松岡宗嗣さんの発表
私は、これまで性的マイノリティにまつわる国政の動きを追ってきました。
最初に、時系列で法整備をめぐる動きを整理します。
2015年 「超党派LGBT議員連盟」ができ、「LGBT法連合会」も同年設立
2016年 超党派LGBT議員連盟とは別で「自民党LGBT特命委員会」「LGBT理解増進会」設立 (いずれも差別を禁止しようとしない組織)
2018年 お茶の水女子大トランス学生の受け入れ発表以降、トランスバッシングの激化
2021年 「LGBT理解増進法案」与野党で合意するも国会提出見送り。「女性スペースを守る会」設立
2022年 「埼玉県LGBT条例」が成立
2023年 「LGBT理解増進法」自民公明維新国民による修正案が成立
差別を禁止させないための「理解増進」
ポイントは、差別を禁止させないために「理解増進」が主張されている点です。2016年に公開された「性的指向・性自認に関する自民党の考え方」では、「カムアウトする必要のない社会」「ジェンダーフリー論とは全く異なる」「パートナーシップは慎重な検討」などと述べられており、差別を温存し、男女の二元論に固執し、異性婚のみを認めて同性婚は決して認めない姿勢があらためて示されています。また、LGBT特命委員会初代委員長の古屋圭司議員は自身のブログで、LGBT理解増進法が「『攻撃こそ最大の防御なり』の発想でこの理解増進法を進める」「むしろ自治体による行き過ぎた条例を制限する抑止力が働くこと等強調したい」などと表明しています。
性的マイノリティへの構造的差別がいたるところで蔓延っているにもかかわらず、なぜ国政は差別を禁じようとしないのでしょうか。反対理由として「不注意な発言が差別と断じられる」「欧米は差別禁止で社会が分断している」「訴訟が乱発し社会が混乱する」などが挙げられています。
2021年に「LGBT理解増進法案」が浮上した際には、「性自認」が槍玉に挙げられ、それまで中心的ではなかったトランスジェンダーへのバッシングが過激になっていきました。山谷えり子議員は「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入れろとか、アメリカなんかでは女子陸上競技に参加してしまってダーッとメダルを取るとか、ばかげたことはいろいろ起きている」と、トランス女性の実態とは乖離した差別的イメージを述べました。その後、簗和生議員も「LGBTは種の保存に背く」と差別発言をしました。ただ、後者がLGBTコミュニティ全体への差別発言として注目されやすかったのに対し、前者は注目が薄く見過ごされていたことについては、私も含む差別に反対する人たちも反省すべき点かもしれません。
2022年 埼玉県LGBT条例
地方ではすでに約70の自治体で性的指向や性自認に関する差別を禁止する条例が作られています。2022年に埼玉県で同様の条例が提案された際、2021年に理解増進法案が国会提出見送りになったあとだったこともあり、保守派等からのバッシングが集中しました。
「埼玉県LGBT条例(埼玉県性の多様性を尊重した社会づくり条例)」は、自民党の埼玉県連が提案したという点が特徴的ですが、自民党内部からも批判を浴びました。そしてパブリックコメントを募集したところ、トランスヘイト言説を中心に、組織的な攻撃対象とされました。
埼玉県の条例は可決成立したものの、基本計画案のパブリックコメントにも、トランスバッシングが継続的に呼び掛けられています。『産経新聞』などでも条例反対の報道が目立ちます。
2023年 LGBT理解増進法案をめぐって
2021年に国会提出にすら至らなかった「LGBT理解増進法案」が再び議題に上ったのは、荒井首相秘書官(当時)が「隣に住んでいたら嫌だ 見るのも嫌だ」などと発言したこと、そしてG7広島サミットを前にホスト国の日本だけ法整備がなされていなかったことへの問題提起がきっかけでした。結局、2023年6月に非常に後退した内容で「LGBT理解増進法案」は成立しました。
2023年の議論でも、性自認が槍玉に挙げられることになりました。本来、「性自認」「性同一性」「ジェンダーアイデンティティ」が意味するものは同じです。しかし、性自認は「自称」で、性同一性は「医師による診断」という事実誤認もあり、最終的にカタカナの「ジェンダーアイデンティティ」が採用されるという経過をたどりました。
また、12条に「すべての国民の安心に留意」という、実質的に「多数派への配慮」を課す条項が追加されました。これはトランスバッシングを追認しかねない内容です。男女別施設の領域を超えて、多数派が不安だと感じたら必要な施策を進められないのではという懸念も残ります。
トランスヘイトの動きは、街中でも広がっています。渋谷駅ビルのトイレ・都内のマクドナルド・自宅ポストに差別ビラが配布されたり、街宣でトランスヘイトが拡散されたりしました。
LGBT理解増進法成立後
法案の成立後もトランスバッシングは続いており、今後も激化する見込みがあります。法案成立から間もない6月21日には「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性を守る議員連盟」が設立されました。共同代表は、山谷えり子・片山さつき・橋本聖子議員です。設立総会には「女性スペースを守る会」も参加し、7月20日時点で所属議員は100人に達しています。
この議連は9月8日、齋藤健法務大臣に不妊化要件維持を求める声明を提出しました。声明では、「手術要件が違憲とされれば、性自認だけで法的に性別変更できるようになる恐れがあり「大きな混乱が生じる」」と主張しています。戸籍変更に手術を課すこのような姿勢は、フェミニズムが求めてきたリプロダクティブ・ヘルス&ライツ(生殖にまつわる健康と権利)とは真っ向から対立するものです。
参政党の地方議員を中心に、「LGBT理解増進法の慎重な運用を求める意見書」提出の動きもあります。そこでは「女性の権利侵害、スポーツ界の問題、子どもの発達への悪影響など、諸外国の社会的混乱が日本でも生じるのではという懸念」が述べられています。そのため地方議員のなかでも、トランスの生活を想像できなかったり、トランスヘイトが盛んである現状を認識していなかったりすると、「言われてみれば、トランスの権利を認めるべきではない」という考えに至ってしまう危険性があります。
これまで女性の人権に無関心だったり、むしろ侵害してきた人たちが「女性を守る」という名目を持ち出してトランスヘイトを行っている状況があると言えます。
松岡宗嗣
愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、HuffPostや現代ビジネス、Yahoo!ニュース等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって – アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)、『子どもを育てられるなんて思わなかった – LGBTQと「伝統的な家族」のこれから』(山川出版社)など
周司から一言
以上が、国政の動きを振り返る、松岡宗嗣さんの発表でした。今後の政府・自治体の動きに注目していきましょう。
ここまでの3名の発表でトランスヘイト言説を振り返ってきましたが、同時に、これからどうすべきかのヒントも得られたのではないでしょうか。
出演者によるクロストークの前に、高井ゆと里さんによる発表をもとにした記事を高井さんご本人がお書きになったのでそちらをご覧ください。どちらも後日wezzyに掲載予定です。
記事1(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表
記事2(高井ゆと里) 高井ゆと里「素朴な疑問は素朴ではない~トランスヘイト言説に触れたら~」
記事3(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」クロストーク