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紡

工藤家長女はお人よし

工藤家長女はお人よし - 紡の小説 - pixiv
工藤家長女はお人よし - 紡の小説 - pixiv
3,973文字

 体力底辺なせいで死にかけたと思ったら、人助けをしていたらしい。







 目の前で繰り広げられる、じゃれ合いというには治安が悪すぎる喧嘩にただ黙り込むことしかできない。
 手持無沙汰にちびちびと、買い与えられたオレンジジュースを飲む。


 






















 「おっまえなぁ!爆発して死んだと思ったら生きてて!しかも腕には女子高生抱えている幼なじみを目撃した俺の気持ちがわかるか⁉想像できるか⁉あぁ⁉」

 女子高生じゃなくて中学生です。そうつっこめるほど、私の神経は両親や弟と違って図太くない。サングラスをかけた、やくざのようなお兄さんをなるべく見ないようにする。
 そのサングラス(やくざ〈仮〉)のお兄さんに詰め寄られる、襟足の長いお兄さんはまぁまぁ、と冷や汗をかきながらなだめていた。

 「陣平ちゃん、ごめんってば。落ち着いて、」

 「落ち着いてられっか!しかもお前、また防護服着てなかっただろ!」


 ぼうごふく。
 頭の中で復唱する。たしか、対爆スーツとか防爆衣とも呼ぶんだっけ。爆発物の爆風や破片などから身体を防護する為に開発された特殊作業服。めっちゃ重いから一人で着れないって、この前テレビでやってたな。素材やどれだけの強度なのか気になったから、なんとなく覚えている。
 その防護服を着ていなくて怒っている、ということはこの人たち自衛隊か、警察の爆発物処理にあたるのかな。どうでもいいように考えて、ちびちびオレンジジュースを飲む。オレンジジュースって美味しいけど、飲み過ぎるとのどがイガイガするよね。


 「もしあのまま上に居て、防護服着てなかったら確実に死んでたぞ!骨も残らずにな!」


 怒りの向こうに、恐怖と悲しみが滲んでいるのが分かって、オレンジジュースを抱えて私はそろそろと襟足お兄さん(名前は知らん)を見やる。流石に何も言い返せないらしい。甘んじて幼なじみだと言うグラサンヤクザお兄さん(じんぺいちゃん?)の言葉を受け止めていた。甘い顔立ちに不似合いな、苦い顔をしていた。

 ちなみに私は、ひたすら上着のポケットで震えている携帯電話が気になって仕方ない。そもそもの私の体力が尽きた元凶の友人からの連絡だ。
 なんと私、マンションを間違えていたらしい。だから当然、友人はピンピンしている。安心からかちょっと泣けた。じゃあなんでエントランス通り抜けられたんだろうって?爆発の騒動で、色んなセキュリティがバグってたんだって。意味わからな過ぎて白目剥いたし、韓ドラのヒロインよろしく倒れてしまいたかった。(韓ドラあるある、ヒロインすぐ倒れがち。特に王宮ジャンル。)残念ながら意識はしっかりしているし、ここまでの経緯もちゃんと理解している。
















 
 高層マンションの階段をのぼっていたら体力の限界で死にかけて、そこで襟足の長いお兄さんに声をかけられた。そして抱えられて降りていたら、2階に差し掛かったところではるか頭上で大爆発。比喩とかじゃない、まじである。鼓膜はいかれた。
 私を抱えていたお兄さんは、その光景に目を丸くしそして私を落とした。したたかに打ち付けた尻が一番のダメージである。
 お兄さんはひどく顔を青くしてから、それでもすぐに冷静さを取り戻し、慌てて私に謝罪を述べた。

 「ご、ごめん!女の子落としちゃうなんて」

 「あ、いや、びっくりしますよね」

 「と、とにかくここから避難しよう。瓦礫が飛んでくるかもしれないし」


 お兄さんに再度抱えられ、マンションの外に出れば『絶望』を絵に描いたような表情のサングラスのお兄さんが立っていた。爆発したあたりを見上げて、「萩原ァ!」と叫ぶ。それに死ぬほど気まずそうに、「…はーい」と返事したお兄さんは多分お育ちが良い。そこから始まった彼らの言い争い。お兄さんの腕から降りた私はいそいそと距離を取り、彼らの仲間らしい人にオレンジジュースを買い与えられたのだった。


 「ってか何なんだよ、あの女子高生は!」

 ひぇ、怒りの矛先がこちらに向けられた。両親放任でまともに怒られたことないから怖すぎる。そして私はJKではない。

 「エレベーター故障してたから階段で現場向かってたら会ったんだ。ぐったりしてたからとりあえず避難させようと思って、」

 「事件の関係者じゃねぇだろうな?」

 「それは何とも言えないけど…ねぇ、君なんであそこにいたの?」

 グラサンヤクザこわい。襟足お兄さんは怒りの矛先が向かなくなってあからさまにほっとしてるし。
 内心号泣しながらオレンジジュースを握りしめて、ようやっと落ち着いた声で話す。

 「友達の家に向かってて」

 「このマンションの住民だったのかな?」

 「あの、私の勘違いで、違うマンションだったみたいで」

 「はぁ?」

 グラサンヤクザこわい(n回目)。俺に触ったらケガするぜどころの話じゃない。話しているだけでこんな圧出ることある?私が幼女だったらギャン泣きよ?理性ある中学生でよかった。

 「と、友達のマンションに向かってたけど、エレベーターは動かないから20階まで階段でのぼってこいって言われて、じゅ、18階までは頑張ったけど力尽きてたところにお兄さんが来てくれただけです。爆弾も何もわかりません。それで友達のマンションはもう一個奥にあるマンションでした」

 
 改めて言葉にすると意味が分からなすぎて恥ずかしい。とりあえず友人は許さん。
 私のつたない説明に、うむ、と二人は考え込む。そしてしばらくしげしげと私を観察してから、襟足の方のお兄さんは笑った。

 「そっか。何はともあれ、君を途中で見つけたから俺助かったよ」

 「へ、」

 「だって君を見つけたから下に降りて爆発に巻き込まれずに済んだわけだし」

 「は、はぁ…?」

 「まぁ、爆発の恐ろしさを改めて知れたからこれからはちゃんと防護服も着るよ」

 あ、それに関してはマジでそうしたほうが良いと思います。主にグラサンヤクザさんの精神衛生のために。

 「ありがとね。君のおかげで俺は死なずに済んだ。命の恩人だ」

 だいぶ荷の重いお言葉を頂いた。あの、私、体力皆無でくたばりかけていただけなので…恩人とか言われると、逆に申し訳なさで消えたくなるので…自己肯定感削られまくっている人間は、感謝を素直に受け止められない。それから先ほどから黙っているグラサンヤクザさん怖すぎるので、何か喋ってほしい。あ、やっぱいいや。口開くと柄悪いし。

 「おい、」

 「ひゃい」

 「結果的に、こいつを助けてくれてありがとな」

 感謝が供給過多。感謝の大洪水。致死量の感謝だよ最早。陰キャにはきついので感謝は分割払いでお願いします。

 「経緯は理解できねぇけど」

 「それに関しては私が一番思っています」

 グラサンヤクザはにぃ、と笑う。
 太陽の光が当たって、グラサンが透ける。あ、意外と可愛らしい顔立ちかもしれない。

 「俺、萩原研二ね。改めてありがとう」
 
 「俺は松田陣平。俺からもありがとな」

 はぎわらさんに、まつださん。
 意味もなく復唱したら、二人はますます笑った。

 「あんたは?」

 まつださん、に聞かれて言いよどむ。
 苗字、言わなくていいかな。特別珍しい苗字ではないけど、話の雰囲気から警察関係者らしいし、捜査協力をたまにしている父のことを知らないとも限らない。少しだけ逡巡したあとに、ゆりです、と名前だけ告げた。

 「ゆり、ね。漢字はどう書くんだ?」

 「にんべんに、あるで侑。り、は里です」

 あっそ、と聞いてきた割に興味無さそうに言うまつださん。ゆりちゃんね、とにこにこ笑うはぎわらさん。はぎわらさん、もてそうだなぁ。
 その後、簡単に事情聴取だけ済ませて帰路につく。はぎわらさんは、何度も感謝を繰り返した。だから供給過多なんだって。

 帰り道、開いた携帯には友人から『死んだか?』というメッセージが入っていて、思わず携帯電話をぶん投げそうになった。ってか結局本返してもらっていない。



























 「ただいま」

 すっかり日も暮れてから玄関を開いた。
 リビングに足を運べば、今日も今日とてホームズを読む弟。私に気づいたら、不満そうな顔をした。

 「侑里おっせぇよ!早くキッシュとポトフ作って!」

 「あ」

 めまぐるしい出来事のせいで忘れていた。そもそも私はスーパーに向かっていたんだった。
 私の様子に、忘れていたことを察したのだろう。弟は母譲りの形のいい唇を尖らせた。

 「なんでだよ!作るって約束しただろ!」

 一方的にな。
 喉元まで出かかった言葉を飲み下す。そして、意識的に口角を上げて眉を下げる。

 「ごめんね。出先でばたばたしちゃってさぁ。明日でもいい?」

 「今日がよかった」

 「ごめんって。もうスーパーも閉まっているから、ね?」

 「ちぇっ」

 舌打ちにもなっていないような舌打ちをして、弟は不服そうにテーブルにつく。

 「じゃあ明日は絶対にキッシュとポトフな!」

 「うん、わかったよ」




 良いお姉ちゃん。
 しっかりしている。
 新一を頼む。

 


 両親の言葉が、頭の中に浮かんでは、うたかたのようにぱちぱち弾ける。

 良いお姉ちゃんの良いって、『都合が』良いってことだよね。
 誰かに確認するみたいに心の中で呟いて、テーブルに並べた和食を咀嚼した。シッターさんのご飯は、今日もおいしかった。

工藤家長女はお人よし
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2022年6月11日 15:17
紡
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