トランスジェンダーに、偏った性嗜好である「オートガイネフィリア」は含まれるのか

文=針間克己

ジェンダー・フェミニズム

トランスジェンダーに、偏った性嗜好である「オートガイネフィリア」は含まれるのかの画像1

GettyImagesより

 自民党の「LGBT理解増進法案」を巡ってさまざまな議論が起きています。この原稿を書いている時点(2021年6月1日)では、今国会での法案提出を断念したという報道もある一方で、市民団体の抗議や一部議員から「諦めていない」という声も上がっており、その行方はなんとも言えません。

 マスコミやインターネットで賛否両論が巻き起こる中、元参議院議員の松浦大悟氏の情報発信が注目されています。稿では、特に関心を引いている「BuzzFeedが誤魔化すLGBT問題の三論点」の下記の記述について、さらなる解説や私自身の見解を述べたいと思います。

>トランスジェンダーというのはアンブレラターム(各種別を包括した総称)のことであり、大きな傘の下には、性別適合手術を必要としないトランス男性女性、クロスドレッサー(異性愛者の女装家)、女性になった自分の姿に性的興奮を覚えるオートガイネフィリアなどもぶら下がっている。性同一性障害者はその中のひとつのカテゴリーに過ぎない。

 あまりこの分野になじみのない読者もいると思いますので、丁寧に見ていきたいと思います。

トランスジェンダーとは何か?

 松浦氏のこの記述は、「トランスジェンダーが何か」という定義があいまいなまま、権利や差別の議論が進むことへの危機意識からきているようです。その危機意識から、松浦氏は彼の考えるトランスジェンダーの定義を読者に示しているわけです。

 トランスジェンダーの定義があいまいであるという主張は、私もまったく同感です。

 しかし定義があいまいなのは、無理もないところがあります。「性同一性障害」や「性別違和」という医学的疾患名であれば、診断基準が定められます。しかし、トランスジェンダーは、そのような医学的疾患名ではありません。医学的疾患概念から離れ、当事者が自らを呼ぶ言葉として、発展し議論されてきた言葉です。医師あるいは、ほかの他者の「専門家」が厳密で硬直した定義を押し付けることにはなじみません。また、当事者にとっては「自分は何者なのか」という、哲学的、根源的な問いにかかわる言葉でもあります。定義が容易でないのは無理もありません。

 とはいうものの、おおよその共通理解の意味はあります。たとえば日本語のwikipediaには現在(2021年6月1日12時時点)、こう書いてあります。

トランスジェンダー(英語: Transgender)の人は、生まれた時に割り当てられた性別が自身の性同一性と異なる人である」

 性同一性とは性自認と同じ意味です。「生まれた時に割り当てられた性別」とは、オギャアーと生まれたときに、産婦人科医や助産師さんが「男の子ですね」などと言って、戸籍に登録された性別のことです。インターネットで日本語のほかの説明を読んでも、だいたい同じような感じです。このあたりが、日本でのトランスジェンダーのおおよその意味でしょう。

 ただ、英語のwikipediaでの「transgender」は、説明が少し異なります。翻訳して紹介します。

トランスジェンダーの人々は、生まれた時に割り当てられた性別と異なる性同一性または性表現を持っている」

 日本の定義と似ていますが、「性表現 (gender expression)」という言葉が入っているところが違います。性表現とは、たとえば女性であれば、「女性らしい」とされる振る舞いや言動、例えばスカートをはいて、化粧をして、髪の毛を伸ばして、女性らしい仕草や話し方をする、というような外に現れる性別の表現のことを言います。

 性表現は、議論がある概念です。というのも、「性表現」はもともと、「性自認」とセットで概念化されました。コインの裏と表のように「性表現とは、内面的な性自認が外面に出てきたもの」であり、性表現が女性であれば、性自認も女性だろうと考えられるわけです。

 しかし、その後、「性自認と性表現は独立した別個のもの」という考えもでてきています。そうすると、例えば性表現が女性であっても性自認が男性、ということもありえます。つまり、英語のtransgenderでは性自認は割り当てられた性別と一致していても、性表現だけ違う人も含む場合もありえるということです。

 まとめると日本語版wikipediaの「トランスジェンダー」は性自認が一致しない人、英語版wikipediaの「transgender」は性自認が一致しない人だけでなく、性自認は一致しても性表現が異なる人を含む場合もありえる、と説明されているのです。

1 2

針間克己

針間克己

精神科医。医学博士。はりまメンタルクリニック院長。日本性科学学会理事長。GID(性同一性障害)学会理事。日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」委員。著書に「性同一性障害と戸籍」「性別違和・性別不合へ」など。

RANKING

人気記事ランキングをもっと見る

「トランスジェンダーに、偏った性嗜好である「オートガイネフィリア」は含まれるのか」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。

CLOSE