昼休憩も終わり、とうとう初試合の舞台に立つ秋水は、櫓の可動式足場に乗る。
慣れない銃形態、それも汎用型のCADを握り直す。自分が得意としているのは近接戦。銃を使うことはほとんどない。
アイス・ピラーズ・ブレイクという競技の性質もあるが、それ以上に知られたくないことがあるからだ。できることなら十師族にも知られたくないが、情報操作もできるほどの力を持たない人間にできることはない。
精神が壊れた時、東京の病院に移送され、一か月ほどで意識を取り戻した。退院の三日前、九島が病室に訪れた。
『――八幡家を再興する気はないかね?』
九島のその言葉は今でも覚えている。八の数字を剥奪され、姓が『矢幡』になるという通知を受けてすぐのことだ。
するわけないだろう、と言葉を返した。八幡家を再興する理由など持っていないからだ。
九校戦に出て自分が八幡家の人間だと誇示するつもりはない。
「ウチは八幡秋水で居たいわけじゃない」
今はただ、矢幡秋水でありたいだけだ。
ステージに上がった秋水は雫のように着飾ることはせず、制服姿のままだった。
「矢幡くん、顔がいいから着飾れば人気が出そうなものだけど……」
「おしゃれとは無縁じゃないか?」
制服姿しか見たことがないが、秋水の顔は良い方だ。ちゃんと着飾れば女子生徒にモテるだろう。とはいえ、おしゃれとは無縁そうな気配がするのは否めない。
摩利の苦笑混じりの言葉に真由美も「そうなのよねぇ……」と残念がる。
バトル・ボード準決勝で事故に見せかけた妨害工作によって全治一週間の怪我を負った摩利だが、魔法治療の効果もあり無理をしなければ日常生活に支障がないレベルまで回復している。
とはいえ、重傷は負ったのだからベッドで安静にしていた方が望ましいのだが。
「あいつをコーディネートする奴が必要だろうな」
果たしてそんな人物が現れるのかどうかは、真由美たちはあずかり知らぬところだ。
「汎用型のCADということは、北山さんと同じ正攻法かしら」
「そうですね。彼の魔法力を考えても、正攻法が一番期待できるでしょう」
発展しない話題を切り替え、秋水が持つCADに目を向けた。
定期試験において実技二位の成績を叩き出した彼の魔法力は、とてもバランスの取れたものだ。汎用型を用いて安定した戦いをすれば、対戦相手が十師族のように飛び抜けた選手でない限り、彼の勝利は固いだろう。
試合開始を告げるポールに赤い光が灯り、黄色、青へと変わった瞬間、一足先に秋水が動きを見せた。
CADの銃口を自陣の氷柱に向け、引き金を引く。
「今のは、硬化魔法か?」
「ええ。ですが、彼が使った硬化魔法には氷柱の状態・運動を維持する式も組み込まれています」
「状態・運動の維持も?」
秋水が用いた硬化魔法は、氷柱を形成している水分子の相対位置の固定。それに加えて、熱による変化で蒸発させないための状態維持、さらには振動や衝撃によって砕けるの防ぐ運動維持。それによって強固となった氷柱の状態をゼロと定義・固定し、相手の魔法によって改変するのを防ぐ。
「――つまり、相手は矢幡さんよりも強い干渉力を持っていなければ、彼の硬化魔法を突破することはできません」
「処理能力、キャパシティ、干渉力……深雪さんほどではないけど、どれも優秀な矢幡くんだからこそできることね」
「それ以外の要素を含んだとしても、矢幡ほどバランスの良い魔法師はいないな」
秋水が使用した魔法は、単純に干渉力での勝負だ。深雪のように干渉力がずば抜けて高い選手が相手だと押し負けてしまう。
だが、彼よりも干渉力の高い選手はそういない。一条将輝という例外はいるが、他の選手を相手につまずくことはないだろう。
その証拠に、相手は魔法を秋水の陣に放っても、大した効果を見せることはできていない。
敵陣の氷柱六本に魔法式を投射する。上から圧し潰されたように氷柱が砕けた。
「……加重魔法ね」
「対象を氷柱全てにしなかったのは、対抗魔法を使われた時に干渉力で押し切るためだろうな」
氷柱を圧迫している空気圧の力を魔法によって増幅することで砕いている。
残り六本となった氷柱を守ろうと相手は情報強化を仕掛けるが、それは意味をなさず、先程よりも出力を高めた加重魔法によって、全て砕け散った。
初の試合で勝利を収めた秋水だが、その喜びは一つも無かった。
与えられた仕事を果たしただけに過ぎないと言わんばかりの秋水は、終始無表情だった。
試合を終えて、彼は深雪の試合を観戦するべく、観客席へ向かう。
「矢幡さん、こっち」
席を探していると、雫が声をかけてくる。
声がした方に目を向ければ、雫とほのか、さらにはエリカたちもいた。何人か手招きしてこちらを誘っている。誘われるまま向かうと、問答無用で雫の隣の席に座ることになった。
「おめでとう。凄かったよ」
雫から称賛の言葉を投げられる。素直に受け取ってもいいのだが、雫が試合で見せた魔法よりも単純な魔法しか使っていなかったのもあって、称賛されるべきは雫だと思った。
微笑みながら雫に言葉を返す。
「ウチが使ったのは単純な魔法だからね。北山さんの魔法の方が優れていると思うよ」
「そんなことない」
「いや、でもねぇ……」
「はいはい、二人ともそこまで。深雪が出て来るわよ」
このままだとお互い全く退かずに相手を持ち上げようとして、会話が終わらなそうだと判断したエリカが間に入って止める。
第一高校の生徒ならば見逃せないこの試合。誰もが待ちわびている天才の登場を静かに待った。
深雪が櫓の上に現れる。すると、観客席が大きくどよめいた。
仕方ないことだと思う。深雪の衣装は、白の単衣に緋色の女袴。白いリボンで長い髪を首の後ろでまとめたスタイル。ただでさえ整い過ぎている彼女の美貌が、その衣装との相乗効果もあって、神懸かりという域を脱している。言葉では形容できない美しさだ。
「うわぁ、相手呑み込まれちゃってるよ……」
「とても綺麗ですね……」
エリカと美月が各々の感想を言う。
深雪の静謐なたたずまいは男性より、女性を釘付けにしている。
彼女の美貌を生かして会場の雰囲気を奪う、などと言う作戦を達也は考えていないだろう。どちらかと言うと、この衣装は深雪が着たがったようにも思える。
神道系の家ではないが、日本人だから……みたいな理由だろう。
ポールに赤い光が灯る。
強い光を放つ深雪の瞳が敵陣の方へと向けられる。
ライトの色が黄色に変わり、さらに青へと変わった瞬間、
強烈なサイオンの輝きが、自陣・敵陣関係なくフィールド全体を覆った。
フィールドが二面に隔たれ、それぞれ変化を起こす。
深雪の陣地は、冷気に満ちる極寒の地。
敵の陣地は、業火に満ちる灼熱の地。
敵陣の氷柱の全てが溶け始めている。必死の面持ちで冷却の魔法を編み上げる相手選手だが、何一つとして効果が無い。
ほどなくして、自陣は氷の霧に覆われ、敵陣は昇華の蒸気に覆われ始めた。
「
深雪が行使している魔法の名称を秋水は低い声で呟いた。
中規模エリア用振動系魔法『
対象とするエリアを二分し、一方の空間内に存在する全ての物質の振動・運動エネルギーを減速、それによって生まれた余剰エネルギーをもう一方の空間に逃がし、加熱させることでエネルギーの収支の辻褄を合わせる魔法。
魔法師ライセンス試験において、A級受験者用の課題として出題されている高難度魔法だ。
不意に、気温の上昇が止まった。
次の瞬間には、敵陣の中央から衝撃波が広がる。
アイス・ピラーズ・ブレイクで使われている氷柱は、急冷凍で作られたものだ。そのため、内部に気泡を多く含む粗悪な氷であり、摂氏二百度を超える灼熱の炎にさらされた結果、気泡が膨張し熱で緩んだ氷柱にひび割れを起こしている。
ひびが入った氷を砕くのは簡単なこと。それこそ、ちょっとした衝撃を与えるだけで砕ける。
脆弱化した敵陣の氷柱は、陣の中央から発生した衝撃波に耐えられる強度などない。
敵は自身が守るべき氷柱が儚く砕け散るのを見届けるしかなかった。