23年3月の書籍雑誌推定販売金額は1371億円で、前年比4.7%減。
書籍は905億円で、同4.1%減。
雑誌は466億円で、同5.7%減。
雑誌の内訳は月刊誌が398億円で、同5.0%減、週刊誌が67億円で、同10.1%減。
返品率は書籍が25.6%、雑誌が39.6%で、月刊誌は38.7%、週刊誌は44.2%。
23年第1四半期(1~3月)において、週刊誌販売金額は12.8%減、返品率は45.1%である。
最悪の状況で、5月の『週刊朝日』休刊が重なってくる。
また書籍のほうは6.7%減だが、3月の書店売上は8%減とされている。
そうした中で、八重洲ブックセンターが閉店し、日販とトーハンの事業再編や役員変更が発表されている。
それに本クロニクルの販売売上データのベースである出版科学研究所の『出版月報』も月刊サイクルでの刊行を終え、今後は年4回の『季刊出版指標』へと移行していく。
創刊は1959年なので、60余年を閲してきたことになる。
出版業界の全分野において、ドラスチックな転機の時を迎えていよう。
1.『出版月報』(3月号)が特集「ムック市場2022」を組んでいるので、そのデータを示す。
新刊点数 | 平均価格 | 販売金額 | 返品率 | ||||
年 | (点) | 前年比 | (円) | (億円) | 前年比 | (%) | 前年増減 |
2005 | 7,859 | 0.9% | 931 | 1,164 | ▲4.0% | 44.0 | 1.7% |
2006 | 7,884 | 0.3% | 929 | 1,093 | ▲6.1% | 45.0 | 1.0% |
2007 | 8,066 | 2.3% | 920 | 1,046 | ▲4.3% | 46.1 | 1.1% |
2008 | 8,337 | 3.4% | 923 | 1,062 | 1.5% | 46.0 | ▲0.1% |
2009 | 8,511 | 2.1% | 926 | 1,091 | 2.7% | 45.8 | ▲0.2% |
2010 | 8,762 | 2.9% | 923 | 1,098 | 0.6% | 45.4 | ▲0.4% |
2011 | 8,751 | ▲0.1% | 934 | 1,051 | ▲4.3% | 46.0 | 0.6% |
2012 | 9,067 | 3.6% | 913 | 1,045 | ▲0.6% | 46.8 | 0.8% |
2013 | 9,472 | 4.5% | 884 | 1,025 | ▲1.9% | 48.0 | 1.2% |
2014 | 9,336 | ▲1.4% | 869 | 972 | ▲5.2% | 49.3 | 1.3% |
2015 | 9,230 | ▲1.1% | 864 | 917 | ▲5.7% | 52.6 | 3.3% |
2016 | 8,832 | ▲4.3% | 884 | 903 | ▲1.5% | 50.8 | ▲1.8% |
2017 | 8,554 | ▲3.1% | 900 | 816 | ▲9.6% | 53.0 | 2.2% |
2018 | 7,921 | ▲7.4% | 871 | 726 | ▲11.0% | 51.6 | ▲1.4% |
2019 | 7,453 | ▲5.9% | 868 | 672 | ▲7.4% | 51.1 | ▲0.5% |
2020 | 6,461 | ▲13.3% | 870 | 572 | ▲14.9% | 50.2 | ▲0.9% |
2021 | 6,048 | ▲6.4% | 901 | 537 | ▲6.1% | 51.2 | 1.0% |
2022 | 5,729 | ▲5.3% | 944 | 519 | ▲3.4% | 49.9 | ▲1.3% |
22年は500億円を下回るのではないかと推測していたが、かろうじて踏みとどまった感がある。それは後半にムックシェアの大きい国内旅行ガイドの回復基調によるとされている。
しかし出版販売金額がピークだった1997年と比較してみると、新刊点数は5623点とほぼ同じだが、減少が続いての結果である。販売金額は1355億円であり、3分の1近くになり、また販売部数のほうも1億4469万冊、22年は5180万冊と、こちらはまさに3分の1になってしまっている。
また書店数の減少と雑誌の衰退がムック市場にも投影されていることになる。
ちなみに22年にムック新刊点数が200点を超えたのは宝島社、大洋図書、晋遊舎、ブティック社で、それに講談社、KADOKAWA、JTBパブリッシングが続いているので、現在のムック新刊市場のシェアがうかがわれる。
この際だから家計簿、年賀状ムックを除く22年ベスト3も挙げておこう。
1『60歳をすぎたらやめて幸せになれる100のこと』(宝島社)
2『「SLAM DUNK」ジャンプ』(集英社)
3『るるぶユニバーサルスタジオジャパン公式ガイドブック』(JTBパブリッシング)
である。
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2.『日経MJ』(4/7)が「縮む百貨店」と題し、2020年に創業320年の山形の大沼が破綻した後の27店の閉店をリストアップしている。
閉店した店名 | 所在地 | 閉店時期 |
1 大沼 | 山形市 | 2020年1月 |
2 天満屋広島アルパーク店 | 広島市 | 20年1月 |
3 丸広百貨店南浦和店 | さいたま市 | 20年2月 |
4 新潟三越 | 新潟市 | 20年3月 |
5 ほの国百貨店 | 愛知県豊橋市 | 20年3月 |
6 東急百貨店東横店 | 東京都渋谷区 | 20年3月 |
7 高島屋港南台店 | 横浜市 | 20年8月 |
8 井筒屋黒崎店 | 北九州市 | 20年8月 |
9 中合福島店 | 福島市 | 20年8月 |
10 イセタンハウス | 名古屋市 | 20年8月 |
11 そごう西神店 | 神戸市 | 20年8月 |
12 西武岡崎店 | 愛知県岡崎市 | 20年8月 |
13 西武大津店 | 大津市 | 20年8月 |
14 そごう徳島店 | 当k島市 | 20年8月 |
15 丸広百貨店日高店 | 埼玉県日高市 | 21年2月 |
16 そごう川口店 | 埼玉県川口市 | 21年2月 |
17 三越恵比寿店 | 東京都渋谷区 | 21年2月 |
18 タカシマヤフードメゾン岡山店 | 岡山市 | 21年2月 |
19 三田阪急 | 兵庫県三田市 | 21年8月 |
20 松坂屋豊田店 | 愛知県豊田市 | 21年9月 |
21 やまき三春屋 | 青森県八戸市 | 22年4月 |
22 天満屋広島緑井店 | 広島市 | 22年6月 |
23 丸広百貨店坂戸店 | 埼玉県坂戸市 | 22年8月 |
24 小田急百貨店新宿店本館 | 東京都新宿区 | 22年10月 |
25 藤丸 | 北海道帯広市 | 23年1-月 |
26 東急百貨店本店 | 東京都渋谷区 | 23年1月 |
27 高島屋立川店 | 東京都立川市 | 23年1月 |
百貨店の市場規模は1991年の9兆7000億円がピークで、2022年はその半分の5兆円となり、店舗数も1999年の311店から2023年は182店に減少している。
かつて山形県は山形松坂屋や十字屋山形店などもあり、百貨店も競合状態にあったが、大沼の閉店で山形県は初めて百貨店ゼロ県となり、同じく20年には徳島県も続き、さらに17県が残り1店舗という百貨店状況となっている。
どの百貨店にも書店はあったはずなので、百貨店と書店の失墜は連鎖していよう。こうした状況を招来したひとつの要因は、『出版業界の危機と社会構造』で指摘しておいたように、1980年代のロードサイドビジネスの隆盛による郊外消費社会の出現、及び日米構造協議に基づく大店立地法の成立と郊外大型ショッピングセンターのバブル的開発に起因している。
いってみれば、百貨店も書店も日本の近代の文化的装置でもあった。80年代から始まった日本の風景がアメリカ化していく過程で、百貨店はバニシングポイントへと向かうことを宿命づけられていたとも考えられるのである。
3.まさに2とリンクし、『東京人』5月号が「TOKYO百貨店物語」を特集している。
永江朗の「没後10年堤清二とセゾン文化が残したもの」が寄せられているように、そのコアとしての西武百貨店とリブロの関係は1980年代において、神話的栄光に輝いていたといっても過言ではない。それは『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』でも確認している。
そこでの証言ではないけれど、中村文孝によれば、戦前において百貨店内書店のステータスは高く、とりわけ三越書籍部は洋書の新刊にまで目配りし、ハイブロウな読者たちの集うところだったという。
私もその一端は聞き及んでいて、戦前の中村書店の函入漫画が三越に常備化されたことで、広告や目録に中村漫画は三越でも売っているという宣伝コピーが付されるようになったのである。
戦前の漫画に関する出版物の位置付けは赤本扱いに近く、三越における常備化は異例のことで、中村書店にしても感激すべきものだったと思われる。
そうした百貨店内書籍部の系譜を継承し、リブロも書店の聖地としてあったことなろう。
永江はそのリブロの物語として、田口久美子『書店風雲録』を示しているだけで、今泉正光『今泉棚とリブロの時代』、中村文孝『リブロが本屋であったころ』を挙げていない。その理由もわかるが、そのようにしてリブロ史も実像が歪んでしまうのだ。
またこの特集で鹿島茂がゾラの『ボヌール・デ・ダム百貨店』にふれているし、本クロニクル178でも新版刊行を伝えているので、あらためて読まれてほしいと思う。
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4.丸善 CHIHDの連結決算は売上高1627億9900万円、前期は1743億5500万円で、「収益認識に関する会計規準」などの適用により、売上高78億円の減少。前年比は出されていない。営業利益は31億2900万円、前年比23.4%減、当期純利益は17億7300万円、同18.3%減。
連結子会社47社、関連会社3社で、丸善雄松堂やTRCなどの「文教市場販売事業」と「図書館サポート事業」、丸善ジュンク堂などの「店舗・ネット販売事業」、岩崎書店や丸善出版などの「出版事業」がメインである。
「文教市場販売事業」は売上高479億7600万円、(前期は565億1900万円)、営業利益は33億1300万円、前年比10.6%減。「店舗・ネット販売事業」は663億1000万円、(前期は698億2400万円)、営業利益は1900万円、前年比93.7%減。
「図書館サポート事業」は売上高336億8800万円(前期は317億4400万円)、営業利益は24億2700万円、同3.6%減。
「出版事業」は売上高41億2100万円、(前期は42億5100万円)、営業利益は2億6500万円、同7.1%増。
はっきりいってしまえば、丸善ジュンク堂などの108店舗は赤字で、TRCなどの図書館事業によって、かろうじて利益が計上されていることになろう。
しかし公共図書館売上も減少しているし、図書館サポート受託館数は1786館と前年89館増ゆえの増収だが、コストの上昇により減収となっている。
書店事業は663億円の売上に対して、営業利益が1900万円でしかなく、その回復は不可能に近い。ジュンク堂新潟店が駿河屋ホビー店をオープンしているが、起死回生となろうはずもないだろう。
図書館事業にしても、ピークは過ぎているし、今後の経費を考えると、いつまで書店事業を支えられるのかという状況の中にあると判断するしかない。
それにゲオHDの大幅賃上げの影響も出てくるだろうし、本クロニクル175の2ndストリートに比すべき原資捻出の事業も見出されていない。
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5.『新文化』(4/13)が「マキノ出版民事再生の経緯と見通し」との大見出しで、マキノ出版にかかわる経営コンサルティングのセントラル総合研究所の八木宏之代表にインタビューしている。
そのコアは出版業界特有の委託性をめぐる問題で、次のような発言に明らかなので、少し長くなるが、そのまま引いてみる。
いわゆる『返品』があるため、通常の会計原則は当てはまりません。
出版社が異質なのは経理処理です。本来であれば総売上げが通常の売上高になるのですが、出版社は返品と相殺された売上げを純売上高として計上しています。いまは新会計基準に基づいて総売上高を計上しなくてはいけません。この業界はそうしていません。
専門的で難しいかもしれませんが、いまの会計基準は引当金や在庫処分でも大きく関わってくる大切なこと。出版社経営者は自社の危機的な状況も掴めないまま、いつの間にか資金が枯渇してしまう。そして最後は『ヒット作が出れば』など、『たら・れば』の話になるのです。『出版社の経営は甘い』と言われる所以がそこにあります。
出版界の慣例に詳しく、かつそれを指摘できない会計士が少なくないことも問題を大きくさせてしまう要因になっているともいえます。
また、現行委託制度のビジネスモデルに限界を感じている出版社は、他業界にみる企業同士の合従連衡を進め、安定した出版活動ができるようにすべきです。
もちろん現実的には他の様々な問題も絡んでいるはずだが、出版社も含んで9社のスポンサー候補、マキノ出版グループ会社のマイヘルス社や特選街出版などの破産も伝えられている。
しかし民事再生とM&A問題の根幹にあるのは、この委託システムの他ならないし、それは出版社のみならず、取次や書店、倉庫会社にも連鎖してしまうもので、マキノ出版の場合、どのように調整され、民事再生となるのか、前回に続いてさらなる注視が必要であろう。
6.実業之日本社は『ダートスポーツ』などのバイク関連4誌を発行する造形社を子会社化、またオフロードバイク誌『ゴー・ライド』のモト・ナレッジと業務提携を発表。
自社のバイク誌『ライダーズクラブ』『バイクジン』なども含め、バイク関連事業を拡大していく。
公表も報道もされていなので、本クロニクルでも伝えていないのだが、いくつもの出版社がM&Aされているようだ。
『FACTA』(5月号)が「小谷夏生子社外取のポラリス『破廉恥』事件」なる記事において、国内プライベート・エクイティ・ファンドのポラリスが、出版社「宣伝会議」の200億円超に上る買収を決めたと書いている。雑誌とその関連事業をめぐってPEファンドも暗躍しているのであろう。
またこれは出版社ではないけれど、豊橋市の老舗書店豊川堂がイオンモール豊川に売場面積518坪の最大規模となる「本の豊川堂×nido cafe」の新規出店に際し、雑誌書籍は学参などを除き、京都の大垣書店のトーハン口座による仕入れになるという。
これも5でいわれている「企業同士の合従連衡」であろう。このようなFC化というべき老舗書店の新規出店もほとんど伝えられていないが、実際にはもはや周知の事実と考えざるをえない。
7.KADOKAWAは ところざわニュータウンにおける「EJアニメホテル」(アニメ、コミック、ゲームを活用した宿泊施設の運営)と成田国際空港での「成田アニメデッキ」(アニメキャラクターなどのグッズ販売と飲食店の経営)事業からの撤退を発表。
それらに関連してだろうが、『ZAITEN』(5月号)に、「東京五輪問題」取材班による特集「KADOKAWA社長・夏野剛、『裏切りクーデター』社内外から憤怒」が掲載されている。
KADOKAWAの「東京五輪問題」は本クロニクル173などでふれているが、会長の角川歴彦の逮捕と不在によって、内紛がおき、様々なリークが飛びかっているのであろう。長きにわたって角川を補佐していきた松原常務の退任も、それを象徴していよう。
上場会社としてKADOKAWA、及びところざわニュータウン事業の行方はどうなっていくのだろうか。
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8.音楽之友社の『レコード芸術』が7月号で休刊。
同誌は1952年創刊で、クラシックレコード評論の専門誌、クラシック音楽界における需要なメディアであった。
音楽評論家の沼野雄司によれば、「この雑誌が消滅したら、2023年は日本の音楽文化の核のひとつが崩壊した年として、後世に記憶されるだろう」とされている。
それこそ音楽之友社はヤマハの子会社となっていたにもかかわらず、メイン雑誌の『レコード芸術』を休刊せざるをえない状況へと追いやられていたことになる。
発行部数10万部は保たれていたとされるが、何よりも「趣味の共同体」として雑誌の終焉というしかない。
これは雑誌名も社名も明らかにされていないけれど、男性ファッション誌で知られる出版社が、本社ビルと社長の自宅を売却し、苦しい台所事情の反映と囁かれている。
本クロニクルでもトレースしてきたように、雑誌をめぐる休刊やM&Aの話はこれからも続出していくだろう。
また「趣味の共同体」の雑誌の他ならない日本棋院の唯一の週刊専門誌『週刊碁』も9月に休刊となる。ピーク時は20万部だったが、2万部まで激減しているようだ。
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9.『朝日新聞』(4/2)の「朝日歌壇」に佐佐木幸綱選として、次の一首が挙げられていた。
信州をルーツの「みすず」休刊と知るに
案ずる「図書」や「ちくま」を
(長野市) 細野正昭
本クロニクル178で、みすず書房のPR誌ともいえる『みすず』の休刊を伝え、「これが出版社のPR誌の休刊の始まりとなるかもしれない」と書いておいたが、ここにも同様に心配している読者がいたことになる。
しかし現在では、この一首にも注釈が必要であろうから、付け加えておけば、日本の近代出版社で人文書の代表的版元の岩波書店、筑摩書房、みすず書房はいずれも信州人によって創業されていることによっている。その他にも信州人によっていくつもの出版社が設立されているし、取次は新潟人が主流であり、そうして近代出版界も始まっているのだ。
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10.続けて『朝日新聞』だが、5月1日より朝夕刊月ぎめ購読料が4400円から4900円へと値上げし、愛知、岐阜、三重の東海3県で夕刊を休刊。
前回の本クロニクルなどで、『朝日新聞』の3県に始まり、20年代にすべての夕刊がなくなることを既報しておいた。また「紙代高騰」問題にもふれ、値上げが迫っていることも。
それとパラレルに地方誌の値上げも続けて発表されている。しかしそれでも『朝日新聞』よりは地方紙のほうが安いので、新聞販売店は盛んに地方紙への乗り換えを勧めているという。
いずれにしても、この値上げによって新聞離れはさらに加速するだろうし、それを止めることもできないだろう。その影響が出版業界にも及んでくることは必至である。
11.近田春夫の『グループサウンズ』(文春新書)読了。
こういっては失礼かもしれないが、拾い物の一冊で、1960年代の同世代文化としてのGSに関して教えられることが多かった。
たまたま必要があって、古本屋で入手したちばてつや『テレビ天使』(虫プロ、1970年)を読んでいて、時代背景は60年代のテレビ芸能界で、そこにはGSも主要な役割で登場していたのである。
まだ掲載はずっと先のことになるけれど、このところ60年代の記憶に始まる貸本マンガのことを書いていて、私たちの世代にとって、戦後のマンガとテレビがニューメディアに他ならなかったとあらためて思った次第だ。
その頃はマンガ家も編集者も読者も含めて、電子コミックの時代になろうとは誰も想像していなかったはずで、本当に時の流れは予測もしなかったところへと進んでいく。
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12.『新潮』(4月号)が特集「言論は自由か? 戦前を生きる私たちの想像力」を組んでいる。
前回の本クロニクルでも同誌3月号の石戸諭「〈正論〉に消される物語――小説『中野正彦の昭和九十二年』回収問題考」にふれておいたが、それに続く特集と見なせよう。
また4月にも講談社の岩崎夏海、稲田豊史著『ゲームの歴史』全3巻が「事実誤認と情報元が確認できない箇所が多数見つかった」として、販売中止となり、書店からの回収を発表している。だがこれもオープンな論議を経てのものではないと見なせよう。
私も『近代出版史探索』を重ねる中で、否応なく戦時下の検閲と発禁問題に向き合ってしまうので、「戦前を生きる私たちの想像力」は他人事ではない。
またそれにこの特集は『新潮』自体の戦後占領下のGHQによる検閲から始まっているので、現在とも無縁ではないことを開示していよう。
13.富岡多恵子が亡くなった。享年87歳。
私は富岡の小説『波うつ土地』などを郊外文学テキストとして言及し、『中勘助の恋』『釈迢空ノート』などにも大いに学ばせてもらった。
また本ブログ「古本夜話」86で、「平井蒼太と富岡多恵子『壺中庵異聞』」も書いているので、彼女とモデルとしているし、追悼代わりに読んでもらえればと思う。
14.深夜叢書者の齋藤慎爾に続いて、評論家の芹沢俊介、同じく小浜逸郎が死去した。
まったく偶然ながら、3人は吉本隆明絡みの出版者、評論家で、齋藤は吉本の『「反核」異論』などを刊行し、芹沢と小浜は吉本の『試行』の寄稿者として始まっていた。
齋藤は83歳、芹沢は80歳、小浜は75歳で、吉本の87歳の死には届かなかったにしても、生を全うしたのではないだろうか。
これも偶然だが、この一文を買いている時に、『吉本隆明全質疑応答Ⅴ(1991~1998)』(論創社)が届いた。
15.こちらもほぼ同時に、四方田犬彦『大泉黒石――わが故郷は世界文学』(岩波書店)と脇田裕正『降り坂を登る――春山行夫の軌跡一九二八-三五』(松籟社)が届いた。
大泉は大正時代のベストセラー作家でありながらも、文壇から追放され、退けられた存在にして「世界文学の人」、春山は昭和初期にリトルマガジン『詩と詩論』によって、詩と文芸批評を追究したが、現在ではほとんど忘却された詩人、文芸批評家である。
いずれも比較文学の文法に則り、近代出版史の謎をときほぐす試みといえよう。
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16.『新編図書館逍遥』は新たな表紙も決まり、編集中で6月刊行予定。
論創社HP「本を読む」87は「山根貞男と『漫画主義』」で、これから20編ほど貸本マンガを論じていきますので、ご期待下さい。
ronso.co.jp