2020年 03月12日 (木) 04:30
こんばんは、だましだまし補足でございます。
まずはお礼を。「毎日、毎日、私は。」のほうが、私の投稿作の中で「私は楽しいです」に次ぐポイント数となりまして、感想もはじめましての方からいっぱい。いやーありがたいことです。
あと今日、ある所で教科書のように綺麗な「ちくわ大明神」の使い方を見ました。間咲さん恐るべし。
さて、今回のだましだまし本文。あくまで私が感じているだけなので、深くつっこまないで下さいませ。でも過渡期にあるのは皆さん感じているのでは?
ウェブ小説の今後について、私の予想、予測はまたいずれ書いてみるかもしれませんが、今回の補足ではウェブ小説のこれまでを振り返ってみましょう。
といっても、さっき10分ほどで確認しただけの情報ですが。
インターネット登場と同時に、そこで小説を発表するという活動は始まる訳ですが、日本のウェブ小説史の大きなポイントとなる年が、2000年ではないかと。
この年、Yoshiさんが自身のサイトで「Deep Love」の連載をスタート。また舞さんが個人サイト「アルカディア」を立ち上げます。
2002年には「Deep Love」が書籍化、世間的にも“ケータイ小説”の存在が知られることとなり、ブームがやって来ました。
同時に川原礫さんが自身のサイトで「ソードアート・オンライン」の連載をスタートした年でもあります。
2003年の秋、受験を終えた京都の高校三年生、梅崎祐輔さんが小説投稿サイトの立ち上げを決意、技術書を読んで学びつつ、大阪の大学に入学した2004年春に開いたのが個人サイト「小説家になろう」です。
この頃はケータイ小説ブームの真っ最中です。サイト「魔法のiらんど」に投稿された作品が次々書籍化されヒット。2006年「恋空」2007年「赤い糸」が書籍化されました。
2008年、再び大きなポイントの年です。アルカディアに投稿されていた川原礫さんのもうひとつの代表作「アクセルワールド」が、電撃文庫大賞を受賞。翌年出版されることになります。同時に「ソードアート・オンライン」も書籍化されるのです。
そしてこの08年は梅崎さんが、なろうの運営を個人から大学の友人3人とのグループ運営に切り替えた年。で、この年、なろう飛躍の中心となる「魔法科高校の劣等生」投稿開始なのです。
2010年にはアルカディアにて「オーバーロード」投稿開始。翌年には「幼女戦記」スタートと、アルカディアが黄金期へ。
同時に小説家になろう運営がヒナプロジェクトとして法人化。この2010年には「ログ・ホライズン」「knight & magic」がスタートします。
衰退の道を辿っていたケータイ小説にかわりウェブ小説は完全に小説投稿サイトが中心となったのです。
ちなみにヒナプロジェクトの最初の本社は中書島、私が正月の初詣の話で書いた伏見稲荷から京阪線で6駅かな、電車で10分ほどです。今の本社がある枚方も京阪線。そう、同郷のよしみで私は完全になろう運営の味方なのです。
2011年末には「魔法科高校」が書籍化に伴い削除となりますが、なろうは既にその地位を確立、翌2012年には「Re:ゼロから始める異世界生活」「死神を食べた少女」「辺境の老騎士」「フェアリーテイルクロニクル」「悪役令嬢後宮物語」といった名作が登場。「オーバーロード」のなろうでの投稿、年末には真打ち「無職転生」投稿開始と黄金期へと向かっていきました。
駆け足で書いてもけっこうな長文になってしまった。また誰が読むんだという活動報告を。
私の感覚としては00年代は魔法のiらんどを中心としたケータイ小説の時代(第一期)、10年代はなろうを中心とした投稿サイトの時代(第二期)でしょうか。
この先、第三期はざっくり言えば細分化の時代が来るかなと予想しています。ウェブ上にて、旧来の小説とウェブ特有の小説は、そろそろ分離するべきかな、と。
まあ、それはまた別の話。いつか機会があれば。
では、またー。
これは楽しみ。