなのだが、これを
カフェレーサースタイルに改
造する人たちも多い。
オフ車をカフェに改造するの
は、キャスターその他で制約
もあるが、スタイル的にはま
とまりも良くなるケースもあ
る。
ただ、とても残念なのは、この
人のように「乗れている」人は
日本の現代カフェ乗りにはあま
りいない。
殆ど全員に近い人たちが、腕
伸ばし腕立て伏せ突っ張りで、
背中真っ直ぐ伸ばしの頷出し
だ。
カフェどころか基本的にオート
バイの乗り方を知らない。
観察すると、全員が足がだらし
ない。マシンホールドがゼロ。
なので上体を支えられず、カカ
シ倒れで必死に頷だけ出して前
を見ているような恰好になる。
セパレートハンドルの乗り方以
前に二輪車の乗り方を知らない。
カフェレーサー作りを謳うショ
ップや個人でさえそんな載り方
をしている。
車だけカフェレーサーにしても
乗ろうとする人間がレーサーと
は全く似て非なるものであり、
かなり頓珍漢な様子を世界に
曝している事になってる。
役者であってもボウリングの
プロを演じるならばプロらし
く、ビリヤードの撞球師をや
るならその筋者らしく撞く玉
筋も撞球師のそれではくば意
味ない。
コスプレでオートバイに乗る
のは中身が無い。
カフェレーサースタイルとは、
結構シビアな乗り手の質が問
われる。マシンや衣装だけカ
フェレーサースタイルでも、
乗り方が論外では非常にみっと
もない事になる。
仙台平のパリッとした袴履いて
武士と同じ格好しても、刀の抜
き差しもおぼつきません、てな
のは無様なのだ。
カフェスタイルはそれ。
純化特化カテゴリーなので、
厳密であり、かなりシビア。
ミリタリーベレーのかぶり方に
似ている。
「俺の好きでどうでもいいじゃ
ん」てなのは存在しない。
マジモードのつもりで、滑った
姿全開のピエロになるのは避け
たほうがいい。
カフェスタイルのマシンに跨っ
たら、走りも本物のカフェレー
サーのスタイルで走るほうがい
い。
なぜならば、それが本物だから
だ。
何もニセモノのナンチャッテを
自分から曝して滑稽を演じる事
はない。
簡単な事だ。
本物を自分に引き寄せ、自分も
本物になるべく肉迫すればいい
のだ。
そして、そこに到達した時、そ
れはもう憧れやインスパイアな
どではなく、自分自身が本物の
カフェレーサー乗りになってい
る。
カフェレーサーはカフェ乗りの
乗り方で。餅は餅屋だ。
このカフェ乗りの人、とても
乗れる人。
一緒に高速も峠も走ったから
よく分かる。