体育祭

2018.06.08

「われわれの競争相手は無限大の大空、確乎不動の大地、しっかり頑張りましょう」の学園長の開会の言葉で始まる体育祭。玉川学園創立の1929(昭和4)年から開催され、2018(平成30)年の体育祭で90回目を迎える。

第82回体育祭 2010(平成22)年

1.第1回体育祭 1929(昭和4)年11月22日に開催

前夜の雨がうそのように晴れ間が広がっている。朝早くから生徒たちの労作で、会場である運動場は準備万全。朝から、玉川の丘の上空に花火があがっている。四方の村の人たちもぞくぞくと集まってきた。いよいよ玉川学園第1回体育祭が、小原國芳学園長の開会の言葉で幕を開けた。岡本敏明先生に導かれて校歌の合唱の後、合同体操。そして競技開始。参加者は、玉川学園の児童・生徒、岡上青年訓練所の生徒、町田・鶴川・柿生・生田・田奈・忠生等の小学校の児童、そして青年団の人たち。

2.プログラム

第1回体育祭のプログラムは次の通りであった。
午前の部は、百米競走、砲丸投げ、障害物競走、四百米競走、小学部五十米競走、八百米リレー、ハードル競走、小学部二百米競走、俵奪い、走り高跳び、百足競走、柿取り、円盤投げ、クロスカウントリーレース、職員リレー、走り幅跳び、小学部リレー、千五百米競走、玉川ボール、岡上青年訓練所の教練、近郷郡部(町田・鶴川・柿生・生田・田奈・忠生等)小学校および青年団の人たちの入場式。午後の部は、青年団の人たちの百米競走、走り高跳び、マラソン、塾生のピラミットビルディング体操。

第4回
第4回
第8回
第15回
第25回
第52回(創立50周年記念体育祭)
第43回
第55回
第59回
第63回
第65回
第66回
第67回
第69回
第72回
第78回
第79回
第80回

3.入場門

入場門の制作が開始しされたのがいつかは明確ではない。記録として残っているのは1946(昭和21)年の第18回体育祭からである。戦後まもなくの頃は、樹木にかけた看板だったり、柱を立てた横断幕のようなものであった。やがてアーチ型のものが登場し、1955(昭和30)年以降は見事な作品といえるまでになった。アーチ制作は1982(昭和57)年の第54回まで続いた。翌年から会場が記念グラウンドとなり、会場の都合でフラワーポットの形式となった。それも1987(昭和62)年の第59回で終了した。

第18回
第21回
第23回
第25回
第26回
第27回
第28回
第29回
第31回
第32回(中学部生制作)

4.行進

ニルス・ブックが派遣したポール・ヒルデブラントの指導により、1932(昭和7)年の第3回体育祭から行進が行われるようになった。行進は、昼食後に基本的に全員参加で行われた。その後も継続的に実施されたが、全学部の規模が大きくなり、全体練習の時間の確保が難しくなったことから、1980(昭和55)年の創立50周年記念体育祭(第52回)をもって終了となった。

第5回
第12回
第22回
第25回
第30回
第32回
第35回
第43回

5.マラソン

1929(昭和4)年の第1回から行われていたマラソンは、2007(平成19)年の第79回体育祭を最後に終了となった。マラソン開始当時は、玉川学園~南大谷から町田第1小学校~町田高校~玉川学園というコースだった。その後コースは多少変わったが、1975(昭和50)年頃まで学外に出るコースで行われていた。やがて学外の道路交通事情により、学内を周回するコースへと変化した。

第30回
第43回
第59回
第62回
第63回
第71回

6.職員リレー

第1回大会から実施されている職員リレーは1933(昭和8)年の第4回から職員各部リレーという種目名称で行われた。1954(昭和29)年の第26回体育祭では、職員年齢別リレーとして、翌年の第27回体育祭からは各部対抗リレーとして実施された。しかし、平成になると、怪我をする人が増えたことから、1992(平成4)年の第64回体育祭を最後に行わないこととなった。

第26回
第43回

7.デンマーク・オレロップ体育アカデミーのエリートチームの参加

オレロップ体育アカデミーのエリートチームは、第61回、第74回、第78回の体育祭に参加した。そのずっと以前の、1932(昭和7)年の第3回体育祭に、ニルス・ブックによりポール・ヒルデブラントが派遣され、彼の指導で合同体操が行われた。その伝統が今なお徒手体操や棍棒体操、旗体操などのマスゲームに継承されている。また、その43年後の1975(昭和50)年の第47回体育祭には、オレロップ国民高等体操学校のモンテンセン校長と体操チーム35人が参加した。

第47回
第61回
第61回
第74回
第78回
第78回

8.写真で見る体育祭

(1)第1回~第20回 1929(昭和4)年~1948(昭和23)年

第3回 小学部体操
第4回 観覧席
第5回 徒手体操
第12回 樽転がし(小原國芳学園長も参加)
第15回 草競馬
第15回 舞踊(女学部)

(2)第21回~第40回 1949(昭和24)年~1968(昭和43)年

第21回 綱引き
第25回 先生探し
第28回 おみこしわっしょい(幼稚部)
第29回 オートメーション(中学部)
第30回 30周年記念体育祭
第30回 竹馬競走(大学)
第31回 ボートレース(中学部)
第32回 ダルマ運び(小学部)
第32回 入場行進
第33回 クロスカントリー
第34回 スピード王(高等部)
第35回 徒手体操(中学部)
第36回 大グラウンド拡張完成記念体育祭
第37回 ラグビーOB対現役
第38回 タンブリング(中学部)
第39回 小原國芳学園長の胴上げ
第40回 クラブ対抗リレー(大学)
第40回 野試合・剣道(中・高・大)

(3)第41回~第60回 1969(昭和44)年~1988(昭和63)年

第41回 創立40周年記念体育祭・棍棒体操(大学)
第42回 玉川音頭(幼稚部)
第43回 タンブリング(中学部)
第46回 小原國芳総長の米寿を祝して88の人文字
第46回 大空の下で(小学部)
第47回 デンマーク大使夫妻とモンテンセン校長が観覧
第49回 体操部演技
第52回 創立50周年記念体育祭
第53回 布体操(女子短期大学)
第54回 タンブリング(中学部)
第57回 連続なわ跳び(小学部)
第59回 障害物リレー(小・中・高)

(4)第61回~第80回 1989(平成元)年~2008(平成20)年

第62回 中学生讃歌(中学部)
第64回 棍棒体操(中学部)
第66回 ダイナリズム(文学部教育学科体育専攻)
第70回 ボール・徒手体操(高等部)
第70回 レッツ・スティックダンシング(幼稚部)
第72回 和太鼓と体操(大学)
第73回 中学生讃歌(中学部)
第76回 リング&ボール・徒手体操(高等部)
第77回 ヨットレース(小学部)
第77回 綱奪い(高等部)
第77回 大空の下で(小学部)
第80回 開会式

(5)第81回~第89回 2009(平成21)年~2017(平成29)年

第83回 Swing&Wave(5年生~8年生)
第85回 綱奪い(9年生~12年生)
第89回 基MOTOI(大学)

9.体育祭の開催年譜

スクロール
西暦体育祭開催日特記事項
1 1929 昭和4年11月22日  
2 1930 昭和5年10月19日  
  1931 昭和6年9月13日 ニルス・ブック一行が来園し、実演会を開催
3 1932 昭和7年10月18日  
4 1933 昭和8年10月15日  
5 1934 昭和9年10月18日  
6 1935 昭和10年10月13日  
7 1936 昭和11年10月18日  
8 1937 昭和12年11月3日 雨天のため体育館で実施
9 1938 昭和13年10月16日 雨天のため体育館で実施
10 1939 昭和14年10月22日  
11 1940 昭和15年11月3日  
12 1941 昭和16年11月2日  
14 1942 昭和17年10月25日 興亜工業大学との総合体育祭
15 1943 昭和18年11月3日 体育祭でグライダー滑空訓練公開
16 1944 昭和19年11月3日 雨天のため中止
17 1945 昭和20年11月3日  
18 1946 昭和21年10月27日  
19 1947 昭和22年11月2日  
20 1948 昭和23年11月3日  
21 1949 昭和24年11月3日  
22 1950 昭和25年11月3日  
23 1951 昭和26年11月3日  
24 1952 昭和27年11月3日  
25 1953 昭和28年10月11日  
26 1954 昭和29年10月10日  
27 1955 昭和30年10月9日 タンブリング(中学部)が始まる
28 1956 昭和31年10月14日  
29 1957 昭和32年10月13日  
30 1958 昭和33年10月12日  
31 1959 昭和34年10月11日 創立30周年記念体育祭
32 1960 昭和35年10月9日  
33 1961 昭和36年10月8日  
34 1962 昭和37年10月31日  
35 1963 昭和38年10月13日  
36 1964 昭和39年11月1日 大グラウンド拡張工事完成記念
37 1965 昭和40年10月10日  
38 1966 昭和41年10月9日  
39 1967 昭和42年10月8日  
40 1968 昭和43年10月20日  
41 1969 昭和44年10月10日 創立40周年記念体育祭
42 1970 昭和45年10月25日  
43 1971 昭和46年10月17日  
44 1972 昭和47年10月15日  
45 1973 昭和48年10月14日  
46 1974 昭和49年10月20日 小原國芳の米寿を祝して、徒競走の距離が70mから88mに。中学部生の88の人文字も。
47 1975 昭和50年10月12日 オレロップ国民高等体操学校のモンテンセン校長と体操チーム35人が参加
48 1976 昭和51年10月10日  
49 1977 昭和52年10月16日  
50 1978 昭和53年10月8日  
51 1979 昭和54年10月10日  
52 1980 昭和55年10月5日 創立50周年記念体育祭
第3回体育祭から行われていた行進は、第52回をもって終了
53 1981 昭和56年10月 4日  
54 1982 昭和57年10月10日  
55 1983 昭和58年10月10日 第55回体育祭より、会場が大グラウンドから記念グラウンドに変更
56 1984 昭和59年10月10日  
57 1985 昭和60年10月10日  
58 1986 昭和61年10月10日  
59 1987 昭和62年10月10日 第1回から行われていた開会を知らせる花火は、第59回体育祭が最後
60 1988 昭和63年10月30日 第60回体育祭は、昭和天皇がご病気のため開催を自粛し、体操発表会を実施
61 1989 平成元年10月10日 創立60周年記念体育祭
オレロップ体育アカデミーのエリートチームが参加
62 1990 平成2年10月10日  
63 1991 平成3年10月14日 雨天のため午前中のみ実施
64 1992 平成4年10月10日 第1回から実施されていた職員リレーは、第64回体育祭を最後に終了 
65 1993 平成5年10月10日  
66 1994 平成6年10月10日  
67 1995 平成7年10月10日  
68 1996 平成8年10月10日  
69 1997 平成9年10月10日 ソーラーカーラリーに出場した「玉川スーパーゲンボウ」がグラウンドを2周半デモ走行
70 1998 平成10年10月10日  
71 1999 平成11年10月11日 創立70周年記念体育祭
72 2000 平成12年10月8日  
73 2001 平成13年10月7日  
74 2002 平成14年10月13日 オレロップ体育アカデミーのエリートチームが参加
75 2003 平成15年10月13日  
76 2004 平成16年10月11日  
77 2005 平成17年10月9日 雨天のため中止
78 2006 平成18年10月28日 オレロップ体育アカデミーのエリートチームが参加
79 2007 平成19年10月20日 第1回から行われていたマラソンは、第79回体育祭を最後に終了
80 2008 平成20年10月18日  
81 2009 平成21年10月17日 創立80周年記念体育祭
82 2010 平成22年10月16日  
83 2011 平成23年10月16日  
84 2012 平成24年10月6日  
85 2013 平成25年10月6日  
86 2014 平成26年10月4日  
87 2015 平成27年10月3日  
88 2016 平成28年10月10日  
89 2017 平成29年10月14日  
  • 1931年はニルス・ブック一行が来園し実演会として実施したため、体育祭として回数にカウントしていない。しかし、それを第3回としてカウントすることにしたため、1942年の体育祭を第13回ではなく第14回としたと考えられる。

関連リンク

参考文献

  • 体育祭の歴史編集委員会編『玉川学園・玉川大学 体育祭の歴史』 玉川学園・玉川大学体育・スポーツセンター 2009年
  • 小原國芳監修『學園日記』第6號 玉川學園出版部 1929年
  • 小原芳明監修『全人』第778号 玉川大学出版部 2013年
  • 小原芳明監修『全人』第789号 玉川大学出版部 2014年
  • 白柳弘幸著『故きを温ねて⑱』(『全人』第789号 玉川大学出版部 2014年 に所収)
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川學園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川學園五十年史写真編』 玉川学園 1980年

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