出版業界が一丸となって読書の秋を盛り上げる、読書推進キャンペーン「本との新しい出会い、はじまる。 BOOK MEETS NEXT 2023」が、2023年10月27日から全国の書店でいっせいにスタートした。それに先立って10月17日にオープニングイベントが開かれ、会場の紀伊國屋ホール(東京・新宿)は本好きの老若男女で埋め尽くされた。今回は、国語の教科書を2日で読破するほど子どもの頃から本が好きという芥川賞作家の川上未映子さんのトーク「言葉で世界とつながること」を紹介する。

「秋の読書推進月間」オープニングイベント(紀伊國屋ホール)の壇上に立った「秋の読書推進月間」運営委員会委員長の高井昌史氏(紀伊國屋書店会長兼社長)、神永学さん(ミステリー作家)、川上未映子さん(芥川賞作家)、渡辺祐真さん(書評家)(写真左から順)
「秋の読書推進月間」オープニングイベント(紀伊國屋ホール)の壇上に立った「秋の読書推進月間」運営委員会委員長の高井昌史氏(紀伊國屋書店会長兼社長)、神永学さん(ミステリー作家)、川上未映子さん(芥川賞作家)、渡辺祐真さん(書評家)(写真左から順)
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 出版業界が一丸となって読書の秋を盛り上げる、読書推進キャンペーン「本との新しい出会い、はじまる。 BOOK MEETS NEXT 2023」が、2023年10月27日から全国の書店でいっせいにスタートした。昨年から始まったキャンペーンで、28日間の開催期間中には韓国の書店を巡る旅行や選書サービス付きの図書カード1万円分が当たるスタンプラリーのほか、著名人によるトークショーなどが多数行われる。

 10月17日にはオープニングイベントが開かれ、会場の紀伊國屋ホールは本好きの老若男女で埋め尽くされた。開会の挨拶を務めた同キャンペーンの運営委員会委員長で、紀伊國屋書店会長兼社長の高井昌史さんは、全国の書店数が過去20年で半減していることに触れつつ、「日頃からの読書習慣が大切なことは誰もが認めることであり、身近な書店での新たな本との出会いによって読書の楽しさを発見し、読書習慣が身に付いていくはずです。そのためにも、この取り組みを一過性のものとして終わらせることなく、より多くの方々に全国の書店に足を運んでいただける機会を作りたいと考えております」と語った。

 続いて行われた記念講演では、芥川賞作家の川上未映子さんと、累計発行部数が1300万部を超えるミステリー作家の神永学さんが登壇した。川上さんは、書評家の渡辺祐真(すけざね)さんを聞き手にして「言葉で世界とつながること」を、神永さんは「本嫌いな私が小説家になるまで」をテーマにして、自身の体験を披露した。今回は川上未映子さんの講演内容を紹介する。

オープニングイベント前半の講演では、芥川賞作家の川上未映子さんが書評家の渡辺祐真さんを聞き手にして「言葉で世界とつながること」について語った。
オープニングイベント前半の講演では、芥川賞作家の川上未映子さんが書評家の渡辺祐真さんを聞き手にして「言葉で世界とつながること」について語った。
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国語の教科書を2日で読破

渡辺祐真さん(以下、渡辺) 言葉で世界とつながる場所といえば書店。川上さんの書店にまつわる思い出から教えてください。

川上未映子さん(以下、川上) じつは、店員だった時代がありまして。18~20歳の頃、出身地の大阪で書店員をしていました。

 小さい頃から文章を読むのが好きでした。でも本があまりない家だったので、国語の教科書がすごく嬉しかったんですよ。新学期の4月に新しい教科書が配られるとすぐ読み始めて、次の日には読了。2日で読んでしまって、この先1年読むものがなくなっちゃった、どうしよう……って困った記憶があります(笑)。

 小学生の頃の愛読書は、漫画のほかにはライトノベルのコバルト文庫が流行っていたので、友だちで折原みとさんを回し読みしたり、あとは銀色夏生さんの作品をよく読みました。中学生や高校生になると、学校の図書室の本を端から順に読もうとしたり。

 書店は誰でも入ることができるから、有り難い場所でしたね。新刊のいいにおいがするし。大好きな場所でした。18~20歳といういわゆる人格形成の時期に働いた場所でもあったわけです。いろんなアルバイトをしましたが、書店員の仕事はハードだけど楽しくて、いい思い出ばかりです。

渡辺 印象深かった出来事や、書店員をやっててよかったと思ったのはどんなときでしたか?

川上 私が書店員だったときは、『マディソン郡の橋』(ロバート・ジェームズ・ウォラー著/村松潔訳/文春文庫)や『聖なる予言』(ジェームズ・レッドフィールド著/山川紘矢、山川亜希子訳/角川文庫)、『ソフィーの世界 哲学者からの不思議な手紙(上)(下)』(ヨースタイン・ゴルデル著/須田朗監修/池田香代子訳/NHK出版)などがベストセラーになった時期で、毎日、本当に飛ぶように売れていました。

 それだけじゃなくて、レジをしていると、いろんなジャンルの本を手渡すのが新鮮でした。みんなが本を求めているのを肌で感じましたね。また、個人的にいいなと思っている本を買ってもらうと、よし! と思った感覚もすごく残っています。

 当時はまだインターネットが発達していなかったから、書店に行って本を選ぶことが一つの娯楽になっていたと思います。書店って、1人で行っても問題ない場所ですよね。誰かと一緒じゃなくても不思議がられない。どんな人でも、どんな状態でも紛れられて、静かなのか騒々しいのか分からない空間。そういう場所は他にあるようでなくて、すごくセーフティーなもののような気もします。

渡辺 書店は、ずっとあって欲しいものの一つですよね。

川上未映子さん
川上未映子さん
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川上未映子(かわかみ・みえこ)
大阪府生まれ。2007年、『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社文庫)でデビューし、2008年に『乳と卵』(文藝春秋)で第138回芥川賞を受賞。その後も09年に詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』(ちくま文庫)で中原中也賞、10年に『ヘヴン』(講談社文庫)で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、13年に『愛の夢とか』(講談社文庫)で谷崎潤一郎賞、19年に『夏物語』(文春文庫)で毎日出版文化賞など、多数受賞。『夏物語』は40カ国以上で刊行、『ヘヴン』の英訳は22年、ブッカー国際賞の最終候補に選出されるなど、海外での人気も高い。最新刊の小説『黄色い家』(中央公論新社)も翻訳オファーが相次いでいるという。

読書は覚悟のいるもの

川上 「本離れ」とか「読書離れ」と言われて久しいですが、みんな、物語には触れてるんですよね。漫画やテレビドラマ、映画も物語ですし、ゲームにも物語があります。表現の形の違いこそあれ、物語がそばにあるというのは心の支えになったり、自分を奮い立たせられたりするから、いいことですよね。理想は、一つの表現に偏らずに、いろんな表現を行き来しあうこと。それぞれの魅力に触れられて、楽しみや理解が増すと思います。

渡辺 物語に触れる機会として、本ならではの良さとは、どういったところにありますか。

川上 たくさんの人が一度に楽しめる表現は、共感ベースで楽しんでもらうことを前提にして作られたもので、わりと安全な作りになっているかもしれません。でも本というのは、危険なものでもあり、とんでもない出合いをすることがあるんですよね。

 例えば、カフカ。読むと、こんなことを読んでしまっていいのだろうか、という気になるし、不安になるし、絶望が深まることもあります。だから、読書って楽しくてハッピーにしてくれるだけではなく、人生を変えてしまいかねない危険なものでもある、と思っています。

渡辺 確かに、本を読むと思考や感性が豊かになる一方で、知らなければよかったとショックを受けて愕然(がくぜん)とすることもたくさんあります。

川上 知らないことを知って、楽しさや面白さの解像度が上がることもあれば、苦しみや悲しみの解像度が上がることもありますからね。だから私は昔から、読書は、なにかしらの覚悟のいるものだという気持ちを持っています。

渡辺祐真さん
渡辺祐真さん
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渡辺祐真(わたなべ・すけざね)
1992年、東京都出身。書評家、書評系YouTuber。2020年にYouTubeチャンネル「スケザネ図書館」を開設し、その後テレビやラジオなどのメディア出演、トークイベント、大学や企業での講演会なども行い活躍の場を広げる。22年から毎日新聞「文芸時評」を担当し、23年からTBSラジオ「こねくと」にレギュラー出演する。著書に『物語のカギ 「読む」が10倍楽しくなる38のヒント』(笠間書院)がある。

若い人を中心に人気再燃中の短歌

川上 今、短歌は若い人中心にすごく読まれてるんですってね。五七五七七という短い中に完結した世界があるのが、SNSとの相性も良かったんでしょうか。私も短歌が大好きです。詩歌はとてもいいです。懐かしさと一緒に、イノセンス(純真、無邪気)と一緒に、それでいて世界を開闢(かいびゃく)する瞬間を差し出すもののように感じます。歌人はすごいですね。私にはぜったいに無理です。

渡辺 川上さんは小説をはじめ、詩やエッセー、翻訳、音楽など、いろんな表現活動をされていて、それらの言葉の多くには、川上さんにしか出せないテンポや韻律を感じます。だから、短歌も難なく作れそうですが……。

川上 いやいやいや、無理です。これは何年も前の話ですが、あるときホットケーキを焼いたんですね。1枚をお皿にのせて持ったらずっしりとして、けっこう重いんだなぁ、と思ったんです。残りは食べきれなかったから冷凍しました。数日後、解凍して食べようと思って取り出したら、ちょっと軽くなってたんです。

 そのとき感じた重さの落差に、私は人の生き死に、なにか、さわったような感じがありました。同じホットケーキなんだけど、確実に変質している。人も死ぬとき変質する。そんなふうな、なにかしらの本質にふれたのではないかという直観とそれにたいする疑いを、端的に短歌にできるのが歌人で、特別な才能だと思うんです。

渡辺 ホットケーキから人の生き死にを連想するとは! 会場からも感嘆の声が漏れ聞こえて、小説家の頭の中をのぞかせていただいた気がします。ちなみに、詩でも駄目でしょうか?

川上 詩は、もう世界のほうにあるので、わざわざ自分で書かなくてもいいんじゃないかって、最近はそのように考えています。短歌のかたちで、自己の一回性と世界の関係を言葉にできたらどんなに素晴らしいでしょうね。でも、できないから、葛原妙子さんや、笹井宏之さんの『えーえんとくちから』(ちくま文庫)のような優れた歌人の本を読むわけです。若い方だと、大森静佳さん、服部真里子さんが素晴らしくて、大切にしています。ぜひ、読んでみてくださいね。

取材・文/茅島奈緒深 写真/尾関祐治