トランスジェンダーに、偏った性嗜好である「オートガイネフィリア」は含まれるのか

文=針間克己

ジェンダー・フェミニズム

アンブレラタームとは?

 アンブレラタームとは英語で、umbrella term、直訳するとしたら、「傘用語」です。あまり一般的に使われる言葉ではありません。日語の「アンブレラターム」を検索するともっぱら「トランスジェンダーはアンブレラターム」といった使い方ばかりが出ます。いろんな性自認の人をひっくるめて、トランスジェンダーです、といった使い方です。

 アンブレラタームで画像検索すると、傘の下にいろいろ書いてあります。傘の下にいろいろあるというのは、直感的にはわかる感じはします。でも実は学問的にはきちんとした意味もある言葉です。アンブレラタームを別の用語でおきかえると、言語学で「上位語(hypernym)」という用語です。いくつかの概念をまとめた言葉、ということです。

 例えば、喜び、怒り、悲しみ……のアンブレラタームは「感情」です。この枝分かれした感じが、傘の形に似ています。いくつかの概念をまとめたものが「アンブレラタ―ム」ですから、この傘の下には、何でもかんでもポイポイと便利にはいるというものではありません。何らかのある共通項があるのです。さきほどの「感情」の例で言ったら、喜びや悲しみに「睡眠」が混じっていたらおかしいですよね。

トランスジェンダーに、偏った性嗜好である「オートガイネフィリア」は含まれるのかの画像2

オートガイネフィリアとは?

 オートガイネフィリアという言葉は1998年に私が最初に、性同一性障害とは似ているが混同しないように、鑑別すべき精神医学的概念として日本に紹介しました。その後、このようなマニアックな専門用語がずいぶん知られるようになり、正直驚いています。

 英語では「autogynephilia」です。「auto」が自分、「gyne」が女性(産婦人科のことを医者は「ギネ」と言います)、「philia」が愛、という意味です。日本語では「自己女性化性愛」などと翻訳されます。男性が自分のことを女性だと想像することで性的興奮を得ることをいいます。

 性的興奮を得る方法やジャンルのことは「性嗜好」といいます。オートガイネフィリアは、「性嗜好」が「女性だと想像すること」なのです。恋愛の対象の性別は何かという「性的指向」や、自分の性別の認識である「性自認」は、よく話題になりますが、この「性嗜好」は、あまり話題になることは少ないです。そのため、「性的指向」や「性自認」と混同する人もいますが、別のものです。

 性嗜好の偏りが強い人のことを精神医学では「パラフィリア」と呼びます。性嗜好の偏りの中には、痴漢、露出、のぞきなど犯罪に結びつくものもあります。ですから人間のセクシュアリティのなかでも「性嗜好」に関しては、他者の人権を損なわないように、よりいっそう慎重に議論する必要があるのです。「LGBT」がもっぱら性的指向と性自認のマイノリティにしぼっているのは、犯罪につながりうるものもある「性嗜好」とは、切り離して考えるべきだからといえます。

トランスジェンダーの中にオートガイネフィリアは含まれるのか?

 冒頭の松浦氏の記述に戻りたいと思います。

 松浦氏は、トランスジェンダーというのはアンブレラタームであり、オートガイネフィリアなどもぶら下がっている、と述べています。日本語ではトランスジェンダーは「性自認」が割り当てられた性別に一致しない人々のことです。ですから、性自認ではなく「性嗜好」に特徴のある、オートガイネフィリアが混じっているのはおかしい感じがします。英語のtransgenderでも「性自認」と「性表現」が割り当てられた性別に一致しないひとびとですから、やはりあてはまりません。似ているように見えるかもしれませんが、アンブレラタームに入るような共通の仲間ではありません。

 ただ私がそう考えても、いろんな考えや言葉の使い方をする人はいるので、トランスジェンダーにオートガイネフィリアが含まれると考える人も世の中にはいるかもしれません。念のためgoogleで「トランスジェンダー アンブレラターム」や「transgender umbrella term」を画像検索してみました。(皆さんもよかったらしてみてください)。

 ざっと見た限り、松浦氏自身が提示したもの以外では、オートガイネフィリアが傘の下に入る画像を見つけることはできませんでした。日本でも海外でも「トランスジェンダーにオートガイネフィリアが含まれる」というのは一般的な理解とはいえないようです。

 このように言葉の意味からも、実際の使用例からも「トランスジェンダーにオートガイネフィリアが含まれる」との主張をするのには無理があるのでは、と感じます。

「LGBT理解増進法案」にはトランスジェンダーという言葉は使用されていない

 ここまで、トランスジェンダーとは何か、オートガイネフィリアは含まれるのかといったことを述べさせていただきました。私自身、この記事で「私のトランスジェンダーの定義が正しい!」と声高に、自説を主張するつもりはありません。ただ、トランスジェンダーについて議論するときに、あるものは「性自認が一致しない人」を指し、あるものは海外式に「性自認や性表現が一致しない人」を指し、またあるものは「性嗜好の問題であるオートガイネフィリアも含む」意味で使っているとすれば、議論がかみ合わないのも当然かと思います。まずは、トランスジェンダーとは何かという共通理解を持ち、そのうえでの議論をしていただくことを願います。

 ただし、冒頭に話題にした、LGBT理解増進法案は、本文を読むと「トランスジェンダー」という言葉はどこにもでてきません。通称「LGBT理解増進法案」ですが、正式には「性的指向および性自認の多様性に関する国民の解の増進に関する法案」です。本文中に「トランスジェンダー」という用語は使われず、もっぱら、性的指向と性自認について述べられています。ですから、「性表現」や、「性嗜好」の問題であるオートガイネフィリアは、対象外です。今回の法案に関する議論は、トランスジェンダーとは何かという議論とは切り離して考えていくべきでしょう。

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針間克己

針間克己

精神科医。医学博士。はりまメンタルクリニック院長。日本性科学学会理事長。GID(性同一性障害)学会理事。日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」委員。著書に「性同一性障害と戸籍」「性別違和・性別不合へ」など。

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