メトニミー ; 「宅急便を装って」

2-3日前、ラジオのニュースで「犯人は宅急便を装って侵入し」と言っていました。 これは言語学ではメトニミー(換喩)というやつです。メトニミーとは、簡単にいうと「指示対象の横滑り」です。 何かの話をするとき、聞き手と話し手の思っている気持ちの対象(アクティブゾーンとよぶ)が、本来のその単語の意味か少しずれたところで一致しているとき、この使用が成立します。

例えば、「冷蔵庫を閉めてちょうだい」は、ほんとうは「冷蔵庫のドアを閉めてちょうだい」なのですが、そこは聞き手の読みにより、「冷蔵庫を閉めて」でも通じるわけです。 気持ちと視点が「冷蔵庫」から「冷蔵庫のドア」に横滑りしているわけです。

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ニュースの例の「犯人は宅急便を装って侵入」は、「常識的に」考えて、「宅急便配送者を装って侵入」ということなのでしょう。 ほんとうに宅急便を装って(梱包されて)侵入できてたらそれはもっと大きなニュースになります。

このメトニミーの例として、こんなのがあります。
「みかんをむく」・・・「みかんの皮をむく」
「扇風機が回っている」・・・「扇風機の羽が回っている」
「黒板を消す」・・・「黒板上の文字を消す」
「ひと缶飲み干す」・・・「ひと缶のビールを飲み干す」
「アサヒをふた缶」・・・「アサヒビールを二冠」
「入れ墨お断り」・・・「入れ墨をした人お断り」
「茶髪がおつりを間違えた」・・・「茶髪の店員がおつりを間違えた」
「ああ、カツ丼が逃げていく」・・・「ああ、カツ丼を食べる機会が逃げていく」

英語でもメトニミーは起こります
"She erased the blackboard."
"He drank two bottles."
"The kettle is boiling."

ですが、その許容範囲が日本語より小さい気がします。日本語では聞き手が親切に「アクティブゾーン」を移動させてくれますが、英語ではその範囲が限られます。 日本語は話し手と聞き手の協力により成り立つ言語ですが、英語では、聴き手の負担なく誤解なく話すのは話者の責任です。
英語は日本語より動詞が豊富であるのもこのメトニミーレベルの違いの要因としてあるかもしれません。例えば「みかんをむく」の例では"peel"という「~の皮をむく」という動詞があります。

同じような「指示対象の横滑り現象」は「結果目的語」という形で現れます。
例えば:
「芋を掘る」・・・土を掘って芋を取り出す
「穴を掘る」・・・地面を掘って穴をつくる
「お湯をわかす」 ・・・水を沸かしてお湯をつくる

結果として出てくるものを、目的語のようにして使っています。 穴の中を掘るわけではありません。これは英語でも起こります。
"dig potatoes"
"dig a hole"

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同じ「地面を掘る」という行動でも、話し手の視点が「地面にあるか」「穴にあるか」「芋にあるか」で、言い方が変わります。何が話者の視点の「前景にあるか」ということです。、
※「フレームの前景化」とは、「一番手前に来る」ということで、「画像処理アプリケーションの一番手前のレイヤー」のイメージです。

ふだんあまり気にしないところで、私たちは不思議なことばを使っています。その不思議さの加減や対象が、日本語と英語は異なるんです。 外国語を学ぶと、母国語を見つめることができます。

ゲーテの言葉 「外国語を知らざるものは自国語をも知らざるなり」
とは、こういうことですね。


すずきひろし

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