堀あきこさんの発表
私からは、「女性」の立場で行われるトランスヘイト・排除言説を確認していきます。
私の視点から、これまでの言説空間で重要だと思われる出来事をピックアップしました。
―2018年―
・2018年7月2日 お茶大トランス学生受け入れ報道。SNSでトランス排除言説が急増
・2018年12月10日 「共にあるためのフェミニズム」(飯野由里子)『福音と世界』(新教出版社)
・2018年12月28日 「MtFの女性専用スペースの利用について、ひとりのMtFが考えたこと」[*1](みふ子)ブログ
―2019年―
・2019年1月5日 Abema TV「みのもんたのよるバズ!」、LGBT差別禁止法案批判の文脈でトランスへの恐怖煽動(松浦大悟)
・2019年1月9日 はてな匿名ダイアリー「ツイッターのせいで高校からの友達が死んだ」[*2]
・2019年1月15日 wezzy特集開始「トランスジェンダーとフェミニズム」[*3](堀あきこ)
・2019年2月26日 トランス女性に対する差別と排除に反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明(賛同募集)
・2019年3月19日 ウィメンズマーチ東京にトランス排除的プラカードが持ち込まれる動き、主催者によるトランス差別反対声明
・2019年6月8日 アジア女性資料センター『女たちの21世紀 特集 フェミニズムとトランス排除』(夜光社)
・2019年6月16日 WSトランスジェンダーをめぐる諸問題とフェミニズムの関係を考える@一橋大学
・2019年12月20日 「フェミニズムの中のトランス排除」(小宮友根)『早稲田文学』(早稲田文学会)
―2020年―
・2020年2月9日 きんきトランス・ミーティング イベント「トランスジェンダーを語りなおす」
・2020年2月18日 「「女」の境界線をひきなおす」(千田有紀)『現代思想 フェミニズムの現在』(青土社)トランス差別的であるという批判と批判への再批判が行われる
・2020年2月20日 「未来人と産業廃棄物」[*4](夜のそら)note
・2020年2月21日 「埋没した棘」(清水晶子)『思想』(岩波書店)
・2020年3月21日 「男女の境界とスポーツ」(井谷聡子)『思想』(岩波書店)
・2020年7月頃 冊子「トランスジェンダリズムを憂う女の会」が政治家や法曹、女性活動団体に送付される
・2020年8月12日 WAN「トランスジェンダーを排除しているわけではない」(石上卯乃)→8月17日 ふぇみ・ゼミ×トランスライツ勉強会「公開質問状」、→9月1日 WAN「トランスジェンダーとともに」コーナー排除要請
・2020年9月1日 リソースサイト TRANS INCLUSIVE FEMINISM[*5]
・2020年9月23日 日本学術会議法学委員会社会と教育におけるLGBTIの権利保障分科会「提言 性的マイノリティの権利保障をめざして(Ⅱ)トランスジェンダーの尊厳を保障するための法整備に向けて」
・2020年12月 フラワーデモへのトランス女性参加を拒否したファイヤーデモが活動開始
―2021年―
・2021年 LGBT理解増進法案の議論→5月 女性の人権と安全を求める緊急共同声明、 9月6日 No!セルフI D 女性の人権と安全を求める会
・2021年6月8日 「これは闘争、ではない」(二階堂友紀)『思想』(岩波書店)
・2021年 夏、東京オリンピック。トランス女性選手への注目とバッシングが加熱
・2021年9月18日 女性スペースを守る会発足
・2021年9月30日 当事者による冊子『トランスジェンダーのリアル』
・2021年11月20日 Tokyo Trans March 2021
―2022年―
・2022年4月30日 冊子「女性スペースの安心安全を−「性自認」を法令に入れてはいけない」女性スペースを守る会
・2022年5月14日 「女性トイレの維持確保に関する陳情についての情報提供」(遠藤まめた)
・2022年7月16日 トランス女性はジェンダー規範を強化すると主張する『美とミソジニー:美容行為の政治学』(シーラ・ジェフリーズ、慶應義塾大学出版会)
・2022年11月12日 『反トランス差別ZINE−われらはすでに共にある』
―2023年―
・2023年4月 新宿、複合ビルのジェンダーレストイレが話題となる
・2023年5月1日 「性自認」法令化に反対する声明。この時期、グルーミングなどのデマも増加
・2023年6月4日 にじーずTwitterアカウント閉鎖
・2023年6月14日 WAN「LGBTQ+への差別・憎悪に抗議するフェミニストからの緊急声明」(賛同募集)→千田有紀、牟田和恵 WANの理事辞任
・2023年7月11日 経産省事件最高裁判決(性自認に基づいて社会生活を送る利益を重要な利益と位置づけ)
・2023年7月12日 「トランスジェンダーを排除しているわけではない」(2020)掲載に対してWAN謝罪
これまでの動きからわかること
上記には書ききれていない出来事もありますが、ひと通りの動きを列挙しました。ここから、次のようなことが指摘できるでしょう。
まず、言説は非常に拡大しています。SNS中心と言えるものの、その範囲は出版・ウェブサイト・声明(署名)・マーチ・ワークショップ・イベント・学会シンポジウムなど多岐にわたります。そしてSNS以外でも、排除言説と、それへの対抗言説があることがわかるかと思います。能川さんの発表にもあったように、当初は右派が直接トランスへのヘイト言説を広げていたわけではありませんが、今や右派に利用され、法整備のイシューにもなっています。
そして、トランスヘイトを拡散する人たちが「自分たちの意見が差別だと抑え込まれている」と被害者意識を持っていることもありますが、決してトランスヘイトが抑え込まれているわけではありませんし、対抗している側が抑え込みに成功できているとも言えません。
例えば2023年6月4日には、LGBTやそうかもしれない10代〜23歳までの人の居場所である「にじーず」がTwitter(現X)のアカウント閉鎖に追い込まれました。「言論の自由」が叫ばれながらも、結局退場させられるのはトランス側だったのです。
また、「研究者(トランスを擁護する側)VS市井の女性(トランスに恐怖し排除する側)」という枠組みでみなされることがありますが、その認識は間違っています。アカデミアばかりがトランス排除を問題視しているわけではありません。様々なアクターが関わっています。
「女性」の立場から起こるトランスヘイト
さて、「女性」の立場を利用していったい何がヘイト・排除言説となっているのでしょうか? 3つに分けてお話しします。
1つ目に、トイレなど男女別スペースのトランス女性の利用について。トランスヘイト言説は、「(シスジェンダー前提の)女性」に対する性暴力が起きる可能性を示唆して、トランス女性の排除に向かうことがあります。例えば、こんな「不安」を見聞きしたことはないでしょうか。「『今日から女性です』と言えばペニスのある人が堂々と女性トイレを利用できるようになるのだから、『女性』の安心安全が守られなくなる」と。
この言説には、いくつもの問題点があります。まず、ジェンダーアイデンティティの存在を軽視しています。「今日から女性です」と言いさえすればその人物が女性になる、ということはありません。ジェンダーアイデンティティの存在をからかう目的で、「セルフID」「自認女性」「トランス猫(周司による注:猫だと自称すれば私は猫になるとでも? という言い分)」などのワードが用いられることがありますが、アイデンティティとはその時々の思いつきや、何の実質も伴わない一時的な自己主張とは異なるものです。SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)は全員に関わるものなのに、ジェンダーアイデンティティーを否定する人たちと対話することはできないでしょう。そのことについては、ぜひ『トランスジェンダー入門』の第1章をご参照ください。
そして、男女別スペースの利用に言及する際、性別適合手術を受けていないトランス女性は性暴力の原因になる、と考えていることも大きな問題です。そもそも(とくに女性用の)個室のトイレで他人の性器の形状が問題視されることはありません。また、性暴力は支配の形態であり、他者の尊厳を貶めるために(同性からも)行われるという、これまでフェミニズムが見出してきたことを理解すれば、ペニスのある人物が潜在的な性加害者であるという認識から離れることができるはずです。実際にはトランス女性は高い割合で性暴力の被害に遭っているにも関わらず、性暴力の原因と位置づけることは、彼女たちの被害を覆い隠してしまいます。
そもそもトランスは、男女分けスペースをどちらも利用できないことさえ珍しくありません。ここで起きているのは、「社会のなかでより脆弱な立場に置かれている者がむしろ加害者の人間として表象される逆転のメカニズム」である「想像的逆転」[*6]なのです。
「トランス女性だと偽る男性と見分けがつかない」だろうからトランス女性の利用を控えてほしい、という意見もよく聞きます。ところで、あなたは普段どうやって男女別スペースを利用しているか、思い出してみてください。トイレの入り口で性器を見せたり、「これまでずっと女性として育ってきました」という来歴を提示したりする必要はなかったはずです。男女の見分けは「ぱっと見」という曖昧な運用がされてきたのです。トランス女性にのみ厳格な見分けの適用を要求するのはまずもって不可能ですし、そもそもおかしな要求なのです。「女性にみえない」と判定されるシスジェンダーの女性が女性用スペースから排除されることもあります。それは残念ながら今までもそうでしたし、今後も仕組みが変わらなければ、同様でしょう。
結局のところ、性犯罪目的の男性を完全に阻止することは無理でしょうし、性犯罪はトランス女性を排除したところでちっとも解消されません。トランス女性がスケープゴートになるばかりなのです。
2つ目に、スポーツや女性限定枠などへのトランス女性の参加について。シス女性の権利がトランス女性に奪われる、といったヘイト言説が存在します。例えば2018年秋、アメリカの高校陸上競技でトランス女性が好成績を収めたニュースがあり、それに対する否定的反応が起きました。2021年の東京オリンピックでは、シス女性の写真を加工してまで「こんなにも男らしいトランス女性がメダルを奪ってしまう」などと吹聴され、意図的なミスジェンダリングが多数起きました。
スポーツ以外でも、差別解消のためのアクションが「逆差別」と呼ばれる現象は起きています。例えば、ジェンダーレストイレができた際の「トランスジェンダーへの配慮で女子トイレがなくなってしまった」という言説や、大学の女性限定公募で採用されたトランス女性へのバッシングなどもその一例です。これらは、フェミニズムに向けられてきたアファーマティブアクションへの反対言説とまったく同じことが起きているのではないでしょうか。
3つ目に、ジェンダーアイデンティティに関して。「トランス女性は女性ではない」という文言で、トランス女性の存在ごと否定したり、あるいは女性であることを否定したりする人もいます。
能川さんの指摘では、「素朴な生物学主義」が右派と非右派で共有されつつあるとありましたが、フェミニスト的な立場から、より踏み込んだ視点でトランス女性排除に繋げているケースもあります。
例えば、牟田和恵氏は、「性別適合手術で「女」になったからといって、あらゆる面で女性と同じ扱いをすることは当事者の利益では決してない」(:139)とし、トランス差別で有名なジャニス・レイモンドの論に部分的に肯定的な記述をしながら「生まれながらの女と同一であると見なすとすれば、それは逆に、トランスセクシュアル女性の個別性を認めない、きわめて単純な男女の二元論に陥ってしまう」(:244-5) [*7]などと記述しています。この記述から帰結されるのは、一見トランス女性の立場を尊重しているようでいて、トランス女性がそもそも「女」ではないという主張です。
フェミニズムがやってきたこと
フェミニズムはこれまで、「女性」とからだ・性・生について着力してきました。しかし、トランスジェンダーばかりがアイデンティティに疑いの目を向けられ、からだのことばかり執拗に問われるという不公正が、いくら指摘を受けても無視されています。
シス女性が性暴力への恐怖から「見分け」を語り、そこでトランス女性は「判定」の対象にされるという事態は、フェミニズム的な文脈で続いてきました。「判定」の対象とされるトランス女性が女性らしいジェンダー表現をすれば「女らしさを強化している」と非難され、女性らしくないジェンダー表現をすれば「やはり男に違いない」と排除されます。これが果たしてフェミニズムなのでしょうか?
[1] みふ子「MtFの女性専用スペースの利用について、ひとりのMtFが考えたこと」https://kuroimtf.hatenablog.jp/entry/2018/12/28/202941
[2] 「ツイッターのせいで高校からの友達が死んだ」https://anond.hatelabo.jp/20190109004202
[3] 堀あきこ「トランスジェンダーとフェミニズム ツイッターの惨状に対して研究者ができること」https://wezz-y.com/archives/62688
[4] 夜のそら「未来人と産業廃棄物」https://note.com/asexualnight/n/n8ef173987d74
[5] TRANS INCLUSIVE FEMINISM https://transinclusivefeminism.wordpress.com/
[6] 藤高和輝「後回しにされる「差別」 トランスジェンダーを加害者扱いする「想像的逆転」に抗して」
https://wezz-y.com/archives/67425
[7] 牟田和恵『ジェンダー家族を超えて 近現代の生/性の政治とフェミニズム』新曜社、2006年
堀あきこ
関西大学他非常勤講師。専門はジェンダー・セクシュアリティ、メディア文化。主な著作に『ジェンダーで学ぶメディア論』(共著, 2023, 世界思想社)、『BLの教科書』(共編著, 2020, 有斐閣)、『欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差』(単著, 2009, 臨川書店)。ほかに「近年のインターネットを中心とした「トランス女性排除」の動向と問題点」(2023, 『解放社会学研究』No.36)「だって、ネットの話でしょ?―インターネットの差別に抗う」(2022, 『シモーヌ 特集:インターネットとフェミニズム』VOL.6)、「分断された性差別―『フェミニスト』によるトランス排除」(2019, 『女たちの21世紀 特集:フェミニズムとトランス排除』No.98)など。「トランスジェンダーとフェミニズム―ツイッターの惨状に対して研究者ができること」
周司から一言
以上が、インターセクショナリティを重視してフェミニズムに向き合ってきた堀さんによる発表でした。フェミニズムの名のもとにマイノリティ女性を排除したり、一部の「女性の安心・安全」のために他の集団を差別することはあってはならないことです。最後は、松岡宗嗣さんの発表です。