殺し屋になった少年の話
橘寝蕾花(きつねらいか)
本編
僕の家はアパートの二階にあった。外に出たことはここ数年一回もない。学校に通わなくなって、三回くらい夏が過ぎた。
そう、ちょうど三回。今は、少し寒い。外では雨が降っていると思う。ベニヤ板で目張りされた窓からは、音でしかそれを判別できない。
光は差さず、夜だとわかる。廊下に繋がるドアは外側から鎖と南京錠で封鎖され、出られない。窓も、ベニヤ板を剥がしても鉄格子が邪魔で出られない。
スチームヒーターを勝手に入れると怒られる。電気も、勝手につけてはならない。決められた時に決められた量の食事を摂り、ただ生きているかどうかもわからない日々を送らされる、ペットのような生活。
世間的には僕は生きているのか死んでいるのかわからない状態だろう。部屋のドアをあけるまで、僕がどうなっているのかは誰にもわからない。
そんな暮らしを僕に強いる母さんは狂っている。
父さんがいなくなってから、狂った。思えば父さんが浮気しているとわかっていた頃からだろうか。
「あなた? どうして喋らないの?」
僕の部屋にはベッドが一つだけ。隅で毛布をかぶって丸くなる僕を、母さんはやけにねっとりした目で見つめてくる。
「あなた、逃げないで」
母さんは狂っている。
僕は父さんじゃない。
服を剥ぎ取ろうとする母さんを蹴り飛ばした。十三歳にもなれば、細身の女を怯ませることくらい造作もない。
母さんは驚いたような顔をして、張り手を振り上げた。僕の胸ぐらを掴み上げ、ヒステリックな金切り声を上げながら何度も殴打する。
口の中が切れて鉄の味が広がる。なれていた。母を拒めばこうなる。そして、ぐったりと動かなくなった僕は母さんに蹂躙される。
でも、その日は違った。
母さんはリビングの棚からアイスピックが一本消えていたことに気づかなかったのだろう。僕は毛布の中に隠していたそれを握り締め、母さんの頭蓋と脳髄を砕いた。
目玉が左右それぞれ、バラバラの方向を向いた。鼻と口から黒ずんだ液体がごぷごぷ溢れ出す。雷に打たれたように痙攣し、糞尿を漏らした。
それでも母さんは「あナたた……タ」と繰り返している。
怖くなってピックを引き抜き、何度も何度も突き刺した。
母さんの頭は穴だらけになり、あちこちに脳みそが飛び散った。
そして、気づけば頭部という形状がほとんど形容し難い何かに変容した母さんを、僕は吐瀉物で汚し、酸素を求めて荒い呼吸を繰り返していた。
僕はそれでもひどくクールダウンしていた。母さんを日曜大工用の工具で解体し、ブルーシートとビニールで梱包する。それを女を作って逃げた父さんの書斎において、僕は家出の準備をした。
一人殺せばあとは同じだ。
言っておくが、僕は正当防衛で母さんを殺した。
僕は知っている。女と逃げた父さんが、謝罪のため帰ってきた日のことを。
僕を抱いている母さんを見た父さんはそれを止めようとした。母さんは父さんを旦那として認識できなかったから——その時にはもう、僕を父さんだと思っていたから——護身用の鋳鉄製のリボルバーで父さんを六回撃った。僕の目の前で。
そうだ、僕は生殺与奪さえ母さんに握られていたんだ。
殺さなきゃ、いつか殺されてた。
その日から僕の人生に殺しという選択肢が常駐するようになってからは、真っ当に生きるという選択肢の方がひどく薄れて弱々しいものとなった。
真面目に努力するのが馬鹿らしくなった。殺して奪えばいいと、安直にそう考え始めた。
でも、殺しの技術には前のめりになれた。
そういうわけで、僕は今殺し屋をやっている。妖術だとか魔術だとかというそれを学び、人外の血を受け入れてまで力を求めて、殺しを続けている。
この、幽閉監獄都市ユートピアで。
力さえあれば全てが手に入る、血煙と蒸気で駆動する監獄で——力の信奉者の理想郷で。
言うまでもなく、今日もまた僕は誰かを殺す。
それが、僕の選んだ生き方だから。それが、この都市が強いる生き方だから。
殺し屋になった少年の話 橘寝蕾花(きつねらいか) @RaikaRRRR89
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