※この記事はシーズン6第5話までの内容を踏まえて執筆しています※
『ゲーム・オブ・スローンズ』の魅力は、その壮大なスケールの映像、激動の物語、容赦のない描写など、さまざまなものがあげられるが、そのひとつに、個性豊かなキャラクター達もあるだろう。
老獪な軍師や、正義に燃える若者、さまざまな年齢・立場の人物が、複雑に交差する人間関係の中でもがき、己の道を突き進む様は見ていて心揺さぶられる。
そんな数ある登場人物の中でも、私がひときわ興味を持つのがシオン・グレイジョイ だ。
好きなキャラクターを聞かれて、シオン・グレイジョイの名前を挙げると、多くの人には「なぜ?」と驚かれる。無理もない。第5章の終盤からは活躍しはじめたものの、それまではこれといった見せ場もなく、どちらかと言えば愚行ばかりが目立つ「クズ」キャラクターだ。
だがそんな彼の存在こそ、ゲームオブスローンズの奥深い魅力を表すひとつの良い例となっているのではないかと、私は思っている。
何を言っているんだこいつは、と思われるかもしれないが、今回は、この数奇な運命を辿るキャラクターについて、少しばかり考えてみたい。
曖昧な立場と楽天的な愚かしさ[]
私自身、第1章を視聴していたころには、正直シオンの記憶はあまりなかった。実際、第1章のシオンは、ロブ やジョン 、デナーリス といった同世代の若者たちが早くから存在感を発揮しているのに対して、イマイチ影の薄いキャラだ。
しかしよく考えてみると、シオンの生い立ちはなかなかに複雑なのである。
彼はベイロン・グレイジョイ の息子として生まれながら、捕虜としてスターク家に引き渡され、北部で育った。これは幼いシオンにとっては、ひとつの試練であっただろう。
こういった場合、預けられた先で酷い仕打ちを受けそうなものだが、スターク家は、シオンを手厚く扱い、育ててくれた。「スターク家の実子ではない」という事実を端々に感じながらも、シオンは十分に、充実した日々を過ごすことができたのではないだろうか(このあたり、「落とし子」であるジョンとのポジションの違いを感じる)。
そのため、シオンの境遇が本来孕んでいるはずの危うさは、ほとんど露呈することがなかった。少なくとも第1章では。シオンはまだ自分の立場がいかに困難であるか理解していない。
このような複雑な環境によって、シオンのどちらともつかない曖昧なポジションは形成されていったのである。
その曖昧さの危険性に気付かないまま、彼は疑うこともなく、エダード・スターク の死を悼み、ロブを親友として、新たな王として慕い、そしてグレイジョイ家がスターク家に協力するという夢物語を信じた。
甘い、甘すぎるぞ、シオン。
「悪人」にさえなれない男[]
しかし、第2章になり、シオンの楽天的なアイデンティティが崩壊し始める。
生まれ故郷、パイクへ戻ったシオンを待っていたのは、自分のいない間に力を付けた姉ヤーラ 、スターク家に慣れ親しんだシオンを侮辱する父親ベイロン。鉄の民たちは、北部の壮麗な衣装を着た線の細い青年になど見向きもしない。
はじめて自身の困難な立ち位置に直面したシオンは、あれほど疑いもせずに尽くしてきたロブを裏切るという選択をする。
シオンの溺神洗礼の場面は、まさにこのシオンの転換点を象徴するようなシーンであったと思う。絶望と諦念が滲んだシオンの横顔が非常に印象的だ。
ここからボタンの掛け違いが始まり、クズっぷりの本領発揮となるのだが、シオンはクズはクズでも、「邪悪」なクズではない、というところに注目したい。
彼にはジョフリー・バラシオン のようなモンスター的な攻撃性も、ラムジー・ボルトン のようなサイコパス的なサディズムも、はたまたベイリッシュ のような冷徹な狡猾さもない。シオンは本来、ちょっと小心者で傲慢なごくごく普通の青年だ。
だから、哀しいかな、彼はあらゆる愚行を、「これは間違っているのではないか」という躊躇いを抱きながら行っているのだ。
グレイジョイ家にもなれず、スターク家にもなれず、実の父親のために働けばよいのか、大切に育ててくれた亡きエダードへの忠誠を貫くべきなのかも分からない。彼は自分が何者なのかが分からないのだ。そして、何者になるべきかも。
そんなさまざまなしがらみが彼の足に絡みついて、掛け違えたボタンは、もう元には戻らない。
何者にもなれないシオンは、スターク家への確かな忠誠を感じながら、生まれ故郷を捨てることもできず、ずるずると、親友を裏切り、幼い日の師の首を切り、兄弟同然に育ったはずの少年の命を脅かす。
オシャ に気を取られて逃げられてしまうところや、農家の子供たちの焼死体をブラン とリコン であると偽るところ、挙句の果てには仲間たちに襲われ気絶するところなどは、実に中途半端で、詰めが甘くて、ここにクズ極まれりという感じさえある。
そう、シオンは、「悪人」にさえなれないまま、表舞台から引きずり降ろされたのだ。情けなさすぎる…。
与えられた「名前」と絶望[]
そんな「何者にもなれない」シオンに明確な「名前」を与えたのが、奇しくもラムジー・ボルトンであるのだから、これはまた何とも皮肉で、よくできたストーリーだと思う。
誰にもなれず、自分が何者かもわからなかったシオンは、苛烈な拷問の果てに、「リーク」という名前を手に入れることができた。
不安定で、何者かも判然としなかった「シオン・グレイジョイ」ではなく、ラムジーの従順な玩具という明確な存在意義を持った「リーク」。
ラムジーの拷問はあまりにも凄絶で、正直「こんな目に合うほどシオンは悪いことしたか…?」と思ったりもしたが、この延々と続く責め苦は、シオンというキャラクターをより独特な立ち位置へと持っていったように思う(だからと言ってあんな拷問を受ける謂れはないが)。
身も心も壊れてしまったリークは、ただただ震えながら、暴君に仕える。実の姉が命を賭して助けに来てくれたときでさえ、「シオン・グレイジョイはもう死んだ」と言ってその助けを拒む。
だが、一見感情を無くしてしまったような彼も、わずかながらにその哀しみを覗かせるときがあった。
かつて裏切った親友であるロブが惨殺されたことを聞かされながら、ラムジーの髭を剃らされていたときには、憎い主人の首を刃で掻き切ることもできないまま、体を震わせて、その無常な現実に打ちひしがれた。
ウィンターフェルでサンサ を見かけたときには、自分のあまりに惨めな姿を見られることを恥ずかしく思ったのか、顔を伏せた。ラムジーに暴行される彼女の姿に苦しんだ。
彼の中には確かに、「哀しい」と感じる心が生き残っていたのだ。
リークは、かつて自分がしがみついて奢り高ぶっていた名前も、身体の一部も奪われ、何もかもを失くしたが、その極限状態において、もう一度自分自身と直面したのかも知れない。
自分は何者なのか。自分は何をしでかしてしまったのか。その苦しみと哀しみに、リークは深い絶望の中に沈殿していった。
間違えつづけた男はどこへ向かうのか[]
だからこそ、リークが力を奮い立たせてサンサを救ったときには、視聴者たちは誰しもその勇敢な行動に驚いたのではないだろうか。
幼い日を過ごしたウィンターフェルで、共に育ったサンサの苦しみを目の当たりにしたことが、リークを絶望の底から呼び戻したのだろうか。
彼は遂に、「リーク」としてではなく、「シオン・グレイジョイ」として、サンサを救うことを選んだのだ。
この選択が、正しいか、間違っていたかは分からない。ただ、はじめてこのときシオンは、迷いなく、自らの判断で行動を起こした。
長い苦しみと沈黙の果てに、震えて哀しむだけの「リーク」から、彼は脱したのだ。
自分の命まで差し出す覚悟をしてサンサを守り、幸運にもブライエニー達と遭遇することができたシオンは、もう一つの自分の故郷である鉄諸島へと向かった。
かつてのように、自分は歓待されるべき存在であると驕りたかぶるシオンはもういない。必死の演説にもかかわらず仲間たちに襲われて昏倒したシオンではもうない。
自分は王に相応しくないとして姉の即位を支持し、そのことを精一杯に語って仲間たちに耳を傾けさせる男に、シオンはなった。
そして、自分達の脅威となるであろう叔父に、姉と共に反旗を翻すことを選び、船を進める。
スターク家につくのか、グレイジョイ家につくのか。そうではなくて、かつて裏切ってしまった人々への贖いの気持ちが、今の彼を突き動かしているのかもしれない。
このように、「シオン・グレイジョイ」というキャラクターは、これまでの物語の中で、実に数奇な運命を辿ってきた。
はじめは「大したキャラじゃないなこいつ」と思わせるような軽薄な存在だった彼が、生きながらえ、いつの間にか物語の重要な局面へと転がり出てきているのだ。
シオンは、ロブやジョンのような、勇敢で情熱に溢れた「ヒーロー」ではない。しかし、そのようなキャラクターにも思わぬ展開があり、心揺さぶる場面を見せてくれるところが、ゲーム・オブ・スローンズの魅力のひとつである、物語の奥深さを表しているようにも思える。
サンサに向かってシオンが告げた「赦されたくない。どうやっても取り返しがつかない。」という言葉が胸に刺さる。
赦されることはないと知りながら、まるで最後の自分の命を使い切るように突き進む彼は、どこへ向かうのだろうか。何者にもなれなかった男は、間違うことしかできなかった男は、何者かになることができるのか。
彼が生き延びるにしろ、死を迎えるにしろ、何かの答えを見つけることができれば良いと思う。
シオンの存在が、これからも物語をもっと面白くしてくれることを期待して、今後の展開に注目したい。
(2016.06.06 ito)
コメント3件
シオンは一番現実の人間らしいと思った。 これからのシオンに期待を込めたい。 いい記事をありがとうございます。
シオン・・・あまりのユルさに、母性がくすぐられるような。w 独特の魅力がしっかり伝わる記事でした。
「主役不在」といわれる構成もあり、「脇役」の人生が深く突き詰められる「ゲーム・オブ・スローンズ」。滲み出る作品の魅力において、シオンが重要な役割を果たしているとは、新鮮な発見です。
ラムジーの拷問後、彼の人生が一気に加速し、新たな局面を迎えます。こうして読むと、どんな「クズ」に見える人にも、受けるべき試練があり、その先に発展と成長があるものだと気付かされます。そしてこの「試練(?)」が「変質的な拷問」である点が、「色」であり、目を離せない、彼の魔力を象徴しているようですね。
コメントをありがとうございます!
そうなんですよね、イマイチかっこよくなりきれない、情けないシオンには、なぜだか目がいってしまいます…笑
ラムジーから受けた仕打ちは、いくらクズで傲慢なシオンといえども、あまりに酷いものでしたが、ただ惨めなキャラクターとして終わらせてしまうのではなく、その拷問を通して、シオンを重要な立ち位置の人物へと展開していったところが、ゲーム・オブ・スローンズの面白いところだな、と思います。
第6章でもビクビクしながら頑張っているシオンから、ますます目が離せません…!
非常に読み応えがある、記事でした。
「何者にもなれない」男、シオン。
そんなシオンに初めてラムジーは存在意義を与えたのですね。
これは、深いサディスト、マゾヒスト関係から生まれる心理状態が作り出した存在のようにも思えます。
人間には存在意義が必要です。役割を我々は求めています。
そんな事を考えてしまいました。
コメントをありがとうございます!
本当に、人間って自分の存在意義を必要とする生き物で、ことにゲームオブスローンズみたいな過酷な世界では、それがしっかりしてないと苦しいだろうな、と思います。 そんな中、シオンのような自己認識が曖昧な人は、正にラムジーの格好の餌食だったんだろうな…笑
ラムジーのサディズムは本当に徹底していてすごいですね。ある意味惚れ惚れします… そんなラムジーもまた落とし子で、「ボルトン」という名前を与えられたというところが面白いな、と思ってます。