壊れた器は元には戻らない   作:火神零次

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移動中の災難

 八月一日。

 ついに九校戦の会場である富士へ出発する日となった。

 基本的には遠方の学校から早めに、第一高校のように近場にある学校は遅めに現地入りしている。

 今年も例年通り、第一高校は懇親会当日に現地入りすることになった。

 

 ――のだが、予定の時間を一時間過ぎてもバスは発車しなかった。

 

 その理由は、家の都合で遅れる真由美を待つことになったからだ。

 真由美から先に向かっていて構わないという連絡は来ていたようだが、三年生全員の意見が彼女を待つ、と一致した。

 

 それもあってか、炎天下の中、制服を着崩すこともせずに真由美の到着を律儀に待っている達也が気の毒だと思う。乗車確認役ということで、誰よりも外にいることになる。それは、彼が裏方で一年生、しかも二科生だからというのが大きい。

 

 一時間三十分の遅れで、真由美が到着した。

 少し気になるのは、真由美がバスに乗り込んだ際にこちらをチラッと確認してきたことだ。ただ目が合っただけと思われるかもしれないが、直感が違うと言っている。

 そもそも、真由美には二人の兄がいる。

 七草家の跡取りでもない、まだ高校生の身分を持っている彼女が、家の仕事に駆り出されるような事態は、頻繁に起こるはずはないだろう。しかも、学校の公式行事に絡んだ当日の朝になって急に呼びつけられるということは、余程、急な用事だったのだろう。

 

(変に七草が絡んでこないといいんだけど……)

 

 呼び出された理由が自分ではないか、と秋水は考えていた。

 何せ、四月は派手に動いていた。十師族、それも七草となれば、伏せられている情報を抜き出すことなど容易いはずだ。数字落ちである自分に警戒するよう言われたのだろう。

 自分に害が無ければそれでいい。そう結論付けた秋水は、これ以上考えるのを止めた。

 

 それはそうと、真由美の恰好が両腕両肩が剥き出しのサマードレスだった。

 何故、私服姿で来ているのかと言うと、制服の着用が義務付けられていないからだ。夜には懇親会があるのだが、制服も含めた宿泊用品は既にパッキングしてコンテナに積み込んでいるため問題ない。

 そのため、一年生は制服を着ているが、二年生は半数以下、三年生はほぼ全員が私服だ。

 

 真由美が席に着いたところでようやく、バスが発車した。

 

「……ええと、深雪? お茶でもどう……?」

「ありがとう、ほのか。でもごめんなさい。まだ喉は渇いていないの。私はお兄様のように、この炎天下にわざわざ外に立たせられていたわけじゃないから」

 

 ほのかが深雪の機嫌取りをしているのは、彼女が不気味な威圧感を漂わせているからだろう。秋水の隣に座っている雫が、通路の向こうにいるほのかの脇腹をつついた。

 失言したのを咎めるような雫の顔に対して、ほのかはどうしようもできなかったと言わんばかりの顔をしている。

 

「……まったく、誰が遅れて来るのか分かってるんだから、わざわざ外で待つ必要なんて無いのに……。何故お兄様がそんなお辛い思いを……」

 

 とうとう愚痴り始めた深雪を見て、ほのかが全力でこちらに助けを求めている。

 さきほどまででも怖さは十分にあったのに、ぶつぶつと愚痴を言っているせいで怖さ倍増だ。

 

「……しかも機材で狭くなった作業車で移動だなんて……せめて移動の間くらい、ゆっくりとお休みになっていただきたかったのに……」

 

 雫はため息をつき、秋水は苦笑するしかなかった。

 二人は顔を見合わせて肩を竦めた。

 

「でも深雪、そこがお兄さんの立派なところだと思うよ」

 

 ほぼ周りの耳に届いていたが、独り言が聞かれたとは思っていなかった深雪は、雫の言葉に反応はしたが、言葉は返せなかった。

 その隙をついて、雫の意図を把握した秋水が続いた。

 

「北山さんの言う通りだよ。お兄さんは面倒な仕事でも、例え想定外のトラブルがあったとしても、顔色を変えずに淡々とこなせるのは凄いことだよ」

「そう。多くの人は愚痴を溢してしまうかもしれないけど、お兄さんはそれは全く無かった。これは中々できることじゃない。深雪のお兄さんって本当に素敵な人だよね」

 

 息を合わせたかのような二人の言葉は、深雪の虚をつくには十分すぎた。

 

「……そうね、本当にお兄様って変なところでお人好しなんだから」

 

 辛うじて照れ隠しで深雪が応じたことで、底冷えするような威圧感は消え去っていた。

 

 それからというもの、いつものお淑やかな雰囲気に戻った深雪に、男子生徒たちが群がり始めた。さきほどまでは、深雪が威圧感を漂わせていたから近づこうとはしなかったというのに。

 馴れ馴れしく付きまとってくることはなかったが、主に一年生、そしてそれに混じる二年生と三年生も何かにつけて声をかけようとする。

 秋水がそれらを相手取る。少しすると一年生があまり声をかけようとはしなくなった。どうやら、森崎が一年生の男子生徒たちを上手く言いくるめていたようで、秋水は上級生を相手するだけとなった。

 見かねていた摩利が、秋水たち四人を強制的に後ろの席に座らせた。さらにその後ろの席には克人に座ってもらい睨みを効かせることで、バスの中は何とか落ち着きを取り戻していた。

 

「ありがとうございます、矢幡さん」

「どういたしまして」

 

 深雪が優しいのもあるのかもしれないが、声をかけてきていた男子生徒たちを相手にした時に、少し嫌そうにしていながらも直接的には言わず、遠回しな言い方ばかりしていた。それに気づかない、もしくは見て見ぬフリをしていた男子生徒たちに嫌気が差した。友人が嫌そうにしていたから、というのもある。だから、追い払っただけに過ぎない。

 摩利が席を移動させてくれたのもあって、ようやくの平穏が訪れた深雪は流れ去る風景を眺めていた。

 秋水は雫とほのかのお喋りに付き合っている。

 

「危ない!!」

 

 叫んだのは摩利の隣に座っている女子生徒だった。

 その声につられて、全員が対向車線側に目を向けた。

 対向車線を近づいてくるオフロード車が、傾きながら路面に火花を散らしていた。それだけならばただの事故だろう。

 急にスピンし始めた車がガード壁に衝突し、その勢いのまま、あろうことかこちらの車線に飛び込んできた。火を纏いながら、バスに向かって高速で滑ってくる。

 

 大型車がこちらの車線に飛んできたタイミングでバスは急停止した。

 だが、火の玉となった車を止めなければ、このまま事故に見舞われて九校戦どころではなくなる。

 何とか冷静を保てている雫は、体を強張らせた。自分の魔法力ならば何とかできると判断したのだろう。急いで立ち上がり、CADを嵌めていた腕を突き出した。そのまま、テンキーを押そうと手を伸ばすが、

 

「落ち着いて」

 

 突き出した腕に秋水の手が乗ったことで動きを止めた。

 自分は落ち着いている。それが分かっているはずの雫は、その手を振り払おうとしたところで、別の声が響いた。

 

「吹っ飛べ!」

「消えろ!」

「この……!」

「バカ、止めろ!」

 

 摩利が声を張り上げて、魔法をキャンセルさせようとするが、制止の声は彼らには届いていなかった。

 無秩序に発動された魔法が同一の対象に作用されれば、魔法が事象を改変しようとする働きが、お互いの魔法に干渉し合い、相克を起こす。そうなれば魔法はまともに作用しない。有効な手を打つことすらできなくなる。

 

「十文字、いけるか!?」

「っ……サイオンの嵐が酷い。消火までは無理だ」

 

 この状況を何とかする方法は、発動中の魔法を圧倒する魔法力で行使された魔法で押し切ること。

 それが可能なのが克人だと瞬時に弾き出した摩利は、克人に視線を向けるが、彼が滅多に見せない焦りの色が見えたことで、絶望に叩き落される感覚がした。

 

 そんな中、異様な空気を纏った秋水が、向かってくる車に手を伸ばしていた。

 魔法が発動できる態勢ではない。

 そんな状態で何をするというのか。

 その答えは、すぐに顕れた。

 秋水が物を握り潰す手の動きをしたタイミングで、あり得ないことが起きた。

 

 無秩序に発動していたはずの魔法式が、粉々に砕けた。

 

 そのまま続けて、車が巨大なクッションにぶつかったかのようにつんのめり、圧し潰れる音を上げた。

 

「司波さん、消火できる?」

「っ、はい!」

 

 言われるがままに深雪は冷却の魔法を発動させた。

 それを以て、摩利はようやく、魔法を知覚する、魔法師としての自分の感覚が正常であることを認識した。

 

 魔法式が砕け散った時も、車が動きを止めた時も、魔法と同じ――いや、正確には魔法に類似した何かが作用した感覚がした。

 一体何が起きた、何をした、と秋水を問おうとした時には、彼は窓を開けてそこから降り、車の方へと向かっていた。

アイス・ピラーズ・ブレイク、一条将輝戦。原作で特に記載がないため、優勝、準優勝のどちらをとっても問題ないと解釈。ので、一条将輝に勝つか負けるか、悩んでいるのでアンケートで決めることに。

  • 主人公らしく勝つ
  • 僅差で負ける
  • 大敗する

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