陰謀論者が招き入れる「新しい戦前」、跋扈するマルクス・レーニン主義の亡霊

日本の右派にも侵食...
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 混沌とする国際情勢を巡る「陰謀論」について奥山真司氏が喝破
  • 21世紀に蘇るマルクス・レーニン主義的な議論は何か?なぜ流行?
  • 「ウクライナ戦争を仕掛けたのは国際金融資本」!? 陰謀論蔓延の危険

我々はどこにいて、世界はこれからどこに向かうのだろうか?日頃から国内外のニュースを見ているみなさんも、現在世界で起こっていることを見れば、全体的にあまり楽観的になれない状況になりつつあると感じている方が多数かもしれない。

このようなカオス的な国際情勢をどうとらえるべきであろうか?その見方の一つとして、私は自分の研究してきた古典地政学の視点、たとえば伝統的な「ランドパワーvsシーパワー」や「リムランド」における三大戦略地域のバランスなどによって(もちろん全てではないが)一定の説明ができるのでは、と記してきた。

ところがそれ以外にも、このような状況を説明する際に、やはりよく聞くのが「新冷戦」というキーワードだ。

78design /PhotoAC

第二次大戦前の空気に似ている?

たとえば大きな視点を持ったコラムニストとして有名な英フィナンシャル・タイムズ紙のギデオン・ラックマンは、今年の前半(2023年3月)に日経新聞に転載されたコラムにて

「対立する2つの陣営が世界に出現したことで新たな冷戦が始まったとの議論が沸き起こっている。新冷戦も米ソの冷戦と明らかに似たところがある」と指摘している。

ところがその後にこうも指摘する。

「歴史を振り返れば米ソ冷戦時代以上に今の状況に似た時代がある。それは世界各地で緊張が高まった1930~40年代だ。当時も今と同じく、欧州とアジアの2つの権威主義国家が、英米が不当に世界を支配しているとみなし、強い不満を抱いていた」

そして、当時強い不満を抱いていた国としてドイツと日本を引き合いに出し、これが現在のロシアと中国に当てはまる、とするのだ。

ラックマンのこのような議論は英語圏でよく見かけるものだ。その妥当性はさておき、私が個人的に気になるのは、彼の指摘する「1930〜40年代」や前の「冷戦」時代において、日本をはじめとする国民の間で流行し、目の前の国際情勢や、戦争についての説明や(陰謀論的な)言説のベースになっていた、マルクス・レーニン主義的な議論の流行だ。

しかもここで興味深いのは、日本ではその言説が従来の左派側だけでなく、とりわけ右派側の議論にも色濃く反映されつつあるという実態である。以下で簡潔に説明したい。

マルクスがベースの「戦争原因論」

カール・マルクス(John Jabez Edwin Mayal /Public Domain Wikimedia)

「戦争の原因は何なのか」という問題は、国際関係論(国際政治学)の分野ではいわゆる「戦争原因論」などと呼ばれ、実に豊富な知の蓄積がある。

その原因を論じたものの中で、最も古いものの一つが「マルクス・レーニン主義」によるものだ。これはプロイセン王国生まれのカール・マルクス(1818〜1883年)が提唱した、実に包括的な世界観と、革命的な思想(マルクス主義)をベースとしたものだ。

マルクスは資本主義がやがて社会主義や共産主義に取って代わり、あらゆる社会構造や政治的な関係というものは社会の根本的な経済構造によって決定されており、とりわけ生産手段を持った「資本家」と「労働者」との関係性が重要であり、この二者による「階級闘争」が歴史発展の基本的動因であるとする学説・思想を唱えて、20世紀の政治に多大なる影響を与えたことは周知の通りだ。

レーニンが国際政治理論に押し上げ

ウラジーミル・レーニン(Pavel Zhukov /Public Domain Wikimedia)

ところがマルクス自身は、もっぱら国内政治に関する議論を展開していただけで、国際政治に関する体系的な理論を提唱したわけではない。この議論を国際政治に応用し、さらに戦争の原因についての考え方にまで高めたのが、革命家でありソ連の初代の指導者であるウラジーミル・レーニン(1870〜1924年)である。

レーニンは、大英帝国の拡大政策は殖民ではなく、資本の投資と市場の開拓を目的としたものだと批判したJ.A.ホブソンの考えなどをヒントに、1917年に『帝国主義論』をまとめている。

ここでの主な主張は「資本主義は資源と労働力と市場の確保のため、植民地争奪戦争を必然化する」というものだが、これによっていわゆる「マルクス・レーニン主義」の国際的な戦争の原因の説明が完成し、その基本的な議論は「国際的な紛争は、資本主義体制や、資本家階級が求める利益によって発生する」というものだ。

その説明としては、帝国的な資本主義体制をとる国というのは、過剰生産に陥るためにマーケットを求めて海外に展開する強いインセンティブにさらされるというものや、資本主義国には急激な生産拡大のために天然資源が必要になるために海外での植民地獲得に乗り出す(60年代のベトナム戦争のときによく見られた議論)というものだ。

「資本家階級が戦争を起こす」という陰謀論

その一例として、世界恐慌を抜け出すために戦争経済で経済を回復させるために戦争が行われたとする「軍事ケインズ主義」(military Keynesianism)と言われる議論も、当時に関しては一定程度の議論の正当性はあったかもしれないが、現代の高度の情報・知識化された社会・経済の構造では、それによって期待される民間経済への効果は大幅に縮小しているのだ。

また、米国が第一次世界大戦に参戦する際に軍需企業が対外政策を引っ張ったとする 「死の商人説」(merchant of death hypothsis)も、たしかに戦争によって兵器産業は利益を得た面はあるのだが、当時のウィルソン大統領を参戦に実際に駆り立てたのはバランス・オブ・パワーの考慮やドイツの潜水艦による攻撃、そしてアメリカのリベラルなイデオロギーなどにあったとするのがほとんどの歴史家たちの見解であり、死の商人説には学術的にも説得力がない。

このような議論に共通する世界観としては「資本家階級が戦争を起こす」という陰謀論的な考えに集約される。

日本の右派にも蔓延

さて、このような「資本家階級が戦争を起こす」という考え方だが、これと似たような世界観に則った議論は、日本共産党のような従来の左派だけでなく、主に最近の日本の右派・民族派側の陰謀論的な言説にも見てとることができるのが気になるところだ。

たとえばウクライナの戦争を仕掛けたのは「ネオコン」(Neoconservative)や「ディープ・ステート」(DS)と呼ばれる特定の集団である、とする議論もあるかと思えば、さらに陰謀論的な言説では「ユダヤ人を中心とする国際金融資本家らによって積極的に進められるグローバリゼーションと、それに対抗するナショナリズムとがせめぎ合いを行っている」というものもある。

ymgerman /iStock

さらに驚くのは、そのナショナリズムを標榜する「光の勢力」をリードするのは、なぜか侵略戦争を起こしているロシアのプーチン大統領や、米国内で政治的分断を進めているトランプ前大統領であり、彼らの登場によってその状況が代わりつつあるという議論がなされるのだ(例えば本書など)。

もちろん、このような議論はエビデンスに決定的に欠けているため、大手メディア的にも学術的にもまったく相手にされていない陰謀論である。だが、そのようなエンターテイメント的な議論を信じる人々が日本でも次第に増えてきている様子が、SNSを中心に可視化されていることが気になる。

この手の陰謀論を「楽しむだけ」ならかまわないのだが、このような怪しい言説と世界観が政治に浸透し、日本の政策が振り回されて国益を害するとなれば、戦前の状態と変わらないことになる。

もちろん「言論の自由」と言われてしまえばそれまでなのだが、客観的な事実に基づかない主観的・感情的な政策がもたらすのは悲劇だけである。

陰謀論が蔓延する危険な時代へ

もちろん上記のような実態が見えてきたからと言って、必ずしも日本がこれから1940年代のような政治的な動乱と戦争の時代に突入するとは言い切れない。

それでも日本国内の政治言論の中において、このようなマルクス・レーニン主義的なものと似たような議論や陰謀論が(再)普及しはじめたことは、あまり良い兆候であるとは思えない。

そのような議論が流行する時代というのは、国際的な状況が不安定になったり、人々が生活に不安を感じたり、社会の中の格差の問題に焦点が当たるようになってきたことを示しているからだ。

上記のような陰謀論を論じている人々や、それを聞かされている彼らは、自分たちの言説がマルクス・レーニン主義における戦争の原因の説明と似ているとはまったく考えていないはずだが、そのような議論に気づけないくらいにそれを本気で信じている人々が増えている実態こそが、逆にラックマンの指摘するような「1930〜40年代」や「冷戦」時代に似てきている証拠とは言えないだろうか。

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【編集部より】

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