2022年 04月04日 (月) 08:01
おはようございます。ピストンです。
3月、地震の影響で東京でも大規模な停電がおこりました。我が街も停電に。
私はちょうど帰宅途中で住宅街の中を歩いていたのですが、その夜は満月に近いような大きな月が出てまして、まあ明るい。街灯も自販機の灯りもない真っ暗なはずの住宅街なのに表札の漢字が読めるほどに明るい。なるほど、満月であればこんなにも明るいのかと時代劇の登場人物になった気分で歩いておりました。
ところが車のヘッドライトが行き交うような大きな道に出ますと、歩道を行く私は足元さえ真っ暗でよく見えない状態に。ああ、光が強いほど影もまた深くなるのだなと、しみじみしながら帰宅するのでした。
では「結局のところ、なろう長文タイトルとは何だったのかを考えてみる」最終回。
なろう長文タイトル。
何事もそうなんですが、まず定義が難しい。何文字からが長文?
とりあえず今回はふわっとハイファンでよく見るスマホ表示で4行5行あるような奴としておきましょう。
なにかと批判されることが多い長文タイトルですが、私はどちらかといえば擁護派。
ただこの擁護、べつにどんなのがあっても良いじゃないというスタンスであって、長文タイトルを好んでいる訳ではないのです。
というか、ほとんど読みません。
批判は多いですが、いつの世もノイジーマイノリティの方が目立つもの。これだけ読まれている以上、長文タイトルを好む読者層というのが存在するのは明白。
ならばそれは、どういう人たちなのか。
サイレントな相手、想像するしかないのですけど。
私が小説家になろうというサイトの存在を知ったのはログホラのアニメが放送されたときでしょうか。2013年のことですね。
初めてなろうを訪れたのは2016年。アニメ版リゼロの続きが知りたくて。この時点ではなろうに関する知識はほとんどありませんでした。
幾つかの作品を読んで、なろうにハマった私。色々な数字を見てビックリ。
こんなに大勢の人が読んでるの!
こんなに大勢の人が書いてるの!
一応、子供の頃からの読書好き。シナリオ書いて公募に送ったりしてましたから、小説書いてる人も近くにいました。
どちらかといえば自分たちはマイノリティな存在だと思ってました。
でも、ここはなに?
当時すでになろうは、日本のサイト・アクセスランキングで30位前後(今は15位前後、インスタやラインより上)にいまして、ブームの時期に入っていたといえるでしょう。
正直、私には元から存在した読書好き、作家志望だけでこんな数字を達成できるとは思えなかったのです。
ここで人気の作品、一般文芸の人気作とは違う。そもそもそちらの住人だった私が、今までサイトの名前しか知らなかった。
当時いわゆるラノベとして、私の頭にすぐ浮かんだ『とある』や『ハルヒ』、西尾作品ともまたテイストが違う。旧来のラノベ読者の力だけとも思えない。
この場所で初めて、文字だけで描かれた物語に出会った人がいるのではないか。それも大勢の。
はたして、それは作品内容というソフトの部分だけで達成できるものなのか。
もっとハードな枠組みとしての部分が関係しているのではないか。
そして私が目をつけたのが「横書き」という部分でした。私が以前から縦書き横書きにこだわっていたの、皆さんご存知でしょう。
では具体的に縦書きと横書きの違いとは何か。
視線の移動、だと思うのです。
あるテレビのバラエティ番組で「絵心ない芸人」「運動神経ない芸人」といった企画がありまして。
芸人さんたちが不得手な物事にチャレンジ。面白おかしく失敗する姿を見て楽しむといった企画です。
ある人にとっては当たり前に、意識せずとも出来てしまうことが、ある人にとっては理解不可能なレベルで難しい。よくあることです。
ならばそれは「小説を読む」ということにも、当てはまるのではないか。
旧来の紙の書籍で小説を読む場合。
本を固定したうえで、視線を上から下に、そしてゆっくりと左に動かしていきます。
ウェブ小説をスマホで読む場合。
右から左には小さく動かしますが、比較的視線は固定したまま、文章のほうをスクロールして動かしていきます。
視線を動かしながら情報を取得、理解していく行為。
行為である以上、個人によって得手不得手の差があるのではないか。
縦書きを読むのが得意な人。
横書きを読むのが得意な人。
どちらも簡単にこなせる人。
どちらも苦手とする人。
苦手な行為であっても日常的に回数をこなせば、多少は上手く行えるようになるもの。
ですが、仮に私が小説を読まない人間であったなら。
うちの職場、縦書きの書類って本当にない。
新聞もとってないし定期購読している雑誌もない。手紙のやりとりもない。
縦書きの文章を読むのって、せいぜい漫画の台詞やモノローグくらい?
縦書き文章、縁のない人は意外に読む機会ってないのかも。
ウェブ小説の隆盛に大きく寄与した作品たち。まおゆうはちょっと特殊として、アルカディアでのオバロや幼女戦記、なろうでの魔法科やヒモ生活。おそらく作者さんたちは、紙の書籍の縦書き文章で育った人たち。プラットホームのフォーマットのせいで横書き文章で発表されたものの、これら本来は縦書き文化の中で生まれた作品だと思うのです。
ただ、それらが横書きで発表されたからこそ、読むことのできた層があらわれた。そしてそんな、横書き読者層の中から書き手が誕生するターンが訪れた。
現在のウェブ上、ただ横書きで表示されているだけで本質的には縦書き文化から生まれた旧来の小説と、横書きであることこそ正しいありかたであるナチュラルボーン・ウェブ小説が混在しているのだと思います。そういう真・横書き小説は、いざ縦書きの書籍にすると魅力が薄まったりすることも。
作者さんの中にはどちらかしか書けない人から、どちらも書ける器用な人まで。
読者も同様。
そして横書き作者さんによる横書き読者のみが楽しめる横書き小説というのも存在するのでしょう。
そしてやっとタイトルの話。
本来、原稿用紙に縦書きされるはずだったタイトルと、画面に横書きで入力されるタイトル。
同じ作法で生みだされるほうが不自然というもの。まして同じ基準で評価されるなんて。
以前どこかで、長文タイトルを新聞のテレビ番組ラテ欄と重ねている人を見ました。私も同感です(そう、ラテ欄も横書き)。
2時間ドラマのタイトル、きちんと読む人は少ないでしょう。
視線移動の必要があまりない横書き。一瞬でキーワードは掴めます。
湯けむり、連続殺人、密会、美人女将、片平なぎさとくれば、だいたいの予想がつく。
なろう長文タイトルもそう。
勇者パーティー、追放、スキル、もう遅いとくれば、だいたい分かる。スキルの部分でどういうものにするかが重要でしょうか。
なろうでは設定の説明や情景描写が嫌われる。
当たり前のように言われることです。
ただ最初の頃、私にはどうにも納得できなかった。
なろうに来て読んだ累計上位の作品たち。
普段、翻訳ミステリを好んで読む私からみても、特に説明不足や描写不足を感じることは、なかったからです。
しかし、だんだんと理解できるようになってきました。
そういう発言をする人たち、累計上位を読んでいない。あるいは読んだうえで自説からは除いて発言している。リゼロはなろう系ではない。本好きは、無職は、等々。
どうやら彼らの言う“なろうでは”とは、日間ランキングのことであるみたい。
で、その日間ランキング。
私がなろうに来た2016年。ランキングから転生転移が隔離された年です。その後、日間の総合ランキングは、デフォルトで表示されるジャンル別ランキングでの現地ハイファン勢が席巻することとなりました。
ここでやはり以前の活動報告(生存報告14)で数えた長文タイトル。4行5行のタイトル、転生転移のほうでは圧倒的に少ない。
ここからは根拠のない、ほとんど思いつきの仮説になってくるのですが、2016年以降、読者の棲み分けが行われてきたのではないか。
転生転移とジャンル別で。
隔離による転生転移の衰退が叫ばれて久しいですが、PVだけでいうとやはり累計上位作品というのは本当によく読まれている。
その累計上位に近年食い込んだのはまずヘルモード(現在6位)、次いでダリア(12位)と転生転移。
現地主人公のほうからでも7回目ループやパリイ、クノンなど1、2行のタイトルが強く、4行以上のタイトル、累計では50位が最高で、100位以内に3作品しかない。
おそらく読者層によって、ポイントを入れるタイミングが違う。日間週間と年間累計のランキングを見ていると、そんな気がします。
横書きに大きく比重をおいた読者。やっぱり文章を読むのが得意じゃないのでは。いや正しくいうと読みやすい文章の範囲が狭いのでは。
説明や描写が嫌われるというなろう攻略法。それは彼らに対して有効な方法なんではないでしょうか。
長い目でみて、より大きくのポイントを得るのは旧来の小説のほう。やっぱりアカウントを持つなろう読者におけるマジョリティは、縦書き横書き両刀使いの読者なのでは。
ただすぐにある程度のポイントが入りやすいのは横書き読者に好まれた作品。日間ランキングを埋めた、いわゆる狭義のなろう系というのは、そういった作品なのではないか。
そしてそういった作品のノリを、わかりやすく提示したタイトルのテンプレートが、あの長い長いタイトルだったのではないでしょうか。
では最後に。
冒頭でも書いたように、私は4行5行ある長いタイトルを好まない。
まずパスして、読むこともない。
私は旧来の小説で育った、縦書きに軸足を置く小説好きなのですから。
今後も私が好むのは、ウェブ上にある旧来の小説のほうでしょう。
それでも新しい文化が生まれる瞬間にはワクワクする。
長文タイトルに関しては、既に小さくまとまってしまった感がありますから、ここから私をドキドキさせる新しい展開はないと思います。
ただウェブ小説の未来には、まだ期待したい。
現在流布する小説指南、文章作法、どれも縦書き文化から生まれたものばかり。
私はそんなものを吹き飛ばすようなものがあらわれることを願います。
好きに書けば良いのです。
おそらくそこから生まれるものは99,9パーセント私には楽しめないものでしょう。
しかしそんなことはまったく関係ないのです。
いやー、元々1回の活動報告で書くつもりで始めた今回の話。
まさかの4分割。こんな長文になるとは。申し訳ない。
全部読んでくれた人には感謝というか、なんというか。やっぱり申し訳ない。
これだけ書いても、空行のこととか書くつもりで書けなかったことが多いから不思議。
昨日の第3回でもらったコメントにまだ返信してないのですが、今日は夜勤から夕勤に切り替わるもので、寝る時間があまりないのです。
ちょっと返信が遅れますがお待ち下さいませ。
コメント自体は大歓迎ですの。気軽にぜひ。
では、4日間ありがとうございましたー。
おやすみなさい。
こないだのKACというイベントでのリワード大盤振る舞いを見ても、カクヨムが今、勝負に出てる気がするんですよね。対なろうでカクヨムがやっと見つけた突破口が「金銭」という実にストレートなものだったという。それは有効な一手だと思うのです。
一方でなろうの最大の特徴って、信念にさえ見えるほどの強固なアマチュアイズムだと思うのです。誰もが思いつく、より金を儲ける手段を一切うってこなかった。
日本のウェブ小説の在り方、ちょっと分かれ目になるタイミングが来てる気がします。
でもコロナ、ロシアと、そんなの全て外から洗い流される気もしますけど。経済は冷え込むでしょうからねえ。
ではー。