みんなの居場所なら、あったかくないと。元・役場保健師の「孤立させない」まちづくり
熊ノ木区の奥、ピンク色の看板を目印に進むとあらわれる、合同会社いちえ。
もとは空き家だったいちえの一階には、
「常設型みんなの居場所」と呼ばれる地域サロンがひらかれています。
利用者は体操や脳トレ、手芸など好きな活動をしたり、そのときに集まった人と一緒にお昼ご飯を食べたり。
月曜日から金曜日まで、誰もが訪れることのできるこの場所は、どのようにしてつくられたのでしょうか。
そこには、まちが抱える課題を解決しようとする開設者の想いがありました。
嶋﨑 綾華(しまざき あやか)さん
北海道愛別町出身、栃木県さくら市在住。
2009年、保健師として塩谷町役場に入職。
2022年に退職し、町内の熊ノ木区に常設型みんなの居場所「おいでよ いちえ」を開設。
趣味は手芸、アクセサリーづくり。
まちの保健師として感じた地域課題
2022年5月から「おいでよ いちえ」を運営している嶋﨑さんは、塩谷町から遠く離れた北海道の小さな町で生まれ育ちました。
栃木県に来たのは結婚後。
旦那さんの仕事の関係で、さくら市に移り住みました。
看護大学で取得した資格を活かして病院やデイサービス施設で働いた後、2009年に保健師として塩谷町役場に入職します。
「元々まちづくりや、必要な支援のサービスづくりに興味があったので、広い視野で地域全体を勉強したいと思っていました。
デイケアなどの現場で学んできたことを生かして、保健師の立場から地域の課題解決に関わりたかったのもあります」
前職のデイサービスで、塩谷町に土地勘があった嶋﨑さん。
健康福祉課(当時)に配属され、成人検診や赤ちゃん訪問といった、町民の健康を守る幅広い業務を担当しました。
保健師は地域の人と直接関わる機会が多く、まちの課題を見つけやすい立場だったといいます。
そのような日々で目に留まったのは、まちの高齢化に伴う、「孤立した高齢者の多さ」でした。
「家族が離れていたり、
遊びに行くところがなかったり、
周りはみんな亡くなって、おしゃべりする相手がいなかったりとか。
過疎化で見守る人も少ないし、そうやって孤独になっていくのを間近で見てきたから、
『地域サロン』っていう必要なものを自分でつくってみたかったの」
同じ地域で暮らす住民が、気軽に集まって交流できる地域サロン。
嶋﨑さんは、役場でちょうどその立ち上げに携わっていました。
高齢者自らが協力してサロン運営できるよう支援する業務です。
その中で、「自分ならもう一歩進んだことができるのでは」と思ったそうです。
「要介護の人も受け入れられるし、町のデマンド交通をうまく稼働させて、行き帰りの『足』も確保しながらみんなが来られるサロンをやってみようと思いました」
地域課題に対して、公務員とは違う立場からアプローチしてみたい気持ちもあり、
2022年3月に13年間勤めた塩谷町役場を退職しました。
その後、合同会社いちえの地域支援事業部に入り、同年5月に「おいでよ いちえ」を開設しました。
平日いつでも集えるあたたかな居場所「いちえ」
「いちえ」は民家だった空き家の一階を改装して活用しています。
季節の飾りもので彩られた部屋には明るい陽が差し込み、アットホームな雰囲気が漂います。
通常の地域サロンは週一回や月一回の開催。
しかし、ここは土日を除く毎日開いており、いつでも誰もが訪れることのできる常設型サロンになっています。
利用者は様々な活動から好きな内容を選び、自由に過ごします。
「一人暮らしの高齢者でどこにも行くところがないとか、
『日中に自分が仕事に出ている間、親を一人にさせるのが心配』って家族からの相談は結構あって、
じゃあここ利用しませんかって話からスタートして。
(提供しているのは)まずはおしゃべりの機会。
お昼にお弁当を出しているので、誰かとご飯を食べる楽しみや、安心感とか。
あとは、認知症や介護予防に軽い体操や脳トレをやったり、みんなでゲームをしたりします。適度な刺激が予防に繋がると思うので」
今年度は町からの委託事業として、認知症カフェ「いちえオレンジカフェ」も月2回開催しています。
認知症に関するミニ講話や、保健師と社会福祉士への相談コーナーがあり、認知症の方やその家族が安心して過ごせる場です。
「いちえ」を運営していく中で、嶋﨑さんが大切にしていることを伺ってみました。
「あったかい気持ちかな。あったかい気持ちで接するのだけは考えているかもしれない。
やっぱりさ、『みんなの居場所』っていうことはさ、あったかくないと。
笑顔がつくれたりとか、話しやすいとか、相談したいなって思えるとか。
あったかい空気作りかな。1番大事にしてるの」
開設から1年半が経つ現在、役場やケアマネージャーからの紹介で「いちえ」の存在は徐々に広まってきています。
「家にいたら誰ともしゃべらないからここに来てよかった」
「いい場所だから他の人には秘密にしておく」と、
お茶目に話す利用者さんもいるといいます。
よそ者を受け入れてくれた塩谷町
お話の中で、「地域」という言葉が何度も出てきました。
嶋﨑さんにとって、塩谷町は大人になってから関わり始めた場所です。
出身地の北海道でも、
現在住んでいるさくら市でもなく、
塩谷町が嶋﨑さんの「地域」になったのには理由がありました。
「よそ者の私を受け入れてくれた場所だったの、役場が。
北海道民でさ、地図もわからないのにみんな優しくしてくれて。
よそ者の私でも、楽しく仕事させてもらえたなって感謝がある」
また、他の市町と比べた福祉分野での状況に「やらなくちゃ」という想いも。
「遅れをとっている塩谷町だからこそ、やることがいっぱいあって面白いしね」と穏やかに笑います。
高齢者の孤独感や、家に高齢者を一人にさせる家族の心配。
それらを解決するための一つの手段として始まった「いちえ」。
これからも嶋﨑さんは、「いちえ」であたたかいつながりが持てるまちづくりを続けていきます。
(11月15日取材 地域おこし協力隊 小松原啓加)