映画『釣りバカ日誌5』から。
私が映っている。
日本ビルプロジェクト本社(鈴木
建設本社ビルとしてロケ)に高輪
の刀工小林康宏の鍛冶場兼自宅
の地上げ調査報告に行った際。
鈴木建設社長すーさん(三國連太
郎)の出社道路走行シーンはゲリ
ラ撮影である事が判った。
植え込みの中にカメラマンが
一人だけで、周囲にはスタッフ
は誰もいなかった。
多分一発撮り。
運転者は歩行者通行妨害運転だ
った(笑
「何だよ!このセンチュリー!」
とか思ったら中に三國連太郎が
乗っていた。
私は危険!と思って立ち止まっ
て完全に前を車両が通過する
まで待ったが、隣りの事務長
は立ち止まらずに、そのまま
歩いていた。
まで待ったが、隣りの事務長
は立ち止まらずに、そのまま
歩いていた。
早大ブン叛フラッグだった男
だが、革命的警戒心が無い(笑
だが、革命的警戒心が無い(笑
つか、ショッポを歩きタバコの
俺も偉そうな事言えた義理じゃ
ないが。
つけられていたらタバコのポイ
捨てでさえ別件で引っ張れる。
ここは青学の向かい。
土地開発デベロッパーの日本
ビルプロジェクト本社スクエア
ビルに入る映画車両。
このビルの隣りは私が馴染みだ
った刀剣伊波があった。
研師のお店。私の備前長船則光
はそこで世話してもらった。
戦国時代天文年間の戦場刀。
恐ろしく切れる。
はそこで世話してもらった。
戦国時代天文年間の戦場刀。
恐ろしく切れる。
元々このビルプロの敷地は、広
い都電の操車場で、伊波さん
は子ども時分はそこが遊び場
だったと語っていた。
は子ども時分はそこが遊び場
だったと語っていた。
ご親族が皇居寄りの虎ノ門に刀
剣店「日本刀剣」を構えていて、
剣店「日本刀剣」を構えていて、
皇室刀剣刀装具御用達でもあ
る。
る。
そちらの店は後継者が後を継い
でいる。
青山の伊波さんの研ぎは最高だ
った。
いわゆる花魁研ぎを嫌い、旧来
の日本刀の研ぎをする人だった。
下地が上手い。
研ぎ名人は全員下地がとても上
手い。
青山通りから表参道を下ると、
かつて江戸時代には廣島藩
邸があった。原宿一帯は廣
島藩淺野家が下屋敷として
拝領していた。
邸があった。原宿一帯は廣
島藩淺野家が下屋敷として
拝領していた。
上屋敷は現霞ヶ関警察庁のあた
り。
江戸期ならば、原宿も馴染みの
場所という事になる。
現代ならば、上屋敷のあたりが
馴染みか(笑
別な作品では東映の『痴漢日記2』
に私が映ってる。痴漢じゃない(笑
に私が映ってる。痴漢じゃない(笑
新橋駅SL前噴水横で、朝通勤し
ている時に出演者同士の会話
シーンを撮影していた。スタッ
フは多かった。
ている時に出演者同士の会話
シーンを撮影していた。スタッ
フは多かった。
作品を観ると、それを見ながら、
そのすぐ横を歩いている私が
くっきり映り込んでいる。